2014年原著刊行
2016年早川書房

 抜群に面白かった『三秒間の死角』(共著者ベリエ・ヘルストレム)から追ってきたスウェーデンのミステリー作家アンデシュ・ルースルンド+1であるが、この『熊と踊れ』をもってとりあえず一段落とする。邦訳されているものではあと一つ、デビュー作の『制裁』を読み残してはいるけれど、作風は分かったし、腹八分目に達した。いずれにせよ、『三秒間の死角』を超えるものはなさそうだ。


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 本作は、1991~93年にスウェーデンで実際にあった「軍人ギャング事件」を下敷きにした犯罪小説で、ノンフィクションに限りなく近いフィクションである。
 
 マスメディアに「軍人ギャング」と名付けられた一味が、軍の武器庫からの略奪2件、現金輸送車襲撃1件、銀行や郵便局での強盗9件、そしてストックホルム中央駅コインロッカー爆弾事件を起こした。あたかも軍人のような、細部まで考え抜かれた見事な戦略、統率のとれた的確な無駄のない動き、手慣れた銃の扱い、警察の裏をかく行方のくらまし方。
 逮捕されて分かったのは、犯人一味は前科もなく裏社会とのつながりもない20歳前後の若者たちで、その中心となったのは同じ血を享けた三兄弟であった。

 ルースルンドは持ち前の専門知識と取材力とで、世間を震え上がらせたこの事件を徹底的に調べ、「物語の核」を残しながらフィクションとして再構成している。その際に、リアリティを担保してくれたのが、今回ルースルンドが新たな共著者として選んだステファン・トゥンベリであった。彼こそは、軍人ギャング事件の主犯格である三兄弟の、もう一人の(犯行に関わらなかった)実の兄弟なのである。
 本書解説によると、ステファンは兄弟たちの犯罪計画を知っていたそうだ。誘われて断ったらしい。(スウェーデンでは、家族が犯罪を犯していることを知った場合、通報しなくても罪にはならないそうだ。)

 同じ祖父母と両親を持ち、同じ家に育ち、同じようなしつけと教育を受け、子供時代の思い出を共有する実の兄弟によって描かれた、いわば内部から見た犯行記録――そこにこの小説の一番の特徴がある。
 というのも、この小説のメインテーマ(物語の核)は、知略と技巧の限りを尽くした武器庫略奪シーンでも、大胆不敵でスリリングな銀行強盗シーンでも、恋人に去られた孤独な警部の執念の捜査でもなく、三兄弟の家族ドラマにあるからである。三兄弟は、暴力をふるう父親の絶対的支配の下に育った。

 別記事で、ルースルンドの小説を「イヤミス系骨太社会派ミステリー」と定義したけれど、今回「社会派」たりうるテーマが何かといえば、家庭内暴力(DV)ということになろう。子供の頃父親から受けた凄まじい家庭内暴力が、長じてのち、スウェーデン犯罪史上まれにみる破壊的な事件を起こす引き金となったのである。

 その点でこの小説は、1996年に出版され話題になったマイケル・ギルモアの『心臓を貫かれて』(村上春樹訳、文藝春秋)に近いものがある。
 マイケルは、ゲイリー・ギルモア――1976年にアメリカのユタ州で2件の強盗殺人を起こして逮捕され、本人の強い要望のもと死刑された――の実の弟で、『心臓を貫かれて』はゲイリーとマイケルとが共に生まれ育った家庭環境をつぶさに描いたフィクションである。そこには、虐待の連鎖を繰り返した挙句に稀代の凶悪殺人者を産み落とすに至ったギルモア一族の負の歴史が「呪い」として捉えられている。
 ちなみに、このゲイリー・ギルモアの死刑執行がきっかけとなって、アメリカはそれまで優勢であった死刑廃止路線を変更することになったという。


死刑


 スウェーデンという国は、高福祉国家で人権意識も高く男女平等も進み、個人主義やフェミニズムが徹底しているというイメージがある。
 だが本作を読むと、アメリカ並みのマッチョイズム(男権主義)と父権主義が浸透しているのだなあと、現実に目を開かれる思いがする。ルースルンドの諸作は、スウェーデンの現実を伝えてくれる恰好のテキストである。
 
 本作に救いがあるとしたら、実際の事件どおりに犯人が最後には逮捕されること、そして大量兵器を使ったこれだけ大きな事件にもかかわらず殺人が一件もなかった(犯人たちは囚役を終え、すでに釈放されている)ということである。
 その意味で、少なくともイヤミスではない。



評価:★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損