1994年マケドニア、フランス、イギリス共同制作。

 マケドニアの田舎の美しく幻想的な風景は、一瞬、そこがこの世の楽園であるかのような錯覚をもたらす。月明かりの下に眠る山村の素朴な表情は、平凡だが平和で穏やかな暮らしが日々営まれているような印象を与える。
 しかし、一皮むけば、そこにはロンドンや東京やグアム(!)同様、激しい憎悪と敵意、不寛容と暴力とが巣くっている。
 映像が美しければ美しいほど、人の心の歪みと醜さとが際立ってくる。
 世界は暴力に満ちている。苦に覆われている。
 人は無明に閉ざされている。

 この映画は、語り手法に特徴がある。
 三つのパートに分かれていて、それぞれが一人の主人公をめぐる愛と死別の物語である。
 第一部は、マケドニアの若い修道僧キリルが、修道院に逃げこんできた少女ザミラと出会い、密かに愛を育む。二人は新天地を目指し村をあとにするが、途中で追っ手に捕まってしまう。キリルの目の前でザミラは銃殺される。
 第二部は、ロンドンで編集の仕事に携わるアンが、カメラマンの愛人アレックスとの別れを経験する。妊娠を知り、とあるレストランで夫ニックと別れ話をしているところで事件が突発し、ニックはアンの目の前で銃殺される。
 第三部は、故郷の村に帰ってきたアレックスの物語。平穏な生活を望んでいたのに村では人種対立が起きて一触即発の状態にあった。かつての恋人は今では敵方となっていた。その娘がアレックスの従兄弟を殺してしまったのをきっかけに暴動が起こる。元恋人に懇願されたアレックスは、自分が盾になり娘を逃がしてやる。その少女こそはザミラであった。

 時系列で整理すると、第二部の前半が一番最初に来る。次に第三部、第一部と続き、最後が第二部の後半になる。
 つまり、実際に物事が起こった順序と、映画として語られる順序が違うのである。
 一見、物語は複雑に錯綜しているように見えるが、それほどでもない。アラン・レネ監督の『去年マリエンバードで』に比べれば、よっぽど単純である。
 こうやって語る順序を意図的に組み替えることで、物語全体に円環構造が生まれている。自らの尻尾をくわえる蛇のように、映画の最後まで来ると最初につながるのである。それは暴力の連鎖というテーマをより深く観る者に浸透させる。暴力の円環から永遠に抜け出すことのできない人間存在の無明を浮き彫りにする。
 そしてまた、キリル、アン、アレックスを主人公とした三部仕立てのオムニバスにしたことが目覚ましい効果を生んでいる。
 我々は普段自分自身を主人公としたドラマを生きている。自身の人生ドラマの中から退場していった人(別れた人)についてはその後どうなったか知らないことが多い。もはや関係が無くなったと思ってしまう。
 だが、世界は入り組んでいる。因縁は計り知れない。
 別れた人間がどこかよその土地で継続している人生ドラマは、回り回って自身と再び関係しているのかもしれない。第二部の後半で編集者のアンが扱う戦場写真の中に、「観る者」はある写真を発見する。それは、人種対立の犠牲となった少女ザメラの遺体と、その傍らで呆然と座り込むキリルを撮った写真である。アンはもちろん、キリルのこともザミラのことも知らない。愛人のアレックスがザメラが逃げるのに命を張ったことも、もしかしたらザメラはアレックスの娘だったかもしれないことも、知るよしもない。アンとアレックスの関係は表面上は切れてしまったからである。
 

 我々は、自らの人生ドラマの主人公となって、いわば縦割りの「生」を生きている。
 だが、本来の世界のありようは、個人の意識や物語を越えたところに不可思議な連関の糸を張り巡らせ、同時性(シンクロニシティ)の鐘を響かせながら時々刻々紡ぎ出され更新される「WWW」なのである。
 
 この作品は1994年のヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を獲得している。



評価:B-

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」     

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」
       
C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!