2014年原著刊行
2015年KADOKAWA(駒月雅子訳)

 やられた!
 一本とられた!

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 というのが読後の心の叫びである。
 『カササギ殺人事件』や『メインテーマは殺人』といった本格推理小説の名手ホロヴィッツゆえ、「なにか奇抜なトリックが仕掛けられているに違いない」と思いながら読み始めたのに、見抜けなかった。
 思わず、二度読みした。

 トリックを見抜けなかったのにはそれなりの理由が(言い訳が)二つある。
 一つには、この小説はタイトルが示すように、先行作の『絹の家』同様、ホロヴィッツ2作目のシャーロック・ホームズもののパスティーシュなのであるが、本格推理小説というよりも犯罪スリラーの色が濃厚なのである。
 スコットランド・ヤードのジョーンズ警部とピンカートン探偵社のチェイス調査員がタッグを組んで、アメリカからイギリスに進出してきた悪の組織を追い詰めるというのが基本プロットで、ところどころジョーンズ警部によるホームズまがいの鋭い推理披露シーンはあるものの、大枠としては真犯人探しのミステリーではなく、“勧善懲悪”の犯罪小説といった趣である。
 角を曲がるたびに景色が変わるように、展開が目まぐるしく、バッタバッタと人が殺されていく。
 主役の二人が敵に頭を殴られ気絶し、冷凍庫に閉じ込められるといった、お決まりの絶体絶命シーンも設けられている。
 「この先どうなるんだろう?」というハラハラドキドキ感が先立ち、筋を追うことにかまけ、じっくりと小説の構造というか作者の企みを考える余裕がなかったのである。
 たとえてみれば、迫力満点のプロレスの試合が目の前に展開されているときに、「八百長」という言葉がまったく浮かんでこないようなものである。

 八百長・・・・。
 そう、今一つの理由は、本作で仕掛けられているトリックは、ある意味、八百長まがいだからである。
 フェアかアンフェアか?と聞かれたら、「アンフェアだろうな・・・」というのがソルティの正直な感想である。
 ネタばらしになるので詳しくは書かないが、よもやこういったトリックを仕掛けてくるとは思っていなかったので、読み始めた最初の頃に一瞬その可能性も浮かびはしたものの、想定の外に追いやってしまった。
 ならば、アンフェアだから失敗作か? 駄作か? 読む価値ないか?――といえば、そんなことはない。
 本作の一番の特徴にして魅力は、「アンフェアなのかもしれないが、ま、いいではないか」と進んで許容してしまいたくなるところにあろう。

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 なんと言っても、面白い。
 ホームズ&ワトスンを模したジョーンズ&チェイスの名(迷?)コンビぶり、レストレード警部含むスコットランド・ヤードの面々や名作短編『赤毛連盟』の主犯たちやモリアーティ一味の残党など原作おなじみメンバーの出演、ホームズとモリアーティが死闘を繰り広げたライヘンバッハの滝や馬車が走る19世紀ロンドンの風景など、パスティーシュならではの楽しさ満載である。
 ストリーテリングの巧みさと随所にさしこまれるユーモアはホロヴィッツの独壇場。
 そのユーモアですら伏線の一つであることがのちに明らかになるにいたっては、シャッポを脱ぐよりない。
 なんという腕の立つ作家か!
 ホロヴィッツは、日本の作家で言うなら、東野圭吾と貴志祐介と筒井康隆をブレンドして3で割ったような感じであろうか。
 これだけ楽しませてくれれば、文句はない。
 
 最後の最後でトリックが明らかになった時、ホームズものを愛する読者の多くはおそらく、「アンフェアなのも無理はない」と不承不承納得するであろう。
 フェアを期待するのがそもそも間違っていたと思うであろう。
 それだけの“悪”に出会うからである。
 泥棒被害に遭った時、相手が名もない出来心からのコソ泥だったら頭にも来ようが、アルセーヌ・ルパンであったら、どうだろう?
 むしろ名誉と思うのではなかろうか。
  


おすすめ度 : ★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損