1997年原著発表
2002年トランスビュー社より邦訳発行

虚無の信仰


 本書は、19世紀にはじめて仏教に触れた西欧人が、その教義内容に仰天し、「虚無の信仰」と恐れおののき、糞味噌にバッシングした経緯を克明にたどり、その誤解と恐れの背景にあったものが一体何だったのか、を探る書である。力作であり、優れた研究書であると同時に、興味深い社会・文明評論でもある。宗教とは何か、近代とは何か、西洋人とは何か、他文化理解とは何か、なににもまして仏教とは何か・・・を考えさせる知的興奮に満ちた問題作でもある。
 ソルティは10年前に一度読んでいる。面白かったが、消化不良の感が残った。その原因は本の内容自体つまり著者にあるのか、読み手すなわちソルティにあるのか。
 むろん、ソルティにあるのだろうと思いはした。当時は仏教とりわけテーラワーダ仏教(いわゆる小乗仏教)についてよく知らなかったからである。でも、なんとなく、本の内容自体にも隔靴掻痒というか画竜点睛というか、論を尽くしていないような感じを持った。
 この10年間、テーラワーダ仏教を学びヴィパッサナー瞑想を実践してきて、当時よりは仏教について理解が進んだはずである。前回、消化不良ですっきりしなかったところを、新たな視野のもと、消化吸収できるのではないか。
 そんな期待を込めて再読した。

 仏教が宗教の一つの教義として西欧に知られたのは19世紀のことである。これは航海技術の発達と言語学および東洋学の進展により、アジア各国の仏典が西欧に流入して盛んに翻訳され始めたのが、この世紀だったことによる。中国から、インドから、ビルマ(ミャンマー)から、モンゴルから、次々ともたらされる仏典、次第に明らかにされていく祖師ブッダの姿と仏教の全容。
 はじめのうちは、「思慮深いモラリスト、迷信や血による犠牲に反対して闘うすぐれた哲学者」として好意的に受け取られていたブッダ、また仏教に先立って西欧人に発見されたバラモン教により湧きおこった「東洋ルネサンス」への熱い期待、それがパーリ語の解読に成功し初期仏典の内容が明らかにされるにしたがって、ブッダおよび仏教のイメージは一転し、禍々しく不吉なものへと変わっていった。
 ここで一つ確認しておくべきは、19世紀西欧人が怖れたのは、日本や中国やカンボジアやチベットにサンスクリット語に乗って流通した大乗仏教ではなく、タイやスリランカやビルマにパーリ語に乗って伝えられた小乗仏教(テーラワーダ仏教)であった、という事実である。ブッダの直伝にもっとも近いとされるパーリ経典こそが、怖れの対象となったのである。

 19世紀西欧人は、仏教の何を、どこを、怖れたのだろうか?

 彼らは、仏教を、まずなによりも、思考の原則をすべて否定するものとしてとらえた。仏教は、意識が朦朧とした一種の痴呆状態や意志の否定、あるいは永遠の死への願望といったさまざまなかたちをとるが、いずれにしてもその歴然たる特徴は、人間の唯一の目標が完全なる無に帰することにあると説く、ありうべからざる教義にあると考えられた。

 仏教はペシミズムと結びつけられ、死をもたらし、すべてを否定する思想、世界の「正常な」、つまりは、西洋の、キリスト教の、生と密着した、肯定的な秩序にまっこうから対立する思想とみなされた。

 存在すること、行動することへのこうした倦怠感をだまって受け入れ、もっとも深い存在のしかたとは、もっとも貧しく、もっとも寒々とした、もっとも無気力な存在のしかたであると信じること、これはまさに生存のための闘争における敗北にも等しい厭世的な態度である。涅槃(ニルヴァーナ)は、じつのところ個人と民族の消滅(アネアンテイスマン)に行き着く。いったい、人生の敗残者こそが、生のあらゆる悲惨さの征服者だとでもいうのだろうか。

 思考の否定、意志の否定、生存の否定、世界の否定、行動の否定、個人の否定、神の否定、魂(=永遠の命)の否定。
 西欧人は、仏教を「すべてを否定する宗教=虚無の信仰(ニヒリズム)」ととらえ、怖れたのである。わけても、本書でたびたび登場するキーワードである「魂の消滅(アネアンテイスマン)」という概念こそが、仏教への怖れの中核をなしたようである。

 この怖れは正当であったのだろうか?

 「正当ではない」と著者ドロワは明言する。

 仏教は、虚無の信仰ではない。
 仏教は、われわれ西洋の人間の目に、魂の消滅への欲求を特徴とするものにも、破壊への誘惑を特徴とするものにも映らない。少なくとも、こんにちではもはやそうはみえない。むしろわれわれが注目するのは、その寛大さであり、あらゆる生命への慈悲であり、寛容であり、非暴力である。
 こんにち、われわれにとって、仏教とはなによりもまず癒しである。仏教は苦を癒してくれるものであって、ニヒリズムとはなんの関係もない。

「19世紀西欧人は、仏教を正しく理解できなかった。誤解したゆえに怖れたのだ」
――というのが本書で一貫した著者の態度である。
 
 そうなると、「では、仏教とはなんぞや?」というのが問題となる。ブッダ本来の教えとは如何なるものか。
 ドロワは序章で次のように仏教を説明している。

 仏教の高僧たちがめざしたのは、事物にも人間にも、安定した恒久不変の原理、ひとつの体系を作りうるような原理が存在するという考え方を無効にする(否定するというよりもこういうほうがよい)ことであった。
 いかなるものにも――「主体」にも「客体」にも――「自己」など存在しない。すべてが本来の性質を失っている。仏教の世界では、非連続的で刹那的な諸現象が絶えず継起し、そこには支えも基体(哲学用語で物の性質や状態の土台となるもの)もなく、出現と消滅が無限にくり返される。われわれが事物の実在と自己の存在を信じ込んでいるのは、ひとえに、われわれの五感の粗雑さ、欲望や言語が生み出す幻想による。この意味で、仏教以上に徹底した反実体論(現象の内に恒常的な存在を認めない考え方)の思想はない。哲学的分析において、仏教以上に、思想の解体をもたらす思想はない。
 仏教の「我(アートマン)」(霊魂あるいは「自我」)は、指示対象をもたない述語である。我(アートマン)にかんして、いかなる問いを発しても、沈黙しか返ってこないのは、問いそのものが成り立たないからだ。たとえば、霊魂が死すべきものか不死なのかを問うことは、「霊魂」ということばがいかなる実体も指さない以上、子どもの産めない女性に、息子が丈夫なのか病気なのかを問うようなものだ。
 
 どうだろう?
 この文章を読んで、「うんうん」と頷ける人間が世界に一体どれくらいいるだろう?
 10年前のソルティはチンプンカンプンであった。書いてある言葉は分かっても、その内容の本質的理解は、相対性理論の理解とどっこいどっこい。あるいは高等数学の計算式の羅列を見ているのと同レベル。
 10年前の消化不良の一因はここにある。仏教の何たるかが分かっていないのに、それを「19世紀西欧人は誤解していた、怖れていた」と言われても、今一つピンと来なかったのである。柳を幽霊と間違えて怖がっている子供を前にしても、そもそもこちらが柳という植物を知らなかったら、子供の浅はかさがいっこうに理解できない。
 10年後の今は、上の文章を読んで「うんうん」と頷くことができる。知的な理解というよりも瞑想修行を通して得た直感的把握として・・・・・。上記はつまるところ、「諸行無常」「諸法無我」「一切行苦」を述べている。ドロワの説明はおおむね正しい。(ただし、「子どもの産めない女性・・・・・云々」の比喩はいただけない)

 19世紀の西欧人に限らず、この真理を体得するのは至難の業であろう。仏教を理解するためには、仏典を読むことと並んで瞑想修行が欠かせない。ヴィパッサナー瞑想をはじめとする修行方法も知らず、それを教えてくれる師も持てなかった19世紀の西欧人が、仏教を誤解するのも致し方なかったと思われる。
 そもそも、これを書いたドロワもまた、そこまでの深い理解ができているのかどうか怪しいところである。というのも、上の文章はいかにもどっかの哲学辞典からそのまま拝借してきたような生硬さと理屈っぽさをまとっているし、本書においてドロワはひとつ重要な手続きを怠っているからである。
 それは、19世紀西欧人が仏教を「魂の消滅を説く虚無の信仰」と誤解したというのならば、それが上の文章(真の仏教)と照らし合わせ、どう間違っているか――の検討作業である。柳と幽霊がどのように異なるかを言い含めなければ、子供も安心できまい。
 役不足承知、ソルティが補おう。
 
 仏教が「虚無の信仰(ニヒリズム)」でないのは、端的に仏教がいかなる意味でも「~主義(イズム)」と馴染まないからである。先の引用にある通り、仏教は、「事物にも人間にも、安定した恒久不変の原理、ひとつの体系を作りうるような原理が存在するという考え方を無効にする」のだから、仏教文脈において「主義」とは砂の城のようなものである。造られたとたんに波にさらわれて崩れてしまう(諸行無常)。そしてまた、主義や信仰が成り立つためには、それを信奉する「思考し欲望する個人(=自己)」が存在しなければならないが、仏教はその個人もまた無効にしてしまう(諸法無我)。ニヒリズム(虚無主義)の正確な定義は知らないが、それを持ち出すまでもなく、そもそも「~主義(イズム)」が成り立つ足場がないのである。
 同様に、仏教が「魂の消滅」を説くものでないのは、「徹底した反実体論(現象の内に恒常的な存在を認めない考え方)」である以上、「永遠不滅の生命」というものはそもそもナンセンスだからである。消滅するような魂はハナから存在していない。


砂の城


 さて、ドロワは19世紀西欧人がなぜ仏教を誤解し、怖れるに至ったかを、当時の膨大な文献(哲学書や学術論文や著作や書簡集)にあたり、そこに記された言説を丹念に読み解いていくことで、謎の解明をはかっていく。非常にスリリングで、面白く、ドロワの研究者としての力量、哲学者としての底力が十二分に感得される。かなり専門的な難しい内容であるにも関わらず、フランスではベストセラーになったというのも頷けないことではない。「虚無の信仰」というショッキングなタイトルからして、興味をそそるではないか。
 ソルティの解したところ、仏教が誤解されたきっかけとなった要因として、ドロワは次の3つを挙げている。
 
1. ヘーゲル、ニーチェ、ショーペンハウアーらの言説
 同時代の著名な哲学者らが揃って、仏教と虚無(ニヒリズム)を結びつける言説をした。
 これら哲学者が必ずしも仏教を正しく理解していたわけではないし、大衆もまた必ずしもこれら哲学者の言説を正しく理解したわけではなかった。が、「仏教≒虚無」という解釈が、これら天才によってお墨付きを与えられる恰好となった。

2. カトリック教会の攻撃
 「魂の否定」「神の否定」を説く(ように見えた)仏教を怖れパニックとなったカトリック教会が、組織的な仏教バッシングを行った。その背景には、「神が死んだ」(ニーチェ)に象徴される大衆のキリスト教からの離反に対する焦燥と、悪魔的信仰に取り憑かれた愚昧なるアジアへの布教推進(信徒の拡大)という目論見もあった。むろん、それをバックアップする政治経済的動因(アジアの植民地化)も読み取るべきであろう。

3. 時代背景
 絶対王政が崩壊し、恐怖政治を経験し、神の死が宣告され、共産主義という「妖怪」が跋扈する、18世紀から19世紀の人類史的に見ても大変動の時代において、西欧人の抱える様々なレベルの不安や苦悩が、仏教に投影された。

 新しく発見された、かなり異様な東洋の宗教をなんとか理解しようとするふりをしながら、じつはヨーロッパは、自分自身にかんして恐れていたもの、すなわち、崩壊・深淵・空・魂の消滅といったものからなるイメージを、ブッダにかぶせたのだ。 


 神の手から離れた近代人の不安は、親の庇護を離れ世間に放り出された青年の不安に比せられよう。
 独りでやっていけるだろうか?
 自活できるだろうか?
 社会に受け入れられるだろうか?
 成功するだろうか?
 仲間はできるだろうか?
 悪い大人にだまされないだろうか?
 良い伴侶は見つかるだろうか?
 幸福になれるだろうか?
 ・・・・・・
 仏教はまさに、孤独と不安を抱えながらも前向きに世に旅立とうとする青年(近代)を、怠惰と諦念と虚無と破滅へと誘う悪い大人(悪女?)とみなされたのである。
  
 上記3つの要因のほかに、ソルティが思うにもう2つ付け加えられよう。

4. 仏教自体の理解し難さ
 前述したように、19世紀西欧人のみならず、現代日本人においても、この条件は同じである。 

5. 西欧人特有の二元論的思考

 中道(あるいは中庸)の教えに見るように、仏教は二元論を取らない。「善or悪」「黒or白」「肯定or否定」「快楽主義or苦行主義」「有見o無見」「常見or断見」といった両極端を回避し、二者の対立を離れる。と言っても、「その真ん中の道を行く」といった単純なものではなく、むしろ対立構造を無効にする。
 しかるに、西欧人は、(おそらくはキリスト教や近代科学によって培われた)二元論的思考が身についている。その思考パラダイム(枠組み)において仏教を理解しようとしたがゆえに齟齬が生じたのではあるまいか。
 たとえば、ブッダが「生きることは苦である」と言ったときに、それを反転して、「死ぬことは楽である」(希死念慮)と捉える。「思考は無益である」と言ったときに、それを極限まで推し進めて、「痴呆状態で生きよ」と捉える、といったふうに。「プラスでなければマイナス」という二元論的短絡が、そうでなくとも理解困難な仏教の誤読を促進したのではないか。
 
 さて、誤解が生じたのは分かった。でも、誤解と恐怖にはまだ懸隔がある。

 なぜ西欧人は、虚無を、魂の消滅を怖れるのだろうか?

 ドロワはこの点について何も語っていない。そこが、ソルティが「論を尽くしていない」と感じ、消化不良を起こした今一つの理由であった。
 この重要なポイントについては、実は本文の中ではなく解説の中で、宗教学者の島田裕己が見事に補填してくれている。

 ヨーロッパの人間の思想のバックボーンであるキリスト教の教義を考えてみた場合、そこでは、救済の主体として「魂」の存在が想定されている。ところが、仏教では、その魂の消滅を説いている。それでは、死が人間にとってあらゆる意味での終わりであることになり、キリスト教の信仰の核にある復活とは相反することになってしまう。復活なき死ほどおそろしいものはない。だからこそ、ヨーロッパのひとびとは、魂の消滅を説く仏教を怖れたのである。
 ヨーロッパの社会では、人権、あるいは人間の生命というものに絶対的な価値がおかれている。そうした社会に生きる人間からみれば、「涅槃」、つまりは個人の死に究極的な価値をおく仏教は、人権を無視し、人間の生命を蹂躙する危険な宗教であるということになる。
 まさにこの点において、19世紀、とくに1820年から1890年にかけて、仏教は、虚無の信仰として怖れられた。

 ぶっちゃけ、これが本書の要点であり、われわれ日本人が本書および西欧人を理解する上での鍵であると思う。前近代からの桎梏であるキリスト教的価値観と、デカルトの「われ思う、ゆえにわれ在り」や市民革命を通じて獲得した「自己」「人権」といった近代的価値観。仏教は、この近代西欧人のアイデンティティの核を成す2つの主要な価値観を揺るがすものに見えたのである。
 本書でこの考察が欠けているのは、おそらくドロワ自身が西欧人であり、ドロワが想定した読者もまた同じフランス人をはじめとする西欧人であったので、当然の前提として、わざわざ語るまでもなかったからなのだろう。「魂(自己)の消滅=怖い」は、彼らにとって、あたり前田のクラッカーなのであろう。


ドラクロワ民衆を導く自由の女神
ドラクロワ作「民衆を導く自由の女神」


前田4512 (2)
コーヒーにも紅茶にもビールにもワインにも合う
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 そこで、最後のポイントである。
 ドロワは、「仏教は誤解されたゆえに怖れられた」と述べている。
 しかし、ソルティはこう思う。
 
 19世紀西欧人がたとえ仏教を正しく理解していたとしても、やはりそれを怖れ、パニックを起こしたのではないか。

 西欧人は「魂(自己)の消滅」を怖れるがゆえに、それを説いているかのように見えた仏教を怖れた。が、本来の仏教は「魂(自己)の消滅」どころか、「魂(自己)なぞ無い」とするのである。誤解が解けたって怖いことに変わりあるまい。いっそう怖い。
 西欧人は、仏教を「すべてを否定する虚無の信仰」と誤解したゆえに怖れた。ドロワのせっかくの仏教弁護に水を差すようだが、ブッダが修行の最終目標として輪廻からの解脱を説いたのは間違いないところである。「もはや生まれ変わらないことを良とする」、すなわち生存やこの世界の否定は、たとえ西洋的ニヒリズム(虚無主義)には当たらないとしても、現に生きている人間にとって容易に受け入れがたい言説であろう。(⇒別記事「かぐや姫の物語」参照)
 
 思うに、仏教が怖れられるべき最たる理由、それは「虚無の信仰」だからでも「魂の消滅」を説くからでもない。「自己」というアイデンティティを無化し、「自己」という幻想の集積によって成り立つ「世界」の正当性を根底から揺るがすからである。
 近代人が(というより人類が)仏教を怖れるのは、ある意味、当然なのである。
 悟ったばかりのブッダのエピソードを思い出されたい。

「非常に苦労して私が獲得したものであるが、いま、どうして説いたらいいだろうか。 貧・瞋に悩む人々はこの仏法を理解することは簡単ではない。この教えは世の考え方とは違う、繊細なもので深遠で難しく、微妙なものであるので、欲にまみれた人々は、理解することができない。」
 このように考えた世尊は、黙っていようと思い、説法をしようとは思いませんでした。
(大正新脩大蔵経刊行会「南伝大蔵経」より抜粋)


 ことは19世紀西欧人に限らない。
 本書を読んだ日本人は、ともすれば、仏教伝来によってパニックに陥った19世紀西欧人を嘲笑うかもしれない。聖徳太子から連綿とつながる仏教国日本の一員としての矜持まじりに。
 しかし、小乗仏教もといテーラワーダ仏教が、本格的に日本語に翻訳されたのは昭和初期、すなわち20世紀である。我々は、ヨーロッパ人より遅く、お釈迦さま本来の仏教に出会ったのである。
 ブッダの直伝に触れた現代の日本人が、どういう反応を示すか。
 19世紀西欧人のように、それを「虚無の信仰」と解して怖れ無視するか、心酔するか、あるいはどこかのカルト教団のように世界を破壊してもいい論拠と曲解するか。「魂(自己)の消滅」と解して敬遠するか、安堵するか、あるいは希死念慮や刹那主義をバックアップする援軍と勘違いするか。
 今まさに問われている。


夏空