遍路を転がすようなきつい道を「へんろころがし」という。
よく言われるのは「一に焼山、二にお鶴、三に太龍」、すなわち12番焼山寺、20番鶴林寺、21番太龍寺の山越えの道が、そこまでの歩きですでに足にマメができていたり、膝や足首に痛みを覚えている遍路たちにとって、この先歩き続けられるか否かを突きつける正念場となる。
どれも徳島県である。
歩き遍路の半分が、ここで挫折すると言われている。

台風後の焼山寺道
台風翌々日の焼山寺道

それとは別に「へんろころがしの宿」というのもあるなあと、ソルティは思った。
つまり、遍路のモチベーションを下げる宿泊施設、評判の良くない宿のことである。
「へんろみち保存協力会」が作成している携帯用地図『四国遍路ひとり歩き同行二人』の巻末には700余りの宿が掲載されている。(ソルティが使用したのは2016年発行の第11版)
その中にはすでに廃業している宿も結構ある。
昨今、高齢化や後継者不足で閉めていく老舗も少なくない。
そのぶん、若者や外国人をターゲットとした安価なゲストハウスが増えているので、大勢として数は変わらないように思われる。
これだけあれば当然、はずれ宿も出てくる。

建物が老朽化、隙間風が入ってくる
掃除が行き届いていない
布団や浴衣が汚れている
どこからか虫が湧いてくる
主人が無愛想である、ケチである、説教癖がある
食事がひどい
サービス精神に乏しい
e.t.c. 

まあ、四国に限らず、どこにだってある。
四国の場合、お接待精神が根付いているので宿全般のサービスレベルは非常に高い。
ソルティは68泊したが、どこも良い宿ばかりで、疲れた体を休め、明日また歩き続ける活力を養うことができた。
通し打ちの歩き遍路はどうしたって疲れがたまっていく。
体だけでなく、心もまたいろいろな雑念に悩まされるので、しんどくなってくることが多い。
日々泊まる宿では、余計なことを考えることなく、ゆっくりくつろぎたいのが心情。
それだけに、はずれ宿に当たってしまうと、体の疲れがとれるどころか倍増し、心も余分なストレスをしょい込んでしまい、モチベーションの低下を招くことになる。

こうした「へんろころがしの宿」に当たらないようにするにはどうしたらいいか。
対策が二つある。

一つは、道中出会う遍路たちと情報交換することである。
とりわけ何巡もしているベテラン遍路はこれまでに数多くの宿に泊まっているので、良い宿悪い宿の情報を持っている。
彼らに聞くことで、また彼らから発せられクチコミで伝わった情報を他の遍路から得ることで、宿の選定に役立てることができる。 

いま一つは、ネットである。
四国遍路の体験談は数多くネットに上がっていて、宿の良し悪しも書かれていることが多い。
ご丁寧にも「泊まってはいけない宿」をリストアップしているサイトもある。
ソルティは、直前まで迷った挙句にスマホを購入し四国に持って行ったのであるが、やはり持って行って良かった。
地図(GPS)として役立ったことは言うまでもないが、宿の選定にも大いに活用した。
上記の地図に掲載されていない比較的新しい宿――安価なゲストハウスのような――もスマホを使って見つけることができた。
ネットだと宿の外観や部屋の様子が画像掲載されているので、大方、どんなところか推測がつく。
行ってみたら「がっかり」ということがあまりなかった。

カーサベルデ1

カーサベルデ3

カーサベルデ2
ネットで見つけた高知県大月町のカーサーベルデ
普通のマンションの空き部屋(1LDK)を遍路宿として活用している


クチコミとネットの二つの対策で、へんろころがしの宿をおおむね避けることができる。
実際、当初予約しようと考えていた宿をベテラン遍路の助言で変更したことも数回あった。
他の遍路との交流の大切さを学んだ。

遍路の中には、黙々と一人で歩き、他の遍路とはまったく交流しない人もいる。
挨拶しても返さず、話しかける隙も見せない。
宿でも、食事中に他の遍路が談笑している間、黙々と食事して、食べ終わるとつと席を立って離れていく。
定年退職の男性に多かった。
人には簡単には言えないような深い事情を抱えて遍路に来る人も多いので、それぞれのやり方を尊重するのが四国遍路のルールであろう。
なので、閉じこもっている人と無理やりコミュニケーション取ろうとするのはお門違いである。

ただ、定年退職組はスマホを持っていない率が高い。
そのうえに遍路同士の情報交換に背を向けるならば、閉じこもり遍路が「へんろころがしの宿」に当たる確率は高くなる。
宿ばかりではない。
道についての情報も入ってこない。
「あの道は途中で通行止めになっているから、こっち行ったらいいよ」といった有益な情報が得られなければ、そこで無駄足する場合もあろう。
ただでさえ、しんどい思いを抱えて歩いているのに、ますますしんどさが加わっていくわけで、当人が望んでいるかどうか知らぬが、自ずから苦行モードに入っていくことになる。
因果やなあ~。

歯長峠通行止め


さて、こうして「へんろころがしの宿」を回避していたソルティであるが、すべての宿について事前情報を得ることなど到底できないわけで、「当たってしまった」ことがあった。
B旅館としよう。


B旅館を選んだのは「料理がうまい」とネットに書いてあったからで、素泊まり続きで栄養不足かつ味気無さを感じていたソルティは、「たまには贅沢しよう」と思った。
予約したのは二日前の晩、電話に出たのは女性で、応対は普通であった。
翌晩のC旅館は素泊まりだったが、他の遍路と交流しようと思い、夕食後を見計らって食堂に顔を出した。
テーブルには、数名の遍路がいて宿のご主人とコーヒーを飲みながら談笑していた。
ご主人はソルティを見ると、コーヒーを淹れてくれた。
宿で会った遍路同士の一番の会話ネタは、「明日どこまで行くのか。どこに泊まるのか」といったことである。
ソルティがB旅館に予約していることを告げると、一瞬テーブルが静まりかえった。
遍路同士、顔を見合わせている。
意を決したようにご主人が言った。
「B旅館は料理がうまいのは確かです。でも、なにかとトラブルが多いのも本当です」
どうやらソルティが現れる前に、この先の宿について皆で情報交換していたらしい。
B旅館のことも話題に上がっていたのだ。
ソルティ以外、そこに泊まる予定の人はいなかった。
「どんなトラブルを耳にしておられますか?」
ソルティの問いに、ご主人と情報通の遍路の一人が教えてくれた。

●管理人が気難しく、愛想が悪い
●建物が古く、部屋も暗く、お風呂が狭い
●早く宿に着きすぎると露骨に嫌な顔をする。早く着いた遍路が玄関で呼びかけたが誰も出てこない。仕方なく上がり框で休んでいたら、管理人が出てきて泥棒扱いされた。管理人と遍路は大喧嘩になり、飛び出した遍路は近隣の宿に泣きついた。
●近隣の宿にもB旅館の悪評は伝わっていて、トラブルの話はよくここまで聞こえてくる
e.t.c.

ソルティはポリシーとして、一度予約した宿はキャンセルしたくない。
とくに前夜のキャンセルなど「もってのほか」と思っている。
なので、話を聞いて多少ビビったけれども、覚悟を決めて泊まることにした。
若干、どんな宿なのか、どんな管理人なのか、好奇心が湧いたのも事実である。
「できるだけ宿には遅く着くようにして、着いたら食事の時以外は部屋でおとなしくしていよう」

脱線するが、遍路の中には予約した宿を当日になって平気でキャンセルする人も多いらしい。
それも素泊まりならまだしも食事を頼んでいてキャンセルする。
当然、当日までに買ってあった生鮮食材は無駄になる。
それにもっと早めにキャンセルの連絡をくれれば、その後に電話をくれた他の遍路をそこに入れることができるが、当日キャンセルではそれも難しく、結果空き部屋が生まれる。
もっとひどいのになると、キャンセルの連絡すらくれない人もいる。
夜になっても到着しないので、「もしや遭難したのでは?事故にあったのでは?」と宿の主人が心配して本人の携帯に電話してみると、「時間に余裕があってもっと先まで歩けたので、他の宿にしました」とあっけらかん。
ソルティが出会ったベテラン遍路の一人は、「遍路の風上にもおけない」と怒っていた。


海の道


さて、翌日は海岸沿いを20数キロ歩いて、B旅館のある町に入った。
時刻は3時ちょうど、宿に入るに早すぎる時間ではないが、念のため時間稼ぎする。
その町はなかなか賑やかな城下町で、瓦屋根と白漆喰からなる古い町並みを見物しているだけで面白かった。
1時間ほど歩き回って、宿にチェックインした。
「いらっしゃいませ」
管理人の娘さんらしきが出てきて、笑顔で案内してくれる。
問題なし。
宿は改装されたのか、聞いた話と違ってどこもかしこも新しく、通された部屋もトイレもお風呂も清潔で快適であった。
問題なし。
夕食までは、いつも通り荷物を整理したり、出納帳や日記をつけたり、疲れた足をケアして過ごした。

夕食は評判通りとても豪勢で美味しかった。
新鮮な海産物を使った一品一品が、素材の良さを生かすよう見事に調理され、十二分満足いくものであった。
泊まっていたのは見事に新人歩き遍路ばかり男8人、50代のソルティは下から2番目の若さであった。
北海道から九州まで全国からやって来た新人遍路たちは、はじめて体験する四国遍路の戸惑いや楽しさを分かち合った。
この旅館の噂を耳にしている人は、どうやらソルティ一ひとりのようであった。
もちろん、彼らにわざわざ言う必要もあるまい。

部屋に戻ると、布団が敷いてあった。
きれいなふかふかの掛け布団、清潔なシーツ。
あとは寝るばかり。
(なんだ。何の問題もないじゃないか)

しばらくすると、隣の部屋の男がフロントに電話するのが聞こえた。
壁が薄いので声が筒抜けになる。
「毛布を持ってきてくれませんか」と言っている。
ここは南国、10月にしてクーラーが必要なほど暑い日が続いていた。
下手すると夜もつけっぱなしの日もあった。
なぜ毛布?
不思議に思って耳を澄ましていると、
「ああ、そうですか。わかりました」と言って男が受話器を置く音が聞こえた。
そのあと、「ひでえな~」とかぶつぶつ呟いている。
どうやら断られたらしい。
(地雷を踏んだな)

そのあとしばらくすると、今度は廊下を挟んだ前の部屋の男がフロントに電話するのが聞こえた。
「腹の調子が悪いので、明日の朝食はいらないから替わりにおにぎり作ってくれませんか」
(これも地雷か?)
しばらくすると、乱暴に受話器を置く音に続き、怒気を含んだ声がした。
「なんだよ、ここ!」
彼は朝食の席に現れなかった。

ソルティはいつもチェックアウトするのが泊り客の最後になる。
玄関で靴ひもを結んでいたら、管理人が出てきた。
そのまま「お世話になりました」と言って立ち去ってもよかったのだが、せっかくだからちょっと会話してみようと思った。
夕食の美味しかったことを感謝とともに伝えたら、一瞬びっくりした表情をしたが、「ありがとうございます」と笑顔になった。
それから、「部屋も玄関も風呂もとてもきれいでした。最近改装したのですか?」と尋ねたら、そうだと言う。
そこから改装時の苦労話を10分ほど聞いた。
最後には、「道中お気をつけください」と手を振って見送ってくれた。


へんろ小屋



遍路道を歩いていたら休憩所があり、何人かの遍路が雑談していた。
中の一人はB旅館で一緒だった唯一年下のMさんだった。
Mさんはソルティを見ると、
「B旅館ってどう思いましたか?」
「いや、普通にきれいな宿だと思いましたけど、なにか?」
するとMさんが言うには、「こちらの方にいま聞いたんですけど」と、隣りにいた年配の旅慣れた感じの遍路を指して、「B旅館はベテラン遍路の間では避けたほうがいいって有名らしいんです。自分ももちろん知らなかったんですが・・・。昨晩泊まった人たちの何人かと今朝一緒に宿を出たあと歩きながら話をしたら、結構苦情を言ってたんでビックリしました。今こちらの方に事情を聞いて、そうだったのかあ~って。どうりで新人遍路ばかり揃っていたと思いました」

Mさんによると、くだんの毛布の男は、
『掛け布団がぶ厚いので、かけると暑くて眠れない。もっと薄い毛布一枚で十分と思って、管理人に毛布を頼んだところ、「そんなのあるわけない」と一刀両断された』

また、腹の調子の悪い男は、
『おにぎりなら持ち運んで腹痛がおさまったら食べられるからと、朝食の代わりにおにぎりを作ってほしいと頼んだところ、「そんなことできません」とにべなく断られた。そのうえチェックアウトでは食べなかった朝食の分も請求された。「もう二度とあそこには泊まらない」とプンプン怒りながら歩いていた』

両人とも、B旅館に対して悪い印象を持ってしまったらしい。
それがまたこうしてクチコミやネットで広まっていくのだから、一度ついた評判は怖いものである。
面白いのは、Mさん自身は何一つ嫌な思いをせず、チェックインし、チェックアウトしたわけである。
聞けば、彼は宿に対して何ら特別な要望もしなかったし、する必要も感じなかったと。
つまり、宿の提供するサービスに満足して素直にそれだけを受け入れる客にとっては、別段引っかかるところがないし、トラブルは生じない。提供されるサービス以上のものを客が求めた時に、管理人は過剰反応してしまい、トラブルが生じるらしい。
ソルティは前夜のC旅館での情報交換から、「おとなしくしていれば問題なかろう」と思い、そのように振舞った結果、問題なかった。
一方、Mさんは「知らぬが仏」で無傷で通り抜けたのである。
「でも、一人一人の客の要望に応えてこその客商売じゃないですか。ひどいですよね~」とMさん。

評判が命取りとなるネット時代、こういった宿はよほど気を付けないと淘汰されていくと思うので、ある意味、自業自得だなと思う。
ソルティが話した印象では、管理人は決して悪い人ではなかった。
人づきあいに不器用なところがあるのだろう。
本来、接客業には向かないタイプなのだが、跡を継ぐほかなかったのかもしれない。

そんなこんなで「へんろころがしの宿」の一幕は終わったわけであるが、あとからこうも思った。
「へんろころがしの道がお遍路さんの修行の糧となるように、へんろころがしの宿もまた、お遍路さんの修行の糧となっているのでは?」
たとえば、閉じこもり遍路にはそれに見合った形での体験がやって来るように。
毛布の遍路には、「自分に与えられているもので満足しなさい、工夫をしなさい」というメッセージだったのでは?
(掛け布団では暑すぎるなら、クーラーを強くして部屋の温度を下げて使えばいいのでは?とソルティは思ったのだが…)
腹痛の遍路には、忍耐と寛容と許しの修行の機会が与えられたのではないか?
(とは言え、「朝食分も請求された」という彼の苦情は変だと思う。一流ホテルでのサービスを受けるのに慣れている企業の重役さんだったのかな?)

四国遍路では、それぞれの遍路に見合った必要なだけの修行の機会が与えられるとよく言われる。
へんろころがしの宿にもそれなりの存在意義があるのかもしれない。


焼山寺近くの道