ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語を見て、旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、ボランティアして、デモに行って、無いアタマでものを考えて・・・・そんな平凡な日常の記録である。

老い・介護

● 本:『医療現場は地獄の戦場だった!』(大内啓著)

2020年ビジネス社

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 読売新聞の書評欄を見て本書を知った。
 コロナ先進国(!)アメリカの救急医療(いわゆるER)で働く40代医師のリポートである。
 購読の決め手となったのは、著者の大内が実はノンフィクションライター井上理津子の甥であり、本書は、日本にいる井上が電話やズームを活用して著者に取材し文章にまとめた、という経緯が記されていたからである。
 『さいごの色街 飛田』や『親を送る その日は必ずやってくる』を読んで井上の力量を知っていたので、俄然興味が湧いたのである。
 言われてみれば、大内啓は、井上のアメリカ在住の甥っ子として『親を送る』に登場していた記憶がある。

 構成は4章に分かれている。
 第1、2章は、大内が勤めるマサチューセッツ州ブリガム・アンド・ウィメンズ病院ERにおけるコロナ患者治療の模様が描かれる。
 タイトル通り、「地獄の戦場」というのも頷ける凄まじい現場風景に身も凍る思い。
 日本でもすでにいくつかの病院では似たような状況になっていよう。
 
 ピーク時は、夢にゾンビがよく出てきた。私は『ウォーキング・デッド』などのドラマが好きで、ゾンビに怖い印象は持っていないが、夢では夥しい数のゾンビが空を飛び回った。そのゾンビたちが一つの建物の中に吸い込まれていく。あ、見覚えのある建物だ、と思ったら、ブリガム・アンド・ウィメンズ病院だった――。何度もそんな感じの夢を見た。

 第3章では、内科と救急科の専門医、かつ世界一と言われるハーバード・メディカル・スクールで助教授をつとめるようになるまでの大内の履歴が語られる。
 高い倍率をくぐって一流の切符を手にするための猛勉強ぶりは、分野は違えど、眞子内親王のフィアンセである小室某の近況報道を連想させる。
 アメリカで医師を目指した者が、一人前の医師になるまでに必要とされる訓練や経験がうかがえて興味深い。
 中でも、南アフリカでのエイズ患者治療をめぐる話や、ヒスパニック系移民の多いニューヨークのクイーンズ区での研修の話が、世界における、あるいは同じ一つの国でも地域における“格差”をまざまざとえぐり出し、ある意味、「コロナ禍は先進国(地域)だけの贅沢病」といった感慨さえ抱かせる。
 たとえば、平均寿命50歳以下の国ではコロナは問題視されまい。

 第4章では、アメリカの医療の仕組みが、日本との比較において語られる。
 国民皆保険の日本と違って民間保険がメインのアメリカ、多様な人種構成で英語も話せない人も多く“格差”の激しいアメリカ、「白い巨塔」の日本の医学界とは違って努力と実力により出世の階段を上っていけるアメリカ、尊厳死など延命治療に関する本人の権利が重視されるアメリカ・・・・彼我の違いもまた興味が尽きない。

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David MarkによるPixabayからの画像

 
 24時間絶え間なく運び込まれる何百人というコロナ患者を診てきた大内が実感した「新型コロナウイルスの特徴」とは・・・・・。
 
 一つは、自覚症状がまったくなかった人すら、急激に悪化すること。
 その日の朝まで少しの発熱程度だったという人が、昼に非常に息をしづらくなり、家族の車で救急へ来る。昼まで倦怠感程度だったという人が、夕方には息も絶え絶えとなって救急車で搬送されてくる。コロナほど「徐々に」の三文字がない、他とは違う呼吸器疾患を、私は知らない。
 
 もう一つは、酸素飽和度が上がりにくいことだ。酸素マスクを使った場合でも、気管挿管をした場合でも、期待する数値には上がらない。 

 つまり、急激に悪化し、いったん悪くなったら容易には回復しにくい。
 さらに、大内は次のようにも述べている。
 
 死んでいく人一人ひとりに、死に際してそれぞれの思いがあるだろう。また、間近に見送る近しい人たちにもいろいろな思いがあるだろう。ところが、新型コロナ感染症で亡くなるときには、誰もがたった一人だ。
 家族も友人も立ち会えない。誰にも看取られず、急激な病状変化の末に、たった一人で息を引き取る。
 ICUには家族も入れない。そればかりか、病院そのものが立ち入り禁止の時期も短くなかった。感染拡大を防ぐためには致し方ない。分かっている。しかし、なんと残酷な疾病だろうと、私は何度も何度も頭を抱えた。 

 一気に読み上げずにはいられない迫力と興味深さはともかくとして、ソルティは、格差社会の一面を切り取った『さいごの色街 飛田』、肉親のターミナルケアの模様を描いた『親を送る』、両ノンフィクションを書いた井上の甥っ子が、このような体験に遭遇するということに、何か不思議な因縁を覚えた。



おすすめ度 : ★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損



● つがい幻想 映画:『マリーゴールド・ホテル 幸せへの第二章』(ジョン・マッデン監督)

2015年イギリス、アメリカ
123分

 ジュディ・デンチ、ビル・ナイ、ペネロープ・ウィルトン、マギー・スミスといったベテラン英国名優チームの中に、本作ではハリウッドの正統派二枚目スターであるリチャード・ギア投入というサプライズがなされる。
 リチャード・ギアもついに名優入りか、というよりも、ついにマリーゴールド入居かという感慨が湧いた。
 御年71歳である。

 リチャード・ギアは役者というよりスターである。
 英国の名優たちの中に混じって埋もれないだけのオーラーは、やはり天性のものである。
 大衆は、演技の上手い地味な役者より、華のあるスターに惹かれる。
 リチャード・ギア(のようなキャラ)が宿泊しているだけで、マリーゴールド・ホテルの繁盛は約束されたも同然。

 前作同様、自由気ままで個性的な老人たちの異国でのハプニングが描かれる。
 中心となるのはやはり各人の恋愛模様。
 欧米人は老いても盛んだ。
 プロムの夜から始まる“つがい幻想”は根強い。
 正直、ちょっと辟易した。

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おすすめ度 : ★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損




 

● 男女7人、老い物語 映画:『マリーゴールド・ホテルで会いましょう』(ジョン・マッデン監督)

2012年イギリス
124分

 インドのジャイプールが舞台。
 ジャイプールにオープンした“高齢者向け豪華リゾート”という触れ込みのマリーゴールド・ホテルに、それぞれの事情からやって来た老男老女7人の英国人のふれあいを描く。
 肩の凝らない、楽しくハートウォーミングなヒューマンコメディである。

 『あるスキャンダルの覚え書き』のジュディ・デンチ、『パレードへようこそ』のビル・ナイ、『ダウントン・アビー』のペネロープ・ウィルトン、そして『ミス・シェパードをお手本に』のマギー・スミスなど、イギリスの名優たちの競演が最大の見物である。
 やっぱり、シェークスピアのお国、演劇の本場と言えば英国である。
 高い鑑賞眼を持つ観客らによって長年鍛えられた彼らの芝居は、骨董品のような価値がある。
 とくに、ジュディ・デンチは、『あるスキャンダルの覚え書き』のストーカーまがいの女教師とも、『オリエント急行殺人事件』の貫禄たっぷりな貴族婦人とも、全く違う魅力的なキャラクターに扮して、芸の幅を感じさせる。
 
 「中国人は世界のどこに行っても中国人」と言われるが、英国人もしかり。
 どこに行っても、普段の生活スタイルを変えないような、ある種の保守性を感じる。
 一番わかりやすい例を言えば、「午後の紅茶」であろう。
 それは、個性を大切にする、心の軸がぶれないといった安定性や信頼感を形づくるものではあるが、一方、変化に柔軟に対応できない硬直さにもつながる。
 とりわけ、老いた者ほどその傾向が強い。
 パソコンやスマホ、無人レジ、キャッシュレス社会、ZOOM会議・・・・・。
 時代についていけなくなる一方だ。
 ソルティも、30年ばかり時を戻してほしいと思うことがたまにある。
 若返りたいという意味ではなく、インターネットのなかった時代にという意味で・・・・・。

 しかし、変化しなければ人は老いる。
 人生は縮小し、心は硬直化する。
 新しい出会いは、新しい自分を発見させてくれる。
 イキイキさせてくれる。

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 誇大広告もいいところで、老朽化し閉鎖寸前のマリーゴールドホテルに行きついた7人。
 新しい珍奇な世界(なんたってインドである!)にすぐ馴染み楽しんでしまう者もいれば、宿に閉じこもってイギリスに帰ることばかり考えている者もいる。
 現地で仕事や恋人を見つけて新たな人生へと踏み出す者もいれば、マンネリの関係に見切りをつけ別れを決める夫婦もいる。
 かつて理不尽な別れをしたインド人の同性の恋人を探し出して再会し、人生の重荷を下ろし、そのまま昇天する者もいる。
 外国人への偏見強く馴染むまでに時は要ったものの、現地の不可触民との出会いを通じて一気に変化を遂げる者もいる。
 人それぞれの身の処し方が味わい深い。

 変化のない穏やかな老後というのは一つの理想であろう。
 だが、死ぬまで何が起こるかわからないというのが現実である。
 良くも悪くも・・・・。
 流れに身をまかせるのが良さそう。



おすすめ度 :★★★ 

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
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● 本:『介護殺人 追いつめられた家族の告白』(毎日新聞大阪社会部取材班)

2019年新潮社より刊行
2016年新潮文庫

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 8年前介護施設に就職して、先輩職員に付いてはじめて認知症フロアに足を踏み入れたとき、
「自分はこんな人たちの世話ができるのだろうか?」
 とずいぶん不安になった。
 そのときは10人あまりの高齢者が、鍵や暗証番号で閉じ込められたフロアにいた。
  • 今がいつでここがどこだか分からない。
  • 訪れてくる息子や娘を他人と間違える。
  • ちょっと前に食事をとったことを忘れ、再度要求する。
  • 自分の部屋が分からず、他人の部屋に入ってそこで寝てしまう。
  • 歯磨きの仕方を忘れ、歯ブラシをポケットに入れて持ち運ぶ。
 ・・・・といったような、いわゆる認知症の“中核症状”は多かれ少なかれ誰にも見られた。
 そのこと自体は驚かなかったし、対応に困ることもなかった。
 がんぜない子供の相手をしていると思えば、可愛らしくもあった。
 だが、それだけですむ利用者ばかりでなかった。
  • 出口を探してフロアを一日中歩き回る。
  • 来訪者が来たタイミングにエレベータに乗り、外に出てしまう。
  • 他人の部屋に入って衣類をいじり、物を持っていってしまう。
  • 入浴や服薬や着替えを拒否する。
  • 失禁した自分の便をいじる。
  • 食べられない物品を口に入れる。
  • 大声や奇声を上げ続け、周囲を怯えさせる。
  • 他の利用者や職員に暴力を振るう。
  • 昼夜逆転して、夜間に動き回る。
 認知症の“周辺症状”と言われるこうした行動が手にあまった。
 それもフロアに一人だけでなく複数同時にいたときは、介護するこちらがパニックになり、ストレスで鬱になり、仕事を辞めたくなった。
 
 しかるに、ソルティは先輩職員の指導を離れ一人立ちしたあとは、どういうわけか認知症フロアに回されることが多かった。
 若い子より修羅場になれていると思われたのか、あるいは若い子に辞められたら困るのでツブシが効かないオヤジが貧乏くじを引かされたのか。
 三度の食事および就寝介助の時以外は、基本たった一人で10人から14人(満床時)の認知症患者を見なければならなかった。
 ずいぶん鍛えられたものである。

 上記の中核症状は認知症患者の脳の障害によるものなので、今の医学では薬などによって進行を遅らせることはできても、改善して治すことはできない。
 一方、周辺症状は患者の身体状態、周囲の環境、介護者の関わり方などに影響されるところが大きい。
 たとえば、徘徊の原因は便秘が4日続いていたことにあり、ナースが座薬を挿入し排便をうながしたら、すっかり落ち着いた――なんてこともよくあった。
 観察と推理、適切な医療介入、そして何より介護者の対応の仕方が大切なのだ。
 仕事を始めて一年くらいしてそのあたりが分かってくると、今度は“問題行動”の多い認知症の利用者をいかにして落ち着かせ、介護拒否をなくし、フロアを平和にしていくかに、やりがいや面白みを感じるようになった。
 「ソルティさんが入っているときはフロアが落ち着いているね」
 「この利用者は他の職員の言うことは聞かないけれど、ソルティさんの言うことなら聞くんだよね」
 なんて、他のスタッフに言われるのはまんざらでもなかった。
 入社時は動物園か精神科の入院病棟のように思えたフロアが、いつの間にか長閑な田園地帯のように思われ、「1年持てば御の字」と思っていた職場に6年以上も在籍していた。
 
 とは言うものの、ベテラン介護士やナースでもどうしても手におえない認知症患者はいる。
 家族やケアマネからの懇願を受けいったん施設で受け入れたものの、数晩あるいは一週間以内に「お引き取り」願うケースもままあった。
 お引き取り先は、主として精神科病院のことが多かった。
 
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 女性利用者P子さんを思い出す。
 入所手続きを済ませた家族が帰った直後から、P子さんは出口を探してフロアを歩き回り、介護者の声掛けをいっさい受け付けなかった。
 どんどん表情が険しくなっていく。
 夕食を終えても、トイレ介助を許さず、パジャマに着替えることもなく、ずっと歩き回る。
 他の人の部屋に押し入り、驚いた部屋の主と喧嘩を始める。
 二人いる職員が他の利用者の就寝介助をしている隙に、ステーション(職員詰所)にある内線電話を見つけて110番してしまう。
 「私は悪者に誘拐されて閉じ込められている。助けて!」
 内線の110番は、施設の事務所につながっている。
 事情を知っている施設の事務員が出て、適当に話を合わせ、彼女をなだめてくれた。
 歩き回って疲れたのか大人しくなったP子さんは、気難しい顔をしたまま自分の部屋に行き、ベッドに横になった。
 安心した昼間の職員は帰った。

 真夜中、ふと目を醒ましたP子さん、暗闇で状況がかいもく分からず、パニックになった。
 またしてもフロアを歩き回る。
 一人シフトの夜勤職員はずっとついているわけにもいかず、しばらく放っておいた。 
 と、P子さんの目に入ったのが、フロアの目立たぬ壁にあった非常ベル(自動火災報知機)。
 中央のガラスを強く押した。

警報器
 
 全館に鳴り響く警報。
 驚き、慌てふためく各階の夜勤職員と入居者たち。
 施設の非常ベルは消防署と連動している。
 またたく間に施設は何台もの消防車に取り巻かれてしまった。
 混乱する施設の内と外。
 集まってきた不安そうな近所の人々。
 対応に追われる職員。
 そんななか、P子さんはいっこうに落ち着くことなく、ベルの音に起こされ部屋から出てきた他の入居者に襲いかかり、転倒させ、ケガさせてしまった。
 消防車が引くのと入れ違いに、救急車とパトカーがやって来た。
 事情を確かめにフロアまで上がってきた警官に、P子さんは一言。
 「今頃来ても遅いのよ!」

 ここまで来ると、施設で見るのは無理である。
 翌日、勝ち誇った顔のP子さんは、憔悴しきった夜勤職員らに見送られ、呼び出された家族とともに車で精神科病院へ向かった。
 ソルティは、あとから夜勤職員に一部始終を聞いたのだが、
 「もう自分が殺すしかないな・・・・」
 と去り際に家族は言っていたそうだ。


泣く天使

 
 本書では、副題通り、家族の介護に追いつめられた結果、殺害に走ってしまった人々の事例が掲載されている。
 介護保険施行後、おおむね2010~2015年に起こった事件を取り上げている。
 警察庁の統計によれば、2007~2014年の8年間に全国で起きた未遂を含む介護殺人は、371件にのぼるという。
 年平均46件、8日に1件のペースで起きている。
 加害者となった介護人と被害者となった要介護者との関係、要介護者の病状や必要な介護の程度、各家庭の生活事情、周囲のサポートの有無、殺害に至るまでの経緯などは、ケースごとに異なるので一概には言えないのであるが、ある程度の共通項は見ることができる。
  • 被害者は、認知症や精神・知的障害が多い。(身体的介護の軽重は関係ない)
  • 加害者は、犯行時、介護疲れで「うつ」や「不眠」が続いている。
  • 加害者は、責任感が強く、愛情深い人が多く、周囲に助けを求めるのが苦手。
  • 加害者となるのは、娘より息子、妻より夫が多い。つまり、女性より男性(7割)が多い。
 本書では、刑事事件となった様々なケースの経緯を、刑を終えた加害者本人へのインタビューや周囲で心配しながら二人を見守っていた人々(ご近所さん、民生委員、ケアマネ、ヘルパー、遠方に住む家族)の証言を中心にたどり、事件の背景となった要因を探っている。
 介護保険制度の不備や行政の杓子定規な対応、核家族化や地域コミュニティの希薄化、貧困問題や福祉の欠如など、いろいろな要因があるのは間違いない。
 が、本書を読んで意外に思ったのは、テレビの同種の事件報道から自然と持たされていた「周囲から見捨てられた老々介護の夫婦が絶望して心中」といった世の冷たさを知らしむるケースよりも、むしろ、加害者を含めた周囲の人々が「善意」で関わっていながらも、否応なしに事件が起こってしまったケースが多い点である。
 
 作家の重松清が解説でこう記している。
 
 本書のサブタイトルは〈追いつめられた家族の告白〉である。
 では、なにが家族を追いつめたのだろう?
 行政の冷たさか? 社会の無関心か? 医療の進歩によって「生きてしまう」超高齢化社会のジレンマなのか?
 どれも少しずつ正しい。けれど、やはり、最も大きなものは、家族愛なのではないか。まわりに迷惑をかけてはいけないという責任感なのではないか。
 
 家族を愛していなければ、もっと割り切って、自分一人で介護を背負い込まなくてもすむ。もっと身勝手に、逃げ出してしまうこともできる。そうすれば、家族を殺めてしまうという最悪の選択だけはしないでもすんだのかもしれない。
 
 ミヒャエル・ハネケ監督の映画『愛、アムール』(2012)に残酷なまでに描かれているように、加害者となった介護者と被害者となった要介護者(たとえば、夫と妻)には、他の家族の成員をふくめ余人には決して知ることも侵すこともできない、長年積み上げてきた特別の(依存)関係がある。
 そこに他人が踏み込むことは、たとえ何らかのリスクを感じ取っていても、なかなか難しいところであろう。
 
 多くの経験者が口を酸っぱくして言うことがある。介護が始まったら、とにかく一人で抱え込まず、時には手を抜くことが大切だ、ということだ。

 他人の介護に仕事で関わる者として、また、そのうち始まるかもしれない実親の介護に息子として関わる者として、銘記しておきたい言葉である。
 と同時に、自分と親との関係のあり方を今のうちに見直しておかなければ・・・・。
 
 
 
おすすめ度 : ★★★

★★★★★
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● ヘルパーの鏡 本:『震災後の不思議な話 三陸の〈怪談〉』(宇田川敬介著)

2020年飛鳥新社

 東日本大震災および津波による福島原発事故にまつわる〈怪談〉を集めたもの。
 震災前の不思議な予知現象の数々、震災後の被災地で頻発した心霊現象など、体験した本人に著者がじかに会って聞いた話や知人を介して聞いた証言などが掲載されている。


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 死者15,897名、行方不明者2,533名という大惨事。
 しかもそれが一瞬にして起こり、いくつもの町が海の藻屑と消え、それまでの平和な生活が断たれた。
 「こういった霊的現象はたくさんあっただろうなあ、あるだろうなあ」と当時から思ってはいたが、オカルティックなことだけに、直接被害に遭ったわけではない外部の人間があれこれ穿鑿するのははばかれる。
 あれから10年近い歳月を経て、ようやく表立って語られ始めたわけである。

 「作り話だから」とか「非科学的だから」と排除してもいいものではないように思います。幽霊譚が語られる背景や、話の中に込められた被災地の方々の心に思いをはせるべきではないでしょうか。

 と、「あとがき」で著者が述べているように、霊的現象に遭遇せざるを得ない精神的状況に追いやられている被災者や救援者の心をこそ想像すべきである。
 愛する者の突然の死を受け入れることの大変さ、住みなれた郷土やコミュニティの喪失からくる空虚や絶望や孤独、想像を絶する悲惨な現場で救援活動する人々が抱える心的外傷・・・・・。
 非日常にさらされ続けた人々が、日常世界を超えたところにある世界を垣間見たところで、なんら不思議なことはない。
 本書を読んでいると、「この世とあの世は地続きだ」という丹波哲郎の言葉が、まさに証明されている感を持つ。
 生きている者と死んでいる者との違いは、まんま、“生きているか死んでいるか”だけであって、人が抱く思いの様相はまったく変わらないのである。 

 震災前の日常生活の中であったら、現地のほとんどの大人たちに無視され、鼻で笑われ、あるいは怖れられ、忌避されたであろう幽霊譚が、震災後の非日常空間では、あたかも「あたりまえ」のことのように語られ、受け取られ、幽霊の存在を誰も疑っても怖がってもいないように見えるのが、非常に印象的である。
 亡くなったあとも死者は生者のそばにいて何ごとかを伝えたがっている、あるいは見守ってくれている――という、日本の庶民の中に昔からある「あの世観」は、今も決して無くなってはいないのだろう。
 それをもっとも教えてくれるエピソードをかいつまんで紹介する。

星空の飾り線


 震災後に問題となったことの一つに、仮設住宅での高齢者の孤独死があった。
 生まれ故郷からも地域のつながりからも隔離された土地に移転させられ、生きる気力を失う高齢者は少なくなかった。
 ある町の仮設住宅でおばあちゃんが亡くなった。
 誰も住んでいないはずの部屋から夜な夜な声や物音が聞こえる。
 町役場の職員が、おばあちゃんの介護をしていたおばちゃんヘルパーと連れ立って、確かめに行った。
 と、やはり部屋から声がする。
 見ると、布団を一枚敷いた上におばあちゃんが座っている。
 恐怖で腰を抜かし声も出せない職員をよそに、おばちゃんヘルパーはいつもの訪問どおりに、おばあちゃんに語りかける。
 「おばあちゃん、どうしたの?」

 おばあちゃんは、いつも身につけていた孫の作ってくれた膝掛けを探していたのであった。それが、他の遺品と一緒に倉庫に保管されなかったのが気になって、毎夜探しに出てきたのである。
 「膝掛けを探して持ってくるよ」というおばちゃんヘルパーの約束で、おばあちゃんは落ち着いて、消えていった。
 行政職員は、ヘルパーに問う。

「どうしてあんなことができたのですか」 
「仕方ないじゃない、相手は死んじゃってても、私の担当だったんだから。今まであれだけしてきたんだもの、仲良かったんだもの、何か言いたいことがあるから出てきているだけで、私たちに何か悪いことをしようとすることもないから」
「でも、お婆さんはもう死んでいるんですよ」
「生きているのよ。津波で死んだ人も、ここで死んだ人も、みんな、心の中だけじゃなくて、町のことが心配でここにいるんだよ。あんたみたいな若い役場の人が、早く街を元に戻してくれないと、お婆さんも他の人も心配であの世に行けないから、がんばんなさいよ」

 おばちゃんヘルパー、凄い。



おすすめ度 : ★★★

★★★★★
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● 本:『老年について』(キケロー著)

B.C.44年執筆
2019年講談社文庫(大西英文訳、『友情について』も収録)

 マルクス・アウレリウス『自省録』につぐ古代ローマ賢人シリーズ。

 よく考えてみたら、2000年以上前に生きたローマ人の声を聴けるとはすごいことだ。
 現代作家のいったい誰が2000年後の人類によって読まれているだろう?
 むろん、キケロー本人も想像だにしなかったであろう。自分の作品が、2000年後の(キケローが存在を知らなかった)極東の小さな島国の異国語を話す人間によって読まれ、いい加減な感想を書かれ、世界を結ぶインターネットによって発信されてしまうとは!


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 キケローの生きた時代を、大方の読者が「ああ!」と即座に理解しイメージできるように言うならば、こうなる。
 カエサルとクレオパトラの時代――。

 カエサルという英雄の登場によって、それまで元老院が牛耳っていた政権(共和政)に揺らぎが生じ、カエサル暗殺後、アントニウスとオクタビウスが対峙し前者が破れた結果、初代ローマ皇帝アウグストゥス誕生とあいなった時代である。(このへんの知識いい加減)
 政治家であったキケローはまさにこの激動の時代を生きた。

マルクス・トゥッリウス・キケロー
ローマの雄弁家、政治家、哲学者。ラテン散文の完成者。共和政末期の混乱の世に、最高の教養と雄弁をもって、不正の弾劾者、自由の擁護者として活躍。第1次三頭政治のもとで、前 58年追放され、翌年帰国後も自由な政治活動ができず、哲学的著作に従事。カエサル暗殺後再び元老院の重鎮として活躍。
主要著書は『弁論家論』、『国家論』、『善と悪の限界について』、『トゥスクルム論叢』、『神々の本性について』など。
(『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』より抜粋)

 キケローのもっとも有名でよく読まれている作品が、本文庫に収録されている『老年について』と『友情について』である。
 ソルティも30代までだったら『友情について』は読んでも『老年について』は読まなかったであろう。50代の今は『友情について』は読む気がしない(苦笑)。
 古代の賢者が老いについてどう語っているか、老いの苦しみを緩和しそれと上手くつき合うコツを伝授してくれていないか。それが本書を手にした理由である。
 なんたって2000年のときをこえて読み継がれている古典であり、本書解説によれば、「老年というものをきわめて肯定的に描き出している、古典古代で最初のモノグラフ(論文)」とのこと。
 きっと、現代を生きる我々にも役に立つ知恵があるはず。

 本編の構成は、二人の優秀なるローマの若者スキピオーとラエリウスが、賢人として誉れ高い執政官カトー(84歳の設定)のところに赴き、カトーのように誰からも尊敬される立派な老年を送るためのコツを尋ねるという趣向になっている。カトーは、キケローの生れる前にローマで活躍した実在の政治家である。
 つまり、キケローは当時の読者にあまねく知られていた偉人カトーにたくして、自らの老年に対する考えを披露しているのである。

 大筋は、まず、「老年が惨めなものと映る理由」として、
  1. 仕事や活動から身を引くのを余儀なくさせる
  2. 肉体を衰えさせる
  3. 快楽を奪い去る
  4. 死が間近である
の4つを上げ、その一つ一つについて吟味し、その理由が決して難点とばかり言えないこと、またその難点を十分補いうるだけの老年ならではの役割や利点や楽しみがあることを論じ、あるべき理想の老年の姿を描く。
 水も漏らさぬ論理展開と巧みな話術は、稀代の弁論家として知られたキケローの面目躍如たるものがある。
 
 これで説得されて、「参りました~」とひれ伏したいところであるが、そしてその降伏は老いについて不安を覚えるソルティとしては嬉しい降伏なのであるが、残念ながら説得されなかった。
 老いを肯定的に受けとめるのに役立ったか、老後不安が解消されたかといえば、答えはNOである。
 いや、いまどき、このキケロー節で安心を得られる高齢者が果たしているだろうか?


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 傾聴すべきところはある。
 生涯打ち込める仕事なり趣味なり(ライフワーク)をもつこと、農業・園芸を趣味とすること、あるいは性欲の低下こそはいたずらに悲しむべきことではなく、精神を安定に保ち理性的な仕事をなすのが容易になるので喜ぶべきこと――なんてあたりは至極納得いく言説である。
 一方、次のような記述はどうだろう?

 間違いなく言えるのは、スキピオー、それにラエリウス、老年に対処する最適の武器は諸々の徳の理の習得とその実践である、ということだ。この徳を人生のあらゆる段階で涵養すれば、長く、また大いに生きた暁には驚くほどの稔りをもたらしてくれよう。

 ・・・・・言葉で繕い、弁解しなければならない老年は哀れな老年だ、と。威信というものは、白髪になり、皴ができたからといって、いきなりつかみとれるものではない。それまで立派に送った生涯が最後の果実として受け取るもの、それが威信というものなのだ。

 老年の報酬は、何度も述べたように、それ以前に獲得した善きものの豊かさと、その思い出だ。

 徳の涵養、威信、立派に送った生涯、獲得した豊かさと思い出・・・・・。
 なんという高いハードルだろう。
 老年に至ってこれらを具備できる者がどれだけいるのだろうか。
 多くの人は、煩悩にまみれ、エゴに振り回され、人間関係に悩み、後悔多くして、孤独と不安に苛まれ、苦い思い出を抱えながら、老年に足を踏み入れるのではないだろうか。
 それが、7年間介護の仕事に携わって多くの高齢者に接してきたソルティの実感であり、またソルティ自身の現在でもある。

 もちろん、そうでない人もいよう。
 カトー(=キケロー)が述べるような、徳と威信を備え、現役時代に獲得した有形無形の財と素晴らしい思い出の数々に取り巻かれている人、人生の成功者と言えるような人もいないことはなかった。
 が、やはりそれは一握りであり、持って生まれた資質と環境と運の良さによるところが大きいと思う。(いずれにせよ、最後は家族と離されて施設で過ごさざるを得なくなったわけだが・・・)
 つまり、キケローが描く理想の老年像はエリート的なのだ。
 決して万人向けではない。
 キケロー自身が飛び抜けたエリートだったという点を考慮して本編は読まれるべきであろう。

 また、80~90代の高齢者の介護に関わってきた立場からすると、キケローは現実の老いのしんどさが実感として分かっていないんじゃないかと思われてくる。
 たとえば、本編では、認知症とか、失禁とか、他人の介助を受けなければならない屈辱や恥や申し訳なさとか、老々介護とか、安アパートでの孤独死とか、いわゆる介護問題にまったく触れられていない。
 これには、当時は介護が社会問題となるほどには人が長生きしなかったという理由があろう。戦前までの日本と同様に。(古代ローマの平均年齢は女性27.3歳、男性26.2歳、60歳以上の割合は女性7.4%、男性4.8%というデータもある)
 古代ローマの裕福なエリートの老いと、令和日本の平均的な庶民の老いとでは、抱える問題がずいぶん異なっている。

 さらに、これを書いたとき、キケローは62歳だった。
 当時のローマの年齢区分では、初老を越えて老年に入るか入らないかの頃合いという。現代日本で言えば70歳くらいか。
 これからがまさに老いの本番ということだ。
 キケローは自身、老いの真っただ中にいる引退したご隠居として、これを記したのではない。まだ政界の中枢にいて、決して軽くはない発言力を有していたのだ。発話者として据えたカトー(84歳)とはそもそも20歳以上の開きがある。
 むしろ彼は、身体の変化や政局からの疎外という形で忍び寄ってくる老いの前兆を認識し、これからやって来る老後を見据え、一種の覚悟や心構えとしてこれを書いたのではなかろうか。
 本作が理想論のように思えるのはそのせいではなかろうか。

 現実のキケローがどのような老後を迎えたか、誰もが知りたいところであろう。
 本編のカトーのように、誰からも一目置かれる智慧と威信に満ちた老人になったのだろうか。
 自ら描いた理想の老年を送ったのであろうか。

 キケローはこれを書いた翌年、なんとアントニウスの放った刺客の手にかかって暗殺されたのである。
 そういう時代であった。



おすすめ度 : ★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
★     読み損、観て損、聴き損



● 母のスマホデビュー

 80歳になる母親がこのところ、「スマホが欲しい」と言い続けていたものだから、先日、隣り駅にある大型家電店に一緒に出かけた。
 その場で契約手続きし、本体購入した。
 ネット申し込みにしなかったのは、購入後、店のスタッフに初期設定してもらって、その場ですぐに使用できるようにしてもらいたかったのと、故障や紛失等があった場合に頼れる店舗が近くにあったほうが、パソコンに疎い母親にとっては安心だろうと思ったからである。

 契約先は、ソルティと同じ某電気通信会社にした。
 同じ会社の出している同じ機種であれば、母親に基本的な使い方の説明ができるし、「こんなことしてみたい」という要望を彼女が訴えたときに、自分のスマホでまず「できるかどうか」の操作確認できる。(別の会社の機種だと、尋ねられたソルティが困る)
 また、同じ通信会社であれば、支払いや解約の仕組みも把握できるし、なんらかのトラブルがあったとき、自分がネット等で調べて母親の代わりに対応しやすい。
 残念ながら、というより案の定、一年半前に購入したソルティの機種はすでに扱われておらず、バージョンアップされたものが提示された。
 それでも、別の会社の機種よりは勝手がわかるはず(と思う)。
 
 初期設定サービスやら、安心サービス(保障)やら、画面の強度を高めるコーティング処理やら、手続き費用やら、しめて3万円ほどかかった。
 月々の支払い費用(銀行口座から引き落とし)は、1500円程度である。
 すなわち、格安スマホ。
 
 家に帰ってさっそく充電すると、自宅の Wi-Fi 設定をし、標準画面をシンプルでわかりやすい「シルバー(高齢者)モード」にし、母親が普段もっとも使うであろうアプリボタンのみを標示させた。
 つまり、電話機能、メール機能、カメラ、音声で検索する機能、地図、電卓、万歩計、Yahoo Japan のホーム画面などである。(自分と同じ・・・)
 
 もとから使っている大手通信会社のフィーチャーフォン、いわゆるガラケーはそのまま継続する。
 なので、090の電話番号やメールアドレス、住所録のデータを、スマホに移し替える必要はなかった。
 いわゆる、二台使いだ。
 物を調べたり、ゲームをしたり、写真を撮ったりする目的以外にはスマホを使用しない人は、このやり方が一番賢いとソルティは思う。(自分もそうしている)
 むろん、母親も、SNS にもネットバンキングにもネットショッピングにも PayPay(ペイペイ)にもモバイルスイカにも(いまのところ)興味がないので、使い勝手が良くてバッテリーの長持ちするガラケーをむざむざ放棄する気は、はじめから持っていなかったようだ。
 3G 携帯サービスが停止される2022年3月までは二刀流でいけるだろう。

 
モバイルスイカ


 
 そんなこんなで齢80にしてスマホデビューを果たした母親であるが、ソルティは一連の手続きを進めるなかで、なんだか物悲しい思いがしたのである。
 
 一つは、いつも IT 関連機器を買いに行くときに感じる物悲しさ。
 ずらりと並んだ商品の説明 POPを読んでも、もうほとんど理解不能。
 たとえば、冷蔵庫ならまだ、2ドアか3ドアか、容量はどれくらいか、自動製氷機能がついているかいないか、扉は右開きか左開きか観音開きか、省エネ基準はどうか、パーシャルか否か、除菌機能はあるか・・・・といった各種機能の説明は読んでもわかるし、店員に説明されてもおおむね理解できる。(それにしても、要らない機能ばかりと思う。差別化もここまでくれば、かえって煩わしい)
 これがノートパソコンだと、〇〇世代がどうとか、CPU がいくつとか、メモリがどれくらいかとか、ストレージがなんたらかんたらとか、OS は何かとか、搭載されているソフトの種類とか、端子はどうなっているかとか・・・・説明書きを読んでも、店員に説明されても、よく理解できないことばかり。
 
 ソルティはやはり、「高額商品はそれなりに機能や性能を理解して、納得してから買いたい」という、当たり前の(一昔前の?)生活感覚の持ち主なので、理解できないものを買わなければならないという状況に置かれると、とたんに物悲しくなってくるのである。
 自分の IT 音痴が悲しかったり、悔しかったりするわけではない。
 そういう平均的な庶民の感覚を置き去りにしたところで、どんどん進んでいく IT 社会の非人間性が悲しいのである。(なんて負け惜しみか)
 
 上記のスマホの件でもそうだが、機種のバージョンアップと聞くと、「もっと性能が上がって使いやすくなった、便利になった、いろいろできるようになった」と一般に思うけれど、はっきり言って錯覚である。
 バージョンアップしない昔のほうがずっと使いやすかった、と思うことはたびたびある。(たとえば、ソルティはマイクロソフト Office は2003が一番使いやすかった。それ以降のものは、機能が増えすぎて、かえって使いづらい)
 
 もう一つの物悲しさは、こういった庶民とくに高齢者には理解しがたい横文字や専門用語の羅列で相手をけむに巻いて、いろいろな付属品なりオプションサービスなりを合わせて購入させようとする店員の姿勢に接するときである。
 今回も、見るからに IT 音痴であることが明白な母親に対し、店員は専門用語を並べて、オプションサービスを購入させたがった。
 むろん、それが商売であり、店長からもそのようなセールストークを指示されているのだろう。
 ここ最近のコロナ騒ぎで来店者は減ったであろうから、少しでも売り上げを増やしたい気持ちは理解できなくもない。
 
 しかし、相手が説明内容を理解できて、メリットデメリットを比較検討した上で、納得して購入するのならともかく、IT 音痴を見越した上で売りつけるのはいかがなものだろう?
 ソルティが隣に座って目を光らせていなければ、おそらく母親は店員に言われるがままに様々なオプション購入をしていただろう。(嗤えるのは、ソルティ自身も立て板に水のような店員の説明をほとんど理解できなかった点である)
 
 高齢者や IT 音痴の人の IT 使用環境をサポートする NPO があればいいなあ~、とつい思った次第である。
 
老人とパソコン



 
 

● 阿含経典を読む 6 老いの用心

 人生100年と言われる時代、50代半ばで老後のことを考えるのは「早い!」
 ――という意見もあろうが、体力や気力や精力の衰えは否定しがたく、老いとその先にある死について考える夜もある。
 自分がここ数年、老人介護の世界に関わって、さまざまな老いと死を見ているせいもある。
 このたびのコロナ騒動で、仕事柄、自らの感染と死をある程度は覚悟しなければならなかったせいもある。
 
 日本人の平均寿命が長くなったからこそ、老後問題が浮上したとも言える。
 一昔前なら、いまのソルティの歳で定年を迎え、孫の面倒を見ながら数年の老後を過ごし、七十を迎える前にはあの世に逝っていった。
 ソルティが小学生の頃、近所にひい祖母ちゃんはいても、ひい爺ちゃんはいなかった。
 
 老後の不安を軽減するには、貯金や年金の確保、子供や孫と良い関係を作っておく、親戚や近所との普段からのつき合い、地域コミュニティに顔を出しておく、良いケアマネを見つけておく、足腰を鍛えて健康管理する、ボケないように頭や手先を使う作業をする・・・・など、いろいろな用心がある。
 だが、より重要なのは心の問題だろう。
 淋しさや孤独、人生についての後悔や不全感、退屈や虚しさ、生きがいや自己価値の喪失、ボケることの恐怖、下の世話や着替えを他人に手伝ってもらわなければならない屈辱、死の恐怖・・・こういったものと向き合わなければならない。
 
 経典によると、天神ですらも、老いが心配だったらしい。
  

 その時、一人の天神があり、夜もすでにふけたころ、その勝れた光をもって、くまなくジェータ林を照らしながら、世尊のましますところに到り、世尊を礼拝して、その傍らに坐した。
 傍らに坐したその天神は、世尊の御前にあって、偈を説いていった。
 
 われら老いる時なにものか善き
 なにものかわれらの安らぎのところぞ
 われらにとりて貴重なる宝はなんぞ
 なにものか盗人に奪われざるものぞ
 
 その時、世尊もまた、偈を説いて仰せられた。
 
 戒はわれらの老ゆるとき善く
 信はわれらの安らぎのところ
 智慧はわれらが貴重なる宝
 功徳は盗人によりて奪われることなし

(増谷文雄編著、ちくま学芸文庫『阿含経典2』、諸天相応「老い」より)
  
  この言葉に天神は歓喜し、満足して消え去ったという。

神様



 さて、前回のガータクイズの答え。

 

世尊は仰せられた。
おのれ ) にもひとしき可愛きものなく
( 穀物  ) にもひとしき財宝はなく
( 智慧  ) にもひとしき光明はなく
(  ) こそは最高の湖なり
  
 ちなみに、ソルティの答え。
  ( 自分 ) にもひとしき可愛きものなく
  ( 健康  ) にもひとしき財宝はなく
  ( 真理 ) にもひとしき光明はなく
  ( 秘湯 ) こそは最高の湖なり
 

秘湯
栃木県奥鬼怒の八丁湯








 

● ロードムーヴィーの傑作 映画:『野いちご』(イングマール・ベルイマン)

1957年スウェーデン
91分、白黒

 『第七の封印』、『処女の泉』と共にベルイマンの三大傑作と言われる本作である。

 ソルティはこれまでなぜかベルイマンは観る気がしなくて、20代に『処女の泉』と『ファニーとアレクサンデル』を観たのみ。
 (ちなみに、「昨日、『処女の泉』という映画を観たよ」と同期の女性社員に話したとき、思いっきり軽蔑の眼差しを向けられたのを覚えている。勘違いされたらしい)

 両作とも面白かったのに、なぜあとが続かなかったのだろう?
 「重い、難しい」だけではあるまい。
 それなら、タルコフスキーとかロッセリーニとかアラン・レネだって、どっこいどっこいだ。
 おそらく、ベルイマン作品に通底する「(キリスト教の)神の不在」というテーマに拒否感を持った、というより関心が向かなかったからなのだろう。
 遠藤周作の小説に興味を持たなかったのと同じ理由である。
 
 「神の不在」が個人的に重要なテーマとなるためには、前提として「神への信仰」がなければなるまい。
 信じていたもの、信じたいと思っていたものが「ない!?」からこそ、個人は不安になり、疑心暗鬼にかられ、自暴自棄になり、刹那的にもなるのだから。
 あのマザー・テレサにして然りである。
 一神教の神というものを信じず、その信仰を単なる「共同幻想」と思っていた若いソルティにしてみれば、ベルイマンのようなヨーロッパの近代以後の知識人が抱く苦悩や虚無感に共感のしようもなかったのだろう。
 といって、ソルティが無神論者として達観して生きていたわけではなく、別の「共同幻想」に依っていただけなのだが・・・。

 
野いちご

 
 この『野いちご』、可愛いタイトルや老人と少女が野原に遊ぶシーンを使った宣伝用スチールの印象から、ベルイマンには珍しい、牧歌的な明るい話と想像していた。
 純粋で開けっぴろげな少女との出会いによって心ほぐされる偏屈な老人といった「ハイジ」的ストーリーを。
 全然違っていた(笑)。
 偏屈でエゴイスティックな老教授が、名誉博士号を授与されるためにストックホルムからルンドへ向かう旅の道中で起こる事件を描いたもの、すなわちロードムーヴィーなのであった。
 
 旅の途上で出会う様々な人々とのエピソードはまた、教授がこれまでの人生を振り返るきっかけとなる。
 実際の車の旅をしながら、教授は自らの孤独な人生を追体験する旅をする。
 その二重構成が見事である。
 映像については、もはや論ずべくまでもない。
 教授の見る悪夢を描いたシーンなどは、いかなる CG 技術もかなわないレベルで観る者の潜在意識の深みに達し、不安を揺り動かす。
 
 教授役のヴィクトル・シェストレムは、自身「スウェーデン映画の父」と呼ばれる大監督であり、彼を師と仰ぐベルイマンたっての希望で体調不良をおして出演、公開後に亡くなっている。
 映画史に残る名演である。

 老いを描いたこの傑作を撮ったとき、ベルイマンはまだ40歳に届いていなかった。
 それを思うと、やはり天才だなあ~。
 


おすすめ度 : ★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
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● 危機意識のグラディ―ション

 通勤途中、山手線駅の構内ですれ違った男(30代)は、透明のプラスチックの顔面シールドをつけていた。むろん、その下はマスクである。
 髪の毛を完全に覆い隠すナイロン製の帽子、表地がナイロン100%のジャージの上下、ビニール製の防水ブーツ、そしてやはりナイロン100%の手袋をつけていた。
 つまり、素肌がほとんど大気に晒されていない。
 その徹底ぶりに驚いた。
 
コロナ防御

 
 今、つくづく感じるのは、新型コロナウイルスに対する危機意識が、人によってずいぶん差があるということである。
 メディアで見聞きする限りでも、ゴルフ場に堂々と出かけてプレイ後は混雑したレストランで鯨飲放談する親父たち、風俗に行く国会議員、地元商店街の人混みに繰り出す一家、繁華街の人気ショップに行列する若者たち・・・・といった危機意識の低い、“楽観的な”一群がいる。
 
 一方で、上記の完全防御男のように、高い危機意識を示す者がいる。
 彼の場合、おそらく外出せざるを得ない事情があり、身を守るために考えられる最大の措置として、あのような恰好になったのであろう。本心は家に引きこもっていたいに違いない。
 本当に家から一歩も出ないで、通販や出前やUber Eats(ウーバーイーツ)等の宅配を利用して過ごしている人もいるだろう。
 危機意識が過度になると、「コロナ感染が怖くて、ノイローゼになって自殺」みたいな、パラドキシカルな例も見受けられる。
 
 ソルティはその昔、エイズの電話相談に関わっていたことがあるが、実際、エイズノイローゼになった人は、間に5分と置かずコールしてくる。
 それも、本当に性行為があって感染の可能性があるのならともかく、「公衆トイレのドアのノブを触ったらベタベタしていた(気がする)」とか、「ジョギングで擦れ違った男の息が、自分の顔にかかった(気がする)」とか、「病院の待合室で蚊に刺された(気がする)」とか、HIV感染の可能性のまったくない事柄について心配している。
 「心配なのは、HIV感染でなくて、あなたの精神状態のほう。むしろ、感染してしまったほうが精神的にはラクだろうに・・・」――と思いながら、日に何十回と繰り返される話に、いい加減辟易しつつ、付き合っていたのを思い出す。
 
 まあ、ここまで極端でなくとも、大概の人は現在、それぞれなりに危機意識を持ちながら、日々過ごしているはずである。
 人によって危機意識の高低がある、言い換えれば危機意識のグラディ―ションが生じるのは、当然と言えば当然である。
 
  • これまでの体験の違い(たとえば、エイズパニックを経験しているか否か、インフルエンザに罹ったことがあるか否か、戦争や自然災害を経験しているか否か・・・等)
  • 想像力の多少(たとえば、今後起こりうる事態をどこまで頭の中で描けるか)
  • 気質の違い(楽観的 or 悲観的? 現実逃避的 or 現実直視的? 強気 or 弱気?)
  • 体力や健康に対する自信
  • 信仰(たとえば、「神が守ってくれるから大丈夫」とか、「悪いことを考えると現実化するから、考えない方がいい」というスピリチュアル的妄想)
 こういったことが、危機意識の差をつくる要因として考えられるだろう。
 
 ソルティは、かなり危機意識の高い方だと思うが、それは、
  • 以前働いていた介護施設で、ノロウイルスやインフルエンザの蔓延を経験し、ウイルスの恐ろしさや次々と利用者やスタッフが倒れていく修羅場を見ている
  • 最悪の事態を想像して覚悟する気質(あるいはネガティブ志向
  • 加齢による体力や健康への不安(足の骨折もあり)
  • 現政権に対するどうしようもない不信
 といったあたりが、その大きな背景を成す。
 
 そしてまた、今回、ひとつ気づいたことがある。
 
 ソルティは足のケガのため、4ヶ月近く仕事(介護施設)を休んでいた。
 その間に、新型コロナウイルスは発生し、ダイヤモンド・プリンセス騒動の一部始終を家や入院先のテレビで見て、このウイルスの特性について専門家が語るのを聞き、国内に感染者がぽつぽつと増えていく様を眺めていた。
 相当にやばい状況だと感じた。
 「医療崩壊」はまだ叫ばれていないときであったが、むしろ、その先に来るであろう「介護崩壊」を想定し、ぞっとした。
 なにかしら持病を持つ高齢者ばかりが密集し、仕事の性質上「濃厚接触」が避けられない介護施設に、ひとたびコロナウイルスが侵入したら、ひとたまりもない。
 職員がやられたら、介護する人間がいなくなる。
 先んじて来るであろう医療崩壊で救急搬送や入院ももはや不可能。
 想像するだに恐ろしい光景が頭に浮かんだ。
 ・・・・・・・。

 松葉杖を卒業し、今月より職場復帰した。
 そして、すぐに職場の人間と自分との危機意識の違いに驚かされた。
 あまりにも生ぬるい感染症対策がそこにあった!
 
 ソルティにしてみれば、いったいなんで他のスタッフがこんなに楽観的でいられるのか、不思議で仕方なかった。不思議で仕方ない。
 アメリカやイタリアの介護施設で起こっていることが、目の前に迫っているのに!
 「自分だけは大丈夫、自分のいる職場だけは大丈夫」と思うのだろうか?
 それとも、ソルティが特別で、ひとりネガティヴ志向なのだろうか?

 
コアラ
コアラはストレスに弱い

 
 ところが、である。
 職場復帰して半月もたつと、次第に自分の危機意識が薄れてくるのを感じたのである。
 「なんだ。ちょっと自分、大げさに考え過ぎたかな?」と思ったりしている。
 なぜそうなってしまうのか?
 自己分析してみた。
 
 ここまで市中感染が広がれば、ある一日にコロナウイルスに感染する可能性は、「感染する or しない」の1/2である。
 どの日も同じ1/2である。
 相当に高い。
 ところが、丸一日感染せずに過ごせた「今日」を手に入れると、そのあくる日には、無事乗り越えた「昨日」を安全の証拠として採用してしまうのである。
 「昨日と同じことをしている限り、感染はしない」と勘違いしてしまうのだ。
 すると、1/2の感染リスクが目減りする。
 無事の日々が積み重なるほどに、想像上のリスクが減っていき、現実にある1/2リスクが軽視されていく。
 「自分だけは大丈夫なんじゃないか。ここだけは免れるんじゃないか」
 という根拠のない楽観に次第に身を任せていくようになる。
 
 人には恒常性の維持(ホメオシタシス)という機能が備わっている。
 環境が変化しても体の状態を一定に保とうとする働きである。
 それと同様、心にも「恒常性の維持」が備わっているのではなかろうか?
 心の状態を一定に保とうとする働きが、感染リスクを過小評価させるのではなかろうか?

 日常性に潜んでいる罠というべきか。



  

● ほすぴたる記 その後11 ギプス・オフ

 抜釘手術の際に縫合した糸を抜いて、本日より晴れてギプスOFFとなった。
 二ヶ月半ぶりに左の足に靴を履いて、通院外出した。
 もっとも、足のむくみのせいで普通の靴は入らないので、ゴムサンダルである。
 亀の歩みの松葉杖歩行ではあるが、両足の裏を交互に地面について前進すると、「歩けた!」というクララ気分になる。

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 担当医師より、足の荷重も全荷重(60キロ)でいいと許可が下りた。
 どこにもつかまらずに両足で立つことはできるようになったが、まだ左足一本で案山子のように立つのは難しい。左足全体の骨や筋肉が弱くなっているので体重を支えきれない。荷重をかけていると膝が痛くなってくる。
 歩行もおぼつかない。
 足首が硬くて、痛くて、うまく体重移動ができない。ロボットみたいなぎこちない動き、薄氷を踏むような恐々した動き、になってしまう。
 むしろ、ここからが正念場という気がする。
 中途半端な状態で足首が固まってしまわないよう、踏ん張らねば。

 院内では職員、患者ともマスク使用者が目立つ。
 病棟に上がる見舞客は必ずつけなければならない。これは、コロナ騒動以前からで、インフルエンザ対策のためだ。
 「よもや、こんな埼玉県の畑のど真ん中に立つ病院まではコロナも来るまい」と、つい思ってしまうけれど、ウイルスの伝播には都会も地方も関係ない。
 ソルティのリハビリを担当してくれる20代の青年は、ウイルス性胃腸炎で一週間以上、出勤停止を食らっていた。コロナだったら、当然ソルティにもうつっているだろう。
パンデミック
 
 リハビリ後に院内の売店で買い物していたら、ソルティと同じ両松葉杖の男と出会った。右足にギプスをしている。松葉杖を操りながら大きな買い物かごを持つという、器用な、というか危険なスタイルで通路を動き回っている。見かねた女性店員が、「お手伝いしましょうか?」と声をかけたが、「いや、大丈夫です」と断っていた。

 今回ソルティが怪我をして学んだことの一つは、他人の好意を素直に受け取ること、遠慮せずに他人に頼むこと、他人に甘えること、「ありがとう」という言葉を他人にプレゼントすること——である。
 自分もどちらかと言えば、上記の男のように、「人の手を煩わせたくない、人に迷惑をかけたくない、人の好意に甘えるのが苦手」なタイプである。逆の立場なら、つまり自分が頼まれたのなら喜んで人に手を貸すほうなのに、同じことを他人に頼めない。
 おそらく、NOと言われたり、イヤな顔をされるのが怖いのだろう。「自分のことは自分でしなさい、他人に迷惑をかけるな」という子供の頃からの教育(通俗道徳)のせいもあろう。

 松葉杖の何がいちばん不便かと言えば、両手がふさがれることである。物を運ぶのはリュックサックに入れて担げばよいが、買い物がようできないのである。
 有り難いことに今の時代、ネットショッピングというものがあり、ソルティも随分 Amazon のお世話になっている。家族に頼んで買ってきてもらうこともある。
 近所のコンビニで買い物するとき、あらかじめ買いたい物が決まっている場合は、手の空いてそうな店員に頼んで、カゴを持ってもらい買い物に付き合ってもらう。みな、喜んでやってくれる。
 じっくり選んで買い物したい場合は、下のような工夫を編み出した。

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 松葉杖にS字フックをかけ、レジ袋を下げる。選んだ商品をその都度レジ袋に入れていく。最後にレジ袋をレジに持っていき清算する。
 大切なのは、万引きと間違えられないよう、あらかじめ店員に了解取っておくことである。

 病気って、本当にいろいろなことを学ばせてくれる。




 




● ほすぴたる記 その後9 北の国から

 本日退院した。
 払った費用は、差額ベッド代の9900円(1650円×6日)であった。

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入院最終日の昼食(野菜ジュースは自持ち)

 
 ソルティは多床室で同室の患者が立てる物音は(イビキも含めて)さほど気にならないのであるが、匂いは気になった。
 今回は途中からストマ(人口肛門)を持つ寝たきり患者が入ってきて、そのストマがよく漏れるのである。排泄口に合っていない装具を使っているんじゃないかと思う。

ストーマ(stoma、ストマとも)とは、消化管や尿路の疾患などにより、腹部に便又は尿を排泄するために増設された排泄口のことである。ストーマを持つ人をオストメイトと呼ぶ。
(ウィキペディア『ストーマ』より抜粋)

 朝に、昼に、真夜中に、時を選ばずその患者のストマは漏れ、そのたび便臭が病室いっぱい充満する。
 やはり、これは気持ちいいものではない。
 ソルティは介護職なので、通常の人に較べれば他人の便臭などへっちゃらである。マスクしないで、おむつ交換や陰洗やストマ交換できる。
 だが、ケアのために他人の便を扱うのと、自分も患者として病床にいて他人の便臭に包まれるのとでは、やはり違うのだと体感した。喫煙所にしばらくいるとタバコの匂いが衣服に染みつくように、自分の寝具やパジャマやベッド周りの持ち物に他人の便臭が染みつくような気がした。
 つまり、自分の生活空間に入ってくる異臭は不快に感じるのである。
 何回かは窓を開けて換気したが、この寒さなので長いこと開けてはいられない。それに窓を開けるには、礼儀上、他の3人の患者の許可を得なければなるまい。それもメンドクサイ。

 と言って、手をこまねいていたわけではない。
 ソルティは常時ラベンダーのアロマオイルの小瓶を持ち歩いている。
 ティッシュにオイルを数滴たらし、ベッドサイドに置いておくと、消臭・殺菌・芳香・リラックス効果が期待できる!
 あら不思議。肥溜めが一瞬にして富良野の丘に。
(ただ、これも度が過ぎると、他の患者から文句が出かねないのでほどほどに)
 入院時には、消臭剤とアロマオイル。
 これは必須アイテムである。

ラベンダー畑



 家に帰ってほっと安心したけれど、実のところ、移動に関して言えば病院のほうがラクチンだった。
 病院では車椅子が使えたが、狭い家の中では車椅子も松葉杖も使えない。四つん這いになって這い回るほかない。ついには膝がこすれて痛くなったので、ネットでバレーボール選手がつけるような膝当てを購入した。
 シャワーもまた病院なら浴室用車椅子に乗り換えて、そのまま洗い場に入って洗体も洗髪もできるが、自宅だとそうスムーズにはいかない。清拭で済ませてしまうことが多い。


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 前回の17日間と今回の6日間で、いかにして心地よく入院生活を送るかをしっかりと学ばせてもらった。
 やっぱり、一番役に立ったのはマジックハンドである。





● ほすぴたる記 その後7 マーメイドのごとく

 手術の翌日からリハビリを再開した。
 「まだ傷口もふさがってないのに・・・。まだ動かすと痛いのに・・・」
 と思うところだが、仕方ない。
 別に退院をせき立てられているわけではない。リハビリ介入は早ければ早いほど、原状回復につながる、後遺症を残さずに済むからである。

 この2カ月、立つ時は右足1本で約60キロの体を支えていた。歩く時は松葉杖との3本で。左足は宙に浮いていた。
 これを元に戻す。
 左足に荷重をかけていく訓練が始まった。

 といっても、いきなり全体重を支えることはできない。無理をすると、せっかくついた骨が分離してしまいかねない。
 まずは2分の1すなわち30キロまで荷重する。それで約二週間訓練したら、次の二週間は3分の2すなわち40キロまで荷重する。一ヶ月後に左足だけで全体重を支られるようにする。
 まだまだ松葉杖を手放せ、もとい足放せない。

 リハビリ室の平行棒の間に入って、右足を低い台の上に、左足を体重計に載せる。 
 「じゃあ、左足に体重かけてください」
 と、リハビリスタッフが言う。
 「よし!」とばかりに左足を踏み込んだが、体重計の針は5キロ以上に振れない。
 踏み込み方を忘れてしまったのだ。自分では思い切り踏み込んでいるつもりなのだが、力が全然入っていない。
 スタッフの助けを借りて何度か繰り返すうちに、目盛りの値は10キロ、15キロと上がっていき、20分近くしたら、やっと30キロに届くようになった。
 が、ちょっと力を抜くと、すぐ値は下がってゆく。意識的にかなり頑張らないと荷重できないのである。

 人は立っているだけで、歩いているだけで、体重分の重さを両足で支えている。
 ハイハイから立ち上がった幼児の時から、それに慣れてしまっているから、そのことを普段は自覚していない。
 プールでしばらく遊泳したあと、プールサイドに上がる瞬間、体の重さを感じない人はいないだろう。だが、プールサイドを歩き出したとたん、もう忘れてしまう。両足が即座に普段の感覚を取り戻すゆえに。
 
 人類は二足歩行したときに、赤ん坊がつかまり立ちしたときと同様、体重(重力)をプレゼントされたのである。

 魔法の力で足をもらった人魚姫が、苦痛に喘ぎながら岩場で立ち上がる。イケメン王子に会うために!

 そんなイメージを抱きながら、訓練に励んでいる。

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● ほすぴたる記 その後6 陣痛未満

昨夜は塗炭の苦しみを味わった。

局所麻酔が切れた20時頃から、痛みがカメレオンのように忍び寄ってきた。
夕食後に飲んだロキソニンの効果がまったく望めないと見切りをつけた21時半、ナースコールを押して坐薬を頼んだ。
前回は坐薬にずいぶん救われたのだ。

痔持ちのソルティは、坐薬挿入には慣れている。
肛門の粘膜から吸収された薬効成分が血管に入って、全身を巡り、神経をマヒさせてくれるさまを思い描き、しばらく痛みに耐えていた。

が、いっこうに楽にならない。

「あの坐薬、さてはプラシーボだな?」
と、夜勤ナースを疑う始末。
もはや、入院初日の遠足気分は完全に吹っ飛び、嫌足気分に支配された。

ベッドの上で七転八倒していたが、どうにも身の置きどころなく、車椅子に移って、痛みから気を逸らすべく超難解レベルの数独にチャレンジした。

痛みはズキンズキンと領土を拡張し、そのうちに数独のマス目が歪んできた。

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ああ、これが障子の桟が歪んで見えるという、出産の苦しみか!

頑張ったところで赤ん坊は誕生しないから、ナースコールを押した。

手術のために腕に付けていた点滴の管から、鎮痛剤を入れてもらう。
「これが一番強い薬ですよ」とナース。

これが効かなかったら、あとがない!

祈るような気持ちで、ベッドに這い戻って安静にしていたら、遠い日の花火よろしく徐々に痛みは退いていった。

ああ、世のお母さんたちよ!
あなたがたは偉い!

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ソルティは保育所の増設と、医療用麻薬の認可に、一票!












● ほすぴたる記 その後5 記念品

 オペが終わった。

 午前中の患者のオペが長引いて、午後1時開始の予定が4時半になった。

 待っている間、道尾秀介の『向日葵の咲かない夏』(新潮文庫)を読み終えた。
 生まれ変わり(輪廻転生)をテーマに絡ませたミステリーで、その点は新機軸だけれど、推理小説としては感心しなかった。
 登場人物たちが死んでもすぐに生まれ変わっちゃうという設定が、肝心の殺人自体を卑小に感じさせてしまうのは致し方あるまい。
 ただ、ダークファンタジー作家としての道尾の才能は十分認められた。
 手術前不安を緩和してもらえたストリーテリングにも感謝!

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 4時半に手術室入りして、なんやかんやと準備に時間がかかり、麻酔注射を打った時は5時を回っていた。

 足元から家庭内手工業的な音がする。異和感はあるが、痛くはない。
体の緊張と心拍音の上昇は、実際の痛みのせいではなく、痛みを予期してしまうからだ。
 局所麻酔は全身麻酔に比べ侵襲性が低いと言われるのだが、心臓と精神には良くない。
 とはいえ、華岡青州の時代と比べたら天国である。

痛み、痛み、痛み、音、音、音、(おなかの)膨らみ、膨らみ、膨らみ・・・・

 ここぞとばかり、ヴィパサナ瞑想していたら、オペの終わり頃に波動が変わり、脳内ルクスが上がった。

 オペにかかった時間は正味15分、一番痛かったのは、結局、麻酔注射だった。

 5時半に病室に戻って数独していたら、術前説明時に担当ドクターに頼んでおいた品物が届けられた。

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 これでアクセでも作ろうか!


● ほすぴたる記 その後 4(事故後60日)

本日、ふたたび入院した。
抜釘(ばってい)手術、すなわち前回かかとの骨を整復し固定するのに入れたビスを、抜き取る手術を、明日行うためである。

今日は、同意書にサインしたり、レントゲン撮ったり、前回同様、腕に点滴用ルートを作ったりした。
2度目ともなると、そして今回は難しいオペではないので(局所麻酔だ)、気分的に楽である。

前回の退院後、部屋にこもりがちなブタな日々を送っていたので、いい気分転換になる。

今回はちょっと贅沢して、一日1500円プラスの特別室を選んだ。
前回と同じ4床の相部屋でも、お隣りさんとのしきりがカーテンでなく、チェスト付きの壁になっている。
個室感&セレブ感が高い。
ナースステーションや共用ラウンジからも離れているので、前回の部屋よりずっ~と静かで、とても落ち着く。

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しかも、テレビと冷蔵庫は使い放題(利用料に含まれている)である。
さっそく、冷蔵庫を埋めるべく、買い出しに出かけた。

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今のところ遠足気分😎

そうそう。
入院手続きを済ませ、エレベーターで病棟に上がったら、目の前のナースステーションで塗り絵をしていたのは、懐かしきエリーゼであった。

まだ入院していたのか!












● ほすぴたる記その後 2 (事故後40日)

 現在休職中である。
 松葉杖を使っての1時間以上の列車通勤(乗り換え2回)も、フロアを行ったり来たりの介護の仕事も到底無理だ。
 これがデスクワークで通勤がもっと楽ならば、そして休業補償のある労災でなかったならば、多少無理してでも仕事に行くやもしれない。自分にしかできない、自分にしかわからない類いの仕事だったなら、行かなければならなかったかもしれない。不幸中の幸い?
 ネットを見ると、松葉杖でも毎日列車通勤している人の声が結構載っている。
 ご苦労なこってすなあ~。
 
 仕事はともかく、たとえ松葉杖でも外出はどんどんしよう、と当初思っていた。
 部屋に閉じこもっているのは精神衛生上よろしくないし、身体機能も衰える。傘の差せない雨や雪の日はともかく、そうでない日はなるべく外出し、“社会” に触れていようと思っていた。
 と言って、大げさなことではなく、喫茶店に行ったり、外食したり、DVDや本を借りに行ったり、コンサートに行ったり、友人と会ったり、たまに職場に顔を出したり、といった程度のことであるが。

 しかるに、松葉杖の外出は想像以上にしんどかった。

 同じ距離を歩くのに通常の3倍時間がかかる。5分の距離なら15分だ。
 歩いていると、体重のかかる左右の手のひらや両腕が痛くなってくる。常に杖の着地面や周囲に気を配っていなければならないので、気も疲れる。10分歩くと、へたばってしまう。

 週に3回リハビリのため病院に通っているが、病院に行って帰って来るだけでひと仕事。
 家から駅まで10分かけて歩く(はじめのうちは15分かかった)。病院の送迎バスに乗る。3段の幅の狭いタラップの乗り降りが怖い。
 病院に着いたら、整形外来の受付まで混雑を掻いくぐって数十メートル歩く。松葉杖をカウンターに立てかけて、片足でバランスを取りながら、診察カードを取り出す。職員から受け取ったA4サイズの個人ファイルを、松葉杖を握った指先に挟むようにして持ち(口に咥えたいところだが)、リハビリ室までさらに数十メートル歩く。
 両手が空かないのは実に不便である。
 何回目かの通院で、軽量のものなら首にかけて持ち運びできるよう、下のようなグッズを考案した。
 
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 使い始めて一か月ほどになるので松葉杖にもずいぶん慣れて、自分の手足のようにとはいかないまでも、それなりに器用に扱えるようになってはきた。必要な筋肉もついてきた。

 それでも、手のひらの痛みにはなかなか慣れない。
 なにかもっと楽な歩行手段はないものかとネットを調べていたら、スマートクラッチという新しいタイプの松葉杖を発見した。
 もともとはモトクロスの選手が南アフリカで考案したものを、日本のジーニアスインターナショナルという会社が修正改良を施し、製造販売している。
 最大の特徴は、昔ながらの松葉杖のように両脇に挟み込んで両手のひらで体重を支えるのとは違って、両腕を器具の輪っか状の部分(カフと言う)に入れて、肘から手首までの前腕で体重を支える仕組みになっているところである。つまり、荷重が分散されるので、より楽に体を支えることができ、手のひらも痛まない。通常の松葉杖に比べ、荷重は最大 1/6 だと言う。

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外観もその名の通りスマートである
 

 左右両方で4万円くらいする。とてもじゃないが購入する気になれない。半年くらい持続して使うならともかく、治癒するまでのせいぜい1~2か月のことである。 
 がっかりしていたら、なんとレンタルシステムがあった。一か月約1万円である。
 早速、申し込んだ。

 届いた器具を組み立てて、自分サイズにあちこちの長さや角度を調整したのち、家の周りを歩いてみた。
 確かに、手のひらがまったく痛まない。荷重負担も軽減し、速く歩くことができる。立ち止まっているときは手のひらが空くので、ちょっとした手作業(財布から小銭を出すとか、切符を買うとか)ならできる。これなら杖をしたまま診察券やA4ファイルを持ち歩ける。
 一方、昔ながらの松葉杖にくらべ、安定性に欠け、転倒リスクを感じる。脇で締めないぶん、左右方向へのぐらつきがある。とくに階段の上り下りには危険を感じる。
 また、しばらく歩いていたら、上腕と肩が痛くなった。どうやら、普段使わない筋肉に負担が来ているらしい。翌日は筋肉痛で外出ままならなかった。(インナーマッスルを鍛えるのには適しているのかも・・・)
 なかなか期待通りにはいかないものである。
 もっと慣れが必要なのか?

 現在は、昔ながらの松葉杖とスマートクラッチとを、行先や要件に応じて使い分けている。階段を使わざるを得ない外出の時は昔ながらのものを使い、平地をちょっと長く歩く必要があるときはスマートクラッチを使う。
 二刀流ってか。

 なんにせよ、松葉杖を使って外出することで、世の中の親切に出会うことができる。
 それは不幸中の大幸いかも。







● ほすぴたる記その後 1 (事故後30日)

 事故後一か月、主治医の診察を受けた。
 レントゲン結果を見せてもらったら、エグイほどきれいにビスが穿たれていた。
 人造人間のよう。

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このビスは金属探知機に引っかからない

「一か月後にビスを抜きましょう」と先生。
「入院が必要ですか?」
「いや、日帰りで大丈夫。局所麻酔で行います」
 ギプスが取れるのはそのあとになりそうだ。
 まだまだ松葉杖生活に耐えねばならない。

 目下一番にすべきことはリハビリである。
 週に3~4回病院の送迎バスで外来に通うと共に、家で自主リハビリを行っている。
 コンクリートのように固くなった左足首や足指の筋肉をタオルやゴムバンドを使ってほぐし、日常使われずにナマってしまう左足全体の筋肉をストレッチで鍛える。
 骨折は折った直後の処置と同じくらい、リハビリが重要なのである。

 それにしても、自分の体の硬さにはまいる。
 狭い家の中での移動は四つん這いか尻移動にならざるをえないのだが、それを続けていると腰をはじめ体のあちこちが痛んでくる。
 今からこれじゃ、老後はどれほどしんどいことか。
 50代というのは、若い頃の不摂生や不養生に報復され始める時期なのだとつくづく感じる。




● 映画:『ケアニン』(鈴木浩介監督)


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2017年日本
105分、カラー

 ケアニンとは、ケアをする人の意。
 老人介護をテーマとする自主製作映画である。
 小規模の介護施設で働くことになった青年が、失敗や戸惑いを重ねながらも、スタッフや利用者との出会いを通して一人前のケアニンになっていく姿を描く。

 同業者であるソルティの目から見ても、よくできていると思った。
 実際の介護現場の風景や認知症老人たちの姿が、きちんとリアリティもって描かれている。しっかりと現場を取材したことが知られる。
 元ホステスの女性スタッフが、元モウレツ社員でプライドの高い男性利用者の怒りを、持ち前の話術とお色気攻撃で見事にいなしてしなうエピソードなど、「ある、ある」と頷いてしまった。

 脚本と演出も良い。
 内容からして、まかり間違えば「感動ポルノ」になりがちなところを、程よく抑制を効かせている。観終わったあと、しみじみとした感動が広がる。

 役者陣も良い。
 主役の青年・大森圭(21)を演じている戸塚純貴は、1992年生まれのイケメン。『仮面ライダーウィザード』やゼクシィCMに出演していたらしい。
 大森圭がはじめて担当した利用者は認知症の星川敬子(79)。膵臓がんが見つかって、最後は施設で看取られる。この難役を水野久美が好演している。老け役をやってもシワが映るのを許さない吉永小百合や岩下志麻なんかとは違い、シワも白髪も髪の薄さも隠さず、しっかりと79歳の呆けた女性になりきっている。役者魂を感じる。
 敬子の息子役の山崎一も、母親に顔を忘れられて戸惑いつつも、次第に母への愛情を取り戻していく昨今の企業戦士を印象深く演じている。

 ここで描かれているのは、「理想の施設、理想の介護」に近い。
 職員がみなモチベーション高く、チームワーク良く、近隣の住民や子供たちとの交流があり、利用者の特技ややりたいことを発揮させ、徘徊したらスタッフが付き添う。
 現実にはなかなかない職場だと思う。とくに、職員の質(介護技術よりむしろモチベーションや協調性の点で)が揃っているというのは、滅多にないことだろう。介護職の辞める理由で最も多いのは、「職場の人間関係」である。

 そういった「きれいごと」の部分もなきにしもあらずだが、介護という仕事の面白さややり甲斐、老いや認知症のありのままの姿、家族の誰かが介護が必要となった時にほかの家族たちに突き付けられる現実・・・・これらをしっかりと描いているこの映画は、老いや介護に関心を持つすべての人に推薦できる良作である。


評価:★★★

★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損

● ほすぴたる記 17 退院


 奈良の古代寺院や古墳をめぐる旅をしていたら、小高い丘のふもとに湧き水が流れていた。
 透き通った、豊かな清水。
 両手で掬って一口飲んでみた。
 「うまい!」
 甘く、柔らかく、複雑玄妙な味がした。
 どこかでカラスが鳴いている。

湧き水

 
 と、目が覚めた。
 カラスと思ったのは、離れた病室から聞こえるエリーゼ(95歳、認知あり、車いす使用)の雄叫びだった。
 「だれか~! わたしをトイレへ連れてって~! トイレぇ~!」
 入院最終日の朝は、エリーゼの声で起こされた。
 
 朝食後にリハビリ。
 リハビリ室に入る際に、スタッフからマスクを手渡された。
 インフルエンザ予防である。
 聞くと、先年この病院ではインフルエンザが猛威を振るい、病棟隔離があったという。
 リハビリ室には外来患者もやって来る。外から運ばれてきたウイルスが、リハビリスタッフを通して病棟に持ち込まれてしまう危険がある。それは、医師や看護師や見舞い客でも同じことだが、とくにリハビリスタッフは患者との接触が距離的にも時間的にも密なので、媒介者になりやすい。
 「昨年は、二日間、リハビリ室が閉鎖されたんですよ」とスタッフ。
 
 リハビリから帰ってベッドでうだうだしていたら、隣の患者のところに誰かが見えた気配。腰の骨を折って、夜中に救急で運ばれてきた患者である。
 カーテン越しに聞くともなしに聞いていたら、見舞いに来たのは一人息子であった。ソルティの知る限り、初登場である。
 (そうか、今日は土曜日だったな。)
 そう言えば、奥さんの声をこのところ聴いていない。ソルティがリハビリに行っているか、階下のラウンジでまったり過ごしている間に、おそらく夫を訪ねてきているのだろう、と思っていた。
 ところが、大変なことになっていたのである。
 奥さんは、夫が入院した五日後に自宅でイレウス(腸閉塞)を起こし、別の病院に運ばれていた。現在、イレウス管を鼻から腸まで挿入した状態で、点滴治療しているらしい。たしかに、見舞いに来るたび、腹痛と強い吐き気を夫相手に訴えていた。
 「このあと、おふくろのところにも寄らなければならない」と難儀そうな息子の声。
 一方の夫(父親)は、入院費用の支払いの心配と、お茶が飲みたいのにペットボトルを買いに行けないという愚痴ばかり話している。
 「なんで、自分のことばかりなんだよ」と苛立ちを隠せない息子。
 父と息子の会話は、やはり夫婦のそれ同様に噛み合っておらず、互いの感情は行き違い、意思疎通はうまくいかず、話すほどに空気が重くなっていくのが分かる。
 この年の瀬に、両親いっぺんに入院となった一人息子に同情したいはやまやまなれど、電車で1時間弱という町に住んでいながら、彼が父親を見舞ったのは今日が初めて。
 正直、もっとたびたび実家の様子を見に来て、母親の負担を軽くしてあげていたら、母親まで入院するハメにはならなかったのではないか・・・と思う。
 家族ってむずかしい。
 
 そのあと、担当医師が病室にやって来て、父親の状態を息子に説明していた。
 「病態的にはもう起き上がっても問題ないのです。ただ、ご本人に意欲がなく、リハビリが進んでいません。このままだと車椅子になるでしょう。自宅で車椅子で暮らせますか?」
 「無理です」と息子。
 「そしたら、施設に入ることを検討しなければなりませんね」と医師は言った。
 
 昼食後、入院窓口に行って会計を済ます。
 支払いは、松葉杖レンタルのための保証金のみ(4000円)。これは杖返却時に戻ってくる。
 治療費はもちろん、食事代もパジャマ代もタオル代もかからなかった。
 労災、万歳 \(^o^)/
 
 荷物を取りまとめ、ナースステーションでぬり絵をしているエリーゼに胸の内で「さよなら」を告げ、美しきナースたちに感謝する。
 迎えに来た両親とともに、タクシーで病院をあとにした。
 
 約半月ぶりの自宅。
 夕食はずっと食べたかったカレーライス。
 
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 今夜は、熟睡できそうだ。

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 入院中にネット購入したポータブルトイレ
 (両親より先にお世話になるとは!)

 
 


 
 
 
 
 
 
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