1979年筑摩書房
2012年ちくま学芸文庫
増谷文雄 編訳

 しばらく前から、毎朝、『阿含経典』を読んでいる。
 ちくま学芸文庫から出ている増谷文雄(1902-1987)編訳の3巻本である。


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 ソルティは学者でも僧侶でもないし、仏教経典をめぐる様々な議論にも興味ないので、無知な素人ならではの無責任とガサツさで括ってしまおう。
 『阿含経典』とは、最も古い経典=お釈迦様の教えに近い経典、である。
 加えて、大乗仏教の日本では長いこと、有難がられることなく、ほとんど無視されてきた、いわゆる小乗仏教の主要経典である。(日本で現在、阿含経典を奉じている宗派は、有名どころでは、テーラワーダ仏教協会をのぞけば、阿含宗である。)

 よく知られるように、お釈迦様が亡くなったあとしばらくして、多くの高弟たちが集まって会を開いた。第一結集と言われる。
 目的は、お釈迦様の教えを正しい形で後世に伝えるため、覚えやすい形式にして全員で記憶するためである。筆記という手段はこの頃なかったようだ。
 何十年とお釈迦様のおそばに仕え、飛び抜けた記憶力をもつアーナンダ――思うに今でいう「アスペルガー症候群」だったのかも――がまず、「お釈迦様は、どこそこの地で、誰それ相手に、こんなことを説きました」と語り、全員でその内容を吟味し、確定し、暗唱した。
 集まった弟子たちは、アーナンダも含め全員が阿羅漢、つまりお釈迦様と同じレベルの悟りに達した者ばかりであったから、その内容はお釈迦様の教えそのものと言っても間違いなかろう。
 これがお経の始まりである。
 
 『阿含経典』は、この結集のときに採択されたお経を、後の僧侶たちが5部に分けて編纂したものと言われる。(パーリ語経典の場合。漢訳では4部)
  1. 長部経典     34経
  2. 中部経典    152経
  3. 相応部経典  7762経
  4. 増支部経典  9557経
  5. 小部経典     15分
 上記5部の経典に収録されている経の数は、じつに17000経以上に及ぶ。
 いくらなんでも、こんなにたくさんの経を、第一結集のみでまとめ上げられるわけがない。(伝えによれば、第一結集は約7ヶ月を要したとか)
 その後の再三にわたる結集、および活字化され編集される過程で、新たな逸話が追加され、創作され、肥大化したのは間違いあるまい。
 少なくとも西暦前、つまり大乗仏教が成立する前には、いまある5部の形に整っていたらしい。

 編訳者の増谷文雄によると、5部の経典を成立順にならべると、次のようになる。
  1. 相応部経典
  2. 中部経典
  3. 長部経典
  4. 増支部経典
  5. 小部経典 
 ただし、小部経典の中のいくつか、たとえば岩波文庫に入っている中村元訳『ブッダのことば(スッタニパータ)』、『真理のことば(ダンマパダ)』などは、韻文でできており、最初期の教えに入るようだ。

 
 このちくま学芸文庫には、増谷が抽出した400経が訳せられている。
 全3巻のうち、第1巻と第2巻は相応部経典から、第3巻はそれ以外の経典から採られている。
 つまり、阿含経典の中でも最も古い教え=より仏説に近い、ということになろう。
 
 ソルティは、経典の翻訳の中では、この増谷文雄訳がもっとも好きである。
 平易で、読みやすく、言葉の選択もリズムもよく、品格がある。
 岩波文庫の中村訳のお釈迦様は、厳めしく近寄りがたい孤高の人というイメージだが、増谷訳のお釈迦様は、慈愛に満ち、来る人を拒まない雅量を感じさせる。(両文庫で使用される活字の大きさや種類の違いも大きい)
 
 毎朝、3つか4つのお経を声を出して読んで、内容について思いをめぐらす。
 それだけのことが、心の安定と落ち着きをもたらすから、不思議である。
 昨今の世相は、そのまま飲まれてしまうと、不安と混乱と気鬱をもたらしかねない。
 お経を読んで、2500年の時を超えてお釈迦様とつながることが、良い精神安定剤となっている。


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