wso 001


日時 2016年6月12日(日)14時~
会場 東京芸術劇場コンサートホール
指揮 藤岡幸夫
曲目
  1. ウェーバー:歌劇『オベロン』序曲
  2. リスト:交響詩『前奏曲』
  3. エルガー:交響曲第1番変イ長調Op.55

 ワセオケ(早稲田交響楽団)を聴いたからにはライバル校も聴いてみよう、と足を運んだ。
 結論から言うと、今季プログラムに限って言えば慶応の圧勝であった。三馬身くらい抜けていた。いやいや、実を言うとここ4~5年ソルティが聴いたクラシックコンサート――プロもアマもオペラも含めて――の中で一番良かった。
 ワセオケはレベルの高さに感心したが、「上手いのは確かだが‘情’が足りない」と思った。そのようにブログにも書いたのだが、あとから「学生オケにそこまで望むのは酷すぎる。もっと優しい目で見て(聴いて)応援してあげるべきだ」と反省していたところであった。
 しかし、今回の慶応義塾ワグネル・ソサィエティー・オーケストラ(WSO)の最初の曲『オベロン』を数十小節聴いたところで、
「これ、これ、これなのよ。自分が望んでいたのは!」
と心の中で叫んだ。
 したたるような‘情’がある。‘気’が充溢している。
 学生オケだってできないことないのだ。
 自分の耳に間違いなかったと実感した。
 
 『オベロン』の設定は、シェイクスピア『真夏の夜の夢』でよく知られているところである。妖精の王オベロンと奥方ティタニアのささいな諍いがテーマ。たわいないストーリーで、ウェーバーの歌劇自体も今ではほとんど上演されることない。全体像を自分は知らない。
 けれど、WSOの演奏を聴いていると、深い森の奥の清澄な湖の周りを羽の生えた妖精達が追いかけっこしている様子が目に浮かぶのである。その森は、日本の森ではなく、ドイツの森でもなく、フィンランドの森でもなく、まさしくイングランドの森である。そこまで見える。見事な情景描写だ。拍手する手に力がこもる。
「一曲めからこれかよ。今日は当たりかな? でもまあ偶然ってこともある。」

 リスト『前奏曲』では、指揮者とオケとの驚くほどの阿吽の呼吸に感心する。藤岡幸夫の指揮は派手ではない。どちらかと言えば地味である。体の動きも表現も。
 けれど、藤岡の意図するところをオケの面々がしっかりと真正面から受け止めて、それを一所懸命表現しようとオケ全体で心を合わせているのがびんびん伝わってくる。技量的にはプロオケに適わないのは仕方ない。おそらく、藤岡が首席指揮者をつとめる関西フィルハーモニー管弦楽団なら、完璧に藤岡の意図通りのタイミングとタッチで演奏できることだろう。
 だが、藤岡とWSOの間に発生している互いへの信頼と愛情とは、曲自体の素晴らしさにより一層の輝きを与えているのである。それが一番の感動の源だ。
 2曲目が終わったところで、客席から「ブラーヴォ!」が飛んだ。自分と同じように感じていた者がいたらしい。

 指揮者とオケとの絆の強さが最高度に発揮されたのが、エルガー『交響曲第1番』であった。

 我々がこの定期演奏会でエルガーを選択した理由。それはエルガーの慈しみとも言えるような「愛」である。・・・・・・彼が人生の苦悩の中から見出した愛は、彼の思想の中で音楽となりこの交響曲第1番に表れているだろう。愛に溢れ、苦悩に満ちているこの交響曲を、こよなくワグネルに愛され、ワグネルを愛してくださる藤岡幸夫という情熱的な指揮者と我々とで皆様に何か訴えられれば幸いである。(当日のプログラムより抜粋)

 まさにこの文言どおり。
 指揮者とオケとの完璧な結婚が、この曲の湛えている‘情’を見事に表現し尽して、曲自体に生命が吹き込まれた。一匹の野獣のように獰猛に、一匹の深海生物のように神秘的に、一輪の薔薇のように気高く、池袋芸術劇場の広い空間を領していた。
 学生であることもアマチュアであることも完全に忘れて、聞き惚れた。

 ブラーヴォ!