2009年10月自由劇場にて収録
NHKエンタープライズ発行

作  三島由紀夫
演出 浅利慶太
衣装 森英恵
音楽 林光
キャスト
 朝子   :野村玲子
 影山伯爵 :日下武史
 清原栄之輔:山口嘉三
 清原久雄 :田邊真也
  
 『鹿鳴館』は、『サド侯爵夫人』と並ぶ三島戯曲の傑作であり人気作である。国内での上演回数だけなら後者を上回るであろう。過去には杉村春子、岩下志麻、黒木瞳を主演にテレビドラマ化され、浅丘ルリ子主演で映画化されている。文学性高くテーマのやや難解な『サド侯爵夫人』に比べると、娯楽性高くわかりやすい人情劇なのである。
 ソルティは残念ながら生の舞台に接したことはない。黒木瞳の2008年テレビ版と、浅丘ルリ子の1986年映画版(市川崑監督、東宝)のみ観ている。ウィキ「鹿鳴館」によると、この映画版は、

現在権利上の問題で封印されている。作品そのものの版権と原盤のありかが不明確で、そのためソフト化はもちろん上映も困難だという。

 なんともったいない!
 浅丘ルリ子の朝子は適役で素晴らしく美しいのに!
 共演者も、菅原文太(影山伯爵)、石坂浩二(清水永之輔)、中井貴一(清水久雄)、沢口靖子(大徳寺顕子)、岸田今日子(大徳寺侯爵夫人)と錚々たる顔ぶれが揃っているのに!
 鹿鳴館のセットも豪華で、市川監督の演出もさえているのに!
 まさに幻の鹿鳴館だ。

鹿鳴館


 劇団四季の『鹿鳴館』は初演時から評判が高く、気になっていた。近所の図書館にDVDがあった。
 モニターを通して観る芝居は、ライブの臨場感や迫力、舞台上の役者と観客の織り成す“気”の交感が削がれるという欠点は無視できない。
 が、メリットもある。
 カメラが自由に移動するので、様々な距離と角度から舞台を楽しめる。遠くから舞台全景を見渡し、近寄って役者の細かい演技を見る。上手から、下手から、正面から、見事なセットと森英恵デザインの美しい衣装をつけた役者たち、そして考え抜かれたカメラアングルとがつくるカットを、一幅の絵画のように鑑賞することができる。とりわけ、遠い客席からは見えにくい役者の表情や細かい動きを見ることができるのは、録画鑑賞の大いなる利点である。

 この舞台はDVD化による永久保存もうなづける、たいへん充実した彫りの深い舞台である。実際の舞台に足を運んだ人でも、新たにDVDで観ることで、別の舞台を見るかのように一層楽しむことができよう。
IMG_20190820_120237


 劇団四季の役者たちの発声と滑舌の良さを褒めるのは失礼であろう。プロなら当たり前のことだ。セリフ回しの達者ぶりも。
 ただ、三島戯曲のセリフは高踏できらびやかな修辞に富んでいて、実際の会話では使われないような類いなので、下手すると歯が浮くような滑稽なものになりかねない。中世フランス貴族、しかもある意味伝説上の人物を描いた『サド侯爵夫人』ならば、セリフの非現実性はそれほど不自然にうつらないが、近代日本の人情劇ではなかなか適合難しい。そこを不自然を感じさせることなく見事人情劇に定着させているのは、演出と訓練の賜物であろう。
 奥行きを感じさせるセットづくり、ドレスや着物や花飾り(假屋崎省吾がクレジットされていた)といった美術も、貴族の邸や鹿鳴館の豪勢と格調とをうまく醸し出している。
 
 役者はみな安定した演技をみせている。綻びがない。
 朝子役の野村玲子は熱演というにふさわしい。終幕に向けて次第に盛り上がっていき、最後に爆発する感情の流れをしっかりコントロールして、舞台に緊張感を漲らせる。
 影山伯爵役の日下武史は、さすがベテランというほかない飛び抜けた演技力で、魅せてくれる。どことなく昭和天皇を思わせる独特の恬淡とした喋り口調と緩慢な動きにより、個性的で威厳と魅力をそなえた影山伯爵を創造している。影山伯爵は、権謀術数に優れた冷徹な政治家かつフィクサーで、善なる主人公の敵役、悪役の位置づけには相違ない。日下はそこに深みを与え、単なる冷血漢ではない、「愛に不器用な」影山伯爵像を創り出している。彼は、彼なりに朝子を深く愛していたのだと、観客は悟ることができよう。

 この戯曲は男の論理(=政治、理想、計略)と女の論理(=愛、現実、感情)とが拮抗する物語である。あるいは、『サド侯爵夫人』同様、「女」の視点から描く「男」の姿である。むろん、女の典型が朝子、男の典型が影山伯爵や清原永之輔である。
 朝子と清原の息子久雄が、女(母親)の論理と男(父親)の論理との間で揺れ動き、最後には父親の手による銃弾を受けて殺されるというマゾヒスティックな筋書きに、作者三島由紀夫の分身と密やかなる欲望を見ると言ったら、うがち過ぎだろうか。 

 2017年に日下武史が、昨年浅利慶太が相次いで亡くなった。
 このDVDはまさに二人の芸術家の最良の仕事の記録となった。


評価:★★★

★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損