風の中の雌鳥1948年松竹。

 日本が無条件降伏してから3年後に撮った映画である。
 映画の中の時代背景も舞台も状況設定も、そのまま当時の日本(東京)とみていいだろう。
 その意味では、リアリズム映画と言える。よくあったであろう話。

 出来としては、当時の批評家の評した通り、そして小津監督自身が言った通り、「失敗作」なのだろう。84分という短い上映時間にかかわらず、長く感じてしまったあたりにそれが表れている。

 見るべきは、主役の田中絹代の演技となる。
 この人はぜんぜん美人じゃないけど、存在感は尋常じゃない。この人とからむと、あの京マチコでさえ食われてしまう。(『雨月物語』) 女の情念や愚かさや一途さを演じたら、この人の右に出る女優は昔も今もそうそういないだろう。
 そして、なんとなく小津監督もこの人の演技にひきずられてしまったのではないかという感じがする。
 というのは、小津映画にあっては役者の過剰な演技力は‘余分’であるからだ。それは、もっとも小津映画で輝いたのが、笠智衆と原節子であったことからも知られる。笠も原もなんだかんだいって、決して上手い役者ではない。少なくとも、同様に小津映画の常連であった杉村春子や『東京物語』の東山千栄子のように新劇的な意味で演技できる役者では、全然ない。
 だが、小津が自らのスタイルを確立する上で必要としたものを二人は持っていた。
 立体的で虚ろな顔と、純潔なたたずまい。
 言ってみれば、二人のありようこそが、真っ白なスクリーンかキャンバスみたいなもので、あとは小津マジックで、場面場面で必要な様々な感情や印象を二人の役者に投影して見せることができたのだ。そこで変に演技されると、小津スタイルを壊してしまう。

 病気になった子供の看病をするシーン。布団に横たわっている子供の顔をしゃがんでのぞき込む田中絹代は、スクリーンの中心から左半分にいる。子供の姿はそのまた左側なのでスクリーンに入っていない。凡庸な監督ならば、心配する母親の顔が画面中央に来るようにして、子供の寝姿と共に撮すだろう。
 この不思議な構図で我々の目が惹きつけられるのは、スクリーンの右半分、小卓に置かれたビールかなにかの瓶である。表面の光沢と物体としての重さ。その異様なまでの存在感。
 「物(自然を含む」)と「人」とが等価値で、時には「物」の方が尊重されて、スクリーン上に配置される。語ることなく動じることなく、ただそこにある「物」の世界の中に、ほんの一時、顕れてはドラマを演じ消えていく人間達。  
 「物」と「人」との絶妙なバランスこそが、小津スタイルの刻印である。

 杉村も東山も日本の演劇史に大きな足跡を残す名優ではあるが、微妙なところで、小津スタイルを壊すことなく、むしろ、持ち前の演技力によって逆に小津スタイルを浮きだたせる役割りを担っている。それは、小津の使い方がよかったのか、杉村や東山の呑み込みがよかったのか。きっと、もともとそれほど芝居をさせてもらえるようなテーマや脚本や役柄ではなかったことが大きいのだと思う。(杉村春子主演で小津が監督したら、やっぱり失敗作になると思う。)
 この映画での田中絹代は、小津スタイルにはまりきれていない。容貌ももちろんそうだが、何より本気で芝居している。この脚本と状況設定とでは、そうするよりほかないだろう。そう撮るよりほかないだろう。
 田中絹代は、役者に十分演技させながら独特の美を造形していく溝口スタイルにこそ向いているのだ。(『西鶴一代女』) 


 結論として、テーマ自体が小津スタイルには向いていなかったということである。

 それにしても、この翌年に『晩春』を撮っていることが驚きである。
 なんとなく、60年代くらいの映画と思ってしまうのだが、『晩春』も無条件降伏からたった4年後の話なのだ。




 評価:C+

参考: 

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
         「東京物語」 「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
         「風と共に去りぬ」 「未来世紀ブラジル」 「シャイニング」 「未知との遭遇」 
         「父、帰る」 「フィールド・オブ・ドリームス」 「ベニスに死す」 「ザ・セル」
         「スティング」 「フライング・ハイ」 「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」
         「フィアレス」 ヒッチコックの作品たち

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
         「アザーズ」 「ポルターガイスト」 「コンタクト」 「ギャラクシークエスト」 「白いカラス」 
         「アメリカン・ビューティー」 「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
         「グラディエーター」 「ハムナプトラ」 「マトリックス」 「アウトブレイク」
         「タイタニック」 「アイデンティティ」 「CUBU」 「ボーイズ・ドント・クライ」 
         チャップリンの作品たち   


C+ ・・・・・ 退屈しのぎにはちょうどよい。レンタルで十分。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
         「アルマゲドン」 「ニューシネマパラダイス」 「アナコンダ」 「ロッキー・シリーズ」

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ~。不満が残る。 「お葬式」 「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
         「レオン」 「パッション」 「マディソン郡の橋」 「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。もう二度とこの監督にはつかまらない。金返せ~!!