1993年アメリカ・イギリス共同制作。

 原作はシェイクスピアのMuch Ado About Nothing
 まんま「から騒ぎ」である。
 惚れ合っている二組の男女が結ばれるまでのすったもんだをイタリアの片田舎を舞台に陽気に描いたコメディである。

 お互いに惚れ合っているのだから「好きだ」「私も」・・・で結ばれれば簡単なのだが、そうは問屋が卸さない。二人を引き裂く陰謀があったり、誤解があったり、両人のプライドがあったり、意固地な性格があったりして、当人同士も周囲もヤキモキする。
 また、そうした波乱や障害がなければそもそも「物語」は生まれない。あらゆる「物語」は、まさにMuch Ado About Nothing「意味のない大騒ぎ」である。
 もちろん、「人生」という物語も同じである。シェイクスピアは『マクベス』にこう語らせている。
 

Life's but a walking shadow, a poor player
That struts and frets his hour upon the stage
And then is heard no more. It is a tale
Told by an idiot, full of sound and fury
Signifying nothing.  
人生は歩きまわる影法師、あわれな役者だ、
舞台の上でおおげさにみえをきっても
出場が終われば消えてしまう。
白痴のしゃべる物語だ、
わめき立てる響きと怒りはすさまじいが、
意味はなに一つありはしない。 
 
 このようなある種の「虚無」の地点から人生や世間や周囲の人間たちの紡ぐドラマを観ていたのがシェイクスピアである。
 凄いとしかいいようがない。
 一方、この「虚無」からこそ、あれだけ豊かな深みのある物語が生まれ得たとも言える。「物語」を超越した地点にいて、冷めた目であらゆる「物語」の機構を読み抜いたのであろう。神の視点から人間を見るように、自在に「物語」を創り得たのであろう。
 先般亡くなった名女優山田五十鈴が、親友が夫を亡くし嘆き悲しんでいるのをじっと観察して演技の参考にしたという話を、中野翠がどこかに書いていたが、才能ある芸術家というのはどこか透徹した目で世を見ているのかもしれない。
 中世から抜けたばかりの産業革命前の時代。まだイギリスが封建的で牧歌的な空気を宿していて人々が陽気で暢気だった時代。そしてまたエリザベス一世の絶対王政で世界の覇者となったイケイケバブリーな時代。そんな時代に一人そんな境地にいたというところが本当に凄いとしかいいようがない。時代の寵児というより、時代の「超」児=異端者だ。
 日本で比肩できる人物を挙げるとすれば紫式部をおいてない。

 シェイクスピア作品の映画化は難しい。
 そもそもが舞台のために書かれた脚本である。それをそのまま使って映像化するのは無理がある。セリフ自体がまた冗長で古めかしくて「芝居がかって」いる(あたりまえだ)。
 閉鎖された非日常空間である舞台の上なら映えるものも、日常生活同様の開放された空間と日常生活を凌駕する視点の自在さを有する映画ではリアリティを欠く危険がある。それでもシェイクスピアに敬意を示してか、たいていの場合、脚本を映画用に書き換えるということをしない。この映画もおそらくセリフはほぼ原作そのままであろう。
 すると、監督の演出手腕が見所となる。
 ケネス・ブラナーは非常に才能豊かな演出家であることを証明している。実に巧く映像化している。舞台用に書かれた本であることを忘れさせるくらい、演出とカメラ回しとテンポの付け方が巧みでダレがない。ドン・ペドロ(デンゼル・ワシントン)が仲間ともども凱旋するのを村中で迎える最初のシーンなどは、まさに映像でなければ表現できないリズムとお色気を生み出して、村人の喜びの爆発する様を描ききっている。この芝居には欠かせない、舞台はイタリアだがこの時代のイギリスにも欠かせないラテン的な明るく陽気で享楽的な雰囲気が横溢している。モーツァルトの『フィガロの結婚』を聴いているかのようだ。
 しかも、ケネス・ブラナー自身が主役の一人、恋する男を演じている。これがまた実に巧い。本当に才能ある人だ。 
 マイケル・キートンの演技もトンでいて笑える。『ビートルジュース』しかり、独特な体の動きと喋り方によって奇天烈な人物を造型するという点で、ジョニー・ディップ(=ジャック・スパロウ)に先んじている。
 ブレイク前のキアヌ・リーブスの暗い眼差しもまた魅力である。

 『から騒ぎ』は2012年にジョス・ウィードン監督により再映画化されている。
 DVD化されると良いのだが・・・。



評価:B-

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」      

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」          
        「ボーイズ・ドント・クライ」
          
C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!