1999年講談社
2003年文庫化

 本書は、「イギリス紳士とは何か、イギリス人のユーモアとはいかなるものか」について、小難しい論文調ではなく、気楽なエッセイ風に綴ったものである。

 ソルティの中のイギリス男のイメージの中核を作ったのは、間違いなく、小学校時代に熱中したコナン・ドイルの小説に出てくる名探偵シャーロック・ホームズである。
 背が高く痩せぎすで、いつもパイプを手放さず、冷静沈着で感情を表に出さず、シニカルで女嫌いで、孤独を好み趣味道楽にかまけ、しかるに一旦緩急あれば確乎不抜の精神で事にあたり、友誼に厚く、成功するまであきらめない。
 その後、アガサ・クリスティやチャールズ・ディケンズやジェーン・オースティンなどのイギリス小説を読んで、イギリス男にも日本の男同様にいろんなタイプがいるというあたり前のことに気づくのだが、イギリス男のエッセンスを凝縮させた典型的な人物というと今でもかの名探偵が浮かんでしまうのだから、小学校時代の読書体験とは馬鹿にならないものである。
 ちなみに、典型的なフランス男と言えば、アルセーヌ・ルパンが浮かんでくる。オシャレで、口がうまく、女に優しく、抜け目ない。これもまた小学校時代に読み漁ったモーリス・ルブランの影響である。

ホームズ


 イギリス文学を専攻とする大学教授で、イギリス生活経験豊富な著者によれば、

自らを客観的に見つめて余裕たっぷりに笑える能力と、他者をも愛情をもって自分と結びつける力、そしてそこから生まれる(あるいはそのもととなる)平衡感覚、現実感覚、良識といったものが、まさにイギリス人の特性だという点については、ひとりプリーストリーのみならず、多くの人々が指摘するものなのである。

 ――ということだから、ホームズでイギリス人を語ることはあながちはずしてもいないと思われる。(上記の「イギリス人」の中に「イギリス女」も入っているのかどうかはわからない。これは偏見かもしれないが、国民性が色濃く表れるのはその国の女性より男性においてじゃないかという気がする。つまり、女性のほうがより世界共通の性質を持っているのではあるまいか?)

 そんなイギリス男の特性が、世界に名だたるイギリス流ユーモアの基盤となっている。
 上の引用に出てくるプリーストリー(1894‐1984)はイギリスの劇作家兼評論家であるが、彼が指摘するユーモアの構成要素は次の四つだそうである。

① 皮肉を感じとれる能力
② ばからしさ(不条理)を感じとれる能力
③ ある程度の現実との接触
④ 愛情

 一般にユーモア感覚に乏しいと言われる日本人には、①から④のうちの何が足りないのだろう?
 ――と考察を始めてしまうあたりが、まさにユーモア感覚の欠如なのかもしれない。かのチェスタトン(ブラウン神父の生みの親たる推理作家)も言ったらしいが、ユーモアを定義づけたり分析したりするくらいユーモアを欠いている行為はないのである。
 ここは、実際のイギリス流ユーモアなるものを本書から引用して、お茶を濁そう。

 イギリスが誇る偉大な政治家サー・ウィンストン・チャーチルは、ユーモアの名手としても知られていた。彼のエピソードから。

 75歳になったチャーチル、死の恐怖について尋ねられた。
「私はいつでも主なる神と対面する覚悟はできております。ただ神さまの方で、私と対面する覚悟ができておられるかどうかは別の問題です」


 アスター子爵夫人が、チャーチルに向かって言った。
「もしあなたが私の夫でしたら、コーヒーに毒を入れますわよ」
 チャーチルは答えた。
「もしあなたが私の妻だったら、飲んでしまうでしょうな」



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