1992年小学館

 1976~1986年までに主に『ビックコミック』に発表された8作品を集めたもの。
 『鼻紙写楽』、『らんぷの下』と読んできてついにこの3冊目で、現在読める一ノ関圭の漫画作品のほとんどを読んだことになる。
 なんつー寡作だ!
 印税だけで食っていけるのか?

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 本作品集には、一ノ関の本領である絵師ネタ(『茶箱広重』、『黒マントの死』)以外に、登山ネタ(『縦走路』、『舞茸』)や炭鉱ネタ(『俺が愛した女』)、それに『南総里見八犬伝』で知られる滝沢馬琴をネタにした『水茎』などが収録されている。
 いずれも徹底した考証ぶりに驚かされる。寡作の原因の一つは、この研究熱心と完全主義にあるのではなかろうか。同じような理由から寡作画家であったレオナルド・ダ・ヴィンチを想起した。ダ・ヴィンチが絵の背景に鳥を描こうとして鳥の骨格や羽ばたきの仕組みを研究しているうちに飛行機を考案した、というのはよく知られる話である。

 作品集のタイトルとなった『茶箱広重』は、江戸時代の浮世絵師・二代目歌川広重を題材にしている。
 一代目歌川広重は、永谷園のお茶漬けについている『東海道五十三次』の絵で有名だ。


白雨
庄野(白雨)


 二代目以降についてはよく知らなかった。
 二代目(1826年-1869年)は、俗称を森田鎮平、号を重宣(しげのぶ)という。初代の養女お辰と結婚し「広重」を襲名したが、のち離縁。その後、外国貿易で賑わう横浜に出向き、喜斎立祥の名で提灯絵、凧絵、燈籠絵、茶箱絵(輸出用の茶箱に貼付するためのラベル絵)などを描いて糊口をしのいだという。茶箱広重という愛称はここから来る。

 絵師ならだれもが望むであろう晴れがましい名跡と地位と富を捨てて、二束三文で売られる日常用品の飾り絵や宣伝イラストに手を染める。いわば、転落の画家。
 一ノ関の興味は、なぜ重宣がそのような人生を歩むことになったかにあるようだ。

 
 私が家を出たのは
 寅吉(※)のせいじゃあ
 ないんです、
 自分自身にあいそが
 つきたからなんです。
 人の愛にも
 哀しみにも
 気がつかず
 哀れでこっけいで
 ・・・・・・・
 
 結局・・・私には
 二代の荷が
 重すぎたんです。
 
 (『茶箱広重』ネームより。※寅吉は三代目広重、離縁後のお辰を娶った)


 確かな作画技術と見事な人物描写、不器用で謙虚で世渡り下手な重宣への愛情。一ノ関の才能が遺憾なく発揮されている。
 茶箱絵師に転落しながらも、むしろそのことによって、西欧の美術愛好家や画家に多大な影響を与えることになった歴史の皮肉というか因縁が興味深い。

 表題作以外では、ひょんなことから炭鉱夫と賭けをし、炭鉱で働くことになった明治期の元芸者を描いた『俺が愛した女』が面白い。傑作。



評価:★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損