ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語を見て、旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、ボランティアして、デモに行って、無いアタマでものを考えて・・・・そんな平凡な日常の記録である。

老い・介護

● 本:『老年について』(キケロー著)

B.C.44年執筆
2019年講談社文庫(大西英文訳、『友情について』も収録)

 マルクス・アウレリウス『自省録』につぐ古代ローマ賢人シリーズ。

 よく考えてみたら、2000年以上前に生きたローマ人の声を聴けるとはすごいことだ。
 現代作家のいったい誰が2000年後の人類によって読まれているだろう?
 むろん、キケロー本人も想像だにしなかったであろう。自分の作品が、2000年後の(キケローが存在を知らなかった)極東の小さな島国の異国語を話す人間によって読まれ、いい加減な感想を書かれ、世界を結ぶインターネットによって発信されてしまうとは!


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 キケローの生きた時代を、大方の読者が「ああ!」と即座に理解しイメージできるように言うならば、こうなる。
 カエサルとクレオパトラの時代――。

 カエサルという英雄の登場によって、それまで元老院が牛耳っていた政権(共和政)に揺らぎが生じ、カエサル暗殺後、アントニウスとオクタビウスが対峙し前者が破れた結果、初代ローマ皇帝アウグストゥス誕生とあいなった時代である。(このへんの知識いい加減)
 政治家であったキケローはまさにこの激動の時代を生きた。

マルクス・トゥッリウス・キケロー
ローマの雄弁家、政治家、哲学者。ラテン散文の完成者。共和政末期の混乱の世に、最高の教養と雄弁をもって、不正の弾劾者、自由の擁護者として活躍。第1次三頭政治のもとで、前 58年追放され、翌年帰国後も自由な政治活動ができず、哲学的著作に従事。カエサル暗殺後再び元老院の重鎮として活躍。
主要著書は『弁論家論』、『国家論』、『善と悪の限界について』、『トゥスクルム論叢』、『神々の本性について』など。
(『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』より抜粋)

 キケローのもっとも有名でよく読まれている作品が、本文庫に収録されている『老年について』と『友情について』である。
 ソルティも30代までだったら『友情について』は読んでも『老年について』は読まなかったであろう。50代の今は『友情について』は読む気がしない(苦笑)。
 古代の賢者が老いについてどう語っているか、老いの苦しみを緩和しそれと上手くつき合うコツを伝授してくれていないか。それが本書を手にした理由である。
 なんたって2000年のときをこえて読み継がれている古典であり、本書解説によれば、「老年というものをきわめて肯定的に描き出している、古典古代で最初のモノグラフ(論文)」とのこと。
 きっと、現代を生きる我々にも役に立つ知恵があるはず。

 本編の構成は、二人の優秀なるローマの若者スキピオーとラエリウスが、賢人として誉れ高い執政官カトー(84歳の設定)のところに赴き、カトーのように誰からも尊敬される立派な老年を送るためのコツを尋ねるという趣向になっている。カトーは、キケローの生れる前にローマで活躍した実在の政治家である。
 つまり、キケローは当時の読者にあまねく知られていた偉人カトーにたくして、自らの老年に対する考えを披露しているのである。

 大筋は、まず、「老年が惨めなものと映る理由」として、
  1. 仕事や活動から身を引くのを余儀なくさせる
  2. 肉体を衰えさせる
  3. 快楽を奪い去る
  4. 死が間近である
の4つを上げ、その一つ一つについて吟味し、その理由が決して難点とばかり言えないこと、またその難点を十分補いうるだけの老年ならではの役割や利点や楽しみがあることを論じ、あるべき理想の老年の姿を描く。
 水も漏らさぬ論理展開と巧みな話術は、稀代の弁論家として知られたキケローの面目躍如たるものがある。
 
 これで説得されて、「参りました~」とひれ伏したいところであるが、そしてその降伏は老いについて不安を覚えるソルティとしては嬉しい降伏なのであるが、残念ながら説得されなかった。
 老いを肯定的に受けとめるのに役立ったか、老後不安が解消されたかといえば、答えはNOである。
 いや、いまどき、このキケロー節で安心を得られる高齢者が果たしているだろうか?


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 傾聴すべきところはある。
 生涯打ち込める仕事なり趣味なり(ライフワーク)をもつこと、農業・園芸を趣味とすること、あるいは性欲の低下こそはいたずらに悲しむべきことではなく、精神を安定に保ち理性的な仕事をなすのが容易になるので喜ぶべきこと――なんてあたりは至極納得いく言説である。
 一方、次のような記述はどうだろう?

 間違いなく言えるのは、スキピオー、それにラエリウス、老年に対処する最適の武器は諸々の徳の理の習得とその実践である、ということだ。この徳を人生のあらゆる段階で涵養すれば、長く、また大いに生きた暁には驚くほどの稔りをもたらしてくれよう。

 ・・・・・言葉で繕い、弁解しなければならない老年は哀れな老年だ、と。威信というものは、白髪になり、皴ができたからといって、いきなりつかみとれるものではない。それまで立派に送った生涯が最後の果実として受け取るもの、それが威信というものなのだ。

 老年の報酬は、何度も述べたように、それ以前に獲得した善きものの豊かさと、その思い出だ。

 徳の涵養、威信、立派に送った生涯、獲得した豊かさと思い出・・・・・。
 なんという高いハードルだろう。
 老年に至ってこれらを具備できる者がどれだけいるのだろうか。
 多くの人は、煩悩にまみれ、エゴに振り回され、人間関係に悩み、後悔多くして、孤独と不安に苛まれ、苦い思い出を抱えながら、老年に足を踏み入れるのではないだろうか。
 それが、7年間介護の仕事に携わって多くの高齢者に接してきたソルティの実感であり、またソルティ自身の現在でもある。

 もちろん、そうでない人もいよう。
 カトー(=キケロー)が述べるような、徳と威信を備え、現役時代に獲得した有形無形の財と素晴らしい思い出の数々に取り巻かれている人、人生の成功者と言えるような人もいないことはなかった。
 が、やはりそれは一握りであり、持って生まれた資質と環境と運の良さによるところが大きいと思う。(いずれにせよ、最後は家族と離されて施設で過ごさざるを得なくなったわけだが・・・)
 つまり、キケローが描く理想の老年像はエリート的なのだ。
 決して万人向けではない。
 キケロー自身が飛び抜けたエリートだったという点を考慮して本編は読まれるべきであろう。

 また、80~90代の高齢者の介護に関わってきた立場からすると、キケローは現実の老いのしんどさが実感として分かっていないんじゃないかと思われてくる。
 たとえば、本編では、認知症とか、失禁とか、他人の介助を受けなければならない屈辱や恥や申し訳なさとか、老々介護とか、安アパートでの孤独死とか、いわゆる介護問題にまったく触れられていない。
 これには、当時は介護が社会問題となるほどには人が長生きしなかったという理由があろう。戦前までの日本と同様に。(古代ローマの平均年齢は女性27.3歳、男性26.2歳、60歳以上の割合は女性7.4%、男性4.8%というデータもある)
 古代ローマの裕福なエリートの老いと、令和日本の平均的な庶民の老いとでは、抱える問題がずいぶん異なっている。

 さらに、これを書いたとき、キケローは62歳だった。
 当時のローマの年齢区分では、初老を越えて老年に入るか入らないかの頃合いという。現代日本で言えば70歳くらいか。
 これからがまさに老いの本番ということだ。
 キケローは自身、老いの真っただ中にいる引退したご隠居として、これを記したのではない。まだ政界の中枢にいて、決して軽くはない発言力を有していたのだ。発話者として据えたカトー(84歳)とはそもそも20歳以上の開きがある。
 むしろ彼は、身体の変化や政局からの疎外という形で忍び寄ってくる老いの前兆を認識し、これからやって来る老後を見据え、一種の覚悟や心構えとしてこれを書いたのではなかろうか。
 本作が理想論のように思えるのはそのせいではなかろうか。

 現実のキケローがどのような老後を迎えたか、誰もが知りたいところであろう。
 本編のカトーのように、誰からも一目置かれる智慧と威信に満ちた老人になったのだろうか。
 自ら描いた理想の老年を送ったのであろうか。

 キケローはこれを書いた翌年、なんとアントニウスの放った刺客の手にかかって暗殺されたのである。
 そういう時代であった。



おすすめ度 : ★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
★     読み損、観て損、聴き損



● 母のスマホデビュー

 80歳になる母親がこのところ、「スマホが欲しい」と言い続けていたものだから、先日、隣り駅にある大型家電店に一緒に出かけた。
 その場で契約手続きし、本体購入した。
 ネット申し込みにしなかったのは、購入後、店のスタッフに初期設定してもらって、その場ですぐに使用できるようにしてもらいたかったのと、故障や紛失等があった場合に頼れる店舗が近くにあったほうが、パソコンに疎い母親にとっては安心だろうと思ったからである。

 契約先は、ソルティと同じ某電気通信会社にした。
 同じ会社の出している同じ機種であれば、母親に基本的な使い方の説明ができるし、「こんなことしてみたい」という要望を彼女が訴えたときに、自分のスマホでまず「できるかどうか」の操作確認できる。(別の会社の機種だと、尋ねられたソルティが困る)
 また、同じ通信会社であれば、支払いや解約の仕組みも把握できるし、なんらかのトラブルがあったとき、自分がネット等で調べて母親の代わりに対応しやすい。
 残念ながら、というより案の定、一年半前に購入したソルティの機種はすでに扱われておらず、バージョンアップされたものが提示された。
 それでも、別の会社の機種よりは勝手がわかるはず(と思う)。
 
 初期設定サービスやら、安心サービス(保障)やら、画面の強度を高めるコーティング処理やら、手続き費用やら、しめて3万円ほどかかった。
 月々の支払い費用(銀行口座から引き落とし)は、1500円程度である。
 すなわち、格安スマホ。
 
 家に帰ってさっそく充電すると、自宅の Wi-Fi 設定をし、標準画面をシンプルでわかりやすい「シルバー(高齢者)モード」にし、母親が普段もっとも使うであろうアプリボタンのみを標示させた。
 つまり、電話機能、メール機能、カメラ、音声で検索する機能、地図、電卓、万歩計、Yahoo Japan のホーム画面などである。(自分と同じ・・・)
 
 もとから使っている大手通信会社のフィーチャーフォン、いわゆるガラケーはそのまま継続する。
 なので、090の電話番号やメールアドレス、住所録のデータを、スマホに移し替える必要はなかった。
 いわゆる、二台使いだ。
 物を調べたり、ゲームをしたり、写真を撮ったりする目的以外にはスマホを使用しない人は、このやり方が一番賢いとソルティは思う。(自分もそうしている)
 むろん、母親も、SNS にもネットバンキングにもネットショッピングにも PayPay(ペイペイ)にもモバイルスイカにも(いまのところ)興味がないので、使い勝手が良くてバッテリーの長持ちするガラケーをむざむざ放棄する気は、はじめから持っていなかったようだ。
 3G 携帯サービスが停止される2022年3月までは二刀流でいけるだろう。

 
モバイルスイカ


 
 そんなこんなで齢80にしてスマホデビューを果たした母親であるが、ソルティは一連の手続きを進めるなかで、なんだか物悲しい思いがしたのである。
 
 一つは、いつも IT 関連機器を買いに行くときに感じる物悲しさ。
 ずらりと並んだ商品の説明 POPを読んでも、もうほとんど理解不能。
 たとえば、冷蔵庫ならまだ、2ドアか3ドアか、容量はどれくらいか、自動製氷機能がついているかいないか、扉は右開きか左開きか観音開きか、省エネ基準はどうか、パーシャルか否か、除菌機能はあるか・・・・といった各種機能の説明は読んでもわかるし、店員に説明されてもおおむね理解できる。(それにしても、要らない機能ばかりと思う。差別化もここまでくれば、かえって煩わしい)
 これがノートパソコンだと、〇〇世代がどうとか、CPU がいくつとか、メモリがどれくらいかとか、ストレージがなんたらかんたらとか、OS は何かとか、搭載されているソフトの種類とか、端子はどうなっているかとか・・・・説明書きを読んでも、店員に説明されても、よく理解できないことばかり。
 
 ソルティはやはり、「高額商品はそれなりに機能や性能を理解して、納得してから買いたい」という、当たり前の(一昔前の?)生活感覚の持ち主なので、理解できないものを買わなければならないという状況に置かれると、とたんに物悲しくなってくるのである。
 自分の IT 音痴が悲しかったり、悔しかったりするわけではない。
 そういう平均的な庶民の感覚を置き去りにしたところで、どんどん進んでいく IT 社会の非人間性が悲しいのである。(なんて負け惜しみか)
 
 上記のスマホの件でもそうだが、機種のバージョンアップと聞くと、「もっと性能が上がって使いやすくなった、便利になった、いろいろできるようになった」と一般に思うけれど、はっきり言って錯覚である。
 バージョンアップしない昔のほうがずっと使いやすかった、と思うことはたびたびある。(たとえば、ソルティはマイクロソフト Office は2003が一番使いやすかった。それ以降のものは、機能が増えすぎて、かえって使いづらい)
 
 もう一つの物悲しさは、こういった庶民とくに高齢者には理解しがたい横文字や専門用語の羅列で相手をけむに巻いて、いろいろな付属品なりオプションサービスなりを合わせて購入させようとする店員の姿勢に接するときである。
 今回も、見るからに IT 音痴であることが明白な母親に対し、店員は専門用語を並べて、オプションサービスを購入させたがった。
 むろん、それが商売であり、店長からもそのようなセールストークを指示されているのだろう。
 ここ最近のコロナ騒ぎで来店者は減ったであろうから、少しでも売り上げを増やしたい気持ちは理解できなくもない。
 
 しかし、相手が説明内容を理解できて、メリットデメリットを比較検討した上で、納得して購入するのならともかく、IT 音痴を見越した上で売りつけるのはいかがなものだろう?
 ソルティが隣に座って目を光らせていなければ、おそらく母親は店員に言われるがままに様々なオプション購入をしていただろう。(嗤えるのは、ソルティ自身も立て板に水のような店員の説明をほとんど理解できなかった点である)
 
 高齢者や IT 音痴の人の IT 使用環境をサポートする NPO があればいいなあ~、とつい思った次第である。
 
老人とパソコン



 
 

● 阿含経典を読む 6 老いの用心

 人生100年と言われる時代、50代半ばで老後のことを考えるのは「早い!」
 ――という意見もあろうが、体力や気力や精力の衰えは否定しがたく、老いとその先にある死について考える夜もある。
 自分がここ数年、老人介護の世界に関わって、さまざまな老いと死を見ているせいもある。
 このたびのコロナ騒動で、仕事柄、自らの感染と死をある程度は覚悟しなければならなかったせいもある。
 
 日本人の平均寿命が長くなったからこそ、老後問題が浮上したとも言える。
 一昔前なら、いまのソルティの歳で定年を迎え、孫の面倒を見ながら数年の老後を過ごし、七十を迎える前にはあの世に逝っていった。
 ソルティが小学生の頃、近所にひい祖母ちゃんはいても、ひい爺ちゃんはいなかった。
 
 老後の不安を軽減するには、貯金や年金の確保、子供や孫と良い関係を作っておく、親戚や近所との普段からのつき合い、地域コミュニティに顔を出しておく、良いケアマネを見つけておく、足腰を鍛えて健康管理する、ボケないように頭や手先を使う作業をする・・・・など、いろいろな用心がある。
 だが、より重要なのは心の問題だろう。
 淋しさや孤独、人生についての後悔や不全感、退屈や虚しさ、生きがいや自己価値の喪失、ボケることの恐怖、下の世話や着替えを他人に手伝ってもらわなければならない屈辱、死の恐怖・・・こういったものと向き合わなければならない。
 
 経典によると、天神ですらも、老いが心配だったらしい。
  

 その時、一人の天神があり、夜もすでにふけたころ、その勝れた光をもって、くまなくジェータ林を照らしながら、世尊のましますところに到り、世尊を礼拝して、その傍らに坐した。
 傍らに坐したその天神は、世尊の御前にあって、偈を説いていった。
 
 われら老いる時なにものか善き
 なにものかわれらの安らぎのところぞ
 われらにとりて貴重なる宝はなんぞ
 なにものか盗人に奪われざるものぞ
 
 その時、世尊もまた、偈を説いて仰せられた。
 
 戒はわれらの老ゆるとき善く
 信はわれらの安らぎのところ
 智慧はわれらが貴重なる宝
 功徳は盗人によりて奪われることなし

(増谷文雄編著、ちくま学芸文庫『阿含経典2』、諸天相応「老い」より)
  
  この言葉に天神は歓喜し、満足して消え去ったという。

神様



 さて、前回のガータクイズの答え。

 

世尊は仰せられた。
おのれ ) にもひとしき可愛きものなく
( 穀物  ) にもひとしき財宝はなく
( 智慧  ) にもひとしき光明はなく
(  ) こそは最高の湖なり
  
 ちなみに、ソルティの答え。
  ( 自分 ) にもひとしき可愛きものなく
  ( 健康  ) にもひとしき財宝はなく
  ( 真理 ) にもひとしき光明はなく
  ( 秘湯 ) こそは最高の湖なり
 

秘湯
栃木県奥鬼怒の八丁湯








 

● ロードムーヴィーの傑作 映画:『野いちご』(イングマール・ベルイマン)

1957年スウェーデン
91分、白黒

 『第七の封印』、『処女の泉』と共にベルイマンの三大傑作と言われる本作である。

 ソルティはこれまでなぜかベルイマンは観る気がしなくて、20代に『処女の泉』と『ファニーとアレクサンデル』を観たのみ。
 (ちなみに、「昨日、『処女の泉』という映画を観たよ」と同期の女性社員に話したとき、思いっきり軽蔑の眼差しを向けられたのを覚えている。勘違いされたらしい)

 両作とも面白かったのに、なぜあとが続かなかったのだろう?
 「重い、難しい」だけではあるまい。
 それなら、タルコフスキーとかロッセリーニとかアラン・レネだって、どっこいどっこいだ。
 おそらく、ベルイマン作品に通底する「(キリスト教の)神の不在」というテーマに拒否感を持った、というより関心が向かなかったからなのだろう。
 遠藤周作の小説に興味を持たなかったのと同じ理由である。
 
 「神の不在」が個人的に重要なテーマとなるためには、前提として「神への信仰」がなければなるまい。
 信じていたもの、信じたいと思っていたものが「ない!?」からこそ、個人は不安になり、疑心暗鬼にかられ、自暴自棄になり、刹那的にもなるのだから。
 あのマザー・テレサにして然りである。
 一神教の神というものを信じず、その信仰を単なる「共同幻想」と思っていた若いソルティにしてみれば、ベルイマンのようなヨーロッパの近代以後の知識人が抱く苦悩や虚無感に共感のしようもなかったのだろう。
 といって、ソルティが無神論者として達観して生きていたわけではなく、別の「共同幻想」に依っていただけなのだが・・・。

 
野いちご

 
 この『野いちご』、可愛いタイトルや老人と少女が野原に遊ぶシーンを使った宣伝用スチールの印象から、ベルイマンには珍しい、牧歌的な明るい話と想像していた。
 純粋で開けっぴろげな少女との出会いによって心ほぐされる偏屈な老人といった「ハイジ」的ストーリーを。
 全然違っていた(笑)。
 偏屈でエゴイスティックな老教授が、名誉博士号を授与されるためにストックホルムからルンドへ向かう旅の道中で起こる事件を描いたもの、すなわちロードムーヴィーなのであった。
 
 旅の途上で出会う様々な人々とのエピソードはまた、教授がこれまでの人生を振り返るきっかけとなる。
 実際の車の旅をしながら、教授は自らの孤独な人生を追体験する旅をする。
 その二重構成が見事である。
 映像については、もはや論ずべくまでもない。
 教授の見る悪夢を描いたシーンなどは、いかなる CG 技術もかなわないレベルで観る者の潜在意識の深みに達し、不安を揺り動かす。
 
 教授役のヴィクトル・シェストレムは、自身「スウェーデン映画の父」と呼ばれる大監督であり、彼を師と仰ぐベルイマンたっての希望で体調不良をおして出演、公開後に亡くなっている。
 映画史に残る名演である。

 老いを描いたこの傑作を撮ったとき、ベルイマンはまだ40歳に届いていなかった。
 それを思うと、やはり天才だなあ~。
 


おすすめ度 : ★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損




 

● 危機意識のグラディ―ション

 通勤途中、山手線駅の構内ですれ違った男(30代)は、透明のプラスチックの顔面シールドをつけていた。むろん、その下はマスクである。
 髪の毛を完全に覆い隠すナイロン製の帽子、表地がナイロン100%のジャージの上下、ビニール製の防水ブーツ、そしてやはりナイロン100%の手袋をつけていた。
 つまり、素肌がほとんど大気に晒されていない。
 その徹底ぶりに驚いた。
 
コロナ防御

 
 今、つくづく感じるのは、新型コロナウイルスに対する危機意識が、人によってずいぶん差があるということである。
 メディアで見聞きする限りでも、ゴルフ場に堂々と出かけてプレイ後は混雑したレストランで鯨飲放談する親父たち、風俗に行く国会議員、地元商店街の人混みに繰り出す一家、繁華街の人気ショップに行列する若者たち・・・・といった危機意識の低い、“楽観的な”一群がいる。
 
 一方で、上記の完全防御男のように、高い危機意識を示す者がいる。
 彼の場合、おそらく外出せざるを得ない事情があり、身を守るために考えられる最大の措置として、あのような恰好になったのであろう。本心は家に引きこもっていたいに違いない。
 本当に家から一歩も出ないで、通販や出前やUber Eats(ウーバーイーツ)等の宅配を利用して過ごしている人もいるだろう。
 危機意識が過度になると、「コロナ感染が怖くて、ノイローゼになって自殺」みたいな、パラドキシカルな例も見受けられる。
 
 ソルティはその昔、エイズの電話相談に関わっていたことがあるが、実際、エイズノイローゼになった人は、間に5分と置かずコールしてくる。
 それも、本当に性行為があって感染の可能性があるのならともかく、「公衆トイレのドアのノブを触ったらベタベタしていた(気がする)」とか、「ジョギングで擦れ違った男の息が、自分の顔にかかった(気がする)」とか、「病院の待合室で蚊に刺された(気がする)」とか、HIV感染の可能性のまったくない事柄について心配している。
 「心配なのは、HIV感染でなくて、あなたの精神状態のほう。むしろ、感染してしまったほうが精神的にはラクだろうに・・・」――と思いながら、日に何十回と繰り返される話に、いい加減辟易しつつ、付き合っていたのを思い出す。
 
 まあ、ここまで極端でなくとも、大概の人は現在、それぞれなりに危機意識を持ちながら、日々過ごしているはずである。
 人によって危機意識の高低がある、言い換えれば危機意識のグラディ―ションが生じるのは、当然と言えば当然である。
 
  • これまでの体験の違い(たとえば、エイズパニックを経験しているか否か、インフルエンザに罹ったことがあるか否か、戦争や自然災害を経験しているか否か・・・等)
  • 想像力の多少(たとえば、今後起こりうる事態をどこまで頭の中で描けるか)
  • 気質の違い(楽観的 or 悲観的? 現実逃避的 or 現実直視的? 強気 or 弱気?)
  • 体力や健康に対する自信
  • 信仰(たとえば、「神が守ってくれるから大丈夫」とか、「悪いことを考えると現実化するから、考えない方がいい」というスピリチュアル的妄想)
 こういったことが、危機意識の差をつくる要因として考えられるだろう。
 
 ソルティは、かなり危機意識の高い方だと思うが、それは、
  • 以前働いていた介護施設で、ノロウイルスやインフルエンザの蔓延を経験し、ウイルスの恐ろしさや次々と利用者やスタッフが倒れていく修羅場を見ている
  • 最悪の事態を想像して覚悟する気質(あるいはネガティブ志向
  • 加齢による体力や健康への不安(足の骨折もあり)
  • 現政権に対するどうしようもない不信
 といったあたりが、その大きな背景を成す。
 
 そしてまた、今回、ひとつ気づいたことがある。
 
 ソルティは足のケガのため、4ヶ月近く仕事(介護施設)を休んでいた。
 その間に、新型コロナウイルスは発生し、ダイヤモンド・プリンセス騒動の一部始終を家や入院先のテレビで見て、このウイルスの特性について専門家が語るのを聞き、国内に感染者がぽつぽつと増えていく様を眺めていた。
 相当にやばい状況だと感じた。
 「医療崩壊」はまだ叫ばれていないときであったが、むしろ、その先に来るであろう「介護崩壊」を想定し、ぞっとした。
 なにかしら持病を持つ高齢者ばかりが密集し、仕事の性質上「濃厚接触」が避けられない介護施設に、ひとたびコロナウイルスが侵入したら、ひとたまりもない。
 職員がやられたら、介護する人間がいなくなる。
 先んじて来るであろう医療崩壊で救急搬送や入院ももはや不可能。
 想像するだに恐ろしい光景が頭に浮かんだ。
 ・・・・・・・。

 松葉杖を卒業し、今月より職場復帰した。
 そして、すぐに職場の人間と自分との危機意識の違いに驚かされた。
 あまりにも生ぬるい感染症対策がそこにあった!
 
 ソルティにしてみれば、いったいなんで他のスタッフがこんなに楽観的でいられるのか、不思議で仕方なかった。不思議で仕方ない。
 アメリカやイタリアの介護施設で起こっていることが、目の前に迫っているのに!
 「自分だけは大丈夫、自分のいる職場だけは大丈夫」と思うのだろうか?
 それとも、ソルティが特別で、ひとりネガティヴ志向なのだろうか?

 
コアラ
コアラはストレスに弱い

 
 ところが、である。
 職場復帰して半月もたつと、次第に自分の危機意識が薄れてくるのを感じたのである。
 「なんだ。ちょっと自分、大げさに考え過ぎたかな?」と思ったりしている。
 なぜそうなってしまうのか?
 自己分析してみた。
 
 ここまで市中感染が広がれば、ある一日にコロナウイルスに感染する可能性は、「感染する or しない」の1/2である。
 どの日も同じ1/2である。
 相当に高い。
 ところが、丸一日感染せずに過ごせた「今日」を手に入れると、そのあくる日には、無事乗り越えた「昨日」を安全の証拠として採用してしまうのである。
 「昨日と同じことをしている限り、感染はしない」と勘違いしてしまうのだ。
 すると、1/2の感染リスクが目減りする。
 無事の日々が積み重なるほどに、想像上のリスクが減っていき、現実にある1/2リスクが軽視されていく。
 「自分だけは大丈夫なんじゃないか。ここだけは免れるんじゃないか」
 という根拠のない楽観に次第に身を任せていくようになる。
 
 人には恒常性の維持(ホメオシタシス)という機能が備わっている。
 環境が変化しても体の状態を一定に保とうとする働きである。
 それと同様、心にも「恒常性の維持」が備わっているのではなかろうか?
 心の状態を一定に保とうとする働きが、感染リスクを過小評価させるのではなかろうか?

 日常性に潜んでいる罠というべきか。



  

● ほすぴたる記 その後11 ギプス・オフ

 抜釘手術の際に縫合した糸を抜いて、本日より晴れてギプスOFFとなった。
 二ヶ月半ぶりに左の足に靴を履いて、通院外出した。
 もっとも、足のむくみのせいで普通の靴は入らないので、ゴムサンダルである。
 亀の歩みの松葉杖歩行ではあるが、両足の裏を交互に地面について前進すると、「歩けた!」というクララ気分になる。

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 担当医師より、足の荷重も全荷重(60キロ)でいいと許可が下りた。
 どこにもつかまらずに両足で立つことはできるようになったが、まだ左足一本で案山子のように立つのは難しい。左足全体の骨や筋肉が弱くなっているので体重を支えきれない。荷重をかけていると膝が痛くなってくる。
 歩行もおぼつかない。
 足首が硬くて、痛くて、うまく体重移動ができない。ロボットみたいなぎこちない動き、薄氷を踏むような恐々した動き、になってしまう。
 むしろ、ここからが正念場という気がする。
 中途半端な状態で足首が固まってしまわないよう、踏ん張らねば。

 院内では職員、患者ともマスク使用者が目立つ。
 病棟に上がる見舞客は必ずつけなければならない。これは、コロナ騒動以前からで、インフルエンザ対策のためだ。
 「よもや、こんな埼玉県の畑のど真ん中に立つ病院まではコロナも来るまい」と、つい思ってしまうけれど、ウイルスの伝播には都会も地方も関係ない。
 ソルティのリハビリを担当してくれる20代の青年は、ウイルス性胃腸炎で一週間以上、出勤停止を食らっていた。コロナだったら、当然ソルティにもうつっているだろう。
パンデミック
 
 リハビリ後に院内の売店で買い物していたら、ソルティと同じ両松葉杖の男と出会った。右足にギプスをしている。松葉杖を操りながら大きな買い物かごを持つという、器用な、というか危険なスタイルで通路を動き回っている。見かねた女性店員が、「お手伝いしましょうか?」と声をかけたが、「いや、大丈夫です」と断っていた。

 今回ソルティが怪我をして学んだことの一つは、他人の好意を素直に受け取ること、遠慮せずに他人に頼むこと、他人に甘えること、「ありがとう」という言葉を他人にプレゼントすること——である。
 自分もどちらかと言えば、上記の男のように、「人の手を煩わせたくない、人に迷惑をかけたくない、人の好意に甘えるのが苦手」なタイプである。逆の立場なら、つまり自分が頼まれたのなら喜んで人に手を貸すほうなのに、同じことを他人に頼めない。
 おそらく、NOと言われたり、イヤな顔をされるのが怖いのだろう。「自分のことは自分でしなさい、他人に迷惑をかけるな」という子供の頃からの教育(通俗道徳)のせいもあろう。

 松葉杖の何がいちばん不便かと言えば、両手がふさがれることである。物を運ぶのはリュックサックに入れて担げばよいが、買い物がようできないのである。
 有り難いことに今の時代、ネットショッピングというものがあり、ソルティも随分 Amazon のお世話になっている。家族に頼んで買ってきてもらうこともある。
 近所のコンビニで買い物するとき、あらかじめ買いたい物が決まっている場合は、手の空いてそうな店員に頼んで、カゴを持ってもらい買い物に付き合ってもらう。みな、喜んでやってくれる。
 じっくり選んで買い物したい場合は、下のような工夫を編み出した。

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 松葉杖にS字フックをかけ、レジ袋を下げる。選んだ商品をその都度レジ袋に入れていく。最後にレジ袋をレジに持っていき清算する。
 大切なのは、万引きと間違えられないよう、あらかじめ店員に了解取っておくことである。

 病気って、本当にいろいろなことを学ばせてくれる。




 




● ほすぴたる記 その後9 北の国から

 本日退院した。
 払った費用は、差額ベッド代の9900円(1650円×6日)であった。

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入院最終日の昼食(野菜ジュースは自持ち)

 
 ソルティは多床室で同室の患者が立てる物音は(イビキも含めて)さほど気にならないのであるが、匂いは気になった。
 今回は途中からストマ(人口肛門)を持つ寝たきり患者が入ってきて、そのストマがよく漏れるのである。排泄口に合っていない装具を使っているんじゃないかと思う。

ストーマ(stoma、ストマとも)とは、消化管や尿路の疾患などにより、腹部に便又は尿を排泄するために増設された排泄口のことである。ストーマを持つ人をオストメイトと呼ぶ。
(ウィキペディア『ストーマ』より抜粋)

 朝に、昼に、真夜中に、時を選ばずその患者のストマは漏れ、そのたび便臭が病室いっぱい充満する。
 やはり、これは気持ちいいものではない。
 ソルティは介護職なので、通常の人に較べれば他人の便臭などへっちゃらである。マスクしないで、おむつ交換や陰洗やストマ交換できる。
 だが、ケアのために他人の便を扱うのと、自分も患者として病床にいて他人の便臭に包まれるのとでは、やはり違うのだと体感した。喫煙所にしばらくいるとタバコの匂いが衣服に染みつくように、自分の寝具やパジャマやベッド周りの持ち物に他人の便臭が染みつくような気がした。
 つまり、自分の生活空間に入ってくる異臭は不快に感じるのである。
 何回かは窓を開けて換気したが、この寒さなので長いこと開けてはいられない。それに窓を開けるには、礼儀上、他の3人の患者の許可を得なければなるまい。それもメンドクサイ。

 と言って、手をこまねいていたわけではない。
 ソルティは常時ラベンダーのアロマオイルの小瓶を持ち歩いている。
 ティッシュにオイルを数滴たらし、ベッドサイドに置いておくと、消臭・殺菌・芳香・リラックス効果が期待できる!
 あら不思議。肥溜めが一瞬にして富良野の丘に。
(ただ、これも度が過ぎると、他の患者から文句が出かねないのでほどほどに)
 入院時には、消臭剤とアロマオイル。
 これは必須アイテムである。

ラベンダー畑



 家に帰ってほっと安心したけれど、実のところ、移動に関して言えば病院のほうがラクチンだった。
 病院では車椅子が使えたが、狭い家の中では車椅子も松葉杖も使えない。四つん這いになって這い回るほかない。ついには膝がこすれて痛くなったので、ネットでバレーボール選手がつけるような膝当てを購入した。
 シャワーもまた病院なら浴室用車椅子に乗り換えて、そのまま洗い場に入って洗体も洗髪もできるが、自宅だとそうスムーズにはいかない。清拭で済ませてしまうことが多い。


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 前回の17日間と今回の6日間で、いかにして心地よく入院生活を送るかをしっかりと学ばせてもらった。
 やっぱり、一番役に立ったのはマジックハンドである。





● ほすぴたる記 その後7 マーメイドのごとく

 手術の翌日からリハビリを再開した。
 「まだ傷口もふさがってないのに・・・。まだ動かすと痛いのに・・・」
 と思うところだが、仕方ない。
 別に退院をせき立てられているわけではない。リハビリ介入は早ければ早いほど、原状回復につながる、後遺症を残さずに済むからである。

 この2カ月、立つ時は右足1本で約60キロの体を支えていた。歩く時は松葉杖との3本で。左足は宙に浮いていた。
 これを元に戻す。
 左足に荷重をかけていく訓練が始まった。

 といっても、いきなり全体重を支えることはできない。無理をすると、せっかくついた骨が分離してしまいかねない。
 まずは2分の1すなわち30キロまで荷重する。それで約二週間訓練したら、次の二週間は3分の2すなわち40キロまで荷重する。一ヶ月後に左足だけで全体重を支られるようにする。
 まだまだ松葉杖を手放せ、もとい足放せない。

 リハビリ室の平行棒の間に入って、右足を低い台の上に、左足を体重計に載せる。 
 「じゃあ、左足に体重かけてください」
 と、リハビリスタッフが言う。
 「よし!」とばかりに左足を踏み込んだが、体重計の針は5キロ以上に振れない。
 踏み込み方を忘れてしまったのだ。自分では思い切り踏み込んでいるつもりなのだが、力が全然入っていない。
 スタッフの助けを借りて何度か繰り返すうちに、目盛りの値は10キロ、15キロと上がっていき、20分近くしたら、やっと30キロに届くようになった。
 が、ちょっと力を抜くと、すぐ値は下がってゆく。意識的にかなり頑張らないと荷重できないのである。

 人は立っているだけで、歩いているだけで、体重分の重さを両足で支えている。
 ハイハイから立ち上がった幼児の時から、それに慣れてしまっているから、そのことを普段は自覚していない。
 プールでしばらく遊泳したあと、プールサイドに上がる瞬間、体の重さを感じない人はいないだろう。だが、プールサイドを歩き出したとたん、もう忘れてしまう。両足が即座に普段の感覚を取り戻すゆえに。
 
 人類は二足歩行したときに、赤ん坊がつかまり立ちしたときと同様、体重(重力)をプレゼントされたのである。

 魔法の力で足をもらった人魚姫が、苦痛に喘ぎながら岩場で立ち上がる。イケメン王子に会うために!

 そんなイメージを抱きながら、訓練に励んでいる。

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● ほすぴたる記 その後6 陣痛未満

昨夜は塗炭の苦しみを味わった。

局所麻酔が切れた20時頃から、痛みがカメレオンのように忍び寄ってきた。
夕食後に飲んだロキソニンの効果がまったく望めないと見切りをつけた21時半、ナースコールを押して坐薬を頼んだ。
前回は坐薬にずいぶん救われたのだ。

痔持ちのソルティは、坐薬挿入には慣れている。
肛門の粘膜から吸収された薬効成分が血管に入って、全身を巡り、神経をマヒさせてくれるさまを思い描き、しばらく痛みに耐えていた。

が、いっこうに楽にならない。

「あの坐薬、さてはプラシーボだな?」
と、夜勤ナースを疑う始末。
もはや、入院初日の遠足気分は完全に吹っ飛び、嫌足気分に支配された。

ベッドの上で七転八倒していたが、どうにも身の置きどころなく、車椅子に移って、痛みから気を逸らすべく超難解レベルの数独にチャレンジした。

痛みはズキンズキンと領土を拡張し、そのうちに数独のマス目が歪んできた。

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ああ、これが障子の桟が歪んで見えるという、出産の苦しみか!

頑張ったところで赤ん坊は誕生しないから、ナースコールを押した。

手術のために腕に付けていた点滴の管から、鎮痛剤を入れてもらう。
「これが一番強い薬ですよ」とナース。

これが効かなかったら、あとがない!

祈るような気持ちで、ベッドに這い戻って安静にしていたら、遠い日の花火よろしく徐々に痛みは退いていった。

ああ、世のお母さんたちよ!
あなたがたは偉い!

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ソルティは保育所の増設と、医療用麻薬の認可に、一票!












● ほすぴたる記 その後5 記念品

 オペが終わった。

 午前中の患者のオペが長引いて、午後1時開始の予定が4時半になった。

 待っている間、道尾秀介の『向日葵の咲かない夏』(新潮文庫)を読み終えた。
 生まれ変わり(輪廻転生)をテーマに絡ませたミステリーで、その点は新機軸だけれど、推理小説としては感心しなかった。
 登場人物たちが死んでもすぐに生まれ変わっちゃうという設定が、肝心の殺人自体を卑小に感じさせてしまうのは致し方あるまい。
 ただ、ダークファンタジー作家としての道尾の才能は十分認められた。
 手術前不安を緩和してもらえたストリーテリングにも感謝!

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 4時半に手術室入りして、なんやかんやと準備に時間がかかり、麻酔注射を打った時は5時を回っていた。

 足元から家庭内手工業的な音がする。異和感はあるが、痛くはない。
体の緊張と心拍音の上昇は、実際の痛みのせいではなく、痛みを予期してしまうからだ。
 局所麻酔は全身麻酔に比べ侵襲性が低いと言われるのだが、心臓と精神には良くない。
 とはいえ、華岡青州の時代と比べたら天国である。

痛み、痛み、痛み、音、音、音、(おなかの)膨らみ、膨らみ、膨らみ・・・・

 ここぞとばかり、ヴィパサナ瞑想していたら、オペの終わり頃に波動が変わり、脳内ルクスが上がった。

 オペにかかった時間は正味15分、一番痛かったのは、結局、麻酔注射だった。

 5時半に病室に戻って数独していたら、術前説明時に担当ドクターに頼んでおいた品物が届けられた。

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 これでアクセでも作ろうか!


● ほすぴたる記 その後 4(事故後60日)

本日、ふたたび入院した。
抜釘(ばってい)手術、すなわち前回かかとの骨を整復し固定するのに入れたビスを、抜き取る手術を、明日行うためである。

今日は、同意書にサインしたり、レントゲン撮ったり、前回同様、腕に点滴用ルートを作ったりした。
2度目ともなると、そして今回は難しいオペではないので(局所麻酔だ)、気分的に楽である。

前回の退院後、部屋にこもりがちなブタな日々を送っていたので、いい気分転換になる。

今回はちょっと贅沢して、一日1500円プラスの特別室を選んだ。
前回と同じ4床の相部屋でも、お隣りさんとのしきりがカーテンでなく、チェスト付きの壁になっている。
個室感&セレブ感が高い。
ナースステーションや共用ラウンジからも離れているので、前回の部屋よりずっ~と静かで、とても落ち着く。

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しかも、テレビと冷蔵庫は使い放題(利用料に含まれている)である。
さっそく、冷蔵庫を埋めるべく、買い出しに出かけた。

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今のところ遠足気分😎

そうそう。
入院手続きを済ませ、エレベーターで病棟に上がったら、目の前のナースステーションで塗り絵をしていたのは、懐かしきエリーゼであった。

まだ入院していたのか!












● ほすぴたる記その後 2 (事故後40日)

 現在休職中である。
 松葉杖を使っての1時間以上の列車通勤(乗り換え2回)も、フロアを行ったり来たりの介護の仕事も到底無理だ。
 これがデスクワークで通勤がもっと楽ならば、そして休業補償のある労災でなかったならば、多少無理してでも仕事に行くやもしれない。自分にしかできない、自分にしかわからない類いの仕事だったなら、行かなければならなかったかもしれない。不幸中の幸い?
 ネットを見ると、松葉杖でも毎日列車通勤している人の声が結構載っている。
 ご苦労なこってすなあ~。
 
 仕事はともかく、たとえ松葉杖でも外出はどんどんしよう、と当初思っていた。
 部屋に閉じこもっているのは精神衛生上よろしくないし、身体機能も衰える。傘の差せない雨や雪の日はともかく、そうでない日はなるべく外出し、“社会” に触れていようと思っていた。
 と言って、大げさなことではなく、喫茶店に行ったり、外食したり、DVDや本を借りに行ったり、コンサートに行ったり、友人と会ったり、たまに職場に顔を出したり、といった程度のことであるが。

 しかるに、松葉杖の外出は想像以上にしんどかった。

 同じ距離を歩くのに通常の3倍時間がかかる。5分の距離なら15分だ。
 歩いていると、体重のかかる左右の手のひらや両腕が痛くなってくる。常に杖の着地面や周囲に気を配っていなければならないので、気も疲れる。10分歩くと、へたばってしまう。

 週に3回リハビリのため病院に通っているが、病院に行って帰って来るだけでひと仕事。
 家から駅まで10分かけて歩く(はじめのうちは15分かかった)。病院の送迎バスに乗る。3段の幅の狭いタラップの乗り降りが怖い。
 病院に着いたら、整形外来の受付まで混雑を掻いくぐって数十メートル歩く。松葉杖をカウンターに立てかけて、片足でバランスを取りながら、診察カードを取り出す。職員から受け取ったA4サイズの個人ファイルを、松葉杖を握った指先に挟むようにして持ち(口に咥えたいところだが)、リハビリ室までさらに数十メートル歩く。
 両手が空かないのは実に不便である。
 何回目かの通院で、軽量のものなら首にかけて持ち運びできるよう、下のようなグッズを考案した。
 
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 使い始めて一か月ほどになるので松葉杖にもずいぶん慣れて、自分の手足のようにとはいかないまでも、それなりに器用に扱えるようになってはきた。必要な筋肉もついてきた。

 それでも、手のひらの痛みにはなかなか慣れない。
 なにかもっと楽な歩行手段はないものかとネットを調べていたら、スマートクラッチという新しいタイプの松葉杖を発見した。
 もともとはモトクロスの選手が南アフリカで考案したものを、日本のジーニアスインターナショナルという会社が修正改良を施し、製造販売している。
 最大の特徴は、昔ながらの松葉杖のように両脇に挟み込んで両手のひらで体重を支えるのとは違って、両腕を器具の輪っか状の部分(カフと言う)に入れて、肘から手首までの前腕で体重を支える仕組みになっているところである。つまり、荷重が分散されるので、より楽に体を支えることができ、手のひらも痛まない。通常の松葉杖に比べ、荷重は最大 1/6 だと言う。

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外観もその名の通りスマートである
 

 左右両方で4万円くらいする。とてもじゃないが購入する気になれない。半年くらい持続して使うならともかく、治癒するまでのせいぜい1~2か月のことである。 
 がっかりしていたら、なんとレンタルシステムがあった。一か月約1万円である。
 早速、申し込んだ。

 届いた器具を組み立てて、自分サイズにあちこちの長さや角度を調整したのち、家の周りを歩いてみた。
 確かに、手のひらがまったく痛まない。荷重負担も軽減し、速く歩くことができる。立ち止まっているときは手のひらが空くので、ちょっとした手作業(財布から小銭を出すとか、切符を買うとか)ならできる。これなら杖をしたまま診察券やA4ファイルを持ち歩ける。
 一方、昔ながらの松葉杖にくらべ、安定性に欠け、転倒リスクを感じる。脇で締めないぶん、左右方向へのぐらつきがある。とくに階段の上り下りには危険を感じる。
 また、しばらく歩いていたら、上腕と肩が痛くなった。どうやら、普段使わない筋肉に負担が来ているらしい。翌日は筋肉痛で外出ままならなかった。(インナーマッスルを鍛えるのには適しているのかも・・・)
 なかなか期待通りにはいかないものである。
 もっと慣れが必要なのか?

 現在は、昔ながらの松葉杖とスマートクラッチとを、行先や要件に応じて使い分けている。階段を使わざるを得ない外出の時は昔ながらのものを使い、平地をちょっと長く歩く必要があるときはスマートクラッチを使う。
 二刀流ってか。

 なんにせよ、松葉杖を使って外出することで、世の中の親切に出会うことができる。
 それは不幸中の大幸いかも。







● ほすぴたる記その後 1 (事故後30日)

 事故後一か月、主治医の診察を受けた。
 レントゲン結果を見せてもらったら、エグイほどきれいにビスが穿たれていた。
 人造人間のよう。

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このビスは金属探知機に引っかからない

「一か月後にビスを抜きましょう」と先生。
「入院が必要ですか?」
「いや、日帰りで大丈夫。局所麻酔で行います」
 ギプスが取れるのはそのあとになりそうだ。
 まだまだ松葉杖生活に耐えねばならない。

 目下一番にすべきことはリハビリである。
 週に3~4回病院の送迎バスで外来に通うと共に、家で自主リハビリを行っている。
 コンクリートのように固くなった左足首や足指の筋肉をタオルやゴムバンドを使ってほぐし、日常使われずにナマってしまう左足全体の筋肉をストレッチで鍛える。
 骨折は折った直後の処置と同じくらい、リハビリが重要なのである。

 それにしても、自分の体の硬さにはまいる。
 狭い家の中での移動は四つん這いか尻移動にならざるをえないのだが、それを続けていると腰をはじめ体のあちこちが痛んでくる。
 今からこれじゃ、老後はどれほどしんどいことか。
 50代というのは、若い頃の不摂生や不養生に報復され始める時期なのだとつくづく感じる。




● 映画:『ケアニン』(鈴木浩介監督)


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2017年日本
105分、カラー

 ケアニンとは、ケアをする人の意。
 老人介護をテーマとする自主製作映画である。
 小規模の介護施設で働くことになった青年が、失敗や戸惑いを重ねながらも、スタッフや利用者との出会いを通して一人前のケアニンになっていく姿を描く。

 同業者であるソルティの目から見ても、よくできていると思った。
 実際の介護現場の風景や認知症老人たちの姿が、きちんとリアリティもって描かれている。しっかりと現場を取材したことが知られる。
 元ホステスの女性スタッフが、元モウレツ社員でプライドの高い男性利用者の怒りを、持ち前の話術とお色気攻撃で見事にいなしてしなうエピソードなど、「ある、ある」と頷いてしまった。

 脚本と演出も良い。
 内容からして、まかり間違えば「感動ポルノ」になりがちなところを、程よく抑制を効かせている。観終わったあと、しみじみとした感動が広がる。

 役者陣も良い。
 主役の青年・大森圭(21)を演じている戸塚純貴は、1992年生まれのイケメン。『仮面ライダーウィザード』やゼクシィCMに出演していたらしい。
 大森圭がはじめて担当した利用者は認知症の星川敬子(79)。膵臓がんが見つかって、最後は施設で看取られる。この難役を水野久美が好演している。老け役をやってもシワが映るのを許さない吉永小百合や岩下志麻なんかとは違い、シワも白髪も髪の薄さも隠さず、しっかりと79歳の呆けた女性になりきっている。役者魂を感じる。
 敬子の息子役の山崎一も、母親に顔を忘れられて戸惑いつつも、次第に母への愛情を取り戻していく昨今の企業戦士を印象深く演じている。

 ここで描かれているのは、「理想の施設、理想の介護」に近い。
 職員がみなモチベーション高く、チームワーク良く、近隣の住民や子供たちとの交流があり、利用者の特技ややりたいことを発揮させ、徘徊したらスタッフが付き添う。
 現実にはなかなかない職場だと思う。とくに、職員の質(介護技術よりむしろモチベーションや協調性の点で)が揃っているというのは、滅多にないことだろう。介護職の辞める理由で最も多いのは、「職場の人間関係」である。

 そういった「きれいごと」の部分もなきにしもあらずだが、介護という仕事の面白さややり甲斐、老いや認知症のありのままの姿、家族の誰かが介護が必要となった時にほかの家族たちに突き付けられる現実・・・・これらをしっかりと描いているこの映画は、老いや介護に関心を持つすべての人に推薦できる良作である。


評価:★★★

★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損

● ほすぴたる記 17 退院


 奈良の古代寺院や古墳をめぐる旅をしていたら、小高い丘のふもとに湧き水が流れていた。
 透き通った、豊かな清水。
 両手で掬って一口飲んでみた。
 「うまい!」
 甘く、柔らかく、複雑玄妙な味がした。
 どこかでカラスが鳴いている。

湧き水

 
 と、目が覚めた。
 カラスと思ったのは、離れた病室から聞こえるエリーゼ(95歳、認知あり、車いす使用)の雄叫びだった。
 「だれか~! わたしをトイレへ連れてって~! トイレぇ~!」
 入院最終日の朝は、エリーゼの声で起こされた。
 
 朝食後にリハビリ。
 リハビリ室に入る際に、スタッフからマスクを手渡された。
 インフルエンザ予防である。
 聞くと、先年この病院ではインフルエンザが猛威を振るい、病棟隔離があったという。
 リハビリ室には外来患者もやって来る。外から運ばれてきたウイルスが、リハビリスタッフを通して病棟に持ち込まれてしまう危険がある。それは、医師や看護師や見舞い客でも同じことだが、とくにリハビリスタッフは患者との接触が距離的にも時間的にも密なので、媒介者になりやすい。
 「昨年は、二日間、リハビリ室が閉鎖されたんですよ」とスタッフ。
 
 リハビリから帰ってベッドでうだうだしていたら、隣の患者のところに誰かが見えた気配。腰の骨を折って、夜中に救急で運ばれてきた患者である。
 カーテン越しに聞くともなしに聞いていたら、見舞いに来たのは一人息子であった。ソルティの知る限り、初登場である。
 (そうか、今日は土曜日だったな。)
 そう言えば、奥さんの声をこのところ聴いていない。ソルティがリハビリに行っているか、階下のラウンジでまったり過ごしている間に、おそらく夫を訪ねてきているのだろう、と思っていた。
 ところが、大変なことになっていたのである。
 奥さんは、夫が入院した五日後に自宅でイレウス(腸閉塞)を起こし、別の病院に運ばれていた。現在、イレウス管を鼻から腸まで挿入した状態で、点滴治療しているらしい。たしかに、見舞いに来るたび、腹痛と強い吐き気を夫相手に訴えていた。
 「このあと、おふくろのところにも寄らなければならない」と難儀そうな息子の声。
 一方の夫(父親)は、入院費用の支払いの心配と、お茶が飲みたいのにペットボトルを買いに行けないという愚痴ばかり話している。
 「なんで、自分のことばかりなんだよ」と苛立ちを隠せない息子。
 父と息子の会話は、やはり夫婦のそれ同様に噛み合っておらず、互いの感情は行き違い、意思疎通はうまくいかず、話すほどに空気が重くなっていくのが分かる。
 この年の瀬に、両親いっぺんに入院となった一人息子に同情したいはやまやまなれど、電車で1時間弱という町に住んでいながら、彼が父親を見舞ったのは今日が初めて。
 正直、もっとたびたび実家の様子を見に来て、母親の負担を軽くしてあげていたら、母親まで入院するハメにはならなかったのではないか・・・と思う。
 家族ってむずかしい。
 
 そのあと、担当医師が病室にやって来て、父親の状態を息子に説明していた。
 「病態的にはもう起き上がっても問題ないのです。ただ、ご本人に意欲がなく、リハビリが進んでいません。このままだと車椅子になるでしょう。自宅で車椅子で暮らせますか?」
 「無理です」と息子。
 「そしたら、施設に入ることを検討しなければなりませんね」と医師は言った。
 
 昼食後、入院窓口に行って会計を済ます。
 支払いは、松葉杖レンタルのための保証金のみ(4000円)。これは杖返却時に戻ってくる。
 治療費はもちろん、食事代もパジャマ代もタオル代もかからなかった。
 労災、万歳 \(^o^)/
 
 荷物を取りまとめ、ナースステーションでぬり絵をしているエリーゼに胸の内で「さよなら」を告げ、美しきナースたちに感謝する。
 迎えに来た両親とともに、タクシーで病院をあとにした。
 
 約半月ぶりの自宅。
 夕食はずっと食べたかったカレーライス。
 
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 今夜は、熟睡できそうだ。

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 入院中にネット購入したポータブルトイレ
 (両親より先にお世話になるとは!)

 
 


 
 
 
 
 
 

● ほすぴたる記 16 抜糸

 オペから10日目、抜糸した。
 
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 経過は良好のよう。
 ギプスを外してシャワーを浴びてよい、一週間したら湯舟に浸かってもよい、と許可もらった。
 早く温泉に行きたい!

 ときに、病院の食事は「量が少ない」「おいしくない」と相場が決まっている。
 が、ソルティは最近食が細く、またグルメではないので、質量ともに満足している。朝食についているパンなど、一枚残すほどだ。

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ヨーグルトとミカンは持参

 
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 ただ、うまいや否やを別にして、毎日三食すべて病院食が10日も続くと、さすがに飽きてくる。
 献立はそこそこバラエティに富んでいるし、食材も豊富である。毎日芋天ぷら、毎晩煮魚なんてことはない。
 飽きるのは、味つけが決まっているからである。同じ厨房で、同じ調理人が作るのだから、同じ味つけになるのは仕方ない。
 毎日三回、同じ中華料理店に通うと考えれば、分かってもらえるだろう。一回一回違うメニューを注文したとしても、そのうち飽きてこよう。

 今日は久しぶりにカップラーメンを食べた。
 食後も舌にからみつく化学調味料のしつこく不健康な味が、おいしかった。

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 今夜は、フィギュアスケート全日本選手権を観ながら、最後の夜を過ごす。
 明日、退院だ。















 


● ほすぴたる記 13 ロキソプロフェン

 昨晩は足の痛みが激しかった。
 ここ数日落ち着いていたので、不意をつかれた。

 午前3時過ぎから存在を主張し始めた痛みは、次第に暴力度を増していき、眠るどころではなくなった。
 できるだけ安楽な体勢を探して、ベッドの上を断末魔のミミズのごとのたうち回ること2時間強、最後はベッド横の車椅子に移乗した。ギプスの付いた左足を真っ直ぐ伸ばして丸椅子に乗っけた。
 しばらくその体勢でヴィパサナー瞑想をしていたが、6時を過ぎる頃、痛みは絶頂に達し、サティが打てなくなった。悟りが遠ざかる・・・。
 たまらずナースコール。

 やって来た夜勤ナースに事情を話すと、
「朝食後の痛み止めをいま飲んでもいいですよ」

 早く言ってよ!

 処方されている痛み止めのロキソプロフェンは、一日3回毎食後に服用することになっている。
 ソルティはこれを律儀に守って、朝昼晩の食後30分したら、飲んでいた。8時、13時、20時に。

 ちょっと考えれば分かることだが、これだと夕食後の服用から次の朝食後の服用まで12時間のブランクがある。眠っている間に薬の効き目が薄れてしまう。夜間、痛みに襲われ、不眠に苦しむのは当然至極である。

 単純に考えれば、一日3回なら8時間おきに服用すれば、薬の効果が丸一日持続し、痛みの波は緩やかになるはずである。
 たとえば、7時、15時、23時に。

 こんな単純明快なことに気づかずに、律儀に食後30分を守っていたおのれの阿呆さ加減にあきれる。

 でも、やっぱり、早く言ってよ!

 
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痛みから解放され、お気に入りのラウンジで読書中





 

● ほすぴたる記 8 ケガの功名

 術後2日目。

 今日からリハビリが始まった。
 迎えに来た理学療法士の青年と共に車椅子で1階に降りて、広いリハビリ室で松葉杖の手ほどきを受けた。
 片足なれど、久しぶりに歩いた。頭から足裏に抜ける1Gが新鮮である。
 早く自分の足でトイレに行けるようになりたいものだ。真夜中にジョロジョロ音を気にしながら尿瓶を使う生活から卒業したい。

 とはいえ、尿瓶のおかげで自らの尿状態が観察できたのは良かった。この一週間、オシッコがみるみるきれいになっていくのが一目瞭然であった。
 食生活改善の影響である。
 病院提供の量の少ない三度のメシ以外は食べなかった。夜6時半以降は物を口にしなかった。食事に入っている以外の水分はペットボトルの水とお茶だけで、普段一日4~5杯飲んでいる砂糖入り紅茶やコーヒーは飲まなかった。もちろん、アルコールも😎
 見舞客に頼んで、食べようと思えば、飲もうと思えば、何でも好きな物を飲み食いできただろうが、一日動かないでいるせいか、あるいは痛みのせいか、食欲が湧かなかった。

 透き通った水のような無臭のオシッコはそのまま飲めそう。
 むろん、この入院生活で体重も減ったことだろう。内臓も休めたことだろう。
 文字通り、ケガの功名である。

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 一週間の入院生活で気づいた「あったら役立つ備品リスト」

〇レジ袋・・・・汚れた下着類を入れる
〇アイマスク・・・・昼間眠るときに
〇耳栓
〇ヘッドホン・・・・イヤホンは耳から抜けやすい。小型で軽量のものがあればGood
〇消臭スプレー
〇S字フック・・・・ベッド柵に引っ掛けて使う
〇マジックハンド・・・・ベッドやテーブルからともかく物が落ちやすい。簡単に体を動かせない状態のときはあると非常に便利。百円ショップのオモチャコーナーで売っている。

 次に入院するときは、忘れずに用意しよう!😁😁😁

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● ほすぴたる記 7 老々介護

 術後一日め。

 午前中つらかった足の痛みは、午後になったら和らいだ。
 午後はベッドに腰掛けて、労災保険の申請書類をしこしこ書いた。文字が小さくて目が疲れる。

 病室は5階にある。
 西側に窓があって、眺めが良い。畑、住宅、学校、鎮守の森が不規則に並び広がる彼方に、晴れた日は富士山が見える。
 そう、ソルティは幸運にも窓側のベッドにいる。

 4人部屋、満床である。
 ドアを入って左側に2床、右側に2床、ソルティは右手奥にいる。
 カーテンで仕切られた一人分のスペースは四畳半くらい。テレビ、冷蔵庫は有料、電源は自由に使える。昨今は院内の携帯電話やネットの使用はうるさく言われないようだ。若い患者にとってスマホ無しの生活など苦痛以外の何ものでもあるまい。

 ソルティがここに入ったとき、カーテン一枚隔てた隣りのベッドは空いていた。
 手術が無事済んだまさに昨夜、というか草木も眠る今朝2時半、男が救急搬送で運ばれてきた。
 目が覚めていたソルティは、カーテン越しの騒動に聞き耳を立てた。というより、嫌でも聞こえてくる。
「痛いよ~、痛いよ~、痛いよ~」と絶え間なく繰り返す老いた男の声。
 ストレッチャーから「せえのオ!」でベッドに新患を移し、病院用ガウンに着替えさせ、オムツをつけ、バイタル測定し、点滴の準備をし、体位を保つためのクッションを体のあちこちに差し入れるナースたちの手慣れた様子。その間もひたすら「痛いよ~、痛いよ~」とわめき続ける患者。
「今痛み止め入れたから、すぐに効いてくるから、それまで我慢だよ」と言い残してナースたちは立ち去った。その風情たるや、立つ鳥あとを濁さず。
 その後30分近く、ソルティは隣りから聞こえる「痛いよ~、痛いよ~」に付き合っていた。

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 今日は薬のおかげで隣人の痛みは落ち着いているらしい。ときおり、いびきも聞こえてくる。
 昼過ぎに奥さんが見舞いに来られた。姿は見えないが、二人暮らしの老夫婦のようだ。
 くだんの夫は、重い荷物を持った拍子に腰を痛め、医師にぎっくり腰と診断され「絶対安静」の指示に従い、自宅で10日間ばかり寝ていた。が、痛みは強まるばかり。我慢できずに昨夜ついに救急車を呼んだ。当病院での深夜の診察の結果、腰の骨が折れていた。
 痛いはずだ 😰😰😰

 老夫婦の会話を聞くともなしに聞いているのだが、珍妙というか滑稽というか、いや、他人事なれど心配になる。
 というのも、どうやら夫のほうは軽い認知が始まっている上に、目がよく見えない(緑内障か?)苛立ちやすい気質で泣き言も多い。妻のほうは腰痛持ちの上に耳が遠く、性格はトロい感じで愚痴っぽい。二人の噛み合わない会話、すれ違う気持ち、進まない段取りに思わずカーテンを開けて介入したくなる。

 一人息子が近くに住んでいるらしいのが、すぐには来られないなんらかの事情が伺える。

 しばらく、老々介護の現実を学ばせていただこう。









 




● ほすぴたる記 4 エリーゼのために

静かな日曜の夜。
入院4日目。

いまのところフロアは寝静まっている。
数時間もすれば、早々と床入りしたため早々と目を覚ました認知ばあちゃんが、ベッドから起きて歩き出そうとし、床に仕掛けられたセンサーが鳴り響くだろう。
何度も!
そのメロディーは聞き知っている。
ベートーヴェン「エリーゼのために」。

そこからは、あちこちからのナースコールや、夜勤スタッフと患者の会話や、スタッフ同士の眠気覚ましのおしゃべりが朝まて続く。
病院の夜は意外に賑やかだ。

このエリーゼばあちゃんには驚かされる。
一日中、起きている間はひっきりなしに喋っているのだ。
他の患者や病院スタッフと話してない時は、独りごとを言っている。
その7割は愚痴やクレームである。
彼女の最大の悩みは、自分で立って歩きたいのに、周りが許してくれないことにあるようだ。
車椅子から立って歩こうとする彼女と、それをなんとか押しとどめようとするスタッフの不毛なやりとりが、ソルティの寝ている病室まで届いてくる。

「わたしゃ、トイレに行きたいだけなんだよ! 行っちゃいけないのかい?」
「じゃあ、一緒に行きますから、まず車椅子に座ってください」
「いいよ、子どもじゃないんだから。一人でいけるよ」
「ダメです。転ぶと危ないから、ちゃんと便器に腰掛けるところまでは見守らせてください」
「あんた、わたしのお尻が見たいのかい?」
「・・・・」

ボケてるエリーゼと孫世代の若いナースとの会話は漫才のようで、結構笑える。
エリーゼのマシンガンクレームにいい加減ぶち切れたナースが押し黙る空気が伝わって来て、心の中で「がんばれ、ナース!」と応援してしまう。

残念ながら、ソルティがベッドから降りてフロアに行けるのは、の時か入浴時だけなので、いまだエリーゼの顔を知らない。
声や話し方からすると、90才は超えているように思う。
困り者の反面、天真爛漫なふうがあり、憎みきれないキャラのようだ。

とにかく、朝から夜まで喋り続ける無尽のパワーには感嘆する。
ソルティの経験から、こういうタイプはおばあちゃんに多く、おじいちゃんには滅多いない。
ジャンダー差を思ってしまう。

退院までにはエリーゼの顔を見たいものである。

ほら、センサーが鳴り出した。

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若き日のエリーゼ?












● ほすぴたる記 3 労災

入院3日目。

今日はやっとが出た。
ほぼ毎日通じのあるソルティにしてみれば、中2日出ないのは結構な便秘である。
朝方、ナースが言った。
「今日一日出なかったら、夕食時に液体状の下剤を飲みましょう」
(やっぱ来たか)

看護・介護の世界では、中2日マイナス(通じなし)で何かしらの処置をするのが一般。
下剤を入れたり、浣腸したりする。
「はい、お願いします」

昼食は肉うどんだった。
一日動かないので全然腹は減っていなかったけれど、うどんは好物なので頂いた。
そのあと、しばらくして催してきた。
遠慮なくコールを押して(成長😁)、車椅子に移乗、トイレに連れて行ってもらった。

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スッキリした午後は、見舞いに来た親戚と話したり、読書したり、テレビ見たり、昼寝したり、労災保険についてスマホで調べたり、のんびり過ごした。

通勤途中に起きた事故なので、労災が適用となる。
通常の医療保険より断然おトクなのだ。

医療保険は自己負担3割である。
ただ、入院や手術の場合、かかった費用の3割でも高額になることが多い。
その場合に使える福祉制度として、高額療養費制度がある。
ひと月にかかった医療費の自己負担分について、あらかじめ決められた金額(上限額)を超えた分は払わなくてもいい制度である。
たとえば、住民税非課税世帯の場合の上限額は35400円、それ以上については医療保険から補填される。

一方、労災保険は基本全額が保険から支払われる。
自己負担なし。
むろん、高額療養費制度は関係ない。
その上、ケガや病気で仕事を休んでいる間について、給与の8割程度が支給される休業補償というのがある。
使わない手はあるまい。

この制度は自己申請が原則なので、知らずにいつもどおり保険証を出して医療保険を使ってしまうと、損をする!
病院は患者がいずれの保険を使ってもお金はちゃんと入るから、特に教えてくれない。
自分の場合も、入院時に高額療養費制度の申請書類を渡された。
そのまま申請したら、自動的に医療保険扱いになってしまっただろう。
社会福祉士資格試験の勉強がこんなところで役に立った。

ただ、これも労災保険(雇用保険に含まれる)に入っていてこその権利である。
しっかりした雇用契約のもとで働くことはやはり大切なのだ。

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ベッド周りの風景














● ほすぴたる記 2 遠慮

入院第一夜は、案の定、眠れなかった。

夕食後に飲んだ錠剤の効果が切れた深夜あたりから、左足のズキズキ痛に悩まされた。
痛みには波があって、「もう辛抱たまらん。夜勤スタッフを呼んで薬をもらおう」と、ナースコールに手が伸びるや、スウッと引いていく。
その繰り返しは陣痛のやう?

消灯時に美人ナースが、「痛かったら、我慢しないで呼んでくださいね」と言ってくれたのに、なかなかコールが押せない。
職業病だ。
深夜の病棟のあちこちから響くナースコールと、そのたびに訪室する夜勤スタッフのパタパタという足音は、介護施設で同じような立場で働いているソルティを十分遠慮がちにする。
「なるべくスタッフの手を煩わせたくない」と自然思ってしまうのだ。
そしてまた、最新のペインコントロール技術で痛みをすっかり消してしまうことに、なんとなく違和感というか罪悪感というか、おかしな気持ちがある。
「骨を折ったのだから、このくらいの痛みは当然だ」
「ちょっとくらい苦しまないと、病人らしくない。迷惑かける同僚たちにも申しわけない」
「今こそ、感覚を観察することで“私”の虚構性を見抜くヴィパッサナ瞑想の出番じゃないか」
やせ我慢なのか、マゾなのか、修業熱心なのか、単に小心者なだけなのか、自分でもよく分からないが、朝まで思い出したように、「痛み、痛み…」と実況中継していた。

翌朝、眠れなかった旨を美人ナースに伝えると、座薬を出してくれた。 
ケツから挿入してしばらくしたら、ウソのように痛みが曳いた。
ベッドから車椅子に移って、気持ちよくシャワーを浴びられた。
「なんでもっと早く頼まなかったんだ、われ?」

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仕事がら病院にはよく行く。
入退院手続きを手伝ったり、お見舞いに行ったり。
病室の様子もフロアの雰囲気も見慣れているので、目新しいものはない。
あちこちから聞こえるナースと認知症患者のトンチンカンな会話も、車椅子から立ち上がって歩き出そうとする患者への叱咤の声も、リハビリ職員が患者を励ます声も馴染みである。
普通なら非日常となる入院生活が自分にとっては日常の延長のよう。
違うのは、いつもとは立場が違うことだ。
ケアする側だった自分が、ケアされる側になっている。
やはり、される側になってみると、いろいろ気のつくことがある。

たとえば、いま排尿はベッド上で寝たままの姿勢で尿瓶を使っている。
この作業がなかなか難しい。
うまい体勢と正しい尿瓶の向きと適切な発射角を作らなければ、出した尿が逆流し、布団にこぼれてしまう。
自分のような短い“クダ”の主ではなおさらだ (*^^*)
毎度ハラハラしながら排尿している。

患者の苦労や気持ちを知るために、こういう経験も必要なのだろう。

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ベッドで尿瓶を倒さないで♪










● ほすぴたる記 1 転落

今朝、通勤途中に駅のホームの階段から落ちた。

ほぼ階段の中ほどでつまずき、そのまま前のめりに頭から突っ込みそうになった。
どういう反射をしたのか分からないが、とっさにもう一方の足が出て、階段を蹴った。
そこから空中を泳ぎながら、数十段ジャンプしてホームに着地、勢い余って転がった。

おそらく、家の2階の窓から飛び降りた以上の衝撃だった。

自分も驚いたが、周囲はもっと驚いたようだ。
何人か駆けつけて声をかけてくれた。

外傷や痛みがないか確かめながら、ゆっくり身を起こすと、左足首に強い痛みを感じた。

しばらくしゃがみ込んだ状態で足首をさすったが、異変あるようだった。
ホームの柱に捕まって、ゆっくり立ち上がったら、左足を地面につけることができない。
歩くのもままならない。

立ち往生していたら、駅員が3人降りてきた。
親切な人が伝えてくれたのだ。

駅員が持って来た車椅子に乗ってエレベーターを上がり、駅員室に運ばれた。

痛みが続く。 
左足が動かせない。

「救急車を呼んでいいですか?」

これはそのレベルだと思った。

患者の付き添いではなく、当事者として乗る初めての救急車!
サクサクと必要な処置をし、搬入先を探す救急隊員のプロフェッショナルに感心する。

運ばれたのは自宅から歩いて20分ほどの大きな総合病院。
まずはひと安心。

良くて捻挫か脱臼、悪ければアキレス腱か骨折。
とりあえず、職場と自宅に連絡とった。
こういうとき携帯は便利だ。

触診やレントゲンやCTや心電図や肺活量や採血や、一通りの検査が済んだ。
その間に両親もやって来た。

ノートパソコンの画像を示しながら、若い男性医師は言った。
「くるぶしの骨が折れています。入院して手術したほうが良いでしょう」

起こったことは仕方ない。
医師の指示に従って、そのまま入院手続きをとった。

申しわけないのは職場の仲間たちに対して。
人手不足の折にこんなことになってしまって……
病室に落ち着いたあと、意を決して電話をかけ、状況を説明し、当分働けない旨、伝えた。
ここまでで事故から3時間余り。

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手術まで、腫れないように左足首を固定して冷やす。
痛み止めを出してもらう。

午後はズキズキする痛みと付き合いながらウトウト過ごした。

夕食終え、これから夜である。

考えてみたら、入院するのは50年ぶり。
小学1年の秋、交通事故に遭ったとき以来である。

災難と言えば災難だが、あの高さからあの落ち方をして、足首以外なんともなかった、前方に人がいなかった、ホームから転落しなかった、たまたま列車が来ていなかった、のは幸いと言うほかない。

ついているのか、いないのか?


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病院食も久しぶり





























● 本:『カウンセラーは何を見ているか』(信田さよ子著)

2014年医学書院

 『驚きの介護民俗学』、『逝かない身体:ALS的日常を生きる』、『居るのはつらいよ』と同様、「ケアをひらく」シリーズの一作。

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 信田さよ子(「のぶた」と読む)の名前だけはあちこちで見かけていたが、著書を読むのははじめて。
 1946年岐阜県生まれの臨床心理士。1995年に原宿カウンセリングセンターを開設し、女性ばかり十数人のカウンセラーを束ねている。アルコール依存症、ドメスティック・バイオレンス、児童虐待などの問題に精力的に取り組んでいる。
 
 本書の何よりの特徴は2部構成になっている点である。
 第1部は「すべて開陳! 私は何を見ているか」と題し、その道四十ウン年のベテランカウンセラーである信田の来歴と、実際のカウンセリング手法が明らかにされる。「ブッダに握拳なし」ではないが、「ここまで手の内をさらけ出していいの?」とつい思ってしまうような職業上のノウハウが、著者の理念や人間観や覚悟とともに述べられる。
 ソルティは同業者ではないけれど、同じ対人援助を生活の糧とする身なので、興味深く、啓発されるところが多かった。
 
権威という力を利用して目の前に座っているクライエントに何かを伝達しようと思った時点で、カウンセラーは敗北していると思う。なぜかと言えば、そこに生まれる支配と依存の関係は、カウンセリングの中心となる「言葉」の力を剥ぐからだ。
 
ソルティ:文中の「カウンセラー」という単語を「介護職」に、「クライエント」という単語を「利用者」と変換すれば、そのまま通用する。

アディクションとは、本人(行為の主体)にとっては問題解決行動の一つなのである。苦しみや痛み、不安などを感じなくできれば、そのあいだだけなんとか息をつき生き延びることができる。医療の枠組みからは「自己治療」と呼ぶこともある。しかし他者(家族・友人)にとってそれは迷惑であり、苦しみを与えられる。このようにアディクションにおいては、行動の主体の認識と、影響を受ける他者の認識とのあいだには大きな落差とずれが生じるのである。

ソルティ:アディクションは、まともに向き合ったら自己崩壊を起こすような、別のもっと深刻な問題に対して、当面の猶予をくれる安全弁となっている。人はだれも多かれ少なかれ何かにアディクトして生きている。他者に迷惑かけない、よりマシなアディクト行為を見つけることが肝要であろう。

クライエントの多くは社会の基準を必要以上に取り入れているからこそ、自責感に満ちて苦しく、その反動である怒りや不安、緊張にさいなまされている。そこからの離脱を促進するためなら、(カウンセラーである私は)オーバーに憤慨したり驚いたりすることもいとわない。ときにはクライエントの語れなかった感情を言語化したりする。私がしばしばカウンセラーらしくないと言われるのは、そのような表現の過剰さゆえかもしれない。(カッコ内はソルティ補足)

ソルティ:「社会の基準」とは別の言葉でいえば「共同幻想」であり「物語」である。人はまず周囲に溢れる「物語」をかなり無自覚に身に着けて(内面化して)、そのあとから、当の「物語」によって自らを掣肘して苦しめる。人間は苦しむ(ことの好きな)葦である。「物語」からの最終的解放が解脱である。

 続く第2部は趣向ががらりと変わる。
 信田は還暦を過ぎたある日、狭心症の発作を起こし、心臓カテーテル検査のため入院することになった。
 第1部がベテラン医療従事者による専門的でお堅い、ある種“冷感症的”語りとすれば、第2部は夫と二人の子どもに恵まれた普通の中年主婦のドキドキワクワクな入院体験記である。信田なりの「美学」にもとづいて私生活に触れられていない第1部とは打って変わって、第2部は私生活オンパレードである。一人の職業人のONとOFFを見るようでもあり、よりうがった見方をするなら、能楽の「中入り」をはさんだ「マエ」と「アト」のようである。つまり、第1部でうまく煙幕をかけられて隠された著者の正体が、第2部で白日の下にさらけ出されたという感じを受ける。
 この対比が面白い。
 と同時に、この仕掛けが、カウンセラーという職業の何たるかを、第1部での著者自身の懇切丁寧な「開陳!」以上に読む者に知らしめる効果を生んでいる。(仕掛けの提案者は編集の白井正明ではなかろうか?)
 
 入院して一患者となった信田は、相部屋を希望する。同室の患者たちや見舞客をはじめ、共用ラウンジで見かける別室の患者たちやその家族・知人、むろん医師や看護師も抜かりなく観察し、「家政婦は見た!」の市原悦子よろしく会話を盗み聞きし、ミス・マープルのごとく推理をたくましゅうし、しばしば見舞いにやって来る一人娘と一緒になって人間寸評(というよりゴシップ)を楽しむ。ラウンジで声をかけてきたダンディな同年代の患者に対し、ちょっとした想像上のアバンチュールを楽しみさえする。
 最初のうちは、「カウンセラーってのは仕事を離れても人間観察癖が抜けないんだなあ。一種の職業病だなあ」と、面白おかしく読んでいた。一流カウンセラーがどのように世間を見ているか、を伝えるのが第2部の主眼なのだろうと思いつつ。
 が、途中ではたと気がついた。
 逆なのだ。
 カウンセラーがどのように世間を見ているか、ではなくて、どのように世間を見る人が良いカウンセラーになるのか、が肝なのであった。
 
 人間への飽くなき好奇心と想像力。
 それあってこそのカウンセラーなのだろう。
 

 
評価:★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損

 



● 本:『満足して死に逝く為に ホスピスチャプレンが見た「老い」の叫び』(沼野尚美著)

2013年佼成出版社

 その昔、所属していたNGOの調査の仕事でイギリスの病院を視察したことがあった。ロンドン市内にある公立病院である。
 そのときに、エイズ患者を支えるチーム医療の仕組みについて説明してくれた担当者が、話の中で「チャップリン」という単語を連発するのを聴いて、ソルティは感心したものである。

「さすがイギリスはユーモアの国。患者を支えるスタッフの中に道化師も入っているんだなあ~」

 ロビン・ウィリアムズ主演のアメリカ映画『パッチ・アダムス トゥルー・ストーリー』(1998年)が公開されて間もない頃だったので、あの映画に出てくる医師パッチのように、道化(ピエロ)の恰好をして患者を笑わせて治療効果を高める役割を担うスタッフが、すでに英国の病院ではチーム医療の一員として公式採用されているのか、と思ったのである。で、英国では、かの偉大な喜劇俳優にちなんで、その役割を「チャップリン」と呼ぶのであろうと・・・。

 とんだ勘違い、というより語学力不足であった。
 チャップリン(Chaplin)でなくて、チャプレン(Chaplain)であった。 

チャプレンあるいはチャップレンは、教会・寺院に属さずに施設や組織で働く聖職者(牧師、神父、司祭、僧侶など)。

多くの病院、養護施設、介護施設、ホスピスにおいては、患者、家族、スタッフの精神的、宗教的、スピリチュアルなニーズを支援するチャプレンを雇用している。老人ホーム、介護付き住居などでもチャプレンが採用されている。チャプレンはどのような信仰を持つ人でもケアを提供する。

(ウィキペディア『チャプレン』より抜粋)


 意味を知って、キリスト教文化の深い側面に触れる思いがした。
 というのも、日本の公立の病院やホスピスや介護施設で僧侶を雇っているところなんてあるだろうか? 
 袈裟を着た坊さんが病院をウロウロしていたら、「縁起でもない」と煙たがられるのがオチではなかろうか。

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 著者の沼野は1956年大阪生まれ。薬剤師から病院チャプレンとカウンセラーに転職し、数々のキリスト教系の病院や緩和ケア病棟などで、たくさんの終末期の患者と出会い、看取ってきた。
 本書はその豊富で貴重な体験をもとに、誰にでも訪れる老いと死について考察している。
 
 以下、ソルティが心に留めた言葉を、余計なコメントと共に紹介する。

● 満足できる生き方とは、自分の願いが全部かなう生き方という意味ではありません。苦労が多かろうと、たとえ思い通りに生きられなかったとしても、自分の人生に「これでよし」と言えるものを持っているということです。満足できる生き方をしてきた人は、他者の援助を心地よく受けることのできる方であり、自分の人生に納得し、老いの日々を豊かな気持ちで生きることができます。
ソルティ:「思い通りに生きられる」人なんて滅多いないだろう。望月の栄華を誇った藤原道長でさえ、晩年は病と死と祟りの恐怖に苦しめられた。

● 死にたいという気持ちや願いを責めないで、今、死ぬことは不可能であることを、本人が自ら悟り、あきらめるように援助するならば、「死に急ぐ人」から「死を待つ人」へと導くことができます。そして死を待つ人になれると、今を生きることにも、関心が持てる可能性が出てきます。
ソルティ:「悟った人は、ただ死ぬのを待っているだけ」と言うスマナサーラ長老の言葉を思い出した。

● 人はこの世を去る前に、大切なことを学ばなければなりません。それは迷惑をかけているだけの存在にもかかわらず、なおも自分で自分の存在をいとおしく思い、価値あるものとして見ることができるか――つまり、存在するだけでも、生きているだけでも尊い、意味と価値があることを学ばなければならないのです。
ソルティ:「ただ、居る」ことの本質的価値とは、本質的価値そのものである。

● 高齢者の今日の姿は、やがて迎える将来の自分の姿であることを、そして、今介護の時に高齢者と関わるその同じ関わり方で、介護者自身も老いを迎えた時、関わられるハメになるということを、心にとめておきたいものです。老いは順番なのです。
ソルティ:自分が老いた時、どんな介護をしてもらいたいか。「やっぱ、優しくされたい!!」

● 家族の間で、使うのがむずかしい言葉は、おそらく「ごめんね」という素直な謝罪の言葉かもしれません。人生のある時期に、この言葉をきちんと使っていたら、もっと満足した心地のよい日々を、晩年にお送りになれたかもしれないと思ったケースを沢山見てきました。ごめんねという言葉は、人生の鍵になる言葉であり、家族間で使うには勇気のいる言葉でもあります。
ソルティ:確かに…。「ありがとう」よりも使ったことのない言葉だ。(そもそも、「謝らなくちゃいけないことなんてない」と思っている←傲慢?)

● 人生の中で味わう苦労から学ぶことの一つが、あきらめること、上手にあきらめることです。思い通りにいかないことをあきらめること、誰かのせいにするのではなく、人生というものはこういうものなんだと、素直に受けとめることを何度も繰り返していくと、最後の人生の課題、つまり自分の死をも、しょうがないこととして見つめることができるようです。
ソルティ:「あきらめる」とは「明らめる→明らかにする」、つまり「物事の真理を明らかにする」ことである。

● お金がないから死にたい、これは、きわめて正直で深刻な理由です。お金がなくなると本当に生きる意欲を失います。「生きていてもいいんだよ」と人生の終末期に、自分が自分に言えるような生き方を、今からしておかなければなりません。そのためには、最後の日々のための貯金が必要です。
ソルティ:自分にはこれが一番難題かも。老後資金2000万円なんてとてもとても・・・。ベーシックインカムの勉強&推進運動でもするか!



評価:★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損








 

 

● 漫画:『娘が発達障害と診断されて… 母親やめてもいいですか』( 文:山口かこ 絵:にしかわたく )

2013年かもがわ出版

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 発達障害(自閉症)のこどもの育児日記は、昨今珍しくない。
 漫画に限っても、戸部けいこの『光とともに』という名作がある。

 この漫画のユニークにして特筆すべきは、母親である山口かこが、障害児を持つ母親として優等生でも模範生でもないところである。

 娘のたからちゃんが2歳のときに広汎性発達障害の診断を受けてから数年間、死に物狂いで育ててきたものの、ついには心身ともに疲れ果ててしまう。
 家事も育児も投げ出して、チャットにはまり、あやしい宗教にかぶれ、妻子ある男と不倫し、ついには(というか案の定)夫と離婚、たからちゃんは夫の実家に引き取られることになる。
 はたから見たら、「ひどい母親」「ひどい妻」である。(にしかわたくの可愛らしい画風により緩和されているが)


 「自分のことしか考えていない」って!?
 うるさい!!
 発達障害さえなけりゃ、私だっていいお母さんになってたよ!!

 「世の中にはもっと重い障害や病気の子どもを持つお母さんもいる」って!?
 
 うるさい!!
 うるさい!!


 私は“普通の家族”が欲しかったんだ!!


 山口を非難するのは簡単であろうが、誰にだって限界がある。
 その限界を超えて頑張った挙句バーンアウトし、虐待に走ったり、母子心中をはかったりするくらいなら、「私にはこれ以上できない」と素直に認めて、周囲に頼るほうが賢明である。

 幸い、たからちゃんは別れた夫の実家で愛情を注がれてすくすくと育ち、愛らしい落ち着きある娘に育ったようだ。
 自閉症の人の特徴の一つとされるコミュニケーション障害も改善しているらしい。


 作中で紹介されているジム・シンクレアという名の自閉症当事者が書いた手紙の一節が心を打つ。

 「うちの子が自閉症でなければよかった」
 「この子の自閉症が良くなりますように」


 その嘆き、その祈りは、私にはこう聞こえます。


 「自閉症ではない別の子がよかった」


 両親が語りかける夢や希望に
 私たち自閉症者は思い知るのです。


 彼らの一番の願いは
 私の人格が消えてなくなり
 もっと愛せる別の子が
 私の顔だけを引き継いでくれることなのだと・・・


 「普通」という幻想は、いかに我々を強く縛りつけ、苦しめるものか!
 これは、たとえばLGBTの子どもを疎んじる親にも言えることである。

 




評価:★★★★

★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損






● 英雄的ファンタジー 本:『居るのはつらいよ』(東畑開人著)

2019年医学書院

 好著の多い「ケアをひらく」シリーズの一冊。
 今回は精神障害者のデイケア(精神科デイケア)が舞台となる。

 著者の東畑開人は1983年生まれの臨床心理士。
 大学院卒業後、カウンセリング(セラピー)がやりたくて就活した結果、沖縄のデイケアでカウンセラーとして採用された。 

「精神医療の現場で自分を鍛える。そして、大セラピストになって凱旋する。」
 そういう英雄的ファンタジーに取り憑かれていたのだ。

 しかし、その実態はデイケア10割で、朝から夕方まで10時間デイで過ごして、その合間にカウンセリングするというものだった。
 東畑は、はじめて接する精神科デイケアの現実にカルチャーショックを受ける。
 本書は4年間のデイケア体験について記したものである。

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 ソルティは精神障害者のデイケアには行ったことない。
 高齢者のデイサービスやデイケアならある。そこでは自宅から通ってくる高齢者に対し、介護や簡単な医療ケア、リハビリやレクリエーションを提供する。高齢者の幼稚園という表現は当たらずと言えども遠からず。言うまでもなく、これは介護保険制度の中のサービスである。
 また、身体&知的障害者の生活介護(デイケア)にも行ったことがある。そこでは自宅から通ってくる身体&知的障害者に対し、介護や生活に関する相談および助言、機能訓練や創作的活動・生産活動の機会を提供する。知的障害者にはダウン症と自閉症の人が多かった。これは障害者総合支援制度の中のサービスである。
 東畑の勤めることになったデイケアは、精神科クリニックの外来治療の一つとして開設されたもので、慢性期の統合失調症の人が最も多く、それ以外に躁鬱病、発達障害、パーソナリティ障害などの人がいたようだ。原則医療保険の対象となる。
 同じデイケアでも、対象者や予算の根拠となっている制度の違いによって、ずいぶんと雰囲気が異なる。
 
 精神科デイケアとはどんなところか?
 国の定義によれば、
 
精神疾患を有するものの社会生活機能の回復を目的として個々の患者に応じたプログラムに従ってグループごとに治療するもの

 東畑は着任早々、この定義が理想(建前)であることを身をもって知ることになる。
 精神障害者の「居場所づくり」というのが実質だったのである。
 
 そう、デイケアで過ごす10時間のうちのかなり多くが自由時間なのだ。
 それは何かを「する」のではなく、「いる」時間だ。座って「いる」。とにかくそこに「いる」。ただ、いる、だけ。何も起こらなくて、動きがない静かな時間だ。
 デイケアとは、とにもかくにも、「いる」場所なのだ。
 
 彼ら(ソルティ注:デイケアの利用者)は社会に「いる」のが難しい人たちなのだ。だから、僕の仕事は「いる」のが難しい人と、一緒に「いる」ことだった。
 
 ふしぎの国のデイケアは、入り口の門から最奥の地まで、「ただ、いる、だけ」に敷きつめられている。
 デイケアの門をくぐったその瞬間から、僕は「ただ、いる、だけ」に困惑していた。

 「いる」の反対は何か?
 「いない」ではない。「する」である。Be ではなく Do である。あるいは、「なる(Become)」である。
 そもそも東畑は、カウンセリングという名のセラピー(施療)がやりたくて入職したのであり、学究生活で学んだ様々な技法を駆使したセラピーを施行し(する)、その結果としてデイケア利用者(患者)が良くなることを期待してきたのであった。
 それが蓋を開けてみたら、朝から夕方までデイケアにずっぷり関わり、進歩も成長もない凪のような「終わりなき日常」に首まで漬かってしまう。
 
 しかしそこで、「こんなの、自分が求めていた仕事じゃない!」とさっさと踵を返して本州に戻るようなタマでないところが、東畑の素晴らしいところ。
 カルチャーショックが治まったあとは、送迎車の運転からバレーボールの審判まで、都度求められる雑多な仕事をこなしながら、デイケアとその住人たちを(利用者のみならずスタッフも)観察し、ケアとは何ぞやと考察し、セラピーとの違いについて分析する。
 本書の中心テーマの一つは、ケアとセラピーの違いである。
 
 ケアは傷つけない。ニーズを満たし、支え、依存を引き受ける。そうすることで、安全を確保し、生存を可能にする。平衡を取り戻し、日常を支える。
 
 セラピーは傷つきに向き合う。ニーズの変更のために、介入し、自立を目指す。すると、人は非日常のなかで葛藤し、そして成長する。


植物の芽


 東畑は、「いる」ことの辛さ、困難についてたびたび言及している。それは大ざっぱに言って、二つの理由に分けられるように思う。心理的理由と社会的理由である。
 
 心理的理由とは、我々現代人が(あるいは人類が?)「いる」ことに慣れていないところから来る。
 何もしないで「ただ、いる」ことは退屈である。どうしても何かをしてしまう。スマホをいじったり、本を開いたり、テレビをつけたり、人と話したり、身体を動かしたり、眠ったり、妄想したり、マスかいたり・・・。なにかを「する」。
 そしてまた、何もしないで時間を過ごすことに、あるいは漫然と同じような日々を繰り返すことに、罪悪感や焦燥感を抱きがちである。「もっと有意義に時間を使わなければ」とつい思ってしまう。なにか生産的なこと、自らの欲望実現や成長につながるようなこと、生活に彩りをもたらし人生を価値あるものにすることをしたくなってしまう。「なる」を求めてしまう。
 
 僕らが生きているこの社会では「変わる」ことがとても大事なこととされている。
 「PDCAサイクル」なんていう言葉もあるけれど、目標を決めて、挑戦して、うまくいったかどうかをチェックして、そして改善する。そうやって、目標を達成する、成長する、変わっていく、そういうことが良しとされている。それが僕らの社会の倫理だ。

 先進国、資本主義社会ではとくにその傾向が強い。
 我々はこうした「行動強迫」「成長幻想」を多かれ少なかれ内面化してしまっている。
 「いる」でなくて「する」、「そのまま」でなくて「変わる(成る)」。
 であればこそ、「日常を支える」を目的とするケアの仕事よりも、「変わる、成長する」を目的とするセラピーの仕事の方が社会的評価が高く、予算もつきやすく、給与も高い。また、ケアに与える定義も、ただ単に「居場所づくり」とするよりは、「社会生活機能の回復」、「グループごとに治療する」ほうが通りがいい。
 
 次に、社会的理由とは、上記と関連することだが、そのような「いる」を目的とするデイケアの仕事にも、少なくない予算がついていることに対するアンビバレントな思いである。
 
だけど、「ただ、いる、だけ」に毎日一人当たり一万円近い社会保障財源が投入されており、それを支えることで自分に給料が支払われているという事実に向き合ったときに、僕らは居心地が悪くなる。会計の声は僕らを居心地悪くさせる。

 ここで問われているのはケアの仕事の生産性である。社会的にアウトプットを生まない(ように見える)活動に従事して血税から給料を得ていること(タダ飯ぐらい)に対する東畑の抱くうしろめたさである。(気持ちは分かるが、ここは「僕ら」とすべきではない。「僕」と単数形にすべきだ。ケアの仕事に誇りを持ち、堂々と報酬をもらっている人に対して礼を失する)
 ことは「タダ飯ぐらい」ですまなかった。さらに輪をかけて、東畑を追い詰める残酷な現実があった。ブラックデイケア問題である。
 
「いる」の本質的価値が見失われているのに、ただ「お金になるから」という倒錯した理由で「いる」が求められる。そのとき、「いる」は金銭を得るための手段へと変わる。

 東畑は新聞沙汰にもなったブラックデイケアの事例を挙げている。患者を囲い込み、過剰なあるいは不必要な治療を施すことで利益を挙げる悪徳クリニックの例である。そこでは患者(デイケア利用者)は病院経営のための道具とみなされる。
 
精神科病院は過去にアサイラムだった。そこでは苛烈な管理がなされ、人権が侵害された。そのことが批判されたことで、患者さんの退院が奨励され、地域で生きていくことが目指された。だけど、地域で生きるのはつらい。そのときに避難所として出現したのがデイケアだった。デイケアは地域で生きる患者さんたちの居場所になり、アジールとなった。だけど、それがふたたびアサイラムに頽落してしまうことがある。それがブラックデイケアだ。

 アジールとは「避難所」のこと、アサイラムとは刑務所や収容所のような「全制的施設」のことである。
 
 東畑は、デイケアで働くうちに上記のような心理的理由および社会的理由に直面し、それをどうにかやり過ごしてきたが、4年経ったところで限界に達した。退職したのである。
 本書ではその後の動向は記されていないが、巻末のプロフィールによると、2017年より白金高輪カウンセリングルームを開設している。つまり、念願であるセラピーの仕事に就いたのだ。
 良かったね!

 東畑は遠回りしたのだろうか?
 
 本書には今一つの隠れたテーマがあると、ソルティは思った。
 それは、若くもあり当事者でもある東畑には見えないものかもしれない。
 が、おそらく、「ケアをひらく」シリーズの企画者にして編集者であり、東畑より年長の白石正明には、企画の当初から期するものあったのではなかろうか。
 この本は一人の青年のビルディングストーリー(成長物語)として面白いのである。冒険ファンタジーで、主人公の少年が道中出会ったユニークな仲間たちとともに様々な困難にぶち当たり、それを知恵と勇気と友情で乗り越え、世界の真実を知って大人になっていく。それと同種の爽やかな感動を本書から受けた。それこそ、英雄的ファンタジーそのものである。
 
 東畑は、「いる」の世界から、「する」「なる」の世界に転身したわけであるが、「いる」と向き合った4年間は決して無駄にはならないと思う。(すでにこの本を書けたことを除いても)
 人間はつまるところ、「いる」の状態(赤ん坊)から始まって、「いる」の状態(寝たきり)で終わるのだから。「いる」は人間の基本なのだから。
 さらに言えば、「いる」の本質的価値が見失われている、と東畑は書いているけれど、ならば、「する」「なる」の本質的価値は何なのか?――とソルティは問いたい。
 「する」ことは幸福につながるのか?
 「なる」ことで人は幸福になるのか?


 いつかその問いにぶつかった時、東畑は遠く沖縄のデイケアの室内に広がる午後の光を胸によみがえらせるのではなかろうか。


あくび猫



評価:★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
★     読み損、観て損、聴き損


  

● 本:『なんとめでたいご臨終』(小笠原文雄著)

2017年小学館

 小笠原文雄(ぶんゆう)は1948年岐阜県生まれのお医者さん。日本在宅ホスピス協会の会長をしている。末期がん患者などの在宅看取りをこれまでに1000人以上、ひとり暮らしの看取りを50人以上経験している在宅ホスピス緩和ケアのエキスパートである。 

 現在、75%の人が病院で死を迎えています。しかし実際は、介護保険制度ができたことや在宅医療の質の向上によって、ひとり暮らしの末期がん患者さんでも「最期まで家にいたい」という願いは叶います。好きな“処”を選べるのです。

 在宅ホスピス緩和ケアの「在宅」とは、暮らしている“処”。「ホスピス」とは、いのちを見つめ、生き方や死に方、看取りのあり方を考えること。「緩和」とは、痛みや苦しみを和らげること。「ケア」とは、人と人とが関わり、暖かいものが生まれ、生きる希望が湧いて、力が漲ることです。

 著者の表現を用いてより簡単に言うと、在宅ホスピス緩和ケアとは、痛みを取り、笑顔で長生き、ぴんぴんころりと旅立つことである。
 
 本書では、小笠原が実際に関わった約40例の末期患者の看取りの様子が紹介されている。がん末期の人が多いが、脳出血や心不全、認知症や白血病の例もある。高齢者が多いが、難病の子供や30代の主婦や40代の男性の例もある。家族と同居の人、日中だけひとりになる人、ひとり暮らしの人、家族形態もさまざまである。
 ほとんどの患者は余命宣告を受けたあと、「最期は家で過ごしたい」と退院し、小笠原らの行う在宅ホスピス緩和ケアに移行し、多くが予定より延命し、苦しまずに笑顔で亡くなっていく。家族もまた涙混じりの笑顔で見送っている。その証拠に、ついさっき亡くなった身内の安らかな顔と一緒の「笑顔でピース」の集合写真も掲載されている。
 また、在宅の看取りが病院での最期よりお金がかからないことも具体的な数字で記されている。

 本書を読めば多くの人は、がん末期や心不全で要介護状態にあっても住み慣れた家で苦しまずに死ぬことができることを確信し、ならば「自分も家で死にたい」と思うであろう。
 この流れ、どんどん広がっていってほしい。

安らぎ


 ところで、在宅ホスピス緩和ケアを行うにあたっては、ケアを提供する側(医師、看護師、介護士、ケアマネ、ソーシャルワーカー、地域のボランティアなど)は、関連する様々な知識や技術を身につけておく必要があり、その上で患者や家族とのコミュニケーションをはかり信頼関係を築くこと、多職種のチーム連携、最新テクノロジーを使った情報共有なども大切である。
 一方、患者や家族側にも望まれるものがある。 

 それは病院信仰を捨てることです。病院や主治医を信頼することは大切ですが、病院や主治医が言っていることを何から何まで鵜呑みにしてしまうと、判断を間違えます。そうではなくて、あくまでも冷静に、客観的に、病院の主治医の話をよく聞くことです。

 せっかく当人は家で最期の充実した時を過ごしていたのに、死に間際にパニックとなった家族が救急車を呼んでしまい、病院に運ばれて延命処置を施され、結局苦しみながら亡くなった、というケースがよく聞かれる。
 戦後生まれの我々は、「何かあったら病院!」という思いに強く支配されている。その背景には、目の前で人が死ぬのを経験したことのない人間が多くなったということもある。つまり、「死が怖い」。(付け加えれば、目の前で人が生まれるのも経験しなくなった)

 在宅ホスピス緩和ケアとは、病院から「死」を取り戻すことなのである。



評価:★★★

★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損






● 本:『ユマニチュード入門』(本田美和子、イヴ・ジネスト、ロゼット・マレスコッティ著)

2014年医学書院

 ソルティが介護施設で働き始め認知症フロア担当になったばかりの頃、先輩女性スタッフから「い」の一番に注意を受けたのは、「Sさんを絶対転ばせないように!」ということだった。
 Sさん(80代女性)は脳梗塞による片麻痺のため歩行困難で、歩くときは馬蹄型の歩行器を使っていた。が、認知のあるSさんは肝心の歩行器をほったらかしにして歩き出してしまうことがたびたびあった。転倒は必定である。常に職員の目の届く場所にいてもらい、移動の際は見守る必要があった。
 先輩スタッフは言った。
「前に一度転んで骨折したのよ。そしたら娘がすごい剣幕で怒鳴り込んで来て、こんど転ばせたら訴える!って」

 たしかにその娘ならやりかねなかった。
 某政党の区会議員で、押しの強さと舌鋒の鋭さにはだれもがタジタジとなる。介護スタッフの内輪では「レンポウ」とあだ名されていた。週一回母親であるSさんを見舞いにやって来るのだが、その際、ちゃんとケアされているかどうか彼女なりにチェックして、気になることがあれば職員をつかまえて指導していく。もともと病院の看護師をやっていたのでプロとしての自負もあるらしかった。
 むろん、入所している親に少しでも良いケアを望むのは家族として当然であるし、我々スタッフが業務多忙や不注意や技術不足のため、いろいろなことに手が回らない、目が行き届かないのは事実なので、注意を受けるのも致し方なかった。
 しかし、娘が本当にSさんのことを親身に思っているのかというと、「あやしいもの」というのがスタッフ共通の意見だった。
 というのも、娘がどこかで調達してくるSさんの洋服は、Sさんの好みではなく明らかに娘の好みで、80代の女性には派手すぎる(下着も含めて)ものばかり。Sさんと娘との会話の様子を見ていると、一方的に娘がなにやかやと命じるばかりで、Sさんは面倒くさそうな顔で頷いている。娘が帰るとSさんはほっとした表情で、「ああ、鬼がいなくなった」と言うのであった。(10分後には娘が来たことを忘れて、楽しそうに歌レクに参加している)
 ともあれ、Sさんを転ばせないことを第一の使命と任じ、慣れない認知症介護の仕事に取り組んだ。


歩行器


 施設介護の仕事をしていて感じる理不尽については別の記事でも書いたが、施設外の生活空間で常識とされるものが、施設では通らない。施設外にいる人々が当たり前に享受している自由の大半が、施設に入ると奪われてしまう。外出する自由、食べたいときに食べたいものを食べる自由、寝たいときに寝る自由、起きたいときに起きる自由、一人でトイレやお風呂に入る自由、夜間邪魔されずにぐっすり眠る自由・・・。
 なぜそんなことになってしまうのかと言えば、施設介護では「安全と効率」が一番重視されるからである。ソルティの個人的見解では、次のランク付けとなる。 
  1. 安全 ・・・・転ばせない、誤嚥させない、薬を間違えない、傷つけない
  2. 効率 ・・・・時間をかけない、業務を滞りなく行う、利用者を待たさない
  3. 衛生 ・・・・感染症を防ぐ、清潔を保つ、見栄えをよくする
  4. 正確 ・・・・正しく負担のない介護技術
  5. やさしさ 
 介護の仕事におそらく誰もが求めるであろう「やさしさ」が後回しにされ、「安全と効率」に第一席を譲ってしまう。
 それが面白い現象を起こす。
 介護施設で最も幅を利かせていて「仕事ができる」とされるスタッフは、利用者にやさしい職員ではなく、安全確保と効率性に秀でた職員である。やさしくて利用者思いだけれど、ドジで不器用で何事にも時間がかかるスタッフは肩身が狭い。「あの人と組むと業務が回らなくて、こちらの負担が増える」と、他のスタッフから敬遠される傾向にある。新しく入職したスタッフと組んで、「この人はやさしいけれどトロいところがあるなあ。大丈夫かなあ」と思っていたら、案の定、業務の多さと他のスタッフからの圧力で、3ヶ月経たないうちに辞めてしまったというケースがよくあった。
 逆に、介護テクニックは優れていて業務もスムーズに回せるけれど利用者人気はいまいち、というベテランスタッフも結構いた。彼らに共通して言えることは、認知症介護が苦手ということである。認知症介護には「やさしさ(受容と忍耐)」が必須なのである。
 
ユマニチュード入門


 ユマニチュードとは「人間らしくあること」という意味の造語である。フランスの2人の元体育教師が開発した、高齢者とりわけ認知症の人に有効なケアの技法である。すでに30年以上の実績がある。

 ユマニチュード(Humanitude)はイヴ・ジネストとロゼット・マレスコッティによってつくり出された、知覚・感情・言語による包括的コミュニケーションにもとづいたケアの技法です。この技法は「人とは何か」「ケアをする人とは何か」を問う哲学と、それにもとづく150を超える実践技術から成り立っています。
 
 ケアを行うのは病気や障害があるからですが、ケアの中心にあるのは病気や障害ではなく、ケアを必要とする人でもありません。その中心に位置するのはケアを受ける人とケアをする人との「絆」です。この絆によって、両者のあいだに前向きな感情と言葉を取り戻すことができるのです。
 
 本書では、ユマニチュードの哲学とそれにもとづいた基本的なケア技術が紹介されている。それは、一般的な介護の教科書に書かれていてソルティも習ったような歩行介助・移乗介助・食事介助・排泄介助・入浴介助の具体的技術とは違う。「見る」、「話す」、「触れる」、「立つ」の4つを柱とした相手との関わり方や、一つのケアを通して相手とどのように出会い、ケアを行い、再会を約束して別れていくかといった一連の流れである。そこには、ケアを受ける相手を同じ人間として尊重するという姿勢が貫かれている。

 合意のないまま行うケアは、「強制ケア」になってしまいます。「強制ケアを行わない」ことは、ユマニチュードの基本理念です。たとえそれが「ケアする人が相手のためを思って必要と考えるケア」であったとしても、強制的な印象をもたせたままケアを実行してはいけません。
 
 記憶の保持が困難になった人でも、幸せな気分で眠りについたという思いは感情記憶にとどまりますから、就寝時のケアは大切なのです。
 このことを理解していれば、夜間の安否確認のための訪問や、失禁していないかと確認するためのおむつ交換がどれほど悪い影響をもたらしているか想像できるでしょう。ユマニチュードを採用した施設では、睡眠を妨げる行為は、それがたとえケアという目的であってもできる限り排除しています。
 
 高齢の患者と話すときはその視野に入るように接近すること、ケアをしながら絶えず話しかけること、食事介助や口腔ケアを行う際にはいきなりその行為に入るのではなく、まず患者との信頼関係を構築すること、そして嫌がることを決して無理強いしないこと――私たちが受けた短時間のユマニチュード研修では、こうしたことを実践を交えて教えていただきました。(研修参加者によるレポート)

 ユマニチュードを取り入れたことにより、拒否が強くてこれまで誰がやっても介助できなかった相手がすんなり介助を受けたり、転倒リスクあるためスタッフの監視下に置かれて表情を失っていた患者が笑顔を取り戻し歌を唄いだしたなんて実例もあり、「革新的」「魔法のよう」と評されることもあるそうだ。
 しかし、上記の引用を見れば分かるように、「強制しない」、「眠りを妨げない」、「相手の目を見る」、「話しかける」、「信頼関係を得る」といった、相手と良い関係を作りたいのであれば当たり前のことばかりなのである。
 当たり前のことが当たり前にできないところに、いまの医療現場、介護現場の問題があり、良心的スタッフの苦悩がある。


 冒頭に紹介したSさんであるが、スタッフの努力と連携が実って施設にいる間に再度の転倒はなかった。しかるに、施設のケアレベルに満足できなかった娘は、広い人脈を使って評判の高い老人ホームを探し出し、Sさんを移してしまった。もちろん、Sさんの希望はきかずに。
 その後、ソルティが施設のケアマネから聞いた話によると、引っ越し先の施設でSさんは落ち着きを失い徘徊するようになり、スタッフが目を離した隙に転倒し、骨折と頭部外傷。運び込まれた病院で亡くなったとのこと。
 区会議員の娘が訴訟を起こしたのかどうかは知るところではない。



評価:★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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● 30年ぶりの帰郷 映画:『私の、息子』(カリン・ピーター・ネッツァー監督)

2013年ルーマニア
112分


 原題の Poziția copilului は「胎児の姿勢」という意味。子離れできない母親と自立できない息子の愛情と葛藤を描く。
 第63回ベルリン国際映画祭で金熊賞(最高賞)を獲っている。


 監督自らの体験がもとになっているそうで、いずこの国でもこうした母子依存の問題は同じなんだなあと感じる。個人主義の強い欧米では、成人したら精神的にも経済的にも自立して親と子が対等の関係を結んでいる、というイメージをつい持ちやすいのだが、そんなこと全然ないのである。というより、親子の関係は一つ一つの家庭によって異なるという、ごく当たり前のことである。


 ソルティは母親になったことがないので、母親が子供を思う気持ち、とくに息子を思う気持ちは分かり得ない。父親が娘を思う気持ちとどう違うのか、どちらのほうが強いのか、も分かり得ない。個人的な見解ではあるが、父親の娘に対する思いは娘が結婚すると薄れていくような感があるが、母親の息子に対する思いは息子が結婚して自分の家庭を持っても変わらないような気がする。というのは、老人ホームで働いているときに、施設を訪ねてくる息子や娘と、入居している父親や母親との関係を間近で見ていた経験があるからだ。

 もっとも関係が濃いなあと思ったのは、やはり入居している母親と尋ねてくる息子の場合であった。多くの母親は息子の訪問を心待ちにし、息子がやって来ると本当に嬉しそうであった。普段は食堂でうつらうつらしている母親も、息子が訪ねてくるときだけはシャキッとして会話し、職員の介助ではなかなか進まない食事も息子の介助だと完食するのである。なにより表情が違う。
 これは相手が娘のときより息子のときのほうが顕著であり、既婚の息子より未婚の息子のほうが顕著であった。90歳を超えた車いすの母親が、70歳近い一人暮らしの息子を「〇〇ちゃん」と呼び、その生活をあれこれ心配りするさまは、滑稽を通り越して崇高さを感じるほどであった。
 それにくらべると、父親と娘との関係はお互いに遠慮しているところがあるのか、さばさばしていた。思うに、この場合、すでに親子の関係は精神的に逆転しているからであろう。
 つまり、男は結局、「いつまでたっても子供」と女たちから見られているってことだ。


父と息子


 約30年ぶりに両親のいる実家に戻って3か月になる。
 30年前に家を出た理由の一番はやはり「自立したい」であった。物理的にも経済的にも精神的にも。うち10年間は距離的にも(埼玉と仙台)離れていて、会うのは一年に一回だった。

 結婚したわけでも子供を持ったわけでもないソルティが、30年間でどれくらい「自立」したのか正直よくわからない。いまは食事も洗濯も親任せで、元の黙阿弥という気もする。
 が、半世紀以上も読売新聞と週刊新潮を購読し続け自民党に投票し続けている両親と、その2つのメディアが嫌いで自民党に入れたことのない自分は、まったく別の価値観を有する同士である。若い頃は、その価値観の違いゆえに一緒に住むのもうざったかった。保守的価値観をバックボーンとする両親の言動が、こちらの自由を阻害する気がした。とくにセクシュアルマイノリティであるソルティにとって――。

 いまは両親も老いて気が弱くなったせいか、あるいは社会的には一線を退いた思いがあるせいか、あるいは福祉畑で働く独身の息子がいるメリットを思ってか、うるさいことを言わなくなった。(母親は、風呂のふたを閉め忘れるといった生活上の瑣末なことには相変わらずうるさいが・・・)
 とりあえず波風立たず共生している。




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