1959年近代映画協会、新世紀映画制作。

 この作品を観ている途中、急に寒気に襲われ体の震えが止められなくなった。風邪ではない。
 マグロをもとめてミクロネシアに漁に出た第五福竜丸の23名の乗組員たちが、3月1日の早朝、洋上はるか遠くに明るく輝く光のショーを、寝起き姿のほとんど裸に近い恰好で並んで目撃しているシーンで、ぞっと寒気が走ったのである。その数分後に爆音が鳴り響き、キノコ雲が起立する。

 今でこそ我々は、キノコ雲が原水爆の爆発に附随する現象であることを知っているし、放射線被曝が相当の範囲にまで及ぶことも知っている。もし、現在の船員が同じ場面に遭遇したら、すぐに救助信号を発して甲板から船底に退避するだろう。
 しかし、当時(1951年)の焼津の漁師達は、そんなこと知らなかった。

 1時間後に空がかき曇って、白い粉雪のようなものが降ってきた。強い放射線を放つ、いわゆる死の灰である。もちろん、船員達はその恐怖も知らない。甲板やマストに降り積もる灰の中、何の防御もせずに作業を続ける。灰を浴びた食料を帰港の日まで食べ続ける。
 結果、23名全員が重い放射能症にかかり、数ヶ月後、無線長だった久保山愛吉が脳症を発症して亡くなった。

 ビキニ環礁でアメリカが行った水爆実験。
 この作品は、実際にあった事件を映像化したものである。

 カメラは、家族らに見送られて福竜丸が焼津港を華々しく出立する場面からはじまって、船内での男達の活気ある生活ぶり、荒々しい漁の様子、被曝する瞬間、帰港してから事件がマスコミに知られ騒がれるまでの経緯、船員達の悪化する症状、病院内での生活、日米の医療者の対峙、船員と家族らの関わり、そして全国民が注視する中の久保山愛吉の死までを、急がずに、あおらずに、淡々と描き出していく。ナレーションも、説明ゼリフも、過剰な演技も、凝った演出も、音楽による盛り上げも、主義主張の押しつけもない。焦点は、あくまでも、漁師達の被った被害の様子に置かれている。
 その謙虚なまでのつつましさが、かえって事件のリアリティを浮き上がらせている。この悲劇の持つ意味をえぐり出している。そこには観る者がなんらかの「物語」を仕立てて味わうべき余地などもはやないのだ。
 若者達の未来の剥奪、家族の別離、被爆者への偏見と励まし、医療者の奮闘と絶望、国民的な関心と反核運動の高まり、日米関係の不均衡が生み出す様々なレベルの情報操作、犠牲者の死・・・・。どのエピソードも元来なら観る者の感情移入を許し、物語に酔いしれる快楽(=娯楽性)をくれるに十分な要素を持っている。スピルバーグなら、ここからどれほどの感動の波を作り出し、観客の涙を絞り出させることだろう。
 しかるに、新藤兼人は律儀に娯楽になりきることを拒絶するのである。感動的ドラマも政治的意味づけも、気軽に生みだし味わうことを許さないような潔癖さを保つのである。


 そして、それは正しい。
 我々が紡ぐいかなる「物語」も、地上にある何万発という核兵器(+何百基とある原発)の前では死の灰一片ほどの重さも持たないのだから。我々は、死刑台の上でマタタビに酔って踊っている猫みたいなものなのだ。

 イギリスの小説家アーサ・ケストラーはこう述べた。

 有史、先史を通じ、人類にとって最も重大な日はいつかと問われれば、わたしは躊躇なく1945年8月6日と答える。理由は簡単だ。意識の夜明けからその日まで、人間は「個としての死」を予感しながら生きてきた。しかし、人類史上初の原子爆弾が広島上空で太陽をしのぐ閃光を放って以来、人類は「種としての絶滅」を予感しながら生きていかねばならなくなった。


 核は共同幻想(=物語)を崩壊させるに十分な力を持つ。国という幻想、主義という幻想、宗教という幻想、民族・人種という幻想・・・。
 実に皮相で、逆説的なのだが、核の前でやっと人類は一つになった。
 一つの運命共同体に。

 


評価: B-


A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」 
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」
        ヒッチコックの作品たち

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」
        チャップリンの作品たち   

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」
        「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!