1924年原著刊行
2015年創元推理文庫

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 イーデン・フィルポッツと言えば、『赤毛のレドメイン家』である。
 江戸川乱歩が激賞し、世界本格ミステリーベストテンの上位にランクされてきたこの小説を、創元推理文庫で最初に手にした時、期待と興奮とで胸が躍った。
 高校生の時分である。
 のっけから、美しいコモ湖畔の描写と世にも稀なる美女の登場に心をつかまれた。
 この先、どんな物語が紡ぎ出され、どんな不可思議な殺人事件が発生し、どんな奇抜なトリックが用いられ、どんな個性的な探偵が出てきて名推理を展開するのか、ページをめくるのももどかしい思いであった。
 
 が、読み終えたときの正直な感想は、

 なんでこれがベストテン入りするの???

 拍子抜けした。
 お面白くないことはない。海外ミステリーの古典として読む価値は十分ある。
 しかし、『Yの悲劇』、『アクロイド殺し』、『樽』、『黄色い部屋の謎』、『長いお別れ』、『幻の女』など、他のベストテン常連作品と同レベルのものを想定していた者にとって、『赤毛のレドメイン』は物足りなかった。
 過大評価という気がした。
 国内のベストテン選者たちは、斯界の大御所である乱歩に忖度しているのかな?と思った。

 実際、上記の傑作群は一度しか読んでいないものであっても、数十年経った今でも話の筋やトリックを覚えているけれど、『赤毛のレドメイン』の筋はすっかり忘れている。美しい湖畔風景の中で警部が美女に恋する話、という以外は・・・・。
 その後、フィルポッツのもう一つの代表作と言われる『闇からの声』も読んだが、こちらもまた全然覚えていない。
 その後しばらくして、フィルポッツがミステリー作家として高い評価を得ているのは日本くらいで、海外のベストテンでは名前が挙がることもないと知った。
 
 そのフィルポッツと数十年ぶりに図書館で出会った。
 しかも上記二つの代表作以外のミステリーと知って、「懐かしさ半分、怖いもの見たさ半分」で借りてみた。
 
 タイトルにも惹かれた。
 原題は Who killed Cock Robin ? 
 「だ~れが、殺した、クックロビン?」
 知る人ぞ知る、魔夜峰央のギャグ漫画『パタリロ』のクックロビン音頭である。
 
パタリロ

 
 ソルティは、しかし、パタリロよりも萩尾望都の『ポーの一族』の印象が強い。
 ドイツのギムナジウム(中等学校)を舞台としたエピソード『小鳥の巣』において、この詩というか童謡が、モチーフとして非常に効果的かつ印象的に使われていたからである。
 言うまでもなく、童謡のもとはマザーグースである。
 
 Who killed Cock Robin?
 I, said the Sparrow,
 with my bow and arrow,
 I killed Cock Robin.
 
 クックロビン(駒鳥)を殺したのは誰?
 「わたし」と、スズメが言った。
 「わたしの弓と矢でもって
 クックロビンを殺したの」
 
 ――で始まる長い詩である。
 クリスティの『アクロイド殺し』の新聞連載時の原題 Who Killed Ackroyd? も、この詩の冒頭の一節が下敷きになっているわけで、幼い頃からマザーグースに馴染んでいる英国人ならすぐにピンとくるであろう。

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 萩尾望都『ポーの一族』(小学館)
 

 物語は、英国の美しい田園風景の中で、一人の青年医師が類まれなる美女と出会う場面から始まる。『レドメイン』そっくり。
 美女の名前はダイアナ、愛称がクックロビン(駒鳥)であった。 
 青年とダイアナは互いに一目惚れし、熱烈な恋に落ちて、周囲の反対や懸念をよそに結婚する。
 それが悲劇の始まりであった。

 タイトルがばらしている通り、ダイアナ=クックロビンは何者かの手によって命を奪われることになるのだが、それが起こるのは物語も半分を過ぎてからである。
 しかも、最初のうちは病死と思われていて、それが毒殺であることが明らかになり容疑者が逮捕されるのは、なんと物語も2/3を過ぎてからである。
 なんとまあ悠長な展開か。
 つまり、肝心なミステリー部分は本書の終わり1/3であって、そこまでは主として田園を背景に、中流階級以上の若者たちの織り成す恋愛ドラマなのである。
 その意味で、フィルポッツの小説はジェイン・オースティンに近いところがある。
 自然描写の巧みさ、語りのうまさ、魅力ある性格造型、心理の綾を丁寧にたどっていく手腕、品のある文章・・・・。
 ミステリー小説としてでなくとも十分に面白いし、ぐいぐいと引き込まれる。
 高校時代は、推理小説としての評価ばかりに注意がいって、この小説家の本来の魅力に気づかなかった。そこまでの読書眼がなかった。
 乱歩が推奨したのも、一般の推理小説以上の文学性をそこに見たからなのかもしれない。
 
 終盤1/3はまさに本格ミステリーそのものとなる。
 大胆なトリック、様々な伏線の浮上、名探偵の根気ある調査とひらめき、逃亡劇、カーチェイス、あっと驚く真犯人(ソルティは見抜くことができた)、性格と情念とが絡み合った動機の解明、大団円。
 古典的スタイルの一級のミステリーで、今読んでも十分に楽しめる。
 単純にミステリーとしては『レドメイン』より出来がいいのではないか?
 
 だれがコマドリを殺したのか?
 その答えを知った時、読む者はフィルポッツの老獪さに舌を巻くであろう。
 そして、その英国男らしい女性観に苦笑いするであろう。
 

 
おすすめ度 : ★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損