日時  4月11日(土)15時~
場所  コジコジハウス(世田谷区経堂)

 小田急線経堂駅南口から歩いて3分のところにある洋風レストラン「コジコジ」まで、二ツ目にして二枚目の柳亭市弥を聞きに行った。
 地元の後援会的な(家族が来ていたようだ)小じんまりした(参加者10名強)アトホームな会で、なんとなく場違いな感じもしたが、「はるばる経堂くんだりまで来たからには、木戸銭1800円払ったからには、しっかり元を取らねば」と思い、空いている一番前席の中央に陣取った。
 なんとまあ、目の前1メートルのところに緋毛氈と座布団を敷いた高座がある。
「え! いちや、丸かぶり?」
 
ichiya

 自分(ソルティ)はNGOの仕事で何百回と人前で話してきた。学校の体育館や教室、お役所や公共施設の一室、カフェや飲み屋などの商業施設。演者席と客席はいつも一定の距離が置かれていた。ワークショップ形式でなく講演の場合、一番近い席まで少なくとも2メートルは離れていた。板書したりパワポ映写したりするので、ある程度距離がないと客席から見えにくいし、毛穴まで見えるくらいの近さとなると、参加者の視線の圧力をもろ感じ、緊張して話しにくい。
「鼻毛出ていないかな?」
「口臭は大丈夫かな?」
「喋っている最中につば飛ばないかな?」
「ズボンのチャックは開いていないかな?」
 容姿や身なりに自信がないので、こういう瑣末なことが気になって講演に集中できなくなる。
 だから、逆もまた同じで、演者とあまり近い距離にいると落ち着かないのである。
 家族や恋人や友人ならともかく、まったく見ず知らずの人と1メートル強の距離で長時間(約2時間)対峙する面映さや気詰まりは、イケメンいちやを間近で見られるという、ファンなら喜びで卒倒しそうな幸運を、ちょっと負担に感じさせる。
 奥ゆかしいな、自分(笑)。

 コジコジハウスでの催しは月一回の定例であるらしく、店内は常連客の和気藹々とした空気に包まれていた。
 今日のお題は三つ。本日のテーマ“春爛漫ちょいと一杯”通り、お酒に関連した演目である。むろん、落語ビギナーの自分には初めて聞くものばかり。
○ 二人癖(ににんぐせ)
「つまらない」「一杯のめる」が口癖の二人が、互いの癖を禁じ合って賭けをする。なんとかして相手に口癖を言わせようと苦心惨憺するが・・・。
○ 夢の酒
 午睡中の夫の見た夢を追及する妻が、夢の中での夫の浮気に怒りまくる。義父に涙ながら訴え、夫の見た夢の続きを見てもらおうとするが・・・。
○ 棒鱈(ぼうだら)
 料亭で酔っ払った男が、隣の座敷の田舎侍ともめて大騒ぎに。仲裁に入った板前が手にしていたのは胡椒の容器だったから・・・。

 物語自体の面白さ(オチ)よりも、やはり味わうべきは演者の話芸である。
 身分、性別、年齢、性格、職業、言葉遣いの違う何人もの登場人物をどう演じ分けるか。声の大小・強弱・高低・緩急・間合いによってどうメリハリをつけて観客を最後まで引っ張っていくか。扇子や手拭をどう使うか。客席の空気をその都度読んでどう流れをつくっていくか。どこでアドリブを挿入するか。客席のどこに、誰に、何秒視線を向けるか・・・。
 日頃の稽古で身につけた技術と場数を踏んで身につけた勘を、冷静な状況判断で生かしていかねばならない。といって冷たい理知的な印象を与えては失敗である。お客様にはあくまでも飄々とユーモラスな余裕ある態度で接しなければならない。なにより客は笑いに来ているのであり、演者の計算が透けて見えるようでは笑いが生じる隙はないからである。

 さて、いちやはやっぱり達者であった。
 芸の技術的なところはよくわからないが、客の緊張をほぐす力が秀でている。それはもちろん身につけた技術のためでもあるが、やはり素材の力によるところが大きいと思う。天性の資質である。
 1メートル強の距離でまじまじといちやを観察できたことで、どうにも抗いがたいイケメン力を再認識することになった。
 肌が白くてきれい。
 歯が真珠のように白くてきれいに揃っている。(審美歯科済み?)
 瞳に茶目っ気があり小鹿のように潤んでいてきれい。(近眼のため?)
 意外に腕が太くて逞しい。(ラグビーをやっていたとか)
 顔立ちは確かに整っているのだが、芸能人クラスというほどではない。むしろ惹きつけられるのは愛嬌ある表情である。熊五郎や八五郎などのおっちょこちょいでひょうきんな人物を演じている時にたまに見せるドングリまなこの漫画チックな表情と、地の語りをするときの真面目な‘これイケメン’の表情とのギャップが愉快で、顔の変形率に目が離せなくなる。
「憎めないなあ~、この男」
 そこが噺家としてのいちやの一番の武器であろう。
 当初の照れ臭さをいつのまにやら乗り越えて、尻上がりに調子を上げてくるいちやの発する‘あったかいんだからぁ’オーラーに自分も会場もすっぽり包まれて、一体感のうちに高座は幕を閉じた。

「爺・・・。この私が誰かのファンになることはいけないことだろうか」
(by紫の薔薇族のひと)
紫の薔薇2