中央大学落語発表会 002


日時 2016年12月9日(金)18時~
場所 パルテノン多摩小ホール
主催 中央大学落語研究会
木戸銭 100円
演者と演目
  • 中央亭可恋/元犬        
  • あたり家駄B/松山鏡       
  • ふられ亭美鯛/茶の湯      
  • 籠り家性楽/火焔太鼓     
《仲入り》
  • 中央亭可愛/ろくろ首      
  • 三流亭半破/粗忽長屋     
  • ふられ亭ちく生/三枚起請    

 そもそもパルテノン多摩に行ったのは、大ホールで開催される「法政大学交響楽団第136回定期演奏会」を聴くつもりだったから。メインディッシュはチャイコフスキー交響曲第5番。チャイコの哀切かつ甘美なメロディ-との出会いを楽しみにしていた。
 が、仕事を終え、夕食をとる間もなく、会場に駆けつけると、
「当日券はなくなりました」
 チラシに「入場無料・全席自由」とあったので、当然座れると思っていた。
 満員御礼は主催者にとっては大満足だろうが、電車賃かけてはるばるやって来たこの‘期待感、のち落胆’をどうしてくれよう。愚痴のひとつも言いたいところだが、相手は学生。
 大人らしくあきらめるよりない。

多摩センター1

多摩センター2


 色とりどりのクリスマス・イルミネーションが輝き、家族連れや若者グループやカップルで賑わう多摩センター駅のペデストリアン・デッキを一人とぼとぼ歩きながら、「どっかで晩飯でも食おうか。それともまっすぐ帰ってシャフクの試験勉強しようか」と迷っていたら、つと目の前に差し出された質素なビラ。
「いまパルテノンでやっていますので、どうぞ笑いに来てください」
 「中大落語会」と書いてある。
 そういえば、最近落語行ってないなあ。
 大学のオチケンは聞いたことないけど、どうなんだろう?
 木戸銭100円だし、つまらなかったら途中で抜ければいいか。
 よし、暇つぶしに聞いてみよう。
 
 さきほど入場を断られた‘上品ぶった’(おいおい!)大ホール受付を尻目に、小ホール(304席)に入る。
 すでに始まっている。
 場内には100人くらい居た。
 意外に年齢層が高い。仲間内の学生連中が多いのかと思っていた。

 中央大学落語研究会は1957年創部。なんと60年の歴史と伝統がある。
 大学のオーケストラに早慶をトップとするランク付けが囁かれているように、オチケンにもランクがあるのだろうか。やはり、プロの落語家(真打)や漫才師をたくさん輩出しているオチケンがあるのだろうか。
 明治大学?
 
 中央大学がオチケン界でどのランクに位置するのか知らないが、ネットで調べると2014年に創部以来初の真打が誕生している。その名は桂やまと(かつら・やまと)。中大卒業後に桂才賀に入門。2003年二ツ目昇進。現在は、中大オチケンの指導役も務めている。
 してみると、中大オチケン、いま上り調子なのかもしれない。

中央大学落語発表会 003


 最初の二人は聞きそびれた。
 三人目ふられ亭美鯛は、うら若き(当たり前だ、学生だ)女性であった。声が聞き取りやすく、喋りもなめらか、おっとりした雰囲気、愛嬌ある顔立ちがなかなか良い。ところどころ笑かしてくれる。
(へえ~。なかなかやるじゃん。このレベルなら最後まで飽きずに聞けそうだ)
 四人目の籠り家性楽、六人目の三流亭半破――しかし、みな‘けったい’な芸名をつける。キラキラネームならぬギラギラネームか――は、学生らしい活きの良さと平成風イケメンぶりで目を細めさせる。三流亭半破は公務員試験に受かり、来年から役所づとめだそうだ。
 がんばれ!

 オチケンの実力をあなどっていたことをソルティに教えてくれたのは、五人目の中央亭可愛とトリをつとめたふられ亭ちく生の二人であった。
 
 「ろくろ首」は柳亭市弥で聞いたことがある。
 夜になるとニョロニョロと首が伸びる金持ちの美女のところに意を決して婿入りした松公。典型的な与太郎キャラ(現代風に言えば「ニートなダメ男」)である。お金と美女は喉から手が出るほど欲しいけれど、さすがにろくろ首は怖い。その葛藤をユーモラスに描く。
 中央亭可愛の「ろくろ首」は、二ツ目であるイチヤに引けをとらない上手さ、面白さであった。
 芸名どおり、バカリズムに似た顔の可愛さとパタリロに似た体つきの愛くるしさは、漫画チックで愛嬌がある。それでまずトクしている。与太郎キャラが作為なくはまる。一般に背が低いと声が高くなる傾向があるが、可愛の声はよく通るバリトン。出だし、その意外さで「およ?」と気を引いた。
 語りによどみなく、役の演じわけも及第点、所作や動きに無駄なく、話を完全に自分のものとしている。聞き手の注意をそらさない魅力がある。
 どうしてどうして、学生レベルではない。

 ふられ亭ちく生はどことなくオネエっぽい雰囲気。妙な色気がある。そのせいか、男を演じても女を演じても上手い。演技者としての魅力がたっぷりある。
 「三枚起請」はとても難しい演目である。
 なにより登場人物が多い。主要な人物だけでも四人――したたかな売れっ子花魁・喜瀬川と、結婚を約束する起請文を彼女からもらい、それをふところに年季明けを楽しみに待つ三人の貢ぐクン――が登場する。クライマックスでは、この四人がひと間で鉢合わせし、すったもんだの大騒ぎとなる。演者は四人をかわるがわる演じなければならない。相当な演技力が必要だ。
 ちく生はこの演じわけを見事にやってのけた。
 しかも、ただ聞く者が‘違いがわかる’というレベルではない。棟梁は棟梁らしく凛々しく、ちょっとヌケてる建具屋は表情までもトロく、したたかな花魁は商売女のアダっぽさの裏に潜むある種の虚無感を漂わせつつ、四者四様に個性的なキャラを創造していた。とりわけ、花魁の演技のリアリティは、オチケン界はもとより、二ツ目でもこれほど役に没入できる咄家はなかなかお目にかかれまい。やはり天性のものを感じる。
 話が進むうちに、聞く者は完全に演者の虜となり、演者が発するオーラーから目が離せなくなる。これもまた明らかに学生レベルを超えている。
 
 落語素人のソルティの勘だが、中央亭可愛とふられ亭ちく生の二人は卒業後、咄家の道を選ぶであろう。それだけのものを持っていると思うし、なによりこの二人は「人前で語り演じること」の快楽に完全に憑かれている。落語が彼らを放すまい。

 思いもかけぬ才能との出会い。
 今回はチャイコにふられて正解だった。


多摩センター3