2001年原著刊行
2013年東京創元文庫

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 現代英国ミステリーの女王と言われるミネット・ウォルターズの野心的な異色作。
 ミステリーというより、群集パニック&犯罪サスペンスの感が強い。

 原題 ACID ROW は「LSDの街」の意。(ROWには「騒動」という意味もある)
 「教育程度が低く、ドラッグが蔓延し、争いが日常茶飯事の場所」であるバシンデール団地に、二人の男が引っ越してきた。
 愚かな保健師の失言から、どちらかの男に小児性愛の前科があることが広まってしまう。
 小さな子供を持ち不安におびえる母親たちは、彼らを追い出すべくデモ行進を企画する。

 少し離れた別の団地では、離婚した母親に連れられて、母親の新たな同棲相手の一家と暮らす10歳の少女エイミーが行方不明になっていた。
 その陰にはどうやら大人の男の影がちらつく。
 警察は、エイミーがなんらかの事件に巻き込まれたものと推定し、少女の実父や母親の元愛人など関係者への尋問を開始する。

 前科者排斥運動と少女失踪――この二つの事件が結びついたとき、すなわち、エイミーがバシンデールに住む小児性愛者の毒牙にかかったという根拠なき噂が生まれたとき、平和裡に行うはずのデモが、死者数名、負傷者多数の暴動に発展する。
 LSDやアルコールで常軌を逸した不良少年たちは、鬱積したエネルギーのはけ口を見つけ、火炎瓶を住宅に投げつけ、車をひっくり返し、スーパーの商品を奪い、小児性愛者の住む家を打ち壊して押し入り、ついには間違った相手をリンチ死に至らしめる。

 二つの事件を結びつけるキーワードが「小児性愛」である。
 この言葉一つで、登場人物たちは色めき立ち、反感と嫌悪を露わにし、それと疑われた男を攻撃・成敗する正当性を身にまとう。
 読者もまた、この言葉の持つスキャンダラスで背徳的で残忍な匂いに惹きつけられつつ、少女の行方を案じ、暴動の一部始終を固唾をのんで見守ることになる。
 物語の冒頭にこれから語られる異常な事件への予告があり、期待感とともに本章に入るや、高いテンションと凄まじい潮流とでぐいぐい核心へ引きずり込まれてしまう。
 その構成と語り口の上手さ、それに多彩なキャラクターの描写力は、さすが「女王」と冠されるだけある。

 実際には、少女エイミーをさらったのはバシンデールの小児性愛者ではなかった。(彼は羊のように大人しい少年愛好者だった)
 誘拐の真犯人もまたロリコンではなく、恐喝が目的だった。
 二つの事件に関わった人々は、「小児性愛」という言葉に踊らされたのであった。
 
 この小説には、イギリスはじめ先進国の抱える様々な社会問題が織り込まれている。
 小児性愛犯罪の増加、LSDなど薬物問題、移民による人種問題、少年の凶悪犯罪、貧困、高齢化、もちろん家庭崩壊。
 といって、ウォルターズには「一石投じたい」、「新たな視点から問題提起したい」といったような“社会派”の気負いは感じられない。
 そこが、『三秒間の死角』、『死刑囚』、『熊は踊れ』、『ボックス21』などで人気のスウェーデンの作家アンデシュ・ルースルンド+1とは違う。
 暴動の中で子どもが亡くなったり、小児性愛者と間違えられた老人が悲惨な姿で窓から吊り下げられたり、といった残酷なシーンがあるにもかかわらず、読んでいる間も読後も、重さや暗さはない。
 ただただ、強烈なサスペンスに酔い、寝不足な日中に弱るばかり。



おすすめ度 : ★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損