ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語を見て、旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、ボランティアして、デモに行って、無いアタマでものを考えて・・・・そんな平凡な日常の記録である。

秩父34ヵ所札所巡り

● 秩父34ヵ所札所めぐり 第1日(1番から11番)

 薫風に誘われ、秩父34ヵ所の札所巡りを開始した。
 約100キロを徒歩でたどる。
 ガイドブックによると、歩くと6日から8日かかるらしいが、現地での一泊を入れて5日間の予定を立てた。無謀か?

1日目(日帰り) 秩父鉄道和銅黒谷駅~1番四萬部寺・・・11番常楽寺~西武秩父駅(約22キロ)
2日目(日帰り) 西武秩父駅~12番野坂寺・・・25番久昌寺~秩父鉄道影森駅(約24キロ)
3日目(日帰り) 秩父鉄道影森駅~26番円融寺・・・30番法雲寺~秩父鉄道三峰口駅(約14キロ)
4日目(宿泊)  秩父鉄道三峰口駅~31番観音院~宿(小鹿野町)(約22キロ)
5日目(満願日) 宿~32番法性寺・・・34番水潜寺(約18キロ)


 100を5で割れば一日20キロずつの勘定になるが、札所の配置や札所間の距離、最寄り駅との関係を考慮すると、単純に均等配分できない。日帰りとは言え、すべての札所間を抜けなく歩き通したいので、前の回に歩き終わった地点から次の回は歩き始める。となると、鉄道駅から始めて鉄道駅で終わるのが基本となる。
 1番から29番までは各札所間の歩行時間はすべて1時間未満(最短10分から最長50分)にすぎない。が、29番からいきなり間隔があき、最短2時間から最長5時間の長丁場になる。4日目と5日目が正念場ということになろう。
 むろん、日本の寺社巡礼のメッカである四国を制した人にしてみれば、5時間の歩行など「鼻先でフン」ってところだろう。高知では札所間3日ってところがあるようだから。

 秩父札所めぐりに関しては「秩父札所連合会」「秩父札所観音霊場パワースポットを巡る」のホームページが詳しくて役に立つ。

秩父巡礼図
秩父札所連合会作成のマップ


秩父巡礼1日目 031
ちちぶテクテク坊や(ソルティ命名)


●挙行日  2018年4月22日(日)
●天気   晴れ(最高気温28度)
●行程
07:50  秩父鉄道・和銅黒谷駅出発
08:30  第1番・四萬部寺
        お仕度
09:00  同寺発
09:40  第2番・真福寺
10:20  光明寺(第2番納経所)
10:45  第3番・常泉寺
11:10  第4番・金昌寺
12:00  第5番・語歌堂
12:10  長興寺(第5番納経所)
13:10  第7番・法長寺
        昼食休憩
13:50  同寺発
14:10  第6番・卜雲寺
14:45  第8番・西善寺
15:25  第9番・明智寺
16:10  第10番・大慈寺
16:30  第11番・常楽寺
17:10  西武鉄道・西武秩父駅着
●所要時間  9時間20分(歩行時間6時間+休憩時間3時間20分)
       ・・・休憩時間には昼食休憩および各寺での滞在時間(10~30分)を含む
●歩行距離  約22キロ(毎時3.7キロ)


 天気は上々。気持ちの良い出立である。

秩父巡礼1日目 001


 秩父巡礼1日目 002
秩父鉄道和銅黒谷駅
日本最初の流通貨幣「和銅開珎」で有名


 第1番へはいきなりバスで門前に乗りつける無粋な手段はとらず、最寄りの秩父鉄道和銅黒谷駅から江戸古来の巡礼路をたどる。
 国道140号に立てられた看板を目にすると、いやがおうでも気分が高まっていく。


秩父巡礼1日目 003

 
 約40分で第1番四萬部寺(しまぶじ)にぶじ到着。

秩父巡礼1日目 004


 まずは観音堂にお参り。 
 四国遍路同様、通常は般若心経を唱えるらしいのだが、テーラワーダ仏教を学んでいるソルティは、以下の読経をパーリ語で誦することにした。
① 礼拝
② 三帰依
③ 懺悔誓願の文(日本語)
諸仏の教え
慈悲の瞑想(日本語) 

 読経を終えたあとに納経所で御朱印をいただく。参詣した証である。

御朱印


 第1番にはいろいろな巡礼用品が揃っている。白衣、菅笠、金剛杖、数珠、日本手拭い、おいずる・・・。御朱印帳は必須アイテムであるが、それ以外は特に身につけなければならないものではない。普段着で全然かまわない。
 ソルティは巡礼気分を楽しみたいのと、巡礼者であることが一目で分かったほうが土地の人や巡礼仲間との会話のきっかけになるだろうと思って、それなりの支度を整えた。
● 白衣のかわりの白ツナギ・・・綿100をネットで購入
● 輪袈裟(わげさ)・・・首にかけて簡易の袈裟とする
● 竹笠・・・菅笠より安い、が重い
● 数珠 

 結構カタチから入るほうです、ワタシ(笑)

巡礼三点セット
竹笠、輪袈裟、御朱印帳の3点セット(計4千円)


 さすがに休日の第1番だけあって次から次へと参詣者が訪れる。高齢社会のあおりもあって寺社巡礼が昨今盛んなのだろう。このさき同行者には事欠かないなと思っていたら、第2番へ行く途上に誰も見当たらず。高齢社会のあおりもあって、みな車移動なのであった。


秩父巡礼1日目 005
巡礼路を示す標識
これにずいぶん助けられる


 第2番真福寺は山の中にある。第1番からはゆるやかな登りが続く。杉木立の中を歩くので気持ちは良いけれど、なかなか息が切れる。「秩父を甘く見るなよ」という最初の洗礼のよう。
 樹々に囲まれた無人のお堂は涼やかな風が通り、清々する。ウグイスやコジュケイの鳴き声に耳を傾ければ、都心の喧騒や慌ただしさが悪夢のよう。

 来てよかった


秩父巡礼1日目 006
第2番納経所
ここで寺社名や日付を墨書し御朱印を押してもらう


 御朱印は山を下りたところにある別当寺でいただく。納経所の前で寺の子供たち(おそらく)が大きなプラスチックのたらいに放した2羽のアヒルと遊んでいた。懐かしい光景に思わず立ち止まる。近所の農家で飼っていたアヒルと遊んだ子供の頃を思い出した。


秩父巡礼1日目 007
道しるべ石
こんなのがあちこちにあって信仰の歴史を感じさせる


 第3番常泉寺はのどかな田園風景の中にある。
 
秩父巡礼1日目 008
第3番常泉寺

 札所の観音堂には寺の縁起を伝える大きな額絵のかかっているところが多い。極彩色の錦絵のようである。

秩父巡礼1日目 009
 第3番の額絵
曰く「本尊観世音像は行基の彫刻と伝えられ・・・」


秩父巡礼1日目 010
境内から見た景色


 1番から10番までは、横瀬川の両岸に点々と、川を遡るような配列で連なっている。行く先にデンと聳えるは秩父の名峰武甲山である。


秩父巡礼1日目 011
横瀬川にかかる橋


秩父巡礼1日目 015
陽炎のように霞む武甲山


 山門の両側に飾られた大きなわらじが特徴的な第4番金昌寺
 「参詣者の足腰がいつまでも丈夫なように」という願いを込めて土地の人たちが作っているそうだ。 
 わらじのほかにも、本尊の十一面観音立像、数千の素朴な石仏、和風ピエタ(by ミケランジェロ)とでも称したい子育て観音像が有名である。境内は昼食をとる団体客らで賑わっていた。



秩父巡礼1日目 012
第4番金昌寺


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子育て観音像


秩父巡礼1日目 014


 石仏に囲まれて昼食をとっている団体バスツアーの初老の男に声かけられた。

「全部歩いて回るんですか?」
「ええ」
「お経も上げるんですか?」
「ええ」
「そりゃあ、いいことだ。きっと良い功徳がありますよ」
「ありがとうございます」

 そう言って別れたが、すでに功徳は十分いただいていることにすぐ気づいた。
 こうやって自分の足で100キロ歩いて回れる環境にあるということが最大の功徳なのである。健康と、それなりの経済的および時間的余裕と、このようなことをしようと思い立つ(発心する)縁がなければ到底叶わない行為である。国土に平和と自由がなければできないことである。
 ソルティはそもそも特段願いごとがあって回っているのでも、懺悔のために回っているのでもない。なんとなく呼ばれた気がして始めたことであった。
 だが、「今ここにこうしてある」ことに感謝しながら回ることにしようと思った。



秩父巡礼1日目 017


 第5番語歌堂もまた無人である。風通しのいい広々した田園の中にあって小休止にあつらえ向き。ここは聖徳太子にまつわる伝承がある。


秩父巡礼1日目 016


 納経所は少し離れた長興寺にある。
 納経時間はどこも原則午前8時から午後5時まで、12時から12時半が昼休みになっている。
 12時過ぎに到着したので、境内の日陰に座って休息。ここまでの歩行で固くなった足をもみほぐす。後日の筋肉痛を防止するコツである。

 ここで順序を入れ替えて6番より先に7番に行く。道順だとそのほうがスムーズなのである。


秩父巡礼1日目 018
まさに「武甲山ストリート」

秩父巡礼1日目 019


秩父巡礼1日目 020


 徐々に迫ってくる武甲山。石灰石の発掘で無残な山肌をさらしているが、ピラミダルな山容はあくまでも雄々しい。
 左手には横瀬川の源流のある二子山もくっきりと望める。このあたりは歩いてとても気分がいい。


秩父巡礼1日目 021
カワセミが教える道順

 
 第7番法長寺の本堂(牛伏堂)は34ヵ所随一の大きさで、平賀源内の原図を基に設計したと言われている。源内先生のマルチな才能に脱帽。そういえば、ほんのちょっと前に台東区橋場にある平賀源内の墓を詣でたところであった。やっぱり呼ばれたのかな。


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第7番法長寺


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名前のとおり牛が伏せている


PB040315
台東区橋場にある墓所

PB040313
背後にあるのは源内に仕えた従僕福助(おそらくは恋男)の墓


 境内は広々して、眺めも良く、居心地よい。
 ここで昼食にする。

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 第6番卜雲寺に向かう途中で、やっと二組の徒歩巡礼派に会った。おばさん二人組(60代?)と青年二人組(20代?)である。前者はふうふう言いながらチンタラ歩いていた。後者は颯爽とサクサク歩いていた。ソルティは、おばさん組を追い越して、青年組に追い抜かれた。
 言うまでもなく、巡礼は速さや歩行距離を競うものではない。道中を楽しむことが一番である。景色や花や鳥の鳴き声や人々との出会い、土地の伝承や信仰や名物を味わうのが大切である。そして、長い一本道をとぼとぼ歩きながら、自らの心を見つめるのも一人旅ならではの特権である。


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卜雲寺の額絵


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高く泳ぐや こいのぼり


 西武鉄道のガードをくぐって、いよいよ武甲山が近づく。
 奥多摩・奥武蔵の有名どころの山はほとんど踏破したソルティだが、武甲山は未踏。無事満願したあかつきに登ることにしよう。


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秩父巡礼1日目 029
武甲山御嶽神社(里宮)


 第8番西善寺は臨済宗のお寺らしい静謐な落ち着きに包まれていた。なにより目を惹くのは境内にそびえるコミネモミジの巨木。幹周り2.9メートル、樹高9メートル、樹齢600年の長老である。秋にはすばらしい紅葉が見られることだろう。

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秩父巡礼1日目 032



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 さすがに足が疲れてきた。明日の仕事に障るのではないかと気になりつつも前に進むしかない。なんだか次の札所に引っ張られるように足が運ばれる。


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9番へ向かう途上 
振り返れば西武鉄道の走る里山風景


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 第9番明智寺
の真ん前に三菱セメントの工場がある。秩父と言えばセメントだが、江戸時代の巡礼者には想像もつかなかった景色だろう。
 ここは安産子育ての観音として、各地から女性の参詣者が訪れるという。

 10番へは住宅地を抜けていく。道標やネギ畑や地蔵さんがローカルカラーを映し出す。



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 第10番大慈寺は最近つとに有名になった。
 秩父を舞台にした青春アニメ『心が叫びたがってるんだ。』の舞台となったからである。休日にはアニメファンが「聖地巡礼」にやって来るらしく、境内に置かれた大学ノートには訪れたファンらの青いメッセージがあふれていた。なるほど、参詣を終えて山門を出ると、寺社詣でにはフィットしない風情の青年らが門前でカメラを構えていた。


秩父巡礼1日目 041


秩父巡礼1日目 040



 本日最後の第11番常楽寺
 16時半到着。日もすっかり傾いている。
 団体客が参拝をすましたばかりで、納経所ではツアーガイドらしい女性がまとめて何やら処理を頼んでいる様子。夕刻迫る賑やかな秩父市街を眺めながら、座ってしばらく順番を待つ。
 ここから見る夕焼けはさぞ美しいことだろう。


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秩父巡礼1日目 044


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 今回の行程は、出発点の和銅黒谷駅から第3番までは札所間それぞれ40分以上かかり山越えもあって長く感じた。「この調子でいくと今日中に11番までは無理かもしれない。9番まで行けば恩の字かな」と思った。
 が、3番からあとは寺社間が短く、平地であることもあって、「疲れた」と思う前に次の札所に到着している感じであった。
 特に時間に追われ速足で歩くこともなく、途中でダウンすることもなかった。

 巡礼姿であることも手伝ってか、すれ違う地元の人々から挨拶をもらった。子供から老人まで、それが当たり前のようであった。中には、「えっ!こんなヤンキーっぽい少年まで!」とビックリするようなときもあった。四国で聞くような「おせったい」はさすがになかったけれど、巡礼が地域に根付いている様子がうかがえた。


秩父巡礼1日目 042


 西武秩父駅は、駅に隣接していた食事処兼みやげ物売り場である仲見世通りを大々的に改装し、こじゃれたショッピングモールに、その並びに祭りの湯という温泉施設を昨年オープンした。そのせいか、これまで見たことのないほどの賑わいであった。GWはさぞかしすごいことだろう。
 祭りの湯デビューして初日の無事完遂を祝った。


秩父巡礼1日目 046




第2日につづく。
  
 

● 秩父34ヵ所札所めぐり 第2日(12番から23番)

 第1日を終えてからというもの、早くまた秩父に行きたくて仕方なかった。
 毎晩のように巡礼マップや各札所の案内を読んで心を秩父に飛ばしていた。秩父が舞台のアニメ映画『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』と『心が叫びたがってるんだ。』を視聴した。
 すっかり秩父と巡礼の魅力にとりつかれてしまった。


秩父札所めぐり2日 049
いらっしゃ~い!(三枝ふうに)


●挙行日  2018年5月10日(木)
●天気   くもり時々雨、のち晴れ
●行程
07:30  西武鉄道・西武秩父駅出発
07:50  第12番・野坂寺
08:30  第13番・慈眼寺
08:45  今宮神社
09:00  第14番・今宮坊
09:20  第15番・少林寺
09:40  秩父神社
10:15  ファミリーマート
        休憩(25分)
10:50  第16番・西光寺
11:20  第17番・定林寺
11:50  第18番・神門寺
        休憩(25分)
12:35  第19番・龍石寺
12:55  秩父橋
13:10  第20番・岩之上堂
        昼食休憩(50分)
14:15  第21番・観音寺
14:40  第22番・童子寺
15:20  第23番・音楽寺
16:30  佐久良橋
17:00  西武秩父駅着
●所要時間  9時間30分(歩行時間4時間40分+休憩時間4時間50分)
       ・・・休憩時間には昼食休憩および各寺での滞在時間(10~40分)を含む
●歩行距離  約17キロ(毎時約3.6キロ)


 当初の計画では第25番久昌寺まで打って、秩父鉄道影森駅より帰途につく予定であった。が、途中で無理と判断し、第23番で切り上げて出発点の西武秩父駅に戻った。
 思った以上に各寺社での滞在時間が伸びたことが理由の一つ。面白い、気持ちいい、見所あるお寺がたくさんあって、御朱印だけもらって「はい、さよなら」というのはあまりにもったいなかった。
 いま一つの理由は天候である。予報では「曇りのち晴れ」だったのだが、澄み切った青空を覗かせながらも重い黒雲の塊りが次々とやって来ては流れ去り、「晴れたり曇ったり降ったり」の繰り返し、ところどころ雨宿りしたからである。
 ちなみに、札所でお経をあげ御朱印をもらうことを「打つ」と言う。


秩父札所めぐり2日 068



 早朝、西武秩父駅に到着。
 土砂降りの中をサラリーマンや高校生が飛び込むように駅構内に入ってくる。待合室で身支度を整え、慈悲の瞑想を行っているうちに小降りになった。リュックをビニール袋でおおい、竹笠をかぶり、いざ出発。


秩父札所めぐり2日 001


 第12番野坂寺は芝桜で有名な羊山公園の丘陵を背に、街はずれの緑濃い静かな一角に立つ。雨に洗われた樹々が美しく、心が清められる気がする。巡礼のスタートを切るには最高の札所である。山門では当地で昔活躍した伝説の牛が見送ってくれた。

秩父札所めぐり2日 002


 雨上がりの道を西武秩父駅までいったん戻る。御花畑駅を右手に見ながら秩父鉄道の踏切を渡ると第13番慈眼寺はもう目の前。34の札所中、一番の繁華街にある。
 と言ってもそこは秩父。境内は夏休み早朝に近所の人が集まってラジオ体操するのに恰好の雰囲気である。ここは以前参拝した。

秩父札所めぐり2日 003


 第14番今宮坊に行く途中に今宮神社がある。明治初年の神仏分離令の前は、この神社と今宮坊の観音堂を合わせて八大権現社といったそうである。現在は両者間に住宅が立ち並んでいるが、もとはとても広い社地を誇っていたのである。神社は本殿を再建中で仮の参拝所が設けてあった。その横の大ケヤキのド迫力。
 パワ―スポット認定!

秩父札所めぐり2日 005


秩父札所めぐり2日 004
樹齢1000年を越えるという 幹の周囲は約7.9m


秩父札所めぐり2日 006
今宮坊


 第15番少林寺に行く道は秩父市内で最も賑やかな界隈で、車や人の往来が盛ん。一歩路地に入るとローカル色の濃い面白そうなお店、美味しそうなお店が並んでいる。そちらに気を取られているとつい見落としてしまいそうな路地の奥の、秩父鉄道の小さな踏切りを超えた向こうに、少林寺が奥ゆかしくたたずんでいる。

秩父札所めぐり2日 007
モダンなような、なつかしいような


秩父札所めぐり2日 011
秩父鉄道踏切(本日幾度も超えることになる)


秩父札所めぐり2日 010


 ここは秩父事件と関連の深いお寺である。
 秩父事件とはなにか。

 1884年埼玉県秩父郡で起った自由党員と農民の蜂起事件。いわゆる自由民権運動における激化諸事件の一つ。当時,松方デフレ政策の影響を受けて養蚕,製糸業を主業とする多摩,秩父地方の農家の大半は窮境に陥り,高利貸からの借金に頼らざるをえなくなった。
 このため,井上伝蔵ら秩父の指導者は警察や高利貸に対して請願を続けていたが,84年2月,大井憲太郎の秩父遊説を機に自由党に入党。そして,同8月秩父困民党を結成し,同郡大宮郷の顔役であった田代栄助を総裁とした。
 彼らは運動の目標を,借金の 10年据置き,40年賦返済,校費雑収税,村費の減免などにおき,陳情,請願を続けた。しかし,10月井上ら指導者たちは合法運動に限界を感じ,武力による目的実現へと準備を開始するにいたった。
 11月1日同郡下吉田村椋神社に数千名の武装農民が結集,翌2日大宮郷を占拠した。暴動発生を知った埼玉県当局は憲兵隊派遣を要請,3日憲兵隊が出動したが,農民軍に敗れ退却。4~5日東京鎮台兵2個大隊が出動するに及んで,同5日農民軍は制圧された。
 事件後,田代ら7名の死刑を含め,有罪 3386名が確定した。
(出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典)

 上記に大宮郷とあるのが、現在の秩父市である。
 思うに、秩父という土地柄、地域性、気風をうかがうには、この秩父事件を抑えておく必要があるのではないか。古来ヤマトタケル(三峰神社)や平将門(城峯神社)を英雄視する土地の人の心性も重ね合わせて、お遍路の先輩である四国と同じような反官意識、反骨精神が根付いているのではなかろうか。
 少林寺にはこのとき出動した官軍側の殉職警官2名の墓(下写真)がある。いまや解読不能の碑文は時の内閣総理大臣山形有朋が書いたものである。


秩父札所めぐり2日 009


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少林寺境内より武甲山をのぞむ


 秩父鉄道を渡り返した目と鼻の先に、ご鎮座2100年と言われるちちぶ国の総鎮守・秩父神社がある。ご祭神は次の四神。
  • 八意思兼命(やごころおもいかねのみこと)・・・・天岩戸にこもった天照大御神を外に引っ張り出す知恵を考え出した神
  • 知知夫彦命(ちちぶひこのみこと)・・・・ちちぶ国の初代国造
  • 天之御中主神(あめのみなかねのみこと)・・・・この世に最初に現れた神 
  • 秩父宮雍仁親王(ちちぶのみややすひとしんのう)・・・・昭和天皇の弟。登山やスポーツを愛好した。
 広い境内は凛と清らかな空気に包まれて、まぎれもないパワースポット。やはり、寺より神社のほうが一般に‘気’は高いようである。
 本殿の周囲には左甚五郎作と言われる虎や龍の彫刻が見られる。


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日光東照宮とは逆に「よく見・よく聞き・よく話す」のお元気三猿


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左甚五郎作:つなぎの龍


 境内にいる間に雲間より陽が差してきた。喜んだのも束の間、国道沿いのファミリーマートでコーヒーブレイクしていたら、いきなり土砂降りに。店内の喫茶スペースから窓越しに見上げる空にはどす黒い雲が・・・。 
 傘を買うかどうか迷っていたら、やがて雲は通り抜けて雨はやんだ。タイミング良き雨宿り。


秩父札所めぐり2日 016


 国道を渡り住宅街に入る。入り組んだ路地に道標を探しつつ、第16番西光寺(さいこうじ)に向かう。分岐に立つ井上工務店の道標がありがたい。


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 西光寺は南国のお寺といった風情。豊かな緑の中に茅葺き屋根の酒樽が置かれているためであろうか。この酒樽の中には商売繁盛の大黒天が祀られていて、様々な企業の名刺が散らばっていた。
 真言宗豊山派のここには四国八十八ヶ所の本尊が祀られた回廊がある。黄金の仏像が居並ぶ回廊は神秘的。 

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 道中も面白い。
 ユニークなお店や家屋、植物などを見かけると、思わず立ち止まってデジカメに手が伸びてしまう。


秩父札所めぐり2日 022
ベタな店名
おそらく店主はオペラ好き?


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便所たわしの木(ソルティ命名)

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 第17番定林寺(じょうりんじ)は『あの花』のメッカ(聖地)である。幼いメンマやアナルやジンタンやポッポがかくれんぼうした舞台である。
 鎮守の森に囲まれたひっそりと目立たぬ境内は、ソルティが子供の頃遊んだ近所の神社を髣髴とさせ、懐かしさを覚えた。
 納経所では『あの花』の登場人物を描いた絵馬が売られており(一枚800円)、今もアニメファンが訪れているのが知られる。寺の関係者や近所に住む者にしてみれば、降って湧いたようなブレイクであろう。

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秩父札所めぐり2日 026


秩父札所めぐり2日 027


 すっかり晴れて、汗ばんできた。
 第18番神門寺(ごうどじ)は、東に進んで秩父鉄道を渡り(本日4度目)、国道140号にぶつかったら左折する。前回最初に和銅黒谷駅から歩いたのが、この国道であった。すいぶん前のことのような気がする。
 ふと気づくと12時前である。納経所は正午より12時半まで休憩に入る。間に合わなかったら第18番で30分以上の足止めになる。
 「12時までに打たなければ・・・」
 急ぎ足になる。
 無事5分前に到着し、読経を後回しにしてまず納経所に飛び込み御朱印をもらう。
 間に合った

秩父札所めぐり2日 030


 境内からは国道の車の往来が見え、喧騒の中にある。
 にしては、落ち着く。
 お堂の前に参詣者が休憩できる東屋があり、暑さや寒さをしのいで腰を下ろし、一服することができる。今も初老の巡礼者がくつろいでいるのが見える。
 読経を終え、東屋に入って持参したスポーツドリンクを飲み、今後の計画を練る。正午までに第19番まで打って秩父橋を渡っておきたかったのであるが、すでに1時間近い遅れが生じている。これから速足で取り戻そうか?
 ちょっと迷った挙句、決心した。
「予定は捨てる。のんびり楽しみながら行けるところまで行こう」
 いまさっき第18番からの道を急ぎ足で脇目もふらずに来たことを後悔した。途中、気になる大師堂が目の隅に見えたのに、無視して通り過ぎてしまった。
 巡礼はスタンプラリーではない。オリエンテーリングでもない。競歩大会でもない。
 「いまここにある」ために歩く。気づきをもって歩くのだ。
 そう悟った瞬間、目の前のテ-ブルに活けられた紫色の花に気がついた。檀家の手によるものだろう。参詣者が心地よく過ごせるよう、無事満願できるよう、心を込めて活けてくれたのだろう。このお寺の落ち着いた雰囲気の秘密はきっとここにある。その花の名前を僕はまだ知らない。


秩父札所めぐり2日 029
第18番神門寺の休憩所


 気分新たに国道に戻る。しばらくして国道を離れ、5度目の秩父鉄道越え。道は荒川に向かってじょじょに下っていく。

 第19番龍石寺は、巨大な水成岩の岩盤上にある。空も境内も広く、解放感がある。
 ここは、閻魔大王や三途の川の脱衣婆が祀ってあったり、茶筅塚があったり、プラスチックの赤ちゃん人形が飾られていたり、ちょっと風変わりな印象。
 茶筅塚は初めて見た。納経所で聞くと、地元に有名なお茶の先生がいた関係らしい。


秩父札所めぐり2日 034


秩父札所めぐり2日 032
閻魔大王

秩父札所めぐり2日 031
茶筅塚

秩父札所めぐり2日 035


 龍石寺のよって建つ岩盤を見上げるように回り込み、くねくね道をたどっていくと、不意に秩父橋が出現する。
 荒川だ。
 橋の上から見る景色は疲れを忘れさせる爽快さ。


秩父札所めぐり2日 036


秩父札所めぐり2日 038


秩父札所めぐり2日 037
 

 第20番岩之上堂はその名のとおり荒川沿岸の崖の上にある。この秩父橋から20番、そして21番へと続く道が、今回一番の快適ポイントであった。いにしえの旅人も同じような風景に心を休ませたのだろうと思われる。

秩父札所めぐり2日 039


秩父札所めぐり2日 040


秩父札所めぐり2日 045


 岩之上堂はまるでジャングルか熱帯植物園のような生き生きした緑に包まれて、異次元ポケットにでも入り込んだような気分になる。生命力あふれるお寺である。

 
秩父札所めぐり2日 043


秩父札所めぐり2日 041
お堂の中に吊るされた布製のお守り 「お猿さん」という

 居心地よさそうな東屋があったので、笠を脱いでここで昼食とする。
 メニューは山歩きの定番。
 おにぎり2個、イワシのかば焼き(缶詰)、枝豆、ゆで卵、お茶。


秩父札所めぐり2日 044


秩父札所めぐり2日 042
蓮池にウグイスという不思議な取り合わせ


 なんたることか。
 食べ始めて5分したら猛烈な雨が降ってきた。屋根を打つ音からするにヒョウも混じっているらしい。さっきまで晴れていたのに????
 もっと驚いたことに、食べ終わって足揉みして、「そろそろ行くべ」と腰を上げると、つと雨が上がった。慈悲の瞑想の効用であろう。

 ここからは県道72号を武甲山を左前方に眺めながら歩く。
 第21番観音堂では入口に並ぶ赤い胸かけした六地蔵が、一家の主人を見送るイギリスの従僕たちのようである――なんて罰当たりな・・・。
 
秩父札所めぐり2日 048


秩父札所めぐり2日 047


秩父札所めぐり2日 046


 第22番童子堂もまた面白い。
 茅葺き屋根の山門のたたずまいはキノコのよう。近寄って柱を覗いて思わずにんまり。怖い顔した仁王様が左右に侍しているかと思えば、さくらももこの漫画の登場人物を思わせる剽軽な風貌の仁王様。



秩父札所めぐり2日 050


秩父札所めぐり2日 051
阿形

秩父札所めぐり2日 053
吽形


 開山は遍照僧正(816‐890)と言う。百人一首の「天つ風 雲の通ひ路 吹きとぢよ をとめの姿 しばしとどめむ」の作者である。桓武天皇の孫とも言われる高貴な方が本当にこんな秩父くんだりまで来たのだろうか? ありえない。
 伝承によると、915年に一帯で天然痘が流行し沢山の子供が亡くなった。観音堂から湧き出た清水を薬にすると、病はたちどころに治った。その後、子供を病から救う観世音信仰が広まり「童子堂」の名がついたそうだ。
 真偽はともあれ、古来より貞子まで、天然痘ほど恐れられた病はなかった。


秩父札所めぐり2日 052
第22番額絵


 このあたりから、荒川にかかる秩父公園橋のアーティスティックな巨大な山型の橋梁が目立つ。手前にある橋が大きく眼に映る関係で、武甲山とほぼ同じ大きさに見える。まるで双子山のよう。と思っていたら、歩いているうちに角度が変わって、二つの山が一つに重なった。そのように計算されて設計されたに違いない。


秩父札所めぐり2日 054


 第23番音楽寺は秩父ミューズパークに続く丘の上にある。傾斜はなだらかだが、一日歩いてきた身には結構こたえる登り道。ここを最後に打って一日を終えるのが正解かもしれない。
 音楽堂という風雅な名前のためか、ゲンをかついだ音楽関係者がヒット祈願に訪れている。観音堂の脇には歌手のポスターやコンサートのチラシが一面貼られていた。知っている歌手はいなかった。


秩父札所めぐり2日 067


秩父札所めぐり2日 061


秩父札所めぐり2日 055


 楽しそうなミーハー系のお寺と思っていたら大間違い。ここは第15番少林寺同様、秩父事件にゆかりの深い史跡でもある。
 上記の「秩父事件」説明文の中にあるように、数千名の武装農民が下吉田村椋神社に結集したあと、襲撃開始の出発点としたのがこの音楽堂なのである。秩父の町全体を見下ろす地点にあるので、状況を伺うのにも士気を高めるのにも都合よかったのであろう。

秩父札所めぐり2日 057
「われら秩父困民党 暴徒と呼ばれ暴動といわれることを拒否しない」


秩父札所めぐり2日 056
この鐘の乱打を合図に秩父市内に突入した


秩父札所めぐり2日 062



 お堂をさらに登ったところに、秩父札所の開設にかかわる13人の聖者の石仏が並んでいる。閻魔大王、具生神といった悪玉キャラ、花山法王、白河法皇といった煩悩まみれキャラが入っているのが面白い。

秩父札所めぐり2日 063


秩父札所めぐり2日 064


秩父札所めぐり2日 065

倶生神(くしょうじん、skt:Soha-deva)は、人の善悪を記録し死後に閻魔大王に報告するという二神のこと。倶生とは、倶生起(くしょうき)の略で、本来は生まれると同時に生起する煩悩を意味する。人が生まれると同時に生まれ、常にその人の両肩に在って、昼夜などの区別なく善悪の行動を記録して、その人の死後に閻魔大王へ報告する。(ウィキペディア「倶生神」)

 納経所で御朱印をもらい、そばにあったベンチで松風に吹かれる。五色の仏教旗がはためいて、パラパラと雨が落ちてきた。今日は座ると降る。

秩父札所めぐり2日 066


 第23番と第24番のほぼ中間地点に佐久良橋がある。この橋で荒川を渡って道なりにずっと進むと、第13番慈眼寺を脇に見て、秩父鉄道を超え(6度目)、西武秩父駅に戻れる。ちょうど良いゴールである。
 次回はこの佐久良橋からスタートすればよい。

秩父札所めぐり2日 069


秩父札所めぐり2日 070


秩父札所めぐり2日 071


 今回は平日を選んだせいか巡礼者は少なく、とくに徒歩組は4~5人しか出会わなかった。朝方の天候が悪かったためもあろうか。
 秩父の街中から始まり、じょじょに郊外に出て、荒川を渡って里山を歩くコースだった。ちょうど一日目と逆の展開である。街中も面白いけれど、やはり気持ちいいのは野道や山道。次回からだんだんと道は険しさを増していき、幽谷の風情が漂ってくるはず。楽しみだ。


秩父札所めぐり2日 073
西武秩父駅跨線橋から本日歩いたあたりを望む


 帰りは西武秩父線・横瀬駅で途中下車して、徒歩10分の武甲温泉に浸かる。傍らを流れる横瀬川には200匹を超えるこいのぼりが風に泳いでいた。


秩父札所めぐり2日 060


秩父札所めぐり2日 059



第3日に続く。

 

● 秩父34ヵ所札所めぐり 第3日(24番から30番)

 第3日は山歩きも含めての長丁場なので、翌日も休みの土曜日を選んだ。
 体力の低下よりむしろ体力の回復が課題の今日この頃である。あとあとの事を考えて慎重になってしまうのは寄る年波。若い時はあとの事など考えなくてよかった。人間の性質というのは体力に規定されるところ大きいとつくづく思う。

 舞台はいよいよ秩父の街を離れ、山裾から山間へと分け入っていく。そのわかりやすい徴しが第28番橋立寺にある鍾乳洞。石灰岩でできている武甲山の西端にあり、酸化した雨水によって彫琢された大自然の芸術である。
 古来、巡礼者はこの荘厳を見て何を思ったのだろう?


鍾乳洞
注:これは橋立鍾乳洞ではありません


●挙行日  2018年5月26日(土)
●天気   晴れのち曇り
●行程
07:25  西武秩父駅よりタクシー乗車
07:35  佐久良橋
        歩行開始
07:50  第24番・法泉寺(滞在15分、以下同)
08:30  秩父十三仏霊場・向岳山宝林院(5)
08:50  第25番・久昌寺(25)
09:35  柳大橋
10:05  第26番・円融寺(15)
10:45  岩井堂(10)
11:10  護国観音
        昼食(30) 
12:00  第27・大渕寺(10)
12:15  第28番・橋立寺(45)
        鍾乳洞見物
13:35  第29番・長泉院(20)
15:40  秩父鉄道・白久駅(15)
16:20  第30番・法雲寺(30)
17:25  秩父鉄道・三峰口駅
        歩行終了 
●所要時間  9時間50分(歩行時間6時間10分+休憩時間3時間40分)
       ・・・休憩時間には昼食および各寺での滞在時間を含む
●歩行距離  約21キロ(毎時約3.5キロ)

 西武秩父駅よりタクシーに乗り、前回巡礼路を離れた地点である佐久良橋へ。ワンメーター。
 ここからしばらく荒川沿いの県道72号を行く。
 初夏の陽射しに武甲山が神々しい。

秩父札所めぐり3日 001


 右手に急な石段が現れた。
 第24番法泉寺である。
 登ったところでやおら振り向いた景色は一幅の絵のよう。


秩父札所めぐり3日 002



秩父札所めぐり3日 003



秩父札所めぐり3日 004
法泉寺観音堂
山門と本堂が一体になっている(江戸中期の建築)


 境内ではお寺の関係者が掃除をしていた。お寺を清めることから一日を始めるのはさぞ気持ちいいことだろう。
 面白い言い伝えがある。
 武州恋ヶ窪の遊女が口の中の痛みに悩んでこの観音に祈願したところ、修行者から爪楊枝をもらった。それで手入れしたら痛みがすっかり無くなった。以来、口腔の病に霊験ありと謳われるようになった。
 一昔前の恋ヶ窪と言えば、大岡昇平&溝口健二の『武蔵野夫人』に出てくる武蔵野の森と豊かな水流を想起する。現在は堂々の住宅地である。こんなところに遊女がいたのである。果たして遊郭があったのだろうか?


秩父札所めぐり3日 005


 調べてみると、鎌倉時代このかた恋ヶ窪は奥州方面から鎌倉・京都への交通の要衝で大きな宿場町だったそうである。となると、もちろん遊郭はあった。なんと源頼朝に仕えた秩父の武将畠山重忠と夙妻太夫(あさづまだゆう)の悲恋伝説が伝えられている。額絵の遊女は夙妻太夫その人か?
 『武蔵野夫人』もそうであるが、恋ヶ窪というロマンチックな名前が人をして恋愛モードに突入させるのであろうか。
 
 第25番久昌寺に向かう途中に秩父十三仏霊場と書かれた幟を見かけた。
 秩父には34ヵ所観音巡礼のほかに80年代に生まれた十三仏霊場(とみ参り)というのもある。その第4番が宝林院である。

秩父札所めぐり3日 006
宝林院普賢堂
 

 県道沿いに生い茂る木々の間より荒川にかかる朱色の巴川橋(ともえかわばし)を望む。秩父の町は橋がユニークである。

秩父札所めぐり3日 007
巴川とはこの付近を蛇行して流れる荒川の異名


秩父札所めぐり3日 008
振り向けば武甲山
水田に苗を植える男たち


 荒川を離れ、これまで左前方に仰いできた武甲山を背にする形で久昌寺に至る。
 観音堂の裏手に池があり、春は桜やカタクリ、夏は蓮、秋は曼殊沙華や紅葉、冬は雪景色と、四季折々の風情が水面に映えて、とても優美である。
 岩屋に棲んでいた鬼女の伝説に見るように、昔は里人が近寄らぬ地だったらしいが、いまでは四季折々に訪ねたい秩父の隠れた名所と言えよう。


秩父札所めぐり3日 009



秩父札所めぐり3日 010
観音堂の傍らに祀られている像。役行者? 脱衣婆?


秩父札所めぐり3日 011
弁天池の向こうに観音堂を望む


秩父札所めぐり3日 012
本堂を望む


秩父札所めぐり3日 013
凶暴な性格のため村人から疎まれ岩屋に隠れ住んだ鬼女
思うにある種の精神障害だったのではなかろうか


 ここからしばらくのどかな里の道を辿り、下って荒川を渡り、上って秩父鉄道を超え、武甲山の麓に至る。
 野原や民家の垣根に咲いた素朴な花々、犬を散歩させるおじさん、ゆったりした足取りで地区の公民館に向かう老人たち。田舎の休日らしい平和な光景である。今日はまだ二つの寺に参詣しただけであるが、心はすでに浄土にいるかのような夢見心地。何かが憑いているような、何かに歩かされているような、自分でない不思議な気持ちがする。
「そうか。これが人が巡礼にはまる理由なんだなあ」


秩父札所めぐり3日 014
荒川で渓流釣り


秩父札所めぐり3日 015
柳大橋
なるほど橋のたもとに柳の大木がある



秩父札所めぐり3日 016
秩父鉄道影森駅付近


 第26番円融寺で数名の男たちを見かけた。みな御朱印をもらっていた。
 スタンプラリーはどちらかと言えば男の道楽である。その昔、鉄道スタンプに凝っていた少年たちは長じて御朱印コレクターになるのかもしれない。(ソルティは乗り鉄であるが、スタンプには興味ない)
 御朱印は本堂でもらえる。が、お参りすべき観音堂は山の上。ここから山歩き。
 昭和電工の敷地内を通って、石段を登り琴平神社へ。その裏手から琴平ハイキングコースに入る。


秩父札所めぐり3日 017
第26番円融寺本堂


秩父札所めぐり3日 018
昭和電工秩父事業所
巡礼路が敷地内を通っており警備員が道を教えてくれる


秩父札所めぐり3日 019
琴平神社の境内にある土俵


秩父札所めぐり3日 020
琴平ハイキングコース


秩父札所めぐり3日 021
第26番観音堂(岩井堂)


 かつては山岳修行の地であった琴平ハイキングコースは、あなどることのできない鎖場や岩場もある。秩父観音巡礼の難所の一つと言える。ソルティは5年前に歩いている。

 護国観音の足元でランチタイム。
 眺望がすばらしい。
 ベンチに腰かけていると、1.5m離れたあたりを全長3センチはあろう熊ん蜂が一匹飛び回っている。場所を変えようかと思ったが、慈悲の瞑想の効用を信じてそのまま食べ続けていたら、蜂は1.5mまで接近すると八の字を描くように離れていくことを繰り返していた。


秩父札所めぐり3日 023



秩父札所めぐり3日 024
5年前と比べると格段ときれいになっている。
白く塗り直したようだ。


 第27大渕寺も2度目。たかだか5年前であるが、まさか巡礼で再訪することになるとは思わなかった。
 レンタサイクルで札所を巡っている男子学生のグループと出会った。自転車だと(ところどころ歩いて)3日で回れると言う。御朱印は受けていない。たしかに「御朱印料300円×寺数」は学生の懐には厳しいだろう。感心な学生だ。


秩父札所めぐり3日 025
第27番大淵寺月影堂


秩父札所めぐり3日 026
護国観音(左上)が邪気を払う


 秩父鉄道沿いの小道をしばらく歩く。
 浦山口駅より武甲山登山口に向かう途上に第28番橋立堂はある。
 12時を過ぎていたので、まず鍾乳洞見学。
 券売所のおばあちゃんに「竹笠とリュックサックをここに置いていきなさい」と言われる。
 「やれ助かる」と喜んだが、もっともな理由があった。
 洞窟の中は身の丈160センチのソルティが始終中腰で歩かなければならない天井の低さ、ほとんど腹這いになって潜らなければならない箇所もあった。竹笠やリュックを身につけてはとても進めない。


秩父札所めぐり3日 036



秩父札所めぐり3日 028



秩父札所めぐり3日 029
ここから入る。天然クーラーの爽やかな冷気。


秩父札所めぐり3日 031
この岩の中を登っていく(内部は撮影禁止)


秩父札所めぐり3日 030
ここから出る。10分間200円の胎内巡り。


 馬頭観音を祀った観音堂は、岩壁の足下にある。
 お堂に向かって左手に大きな岩があり、そのてっぺんに中年の男の像が彫り出してある。
「だれ?」
 御朱印をいただくときに納経所で聞いてみたら、なんと
「昭和天皇の弟の秩父宮殿下ですよ」
 そう。いまでは秩父宮雍仁親王は秩父の守護神の一人なのである。




秩父札所めぐり3日 034
第28番橋立堂


秩父札所めぐり3日 032
秩父宮雍仁親王


秩父札所めぐり3日 033
馬頭観音は交通の守り神


秩父札所めぐり3日 035
茶屋の前は置き物がにぎやか


 第29番長泉院まで約30分。
 途中、浦山口駅そばの高架近くに不動名水という湧き水があった。飲用できる湧き水が電車の走る住宅街にある。昔の「あたりまえ」が、今では貴重にして「ぜいたく」。


秩父札所めぐり3日 037


 浦山川を眼下に見下ろしながら、緩やかに登っていく。
 浦山川は荒川の支流であり、日本屈指の大ダムと言われる浦山ダム(堤高156.0m)を有している。24番から25番へ向かう道中でその姿は遠く山間に望めたが、間近に見ることになるとは思わなかった。

秩父札所めぐり3日 040
浦山ダム


 長泉院では貫禄あるしだれ桜の古老が迎えてくれる。開花の頃は圧巻のいで立ちだろう。
 境内は、しだれ桜、染井吉野、銀杏、椿、モミジ、ハナミズキ、百日紅(さるすべり)、竹、松、杉・・・・・と多彩な樹木が入り混じる中に、禅寺らしい枯山水の庭があって、とても落ち着ける。休日にこういう場所に来て、瞑想や思索や読書をしたり、弁当食って昼寝したり、友人と清談したりするのは気持ち良いことだろう。
 考えてみたらお寺というのは元来、住民誰にでも開かれたひろばなのである。墓参りや法事の時だけ行く場所となってしまったのが凋落の一因である。
 納経所では係の人が熱心に卒塔婆を書いていた。


秩父札所めぐり3日 041
入口のしだれ桜


秩父札所めぐり3日 044
どことなく中華風、なんとなく洋風な石札堂


秩父札所めぐり3日 042



秩父札所めぐり3日 043
分けのぼり 結ぶ笹の戸 おしひらき
仏を拝む 身こそたのもし 


 さて、いよいよ本日一番にして、これまでの三日間で一番の長丁場。第30番法雲寺まで7.1㎞、約2時間を歩く。
 と言っても、30番直下の白久駅までほぼ秩父鉄道沿いの平坦な道なので、迷うことはあり得ないし、上手い具合に陽が陰っているので暑さでバテる心配もない。時間的にも十分余裕がある。
 何も考えないで周囲の光景を楽しみながらタラタラと歩く。


秩父札所めぐり3日 045
地域の人が用意してくれた休憩所
こういうのを見ると元気が出る


秩父札所めぐり3日 046



秩父札所めぐり3日 047
振り向けば武甲山が最後の挨拶している


秩父札所めぐり3日 048
国道140号より熊倉山1,427mを望む


 武州中川駅と武州日野駅の間で安谷川を渡る。これもまた荒川に注ぐ渓流である。
 安谷橋から延びる国道のはるか先に霞んで見えるのは、なつかしき四阿屋山ではなかろうか。
 次回5時間歩きの最中に山麓を通過する予定である。


秩父札所めぐり3日 049


 白久駅待合室で15分の休憩。昔ながらの駅舎が好ましい。
 ランドセルを背負った学校帰りの小学生女子が駅前のベンチで寄り道していた。声をかけようかと思ったが、怪しいおじさんと思われる昨今なので止めておいた。悲しいご時世かな。


秩父札所めぐり3日 050


 白久駅から30分弱の登りで法雲寺に到着。
 山間の静かなお寺で、空気が澄んでいる。早朝はさぞや素晴らしい霊気に満たされることだろう。
 ご本尊の如意輪観音は、クレオパトラ、小野小町と並ぶ絶世の美女たる楊貴妃にまつわる謂れがある。美しくなりたい女子は(男子も)即刻参るべし。



秩父札所めぐり3日 052
 


秩父札所めぐり3日 053



秩父札所めぐり3日 051



 本日の巡礼はこれにて終了。
 納経所のそばのベンチで瞑想していたら、お寺の人と話す男の声が耳に入った。
「今日は14番から走って来たんですよ」

 ええっ!

 14番今宮坊は秩父の街中にある。そこから順に回って来たなら距離にして31キロ以上ある。8時からスタートして約8時間。途中休憩や17の寺での滞在時間を入れたら移動時間は正味4時間ほどか。相当のペースで走ってきたはずだ。
 目を開けてみると、ソルティと同年代くらいのTシャツに短パン姿の男で、すっかり日に焼けた顔、アスリートらしい引き締まった体つきをしている。
 男の話は続く。
 「あと一日で満願する予定でいます」

 ひゅう、やるなあ~。

 速く巡ればいいというものではないけれど、全行程100キロをたった三日で走り抜く体力はうらやましい。

秩父札所めぐり3日 054
第30番納経所


 次回はいよいよ最終回。二日に分けて31番から34番の寺を回る予定である。
 秩父鉄道三峰口駅を次回の出発点とするべく、そこまで歩いておく。



秩父札所めぐり3日 055
薄暮の谷間に沈む白久駅


秩父札所めぐり3日 058
秩父鉄道三峰口駅


 今回の巡礼は札所七ヶ所のみで、そのぶん歩く時間が長かった。距離的には第1日とほぼ同じであるが、山歩きもあったので「ほんとによく歩いた」という気がした。
 ここまでずっと行く手に武甲山を見据えていたが、ついにここで文字通り(鍾乳洞という形で)懐に入り、そこから飛び出して武甲山を背にすることになった。次回からは秩父のもう一つの名峰両神山を迎えることになろう。

 一つ気づいたが、これほど秩父巡礼が心をくつろがせる理由の一つは、そこに見る風景が幼いころに遊んだ風景を思い起こさせるからである。80年代バブルはもちろん70年代日本列島改造計画以前の、60年代の郊外の風景である。
 青々した水田があり、草ぼうぼうの野原があり、コンクリで囲われてない池があり、砂利道があり、路傍に花が咲き乱れ、鎮守の森があり、素朴な顔つきの子供たちが恥ずかしそうに挨拶をくれ、荷を背負った老婆が道を歩き、古くからの信仰や伝説が息づいている。
 いつの間にやら40年以上前にタイムスリップして、過去の日本、過去の自分と出会うのである。
 それが鍾乳洞の胎内巡りさながら、生まれ変わったように心をサラにしてくれるのではあるまいか。



秩父札所めぐり3日 038
この道はいつか見た道



秩父札所めぐり3日 039



 6時間かけて歩いてきた道程を、秩父鉄道でわずか15分で出発点に戻った。




第4日に続く。












● カイコするすべもなく 本:『秩父巡礼ひとり旅』(福田常雄著)

1981年現代書林。

 著者は1917年岩手県生まれ。
 教職、岩手日報を経て、岩手放送代表取締役をつとめるも61歳で現役を退く。その後は、「来たるべき高齢社会において中高年層はどう生きるべきか」を命題とし、バンクーバーで一人暮らしをしたり、寺社巡礼したり、故郷盛岡のスケッチ画集を作ったり、中国の古典文学『菜根譚(さいこんたん)』を紐解いて本(『今だから読む菜根譚―強く淡然と生きる』PHP研究所)を書いてみたり・・・・・と、著者の言葉を借りれば、自らを対象として「生体実験」してきた。
 日本中が浮かれ騒いだ狂乱のバブル直前に、まだ十分活躍できるのに一線を退き、高齢社会の老いのあり方をいち早く模索した福田は、慧眼の士と言えるだろう。30年以上前に彼が投げかけた問いが、いまや日本中の中高年の命題となっているのである。
 生きていれば101歳だが・・・。

 福田が60代前半に行った秩父34ヵ所札所巡礼を綴ったのが本書である。近所の図書館のホームページの検索機能で見つけた。
 
 いま自分が歩いているのと同じ道を37年前に歩いた人の見聞録を読むのはなんとも面白い体験である。その記録が旅行案内書的なものでも寺院建築や仏像の解説書風なものでもなく、個人の実感を中心にした生き生きしたものであるならばとくに。そのうえ福田は写生の心得があり、道中出会った風景や事物を味のある巧みな筆さばきで描いている。それがデジカメ撮影の写真より、数段も風土や旅情を感じさせてくれる。
 37年前とは変わらぬ現在の秩父を確認したり、月日の流れに変貌を余儀なくされた在りし日の秩父を思い浮かべたり、まったく同じ道を歩いて同じものを目にしても歩く人が違えばまったく異なる見解を抱くことになるという当たり前の事実に思い至ったり、そもそも同じ道を歩いても人間が違えば見えるもの聞くものが違ってくる、つまり興味を惹かれる事物が異なることに納得したり。ソルティはいま秩父札所30番まで打ったところであるが、本書を読んでずいぶん「見落としたなあ~、気づかなかったなあ~」と思うところがあった。逆に、ソルティが惹かれて記事にした事柄で本書に触れられていないものもあるわけで、「旅とはあくまでオーダーメイドなのだ、いや人生そのものがオーダーメイドなのだ」と気恥ずかしくもベタな感慨に耽った。
 
 著者とソルティの共通した関心に秩父事件がある。
 やっぱり、この事件を語らずして秩父および秩父人を語ることはできないのだろう。

(平将門のエピソードが)今も地名や橋にその名をとどめているというのは、権力に対して抵抗した秩父事件のこの地方として、もっともなことかも知れない。秩父人に流れる血の潜流かも知れない。

 一方、37年間でずいぶん開発が進んでいるのも確か。
 ソルティが歩いた住宅地が当時は田畑や森林である。バブル直前・エコロジーブーム到来前ならではのイケイケ列島開発の模様が、粉塵を上げて国道を爆走するセメント会社のトラックの記述から浮かび上がる。著者が見学した札所15番と16番の間にあった製糸工場(秩父蚕糸会社)も今はない(平成8年操業停止)。著者が道中ところどころで目にしている養蚕農家の風景もソルティはまったく気づかなかった。カイコするすべもない。

蚕


 巡礼ブームの訪れる前だった当時、秩父を巡る人はそれほど多くなかったであろう。無住で荒れ果てたお堂(21番観音寺)の記述も見られる。また、徒歩巡礼者のための手ごろな地図もなかったようで30番以降の長距離で途方に暮れている著者の様子が今は昔である。現在は、秩父札所連合会作成のきめ細かいわかりやすい地図を各札所で無料でもらえるし、Googleマップも簡単に見られる。ソルティもここまでほとんど迷わなかった。


「なぜ巡礼しているのですか?」
 

 結願を目の前にした吉田町の食堂で、福田は隣に座った都心から来たセールスマン風の青年から問いかけられ、虚を突かれる。
 このくだりが本書の肝であろう。
 福田はこう記している。

 私ははじめから願いごとを胸に秘めて発ったのではなかった。須弥壇の秘仏の本尊を前にしてて、般若心経をあげる時も、あやかろうとする気持ちは何もない。
 しかし静寂な堂宇のしじまにひとり坐って、畳の感触を膚に覚える時、遠く過ぎ去った子供のころ、田舎のお寺で聞いた梵鐘が耳によみがえり、浮世の波で流失した魂が、再びわが胸に戻るのを知る。

 自分を見失って走り回った若さの傲りを、私は今こうした六十路の旅で、遅ればせながら反省している。
 しかし、若い者たちの時代には、その傲りも許されていいのではないか。だから私の心理過程はその青年には説明しないで別れた。


 残り2日(札所4つ)の遍路を前に、本書を読めたのはラッキーであった。





 

● 秩父34ヵ所札所巡り 第4日(31番)

気温30度を下回る曇天の2日間を利用して、一泊二日の巡礼を挙行した。
第3日から実に3カ月以上の間があいた。
今回(5日目)で結願の予定だったが、思った以上に随所で時間を取られ、残り一ヵ所34番水潜寺を次に回すことになった。
やはり、そう簡単に満願とはいかないようである。
(本心はもう一度秩父に行けて嬉しい)

秩父巡礼4~5日 074


●挙行日  2018年9月2日(日)
●天気   曇り時々雨(最高気温23度)
●行程
08:15 秩父鉄道・三峰口駅
       歩行開始
09:10 県道37号を秩父市から小鹿野町に入る
10:00 両神温泉薬師の湯
       休憩(15分)
11:30 たらちね観音
       休憩(15分)
12:00 観音茶屋
       昼食(30分)
12:40 第31番・観音院門前
13:00 観音堂着
       御朱印もらう
       院内散策
14:10 観音院門前発
16:00 十輪寺
       御朱印もらう 
16:15 須崎旅館着
       歩行終了  

●所要時間 8時間(歩行時間5時間40分+休憩時間2時間20分)
       ・・・休憩時間には各寺での滞在時間を含む
●歩行距離 約23キロ(毎時約4キロ)


7時20分、西武秩父駅到着。
駅前広場から仰ぎ見る武甲山はすっかり雲隠れ。
路面が濡れているのは、ついさっきまで雨が降っていたから。

秩父巡礼4~5日 004


御花畑駅で秩父鉄道に乗る待ち時間に、第13番慈眼寺に寄り、今回の遍路の無事を祈る。
気持ち的に観音に憑いてもらう。
これで同行二人なり。

秩父巡礼4~5日 005


秩父鉄道終点の三峰口駅。
ピラミッドのように幾何学的な御岳山(1,081m)に見送られ、いざ歩行開始!

秩父巡礼4~5日 006


白川橋で荒川を渡る。
ここ数日の豪雨で濁流轟々たる。

秩父巡礼4~5日 007


国道140号線から左に贄川宿(にえがわじゅく)に入る。
ここは案山子の里として最近注目されるようになった。
綿や布切れやペットボトルを利用して作った、ほぼ等身大の人形たちが旅人を迎えてくれる。
怖いものあり、可愛いものあり、滑稽なものあり。


秩父巡礼4~5日 008


秩父巡礼4~5日 009


秩父巡礼4~5日 010


県道37号線に入る。
ここから延々10キロほどの一本道である。
単調でつまらない山間のアスファルト道かと思っていたら、ところどころ集落があったり、庭先の花ゆかしげな民家があったり、犬の鳴き声けたたましいペットショップがあったり、見事なデザインの洋風建築があったり、楽しみには事欠かない。


秩父巡礼4~5日 011


秩父巡礼4~5日 012


秩父巡礼4~5日 014
秩父市から小鹿野町へ入る

秩父巡礼4~5日 017


秩父巡礼4~5日 018
近くに民家がないから、いくら吠えても大丈夫

秩父巡礼4~5日 020
採光、風通しの良い家の造り(兜造り)は
かつて養蚕をやっていたことを示す


秩父巡礼4~5日 021
秩父鹿鳴館? いやいや近藤酒店(いまも営業中)の建物
大正十三(1924)年築。現在はギャラリーとして開放し演奏会や展覧会を開催



時折ぱらつく小雨に濡れながらなおも進むと、左手に懐かしの四阿屋山が見えてきた。
一度登った山は、昔つき合った恋人のよう。
いや、一夜限りの添い寝の相手か。
ギャフン。

秩父巡礼4~5日 024


秩父巡礼4~5日 025
両神温泉薬師の湯

秩父巡礼4~5日 026
地場産の新鮮な野菜がいっぱい

秩父巡礼4~5日 027
法養寺薬師堂

秩父巡礼4~5日 028
両神神社
本社はもちろん両神山頂にある


このあたりは、2005年10月1日に小鹿野町と合併するまでは両神村と言った。
日本百名山の一つで、イザナギ、イザナミの開闢夫婦神を祀っていることからその名のついた両神山(1,723m)にもっとも近い村である。
秩父のどの山頂からも、神々の食卓のようなテーブル状の山容が一際高く目立つ、神秘の山である。
いつか登りたい。

両神山
蓑山から望む両神山


かつての両神村中心部に入り込む。


秩父巡礼4~5日 029
広大なグラウンド(土地があまっているなあ)


秩父巡礼4~5日 031
町役場両神庁舎(かつての村役場)

秩父巡礼4~5日 033
薄川の木橋
 時代劇にまんま使える渋さ

秩父巡礼4~5日 032


両神集落を離れ、山間を抜けると、国道299号線に出る。
しばらく、稲穂実るのどかな風景の中を進む。


秩父巡礼4~5日 034


秩父巡礼4~5日 036


秩父巡礼4~5日 083
行く手に観音山を希む


観音山に向かう谷沿いには、母子の幸せを見守るたらちね観音、水子地蔵寺など、親子の因縁まつわる信仰スポットが並ぶ。
軽い気持ちで素通りできる場所ではない。

秩父巡礼4~5日 038
たらちね観音
宗教法人光珠院により昭和43年開山

秩父巡礼4~5日 039
愛のむきだし』に出てきた満島ひかりのマリア姿に酷似
慈母というより鬼子母神のよう(産後ストレス?)


秩父巡礼4~5日 040
「たらちね」とは乳が豊かに垂れているさまを言う。
「母」につく枕詞である。


左手に民芸風の観音茶屋出現。
そういえば昼飯がまだであった。
ここいらで一服するか。

秩父巡礼4~5日 049


秩父巡礼4~5日 048
とろろそば

秩父巡礼4~5日 043
店内には古民家風の展示・休憩スペースがある

秩父巡礼4~5日 044
ところせましと並ぶ薬草酒

秩父巡礼4~5日 045
精のつくこと間違いなし!

秩父巡礼4~5日 046
地元の作家が造った人形たち


腹が落ち着いたところで出発。

道路両側の小高い丘の斜面いっぱいを覆い尽くす紅い花畑。
なにを栽培しているのだろう?

秩父巡礼4~5日 050


芝桜には遅すぎる。
彼岸花にはまだ早い。
まさかケシ?
そりゃ、ケシからん!


秩父巡礼4~5日 051


花と見えたのは、なんと水子地蔵の風車だった。
気づけば、若者から中高年までの夫婦姿がちらほら。
生まれる前に失くした子供のことだろうと、人はいつまでも忘れられないのだと実感。
それにしても、この数!!

秩父巡礼4~5日 052


その名も観音トンネルを抜けて、沢沿いの道をひたすら行くと、右手に小さい木橋と朱塗りの門が見えてくる。

秩父巡礼4~5日 082


秩父巡礼4~5日 081


秩父巡礼4~5日 056
第31番・鷲窟山観音院

秩父巡礼4~5日 057
一本石づくり・日本一の仁王尊像

秩父巡礼4~5日 079
このたくましい腕を見よ

秩父巡礼4~5日 058
明治元年完成(黒沢三重郎、藤森吉弥作)

秩父巡礼4~5日 078
この充実したふくらはぎの筋肉を見よ


ここから296段の石段を登る。
長距離歩行でくたびれた足にはしんどいかと思ったら、そうでもなかった。
石段は直線でなくて、つづれ折になっているので、傾斜はそれほどでもない。
階段の両脇には、句碑やユニークな表情の仏像が立ち並び、気がまぎれる。


秩父巡礼4~5日 077
登り口にある手の像の礎石には坂村真民「念ずれば花ひらく」の詩句が刻まれている


秩父巡礼4~5日 059


秩父巡礼4~5日 060


秩父巡礼4~5日 061


石段を登り終えると、まず目に入るは鐘楼である。
慈悲の瞑想を唱えて大きく一つ搗くと、山間に放たれうち沈む余韻嫋々たる響きと共に、心の中のざわめきも消えてゆく。

秩父巡礼4~5日 075


澄んだ心が向かうのは、大岩にすっぽり包まれた観音堂と、その隣りで激しく落下する世にも清浄なる滝。
間違いなく、滝と大岩との連合が、この地を聖地としたに違いない。
誰だって、自然のつくる驚異に瞠目せずにはいられまい。
ここに神社なり寺なりができるのは、必然である。

秩父巡礼4~5日 064
観音堂

秩父巡礼4~5日 062
その名も聖浄の滝(落差60m)
水のない時期もある

秩父巡礼4~5日 063


秩父巡礼4~5日 073
埼玉県指定史跡「鷲窟磨崖仏(しゅうくつまがいぶつ)」
一説では弘法大師の作とも


秩父巡礼4~5日 071
携帯電話大の仏さまが何十と立ち並ぶ

秩父巡礼4~5日 072


ご朱印をもらって、東奥の院に登る。
ここからは観音山の頂きはじめ周囲の山々が眺められる。
西奥の院は現在通行止め。
岸壁の洞窟に仏像が並んでいるのが対壁から伺える。
滝の前のベンチでしばし瞑想。

秩父巡礼4~5日 067
観音山頂き

秩父巡礼4~5日 068
東奥の院の祠

秩父巡礼4~5日 069
西奥の院の洞窟(崖の中腹あたり)

秩父巡礼4~5日 070


予定では、今日はこれ(31番)で終了である。
あとは小鹿野中心街に予約した旅館に行くだけ。
が、実はソルティ、もう一箇所、ご朱印をもらおうと決めていたお寺があった。
秩父札所34ヶ所以外のお寺である。
その名を十輪寺という。

明治維新の廃仏毀釈・神仏分離以前は、いま秩父神社のある場所が札所15番であり、その名を母巣山蔵福寺と言った。

 この廃仏騒ぎの時、住職は神官に転じ、仏号は広見寺に預け、本尊は同じ社地にあった宗蔵院の縁で、その本寺の小鹿野の十輪寺に十円で売り渡してしまったという。
 しかしその後観音信者たちが動き出して、当時の郡役所に霊場復活を願い出て、ようやく認められ蔵福寺と少林寺が合併する形になって、この札所(ソルティ注:15番)が復活したという。しかし本尊はあとで小鹿野に訪ねてみたら、今も十輪寺に安置されて、門前には「補陀場十五番」の石柱が立っていた。
 してみれば百年以上たっても十五番札所が二か所あるということか。どちらも認めれば三十五観音になって数がおかしくなる。(福田常雄著『秩父巡礼ひとり旅』、現代書林)


小鹿野の十輪寺には、なんと札所第15番にもともとあった本尊(十一面観世音)が祀ってあるのだ。
ここを参ってご朱印をもらってこそ、真に満願達成というべきだろう。
うまいことに、十輪寺は小鹿野の中心街、宿泊する宿の近くにある。
しからば、一路、宿へ。

秩父巡礼4~5日 085
吉田牧場

秩父巡礼4~5日 086


雨が降ってきた。
これまでなんとか雨具を使わずに歩いてこれたが、雨脚は強くなるばかり。
止む気配がない。
小鹿野中心街に入る前のバイパス沿いにあるLAWSONで、しばし雨宿り。
リュックから買ったばかりの紫色のポンチョを取り出す。
これ、尾瀬ハイキングの際に会津高原尾瀬口駅のみやげ物店で300円で購入したものである。
ついに出番が来た。
竹笠とポンチョでなんとかしのいで、宿まで頑張ろう。


秩父巡礼4~5日 089
十輪寺(第15番本尊安置所)

秩父巡礼4~5日 090


秩父巡礼4~5日 087


納経所の女性に聞くと、秩父巡礼する人でこの十輪寺にご朱印をもらいに来る人は年に数人だとか。
ソルティが知ったのは、まったく秩父巡礼の先輩福田常雄さんのおかげである。


少林寺御朱印
15番少林寺御朱印

十輪寺御朱印
もと15番「秩父神社&十輪寺(本尊所有)」の御朱印


時刻は16時を回った。
宿入りするには良い頃合である。
ポンチョバリア圏外にあった靴は、ぐっちょり濡れている。

本日の宿は、須崎旅館である。


秩父巡礼4~5日 095





● 秩父34ヵ所札所巡り 第5日(32、33番)


秩父巡礼4~5日 016
秩父と言えば、わらじカツ


須崎旅館は素晴しいもてなしの宿である。
チェックイン時、雨に濡れたポンチョと靴の扱いに手間取っていると、女将が「明日までに乾かしておきましょう」と引き取ってくれた。
館内は、木を基調としたアンティークな落ち着いたしつらいで、真綿色の照明が木目の美しさを引き立て、目にもやさしい。
生け花や休憩スペースのコーヒーサービスなど細かい配慮が行き届いている。


秩父巡礼4~5日 022
フロント

秩父巡礼4~5日 001
休憩&団欒スペース

秩父巡礼4~5日 002


秩父巡礼4~5日 019


秩父巡礼4~5日 094


案内された部屋はこぎれいな四畳半。
一泊の一人客には十分な広さである。
疲れて動きたくない体には、使いたい物にすぐ手が届く手狭さこそ好ましい。
部屋に入ってすぐ気づいたのは、お茶を使ったアロマテラピー。
狭山茶を焙じる香ばしく懐かしい香りが、身を清め、心を静める。


秩父巡礼4~5日 092


秩父巡礼4~5日 093


夕食は外で食べるつもりで頼んでいなかった。
秩父名物「わらじカツ」の元祖を名乗る店が近くにあるので、そこに行く予定であった。
が、小鹿野の夜は早い。
露天風呂に入って一休みしてから出かけると、18時前ですでに店じまい。
そこから、開いている店を探してずいぶん遠くまで放浪してしまった。
店を出たら20時、すでにあたりは深夜モード。
懐中電灯を持って出かけるべきであった。

朝食は7時から食堂でいただく。
滋養ある季節の野菜と虹マスの甘露煮にご飯がすすむ。


秩父巡礼4~5日 003


ゆっくりくつろいで、昨日の疲れは癒えた。
預けていたポンチョと靴を受け取って
さあ出発!

●挙行日  2018年9月3日(月)
●天気   曇り一時雨(最高気温25度)
●行程
08:00 須崎旅館出発
       歩行開始
08:20 須崎旅館再出発
08:45 大日峠入口
09:35 第32番・法性寺門前
10:00 お船岩頂上
       大日如来、お船観音参拝
       休憩(15分) 
11:00 法性寺門前発
13:00 第33番・菊水寺
       休憩(20分) 
14:20 椋神社
15:00 龍勢会館
       歩行終了
       昼食
17:28 西武秩父駅行きのバスに乗る 

●所要時間  7時間(歩行時間6時間+休憩時間1時間)
        ・・・休憩時間には各寺での滞在時間を含む
●歩行距離  約18キロ(毎時3キロ)


意気揚々と旅館を後にしたはいいが、10分ほど歩いたころで部屋に竹笠を忘れたことに気づく。
戻って20分のロス。
早く気づいて良かった。
大日峠入りしていたら諦めたことだろう。
その後も峠の入口を探して右往左往で10分のロス。

小鹿野町の素晴しい政治姿勢に賛同しつつ、やっと道標を見つける。
住宅地を抜けると、超えるべき山が見えてきた。


秩父巡礼4~5日 096


秩父巡礼4~5日 097


秩父巡礼4~5日 098
大日峠入口


しばらくは林道を進む。
小さな集落の道端に祀ってあった✕✕✕に拝んで、パワー注入を期す。


秩父巡礼4~5日 099
こんせい宮
金精大明神(こんせいだいみょうじん)は、男根の形をした御神体


秩父巡礼4~5日 100
山道入口


ちゃんとした山登りの装備が必要なレベルの本格的な山道である。
なんども沢を渡り返しながら、高度を上げていく。
息が切れる。

秩父巡礼4~5日 103


秩父巡礼4~5日 101


秩父巡礼4~5日 102


第32番法性寺に到着。
やった!
峠は越えたぞ!!

秩父巡礼4~5日 105


秩父巡礼4~5日 127


秩父巡礼4~5日 126
山門わきに置いてある杖を借りる
これがこの先、非常に役立つ


石段を登ったところに納経所がある。
が、参るべき観音堂はさらに先。
奥の院であるお船岩はさらにずっと先。
「上まで行ってきます」
納経所に竹笠とリュックを預かってもらう。


秩父巡礼4~5日 106
観音堂・奥の院へのアプローチ
おしゃれである



秩父巡礼4~5日 108
観音堂


秩父巡礼4~5日 124
身投げした美女を助けたイケメンはご本尊だった!


秩父巡礼4~5日 125
御詠歌「願はくは  般若の船に  のりを得ん いかなる罪も  浮かぶとぞきく」


ここからが本番であった。
さきほどの大日峠越えが小学校の遠足と思えるほどの恐怖の岩登りが待っていた。

法性寺のある般若山のてっぺんは、大きな船の形をした一枚岩でできている。
お船岩と呼ばれるゆえんだ。
観音堂から先は、垂直に近いこのお船岩を登っていくことになる。
岩に刻まれた足場と鎖だけが頼りである。


秩父巡礼4~5日 110
気になる崖の洞窟を覗けば

秩父巡礼4~5日 109
可愛らしい夫婦雛を祀った祠


秩父巡礼4~5日 111
岩肌に穿った石段を登れば


秩父巡礼4~5日 112
一寸先は奈落の底


秩父巡礼4~5日 113
さらに鎖を頼りに昇り詰めると


秩父巡礼4~5日 117
畳一帖ほどの岩のてっぺんに大日如来
冠が切れているのは、あと一歩下がると撮影者が墜落するため


秩父巡礼4~5日 116
大日如来の視点から見た景色(正面)


秩父巡礼4~5日 114
大日如来の視点から見た景色(右手)


秩父巡礼4~5日 115
大日如来の視点から見た景色(左手)


・・・・・・。

言葉を失うのは絶景のためか。
それとも高所恐怖症のためか。

これまでも絶景過ぎて怖い山頂はいくつも見てきた。
大月の稚児落とし
山梨の乾徳山
甲府の弥三郎岳
筑波の女体山
北杜市の瑞牆山

どれも山頂が岩壁の上にあり、足の置き場がすこぶる狭い上に、岩肌なので滑りやすい。
下を覗けば背筋が凍るような絶壁。
ふざけるのが好きな友人とは絶対に登りたくない面々である。

しかるにこの般若山。
これらの高所恐怖症キラーズを恥じ入らせるに十分なレベル。
全米パニック必死の絶叫ホラーアクメである。(注:アクメとは頂上のこと。なにか勘違いしないように)
しかも、さっきから雨が降り出して、「イナバウアーしろ」とばかりに岩がアイスリンク化している。
マジ、怖いっす・・・

ここは、ある程度山登り経験ある人じゃなければ、無理しない方がよいかもしれない。
岩のふもとにある観音堂でお参りすれば御朱印はもらえるのだから。

大日如来は船の艫(トモ=船尾)のほうにある。
そこから岩のへりをつたって、舳(ヘサキ=船首)に立つお船観音に向かう。

秩父巡礼4~5日 118
お船観音へ向かう道

秩父巡礼4~5日 119
お船観音

秩父巡礼4~5日 122
美しくたおやかな立ち姿
法隆寺の百済観音をモデルにしたんじゃなかろうか


秩父巡礼4~5日 120
船首に立つ(映画『タイタニック』を連想)


秩父巡礼4~5日 121
船の胴部分


納経所に戻って住職(?)に尋ねた。
「これまでに誤って頂上から落ちた人とかいないんですか?」
「いないねえ~」

調べてみると、江戸時代に参詣した人が岩船から墜落した事故が2例あるらしい。
が、二人ともケガがなかったばかりか、ある手代のケースではその同時刻に盲目の主人の目が見えるようになったそうな。
ありがたや~。

納経所の前にあった蛇口から、霊験ある般若山の水、文字通りの般若湯をマグに詰める。
雨も止んだ。
杖を返して、いざ出発。

時刻は11時ちょうど。
ここから次の33番まで約1時間半。
ちょいと頑張って12時半に33番を出られるようにすれば、16時過ぎには34番水潜寺に着いて、結願できる。(納経時間は17時まで)
いよいよラストワンだ。

法性寺から県道209号に通じる道こそ、小鹿野路のクライマックスである。
左右に森が続く里山の道を、畑や民家に咲き誇る雨に洗われ色鮮やかな季節の花を愛で、道端の古仏の来歴を尋ねる。
秩父遍路とはまさに「花と信仰の道」なのだと感じる。

I LOVE CHICHIBU. 
I LOVE OGANO.


秩父巡礼4~5日 130
山肌を覆い尽くす秋海棠(シュウカイドウ)


秩父巡礼4~5日 107
秋海棠 西瓜の色に 咲きにけり (芭蕉)



秩父巡礼4~5日 136


秩父巡礼4~5日 134
木槿(ムクゲ)
秩父巡礼4~5日 137
百日紅(サルスベリ)の群生


秩父巡礼4~5日 139
百日紅に包まれた立派なお堂
「七辺廻りの堂」と呼ばれている


秩父巡礼4~5日 138
中には金色の仏像
裏側に「しちへんめぐってどうのなか」と刻まれているとか


秩父巡礼4~5日 141



夢見心地で歩いていたら、道に迷ってしまった。
法性寺で教えられた通りの道を進んできたのだが、県道209号を越えたところで、どうにも味気ないバイパス風の車道につながってしまった。
遍路道っぽくない。
秩父札所連合会作成の地図で確認すると、どうやら途中で分岐を間違えたらしい。
というか、お寺で教えられた通りの道でも33番につながるらしいのだが、それは自動車で回る巡礼者用の道だったのである。
徒歩で行くなら、やっぱり、なるべく情緒豊かな江戸巡礼古道を歩きたい。
たとえ幾分近道だとて、車の往来激しい幹線道路なぞ遠慮したい。

巡礼古道に戻る。
約15分のロス。

国道299号の赤平橋を渡って農道に入ると、田園風景が広がり、彼方には土砂崩れのためか層位を見事にさらした崖が見える。
理科の授業にもってこいだ。
と思ったら、「おがの化石館」という看板があった。
このあたりは化石が多く出土するのである。


秩父巡礼4~5日 145


秩父巡礼4~5日 144
「ようばけ」と呼ばれる大露頭
ようばけとは「日の当たる崖」の意


秩父巡礼4~5日 146


奈倉橋を渡って、小鹿野町から吉田町に入る。吉田町は2005年に合併して今は秩父市になっているので、秩父市から小鹿野町を経て、また秩父市に戻ったことになる。

第33番菊水寺
到着。


秩父巡礼4~5日 149


納経所は観音堂内にある。
お経をあげて、御朱印帳を差し出すと、お坊さんが言った。
「いまのお経は何語ですか?」
「パーリ語です」(ソルティは般若心経でなく、パーリ語の日常経典を唱えている)
「ああ、やっぱり。駒澤大学にいた頃に片山一良先生に習ったのを思い出したよ。ブッダン、サラナン、ガッチャーミって・・・」
よもや片山先生という仏教学の大家の名を耳にするとは思わなかった。

観音堂の本尊に向かって右側の壁には「子返し」、左側の壁には「孝行和讃」の絵入りの額が飾られている。
前者は間引き(嬰児殺し)を諫めるもので、後者は老親孝行を讃えるものである。
逆に言えば、この地方にはかつて「間引き」と「姥捨て」の風習があったことを想像させる。


秩父巡礼4~5日 150
かわいい稲荷様がいっぱい住んでいる祠


秩父巡礼4~5日 151
お堂の横の竹林
ここでしばし瞑想


33番到着は13時ちょうどだった。
案内書によれば、ここから34番までは3時間半かかる。
無理をすれば、破風山の札立峠を越えて、17時前に34番に着くことができる。
が、しばし考えて、今回はこれで打ち終えることにした。
急いで回ることに意味はない。
時間に追われて先を急ぐのも本来の巡礼の趣旨からはずれる。
昨日の雨でぐっちょり濡れた靴の中に発生した右足親指のマメも疼く。
それに、今日の出がけの笠忘れによる20分のロスは、何かを告げている気がする。
「お前、急ぐなよ」
と、観音様が耳元でささやいている気がする。

「よし。今日はこれで店じまいだ。あとは、巡礼路に沿って進み、どこかで昼飯をとって、西武秩父駅行きのバスのある所まで歩こう」

地図で確認すると、33番から30分ほど歩いたところに龍勢会館がある。
道の駅が付設しているので食べ物にありつける。
龍勢祭や秩父事件など、地域文化の勉強もできる。

ふと見れば、龍勢会館の近くに「椋神社」という見覚えのある文字がある。
そう、明治17年(1884年)に起きた秩父事件の際に、武装した地元の男たちが決起集会を開いた場所である。
「これはぜひ足を運ばなくては」

33番をあとにし、もはや時間に追われない気楽なペースで椋神社を目指す。


秩父巡礼4~5日 152
城峯山、破風山(34番)に向かって行く

秩父巡礼4~5日 154
旧武毛銀行本店
大正7年(1918年)築


秩父巡礼4~5日 155



秩父巡礼4~5日 156
椋神社

秩父巡礼4~5日 157


秩父巡礼4~5日 159
この広い境内で決起集会が開かれた


椋神社御朱印
御朱印GET!


椋神社(むくじんじゃ)は、延喜式神名帳に掲載された武蔵国秩父郡の式内社である。
元は井椋(いくら)五所大明神と号しており「いくらじんじゃ」が本来の呼称である。近世になり地元以外から「むくじんじゃ」と読まれることが多くなり現在の呼称になったという。例祭の際に龍勢を打ち上げる龍勢祭りは有名である。
社伝によれば、日本武尊が東征の折創建したという。
(ウィキペディア「椋神社」より抜粋)


主祭神は猿田彦命。
格式ある長い伝統を持つ神社なのである。

毎年10月第二日曜日に実施される龍勢祭(りゅうせいまつり)は、国の重要無形民俗文化財に指定されているもので、火薬を詰めた木筒をロケットの如く打ち上げて、龍勢(流星)の様を競い合う。
この猛々しく勇ましい風習によって培われた反逆精神こそが、秩父事件という近代日本稀なる民衆蜂起(市民革命)を可能にしたのであろうか。
ちなみに、椋神社の発音は「アマガエル」と同じ抑揚ではなくて、「ポリデント」と同じである。


秩父巡礼4~5日 160


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昭和59年 吉野康彦制作

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車で来た参拝者のための入り口


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龍勢会館へ向かう途中にある橋の親柱
龍こそが旧吉田町のシンボルなのだ




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なんだかんだ言っても 秋は来てるらしい 椋の里


龍勢会館・道の駅でおにぎりを買って、店の前の東屋で遅い昼食とする。
七十がらみの男と世間話。
秩父からバスで来たと言う。(ここも秩父市だよ)
やはり合併しても、吉田に対する地元感はないようだ。
文化が微妙に違うのを感じる。

東屋の横に、どう見ても巨大な✕✕✕としか見えない岩のモニュメントがでんと置かれている。
やっぱり勇ましい。
というか、逞しい・・・。
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西武秩父駅行きバスの時刻まで1時間以上あったので、龍勢会館を見学した。
次回はここから歩くことになる。

西武秩父駅隣接の祭りの湯で疲れを癒し、昨晩食べ損ねたワラジかつ(冒頭写真)を頬張る。

恵まれた環境に感謝!





● 秩父34ヵ所札所巡り 第6日最終回(34番)

秩父札所巡り最終回は、実質的な山登りである。
秩父市と皆野町の境にある破風山(はっぷさん)を、前回のゴールとなった龍勢会館のある吉田町(秩父市)側から登り、破風山中の札立峠を経て、第34番水潜寺のある皆野町に下りる。
この山には8年前に別ルートで登ったことがあり、標高も高くないので、気持ち的には楽である。

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●挙行日  2018年9月14日(金)
●天気   曇り(最高気温24度)
●行程
08:10 西武秩父駅着
       13番慈眼寺~秩父神社
09:12 秩父鉄道秩父駅より吉田元気村行き西武バス乗車
09:45 龍勢会館着
10:00 龍勢会館バス停
       歩行開始
11:05 山道入口
11:35 札立峠
12:00 破風山頂上
       昼食休憩(40分)
13:20 第34番・水潜寺着
       結願
14:00 水潜寺発
14:20 秩父華厳の滝
14:50 沢辺バス停着
       歩行終了
15:10 秩父温泉満願の湯
●所要時間  4時間50分(歩行時間2時間50分+休憩時間2時間)
        ・・・休憩時間には各寺等での滞在時間を含む
●歩行距離  約12キロ(毎時約4キロ)
●最高標高  626.5m(破風山頂上)


前回、33番菊水寺で打ち止めにしておいたのは我ながら賢明であった。
帰宅してから足のマメが痛み、翌日はまともに歩けなかった。
もし、あのまま山登りに突入していたら、マメに苦しんだ上に時間切れで御朱印もらえず――ってことになったかもしれない。
マメが悪化してその後数日間は治療を余儀なくされたかもしれない。
いやいや、それよりも山で足を滑らせて、大ケガしてたかもしれない。

というのも、33番から34番への巡礼道である山道は、市販のガイドブックに載っている破風山の一般ハイキングコースとは違うので、道が整備されてなく、道跡も定かならぬところが多々あり、森も荒れていて、そのうえ、このところの雨で地盤がゆるくなって崖道の路肩が崩れやすくなっていたのである。
日を改めて、頭も体も元気な状態で来たので、何事もなく、時間に追われることなく、いつものように山歩きを楽しみながら、無事結願することができた。
無理をしない――これがアラフィフの知恵である。

前回同様、13番慈眼寺で経を上げて観音様の同行を願ったあと、すぐ近くの秩父鉄道・御花畑駅の駅舎隣りにあるスタンドでかき揚げ蕎麦を頼んだ。
この駅を使うたびに気になっていた店である。
かき揚げが分厚く、蕎麦も歯ごたえあって、美味しかった。


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これで360円はお得

線路沿いの道を歩き、札所15番少林寺を右手に見て、秩父神社に入る。
朝早い境内はすがすがしい。
礼拝して慈悲の瞑想をすると、身の内に澄んだ気が入った。
やっぱり格の高い神社は違う。

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秩父神社

そのまま秩父駅まで歩き、龍勢会館に向かうバスを待つ。
バス停付近では、出張で来たスーツ姿のリーマン達が、昨日泊まった宿の評定をしていた。
そう言えば今日は平日であった。
龍勢会館まで約30分。

バスは、秩父の市街地を抜けて、山辺を回って、吉田町へと向かって行く。
巡礼2日目に雨宿りしたファミリ-マ-ト、四国八十八ヶ所回廊のある16番西光寺の横を通り過ぎ、巨大な三角アーチが特徴的な秩父公園橋で荒川を渡る。
上流に目をやると、佐久間橋、朱色の巴川橋など遍路中に馴染みとなった橋たち、そのはるか先の山間には3日目にその雄姿を目の前に拝んだ浦山ダムの白い堤防が見える。
橋を渡って右折。
22番童子寺、21番観音寺、この足で歩いた道をあっという間に通過する。
それはまるで、ドラマの最終回でこれまでの名シーンを矢継ぎ早につなげて、視聴者に走馬灯的感動をもたらすベタな演出に似ている。
自分の歩いた距離をしみじみ実感する。
「これで自分もいっぱしの秩父通だな」


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龍勢会館バス停より徒歩開始。
しばらくはバスでやって来た道をそのまま戻る。
気持ちのいい里山を抜けると、国道37号に合流。
すぐ先の道標で左手の登り道に入る。


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馬頭尊

巡礼道らしからぬアスファルトの林道が続く。
やっと、それらしい雰囲気ある野良道に入ったかと思ったら、またしても林道。
ずいぶん奥の方まで民家がある。

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漆喰塗りの掘立小屋のようなお堂

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中には可愛らしい地蔵様

今度こそ間違いない。
山道の始まりだ。
最近では熊の間にも巡礼が流行っているとか。
そうそう、鈴をつけておこう。

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山道入口

ここから札立峠および山頂までは山登りの名に恥じないものであった。
傾斜あるつづら折りの坂がずっと続き、最後は汗だくになり、肩で息をしていた。
調べてみると、山道入口から破風山頂まで、水平距離約800m、標高差約330m。
8m進むごとに3.3m上がる。
1m進みごとに0.41m上がる。
すなわち勾配41%。
これが40分弱続く。
ちなみに街中にある歩道橋の勾配は、踊り場を含めて41.7%に設計されているそうである。
歩道橋を40分上り続ける。
いかにきついものかお分かりいただけるだろうか。
札立峠に到着した喜びは、そのあとで山頂に立った時以上のものがあった。

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彼岸花の群生

小休止したあと、一踏ん張りして頂上に向かう。
12時ちょうどに山頂に立つと、麓のあちこちの自治体から、正午を知らせる様々なメロディーが同時に鳴り響いてきて、おかしな重唱を奏でた。
メロディ統一すればいいのに・・・。
雲が多い。が、眼下に広がる秩父盆地の眺めは爽快であった。

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さして広くない山頂では、中年女性3人組が弁当を食べていた。
こちらの遍路姿に興味を持たれたか、いろいろ質問された。
「歩くと全部で何日くらいかかりますか?」
「6日かかりました」
「車で回るより歩いて回ったほうが、やっぱりいいですか?」
「いやあ、ご利益は同じだと思います」
こちらもおにぎりを食べながらのよもやま話。
安室奈美恵ラスト一年の追っかけをするために仕事を辞めた知人の話をしていたのが印象に残った。


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札立峠に戻って、道標に随い34番水潜寺へ最後の巡礼道を行く。
誰もいない森の中の沢沿いの道を下る。
杉の木がほうぼうで根こそぎ倒れている。
崖崩れで、道が砂利で塞がっている箇所がある。
なんとも無残な荒れようである。
ハイキングコースでないことが一目瞭然。
巡礼路を整え維持するのも金がかかるのである。
地域の人々の理解と支援あっての巡礼だと、最後の最後に教えられた。

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第34番・水潜寺

観音堂に至るアプローチは、秋海棠の咲き乱れる苔むした石段。
あたかも仏様に歓迎されているかのよう。
というのも、秋海棠は別名「瓔珞草(ようらくそう)」と言い、瓔珞とは「仏像の首飾り、胸飾りなどに用いられるアクセサリー」のことを指すのである。

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秋海棠

瓔珞
瓔珞で飾られた仏像


ちなみに秋海棠の花言葉は「片思い」である。
ああ、肩重い。
リュックを下ろして最後のお勤めだ。

無明の闇に覆われて
身口意の三業によって犯してしまった過ちがあります
仏法僧に対する過ち
恩師に対する過ち
生きとし生けるものに対する過ち
これら一切の過ちを懺悔したします
また私が受けた他の人々の過ちも許します
このように雑事を離れ
独り静かに
自らの心身を念をもって見つめる時
瞬間瞬間、変化生滅しつづける現象を
ヴィパッサナー(観察)によって洞察し
真の幸福を得て
解脱の道へ導かれますようにと
ここに誓願いたします
「懺悔誓願の文」


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34番観音堂

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使い終えた竹笠と輪袈裟を奉納する

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水かけ地蔵
三度頭から水をかけると願いが叶う

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胎内巡りの岩屋
現在は立ち入り禁止になっている


納経所で御朱印をいただく。
これでラストと思うと、感無量である。

34番御朱印


このお寺はその名の示す通り湿気の多い所にあるので、木材が傷みやすく、お堂を維持するのも大変とのこと。
寄付を募る貼り紙があった。
現代ではどこのお寺も運営に苦慮していると聞く。
来る途中の杉の倒壊についてお坊様に伺ったら、
「もうずっと前からそう。巡礼道はハイキングコースじゃないからね。山林の持ち主がその気にならないとね」

巡礼が成り立つためには、そもそものお寺や遍路道がきちんと保たれてなければならない。
維持する側は大変だ。
ふと思いついて外部からやって来て、34ヵ所回って御朱印集めて、「バンザ~イ、満願だ!」と喜んでいればいいだけの側はお気楽である。
四国遍路は世界遺産登録を視野に入れていると聞く。
秩父遍路も素晴らしい道なのだから、なんとかこのまま残してほしいものである。
『この花』『ここさけ』に続く秩父アニメとして、秩父遍路する俳句クラブの若者をテーマにするのはどうだろう?
秩父は金子兜太(1919-2018)という俳人に縁がある。

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金子兜太は少年時代を秩父で過ごした

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水潜寺は西国33番、坂東33番、秩父34番合わせた百観音のオーラスでもある


満願のあとは、寄りたいところがあった。
秩父華厳の滝である。
水潜寺から歩いて20分のところにある。

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どういう基準で誰が選んだのか不明

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流しそうめんのよう

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確かに小さいけれど女性的な優美さを持った滝である


マイナスイオンいっぱい浴びてリフレッシュしたあとは、来た道を少し戻ったところにあるバス停で皆野駅行きのバスを待つ。
初秋の光に包まれて、破風山が父親のように「お前、よくやった!」と祝福してくれているような気がする。

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途中下車し、その名も秩父温泉・満願の湯に浸かる。

ここの温泉のパワーは凄い。
単純硫黄泉なのだが、湯に入った途端、「ああ!」と腹の底から声が出る。
体の弱った部分に、ジンジンと痺れるように浸透し、内部から温める。
山登り後の温泉では、いつもなら湯の中で足を万遍なく揉みほぐすのがお約束なのだが、この温泉ではその必要がなかった。
湯が勝手に患部をマッサージしてくれる。

ソルティはあちこちの温泉に行っているほうだと思うが、間違いなく、秩父温泉満願の湯は関東の温泉の中で十指に入るミラクルパワーを有している。
四面の緑と渓谷に囲まれた環境もすこぶる癒し効果高い。
この温泉に入るためだけでも秩父に来てもいいと思えるくらいである。
おススメである。

前回破風山に登ったあともここを利用したけれど、やはり満願あとは格別のご褒美感。
もしかしたら、これまで秩父34ヵ所巡礼を満願した人たちの‘気’が、当地に溶け込んでいるがゆえのミラクルパワーなのかもしれない。
としたら、ソルティもその‘気’の充填にいささかなりとも貢献したわけである。

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秩父温泉・満願の湯

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皆野駅から御花畑まで戻り、西武秩父駅から帰路につく。
秩父の守護神・武甲山が、宵闇の中、やさしい表情で見送ってくれた。


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● 秩父札所巡り番外編 花の章

秩父巡礼の大きな喜びの一つは、四季折々の花を見ることにある。
里の花、野の花、山の花、巡礼道のそこかしこに目立たぬ風情で咲いている花々が、歩き疲れた体や慌ただしい街の生活でささくれ立った心を癒してくれる。

今回は4~5月と9月に巡ったわけだが、4~5月は花よりもむしろ新緑および初夏の燃えるような緑の美しさに圧倒された。
第16番西光寺の雨期の南アジアのようにみずみずしい緑の氾濫。
第20番岩之上堂のジャングルのような旺盛なる生命力にあふれた境内。
時折降る雨に色つやを増して、緑が秩父全体を覆っていた。
初秋に実施した第4日以降、小鹿野町に入ってからが、路傍の花の美しさに足を止められることたびたびであった。

基本的に花を見るのは好きである。
山歩きや家庭菜園を趣味とするソルティは、平均的な男よりは、あるいは平均的な日本人よりは、花の名前を知っているほうだと思う。
それでも、道端に咲いているようなよく見る花の名前をいかに知らないことか。
今回も、秋海棠という花をはじめて知った。
いや、花そのものはこれまで幾度も目にしていたのだろうが、秋海棠という名前をはじめて知った。
それが仏様と関わりある瓔珞草(ようらくそう)という別称を持つことも。

名前を知らなくても花を愛でるのにまったく問題はない。
けれど、名前を知ってから実物を見ると、不思議と愛おしさが募るものである。

自宅に帰ってから、デジカメ撮影した花を図鑑やネットで頑張って探して照合してみたが、昨今は外国からいろいろな品種が入ってきているし、遺伝子レベルの品種改良も進んでいるので、花の名前を特定するのはなかなかに難しい。
間違っているのもあるかもしれない。
と、弁明しておく。

いざ、初秋の秩父の花めぐり。


1.キバナコスモス(キク科)

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最近よく見かけますけど・・・

秩父巡礼4~5日 084
こちらの伝統的なほうが個人的には好みです


2.朝顔(ヒルガオ科)


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これは誰でも知ってますね



3.サルスベリ(ミソハギ科)

秩父巡礼4~5日 132
木肌がツルツルして猿が滑るからサルスベリ
百日紅と書きます


4.ニラ(ユリ科)

秩父巡礼4~5日 035
あの匂いでこんなに美しい花を持つとは!


5.ムクゲ(アオイ科)

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槿と書く。早朝に開いて夕方にしぼむ一日花
「槿花一朝の夢」とは儚い栄華のたとえ


6.スイフヨウ(アオイ科)

秩父巡礼4~5日 013
アオイ科はたくさんあるので判断が難しい


7.オクラ(アオイ科)

秩父巡礼4~5日 147
淡い黄色がなんとも可憐です


8.初雪草(トウダイグサ科)

秩父巡礼4~5日 142
その名のとおり初雪が降ったように見える


9.カボチャ(ウリ科)

秩父巡礼4~5日 131
実も大きければ花も大きい


10.萩(マメ科)

秩父巡礼4~5日 128
秋の七草の一つ
ハギ,ススキ,クズ,ナデシコ,オミナエシ,フジバカマ,アサガオ


11.彼岸花(ヒガンバナ科)

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彼岸花 咲ける間(あはひ)の 道を行く
行き極まれば 母に会ふらし
(美智子皇后陛下が作った歌)


12.秋海棠(シュウカイドウ科)

秩父巡礼4~5日 107
瓔珞草という別称のためか
お寺の境内によく咲いている


13.この花の名前をぼくはまだ知らない

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フヨウ(アオイ科)だと思うのだが・・・


秩父巡礼4~5日 148
西洋ギクだと思うのだが・・・














● 秩父札所巡り番外編 草の章

2004年公開された神山征二郎監督『草の乱』は秩父事件を描いたものである。

主演は緒形直人。
ほかに林隆三、杉本哲太、山本圭、原田大二郎、藤谷美紀、田中好子らが脇を固め、実際の事件の舞台となった秩父神社、23番札所音楽寺、吉田町(現秩父市)の椋神社などが撮影に使われている。
主人公・井上伝蔵の家「丸井商店」を撮るにあたっては、当時住み込んでいた使用人の記憶や現存する写真を頼りに、間取りや大きさを忠実に再現して復元したそうである。
そのセットは、現在、龍勢会館の秩父事件資料館・井上伝蔵邸として一般公開されており、ソルティも秩父巡礼5日目に見学することができた。
(注:丸井商店はいまのマルイと関係ない)

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龍勢会館


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井上伝蔵の家(映画『草の乱』セット)


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神山監督はほかにも、江戸時代宝暦年間(1750年半ば)に郡上藩(いまの岐阜県郡上市)で起こった大規模な百姓一揆を描いた力作『郡上一揆』(2000年)を撮っている。
こちらも緒形直人主演で、脇を固めた前田吟が橋田寿賀子ドラマの彼と同一人物とは思えぬほどの颯爽とした演技を披露して、強い印象を残す。

ソルティはこの映画のDVDを、まさに霊峰白山を望む郡上にある友人の別荘で視聴した。
日本三大盆踊りに挙げられる郡上踊りのクライマックス「徹夜踊り」直前で、街は活気に満ちていた。
事件が起こった土地の非日常的エネルギーの中で観た『郡上一揆』は、臨場感あふれる体験であった。
神山監督の手堅く、丁寧な、役者の魅力を生かす演出にも感銘を受けた。
なので、未見であるが『草の乱』にも期待大なのである。
秩父巡礼を終えた今、同じ秩父事件を扱った『山襞の叫び』と並んで、もっとも観たい映画の一つである。

大霧山2017 022
粥仁田地蔵
『山襞の叫び』のフィルムを埋葬している


この井上伝蔵の生涯がまことに面白い。

武蔵国下吉田村(現秩父市)の名のある商家「丸井商店」の六代目として、地域の顔役として人望を集め、妻と娘に恵まれ、何不自由なく暮らしてきた。
が、明治17年(1884年)、30歳にして秩父事件の首謀者の一人となる。
養蚕農家の困窮に見るに見かねてということもあろうが、その頃巷に吹き荒れていた自由民権運動の風に目覚め呼応するものがあったのだろう。
秩父自由党の中心人物となり、秩父困民党の指導的立場になった。

秩父事件が官によって制圧された後、多くの首謀者たちは捕らえられ、死刑ないし無期懲役になった。
ところが、井上伝蔵は違った。

事件後、下吉田村関の斉藤新七(新左衛門)の土蔵に匿われ、翌18年に欠席裁判で死刑を宣告されたが、19年秋、下吉田村を抜け出した。20年に北海道に渡り、石狩原野の開拓民募集の広告を見て、伊藤房次郎名で応募、25年、石狩の樽川村の土地16町歩を借り下げた。(秩父市龍勢会館の設置資料より抜粋)

なんと、北海道に高飛びして、別人に成りすましていたのである。
その後、伝蔵もとい房次郎は、現地で高浜ミキという女性と再婚し、3男3女をもうけている。
その間、代書屋をしたり、札幌で下宿を開いたり、古物商を営んだり、次男坊を幼くして亡くしたり、苦労続きの人生だったようだ。
大正7年(1918)、札幌の病院に入院。

死期を悟ったのであろう。
枕元に妻と長男を呼んで、はじめて自分の正体を明かしたのである。
「自分は秩父事件の首謀者の一人で、死刑判決を受けている井上伝蔵である」と――。

絵にかいたようにドラマチックな生涯である。
当時の日本はまだ、こういったこと――逃避行し別人に成りすまして生きる――が可能だったのである。(いまも福田和子の例があるか・・・)
伝蔵は退院後すぐに亡くなった。

マンジュシャゲ


自分は伝蔵の心理が気にかかる。

一緒に闘った仲間たちが次々処刑される中で、土蔵に独り匿われて、何を考えていたのだろう?
故郷吉田村を家族を残して後にするときの気持ちはどんなものだったろう?
両家の子息として育てられた彼にとって、北海道開拓民の生活はどのようなものだったのか?
そして、家族にも正体を隠し伊藤房次郎として生きてきた30年間、遠い北海道から変わっていく日本を見ながら、日々何を思って暮らしていたのであろう?


井上伝蔵
井上伝蔵


さて、近代史における秩父事件の意義は、江戸時代までの百姓一揆(たとえば郡上一揆)とは違って、そこに自由民権運動の息吹が強く渦巻いているところにあろう。
蜂起自体も、一時の怒りやヤケにまかせての無鉄砲・無計画のものではなかった。
組織を結成し、総理(田代栄助)・副総理(加藤織平)・会計長(井上伝蔵)といった役割を決定した。
「私ノ遺恨ヲ以テ放火其他乱暴ヲ為シタル者ハ斬」といったような5カ条からなる軍律を採用した。
急襲によって大宮郷(秩父市)をいっとき占拠した際に、困民党メンバーやその同調者は「自由自治元年」という私年号を用いたそうである。
いわば、西洋諸国に見られるような市民革命の匂いがここにはある。

ソルティは巡礼している間、秩父事件にゆかりある風物(寺や記念碑など)に出くわすたびに思った。
「なぜ、秩父だったのか?」
「なぜ、秩父農民だったのか?」


秩父札所めぐり2日 062
札所23番音楽堂から見た秩父のまち


巡礼5日目、龍勢会館の井上伝蔵資料館を見学していると、一角に映画『草の乱』上映コーナーがあった。
見どころを20分くらいに編集したものである。
伝蔵の家屋セットの縁側に腰を下ろしてスタートボタンを押した。
すると、映画の出だしのナレーションがこうであった。

「秩父では米がとれない」

途端に脳内の離れたシナプス同士が結合し、スパークした。
  • 大前提  本来日本の風土に合わない稲作を強いられたことが日本人の国民性(ニッポン・イデオロギー)の基盤を作った。(笠井潔著『8・15 と 3・11 戦後史の死角』)
  • 小前提  秩父では米がとれない。だから伝統的に養蚕業が主だった。
  • 結論   秩父人はニッポン・イデオロギーを免れている。

「権威を疑問視しない反射的な従順性、集団主義、島国的閉鎖性、目先の必要に目を奪われた泥縄式の発想、あとは野となれ山となれ式の無責任」などを特徴とするニッポン・イデオロギーからは、市民革命の必然性は育たないであろう。

秩父事件の起こりは養蚕と関係していたのではなかろうか。

――なんて仮説を立て想像を巡らせるのも、秩父巡礼ならではの醍醐味である。

この武装蜂起で発揮された秩父農民の楽天性や高揚したエネルギー、それと、より良い未来をめざした志は、今もなお多くの人びとに感銘をあたえている。(同上資料)


どうやらソルティの秩父巡りは終わらないようである。


秩父札所めぐり2日 057
われら秩父困民党 暴徒と呼ばれ暴動といわれることを拒否しない










● 秩父札所巡り番外編 道の章

5日間の予定で始めた秩父34ヵ所札所巡りであったが、6日間かかった。
歩くのが速くて、各札所でご朱印だけもらって「はい、次!」とサクサク動ける人なら、4日間でも可能かもしれない。
でも、それはつまらない。
道中の風物やそれぞれのお寺の雰囲気をじっくり味わってこそ、秩父と交感できるのではないかと思う。

ソルティも無理すれば5日間で結願できたろうが、途中、結構寄り道した。
秩父市内の今宮神社(見事なケヤキ!)や秩父神社で良い‘気’に身をさらし、小鹿野市内の十輪寺で裏15番ご朱印をGETし、旧吉田町の椋神社や龍勢会館で秩父事件や龍勢祭りを学んで地元民の心意気を汲んだ。
最後に寄った華厳の滝は想像以上に美しく、パワースポットの名に恥じないマイナスイオン濃度に、心身ともに浄化された。
寄り道によって、巡礼はいっそう深まり、秩父の風土と歴史と信仰とを伺い知ることができた。



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秩父華厳の滝


5ヶ月の巡礼期間中、秩父が舞台のアニメ映画を見、他人の遍路記録を読み、養蚕について調べ、道中見かけた花の名前を尋ねた。
訪問回数を重ねるごと、札所番号が大きくなるごとに、文字通り、ますます深く秩父の懐に入り込んでいく思いがした。
区切り打ちのいいところである。

ゆっくりと、自分のペースで廻るのが一番である。

【行程】

第1日 秩父鉄道和銅黒谷駅~第1番四萬部寺・・・・・第11番常楽寺~西武秩父駅
第2日 西武秩父駅~第12番野坂寺・・・・・第23番音楽寺~佐久間橋
第3日 佐久間橋~第24番法泉寺・・・・・第30番法雲寺~秩父鉄道三峰口駅
第4日 秩父鉄道三峰口駅~第31番観音院~須崎旅館(小鹿野町)
第5日 須崎旅館~第32番法性寺・・・・・第33番菊水寺~龍勢会館(旧吉田町)
第6日 龍勢会館~第34番水潜寺

総歩行距離  113 ㎞
総歩行時間  31時間20分
平均時速    約3.6 ㎞ 


秩父巡礼図



もっとも大変だった道(札所間)はどこか?

どこもあまり大変だったという思いはない。
4日目の30番から31番の5時間歩行も、怖れていたのは距離そのものよりも、アスファルト林道の単調さであった。
ところが、記事に書いたように、退屈する間もないアトラクションの連続で、あっという間の5時間弱だった。
山登りにあたる部分――2番真福寺への山道、26番円融寺岩井堂のある琴平ハイキングコース、32番法性寺までの大日峠越え、34番水潜寺に到る破風山札立峠越え――も、想定範囲内の楽しいきつさであった。
おおむね、道しるべもしっかりしていた。
四国遍路に聞くような難所、いわゆる遍路ころがしは、秩父遍路には存在しないと言っていいだろう。
もっとも、たとえば6日間連続の通し打ちするなら、終わりにいくほどきくつなるのは間違いない。


秩父巡礼4~5日 101
大日峠(第5日)
一晩降り続いた雨が上がったばかりだった



もっとも印象に残った道(札所間)はどこか?
5つ上げる。

  • 1~3番 四萬部寺から真福寺を経て常泉寺に至る山越えの道。最初に土地の人(大きな荷を背負ったお婆ちゃん)に話しかけられた。
  • 5~7番 語歌堂から武甲山、二子山を仰ぎ見ながら法長寺に至る武甲山ストリート。
  • 19~23番 龍石寺を出て秩父橋(荒川)を渡り、岩之上堂を経由して音楽寺に至る山辺の道。いにしえの道の風情が感じられた。
  • 30~31番 法雲寺から三峰口駅を経由して観音院に続く区間最長の37号路。次々と移り変わる街道風景が面白かった。
  • 32~33番 法性寺から菊水寺に向かう花とようばけの里の道。これぞ、THE・小鹿野町!


秩父巡礼4~5日 011
区間最長の国道37号路



当然といえば当然だが、歩く距離が長い札所間ほど印象に残っている。
山の中の道はさほど印象に残っていない。
山道はどれも似たり寄ったりってのもあるし、普段から自分が山歩きをよくしているせいもあろう。
人によっては、26番円融寺から岩井堂を経て27番大渕寺に到る琴平ハイキングコースが心に残るかもしれない。
とくに紅葉の季節に行ったら目が覚めることだろう。
ソルティの場合、ここを歩くのは二度目で、一度目がまさに紅葉シーズンだったので、感動が薄かった。


秩父札所めぐり3日 020
琴平ハイキングコース(第3日)



もっとも印象に残った札所はどこか?
神セブンならぬ、観音セブンは?

  • 第2番真福寺 ・・・・・人里離れた丘陵の木立の中、鳥の声や風の音に囲まれた爽やかな佇まいが好ましかった。第1番からの山登りでいきなり洗礼を受けたあとだけに、一息つける感がうれしかった。「風と木の憩う無人寺」
  • 第16番西光寺 ・・・・・秩父の街中に突然出現する亜熱帯風オアシス。四国八十八ヶ所ご本尊の回廊もありがたい。名前のとおり「西国の光あふれる真言の寺」
  • 第20番岩之上堂 ・・・・・熱帯植物園のごとき瑞々しくも鬱蒼とした境内。蓮池にさえずるウグイスの音も風流であった。「緑濃き蓮とウグイスの寺」
  • 第23番音楽寺 ・・・・・やっぱりここははずせない。秩父事件の農民になって秩父の街を見下ろすとき、背後の丘に並ぶ十三権音たちの優しさが胸に沁みる。「志の鐘響く寺」
  • 第25番久昌寺 ・・・・・お堂の裏にある池の景観がまことに美しい。季節折々に訪ねたい花の名所。「あおによし奈良の気満ちる花の寺」
  • 第31番 観音院 ・・・・・因縁まとう一本道の果てにある寂静の古刹。一石づくりの仁王像、石段の句碑、清浄の滝など見所多い。「荘厳なる滝と石の寺」
  • 第32番 法性寺 ・・・・・秩父札所髄一の難所にして絶景の岩船をもつ。秩父遍路の文字通りのピークと言える。「絶叫と絶景の岩船乗りの寺」

秩父札所めぐり2日 021
第16番西光寺



秩父札所めぐり3日 011
第25番久昌寺



ほかにも、平賀源内ゆかりの第7番法長寺、『この花』の舞台となった第17番定林寺、鍾乳洞のある橋立堂など、趣きある、さまざまな物語に彩られた、忘れ難い札所ばかりであった。


秩父札所めぐり3日 034
第28番橋立堂



なんのための巡礼だったのか?

始める前も、やっている最中も、終わった後も、よくわからない。
趣味と健康と暇つぶしというのが一番近いところかもしれない。
仏教好き、山歩き好きなソルティが、秩父巡礼するのは自然の流れとも言える。

ただ、満願果たし、都心に帰るガラガラの西武秩父線に乗って、疲れた両足を前席のシートの上に投げ出し、闇の中に沈みゆく秩父の里を車窓から見送りながら、
「ああ、もうこれで始める前の自分には戻れない」
とふと思ったのは、奇妙なことである。












● 秩父はよいところでがんす 映画:『草の乱』(神山征二郎監督)

2004年映画「草の乱」製作委員会
118分

 1884年(明治17年)に埼玉県で勃発した養蚕農民一揆、秩父事件を描いた歴史大作。

 昨年秩父34札所巡礼した時、事件の概要を知り、決起集会の舞台となった音楽寺椋神社を訪れ、この映画の室内ロケセットが展示されている資料館を見学し、ぜひとも映画を観たいと願っていた。
 が、行きつけのTUTAYAには置いてなかった。
 このたび引っ越したので、通勤途中の乗り換え駅の盛り場にある大きなTUTAYAに鞍替えすることになった。

 初めて店舗に足を踏み入れて狂喜した。
 在庫が豊富であるうえに、いままでの店になかったレアな(マニアックな?)作品がある。
 中でも、小津安二郎、溝口健二、木下惠介、黒澤明、市川崑、大島渚、増村保造ら日本映画黄金期の名監督の傑作・良作・野心作・話題作がずらりと並ぶコーナーが特設されていたのは、「宝の山発見!」の嬉しさであった。
 この店でついに『草の乱』と遭遇した。

IMG_20190521_152335


 やはり、自分の足で丸6日間100キロを歩き通したゆかりの土地が画面に出てくると、懐かしくも興趣をそそる。
 むろん、現在と130年以上昔の秩父とはすっかり面変わりしている。ロケセットに見たような古い家屋敷や立派な商家の街並みは消えてしまったし、基幹産業であった養蚕を営む農家を見つけることはもはや難しい。
 
草の乱ロケセット
「草の乱」ロケセット


 だが、主要なお寺や神社などのたたずまいは昔とそれほど変わっていない。
 武甲山を親玉とする秩父の山々の影や、街と丘のはざまを流れる荒川や、山辺の巡礼路の森など、自然も変わっていない。
 地名も昔のまま残っているものが多いので、登場人物たちの暮らす村々の位置関係や武装蜂起した農民たちの足取りもたどることができた。秩父の地理が頭の中に入っているからである。
 逆に言うと、秩父に土地勘のない人にとっては、わかりにくいんじゃないかという気がした。秩父の地図を手元に置いて観ると良いかもしれない。
 
 記録映画と言ってもいいくらい、史実に忠実に丁寧に撮った映画である。
 緒形直人、林隆三、杉本哲太、田中実、岡野進一郎ら、主要な役者たちの表情がいい。
 彼らの使う「~でがんす」(~でございます、の意)という秩父方言が耳に残った。


秩父風景
秩父の名峰・武甲山



評価:★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
★     読み損、観て損、聴き損


 

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