ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語を見て、旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、ボランティアして、デモに行って、無いアタマでものを考えて・・・・そんな平凡な日常の記録である。

脱原発

● 慟哭のレクイエム 映画:『この子を残して』(木下惠介監督)

1983年松竹
128分

脚本 木下惠介、山田太一
音楽 木下忠司
出演 加藤剛、十朱幸代、大竹しのぶ、山口崇、淡島千景

 長崎の原爆被害の凄まじさ、反戦・平和への強い願い、そして家族の絆を描いたノンフィクションである。原作は1948年に発表されベストセラーとなった永井隆の同名エッセイ。永井は旧制長崎医科大学(現在の長崎大学医学部)の医師&研究者であり、原爆で妻を失い、自らも数年後に被爆死した。

 80年代に木下監督がこのような骨太のパッションあふれる映画を撮っていたことに驚かされた。このとき齢71、なんという体力、なんという意志力!
 これは反戦映画の金字塔と言っていい。すべての日本人に、いや全世界の人に観てほしいと願うたぐいの映画である。投下直後の爆心地を写実的に描いたラストシーンは、地獄の黙示録と言うに、あるいは慟哭のレクイエム(鎮魂歌)と言うにふさわしい。

長崎
現代の長崎


 往年の大女優淡島千景が祖母役で出演している。若すぎる容姿の祖母ではあるものの、存在感あふれる凛とした演技はさすがである。一家の要として、物語の要として、映画全体を引き締めている。
 当時25歳の大竹しのぶ、出番は多くないが印象に残る達者で可憐な演技。
 もっとも素晴らしいのは、永井隆(=加藤剛)の息子誠一役の少年。中林正智という名前だが、木下監督いったいどこから見つけてきたのか? 爽やかで伸び伸びした少年らしいたたずまいが、暗く重くなりがちなストーリーに希望をもたらしている。陰の主役はこの子であろう。中林はいまも役者をやっているらしい。そのうちブレイクするといいな。

 74年前の今日に思いを馳せて――


評価:★★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損


 




● 漫画:『いちえふ』(竜田一人作)

 2014年講談社

 週刊『モーニング』に掲載された福島第一原子力発電所(通称:いちえふ)労働記。1~3巻を近所の図書館で見つけた。
 売れない漫画家で副業を転々としていた竜田は、2012年~2014年に「いちえふ」で原発事故の後片付けのための作業員として働いた。その体験を漫画にしたものである。

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 まず、竜田の漫画家としての力量はたいしたものだ。
 画力があり、構成力があり、ネーム(セリフ)を練る力もある。読者が初めて聞くような専門用語が多い話を、わかりやすく説明している。
 なにより驚くのが記憶力である。きびしい環境で重労働しながら、よくここまで詳細に覚えているなあと感心する。現場ではもちろん携帯による撮影など許されなかったであろうし、休憩時間に他の作業員の目の前でデッサンするわけにもいかなかったであろうから、肉眼による記憶をもとに描かざるを得なかったはず。よっぽど視覚記憶に秀でていると思われる。
 本作の後に、竜田がどのような活動をしているのか知らないが、才能ある漫画家の出現は喜ばしいことである。
 
 内容に関して、ソルティは最初、「原発被害の悲惨さを訴える」、「作業員の劣悪な労働環境を赤裸々にする」、「被災地の荒廃を描き出す」といった反 or 脱原発メッセージを匂わせる作品かと思っていたのだが、そうではなかった。「フクシマの真実」を描いたのではなく「福島の現実」を描いた、という第1巻表紙のキャッチフレーズ通り、竜田が実際に経験した出来事を、淡々とありのままに冷静な目で描いている。
 一部メディアの恐怖をあおる過剰報道(たとえば「奇形動物が増えている」、「放射線被爆で作業中に亡くなった者がいる」など)がデマゴギーであることが語られる。放射線被爆から作業員を守るための設備やシステムがきちんと機能している様子も語られる。作業員のプロ意識や技術の高さ、責任感や連帯感、男所帯の気楽さや潤いのなさなども語られる。加えて、作業の暇を見て避難所にある介護施設に行きギターを弾いてボランティアする竜田の姿も語られる。ありのままの日常がそこにはある。
 原発事故・津波被害は非日常で一時的な出来事であり、その後には被害を前提とした日常生活が始まる。どんな災害であろうが、いったん喉元過ぎれば日常生活に組み込んでしまう人間の強さというか、日常生活の持つ堅忍不抜性をつくづく感じる。そうでなければ、人は逆境を生き延びてはいけない。(このあたりを描いた傑作小説に安部公房『砂の女』がある)
 
 これは、竜田の目で見た「福島の現実」であり、その点に文句をつける筋合いはない。異論を言うほどの情報も体験もソルティは持っていない。このまま受け入れるだけだ。
 ただ、「福島の現実」=「客観的に正しい福島の姿」ではない。
 創作するということは、たとえルポルタージュのようなノンフィクションであろうと、作者の主観というバイアスからは逃れられない。この作品を描くにあたって、いやそもそも「いちえふ」で働くにあたって、竜田一人という人間がもとから持っている価値観や好みや性格や思想傾向などが自ずから反映される。竜田一人というフィルターを通して、『いちえふ』は読者の前に供されている。そこは押さえておくべきだろう。
 
 で、ソルティが思うに、竜田一人は元来、どちらかと言えば保守的でマッチョな男という気がする。自民党支持者かどうか、原発推進派か否かは知るところではないが、自民党より「左」の党に投票したことはないんじゃないかという気がする。見事な画力のうちにも劇画的でマッチョな画風が漂っている。(まあ、ある程度マッチョな男じゃないと、そもそも事故後の原発作業員を志望しないだろう)
 作中で竜田は、自分が描いたこの作品が東京電力のお偉方の目に触れて、なんらかの圧力(雇用拒否など)を受けるのではないかとしきりに気にしている。
 だが、むしろ原発推進派や東京電力にとって都合の良い漫画になっているなあと思った。(はい、これもソルティの主観です)



評価:★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損


 
 
 

●  岬めぐり

東洋町を過ぎてから室戸岬までの約40㎞はほぼ海岸線を歩く。右手に山、左手に海、いくつもの岬と港や浜辺を繰り返しながら、国道55号を延々と行く。

日和佐で同宿した遍路経験ある女性が、「寺もなく、気晴らしになるものがないから、ここが一番しんどい」と言っていた。ソルティは逆に「こんな快適な道はない」と思った。
人それぞれ、何をしんどく感じるかは異なる。
意外なことに、ここまでの遍路路は思ったより楽だった。山歩きや秩父巡礼、なにより介護の仕事で、足を鍛えていたことが大きいようだ。

高知の岬めぐりをしていると、いろいろ気づかされることがある。
ひとつは、植生の変化。
やはり南国である。

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庭先のハイビスカス


いまひとつは、津波対策。
どの町にも鉄骨の津波避難タワーというのが立っている。それが町で一番高い建物だったりする。
高知出身の友人からのメールによると、昨晩泊まった東洋町は、10年ほど前に核の最終処分場に手を挙げて、高知で大揉めになったそうだ。3.11が起こって話は立ち消えになったらしい。
そもそも、津波対策が必要な町に核処分場をつくる、という発想がどこから出てくるのだろう?

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海が悪いのじゃない。
人が愚かなのだ。

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180度の海 中心点は空なる私






● 読者への挑戦状 本:『8・15 と 3・11 戦後史の死角』(笠井潔著)

2012年NHK出版

 笠井潔と言えばミステリー作家である。読んだことはないがそう思っていたので、こういった真面目な社会評論を書く人とは知らなかった。これが本業の傍らの手すさび?と思ったら大間違い。きわめて質の高い、鋭い、並み居る評論家を恥じ入らせるに十分な内容である。プロフィールをみると、1948年生まれで学生運動をしていたとある。若い頃から、社会的関心高く、読書量はんぱなく、思考訓練を積んできた人なのであろう。
 終戦記念日、近所の古本屋で見つけて購入した。

815と311


 本書のテーマを簡潔に言えば、日本および日本人論ってことになる。日本とはいかなる国か、日本人とは何者かということを、近・現代史上の二つの大事件を手掛かりに論じている。それが、8・15(=日米戦争)と3・11(=福島原発事故)である。
 70年という時を隔て、一見関係なさそうに見える二つの大事件に共通して存在し、両者を結びつけるものとして、ニッポン・イデオロギーという概念が呈示される。

 ニッポン・イデオロギーが必然的にもたらした二つの破局、8・15と3・11は、たんに並列的に存在しているわけではない。「終戦」の歴史的な結果として福島原発事故は生じている。8・15を真に反省し教訓しえなかった日本人が、「平和と繁栄」の戦後社会の底部に3・11という災厄の種を蒔いた。これこそ戦後史の死角である。3・11という破局的な体験が突きつけている意味を真に了解するには、8・15で切断されたように見える戦前日本の錯誤を明らかにしなければならない。

 難解な読み物を想像するかもしれないが、そんなことはない。巻措く能わない面白さで一気読みした。
 さすが本格ミステリーの大御所である。読者を物語に引きずり込むプロローグ(つかみ)の上手さ、切れ味鋭い論理、容赦ない真実の探求姿勢、謎が謎よぶサスペンス、トリック解明のスリルと説得力、心髄にこたえる真相。社会評論でありながら、やっぱりミステリー作家の手腕ここにあり、といった感じである。
 とりわけ面白いのが、つかみにあたる序章。日本(東宝)が生んだ国際的スター怪獣ゴジラを登場させる。
 ゴジラが、日米戦争の「戦死者の亡霊」を象徴しているという説ははじめて知った。海から上がってきて、東京に上陸し、怒りの雄叫びをあげながら、平和と繁栄をむさぼる戦後の日本を破壊する。その平和と繁栄こそは、大戦の反省も戦死者の追悼もなおざりのまま、敵国アメリカによってもたらされた民主資本主義下に花開いたものであった。
 「なるほどなあ」と感嘆した。
 同時に、ではソルティは子供の頃ゴジラをどう見ていたかを思い返したとき、ハッと気づくものがあった。
 自分は「ゴジラ=アメリカ」と無意識ながら受け取っていた。
 つまり、海の向こうからやって来て、放射能を巻き散らしながら日本に上陸し、日本の街を(国会議事堂を)破壊する、恐ろしく強い者=アメリカの比喩ととらえていたのである。それが証拠には、その後に東宝がモスラを登場させたとき、「モスラ=日本」と即座に受け取ったからである。ザ・ピーナッツの神秘的な唄によって、南海の孤島の緑深き森から甦るモスラ(=蚕)こそは、日本的アニミズムの象徴であろう。そんなに強くないところも日本っぽい気がした。


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 さて、ニッポン・イデオロギーとはなんであろう?  

 日米戦争の経緯を簡単に見てきたが、一目瞭然といわざるをえないのは、戦争指導者の妄想的な自己過信と空想的な判断、裏づけのない希望的観測、無責任な不決断と混迷、その場しのぎの泥縄式方針の乱発、などなどだろう。

 国会事故調が福島原発事故の「人災」性として列挙した、権威を疑問視しない反射的な従順性、集団主義、島国的閉鎖性など、あるいは目先の必要に目を奪われた泥縄式の発想、あとは野となれ山となれ式の無責任など・・・(略)

 笠井は、日米戦争について、開戦を決定する過程や戦時中の戦艦大和の無謀な出撃、ポツダム宣言受諾、手のひらを返したように鬼畜米英からアメリカ礼賛に変貌した戦後日本人の姿を追っていく。そこには、当ブログでも取り上げた猪瀬直樹『昭和16年夏の敗戦』や、岸田秀✕山本七平対談『日本人と「日本病」について』に述べられているような、日本人の宿痾とも呼びうるような負の国民性が伺える。
 福島原発事故についても同様に、戦後の原子力政策が闇雲な原発建設につながった経緯をたどり、東電を含む原子力ムラの閉鎖的体質と計画性の致命的欠如を、暴き出していく。加えていえば、3・11後の対応の拙劣さと責任の曖昧化、そして再びの原発推進路線は、ニッポン・イデオロギーによる専横以外の何物でもあるまい。別記事で取り上げた若杉冽『原発ホワイトアウト』や朝日新聞特別報道部編『プロメテウスの罠』などで指摘されているところに通じる。

 「空気」の支配と歴史意識の欠落を二本の柱とするニッポン・イデオロギーの背景には、日本に固有の自己欺瞞的な精神構造がある。

 このあたりは、ソルティも認識していた。いや、現実直視する勇気があり、冷静にものを見る目のある日本人なら誰だって、ニッポン・イデオロギーの存在とその長所と短所には気づいていることだろう。そしてそれが、多様な文化との折衝が避けられない国際社会においては、人類が原子力という魔物を手にしてしまった現代においては、むしろ短所に傾くであろうことも・・・。

 問題は、このニッポン・イデオロギーをいかにして克服できるのかである。
 そのためには、そもそもこれがどうやって生まれたのかを検証する必要がある。
 本書の一番の魅力は、そこを丁寧に行っているところにある。推理小説でいえば、まさにトリックの謎解きにあたるワクワク部分であり、ミステリー作家笠井潔の本領発揮である。

 ソルティが解したところ、次の4点がニッポン・イデオロギーの形成に関わっている。
① 土着のアニミズム的心性
② 風土に合わない稲作文化
③ 天皇制による支配システム
④ 外来文化の変容と吸収

 順に見ていこう。

① 土着のアニミズム的心性
 天皇制以前の神道的部分である。狩猟採集民に共通して見られる山川草木はじめ自然そのものに神を見る多神教的世界観。丸山眞男はその核心を「つぎつぎになりゆくいきほい」と表した。

 「いきほい」をもって、「なりゆく」自然の、無限とも思われる繁殖力に人々は感嘆し、畏怖の念さえ覚える。こうした感嘆、この畏怖がアニミズム的な宗教意識の背景にある。

 日本の徳は勢いと不可分である。中国思想とは真逆に、徳ある者が勢いを得るのではなく、「いきほい」に感応した者に徳があると見なされる。「いき」は息=空気であり、ようするにアニマだ。霊(アニマ)に感応しうる者が共同体を支配する。 


② 風土に合わない稲作文化 
 国民の性格は風土に規定される。日本人は「熱帯的、寒帯的の二重性格」を有しているとする和辻哲郎の風土論を踏まえ、笠井はそれを風土に合わない稲作文化との関係からとらえ直す。

 自然環境的に不適切な作物を無理に栽培するため、集団的な農作業が過重なまでに義務化された。契約や規律を撹乱する者を排除しなければ、全員が共倒れになりかねない。
 生産経済が普及して以降の日本列島住民の心性は、不適切な自然環境で稲作を選好した事実を規定としている。過重で単調な反復作業に耐え(「頑張ればなんとかなる」)、しかも集団的な農作業(「みんなで一緒に」)のため共同体的な相互抑圧に耐えるという二点が、この国の住民の心性を根本的に規定してきた。
 この精神的抑圧が、ときとして「日本の特殊な現象としてのヤケ(自暴自棄)」という激情の嵐を生じさせる。しかも「忍従に含まれた反抗はしばしば台風的なる猛烈さをもって突発的に燃え上がるが、しかしこの感情の嵐のあとには突如として静寂なあきらめが現れる」。    


③ 天皇制による支配システム
 ここでは吉本隆明による「グラフト国家論」を援用としている。グラフトとは「接ぎ木」のことである。
 解するに、これは侵略の一つのシステムのことである。16世紀スペイン人がインカ帝国を滅ぼしたように、あるいは17~18世紀にアメリカ入植者がインディアンを虐殺して土地をのっとったように、もとから土地に住んでいた民族を滅ぼし、その共同体を破壊するという典型的な侵略のシステムがある。古代日本の場合、これとは異なった形での侵略が起こった。

 それ以前にあった共同体における宗教的・イデオロギー的な中枢・核といったものを、次の共同体あるいは国家の権力は、自分たちのイデオロギー構造の中に包括してしまうことです。既存の共同体の宗教的な、あるいはイデオロギー的な中核の部分だけをとりいれてしまうと、どういうことがおこるかと申しますと、自分たちがすでに遠い以前からそれを掌中にしていたのだというイデオロギー的な擬制が可能になります。(吉本隆明『敗北の構造―吉本隆明講演集』弓立社)


 笠井は、出雲の国譲りの神話を例に挙げている。オオナムチを信仰していた古代出雲の共同体は、アマテラスを信仰する高天原勢力(のちの天皇制につながる)の侵略にあって支配権を譲った。その際、オオナムチは大国主命(オオクニヌシノミコト)と改名され、アマテラスの弟であるスサノオの子孫と位置付けられた。もとからの出雲の共同体の人々は、虐殺されることなく、オオナムチの信仰を許されたまま、高天原勢力の支配下におさまった。平和的な王権簒奪(支配される側から見れば自主的隷属)といったところか・・・。
 なるほど、このグラフト国家論を適用すれば、諏訪大社の謎伊勢神宮の謎に迫ることができるのかもしれない。もといた土地の神が名前と役割を変えられて、イザナミ・イザナギ・アマテラスを発端とする神統譜にグラフト(接ぎ木)される。天皇制に組み入れられていく。
 面白いなあとウキウキしていたら、しっぺ返しが待っていた。
 このグラフト国家的侵略システムが、まさにポツダム宣言受諾以降の日本で、戦勝国アメリカ(GHQ)との関係において自主的に敢行されてしまったというのである。

 奴隷である事実を隠蔽し忘却することで実際的に、あるいは理念的に保身をはかるという絶妙の自己欺瞞システムが、日本文化の基底には埋めこまれている。なにも大昔のことに限らない。8・15の翌日から日本人の大多数が望んだのは、まさに「継ぎ目」の消去だったのではないか。
 東条英機をはじめとする少数の軍国主義者が暴力と洗脳で、自分たちを「無謀な戦争」に巻きこんだ。戦争の被害者である日本国民を、軍国主義から解放してくれたのがアメリカだ。マッカーサーに与えられた戦後憲法こそ、われわれが望んだものだ。

 笠井の容赦ない追究の槍は、戦後日本人の欺瞞を突く。
 痛いッ。
 これぞ本当の自虐史観の名にふさわしい


④ 外来文化の変容と吸収

 日本列島に棲まう太古からの精霊たちは、海を渡って襲来する世界宗教や絶対観念の暴威に屈服し、いったんは征服される。しかし長い年月をかけて、仏教や儒教からキリスト教やマルクス主義にいたる普遍的で絶対的な輸入観念を骨絡みにし、最終的には消化し吸収してきた。だから日本に存在するのは、征服され頽落したアニミズム的心性と、原型をとどめないまでに変形された輸入観念の奇妙な折衷形態である。

 6世紀に大陸から入ってきた仏教が日本風に変わっていく様相は末松文美士『日本仏教史』に、16世紀にフランシスコ・ザビエルによってもたらされたキリスト教が日本という「すべてのものを腐らせていく沼」の中で変容していく様子は遠藤周作『沈黙』に描き出されている。マルクス主義もまた、日本的な学生運動や政治闘争のあげくの果てに、連合赤軍事件という目も当てられない悲惨な結末に堕してしまった。

 挫折し頽落したアニミズム的基層は、原型をとどめないまでに外来の観念や思想を変形してしまう。両者の複合体であるニッポン・イデオロギーは、いったんは成功を収めるが、歴史意識を欠如した「空気」による決定によって、繰り返し大破局を招かざるをえない。


原爆ドーム


 われわれはニッポン・イデオロギーを克服することができるのだろうか?
 それとも、8・15と3・11に続く第3の――そしておそらく最後の――破局の到来を指をくわえて待つしかないのだろうか?

 この問いかけに対して、笠井は二つの処方箋を掲げている。

 まず、原発拒否を梃子として、ニッポン・イデオロギーにNOを突きつけること。

 事故を起こす危険があるから原発に反対するのではない。社会に埋めこまれて際限なく肥大化する権力装置だから、諸個人の自由を必然的に制限し剥奪するシステムだからこそ、原発は否定されなければならない。
 8・15にはじまる戦後日本の「平和と繁栄」は、さまざまな意味で原発に依存してきた。あえて原発を拒否することは、「ゴジラ」と化して日本列島を襲った戦争犠牲者たちに、真に向き合うための唯一の道である。

 すなわち、ほとんど無意識レベルで日本国民に共有され、日々更新され、日本をすっぽり覆っているニッポン・イデオロギーという権力構造を見抜き、それに支えられ延命している原子力政策に対して、その権力構造の非人間性ゆえにNOと言おう、ということであろう。
 蓋し、正論である。原子力を扱えるだけの成熟は、まだ日本人には、否、人類には到来していない

 そして、もう一つの処方箋として挙げられているのは親鸞である。

 もしも8・15と3・11を超える契機として、日本人の宗教意識を再評価するのであれば、頽落したアニミズムとしての「神道の神々」ではなく、親鸞の絶対他力思想にこそ注目しなければならない。

 それによって、「日本独自の歴史意識が形成されはじめることを期待しよう」と笠井は結ぶ。

 謎の解明部分の密度に比べると、処方箋の呈示部分はかなり手薄で粗雑な感があるのは否めない。紙幅の関係があるのかもしれない。まだ、笠井自身も答えを探っている途中なのかもしれない。あるいは、ニッポン・イデオロギーの存在に気づき、それに支配されていることを各自が意識化することが、一番の克服手段ということなのかもしれない。人は、無意識レベルにある動機づけには抵抗できないのだから。
 であるなら、本書を書くこと、読むこと、広めることが何よりの処方箋である。


百日紅

 
 当ブログ内の多くの記事とリンクすることから分かるように、本書は、ソルティの日本および日本人に関する問題意識とほぼ重なるものであった。笠井の幅広い知識と鋭い洞察力、緻密な論理とで、自分が漠然と考えていることが文章化され、クリアに証明されていくのを見るのは、胸のつかえがとれるような爽快感があった。もっとも、暗澹たる気持ちを伴った爽快感ではあるが・・・。
 何でもっと早く笠井潔を読まなかったのだろう?

 本書を読んで疑問に思った点が二つある。

 一つは、ニッポン・イデオロギーはどのようにして相続されるのだろうか、ということである。
 どのようなシステムによって相続されるのかが判明することなしに、そこから脱出することは難しいと思うのである。

 家庭や共同体や教育機関や社会の中で、子供が長ずるにしたがい洗脳されてゆくのか。
 暮しの中に溶け込んだ神道や儒教や仏教の無数のしきたりを通して、知らず体が覚えこんでいくのか。
 日本人のDNAに書き込まれているのか。
 それとも、日本列島を包む大気の中に、目に見えない分子のように存在しているのか。
 同じ日本人でも、帰国子女のように海外生活が長ければそれに染まらないのか。
 日本に生まれ、日本で育った在日やアイヌや沖縄の人々はどうなのか。
 大部分の日本人が稲作から離れたこれからもなお、それは引き継がれていくのか。
 天皇制がなくなれば、自然消滅するのか。
 ・・・・e.t.c

 いま一つは、親鸞についてである。
 親鸞についてはよく知らない。三國連太郎の監督した映画『親鸞 白い道』を観て、『歎異抄』を読んだくらいである。他力本願や悪人正機説は言葉としては知っているレベル。
 なので、はずしているかもしれない。
 親鸞の教え(=浄土真宗)がニッポン・イデオロギー克服の手段、すくなくとも契機となるという笠井の意見には賛同できない。
 むしろ、逆じゃないかとさえ思える。
 他力本願、阿弥陀さまにすべてをおまかせするという「あなたまかせ」な態度こそは、日本人の「神風」妄想に通じるものじゃなかろうか。年金問題も少子高齢化問題もエネルギー問題も、「お国にまかせておけばなんとかなる」という、現実逃避と行き当たりばったりと自助努力の放棄を助長するものではなかろうか。それこそ、戦時中の浄土真宗本願寺派第22世宗主・大谷光端(1871-1948)の言説に見るように、国体を正当化するのに恰好な論理となったではないか。

 大谷光端は、大慈大悲の阿弥陀如来とその教えに信従する信徒との関係を、天皇と臣民との関係に適用することによって、大慈大悲の如来のごとき天皇の聖旨にただひたすら信従すべきであるという、臣民の道を説いていたのである。それは信徒のあるべき心的態度の臣民道への拡大・適用を意味した。(栄沢幸二著『近代日本の仏教家と戦争 共生の倫理とその矛盾』289ページ、専修大学出版局、2002年発行)

 だいたい、親鸞の教えがニッポン・イデオロギー克服に役立つのなら、浄土真宗信徒が一番多い日本はとっくの昔にそこから脱しているはずである。
 親鸞では無理、と思う。

 では、誰か?
 あるいは、何か?

 各自が自らの頭で考えてみることが肝要だ。

 ここは本格推理小説の人気ある仕掛けさながら、「読者への挑戦状」とするのが適切であろう。









● 天国からの宿題、または平野長蔵に捧ぐ :尾瀬一泊の旅(後編)

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●日時 2018年7月14日(土)
●場所 尾瀬(尾瀬ヶ原、見晴~三条の滝~天神田代~御池)
●行程
 4:15 尾瀬ヶ原逍遥(見晴~竜宮~ヨッピ吊橋~東電尾瀬橋~見晴)
    歩行開始
 7:15 朝食/休憩/チェックアウト
 8:30 燧小屋 出発
 9:45 三条ノ滝
    休憩(25分)
11:30 裏燧橋
12:00 天神田代
12:35 昼食
13:30 御池 着
    歩行終了 
●所要時間 9時間15分(歩行時間6時間30分+食事&休憩2時間45分)


7 オ~ンブラ・マイ・フ🎵

 クーラーの音も冷蔵庫の音も時計の音もしない、針一本落ちても聞こえるような静寂、そして携帯電波圏外における4時間の歩行のおかげで、眠りはずいぶん深いところまで達したらしい。ここ数年なかったすっきりした目覚めが訪れた。
 時刻は4時。
 窓の外を見ると、尾瀬ヶ原は薄明に蒼く浮かんでいる。
 汽車の軌道のような木道に誘われるように、宿を静かに抜け出して、湿原に踏み出した。デジカメと地図だけをポケットに入れて。
 ヘッドライトを点灯させた早朝登山者たちが、ストイックな表情で燧ケ岳あるいは至仏山へと足早に去っていく。いまのところ、両名峰とも頭にすっぽり厚い雲をかぶっている。

 正味3時間、人影まばらな尾瀬ヶ原を心ゆくまで逍遥した。


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至仏山に向かう道


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振り向けば燧ケ岳


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福島県と群馬県の境となる沼尻川


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竜宮近辺の浮島風景


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 歩いていると、頭の中をマーラーの交響曲が鳴り響く。
 自然をモチーフにした第3番、高原の朝の景色を彷彿させる第4番第1楽章。
 マーラーはオーストリアのシュタインバッハという湖畔の景勝地に別荘を持っていて、ここで第3番を作曲した。指揮者のブルーノ・ワルターがマーラーに招かれてシュタインバッハを訪れたときのエピソードがある。
 ワルターが周囲の自然に目を奪われているのを見て、マーラーはこう言った。
「もう眺めるに及ばないよ、君。わたしがこのすべてを曲にしてしまったから」
 

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ヨッピ川にかかるヨッピ吊橋


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ヨッピとはアイヌ語で、「呼び」「別れ」「集まる」といった意味がある


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木道の彼方に見えるは東電小屋


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東電尾瀬橋
今回歩いた中で一番のパワースポット
さすが東電、ワットが高い


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 マーラーのほかに、鳴り響く曲がある。


 オーーーーーーーーーーーーーーーーーーン ブラ マイフ🎵


 ある年代以上の人なら、あの美しい映像とソプラノ歌手の美声を覚えているだろう。
 1986年、ニッカウヰスキーのコマーシャルに使われ一世を風靡した曲である。もとはヘンデルのオペラ『セルセ』の中のアリアで、ペルシャ王セルセが木陰のすばらしさを讃えた歌。CMではアメリカ出身の黒人歌手キャスリーン・バトルが、どこかの湖畔の大自然の中、白いドレスの袂を風になびかせてディーヴァらしい気品と優雅さをもって歌い上げていた。演出は、鬼才・実相寺昭雄だった。

 実を云えば、あのニッカCMおよびキャスリーン・バトルこそが、ソルティのクラシック道の筆おろしだったのである。まったき静寂から生まれるバトルのピアニシモと、秋空の如き清澄なる高音の輝きに、ウヰスキーの宣伝だからというわけではないが、すっかり酔わされた。すぐにレコード店に走って同曲を収録したカセットテープ(!)を買った。当時はカセットウォークマン全盛だったのである。

 あれから30年以上が経ち、カセットウォークマンは姿を消し、実相寺監督はこの世の人ではなくなった。いまや60歳のキャスリーン・バトルはどうしているのだろう? 我が儘が高じてメトロポリタンオペラハウスから追放されたのはだいぶ前のことである。
 時は過ぎ、状況は変わっていくけれど、今でも大自然の中にいると、(周囲に人のいないのを確かめて)、ついバトルの真似して、

 オーーーーーーーーーーーーーーーーーーン ブラ マイフ🎵

とやってしまうのである。


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尾瀬の花5 オオウバユリ


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尾瀬の花6 マルバダケブキ


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宿に戻る道
夢のような3時間であった




8 三条の滝を見ずして尾瀬を語るべからず

 散歩のあとは朝メシがうまい。こんなにモリモリ食べたのは久しぶり。
 快眠、快食、・・・・・・残る一つをクリアして、宿が用意してくれたおにぎり弁当をリュックに納め、8時半にチェックアウト。
 予定では、燧ケ岳か至仏山に登りたかったのだが、どうにも天気が読めない。晴れるのは間違いなかろうが、山頂の雲の動きが不透明。せっかく山頂に到達しても、尾瀬ヶ原を見渡す展望が得られなければ残念至極である。昨日の4時間歩行の足の疲れも若干残っている。
 ここは無理せず、別のルートを楽しむことにしよう。

 見晴から平滑の滝・三条の滝を経て、裏燧林道を通り、上田代の湿原を渡って御池に至るルートがある。燧ケ岳のふもとを巻くように、山の西南から西側を回って北東へ、ぐるりと半周することになる。滝と林道と湿原の3つの味が楽しめるとはお得である。5時間くらいかかるようだが、登って下りて7時間の燧ケ岳コースにくらべれば赤子の手をひねるようなものだろう。
 これが浅はかな過信であることは、知るすべもなく、意気揚々出発した。


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途中にある休憩所


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滝が近づくにつれ道はぐんぐん険しくなる


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平滑ノ滝
遠くてよく見えず


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三条ノ滝
高さ100m、幅30mを落下する只見川


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ここまでの足場の悪い下りの苦労が報われる爽快さ
こんな豪快な滝を隠し持っているとは!
「やるな~、尾瀬」


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裏燧橋(うらひうちばし)
ここまでの登りが結構きつい
本格的な山登り装備が必要なレベルである



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橋の下は水無川


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途中の沢で喉を潤す


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どうしたらこんな具合に育つのだろうか?


9 苦行のご褒美

 思いもかけない本格的な山歩き苦行の最後に待っていたのは、パラダイス
 昼なお小暗い森を抜けた先に、ペイルブルーに輝く夏空の下、田代の湿原が広がっていた。
 燦燦と日光は降り注ぐも、高原の風が心地よい。
 いつの間にやら、燧ケ岳はすっかり雲を薙ぎ払い、てっぺんを誇らしげに見せている。
 お別れ前に、尾瀬はその最高の晴れ姿を開示してくれた。


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昼メシに最高のロケーション
燧小屋特製のジャンボおにぎりを頬張れば
なべて世はこともなし



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御池到着


10 尾瀬を離れて

 会津高原尾瀬口駅行きのバスの時刻まで間があったので、御池ロッジに併設されている「尾瀬ブナの森ミュージアム」を見学する(無料)。尾瀬の成り立ちから地形、観光地化の歴史、生息する動植物、檜枝岐村の昔の暮しぶりなどが展示されていて、興味深い。

 尾瀬はそもそも、1889年(明治22年)に檜枝岐村の平野長蔵氏が燧ケ岳の登頂に成功したのが観光名所への端緒となった。その後、1922年(大正11年)に関東水電(現在の東京電力)が水利権を取得し、尾瀬ヶ原にダムを建設するというアホな計画を打ち出す。1949年、NHKラジオが発表した『夏の思い出』(作詞家江間章子・作曲家中田喜直)のヒットにより、尾瀬は一躍有名になり、多くの観光客が訪れるようになる。

 最初期の自然保護運動は、尾瀬原ダム計画の反対運動であった。尾瀬沼のほとりに住んでいた平野長蔵は、一人でこれに反対。発電所の建設に反対するために、尾瀬への定住を始めたという。
 実際には、発電用施設は尾瀬沼南岸に取水口が1つ建設されたのみで、それ以外は建設されなかった。1956年に尾瀬地域が天然記念物に、1960年には特別天然記念物に指定され、その時点で発電所計画は事実上不可能になっていたものの、東京電力は1966年まではこの地に発電所建設計画を持っていた。
 また、それ以降も太平洋側への分水路建設計画は残されていた。東京電力が発電所建設や分水路建設計画を正式に断念するのは1996年になってのことである。
 ただし現在でも尾瀬地域の群馬県側は全てが東京電力の所有地である。現在の東京電力や子会社の東京パワーテクノロジー(旧尾瀬林業)は、木道の建設や浄化槽式トイレの建設、湿原の復元など、環境省や各自治体と並び尾瀬を守る活動の主体のひとつとなっており、東京パワーテクノロジーは尾瀬地域の5つの山小屋の経営母体でもある。(ウィキペディア『尾瀬』より抜粋)


 自然保護の思想は戦前の日本にはなく、昭和9年の国立公園の指定が象徴と言われるが、自然破壊に抗議してたたかう自然保護の誕生は「尾瀬保存期成同盟」の結成からと言われる。これが日本自然保護協会誕生の原点となっている。(ウィキペディア『日本自然保護協会』より抜粋)


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 なんと、尾瀬原ダム反対運動こそは、日本の自然保護運動の出発点だったのである。
 東電に対する!

 なんだか宿命的なものを感じる。
 脱原発を祈るソルティのような人間は、尾瀬に足を運んで尾瀬の自然に親しみつつ尾瀬を守るのが使命なのかもしれない。(もしかしたら、8年前檜枝岐で会った女性と亡きご主人も同志だったのかも・・・)


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尾瀬の花7 コバギボウシ


 会津高原尾瀬口駅の近くにある『会津高原温泉・夢の湯』で汗を流し、さっぱりした服に着替えた。
 浅草に向かう帰りの列車の中、栃木の駅弁「岩下の新生姜とりめし」に舌鼓を打ちながら、尾瀬マップを広げ、「次はどこから入って、どのルートを歩こうかな」と、すでに計画を立てている自分がいた。


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夢の湯(日帰り500円)


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● 講演:『福島の小児甲状腺がん 基礎から現状までを学ぶ』(講師:杉井吉彦)

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日時 2017年9月30日(土)18:30~
会場 阿佐ヶ谷地域区民センター(東京都杉並区)
主催 NAZEN東京、NAZEN杉並

 福島原発事故での放射線被爆により福島の子供たちに甲状腺がんが増えている!――というショッキングなテーマを描いたドキュメンタリー『A2-B-C』(イアン・トーマス・アッシュ監督、2013年)を見て、その後が気になっていた。
 アマオケのコンサートに行ったとき、会場ロビーに置かれていたチラシを見て、この講演会を知った。ケアマネ試験も近いので、「行くかどうかはその時の気分次第」と鷹揚に構えていたら、前日の夜(金曜)に大阪の友人から数年ぶりの電話をもらった。
 用件はどうでもいいのだが、彼の近況によれば、
「最近、古なった屋根の瓦を全部葺き直して、ついでにソーラーパネルを敷設したんよ。全部で800万くらい使(つこ)うたかな」
「800万!?」
「ソーラーパネルだけなら200万くらいやった」
「そーらー、高いね」
「ま、やっぱ自分は原発に反対やし、ちいとでも自分にできることはやっとこ思ってな・・・」
(以上、関西弁は適当)
 むろん、電話を切ったソルティは「これは明日の講演に行きなさい」という啓示と思ったのである。

 講師の杉井吉彦はプロフィールによると、
 
1950年、奈良県生まれ。
東京医科大学卒業後、武蔵野赤十字病院に勤務し、整形外科副部長を務める。
1992年、国分寺市に本町クリニックを開設、院長に就任。
2011年3・11原発事故をうけ、「ふくしま共同診療所」建設に尽力。2012年12月の開院以来、同診療所の医師として毎週福島市へ通い、診療を行っている。

 自己紹介の中で杉井氏は、1985年8月に起きた日航ジャンボ機123便墜落事故の現場に医療班として立ち会った時のエピソードを語った。そして、「今にして思えば、あの飛行機事故こそ、戦後日本が唱えてきた科学技術信仰による安全神話に対する最初の警告の一打だった。にもかかわらず、なんら検証も反省もすることもなく(墜落事故の真の原因はいまだに確定されていない)同じ道を突き進んだ結果、福島原発事故という未曽有の悲劇につながった」といったようなことを述べた。
 ソルティも日航ジャンボ機墜落事故と福島原発事故に強い類似を感じている。加えて薬害エイズ事件もしかり。
 利権をひたすら追い求める政・官・財の癒着や腐敗。そこに担ぎ上げられ太鼓持ちとなる御用学者連中。彼らは目の前にある現実のデータを無視して、自分たちに都合の良い言説を臆面もなく流布し続ける。金と権力と威信のためなら、国民の命なぞ、患者の命なぞ何とも思わない。
 またしても同じ過ちが繰り返されている。

 杉井氏は医師としての立場から、素人にも分かるように「甲状腺とは何か、どういう働きを司っているのか、甲状腺がんになるとどうなるのか」という点をまずレクチャーした。
  • 甲状腺は成長ホルモンを生涯産出する。もし切除したら甲状腺ホルモンを一生補充し続けなければならない。
  • 甲状腺は頸動脈のそばにあり、がんが転移しやすい。手術も難しい。
  • 小児甲状腺がんは100万人に1~3人と言われるほど、本来なら少ない。

 次に、検査で見つかった福島県の子供たちの甲状腺がんの状況を示した。
  • 原発事故以来、小児甲状腺がんの患者は増え続けている。2017年6月5日に公表された福島県民調査報告書によると、合計190人。(実に2000人に1人) 今後も増え続けるのはまず間違いない。
  • しかし、政府も福島県も、我が国の甲状腺疾患の権威・山下俊一(福島県放射線健康リスク管理アドバイザー)を擁する福島県立医大も、事故との因果関係を否定している。
  • どころか、安倍政権は今年に入って、チェルノブイリでは強制避難ゾーンとされた年間放射線量20ミリシーベルトの区域を「安全」とし、避難指示解除を行った。それに合わせて福島県は自主避難者への住宅支援を打ち切った。つまり、汚染地域に還らざるをえないよう仕向けている。
  • 子供だけでなく、大人の中でも今後、橋本病などの甲状腺疾患が増えると予測される。
 
 お隣り韓国では文在寅大統領が今が年6月に脱原発宣言をし、液化天然ガスや再生可能エネルギーによる発電を柱にする方針を発表した。杉井氏によると、韓国の原子力発電所の近くに長年住んでいて甲状腺がんを発症した人が、原発会社を相手に裁判を起こし、因果関係が認められて勝訴したとのこと。これはつまり、原発事故が発生しなくても、放射性物質を放出する原発は健康に危害を与えるという事実が法的に認められたのである。 
 なんでこんな重要なニュースが日本で報道されない!?

 明らかに何か‘おかしなこと’ ‘恐ろしいこと’が進行している。
 
 昨日67歳の誕生日を迎えたばかりという杉井氏のわかりやすく、熱く、人間味あふれる語りに会場の温度は上がった。80名を超える参加者の中には元自衛官や事故後に原発で働いた人などもいた。
 右も左も関係なく、これはまことに由々しき事態。

 ケアマネ試験が終わったら、もっと調べてみよう。


誓いの碑
薬害エイズ和解を受け厚労省内に建立された「誓いの碑」





● Happy Islandの子供たち 映画:『A2-B-C』(イアン・トーマス・アッシュ監督)

2013年日本映画。

 熊本地震の余震が続く中、九州にある原発のうち現在唯一稼働中の鹿児島県川内原発のことが気にかかる。震源が広がっていて、川内原発から80キロのところでも震度5を記録している。
 そもそもこれは本当に「余震」なのだろうか?
 「予震」でないことを祈るばかりだ。

 そんななか、東日本大震災による福島原発事故の住民への被害を描いたドキュメンタリーの上映が国分寺であった。
 監督したのは、イアン・トーマス・アッシュという1975年ニューヨーク生まれ日本在住のドキュメンタリー作家。福島原発事故の11日後に福島の取材を決意、主に伊達市を訪れて高い線量の放射線に曝された地域を取材し、不安と怒りとやるせなさに震える住民の声を採録している。
 特にアッシュ監督が懸念し問題視しているのは、子供たちの被爆である。
 
 タイトルのA2-B-C。これは、甲状腺に発生したのう胞や結節(しこり)の大きさによる判定レベルを示している。原子炉で事故が起きると、放射性物質の1つである「放射性ヨウ素」が大気中に放出される。これが体内に取り込まれ甲状腺に蓄積されると、甲状腺がんを引き起こす可能性が高くなる。新陳代謝が活発な子どもほど放射線の影響を受けやすい。
  • A1: 超音波検査によって、のう胞、結節ともに、その存在が認められなかった状態。
  • A2: 超音波検査によって、大きさが20mm以下ののう胞、または5mm以下の結節が認められた状態。要経過観察。
  • B: 超音波検査によって、大きさが20.1mm以上ののう胞、または5.1mm以上の結節が認められた状態。二次検査が必要。
  • C: 複数の医師による検討の結果、すみやかに二次検査を実施した方がよいとの判断をした状態。

 A1判定以外は、甲状腺に何らかの異常が見つかったという意味である。映画の中にはA2判定を受けた子供たちとその親たちが登場し、予測できない将来について不安な表情を隠せない。
 2011年10月から2013年11月までに福島県が実施した検査結果によれば、震災当時18歳以下の子供254,280人のうち、
 A1判定 134,805人(53%)
 A2判定 117,679人(46.3%)
 B判定 1,795人(0.7%)
 C判定 1人
となっている。(週刊「通販生活」ホームページ記事参照) 
 約2人に1人の子供に異常が見られるとは・・・・・。過剰診断を指摘する専門家の声もあるのだが、ならば福島原発事故の影響をほぼ受けなかった地域(たとえば北海道とか)の同年代の子供たちにも同じ検査をして、比較対照(コントロール)すればよい話である。しかし、当の過剰診断を訴える専門家も行政もいっこうにこれをやろうとしない。
 もっとショッキングな結果が出ている。
 福島原発事故をきっかけに「福島の子どもたちの命と健康を守ろう」と呼びかけられた基金によって建設され、今も福島駅近くで診断・治療を行っているふくしま共同診療所の昨年11月30日発表によると、
 
これまでに153人の小児甲状腺がんないし疑いが見つかり、そのうち114人を手術し113人ががんと確定しました。小児甲状腺がんの発症は100万人に3人と言われていますが、福島では約3,000人に1人の確率で発生しています。しかし国・県・福島医大・県医師会は、「甲状腺がんの多発は放射能によるものではない」と主張し続けています。(福島診療所建設委員会2015年12月15日発行『SunRise』NO,9より抜粋)
 
 全国平均の100倍強である!
 これはどう見たって過剰診断のレベルではない。ごまかしようがない。
 福島県医師会主催の開業医向けの研修会で、講師は「福島の小児甲状腺がんは放射能の影響ではなく、自然発生だ。放射能恐怖のためにスポーツをしなくなり肥満が増えた。それによる健康被害の方が心配だ」と述べたと言う。
 臆面も無いとはこういう手合いを言う。
 
 この映画を観て、どうしても連想せざるをえないのは、ソルティも裁判支援に関わった90年代の薬害エイズ事件である。国(当時厚生省)と企業(製薬会社)と医師(安部英を長とする血友病専門医)の癒着のトライアングルが手元にある明白な事実を隠蔽し、安全を吹聴し、HIV汚染された非加熱血液製剤を血友病患者に投与し続けた。結果、約1500人の血友病患者がHIVに感染し(そのなかには現在国会議員である川田龍平が含まれる)、約500人がエイズ発症し亡くなった。亡くなった子供たちの多くは、母親自らがHIV入り血液製剤を注射器で投与していたのである。
 
 国はまたしても同じ過ちを繰り返そうとしている。
 一部の医師はまたしても患者を見殺しにしようとしている。
 さらに酷いことに、メディアの大勢は真相を追究する力も倫理も見識も失っている。(この福島の子供たちの現状を今年3月11日に報道したテレビ朝日の「報道ステーション」は『週刊新潮』から激しいバッシングを受けた)
 
 隠蔽したがる理由は言うまでもなかろう。
 生身の子供よりもアトムのほうが可愛いのだ。


評価:A2BC

A+ ・・・・めったにない傑作。映画好きで良かった。 
「東京物語」「2001年宇宙の旅」「馬鹿宣言」「近松物語」

A- ・・・・傑作。できれば劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」「スティング」「フライング・ハイ」「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」「ギャラクシークエスト」「白いカラス」「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・見たのは一生の不覚。金返せ~!!




 


 
 

● 阿修羅の如し 孫正義伝 本:『あんぽん』(佐野眞一著、小学館)

あんぽん2012年発行。

 「あんぽん」とは安本のこと。安本正義という名前で日本に帰化した男が、もとの韓国姓に改姓して、孫正義になった。
 ソフトバンクの創業者にして社長、日本で五指に入る大富豪、脱原発を唱え私財100億円を投じて自然エネルギー開発に取り組む、稀代の変革者である。
 東北大震災の折りの俊敏かつ積極的な救援活動は、並み居る政治家を恥じ入らせるに十分すぎるものであった。

 この本は、一人の野心溢れる青年起業家が成功するまでの道のりを描いた通常の伝記やサクセスストーリーとは異なる。でなければ、サクセスストーリーにも企業経営にもITの将来にも政治的駆け引きにも興味のない自分のような読者が、あえて手に取ろうとは思わなかったであろう。
 本書が他の伝記と違っているのは、これが在日朝鮮人の昭和・平成史と読めるところである。

 孫正義の父方の祖父と母方の祖父(ともに朝鮮人)は、日本の鉱山で働いていた。母方の祖父は強制連行に近い形で朝鮮から連れて来られ、筑豊の炭鉱で最も危険な仕事をやらされた。孫正義の母親の弟(叔父)は、国鉄職員を希望したものの出自をもとに断られ、やはり鉱夫となり1965年に炭鉱爆発事故で亡くなっている。孫正義の両親(在日2世)は、佐賀県鳥栖駅前の朝鮮部落で養豚や密造酒づくりで何とか生計を立てていた。孫正義は、豚と酒の匂いの充満するその路地で生まれ育ったのである。
 貧困からの脱出をはかる孫の父親・三憲には事業の才覚があり、金貸し業で財を成した後、九州最大のパチンコチェーン店のオーナーとなる。むろん、それ以外の事業で在日が伸し上がるのは不可能に近かったろう。
 きわめて貧しい幼少時代のあと、きわめて豊かな少年時代を経て、幼少期から抜群に利口で意志の強かった孫正義は、実業家の道を選んで、自由の空気に触れるべく単身アメリカに行く。あとはもうサクセス街道まっしぐら。在日3世にして花形産業の青雲児に、ITやエネルギー政策を手綱に日本の未来を左右する存在にまでのし上がったのである。
 この本をサクセスストーリーと言うのであれば、それは孫正義一個人のサクセスストーリーではなくて、三世代にわたる在日朝鮮人のサクセスストーリーである。孫正義が在日の星と仰がれるのも無理はなかろう。
 が、単なるサクセスストーリーに終わっていない。
 著者は、孫正義という男が、三世代にわたる「血と骨」の在日朝鮮人一家の中で、どのように作られたかを検証している。未来を熱く語り周囲の人間を惹きつけ巻きこんでいく孫正義の類まれなるパーソナリティの形成を、血縁・文化・民族的背景に探っている。
 一人の個人を創っているのは、その個人の誕生からあとに起こった出来事だけではない。むしろ、誕生前に起こった有形無形のことの結果として、個人は運命づけられる。著者のそんな考えが紙面から立ち現われて来るようだ。

 著者の佐野眞一もまた毀誉褒貶ある人だ。
 作品が高く評価されている一方で、剽窃事件を起こしたり、『週刊朝日』の橋下徹人格否定記事でバカをしている。おそらく、この伝記でやったようなことを橋下徹に対してもやりたかったのではないかと推測するが、相手が悪かった。在日朝鮮人問題と部落問題じゃ、歴史も深みも異なる。


 著者は、孫の父親はじめ、出会えるかぎりの様々な関係者に出会って、話を聴いている。韓国にまで飛んでいる。その徹底した取材ぶりはプロと言うにふさわしい。
 次第に明らかになってくる孫正義のルーツに、日本の近代の闇を見ると言ったら大げさであろうか。
 もっとも、在日朝鮮人の来歴および家庭環境を、孫一家に代表させることは間違いであろう。もっと穏やかな、平凡な家庭のほうが圧倒的に多いはずである。
 孫正義の父親のキャラクターの濃さ、取材過程で登場する親類たちのアクの強さ(孫の叔父は元ヤクザ、孫の祖母は子豚に自らのおっぱいを吸わせていた)、親類縁者の魑魅魍魎のごとき争い、男たちの激しやすさ、粗暴なふるまい、そして朝鮮人差別・・・。こういったあまりにも濃すぎる情念の坩堝から、ITという無機質な産業の覇者が登場するという、ある種不可思議な、ある種納得のいく運命の皮肉。
 一見、優しそうで穏やかそうな孫正義の表情の背後には、虐げられてきた在日朝鮮人の怨みと怒りと哀しみと復讐心と、自分を育ててくれた日本という国に対するアンビバレントな思いと、朝鮮・韓国という国に対する複雑な思いと、貧困の中にあった親族の愛と助け合いの思い出と、裕福の中に発現した親族の裏切りと罵りあいの醜悪さと、震災被災者に対して発動されたような非利己的な自発的な愛と、それらもろもろが、天才脳のサイバー空間を四六時中、経巡っているのかもしれない。

 そう言えば、孫正義は興福寺の阿修羅像に似ている。

仏像は語る



● 日本人の宿痾 本:『原発ホワイトアウト』(若杉冽著、講談社)

140114_1102~01 政治にも会社経営にも権謀術数は付き物である。
 だから、いまさら匿名の現役官僚が、政・官・財の癒着や腐敗や国民無視を暴いたところで呆れ返ることはあっても驚くことはない。ましてや恐怖することなんて・・・。

 だが、この小説は怖い。

 読みながらダブるのは山崎豊子の『沈まぬ太陽』である。地位と権力と金とを執拗に追い求める政・官・財(JALをモデルとした航空会社)に巣食う魑魅魍魎によって組織が腐敗し、安全倫理が保たれず、結果として乗客の命が紙っぺらのように扱われる様を、山崎豊子は赤裸々に描いた。
 あるいは薬害エイズ事件である。厚生官僚(OB)と製薬会社と医者とがつくる魔のトライアングルが、HIV入りの血液製剤が市場に出回るのを放任し、結果として血友病患者1500人余の命を奪った。
 どれも構造は同じである。
 人間が変わらないかぎり、同じことは何度でも繰り返される。再発防止の為のどんな法律や制度や仕掛けや委員会をつくろうとも、頭のいい奴は必ず法に触れない抜け道を思いつく。一時は怒った大衆も忘れてくれる。
 こんなことは人間の歴史が始まってから何万回と繰り返されてきたわけで、いつの時代でも、日本に限ったことでなしに、生じている。であればこそ歴史小説は人気がある。庶民の命の価値がグレードアップしたぶん、現代の方がマシという話であろう。
 問題は、こうした政官財の腐敗によって起こる事故の規模・社会的な負の影響力の大きさである。

 こんな比較の仕方は良くないと分かっているが、あえて書いてみる。
 JAL123便の事故(1987年)による犠牲者は520名。飛行機一機の墜落で生じる被害は、人命数百と墜落地点の人的・環境的被害が主である。
 薬害エイズで起きた被害は、数千人のHIV感染と1500名余の死。HIVによる二次感染、三次感染があり得るので、実際の被害はもっと多い。
 福島原発事故の被害は測り知れない。事故による直接の死者や修復に携わる職員・作業員の死者の数は曖昧にされているので不明だが、放射線被爆の影響は数百万人に及ぶ。今後、子供などにどういう影響が出てくるかも分からない。被害は人間ばかりでない。他の生き物や自然も深甚なダメージを受けている。
 ウイルスや放射線のように目に見えない、拡散する、有毒な相手に対しては、人間はあまりにも脆弱なのである。これらを制御できるには、人類はまだ数世紀幼すぎる。「またいつもの政官財の癒着か」で義憤するだけでは済まされない。
 だから、この小説は怖い。

 原発メルトダウンは現実に起ったことであり、今後現実に起りうることである。
 そして、本書の扉に記されている「歴史は繰り返す。一度目は悲劇として、二度目は喜劇として」というカール・マルクスの言葉通り、生じた悲劇を反省できずに同じ道を歩む日本人の道化ぶりは、現在まさに上演中である。凄まじい勢いを持って原発推進に向けて脚本は書かれ、舞台は進行している。
 あれからまだ3年もたっていないのに・・・。
 なんら抜本的な防災対策も取られていないのに・・・。
 日本人の驚くべき健忘症を著者はこう書いている。

 フクシマの悲劇に懲りなかった日本人は、今回の新崎原発事故でも、それが自分の日常生活に降りかからない限りは、また忘れる。喉元過ぎれば熱さを忘れる。日本人の宿痾であった。

 著者の絶望がこの一文に凝縮されている。
 だが、現役のキャリア官僚がこのような告発小説を世に出せたことに、まだ一縷の希望がある――と思いたい。

 


● 本:『沈まぬ太陽』(山崎豊子著、新潮文庫)

沈まぬ太陽 2001年刊行。

 久しぶりの長編小説にして、はじめての山崎豊子。

 う~ん、さすが七百万部を超えるベストセラーだけあって、息もつかせぬ面白さ。一気呵成に読み上げてしまった。
 面白さの主因は、虚実皮膜というか、「どこまでが事実で、どこからがフィクションなんだろう?」と、好奇心をそそられるところにある。
 文庫本の但し書きにはこうある。

 この作品は、多数の関係者を取材したもので、登場人物、各機関・組織なども事実に基づき、小説的に再構築したものである。

 と来れば、多くの登場人物にモデルとなった実際の人物の存在を想定するし、エピソードのかなりの部分が実際にあったことなんだろうなあと思うのが道理である。悪く書かれているキャラクターや組織のモデルとなった人物・団体は黙っていないだろうなあ~、とか思うわけである。
 実際、この小説を連載していた『週刊新潮』を、日本航空は機内に置かなかったという。


 何と言っても白眉は第三巻の「御巣鷹山篇」。

 1985年8月12日に遭った日航ジャンボ機123便墜落事故の一部始終が、迫真の筆致と、胸をえぐられるような慟哭の基音をもって描き出されている。嗚咽せずに読むのが難しかった。
 乗員乗客524名のうち死亡者520名という、未曾有にして最悪の航空機事故を起こした背景に潜むのが、親方日の丸に依存していた日本航空(作中では「国民航空」)の腐りきった企業体質、いびつすぎる労務管理、政財界との癒着によって甘い汁を吸うことばかりに汲々とし利益追求の旗の下「安全」を二の次にした幹部のつける薬もない無能さ、こうした企業風土の中で疲弊し低下していく社員の士気、であったことをこの作品は暴き出していく。
 中小企業ならこれを機に会社がつぶれても仕方ないほどの、大きな、社会的インパクトのあるこの悲惨極まる事故を起こしたあとですら、日本航空(作中では「国民航空」)は自浄能力を発揮することができなかった。
 登場人物の一人が、その有様を「末期ガン」と表現しているけれど、利権と既得権と賄賂と便宜と天下りと政治的駆け引きと権謀術数と嫉妬と裏切りとが渦巻く、まさに魑魅魍魎の世界がそこには広がっていたのである。
 ううっ、気持ち悪い。

 世の中きれいごとだけでは通じない、清き流れに魚澄まず、というのはいっぱしの社会人なら誰でも理解しているけれど、巨悪のやることはほんとうに常軌を逸している。
 食欲、性欲、物欲・・・・欲にもいろいろあるけれど、権力欲に勝る危険なものはあるまい。他の欲は個人のレベルでおさまるけれど、権力欲は社会を滅ぼしかねない。 とりわけ、それが国(政治家)と結びついた時は自浄能力が期待できないだけに恐ろしい結果となりうる。

 JALと東電は双子のようだ。
 2012年の「沈まぬ太陽」とは原子炉のことである。


 くわばら、くわばら。



● ミッドウェー再び 本:『日本人と「日本病」について』(岸田秀×山本七平対談、文春文庫)

日本人と「日本病」 唯幻論を説く精神分析学者・岸田秀と従軍経験のある歴史学者・山本七平との対談。
 1980年に刊行しているから、すでに30年以上の歳月が過ぎている。この間に日本にはいろいろなことがあった。個人が起こした事件は除いて、すぐに思いつくものを挙げるだけでも、


 日本航空123便墜落事故(1985)
 リクルート事件(1988)
 大喪の礼(昭和天皇の逝去)(1989)
 バブル景気とその崩壊(87~91年)
 PKO協力法の成立(1992)
 阪神・淡路大震災(1995)
 オウム真理教(1995)
 薬害エイズ裁判(1997)
 自衛隊イラク派遣(2003)
 政権交代(自民党から民主党へ)(2010)
 東日本大震災・津波・福島原発事故(2011)


 こういった日本全体を巻き込み、日本人のほとんど全員に影響を及ぼしたような大事件をその因果関係やその当時の風景(世論、人々のふるまい、空気、対処の仕方など)と共にふりかえってみると、やはりそこには日本人が持っている国民性が共通して浮かび上がってくることに気づく。
 そしてそれは、ここ30年に限らず戦後を通して、いや戦前・戦中も維持されてきたものであり、遡れば文明開化や江戸時代のペリーの来航にまで、さらに遡れば中世、古代、弥生・縄文時代まで源をたどることができる。それでこその国民性である。
 その国民性が吉と出るか凶と出るかは、日本の場合、多くは外国との関係によって決まってくる傾向にある。鎖国が可能な極東の島国、という条件がこの国民性を滋養した一つの大きな要因であるが、それは同時に、外国との折衝を持たず一国のみですべてがマネジメントできている間ならばこの国民性はうまく働くということである。
 しかし、ペリー来航以降に見るように、外国(近代欧米国家)との「取るか取られるか」の弱肉強食の猟場に引きずり込まれると、この国民性は不利に働く。
 そこで、明治政府は温州みかんにレモンを接ぎ木するが如く、日本の国民性の上に無理やり近代西欧的な価値観やスタイルを接合させた。あるいは、中国の纏足のように、近代西欧文化という枠組みに日本人を合わせようとした。

 精神分析の徒である岸田によれば、この無理強いこそが、日本人を精神分裂病に招き、バンザイ突撃やカミカゼ信仰に象徴されるような太平洋戦争時の奇矯なふるまいや、先にあげたような重大事件に際してはからずも露呈するような、近代国家の視点からすると「不可思議きわまりない」日本国家及び日本人のふるまいの原因となっている。むろんそれは、今も続いている。

 欧米諸国が内的な必然性を持って、すなわち「内側から」自発的に、近代国家への道を歩んでいったのにくらべ、日本は何ら内的必然性を持たないままに、「外側から」無理やり近代国家に仕立て上げられていったところに悲劇があった。たとえは悪いが、性欲の自然な高まりと異性への関心の増加によって最初の性交に至るのと、性欲もまだ湧かず異性への関心もまだないのに無理やりレイプされてしまったのとの違いであろうか。
 可哀相な我が日本よ・・・。


 だが、もし黒船が来なかったら、開国要求や植民地にされる危機がなかったのなら、日本人は太平の江戸時代の末に近代欧米化への道を自発的に歩んだのであろうか?


 おそらく、違ったであろう。
 なぜならば、前近代の欧米諸国とペリー以前の日本とでは、まったく精神構造が違っていたからである。
 この彼我の違いを岸田と山本七平が述べている部分を適当にピックアップすると、


山本 日本人の社会には神がいないんですね。人間と人間とがいて、お互いの間で相手の立場に立って話し合うわけです。


山本 日本の社会では話し合いさえつけば、ほかのことはどうでもいいのであって、いわば無原則ですよね。ところが彼ら(ソルティ注:イスラム、欧米)は神との間の契約があるから原則だらけで、きわめてうるさい。たとえ個人と個人の間で約束しても、それが神との契約に反していたら、人との約束を破棄しても当然です。

岸田 日本では原則がないというのが原則なんです。


岸田 ・・・日本というのは、あらゆる組織、あらゆる集団が、血縁を拡大した擬制血縁の原理で成り立っているわけですね。


岸田 向こうの(ソルティ注:欧米の)社会とか集団とかはみんなそうですね。家族という血のつながりを断ち切った者たちが、全然別の明確な原理にもとづいて別のレベルで新たな集団を形成するんですね。


山本 日本では何かの集団が機能すれば、それは「共同体」になってしまう。それを擬制の血縁集団のようにして統制するということじゃないでしょうか。


岸田 ヨーロッパ人の自我は神に支えられ、日本人の自我は人間関係に支えられているという違いがあるわけですが、ここが違っているのですから、当然、何が自我の崩壊の不安を呼び起こし、何が恐ろしいかということが、ヨーロッパ人と日本人とでは違っているわけです。ヨーロッパ人にとって恐ろしいことは、神との契約、神の戒律に背いて神の怒りを買うことですが、日本人にとって恐ろしいことは、人々に迷惑をかけ、人々から非難され、見捨てられることです。


  これらをまとめてみると、次のようになる。

           日本                       欧米
 個を超越する  人と人との関係(和)       神
 組織の在り方  擬制血縁による共同体      機能集団(分担と役割)
 関係の基本   話し合い(その場の空気)    契約
 人を縛る     世間の目              法
 原則は      ない                 ある  
 近代的自我   脆弱                 強い

 これでは同じ土俵に上がっても勝負にならない。組織のあり方ひとつ見ても、近代兵器を使った戦争に勝てるはずがない。太平洋戦争で日本は惨敗するが、その原因として岸田も山本も日本とアメリカの戦力の差、物量の差以外のものを指摘する。

岸田 日本軍とヨーロッパやアメリカの軍隊との大きな違いがそこにありますね。日本では、軍隊というのも共同体になるから、共同体の秩序原理が働いて合理的な作戦がとれなかったということがありますね。

岸田 ・・・日本軍は陸海軍とも補給という現実のレベルのことに重きをおいていなかったんですね。日本軍は、現実のレベルではなく、主観的な気分のレベルで戦争をやっていたとしか言いようがない。勇気というものを自己目的化して、退却や降伏に拒絶反応をしたのも、気分のレベルで戦っていたからですね。


岸田 なぜ(日本の戦術は)戦略思想どおりに展開しなかったんでしょうか。
山本 それは確固たる思想がなかったということと、やっぱり日本は共同体ができてしまうんです。大鑑巨砲屋、水雷屋、飛行機屋とそれぞれコミュニティをつくって、自分の存在を主張するもんだから、それぞれバランスをとらねばならず、それで結局、どうにもならなくなった。・・・大体において、確固たる見通しに立って、将来はこうなるんだからこうすべきだという発想がないんだから。(下線ソルティ)
 

 最後の一文は、まさに日本の国民性の最大の欠陥=「日本病」を衝いている。日本には政策というものがない。戦後の日本の政府がやってきたのは、起こってしまった事件に対して不器用に事後処理するだけである。いまの福島原発事故を見るがいい。
 そして、いま50年後、100年後の日本のエネルギー問題について真剣に考えていかなければならないのに、いまだに原状復帰を目指しているありさまだ。
 おそらく福島原発事故は、太平洋戦争でいえばミッドウェーで大敗を喫したのにあたるだろう。日本の敗北がほぼ確定した時点(1942年)である。このときに降伏していれば、その後の本土決戦や沖縄戦、広島・長崎原爆被害を含む何百万という命は失われなかった。日本が侵略したアジア諸国の何千万人にいたっては言うまでもない。しかし、軍部はすでに冷静な判断を失っていた。否、もとから冷静な判断があれば開戦に踏み切らなかったであろう。このあたりは猪瀬直樹に詳しい。(→ブログ記事参照http://blog.livedoor.jp/saltyhakata/archives/4699834.html
 原発をなおも遮二無二、推進しようとする政財界の動きは、まるで自滅へと突っ走った太平洋戦争時の軍部のようである。過去のトラウマを無意識に強迫的に再現しているのだろうか。

 このような「日本病」をどう治療していくかという点に対談は及ぶ。
 マッカーサーが「日本人の精神構造は12歳」と言ったのを引き合いに出して、岸田はこう述べる。

 もし日本人がまだ子供であるとして、これから精神発達をとげて大人になってゆくとすれば、そのときの大人というものの基準は、欧米の大人の基準とは違った、日本人独自の基準でなければならないと思いますよ。子供から大人になるといったって、日本人を動かしている原理や行動規範の内容が変わるわけではありません。・・・・
 大人と子供の違いは、自分の行動規範をどれほど自覚し、相対化しているか、その通用する限界をどれだけ知っているかにある。たとえば欧米人が自分の行動規範を普遍的だと思いこみ、これが日本人にも通用するときめてかかっているとすれば、その点で彼は幼児的なわけです。これから日本人は、さまざまな外国人の行動規範との関係において、自分の行動規範の違い、相対性、限界を知り、従来のように無意識的にそれに引きずられて何かをやらかしてしまうのではなく、自覚的に自分の行動規範に基づいて行動できるよう、努力すべきではないでしょうか。日本人は日本文化の行動規範によってしか行動できないんですから。それが日本人として大人へ成長するということだと思うんですよ。 

 30年前の対談とは思えない。


● 官僚達のメルトダウン 本:『プロメテウスの罠』(朝日新聞特別報道部編、学研)

プロメテウスの罠 副題は「明かされなかった福島原発事故の真実」。
 朝日新聞に2011年10月3日から2012年2月6日まで連載された記事をまとめたものである。
 6部構成になっており、原発の近くに住みながら正確な情報を知らされず疑心暗鬼のまま逃げ惑う被災者たち、「余計な動きをするな」と釘を刺さんばかりの国の研究機関を辞職して現地に飛び込んだ研究者、放射線の拡大範囲を示すSPEEDI(放射能影響予測システム)のデータを官邸に報告しなかった原子力安全・保安院、自身広島で被爆し内部被爆の危険について訴える医師、チェルノブイリの子供たちの被爆調査をしたため当局に別件逮捕された学長、外部に飛び散った放射線は東電の所有物ではないと裁判で主張する東電、そして地震発生後5日間の管首相を中心とする官邸のあたふたぶり。
 様々な視点、様々な角度から、未曾有の原発事故を検証する。
 とりわけ、最終章の「官邸の5日間」は、地震発生後、次々と誘発する福島原発のトラブルと後手後手に回る政府の対応が、緊迫感を持って描き出され、我々が投げ込まれていた一触即発の危機的状況に今更ながら背筋の凍る思いがする。
 いや、訂正しよう。我々が投げ込まれて「いる」危機的状況と。

 どのエピソードも衝撃的な事実ばかりなのだが、自分が驚きを通り越してあきれかえってしまったのは、第三章「観測中止令」である。

 原発事故発生後の3月31日、各地で異常な高さの放射能数値が報告されるさなか、気象庁の気象研究所に勤務する青山道夫に、放射能の観測中止令がメールで届けられた。
 気象庁の放射能観測は、アメリカのビキニ環礁での水爆実験(第5福竜丸被曝事件)があった1954年に始まった。世界で最も長い期間にわたるデータを有する環境放射能の観測システムである。国際的な評価も高い。
 それをなぜ、よりによって今、やめなければならないのか。

 命令の主は、気象庁本庁企画課であった。理由は、
 「文部科学省が予算を配分してくれない。」
 「福島原発事故に対応するため、関連の予算を整理すると文部科学省から通達があった。」

 確かに急を要する事態に経費が膨れ上がり予算を圧迫したのは確かだろう。
 しかし、放射能の観測は優先順位から言ってトップに来るべきものであることは素人でも分かる。予算額は4100万円に過ぎない。

 青山は、文部科学省に直接確認を入れる。すると、同省原子力安全課から返事があった。
 「気象庁から放射能調査研究費は必要ないとの回答をいただいています。」
 「予算を緊急の放射線モニタリングに回したいと、財務省が言ってきたのです。」

 いったい、だれが本当のことを言っているのだろうか。気象庁か文科省か。だれが予算の締結を決めたのか。文科省か財務省か。例によって責任の押し付け合いだ。

 いや、この際どっちでもいい。もっと上からの(原発村の政治家たち)命令であるかもしれない。
 問題は、文科省の官僚も、気象庁の官僚も、いま放射能観測をやめることになぜ唯々諾々と従ってしまうのかという点である。ここには自分の判断、知恵というものがない。
 「ちょっと待てよ。これで本当にいいのか?」と疑問を呈する者が、末端の青山に至るまで一人もいないとはどういうことだろう?
 判断せずに、政治家や上層部の言う通りに着実に業務をこなすことが自分たち官僚の役割と割り切っているのか。

 気象庁企画課の担当職員は言う。
 「放射能観測は気象庁本来の業務ではないですから、優先度は低いのです」

 国民の命や健康を守ることよりも、省庁間の業務の縄張りを守ることが優先であると言わんばかりの言いぐさ。これを倒錯と言わずになんと言おう。

 官僚諸氏は、確かにIQが高かろう。勉強も良くできたろう。作業効率も高かろう。東大出も多かろう。
 しかし、明らかになにか大切なものを欠いている。人間として大切な何かを。
 省庁に入所した時から欠いていたとは思えない。おそらく、非人間的な官僚システムと激務の中で摩滅していくのだろう。ライバルとの激烈な出世競争の中で失っていくのだろう。自分勝手でスタンドプレー好きな政治家達の右に左に揺れ動く言動に振り回されて疲弊していくのだろう。

 薬害エイズを起こした頃とちっとも変わっていない。
 いま救わなければならないのは、官僚たちのメルトダウンである。


● 映画:『第五福竜丸』(新藤兼人監督)

 1959年近代映画協会、新世紀映画制作。

 この作品を観ている途中、急に寒気に襲われ体の震えが止められなくなった。風邪ではない。
 マグロをもとめてミクロネシアに漁に出た第五福竜丸の23名の乗組員たちが、3月1日の早朝、洋上はるか遠くに明るく輝く光のショーを、寝起き姿のほとんど裸に近い恰好で並んで目撃しているシーンで、ぞっと寒気が走ったのである。その数分後に爆音が鳴り響き、キノコ雲が起立する。

 今でこそ我々は、キノコ雲が原水爆の爆発に附随する現象であることを知っているし、放射線被曝が相当の範囲にまで及ぶことも知っている。もし、現在の船員が同じ場面に遭遇したら、すぐに救助信号を発して甲板から船底に退避するだろう。
 しかし、当時(1951年)の焼津の漁師達は、そんなこと知らなかった。

 1時間後に空がかき曇って、白い粉雪のようなものが降ってきた。強い放射線を放つ、いわゆる死の灰である。もちろん、船員達はその恐怖も知らない。甲板やマストに降り積もる灰の中、何の防御もせずに作業を続ける。灰を浴びた食料を帰港の日まで食べ続ける。
 結果、23名全員が重い放射能症にかかり、数ヶ月後、無線長だった久保山愛吉が脳症を発症して亡くなった。

 ビキニ環礁でアメリカが行った水爆実験。
 この作品は、実際にあった事件を映像化したものである。

 カメラは、家族らに見送られて福竜丸が焼津港を華々しく出立する場面からはじまって、船内での男達の活気ある生活ぶり、荒々しい漁の様子、被曝する瞬間、帰港してから事件がマスコミに知られ騒がれるまでの経緯、船員達の悪化する症状、病院内での生活、日米の医療者の対峙、船員と家族らの関わり、そして全国民が注視する中の久保山愛吉の死までを、急がずに、あおらずに、淡々と描き出していく。ナレーションも、説明ゼリフも、過剰な演技も、凝った演出も、音楽による盛り上げも、主義主張の押しつけもない。焦点は、あくまでも、漁師達の被った被害の様子に置かれている。
 その謙虚なまでのつつましさが、かえって事件のリアリティを浮き上がらせている。この悲劇の持つ意味をえぐり出している。そこには観る者がなんらかの「物語」を仕立てて味わうべき余地などもはやないのだ。
 若者達の未来の剥奪、家族の別離、被爆者への偏見と励まし、医療者の奮闘と絶望、国民的な関心と反核運動の高まり、日米関係の不均衡が生み出す様々なレベルの情報操作、犠牲者の死・・・・。どのエピソードも元来なら観る者の感情移入を許し、物語に酔いしれる快楽(=娯楽性)をくれるに十分な要素を持っている。スピルバーグなら、ここからどれほどの感動の波を作り出し、観客の涙を絞り出させることだろう。
 しかるに、新藤兼人は律儀に娯楽になりきることを拒絶するのである。感動的ドラマも政治的意味づけも、気軽に生みだし味わうことを許さないような潔癖さを保つのである。


 そして、それは正しい。
 我々が紡ぐいかなる「物語」も、地上にある何万発という核兵器(+何百基とある原発)の前では死の灰一片ほどの重さも持たないのだから。我々は、死刑台の上でマタタビに酔って踊っている猫みたいなものなのだ。

 イギリスの小説家アーサ・ケストラーはこう述べた。

 有史、先史を通じ、人類にとって最も重大な日はいつかと問われれば、わたしは躊躇なく1945年8月6日と答える。理由は簡単だ。意識の夜明けからその日まで、人間は「個としての死」を予感しながら生きてきた。しかし、人類史上初の原子爆弾が広島上空で太陽をしのぐ閃光を放って以来、人類は「種としての絶滅」を予感しながら生きていかねばならなくなった。


 核は共同幻想(=物語)を崩壊させるに十分な力を持つ。国という幻想、主義という幻想、宗教という幻想、民族・人種という幻想・・・。
 実に皮相で、逆説的なのだが、核の前でやっと人類は一つになった。
 一つの運命共同体に。

 


評価: B-


A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」 
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」
        ヒッチコックの作品たち

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」
        チャップリンの作品たち   

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」
        「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!




● ああ、無明! 映画:『100,000年後の安全』(ミカエル・マドセン監督)

 2009年、デンマーク、フィンランド、スウェーデン、イタリア。

 人類はどこかの時点で自己破滅を選択した。

 この映画を観るとそう思う。
 一体、どの時点だったのだろう?

 チェルノブイリ原発事故にもかかわらず原発推進を止めなかった時か(1986年)。
 スリーマイル島原発事故にもかかわらず原発推進を止めなかった時か(1979年)。
 ラスムッセン報告(大規模事故の確率は原子炉1基あたり10億年に1回)により原子力発電の安全性が喧伝された時か(1974年)。
 世界初の原子力発電所ソビエト連邦のオブニンスク原発が発電を開始した時か(1954年)。
 アイゼンハワー大統領が国連総会で原子力平和利用に関する提案を行った時か(1953年)。
 広島、長崎に原爆が落とされた時か(1945年)。
 キュリー夫人が放射能を発見した時か(1898年)。
 いやいや、ノーベルがダイナマイトを発見した時か(1866年)。
 銃が使用されるようになった時か(13世紀)
 剣を手にした時か。
 棍棒を手にした時か。
 エデンから追われた時か。

 あたかも人類はそもそもの最初から絶滅に向けて歩んでいるかのようである。それも人類という一つの種の絶滅だけでなく、大地も、生きとし生けるすべての命も道連れにするつもりらしい。
 まぎれもなく人類は、地球上に現れた最悪の生命体である。
 そのことはいい加減自覚しなければならないだろう。
 これは悲観主義でもニヒリズムでもなく、客観的な事実である。

 地球と他の生命達とを守るには、本当は人類が絶滅するのが一番いいのである。
 
 ・・・と、思っていた。
 だが、もうそれすらも無理らしい。
 人類が今絶滅したところで、地球の未来も他の生命の存続も保障できなくなってしまった。
 それは25万トンの放射性廃棄物が今すでに地上にあり、その半減期は数万年に及ぶからである。
 放射線被爆以外の他の理由によって人類は滅びるかもしれない。第三次世界大戦か、地球の温暖化か、氷河期の到来か、地殻変動か、惑星の衝突か、ウイルスの蔓延か、宇宙人の来襲か、第2のノアの洪水か、サードインパクトか・・・・。数万年の間には何が起こっても不思議ではない。
 しかし、今すでにある放射性廃棄物は地上に残り続ける。致死性の放射線を出し続けながら。

 フィンランドのオルキルオトに世界で初めての高レベル放射性廃棄物の最終処分場が建設されている。固い岩盤をくり抜いた地中奥深く、アリの巣のようにいくつものトンネルが連なる施設を造って、放射性廃棄物を詰めたカプセルをあたかもアリの卵のように並べて、今後10万年間保管するのだという。
 この映画は、その処分場オンカロの建設に関わる人々へのインタビューを中心としたドキュメンタリーである。

 今さらオンカロの建設の是非を問うても仕方ない。
 すでにあるものをほうっておくわけにはいかないのだから。
 できるだけ知恵を絞って、今ある科学的データと工学的技術を結集させて、未来の人類のためにできる限り安全な施設を造るほか選択肢はないのだから。
 このあたり、やはり西欧人は合理的だなあと変な意味で感心する。目の前の現実を客観的に分析し、理性的に判断し、最善の策を考える。
 日本人だときっとまず「オンカロ建設反対!」の声がかまびすしく、なかなか対策が進まないだろうと想像する。その結果、手遅れとなり、最悪の事態が待ち受けている。太平洋戦争でこれをやり、原爆投下を招いた国民である。(→ブログ記事『なぜ日本は負けに行ったのか』p://blog.livedoor.jp/saltyhakata/archives/4699834.html
 
 10万年間オンカロが耐久できるか。
 10万年の間に地殻変動があって、廃棄物カプセルが地表に出て破損したらどうするのか。
 もうそんなことを議論できるレベルはとうに終わっているのだ。一番耐久できそうな方法で保管するしかない。後戻りはできない。
 だから、オンカロ建設上の最大の懸念は、「未来の人類がこの施設の危険性を知らずに、開けてしまうのではないか」という笑い話のようなところにある。それをどう防ぐかが真剣に議論されている。
 1万年前の人類と我々とがコミュニケーションできない現状を考えてみれば、それは納得できよう。わずか2000年前のピラミッドの文字の解読さえ、非常に困難が要るのだから。
 オンカロの入り口にモノリス状の石碑を建てて、世界のあらゆる言語で警告を記すというアイデアがある。
「何人もこれより先に行ってはならない。」
 未来人が文字を使わない文明を築いていることも予想して、本能的に危険を知らせるイラスト(ドクロマーク等)を描くアイデアがある。
 警告のようなものがあるとかえって好奇心を刺激して開いてしまうだろうから、何も置かずにほうっておいたほうがいいというアイデアがある。

 この映画はもう一つの『博士の異常な愛情』(キューブリック)であろう。


 こうまでして手に入れた原子力だが、その寿命はあと数十年と言われている。原料となるウランが尽きるからである。



 

評価: B+


A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」
        ヒッチコックの作品たち

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」
        「ボーイズ・ドント・クライ」
        チャップリンの作品たち   

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」
        「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!



● 今、もっとも日本人にすすめたい  映画:『みえない雲』(グレゴール・シュニッツラー監督)

 2006年。ドイツ映画。

 原題はDIE WOLKE(雲)。
 原発事故で発生した放射能を含んだ雲のことである。

 西ドイツのある町で原子力発電所の放射能漏れ事故が起こり、周辺に住む人々に避難警報が発令される。
 物語前半は、高校生のハンナと弟のウリーが放射能から逃れようと、家を捨て町を脱出するまでの姿をパニック映画のスタイルで描く。後半は、事態がひとまず落ち着いたものの、病院に収容されたハンナや友人や恋人が次々と発病し、死の恐怖と闘っていくなかでの人間ドラマを描く。

 事故直後は、見えない放射能よりも、見えるパニックのほうが実際には恐ろしい。ウリーは、放射能ではなくて、パニックの中で猛スピードで逃げる自動車に轢かれて死んでしまう。結果論ではあるが、逃げずに家の中に籠もっていたほうが安全だったのだ。
 一方、放射能の恐怖は、直接の被爆でなければ、あとからじわじわとやってくる。髪の毛が抜け、皮膚に腫瘍があらわれ、体は痩せ細り、周囲の人々から恐れられ・・・。ハンナと恋人のエルマは、再会の喜びもつかの間、二人とも発病する。
 時を分けて襲ってくる二段重ねの恐怖の実態がよく描けている。

 主人公ハンナを演じたパウラ・カレンベルクは、チェルノブイリ原発事故のときに胎児であった。外見こそ健常であるが、心臓に穴が開いており、片方の肺がないとのこと。

 いま日本人がもっとも観ておきたい映画である。
 まだ遅くはない。



評価: B+

参考: 

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 

「東京物語」 「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。

「風と共に去りぬ」 「未来世紀ブラジル」 「シャイニング」 「未知との遭遇」 「父、帰る」 「フィールド・オブ・ドリームス」 「ベニスに死す」 「ザ・セル」 「スティング」 「フライング・ハイ」 「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」 「フィアレス」 ヒッチコックの作品たち

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。

「アザーズ」 「ポルターガイスト」 「コンタクト」 「ギャラクシークエスト」 「白いカラス」 「アメリカン・ビューティー」 「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。

「グラディエーター」 「ハムナプトラ」 「マトリックス」 「アウトブレイク」 「タイタニック」 「アイデンティティ」 「CUBU」 「ボーイズ・ドント・クライ」 チャップリンの作品たち   

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)

「アルマゲドン」 「ニューシネマパラダイス」 「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ~。不満が残る。

「お葬式」 「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった

「レオン」 「パッション」 「マディソン郡の橋」 「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!

● アルゼンチン・シンドロームはあるか? 映画:「チャイナ・シンドローム」(ジェームズ・ブリッジス監督)

1979年アメリカ映画。

十代の頃、テレビで観ているはずである(淀川長治さんの日曜洋画劇場あたり濃厚)が、内容はすっかり忘れていた。化学調味料(いわゆる○○の素)を使いすぎた中華料理を食べて具合が悪くなるアメリカ人続出、いわゆる「中華料理店シンドローム」とごっちゃになっていたくらい、すっかり忘れていた。
原発問題がテーマということで話題復活。探してみたら、ちゃっかりお奨めコーナーに陳列されていた。

まず、制作=マイケル・ダグラスに驚く。
調べてみたら、もともと監督志望だったらしく、この作品より前にあの有名な『カッコーの巣の上で』を制作している。オスカーを獲った『ウォール街』や色物サスペンス『氷の微笑』『危険な情事』の印象が強いので、"ちょい悪バブル親爺"のイメージがあったが、年齢からするとヒッピー世代なのだ。この映画の中でも、フリーのカメラマンという役柄のせいもあるが、ロンゲの、いかにもヒッピー上がりの反体制意識むきだしの風貌で登場してくる。実像は、そっちなのだな。もちろん、反原発派だ。

ジャック・レモン『お熱いのはお好き』、ジェーン・フォンダ『バーバレラ』もなつかしい。脇もベテランでしっかり固められていて、役者が揃うと映画は面白いなあ~。
ジェーン・フォンダはこのとき42歳のはずであるが、まだ十分に美しい。今で言うなら、ニコール・キッドマン風の正統派美女。ロジェ・ヴァデムがもう少し長生きしていたら、ニコールも彼の女性遍歴の1ページを飾っていたのかもしれない。

チャイナ・シンドロームとは

原子炉核燃料のメルトダウンによって、核燃料が溶け落ち、その高熱により鋼鉄製の圧力容器や格納容器の壁が溶けて貫通し、放射性物質が外に溢れ出すこと。溶融貫通またはメルトスルーとも呼ばれる。米国の原子炉がメルトスルーを起こしたら、高温の核燃料が溶けて地中にのめりこみ、地球の裏側にある中国にまで突き抜けて達する事態になるのではないかということから、チャイナシンドロームという。もちろん、地理上は米国の裏側は中国ではないし、地球を貫くようなことは現実には起こらず、ジョークの一種である。(「知恵蔵」より)



評価:B-

A+ ・・・・めったにない傑作。映画好きで良かった。 
「東京物語」「2001年宇宙の旅」「馬鹿宣言」「近松物語」

A- ・・・・傑作。できれば劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」「スティング」「フライング・ハイ」「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」「ギャラクシークエスト」「白いカラス」「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・見たのは一生の不覚。金返せ~!!






 

● なぜ日本は負けに行ったのか? 本:「昭和16年夏の敗戦」(猪瀬直樹著)

まず、東京都副知事(2011年8月現在)の猪瀬直樹氏は30代にしてこれだけの仕事をしていたのか、と感心。

昭和16年(1941年)の太平洋戦争半年前に総力戦研究所で実際に行われた、若きエリート官僚チームによる対米戦争シュミレーションの経緯と顛末を、当事者へのインタビューや残された日記、極東軍事裁判における公的な文書を丹念に調べ上げて、事実を積み上げいくことで明らかにしていく。
一方で、現実の国際情勢や日本政府や軍部の動向をわかりやすく並列していき、研究生らがシュミレーションの結果たどり着いた結論(「日本はアメリカに負ける」)が、いかに実際の政治に影響を及ぼすことが無かったのかを浮き彫りにする。厖大な資料を一冊に、簡潔に、過不足無く、まとめ上げる力量はすごい。

よく言われていることであるが、日本は負けるとわかっていながらアメリカと戦争した。
もちろん、「大和魂と神風させあれば勝てる」と思っていた愚かな軍部関係者や右翼連中はいただろう。都合の良い情報ばかりしか流さないマスメディアのいうことを鵜呑みにして、最期まで日本の勝利を信じていた軍人や国民もいただろう。
だが、ちょっとでも当時の欧米の様子、アメリカと日本の圧倒的な資力の差を知っていた者なら、日本が勝てるわけないと知っていたのである。そう、大日本帝国憲法において統帥権を有する昭和天皇でさえ、おそらくは知っていた。(若い頃にアメリカに遊学している) であるから、天皇は、少なくとも対米戦には前向きでなかった、とされている。

なのに、戦争に突入せざるを得なかった。
なぜか?
これが、猪瀬直樹氏の問題提起である。

本書の中でとくにこれが原因とはっきり指摘しているわけではないが、行間から見えてくるもの、そして巻末の勝間和代との対談から、次の二つが挙げられよう。

1.大日本帝国憲法における制度的欠陥
これは、統帥権は天皇にあり、「天皇は神聖にして侵すべからず」であったから、政府も口出しできなかった。実質上、統帥権は軍部にあり、軍部は政府とは別個に作戦を発動できた。つまり、政府には軍部を抑える力がなかったということ。俗に言う「軍部の独走」を招く基盤は、憲法という制度のうちに潜んでいた。

2.日本人の国民性(体質)の問題
誰も決断を下し責任をとる者がおらず、時代の空気にみんなで流されてしまった。

本書の中でもっとも面白い箇所であるが、開戦後に確保できる石油量を算出する場面がある。
戦争には膨大な量の石油が要る。開戦(1941年12月)の約半年前にアメリカからの石油の輸入がストップした時点で、背水の陣が引かれた。唯一の窮余の策は、インドネシアに侵攻し、油田を確保することであった。だが、それもインドネシアから日本まで石油を運ぶタンカーがアメリカ軍に沈められたら、お手上げである。
総力戦研究所の若きエリートたちは、各々の能力と経験によって配役された模擬内閣を作り、この設定において、持てる情報と知力を尽くし様々な角度から検討し、討論を重ね、シュミレーションした結果、「日本は燃料不足に陥って、アメリカに敗れる」と結論したのであった。
まさに、ビンゴ!である。

しかし、戦争するか否かの最終閣議で、実際の政府がはじき出した日本が利用できる石油の量を示す数値は、確たる根拠もないままに大幅に水増し(油増し)されていた。その数値を元に「これならやるしかない」という合意形成がなされたのであった。
つまり、はじめに戦争ありきで、数値はそれをみんなで合意するための手段として利用された(捏造された)のである。読んでいて恐ろしいくだりである。

ここから見えるのは、日本人は事実を元に論理的、客観的に状況を分析し、状況をありのままに受け入れ、そのデータを基に対策を講じ、戦略を立てて実行するということが苦手な民族だということである。(日本には哲学、論理学、科学は生まれなかったのが何よりの証左)

思うに、1より2の理由の方が大きいだろう。というのは、憲法9条の例を見ればわかるように、憲法上の制約なんてのは、平気でどうにでも解釈してしまえるのが日本人だから。

そして、何よりもこの本が今もって重要なのは、戦後70年近く経っても日本人は変わっていないからである。
それが国民性なのだとしたら、そう簡単に変わるべくもなかろう。

それは、今回の福島第一原発事故をめぐる対応に、いや、何よりもここ数十年の原発建設、エネルギー政策をめぐる一連の流れの中にあらわれている。
政府は「東電が安全だといってるから大丈夫」とし、東電は「学者が安全だといってるから大丈夫」とし、学者は「危険だというと仕事が干されるから、大丈夫と言っておこう。どうせ責任とるのは自分じゃないし」とし、東電から莫大な広告料をもらっている、加えて膨大な量の電気を消費しているマスメディアも、「流れに身を任せておくのが一番」と責任回避する。そして、国民は「お上に任せておけば大丈夫」と考える。

行く先に滝壺が迫っているのを知っているのに、いかだの上で仲良く酒盛りしている図、である。

和をもって貴しとなす。(≒誰も責任を取らない)

日本人の国民性がこのようであるのは仕方ない。
100年や200年でこの体質が変えられようか。
であるならば、われわれのリスクマネジメントはこうあるほかない。

日本人は原発を持たない。(われわれは原発を制御できない民である)
日本人は武器を持たない。(われわれは戦争をコントロールできない民である)

日本人が日本人であることを否定して、欧米人のようになろうと体質改善をはかる(国民性の変容を目指す)より、日本人のありのままの性質に見合った政策をとるのが賢明ではなかろうか。













 
 
 


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