ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語を見て、旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、ボランティアして、デモに行って、無いアタマでものを考えて・・・・そんな平凡な日常の記録である。

● ほすぴたる記その後21 荒川越えの一万三千歩

 昨日は天気が良かったので、長い散歩をした。

 JR武蔵野線の北朝霞駅で下車し、ひとつ隣りの西浦和駅まで、5.0キロを歩いた。
 武蔵野線は基本的に、首都圏を走る列車の中では駅間距離が長いのだが、上記区間はその中でも2番目に長い。(一番は新小平―新秋津間の5.6キロ)
 むろん、高架の線路に沿ってずっと道が続いているわけではないので、実際に歩く距離は6.5キロくらいになる。
 たいした距離ではないが、足をケガしてからは最長の歩行となった。

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崖の上に建つ住宅(新河岸川近く)


 このコースの良いところは、新河岸川と荒川、二つの大きな川を渡ることである。
 とくに荒川を渡る秋ヶ瀬橋は全長1045.0メートル、埼玉県の県道に架かる鋼橋としては最長である。
 橋の上から見る景色はまこと気宇壮大。
 地平線に北から西へと、赤城山、秩父の山々、丹沢、富士山を拝むことができる。(富士山は雲に隠れていたが)

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秋ヶ瀬橋より望む荒川(北方面) 


 西浦和駅に着く頃はさすがに痛みが出て、少し足を引きずるようになったものの、約2時間、13,000歩あまりを休みなく歩きとおした。

 今月で通院リハビリも卒業。
 コロナによる休止の3ヶ月間(3~5月)をのぞく、7ヶ月の通院であった。
 労災でなかったら、こんなに長く頻繁に通うのは難しかったであろう。
 ありがたいことである。

 今秋中にはどこかの山に行けたらいいな。

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荒川土手沿いの道を縁取る曼殊沙華



 
   

● オリジナル御詠歌でめぐる四国遍路108 第17回(第76~80番)


 2018年9月下旬のある日、四国遍路88札所と別格20札所、あわせて108の霊場を歩いてめぐる旅に出た。これはその記録である。
 各札所には御詠歌と呼ばれる短歌がある。お寺の名前を歌の中に盛り込み、法の尊さや御仏のありがたさを説いたものが多い。
 ここでは、やはり寺の名前を盛り込みながら、道中の思い出や札所の印象などをオリジナル御詠歌にして詠んでみた。


【香川県】


いやだに寺から宿に帰る列車
JR予讃線からのぞむ瀬戸内海
(前日歩き終えたところまで移動中)



76番札所: 鶏足山 金倉寺 (けいそくざん こんぞうじ)

76番
 金の倉 銀の倉より 貴きは
 困れる者への 陰なる配慮

御本尊: 薬師如来
本歌 : まことにも 神仏僧をひらくれば 真言加持の 不思議なりけり
コメント: 弘法大師の姪の子供で天台宗の僧となった智証大師(円珍)誕生の地――という謂れよりも印象に刻まれたのは、境内にある野宿遍路のための宿泊設備の整った休憩所、および納経所に掲示してあった「遍路に行ったまま帰ってこない夫」に呼びかける神奈川在住の妻の手紙だった。一体なにがあったのか?
【次の札所まで7.0㌔】

76番金倉寺境内
境内


76番金倉寺智証大師像
智証大師円珍
延暦寺第5代座主となった。真言宗でなく天台宗を選んだ理由が気になる。


76番金倉寺(へんろ小屋)
至れり尽くせりの遍路小屋


76番金倉寺(夫への手紙)
今はもう恵子さんのもとに戻っているだろうか?


76番金倉寺境内2
参道


多度津駅
多度津駅
JR予讃線とJR土讃線が乗り入れる
この駅のコインローカーには世話になった
重いリュックを預け、身軽に歩くは遍路の知恵


海岸寺への道1
多度津港
多度津駅より海沿いの道を西へ向かう


海岸寺への道2(仏母院)
仏母院
弘法大師の母・玉依御前(たまよりごぜん)の屋敷跡に建てられた


海岸寺への道2(えな塚)
胞衣(えな)塚
大師の胞衣とへその緒が納められている


海岸寺への道(田園風景)
仏母院周辺の風景


海岸寺への道(河口)
海岸寺はその名の通り海を背にしている



別格18番札所:経納山 海岸寺 (のうきょうざん かいがんじ)

18番
 かいがん(開眼)し 最初に見るは 母の顔
 聖人もまた 人の子なれば

ご本尊: 正観音 弘法大師誕生佛
本歌 : せとのきし まなこやひらく かいがんじ よろこびみちぬ 身も心にも
コメント: 札所奥の院に弘法大師の産屋があったとされる。75番善通寺(佐伯家屋敷跡地)との間で、どっちが大師生誕の地なのかに関する長い間の論争があり、いまだ決着を見ていないようだ。近くには、大師の母親・玉依御前の実家があったらしく、そこはいま仏母院という寺になっている。また、大師の胞衣(えな)を埋めたとされる御胞衣塚もある。つまり、父の家で生まれたのか、それとも母の里なのかということだ。穏やかな海を臨む平和な里山の風景は聖人誕生の地にふさわしいとソルティは思ったが、真実はいかに。
仁王門に当地出身の二人の力士像が立っているのにはたまげた。
【次の札所まで2.9㌔】

海岸寺山門
山門
仁王像の代わりに郷土出身の力士が立つ
左:大豪久照 右:琴ヶ濱貞雄


開眼寺力士2海岸寺力士1















海岸寺本堂
本堂


海岸寺大師堂
大師堂は本堂から離れた静かな奥の院にある


多度津駅跨線橋より
多度津駅の跨線橋より善通寺方面を望む
讃岐は小山と畑とため池の国



77番札所: 桑多山 道隆寺 (そうたざん どうりゅうじ)

77番
 道隆の 名に関白を 思いしが
 藤にはあらで 桑のわけあり

御本尊: 薬師如来
本歌 : ねがいをば 仏道隆にいりはてて 菩提の月を 見まくほしさに
コメント: 藤原道長の兄にして中宮定子の父である関白・道隆のいわれでもあるお寺かと思ったら、そうではなかった。この地の豪族だった和気道隆(わけのみちたか)が、光る桑の大木から薬師如来を彫像したという縁起がある。
【次の札所まで7.2㌔】


道隆寺山門
山門


道隆寺境内
境内


道隆寺衛門三郎
ここにも衛門のサブちゃんが!
(かなり造りが雑)


道隆寺納経所飾り
納経所に飾られていた手作り小物に癒される


丸亀城
丸亀城(蓬莱城)
室町時代初期に細川頼之の重臣・奈良元安が築城す


78への道(川と山)
土器川と讃岐富士の異名をもつ飯野山(422m)



78番札所: 仏光山 郷照寺 (ぶっこうざん ごうしょうじ)

78番
 大師堂 ごう天井に 咲く花に
 がっしょう(合掌)一遍 厄も吹き飛ぶ

御本尊: 阿弥陀如来
本歌 : 踊り跳ね 念仏申す 道場寺 拍子をそろえ 鉦をうつなり
コメント: 四国霊場唯一の時宗(開祖:一遍)のお寺。時宗と真言宗の2つの宗派が共存しているという。かたや踊り念仏の浄土易行、かたや真言三密、ほとんど真逆じゃないか。一体どうやって折り合いをつけているのだろう?――と不思議に思うが、本命は厄除け・厄払いにあるらしい。
大師堂入口の格天井(ごうてんじょう)の花の彫刻が美しかった。
【次の札所まで5.9㌔】


郷照寺本堂
本堂
へんろより一般参拝者(とくに夫婦)が多かった


郷照寺格天井
大師堂の格天井


郷照寺境内からの風景
境内から眺める宇多津のまち
瀬戸大橋のたもとにある


79への道(坂出の商店街)
四国を回っていて、このような光景をいくつ見たことか!


79への道(やそばの水)
八十場(やそば)の泉


79への道(やそばの水2)
八十場名物・ところてん
残念、定休日だった



79番札所: 金華山 天皇寺 (きんかざん てんのうじ)

79番
 世を呪い 魔王となりし 天皇の
 怒り冷やせよ 八十場(やそば)の泉

御本尊: 十一面観音菩薩
本歌 : 十楽の うき世の中をたづぬべし 天皇さえも さすらいぞする
コメント: 保元の乱に敗れ、讃岐に流された崇徳天皇崩御の地。腐敗防止のため、その遺体は八十場(やそば)の水に数日間漬けられたと言う。その清水を使ったところてんの名店が池の傍らにあった。
崇徳天皇は日本三大怨霊の一人として恐れられているが、道中出会った地元の人の話から察するに当地ではまた違った印象で遇されているようだ。別バージョン⇒「世を呪い 魔王となりし 天皇よ 怒りなくせば ところてんなり」
【次の札所まで6.6㌔】


79への道(白峯宮)
崇徳天皇を祀る白峯宮
お墓は81番白峯寺にある


天皇寺本堂
同じ境内にある天皇寺本堂


白峯宮鳥居



80への道(カタツムリの富士登山)
へんろ道にあるお店の看板
ふと大事なことを気づかせてくれる



80番札所: 白牛山 国分寺 (はくぎゅうざん こくぶんじ)

80番
 八十(やっと)来た! ここが最後の国分寺
 たかまつ生ふる 参道をゆく

御本尊: 千手観世音菩薩
本歌 : 国を分け 野山をしのぎ 寺々に まいれる人を 助けましませ
コメント: 四国各県に一つずつある国分寺。香川県は高松市内にある。
“国分寺”のある場所はかつて最も賑わいだ界隈だったはず。が、今やどこも中心地から離れた寂しい場所となっている。東京の国分寺跡(武蔵国分寺)も閑静な住宅地となっている。
【次の札所まで6.5㌔】


国分寺山門
山門


国分寺参道
松が立ち並ぶ参道


国分寺本堂
本堂


国分寺大師堂
大師堂と納経所は一緒
中はお守りやお数珠などが売られ、昔の駄菓子屋のような印象
80番を打って、気持ち的に秒読みに入った



四国の白地図第17回


CraftMAPの白地図を使用しています。より詳しい四国地図を見たい方は、こちら(地図蔵)を参照ください。  



次回予告
崇徳天皇御陵&紅葉の景勝、五色台に参ります





   

● 言いも言ったり! 本:『お寺の収支報告書』(橋本英樹著)

2014年祥伝社

 「歯にきぬ着せぬ」という表現がこれほどピッタリな人も珍しい。
 既存の(伝統的な)お寺制度の問題点や弊害を、何ら忖度なしに赤裸々に暴き出し、鋭く批判している。
 現役の住職だからこそできる内幕暴露の数々に、「ここまで言っちゃって大丈夫? 本山(永平寺)からお咎めない?」と心配になるほどである。
 が、返す刀をおのれに向けることも怠らず、自身の寺の内情も包み隠さず晒け出している。
 タイトルどおり、自院(曹洞宗見性院)の収支報告書、財産目録を紙面に上げ、使途不明金や不正収入の無きことを証明する。
 お坊さんだからというわけでないが、「ブッダに握拳なし」だ。


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 現状把握と分析、問題意識の高さ、世相の読み、理論武装もしっかりしている。
 こんなお坊さんの法話を目の前で聞いたら、説得されてしまいそう。
 たいした論客ぶりである。

 さらに、行動力もある。
 お寺の抱える問題点を分析し、その根っこが江戸時代から続く旧態依然たる寺檀制度にあると認識するや、自らの寺の檀家制度を廃止してしまう。
 なかなかできることではない。
 さらに、葬式をお寺の本堂で執り行い、石材業者と直接取引して中間マージンをなくし墓石代を安くし、宗派にこだわらず受け入れる墓地をつくり・・・・・、次々と新基軸を打ち出す。
 使命感あふれる革命家であり、先見の明ある起業家であり、数字に明るい事業家でもある。

 こんな人がお坊さんしているなんてもったいない。
 ぜひ政治の場で活躍してほしい。地元の熊谷市とは言わず県政あるいは国政の場で――とつい思ってしまうが、いやいや、こんな人こそ今の日本の仏教界には必要なのであろう。
 橋本英樹は1965年埼玉県生れの曹洞宗僧侶。

 葬式仏教の問題点、差別的な戒名制度(被差別部落の故人につけられた「差別戒名」とはまた違う)、墓地や墓石の販売の不透明性、お寺が拝観料を取ることの是非、寺檀制度の弊害、不合理な本末制度、お寺非課税の意味・・・・・。
 既存の制度がもたらす既得権の上にあぐらをかいてきたお寺の腐敗の実態や、お寺離れが急速に進む現在、生き残りをかけてえげつなさをさらに増しているお寺のケツまくりぶりが明かされる。
 たとえば、離檀料。
 こんなものがあるなんて知らなかった。
 檀家をやめる際、つまりお寺にある先祖代々のお墓をよそに移す際に、お寺から請求されるお金(名目はお布施ということになっている)のことである。
 これでは信教の自由もへったくれもない。
 檀家をやめたり、よそに墓を移すことを妨げることから、人質ならぬ「墓質」という言葉もあるそうだ。
 
 橋本の「言いも言ったり」な発言の一部をお目にかけよう。

 宗教にせよ、教職にせよ、行政にせよ、その内情を知らない外部の人からみれば、浮世離れした世界です。知らないからこそ、夢のようなものを感じさせます。
 ところが、こういったところは往々にして、「特権意識が強い人」のふきだまりでもあります。また、社会的に成熟した人が極度に少ないというのが、共通した特徴です。既得の権益、なれあい社会を守るために、外部から乗りこんできた人を異常に警戒します。新参者が、少しでも改革の意識を口にしようものなら、そういった連中がいっせいに妨害してきます。そして、つぶしにかかります。

 いまの仏教界を堕落させているのは、お布施の強要を前提とした寺檀制度と、固定化された本末制度です。この二つの制度がなくなれば、日本の仏教はずいぶん風通しがよくなります。

 世の宗教指導者たちは、純然たる経済行為が非課税であることの意味をかみしめて、その感謝を信徒や社会の幸福に向けて、奉仕すべきではないでしょうか。
 ところが、宗教法人への課税が話題にのぼるだけで、「宗教弾圧だ」と過剰に反応してしまいます。こういったものは、真っ当な主張ではなく、ただの強欲な心のあらわれであるということを自覚しましょう。

 日本人は強いコミュニティ、地縁や血縁といったものを長く守ってきましたので、そこに寺檀制度がすっぽりハマったのでしょう。その瞬間に「葬式仏教」のもとができあがったのですが、表現を変えれば、「葬式仏教」になるしか、ほとんどのお寺には生きる道がなかったのです。これがなければ、日本の大多数の仏教寺院は、廃絶していたにちがいありません。
 よく、「日本人はいつ信仰心や、宗教に対する忠誠心を失ったのか」と大上段から論じる人がいますが、「そんなものは、はじめからなかった」と考えるべきでしょう。ですから、いますぐ自由になって、どういった信仰をするか(あるいは信仰をしないか)を自分の意志で決めなくてはならないということなのです。

 ソルティも著者同様、既存のお寺制度には多々問題があるとは思うものの、お寺そのものがなくなってもかまわないなんて、もちろん思わない。
 いつでも好きなときにふらっと立ち寄れて、香の立ちこめる静かなお堂で仏像を拝み、好きなお経を詠み、気の済むまで瞑想できて、緑水豊かな境内を散歩できて、たまにはありがたい法話も聞けて、スマホやテレビや俗事や厄介な人間関係から逃避できるオアシスが、最寄りにあったらいいのに・・・・・といつも思っている。
 座禅会とかいって日取りを決めなくても、いつ行っても独り座れるのが精舎というものだろう。
 ソルティは純粋な大乗仏教の徒とは言えないかもしれないが、そのような場を維持するためなら、協力を惜しまないものである。

 患者が自分に合った主治医を選ぶように、これからは仏教を愛する一人一人が、自分に合ったお寺とお坊さんを選んでいく時代なのだろう。 
 そのうち見性院には行ってみたい。



秩父長泉院
秩父観音札所第第29番長泉院
秩父札所には心落ち着かせる良いお寺が多い
四国札所には決してひけをとらない



  
おすすめ度 : ★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損


● Very English ! TVドラマ:『英国スキャンダル~セックスと陰謀のソープ事件』

2018年BBC制作(イギリス)
174分(全3話)
原題:A Very English Scandal

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 これ、実話なのである。
 70年代後半にイギリスを騒がせた自由党党首ジェレミー・ソープにまつわるセックススキャンダル。
 大物政治家の下半身にまつわる醜聞なんぞ今さら珍しくもあるまいに・・・・・と思うところだが、これが Very English (まったくイギリス的)なのはソープの相手が男性だったことによる。
 つまり、国家主席の座を狙えるところまで立身出世した男の同性愛スキャンダルである。
 
 ソルティはソープ事件という名は聞いたことがあったが、くわしいことは知らなかった。
 当時はインターネットはむろん衛星放送なんてものはなかったし、日本のメディアでこのニュースが喧伝された記憶がない。(70年代後半といったら、ピンクレディーが旋風を巻き起こし、キャンディーズが引退した頃である←ミーハー)
 同性愛ネタをどう取り扱っていいものか、日本のマスコミもわからなかったのではないか。
 いや、そもそもニュースヴァリューをそこに発見しなかったのかもしれない。
  
自由党党首ジェレミー・ソープは、かつて同性愛関係にあった10歳年下のノーマン・ジョシフの口を封じ込めるため、腹心の部下の手づるから殺し屋を雇って、ノーマンを抹殺しようと諮る。
が、計略は失敗し、危ういところで生き延びたノーマンは、すべてを当局とマスコミに話す。
ソープは逮捕され、世論を巻き込んだ裁判となる。

 
 イギリスでは1967年に同性愛を罰する法律、いわゆるソドミー法が廃止された。
 ソープとノーマンが出会い付き合っていた頃(60年代初頭)こそ同性愛は違法であったものの、裁判が始まった1978年は違法ではなかった。
 だから、裁判で罪が問われたのは二人の同性愛関係の有無ではなくて、ソープがノーマンを殺そうとしたのか否かという点であった。
 結果的には、ソープおよびその一味は無罪を勝ち取った。
 同性愛についてはソープは最後の最後まで否定し、すべてノーマンの悪意あるでっち上げであると主張した。
 
 判決は無罪であったがイメージ失墜は決定的で、ソープは政界を離れざるを得ず、その後の人生もままならなかったようである。
 このドラマでは、ソープとノーマンの出会いから裁判の終焉までの約20年が描かれているが、その中で二人の同性愛関係は既定の事実としてキスシーン含め映像化され、ソープによるノーマン謀殺計画も実際にあったものとしてみなされている。
 ジョン・プレストンによる同名の原作が出版されたのは2016年、その2年前にソープと彼の妻はあいついで亡くなっている。二人が亡くなったので、判決とは別の「いま一つの真実」が公表できたのだろう。
 おそらくは、このドラマに描かれたあたりが本当にあったことなんじゃないかとソルティは思ったし、イギリス国民の多くも当時も今もそう思っていることであろう。
 つまり、同性愛者であることのスティグマは、たとえそれが違法ではないにしても、一人の政治家が人殺しを企てても絶対にその志向を隠し通したいほどに強いものだったのであり、その噂が立つだけで政治生命が失われるほどに致命的なものだったのだ。
 
 主役の二人を演じる役者が素晴らしい。
 野心家ソープを演じるのは、ヒュー・グラント。
 あのジェイムズ・アイボリー監督によるゲイ映画の金字塔『モーリス』で、モーリスの親友クライヴを演じた往年のイケメン男優である。
 『モーリス』では、クライヴは自らのゲイセクシュアリティを受け入れることができず、地位と金のある女性と結婚し、政治家を志す。
 まるで本作のソープは、クライヴの数十年後の姿のよう。
 なんとも痛ましい。
 ヒュー・グラントは瞳で感情を表現するのがうまい。
 
 愛人ノーマンを演じるのは、演技力に定評ある美男子ベン・ウィショー。
 『クラウド・アトラス』でもゲイの音楽家の役だったが、どうやら実際にLGBTの人らしい。『白鯨との闘い』では作家ハーマン・メルヴィルを演じていた。
 不幸な生い立ちのノーマンは精神不安定な青年で、見ようによっては同性愛をネタにソープを強請る、たちの悪い恐喝者である。
 そこを持ち前の感性豊かな表情と繊細な演技とで、“ダメ男だけれど愛されキャラ”に造り上げている。
 彼が裁判中に“愛のカタチ”の自由を訴えるシーンは心を打つ。
 
 ドラマ的には、ソープ=悪役=クローゼット(隠れホモ)親父、ノーマン=正義=ゲイリブの若者、といった位置づけではあるけれど、二人とも差別と抑圧の犠牲者であることに変わりない。
 特にソープの姿に、セクシュアリティの抑圧と自己否定が生みだす人生の歪みと悲しみとを見出すことができよう。
 そして、それを変えていこうとする勇気と希望が、若いノーマンの姿に託される。
 単なる内幕暴露の物語に終わっていないのはさすが Very English のBBCである。
 

 
おすすめ度 : ★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損

 

● オリジナル御詠歌でめぐる四国遍路108 第16回(第71~75番)

 2018年9月下旬のある日、四国遍路88札所と別格20札所、あわせて108の霊場を歩いてめぐる旅に出た。これはその記録である。
 各札所には御詠歌と呼ばれる短歌がある。お寺の名前を歌の中に盛り込み、法の尊さや御仏のありがたさを説いたものが多い。
 ここでは、やはり寺の名前を盛り込みながら、道中の思い出や札所の印象などをオリジナル御詠歌にして詠んでみた。


【香川県】

71への道(こじき遍路)
71番への道(JR予讃線・みの駅付近)
30回以上は回っているという野宿のお遍路さん(70代)と遭遇
野宿ポイントがしっかり頭に入っていた。さすがパッキングもうまい。
自分の老後の姿かも・・・・ワルクナイ


いやだに寺階段
弥谷寺の階段
てっぺんの本堂まで570段を上る



 71番札所: 剣五山 弥谷寺 (けんござん いやだにじ)

71番
 ものさびし 長き石段 いやだにじ
 足の重さは つかれたせいか

御本尊: 千手観音菩薩
本歌 : 悪人と 行きつれなんも いやだにじ ただかりそめも 良き友ぞよき
コメント: 本堂まで570段の急な石段を登る。高齢者にはきつかろう。
たそがれ時に訪れたせいもあろうが、薄暗くてじめっとした雰囲気。全札所中、もっとも霊がいそうな気がした。
弘法大師は子供の頃、この岩屋で勉強したという。
【次の札所まで3.7㌔】


いやだに寺大師堂
大師堂
中に納経所と弘法大師が修行した獅子の岩屋がある


いやだに寺本堂
本堂


いやだに寺風景
本堂からの景色



72番札所: 我拝師山 曼荼羅寺 (がはいしざん まんだらじ)

72番
 お大師の まつてふ寺に 来てみれば
 曼荼羅菩薩 われをまつなり

御本尊: 大日如来
本歌 : わずかにも 曼荼羅おがむ人はただ ふたたびみたび かえりざらまし
コメント: 弘法大師が植えられたといわれる不老松(平成14年枯れ死)の幹に刻まれた笠松大師が見物。納経所で聞いたところ、琴平に住む平田さんという方が刻まれたそうな。
あまり目立たぬ場所にあるが、彩色された地蔵菩薩像がまさに曼荼羅のように美しかった。
【次の札所まで0.6㌔】


曼荼羅寺山門
山門


曼荼羅寺境内
境内
弘法大師の先祖・佐伯家を祀る寺で開基は古い(596年)


曼荼羅寺笠松大師
笠松大師


曼荼羅寺美しい菩薩像
ガイドブックには載っていない無名の仏像との
思わぬ出会いも楽しいものだ



73番札所: 我拝師山 出釈迦寺 (がはいしざん しゅっしゃかじ)

73番
 定年の のちも毎日 しゅっしゃかじ
 七つの真魚の 誓いを継いで

御本尊: 釈迦如来
本歌 : 迷いぬる 六道衆生すくわんと 尊き山に 出ずる釈迦寺
コメント: 弘法大師7歳のみぎり、衆生を救うことを誓って我拝師山(481m)の崖(捨身ヶ嶽禅定)から飛び降りたという。この険しい傾斜の岩山をすでに3万回以上登り下りしている信仰篤き地元のNさん(70代)と出会ったのが忘れられない。真魚(まお)とは幼少時の空海の名前。
【次の札所まで2.2㌔】


出釈迦寺境内
境内


出釈迦寺境内より捨身が岳を望む
境内から我拝師山をみる
登るかどうか迷っているところ


出釈迦寺捨身が岳への参道
登ることにした


出釈迦寺捨身が岳からの眺め
捨身ヶ嶽禅定からの景色
池の向こうに弥谷山と天霧山が並んでいる
この二つのテーブル状の山は香川を歩いているとよく目立つ


甲山寺付近の風景
我拝師山を振り返る



74番札所: 医王山 甲山寺 (いおうざん こうやまじ)

74番
 真魚もまた 競わせけるや かぶとやま
 昭和の夏の われら等しく

御本尊: 薬師如来
本歌 : 十二神 味方にもてる戦には おのれと心 かぶと山かな
コメント:このあたりは空海が子供の頃によく遊んだところ。泥をこねて仏像を造っていたというから恐れ入る。でもそれは伝説で、やっぱり大地を駆け回ったり、川や海で泳いだり、虫をつかまえたり、カブトムシを互いに戦わせたりしていたんだろうなあ。(カブトムシが平安初期に日本いたのか不明)
【次の札所まで1.6㌔】


甲山寺山門
山門


甲山寺大師堂
大師堂


75への道(仙遊寺古跡)
仙遊寺
大師は幼い頃ここで泥をこねて仏像を作って遊んだという。
だだっ広く殺風景な印象だが、老朽化した古いお堂を解体して、
新築したばかりとの由。



75番札所: 五岳山 善通寺 (ごがくざん ぜんつうじ)

75番
 善く通る 慈悲深き声 耳にして
 冥き道にも 光明を見る

御本尊: 薬師如来
本歌 : 我れ住まば よも消えはてじ善通寺 深き誓いの 法のともしび
コメント: 88札所の中心をあげるなら、やはりここになろう。何と言っても弘法大師生誕の地(佐伯家の邸があった)なのだ。広い境内、立派なお堂の数々、五重塔、宝物館、多くの参拝客。心なしか大気の中にも聖なる気配が感じられた。御影堂の地下には暗闇をめぐる約100メートルの「戒壇めぐり」がある。その最奥で聞いた弘法大師の声(骨格から想定されたモンタージュ・ボイス)は雅量に富んで耳に心地よかった。
【次の札所まで12.5㌔】


善通寺大師堂
大師堂
この地下に戒壇めぐりがある


善通寺金堂(本堂)
本堂


善通寺五重塔2
五重塔が立つ広い境内は京都か奈良の古刹のよう


善通寺南大門
山門
74番から来ると、寺の後ろから入って前から出る形になる


善通寺駅の看板
JR土讃線・善通寺駅の看板


こんぴらさん入口
善通寺駅からこんぴらさんまでは歩いて90分くらい
楽勝!



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香川と言えばうどん
この店で「じゃこ天・かきあげ・かけうどん750円」を食べた


こんぴらさん参道
この日は秋晴れの祝日(勤労感謝の日)
賑わいでおりました


こんぴらさん参道2
本宮までは785段の階段を上る
楽勝!
鍛えられた脚力を実感


こんぴらさん本宮
本宮


金比羅神社ご朱印


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本宮からの風景
善通寺市が一望のもとに



別格17番札所: 五穀山 神野寺(ごこくさん かんのじ)

17番
 かみのわざと 思うほかなき まんのうの
 池のほとりに けふを寿ぐ 

ご本尊: 薬師如来
本歌 : ちまちだに いまもそそぎて のりのしの 恵みあふるる 満濃の大池
コメント: 空海の為した最大の救民事業は、決壊を繰り返していた満濃池の修築であった。周囲約20km、貯水量1,540万tの灌漑用の水がめは、池というより湖の雄大さ。湖畔の蒼き連山、紅葉の樹々、瑠璃色の湖面、美しく穏やかな光景は、ここまでの遍路をねぎらってくれるようであった。今日も良い一日だった。
【次の札所まで13.8㌔】


神野寺2
神野寺


まんのう池2
まんのう池
灌漑用ため池としては日本最大
国の名勝にも指定されている


まんのう池3
神野神社境内よりまんのう池を望む


まんのう池




四国の白地図第16回

CraftMAPの白地図を使用しています。より詳しい四国地図を見たい方は、こちら(地図蔵)を参照ください。  




次回予告
弘法大師の母の里に行きます




   


● 同行三人 本:『山頭火と四国遍路』(写真と文・横山良一)

2003年平凡社

 松山の道後温泉近くで、種田山頭火(1882-1940)が晩年を過ごした家(一草庵)を見たとき、はじめて山頭火と四国との縁を知った。
 考えてみれば、「分け入っても分け入っても青い山」の句で知られるこの漂泊の俳人が、四国遍路をしていないはずがなかった。

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 本書によれば、山頭火は大正14年(1925年)に曹洞宗で出家得度した翌年から、九州各地、山陰、山陽、四国、東北と、放浪の旅を重ねるようになった。
 雲水として鉢を持って行乞し、米や銭の喜捨を受ける。俳人として自然の中を歩き、句を作り続ける。そんな旅である。
 ストイックな男とも言いづらいのは、旅中はもちろん、一草庵で58歳の生涯を終える最後の最後まで、酒はきれなかった点である。
 女についてはわからない。(27歳で結婚、34歳で離婚している)
 46歳のときに四国88カ所札所を巡礼し、結願している。
 最後の旅もまた四国遍路であった。

 本書は、この最後の四国遍路の模様を、山頭火自身の残した遍路日記をもとに実際に山頭火が歩いた行程をたどりながら、写真と文とで描き出している。
 著者の横山良一は1950年生まれの写真家で、世界各国を旅して写真を撮り続けている。
 昭和14年の山頭火の四国と、平成12年の横山の四国と、そして平成30年のソルティの四国とが、オーバーラップする面白さがあった。

 昭和14年の四国遍路のきびしさはいかほどのものだったろう?
 舗装路がほとんどなく、峠を回避できるトンネルも少なく、道しるべも少なく、遍路小屋も宿も今よりずっと少なかったであろう。
 まして、山頭火のように、路銀を行乞でもとめ、いくつもの宿に断られつつ、野宿を重ねる旅のきびしさは?
 今でこそ山頭火の名前は知られ、その句は教科書にも載り、伝記が書かれTVドラマ化され、生まれ故郷の山口や終焉の地となった松山で「その人あり」ともてはやされているけれど、当時は文字通りの乞食遍路に過ぎなかったのである。
 それと比べると、ソルティの遍路がいかに“大名旅行”であったか。

 だが、そのような自然と添い寝する旅であったればこそ、山頭火の数々の心打つ句が生まれたのは間違いない。

 山頭火が、已むに已まれぬ衝動にかられ、旅と祈りと酒と芸術の人生を送ることになった一番の理由は、おそらく彼が10歳の時の母親の自殺であろう。
 彼はいつも母親の位牌を背負って旅をしていたという。
 同行三人だったのだ。 


日和佐の海


 いちにち物いはず波音(山頭火)
 
 

おすすめ度 : ★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
★     読み損、観て損、聴き損


● オリジナル御詠歌でめぐる四国遍路108 第15回(第66~70番)


 2018年9月下旬のある日、四国遍路88札所と別格20札所、あわせて108の霊場を歩いてめぐる旅に出た。これはその記録である。
 各札所には御詠歌と呼ばれる短歌がある。
 お寺の名前を歌の中に盛り込み、法の尊さや御仏のありがたさを説いたものが多い。
 ここでは、やはり寺の名前を盛り込みながら、道中の思い出や札所の印象などをオリジナル御詠歌にして詠んでみた。


【香川県】
 
雲辺寺への道(標識)
雲辺寺は、愛媛からいったん徳島に戻って目指すことになる
(これは別格打ちもそうでない人も同じ)


雲辺寺への道(雲海)
登り道の途中から見た景色
まさにその名の通り雲の辺りにある札所

 

 66番札所: 巨鼈山 雲辺寺 (きょごうざん うんぺんじ)

66番
 雲の上の 五百羅漢の へんがおに
 よく似たひとを 探す暇人
 

御本尊: 千手観世音菩薩
本歌 : はるばると 雲のほとりの寺に来て 月日をいまは ふもとにぞ見る
コメント: 最も高い(911m)地点にある札所。麓からずっと車道なので、思ったより楽だった。途中で見た朝の雲海が壮観だった。山頂は寒くて震えた。五百羅漢の豊かな表情や仕草が見ていて飽きなかった。早朝に三好の宿を先に発ったサニーさんに追いついた。足を痛めていた彼女はロープウェイで下山。自分は山道をとった。そろそろ一人になりたくもあった。
【次の札所まで7.4㌔】


雲辺寺境内
広く澄んだ境内


雲辺寺山門
山門


雲辺寺本堂
本堂


雲辺寺山頂からの景色2
雲辺寺山頂からの景色(徳島側)


雲辺寺山頂からの景色1
山頂からの景色(瀬戸内海側)
香川県のため池の多さが一目瞭然


雲辺寺山頂からの景色3
山頂からの景色(愛媛側)
一番高いのが石鎚山(1982m)


雲辺寺なごりもみじ



雲辺寺五百羅漢2
五百羅漢
どう見ても踊っている


雲辺寺五百羅漢
天衣無縫


雲辺寺五百羅漢3
この顔が気に入った


雲辺寺ロープウェイ駐車場
香川県に下山
ロープウェイ乗り場のある駐車場
中央の見える先の尖ったのが雲辺寺山
萩原寺への道
雲辺寺から下りると、冬から春に突入したかのよう
身心の開放感と軽やかさが「涅槃の讃岐」を実感させる



別格16番札所: 巨鼇山 萩原寺(きょごうざん はぎわらじ)

16番
 萩原に 異国のひとの 影見れば
 心さわがす 秋風ぞ吹く 

ご本尊:伽羅陀山 火伏地蔵菩薩
本歌 :尊くも 火伏をちかふ 地蔵尊 はぎの御山に 世を救ふらむ
コメント: 春のような暖かさと香川に入った喜びとで夢見心地で歩いていた。と、境内でまたもサニーさんと再会。ロープウェイで下った彼女と、ずいぶん時間が空いたはずなのに・・・。「一人で歩きたい」という思いをうまく英語で伝えられず、宿まで同行することに。これがいけなかった。このへんから二人の関係は気まずくなっていく。
【次の札所まで6.0㌔】


萩原寺本堂
本堂


別格16番萩原寺
境内
約2500株の萩の花が満開となる9月中旬には萩まつりが開かれ、
野点茶会、骨董市、露天商などで賑わう。



67番札所: 小松尾山 大興寺 (こまつおざん だいこうじ)

67番
 だいこう(代行)で 宿の予約をした連れと
 ついに別れし 秋雨の朝

御本尊: 薬師如来
本歌 : 植えおきし 小松尾寺を眺むれば 法の教えの 風ぞ吹きぬる
コメント: 畑中の静かなお寺。本堂に何百本と灯した、願いごとの書かれた赤い蝋燭が印象深かった。サニーさんとはこの日の宿で感謝の言葉を交わし、このさき別行動することに。原因の一つは、こちらの英語力も彼女の日本語力も貧しかったこと。意思疎通がうまくいってないと分かっているのだが、頭が疲れてもはや英語を話したくなかった。彼女は朝暗いうちに、雨のそぼ降る中を先に発った。
【次の札所まで8.7㌔】


67番大興寺山門
山門にたたずむサニーさん


67番大興寺本堂
本堂に灯した蝋燭


67番大興寺境内
境内


68への道ため池
68番へ向かう道中
これも灌漑用につくられた池だろう


観音寺駅
JR予讃線・観音寺駅


琴弾八幡宮鳥居
琴弾八幡宮
財田川のほとり、瀬戸内海を背にする大きな社

琴弾八幡宮
琴弾八幡宮本殿
神仏分離前までは68番神恵院と一体であった


琴弾八幡宮白猫
神社の守り猫(雌?)

琴弾八幡宮黒猫
神社の守り猫(雄?)

琴弾八幡宮(観音寺のまち)
境内から見下ろす観音寺のまち


琴弾八幡宮寛永通宝2
展望台から銭形砂絵を見下ろす


琴弾八幡宮寛永通宝
寛永通宝

琴弾八幡宮寛永通宝3
健康で長生きできて金に不自由しなくなる



68番札所: 七宝山 神恵院 (しっぽうざん じんねいん)

68番
 琴弾の 浜に描かれし 砂文字
 かみの恵みを 期する者なり

御本尊: 阿弥陀如来
本歌 : 笛の音も 松吹く風も琴弾くも 歌うも舞うも 法のこえごえ
コメント: 68番と69番は琴弾山の中腹に隣り合わせにある双子のような札所。近くの展望台からは、瀬戸内海の島々と「寛永通宝」の砂文字が見えた。神恵院本堂はコンクリート打ちっ放しの現代建築もどきの四角い建物で味気ないが、きれいに刈り込まれたツツジの並ぶ庭園は美しかった。
【次の札所まで0㌔】



68番神恵院本堂
本堂
61番香園寺以来の斬新なデザイン
バブルの頃はやったカフェバーを思い出した


68番神恵院本堂内部
中はこんなん

68番神恵院庭園
巍巍園(ぎぎえん)



69番札所: 七宝山 観音寺 (しっぽうざん かんのんじ)

69番
 観音と 阿弥陀の並ぶ 極楽に
 立つクスノキの 誇らしきかな

御本尊: 聖観世音菩薩
本歌 : 観音の 大悲の力強ければ おもき罪をも 引きあげてたべ
コメント: 68番と69番の納経所は同じ。一カ所で御朱印帳2ページが埋まるのはトクな気分。境内の大楠が存在感を放っていた。
ここ観音寺市では、ちょうど美少女アニメのイベントがあって全国から仮装(女装)したファンが訪れていた。宿をとるのが大変だった。
【次の札所まで4.5㌔】


69番観音寺本堂
本堂


69番観音寺大クス
境内の大楠


本山寺への道
70番への道


本山寺への道3
70番への道


70番札所: 七宝山 本山寺 (しっぽうざん もとやまじ)

70番
 本山の 五重塔の 軒反りに
 釣られるごとく 空をただ見る

御本尊: 馬頭観世音菩薩
本歌 : 本山に 誰が植えける花なれや 春こそたおれ たむけにぞなる
コメント: 70番へ向かう川沿いの道がいい。低山のつらなりと広がる畑、遠くの森の上に顔出す五重塔。風情はまさに奈良の山の辺の道。気分よく札所に着いたところ、本堂の前で休憩しているサニーさんを発見。同じ道を前後して歩いているのだから会うのは仕方ないのだが・・・。つい、そっけない態度をとってしまい、それが最後の別れとなった。
【次の札所まで11.3㌔】


70番本山寺山門
山門


70番本山寺本堂
本堂

70番本山寺五重塔2



四国の白地図第15回

CraftMAPの白地図を使用しています。より詳しい四国地図を見たい方は、こちら(地図蔵)を参照ください。  




次回予告
空海の為した一大事業、まんのう池!



   



● 本:『お寺さん崩壊』(水月昭道著)

2016年新潮社

 四国遍路で100以上のお寺を訪ね歩いて気づいたことの一つに、お寺の貧富格差があった。
 多くの参拝者で賑わい、山門もお堂も立派で、納経所や売店に人が並んでいる、いかにもお金がありそうなお寺もあれば、一方、海辺やさびれた町中にあって訪れる人も少なく、境内のあちこちに修繕が必要な堂宇の見受けられるお寺もあった。
 それでも巡礼札所に数えられている、とくに88札所に入っていることはたいへんな役得である。御朱印代(ソルティが歩いたときは300円~)をはじめとする納経料が、黙っていても入ってくるからだ。
 年間10万人としても3000万円以上。これに遍路に必要な笠や杖や白衣や納経帳などの売り上げも加えれば相当なものになる。
 とくに、多くの遍路がグッズを揃える1番札所霊山寺は、他の札所からすれば羨ましいこと限りないだろう。(それとも、八十八カ所霊場会の会計に入れているのか?)


海岸寺山門
仁王像のかわりに地元出身の力士像が立つ別格18番海岸寺


海岸寺山門4 (2)
誠に正直な説明版


 本書は、現代のお寺とくに地方のお寺の悲惨な現状を赤裸々に描いている。
 「金がない」、「檀家がいない」、「後継者がいない」、「潰れるしかない」のナイナイ尽くし――。
 これを読むと、「坊主丸儲け」とか「お寺さんは税金払わなくていいからいいよね~」なんて、簡単に言ってはいけないことが分かる。
 
 著者は、1967年生まれ。福岡県で浄土真宗本願寺派の住職をしている。日本の博士号取得者の窮乏を自身の経験をもとに綴った『高学歴ワーキングプア』で話題になった。


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 実際、全国的にお寺の統廃合はすごい勢いで進んでいるらしく、この先、寺院数が半減するのではないかとも言われている。明治初期にあった廃仏棄釈レベルの危機なのかもしれない。
 その原因は、地方の過疎化・高齢化や、葬儀や法事の簡略傾向に見られるような伝統的仏教儀礼に対する意識の希薄化、後継者不足、住職たちのずさんな運営、僧侶の権威失墜による信者離れ・・・なんてことが挙げられるのだが、一言でまとめると、「お寺を守ろうとする心が失われている」ってことになるのではなかろうか。

 しかし、お寺の危機=仏教の危機かと言えば、そうとも言えない。
 どこの書店に行っても仏教コーナーは花盛りで、テラワーダ仏教協会のスマナサーラ長老のようにベストセラーを連発するお坊さんもいる。仏教書が現在ほど広く読まれている時代はあるまい。
 また、都心の寺の座禅会は(コロナ前まで)いずこも満員。四国遍路に行く若者も少なくない。仏教風を装おう新興宗教団体は今もたくさんの人を集めている。
 仏教をもとめる人は決して減っていない。
 要は、いまの日本人の多くが仏教に求めるものと、伝統的なお寺(大乗仏教)が提供してきたものとが、乖離しているのである。

 思うに、人々は生きた仏教を求めているのであって、自分自身の救いにまでなかなか届かないお坊さんの説法や姿勢に対しては、冷めた目で見ているのであろう。
 本来、仏教とは個々人のなかでそれぞれに消化され、その人の生き方や感じ方、ものの見方、他者や他の動植物への接し方、といったところにまで大きな影響をあたえていたはずなのだ。いわば、その人らしさを醸し出す太い背骨のようなもの―――生きる軸としての働き、を担っていたのだと考えられよう。


 本書の最終章では、上記のようなスタンスを持して、既存の仏教界やお寺や僧籍に拘ることなく、あるいは俗社会での栄誉や成功や安定に目を眩まされることなく、独自の仏道を泰然自若として歩んでいる人々が紹介されている。
 これからの時代の個人と仏教とのつき合い方、向き合い方を示唆する記述である。

 仏道を歩むとは、他者には理解できないかもしれないが自分にだけは見えてくる“輝き”を捉え、それを己のものとし、内から自らを光らせるまでに昇華させていく途方もなく丁寧な時間の積み重ねを指すように思えて仕方ない。


 長らくお寺の僧侶や大学の研究者のものであった仏教が、やっと市井の個人のものになってきた、いまはその途上にあるように思われる。



おすすめ度 : ★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
★     読み損、観て損、聴き損




● ハリウッドの申し子 映画:『白鯨との闘い』(ロン・ハワード監督)

2015年アメリカ
122分

 1820年に実際に太平洋上で起きた海難事件を描いたナサニエル・フィルブリックの実録小説、『大洋の奥底:捕鯨船エセックス号の悲劇』“ In the Heart of the Sea : The Tragedy of the Whaleship Essex ” を映画化したものである。(未邦訳、題名はソルティ訳)
 この同じ事件をモデルに、ハーマン・メルヴィルは世界十大小説の一つに数えられる代表作『白鯨』を書いたという。

 『白鯨』は「難しくて読みづらい」小説としても有名で、そのイメージもあって本DVDをレンタルするのを若干ためらった。
 が、さすがに、『コクーン』(1985)、『遥かなる大地へ』(1992)、『アポロ13』(1995)、『ビューティフル・マインド』(2001年)、『ダ・ヴィンチ・コード』(2006)など多数のヒット作をもつロン・ハワードである。
 一級の娯楽大作に仕上がっている。
 122分を飽きさせないストリーテリングと演出力には賛辞惜しまず。

 映画はおおむね三つの要素からできている。
 一つは、捕鯨船の乗組員たちが立ち向かう海との闘い、鯨との闘い。
 嵐、凪、船酔い、鯨との死闘、とてつもない重労働。
 ハワード監督は、スピーディに、かつ『タイタニック』を想起させる大迫力をもって描いていく。


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全長30mの白鯨

 
 二つ目は、未熟な船長(=ベンジャミン・ウォーカー)と経験豊富な一等航海士(=クリス・ヘムズワース)との男のプライドを賭けた意地の張り合いである。
 共通の想像を絶する辛い体験を通して、二人の関係が変化していく様子が描かれる。
 タイプの異なる二人のイケメン・ウォッチングという楽しみかたもあり。


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クリス・ヘムズワース(左)とベンジャミン・ウォーカー


 最後の一つは、海洋漂流譚である。
 エセックス号は巨大な白鯨によって打ち壊され、生き残った船員たちは大海原をボートで漂流する羽目になる。
 水も糧も尽き果てる。
 飢餓と絶望――。
 ここで、「大洋の奥底」で起きた衝撃の真実が明かされる。
 アン・リー監督の『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』(2012)や大岡昇平の『野火』に共通する、生き延びるための究極の選択である。 
 描きようによっては大変深刻なテーマとなろう。
 
 以上三つの要素をバランス良く配合し、重すぎて観た後に落ち込むことのないよう、あくまでもエンターテインメントに徹してまとめている。
 ロン・ハワードはハリウッドの申し子だ。



おすすめ度 : ★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損


 


● オリジナル御詠歌でめぐる四国遍路108 第14回(第64~65番)


 2018年9月下旬のある日、四国遍路88札所と別格20札所、あわせて108の霊場を歩いてめぐる旅に出た。これはその記録である。
 各札所には御詠歌と呼ばれる短歌がある。お寺の名前を歌の中に盛り込み、法の尊さや御仏のありがたさを説いたものが多い。
 ここでは、やはり寺の名前を盛り込みながら、道中の思い出や札所の印象などをオリジナル御詠歌にして詠んでみた。


【愛媛県】


 64番札所: 石鎚山 前神寺 (いしづちさん まえがみじ)

64番
 名にし負う 神の山なる 石鎚の
 前に控える 修験の寺よ
 

御本尊: 阿弥陀如来
本歌 : 前は神 うしろは仏 極楽の よろずの罪を くだくいしづち
コメント: 修験道の祖、役小角が開基したと伝えられる。四国遍路には名前に「神」の字がつくお寺が3つある。64番のほかに、27番神峯寺、68番神恵院(別格17番神野寺入れると4つ)。むろん神仏習合のなごりだが、よく考えてみるとけったいな話である。キリスト教の教会に「アッラーなんとか」って名がついているようなものだ。仏教で神道で修験道・・・・。日本文化のユニークさ、節操のなさ。
【次の札所まで27.4㌔】


64番前神寺本堂
本堂
青い銅板屋根が美しい


遍路ハウス横屋
お遍路ハウス・横屋
管理人さんにカミーノ(サンティアゴ巡礼)の話を聞いた夜。
いつか自分も行けるといいな~(ってまさに節操のない)。


新居浜市関の戸(松山自動車道)
新居浜市関の戸付近
山間を松山自動車道が走る



別格12番札所: 摩尼山 延命寺(まにざん えんめいじ) 

別格12番
 伊予もまた いよよ終わりに近づいて
 道の延命 願うころかな

ご本尊: 延命地蔵菩薩
本歌 : 千代かけて 誓いの松の ほとりこそ なほありがたき 法の道かな
コメント: 寺の起こりのいわれとなったいざり松の祀られた庭園でサニーさんと再会、昼食をともにした。もうすぐ愛媛も終わり。結願を心待ちにする一方、さびしさが湧いてきた。「いつまでも続いてほしいね」 サニーさんと意見が合った。携帯電話を持っていない彼女の代わりに、この先の宿の予約をとってあげる。彼女も別格打ちしているので、しばらく同じ宿に泊まることにした。基本、歩きは別である。
【次の札所まで17.8㌔】


別格12番延命寺1
山門


別格12番延命寺いざり松


別格12番延命寺いざり松2
寺の縁起によると
弘法大師が寺の松の下に一人のイザリ(歩けない者)がいるのを見て憐み、
霊符をさずけたところ、たちまち全快した。イザリは大師のもと出家した。


65への道(県道)
この辺りは国道11号(上画像)と県道126号(へんろ道)が並行している


65への道(へんろ道)
へんろ道はやや遠回りになるのだが、やっぱり味わいがある。


伊予三島駅そばのスーパー
JR 伊予三島駅近くのスーパーで夕食を買う
大きな町である


65への道(伊予三島遠景2)
翌朝、65番三角寺へ向かう山道より伊予三島を見下ろす


65への道(山道)



65番札所: 由霊山 三角寺 (ゆれいざん さんかくじ)

65番 
 三角を 描いて巡る へんろ路に
 入りぬ刹那の 名残りの桜

御本尊: 十一面観音菩薩
本歌 : おそろしや 三つの角にも入るならば 心をまろく 慈悲を念ぜよ
コメント: ここから別格打ちにとって最大の難所がスタート。三角寺から780mの地蔵峠を越えて別格13番に、山麓を回って本道に戻り別格14番に、県境を越え徳島県箸蔵山(540m)にある別格15番に、そこから遍路最高峰910mの雲辺寺に登り、香川県に下る。88の本道を逸れる三角形を2つ描きながらの山登りが3つ。境内の散り際の四季桜がきれいだったな。
【次の札所まで4.1㌔】


65番三角寺石段


65番三角寺境内
境内


65番三角寺(季節桜)
四季桜
4月上旬と10月下旬の年2回開花する


仙龍寺への道(入口)
別格13番仙龍寺へ向かう山道入口


仙龍寺への道1


仙龍寺への道2(馬場の桜)
馬場の桜(エドヒガン)
高さ20.4m、樹齢推定200年
春に別格打ちする歩き遍路だけが開花を見ることができる


仙龍寺への道3(清滝)
清滝
まごうかたなきパワースポット


別格13番仙龍寺1



別格13番札所: 金光山 仙龍寺(こんごうさん せんりゅうじ) 

13番
 仙山の もみじの波を かき分けて
 龍の棲みたる 洞を見るかな 

ご本尊: 弘法大師
本歌  : 極楽は 他にはあらぬ この寺に 御法の声を きくぞうれしき
コメント: 宮崎駿の『千と千尋の神隠し』に出てくる「油屋」を思わせる古式ゆかしいつくり(道後温泉本館と同じ様式)。今を盛りの赤や黄色の紅葉に囲まれ、主人公の少女・千尋同様、異界にタイムスリップしたような心地。上流の滝から続く清流が本堂の床下を流れ、渓谷をなしているのも驚き。もっとも良かった札所の一つである。
【次の札所まで9.2㌔】



別格13番仙龍寺2
昭和9年10月竣工


別格13番仙龍寺3
金田一耕助のミステリー映画に出てきそうな雰囲気である


別格13番仙龍寺5


別格13番仙龍寺4
本堂の真下を滝が流れ、渓谷に注ぐ


遍路ハウス毛利荘
遍路ハウス・毛利荘
管理人さんは高校の元英語教師で、たいへんマメな方。
使っていない生家の跡地を利用したとのこと。
清潔で、なんでも揃っていて、居心地のいい宿だった。
このあたりは宿が少ないのでありがたかった。(サニーさんと同宿)



別格14番札所: 椿堂(つばきどう)

14番
 常福と 非核を願い 石像の
 前をめくれば つばきゴックン 

ご本尊: 延命地蔵菩薩 非核不動尊 
本歌 : 立ち寄りて 椿の寺に やすみつつ 祈りをかけて 弥陀をたのめよ
コメント: 邦治山常福寺の号をもつ。弘法大師が当地に流行る病いの退散を祈り、土に杖をさすと、そこから椿が育ったという。本尊の大聖不動尊は、核兵器廃絶を願って非核不動尊と呼ばれている。ここは何と言っても、境内の片すみにある道祖神が見物。前たれで隠してあるので、気づかない人も多いだろう。この日は一日サニーさんと楽しく歩いた。
【次の札所まで24.0㌔】


別格14番椿堂山門
山門


別格14番椿堂(サニーさん)
一つ一つのお堂に線香を上げ、心を込めて祈るサニーさん


別格14番椿堂(福の神2)


別格14番椿堂(福の神3)


別格14番椿堂(福の神1)


境目トンネル855m
その名も境目トンネル(855m)を抜けて徳島県へ



【徳島県】


境宮神社
その名も境宮神社で昼食休憩


白地温泉1
白地温泉で日帰り入浴、いい湯だった~
この旅館は『放浪記』で知られる作家・林芙美子が執筆した宿
当地の山紫水明を愛したという


旅人宿
三好市池田町の吉野川沿いの宿
親切なオーナーの世話になった


別格15番への道(朝の吉野川)
別格15番への道は吉野川沿いを歩く


別格15番への道(四国中央波橋)
四国中央橋を渡る



別格15番札所: 宝珠山 箸蔵寺(ほうじゅさん はしくらじ)

15番
 伊予終えて 阿波のはしまで 戻り来て
 くらぶものなき 善根の宿

ご本尊: 金毘羅大権現
本歌 : いその神 ふりにし世より 今もなほ 箸運ぶてふ ことの尊き
コメント: この札所は徳島県三好市に位置する。甲子園で有名な池田高校の地元。山間を深緑の吉野川が流れる風光明媚な町だった。箸蔵山(540m)の頂にある札所は、空気が澄み、紅葉も景色も素晴らしかった。下りはロープウェイを使った。その後、サニーさんと一緒に、宿のオーナーの運転で、大歩危・小歩危や祖谷のかずら橋に遊んだ。脱サラして宿を始めたという。夏場は世界中から来るラフティング客で賑わい、宿は目まぐるしい忙しさだそうだ。
【次の札所まで19.1㌔】


別格15番箸蔵寺(山門)
山門


別格15番箸蔵寺本堂
本堂


別格15番箸蔵寺(境内)
護摩殿前の広場


別格15番箸蔵寺(十二支彫刻)
境内のあちこちにある彫刻が見物。
護摩殿と本堂の欄間には干支が彫られているが、
護摩殿のほうは十支で終わっている(戌と亥がいない)。
スペースが足りなかったらしい。
(画像はウサギ)



別格15番箸蔵寺(とら彫刻)


別格15番箸蔵寺(紅葉)


大歩危
大歩危小歩危にドライブ
まさかここに来られるとは思わなかった
なんという因縁


そやのかづら橋
祖谷のかずら橋
サルナシ(しらくちかずら)などの葛類を使っている
長さ45m、幅2m、谷からの高さ14m
揺れる、揺れる


旅人宿の朝焼け
宿のバルコニーから見た日の出前の吉野川
さあ、今日は遍路最高峰、雲辺寺だ



四国の白地図第14回

CraftMAPの白地図を使用しています。より詳しい四国地図を見たい方は、こちら(地図蔵)を参照ください。  




次回予告
香川県に入ります



   



●  本:『悪意の糸』(マーガレット・ミラー著)

1951年刊行
2014年創元推理文庫 

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 『殺す風』、『狙った獣』に次いで3作目のマーガレット・ミラー。
 
 70年前のミステリーで、やや意外な犯人こそあれど、読者を驚かす奇抜なトリックも名探偵の有無を言わさぬ見事な推理もない。
 心胆寒からしめる残虐描写も派手なアクションシーンもない。
 なのに、読み始めるやぐいぐい引き込まれて、ページをめくる手が止まらなくなる。
 その秘密は、ミラーの人間観察の怖いほどの鋭さ、ある種の意地の悪さを感じさせる描写にある。
 英国ミステリー作家のクリスチアナ・ブランドに似ている。

 ウーマンリブ前の50年代アメリカにおける女性の抑圧と葛藤と気概が描かれているところも特徴の一つ。(過去100年における女性の意識の変化は、人類史的にみたら「進化」に等しい)

 やはり、ストーリーの面白さもさることながら、人間心理のドラマのほうが、時を越えて読まれるのであろう。
 ミステリーの女王クリスティも、『アクロイド殺し』や『オリエント急行殺人事件』などのミステリー史に残る大トリックや、『そして誰もいなくなった』などの凝った設定と強烈なサスペンスに目を奪われがちだけれど、あれだけ多くの作品が図書館や本屋にいまだに並ぶ一番の理由は、彼女の心理描写の巧みさと心理ドラマの説得力、それに雰囲気づくりのうまさにあると思う。
 最近、クリスティのいくつかの非代表的な作品を数十年ぶりに読みかえしてみた。
 なんてことないストーリーなのに、やっぱり面白い。




おすすめ度 : ★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損




● オリジナル御詠歌でめぐる四国遍路108 第13回(第60~63番)


 2018年9月下旬のある日、四国遍路88札所と別格20札所、あわせて108の霊場を歩いてめぐる旅に出た。これはその記録である。
 各札所には御詠歌と呼ばれる短歌がある。お寺の名前を歌の中に盛り込み、法の尊さや御仏のありがたさを説いたものが多い。
 ここでは、やはり寺の名前を盛り込みながら、道中の思い出や札所の印象などをオリジナル御詠歌にして詠んでみた。


【愛媛県】

すけ家
壬生川(にゅうがわ)にある「お宿すけ家」に拠点を定めて別格打ち
国際色豊かな親切な宿だった


西山興隆寺参道
西山興隆寺参道


 別格10番札所: 仏法山 西山興隆寺(ぶっぽうさん にしやまこうりゅうじ)

10番
 紅葉の 誉れにひかれ 来てみれば
 人や犬との こうりゅう(交流)の山

ご本尊: 千手観音菩薩
本歌 : みほとけの 法の御山の のりの水 流れも清く みゆるぎの橋
コメント: 平和な里山の道をたどって、昼なお暗き参道の森に入る。清流の音高く、深山幽谷の気配。ここは県内有数の紅葉の名所で、境内には行楽客がつめかけていた。お寺の二匹の犬は、しきりに愛嬌を振りまいていた。サニーさんと再会。次の札所まで一緒に歩き、禅や瞑想の話などして親交を深めた。若い頃に日本に来て空手を習ったそうだ。たくまし~。
【次の札所まで3.8㌔】

西山興隆寺大師堂
大師堂


西山興隆寺紅葉2


西山興隆寺犬1
決めポーズ1


西山興隆寺犬2
決めポーズ2


西山興隆寺ハーケンクロイツ
境内で見かけた“まんじ”マーク
この“まんじ”の向きは、お寺を表す記号(卍)とは逆(右旋回)である。
すなわち、ナチスのハーケンクロイツと同じなのだ!
そこに気づいたのはサニーさん、問われて答えられなかったソルティ。
あとで調べてみたら、仏教は元来、右旋回が正しかったようだ。
つまり、このお寺の創建の古さ(642年)を物語っている。



興隆寺から生木地蔵への道
興隆寺から生木地蔵への道中風景



別格11番札所:生木地蔵(いききじぞう)

11番
 生木とは 名前ばかりの 涸れぶりに
 人の行き来も 危ぶまれるかな

ご本尊: 生木地蔵菩薩
本歌 : 一夜にて 願いを立つる みこころは 幾代かはらぬ 楠のみどりば
コメント: 生木山正善寺の号を持つ。弘法大師が楠(くす)の大木に彫った延命地蔵大菩薩が本尊であるが、昭和29年9月の洞爺丸台風で、木は根元より倒れたそうだ。境内に祀られている木の幹からは生気が感じられず、寺自体もうら寂れた感が漂っていた。大師堂もなく、元気のない札所であった。
【次の札所まで11.5㌔】


生木地蔵2
境内


生木地蔵1
倒れた大楠


生木地蔵3


西山興隆寺近くから横峰山を望む
「すけ家」に帰る途中の景色
一番高いところが明日登る横峯山ピークか


すけ家の朝ごはん
「すけ家」で夕ごはん
素泊まりだが、いろいろお惣菜を接待いただいた
このあたりでまた一つ吹っ切れるものがあった


60への道(平城)
翌朝、60番への道(国道196号)
実際には位置関係上、61番を先に打った


60番への道(砕石工場)
60番横峯寺へ
砕石場の横を通り抜ける


60番への道(がけ崩れ)
えっ! 行き止まり? 道を間違えた?
否、ここを超えて進むのであった


60番への道(倒木)
ここも超えて進むのであった


60番への道(道標)
尾根にやっと到達
が、ここからも長かった



60番札所: 石鉄山 横峰寺 (いしづちさん よこみねじ)

60番
 横道に 入りては迷い 引き返す
 峰の大日 子午線越える

御本尊: 大日如来
本歌 : たてよこに 峰や山辺に寺たてて あまねく人を 救うものかな
コメント: 745mの山の上にある。とにかく道に迷い、焦りまくった。宿でもらった手書きの簡単な地図を頼りに進んでいったが、距離や所要時間を確かめておかなかったので、途中で違う道に入ってしまった。分岐まで引き返してやり直したら、今度は崖崩れで道が埋まっている。また引き返す。宿に電話して確認す。正午前に余裕で到着するはずが、札所に着いたら1時を回っていた。自分にとって一番の「遍路ころがし」だった。境内でサニーさんと再会。下山は同行した。
【次の札所まで9.6㌔】


60番横峰寺本堂
本堂


60番横峰寺大師堂
大師堂
山の湿気を考慮し、高床式に造られている


香園寺奥の院3
下山途中に61番香園寺奥の院がある
参拝の支度をするサニーさん
日本人以上に寺社を愛する人だった


香園寺奥の院2
麒麟が来た!



61番札所: 栴檀山 香園寺 (せんだんさん こうおんじ)

61番
 香満つる 広きお堂に たたずみて
 親と大師の おんを思へり

御本尊: 大日如来
本歌 : 後の世を 思えばまいれ香園寺 とめて止まらぬ 白滝の水
コメント: 褐色の鉄筋コンクリート2階建ての立派なお堂が特徴。2階本堂の壮麗さは、札所中随一だろう。境内には赤ん坊を抱いた弘法大師像が立っている。この寺の門前で身重の女性を助け、無事出産に導いた故事による。以来、安産・子育て祈願のメッカとなっている。
【次の札所まで1.3㌔】


61番香園寺本堂
モダンな本堂
お寺自体は聖徳太子創建と伝えられる古刹


61番香園寺子安大師
子安大師像



62番札所: 天養山 宝寿寺 (てんようざん ほうじゅじ)

62番
 いにしえも 今も変わらぬ 人の世は
 ほうの道にも じゅなん(受難)あるかな

御本尊: 十一面観音菩薩
本歌 : さみだれの あとにいでたる玉の井は 白坪なるや 一の宮かわ
コメント: JR予讃線伊予小松駅のすぐそばにある。ソルティが訪れたとき(2018年11月)は、四国88カ所霊場会と対立して脱会。霊場会が第61番札所の駐車場に仮設の62番礼拝所を設けたため、札所が2カ所という珍事となっていた。新情報によると、2019年12月に宝寿寺は霊場会に復帰、仮設札所もなくなった。第86番志度寺の住職が宝寿寺の住職を兼務している。
【次の札所まで1.4㌔】


62番宝寿寺境内
境内


伊予小松駅
JR予讃線・伊予小松駅


伊予小松駅付近
駅前通り


63番吉祥寺そばの道標
ついに「高松まで〇km」の表示に遭遇



63番札所: 密教山 吉祥寺 (みっきょうざん きちじょうじ)

63番
 朝日さす 多聞の寺に 拝むれば
 揺るぐ大地に 吉祥をみる 

御本尊: 毘沙門天
本歌 : 身のうちの 悪しき非法を うちすてて みな吉祥を のぞみ祈れよ
コメント: 早朝のお寺は空気が澄んで気持ちいい。拝んでいると心も澄んでいく。直後にあった地震(震度4くらいか)も良いしるしと感じた。玩具をしきりに噛んでいた飼い犬が面白かった。
多聞とは毘沙門天のこと。
【次の札所まで3.2㌔】


63番吉祥寺境内
境内


63番吉祥寺の犬



石鎚神社鳥居
石鎚神社(本社)
もちろん祭神は石鎚山(1974m)


石鎚神社本殿
本殿
山頂の社に行くつもりであったが、横峯ころがしのこともあり、
今回は“呼ばれて”ない気がした。
次の機会に!


石鎚神社ご朱印
ご朱印はいただいた


石鎚神社からの景色
本殿から瀬戸内海を眺める



四国の白地図第13回

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次回予告
大歩危小歩危に遊びます







   

● 映画:『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』(フィリダ・ロイド監督)

2012年イギリス
105分

 メリル・ストリープの演技力にまたしても舌を巻くための映画である。
 モデルとなった当人に似ているかどうかはともかく、一人の意志堅固な女性政治家像およびその老いた姿を完璧につくりあげている点が凄い。
 サッチャー(1925-2013)という政治家をまったく知らない人が見ても、そこに一貫した魅力あるキャラクターを見て取ることができよう。
 
 ドラマ自体は政治家としてのサッチャーの生涯を簡潔になぞったものである。
 家族ドラマとしても、社会派ドラマとしても、あるいは認知症でその生を終えた「鉄の女」を描いた人生ドラマとしても、深みには達していない。
 制作時には、サッチャーの子供たちはむろん、本人が存命していたせいもあろう。
 サッチャーとその時代のイギリスを知るには手頃な資料である。

 政治家を引退したサッチャーが、来日して地方の行政主催イベントによばれたときの講演料が1000万円だったことを思い出した。
 ときは90年代半ば、バブル崩壊が始まっていた。
 
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おすすめ度 : ★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損


● 本:『武器になる! 世界の時事問題』(池上彰著)

2020年大和書房

 ニュースや天気予報くらいしかテレビを観ることのないソルティであるが、たまに池上彰がキャスターをつとめる報道バラエティ番組(とでも言うのか)は観る。
 時事問題を堅苦しくない切り口で、非常にわかりやすく解説してくれるので、観た後になんとなく賢くなったような気がする。
 本人がどういう思想や立場の人なのかは知らないが、少なくとも番組上では、本人の主義主張を開示しパネラーや視聴者に押し付けるようなところがないのも、つまり本人はあくまでも鳥瞰的立場にとどまっているところも、観ていて疲れない理由であろう。


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 あんな忙しい人がいったい本など書く暇があるのだろうかと思うが、本書は2019年夏に関西学院大学で行った講義録がもとになっているとのこと。
 学生対象の基礎講座なので、これまたわかりやすいことこの上ない。

 ソルティは昔から時事問題とくに政治経済や国際情勢にあまり関心がない。関心が持てない。
 どうせ昔ながらの権力闘争、領土と資源をめぐる争奪戦、宗教や民族問題の絡んだジェノサイドや紛争、単純に言えば、金と女と名声と権威を欲するオヤジたちの陣取り合戦――といったイメージがあるからだ。
 だが、自分もまたその世界の片隅に生きていて、日々少なからぬ影響を受けているので、たまには、「今の世界情勢を抑えておこう」、「その中で日本の小市民たる自分の置かれている立場を確かめて置こう」という気になる。
 で、読んでみて、相も変わらぬ世界にやっぱりうんざりすることになる。(この「うんざり」は、仏道修行のモチベーションにつながるので馬鹿にならないのだが・・・)  
  • トランプ大統領の誕生した背景
  • イギリスのEU離脱
  • 戦後の日米関係の変遷
  • 沖縄基地問題のいま
  • 中東問題とイスラム教
  • 中国共産党の来し方と行く末
  • 朝鮮半島問題      等々
 まさに今の世界情勢を概観し、時事ニュースを理解するための重要なポイントが取り上げられ、わかりやすく解説されている。
 NHKの記者だった池上の該博な知識と、リアリティを感じさせる“現場”のエピソードの数々に感嘆する。
 それにつけても、今の中国くらい、ジョージ・オーウェルの『1984』に酷似している国は無かろう。
 恐ロシア、いや震えチャイナ・・・・・

 読んでみて、ソルティが外野から生半可な知識なりにとらえていた世界の状況や見方が、それほどはずれてはいないことに気づく。
 それはきっと、時事ニュースこそいちいち追っていないけれど、いろいろな国の映画をよく見てきた、よく見ているからなのだと思う。
 各国の映画に映されている風土や市井の人々の生活や物語の枷となる社会的背景を理解することで、知らずその国の歴史や情勢を学んでいるのだ。
 映画の場合、本や新聞やテレビやネットのニュースとは違って、遠い国の生活者の体温や息づかいや声音や表情まで伝わってくるところが特徴であろう。
 教育的効果を期待して映画を観ているのでは決してないが、間違いなく映画は世界とつながる窓である。

 

おすすめ度 : ★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
★     読み損、観て損、聴き損


● オリジナル御詠歌でめぐる四国遍路108 第12回(第54~59番)


 2018年9月下旬のある日、四国遍路88札所と別格20札所、あわせて108の霊場を歩いてめぐる旅に出た。これはその記録である。
 各札所には御詠歌と呼ばれる短歌がある。お寺の名前を歌の中に盛り込み、法の尊さや御仏のありがたさを説いたものが多い。
 ここでは、やはり寺の名前を盛り込みながら、道中の思い出や札所の印象などをオリジナル御詠歌にして詠んでみた。


【愛媛県】


54への道(瀬戸内海1)
松山~今治間は瀬戸内海を左に見ながら歩く
高知の海岸風景といかに違うことか!
車も多い


54への道(瀬戸内海4)



54への道(瀬戸内海2)



54への道(鹿島)
伊予北条の鹿島(かしま)
「伊予の江の島」と呼ばれる

54への道(鹿島2)
周囲1.5km、標高113.8m
鹿島の野生シカは愛媛県指定の天然記念物に指定されている


54への道(子規マンホール)
マンホールにも鹿島が刻まれていた
粟井坂もこのあたりの地名


54への道(鎌大師付近)
鎌大師付近の峠
子規の句の通り、涼しい風にしばし吹かれた


54への道(瀬戸内海3)


54への道(菊間の瓦)
菊間町は瓦の生産で有名


54への道(太陽石油1)
前方に宇宙都市を発見
なんだあれは?


54への道(太陽石油2)
太陽石油の製油所だった
創業者の青木繁吉は高知出身


54への道(伊予亀岡の菊)
伊予亀岡の接待菊


54への道(星の浦海浜公園)
星の浦海浜公園
ドックの向こうに芸予諸島が見える
54への道(ようこそ今治へ)
行き交う東南アジア系の外人の多さにびっくり
タオル工場の従業員だろう


54番延命寺参道
54番延命寺山門に到着



54番札所: 近見山 延命寺 (ちかみざん えんめいじ)

54番
 延々と 続く海辺の道なれば
 命懸けずに のんびり歩け

御本尊: 不動明王
本歌 : くもりなき 鏡の縁とながむれば 残さず影をうつすものかな
コメント: 53番(松山)から54番(今治)までの34.4㎞をえらく長く感じたのは、風邪をひいて疲れていたから。瀬戸の海の透き通る青さがなければ、さらにきつく感じただろう。このあたりでへたばる遍路は多いらしく、境内では三坂峠(45~46番)で出会った看護師がベンチでのびていた。
【次の札所まで3.4㌔】



54番延命寺本堂
本堂


伊予一宮別宮神社鳥居
伊予別宮・大山祇(おおやまつみ)神社
別宮とは、本社の『わけみや』という意で本社についで尊いお宮。
伊予一宮本社は瀬戸内海の大三島にある。

伊予一宮別宮神社
さすがに大三島まで渡るのはきついので
別宮で御朱印をいただいた。
祭神の大山積大神はアマテラスの兄という。


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55番札所: 別宮山 南光坊 (べっくざん なんこうぼう)

55番
 今治の 東西南北 睨みつけ
 光放つや 天部の神は

御本尊: 大通智勝如来
本歌 : このところ 三島に夢のさめぬれば 別宮とても 同じすいじゃく
コメント: 一般に仁王像が置かれることの多い山門に、四方を護る四天王(持国天・増長天・広目天・多聞天)がいるのが珍しかった。境内の東屋でまた看護師と遭遇。いつの間に抜かれたのか? 疲れ切った表情で眠りこけていた。そう、彼は寝袋(野宿)組であった。起こすのも可哀想なので、そのまま別れた。
【次の札所まで3.0㌔】

55番南光坊
山門


55番南光坊持国天


55番南光坊増長天


55番南光坊広目天


55番南光坊多聞天


今治駅
今治駅
数日前に国際的なサイクリングの大会があった
サーフィン、ラフティング、サイクリング・・・
四国のアスレチックぶりに驚く


56への道(かつや)
56番へ行く途中のとんかつやで昼食



56番札所: 金輪山 泰山寺 (きんりんざん たいさんじ)

56番
 テーブルを 占拠する身の やましさに
 早たいさんす 荷物かついで

御本尊: 地蔵菩薩
本歌 : みな人の まいりてやがて泰山寺 来世の引導 たのみおきつつ
コメント: 風邪と11月初めとは思えない強い日射しとでグロッキー寸前。精をつけるため、へんろ道沿いにあったチェーンのとんかつやに入った。日曜のこととて家族連れで賑わう中、杖に笠に頭陀袋、大きなリュックを背負った遍路姿の自分。ひとり異質であった。もっとも、現地の人は見慣れているのだろうが。
【次の札所まで3.1㌔】



56番泰山寺1
泰山寺



57番札所: 府頭山 栄福寺 (ふとうざん えいふくじ)

57番
 ここがまあ「ボクは坊さん。」 栄福寺
 思いがけぬも 閑かなるかな

御本尊: 阿弥陀如来
本歌 : この世には 弓矢を守る八幡なり 来世は人を 救う弥陀仏
コメント: 映画にもなった『ボクは坊さん。』(2010年ミシマ社)の著者、白川密成が住職をつとめるお寺。森と池に囲まれた静かで地味なたたずまいは好感が持てた。納経所の人の対応も良かった。
【次の札所まで2.4㌔】




57番栄福寺1
境内


57番栄福寺2
境内にあった掲示板


58への道
58番へ登る道から今治市街を見下ろす
あの高い塔、なにに見える?


58番仙遊寺山門
仙遊寺山門


58番仙遊寺石段
よくもまあ登ったものよ



58番札所: 作礼山 仙遊寺 (されいざん せんゆうじ)

58番
 千尋の 高き石段 のぼりきり
 薄暮の庭に 犬と遊べり

御本尊: 千手観音菩薩
本歌 : たちよりて 作礼の堂にやすみつつ 六字を唱え 経を読むべし
コメント: 225mの山腹にある。登る途中に見えた今治市街の景色が素晴らしかった。ひときわ高く聳え立つは今治国際ホテル(地上23階、高さ101.7m)であるが、これが一瞬、弘法大師の後ろ姿に見えた。うれしい錯覚。境内には犬がつながれて、参詣者の人気者になっていた。別格7番の山道以来、一週間ぶりにサニーさんと再会。彼女は宿坊に泊まるという。疲労困憊のソルティはややラグジュアリー(笑)なビジネスホテルに宿をとった。この種のホテルのいいところは、ハズレが少ない点である。
【次の札所まで6.1㌔】


今治国際ホテル
今治国際ホテル


58番仙遊寺境内
境内


58番仙遊寺の犬



59への道(松本バス停)
住宅街のバス停で一休み
ソルティの荷物は大概のへんろより少なく軽かった。
長年の山登り経験で、必要最小限なグッズに絞り込まれていた。



59番札所: 金光山 国分寺 (こんこうざん こくぶんじ)

59番
 国籍の 分け隔てなく 受け入れて
 大師はいます 右手差し出し

御本尊: 薬師瑠璃光如来
本歌 : 守護のため 建ててあがむる国分寺 いよいよめぐむ 薬師なりけり
コメント: この境内でフランスから来た70代くらいのご婦人と会った。なかなか日本語も達者であった。一日20㎞歩くと決めているというから、かなりのんびりペースである。フランスでは、ある女性が書いた四国遍路体験記がベストセラーとなり、それを読んで四国を訪れる人が増えたそうだ。
【次の札所まで17.3㌔】
58番国分寺境内
境内


58番国分寺七福神
お寺でよく見かける六地蔵かと思ったら七体いる
七福神であった
赤い毛糸の帽子がかわいい


58番国分寺大師像
これは名案!



四国の白地図第12回

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次回予告
60番横峰寺に転がされました







   

● 「口裂け女」考 本:『うわさと俗信 民俗学の手帖から』(常光徹著)

2016年河出書房新書

 民俗学というと、「ちょっと昔」の庶民の風俗やしきたりや言い伝えを調査研究する学問というイメージがある。
 大体、江戸時代から太平洋戦争前くらいの「昔」というか。
 勝手にそう思い込んでいたが、別に誰がそう決めた、定義したというわけでもないらしい。

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 本書は、第1部「うわさ」編と第2部「俗信」編に分かれている。
 第2部こそ土地に残る古くからの言い伝えを取り上げ考察するという従来の民俗学の範疇におさまるものだが、第1部は副題に「現代の世間話」とある通り、現代それも70年代くらいから巷で流行った噂話が列挙されている。
 いわゆる「都市伝説」というやつだ。
 これが面白い。
  • 学校のトイレにまつわる怪談 「赤い紙・青い紙」
  • 口裂け女 「わたし、きれい?」
  • 人面犬
  • 首なしライダー
  • ピアスの穴
  • 会社訪問のうわさ 「男は黙ってサッポロビール」
  • とんだヘアー
  • フランスのブティックの試着室
等々
 どこから、何がきっかけで起こったかは知らないけれど、子供や若者を中心に一世を風靡(?)した怪談や滑稽譚に光を当てている。
 10~20代をボーっと、どちらかと言えば非社交的に生きていたソルティも聞いたことがあるものばかり。懐かしい感があった。
 上のタイトルだけ見て、「ああ」とすべて分かる人は、ソルティとほぼ同世代かそれ以上だろう。

 著者の常光徹(つねみつ・とおる)は1948年高知県生まれ。
 学生の頃から民俗学に興味を持ち、中学校の教師をしながら北陸や東北の民話について調査研究をすすめていたが、年を追うごとに語り手がいなくなり、伝承の衰退を感じていた。
 そんなとき、児童文学作家の松谷みよ子に、「目の前の伝承をみつめてみては」と言われたのがきっかけとなり、教え子である都会の子供たちを対象に話を採取したそうだ。
 それが1985年(昭和60年)のことというから、まさに昭和末期あたりからの都市伝説が出揃ったわけである。

 こういった都市伝説は、話自体の奇妙さや怖さや不合理さなどの分析、あるいは伝播経路やバリエーションの調査もさることながら、なんでその噂が当時流行ったのか、その話のどこにその時代の若者たちの意識(無意識)を揺り動かすものがあったのか、を探ることこそが面白いと思う。
 著者がそのへんをもう少し突っ込んでくれたら、という感はする。

 たとえば、口裂け女が流行ったのはソルティが高校生の頃(1979年)だったが、いま自己分析すると、当時は意識していなかったが、両耳まで裂けた女の口の形状におそらく女性器を連想し、それに噛みつかれる=去勢恐怖があったのではないかと思う。
 それがひとり童貞少年の怯えにおさまらず、メディアを騒がし全国区になったのは、やはり、「女が強くなった、女が性を語るようになった」という時代風潮が背景としてあったからではなかろうか。

 一方、口裂け女には、怖いだけでなく、どこか孤独で寂しい匂いも感じていた。
 その匂いは、ソルティの中では、後年(1997年)の東電OL事件につながっている。
 やはり、性に絡んでいる。
 性に絡むことは、一般に人々が抑圧し意識に登らせないことが多いので、逆にこういう単純には説明のつかない噂話の形をとって顕在化しやすいのではなかろうか。

口裂け女
 1979年の春から夏にかけて日本で流布され、社会問題にまで発展した都市伝説。
 口元を完全に隠すほどのマスクをした若い女性が、学校帰りの子供に 「私、綺麗?」と訊ねてくる。「きれい」と答えると、「……これでも……?」と言いながらマスクを外す。するとその口は耳元まで大きく裂けていた、というもの。「きれいじゃない」と答えると包丁や鋏で斬り殺される。
 この都市伝説は全国の小・中学生に非常な恐怖を与え、パトカーの出動騒ぎ(福島県郡山市・神奈川県平塚市)や、北海道釧路市・埼玉県新座市で集団下校が行われるなど、市民社会を巻き込んだパニック状態にまで発展した。
(ウィキペディア『口裂け女』より抜粋)
 
 コロナ禍のいま、外を歩いているのはマスク女性ばかりなので、口裂け女にとっては良い隠れ蓑になるはず。
 再来するか?
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Ed ZilchによるPixabayからの画像



おすすめ度 : ★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損




● オリジナル御詠歌でめぐる四国遍路108 第11回(第48~53番)


 2018年9月下旬のある日、四国遍路88札所と別格20札所、あわせて108の霊場を歩いてめぐる旅に出た。これはその記録である。
 各札所には御詠歌と呼ばれる短歌がある。
 お寺の名前を歌の中に盛り込み、法の尊さや御仏のありがたさを説いたものが多い。
 ここでは、やはり寺の名前を盛り込みながら、道中の思い出や札所の印象などをオリジナル御詠歌にして詠んでみた。


【愛媛県】

48への道(重信川)
 重信川
み・みずがない!?

48番札所: 清滝山 西林寺 (せいりゅうざん さいりんじ)

48番

 水草の 揺るぐ小川の 橋渡り
 さいりん(再臨)したき この清き寺


御本尊: 十一面観音菩薩
本歌 : 弥陀仏の 世界をたずね行きたくば 西の林の寺にまいれよ

コメント: 重信川(一級河川)を渡って松山市に入る。が、なんと水無川だった。豪雨が続くと氾濫するという。その先に弘法大師が杖で突いたら湧き出した「杖の淵」と呼ばれる泉がある。その流れが寺の外を巡り、非常に気持ちいい境内だった。水草は刺身のツマに使う“ていれぎ”という種類らしい。この歌は作るのに苦心した。

【次の札所まで3.1㌔】


48番西林寺1
山門へ渡る石の太鼓橋


48番西林寺2
整然とした境内


48への道(tていれぎ)
外の濠に揺れるていれぎ


49への道(いよてつ)
伊予鉄道横河原線

 

49番札所: 西林山 浄土寺 (さいりんざん じょうどじ)


49番
 いよてつの 遮断機上がる その先に
 浄土の門の 護り手ぞ立つ


御本尊: 釈迦如来
本歌 : 十悪のわが身をすてず そのままに 浄土の寺に 参りこそすれ

コメント: 伊予鉄道横河原線の久米駅のそばにある。48番から行くと、踏切を渡った正面に立派な仁王門がそびえる。おっかない顔した左右の金剛力士像に出迎えられるのは、十悪の身としてはちょっと(かなり?)怖い。この本歌、好きである。

【次の札所まで1.7㌔】

 

49番浄土寺山門
山門


49番浄土寺本堂
シンメトリカルで美しい本堂
国の重要文化財の指定を受けている

50への道(墓場)
50番への道中にある墓地



50番札所: 東山 繁多寺 (ひがしやま はんたじ)


50番
 繁多なる 街を見おろす 山寺の
 池に映りし 静寂のかげ


御本尊: 薬師如来

本歌 : よろずこそ はんたなりとも怠らず 諸病なかれと 望み祈れよ

コメント: 住宅街の路地やお墓の中を抜けて登ったところにある。境内には釣り堀のような池が二つあり、その向こうに松山市街や松山城、瀬戸内海まで見える。繁多(用事が多く忙しい)という名前に似つかわしくない静かな境内であった。

【次の札所まで2.8㌔】

 

50番繁多寺山門
山門


50番繁多寺の池



51
番札所: 熊野山 石手寺 (くまのさん いしてじ)


51番
 不気味なる 石の回廊 経巡りて
 聖俗満つる 庭に立ちけり


御本尊: 薬師如来

本歌 : 西方を よそとは見まじ 安養の 寺にまいりて 受くる十楽

コメント: 道後温泉の近くにあるせいか、観光客や修学旅行生で賑わっていた。門前店は並ぶわ、お化け屋敷のような洞窟(全長160m)はあるわ、国宝や重文や宝物館はあるわ、いろんな慈善活動・政治活動を呼びかけるパンフレットやポスターはあるわ・・・・なんでもありのアミューズメントパークのようなお寺であった。住職がヤル気満々なのか。いや、寺とは元来こういう所だったのだろう。

【次の札所まで10.7㌔】



51番石手寺(バロックな女人像)
参道に立つバロックな女神像
(モデルは若尾文子?)


51番石手寺(境内)
境内


51番石手寺(砂の同心円)

51番石手寺(三重塔)


51番石手寺(洞窟)
お化け屋敷のような洞窟
なにかに憑かれそうな不気味な気配漂う


51番石手寺(洞窟出口)
突貫工事的に山をくり貫いた感じ


51番石手寺(パンフレット)



51番石手寺(衛門三郎)
ここにも衛門三郎が・・・・
いや、そもそも石手寺の名の由来が彼と関係ある。
三郎の死の間際に弘法大師がその手に石を握らせた。
その石を手にした赤子が後年生まれた(輪廻転生)。
石はこの寺に納められたという。
しかし、このサブちゃんの姿は哀れすぎる


松山(ユースホステル)
松山ユースホステルに宿泊


松山(ユースホステル2)
ユースの共同スペース
早朝出発したはずの遍路仲間が戻ってきた
40分歩いたところで靴を間違ったことに気づき、タクシーで戻ったという
なんと彼はソルティの靴を履いていったのだ!
何も知らず漫画を読んでいたのんきな自分


松山(道後温泉)
道後温泉で旅の疲れを癒す


松山(宝厳寺)
道後温泉のそばにある宝厳寺は、踊り念仏で知られる一遍上人の生誕地


松山(宝厳寺2)
宝厳寺境内
時宗のお寺では、藤沢にある遊行寺と相模原にある無量光寺が有名

松山(ヘルスビル)
道後温泉アーケードを抜けたところにあるヘルスビル
「色里や 十歩はなれて 秋の風」(正岡子規)
健康的だ


松山(一草庵)
俳人・種田山頭火が晩年を過ごした一草庵


松山(一草庵2)
一草庵の内部
住みやすそうですな


種田山頭火

どうしようもない私が歩いている
分け入つても分け入つても青い山
また一枚脱ぎ捨てる旅から旅
おちついて死ねそうな草萌ゆる


松山(ゴルフ練習場)
ため池を利用した打ちっ放し
ボートと虫取り網でゴルフボールを回収していた
 (JR予讃線・三津浜駅近く)


愛媛県庁
松山県庁
木子七郎設計により1929年(昭和4年)完成
松山では半日街中を歩き回り、路面電車に乗り、床屋でスポーツ刈りにした。



52番札所: 瀧雲山 太山寺 (りゅううんざん たいさんじ)


52番
 太山の道をも塞ぐ 催涙雨
 人のこひぢ(乞い路)を妬むものかな


御本尊: 十一面観音菩薩

本歌 : 太山へ のぼれば汗のいでけれど 後の世おもえば 何の苦もなし

コメント: 国宝の本堂を拝むことができなかったのは、参道の崖が崩れて通行止めになっていたから。ここでも七夕豪雨が爪痕を残していた。御朱印はふもとの本坊で受けた。催涙雨とは七夕に降る雨のこと。彦星と織姫が会えないことを嘆く涙とか。仏を乞う道まで邪魔しなくとも・・・。

【次の札所まで2.6㌔】


52番太山寺山門
山門


52番太山寺がけ崩れ
この先通行止め


太山寺本堂
国宝指定の本堂
(ウィキペディア「太山寺」より)


 

53番札所: 須賀山 円明寺 (すがざん えんみょうじ)


53番
 誦経する 白衣姿の一群を
 マリアは見やる 円明にして


御本尊: 阿弥陀如来

本歌 : 来迎の 弥陀の光の円明寺 照りそう影は 夜な夜なの月

コメント: 境内の目立たぬ一隅に、聖母マリアの彫られた灯籠がある。かつて隠れキリシタンが礼拝していたという。それを黙認していたお寺のふところの深さを想う。円明とは、理知円満の境地に達して明らかに悟ること。

【次の札所まで34.4㌔】


53番円明字境内
境内


53番円明字キリシタンとうろう

マリア観音
マリア観音



四国の白地図第11回



CraftMAPの白地図を使用しています。より詳しい四国地図を見たい方は、こちら(地図蔵)を参照ください。




次回予告
瀬戸内海を左手に歩きます


 
 







   



 

● 本:『老年について』(キケロー著)

B.C.44年執筆
2019年講談社文庫(大西英文訳、『友情について』も収録)

 マルクス・アウレリウス『自省録』につぐ古代ローマ賢人シリーズ。

 よく考えてみたら、2000年以上前に生きたローマ人の声を聴けるとはすごいことだ。
 現代作家のいったい誰が2000年後の人類によって読まれているだろう?
 むろん、キケロー本人も想像だにしなかったであろう。自分の作品が、2000年後の(キケローが存在を知らなかった)極東の小さな島国の異国語を話す人間によって読まれ、いい加減な感想を書かれ、世界を結ぶインターネットによって発信されてしまうとは!


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 キケローの生きた時代を、大方の読者が「ああ!」と即座に理解しイメージできるように言うならば、こうなる。
 カエサルとクレオパトラの時代――。

 カエサルという英雄の登場によって、それまで元老院が牛耳っていた政権(共和政)に揺らぎが生じ、カエサル暗殺後、アントニウスとオクタビウスが対峙し前者が破れた結果、初代ローマ皇帝アウグストゥス誕生とあいなった時代である。(このへんの知識いい加減)
 政治家であったキケローはまさにこの激動の時代を生きた。

マルクス・トゥッリウス・キケロー
ローマの雄弁家、政治家、哲学者。ラテン散文の完成者。共和政末期の混乱の世に、最高の教養と雄弁をもって、不正の弾劾者、自由の擁護者として活躍。第1次三頭政治のもとで、前 58年追放され、翌年帰国後も自由な政治活動ができず、哲学的著作に従事。カエサル暗殺後再び元老院の重鎮として活躍。
主要著書は『弁論家論』、『国家論』、『善と悪の限界について』、『トゥスクルム論叢』、『神々の本性について』など。
(『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』より抜粋)

 キケローのもっとも有名でよく読まれている作品が、本文庫に収録されている『老年について』と『友情について』である。
 ソルティも30代までだったら『友情について』は読んでも『老年について』は読まなかったであろう。50代の今は『友情について』は読む気がしない(苦笑)。
 古代の賢者が老いについてどう語っているか、老いの苦しみを緩和しそれと上手くつき合うコツを伝授してくれていないか。それが本書を手にした理由である。
 なんたって2000年のときをこえて読み継がれている古典であり、本書解説によれば、「老年というものをきわめて肯定的に描き出している、古典古代で最初のモノグラフ(論文)」とのこと。
 きっと、現代を生きる我々にも役に立つ知恵があるはず。

 本編の構成は、二人の優秀なるローマの若者スキピオーとラエリウスが、賢人として誉れ高い執政官カトー(84歳の設定)のところに赴き、カトーのように誰からも尊敬される立派な老年を送るためのコツを尋ねるという趣向になっている。カトーは、キケローの生れる前にローマで活躍した実在の政治家である。
 つまり、キケローは当時の読者にあまねく知られていた偉人カトーにたくして、自らの老年に対する考えを披露しているのである。

 大筋は、まず、「老年が惨めなものと映る理由」として、
  1. 仕事や活動から身を引くのを余儀なくさせる
  2. 肉体を衰えさせる
  3. 快楽を奪い去る
  4. 死が間近である
の4つを上げ、その一つ一つについて吟味し、その理由が決して難点とばかり言えないこと、またその難点を十分補いうるだけの老年ならではの役割や利点や楽しみがあることを論じ、あるべき理想の老年の姿を描く。
 水も漏らさぬ論理展開と巧みな話術は、稀代の弁論家として知られたキケローの面目躍如たるものがある。
 
 これで説得されて、「参りました~」とひれ伏したいところであるが、そしてその降伏は老いについて不安を覚えるソルティとしては嬉しい降伏なのであるが、残念ながら説得されなかった。
 老いを肯定的に受けとめるのに役立ったか、老後不安が解消されたかといえば、答えはNOである。
 いや、いまどき、このキケロー節で安心を得られる高齢者が果たしているだろうか?


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 傾聴すべきところはある。
 生涯打ち込める仕事なり趣味なり(ライフワーク)をもつこと、農業・園芸を趣味とすること、あるいは性欲の低下こそはいたずらに悲しむべきことではなく、精神を安定に保ち理性的な仕事をなすのが容易になるので喜ぶべきこと――なんてあたりは至極納得いく言説である。
 一方、次のような記述はどうだろう?

 間違いなく言えるのは、スキピオー、それにラエリウス、老年に対処する最適の武器は諸々の徳の理の習得とその実践である、ということだ。この徳を人生のあらゆる段階で涵養すれば、長く、また大いに生きた暁には驚くほどの稔りをもたらしてくれよう。

 ・・・・・言葉で繕い、弁解しなければならない老年は哀れな老年だ、と。威信というものは、白髪になり、皴ができたからといって、いきなりつかみとれるものではない。それまで立派に送った生涯が最後の果実として受け取るもの、それが威信というものなのだ。

 老年の報酬は、何度も述べたように、それ以前に獲得した善きものの豊かさと、その思い出だ。

 徳の涵養、威信、立派に送った生涯、獲得した豊かさと思い出・・・・・。
 なんという高いハードルだろう。
 老年に至ってこれらを具備できる者がどれだけいるのだろうか。
 多くの人は、煩悩にまみれ、エゴに振り回され、人間関係に悩み、後悔多くして、孤独と不安に苛まれ、苦い思い出を抱えながら、老年に足を踏み入れるのではないだろうか。
 それが、7年間介護の仕事に携わって多くの高齢者に接してきたソルティの実感であり、またソルティ自身の現在でもある。

 もちろん、そうでない人もいよう。
 カトー(=キケロー)が述べるような、徳と威信を備え、現役時代に獲得した有形無形の財と素晴らしい思い出の数々に取り巻かれている人、人生の成功者と言えるような人もいないことはなかった。
 が、やはりそれは一握りであり、持って生まれた資質と環境と運の良さによるところが大きいと思う。(いずれにせよ、最後は家族と離されて施設で過ごさざるを得なくなったわけだが・・・)
 つまり、キケローが描く理想の老年像はエリート的なのだ。
 決して万人向けではない。
 キケロー自身が飛び抜けたエリートだったという点を考慮して本編は読まれるべきであろう。

 また、80~90代の高齢者の介護に関わってきた立場からすると、キケローは現実の老いのしんどさが実感として分かっていないんじゃないかと思われてくる。
 たとえば、本編では、認知症とか、失禁とか、他人の介助を受けなければならない屈辱や恥や申し訳なさとか、老々介護とか、安アパートでの孤独死とか、いわゆる介護問題にまったく触れられていない。
 これには、当時は介護が社会問題となるほどには人が長生きしなかったという理由があろう。戦前までの日本と同様に。(古代ローマの平均年齢は女性27.3歳、男性26.2歳、60歳以上の割合は女性7.4%、男性4.8%というデータもある)
 古代ローマの裕福なエリートの老いと、令和日本の平均的な庶民の老いとでは、抱える問題がずいぶん異なっている。

 さらに、これを書いたとき、キケローは62歳だった。
 当時のローマの年齢区分では、初老を越えて老年に入るか入らないかの頃合いという。現代日本で言えば70歳くらいか。
 これからがまさに老いの本番ということだ。
 キケローは自身、老いの真っただ中にいる引退したご隠居として、これを記したのではない。まだ政界の中枢にいて、決して軽くはない発言力を有していたのだ。発話者として据えたカトー(84歳)とはそもそも20歳以上の開きがある。
 むしろ彼は、身体の変化や政局からの疎外という形で忍び寄ってくる老いの前兆を認識し、これからやって来る老後を見据え、一種の覚悟や心構えとしてこれを書いたのではなかろうか。
 本作が理想論のように思えるのはそのせいではなかろうか。

 現実のキケローがどのような老後を迎えたか、誰もが知りたいところであろう。
 本編のカトーのように、誰からも一目置かれる智慧と威信に満ちた老人になったのだろうか。
 自ら描いた理想の老年を送ったのであろうか。

 キケローはこれを書いた翌年、なんとアントニウスの放った刺客の手にかかって暗殺されたのである。
 そういう時代であった。



おすすめ度 : ★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
★     読み損、観て損、聴き損



● 科白が入っていない!    


 舞台の本番を数日後に控えているのに、自分の役の科白を全然覚えていない。
 これからどう頑張っても覚えきれない。
 いったい自分は何をボケっとしていたのだろう?
 
 ―――という夢をたまに見る。
 悪夢というほどではない。
 にっちもさっちもいかない困った状態のまま目が覚めて、「ああ、夢でよかった」とホッと一安心する、というほどのこともない。
 ちょっと、心がざわついて、しばらくすると夢を見たことも忘れてしまう。
 
 似たような夢で、試験が近い夢や試験を受けている夢を見るという人がいる。
 学生時代の延長のようなストレスフルな夢だ。
 ソルティはこちらは見たことがない。
 どういうわけか決まって舞台がかかわっている。
 
 実際、ほんの少しの間だが芝居をやっていたことも過去にあり、そのせいかとも思うのだが、やっていた時は科白を覚えきれないとか、科白を忘れたという経験はなかった。
 トラウマになるほどの悲惨な失敗もしなかった。
 ステージフライト(舞台恐怖)に苦しんだこともなかった。
 
 いつからこの夢を見始めたのか覚えていないのだが、最初のうちは幕が開くのは2~3日後という設定だった。
 がむしゃらに覚えようとすれば間に合わないこともない気がする。
 もっとも、どんな内容の芝居なのか、どんな役を振り当てられているのか、どのくらいの量の科白があるのかまでは、はっきりした設定ができていないのだが。
 ただ夢の中では、「いまから覚えるのは到底無理」と半ば諦めている。
 
 そのうち、だんだんと幕開きまでの期間が短縮されてきて、「明日が本番」という設定がしばらく続いた。
 それがさらに短縮されて、「数時間後に本番」となった。
 だんだん追い詰められていく。
 ついには、「本番直前の楽屋」で扮装も化粧も済んで、幕開きを他の役者たちと待っているところになった。
 ソルティが全然科白を覚えていないことを他の役者たちは知りもせず、それぞれ自分の科白や動きを確認している。
 自分の中では「困ったことになった」と思っているのに、「いまのうち、みんなに告白しておかなければ・・・」とは考えていないあたりが不誠実きわまりない(笑)。
 
 先日、夢の中で気づいたら、ついに舞台上にいた。
 本番最中である。
 数名の役者と一緒に舞台にいて、観客の視線を浴びている。
 戸外のシーンのようで、草や木の大道具に囲まれている。
 周りの役者たちが流れるようなよどみなさで、代わる代わる科白を口にする。
 何を言っているのかはわからないものの、ソルティは「なかなか、上手いものだ」と感心している。
 なんとなくシェークスピアを思わせる科白回しだ。
 と、科白が切れた。
 舞台上を沈黙が支配する。

 ・・・・・

 それは芝居の「間」ではなく、明らかに「途切れ」と分かる不自然な沈黙。
 誰かが科白を忘れているらしい。
 役者間に緊張が走る。

 ・・・・・・・・

 瞬間、「あっ、ここは自分の科白なんだ」と理解する。
 が、むろん何をしゃべっていいのか見当もつかない。
 筋が分からないのでアドリブすらきかない。
 沈黙が続く。

 ・・・・・・・・・・
 
 しばらくすると、舞台袖に控えていた他の役者がその沈黙の理由に気づいたらしく、出番ではないのに舞台に登場して、適当な科白をその場ででっちあげて、事態をうまく回収してくれた。
 そこで夢は終わった。

 これでこの夢は終わるのか、この先があるのか。

 
黒子
 黒子がいれば問題ないのでは?
 

P.S. そうそう、肝心なことを書くのを忘れていた。この芝居の台本を書いたのはソルティ自身なのであった。自分の書いたものを忘れているのだ。






● オリジナル御詠歌でめぐる四国遍路108 第10回(第44~47番)


 2018年9月下旬のある日、四国遍路88札所と別格20札所、あわせて108の霊場を歩いてめぐる旅に出た。これはその記録である。
 各札所には御詠歌と呼ばれる短歌がある。
 お寺の名前を歌の中に盛り込み、法の尊さや御仏のありがたさを説いたものが多い。
 ここでは、やはり寺の名前を盛り込みながら、道中の思い出や札所の印象などをオリジナル御詠歌にして詠んでみた。


【愛媛県】

44番への道(さらば大洲)
さらば愛しき大洲よ


44番への道(国道56号)
交通量の多い国道56号をいく



別格8番札所: 十夜ヶ橋(とよがばし)

8番
 不思議やな 浮世も沈む 大水に
 十夜ヶ仏の はしも浸からず

ご本尊: 弥勒菩薩
本歌 : ゆきなやむ 浮き世の人を 渡さずば 一夜も十夜の 橋と思ほゆ
コメント: 橋のたもとの永徳寺で御朱印をもらう。ここは7月7日豪雨の際、近くを流れる肱川(ひじかわ)が氾濫し、本堂床上1m以上が水に浸かった。水はご本尊の足下5センチで止まったという。橋の下に寝ている弘法大師はすっかり水の中だったろう。
【次の札所まで43.6㌔】


十夜ヶ橋1
十夜ヶ橋


十夜ヶ橋2
橋の下に眠るお大師様
眠りを妨げてはいけないという理由から
「遍路は橋の上では杖を突いてはならない」というルールが生まれた


十夜ヶ橋3
永徳寺本堂


十夜ヶ橋4(本尊)
ご本尊:弥勒菩薩


44番への道(内子まちなみ)
内子のレトロ&エレガントなまちなみ


44番への道(内子旭館1)
内子の映画館(旭館)の遺構

44番への道(内子旭館2)



大瀬のあたり
小田川の風景(大瀬)
ノーベル文学賞作家・大江健三郎のふるさと
親戚筋という翁との出会いがうれしかった


44番への道(突合)
突合(つきあわせ)
ひわた峠遍路道と農祖峠遍路道との分岐


44番への道(突合2)
右が農祖(のうその)峠への、左がひわた峠への道
いずれを取るか、歩きへんろが迷う地点である


44番への道(ひわた峠1)
ひわた峠を選んだ
田渡川沿いに至極快適な舗装路が続く
車もほとんど通らない


44番への道(ひわた峠2)
山道は最後の3キロ程度だけ
いまの遍路はラクしてるよなあ~


44番への道(ひわた峠3)
ひわた峠のピーク(790m)


44番への道(ひわた峠4)
久万高原(標高500m位)が見えました!



44番札所: 菅生山 大寶寺 (そごうざん だいほうじ)

44番
 ひわた越え 久万高原に 降り立ちて
 だいほう(待望)の味 「心」のうどん

御本尊: 十一面観音菩薩
本歌: 今の世は 大悲のめぐみ 菅生山 ついには弥陀の ちかいをぞまつ
コメント: ひわた峠(790m)を越えて久万高原に来てみたら、街路樹はエンジに色づいてすっかり秋であった。ベテラン遍路Kさんに教えてもらったうどんの名店「心」に直行する。開店前から列をなす人気ぶり。評判通り、実に歯ごたえ良く美味であった。
【次の札所まで8.4㌔】


44番への道(うどんの心)
うどんの名店「心」


心のうどん
おにぎり2個つきで550円
生涯食べたなかで最も美味いうどんとなった


44番大宝寺本堂
大寶寺本堂


45番への道(かわいのへんろ小屋)
45番へ行く途中にある河合のへんろ小屋
ここにデジカメを置き忘れ、取りに戻って30分のロス
忘却は忘れたころにやってくる



45番札所: 海岩山 岩屋寺 (かいがんざん いわやじ)

45番
 くれなゐに 染まる岩屋の 絶景は
 アチャラナータ(不動明王)の接待と見ゆ

御本尊: 不動明王
本歌 : 大聖の いのる力の げに岩屋 石のなかにも 極楽ぞある
コメント: 巨岩に囲まれた岩屋寺の荘厳も素晴らしかったが、帰りに通った古岩屋の円錐状の礫岩の迫力と、それをここぞと飾る紅葉のあでやかさに言葉を失った。天気も上々、行楽客もずいぶん出ていた。こんな瞬間に立ち会えるなんて・・・・!
【次の札所まで29.0㌔】


45番岩屋寺1
本堂
はしごで横の岩穴に登ることができる
とくに何があるというわけではない(笑)


45番岩屋寺2
この構図、秩父巡礼札所第28番橋立堂を思い出した


45番岩屋寺3
古岩屋


45番岩屋寺4



46番への道(三坂峠2)
早朝の三坂峠付近
ここから松山市に向かって下りに入る

46番への道(三坂峠)
三坂峠より松山市と瀬戸内海を望む


46番への道(丹波の里接待所)
峠を下りた所にある丹波の里接待所


46番への道(丹波の里接待所2) (2)
へんろを迎える地元の方々
赤飯とおでんとみかんとお茶の接待にあずかった
週一回のオープン日にあたってラッキー!
薪を使ったストーブの火がぬくくて気持ちよかった
ありがとうございました



46番札所: 医王山 浄瑠璃寺 (いおうざん じょうるりじ)

46番
 木の間より ついにあらわる松山は
 浄瑠璃色に かすみ浮かべり

御本尊: 薬師如来
本歌 : 極楽の 浄瑠璃世界たくらえば 受くる苦楽は 報いならまし
コメント: 関西から来た話好きの看護師の男(40代前半)と連れ立って、足もとの悪い三坂峠を下っていくと、不意に木々の間から松山と瀬戸内海が見渡せた。全行程の3/4は来た。結願の実現がほの見えた瞬間であった。浄瑠璃寺から道後温泉まで短い間隔で寺が続く。
【次の札所まで0.9㌔】


46番浄瑠璃寺
浄瑠璃寺入口


46番浄瑠璃寺付近の道しるべ



47番札所: 熊野山 八坂寺 (くまのざん やさかじ)

47番
 八大の 地獄めぐりが 怖ければ
 ゆめさかしらに 物は言ふまじ

御本尊: 阿弥陀如来
本歌 : 花を見て 歌よむ人は八坂寺 三仏じょうの 縁とこそ聞け
コメント :ここは何と言っても、地獄と極楽の絵がある閻魔堂が印象的であった。劇画タッチの絵は誰の手によるものなのだろう。八大地獄とは下から、無間・大焦熱・焦熱・大叫喚・叫喚・衆合・黒縄・等治をいう。
【次の札所まで1.0㌔】


47番葉八坂寺
境内

地獄絵図47番八坂寺
えんまさま
 

別格9番札所: 文殊院(もんじゅいん)

9番
 後世に 名が残りたる 代価とて
 厳しからずや 文殊の罰は

ご本尊: 地蔵菩薩 文殊菩薩
本歌 : われ人を すくわんための 先だつに みちびきたまう 衛門三郎
コメント: 衛門三郎は、弘法大師に無礼を働いたため、8人の子供を喪うという罰を受けた。改心し、21回目の四国巡礼の際、大師に出会い謝罪した。へんろ道のあちこちに土下座像が建てられていて、ちょっと可哀想。この寺は彼の屋敷跡に立つという。正式には、大法山文殊院徳盛寺(とくじょうじ)と号す。
【次の札所まで3.5㌔】


別格9番文殊院
境内


別格9番文殊院(焼山下の衛門三郎像)
弘法大師に土下座して謝罪する衛門三郎
(12番焼山寺を下りたところにある杖杉庵の像)



四国の白地図第10回


CraftMAPの白地図を使用しています。より詳しい四国地図を見たい方は、こちら(地図蔵)を参照ください。  



次回予告
道後温泉に入ります‼









   



 
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