1988年原著刊行
1991年新宿書房より邦訳刊行
2016年朝日新聞出版より文庫版刊行

 著者のエヴァ・シュロスは、『アンネの日記』のアンネ・フランクの義理の姉である。
 ナチスドイツによるホロコーストで夫を失くした、エヴァの母親フリッツィが、やはり妻を失くしたアンネの父親オットーと戦後再婚したため、エヴァとアンネは義理の姉妹になったのである。
 むろん、アンネはアウシュビッツに連行されて間もなく病死しているので、生前姉妹として二人が出会うことはなかった。ただ、ユダヤ人迫害の強まる中、ドイツからアムステルダムに亡命した両一家は、市内のドイツ系ユダヤ人集合住宅――アンネが日記をつけ始めた場所――に同時期暮らしていたので、少女時代のエヴァとアンネは顔馴染みであった。しかも同い年である。

 この本は、ビルケナウ収容所に母親と一緒に強制収容され、半年以上にわたる生き地獄を耐え抜き、奇跡的に生還した15歳の少女の手記である。まさにアンネの日記が終わったところ――隠れ家が見つかり一家がゲシュタポに逮捕される――から先のストーリーを、この手記は綴っている。アンネからエヴァへの、妹から姉への壮絶なるバトンリレー。
 アウシュビッツの現実を描いたものとして、ヴィクトール・フランクルの『夜と霧』に並ぶ貴重な記録と言えよう。

 原著刊行年に見るとおり、本書をエヴァが執筆したのは80年代半ばである。
 実に戦後40年以上経ってようやく自らの体験を語ることができるようになったのだ。トラウマの大きさが如何なるものだったか!
 彼女は執筆を決心した動機について、こう語っている。

 あの恐ろしいすべての期間を通して、私は全能なる何ものかが、私を守り導いてくれるのを感じていた。その確信があとになって深まれば深まるほど、今度は別の疑問が私を悩ませるようになった。兄と父を含む何百万とという人のなかから、何故私だけが生き残ったのだろう。あの歴史上未曽有の人間大量抹殺遂行の結果、世界は少しでも進歩しているのだろうか。当時のことを繰り返し語りつぎ、あらゆる角度から光を当ててみる必要があるのではないか。強制収容所から生きて帰れたほんのひと握りの人々が、その人しか語りえない事実を鮮明に記憶しつづけるのに、あとどれだけの時間が残されているだろう。幾百万の人々の死が無に帰することのないよう、記憶がすっかり色あせないないうちにこれを書き留めておくことは、生き残ったものの義務といえるのではないだろうか。


 まさに今のこの時期、文庫本による再発行を行った朝日新聞出版を評価するとともに、感謝したい。


銭壷山合宿 016