2012年オーストリア、フランス、ドイツ制作。

 脳梗塞を起こして入院、車椅子姿で自宅に帰ってきた妻は、長年連れ添った夫に言う。
「もう二度と病院には連れていかないで」
 その有無を言わさぬ調子、我儘が通せると分かっている相手にだけ向けられる強い懇願の眼差しに、夫は反論する言葉を失う。
 この時から、在宅での老老介護が始まる。
 音楽への愛と積み重ねて来た歳月によって結ばれたジョルジュ(=ジャン・ルイ・トランティニャン)とアンヌ(=エマニュエル・リヴァ)の深く固い絆。二人を心配し、しばしば訪れてくる娘。二人の薫陶を受けて音楽の世界で活躍する孫や弟子たち。雑用を快く引き受けてくれる隣人。定期的に訪問するヘルパーや看護士や医師。こうした生活を可能にするだけの二人の資産や人徳。
 これらすべてによっても、妻アンヌの病状は回復する見込みもなく、夫ジョルジュにのしかかる肉体的・精神的負担は日増しに大きくなっていく。
「何で入院させないの?」
 娘はなじる。
 だが、ジョルジュはあの日交わした妻との約束を裏切ることができない。約束(=妻の一世一代の願い)を守り通すことが妻への愛の証であり、それを破ったら長年築き上げてきた信頼がふいになってしまうからである。
 寝たきりとなり、シモの世話も入浴も他人まかせで、意味不明の言葉をわめき、「痛い、痛い」と大声で繰り返すアンヌ。
 ジョルジュの介護疲れは限界に達する。

 映画の結末は悲惨なものである。
 しかし不幸かと言うと、ちょっと違う気がする。
 はたから見たら不幸そのものだろう。閉鎖した老老介護の果てに、妻が夫を、夫が妻を(もちろんこちらの方が多い)、手にかけたニュースは昨今よく聞く。第三者の論調はだいたいこうである。
「なんて悲惨なことだろう」
「長年頑張ってきたのに、どうしてそんな不幸な最期を迎えなければならないのか」
「なんで周囲に相談しなかったのか、頼らなかったのか」
「なぜ介護保険を、生活保護を使わなかったのか」
 だが、夫婦二人の内実は他の誰にもわからない。長年一緒に暮らし、悲喜こもごも様々なことを共に体験し、愛し合ったり憎みあったり、冷却したり熱くなったり、いがみあったり許し合ったり、お互いの性格や肉体の癖を誰よりも深く知り、人生の荒波を共に乗り越え辿り着いた二人の関係性は、周囲の善意(たとえそれが実の娘や息子であろうとも)や制度によって咀嚼できるものではあるまい。
 ジョルジュが約束を破って、アンヌを入院させたり、老人ホームに入れていたらどうなっていたか。
 アンヌはより長生きできたかもしれない。より苦痛のない最期を迎えられたかもしれない。ジョルジュの介護負担は減り、自分の生活のペースを守りながら、施設にいるアンヌを毎日訪問し、最期を看取ることもできただろう。
 だが、それで二人が幸福なのかといえばその保証はない。
 アンヌは、認知の程度にもよるが、約束を裏切ったジョルジュを憎み軽蔑することだろう。ジョルジュの面会を謝絶するかもしれない。最愛の人を憎み、人生に失望しながら、死を迎えるかもしれない。
 ジョルジュは、妻を裏切った罪悪感で自分を責めさいなむことだろう。病院のベッド上でいろいろな管につながれたアンヌの目を直視できないことだろう。「絶対に入院はさせないで」と言ったアンヌの言葉が死ぬまで耳にこだまするかもしれない。
 二人が積み重ねてきた愛おしい歳月、この世の生きた証とも言える二人の絆。そのすべてがふいになる。
 こちらの結末のほうが当人にとってよっぽど不幸なのではあるまいか。

 人は生きてきたように老い、生きてきたように死ぬ。
 芸術家としてのアンヌの高いプライド、頑固さは、赤の他人の世話になること、(彼女にとって)屈辱的な仕打ちを受けることを許さない。だから入院を拒む。そんな妻に逆らえない気弱さと優しさを持つジョルジュはまた、男ならではの責任感ゆえにすべて一人で背負ってしまう。
 たとえば、まだアンヌの意識がしっかりしているうちに、同じような(ピアな)立場の人(半身不随の妻、それを介護する夫)と出会い、体験や感情を分かち合う機会があったなら、二人の視野は広がっていたかもしれないが、そもそもの二人の性格のうちにその選択肢は許されていなかった。(二人を教師という設定にしたハネケの凄さ!)
 ジョルジュとアンヌの悲劇の結末は、結局、二人の性格と関係性のうちに萌芽していたのである。


 二人の性格と関係性が最期までそのままの形で尊重されるように、医療や福祉の制度が機能し、そこで働く専門職(医師や看護師や介護士)の質の向上がはかられるのが一番良いのであるけれど、公的な部分にはやはり限界がある。そこからはみ出す部分で、人はそれぞれの生で蒔いたものを、自ら刈り取らなければならない。

 それは不幸ではなく、「仕合せ」である。

 主役の二人のべテランの演技、圧巻である。



評価:B+

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」
        「ボーイズ・ドント・クライ」
  
C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!