2018年河出書房新社

 昭和の大女優高峰秀子(1924-2010)が、やはり同時代を中心に活躍した12人の女性有名人と、丁丁発止に語り合う。
 高峰の晩年に養女となった、元文春編集者の斎藤明美が企画に関わっている。

 まずは対談相手の錚々たる顔ぶれに唸る。
 越路吹雪、ミヤコ蝶々(+南都雄二)、佐多稲子(+ぬまやひろし)、安達瞳子、岸恵子、原由美子、佐藤愛子、大宅昌・映子親娘・・・・。
 自伝エッセイ『わたしの渡世日記』で見られた、高峰秀子の広い交友関係、誰からも慕われる気取りのなさ、各界の大物に対するものおじしない態度が、ここでも存分発揮されている。


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 ソルティにとって一番の読みどころは、日本映画史上最高の女優競演が実現した幸田文原作・成瀬巳喜男監督『流れる』キャスト面々との対談である。
 表紙を飾っている山田五十鈴、田中絹代とのスリーショットは、日本映画に詳しい人なら眩暈するようなゴージャスさであるし、高峰の役者人生に決定的な影響を及ぼした先輩・杉村春子との顔合わせでは、気の強い杉村が、気の置けない後輩女優との対談において、夫を亡くした淋しさを語る気弱な姿が見られ、珍しい。
 年齢で言えば、杉村(1906年)、田中(1909年)、山田(1917年)、そして高峰(1924年)の順であるが、高峰は田中や山田と共に並んで容姿はもちろん、風格においても見劣りすることない。
 杉村に対しても何ら臆することなく、身内の叔母さんとでも話しているような気安さで接し、しまいには本気で高峰の夫・松山善三と三人でのハワイ旅行を誘っている。
 山田五十鈴、杉村春子、田中絹代のビッグ3とここまでフランクに付き合える後輩女優は、高峰秀子をおいて他にいなかったのではあるまいか。
 
 高峰がこれだけの風格を持ち得たのは、生まれ持っての気質もあろうが、やはり、子役から始まった芸歴の長さと、木下惠介や成瀬巳喜男らに重用されて磨かれた演技力への自負、数々の現場で身につけた自信あってのことだろう。
 映画界における芸歴の長さで言うと、高峰のデビューは1929年(当時5歳)なので、田中(1924年)、杉村(1927年)、山田(1930年)とほぼ互角である。
 
 山田、田中との対談では、同業の男優である森繁久彌森雅之に対する評価が聞けて興味深い。
 ただ、これは3女優の膝つき合わせた鼎談ではなくて、朝日新聞記者にして映画評論家の津村秀夫(1907-1985)による3女優への共同インタビューみたいな形なので、一番年かさの津村の偉そうな態度と強引な仕切りが目立ち、3女優の関係性が見えず、ちょっと残念である。
 
 全体に、高峰はどこでも“大女優”らしく自分の話ばかりして、相手の話を聞かない。
 相手が岸恵子(1932年生)のような同年輩の女優だと、会話の主導権争いのような態をなしている。

 都合11の対談から見えてくるのは、高峰秀子の非凡な半生である。
 子役時代はあっても子供時代がなかった、学校にも動物園にも行けず撮影所の大人たちの中で育った、強烈なステージママによる支配と依存関係、めまぐるしい撮影スケジュール、女優としての華々しい成功、育ての親との壮絶な確執・・・・。
 彼女は自分から女優になりたくてなったのではなかった。
 気づいたら、システムの中にいて、大人数の家族・親戚の暮らしを支える大黒柱(人柱?)になっていたのである。
 そこが、自ら女優を志した杉村や田中や山田とは違う。
 本書のあちこちに見られる、「女優になりたくなかった」、「女優をしているのが嫌だった」という高峰のセリフが興味深い。



おすすめ度 :★★ 

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損