2016年
新潮社

 『神の棄てた裸体』、『蛍の森』ほかの石井光太による児童虐待のルポルタージュ。

 このライターは、子供、貧困、性、死、差別を主要テーマに取材している。
 ソルティの関心ともろ重なるので気になる存在なのである。


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 本書は、2014年に発覚した3つの実子虐待殺害事件を取り上げている。
  • 厚木市幼児餓死白骨化事件
    神奈川県厚木市のアパートから男児の白骨遺体が見つかった。父親の齋藤幸裕は、2004年に妻が家出をして以来、一人で長男を育てていたが、やがて恋人ができてアパートに帰らなくなった。長男は2007年冬、ゴミだらけの部屋でオムツとTシャツだけつけて絶命。その後7年間放置されていた。
  • 下田市嬰児連続殺害事件
    静岡県下田市の民家の天井裏と押し入れから二人の嬰児(えいじ)の遺体が発見された。母親の高野愛(いつみ)は、高校2年生の時から10年あまりで8人の子供を妊娠していた。殺害の動機は「中絶費用を用意できなかった」ことだった。
  • 足立区ウサギ用ケージ監禁虐待死事件
    皆川忍と妻朋美は次男に虐待を繰り返し、ウサギ用ケージに監禁した挙句、2013年3月に死亡させた。遺体を遺棄した後も、マネキンを使用して次男が生きているように見せかけ、児童手当や生活保護費を不正受給していた。遺体はいまも見つかっていない。

 獄中の加害者との面会、裁判傍聴、家族・親戚・知人へのインタビュー、地元での取材や聞き込みなどを通して3つの事件を詳細にレポートしており、事件に至る背景や過程をわかりやすく再構成している。
 ルポライターとしてまさに脂が乗っていることを感じさせる仕事ぶりである。
 
 『神の棄てた裸体』や『蛍の森』で感じたケレン味やセンチメンタリズムがここでは抑えられ、全編、冷静で客観的な筆致が保たれている。 
 また、子殺しの残虐な犯罪者を描いているにも関わらず、他罰的でないのも特徴である。
 といって、加害親に対して同情的・共感的というのでも、弁護的というのでもない。
 事件に至る背景が加害者自身の親との関係も含めて丹念に描き出されていく中で、これらの事件が「起こるべくして起こった」という印象を読む者は持たされるのだ。

 3つの事件に共通して言えるのは、加害者自身もまた虐待の被害者にほかならないことである。
 いわゆる虐待の連鎖が生じている。
 本書を読む者は、「鬼畜」と呼ばれる加害者たちへの憤りや憎悪よりも、むしろ幼児の頃に書き込まれたプログラムに知らぬ間に操られて、わが子を愛しているにもかかわらず、どうしようもなく虐待に走ってしまう彼らの有様に、一種のおぞましさ、悲惨さ、やりきれなさを感じざるを得ないだろう。
 底知れない無明に慨嘆せざるを得ないだろう。
 因縁という言葉すら浮かんでくる。

 とりわけソルティが憐憫にも近いやるせなさを覚えたのは、下田市嬰児連続殺害事件の高野愛のケースである。
 彼女の成育歴や奔放な男関係、行き当たりばったりの生活風景を読んでいると、一人の意志を持った人間というより、理性のない動物のよう。
 いや、動物なら本能という安全枠がある。
 本能の壊れた人間には安全枠がない。
 自動反応するマリオネットか、意志を失った亡霊のよう。
 はたから見たら、彼女は常に不幸になる選択ばかりを繰り返している。
 先天的環境と幼少期の成育環境とで条件づけられたプログラムから、人がなかなか脱しきれないことをこれほど感じさせるものはない。

 他人ごとではない。
 3つ事件の加害者たちの場合ほど劣悪なプログラムに乗ってはいないとしても、誰もがみな、同じようにあらかじめプログラミングされた生を、「自分は主体的に生きている」と勘違いしながら生きている。
 少なくとも、そのことに気づくまでは!
 
 石井は3つの事件の全容を明らかにし読者に提供して事足れりとはしていない。
 エピローグにおいて、NPO法人「Babyポケット」の活動の一端が紹介されている。 
 
当会では、予期せぬ妊娠や経済的な理由などにより出産しても子供を育てることはできないが、産まれてくる子供には施設ではなく温かい家庭の中で幸せになって欲しいという実親さん達の願いと、赤ちゃんを授かりたいと不妊治療などの努力をしても子供を授からず、どうしても夫婦で子供を育てたいという養親(育て親)さんご夫婦の願いを実現していくサポートと養子縁組の仲介・あっせん事業を行っています。(NPO法人「Babyぽけっと」ホームページより抜粋)

 無明の闇に灯る一筋の明かり。
 ここまで書いてこそ、一流のルポライターの名に恥じないと言えよう。




評価:★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損