日時 5月15日(日)
会場 なかのZERO小ホール
主催 日本テーラワーダ仏教協会

 仏教徒にとって一年で最も大切な日――それがウェーサーカ祭。
 お釈迦様の誕生・成道・般涅槃(はつねはん)の三大イベントは、いずれもインド暦の5月(ウェーサーカ)の満月の日に起こったとされている。この日をお坊様や仲間たちと祝い、ブッダへの親・仏法への信を篤くし、これからも仏教徒として生きることを自らに誓うのである。

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 いつの間にやらソルティにとっても、この日は特別な一日になってしまった。元日やクリスマスや大みそかはもとより、自分や親しい人の誕生日よりも、20年来恒例となった年末のベートーヴェン《第九》コンサートの日よりも、ゲイパレードの日よりも、ボーナスの日よりも、自分の中では大切になっている。この日を軸に一年が回っているような気がするほどだ。
 諸法無我を生きる仏教徒にとって「アイデンティティ」という言葉はふさわしくないのだけれど、今やソルティの一番のアイデンティティは「仏教徒であること」になってしまった。そんな日が来るとは、若い頃のあるいは10年前の自分にはまったく想像つかなかった。人生わからないものである。
 
 だが、今にして思えば、「どうも最終的にここに到達して然るべき半生だったなあ」とも思うのである。高校時代に神社仏閣を見るのが趣味だったこととか、大学時代にはじめて出かけた海外旅行にインドを選んだこととか(お釈迦様が悟りを開いたブッダガヤとはじめて法を説いたサルナートを訪れている)、何の仕事をしても何の趣味に興じても「物足りない、落ち着かない」感覚にとらわれたこととか、孤独が好きだったこととか、精神世界に興味を持っていろいろ読み漁った(とくにクリシュナムルティ)こととか・・・・良いことも悪いことも、あれやこれや絡めて、あらかじめ仕組まれていた‘流れ’に気づかないうちに乗っかって、ここへと運ばれてきたような気がするのである。それこそ「因縁」なのかもしれない。
 この日、なかのZERO小ホールに集った人々もみな同じ思いを持っているのだろうか。「仏法」という同じ船に乗ることが決まっていた仲間だったのであろうか。

国の法律や政権はすぐに変わる、崩壊する。まったく当てになりません。
‘五戒’は私たちを、どこにいてもいつでも必ず守ってくれるガードです。
(スマナサーラ長老の法話より) 

 思うに、自分が長らく求めていたのは、心のしっかりした軸となる‘何か’であり、生きる上での指針となる‘何か’だったのだ。「この世に何一つ確かなものなどない」という教え(諸行無常)が、確かな‘何か’であったというのは、最大の逆説である。

サードゥ、サードゥ、サードゥ  

uesaka記念イラスト