介護の現場で何が起こっているのか 著書は朝日新聞の記者。朝日新聞に連載していた記事をもとに加筆訂正したとある。
 発行は2000年。まさに介護保険導入(2000年4月)にあわせた現場報告である。

 もうすでに導入して11年経つので、介護現場もいろいろと変化しているだろ。この本に書かれている内容も、統計数字はもちろんのこと、部分的には古くなっているだろう。にもかかわらず、今でもこの本は価値をまったく失っていない。
 それは、介護保険導入以前と以後とでの介護現場の変化が、現場での取材と介護を受ける当事者やその家族の声を中心に赤裸々に描かれているからである。今ある介護の「当たり前」や「常識」がもとからあったものではなく、当事者や家族の悲惨な体験の数々と、理解者の少ない現場でそれを変えていこうと孤軍奮闘してきた一握りの医療・介護関係者の熱い思いと行動力、それに行政担当者や政治家らの機敏な動きなどがあってはじめて成り立ったものであることを、この本はまざまざと教えてくれる。
 そのことを知ることは、介護保険導入後に介護に関わった人々やこれから介護に関わる人々―介護を受ける当事者、家族、介護の仕事に携わるもの(自分もその一人)、行政関係者―にとって、非常に役立つだろう。なぜなら、人が年を取るとはどういうことか、介護とは何か、人権とは何か、人間の尊厳とは何か、ということを、この変化の過程を理解することで学ぶことができるからである。
 それは、この本の各章のタイトルを見るだけでも得心がゆく。

第一章 チューブはやめて ~介護とリハビリの現場で
第二章 「縛らない」介護をめざして ~介護保険で原則禁止に
第三章 付き添いは消えたか
第四章 新しい風 ~ここまで変わった家族、支える人々
第五章 介護保険がやってくる
第六章 介護保険がやってきた 

 チューブによる栄養補給から口から食べることへ。
 寝たきり(寝かせきり)から自立歩行へ。
 拘束具を用いた抑制からの解放。
 付き添いさんの廃止。
 家族(特に女性)の仕事から、地域や社会の責任へ(介護の社会化)。

 本当にここ20年で介護をめぐるパラダイムは変わったんだな~と実感する。

 これまで介護を必要とする親族が周囲にいなかった自分の頭の中にも、テレビドラマや小説などでインプットされた昔ながらの介護のイメージが残っている。それを払拭しないといけないと思った。

 付章では介護の先進国であるドイツとデンマークの例を紹介している。
 とりわけ、デンマークは「いたれりつくせり、but自立心を奪わない」が徹底していて、此彼の違いにため息が出る。安心して、歳を取ること、病気になること、愛する人(夫婦や男女間でなくとも)を介護すること、そして看取ることができる社会的な合意と仕組みができている。そこには当然、高い税率に対する国民の納得が背景としてある。教育費、医療費、年金、介護費、失業したときの手当て。こうしたベーシックな部分での行政や国家によるインシュアランス(保障)は、国民に安心感と国への信頼をもたらす。「将来のまさかのために貯金をしなくても良い」という言葉がそれを物語っていよう。
 なんという大人社会であろうか。


 デンマーク、フィンランド、ノルウェー、オランダ・・・。
 北欧国家の多くがなぜ高福祉を実現できたのか、その根底にある歴史性と国民性とはなんなのか。ちょっと調べてみたくなった。