2010年原著刊行
2018年サンガ発行(訳:影山幸雄、影山奨)
悟りに至る瞑想と言われるヴィパッサナー瞑想に関するわかりやすく丁寧なガイドブック。
マハーシ・サヤドー著『ミャンマーの瞑想 ウィパッサナー観法』(国際語学社1995年発行)、ウ・ジョーティカ著『自由への旅 マインドフルネス瞑想実践講義』(新潮社2006年発行)と並び賞されるべき、読みしたがうべき名著である。訳も適確で良い。
著者のチャンミェ・サヤドーは、1928年ミャンマー生まれのテーラワーダ仏教僧。マハーシ・サヤドーから瞑想指導を受けたという。
副題「ブルーマウンテン瞑想センターでの法話集」が示すように、本書は、1998年オーストラリアのブルーマウンテン洞察瞑想センターで行われたチャンミェ長老による瞑想指導において、一般の(出家者でない)参加者を前に語られた法話である。
これから瞑想修行を始めていこうという初心者にとっても、すでに日々瞑想実践を行っていて様々な気づきや疑問が湧き上がっている中級者にとっても、瞑想習慣が長きにわたるも様々な理由から現在壁にぶつかっている人(ソルティだ)にとっても、非常に役に立ち、励みとなる書である。
とくに、瞑想が深まるにつれて瞑想者が発見していく智慧について、かなり具体的に順を追って述べられている点が本書の美点と思う。
思考は心の状態であり、永続せず、常に変化しています。思考は現れては消え去ります。しかし、時々思考が長時間続いていると考えてしまうことがあるかと思います。実際には、思考はひとつではなく、連続する思考のプロセスが、次から次へと現れては消えているだけです。これは思考のプロセスであり、ひとつの思考は1秒の100万分の1も続きません。生じたら、あっというまに消え去ります。そしてひとつ思考が消え去ると、もうひとつの思考が生じて、すぐに消え去ります。しかし私たちは思考のプロセスを細かく分けて識別することができません。ひとつの思考がずっと続いているかのように考えます。そのため、その思考を私、私の物、人、生命とみなします。考えるのは「私」、「私は何かを考えている」と考えます。こうして人ないし自分という誤った見方が生じます。(本書より)
上記の一節を読んで、推理小説の生みの親であるエドガ・アラン・ポーの小説を思い出した。
まさに、史上初の推理小説であり、名探偵第1号であるオーギュスト・デュパンが初登場する『モルグ街の殺人』である。
まさに、史上初の推理小説であり、名探偵第1号であるオーギュスト・デュパンが初登場する『モルグ街の殺人』である。
物語の語り手である「私」はひょんなことからデュパンと知り合い、その天才に魅了されて同居することになる。
ある晩、二人は連れ立ってパリの街を黙って歩いていた。
すると突然、デュパンは、「私」がそのとき心の中で考えていたことをズバリと言い当ててみせる。
驚愕する「私」に対し、デュパンは種明かしを披露する。
デュパンは、ある瞬間からの「私」の思考の連想過程を、「私」の目線や表情や仕草から推理し、順次追っていたのであった。
日常における我々の思考は、連想作用によって、Aという思考からBという思考に、Bという思考からCという思考に、鎖のようにつながっていく。
たとえば、
道路脇にラーメン店の看板を見た ➡昨日食べた「サッポロ一番」を思い出す ➡テレビで見た「札幌の雪まつり」のニュース ➡今年は雪が少ない ➡スキーに行けないかも ➡スキーと言えばアルペン ➡“冬の女王”広瀬香美 ➡離婚した相手は誰だっけ? ➡大沢なんとか ➡離婚と言えば羽生結弦はどうして・・・・以下続く。
――といった具合いに思考は、半ば無意識のうちに、無責任かつほぼ自動的に進行していく。
その流れは私の経験や知識や性格やそのときの気分や体調に影響を受けるけれど、私(=意識)のコントロール下にはない。
思考は勝手に無意識から材料を取り出して、おのがプロセスを進んでいくだけだ。
私の意志とは関係なく・・・。
そのとき、隣りを歩いていた友人から聞かれる。
「いま何考えている?」
「いや、羽生結弦の離婚についてだよ」
・・・なんて、いかにも時事ネタに聡いフリなんかしてみるけれど、本人はラーメン店の看板がそもそものきっかけだったことにまったく気づいていない。
自らの思考をつぶさに観察してみると、思考というものが実にいい加減で、主体性も一貫性もなく、周囲の状況に左右されやすく、様々なものに条件づけられていることが分かる。
思考だけではない。
気分や感情も意志も記憶もまた同様である。
自らの心――気分、気持ち、感情、思考、意志、信念、記憶――は「あてにならない」。あまり信用するな。いわんや感覚においてをや。
それが、ヴィパッサナー瞑想がソルティに教えてくれたことの一つである。
おすすめ度 :★★★★
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★ 面白い! お見事! 一食抜いても
★★★ 読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★ いい退屈しのぎになった
★ 読み損、観て損、聴き損