1989年原著
1991年新潮社より邦訳発行
2005年ソフトバンク文庫

 分厚い文庫3冊の長編。
 借りたはいいが、なかなか読み始める決心がつかなかった。
 読み始めても物語世界に入り込むまで、時間がかかった。
 2巻目に入ってからは、ぐんぐん進んだ。
 若い頃はすぐに入り込めたのになあ~。

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 邦題どおり12世紀イングランドを舞台にした大聖堂建築をめぐる人間ドラマである。
 原題 The Pillars of the Earth 「地の柱」も大聖堂の意であろう。
 だが、話のスケールは大聖堂周辺にとどまらず、中世イングランドの一時期を描いた滔々たる大河ドラマ、群像ドラマといった趣きがある。
 2010年にリドリー・スコット総指揮により全8話のテレビドラマとして制作され、日本でも『ダークエイジ・ロマン 大聖堂』のタイトルで2011年に放映された。DVD化されているようだ。

 ストリーテリングの巧みさ、善人か悪人かはっきりした魅力あるキャラクターたち、喜怒哀楽たっぷりの人間ドラマ、勧善懲悪の結末といったあたりが、お国の文豪チャールズ・ディッケンズを彷彿とさせる。
 フォレットはデビュー作『針の眼』以来、ベストセラーを連発しているらしいので、すでにディッケンズ同様の国民的作家と言ってよいのかもしれない。
 ソルティはこれが初フォレットであり、本作だけで判断するのは早計かもしれないが、ディッケンズにあってフォレットにないものは、ユーモアであろう。
 ユーモアがあれば、もっとスムーズに入り込めたと思う。
 逆に、フォレットにあってディッケンズにないものは、エロ描写である。これは時代的制約で仕方ないところであるが。

 著者あとがきによれば、フォレットはこれを書くにあたり、相当入念な勉強と取材をしたらしい。
 その甲斐あって、中世イングランドの様子が、実に生々しく、リアリティ豊かに描き出されている。
 話の核となる大聖堂建築の詳細はむろんのこと、修道院の日常、庶民の生活や労働のありさま、市(いち)を中心とする経済、王位をめぐる混沌とした争い、火器のない時代の戦の模様、教会政治の権謀術数・・・・。
 聖堂の構造について説明されても、残念ながら日本人で建築シロートのソルティにはほとんど理解できないが――聖堂の構造を各部の名称とともに記した図面を載せてくれたらいいのに!――それ以外については興味を持って読むことができた。


大聖堂


 思うに、中世ヨーロッパ社会の顕著な特徴を2語でまとめるなら、「暴力と信仰」ということになるのではなかろうか。
 これは、「俗と聖」、あるいは「政治と宗教」、あるいは「城壁と聖堂」、あるいは「地上と天上」、あるいは「現実と理想」と言い換えてもいい。
 この小説では、前項のダークサイドを代表するキャラとして、代々の国王や野心家のウォールラン司教や悪徳貴族ウィリアムなどが配され、後者の光の勢力を代表するキャラとして、フィリップ修道院長をはじめとする修道士たちが配される。
 敬虔で意志強固で慈悲深く不屈の精神を持つフィリップは、世俗の暴力に幾たびも襲われる。修道院の領する町を焼かれ、町民を虐殺され、市をつぶされ、石材や職人を不当に奪われ、そのたび聖堂建立のピンチにさらされて、いったんは絶望の淵に追いやられる。
 が、信仰と忍耐と粘り強さ、それに持って生まれた知恵によって不死鳥のごとく蘇る。
 このヘラクレスのような、一休さんのような、難題解決エピソードが、この物語の一つの面白さとなっているのは間違いない。読み手は、フィリップが頓智を駆使して難題を解決し、窮地を脱出するたびに、心の中で喝采を送ることになる。
 
 ラストは勧善懲悪で、フィリップは最後にして最大の逆境を、文字通り奇跡のごとく乗り超えて、世俗勢力を圧倒する。
 なんと、フィリップがイングランド国王を鞭打つシーンで終わるのだ!
 信仰の暴力に対する、宗教の政治に対する、理想の現実に対する、聖の俗に対する勝利を表している。
 ハレルヤ!

復活の光
 
 
 しかるに、十字軍のイスラム侵攻や異端カタリ派虐殺の例を挙げるまでもなく、実際のところ、宗教こそは、教会勢力こそは、巨大なる暴力装置だった。政治と宗教は、「俗 v.s. 聖」の形で対立していたのではなく、俗世間の覇権をめぐって対立していたのが実情である。
 フィリップの敵は教会外部にだけでなく、教会内部にこそいた。ウォールラン司教や副修道院長リミジアスが恰好の例である。
 この世では、ダークサイドの力が圧倒的に強く、フィリップの求める正義や慈悲や理想は負け続ける。
 フィリップの闘いは実に孤独なものだったのである。
 
 これはぜひともDVDを観たい。



おすすめ度 : ★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損