マトリョーシカ 004


日時 2016年9月18日(日)14:00~
会場 所沢市民文化センターミューズ大ホール
指揮 森川慶
曲目
  • ヴェルディ:歌劇『運命の力』序曲
  • フォーレ:管弦楽組曲『ペレアスとメリザンド』
  • ベートーヴェン:交響曲第5番『運命』
  • アンコール エルガー:『エニグマ変奏曲』第9変奏

 西武新宿線「航空公園」駅を出ると、駅前広場にかつてエアーニッポンで運行されていたYS-11旅客機がドデンとでかい図体を晒しているのがいやでも目に入る。ここ所沢は「日本の航空発祥の地」として知られている。(知られている?)
 なんでも、1911年(明治44年)に航空の父とよばれる長岡外史が私財を投じ土地を購入し、日本初の航空機専用飛行場をここにつくったのがはじまりだとか。
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 所沢ミューズは駅から歩いて10分のところにある。
 この時期、ホールの前に植えられている百日紅(さるすべり)の花が満開で、いい目の保養になる。


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 ここでソルティはこれまでの人生で最も感動的な《第九》を聴いた。
 何年前か忘れた。管弦楽団も覚えていない。
 指揮は佐渡裕であった。 
 演奏中、とにかく佐渡裕の後姿しか目に入らなかった。会場の後方に座っていたのに、まるでほんの数メートル先で振っているかのような錯覚すら生じた。
 そして、その演奏たるや・・・・!
「はじめて《第九》を聴いた」と思った。
「これまで何十回と聴いていたのは違う楽譜によるものだったのか?」
 そのくらい鮮烈で生命力あふれる演奏であった。
 やっぱり世界的指揮者は違う。
 この演奏会がより鮮明に記憶に残ったのは、開演前のアナウンスによる。
 プログラムを読みながら、携帯電話の電源オフや撮影禁止などのお決まりの諸注意を聞き流していたソルティの耳に、「へっ?」とするような文句が飛び込んできた。
「本日ご来場いただいたご記念に所沢産のサトイモがご用意してあります。どうぞ皆様、お帰りの折には一人一袋ずつお持ち帰りください」
 場内は爆笑の渦。
 《第九》とサトイモ。結びつかなかった。
 さすが埼玉である。

サトイモ


オーケストラ・マトリョーシカは、防衛医大卒業の医官である森川が指揮者となり、防衛医大在学中(2003年)に設立したオーケストラです。設立当時は防衛医大学生を中心に活動しておりましたが、現在は社会人を中心とするオーケストラとして、活動を行っています。現在は1年に1回ほどのペースで不定期ではありますが、演奏会を行っております。これまで古典派から後期ロマン派の交響曲や組曲を中心に、幅広く作品を取り上げてまいりました。(公式ホームページより抜粋)

 マトリョーシカという名の由来は、もともとロシア音楽を多く取り上げていたことに依るものだろう。
 
 歌劇『運命の力』序曲が始まってすぐ、マトリョーシカの実力に感心した。
 上手い。
 アマオケの中でも上位に入るのではないか。
 全体によく統一された安定感がある。舞台上の楽団員のルックスや振る舞いも含めて、「規律正しい」という言葉が浮かんできた。
 思うに、これは防衛医大の学生やOB(つまり自衛官)を中心とするメンバーカラーによるんじゃないか。他の学生オケや社会人オケとくらべると‘雑多感’がないのだ。良く言えば「粒が揃っていてまとまりがある」、悪く言えば・・・・・・・まあ、やめておこう。
 
防衛医大(防衛医科大学校)は、医師である幹部自衛官の養成や、自衛隊の医官(旧軍の軍医に相当)の教育訓練を目的に昭和49年(1974年)に開設された。

行政機関の分類上は防衛省の施設等機関に分類され、文部科学省が所管する大学とは異なるが、医科大学に準じた取扱いがなされている。学科学生の場合、卒業後は、医科幹部候補生として陸上・海上・航空の各幹部候補生学校で約6週間の教育訓練を受け、医師国家試験に合格後、幹部自衛官(2等陸・海・空尉)に任官する。

学生は、大学校敷地内の学生舎での集団生活が義務付けられており、集団行動と規則正しい生活により、自衛官としての礼儀作法を身につけることとなる。(ウィキペディア「防衛医科大学校」より抜粋)

 「集団行動、規則正しい生活、礼儀作法」なんて今や死語に近い。アマオケ、プロオケ問わず、メンバー全員が日常生活でこれらの徳目を尊重し実践できているところなど、まずないだろう。「道徳と音楽(芸術)の質は関係ない」とするのが当世風だろうし、実際、大作曲家や大芸術家の人生を思えば、むしろ「道徳と音楽(芸術)の質は反比例する」と言いたいところである。
 そしてまた、指揮者なりオケのリーダーなりが、音楽(演奏)を離れたところまで個々のメンバーの生活態度や生活信条に介入し云々するなんてのは、全国合唱コンクール優勝を目指す中学校の熱血音楽教師くらいしかできない取り組みであろう。
 一方、演奏者の性格や思想や生活態度が「音」に表れないというのも間違いである。個人レベルでもそうだが、集団となればなおさらで、オケのメンバーがブラジル人ばかりの《第九》と日本人ばかりの《第九》とではやはり聴く者は違いを知ることだろう。
 その意味で、防衛医大の学生およびOBという括りは、演奏の質を評価するにあたって無視できない要素であると思う。「集団行動、規則正しい生活、礼儀作法」によって培われたマトリョーシカの音楽は、客席に――とりわけ高齢者層に――好印象を与えることに楽々と成功している。
 そこにプラスして、陸上自衛隊をこの3月に退職し今は民間の病院に勤務しているという指揮者・森川慶のタガがはずれたような熱演と、クラリネット奏者の高い技巧と感性のしなやかさがもっぱら目を(耳を)引いた。
 
 「運命」をテーマにし、派手でドラマチックなイタリアオペラ(ヴェルディ)にはじまり、可憐で優美なフランス組曲(フォーレ)で休憩入り、そして荘厳で人気高いドイツ交響曲(ベートーヴェン)でしめくくるプログラムの構成も上手いと思う。
 惜しむらくは、管弦楽の人数(50名強、うちヴァイオリン15名)に比べてホール(2002席)が大きすぎる。せっかくの素晴らしい音響効果が生かされないのはもったいない。特にベートーヴェン『運命』は、弦の響きがホールの壁まで十分届かず、客席前半分で鳴っているという印象を受けた。もう一回り小さなホールで聴きたかった。

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