2017年新潮社

 鶴見済(つるみわたる)の『完全自殺マニュアル』(太田出版)が出版されて世間を騒がしたのは1993年のことであった。
 今思えばバブル崩壊と同期していたわけで、そののち1998年から始まり14年間続いた年間自殺者3万人超えの暗黒時代を予兆していたように思われる。が、出版当時はバブル崩壊のリアリティは庶民レベルにはまだ感じられず、それどころか自分たちがバブル経済の渦中にいたという実感さえもなく、「明日も明後日も今日と同じような一日が続くだろう」といった、一億総「上」流幻想に踊らされた軽佻浮薄な日常が続いていた。そう、日本人はいまだオウム真理教事件も阪神淡路大震災も経験していなかった。

 そんな一見豊かで平和な社会の中で、若者の閉塞感だけは逼迫していた。
 『完全自殺マニュアル』という過激なタイトルの本が書店に並び、10~20代の若者中心に爆発的な反響を呼んでベストセラーになったのは、「いざとなったら自殺という突破口があるよ」という鶴見からのメッセージを、救いの声のように受け取った若者がたくさんいたからであろう。鶴見と同世代、当時30手前だったソルティもその一人であった。

 閉塞感の正体がなんだったのか最早よく思い出せない。ただ、バブル期の日本人および日本社会を「途轍もなくヘンだ」と感じ、「このままだと自分も日本もダメになる」と思ったことは覚えている。ソルティが東京を離れ仙台に越した理由の一つはそこにあった。
 たぶん、その閉塞感をうまく処理できなかった若者たちがオウム真理教に引き込まれていったのだろう。彼らは、上手くガス抜きできなかったのだ。

 そうした意味で若き日の「恩人」とも言える鶴見済なのだが、彼がその後どうしていたか、まったく知らなかった。追っていなかった。恩知らず?
 鶴見はテレビに出ないし、ブームが去ったあと雑誌等でその名を見かけることもなかった。いまだにどんな顔しているのかも知らない。
 もしかしたら、自らが調べ尽くした自殺手段の一つを用いて、すでにこの世の人ではなくなっているかも・・・と危ぶむところもあった。というのも、誰よりもまず、あの書を記した鶴見自身が閉塞感を強く感じていたはずと思うから。

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 図書館で本書を見つけ、久しぶりにその名前に接し、あれから四半世紀を経た鶴見の「いま」を知って、「落ち着くべきところに落ち着いたのだなあ~」と安堵した。

本書では無料でできる様々なことを紹介している。貰ったり、共有したり、ゴミを拾ったり、行政サービスを利用したり、自然界から採ってきたり、無料でできることは、よく見てみれば身のまわりに溢れかえっている。

 タイトル通り、お金を使わないで楽しく快適に生きる方法が懇切丁寧に紹介されている。その多くは鶴見自身が実際に利用したり、実践したり、体験したりして、有効性が保証されている手段である。
 それは単なる節約のすすめや、ケチケチ生きて老後のために2000万貯めよう、といった趣旨とは違う。一人一人が無料の生活圏(=小さくても豊かな経済)をつくることで、金儲けがすべての資本主義社会の行き過ぎにブレーキをかけよう、経済の奴隷であることから脱して人間らしく生きよう、という提案なのである。いわゆるオルタナティヴだ。(鶴見は『脱資本主義宣言』という本も書いている。)

 かつては「死ぬためのマニュアル」だったが、「生きるためのマニュアル」にとって変わった。
 ここに到達するまでの四半世紀、おそらく鶴見も、迷ったり悩んだり苦しんだり暗中模索したり、あるいは癒されたり吹っ切れたり手放したり何かを悟ったり、いろいろあったのだろうなあと推察する。
 鏡を見るような思いがした。


評価:★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損