ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語を見て、旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、ボランティアして、デモに行って、無いアタマでものを考えて・・・・そんな平凡な日常の記録である。

旅・山登り

● ほすぴたる記その後22 高尾ロス

 午後、急に思い立って高尾山に行った。

 なんと一年ぶりの山登り。
 一番最近は昨年10月末の鷹取山だった。
 これほど山から離れていたのは、山登りが趣味となった15年前からついぞなかった。
 むろん、骨折後はじめてである。

 そして、高尾山は昨年4月以来。
 恒例の初詣を含め、生涯もっとも多く登っている山にもすっかりご無沙汰であった。
 
 京王高尾山駅に着くと、駅周辺も、高尾山へと続く参道も、人であふれていた。
 コロナ前とまったく変わりない。
 いや、もしかしたらコロナ前より多いかもしれない。
 山歩きは、人との距離が取れるアウトドアで、ストレス解消にも最適だ。
 みな、そこを狙って来たのだろう。
 ただ、すでに午後3時を回っていたため、下山客がほとんどで、これから登る者は少なかった。


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 ケーブルカー麓駅の脇から、勝手知ったる琵琶滝コースに入ると、頭や心より前に身体が反応した。
 全細胞が久しぶりに浸かる高尾の“気”に打ち震えた。
 足りてないのはこの“気”であった。
 求めていたのはこの“気”であった。
 
 中央線を高尾駅で降りたときからすでに感じていたのだが、やっぱり高尾の“気”は違う。
 ヒノキや杉などの針葉樹が発する、明らかに神社系の“気”で、気高さと清涼感にあふれている。
 丹沢の山とも武蔵の山とも違う。
 富士山から連なる中央線沿いの山々だけに許された神(コノハナサクヤヒメ?)なる“気”である。
 とくに高尾山は、昔から修験の山で、頂上には真言宗薬王院があり、琵琶滝や蛇滝などに見るように水系豊かなため、中央線の山々の中で一番都心に近いにもかかわらず、素晴らしい“気”を保っている。


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琵琶滝


 高尾と言ったら天狗だが、ソルティはどちらかと言えば、龍を連想する。
 身体を波打って貫くようなエネルギーを感じるのだ。
 圏央道のトンネル貫通も、ミシュラン3ツ星による世俗化も、この“気”を奪うことはなかったのだ。
 いや、もしかすると、コロナで一時入山者が減ったおかげで、本来の“気”がよみがえったのであろうか?

 山道を進むにつれて、全身の成分が入れ替わっていくのが感じられた。
 一年ぶんの代謝。

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 歩いて山頂まで行き、下りはケーブルカーかリフトを使うつもりであった。
 上りより下りのほうが、足に負担がかかるからだ。
 が、結局、30分ほど歩いた3号目あたりで棄権した。
 平地では90分以上連続して歩けるようになったが、上りで、しかも足元の不安定な山道はまだ無理が効かないようだ。
 それに速度もつかないので、山頂に着くまでに暗くなりそうだった。

 沢を見下ろすベンチに腰掛けて、40分ほど瞑想した。


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 ・・・・・ととのった。

 中央線沿線に住んでいた15年の間に、自分がどれだけ高尾の“気”に馴染んでいたか、その聖なるエネルギーを糧にして生きていたかを、つくづく思い知った。
 昨年4月に実家のある埼玉に戻ってから、身心ともになんとなくすっきりしないものを感じていたのだが、その正体は“高尾ロス”だったのだ。
 土から抜かれた植物のように、エネルギー源から切り離されていたがゆえに枯渇していたらしい。

 下山後は、友人と待ち合わせ、高尾極楽湯でのんびりした。
 と言っても、ここもコロナ前の休日と変わりない混みよう。
 露天風呂は芋を洗う猿たち(笑)でいっぱいであった。
 ソーシャルディスタンス的にはかえって「やばかった」かも・・・・・?

 そうそう、コロナ前と大きく違ったのは、ほぼ日本人100%の高尾山だったこと。 
 何年ぶりの光景だろう?

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● オリジナル御詠歌でめぐる四国遍路108 エピローグ

 2ヶ月かけて巡ったネット上での四国遍路が終わった。
 自作の御詠歌と画像で振り返る四国の旅は、実に面白かった。
 とくに御詠歌を作る作業が楽しく、お寺の名前や特徴がうまく盛り込めた歌が生まれたときなど、心躍るものがあった。
 なんだかこの歌を作るために、前もって用意されたエピソードすらあった気がしたほどに。
 おかげで、別格20寺を含め、四国札所108の名前と順番と地図上の位置をすっかり覚えることができた。

 実際の遍路中も、また2018年12月初旬に結願してからも、遍路については当ブログでもたびたび書いてきたものの、中味が濃くて、なかなか消化しきれないでいた。
 旅はまだ終わっていないという感がずっとあった。 
 それが、今回の連載を終えて、「やっと、遍路が終わった!」という実感を持てた。


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 あらためて振り返ってみると、天候に恵まれていたなあ~と実感する。
 とくに海辺を歩いているときは快晴の記憶しかない。
 全行程にわたり、いい写真がいっぱい撮れたのは何よりであった。
 そして、あちこちで本当に土地の方の世話になった。
 いろんな形の「お接待」がなかったならば、旅はしんどいものになっていたに違いない。
 四国はいまや自分にとって第三の故郷となった。(第二は10年間住んだ仙台である)

 
 遍路をしている間は、ほとんどものを考えていなかった。
 過去のことを回想して愉しんだり後悔したりすることもなければ、未来のことを考えて妄想したり不安にかられたりすることもなかった。
 旅の先行きのこと、たとえば泊まる宿や取るルートや残り予算について思い迷うことはあったが、それも、香川に入ってからは消え失せた。
 そして、そのときそのときの様々なものとの出会いと別れを十分味わうことに心は集中するようになった。
 つまり、「いま、ここ」がすべてになった。


霊山参り(赤と黄色の花)


 遍路から日常生活に戻ると、またしても心は過去や未来にさまようようになった。
 あれこれと過去の失敗を思い出しては痛みをほじ繰り返し、もう二度とは訪れない快い追想に浸り、未来のことを想像しては浮かれたり、ブルーな気分に陥ったり・・・・。
 遍路から丸一年たった昨年12月に、駅の階段から落ちて骨を折ったのも、そのとき心が「いま、ここ」にいなかった何よりの証拠である。
 その後のコロナ騒動は、ご承知のように、未来についての不安をかき立てた。

 大体、人間は過去や未来について「考える」から問題を作り出すのであって、思考の入らない「いま、ここ」には問題も生じようがない。
 そのときそのときにやるべきことをやるだけだ。
 そしてまた、実際に存在するのは過去でも未来でもなく「いま、ここ」だけであり、我々が何とかできるのも「いま、ここ」だけである。

 過去や未来について「考え」て、その結果、幸せになるのならどんどん考えればいいと思うが、これまでの経験からも「考えることで幸せが手に入った」とは到底思われない。
 日が暮れるのも忘れて遊んでいる子どものように、「いま、ここ」にいる時が、間違いなく幸せである。

 遍路で体験した「いま、ここ」感覚を、日常生活で――せわしなく、マンネリにつながる繰り返しが多く、いろいろと結果を出すことが求められるような――日常生活で保持するのは難しい。
 大概が、過去や未来にとらわれて「いま、ここ」の価値を忘れ、そのうち煮詰まってくる。
 だから、人はまた四国に行きたくなるのであろう。
 ソルティも、連載している間に、「ああ、また行きたい!」と何度思ったことか。

 四国遍路で味わった「いま、ここ」感覚を、こちらの日常生活でも再現――いや、再現という言葉はふさわしくないな――顕現させることができたなら・・・・・。
 つまり、日常から逃避するために旅を求めるのでなく、日常がそのまま旅であるような生。

 同行二人はいまも続いている。


霊山寺境内(笠)
観るも自在 聞くも自在の 旅なれば のんびり往かん 今ここにあれ
(第40番観自在寺オリジナル御詠歌)



● オリジナル御詠歌でめぐる四国遍路108 第20回(お礼参り)


 2018年9月下旬のある日、四国遍路88札所と別格20札所、あわせて108の霊場を歩いてめぐる旅に出た。これはその記録である。
 各札所には御詠歌と呼ばれる短歌がある。お寺の名前を歌の中に盛り込み、法の尊さや御仏のありがたさを説いたものが多い。
 ここでは、やはり寺の名前を盛り込みながら、道中の思い出や札所の印象などをオリジナル御詠歌にして詠んでみた。


【香川県】


霊山参り(大窪寺前の茶店)
88番大窪寺前に並ぶ店
熱いコーヒーで結願を静かに祝い、一路徳島へ


霊山参り(さらば女体山)
女体山よ、さらば


霊山参り(トラックの絵)
トラックのデコレも遍路デザイン


霊山参り(徳島県入り)
香川県から徳島県へ(県道377号)


【徳島県】


霊山参り(山の中の道)
山また山の道が続く


霊山参り(畑の中の立木)


霊山参り(地蔵の集会)


霊山参り(犬墓大師)
犬墓大師

霊山参り(犬墓大師2)
犬を友として山野を行脚する空海
微笑ましい光景だ


霊山参り(キャベツ畑)
さっきから、なんてことない景色がこの上なく美しく感じられるのはなぜ?


霊山参り(徳島自動車道)
徳島自動車道の支柱
これまた美しい

霊山参り(コスモスと学校)
阿波市立市場中学校


霊山参り(この店はいつか見た店)
この店はいつか見た店
ああそうだよ。10番に行く途中の店だよ


霊山参り(8~9番への道)
8番から9番へ行く道に立つ鳥居
なぜこんなところに?と不思議に思ったものだ


霊山参り(7番山門)
7番十楽寺山門
前回はもみじがあったことに気づかなかった



7番札所: 光明山 十楽寺 (こうみょうざん じゅうらくじ)

7番
 おへんろは 苦しきものと 言ふけれど
 十に八つは 楽と思へり

御本尊: 阿弥陀如来
本歌 : 人間の 八苦を早く 離れなば 至らん方は 九品十楽
コメント: これでやっと御朱印完成。7番をもらい忘れたのは、ある人にもう一度会うためでは?と思っていた相手に再会した。
振り返ってみれば、おへんろは歩いている最中はしんどいこともあったけれど、なにもしないで物見遊山することが歓迎される不思議な空間だった。ある程度のお金と時間と健康が揃って可能となる最高の贅沢である。俗世間のほうがよっぽど苦が多い。だから、人は「お四国病」になるのだ。

霊山参り(7番境内)
十楽寺境内
あの休憩所で一息ついたのが、御朱印をもらい忘れた原因だった


霊山参り(真念道しるべ)
第6番善楽寺近くの真念しるべ石
はじめてのお接待は豆パンだった(追憶しきり)


霊山参り(6番の多宝塔)
第6番善楽寺の多宝塔
紅葉するとこうも景色が変わるか


霊山参り(5~6番の道中)
功徳を積んでいるカフェ
このあたりは、別格1番を経由したゆえに通らなかった道


霊山参り(3番山門)
3番金泉寺
井戸に顔を探したっけ

霊山参り(2番山門)
2番極楽寺
ここで般若心経を読むのを止めたっけ


霊山参り(1番山門)
1番霊山寺



1番札所:竺和山 霊山寺(じくわさん りょうぜんじ)

1番
 霊山で 買いし大師の 杖のたけ
 減った分だけ 落ちよ煩悩

御本尊: 釈迦如来
本歌 : 霊山の 釈迦の御前にめぐり来て よろずの罪も 消え失せにけり
コメント: 2度目の御朱印を受ける。ここで2ヶ月前に購入した金剛杖。どれだけすり減ったかを真新しい杖と比べてみた。なんとまあ酷使したことか。三本目の足として頼っただけでなく、蜘蛛の巣をはらったり、邪魔な草や枝をなぎ倒したり、手拭いを干すのに使ったり、本当に世話になった。せめて減った分だけでも煩悩が落ちたのならよいのだが。


霊山寺境内
霊山寺境内


霊山寺境内(杖の長さくらべ)
たけくらべ


池谷駅
歩き遍路の出発地点についに戻ってきた(JR高徳線・池谷駅)


吉野川
吉野川を渡る


徳島駅2
徳島駅


旅館大鶴
四国最後の宿は大鶴旅館
親切で話好きの女将がいるきれいな宿だった
出がけにおむすびの接待もいただいた(これがまた旨い!)
また泊まりたい宿である


さらば四国
さらば、四国



【和歌山県】


真言宗総本山: 高野山 金剛峯寺(こんごうぶじ)

高野山1

 結願を 奥の院にて 報告す 
 こんごうぶじ(今後を無事)に 送れますよう


ご本尊: 薬師如来(弘法大師) 
本歌 : ありがたや 高野の山の 岩かげに 大師はいまだ おはしますなる

コメント: 徳島からフェリーで和歌山へ。南海電鉄で橋本駅へ。そこから代行バスで高野山に向かった。(ケーブルカーは修理中だった)
金剛杖を奉納したかったが、奥の院にいた若い僧に「杖は奉納するものではありません」と断られた。家まで持って帰ることにした。(今も部屋の鴨居にかけ渡してある)
バスの中で会った男の話が興味深かった。



高野山2
真言密教の象徴、根本大塔


高野山1
奥の院にまします弘法大師


金剛峰寺ご朱印

奥の院御朱印

 
【京都】

真言宗総本山: 東寺(とうじ) 

東寺
 身は高野 心は東寺 しかれども
 霊(たま)は四国を 巡リたまへり


ご本尊: 薬師如来(弘法大師)
本歌 : 身は高野 心は東寺に納めおく 大師の誓い あらたなりけり

コメント: 高野山にも東寺にも弘法大師の魂はいない。母の地ふるさと四国にいて、庶民や遍路を見守っておられる。これが四国遍路を体験した人の偽らざる実感であろう。


京都東寺3
東寺はJR京都駅八条口から歩いて15分


京都東寺2
国宝の大師堂(御影堂)は修復工事中だった
仮のお堂に上がって最後の読経を上げた
現在はもう工事は完了し観覧・参拝できるようだ


京都東寺1
もみじはこの世の曼荼羅か


四国の白地図第19回

CraftMAPの白地図を使用しています。より詳しい四国地図を見たい方は、こちら(地図蔵)を参照ください。  







   


● オリジナル御詠歌でめぐる四国遍路108 第19回(第86~88番)


 2018年9月下旬のある日、四国遍路88札所と別格20札所、あわせて108の霊場を歩いてめぐる旅に出た。これはその記録である。
 各札所には御詠歌と呼ばれる短歌がある。お寺の名前を歌の中に盛り込み、法の尊さや御仏のありがたさを説いたものが多い。
 ここでは、やはり寺の名前を盛り込みながら、道中の思い出や札所の印象などをオリジナル御詠歌にして詠んでみた。


【香川県】
 

志度の海
おだやかな志度の海、カキの養殖が盛ん
道の駅で食べたハマチ漬丼がうまかった

平賀源内1
平賀源内の生家
中は資料館や薬草園になっている
少し離れた場所に記念館もある


平賀源内2
平賀源内
こんな男、なかなかいない



 86番札所: 補陀洛山 志度寺 (ふだらくざん しどじ)

86番
 エレキテル 土用のうなぎ ふしどには
 陰間はべらす 異才の男

御本尊: 十一面観音菩薩
本歌 : いざさらば 今宵は ここに 志度の寺 いのりの声を 耳にふれつつ
コメント: 当地は江戸時代の万能の天才・平賀源内の生まれ故郷。生家は資料館になっている。源内は、発明家(エレキテル、土用のうなぎ等)であり、博物学者であり、文筆家であり、医者であり、男色家であり、人殺しであった。志度寺の境内に参り墓がある。(実際に葬られている墓は東京都台東区橋場にある)
【次の札所まで7.0㌔】


志度寺山門
山門


志度寺境内
境内は樹木に覆われ、ちょっとした迷路のよう


志度寺大師堂
大師堂


87への道(源内焼)
源内焼とは源内の指導によって当地で製作された三彩の陶磁器
こちらはもちろんお菓子である。黄身アンを包んだ焼き饅頭。



87への道(カラスのたかる家)
畑中の家にカラスがしきりにたかり騒いでいた
何かあったのだろうか?


87への道(マンホール)
長尾寺への道で見かけたマンホール



87番札所: 補陀洛山 長尾寺 (ふだらくざん ながおじ)

87番
 讃岐なる 長尾の里の 道におわす
 姫のいわれを だれか知るらん

御本尊: 聖観世音菩薩
本歌 : あしびきの 山鳥の尾の 長尾寺 秋の夜すがら み名をとなえよ
コメント: この札所は、源義経の愛妾であった静御前が出家したところなのだが、それよりも付近のマンホールに刻まれていた「かぐや姫のふる里長尾」というのが気になった。納経所の人に聞いてもいわれを知らなかった。『竹取物語』にはたしかに讃岐造(さぬきのみやつこ)と呼ばれる翁が登場する。そして長尾は竹細工で有名な地区だそうである。
【次の札所まで33.9㌔】
 

長尾寺境内
広々とした境内


88への道(道標)
ついにこの道しるべが現れた!


88への道(前山ダム2)
前山ダム
このあたりも池が多い


88への道(おへんろ交流サロン1)
前山おへんろ交流サロン
結願間近の遍路たちが休息し、遍路について学び、交流するところ
「遍路大使任命書」や記念バッジ、札所を映したDVDなどをいただいた
ここで83番一宮寺に行く途中で会った韓国人チュウさんと再会



88への道(おへんろ交流サロン2)
館内には、四国霊場のジオラマ、江戸時代の紀行本や古地図、
古い納め札や納経帳、曼荼羅掛け軸など、豊富な資料がある


88への道(韓国の男)
チュウさんは最後の難関、女体山(774m)を超えるルートを行く
さよなら、チュウさん。そして、ありがとう!


88への道(大窪寺との分岐)
女体山を迂回して88番へ行く道との分岐
別格打ちは真っすぐ進む


別格20への道(末広商店分岐)
香川県三木市と徳島県美馬市の境界
別格20番は二県の境界上にある


別格20への道(落合橋)
塩江温泉郷(香川県高松市)の落合橋
橋の向こうに見える立派なホテルは一年前(2017)に倒産


別格20への道(赤松旅館)
昔懐かしい風情の赤松旅館に宿をとった


別格20への道(赤松旅館2)
食堂もやっていて、自家製チャーシューを使ったチャー丼は絶品の味
とても仲の良いご夫婦で経営、二人とも良い人だったな


別格20への道(朝霧)
早朝の内場ダム付近
視界がきくのは3メートル先まで


別格20への道(六甲天満原林道1)
山道(六甲天満原林道)に入ったら霧が晴れてきた


別格20への道(六甲天満原林道2)
頂上の大瀧寺まで、なだらかな傾斜の舗装路が続くので
疲れることはない。が、山の上は結構寒かった。
思えば、もう11月も終わり。


別格20への道(西照神社)
西照神社
神仏分離前は大瀧寺と一体だった。
主祭神は月夜見大神(ツキヨミノミコト)、アマテラスの弟である。



別格20番札所: 福大山 大瀧寺(ふくだいさん おおたきじ)

20番
 塩の江の 霧の戒壇 めぐる朝
 お大師さまに おおたき(逢ふた気)がする
 

ご本尊: 西照大権現
本歌 : 霊峰の 岩間にひらく 法の道 厄をながして 衆生ぞすくわる
コメント: 標高910mは66番雲辺寺につぐ高さ。麓の塩江温泉に宿をとり、往復に一日かけた。早朝の内場ダム付近はまさに五里霧中で数メートル先も見えず。なのに不思議と怖くなかった。参拝を済ませた午後、登って来た山道を下ってゆくと、唖然とするほど見事な景色が目の前に広がった。このルートを勧めてくれた地元の方に感謝。
【次の札所まで18.5㌔】


別格20番大瀧寺境内
別格20札所を打ち、結願す
(西照神社ともに住所は徳島県美馬市)


別格20番大瀧寺下山道1
下山は景色を楽しみながらゆっくり気ままに
おかげで腸もルース


別格20番大瀧寺下山道2
途中にあるお墓の観音様


別格20番大瀧寺下山道3


別格20番大瀧寺下山道4
麓まで下りた所で出会った見事な景観!
内場川を堰き止めてできた内場湖


別格20番大瀧寺下山道5



別格20番大瀧寺内場ダム
内場ダム


別格20番大瀧寺内場ダム3


別格20番大瀧寺内場ダム2
今朝はこの美しく雄大な景色が周囲に広がっているのを
まったく知らずに歩いていた。
なんだか自分の人生を象徴するような・・・・・


塩江温泉郷
塩江温泉郷に帰還



塩江温泉(香東川)
香東川
塩江温泉は行基が開いたと言われる


別格20への道(赤松旅館3)
ただいま、赤松旅館
向かいのショッピングセンター「はすい」で買い物したら
店番のおばあちゃんのツヤツヤ肌にビックリ
塩江温泉は美容に良いらしい


88への道(別格帰り1)
翌朝午前6時に宿を発った
来た道を戻る。寒い。

88への道(別格帰り2)
88番大窪寺への分岐にある「多和産直 結願の郷」
  2012年3月閉校となった多和小学校の跡地を利用した施設


88への道(別格帰り3)
これが最後の遍路小屋
ゆっくりお茶を飲み、トイレも済ます


88への道(別格帰り5)
最後の道しるべ
あとは林の中の一本道


88への道(別格帰り4)
前方に女体山が見えてきた


88番大窪寺参道


88番大窪寺山門



88番札所: 医王山 大窪寺(いおうざん おおくぼじ)

88番
 はじまりは へんろ仲間も おおくぼじ
 終わりて今は 同行二人

御本尊: 薬師如来
本歌 : なむ薬師 諸病なかれと願いつつ 詣れる人は 大窪の寺
コメント: 朝暗いうちに塩江温泉を出発。外気温は1度だった。思えば、春夏秋冬すべての気候を体験するような遍路だった。はじめの頃たくさんいた遍路仲間も、高知・愛媛と進むごとに少なくなって、香川では一日に数名しか見なかった。最後はお大師様と同行二人。本堂の後ろの女体山がやさしく迎えてくれた。
【第7番札所まで26.5㌔】


88番大窪寺本堂
本堂
読経時はさすがに声が震えた


88番大窪寺境内
静かで落ち着いた境内


大窪寺境内2
境内を守る女体山


88番大窪寺山門2
結願は2018年11月30日(土)朝10時
1番を打ったのが9月27日(木)朝10時



四国の白地図第19回


CraftMAPの白地図を使用しています。より詳しい四国地図を見たい方は、こちら(地図蔵)を参照ください。  




次回最終回
ご朱印をもらい忘れた第7番参拝のあと、
第1番、高野山、東寺にお礼参りします




   



● オリジナル御詠歌でめぐる四国遍路108 第18回(第81~85番)


 2018年9月下旬のある日、四国遍路88札所と別格20札所、あわせて108の霊場を歩いてめぐる旅に出た。これはその記録である。
 各札所には御詠歌と呼ばれる短歌がある。お寺の名前を歌の中に盛り込み、法の尊さや御仏のありがたさを説いたものが多い。
 ここでは、やはり寺の名前を盛り込みながら、道中の思い出や札所の印象などをオリジナル御詠歌にして詠んでみた。


【香川県】


81への道
左の山が81番のある白峰、右の山が82番のある青峰
真ん中にあるお城はホテルプリンセス(桃峰)


81への道(白い岩壁)
登山道脇の凝灰角礫岩(ぎょうかい・かくれきがん)の露頭
白峯の名の由来は「山深く雪がなかなか消えないから」
と言われるのだが、むしろこの岩盤の色ゆえではなかろうか



81番札所: 綾松山 白峯寺 (りょうしょうざん しろみねじ)

81番
 足音を 忍ばせ歩け 白峯の
 悲王の眠り さまたげぬよう

御本尊: 千手観世音菩薩
本歌 : 霜さむく 露白妙の 寺のうち 御名を称ふる 法のこえごえ
コメント: 白峯寺の奥まったところに崇徳上皇の陵墓はあった。ここではなぜか物音を立てるのを控えてしまう。山の紅葉の賑わいをよそに、静かに眠られているような印象をもった。京の都とは反対の方角(南西)を向いているのだが、これは祀った者の意地悪ではなくて、外敵から京を守護してもらう意図からではなかろうか? 
ここに立つと「魔王」という称号より「悲王」がふさわしい気がした。
【次の札所まで5.0㌔】


白峰寺山門
山門


白峰寺阿弥陀堂
阿弥陀堂


白峰寺霊廟への道
目立たない小径の先に・・・・・


崇徳上皇霊廟
白峯御陵
配流から9年、享年46歳


五色台子どもおもてなし処
82番へ行く途中にある五色台子どもおもてなし処
宿泊できるログハウスがある



82番札所: 青峰山 根香寺 (あおみねさん ねごろじ)

82番
 闇に棲む 鬼もお化けも 恥じ入れよ
 五色輝く ねごろ(見頃)の紅葉

御本尊: 千手観音菩薩
本歌 : 宵の間の 妙ふる霜の きえぬれば あとこそ鐘の 勧行の声
コメント: 81、82番がある五色台は香川有数の紅葉の名所。京都の名刹とくらべても遜色ない。もっとも美しかった札所として記憶に残っている。が、実はここは四国の心霊スポットとしても名高い。その昔人間を食べる恐ろしい怪獣・牛鬼が棲んでいたという伝説もある。
【次の札所まで4.6㌔】


根来寺本堂
本堂


根来寺鐘楼
鐘楼


根来寺紅葉
このタイミングでこの札所に来られるとは!


別格19への道
別格19番へ向かう下山路



別格19番札所: 宝幢山 香西寺(ほうどうざん こうざいじ)
 
19番
 こうざい(功罪)に よりてその名は 変われども
 延命するは 菩薩の功徳

ご本尊: 延命地蔵菩薩
本歌 : 南無大悲 延命地蔵 大菩薩 みちびきたまへ この世のちの世
コメント: 82番からこの寺に下る道はところどころ海が見えて気持ちいいのだが、道標が少なく、何度か迷って土地の人に尋ねた。この寺は、739年に行基が創建して以来、勝賀寺→香西寺→地福寺→高福寺→香西寺と支配者が変わるたび名前を変えられている。俗世の荒波をかいくぐってきたのだ。
【次の札所まで9.2㌔】


別格19香西寺山門
山門


別格19香西寺境内
境内


別格19香西寺納経所
納経所


飯田お遍路休憩所(鬼無駅近く)
JR予讃線・鬼無駅近くの飯田お遍路休憩所


飯田お遍路休憩所2(鬼無駅近く)
立派で贅沢なしつらいであった(なんと日本庭園もある)
ここで韓国人チュウさん(48)と出会い、83番まで同行。
スポーツ用品の会社で働いていて、休暇を利用して来たという。
英語と日本語とスマホのチャンポン会話を楽しんだ。



83番札所: 神毫山 一宮寺 (しんごうざん いちのみやじ)

83番
 別れても 姓を変えない 妻のごと
 思いのたけは いちのみやかな

御本尊: 聖観世音菩薩
本歌 : さぬき一 宮の御前に 仰ぎきて 神の心を 誰かしらいふ
コメント: 神仏習合時代は、隣りにある讃岐一宮・田村神社の別当寺であった。1679年に時の高松藩主・松平頼常によって田村神社が両部神道から唯一神道に改められたため、神社と分離された。つまり、明治初期の神仏分離より200年も早く、神仏の分離が行われたのだ。にもかかわらず、名前だけずっと昔の由来のままに残っているのが面白い。
【次の札所まで13.6㌔】


一宮寺山門
山門


一宮寺境内
境内


田村神社大鳥居
讃岐一宮・田村神社
社伝によれば、和銅2年(709年)行基によって創建された


田村神社神殿
本殿
「もう七五三だったのか!」と驚いた瞬間(11/26に参拝)
遍路中の時間感覚は特異である


田村神社赤鳥居が並ぶ
四国一宮めぐりもこれでオーラス


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高松カプセルホテル
高松ではカプセルホテルを利用
へんろ割引(3300円→1800円!)があった
ここで靴下供養をした


84への道2
84番への道(国道11号)
高松琴平電鉄志度線が走る向こうに屋島山が見える



84番札所: 南面山 屋島寺 (なんめんざん やしまじ)

84番
 やしまじに(休まずに) 登り着きたる 境内に
 不動の守護者 いし固くして

御本尊: 十一面千手観音菩薩
本歌 : あづさ弓 屋島の宮に詣でつつ 祈りをかけて 勇むもののふ
コメント:揺れる舟の上から扇の的を射抜いた那須与一の話など、源平の合戦で有名な地。屋島寺(284ⅿ)と85番八栗寺(230ⅿ)は、向かい合った山上にあって、壇ノ浦を挟む。つまり、この日は登って下りてまた登るの難路。ここまで来ると、登山のきつさは標高よりも傾斜の問題と身をもって分かってくる。札所最高峰(927m)の66番雲辺寺より、よっぽどきつかった。
【次の札所まで5.4㌔】


屋島寺本堂
本堂
開基はあの唐の名僧・鑑真和上という


屋島寺大師堂
大師堂


屋島寺狸稲荷
四国たぬきの総大将・太三郎狸を祀る蓑山大明神
太三郎は高畑勲監督の映画『平成狸合戦ぽんぽこ』(1994)に登場する。
弘法大師が四国から狐を追い払ったので、狸の天下になったという言い伝えがある。


屋島寺不動明王
この石の不動明王像、妙に惹かれるものがあった


屋島寺境内
境内を後にする


壇の浦
壇ノ浦
実を言うと、平氏が滅亡した関門海峡の壇ノ浦しか知らなかった。
当地のほうは一般に「屋島の戦い」と呼ばれるようだ。
ここから壇ノ浦のふちを抜けて、向かいの五剣山に登る


85への道(道標)



85への道(須崎寺1)
洲崎寺の庭園
苔と石とで屋島の戦い(地形)を表現している


85への道(須崎寺2)




85への道(真念の墓)
ここに参らでおくものか
四国遍路の父・真念上人のお墓


85への道(真念の墓2)
結願が見えた地点に登場するのが粋である


85への道(五剣山)
八栗寺のある五剣山が迫ってくる
このあたり(牟礼)は良質の石の産地である



85番札所: 五剣山 八栗寺 (ごけんざん やくりじ)

85番
 八里九里 日々を重ねて 三百里
 四剣の山を ごけんざん(見参)する

御本尊: 聖観世音菩薩 
本歌 : 煩悩を 胸の智火にて八栗をば 修行者ならで 誰か知るべき
コメント:本道の背後に屏風のようにそびえる4つの峰がダイナミック。かつては5つあり五剣山と呼ばれたのだが、宝永3年(1706)の大地震で一つ崩れたとのこと。ここには聖天様も祀られている。聖天信仰は弘法大師が唐より持ち帰ったと言われている。
【次の札所まで6.5㌔】


八栗寺境内
境内


八栗寺聖天様
歓喜天のお堂
歓喜天(聖天様)はインドのガネーシャ(象の神様)が起源
大日如来の化身とされ、密教では重要な神様である。


八栗寺四剣山
間近に仰ぎ見る四剣山は迫力満点!
長野の戸隠神社の天岩戸の扉を想起した。




四国の白地図第18回


CraftMAPの白地図を使用しています。より詳しい四国地図を見たい方は、こちら(地図蔵)を参照ください。  



次回予告
・・・・・結願です。



   



● ほすぴたる記その後21 荒川越えの一万三千歩

 昨日は天気が良かったので、長い散歩をした。

 JR武蔵野線の北朝霞駅で下車し、ひとつ隣りの西浦和駅まで、5.0キロを歩いた。
 武蔵野線は基本的に、首都圏を走る列車の中では駅間距離が長いのだが、上記区間はその中でも2番目に長い。(一番は新小平―新秋津間の5.6キロ)
 むろん、高架の線路に沿ってずっと道が続いているわけではないので、実際に歩く距離は6.5キロくらいになる。
 たいした距離ではないが、足をケガしてからは最長の歩行となった。

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崖の上に建つ住宅(新河岸川近く)


 このコースの良いところは、新河岸川と荒川、二つの大きな川を渡ることである。
 とくに荒川を渡る秋ヶ瀬橋は全長1045.0メートル、埼玉県の県道に架かる鋼橋としては最長である。
 橋の上から見る景色はまこと気宇壮大。
 地平線に北から西へと、赤城山、秩父の山々、丹沢、富士山を拝むことができる。(富士山は雲に隠れていたが)

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秋ヶ瀬橋より望む荒川(北方面) 


 西浦和駅に着く頃はさすがに痛みが出て、少し足を引きずるようになったものの、約2時間、13,000歩あまりを休みなく歩きとおした。

 今月で通院リハビリも卒業。
 コロナによる休止の3ヶ月間(3~5月)をのぞく、7ヶ月の通院であった。
 労災でなかったら、こんなに長く頻繁に通うのは難しかったであろう。
 ありがたいことである。

 今秋中にはどこかの山に行けたらいいな。

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荒川土手沿いの道を縁取る曼殊沙華



 
   

● オリジナル御詠歌でめぐる四国遍路108 第17回(第76~80番)


 2018年9月下旬のある日、四国遍路88札所と別格20札所、あわせて108の霊場を歩いてめぐる旅に出た。これはその記録である。
 各札所には御詠歌と呼ばれる短歌がある。お寺の名前を歌の中に盛り込み、法の尊さや御仏のありがたさを説いたものが多い。
 ここでは、やはり寺の名前を盛り込みながら、道中の思い出や札所の印象などをオリジナル御詠歌にして詠んでみた。


【香川県】


いやだに寺から宿に帰る列車
JR予讃線からのぞむ瀬戸内海
(前日歩き終えたところまで移動中)



76番札所: 鶏足山 金倉寺 (けいそくざん こんぞうじ)

76番
 金の倉 銀の倉より 貴きは
 困れる者への 陰なる配慮

御本尊: 薬師如来
本歌 : まことにも 神仏僧をひらくれば 真言加持の 不思議なりけり
コメント: 弘法大師の姪の子供で天台宗の僧となった智証大師(円珍)誕生の地――という謂れよりも印象に刻まれたのは、境内にある野宿遍路のための宿泊設備の整った休憩所、および納経所に掲示してあった「遍路に行ったまま帰ってこない夫」に呼びかける神奈川在住の妻の手紙だった。一体なにがあったのか?
【次の札所まで7.0㌔】

76番金倉寺境内
境内


76番金倉寺智証大師像
智証大師円珍
延暦寺第5代座主となった。真言宗でなく天台宗を選んだ理由が気になる。


76番金倉寺(へんろ小屋)
至れり尽くせりの遍路小屋


76番金倉寺(夫への手紙)
今はもう恵子さんのもとに戻っているだろうか?


76番金倉寺境内2
参道


多度津駅
多度津駅
JR予讃線とJR土讃線が乗り入れる
この駅のコインローカーには世話になった
重いリュックを預け、身軽に歩くは遍路の知恵


海岸寺への道1
多度津港
多度津駅より海沿いの道を西へ向かう


海岸寺への道2(仏母院)
仏母院
弘法大師の母・玉依御前(たまよりごぜん)の屋敷跡に建てられた


海岸寺への道2(えな塚)
胞衣(えな)塚
大師の胞衣とへその緒が納められている


海岸寺への道(田園風景)
仏母院周辺の風景


海岸寺への道(河口)
海岸寺はその名の通り海を背にしている



別格18番札所:経納山 海岸寺 (のうきょうざん かいがんじ)

18番
 かいがん(開眼)し 最初に見るは 母の顔
 聖人もまた 人の子なれば

ご本尊: 正観音 弘法大師誕生佛
本歌 : せとのきし まなこやひらく かいがんじ よろこびみちぬ 身も心にも
コメント: 札所奥の院に弘法大師の産屋があったとされる。75番善通寺(佐伯家屋敷跡地)との間で、どっちが大師生誕の地なのかに関する長い間の論争があり、いまだ決着を見ていないようだ。近くには、大師の母親・玉依御前の実家があったらしく、そこはいま仏母院という寺になっている。また、大師の胞衣(えな)を埋めたとされる御胞衣塚もある。つまり、父の家で生まれたのか、それとも母の里なのかということだ。穏やかな海を臨む平和な里山の風景は聖人誕生の地にふさわしいとソルティは思ったが、真実はいかに。
仁王門に当地出身の二人の力士像が立っているのにはたまげた。
【次の札所まで2.9㌔】

海岸寺山門
山門
仁王像の代わりに郷土出身の力士が立つ
左:大豪久照 右:琴ヶ濱貞雄


開眼寺力士2海岸寺力士1















海岸寺本堂
本堂


海岸寺大師堂
大師堂は本堂から離れた静かな奥の院にある


多度津駅跨線橋より
多度津駅の跨線橋より善通寺方面を望む
讃岐は小山と畑とため池の国



77番札所: 桑多山 道隆寺 (そうたざん どうりゅうじ)

77番
 道隆の 名に関白を 思いしが
 藤にはあらで 桑のわけあり

御本尊: 薬師如来
本歌 : ねがいをば 仏道隆にいりはてて 菩提の月を 見まくほしさに
コメント: 藤原道長の兄にして中宮定子の父である関白・道隆のいわれでもあるお寺かと思ったら、そうではなかった。この地の豪族だった和気道隆(わけのみちたか)が、光る桑の大木から薬師如来を彫像したという縁起がある。
【次の札所まで7.2㌔】


道隆寺山門
山門


道隆寺境内
境内


道隆寺衛門三郎
ここにも衛門のサブちゃんが!
(かなり造りが雑)


道隆寺納経所飾り
納経所に飾られていた手作り小物に癒される


丸亀城
丸亀城(蓬莱城)
室町時代初期に細川頼之の重臣・奈良元安が築城す


78への道(川と山)
土器川と讃岐富士の異名をもつ飯野山(422m)



78番札所: 仏光山 郷照寺 (ぶっこうざん ごうしょうじ)

78番
 大師堂 ごう天井に 咲く花に
 がっしょう(合掌)一遍 厄も吹き飛ぶ

御本尊: 阿弥陀如来
本歌 : 踊り跳ね 念仏申す 道場寺 拍子をそろえ 鉦をうつなり
コメント: 四国霊場唯一の時宗(開祖:一遍)のお寺。時宗と真言宗の2つの宗派が共存しているという。かたや踊り念仏の浄土易行、かたや真言三密、ほとんど真逆じゃないか。一体どうやって折り合いをつけているのだろう?――と不思議に思うが、本命は厄除け・厄払いにあるらしい。
大師堂入口の格天井(ごうてんじょう)の花の彫刻が美しかった。
【次の札所まで5.9㌔】


郷照寺本堂
本堂
へんろより一般参拝者(とくに夫婦)が多かった


郷照寺格天井
大師堂の格天井


郷照寺境内からの風景
境内から眺める宇多津のまち
瀬戸大橋のたもとにある


79への道(坂出の商店街)
四国を回っていて、このような光景をいくつ見たことか!


79への道(やそばの水)
八十場(やそば)の泉


79への道(やそばの水2)
八十場名物・ところてん
残念、定休日だった



79番札所: 金華山 天皇寺 (きんかざん てんのうじ)

79番
 世を呪い 魔王となりし 天皇の
 怒り冷やせよ 八十場(やそば)の泉

御本尊: 十一面観音菩薩
本歌 : 十楽の うき世の中をたづぬべし 天皇さえも さすらいぞする
コメント: 保元の乱に敗れ、讃岐に流された崇徳天皇崩御の地。腐敗防止のため、その遺体は八十場(やそば)の水に数日間漬けられたと言う。その清水を使ったところてんの名店が池の傍らにあった。
崇徳天皇は日本三大怨霊の一人として恐れられているが、道中出会った地元の人の話から察するに当地ではまた違った印象で遇されているようだ。別バージョン⇒「世を呪い 魔王となりし 天皇よ 怒りなくせば ところてんなり」
【次の札所まで6.6㌔】


79への道(白峯宮)
崇徳天皇を祀る白峯宮
お墓は81番白峯寺にある


天皇寺本堂
同じ境内にある天皇寺本堂


白峯宮鳥居



80への道(カタツムリの富士登山)
へんろ道にあるお店の看板
ふと大事なことを気づかせてくれる



80番札所: 白牛山 国分寺 (はくぎゅうざん こくぶんじ)

80番
 八十(やっと)来た! ここが最後の国分寺
 たかまつ生ふる 参道をゆく

御本尊: 千手観世音菩薩
本歌 : 国を分け 野山をしのぎ 寺々に まいれる人を 助けましませ
コメント: 四国各県に一つずつある国分寺。香川県は高松市内にある。
“国分寺”のある場所はかつて最も賑わいだ界隈だったはず。が、今やどこも中心地から離れた寂しい場所となっている。東京の国分寺跡(武蔵国分寺)も閑静な住宅地となっている。
【次の札所まで6.5㌔】


国分寺山門
山門


国分寺参道
松が立ち並ぶ参道


国分寺本堂
本堂


国分寺大師堂
大師堂と納経所は一緒
中はお守りやお数珠などが売られ、昔の駄菓子屋のような印象
80番を打って、気持ち的に秒読みに入った



四国の白地図第17回


CraftMAPの白地図を使用しています。より詳しい四国地図を見たい方は、こちら(地図蔵)を参照ください。  



次回予告
崇徳天皇御陵&紅葉の景勝、五色台に参ります





   

● オリジナル御詠歌でめぐる四国遍路108 第16回(第71~75番)

 2018年9月下旬のある日、四国遍路88札所と別格20札所、あわせて108の霊場を歩いてめぐる旅に出た。これはその記録である。
 各札所には御詠歌と呼ばれる短歌がある。お寺の名前を歌の中に盛り込み、法の尊さや御仏のありがたさを説いたものが多い。
 ここでは、やはり寺の名前を盛り込みながら、道中の思い出や札所の印象などをオリジナル御詠歌にして詠んでみた。


【香川県】

71への道(こじき遍路)
71番への道(JR予讃線・みの駅付近)
30回以上は回っているという野宿のお遍路さん(70代)と遭遇
野宿ポイントがしっかり頭に入っていた。さすがパッキングもうまい。
自分の老後の姿かも・・・・ワルクナイ


いやだに寺階段
弥谷寺の階段
てっぺんの本堂まで570段を上る



 71番札所: 剣五山 弥谷寺 (けんござん いやだにじ)

71番
 ものさびし 長き石段 いやだにじ
 足の重さは つかれたせいか

御本尊: 千手観音菩薩
本歌 : 悪人と 行きつれなんも いやだにじ ただかりそめも 良き友ぞよき
コメント: 本堂まで570段の急な石段を登る。高齢者にはきつかろう。
たそがれ時に訪れたせいもあろうが、薄暗くてじめっとした雰囲気。全札所中、もっとも霊がいそうな気がした。
弘法大師は子供の頃、この岩屋で勉強したという。
【次の札所まで3.7㌔】


いやだに寺大師堂
大師堂
中に納経所と弘法大師が修行した獅子の岩屋がある


いやだに寺本堂
本堂


いやだに寺風景
本堂からの景色



72番札所: 我拝師山 曼荼羅寺 (がはいしざん まんだらじ)

72番
 お大師の まつてふ寺に 来てみれば
 曼荼羅菩薩 われをまつなり

御本尊: 大日如来
本歌 : わずかにも 曼荼羅おがむ人はただ ふたたびみたび かえりざらまし
コメント: 弘法大師が植えられたといわれる不老松(平成14年枯れ死)の幹に刻まれた笠松大師が見物。納経所で聞いたところ、琴平に住む平田さんという方が刻まれたそうな。
あまり目立たぬ場所にあるが、彩色された地蔵菩薩像がまさに曼荼羅のように美しかった。
【次の札所まで0.6㌔】


曼荼羅寺山門
山門


曼荼羅寺境内
境内
弘法大師の先祖・佐伯家を祀る寺で開基は古い(596年)


曼荼羅寺笠松大師
笠松大師


曼荼羅寺美しい菩薩像
ガイドブックには載っていない無名の仏像との
思わぬ出会いも楽しいものだ



73番札所: 我拝師山 出釈迦寺 (がはいしざん しゅっしゃかじ)

73番
 定年の のちも毎日 しゅっしゃかじ
 七つの真魚の 誓いを継いで

御本尊: 釈迦如来
本歌 : 迷いぬる 六道衆生すくわんと 尊き山に 出ずる釈迦寺
コメント: 弘法大師7歳のみぎり、衆生を救うことを誓って我拝師山(481m)の崖(捨身ヶ嶽禅定)から飛び降りたという。この険しい傾斜の岩山をすでに3万回以上登り下りしている信仰篤き地元のNさん(70代)と出会ったのが忘れられない。真魚(まお)とは幼少時の空海の名前。
【次の札所まで2.2㌔】


出釈迦寺境内
境内


出釈迦寺境内より捨身が岳を望む
境内から我拝師山をみる
登るかどうか迷っているところ


出釈迦寺捨身が岳への参道
登ることにした


出釈迦寺捨身が岳からの眺め
捨身ヶ嶽禅定からの景色
池の向こうに弥谷山と天霧山が並んでいる
この二つのテーブル状の山は香川を歩いているとよく目立つ


甲山寺付近の風景
我拝師山を振り返る



74番札所: 医王山 甲山寺 (いおうざん こうやまじ)

74番
 真魚もまた 競わせけるや かぶとやま
 昭和の夏の われら等しく

御本尊: 薬師如来
本歌 : 十二神 味方にもてる戦には おのれと心 かぶと山かな
コメント:このあたりは空海が子供の頃によく遊んだところ。泥をこねて仏像を造っていたというから恐れ入る。でもそれは伝説で、やっぱり大地を駆け回ったり、川や海で泳いだり、虫をつかまえたり、カブトムシを互いに戦わせたりしていたんだろうなあ。(カブトムシが平安初期に日本いたのか不明)
【次の札所まで1.6㌔】


甲山寺山門
山門


甲山寺大師堂
大師堂


75への道(仙遊寺古跡)
仙遊寺
大師は幼い頃ここで泥をこねて仏像を作って遊んだという。
だだっ広く殺風景な印象だが、老朽化した古いお堂を解体して、
新築したばかりとの由。



75番札所: 五岳山 善通寺 (ごがくざん ぜんつうじ)

75番
 善く通る 慈悲深き声 耳にして
 冥き道にも 光明を見る

御本尊: 薬師如来
本歌 : 我れ住まば よも消えはてじ善通寺 深き誓いの 法のともしび
コメント: 88札所の中心をあげるなら、やはりここになろう。何と言っても弘法大師生誕の地(佐伯家の邸があった)なのだ。広い境内、立派なお堂の数々、五重塔、宝物館、多くの参拝客。心なしか大気の中にも聖なる気配が感じられた。御影堂の地下には暗闇をめぐる約100メートルの「戒壇めぐり」がある。その最奥で聞いた弘法大師の声(骨格から想定されたモンタージュ・ボイス)は雅量に富んで耳に心地よかった。
【次の札所まで12.5㌔】


善通寺大師堂
大師堂
この地下に戒壇めぐりがある


善通寺金堂(本堂)
本堂


善通寺五重塔2
五重塔が立つ広い境内は京都か奈良の古刹のよう


善通寺南大門
山門
74番から来ると、寺の後ろから入って前から出る形になる


善通寺駅の看板
JR土讃線・善通寺駅の看板


こんぴらさん入口
善通寺駅からこんぴらさんまでは歩いて90分くらい
楽勝!



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香川と言えばうどん
この店で「じゃこ天・かきあげ・かけうどん750円」を食べた


こんぴらさん参道
この日は秋晴れの祝日(勤労感謝の日)
賑わいでおりました


こんぴらさん参道2
本宮までは785段の階段を上る
楽勝!
鍛えられた脚力を実感


こんぴらさん本宮
本宮


金比羅神社ご朱印


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本宮からの風景
善通寺市が一望のもとに



別格17番札所: 五穀山 神野寺(ごこくさん かんのじ)

17番
 かみのわざと 思うほかなき まんのうの
 池のほとりに けふを寿ぐ 

ご本尊: 薬師如来
本歌 : ちまちだに いまもそそぎて のりのしの 恵みあふるる 満濃の大池
コメント: 空海の為した最大の救民事業は、決壊を繰り返していた満濃池の修築であった。周囲約20km、貯水量1,540万tの灌漑用の水がめは、池というより湖の雄大さ。湖畔の蒼き連山、紅葉の樹々、瑠璃色の湖面、美しく穏やかな光景は、ここまでの遍路をねぎらってくれるようであった。今日も良い一日だった。
【次の札所まで13.8㌔】


神野寺2
神野寺


まんのう池2
まんのう池
灌漑用ため池としては日本最大
国の名勝にも指定されている


まんのう池3
神野神社境内よりまんのう池を望む


まんのう池




四国の白地図第16回

CraftMAPの白地図を使用しています。より詳しい四国地図を見たい方は、こちら(地図蔵)を参照ください。  




次回予告
弘法大師の母の里に行きます




   


● 同行三人 本:『山頭火と四国遍路』(写真と文・横山良一)

2003年平凡社

 松山の道後温泉近くで、種田山頭火(1882-1940)が晩年を過ごした家(一草庵)を見たとき、はじめて山頭火と四国との縁を知った。
 考えてみれば、「分け入っても分け入っても青い山」の句で知られるこの漂泊の俳人が、四国遍路をしていないはずがなかった。

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 本書によれば、山頭火は大正14年(1925年)に曹洞宗で出家得度した翌年から、九州各地、山陰、山陽、四国、東北と、放浪の旅を重ねるようになった。
 雲水として鉢を持って行乞し、米や銭の喜捨を受ける。俳人として自然の中を歩き、句を作り続ける。そんな旅である。
 ストイックな男とも言いづらいのは、旅中はもちろん、一草庵で58歳の生涯を終える最後の最後まで、酒はきれなかった点である。
 女についてはわからない。(27歳で結婚、34歳で離婚している)
 46歳のときに四国88カ所札所を巡礼し、結願している。
 最後の旅もまた四国遍路であった。

 本書は、この最後の四国遍路の模様を、山頭火自身の残した遍路日記をもとに実際に山頭火が歩いた行程をたどりながら、写真と文とで描き出している。
 著者の横山良一は1950年生まれの写真家で、世界各国を旅して写真を撮り続けている。
 昭和14年の山頭火の四国と、平成12年の横山の四国と、そして平成30年のソルティの四国とが、オーバーラップする面白さがあった。

 昭和14年の四国遍路のきびしさはいかほどのものだったろう?
 舗装路がほとんどなく、峠を回避できるトンネルも少なく、道しるべも少なく、遍路小屋も宿も今よりずっと少なかったであろう。
 まして、山頭火のように、路銀を行乞でもとめ、いくつもの宿に断られつつ、野宿を重ねる旅のきびしさは?
 今でこそ山頭火の名前は知られ、その句は教科書にも載り、伝記が書かれTVドラマ化され、生まれ故郷の山口や終焉の地となった松山で「その人あり」ともてはやされているけれど、当時は文字通りの乞食遍路に過ぎなかったのである。
 それと比べると、ソルティの遍路がいかに“大名旅行”であったか。

 だが、そのような自然と添い寝する旅であったればこそ、山頭火の数々の心打つ句が生まれたのは間違いない。

 山頭火が、已むに已まれぬ衝動にかられ、旅と祈りと酒と芸術の人生を送ることになった一番の理由は、おそらく彼が10歳の時の母親の自殺であろう。
 彼はいつも母親の位牌を背負って旅をしていたという。
 同行三人だったのだ。 


日和佐の海


 いちにち物いはず波音(山頭火)
 
 

おすすめ度 : ★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
★     読み損、観て損、聴き損


● オリジナル御詠歌でめぐる四国遍路108 第15回(第66~70番)


 2018年9月下旬のある日、四国遍路88札所と別格20札所、あわせて108の霊場を歩いてめぐる旅に出た。これはその記録である。
 各札所には御詠歌と呼ばれる短歌がある。
 お寺の名前を歌の中に盛り込み、法の尊さや御仏のありがたさを説いたものが多い。
 ここでは、やはり寺の名前を盛り込みながら、道中の思い出や札所の印象などをオリジナル御詠歌にして詠んでみた。


【香川県】
 
雲辺寺への道(標識)
雲辺寺は、愛媛からいったん徳島に戻って目指すことになる
(これは別格打ちもそうでない人も同じ)


雲辺寺への道(雲海)
登り道の途中から見た景色
まさにその名の通り雲の辺りにある札所

 

 66番札所: 巨鼈山 雲辺寺 (きょごうざん うんぺんじ)

66番
 雲の上の 五百羅漢の へんがおに
 よく似たひとを 探す暇人
 

御本尊: 千手観世音菩薩
本歌 : はるばると 雲のほとりの寺に来て 月日をいまは ふもとにぞ見る
コメント: 最も高い(911m)地点にある札所。麓からずっと車道なので、思ったより楽だった。途中で見た朝の雲海が壮観だった。山頂は寒くて震えた。五百羅漢の豊かな表情や仕草が見ていて飽きなかった。早朝に三好の宿を先に発ったサニーさんに追いついた。足を痛めていた彼女はロープウェイで下山。自分は山道をとった。そろそろ一人になりたくもあった。
【次の札所まで7.4㌔】


雲辺寺境内
広く澄んだ境内


雲辺寺山門
山門


雲辺寺本堂
本堂


雲辺寺山頂からの景色2
雲辺寺山頂からの景色(徳島側)


雲辺寺山頂からの景色1
山頂からの景色(瀬戸内海側)
香川県のため池の多さが一目瞭然


雲辺寺山頂からの景色3
山頂からの景色(愛媛側)
一番高いのが石鎚山(1982m)


雲辺寺なごりもみじ



雲辺寺五百羅漢2
五百羅漢
どう見ても踊っている


雲辺寺五百羅漢
天衣無縫


雲辺寺五百羅漢3
この顔が気に入った


雲辺寺ロープウェイ駐車場
香川県に下山
ロープウェイ乗り場のある駐車場
中央の見える先の尖ったのが雲辺寺山
萩原寺への道
雲辺寺から下りると、冬から春に突入したかのよう
身心の開放感と軽やかさが「涅槃の讃岐」を実感させる



別格16番札所: 巨鼇山 萩原寺(きょごうざん はぎわらじ)

16番
 萩原に 異国のひとの 影見れば
 心さわがす 秋風ぞ吹く 

ご本尊:伽羅陀山 火伏地蔵菩薩
本歌 :尊くも 火伏をちかふ 地蔵尊 はぎの御山に 世を救ふらむ
コメント: 春のような暖かさと香川に入った喜びとで夢見心地で歩いていた。と、境内でまたもサニーさんと再会。ロープウェイで下った彼女と、ずいぶん時間が空いたはずなのに・・・。「一人で歩きたい」という思いをうまく英語で伝えられず、宿まで同行することに。これがいけなかった。このへんから二人の関係は気まずくなっていく。
【次の札所まで6.0㌔】


萩原寺本堂
本堂


別格16番萩原寺
境内
約2500株の萩の花が満開となる9月中旬には萩まつりが開かれ、
野点茶会、骨董市、露天商などで賑わう。



67番札所: 小松尾山 大興寺 (こまつおざん だいこうじ)

67番
 だいこう(代行)で 宿の予約をした連れと
 ついに別れし 秋雨の朝

御本尊: 薬師如来
本歌 : 植えおきし 小松尾寺を眺むれば 法の教えの 風ぞ吹きぬる
コメント: 畑中の静かなお寺。本堂に何百本と灯した、願いごとの書かれた赤い蝋燭が印象深かった。サニーさんとはこの日の宿で感謝の言葉を交わし、このさき別行動することに。原因の一つは、こちらの英語力も彼女の日本語力も貧しかったこと。意思疎通がうまくいってないと分かっているのだが、頭が疲れてもはや英語を話したくなかった。彼女は朝暗いうちに、雨のそぼ降る中を先に発った。
【次の札所まで8.7㌔】


67番大興寺山門
山門にたたずむサニーさん


67番大興寺本堂
本堂に灯した蝋燭


67番大興寺境内
境内


68への道ため池
68番へ向かう道中
これも灌漑用につくられた池だろう


観音寺駅
JR予讃線・観音寺駅


琴弾八幡宮鳥居
琴弾八幡宮
財田川のほとり、瀬戸内海を背にする大きな社

琴弾八幡宮
琴弾八幡宮本殿
神仏分離前までは68番神恵院と一体であった


琴弾八幡宮白猫
神社の守り猫(雌?)

琴弾八幡宮黒猫
神社の守り猫(雄?)

琴弾八幡宮(観音寺のまち)
境内から見下ろす観音寺のまち


琴弾八幡宮寛永通宝2
展望台から銭形砂絵を見下ろす


琴弾八幡宮寛永通宝
寛永通宝

琴弾八幡宮寛永通宝3
健康で長生きできて金に不自由しなくなる



68番札所: 七宝山 神恵院 (しっぽうざん じんねいん)

68番
 琴弾の 浜に描かれし 砂文字
 かみの恵みを 期する者なり

御本尊: 阿弥陀如来
本歌 : 笛の音も 松吹く風も琴弾くも 歌うも舞うも 法のこえごえ
コメント: 68番と69番は琴弾山の中腹に隣り合わせにある双子のような札所。近くの展望台からは、瀬戸内海の島々と「寛永通宝」の砂文字が見えた。神恵院本堂はコンクリート打ちっ放しの現代建築もどきの四角い建物で味気ないが、きれいに刈り込まれたツツジの並ぶ庭園は美しかった。
【次の札所まで0㌔】



68番神恵院本堂
本堂
61番香園寺以来の斬新なデザイン
バブルの頃はやったカフェバーを思い出した


68番神恵院本堂内部
中はこんなん

68番神恵院庭園
巍巍園(ぎぎえん)



69番札所: 七宝山 観音寺 (しっぽうざん かんのんじ)

69番
 観音と 阿弥陀の並ぶ 極楽に
 立つクスノキの 誇らしきかな

御本尊: 聖観世音菩薩
本歌 : 観音の 大悲の力強ければ おもき罪をも 引きあげてたべ
コメント: 68番と69番の納経所は同じ。一カ所で御朱印帳2ページが埋まるのはトクな気分。境内の大楠が存在感を放っていた。
ここ観音寺市では、ちょうど美少女アニメのイベントがあって全国から仮装(女装)したファンが訪れていた。宿をとるのが大変だった。
【次の札所まで4.5㌔】


69番観音寺本堂
本堂


69番観音寺大クス
境内の大楠


本山寺への道
70番への道


本山寺への道3
70番への道


70番札所: 七宝山 本山寺 (しっぽうざん もとやまじ)

70番
 本山の 五重塔の 軒反りに
 釣られるごとく 空をただ見る

御本尊: 馬頭観世音菩薩
本歌 : 本山に 誰が植えける花なれや 春こそたおれ たむけにぞなる
コメント: 70番へ向かう川沿いの道がいい。低山のつらなりと広がる畑、遠くの森の上に顔出す五重塔。風情はまさに奈良の山の辺の道。気分よく札所に着いたところ、本堂の前で休憩しているサニーさんを発見。同じ道を前後して歩いているのだから会うのは仕方ないのだが・・・。つい、そっけない態度をとってしまい、それが最後の別れとなった。
【次の札所まで11.3㌔】


70番本山寺山門
山門


70番本山寺本堂
本堂

70番本山寺五重塔2



四国の白地図第15回

CraftMAPの白地図を使用しています。より詳しい四国地図を見たい方は、こちら(地図蔵)を参照ください。  




次回予告
空海の為した一大事業、まんのう池!



   



● オリジナル御詠歌でめぐる四国遍路108 第14回(第64~65番)


 2018年9月下旬のある日、四国遍路88札所と別格20札所、あわせて108の霊場を歩いてめぐる旅に出た。これはその記録である。
 各札所には御詠歌と呼ばれる短歌がある。お寺の名前を歌の中に盛り込み、法の尊さや御仏のありがたさを説いたものが多い。
 ここでは、やはり寺の名前を盛り込みながら、道中の思い出や札所の印象などをオリジナル御詠歌にして詠んでみた。


【愛媛県】


 64番札所: 石鎚山 前神寺 (いしづちさん まえがみじ)

64番
 名にし負う 神の山なる 石鎚の
 前に控える 修験の寺よ
 

御本尊: 阿弥陀如来
本歌 : 前は神 うしろは仏 極楽の よろずの罪を くだくいしづち
コメント: 修験道の祖、役小角が開基したと伝えられる。四国遍路には名前に「神」の字がつくお寺が3つある。64番のほかに、27番神峯寺、68番神恵院(別格17番神野寺入れると4つ)。むろん神仏習合のなごりだが、よく考えてみるとけったいな話である。キリスト教の教会に「アッラーなんとか」って名がついているようなものだ。仏教で神道で修験道・・・・。日本文化のユニークさ、節操のなさ。
【次の札所まで27.4㌔】


64番前神寺本堂
本堂
青い銅板屋根が美しい


遍路ハウス横屋
お遍路ハウス・横屋
管理人さんにカミーノ(サンティアゴ巡礼)の話を聞いた夜。
いつか自分も行けるといいな~(ってまさに節操のない)。


新居浜市関の戸(松山自動車道)
新居浜市関の戸付近
山間を松山自動車道が走る



別格12番札所: 摩尼山 延命寺(まにざん えんめいじ) 

別格12番
 伊予もまた いよよ終わりに近づいて
 道の延命 願うころかな

ご本尊: 延命地蔵菩薩
本歌 : 千代かけて 誓いの松の ほとりこそ なほありがたき 法の道かな
コメント: 寺の起こりのいわれとなったいざり松の祀られた庭園でサニーさんと再会、昼食をともにした。もうすぐ愛媛も終わり。結願を心待ちにする一方、さびしさが湧いてきた。「いつまでも続いてほしいね」 サニーさんと意見が合った。携帯電話を持っていない彼女の代わりに、この先の宿の予約をとってあげる。彼女も別格打ちしているので、しばらく同じ宿に泊まることにした。基本、歩きは別である。
【次の札所まで17.8㌔】


別格12番延命寺1
山門


別格12番延命寺いざり松


別格12番延命寺いざり松2
寺の縁起によると
弘法大師が寺の松の下に一人のイザリ(歩けない者)がいるのを見て憐み、
霊符をさずけたところ、たちまち全快した。イザリは大師のもと出家した。


65への道(県道)
この辺りは国道11号(上画像)と県道126号(へんろ道)が並行している


65への道(へんろ道)
へんろ道はやや遠回りになるのだが、やっぱり味わいがある。


伊予三島駅そばのスーパー
JR 伊予三島駅近くのスーパーで夕食を買う
大きな町である


65への道(伊予三島遠景2)
翌朝、65番三角寺へ向かう山道より伊予三島を見下ろす


65への道(山道)



65番札所: 由霊山 三角寺 (ゆれいざん さんかくじ)

65番 
 三角を 描いて巡る へんろ路に
 入りぬ刹那の 名残りの桜

御本尊: 十一面観音菩薩
本歌 : おそろしや 三つの角にも入るならば 心をまろく 慈悲を念ぜよ
コメント: ここから別格打ちにとって最大の難所がスタート。三角寺から780mの地蔵峠を越えて別格13番に、山麓を回って本道に戻り別格14番に、県境を越え徳島県箸蔵山(540m)にある別格15番に、そこから遍路最高峰910mの雲辺寺に登り、香川県に下る。88の本道を逸れる三角形を2つ描きながらの山登りが3つ。境内の散り際の四季桜がきれいだったな。
【次の札所まで4.1㌔】


65番三角寺石段


65番三角寺境内
境内


65番三角寺(季節桜)
四季桜
4月上旬と10月下旬の年2回開花する


仙龍寺への道(入口)
別格13番仙龍寺へ向かう山道入口


仙龍寺への道1


仙龍寺への道2(馬場の桜)
馬場の桜(エドヒガン)
高さ20.4m、樹齢推定200年
春に別格打ちする歩き遍路だけが開花を見ることができる


仙龍寺への道3(清滝)
清滝
まごうかたなきパワースポット


別格13番仙龍寺1



別格13番札所: 金光山 仙龍寺(こんごうさん せんりゅうじ) 

13番
 仙山の もみじの波を かき分けて
 龍の棲みたる 洞を見るかな 

ご本尊: 弘法大師
本歌  : 極楽は 他にはあらぬ この寺に 御法の声を きくぞうれしき
コメント: 宮崎駿の『千と千尋の神隠し』に出てくる「油屋」を思わせる古式ゆかしいつくり(道後温泉本館と同じ様式)。今を盛りの赤や黄色の紅葉に囲まれ、主人公の少女・千尋同様、異界にタイムスリップしたような心地。上流の滝から続く清流が本堂の床下を流れ、渓谷をなしているのも驚き。もっとも良かった札所の一つである。
【次の札所まで9.2㌔】



別格13番仙龍寺2
昭和9年10月竣工


別格13番仙龍寺3
金田一耕助のミステリー映画に出てきそうな雰囲気である


別格13番仙龍寺5


別格13番仙龍寺4
本堂の真下を滝が流れ、渓谷に注ぐ


遍路ハウス毛利荘
遍路ハウス・毛利荘
管理人さんは高校の元英語教師で、たいへんマメな方。
使っていない生家の跡地を利用したとのこと。
清潔で、なんでも揃っていて、居心地のいい宿だった。
このあたりは宿が少ないのでありがたかった。(サニーさんと同宿)



別格14番札所: 椿堂(つばきどう)

14番
 常福と 非核を願い 石像の
 前をめくれば つばきゴックン 

ご本尊: 延命地蔵菩薩 非核不動尊 
本歌 : 立ち寄りて 椿の寺に やすみつつ 祈りをかけて 弥陀をたのめよ
コメント: 邦治山常福寺の号をもつ。弘法大師が当地に流行る病いの退散を祈り、土に杖をさすと、そこから椿が育ったという。本尊の大聖不動尊は、核兵器廃絶を願って非核不動尊と呼ばれている。ここは何と言っても、境内の片すみにある道祖神が見物。前たれで隠してあるので、気づかない人も多いだろう。この日は一日サニーさんと楽しく歩いた。
【次の札所まで24.0㌔】


別格14番椿堂山門
山門


別格14番椿堂(サニーさん)
一つ一つのお堂に線香を上げ、心を込めて祈るサニーさん


別格14番椿堂(福の神2)


別格14番椿堂(福の神3)


別格14番椿堂(福の神1)


境目トンネル855m
その名も境目トンネル(855m)を抜けて徳島県へ



【徳島県】


境宮神社
その名も境宮神社で昼食休憩


白地温泉1
白地温泉で日帰り入浴、いい湯だった~
この旅館は『放浪記』で知られる作家・林芙美子が執筆した宿
当地の山紫水明を愛したという


旅人宿
三好市池田町の吉野川沿いの宿
親切なオーナーの世話になった


別格15番への道(朝の吉野川)
別格15番への道は吉野川沿いを歩く


別格15番への道(四国中央波橋)
四国中央橋を渡る



別格15番札所: 宝珠山 箸蔵寺(ほうじゅさん はしくらじ)

15番
 伊予終えて 阿波のはしまで 戻り来て
 くらぶものなき 善根の宿

ご本尊: 金毘羅大権現
本歌 : いその神 ふりにし世より 今もなほ 箸運ぶてふ ことの尊き
コメント: この札所は徳島県三好市に位置する。甲子園で有名な池田高校の地元。山間を深緑の吉野川が流れる風光明媚な町だった。箸蔵山(540m)の頂にある札所は、空気が澄み、紅葉も景色も素晴らしかった。下りはロープウェイを使った。その後、サニーさんと一緒に、宿のオーナーの運転で、大歩危・小歩危や祖谷のかずら橋に遊んだ。脱サラして宿を始めたという。夏場は世界中から来るラフティング客で賑わい、宿は目まぐるしい忙しさだそうだ。
【次の札所まで19.1㌔】


別格15番箸蔵寺(山門)
山門


別格15番箸蔵寺本堂
本堂


別格15番箸蔵寺(境内)
護摩殿前の広場


別格15番箸蔵寺(十二支彫刻)
境内のあちこちにある彫刻が見物。
護摩殿と本堂の欄間には干支が彫られているが、
護摩殿のほうは十支で終わっている(戌と亥がいない)。
スペースが足りなかったらしい。
(画像はウサギ)



別格15番箸蔵寺(とら彫刻)


別格15番箸蔵寺(紅葉)


大歩危
大歩危小歩危にドライブ
まさかここに来られるとは思わなかった
なんという因縁


そやのかづら橋
祖谷のかずら橋
サルナシ(しらくちかずら)などの葛類を使っている
長さ45m、幅2m、谷からの高さ14m
揺れる、揺れる


旅人宿の朝焼け
宿のバルコニーから見た日の出前の吉野川
さあ、今日は遍路最高峰、雲辺寺だ



四国の白地図第14回

CraftMAPの白地図を使用しています。より詳しい四国地図を見たい方は、こちら(地図蔵)を参照ください。  




次回予告
香川県に入ります



   



● オリジナル御詠歌でめぐる四国遍路108 第13回(第60~63番)


 2018年9月下旬のある日、四国遍路88札所と別格20札所、あわせて108の霊場を歩いてめぐる旅に出た。これはその記録である。
 各札所には御詠歌と呼ばれる短歌がある。お寺の名前を歌の中に盛り込み、法の尊さや御仏のありがたさを説いたものが多い。
 ここでは、やはり寺の名前を盛り込みながら、道中の思い出や札所の印象などをオリジナル御詠歌にして詠んでみた。


【愛媛県】

すけ家
壬生川(にゅうがわ)にある「お宿すけ家」に拠点を定めて別格打ち
国際色豊かな親切な宿だった


西山興隆寺参道
西山興隆寺参道


 別格10番札所: 仏法山 西山興隆寺(ぶっぽうさん にしやまこうりゅうじ)

10番
 紅葉の 誉れにひかれ 来てみれば
 人や犬との こうりゅう(交流)の山

ご本尊: 千手観音菩薩
本歌 : みほとけの 法の御山の のりの水 流れも清く みゆるぎの橋
コメント: 平和な里山の道をたどって、昼なお暗き参道の森に入る。清流の音高く、深山幽谷の気配。ここは県内有数の紅葉の名所で、境内には行楽客がつめかけていた。お寺の二匹の犬は、しきりに愛嬌を振りまいていた。サニーさんと再会。次の札所まで一緒に歩き、禅や瞑想の話などして親交を深めた。若い頃に日本に来て空手を習ったそうだ。たくまし~。
【次の札所まで3.8㌔】

西山興隆寺大師堂
大師堂


西山興隆寺紅葉2


西山興隆寺犬1
決めポーズ1


西山興隆寺犬2
決めポーズ2


西山興隆寺ハーケンクロイツ
境内で見かけた“まんじ”マーク
この“まんじ”の向きは、お寺を表す記号(卍)とは逆(右旋回)である。
すなわち、ナチスのハーケンクロイツと同じなのだ!
そこに気づいたのはサニーさん、問われて答えられなかったソルティ。
あとで調べてみたら、仏教は元来、右旋回が正しかったようだ。
つまり、このお寺の創建の古さ(642年)を物語っている。



興隆寺から生木地蔵への道
興隆寺から生木地蔵への道中風景



別格11番札所:生木地蔵(いききじぞう)

11番
 生木とは 名前ばかりの 涸れぶりに
 人の行き来も 危ぶまれるかな

ご本尊: 生木地蔵菩薩
本歌 : 一夜にて 願いを立つる みこころは 幾代かはらぬ 楠のみどりば
コメント: 生木山正善寺の号を持つ。弘法大師が楠(くす)の大木に彫った延命地蔵大菩薩が本尊であるが、昭和29年9月の洞爺丸台風で、木は根元より倒れたそうだ。境内に祀られている木の幹からは生気が感じられず、寺自体もうら寂れた感が漂っていた。大師堂もなく、元気のない札所であった。
【次の札所まで11.5㌔】


生木地蔵2
境内


生木地蔵1
倒れた大楠


生木地蔵3


西山興隆寺近くから横峰山を望む
「すけ家」に帰る途中の景色
一番高いところが明日登る横峯山ピークか


すけ家の朝ごはん
「すけ家」で夕ごはん
素泊まりだが、いろいろお惣菜を接待いただいた
このあたりでまた一つ吹っ切れるものがあった


60への道(平城)
翌朝、60番への道(国道196号)
実際には位置関係上、61番を先に打った


60番への道(砕石工場)
60番横峯寺へ
砕石場の横を通り抜ける


60番への道(がけ崩れ)
えっ! 行き止まり? 道を間違えた?
否、ここを超えて進むのであった


60番への道(倒木)
ここも超えて進むのであった


60番への道(道標)
尾根にやっと到達
が、ここからも長かった



60番札所: 石鉄山 横峰寺 (いしづちさん よこみねじ)

60番
 横道に 入りては迷い 引き返す
 峰の大日 子午線越える

御本尊: 大日如来
本歌 : たてよこに 峰や山辺に寺たてて あまねく人を 救うものかな
コメント: 745mの山の上にある。とにかく道に迷い、焦りまくった。宿でもらった手書きの簡単な地図を頼りに進んでいったが、距離や所要時間を確かめておかなかったので、途中で違う道に入ってしまった。分岐まで引き返してやり直したら、今度は崖崩れで道が埋まっている。また引き返す。宿に電話して確認す。正午前に余裕で到着するはずが、札所に着いたら1時を回っていた。自分にとって一番の「遍路ころがし」だった。境内でサニーさんと再会。下山は同行した。
【次の札所まで9.6㌔】


60番横峰寺本堂
本堂


60番横峰寺大師堂
大師堂
山の湿気を考慮し、高床式に造られている


香園寺奥の院3
下山途中に61番香園寺奥の院がある
参拝の支度をするサニーさん
日本人以上に寺社を愛する人だった


香園寺奥の院2
麒麟が来た!



61番札所: 栴檀山 香園寺 (せんだんさん こうおんじ)

61番
 香満つる 広きお堂に たたずみて
 親と大師の おんを思へり

御本尊: 大日如来
本歌 : 後の世を 思えばまいれ香園寺 とめて止まらぬ 白滝の水
コメント: 褐色の鉄筋コンクリート2階建ての立派なお堂が特徴。2階本堂の壮麗さは、札所中随一だろう。境内には赤ん坊を抱いた弘法大師像が立っている。この寺の門前で身重の女性を助け、無事出産に導いた故事による。以来、安産・子育て祈願のメッカとなっている。
【次の札所まで1.3㌔】


61番香園寺本堂
モダンな本堂
お寺自体は聖徳太子創建と伝えられる古刹


61番香園寺子安大師
子安大師像



62番札所: 天養山 宝寿寺 (てんようざん ほうじゅじ)

62番
 いにしえも 今も変わらぬ 人の世は
 ほうの道にも じゅなん(受難)あるかな

御本尊: 十一面観音菩薩
本歌 : さみだれの あとにいでたる玉の井は 白坪なるや 一の宮かわ
コメント: JR予讃線伊予小松駅のすぐそばにある。ソルティが訪れたとき(2018年11月)は、四国88カ所霊場会と対立して脱会。霊場会が第61番札所の駐車場に仮設の62番礼拝所を設けたため、札所が2カ所という珍事となっていた。新情報によると、2019年12月に宝寿寺は霊場会に復帰、仮設札所もなくなった。第86番志度寺の住職が宝寿寺の住職を兼務している。
【次の札所まで1.4㌔】


62番宝寿寺境内
境内


伊予小松駅
JR予讃線・伊予小松駅


伊予小松駅付近
駅前通り


63番吉祥寺そばの道標
ついに「高松まで〇km」の表示に遭遇



63番札所: 密教山 吉祥寺 (みっきょうざん きちじょうじ)

63番
 朝日さす 多聞の寺に 拝むれば
 揺るぐ大地に 吉祥をみる 

御本尊: 毘沙門天
本歌 : 身のうちの 悪しき非法を うちすてて みな吉祥を のぞみ祈れよ
コメント: 早朝のお寺は空気が澄んで気持ちいい。拝んでいると心も澄んでいく。直後にあった地震(震度4くらいか)も良いしるしと感じた。玩具をしきりに噛んでいた飼い犬が面白かった。
多聞とは毘沙門天のこと。
【次の札所まで3.2㌔】


63番吉祥寺境内
境内


63番吉祥寺の犬



石鎚神社鳥居
石鎚神社(本社)
もちろん祭神は石鎚山(1974m)


石鎚神社本殿
本殿
山頂の社に行くつもりであったが、横峯ころがしのこともあり、
今回は“呼ばれて”ない気がした。
次の機会に!


石鎚神社ご朱印
ご朱印はいただいた


石鎚神社からの景色
本殿から瀬戸内海を眺める



四国の白地図第13回

CraftMAPの白地図を使用しています。より詳しい四国地図を見たい方は、こちら(地図蔵)を参照ください。  




次回予告
大歩危小歩危に遊びます







   

● オリジナル御詠歌でめぐる四国遍路108 第12回(第54~59番)


 2018年9月下旬のある日、四国遍路88札所と別格20札所、あわせて108の霊場を歩いてめぐる旅に出た。これはその記録である。
 各札所には御詠歌と呼ばれる短歌がある。お寺の名前を歌の中に盛り込み、法の尊さや御仏のありがたさを説いたものが多い。
 ここでは、やはり寺の名前を盛り込みながら、道中の思い出や札所の印象などをオリジナル御詠歌にして詠んでみた。


【愛媛県】


54への道(瀬戸内海1)
松山~今治間は瀬戸内海を左に見ながら歩く
高知の海岸風景といかに違うことか!
車も多い


54への道(瀬戸内海4)



54への道(瀬戸内海2)



54への道(鹿島)
伊予北条の鹿島(かしま)
「伊予の江の島」と呼ばれる

54への道(鹿島2)
周囲1.5km、標高113.8m
鹿島の野生シカは愛媛県指定の天然記念物に指定されている


54への道(子規マンホール)
マンホールにも鹿島が刻まれていた
粟井坂もこのあたりの地名


54への道(鎌大師付近)
鎌大師付近の峠
子規の句の通り、涼しい風にしばし吹かれた


54への道(瀬戸内海3)


54への道(菊間の瓦)
菊間町は瓦の生産で有名


54への道(太陽石油1)
前方に宇宙都市を発見
なんだあれは?


54への道(太陽石油2)
太陽石油の製油所だった
創業者の青木繁吉は高知出身


54への道(伊予亀岡の菊)
伊予亀岡の接待菊


54への道(星の浦海浜公園)
星の浦海浜公園
ドックの向こうに芸予諸島が見える
54への道(ようこそ今治へ)
行き交う東南アジア系の外人の多さにびっくり
タオル工場の従業員だろう


54番延命寺参道
54番延命寺山門に到着



54番札所: 近見山 延命寺 (ちかみざん えんめいじ)

54番
 延々と 続く海辺の道なれば
 命懸けずに のんびり歩け

御本尊: 不動明王
本歌 : くもりなき 鏡の縁とながむれば 残さず影をうつすものかな
コメント: 53番(松山)から54番(今治)までの34.4㎞をえらく長く感じたのは、風邪をひいて疲れていたから。瀬戸の海の透き通る青さがなければ、さらにきつく感じただろう。このあたりでへたばる遍路は多いらしく、境内では三坂峠(45~46番)で出会った看護師がベンチでのびていた。
【次の札所まで3.4㌔】



54番延命寺本堂
本堂


伊予一宮別宮神社鳥居
伊予別宮・大山祇(おおやまつみ)神社
別宮とは、本社の『わけみや』という意で本社についで尊いお宮。
伊予一宮本社は瀬戸内海の大三島にある。

伊予一宮別宮神社
さすがに大三島まで渡るのはきついので
別宮で御朱印をいただいた。
祭神の大山積大神はアマテラスの兄という。


IMG_20200904_105943



55番札所: 別宮山 南光坊 (べっくざん なんこうぼう)

55番
 今治の 東西南北 睨みつけ
 光放つや 天部の神は

御本尊: 大通智勝如来
本歌 : このところ 三島に夢のさめぬれば 別宮とても 同じすいじゃく
コメント: 一般に仁王像が置かれることの多い山門に、四方を護る四天王(持国天・増長天・広目天・多聞天)がいるのが珍しかった。境内の東屋でまた看護師と遭遇。いつの間に抜かれたのか? 疲れ切った表情で眠りこけていた。そう、彼は寝袋(野宿)組であった。起こすのも可哀想なので、そのまま別れた。
【次の札所まで3.0㌔】

55番南光坊
山門


55番南光坊持国天


55番南光坊増長天


55番南光坊広目天


55番南光坊多聞天


今治駅
今治駅
数日前に国際的なサイクリングの大会があった
サーフィン、ラフティング、サイクリング・・・
四国のアスレチックぶりに驚く


56への道(かつや)
56番へ行く途中のとんかつやで昼食



56番札所: 金輪山 泰山寺 (きんりんざん たいさんじ)

56番
 テーブルを 占拠する身の やましさに
 早たいさんす 荷物かついで

御本尊: 地蔵菩薩
本歌 : みな人の まいりてやがて泰山寺 来世の引導 たのみおきつつ
コメント: 風邪と11月初めとは思えない強い日射しとでグロッキー寸前。精をつけるため、へんろ道沿いにあったチェーンのとんかつやに入った。日曜のこととて家族連れで賑わう中、杖に笠に頭陀袋、大きなリュックを背負った遍路姿の自分。ひとり異質であった。もっとも、現地の人は見慣れているのだろうが。
【次の札所まで3.1㌔】



56番泰山寺1
泰山寺



57番札所: 府頭山 栄福寺 (ふとうざん えいふくじ)

57番
 ここがまあ「ボクは坊さん。」 栄福寺
 思いがけぬも 閑かなるかな

御本尊: 阿弥陀如来
本歌 : この世には 弓矢を守る八幡なり 来世は人を 救う弥陀仏
コメント: 映画にもなった『ボクは坊さん。』(2010年ミシマ社)の著者、白川密成が住職をつとめるお寺。森と池に囲まれた静かで地味なたたずまいは好感が持てた。納経所の人の対応も良かった。
【次の札所まで2.4㌔】




57番栄福寺1
境内


57番栄福寺2
境内にあった掲示板


58への道
58番へ登る道から今治市街を見下ろす
あの高い塔、なにに見える?


58番仙遊寺山門
仙遊寺山門


58番仙遊寺石段
よくもまあ登ったものよ



58番札所: 作礼山 仙遊寺 (されいざん せんゆうじ)

58番
 千尋の 高き石段 のぼりきり
 薄暮の庭に 犬と遊べり

御本尊: 千手観音菩薩
本歌 : たちよりて 作礼の堂にやすみつつ 六字を唱え 経を読むべし
コメント: 225mの山腹にある。登る途中に見えた今治市街の景色が素晴らしかった。ひときわ高く聳え立つは今治国際ホテル(地上23階、高さ101.7m)であるが、これが一瞬、弘法大師の後ろ姿に見えた。うれしい錯覚。境内には犬がつながれて、参詣者の人気者になっていた。別格7番の山道以来、一週間ぶりにサニーさんと再会。彼女は宿坊に泊まるという。疲労困憊のソルティはややラグジュアリー(笑)なビジネスホテルに宿をとった。この種のホテルのいいところは、ハズレが少ない点である。
【次の札所まで6.1㌔】


今治国際ホテル
今治国際ホテル


58番仙遊寺境内
境内


58番仙遊寺の犬



59への道(松本バス停)
住宅街のバス停で一休み
ソルティの荷物は大概のへんろより少なく軽かった。
長年の山登り経験で、必要最小限なグッズに絞り込まれていた。



59番札所: 金光山 国分寺 (こんこうざん こくぶんじ)

59番
 国籍の 分け隔てなく 受け入れて
 大師はいます 右手差し出し

御本尊: 薬師瑠璃光如来
本歌 : 守護のため 建ててあがむる国分寺 いよいよめぐむ 薬師なりけり
コメント: この境内でフランスから来た70代くらいのご婦人と会った。なかなか日本語も達者であった。一日20㎞歩くと決めているというから、かなりのんびりペースである。フランスでは、ある女性が書いた四国遍路体験記がベストセラーとなり、それを読んで四国を訪れる人が増えたそうだ。
【次の札所まで17.3㌔】
58番国分寺境内
境内


58番国分寺七福神
お寺でよく見かける六地蔵かと思ったら七体いる
七福神であった
赤い毛糸の帽子がかわいい


58番国分寺大師像
これは名案!



四国の白地図第12回

CraftMAPの白地図を使用しています。より詳しい四国地図を見たい方は、こちら(地図蔵)を参照ください。  



次回予告
60番横峰寺に転がされました







   

● オリジナル御詠歌でめぐる四国遍路108 第11回(第48~53番)


 2018年9月下旬のある日、四国遍路88札所と別格20札所、あわせて108の霊場を歩いてめぐる旅に出た。これはその記録である。
 各札所には御詠歌と呼ばれる短歌がある。
 お寺の名前を歌の中に盛り込み、法の尊さや御仏のありがたさを説いたものが多い。
 ここでは、やはり寺の名前を盛り込みながら、道中の思い出や札所の印象などをオリジナル御詠歌にして詠んでみた。


【愛媛県】

48への道(重信川)
 重信川
み・みずがない!?

48番札所: 清滝山 西林寺 (せいりゅうざん さいりんじ)

48番

 水草の 揺るぐ小川の 橋渡り
 さいりん(再臨)したき この清き寺


御本尊: 十一面観音菩薩
本歌 : 弥陀仏の 世界をたずね行きたくば 西の林の寺にまいれよ

コメント: 重信川(一級河川)を渡って松山市に入る。が、なんと水無川だった。豪雨が続くと氾濫するという。その先に弘法大師が杖で突いたら湧き出した「杖の淵」と呼ばれる泉がある。その流れが寺の外を巡り、非常に気持ちいい境内だった。水草は刺身のツマに使う“ていれぎ”という種類らしい。この歌は作るのに苦心した。

【次の札所まで3.1㌔】


48番西林寺1
山門へ渡る石の太鼓橋


48番西林寺2
整然とした境内


48への道(tていれぎ)
外の濠に揺れるていれぎ


49への道(いよてつ)
伊予鉄道横河原線

 

49番札所: 西林山 浄土寺 (さいりんざん じょうどじ)


49番
 いよてつの 遮断機上がる その先に
 浄土の門の 護り手ぞ立つ


御本尊: 釈迦如来
本歌 : 十悪のわが身をすてず そのままに 浄土の寺に 参りこそすれ

コメント: 伊予鉄道横河原線の久米駅のそばにある。48番から行くと、踏切を渡った正面に立派な仁王門がそびえる。おっかない顔した左右の金剛力士像に出迎えられるのは、十悪の身としてはちょっと(かなり?)怖い。この本歌、好きである。

【次の札所まで1.7㌔】

 

49番浄土寺山門
山門


49番浄土寺本堂
シンメトリカルで美しい本堂
国の重要文化財の指定を受けている

50への道(墓場)
50番への道中にある墓地



50番札所: 東山 繁多寺 (ひがしやま はんたじ)


50番
 繁多なる 街を見おろす 山寺の
 池に映りし 静寂のかげ


御本尊: 薬師如来

本歌 : よろずこそ はんたなりとも怠らず 諸病なかれと 望み祈れよ

コメント: 住宅街の路地やお墓の中を抜けて登ったところにある。境内には釣り堀のような池が二つあり、その向こうに松山市街や松山城、瀬戸内海まで見える。繁多(用事が多く忙しい)という名前に似つかわしくない静かな境内であった。

【次の札所まで2.8㌔】

 

50番繁多寺山門
山門


50番繁多寺の池



51
番札所: 熊野山 石手寺 (くまのさん いしてじ)


51番
 不気味なる 石の回廊 経巡りて
 聖俗満つる 庭に立ちけり


御本尊: 薬師如来

本歌 : 西方を よそとは見まじ 安養の 寺にまいりて 受くる十楽

コメント: 道後温泉の近くにあるせいか、観光客や修学旅行生で賑わっていた。門前店は並ぶわ、お化け屋敷のような洞窟(全長160m)はあるわ、国宝や重文や宝物館はあるわ、いろんな慈善活動・政治活動を呼びかけるパンフレットやポスターはあるわ・・・・なんでもありのアミューズメントパークのようなお寺であった。住職がヤル気満々なのか。いや、寺とは元来こういう所だったのだろう。

【次の札所まで10.7㌔】



51番石手寺(バロックな女人像)
参道に立つバロックな女神像
(モデルは若尾文子?)


51番石手寺(境内)
境内


51番石手寺(砂の同心円)

51番石手寺(三重塔)


51番石手寺(洞窟)
お化け屋敷のような洞窟
なにかに憑かれそうな不気味な気配漂う


51番石手寺(洞窟出口)
突貫工事的に山をくり貫いた感じ


51番石手寺(パンフレット)



51番石手寺(衛門三郎)
ここにも衛門三郎が・・・・
いや、そもそも石手寺の名の由来が彼と関係ある。
三郎の死の間際に弘法大師がその手に石を握らせた。
その石を手にした赤子が後年生まれた(輪廻転生)。
石はこの寺に納められたという。
しかし、このサブちゃんの姿は哀れすぎる


松山(ユースホステル)
松山ユースホステルに宿泊


松山(ユースホステル2)
ユースの共同スペース
早朝出発したはずの遍路仲間が戻ってきた
40分歩いたところで靴を間違ったことに気づき、タクシーで戻ったという
なんと彼はソルティの靴を履いていったのだ!
何も知らず漫画を読んでいたのんきな自分


松山(道後温泉)
道後温泉で旅の疲れを癒す


松山(宝厳寺)
道後温泉のそばにある宝厳寺は、踊り念仏で知られる一遍上人の生誕地


松山(宝厳寺2)
宝厳寺境内
時宗のお寺では、藤沢にある遊行寺と相模原にある無量光寺が有名

松山(ヘルスビル)
道後温泉アーケードを抜けたところにあるヘルスビル
「色里や 十歩はなれて 秋の風」(正岡子規)
健康的だ


松山(一草庵)
俳人・種田山頭火が晩年を過ごした一草庵


松山(一草庵2)
一草庵の内部
住みやすそうですな


種田山頭火

どうしようもない私が歩いている
分け入つても分け入つても青い山
また一枚脱ぎ捨てる旅から旅
おちついて死ねそうな草萌ゆる


松山(ゴルフ練習場)
ため池を利用した打ちっ放し
ボートと虫取り網でゴルフボールを回収していた
 (JR予讃線・三津浜駅近く)


愛媛県庁
松山県庁
木子七郎設計により1929年(昭和4年)完成
松山では半日街中を歩き回り、路面電車に乗り、床屋でスポーツ刈りにした。



52番札所: 瀧雲山 太山寺 (りゅううんざん たいさんじ)


52番
 太山の道をも塞ぐ 催涙雨
 人のこひぢ(乞い路)を妬むものかな


御本尊: 十一面観音菩薩

本歌 : 太山へ のぼれば汗のいでけれど 後の世おもえば 何の苦もなし

コメント: 国宝の本堂を拝むことができなかったのは、参道の崖が崩れて通行止めになっていたから。ここでも七夕豪雨が爪痕を残していた。御朱印はふもとの本坊で受けた。催涙雨とは七夕に降る雨のこと。彦星と織姫が会えないことを嘆く涙とか。仏を乞う道まで邪魔しなくとも・・・。

【次の札所まで2.6㌔】


52番太山寺山門
山門


52番太山寺がけ崩れ
この先通行止め


太山寺本堂
国宝指定の本堂
(ウィキペディア「太山寺」より)


 

53番札所: 須賀山 円明寺 (すがざん えんみょうじ)


53番
 誦経する 白衣姿の一群を
 マリアは見やる 円明にして


御本尊: 阿弥陀如来

本歌 : 来迎の 弥陀の光の円明寺 照りそう影は 夜な夜なの月

コメント: 境内の目立たぬ一隅に、聖母マリアの彫られた灯籠がある。かつて隠れキリシタンが礼拝していたという。それを黙認していたお寺のふところの深さを想う。円明とは、理知円満の境地に達して明らかに悟ること。

【次の札所まで34.4㌔】


53番円明字境内
境内


53番円明字キリシタンとうろう

マリア観音
マリア観音



四国の白地図第11回



CraftMAPの白地図を使用しています。より詳しい四国地図を見たい方は、こちら(地図蔵)を参照ください。




次回予告
瀬戸内海を左手に歩きます


 
 







   



 

● オリジナル御詠歌でめぐる四国遍路108 第10回(第44~47番)


 2018年9月下旬のある日、四国遍路88札所と別格20札所、あわせて108の霊場を歩いてめぐる旅に出た。これはその記録である。
 各札所には御詠歌と呼ばれる短歌がある。
 お寺の名前を歌の中に盛り込み、法の尊さや御仏のありがたさを説いたものが多い。
 ここでは、やはり寺の名前を盛り込みながら、道中の思い出や札所の印象などをオリジナル御詠歌にして詠んでみた。


【愛媛県】

44番への道(さらば大洲)
さらば愛しき大洲よ


44番への道(国道56号)
交通量の多い国道56号をいく



別格8番札所: 十夜ヶ橋(とよがばし)

8番
 不思議やな 浮世も沈む 大水に
 十夜ヶ仏の はしも浸からず

ご本尊: 弥勒菩薩
本歌 : ゆきなやむ 浮き世の人を 渡さずば 一夜も十夜の 橋と思ほゆ
コメント: 橋のたもとの永徳寺で御朱印をもらう。ここは7月7日豪雨の際、近くを流れる肱川(ひじかわ)が氾濫し、本堂床上1m以上が水に浸かった。水はご本尊の足下5センチで止まったという。橋の下に寝ている弘法大師はすっかり水の中だったろう。
【次の札所まで43.6㌔】


十夜ヶ橋1
十夜ヶ橋


十夜ヶ橋2
橋の下に眠るお大師様
眠りを妨げてはいけないという理由から
「遍路は橋の上では杖を突いてはならない」というルールが生まれた


十夜ヶ橋3
永徳寺本堂


十夜ヶ橋4(本尊)
ご本尊:弥勒菩薩


44番への道(内子まちなみ)
内子のレトロ&エレガントなまちなみ


44番への道(内子旭館1)
内子の映画館(旭館)の遺構

44番への道(内子旭館2)



大瀬のあたり
小田川の風景(大瀬)
ノーベル文学賞作家・大江健三郎のふるさと
親戚筋という翁との出会いがうれしかった


44番への道(突合)
突合(つきあわせ)
ひわた峠遍路道と農祖峠遍路道との分岐


44番への道(突合2)
右が農祖(のうその)峠への、左がひわた峠への道
いずれを取るか、歩きへんろが迷う地点である


44番への道(ひわた峠1)
ひわた峠を選んだ
田渡川沿いに至極快適な舗装路が続く
車もほとんど通らない


44番への道(ひわた峠2)
山道は最後の3キロ程度だけ
いまの遍路はラクしてるよなあ~


44番への道(ひわた峠3)
ひわた峠のピーク(790m)


44番への道(ひわた峠4)
久万高原(標高500m位)が見えました!



44番札所: 菅生山 大寶寺 (そごうざん だいほうじ)

44番
 ひわた越え 久万高原に 降り立ちて
 だいほう(待望)の味 「心」のうどん

御本尊: 十一面観音菩薩
本歌: 今の世は 大悲のめぐみ 菅生山 ついには弥陀の ちかいをぞまつ
コメント: ひわた峠(790m)を越えて久万高原に来てみたら、街路樹はエンジに色づいてすっかり秋であった。ベテラン遍路Kさんに教えてもらったうどんの名店「心」に直行する。開店前から列をなす人気ぶり。評判通り、実に歯ごたえ良く美味であった。
【次の札所まで8.4㌔】


44番への道(うどんの心)
うどんの名店「心」


心のうどん
おにぎり2個つきで550円
生涯食べたなかで最も美味いうどんとなった


44番大宝寺本堂
大寶寺本堂


45番への道(かわいのへんろ小屋)
45番へ行く途中にある河合のへんろ小屋
ここにデジカメを置き忘れ、取りに戻って30分のロス
忘却は忘れたころにやってくる



45番札所: 海岩山 岩屋寺 (かいがんざん いわやじ)

45番
 くれなゐに 染まる岩屋の 絶景は
 アチャラナータ(不動明王)の接待と見ゆ

御本尊: 不動明王
本歌 : 大聖の いのる力の げに岩屋 石のなかにも 極楽ぞある
コメント: 巨岩に囲まれた岩屋寺の荘厳も素晴らしかったが、帰りに通った古岩屋の円錐状の礫岩の迫力と、それをここぞと飾る紅葉のあでやかさに言葉を失った。天気も上々、行楽客もずいぶん出ていた。こんな瞬間に立ち会えるなんて・・・・!
【次の札所まで29.0㌔】


45番岩屋寺1
本堂
はしごで横の岩穴に登ることができる
とくに何があるというわけではない(笑)


45番岩屋寺2
この構図、秩父巡礼札所第28番橋立堂を思い出した


45番岩屋寺3
古岩屋


45番岩屋寺4



46番への道(三坂峠2)
早朝の三坂峠付近
ここから松山市に向かって下りに入る

46番への道(三坂峠)
三坂峠より松山市と瀬戸内海を望む


46番への道(丹波の里接待所)
峠を下りた所にある丹波の里接待所


46番への道(丹波の里接待所2) (2)
へんろを迎える地元の方々
赤飯とおでんとみかんとお茶の接待にあずかった
週一回のオープン日にあたってラッキー!
薪を使ったストーブの火がぬくくて気持ちよかった
ありがとうございました



46番札所: 医王山 浄瑠璃寺 (いおうざん じょうるりじ)

46番
 木の間より ついにあらわる松山は
 浄瑠璃色に かすみ浮かべり

御本尊: 薬師如来
本歌 : 極楽の 浄瑠璃世界たくらえば 受くる苦楽は 報いならまし
コメント: 関西から来た話好きの看護師の男(40代前半)と連れ立って、足もとの悪い三坂峠を下っていくと、不意に木々の間から松山と瀬戸内海が見渡せた。全行程の3/4は来た。結願の実現がほの見えた瞬間であった。浄瑠璃寺から道後温泉まで短い間隔で寺が続く。
【次の札所まで0.9㌔】


46番浄瑠璃寺
浄瑠璃寺入口


46番浄瑠璃寺付近の道しるべ



47番札所: 熊野山 八坂寺 (くまのざん やさかじ)

47番
 八大の 地獄めぐりが 怖ければ
 ゆめさかしらに 物は言ふまじ

御本尊: 阿弥陀如来
本歌 : 花を見て 歌よむ人は八坂寺 三仏じょうの 縁とこそ聞け
コメント :ここは何と言っても、地獄と極楽の絵がある閻魔堂が印象的であった。劇画タッチの絵は誰の手によるものなのだろう。八大地獄とは下から、無間・大焦熱・焦熱・大叫喚・叫喚・衆合・黒縄・等治をいう。
【次の札所まで1.0㌔】


47番葉八坂寺
境内

地獄絵図47番八坂寺
えんまさま
 

別格9番札所: 文殊院(もんじゅいん)

9番
 後世に 名が残りたる 代価とて
 厳しからずや 文殊の罰は

ご本尊: 地蔵菩薩 文殊菩薩
本歌 : われ人を すくわんための 先だつに みちびきたまう 衛門三郎
コメント: 衛門三郎は、弘法大師に無礼を働いたため、8人の子供を喪うという罰を受けた。改心し、21回目の四国巡礼の際、大師に出会い謝罪した。へんろ道のあちこちに土下座像が建てられていて、ちょっと可哀想。この寺は彼の屋敷跡に立つという。正式には、大法山文殊院徳盛寺(とくじょうじ)と号す。
【次の札所まで3.5㌔】


別格9番文殊院
境内


別格9番文殊院(焼山下の衛門三郎像)
弘法大師に土下座して謝罪する衛門三郎
(12番焼山寺を下りたところにある杖杉庵の像)



四国の白地図第10回


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次回予告
道後温泉に入ります‼









   



 

● 映画:『ボクは坊さん。』(真壁幸紀監督)

2015年
99分

 四国遍路札所第57番永福寺住職・白川密成の書いた同名のエッセイを映画化したもの。
 新人住職の戸惑いや苦悩、奮闘、そして成長がユーモラスなタッチで描かれている。

 監督の真壁幸紀(まかべゆきのり、1984年生)は本作が長編映画デビューとのこと。若干稚拙なところは見受けられるものの、丁寧な心のこもった演出でカバーしている。
 役者では、主演の僧侶役の伊藤淳史、檀家の長老役のイッセー尾形、そして母親役の松田美由紀が好演である。
 
 何と言っても、実際の永福寺とその周辺でロケしたことが、この作品の最大の魅力である。
 四国(愛媛今治)の穏やかな景色や、お遍路さんが立ち寄る札所の風景が、作品のリアリティを底支えし、先祖伝来の素朴な信仰が根付く土地柄を映し出している。
 むろん、ソルティにとっては懐旧の情このうえない。


57番栄福寺1
永福寺境内

 
栄福寺周囲
お寺の周辺風景


栄福寺池
お寺近くの犬塚池


 本作を見れば、檀家寺というのが、地域の人々にとっての心の拠り所であり、困ったときのサポートセンターであり、生老病死に関わる学びと記録と実践の場であることがわかる。
 さしずめ、住職は村のカウンセラーであり、ソーシャルワーカーであり、魂の主治医なのであろう。
 
 イッセー尾形演じる檀家の長老のセリフが含蓄あった。
 「場を作ればいいというものじゃない。人は場に集まるのではない。人は人に集まるんだ」
 

 
おすすめ度 : ★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
★     読み損、観て損、聴き損





● オリジナル御詠歌でめぐる四国遍路108 第9回(第40~43番)


  2018年9月下旬のある日、四国遍路88札所と別格20札所、あわせて108の霊場を歩いてめぐる旅に出た。これはその記録である。
 各札所には御詠歌と呼ばれる短歌がある。
 お寺の名前を歌の中に盛り込み、法の尊さや御仏のありがたさを説いたものが多い。
 ここでは、やはり寺の名前を盛り込みながら、道中の思い出や札所の印象などをオリジナル御詠歌にして詠んでみた。


【愛媛県】
40番への道(正木トンネル)
正木トンネルを抜けて愛媛県へ入った


40番への道(愛南町看板)
愛南町の観光案内板


40番への道(コスモス畑)
満倉休憩所の前に広がるコスモス畑


40番への道(僧都川)
僧都川沿いに40番を目指す



40番札所: 平城山 観自在寺 (へいじょうざん かんじざいじ)

40番

 観るも自在 聴くも自在の 旅なれば
 のんびり往かん 今ここにあれ

御本尊: 薬師如来
本歌 : 心願や 自在の春に花咲きて 浮世のがれて 住むやけだもの
コメント: 四国の西側は結構風が強いことに驚く。心なしか高知にくらべて穏やかな気を感じた。カツオとミカンの違い? 闘犬と闘牛の違い? 高知の終わりで右足首を痛め、棄権のピンチに陥った。歩くペースを落とし、できるだけ楽な道を選ぶ。いつのまにか先を急いでいた自分を反省した。
【次の札所まで40.3㌔】



40番観自在寺山門
観自在寺山門


40番観自在寺宿坊
宿坊に泊まった
中国人のグループが例によって賑やかだった


41番への道(柏坂付近漁港)


41番への道(ゆらり内海)
ゆらり内海にて昼食休憩


41番への道(ゆらり内海ランチ)



41番への道(宇和島漁村)
宇和島浦知の漁村
かつては真珠の養殖で賑わった


41番への道(削られる山肌)
宇和島に入ったらこのような採掘光景が目立った


41番への道(津島岩松川)
津島の岩松川


41番への道(津島採石場)
採石場の中をへんろ道が通っている(松尾峠付近)
この光景、世界遺産委員会の目にどう映るか?



別格6番札所: 臨海山 龍光院(りんかいさん りゅうこういん)

6番
 宇和島の 鬼門を護る この寺に
 龍の光を 仰ぎ見るかな

御本尊: 十一面観世音菩薩
本歌 : みめぐみの 杖をたよりに 有為の山 越えてくもらぬ 月を見るかな
コメント: 宇和島市街に入って車の量がどっと増えた。が、一歩国道を離れると閑散としてさびれた空気が漂っていた。龍光院は、初代藩主・伊達秀宗(政宗の長男)が入部したときに、宇和島城の鬼門鎮めに建てられたという。高台にある境内から天守閣がよく見えた。
【次の札所まで9.9㌔】



別格6番龍時光寺1
龍光院
別格6番龍時光寺2
境内
別格6番龍時光寺3
境内から宇和島のまちを見下ろす


宇和島城
宇和島城


41番への道(ダルマ石)
宇和島駅近くの路傍に見かけた存在感たっぷりの石


41番への道(三間盆地)
JR予土線・務田駅より41番に向かう一本道



41番札所: 稲荷山 龍光寺(いなりざん りゅうこうじ)

41番
 龍光の 満ちたる朝の 畑中に
 直しき人の 影を見るかな

御本尊: 十一面観世音菩薩
本歌 : この神は 三国流布の密教を 守りたまらん 誓いとぞ聞く
コメント: JR務田(むた)駅から札所へと広がる三間平野の朝の光景はただただ美しかった。龍光寺の参道にある店で、遍路姿の菅直人元総理大臣の写真が飾られているのを見た。2004年から歩き始め、足かけ10年で結願したという。ちゃっかり商売に利用されているのだが、固いことは言うまい。いい笑顔をしている。
【次の札所まで2.6㌔】



41番龍光寺1
境内より参道を見下ろす
神仏習合時代は稲荷神社に札所があった


41番龍光寺3
明治初期の神仏分離後に新たに建てられた本堂


41番龍光寺2



42番札所: 一果山 佛木寺 (いっかざん ぶつもくじ)

42番
 コスモスの 道をたどれと 案内する
 人も仏も 木石にあらず

御本尊: 大日如来 
本歌 : 草も木も 仏になれる 仏木寺 なおたのもしき 鬼畜人天
コメント: このあたりは道標が少なく道に迷いやすい。民家の庭先の老人に尋ねたら、「コスモスの咲いている道をずっと行けばいい」と教えてくれた。境内では地元の参拝者から森永チョコレートパイのご接待を受け、真心と久しぶりに口にする甘味とで脳内エンドルフィンが活性した。
【次の札所まで10.6㌔】


42番への道(コスモス街道)



42番仏木寺
仏木寺山門

43番への道(がけ崩れ)
歯長峠の惨状



43番札所: 源光山 明石寺 (げんこうざん めいせきじ)

43番
 水難の 痕めいせきに 残りつる
 西予(さいよ)のまちに 足重くして

御本尊: 千手観音菩薩
本歌: 聞くならく 千手ふしぎの ちかいには 大磐石も かるくあげいし
コメント: 西予(愛媛県西部)は2018年7月7日の豪雨被害がもっとも著しかったところ。歯長峠のへんろ道は土砂崩れで通行止め、迂回せざるを得なかった。ふもとでは「畑がすっかり水に浸かってダメになったよ」という農家の人の声も聞いた。
【次の札所まで34.6㌔】



43番明石寺
明石寺

ホンダ西予店
国道56号沿いの車販売店
ここでトイレを借りたらコーヒーをご接待いただいた
ありがとうございました


鳥坂番所跡2
大洲藩鳥坂番所跡
鳥坂峠の入口にある
通行する旅人は身分証明書と往来手形の提示を求められた
巡礼者は比較的楽に通行できたという
ところがどっこい・・・

大洲(町の風景2)
伊予大洲に到着
別格7番のある出石山(812m)を背にした大洲城が神々しい


大洲(松楽旅館)
伊予大洲の老舗旅館に泊まった


大洲(町の風景)
この風情ある城下町は
TVドラマ『おはなはん』や『東京ラブストーリー』の舞台となった


大洲(朝の肱川)



別格7番札所: 金山 出石寺(きんざん しゅっせきじ) 

7番
 勇気出し いし強く持ち 来てみれば
 見よ伊予灘に 夕日かがやく

ご本尊: 千手観世音菩薩
本歌 : くもりなき 二名の島の 金山に みのりの光 かがやくを見よ
コメント: 足首の痛みに怖じて、行こうかどうか数日迷い続けた札所。812mの明るい山頂からは、大洲の町を隠す一面の朝の雲海と、黄金に染まる夕焼けの伊予灘とが臨めた。札所に向かう山中の一本道で、降りてきたサニーさんと出くわしてビックリ。足摺岬以来である。前日に宿坊に泊まったとのこと。一日遅れで追っかけているらしい。
【次の札所まで13.8㌔】

別格7番出石寺1
山門


別格7番出石寺(境内)
境内


別格7番出石寺夕の伊予灘2
境内の西側から伊予灘と九州(大分の国東半島か)が見えた
108札所中、九州が見えるのはここだけだろう


別格7番出石寺夕の伊予灘
この出石寺でなにか吹っ切れるものがあった


別格7番出石寺朝の伊予灘
朝の伊予灘
伊方原発で有名な佐田岬


別格7番出石寺雲海
境内東側に広がる雲海


別格7番出石寺(大洲のまち)
下山中、雲海が晴れるにつれ大洲の町が現れる
幻想的な光景にしばし時を忘れた



四国の白地図第9回


CraftMAPの白地図を使用しています。より詳しい四国地図を見たい方は、こちら(地図蔵)を参照ください。  



次回予告
ノーベル賞作家・大江健三郎の故郷に行きます






   

● オリジナル御詠歌でめぐる四国遍路108 第8回(第38~39番)


 2018年9月下旬のある日、四国遍路88札所と別格20札所、あわせて108の霊場を歩いてめぐる旅に出た。これはその記録である。
 各札所には御詠歌と呼ばれる短歌がある。お寺の名前を歌の中に盛り込み、法の尊さや御仏のありがたさを説いたものが多い。
 ここでは、やはり寺の名前を盛り込みながら、道中の思い出や札所の印象などをオリジナル御詠歌にして詠んでみた。


【高知県】

 37番岩本寺~38番金剛頂寺~39番延光寺は、札所間距離がとても長く、足摺岬を回るため見どころも多い。
 よって、今回札所は2カ所のみ。
 岬の東側と西側の風景を楽しんでいただきたい。


38番への道(道路標識)
国道56号(黒潮町付近)
「松山まで〇km」という標識をはじめて目にした瞬間。
いまや「201km」という数字に何とも思わなくなっている自分。


38への道(黒潮町伊の岬あたり)



38番への道(民宿みやこ)
この宿で米国人女性サニーさん(50~60歳位か)と出会い、一緒に夕食をとった。
四国遍路は初めてで、できる限りお寺の通夜堂や善根宿を利用し、
旅費を抑えているとのこと。彼女とは今後、出会いと別れを繰り返すことになる。


38番への道()四万十大橋)
四万十大橋
この日は珍しく雨模様だった


38番への道()四万十川)
雨の四万十


39番への道(四万十川)
晴れの四万十(別の日に撮影)


38番への道(伊豆田トンネル)
 四国へんろ最長の伊豆田トンネル(1620m)


伊豆田トンネル2
雨が降っていたので、トンネルがうれしかった


38番への道(真念庵)
番外霊場・真念庵
38番から打ち戻って39番に向かうへんろのために真念上人が建てた。


38番への道(くもも)
親切で話好きの女将がいる
この宿で九州から来たYさんと出会った(後述)


くももの朝日
くももの部屋から朝日を見る
 「今日は晴れるぞ!」
一日前だったら雨の足摺岬になっていた


38番への道(はまぐりの里)
大岐簡易郵便局にて
Yさん(写真)としばらく同行


38番への道(たいきの浜)
大岐(たいき)の浜


38への道(以布利港)
以布利(いぶり)港


38番への道(足摺岬へ0.5キロ)
38番を打って戻ってきたTさん、Kさんと出会う
二人の歩くペースが速い(ソルティが遅い)のでもう会うことはなかろう



38番札所: 蹉陀山 金剛福寺 (さださん こんごうふくじ)


38番
 金剛の 杖の先なる 福の花
 足摺𥔎に 咲きほこる時


御本尊: 三面千手観音菩薩
本歌 : ふだらくや ここは岬の船の竿 とるもすつるも 法のさだ山

コメント: 何日も杖を突いていると、先端が割れ、ささくれが四方に広がって、あたかも花が咲いたかのように見える。これを杖の花と言う。足摺岬に到着する頃は、すでに2回くらい開花して散って、を繰り返していた。この札所に到着したときの達成感は、88番結願時よりも大きかった。境内で出会ったどの遍路の顔にも充実感が漲っていた。

【次の札所まで72.5㌔】

 

38番金剛福寺境内
金剛福寺境内


38番金剛福寺境内2



足摺岬(御崎の階段)
足摺岬は切り立った崖の上を道路が走っている
階段で海面まで下りる


足摺岬(白山洞門)
白山洞門
花崗岩の壁に穿たれた高さ16m、幅17mの穴


足摺岬(白山洞門2)



足摺岬(海と岸壁)



足摺岬(四国最南端)

足摺岬(灯台)



朝焼けの足摺の町
出立の朝。足摺の町をふりかえる(国道321号)


39番への道(へんろ札)
岬の西側に回り込む。
多くのへんろは38番を打った後、来た道を引き返し、
内陸(真念庵)を通って39番へと向かう。
ソルティは海岸沿いに、叶崎・月山神社・大月町を経由するロングコースをとった。
(下記地図参照)


39番への道(ジョン万次郎1)
ジョン万次郎(1827-1898)の生家
仲ノ浜村(現・土佐清水市中浜)の貧しい漁師の家に生まれた


39番への道(ジョン万次郎2)
コロナ禍の今こそ、ジョンマン・スピリットを!


39番への道(竜串海岸5)
グラスボート上より竜串海岸を望む


39番への道(竜串海岸1)
見残海岸の奇岩
四国じゅうを巡り歩いた弘法大師もここだけは見残したという


39番への道(竜串海岸2)



39番への道(竜串海岸3)



39番への道(足摺サニーロ-ド)
足摺サニーロード
と言っても車はほとんど通らない


39番への道(叶崎)
貝の川トンネル付近


39番への道(叶崎1)
大津大橋


叶崎の祭り2
叶崎にて
地域の観音さんの祭りの日にあたっていた
お堂に上がって拝ませてもらう
(おまんじゅうとリンゴジュースの接待あり)


叶崎
叶崎の休憩所より岬を振り返る
灯台が小さく見える


39番への道(叶崎2)
ダイナミックな景観が続く


39番への道(大月うろこ雲)
空もまたダイナミック


39番への道(大月大浦)
月山神社ふもとの大浦町


39番への道(月山神社励まし札)
月山神社への山道に吊るされた可愛いメッセージ


39番への道(大月月山神社)


39番への道(大月月山神社3)


39番への道(大月月山神社2)
ご神体


月山神社後朱印
この御朱印は貴重


39番への道(鬱蒼としたへんろみち)
このあたりは秘境といった風情


39番への道(姫ノ井)
やっと国道に戻った(大月町・姫の井)
西部劇に出てくる廃れた町のようだった


39番への道(姫ノ井の不動産広告)
6部屋で家賃3万円


39番への道(コスモス畑)
大月町自慢のコスモス畑
この近くで快適な宿を見つけた


39番への道(カフェ2)
おしゃれなカフェで一服


39番への道(カフェ)


39番への道(整然とした畑)


39番への道(宿毛1)
高知県最後の町、宿毛(すくも)が見えてきた


39番への道(宿毛2)
土佐くろしお鉄道・東宿毛駅から宿毛市を見る
39番延光寺はここから内戻りとなる



39番札所: 赤亀山 延光寺 (しゃっきざん えんこうじ)

39番


 いくたびの 出会い不思議な 延光寺
 我はあちらに 彼はこちらに


御本尊: 薬師如来
本歌 : 南無薬師 病悉除(しつじょ)の願こめて 詣るわが身を 助けましませ

コメント: 幾度となく出会う遍路がいた。九州から来た定年退社したばかりのYさん。足摺岬の手前の宿の夕食の席で出会い、翌日しばらく一緒に歩き、休憩所で別れた。その日の夕方、足摺岬の遊歩道で会った。翌日、岬を回ったところにある土佐清水の町中のスーパーで会った。そこからは別々のルートを行くことになった。さすがにもう会わないかなと思っていたら、延光寺への一本道で向こうからやって来るのが見えた。出会うたびに世俗の垢が抜けて、行者らしくなっていく。きっと、こちらもそう思われている。もっと突っ込んだ話がしたかったな。

【次の札所まで27.0㌔】


39番延光寺山門
延光寺山門


39番延光寺亀
赤亀が竜宮城からこの寺の鐘を背負ってきたという伝説がある


39番延光寺夕暮れ
宿毛へ戻る一本道
明日は一日オフだ!温泉だ!



四国の白地図第8回

CraftMAPの白地図を使用しています。より詳しい四国地図を見たい方は、こちら(地図蔵)を参照ください。  



次回予告!
愛媛県に入ります‼





   

● オリジナル御詠歌でめぐる四国遍路108 第7回(第33~37番)


 2018年9月下旬のある日、四国遍路88札所と別格20札所、あわせて108の霊場を歩いてめぐる旅に出た。これはその記録である。
 各札所には御詠歌と呼ばれる短歌がある。お寺の名前を歌の中に盛り込み、法の尊さや御仏のありがたさを説いたものが多い。
 ここでは、やはり寺の名前を盛り込みながら、道中の思い出や札所の印象などをオリジナル御詠歌にして詠んでみた。


【高知県】


浦戸大橋
浦戸大橋
浦戸湾と土佐湾の境に立つ全長1480 m、高さ50 mの巨橋
高所恐怖症の人はまず渡れない
歩道幅が75センチしかなく、前方から来た人とすれ違うのが大変だった


桂浜3
桂浜より土佐湾を望む


桂浜1
坂本龍馬が愛した月の名所、桂浜


桂浜2
桂浜はへんろ道からはやや逸れる
が、やはり土佐に来たらこの方に挨拶しなければ
いかんぜよ!



33番札所: 高福山 雪渓寺 (こうふくざん せっけいじ)

33番
 「せっけい(失敬)」と 物盗みたる悪人が
 かかる田舎に あるぞ悲しき

御本尊: 薬師如来
本歌 : 旅の道 うえしも今は高福寺 のちのたのしみ 有明の月
コメント: 寺の駐車場の張り紙に「車上荒らしに注意」とあった。また、寺からそう遠くない道ばたで、自転車泥棒に遭って(しかも2回目!)途方に暮れている70歳くらいの女性と出会った。周囲はのどかな里山風景。悪い奴はどこにでもいるもんだ。ご婦人を慰めつつ気を引き締めた。
【次の札所まで6.3㌔】


雪渓寺
雪渓寺


34番への道(畑)
雪渓寺から種間寺への道中風景


 
34番札所: 本尾山 種間寺 (もとおざん たねまじ)

34番
 深秋の 五穀実れる 種間寺に
 アイスクリンを 舐める楽しさ 

御本尊: 薬師如来
本歌 : 世の中に まける五穀のたねま寺 深き如来の 大悲なりけり
コメント: 田畑が広がる昔ながらの日本の平和な秋景色に心なごむ。遍路友だちは、「ここがもっとも印象に残っている」と言っていたが、それも納得。境内には氷菓の販売スタンドがあった。高知名物アイスクリンを初めて口にした。砂糖、卵、脱脂粉乳、バナナ香料等で作られる懐かしい味の氷菓子で、喉の渇きをいやすのにもってこい。高知の10月は暑い。
【次の札所まで9.8㌔】

34番種間寺
種間寺
駐車場の脇に売店が見える


35番への道(仁淀川)
仁淀川の土手を行く
前方に仁淀川大橋が見える
あれを渡って、高知市さらば、土佐市こんちは!


35番への道(いびら稲荷1)
弥勒大明神(いびらの神様)
仁淀川大橋を渡ったところにある


35番への道(いびら稲荷2)
いびらとはイボのこと
イボ(体内の腫瘍を含む)を取ってくれる神様として篤い信仰を集める


35番への道(畑中の城)
畑中に突如出現するお城
家屋? ラブホ? なにかの記念館? サリーちゃんの家?
(確認せず。知っている人いたら教えてください) 



35番札所: 医王山 清滝寺 (いおうざん きよたきじ)

35番
 清滝を 昇れる龍の 大志ごと
 真如皇子は 天竺目指す

御本尊: 薬師如来
本歌 : 澄む水を 汲めば心の清滝寺 波の花散る 岩の羽衣
コメント: 山の中腹にあるお寺。石段途中にある仁王門の天井には、見事な龍が描かれている。境内には、薬師如来像がデンと立つほか、平城天皇の第三皇子であった高丘親王(出家名:真如)の逆修塔がある。逆修塔とは生きているうちに建てる墓のこと。親王は、真の仏法を求め、齢六十にして決死の覚悟でインドに旅立った。
【次の札所まで13.9㌔】


35番清滝寺(石段)
清滝寺仁王門


35番清滝寺(天井の龍)
咬龍図


35番清滝寺境内
境内


35番清滝寺(高丘親王逆修塔)
高丘親王逆修塔
その高き求道心と勇気に敬意を表して


36番への道(ヘルメット地蔵)
塚地峠付近の道沿いにおわす布袋ポリス


36番への道(塚地峠からの景色)
塚地峠(190m)より宇佐湾と宇佐大橋を望む
橋を渡って36番へススム



36番札所: 独鈷山 青龍寺 (とっこざん しょうりゅうじ)

36番
 宇佐の地に にしきを飾る 朝青龍
 この石段で 稽古積みしか

御本尊: 波切不動明王
本歌 : わづかなる 泉にすめる青龍は 仏法守護の ちかいとぞ聞く
コメント: 雲ひとつない空の下、輝く宇佐湾を左手に見ながら目くるめく高さの宇佐大橋を渡る。まさに気宇壮大。浜辺でドッジボールしている高校生(明徳義塾か)の姿がまぶしかった。元横綱・朝青龍は、高校時代にこの寺の石段でトレーニングを積んだそうな。
【次の札所まで25.3㌔】


朝青龍
第68代横綱・朝青龍明徳


36番青龍寺石段
青龍寺の石段


36番青龍寺本堂
本堂


ドッジボールする若者ら(青龍寺近くの浜)



37番への道(浦の内湾2)
浦ノ内湾を市営巡航船でゆく(530円)


37番への道(浦の内湾1)



37番への道(須崎駅)
JR土讃線・須崎駅



別格5番札所: 高野山・八幡山 大善寺(こうやさん・やはたやま だいぜんじ)

5番
 大いなる 善を求めて 乗る船は
 涅槃へ渡る ワープかと見ゆ

御本尊: 弘法大師
本歌 : みな人の 善を須崎の 高野寺 波の音さえ 法の声かな
コメント: 浦ノ内湾で巡行船に乗り、湾をほぼ半周する7キロ近いへんろ道をワープする。32番札所で知り合ったTさんらと同乗した。Tさん曰く、「これは歩き遍路のルール範囲内」(笑) ソルティ「船の中で足踏みしていればいいんじゃないですか?」などと冗談を言ったのを思い出す。
【次の札所まで33.2㌔】


別格5番大善寺1
大善寺大師堂


別格5番大善寺2
境内からの眺め


37番への道(久礼大正町市場)
中土佐町久礼(くれ)の大正町市場
この町は青柳裕介の漫画『土佐の一本釣り』の舞台である


37番への道(久礼大正町市場2)
ちなみに、大正4年当時の大卒者の初任給は35円


37番への道(七子峠の展望)
七子峠より土佐湾を望む
山間を高知自動車道が走る


37番への道(土讃線)
峠を下りてから37番まではJR土讃線沿いをゆく



37番札所: 藤井山 岩本寺 (ふじいさん いわもとじ)

37番
 岩本に つどう遍路の 楽しみは
 勤行中の モンロー探し

御本尊: 不動明王 観世音菩薩 阿弥陀如来 薬師如来 地蔵菩薩
本歌 : 六のちり 五つの社あらわして 深き仁井田の 神のたのしみ
コメント: 足摺岬に至る区間最長距離(80.7キロ)を前に、遍路たちが体調を整え、情報を交換し、励まし合う札所である。本堂内陣の格(ごう)天井には全国から応募があった575枚の絵画が飾られ、曼荼羅のような色彩美は眼福もの。マリリン・モンローがどこかにいるらしい。ここでは宿坊に泊まり、早朝の勤行に参加した。眠い・・・。
【次の札所まで80.7㌔】


37番岩本寺(山門)
岩本寺参道


37番岩本寺(本堂)
本堂


37番岩本寺(格天井)
格天井


四国の白地図第7回

CraftMAPの白地図を使用しています。より詳しい四国地図を見たい方は、こちら(地図蔵)を参照ください。 
 




次回予告!
いよいよ足摺岬に到達‼






   

● オリジナル御詠歌でめぐる四国遍路108 第6回(第27~32番)


 2018年9月下旬のある日、四国遍路88札所と別格20札所、あわせて108の霊場を歩いてめぐる旅に出た。これはその記録である。
 各札所には御詠歌と呼ばれる短歌がある。
 お寺の名前を歌の中に盛り込み、法の尊さや御仏のありがたさを説いたものが多い。
 ここでは、やはり寺の名前を盛り込みながら、道中の思い出や札所の印象などをオリジナル御詠歌にして詠んでみた。


【高知県】

吉良川町
室戸市吉良川町
国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている
明治期に建てられた漆喰壁の商家や、水切り瓦の蔵が立ち並ぶ


吉良川町2
“石ぐろ”と呼ばれる外壁
風雨から家を守るために河原石や浜石でつくられている


吉良川町3
迷路のように入り組んだまちの散策が楽しい
関東や関西にあったら人気抜群の観光地になること間違いなし


羽根岬付近の景色
海沿いの道が続く(羽根岬あたり)


崩壊した大師堂(羽根岬)
台風の大波で打ち壊された大師堂(奈半利町)


ホテルなはり
宿泊した奈半利のホテル
この日の夕陽はきれいだった



27番札所: 竹林山 神峯寺 (ちくりんざん こうのみねじ)

27番
 真言の 密の教えをこうの峯
 生の渇きも 潤されたり 

御本尊: 十一面観音菩薩
本歌 : みほとけの 恵みの心 神峯 山も誓いも 高き水音
コメント: 太子堂の横壁に書かれていた密教の重要経典たる『理趣経』の文言が愉快であった。性愛を肯定するこの経典の貸借を巡って、空海と最澄は袂を分かつことになった。境内を流れる名水をペットボトルにつめ、売店で野菜たっぷりうどんを食べ、元気よく次の札所へ向かった。
【次の札所まで37.5㌔】


神峯寺3
神峯寺は430mの高みにある


神峯寺4
本堂


神峯寺1
大師堂横壁に書かれている『理趣経』の主旨
ちなみに、原文では「異性」とは限定していない


神峯寺2
霊水


神峯寺5
さらに登った展望塔(569m)からは足摺岬が見えた


28番への道(琴ヶ浜)
松林のサイクリングロード

28番への道(琴ヶ浜2)
琴が浜
このあたりのへんろ道は土佐くろしお鉄道・ごめんなはり線と
並行しているので、列車でスキップしてしまうへんろも多い。
海沿いのとても気持ちいい道なのでもったいない。


28番への道(遍路小屋)
飾りや置物や掲示物のにぎやかなへんろ小屋


28番への道(伊能忠敬碑)
伊能忠敬観測記念碑(香南市赤間町)
この地点は北緯33度33分


28番への道(バブルの城2)
?????


28番への道(バブルの城)
いったいこれは?


28番札所: 法界山 大日寺 (ほうかいざん だいにちじ)

28番
 大日の 山の上なる廃城は
 バブルの夢の 名残りとぞ聞く

御本尊: 大日如来
本歌 : つゆ霜と 罪を照らせる大日寺 などか歩みを 運ばざらまし
コメント: 大日寺に向かう途中で、前方の山の上に西洋風の城がそびえているのが目に入った。シャトー三宝という名の四万十川資料館だった建物で、2000年に閉鎖されたという。レストランや遊園地も備えたレジャーランドだったらしい。一千年を超える大日寺の伝統にくらべると、資本経済の無常をまざまざと感じる。
【次の札所まで7.5㌔】

28番大日寺山門
大日寺山門

28番大日寺境内
境内

ゲストハウス水仙
ゲストハウス水仙
ここで台湾青年の陳さん(30歳)と相部屋になり、いろいろと語り合った
「二ヶ月の無給休暇で来ている」 「日本好きで、これが5回めの来日」
「台湾はいま環境破壊が問題になっている」等々、真面目で礼儀正しく賢い人だった


29番への道(畑)
29番へはのどかな畑の道をゆく
このあたりで22周目というベテラン遍路Kさんと出会う
以後のサポートセンターになってもらった
壁が破れて人との交流が楽しくなってきた頃



29番札所: 摩尼山 国分寺 (まにざん こくぶんじ)

29番
 国分けて 寺に積まれし 富よりも
 勝れる宝 子にしかめやも

御本尊: 千手観世音菩薩
本歌 : 国を分け 宝を積みて建つ寺の 末の世までの 利益のこせり
コメント:木々に囲まれた静かな境内で、近くの小学校の児童たちが写生をしていた。偏見かもしれないが、地方の子供たちはやっぱり可愛い。ご本尊の菩薩さまもやさしく見守っておられるような気がした。下の句は万葉集(山上憶良)から頂いた。
【次の札所まで6.9㌔】

29番国分寺
国分寺境内


30番への道(高知市遠望)
久しぶりに見る都市は蜃気楼のよう


土佐神社
土佐一宮(いっく)神社
5世紀創建(雄略天皇4年)と伝えられている


土佐神社2
本殿の裏手の森が霊気満ちてすばらしかった


IMG_20200904_105819



30番札所: 百百山 善楽寺 (どどやま ぜんらくじ)

30番
 一の宮の 清き木立に禊して
 善楽の待つ 島に渡らん

御本尊: 阿弥陀如来
本歌 :人多く 立ち集まれたる一の宮 昔も今も 栄えぬるかな
コメント: 土佐一宮神社の隣にある。神仏習合の時代は神社の別当寺だった。現在の住職は、2016年にご尊父から引き継いだ島田希保さん。高知の札所では唯一の女性住職である。まだ30代、頑張ってほしい。
【次の札所まで6.6㌔】


30番善楽寺
善楽寺境内


31番への道(高速道路)
海と山と寂れた町ばかりの歩きのあと、文明社会に戻ってきた感

32番への道(路面電車)
とさでん
高知城
高知城
中国人観光客に占領されていた



31番札所: 五台山 竹林寺 (ごだいさん ちくりんじ)

31番
 知らぬ間に 植物園へと分け入れば
 竹林精舎の 鐘は鳴るなり

御本尊: 文殊菩薩
本歌 : なむ文殊 三世の仏の母ときく 我も子なれば 乳こそほしけれ
コメント: 高知市街に入った。路面電車(とさでん交通)の軌道を越え、結構きつい石段を登ると、知らぬ間に県立牧野植物園の中に無料入園している。かつてはここに宿坊があったそうだ。南国の植物を見物した先に、見事な五重塔の立つ竹林寺はある。近くの五台山から見た市街の眺めが素晴らしかったな。
【次の札所まで5.7㌔】


31番竹林寺1
竹林寺境内

31番竹林寺2
五重塔
様式は鎌倉時代だが、建てられたのは昭和55年

5台山からの景色
五台山から高知市街を見下ろす
都会やな~



32番札所: 八葉山 禅師峰寺 (はちようざん ぜんじぶじ)

32番
 この先の 無事を祈らん ぜんじぶじ(前路無事)
 対なす岬の 支点にあれば

御本尊: 十一面観音菩薩
本歌 : 静かなる 我がみなもとの 禅師峰寺 浮かぶ心は 法の早船
コメント:地図で見ると、この札所は土佐湾の一番奥まったところに位置し、室戸岬と足摺岬を頂点とするL字の交点をなす。つまり、室戸の終わり=足摺のはじまり。高知でオフをとったこともあり、自然と気合が入った。札所前で出会い、しばらく一緒に歩いた香川のTさん(60代)は話好きの楽しい人で、この先も宿や遍路小屋でしばしば再会を繰り返すことになる。
【次の札所まで8.9㌔】

32番禅師峰寺


32番禅師峰寺2
都会とはサヨナラ
また海沿いの道が続く



四国の白地図第6回

CraftMAPの白地図を使用しています。より詳しい四国地図を見たい方は、こちら(地図蔵)を参照ください。  


次回予告!
龍馬ファンの聖地・桂浜に行きます‼




   

● オリジナル御詠歌でめぐる四国遍路108 第5回(第22~26番)

 2018年9月下旬のある日、四国遍路88札所と別格20札所、あわせて108の霊場を歩いてめぐる旅に出た。これはその記録である。
 各札所には御詠歌と呼ばれる短歌がある。
 お寺の名前を歌の中に盛り込み、法の尊さや御仏のありがたさを説いたものが多い。
 ここでは、やはり寺の名前を盛り込みながら、道中の思い出や札所の印象などをオリジナル御詠歌にして詠んでみた。


【徳島県】


22番札所: 白水山 平等寺 (はくすいざん びょうどうじ)

22番
 五色なる 仏のひかり 平等に
 暮れゆく寺の 空を染めたり


御本尊: 薬師如来
本歌 : 平等にへだてのなきと きく時は あらたのもしき 仏とぞみる  
コメント: 高知からやって来た柔道体型の31歳の青年(野宿組)と語りながら、最後の峠を越え、納経所の閉まる直前にたどりついた。仏教を象徴する五色(赤・紫・白・黄・緑)の旗や帯が夕暮れの境内上空にひらめいて、鮮やかさに見惚れた。ここには足の不自由な人が巡礼に使った箱車が納められている。
【次の札所まで19.7㌔】



22番平等寺境内
平等寺境内


22番平等寺(箱車)
箱車


23番への道(初海)
ついに海岸線に到達!
(海部郡三波町の由岐漁港)


23番への道(南海地震の碑)
南海地震の津波の水位を示す碑
1946年(昭和21年)12月発生
死者・行方不明者は1443人に及んだという


23番への道(たいの浜)
たいの浜


23番への道(山座峠)
山座峠にてへんろ道を整備する人々
このあたりは、山と浜とが交互する(八坂八浜と言われるゆえん)



23番札所: 医王山 薬王寺 (いおうざん やくおうじ)

23番
 薬王の 闇に浮かびし 瑜祇(ゆぎ)塔は
 日和佐のまちの 灯台のごと

御本尊: 薬師如来
本歌 : みな人の 病みぬる年の 薬王寺 瑠璃の薬を あたえまします  
コメント: ウミガメで有名な日和佐の町と港を見下ろすかのように、小高い丘に立っている。中華風の朱色の塔が夜はライトアップされ、異国情緒を醸し出す。「日和佐まで来れた人は結願できるよ」と宿の女将に言われたのが心強かった。このあたりから脱俗気分が深まっていく。
【次の札所まで19.7㌔】

日和佐の夕暮れ
暮れゆく日和佐のまち
山の中腹に光るのが瑜祇塔


日和佐の宿
築100年の民家を改造した宿の部屋
明治時代の書生になった気がした


23番薬王寺
瑜祇塔
日和佐から室戸岬までは国道55号をひたすら歩く


24番への道(牟岐のデパート)
牟岐町のかつてのデパート
牟岐駅前で地元のおばさん(60代)と会話
「昔は賑やかだったのに、すっかり変わった」
「いるのは、おじいちゃん、おばあちゃんばかり」
「病院だけが残っている」



別格4番札所:鯖大師本坊(さばだいしほんぼう)

4番
 鯖を手に 語る大師の 本気度は
 ハトヤ坊主に 及ばざるかも 

御本尊: 弘法大師
本歌 : かげだにも 我名を知れよ 一つ松 古今来世を すくひ導く  
コメント: 徳島県最後のお寺。八坂山八坂寺(やさかじ)という寺号より、鯖大師の愛称で知られる。鯖を手にした弘法大師の像があると聞いていたので、昔のハトヤのCMの男の子(あれは少女ではありません)を想像していた。が、持ち方がそっけなかったので気が抜けた。このあたりはエビやアワビなど獲れたての魚介類を豪快に網焼きした海賊料理で有名。
【次の札所まで55.7㌔】


別格4番鯖大師本堂
鯖大師境内


別格4番鯖大師
山腹をくりぬいてつくられた全長88メートルの洞窟
四国88カ所のご本尊が並んでいる


別格4番鯖大師石像



24番への道(水床トンネル)
水床トンネルを抜けて高知県へ!


【高知県】

24番への道(東洋町の海)
東洋町はサーファー天国


24番への道(東洋町の宿)
泊まった宿の柱の落書き
当時17歳だった彼もいまや50歳近い
女将の話ではずっと通い続けているとか


24番への道(55号山と海)
岬巡りが延々と続く


24番への道(55号道路標識)



24番への道(夫婦岩)
ダイナミックな夫婦岩


24番への道(網を修理する漁師たち)
室戸市の三津漁港付近
漁を終え網を整備する漁師たち


24番への道(室戸水族館)
人気の高い室戸廃校水族館


24番への道(室戸水族館2)



24番札所: 室戸山 最御崎寺 (むろとざん ほつみさきじ)

24番
 ここがまあ 嵐のメッカ 最御崎
 白き大師は テレビの人よ

御本尊: 虚空蔵菩薩
本歌 : 明星の 出でぬる方の東寺 暗き迷いは などかあらまじ  
コメント: ついに室戸岬に到達。台風の際のテレビ中継でよく目にする白い弘法大師青年像を目にしたとき、有名タレントに会ったかのような感激が湧きおこった。岬の灯台に立つと、三面が海に囲まれる。西に目を向けると、幾重にも重なる岬のはるか彼方に足摺岬がかすんで見えた。あそこまで歩くのか・・・・。
【次の札所まで6.5㌔】

24番への道(白い大師像)
弘法大師19歳の青年像
高さ21メートル
昭和59年(1984年)に建立された


24番への道(みくろど)
御蔵洞(みくろど)
瞑想中の空海の口に金星が飛びこみ悟りに至った
現在、崩落の危険があり中には入れない


IMG_20181012_191915


室戸岬2
岬の先端は岩場だった

室戸岬
灯台からの景色
(画像拡大すると足摺岬が線になって見えます)


24番最御崎寺
最御崎寺境内
今夜の宿りは宿坊である


25番への道(室戸スカイラインからの景色)
翌朝、室戸岬を回って伊予湾を望む


25番への道(紀貫之の碑)
紀貫之朝臣泊舟之碑(津呂港)
土佐国司の任を終え都に帰る途中でシケに遭い、当地に泊まったことが
『土佐日記』に記されているとか
背後に見える白いビル(ホテルか?)の廃墟ぶりが目を引く



25番札所: 宝珠山 津照寺 (ほうじゅさん しんしょうじ)

25番
 津寺へと 往く道中で もよおして
 まさに駆け込み寺となりしか


御本尊: 揖取地蔵菩薩
本歌 : 法の船 入るか出づるかこの津寺 迷う我が身を のせてたまえや  
コメント: 室戸岬を制覇し、足も慣れて調子づいてきた頃。うかれ歩いていたら急に便意が! さっきのコンビニ(Yショップ)まで戻るか、それとも札所か。あぶら汗かきつつ、お寺に駆け込んだ。
【次の札所まで3.8㌔】



25番津照寺
津照寺山門


25番津照寺2
竜宮城のような鐘楼門



26番札所: 龍頭山 金剛頂寺 (りゅうずざん こんごうちょうじ)

26番
 金剛杖 ついて登りし頂に
 南国土佐の 風ぞ吹きぬる

御本尊: 薬師如来
本歌 : 往生に 望みをかくる 極楽は 月のかたむく 西寺の空  
コメント:団体客とかち合ったため、納経所が空くまで展望のよいところで涼みながら眺めを楽しんだ。自分が延々歩いてきた道や通り過ぎた町を高所から振り返るのは爽快である。室戸岬の西側の層なすヘアピンカーブ(室戸スカイライン)が面白い。
【次の札所まで27.5㌔】

26番金剛頂寺本堂
本堂


26番金剛頂寺(風景)
境内より室戸岬を望む




四国の白地図第5回

CraftMAPの白地図を使用しています。より詳しい四国地図を見たい方は、こちら(地図蔵)を参照ください。  


次回予告!
高知市内に入ります‼




   

● オリジナル御詠歌でめぐる四国遍路108 第4回(第17~21番)

 2018年9月下旬のある日、四国遍路88札所と別格20札所、あわせて108の霊場を歩いてめぐる旅に出た。これはその記録である。
 各札所には御詠歌と呼ばれる短歌がある。
 お寺の名前を歌の中に盛り込み、法の尊さや御仏のありがたさを説いたものが多い。
 ここでは、やはり寺の名前を盛り込みながら、道中の思い出や札所の印象などをオリジナル御詠歌にして詠んでみた。


【徳島県】


JR徳島線府中駅
JR徳島線・府中(こう)駅からスタート


17番井戸寺
住宅街にある井戸寺


17番札所: 瑠璃山 井戸寺 (るりざん いどじ)

17番
 おもかげは 井戸に映りし 然れども
 三年を待たず 足折れにけり
 

御本尊: 七仏薬師如来
本歌 : おもかげを 映してみれば 井戸の水 むすべば胸の 垢やおちなむ
コメント: 弘法大師が掘った井戸を覗いて、自らの姿が映れば無病息災、映らなかったら3年以内の災厄に要注意という。しっかり映ったから、「これで向こう3年は大丈夫」と安心したのだが、結願1年後に・・・。ファインダー越しに覗いたのがまずかったか? ここから徳島市街地に突入する。
【次の札所まで16.8㌔】

17番井戸寺(井戸)
面影の井戸


阿波おどり会館
徳島駅近くにある阿波おどり会館
背後は眉山


18番への道(国道)
徳島市街地
眉山を振り返る


18番への道(道標)



18番への道(パチンコ店)
不動明王が立つパチンコ店


18番への道(道路標識)
室戸まで128km
・・・・・・・。



18番札所: 母養山 恩山寺 (ぼようざん おんざんじ)

18番
 笠忘れ 来た道もどる 戒めは
 親の恩山 忘れるなとや


御本尊: 薬師如来
本歌 : 子をうめる その父母の恩山寺 とぶらいがたき ことはあらじな
コメント: 納経を済ませたあと、買ったばかりの菅笠がないことに気づいた。30分前に休憩をとった国道沿いのセブンイレブン! 秩父巡礼でも同じことがあった。早く気づいて良かった、平坦な道で良かった、体力と気力のある最初のうちで良かった、いやこの1時間のロスには何か意味があるのかも・・・。いろいろ自分を慰めつつ、取りに戻った。
【次の札所まで3.1㌔】

18番恩山寺
恩山寺境内
弘法大師がこの寺で修行中に母親が訪ねてきた
17日間にわたる女人解禁の秘法を行ったのち
母を受け入れ孝行を尽くしたという



19番札所: 橋池山 立江寺 (きょうちざん たつえじ)

19番
 たびたびの 祝融を受け 立江寺の
 堂をまもるは 信徒のいのり


御本尊: 延命地蔵菩薩
本歌 : いつかさて 西のすまいのわが立江 弘誓(ぐぜい)の船に 乗りて至らん
コメント: 徳島の札所を巡っていると、二人の戦国武将の名前が良く出てくる。蜂須賀氏と長宗我部氏である。四国制覇をめざした土佐の長宗我部氏が焼き滅ぼした寺を、阿波藩主の蜂須賀氏が再興したという話が多かった。ここ立江寺もその一つで、16世紀末、長宗我部元親の手により全焼。昭和49年にも本堂が焼けている。祝融(しゅくゆう)とは火事のこと。
【次の札所まで20㌔】

19番立江寺
立江寺境内


20番への道(まっすぐな道)
立江寺から滑走路のような県道28号を行く
並行している本来のへんろ道に気づかなかった


20番への道(大木)
櫛渕の八幡神社の巨大クスの下にて休憩


20番への道(ローソン)
この日は雨が降っていた
ポンチョを着たら中は汗だく
かえってびしょ濡れに


20番への道(沈下橋)
星の岩屋に向かう沈下橋(勝浦川)


20番への道(星の岩屋2)
番外霊場・星の岩屋
弘法大師が秘法により悪星を落下させたという


20番への道(星の岩屋)
裏見の滝
その名の通り、滝の裏側に入ることができる



別格3番札所: 月頂山 慈眼寺(げっちょうさん じげんじ)

3番
  奥山の 滝の轟音 浴びたれば
 一瞬にして 別のじげん(次元)へ


御本尊: 十一面観世音菩薩
本歌 : 天とふや 鶴の奥山 おくたえて 願ふ功力に 法ぞ通わん
コメント: 丸一日を費やした別格。穴禅定と灌頂(かんじょう)の滝が名所。とくに台風後の滝は水量はんぱなく、140mの高さからもの凄い勢いで落ち、轟音と水けむりに圧倒された。四国遍路・感動の風景の一つである。宿泊したのは小学校を改装した宿。教室に泊まるのは面白かった。
【次の札所まで10㌔】

別格3番慈眼寺
慈眼寺境内
お寺の方にパンをいただいた


灌頂の滝2
灌頂の滝


灌頂の滝1
滝の近くまで登ることができる


感情の滝3
滝の中ほどで虹を見る


感情の滝4
滝の上からの光景


宿さかもと
小学校を改装した「ふれあいの里さかもと」


宿さかもとの廊下
廊下を走ってはいけません


20番への道(山道の倒木)
台風被害残る鶴林寺への山道
倒木をボランティアの方が切断してくれている


第20番鶴林寺参道
杉木立の爽やかな鶴林寺参道



20番札所: 霊鷲山 鶴林寺 (りょうじゅざん かくりんじ)

20番
 迎えつる 鶴のカップル 尻目にし 
 へんろは休む 林に独り

御本尊: 地蔵菩薩
本歌 : しげりつる 鶴の林をしるべにて 大師ぞいます 地蔵帝釈  
コメント: 20~21番は「へんろころがし」として有名。500m登って鶴林寺、40mまで下り那賀川を渡り、すぐまた520m登って太龍寺。そこからの下りも延々と長く、最後に急斜面が待っている。鶴林寺ではともかく休むのが第一で、境内をゆっくり見物という気分になれないのがもったいないところ。
【次の札所まで6.7㌔】

第20番鶴林寺
鶴林寺本堂
雌雄の鶴が守護する


21番への道(那賀川の水井橋2)
那賀川にかかる水井橋
前方の山頂に太龍寺


21番への道(那賀川の水井橋)
振り向けばさっき詣でた鶴林寺の山



21番札所: 舎心山 太龍寺 (しゃしんざん たいりゅうじ)

21番
 太龍の 泳ぐ美空を 望み見て
 大師は笑まふ 岩の舳先に

御本尊: 虚空蔵菩薩
本歌 : 太龍の 常に住むぞや げに岩屋 舎心聞持は 守護のためなり  
コメント: 西の高野と称されるだけあって、凛と霊気みなぎる古刹であった。境内から少し下った崖の先端に、東を向いて坐している弘法大師の大きなブロンズ像がある。19歳のみぎり、ここで真言を百万回唱える修行をしたという。ご尊顔をカメラにおさめたくて、岩をよじ登って前に回り込んだ。やさしい大らかな笑顔があった。
【次の札所まで10.9㌔】

21番太龍寺境内
太龍寺境内


21番太龍寺(龍の天井)
見どころの一つ、龍天井


21番太龍寺(南の捨身ヶ岳)
南の舎心ヶ嶽

21番太龍寺(南の捨身ヶ岳2)
なんとも良いお顔であられる
思わずハグしてしまった


21番太龍寺(南の捨身ヶ岳3)


21番太龍寺(南の捨身ヶ岳4)
こんな景色を見ておられた



四国の白地図第4回

CraftMAPの白地図を使用しています。より詳しい四国地図を見たい方は、こちら(地図蔵)を参照ください。  


次回予告!
ついに海辺に到達します‼







   

● オリジナル御詠歌でめぐる四国遍路108 第3回(第12~16番)


 2018年9月下旬のある日、四国遍路88札所と別格20札所、あわせて108の霊場を歩いてめぐる旅に出た。これはその記録である。
 各札所には御詠歌と呼ばれる短歌がある。
 お寺の名前を歌の中に盛り込み、法の尊さや御仏のありがたさを説いたものが多い。
 ここでは、やはり寺の名前を盛り込みながら、道中の思い出や札所の印象などをオリジナル御詠歌にして詠んでみた。


【徳島県】

IMG_20200813_074752
へんろころがし(11番藤井寺~12番焼山寺)断面図
その日の宿まで4つのピークを越える
最後の450mが玉ヶ峠
(へんろみち保存協力会編『四国遍路ひとり歩き同行二人』より)


12番への道(台風あと)
台風の爪あと生々しい山道


12番への道(柳水庵手前)
振り向けばこれまで歩いてきた平野が広がる


12番への道(長戸庵)
登り始めて約1時間、そろそろ休憩したい
ちょうどいいところにある長戸庵


12番への道(柳水庵)
また1時間歩くと柳水庵
湧き水で喉を潤せる


13番への道(へんろ小屋)
地域のボランティアグループが管理する遍路小屋


12番への道(柳水庵へんろ小屋)



12番への道(浄蓮庵)
一番のピーク浄蓮庵(745m)
お大師さまが迎えてくれる


12番への道(浄蓮庵3)
ここで掃除していた地元のボランティアの方と喋る
「東京から出店した企業が地元の店をつぶしておいて、
儲からないからとすぐ去っていくのは詐欺同然」
と怒っておられた
もっともな話


12番への道(谷の川)
400mまで下って左右内谷川を渡り
また登る


焼山寺(山門)
焼山寺山門(700m)
11番スタートから約5時間で到着!



12番札所: 摩盧山 焼山寺(まろざん しょうざんじ)

12番
 焼山で 燃え尽きること なかりしに
 玉ヶ峠に 転がされたり


御本尊: 虚空蔵菩薩
本歌 : のちの世を 思へばくぎょう 焼山寺 死出や三途の 難所ありとも
コメント: アップダウンのはげしい焼山だが、山歩きに慣れていたおかげか、思ったほどきつく感じなかった。参拝を終え下山してほっと一息。「あとは宿に行くだけ」とルンルン気分で向かった玉ヶ峠(455m)がよもやの難関だった。歩きづらい岩登りと、延々と続く舗装の下り道に、足が棒になった。
【次の札所まで5.9㌔】

焼山寺境内
焼山寺境内


焼山寺(景色)
境内からの風景


玉が峠
玉ヶ峠頂上


玉が峠2



13番への道(鮎喰川遠景)
鮎喰川(あくいがわ)が見えたらゴールは近い


13番への道(鮎喰川遠景2)



植松旅館の食事
植村旅館の夕餉
ふだんなら多すぎる量だが、ペロリと平らげた


13番への道(鮎喰川近景)
翌朝、翡翠色にかがやく鮎喰川の岸辺を歩く


童学寺トンネル
新童学寺トンネルを抜けて


童学寺トンネルの向こう
町に戻ってきた



別格2番札所: 東明山 童学寺 (とうめいざん どうがくじ)

2番
 童学の 長いトンネル 抜けたれば
 受難の寺は 砂山のなか


御本尊: 薬師如来
本歌 : まいるなら 三世の悪行 消へはてる 南無や薬師の 瑠璃の光に  
コメント: 遍路初のトンネルは全長641mの新童学寺トンネル。歩行者専用通路があり、危険は感じなかったものの、かたわらをトラックが通過する際の笠を飛ばすほどの風圧に驚いた。たどりついた別格2番は工事中で、山門の脇で大きなクレーン車が動いていた。看板によれば火事にあったばかりで、再建のため3億円必要とか・・・。お寺もたいへんだ。
【次の札所まで6.2㌔】

別格2番童学寺山門
童学寺山門


別格2番童学寺湧き水
お筆の加持水
弘法大師が硯の水に使ったという
書道の修練に用いれば誰でも筆達者になれる



13番札所: 大栗山 大日寺 (おおぐりざん だいにちじ)

13番
 コリアより 舞姫来たり 大日に
 しあわせ祈る 菩薩にも似た


御本尊: 十一面観音菩薩
本歌 : 阿波の国 一の宮とは ゆうだすき かけて頼めや この世のちの世  
コメント: ここの住職は韓国籍の女性で人間国宝・金昴先(キム・ミョウソン)さん。舞踏団のツアーで来日したときに先代住職に見染められ結婚、住職に先立たれ、跡を継いだのである。運よく、納経所で拝顔することができた。境内の「しあわせ観音」に似た美人であった。
【次の札所まで2.3㌔】

13番大日寺本堂
大日寺境内


しあわせ観音
しあわせ観音


一宮神社(13番前)
道をはさんだ向かいにある一宮神社
石柱に「阿波國一宮」と刻まれているが・・・


一宮神社境内(13番前)
初日に詣でた大麻比古神社が阿波一宮ではないの?


一宮神社(縁起)
どうやら“本舗”争いしているらしい



14番札所: 盛寿山 常楽寺 (せいじゅざん じょうらくじ)

14番
 常楽の 眠りむさぼる 猫たちが
 水の岩にて 蹴伸びするなり

御本尊: 弥靭菩薩
本歌 : 常楽の 岸にはいつか 至らまし ちかいの船に 乗りおくれずば  
コメント: この寺はよく印象に残っている。お寺が水成岩の上に建っていて、秩父札所19番龍石寺を思い出した。「おかげで水はけがいいんですよ」と寺庭婦人。境内では数匹の猫が我が物顔に歩き回り、ところかまわず身を伸ばしていた。お寺と猫は相性がいい。ソルティも一緒になってくつろいだ。
【次の札所まで0.8㌔】

14番常楽寺
常楽寺境内


14番常楽寺(猫たち)



15番札所: 薬王山 国分寺 (やくおうざん こくぶんじ)

15番
 天平の 遠きを思う 国分寺
 槌の音さえ しじまの中に


御本尊: 薬師如来
本歌 : 薄く濃く わけわけ色を 染めぬれば 流転生死の 秋のもみじ葉
 
コメント: 国分寺は聖武天皇の命により全国に造られた由緒あるお寺。ここは、法相宗→真言宗→曹洞宗と宗派が変わっている。往時は栄えたことだろう。全面的に改装工事中で、令和2年3月完成予定とあった。もうお披露目しているのだろうか。有名な枯山水の庭も見たかったなあ。
【次の札所まで1.8㌔】


15番国分寺
国分寺山門



16番札所: 光耀山 観音寺 (こうようざん かんおんじ)

2番
 いにしえの 国府のまちの 観音寺
 暮れの光に 丸腰のまま


御本尊: 千手観音菩薩
本歌 : 忘れずも 導きたまえ 観音寺 西方世界 弥陀の浄土へ  
コメント: JR徳島線府中(こう)駅近くにある。一日の最後を締める札所でほっと一息。立派な門こそあるものの塀や囲いのない境内は、周囲の民家とそのままつながって国府の町に溶け込んでおり、村の鎮守とでもいった親しみやすい風情。境内でお爺さんとお孫さんらしき女児が遊んでいる姿がまたその感を強めた。
【次の札所まで2.8㌔】

16番観音寺
観音寺




四国の白地図第3回

CraftMAPの白地図を使用しています。より詳しい四国地図を見たい方は、こちら(地図蔵)を参照ください。  







   

● オリジナル御詠歌でめぐる四国遍路108 第2回(第6~11番)


 2018年9月下旬のある日、四国遍路88札所と別格20札所、あわせて108の霊場を歩いてめぐる旅に出た。これはその記録である。
 各札所には御詠歌と呼ばれる短歌がある。
 お寺の名前を歌の中に盛り込み、法の尊さや御仏のありがたさを説いたものが多い。
 ここでは、やはり寺の名前を盛り込みながら、道中の思い出や札所の印象などをオリジナル御詠歌にして詠んでみた。


【徳島県】


6番札所: 温泉山 安楽寺(おんせんざん あんらくじ)

6番

 安楽を 求めてひとり 道ゆけば
 「お接待よ」と かかる声あり

御本尊: 薬師如来
本歌: かりの世に 知行争う 無役なり 安楽国の 守護をのぞめよ
コメント: 安楽寺を出たところで遍路最初のお接待にあずかった。車から降りた妙齢のご婦人は豆パンを差し出すと、こちらにお礼も言わせないまま、さっと去っていった。そのスマートなやり方にいたく感心した。すぐ近くの路傍に遍路の父・真念上人の立てたしるべ石(道標)があったので、いったんお供えしてから食べた。
【次の札所まで1.2㌔】


6番安楽寺山門
6番安楽寺山門


7番への道(真念の碑)
真念しるべ石


7番への道(畑中)
このあたりは牧歌的な景色が広がる



7番札所: 光明山 十楽寺 (こうみょうざん じゅうらくじ)

7番
 御朱印を もらい損ねて 十楽寺
 ゴールはここと 早や決まりけり


御本尊: 阿弥陀如来
本歌: 人間の 八苦を早く 離れなば 至らん方は 九品十楽 
コメント: 翌朝訪れた8番札所で、7番の御朱印ページが白紙のままであることに気づいた。あちゃー! 参拝した後に境内の休憩所で荷を解いて一服したのが原因。納経まで済ませてから休むべきであった。が、「これもきっと何かの縁。最後に戻って来よう」と、気を取り直した。別バージョン⇒「荷を解いて 十分ほどの 楽あれば 御朱印のこと 忘れ去(い)にけり」
【次の札所まで4.2㌔】


7番十楽寺山門
7番十楽寺山門


7番十楽寺大師堂
大師堂
各札所の本堂と大師堂の2カ所で
経をあげるのが基本


7番十楽寺(不動明王)
威圧感ある不動明王
戦没者慰霊のため建てられたもの
(体の比率配分を間違えたか、足が短い)



8番札所: 普明山 熊谷寺 (ふみょうざん くまだにじ)

8番
 突然の 雨に降られて 「くまったに(困ったね)」
 弁天様の 加護を受けしか

御本尊: 千手観音菩薩
本歌: たきぎとり 水くま谷の 寺に来て 難行するも のちの世のため  
コメント: 朝から曇り空だった。熊谷寺の境内に一歩入ったらいきなりの大雨。合羽を出すのも面倒なので、しばらく雨宿りした。あとから思えば、ここには水の神様・弁財天を祀る池があり、本歌にも見るように水と関係の深い札所なのであった。
【次の札所まで2.4㌔】


8番熊谷寺境内
8番熊谷寺境内



9番札所: 正覚山 法輪寺 (しょうかくざん ほうりんじ)

9番
 畑中に 法輪まわす 翁あり
 大福配る 使いとぞ見ゆ


御本尊: 涅槃釈迦如来
本歌: 大乗の ひほうもとがも ひるがえし 転法輪の 縁とこそきけ  
コメント: 広々した畑の中に立つ気持ちよいお寺。88札所中、涅槃像(息を引きとったばかりのお釈迦さま)を本尊とするのはここだけ。境内の東屋で休んでいると、自転車に乗ったお爺さんがどこからともなく現れ、でかい大福もち6個入りのパックをくれた。ありがたい反面、とても食べきれず、増えた手荷物に戸惑った。いくつかは道中のお地蔵さんにお供えした。
【次の札所まで3.8㌔】


9番法輪寺境内
9番法輪寺納経所


10番への道(地蔵)



10番札所: 得度山 切幡寺 (とくどざん きりはたじ)

10番
 切幡の 空へと続く 石段の
 先にまします はたきり乙女


御本尊: 千手観音菩薩
本歌: 欲心を ただひとすじに 切幡寺 のちの世までの 障りとぞなる  

コメント: 仁王門をくぐったところにある333段の石段に圧倒される。「えいっ!」と気合を入れて登りきると、本堂の横に立つ布とハサミを手にしたはたきり観音がなんともたおやかで麗しい。修行中の弘法大師が、僧衣のほころびを繕うために布切れを所望したところ、乙女は織りかけていた布を惜しげもなく切って差し出したという。
【次の札所まで9.3㌔】


10番幡切寺石段
10番切幡寺の石段


10番幡切寺石段2
鬱蒼とした木立が広がる


10番切幡寺(はたきり観音)
はたきり観音
11番への道(マンジュシャゲ)
台風襲来の前日であった


11番への道(八幡宮)
阿波市(旧市場町)の八幡宮
この近くの交番で道を尋ねたら、でかい車道を教えられ、
かえって遠回りになってしまった
地元民は必ずしもへんろ道に詳しくはないと学んだ


11番への道(八幡宮神殿)
神殿の中
天上には大きな櫂があった
由来を確かめなかった(ご存じの方、教えてください)


11番への道(八幡宮額絵)
飾られていた武士の絵
由来が気になる


11番への道(移動スーパー)
道を教えてくれた移動スーパーのおじさん


11番への道(吉野川)
阿波中央大橋で吉野川を渡る


11番への道(吉野川2)
四国三郎の異名をもつ
利根川(坂東太郎)・筑後川(筑紫次郎)と並び
日本三大暴れ川に数えられている


11番への道(吉野川3)
このとき(2018年9月30日)の台風でも氾濫
流域の家々が浸水した


11番への道(JR徳島線)
JR徳島線を渡る


11番への道(鴨島駅)
鴨島駅
歩きへんろが最初に踏み入れるわりと大きな町


11番への道(台風前夜)
ホテルの窓から見た景色
目の前の山々がすっかり煙っている
翌日はこのホテルに缶詰めとなって台風をやり過ごした


ホテルロードサイド
台風一過


11番への道(焼山をのぞむ)
11番への道
我をまねくは焼山


11番藤井寺
11番への参道



11番札所: 金剛山 藤井寺 (こんごうざん ふじいでら)

11番
 この先は へんろころがし ぶじいのり(無事祈り)
 シューズのひもを 結び直さん

御本尊: 薬師如来
本歌: 色も香も 無比中道の 藤井寺 真如の波の たたぬ日もなし  
コメント: 参道の清らかな流れに心洗われる。その名の通り、藤の花が有名なお寺。遍路たちにとっては、これから始まる道中最大の難所を前に、装備をチェックし、身心を整え、地図を確かめ、気合を入れ、無事を祈る、マラソンのスタート地点のような札所である。
【次の札所まで12.9㌔】


焼山寺への道
さあ、いよいよ遍路ころがしのスタートだ!



四国の白地図第2回

CraftMAPの白地図を使用しています。より詳しい四国地図を見たい方は、こちら(地図蔵)を参照ください。  







   

● オリジナル御詠歌でめぐる四国遍路108 第1回(第1~5番)

 2018年9月下旬のある日、四国遍路88札所と別格20札所、あわせて108の霊場を歩いてめぐる旅に出た。これはその記録である。
 各札所には御詠歌と呼ばれる短歌がある。
 お寺の名前を歌の中に盛り込み、法の尊さや御仏のありがたさを説いたものが多い。
 ここでは、やはり寺の名前を盛り込みながら、道中の思い出や札所の印象などをオリジナル御詠歌にして詠んでみた。


【徳島県】
池谷駅
出発はJR高徳線・池谷駅


十輪寺
十輪寺(談議所)
弘法大師はこの寺で僧侶たちに説法し、
四国霊場の開創を談義したという


第1番霊山寺参道
1番霊山寺参道

第1番霊山寺山門
山門に到着


1番札所:竺和山 霊山寺(じくわさん りょうぜんじ)

1番
 霊山の 庭に還れる 日を想い 
 大師の杖を 買いもとめけり 


御本尊: 釈迦如来
本歌 : 霊山の 釈迦の御前に めぐり来て よろずの罪も 消え失せにけり
コメント: 境内の池のほとりのベンチに、着古した白衣をまとったフランス人らしい若い女性がひとり腰かけて、あたりを感慨深げに見回していた。遠い異国での長い巡礼を終えて、お礼参りのために1番に戻ったのだろう。真っ白な衣と買ったばかりの杖をまとった自分は、彼女の目にどのように映っていたことやら。
【次の札所まで1.4㌔】

霊山寺境内
霊山寺境内


阿波一宮神社鳥居
阿波一宮・大麻比古神社
1番から山の手に入った徒歩20分のところにある


阿波一宮神社
四国4県の各一宮神社も参拝、御朱印をもらうことにした


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第2番極楽寺
2番極楽寺山門



2番札所: 日照山 極楽寺(にっしょうざん ごくらくじ)

2番
 極楽へ 通じる道の 二つあり
 団体用と 個人用


御本尊: 阿弥陀如来
本歌 : 極楽の 弥陀の浄土へ 行きたくば 南無阿弥陀仏 口ぐせにせよ
コメント: 札所でバスツアーの団体客とぶつかり、納経所で御朱印をもらう順番を先を越されると、やたら待つこととなり、時間をロスする。それが分かってからは、団体客を見かけるやいなや、参拝より先に納経所に走ることもあった。2番札所には、団体客専用窓口があった。(確か108札所中、ここだけだった)
【次の札所まで2.6㌔】

第2番極楽寺長命杉
境内には弘法大師が植えたと言われる
長命杉(高さ約31m、周囲約6m)がある
それがまことなら樹齢1200年になる・・・


3番への道(遍路札)
へんろ道を示す道標


3番への道(コスモス街道)
町を左手に見やりつつ野辺の道をいく



3番札所: 亀光山 金泉寺(きこうざん こんせんじ)

3番
 長生きを 望むものでもないけれど
 金の泉に 顔探したり


御本尊: 釈迦如来
本歌 : 極楽の 宝の池を 思えただ こがねの泉 澄み湛えたる
コメント: 底を覗いて顔が映ったら長生きできる、と言われている黄金井戸があった。17番井戸寺にも同じ趣向の井戸があり、「専売特許を侵しているなあ。しかも先手を取って・・・」とおかしく思った。(どっちが「元祖」かは不明)
【次の札所まで5.0㌔】


3番金泉寺
金泉寺境内


3番金泉寺井戸
黄金井戸


4番への道(休系所)
4番への道
こうした休憩所がところどころにあるのが有難い


4番への道(山道)
足元の悪い山道に入る


4番大日寺遠景



4番札所: 黒巌山 大日寺(こくがんざん だいにちじ)

4番
 山越えて やっと顔出す 大日や
 へんろの寺は かくもあるべし


御本尊: 大日如来
本歌 : 眺むれば 月白妙の 夜半なれや ただ黒谷に 墨ぞめの袖
コメント: 3番までの平坦なアスファルト舗道から離れて、畦道から切通しの泥道へと入っていった。小さな峠を越えてやっと見えた伽藍の威容に、「これぞ歩き遍路の醍醐味」とありがたく思った。が、これは序の口も序の口・・・・。
【次の札所まで2.0㌔】


4番大日寺境内
大日寺境内
遍路100回を超える関西の男性(86)から
金の納札(おさめふだ)をもらった
30年以上遍路を続けているとかで、ご朱印帳が真っ赤だった


5番への道(五百羅漢2)
番外霊場 五百羅漢
羅漢とは阿羅漢とも言い、最高の悟りに達した人のこと
個性的な表情や動作で表現されることが多い
ここのは真面目なものが多かった


5番への道(五百羅漢)
中にはこんな御方も・・・


5番への道(風景)
五百羅漢裏手から5番地蔵寺に下る階段

 

5番札所: 無尽山 地蔵寺 (むじんざん じぞうじ)

5番
 荘厳な 五百羅漢の 下にいる
 いくさ地蔵は のどかなるかな


御本尊: 勝軍地蔵菩薩
本歌 : 六道の 能化の地蔵 大菩薩 みちびきたまえ この世のちの世
コメント: 番外霊場の五百羅漢のすぐ下にある。静かな悟りの境地にいる阿羅漢たちの像を拝したあとで、夕暮れの地蔵寺はほっとするような懐かしい気配に満ちていた。樹齢600年の大イチョウもまた、厳めしさよりも優しさを感じさせた。第一日の無事終了のためもあろうか。
【次の札所まで6.5㌔】


5番地蔵寺(大師堂)
地蔵寺・大師堂
カラフルで美しい


5番大銀杏
樹齢600年の大イチョウ


別格1番への道(畑)
大山寺への道
すがすがしい朝の大気の中、最初の試練
あの山を登るのか・・・


別格1番大山寺山門
大山寺山門



別格1番札所: 佛王山 大山寺(ぶつおうざん たいさんじ)

1番
 本道を はなれて登る 大山に
 阿波の平野を 俯瞰する我


御本尊: 千手観音菩薩
本歌 : さしもぐさ たのむちかひは 大山の 松にも法の 花やさくらむ
コメント: 最初の別格寺は、88の本道から6キロ以上離れた標高450メートルの山の上にあった。途中の山道から見下ろした、山々を背にした吉野川流域の平和な光景と、我慢できずに野グソを垂れたことが記憶に残っている。
【次の札所まで6.8㌔】


別格1番大山寺
大山寺境内
静かで清浄で緑うるわしく
ああ、ずっとここにいたい!


大山寺からの風景
ついに遍路に来たなあ~




四国の白地図第1回

CraftMAPの白地図を使用しています。より詳しい四国地図を見たい方は、こちら(地図蔵)を参照ください。  







   

● 新連載予告!  『オリジナル御詠歌でめぐる四国遍路108』

 このところ、一昨年に結願した四国遍路の旅の記憶が、ちょっとしたきっかけで不意によみがえってくることが多い。
 旅を終えたばかりの時に圧縮保存しておいたものが、時間が経つにつれ解凍して記憶の底から浮上してきたみたいな感じ。

 あそこであんなことがあった。
 ここでこんな人と出会った。
 かしこでこんなものを見た。
 そこではこんなことを思った。
 ・・・・・等々。
 
 きっと、ここ数ヶ月のコロナ自粛のせいで旅に出られない欲求不満から、頭の中で自然と四国遍路の記憶を引っ張り出して反芻しているのだろう。
 あるいは、あまりに重すぎてすぐには消化できなかったものが、やっと消化(昇華)できるほどに余裕が生まれたのだろうか。

 ならばこの機会にブログ上でもう一度、四国遍路をめぐってみよう。
 1番札所から順に、徳島→高知→愛媛→香川の108の霊場(88札所+別格20札所)をたどり、撮影した画像とガイドブックと旅日記をたよりに、記憶を新たにしてみようではないか。


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 ただの日誌では芸がないので、ちょっとした趣向を凝らす。

 各札所には御詠歌と呼ばれる短歌がある。
 お寺の名前を歌の中に盛り込み、法の尊さや御仏のありがたさを詠んだものが多い。
 たとえば、徳島にある22番札所・白水山平等寺(はくすいざんびょうどうじ)の御詠歌は、

  平等に へだてのなきと きく時は あらたのもしき 仏とぞみる
  

 これにならって、オリジナルの御詠歌を作ってみたいと思う。
 やはり寺の名前を歌に盛り込みながら、道中の思い出や札所の印象などを一首に込める。

 1回の記事で6つの札所をめぐれば、18回で完遂し、108の歌ができる。
 3日に1度くらいのペースで記事をアップできれば、約2ヶ月で四国一周できる。
 ちょうど自分が実際の旅で要した日数と重なる。

 コロナ自粛でもバーチャルツアーなら可能である。
 読んだ人が、一緒に四国を旅した気分になってもらえれば、つまりソルティと空海と同行三人になってくれたら、うれしい限りである。
四国巡礼坊や


● 逆打ち伝説 映画 : 『死国』(長崎俊一監督)

1999年
100分

 原作は坂東眞砂子のホラー小説。
 四国と四国遍路のイメージ悪化に寄与した作品である(笑)
 
 四国遍路を札所の順番通り(時計回り)に回ることを順打ち、順番とは逆に回ることを逆打ち(さかうち)と言う。
 一昨年の秋、ソルティが遍路しているときも、逆打ちのお遍路さんとずいぶん擦れ違ったものである。歩きだけでなく、自転車の人も多かった。(自転車だと、「逆打ちのほうが下りが多くてラク」と言っていた)
 大方は、すでに順打ちを何回か済ませているので今回は逆打ちに挑戦してみた、という人が多かった。
 しばしば耳にしたが、「逆打ちは順打ちの2倍のご利益がある」そうである。
 ソルティも、いつの日か逆打ちに挑戦してみたい。(そのためにも足のリハビリ頑張らねば!)

 この映画では、なんとその逆打ちが恐ろしい所業として描かれる。
 「死んだ子の歳の数だけ逆打ちすると、その子が生き返る」という設定で。
 弘法大師も真念上人もビックリである。


前山おへんろ交流サロン
88番札所手前にある前山おへんろサロン
 
 高知の山間の村に古くから住む日浦家は、口寄せを家業とする。呪術を使い、亡くなった人の霊を呼び出して巫女に乗り移らせ、生者にメッセージを伝える。
 呪術者である母親(=根岸季衣)の命で、子供の頃から巫女をやらされてきた莎代里(=栗山千明)は、十六の歳に事故で死んでしまう。
 母親は莎代里を生き返らせようと、白装束に身を固め、編み笠をかぶり、わらじを履き、金剛杖をつき、逆打ちの旅に出る。

 妄執に憑かれた母親を演じる根岸季衣がイイ味を出している。
 実際、こんな女と遍路の山道で会ったら怖いだろうなあ~。
 ソルティは、お四国病にかかって何周もぐるぐるしている、独り言の多い目つきの怪しいオジサン遍路は見かけたが・・・。

 死国からよみがえった莎代里を演じる栗山千明は、本作が本格的な映画デビューだったそうだが、実に役にハマっていて、胸元まで伸びた漆黒のストレートヘアが怖いながらも美しい。
 先輩俳優に伍しながら存在感ピカ一で、目が離せない。
 その後の活躍がうなずける鮮烈なデビューと言えよう。
 (この人が2006年にやったTVドラマ・横溝正史作『女王蜂』の大道寺智子も良かった)


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莎代里を演じる栗山千明


 2020年現在の四国には、このような禍々しい物語が生み出される土俗的雰囲気も、このような映画が撮影できる昔ながらのロケ地も残ってはいまい。
 インターネットのおかげで四国遍路もすっかり国際色豊かになり、外国人遍路を見ない日のほうが少なかった。
 いまや四国遍路は、「大人のオリエンテーリング」と言ってもそうはずしてはいまい。(ただし、所要時間を競うものではないが)


 新型コロナのせいで、現在、遍路する人は激減している。(4月中旬から5月初旬までほとんどの札所の納経所は閉鎖していたようだ)
 少しでも早く、コロナに終息がもたらされ、四国遍路がよみがえるよう、札所の名前を88から逆に唱えてみました。
 ――というのは冗談で、遍路で覚えた光明真言を唱えてみました。
 
 オンアボキャ ベイロシャノウ
 マカボダラ マニ
 ハンドマジンバラ ハラバリタヤウン


 不空真実なる大日如来よ 
 偉大なる光明により
 暗き世を明るく照らしたまえ
 

大日如来



おすすめ度 : ★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損



● ほすぴたる記 その後20 護符と男密

 梅雨の晴れ間の日曜日、秩父温泉・満願の湯に行ってきた。
 
 コロナ感染が再び広がっている中、不要不急の移動はなるべく控えるべきところだが、同じ県内移動だし、梅雨時だし、山の中だし、そのうえ早い時間帯に行けば、3密となる可能性は少ないだろう。
 何と言っても、この温泉に行くのを一つの目標として、ここまで治療とリハビリを頑張ってきたので、行かないことには区切りがつかない。
 足のケガにはもちろん、最近とみにひどい肩こりにもきっと良い効果があるだろう。
 とにもかくにも、自然の気を浴びたい! 
 
 電車を乗り継いで、まずは秩父鉄道・秩父駅へ。
 梅雨らしいどんよりした日々が続いていたが、今日はさわやかな五月晴れの予感。
 秩父の雄・武甲山が迎えてくれた。
 ちなみに、「五月晴れ」とは本来、梅雨の晴れ間のことを言ったそうな。
 昔(太陰暦)の皐月(さつき)は、今(太陽暦)の六月にあたるのだ。
 
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秩父鉄道・秩父駅

 
 駅近くの秩父神社に参詣する。
 ここは秩父34札所巡礼の際に立ち寄って、御朱印をいただいた。
 清新な気の満ちる、気持ちのよい境内である。

 
秩父神社本殿
秩父神社本殿
 

 主祭神は 
  • 八意思兼命(やごころおもいかねのみこと)
  • 知知夫彦命(ちちぶひこのみこと)
  • 天之御中主神(あめのみなかねのみこと) 
  • 秩父宮雍仁親王(ちちぶのみややすひとしんのう)
 の四神なのだが、摂社の日御𥔎宮(ひのみさきぐう)には、素戔嗚尊(スサノオノミコト)が祀られている。

ひのみさきぐう
日御𥔎宮


 スサノオノミコトは、日本神話のヤマタノオロチ退治で有名な英雄だが、神仏習合においては、インドの祇園精舎の守護神であった牛頭天王(ごずてんのう)の垂迹神とみなされ、厄病除けの神様として知られる。
 秩父神社の縁起にはこう記されているそうだ。
 
天武天皇白鳳四年(676)、天下疫病大いに流行し、其の災禍を禳わんことを祈る為に、国造奏請して社殿を造営し始めて、鎮祭せられたり
 
 秩父神社では、新型コロナウイルスの沈静化と氏子の皆様の平穏無事を祈って、悪疫病除けの護符『素戔嗚尊』を作成し、参詣者に無料で配布している。
 それがこれだ。

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 アマビエ、あるいは元三大師降魔札いわゆる角大師と、いずれが一番効くだろうか?


 土地の神への挨拶と骨折治癒の御礼を終えたあと、秩父鉄道に乗る。
 空いていた。
 普段の日の晴れの休日なら、長瀞観光や山登り客で賑わいでいるところだ。
 向かい席の40代の父親と10代の息子は明らかに鉄チャンで、マニアックかつメカニックな会話のやりとりが面白かった。この親子はきっと、子供が思春期を迎えても、成人しても、会話が無くなることはないだろう。羨ましい気がした。

 皆野駅から町営バスに乗る。
 乗客はわずか4人、秩父温泉バス停で下りたのは自分ひとりだった。
 時刻は午前11時。

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皆野駅ホーム風景


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秩父温泉・満願の湯


 「おや?」と思うほど駐車場が埋まっていたので、イヤな予感がした。
 入館して、更衣室の暖簾をくぐってみると、若い男がいっぱい。
 「なぜ? しかもこんな早い時刻から?」
 午後ならばまだ、登山を終えた汗臭い客やツーリング族であふれるのは分かるのだが・・・。

 混雑している洗い場を素通りし、日野沢川の渓流を見下ろす露天風呂に直行する。
 二つある湯舟はどちらも、やはり若い男の群れに占領されていた。
 しかも、次から次からへと、新たな一団がやってくる。
 3密ならぬ、男密・・・。

 彼らの会話を聞いて、わけが分かった。
 満願の湯の裏手には、コテージやトレーラーハウスが並ぶ「満願ビレッジ」というオートキャンプ場がある。
 彼らは、前日に仲間と車でやって来て、そこに泊まっていたのであった。
 午前10時のチェックアウト後、たいがいはアルコールを抜く為、ちょうど開館したばかりの温泉に押し掛けたのである。
「う~ん、そこまでは読めなかった」

 会話を聞いていると、「明日からまたテレワークだよ」、「だれだれ先輩の結婚式、コロナで延期になったんだよな」などと言う話も聞こえ、中にはマスクをつけたまま入浴している男もいた。
 なんて卑猥な・・・(笑)
 
 正午を過ぎると、急に閑散としてきた。
 ゆっくりと露天風呂で体をほぐし、夏の緑に覆われた渓谷と滝の眺めを楽しみ、渓流と鳥の声を堪能した。
 どんなにかこの瞬間を待ちわびていたことか!

 「ほすぴたる記」もこれで一段落。
 これからも忍耐と根気を必要とするリハビリは続くが、日常の行住坐臥はほぼ原状復帰と言ってよかろう。
 走ったり、階段をスムーズに下りたり、山登りしたり、重労働したり、長時間座禅を組んだりするのは、今後の課題として残っているけれど、ここまで回復したことに感謝。

 心身ともにさっぱりしたあとは、長かった闘病生活のご褒美を享受した。


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秩父名物・わらじカツ
足のケガにはぴったり!













 
 
 
 


● 花の名前

 足の負傷と新型コロナ騒動のために山歩きなどの遠出ができなくなったおかげで、散歩の楽しさに目覚めた。
 家を中心に半径1キロくらいの円の中を、2~3時間かけて歩く。
 途中の公園や林の中で、1時間ほど瞑想する。
 杖を突きながらのゆっくり歩きこそが散歩を楽しくする秘訣なのだと、つくづく実感している。
 
 今の季節はやはり、道々見かける花が目を引く。
 庭や花壇の、いかにも外国産のカラフルで自己主張の強い花を見るのも楽しい。
 花屋の店先の、はじめて名前を聞くような珍しい花を見るのも面白い。

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 ソルティが一番心惹かれるのは、空き地や路肩や塀の下にひっそり咲いている、子供の頃から目にしているありふれた花である。
 シロツメグサ、ヒメジオン、スミレ、ドクダミ・・・・・。
 名前を知っているものもあるが、ほとんどが知らない。


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 この機会に調べてみようと思い、立ち寄ったコンビニにちょうど売っていたポケット図鑑を買った。

 
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岩槻秀明著(大和書房)

 
 道中見かけた気になる花の名前を、ポケット図鑑にあたる。
 が、花の種類は気の遠くなるほど多くて、また、実物と図鑑の写真との照合も容易でなく、一発で「これだ!」とヒットすることはむしろ少ない。
 
 山歩きが趣味のソルティは、他に4~5冊ポケット草花図鑑を持っている。
 道々スマホで撮影した花の画像を、家に帰ってから複数の図鑑に当たる。
 「あれでもない、これでもない」と首をひねる。
 中で、意外に役立つ一冊がこれである。

 
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宮内庁協力(扶桑社)

 
 皇居の庭に咲く300種類ほどの花が、季節ごとに、素晴らしい写真入り説明入りで掲載されている。
 美智子上皇后に捧げられた特製のバラや蘭などを除けば、東京近辺の野や山で普通に目にすることのできる花が多く、まさに探しているものが、「ああ、これだ!」とヒットすることが多い。
 ただ、この本はポケットサイズではないので、持ち歩くのには向かない。
 (それにしても、御所の庭は素晴らしい!)
 
 家に帰ってから調べるのなら、ネットという手もある。
 ソルティが良く利用しているのは、「花図鑑」というサイトである。
 花の色、開花時期、成育環境などを条件入力して検索すると、候補の花の画像が何十枚と出てくる。
 とても便利。
 
 以前から山歩きしていて、途中で見かけた花をその場でスマホ撮影したら、すぐに花の名前を教えてくれようなアプリがあればいいなあ~、と思っていた。
 あったのである!

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Green Snap

 
 まだ登録したばかりで使い慣れていないが、これで散歩の愉しみが増えた。
 もっとも、名前を知ったからといって、花の美しさや愛らしさが増すわけではないけれど。
 
 
 What's in a name?
   that which we call a rose.
 By any other name would smell as sweet.

 
 名前っていったいなにかしら?
 薔薇という名前の花を
 別の名前で呼んだとしても、甘い香りはそのままよ
 
(シェイクスピア『ロミオとジュリエット』より)


 
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ソルティ家の薔薇です







● 闘犬と闘牛 映画:『鬼龍院花子の生涯』(五社英雄監督)

1982年東映
146分

原作 宮尾登美子
脚本 高田宏治
音楽 菅野光亮

 27歳という若さでこの世を去った夏目雅子の出世作にして代表作。
 公開当時、「なめたらいかんぜよ」の迫力あるセリフ回しで話題になった。

 例によって勘違いしていたが、夏目の役は鬼龍院花子ではなくて、花子の姉の松恵であった。花子役は、高杉かほりという無名の、これ一作だけで消えた女優である。
 とはいえ、原作はどうか知らないが映画の主役は明らかに松恵であり、かつ、松恵の父で土佐の侠客、鬼龍院政五郎である。
 宮尾は、実在の人物と事件をモデルに、小説を書いたという。

 『吉原炎上』同様、セット、美術、撮影、脚本、演出、演技、すべてが高いレベルで拮抗している。
 五社監督のプロとしての矜持と良心が焼き付けられている。

 ここでも役者たちの演技合戦が最大の見どころである。

 政五郎を演じる仲代達矢は、おそらくは素顔の仲代自身とはまったく異なるであろう、気性の荒い鉄火肌のヤクザの親分を、入念な準備と迫真の演技で造り上げている。
 杉村春子に通じる役者魂。
 物語全体をしっかりと支え、引き締めている。

 若さと持てる力のすべてを投入した夏目の演技は、確かに素晴らしく、鮮やかな印象を残す。
 早逝しなかったら、今頃どんな女優になっていたことか?
 
 後半が夏目の独壇場だとすれば、前半は岩下志麻である。
 本作が松竹のトップ女優であった岩下の東映デビューで、当たり役となった“極道の妻”の端緒となった。
 貫禄といい、堂の入った仕草といい、凛とした美貌といい、内に秘めた女の情念といい、その後開花した『極妻』のエッセンスはすでに完成されている。
 松竹では、あるいは夫の篠田監督では引き出せなかった岩下の才能と魅力を、見事に開花させた五社監督の慧眼と演出力に讃嘆する。
 
 丹波哲郎の相変わらずの風格、ヌードも辞さずの夏木マリの熱演、チョイ役だが存在感ある小沢栄太郎など、脇も抜かりない。
 
 土佐の男の激しい気質、勝負事好きを象徴するものとして、最初のほうで迫力ある闘犬シーンが出てくる。
 土佐は14世紀の昔から闘犬で有名だったのである。

 動物愛護の声かまびすしい現在もやっているのだろうか?
 調べてみたら、戦後、観光の目玉として常時公開されていた時期もあったようだが、年々衰退し、今では「NPO認可法人 全土佐犬友好連合会」という団体が、年に2回ほど全国各地で大会を開催しているくらい。
 
 そういえば、土佐ではないが、四国遍路をしたときに愛媛県宇和島市近辺で、下のようなポスターが街角に貼られているのを見かけた。

闘牛


 闘犬ならぬ、闘牛である。
 闘牛士相手のスペインのそれとは違い、牛同士の力くらべである。
 見たかったが、一日遅れで間に合わなかった。
 こちらは、市内に専用の闘牛場があり、予約すれば観光もできるらしい。
 
 高知が闘犬、愛媛が闘牛――県民性を表しているようで興味深い。


宇和島のまち
愛媛県宇和島市
中央の森のてっぺんに小さく見えるのが宇和島城


おすすめ度 : ★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損








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