2018年デンマーク
85分

 とてつもない映画である。
 創作表現の可能性の限りなさを、観る者に衝撃とともに知らしめる。

 まず、ほぼ一人芝居に終始する。
 登場人物は複数いるものの、ストーリーにからむ主要キャラは、主役で出ずっぱりの警官アスガー(=ヤコブ・セーダーグレン)をのぞけば、電話の向こうの声のみ。あとは、画面には映るけれど背景的人物にすぎない。
 次に、物語の舞台すなわち撮影現場は一カ所のみである。カメラはその部屋から一歩たりとも、一秒たりとも、外に出ない。
 最後に、映画的時間と物語的時間とが完全に一致している。つまり、85分間の上映(=鑑賞)時間はそのまま、アスガー含む登場人物たちが過ごす映画の中の85分の生活時間と重なる。
 これ以上にない見事な三一致。
 その上に、この映画は手に汗握る極上の犯罪サスペンスなのだ。

三一致の法則
演劇用語。「三統一の規則」または「三単一の法則」ともいわれる。戯曲は24時間以内の、一つの場所で起こる、筋が一つの物語を扱わねばならないとするもの。
(小学館・日本大百科全書(ニッポニカ)より抜粋)

 なぜこんな離れ業が可能なのかと言えば、物語の舞台が緊急通報指令室、すなわち日本の110番みたいな市民からの緊急通報を集約するオペレーションセンターで、主役の警官アスガーは――どういう理由からかは最後まで明かされないが――そこでボランティアのオペレーターをしているからである。
 物語は、アスガーがたまたま受信した、女性からの緊急通報に端を発する誘拐事件のてんまつを、電話のこちら側とあちら側の人の声と物音のみを拾いながら描いていく。
 聴覚が想像力を刺激し、音が物語を作っていく。
 ここにあるのは、映画を「観る」というより、映画を「聴く」という無類の体験なのである! 

 とは言え、この趣向には先例がある。
 2013年のイギリス映画『オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分』(スティーヴン・ナイト監督)が、やはり三一致の法則に徹した一人芝居で、電話をうまく利用したスリラー&人間ドラマであった。  
 おそらく、有名作曲家に似た名前をもつモーラー監督は、『オン・ザ・ハイウェイ』を観て、この犯罪ドラマの設定を思いついたのだろう。
 その意味では二番煎じなのであるが、「模倣」、「マネっこ」、「二匹目のどじょう」といった悪口はまったく出てこないほどの、緊迫感あふれる見事な作品に仕上がっている。

 アスガー役のヤコブ・セーダーグレンの主演男優賞総なめ確実の演技(芝居に自信がある男優で、この役をやりたがらない者がいるだろうか?)、計算し尽くされた無駄のない脚本、観る者(聴く者)を仰天させる犯罪サスペンスとしての出来の良さ、そして・・・・・映画の本当の主役と言える「音」の絶大なる効果。

 まさに必見、いや必聴の一編である。



おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損