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● 作曲 ジョアキーノ・ロッシーニ
● 上演(収録)日 2015年3月14日
● 会場 メトロポリタン歌劇場(ニューヨーク)
● 指揮: ミケーレ・マリオッティ
● 演出: ポール・カラン
● 出演:
  • エレナ: ジョイス・ディドナート(メゾソプラノ)
  • ジャコモ5世(ウベルト): フアン・ディエゴ・フローレス(テノール)
  • マルコム: ダニエラ・バルチェッローナ(メゾソプラノ)
  • ロドリーゴ: ジョン・オズボーン(テノール)
  • ダグラス: オレン・グラドゥス(バス)
● 上映時間 3時間21分(休憩1回10分含む)

 原作は英国作家ウォルター・スコットの『湖上の美人(The Lady of the Lake)』。
 前回観た『ランメルモールのルチア』と同じである。

 
 16世紀スコットランド。
 国王ジャコモ5世の軍隊と、ロドリーゴ率いる反乱軍とが闘っている。
 反乱軍の重鎮ダグラスは、娘のエレナをロドリーゴと結婚させるつもりでいる。
 だが、エレナにはマルコムという相思相愛の恋人がいた。
 ある日、狩人に変装したジャコモ5世は湖のほとりでエレナに出逢い、その美しさと優しさにぞっこんになる。
 ジャコモは正体を隠しウベルトと名乗り、エレナに愛を告白するが拒まれる。
 失恋に苦しむも、友情の証としてエレナに指輪を渡す。
 「困ったことがあったら、この指輪を王様に渡しなさい」と言い残して・・・。
 やがて反乱軍は国王軍に敗れ、ロドリーゴは命を失い、ダグラスとマルコムは捕われの身となる。
 エレナは父と恋人を救うため、指輪を手に王宮へ乗り込む。


 これがMET初演と言う。
 ロッシーニが作曲したのも初演されたのも1819年(ナポリのサン・カルロ劇場)。
 その後の上演歴は不明だが、20世紀の復活上演は1983年のペーザロ・ロッシーニ音楽祭だという。
 おそらく100年以上埋もれていたのだろう。
 むろん、ソルティも初めて聴く。
 
 埋もれていた理由の一つは、ロッシーニの代表作でよく上演される『セヴィリアの理髪師』や『チェネレントラ(シンデレラ)』に比べると、出来がいまいちだからであろう。
 物語のたわいなさは大目に見るとしても、音楽的にも、フィナーレを飾るエレナのアリア『胸の思いは満ち溢れ』をのぞけば、それほど印象に残る名曲(アリア、合唱とも)はない。
 とりわけ、第一幕は単調で工夫にかけ、総じて退屈である。
 聴きながら、「天下のMETが復活上演するほどのものか?」という疑問符が踊った。
 演出も凡庸で、照明が暗く、METらしくない。  
 
 ロッシーニの才が輝きだすのは第二幕からである。
 ウベルト(ジャコモ5世)の美しく切ないアリア「おお甘き炎よ」から始まって、ウベルトとロドリーゴのテノール2人によるスリル満点のハイC合戦、マルコム(男装メゾソプラノ)が歌うアリア「ああ死なせてくれ」の抒情、そしてウベルトの正体が明かされる緊迫と滑稽の瞬間を経て、超絶技巧の駆使される『胸の思いは満ち溢れ』で盛大にハッピーエンドを迎える。
 第一幕の出来がもっと良かったら、100年も埋もれていなかったであろう。
 
 いま一つの理由を挙げるとすれば、どのパートも超難曲ばかりのこの作品を上演するにあたり、歌手を揃えることが叶わなかったのであろう。
 テノール2人には頻繁なハイC(高いド)を繰り出せる強靭な喉が求められ、主役メゾソプラノにはコロラトゥーラの超絶技巧が必要とされ、今一人のメゾソプラノは雄々しい戦士役をこなす演技力が要求される。
 どのパートもベルカントの装飾歌唱技術が必須である。
 
 マリア・カラスやジューン・サザランドによってベッリーニやドニゼッティのベルカントオペラが復活し、その後、マリリン・ホーンやチチェリア・バルトリなど才能あるメゾソプラノの輩出によりロッシーニ・ルネサンスとでも言うべき時代が到来した。
 その流れの中で、今回METが揃えたような素晴らしい布陣が可能となったのであろう。
 
 エレナ役のジョイス・ディドナートは『セヴィリアの理髪師』でも見せた音域の広さと表現力が卓抜。
 絢爛たる技巧とドラマチックな表現に色づけられた最後のアリアなど、これを聴くためだけに退屈な一幕を我慢してもかまわないと思うほど、聴く者を至福の境地に運んでくれる。

 ウベルト役のフアン・ディエゴ・フローレスは、言うまでもなくロッシーニ・テノールの帝王。
 張りのある力強い高音を響かせるだけでなく、アリアの抒情性も完璧。
 二枚目でスタイルもよく、欠点が見つからない(上記ポスターの王子様)。

 マルコム役のダニエラ・バルチェッローナは通好みのメゾソプラノである。
 ロッシーニやベッリーニからヴェルディ(『アイーダ』のアムネリス)まで、どんな役でもこなしてしまう器用さに感心する。
 男の仕草もなかなか堂に入っている。
 2人の美男テノールのライバルたちを退けて、見事エレナの愛をゲットしキスするくだりは、なんだか危険な百合の香りが漂った(笑)

 ロドリーゴ役のジョン・オズボーンははじめて聴いたが、なかなか華のある元気なテノールである。
 フローレスとのハイC合戦も負けていない。
 『トロヴァトーレ』を聴いてみたいものだ。

 METの一流歌手たちの凄さを思い知らされた一夜であった。



評価:★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損