2017年河出書房新社
第54回文藝賞受賞作、第158回芥川賞受賞作

著者は1954年生まれ、受賞当時63歳の主婦。

タイトルが示すように、岩手生まれの74歳老女の独白体小説である。
故郷を捨て上京、夫に先立たれ、娘息子とも疎遠になり、今や思うようにならない頭と体を抱えながら郊外の住宅地に一人生きてる桃子。
楽しい思い出、大切な思い出、悲しい思い出、懐かしい思い出は数々あれど、今は忍び寄る死の足音を聞きながら、孤独と向き合う日々を送っている。
ボケた頭が紡ぎ出すのは捨てたはずの故郷の言葉、岩手弁。

タイトルは going my way といったところか。

素の自分――親でもなく子でもなく、妻でもなく母でもなく、世間ももはや関係ない「ひとりの自分=おら」――をようやく楽しめる境地に到った女性のユニークな語りは、老いのいまひとつの形を見せてくれる。


岩手弁が秀逸である。
これが全編標準語で語られていたら、これだけの楽しさはあるまい。

50代のソルティは、たとえ老人ホーム6年余りの勤務をもってしても、80代の両親を身近に見ていても、老いを十全に理解することなどできない。
相当きついんだろうなあ、さびしいんだろうなあ、と想像するだけだ。
これは当事者になってみないと分からないことである。

思い出すのは、老人ホームで出会ったKさん(女性85歳)である。

Kさんは認知は軽度で、車いすを自分で漕いで移動することができたので、食堂にもトイレにも自力で行くことができ、着替えもゆっくりではあるがご自分でできた。
そのうえ性格は穏やかで控えめな方なので、スタッフとしてはありがたい存在だった。
起床やおやつやお風呂の時間に、Kさんの部屋に行って声掛けさえすれば、あとはほうっておいてよかったのである。

寡黙な方で、食堂にいても周囲のご利用者とあまり会話をされず、持参された冊子を熱心に読んでいることが多かった。
一度何を読んでいるのか気になって、Kさんが席を離れたときにテーブルの上の冊子の表紙を覗いたら、有名女優たちが入信していることで知られている仏教系の宗教団体の会報であった。
Kさんの穏やかで謙虚な人柄は、信仰によって培われているんだなと思った。
そう言えば、これまでにKさんの口から、自分の状況についての愚痴や泣き言、スタッフや施設に対する不平不満、他の利用者や家族の悪口、といった大方の利用者が多かれ少なかれ口にする類いの言葉を耳にした覚えがないことに気付いた。
「やっぱり、信仰を持っている人は違うなあ~」と感心した。

Kさんが入居して一か月たった頃か。
夕食の時間になっても珍しくKさんが食堂に現れないので、声をかけに行った。
部屋の扉をノックしようと思ったら、中から嗚咽がする。
なにごとかと思い、「Kさん、どうかしましたか?」と扉を開けた。
Kさんはベッドに座って、小さい肩を震わせながら泣いていた。
ハンカチを握りしめている。
枕元にはいつもの会報が見えた。
「大丈夫ですか?」
Kさんはソルティの顔を見ると、言った。
「ごめんなさい。遅れちゃって。いま支度します」
「具合が悪いようでしたら、無理しないで結構ですよ。どこかしんどいところがありますか?」
Kさんはハンカチで涙を拭うと、こちらを正視してこう言った。
「あなた、今のうち、しっかり考えて老後の準備したほうがいいわよ。本当につらいんだから。こんなにつらいとは思わなかった」
冷水を背中に注がれたような気がした。


老いとどう向き合うかは万人の課題である。
老いも死も誰にも平等に訪れるということだけは救いである。


庭先の赤い実をつけた木



評価: ★★★


★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
★     読み損、観て損、聴き損