ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語を見て、旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、ボランティアして、デモに行って、無いアタマでものを考えて・・・・そんな平凡な日常の記録である。

同行二人で行く四国遍路

● 本:『四国徧禮道指南 しこくへんろみちしるべ』(眞念著)

1687年初版刊行
2015年講談社学術文庫

 江戸時代の僧侶である眞念(?-1692)が、自ら何十回も挙行した四国八十八札所巡礼について、遍路を志す老若男女のために書き下ろした実用ガイドブック。旅の準備・心得、道順、ご本尊イラスト、御詠歌、宿を貸してくれる人、土地の伝承や見所など実用情報が満載で、現在あまた出版されている同種の本の元祖にして手本と言えよう。
 原文読み下しと現代語訳に加え、実際に眞念が歩いたルートを現代の2万5千分の1地図上に再現したページが付いていて、非常に興味深い。

 弘法大師の足跡をたどる四国遍路の起源は不明であって、それこそ空海の弟子真済(800-860)が遺跡を巡拝したのがはじまりという説もあるくらい古いのだが、現在の八十八ヶ所巡りが定番となったのは戦国から江戸時代初期にかけてらしい。眞念が本書を書こうと思い立ったのも、それまで行者や聖といった求道者のための修行の場であった四国遍路が、この頃から一般庶民に開かれてきたことが背景にあるようだ。

 読んでいて現在の遍路との違いが面白い。

1. 札所が現在と違うところがある
これは明治初期の神仏分離令によって、これまで神仏習合で一緒だった神社とお寺が分かたれて混乱が生じたためである。秩父34ヵ所札所巡礼でも同様のことが起こっている。当時の関係者の戸惑いはいかばかりであったろう。

2. 般若心経は唱えていなかった
巡礼と言えば般若心経であるが、眞念の心得によると、

男女ともに光明真言大師の寶号にて回向し、其札所の哥三遍よむなり

つまり、密教の光明真言と「南無大師金剛遍照」(弘法大師法号)を唱えた後、札所の御詠歌を3回読むと言っている。
ソルティは般若心経がどうも苦手で(とくに最後の呪文のところ)秩父巡礼でもよんでいない。よもやそれで功徳が減るとは思っていないが、こうやって弘法大師爾来のことではないと証明されるとすっきりする。
 
3. 男と女で道が違う
これは道中のところどころで女人禁制の拝所があったためである。

4. 身分差別の存在
松山の道後温泉にある第51番石手寺の記述(現代語訳)。

湯壺が全部で五つあります。まず鍵湯といって、雑人の入らない湯があります。この湯の中に薬師の石仏が安置されています。この足元から湧き出る湯は谷川のようです。二の湯は女性の入る湯です。三の湯は男の湯です。第四の湯は養生湯といって男女の別なく入ります。諸国の湯治の人が夜、昼別なく入ります。第五の湯は非人と牛馬が入ります。

5. 民宿はなかった
当然のことであるが、当時大きな町以外に宿はなかった。巡礼者はお堂や善意で泊めてくれる人を当てにするほかなかった。宿を施してくれる人の固有名詞が「かのみて村三右衛門宿かす」といったように掲載されている。現在ではちょっと考えられないことである。
 かのみて村(現・愛媛県松山市鹿峰)の三右衛門さんも、よもや330年後に自分の名前がこうして同じ日本人の目に触れることになるとは思っていなかったであろう。



十悪のわが身を捨てず そのままに
浄土の寺へ 参りこそすれ

(四国遍路第49番浄土寺御詠歌)


宝仙寺 017



● 本:『空海の風景』を旅する(NHK取材班著)

2002年中央公論社


司馬遼太郎の代表作の一つである『空海の風景』は映像化され、2002年1月NHKスペシャルで放映された。
本書は、担当スタッフらが、制作秘話を盛り込みながら、今度は活字で、天才・空海を描き出そうと試みたものである。
讃岐・奈良・室戸岬・長安・博多・京都(東寺)・高野山など空海が足跡を残したゆかりの土地を訪ねて、その今昔の風景描写を盛り込んでいるのは、先立つ映像作品と同様であろう。(ソルティは映像作品のほうは未見)

空海の人間としての大きさ、ふところの広さ、ダ・ヴィンチに匹敵する万能ぶり、密教(あるいは仏教すら)分からなくとも「お大師さま」を父母のように愛着する、今も昔も変わらぬ素朴な人びとの信心。
司馬遼太郎の原作や制作背景は置いといて、単純に空海の一つの伝記として読んでも楽しめる本となっている。


空海って、その名の通り、海のように「なんでも飲み込む」寛容さと、空のように「いつもそこにあって見守ってくれている」心強さが、最大の魅力なのだと思う。
つくづく、空海が日本人に残したのは、密教ではなく、お大師様教だったのだと思う。

本書に頻繁に(無自覚に)出てくるフレーズに、「中国から帰った空海は密教を日本に広めようとした」というのがある。
よく考えると、この言葉は矛盾している。
密教を広めることなんかできない。
秘密だから、一子相伝だからこその、密教なのだから。(この場合の「子」は弟子の意)
広められるものなら、それは密教でなく顕教である。

空海のような密教完成者がせいぜいできるのは、密教の効験の勝れていることを世に広めて、国家や民衆が密教に依存し、密教完成者(理屈ではこの世に一人しかいないはず)を神のごと天皇のごと崇拝するよう仕向けることであろう。
空海はそんなこと望んでいなかったと思う。
それとも庶民レベルの密教ってのがあるのか。
真言立川流?

空海にとって仏教とはなんだったのか。
この世とは、生きるとは、なんだったのか。
ソルティが本当に知りたいのはそこである。


宝仙寺 021

関頑亭作 : 弘法大師像(中野の宝仙寺)




● ソルティはかた、かく旅立てり

四国遍路にいくことになった。
仕事を辞めてフリーになったからには、それしかないだろうと――。

鐘付堂山&羅漢山 038


四国八十八ヶ所通し打ちは、若い時から、「人生で一度はやってみたいこと」の一つだった。
いつかその時が来るだろうと思っていたが、どうやら来たらしい。
今ならまだ体力的に(たぶん)可能だと思うし、周囲の状況も許せる。
養うべき家族もいないし、介護すべき親族もいない。
80代の両親はまずまず健康で、2ヶ月くらい顔見なくとも問題なかろう。 
経済的に余裕のあるわけでは全然ないけれど、2ヶ月分の旅費ぐらいは捻出できるだろう。
帰ったらまた頑張って働けばよい。

ありがたいことに、10年前区切り打ちで満願した友人や四国出身の知り合いがいて、いろいろアドバイスを受けることができた。(高知の道は軍手2枚必須です、ってのは笑った。どんな道だ!)

荷物は出来るだけ軽くしたいので、パソコンは持っていかない。
体力維持のため、基本、宿に泊まる。
日記はアナログ式にペンと帳面でつけることにする。
スマホは・・・・・
最後まで迷いに迷った。

道案内(GPS機能)やら、宿の予約やら、バスや列車の時刻調べやら、遍路同士の情報交換やら、役立つことは今さら言うまでもない。
だけど、スマホを持っていると、どうしてもスマホに頼ってしまいがちになる。
何かにつけポケットから取り出して、路上で、宿で、スマホ操作している自分が目に浮かぶ。
それはあまり好きな絵ではない。
地元の人に道を尋ねたり、宿の人に情報を教えてもらったり、ベテラン遍路に案内を乞うたり、心細いひとり旅ならではの、そうした人との交流の機会が減ってしまうのは本意ではない。
それに、道に迷って途方に暮れて、泣きたくなるところに見えた宿の灯りの安堵感こそ、遍路の醍醐味じゃないか、という気もする。
同行二人の相手はスマホじゃない。


多摩全生園 006
弘法大師


一方、GPS機能だけはあるにこしたことはない。
山の中で道に迷い遭難したら、ケガや死のリスクがあるばかりでなく、周囲にも多大なる迷惑がかかるからだ。(ソルティは愛媛にある西日本最高峰の石鎚山1,982mにも挑戦したいと思っている)
目の前にあるセーフティネットをわざわざ敬遠して、危険を冒すのも大人げない気がする。
ソルティが無事帰ってくることを願ってくれる人が一人でもいる以上・・・。
それに、やっぱり若さを頼みとすることは最早できない。
体調も、退職してからは上がり調子ではあるものの、万全とは言えない。

迷いに迷った挙句、スマホを購入した(2年ぶりである)。

でも、遍路を歩くときはなるべく使わずに、バッグの奥に水戸黄門の印籠のごと忍ばせておこうと思っている。
先人や「へんろみち保存協力会」の人たちが作ってくれた道標や紙地図を一番の頼りにしよう。


へんみち協力会地図表紙


というわけで、近日中に東京からフェリーで徳島入りします。
スマホがうまく使いこなせるようになったら、そして一日30キロ近い歩行のあとに気力体力残っていたら、道中経過をここに上げていきたいと思います。

それでは、お大師さまの大いなる袂に!


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● 徳島入り

午後1時、フェリーしまんとは徳島港に着いた。
バスで徳島駅に。

今日は駅前のホテルに泊まる。
午後いっぱい中心街を歩き回って、四国の気に心身を馴染ませた。

通りかかった立派な仏具屋に入ったら、なんと寂聴尼ゆかりの店だった。
縁起良い(?)ので、納経書と納札を買った。

明日からスタート(^_^)


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秋雨に けぶる眉山や 初へんろ














● うっかり八兵衛

四国地方は台風前夜。

今日は早めに歩き終えて、宿に入った。
明日は丸一日、ホテルに缶詰めになるだろう(^_-)
三日歩き通しだったので、ちょうど良い骨休めだ。

そのあとに、四国遍路最大の難所と言われる焼山寺越えが待っている。

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ホテルの部屋から見た鴨島の町
間近にある山々がまったくかき消されている 


まだ三日しか経っていないのに、ディープな出会いに驚いている。
よもや坊さんとスピリチュアルトークすることになるとは思わなかった^_^;
非二元とか輪廻転生とか遍路にいる悪霊とか人身受け難しとか・・・
すべての話に付いていける自分が怖い(*^^*)

今日は大チョンボの発覚。

朝一番に8番寺まで歩いて御朱印をもらおうと納経帳を開いたら、なんと7番のページが真っ白!
昨日スキップしてしまったのだ((((*゜▽゜*))))

賽銭上げて、読経して、そのまま寺をあとにして、宿入りして、温泉入って、寝てしまったのである。

あまりの抜け加減に笑ってしまった。

笠や杖を置き忘れる話はよく聞いていたので身の回りの物には注意を払っていたのだが、まさか御朱印もらうのを忘れるとは!
盲点であった。
というか、うっかり八兵衛であった。

戻るのも面倒なので、7番の御朱印は最後にもらうことにする。
むろん交通機関を使って。

でもこれには、なんか意味があるのかも・・・


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雨の音がだんだん強くなってきた。
各地とも被害が少なくて済みますように!


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曼珠沙華 あらしの前の 狂い咲き








● 初接待

歩いていると、毎日なんらかのお接待をいただく。

初めての時は「これが噂の!」と新鮮な驚きに満たされた。

感心するのは、みんな渡し方がスマートで手慣れていること。
こちらに何の負担も戸惑いも感じさせず、止めた車の窓から「はい、お接待」と言って、こちらのお礼も待たずに、さっと去っていく。
習慣になっているのを感じさせる。

遍路体験記に必ずと言っていいほど書かれていることだが、やっぱりいただくと元気が出る。
足が軽くなる。

誰に頼まれたわけでなし、自己満足でやっている遍路なのに、それを見守ってくれている人がいることが、これほど力になるとは!

今日もまた交通の激しい国道沿いを歩いていたら、止めてあった車から降りてきた60がらみの男が話しかけてきた。
しばらく並んで歩きながら会話していたら、カバンに手を入れて何か取り出した。
「お接待かな?」と思ったら、
某キリスト系宗教団体のパンフレットだった。

そういうこともある。

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おせんべいとアメちゃんがパッキングしてある用意良さ!



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二日目に妙齢の女性から頂いた豆パン



初接待 真念どのに おすそ分け

マメに泣き 豆に喜ぶ 豆へんろ




● オフ中のオフ呂

今日は丸一日、雨だった。

焼山寺越えの疲れも残っていることだし、今日はオフにした。
遍路自体が人生のオフみたいなものだから、オフ中のオフってところか😁

いま泊まっているのは、徳島市内の朝食付き一泊3500円!!という安宿。
部屋はきれいだし、朝食はバイキング式で好きなだけ食べられるし、洗濯&乾燥も無料でできるし、パソコンも利用できるし、従業員の対応も良い。
お遍路だけでなく、出張中のリーマンにも人気のようだ。

ただ、連泊しても、日中11時から16時は部屋にいられない決まりになっている。
そこで、ネットで調べて、近場の温泉施設に出かけた。

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源泉掛け流しや炭酸風呂や塩サウナやジャグジーなどに2時間近く浸かって、足や肩の筋肉をほぐした。
浴後は、休憩所でゴロ寝して、東京から持って来た司馬遼太郎の「空海の風景」(中央公論)を読んでいた。

やはり空海と最澄の関係が面白い。
空海って、非常にしたたかな人間である。
機を見て敏に動く。
天才は間違いないけれど、宗教家には珍しいような戦略家という印象を受ける。

明日も雨の予報だが、遍路に戻る。
四国遍路第2の難所と言われる鶴林寺に向かって、山の中に入って行く。
さあ、歩くぞ!


そうそう。
浴後に体重計に乗ったら、開始前より約2キロ減っていた😆
これがまた歩くモチベーションになるのだ。






















● 海だ!!!

今日ようやく海岸線に到達した。

これまでずっと山の中や街の周辺だったのが、一気に視界が開けた。
徳島の海はコバルトブルーに照り輝いていた。

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抑えがたい開放感は、海を目の前にしたことだけではない。
四国遍路の難所トップ3(焼山寺、鶴林寺、太龍寺の山越え)を、無事クリアしたことがでかい。
今日の宿は日和佐というウミガメの産卵で知られる漁港だが、宿の女将がいうには、「日和佐までたどり着いた人は最後まで行ける」そうな😁

宿近くのスーパーマーケットで巻き寿司とカツオのたたきと山クラゲのお浸しを買って、防波堤に座って、暮れゆく日和佐の海を眺めながら、ノンアルコールビールで一人乾杯していたら、若い頃感じていたのと寸分たがわぬ旅情が甦ってきた。

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ウミガメも ふりだしに戻る 遍路かな





● 高知入り

高知に入った。

638mの水床トンネルを抜けたら、光溢れる高知が待っていた。

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国内外からサーファーが集まる、その名もホワイトビーチを擁する東洋町が、遍路にとっての高知入口である。朝から断続的に降っていた雨も上がって、夏の終わりのような陽光が浜辺に満ちた。

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海水に素足を浸したいというポエムな衝動に逆らいがたく、遍路スタイルを解除して、砂浜に降りた。
浜辺の東屋で潮騒を子守唄にうたた寝した。

遍路とサーファーが同宿する町。
両者を繋げているのは「海」という一文字。


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高齢者施設の看板。
高知らしい命名だけど、まず入居したくない、働きたくないなあ~😏

サーフボードの 隣りに杖を 置く夕べ



追記:むろん、この「慎太郎」とは、幕末の志士の一人である「海援隊」の中岡慎太郎のことである。









●  岬めぐり

東洋町を過ぎてから室戸岬までの約40㎞はほぼ海岸線を歩く。右手に山、左手に海、いくつもの岬と港や浜辺を繰り返しながら、国道55号を延々と行く。

日和佐で同宿した遍路経験ある女性が、「寺もなく、気晴らしになるものがないから、ここが一番しんどい」と言っていた。ソルティは逆に「こんな快適な道はない」と思った。
人それぞれ、何をしんどく感じるかは異なる。
意外なことに、ここまでの遍路路は思ったより楽だった。山歩きや秩父巡礼、なにより介護の仕事で、足を鍛えていたことが大きいようだ。

高知の岬めぐりをしていると、いろいろ気づかされることがある。
ひとつは、植生の変化。
やはり南国である。

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庭先のハイビスカス


いまひとつは、津波対策。
どの町にも鉄骨の津波避難タワーというのが立っている。それが町で一番高い建物だったりする。
高知出身の友人からのメールによると、昨晩泊まった東洋町は、10年ほど前に核の最終処分場に手を挙げて、高知で大揉めになったそうだ。3.11が起こって話は立ち消えになったらしい。
そもそも、津波対策が必要な町に核処分場をつくる、という発想がどこから出てくるのだろう?

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海が悪いのじゃない。
人が愚かなのだ。

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180度の海 中心点は空なる私






● 室戸岬の釈迦如来

今朝は、廃校となった小学校を利用した室戸廃校水族館に寄った。メディアで紹介されるなど大人気で、週末は混み合うらしい。

平日の開館直後だったので、一人でじっくり見て回ることができた。

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プールの中にサメやウミガメが泳いでいたり、飛び箱や手洗い場を覗くと金魚やトコブシがひしめいていたり、教室だった場所に置かれた巨大水槽の中でエイが優雅に羽ばたいていたり、懐かしさを伴う不思議な感覚に襲われる。

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特段珍しい生き物がいるわけではないけれど、時間を忘れる楽しさだった。
アイデアの勝利だ。


昼過ぎに室戸岬到達😆
55号線を歩いていて、前方に弘法大師の白い像が見えた時は、さすがに胸にジンと来るものがあった。

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岬の先端に東を向いてすくっと立ち、「嵐よ。来るなら来い」とばかりに太平洋をグッと睨んでいる。
頼もしい。

近寄って背後に回ると、金色のお釈迦様が横たわっていた。
いわゆる涅槃像である。
こちらは、太平洋に尻を向けて、テレビを見ているうちに知らず寝入ってしまったオバチャンのようなしどけないポーズ。

一体、なぜに両者は背を向け合っているのか❓

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答えは簡単。
お釈迦様は北枕で西を向いて亡くなったとされているからである。
そのエピソードに従うと、室戸岬東岸では海に背を向けざるをえなくなるのだ。
別に、本来顕教であるべき仏教を密教にしてしまった御大師様を怒っているわけではない。
(でも、空海は海、釈迦は陸に、顔を向けているって、なんとなく象徴的だ)

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「諸々の現象は過ぎ去るものである。怠ることなく修行を完成させよ」




● ご褒美

今日はこれまで最長28キロ歩いた。
宿に着いたのは、18時ちょうど。(寄り道が過ぎた)
さすがに疲れたが、ご褒美も大きかった。



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奈半利から見た足摺岬に沈む夕陽




● 大ボケ小ボケ

昨日、高知市に到着した。
久しぶりの大都会は新鮮である。
31番竹林寺を打ち終えて、五台山に登って展望を楽しんでいたら、自転車で登ってきた若者に声かけられた。
高知大学のイケメン1年生だった。
眼下の夕暮れの市街地を眺めながら、しばし会話を楽しんだ😁

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多くの遍路は繁華街に立ち入らず、素通りして先を急ぐのだが、高知久しぶりのソルティはここでオフを取ることにした。

今日はホテル近くのバス停から、龍河洞に出かけた。日本三大鍾乳洞の一つである。
通常30分で回るコースを2時間かけて、じっくり見物した。
鍾乳石が1センチ伸びるのに100年かかると言う。それが十数メートルの柱になっているのだ。
まさに悠久。
2時間くらい短いものだ。

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帰りは、途中の土佐山田駅でバスを降りて、土讃線で高知駅に戻るつもりであった。
乗り鉄趣味は遍路していても変わらない。

列車の待ち時間に、駅前のレストランでシーフードカレーを食べた。
発車時刻ぎりぎりまで、新聞を読んでいた。

店を出て、高知駅までの切符を買っていたら、離れたホームに列車が入ってきた。
「あ、あれだ」
足早に跨線橋を渡り、列車に飛び乗った。
背後でドアがシュッーと閉まった。

全員同じ方向を向いているリッチな感じの客車を見て、気がついた。
「あ、急行に乗ってしまった!」

しかし、この時間に高知方面行きの急行はないはず。
もしかするとーー

社内放送がのたまわる。
「次は大歩危です」

反対方向(高松)に行く急行に乗ってしまった!

列車はみるみるスピードを上げて、深い山の中に入って行く。

自らの失態にあきれ果てて、呆然と車窓風景を眺めていたら、若い車掌さんが通りかかった。
事情を説明すると、ソルティの切符に「誤乗車」と書き入れて判を押してくれた。

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「次の大歩危で降りて、逆方向の列車に乗ってください」
むろん、そのつもりだ。が、
「大歩危までどのくらいかかりますか❓」
「40分くらいです」
「・・・・・。」

かくして、今、高知方面の列車が来るのを50分近く待ちながら、大歩危駅ホームのベンチでこれを記している。

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100年に比べれば、2時間ちょっとのロスくらいどうってことない😂😂😂












● セイタカアワダチソウ

この時期、高知を歩いて一番目立つ草花は、ススキでもコスモスでも芙蓉でもなく、セイタカアワダチソウである。
道路沿いに、田野に、山の中に、その名の通り、人の背丈を超える高みから、やまぶき色した穂のような花の大群が、通り過ぎる遍路たちを見下ろしている。

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見て愛でるような美しい花ではない。
それはいいとして、問題はこの花のすさまじいまでの繁殖力である。

この花は竹やスギナと同じように地下に根を張って仲間を増やしていくのだが、その際に根っこから毒(化学物質)を出して周囲の草花を根絶やしにしてしまうのである。
セイタカアワダチソウが土地の一角に生えると、もともとあった草花たちは姿を消して、あっという間に、あたり一面、黄色く染められてしまう。

外来種のセイタカアワダチソウが、日本の伝統的な秋の草花たちを一掃する。
かくして、単調で凡庸な秋の光景が広がっていく。

そんなことを考えながら歩いていたら、前方から来た70代くらいの男に声かけられた。

「何か悩みでもあるのですか❓」

「遍路=悩みがある」というイメージはやはり強いので、その問い自体には驚かないが、普通は、歩いている遍路に対してその問いを直接ぶつける人は、土地の人あるいは遍路同士を問わず、まずいない。デリカシーというか、プライバシーの問題である。
なので、その強引な声かけに不意をつかれ立ち止まった。

ひと呼吸置いて、
「いや、別にありません」
ソルティがそう答えると、男はちょっとがっかりしたようであった。
が、ひるまず問いかけてくる。
「真言宗を信仰してますか❓」
これもプライバシーの領域と思ったが、
「いいえ、違います」

もはやこちらの答えなど関係ない勢いで、男は続ける。
「真言宗は弘法大師空海が説いたけど、もともとはお釈迦様の教えです」
「????」
「でも、お釈迦様が本当に伝えたかったのは、法華経だったのです。涅槃に入られる前に、そうおっしゃられました」

こちらが何も知らないと思って、よくもまあそんなデタラメを言いやがって・・・・
と、内心あきれたが、この強引なこじつけが一体どこに落着するのかが気になる。

「だから、真言も浄土も方便です。法華経こそがお釈迦様の真実の教えです!」
そう力強く言って、男は一枚のパンフレットを差し出した。
見ると、日蓮正宗のお寺の案内だった。

男「道中お気をつけて」
ソルティ「ありがとうございます」

そう言って別れた。

お釈迦様の真実の教え・・・・ねえ。

周囲のセイタカアワダチソウが迫ってくるかのように暑苦しく感じられた。
































● 同行三人

四国遍路の旅は、弘法大師(杖)と一緒の同行二人と言われているのだが、高知に入ってからというもの、ソルティの旅は同行三人が続いている。

三人目は、高知県民なら誰もが知ってるアイドル的人気の可愛い女の子で、名前と緑色の瞳から、ハーフか外国人かと思われる。
最初に出会ったのは室戸岬に向かう途中の道の駅。
あまりの可愛らしさとおいしそうなオーラに、ソルティおじさん思わず手に取って、レジに連れて行ってしまった。

彼女の名前は、ミレーちゃん。


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高知市にある野村煎豆加工店が60年前から製造販売しているビスケットで、油で揚げた生地のサクサク感と香ばしさに、天日塩のまろやかな味付けが相まって、食べ始めたら止められない美味しさなのだ。
種類も伝統的なプレーン味のほか、コーヒー味、キャラメル味、ブラックペッパー味、南国ならではの柚味などいろいろ取り揃えている。
ソルティのお気に入りは、プレーン味とレモン味である。

ミレーちゃんキャラクターは、高知出身のやなせたかしがデザインしている。

このビスケット、コンビニには置いてない。地元のスーパーや道の駅や土産物屋で一番目立つ所に置かれている。そこがまたいい。

ソルティは常にリュックに小袋を一つ忍ばせておいて、長い遍路の休憩時につまんだり、素泊まりの夜の軽い夕食のあと、コーヒー片手に日記を書きながらボリボリ頬張ったりしている。

ぜひぜひ、食べてミレー!







● 足摺の奇跡 

現在、四国遍路88札所間の最長区間である37番岩本寺と38番金剛福寺の途上にいる。
四万十川を越えて足摺岬に向かう道で、その距離なんと80.7㎞。

2番目に長い区間は、23番薬王寺から24番最御崎寺までの室戸岬に向かう75.4㎞で、これを自分は一日20㎞ずつ歩いて三泊四日で完遂した。その時は、そのぐらいのペースが限界だった。

あれから広い高知を横断すること10日。その間に幾多の峠を越え、山の上にある札所を訪れ、シーサイドを黙々と歩き続け、日に日に脚力が付いてきた。太ももとふくらはぎの筋肉が増強し、毎日部活動で走り回っていた高校時代のような、はち切れんばかりのパンパンの足になった😁

一日20㎞が限界だったのが、20㎞では物足りない、急いでいるつもりはまったくないのに予約した宿に早く着きすぎてしまうようになった。
そのうち限界設定が一日25㎞になった。

いま、足摺岬までの80㎞を一日30㎞ペースで進んでいる。二泊三日で到達する。
自分でも、この進化に驚いている。

使わないと退化する。
使えば進化する。
当たり前のことなのだが、50才過ぎた肉体をあまりに見損なっていた。

明日はいよいよ足摺岬だ。

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四万十は 万万とまた 万万と



● 爽やかなオヤジたち

一週間以上、ほぼ同じペースで歩き、同じ土地で宿を取り、休憩所や札所でよく一緒になった二人の遍路仲間と、今日お別れした。

一人は地元香川在住のTさん。
定年退職して、「意気揚々と(本人弁)」遍路を始めたものの、足の痛みと腫れで断念寸前まで追い詰められた。ところが、「奇跡的に(本人弁)」腫れが引き、痛みもなくなった。そこからは60代後半とは思えぬ馬力と活力で、グングン歩いている。
よく舌の回る根っから明るいキャラクターで、よく笑わせてくれた。

いま一人はソルティと同じ東京から来ているKさん。
なんと22巡目のベテラン遍路である。55才で退職して、それから年に2回四国に来ている。なぜそんなことが可能なのか聞かなかったが、まずうらやましい身分である。ソルティやTさんのような新人遍路に、道や宿のことを始め、いろいろと役に立つ情報を教えてくれる親切な人だ。

道の上で知り合い、情報交換し、しばらく一緒に歩いたあと、別れていく。その後、休憩所や寺や宿でまた顔を合わす。そんなつかず離れずの関係が、遍路の典型的な交わりである。

歩く時は基本一人、いや弘法大師とミレーちゃんとの同行三人である。
人にはそれぞれの歩くペース、休むペース、写真撮影など寄り道するペースがある。短い距離なら、どちらかがもう一方に合わせることもできようが、何十キロにも及ぶ長い距離では、合わせ続けるのは無理である。マイペースを保とうという強い意志がなければ、とてもとても1200㎞歩き倒せるべくもない。
その意味で、遍路は孤独である。

しかし、同じ道を同じ目的地を目指して歩いている仲間が、自らの前方や後方にいるという思いが、歩き続ける力になる。

足摺岬突端の金剛福寺を打ち終わった遍路は、次の札所へ向かう3つのルートからどれか一つを選ぶ必要がある。
ソルティは、TさんやKさんとは別のルート、海岸線に沿って岬を回る最も長いルートを行くつもりだ。他の二つのルートより日数が余分にかかるので、二人からは遅れることになる。

足摺岬の手前で、すでに金剛福寺を打って往路を戻って来た二人と出会い、握手して別れを告げた。

ベテラン遍路のKさんには携帯番号を教えてもらったので、この先わからないことがあったら教えてもらえる。心強いサポートセンターを得た思いだ。

10日間弱の短い時間ではあったけれど、世代や立場や属性を超えた、爽やかな交流だった。


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落陽せまる足摺岬



















● 見残海岸の煙

天気の良い日が続いている。
高知に入ってから、レインウェアが必要なほど降られたのはたった一日だけ。それも高知の遍路道には珍しい、海岸沿いでなく内陸部を歩いた一日だった。
室戸岬から足摺岬まで、海岸を歩く時は常に夏日のような陽光の下、紺碧に輝く海が波打っていた。

言うまでもなく、晴れと雨とではまったく気分が違う。
雨の日は景色も沈んでいるし、レインウェアを着て防水したつもりが、歩いているうちに汗をたくさんかいて内側からぐっちょり濡れてしまい、ウェアが意味をなさない。
サウナスーツを着ているのと変わりない。

服はまだいい。
靴の中に雨が染み込むのが一番怖い。
足の裏が濡れると、マメが出来やすくなるからだ。
遍路は誰しも「ウェットシューズ恐怖症」になっている。

晴れている。
それだけでもう何もいらない。
十分幸せな気分になる。

今日は足摺岬をあとにして、奇岩の名勝・竜串海岸まで24㎞を歩いた。
到着後、四国中を修行で歩き回った空海が唯一見残した場所と言われる「見残海岸」へと、グラスボートで渡った。
グラスボートとは、船底に透明な板が取り付けてあって、船の中から水中の様子が覗けるボートである。

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サンゴ礁を泳ぎ回る南国の魚たちが、いかにも涼しげであった。

その後、見残海岸にただ一人上陸し、ボートが迎えに来てくれるまで小一時間ほど奇岩鑑賞した。

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24㎞歩き続けたあとで、アップダウン激しい岩場を小一時間散策できる自分に驚く。
余裕と言うよりも、好奇心のなせるワザだ。
足が疲れているにもかかわらず、長く急な階段を展望台まで登って、この目で景色を確かめざるを得ない。
「展望台」という表示にどうも弱い。

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なんとかと煙は高いところが好き、を地でいくソルティである。





● 出会いの洪水

足摺岬の西海岸を回るルートを選んだ結果、他の歩き遍路とほとんど会わなくなった。
今日見かけたのは、逆打ちしている一人の男だけ。
他のルートより時間が余分にかかるためか敬遠されがちだけど、もったいない話である。

西海岸の巨岩や奇岩や絶壁が黒潮との衝突によって創り上げるダイナミックな景観は、室戸岬とも、足摺岬の東海岸とも比較にならないド迫力。
気宇壮大という言葉がピッタリ。
ことに、叶崎あたりの光景は寒気がするくらいの荘厳さで圧倒されっぱなしだった。

今日は、遍路仲間との出会いが無くなった分、ほかの風物との出会いに満ちた一日であった。


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叶崎の休憩所に居着いている子猫たち。
人懐っこく、膝に飛び乗ってくる。
加重も厭わず、リュックに入れて東京まで連れて帰りたいほどであった。
新鮮な魚を食べつけているのだろう。
こちらが差し出したミレーちゃんには、見向きもしなかった。

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月山神社近くで見たウロコ雲。
天も地に負けずにダイナミックさを競う。


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月山神社へ続く山道にたくさん吊り下げられた地元の小学生のメッセージ。
きつい傾斜もなんのその。
大いに励まされた。


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大月町ご自慢のコスモス畑。
中を歩いていると、天国にいるかのよう。


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月山神社付近の木々はどれも根元から幹が複数に分裂して生えている。
専門用語で「株立ち」というらしい。
木の種類を問わず全山そうなので人為的なものではないと思われる。
不思議😮😮😮

むろん地域の住民ともたくさん挨拶し、会話を交わした。(お饅頭とリンゴジュースのお接待あり)


出会いの洪水に消化不良を起こしそうな日であった。

















● オフ中のオフ呂2

昨日、高知県の最後の札所である延光寺を打ち終わった。
疲れも溜まっていることだし、右足首に違和感もあるので、今日はオフにした。

土佐くろしお鉄道の東宿毛駅から30分ほど乗った中村駅に行き、少し前に雨の中を通り過ぎた四万十川に舞い戻る。

土日祝日は、土佐くろしお鉄道は一日フリー乗車500円とかで、往復で720円も得してしまった😁

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中村駅前の観光案内所でレンタサイクル(5時間1000円)し、四万十川を見に行く。

ずっと歩いている遍路の身には、自転車の速さは驚異的である。
坂を下るときなんか、つんのめりそうで怖いほどだ。

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快晴の四万十川は眩しかった。
が、思ったほど透明度は感じられなかった。
もっと上流に行けば違うのだろうか?

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雄大な景色を堪能したあとは、ネットで見つけておいた温泉施設に向かう。
やっぱりスマホは便利だなあ~

四万十温泉・平和な湯(600円)

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打たせ湯で両肩の凝りをほぐせたのがよかった。
露天風呂のリクライニングチェアに寝転がって、雲一つない青空を見ていたら、確かに「平和な」気分になった😴
風呂上がり恒例の体重測定では、なんと遍路開始前より5キロも減っていた😙


明日から愛媛に入る。
昨晩は壊れた竹笠と輪袈裟を修繕した。
(Pよ、裁縫セット役に立ったぞ!)

高知県、楽しかったなあ~
海、きれいだったなあ~
魚、うまかったなあ~

さよなら、四万十
さよなら、カツオのたたき
さよなら、ミレーちゃん



青空よ 見つめているのか 見られているのか









● 愛媛入り

愛媛に入った。


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国道56号線の正木トンネルを抜けると、高知とはどこか違った“気“が感じられた。
やんわりした穏やかな“気“が。
相変わらず陽射しは強いが、四国の西海岸は風が強いらしく、汗ばむことはない。

秋らしい里山風景に心和む。

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右足首の違和感が続いているので、一日20㎞の初期設定に戻すことにした。
休憩も小まめに取る。
なかなか行程は進まないが、まだあと半分残っていることを考えれば無理は禁物。
ルートもなるべくアップダウンの少ない道を選ぶことにする。

そう。
今日の観自在寺でほぼ600㎞に達した。
ここは一番札所の霊山寺から最も離れた地点にあり、裏関所と呼ばれているらしい。
昔ながらの寺町風景と、全国共通のバイパス沿線風景が入り混じっている。

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今日は素泊まりなので、宿の自転車を借りてバイパス沿いのデカいショッピングセンターにご飯を買いに行った。
中華弁当とノンアルコールビール。
「龍馬1865」という銘柄は初めて見た。
なんでも、龍馬が初めてビールを飲んだのが、1865年だそうである。

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● 遍路小屋の再会 

この時期、高知がカツオのたたき攻勢だとしたら、愛媛はもちろんこれである。


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国道沿いの無人販売所に投げ売りのような価格で山と積まれている。
遍路でなければ喜んで5袋くらい買っていくのに、いかんせん重荷になる。
泣く泣く見送ることになる。

ある瀟洒なデザインの休憩所で休んでいたら、ミカンの袋を抱えた40代と覚しき男がやって来た。
靴下まで脱いでくつろいでいるソルティを見て、ちょっとビックリしている。
なんと遍路のための休憩所(遍路小屋)かと思っていたら、無人販売所だったのだ。

恐縮して謝ったら、
「良かったら、倉庫のほうで休んでください」
と言う。
まったく四国の民ときたら・・・・・!

「もう十分休んだので出発します」
と言うと、彼は手にした袋の中からミカン2個取り出して、こちらに差し出した。
「重荷になるから、たくさんはかえって迷惑でしょう」
よく分かっておられる。

その後の道中もミカン接待は続き、結局一日で半ダースもいただいた。
当地ではビタミンC不足の心配はなさそうだ。


それにつけても、地域の人々のお遍路サポート魂には驚くばかり。
個人的なお接待はむろんのこと、各地域で「遍路小屋」と呼ばれる東屋風の休憩所を建て、お遍路さんが疲れた足を休めるよう便宜を図ってくれる。
今日利用させてもらった愛南町の休憩所など、トイレ併設、エアコン付き、コーヒー・日本茶・紅茶サービス、まさに至れり尽くせりであった。
ほんと頭が下がるm(_ _)m


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こうした休憩所の多くには落書きノートが置かれていて、利用した遍路たちがメッセージを残せるようになっている。
当然、感謝の言葉が並んでいる。

ソルティも一筆書いて、ページをめくりながら他の遍路のメッセージをさかのぼって読んでいたら、高知市の宿で相部屋になった台湾人の青年と、足摺岬の宿で夕食を共にしたアメリカ人女性の名前を見つけた。

彼らもここに寄って休んだのか!

なんだかうれしい再会だった。













● トンネルか、峠か?

へんろ道は山が多い。
300メートル超える山が20以上ある。
うち15は500メートルを超える。

昔の遍路さんはみな、この山をひとつひとつ足で越えていったのだ。
頭が下がる。

今は道路が整備されて、多くの山では迂回路を取ることができる。
なによりかにより、トンネルが通っているところが多い。

遍路はそこで選択を迫られる。
昔ながらの「へんろみち」を選び峠越えするか、それとも車道を選んでトンネルを抜けるか。

トンネルを選べば、
①肉体的にラク。
②時間が大幅に短縮される(=距離を稼げる)
③道に迷うことがない。
④雨や雪や風をしのげる。
メリットが大きい。

一方、デメリットもある。
①排気ガスを浴びる。
②交通量の多い所は危険。
③景色が楽しめない。
④遍路気分を味わえない。
⑤ラクな道を選んでいる後ろめたさにかられる。

「俺はトンネルは一切使わない」と決めて歩いている猛者というか苦行マニアもいる。
へんろ道でなく国道ばかりを選んでトンネルメリットを享受する人もいる。
多くの遍路は、その日の気分や体調、予定の道のり(その晩の宿泊地)を鑑みて、随時どっちにするか決めているようである。
ソルティも基本そうなのだが、高知の終盤で右足首を痛めてからというもの、峠越えを回避して迂回路やトンネルばかり選んできた。
また、西予地方は7月7日の豪雨災害の爪痕生々しく、峠越えのへんろ道が土砂で埋まり、いまだに通行止めになっているところもある。
さすがの猛者もこれには逆らえまい。

大事をとって無理しないでいたおかげか、足の調子は良くなってきている。
一時は「疲労骨折じゃないか。通し打ち断念か」と覚悟を決めたほど、痛みが強かった。
どうやら、一日25キロを超えるとダメ出しが来るようである。
飛行機の手荷物制限か!

昨日は、標高470メートルの峠越えがあった。
43番明石寺のある西予市から、別格7番&8番のある大洲市に入る境にある鳥坂峠である。
例によって、国道56号線を歩いてそのまま鳥坂トンネルを通過するルートと、トンネルの少し手前でへんろ道に入って峠越えするルートがある。
ソルティは、リハビリの意味を込めて久方ぶりに峠越えを選んだ。
これから別格7番出石寺(812メートル)や久万高原のひわた峠(790メートル)が控えているからである。
文字通り、足慣らしが必要だ。
そしてまた、鳥坂トンネルは交通量がとても多いのに、道幅が狭くて、歩道がついていない。それが1117メートルも続く。
トンネル派でも回避したくなる物件だ。

峠に入る村道の入口でしばし休憩したあと、ストレッチしてへんろ道に入った。
まもなく山道が始まった。
大丈夫、痛みはない。
スイスイと登っていける。

やっぱり、へんろ道はいい。
空気は澄んでいるし、景観も目の保養になる。
靴底の感触もアスファルトとは違って、柔らかだ。
車だらけの堅い国道とは比べものにならない快適さ。

と、林道に出た。
標識に従って右折。
道は平坦になり、それから徐々に下っていく。
「おお、もう頂上に達したのか! 早かったなあ~」
甦った健脚にうれしさ一入である。

道なりに進んでいくと、不意にとんでもない光景が現れた。

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どう考えても、これは通行止めである。
道を間違えたに違いない。
標識を見落としたのだろう。
あるいは、さっきの分岐で右と左を取り違えたか。
それにしても、通行止めの標識がなかったのはどうしてだろう?
それすら見落とした?

しばらく呆然と土砂の山を眺めていた。
「戻るしかないか」
が、さっきの分岐から歩いてきた距離を思うと、簡単に引くに引けない。
ここはスマホの出番だ。
Google Map様々だ。

GPSで現在地を確認する。
山中なので今いちよくわからないが、さっきまで歩いていた56号線が近くを走っている。
そこに出ればなんとかなる。
問題は、この土砂の向こう側らしいということだ。

イチかバチか、土砂山に登ってみた。
見ると向こう側にはきれいな林道が続いている。
崖崩れはほんの一角だけみたいだ。
そのまま土砂山を越えて、向こう側に降り立った。
良い子はマネしちゃいけない。

GPSを頼りに道なりに下っていくと、木々の間から国道56号が下方に見えた。
ほっとした^_^;

さらに下っていくと、道の真ん中に「通行止め」の標識があちらを向いて立っていた。
「やっぱりな」
その脇を通り抜けて小さな村落を下っていくと、国道に合流した。
「やれやれ。どうにか峠は越えたようだ」

だが、どうも目の前に広がる国道沿線の里山風景に見覚えがある。
トンネル前から分け入ったへんろ道に似ている。
もしかして・・・

GPSで確認する。

鳥坂トンネルはすぐ近くにある。
その向こうが大洲市だ。

!!

なんとまあ、ソルティは結局、トンネルの左側から山を登って、トンネルの上を通過し、トンネルの右側に降りたのであった!

・・・・・・・。

もちろん、もはやトンネルのデメリットなぞ目じゃない。
長い長い鳥坂トンネルに足は向かった。

かくして、トンネルも、峠も、制覇したのである。

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● 金山出石寺の夕日

伝統的な88の札所とは別に、特別にピックアップした四国各地の弘法大師ゆかりの20のお寺を別格霊場と言う。
1968年創設だから、今年がちょうど50周年である。
88+20=108で、合わせて回れば煩悩の消滅が期待できる・・・・らしい。

別格札所は、88の基本へんろ道のルート上に位置しているものもあれば、88ルートから離れているものもある。
いくつかは、離れている上に、山頂にある。
108すべてを打つのは大変なのである。

実はソルティは、別格札所も回っている。
煩悩の消滅を期待しているわけではもとよりない。
2ヶ月の予定で回っているので、別格もこなせるだろうと単純に思ったのだ。
これまで徳島と高知の6つの別格札所を比較的楽に打ってきた。

しかし、ここに来て問題発生。

右足首の痛みである。

一時は、通し打ちの断念まで考えたくらいなので、回復傾向にあるとは言え、無理はしたくない。
88ルートから離れた厳しい場所にある別格を打ちに行ったせいで、痛みが復活し、88札所も回れなくなったら元も子もない。

88を完遂することを最優先し別格は捨てよう、と決めた。
少なくとも基本ルートから離れた別格は次の機会に回そう、と。

愛媛に入ったら、徐々に足の具合は回復してきた。
ゆっくりしたペースで、適宜休憩を取りながら、一日25㎞以内に抑えれば、大丈夫なようだ。

回復してきたら、欲が出てきた。
「別格も続けられるのではないか?」
「せっかくここまで打ってきたのだから、あきらめたらもったいない」
「次の機会なんか当てにならんぞ」

そこに迎えたのが、別格7番金山出石寺であった。

基本ルートから14㎞離れている上に、812メートルの山頂にある。
往復するのに一日がかりだ。
別格の中でもトップを競う難所である。
 
 どうしよう?

数日間、歩きながら悩んでいた。
悩みながら歩いていた。

別格にこだわる必要はまったくないと思う一方で、スキップしたことをあとから後悔するのではないか、とも思う。
無茶しないのが賢明だと思う一方で、臆病風に吹かれているだけな気もする。
「山登りはお前の十八番だろう?」
「いや、だからこそ山の怖さが分かるのだ」
自分の中で、若者(イケイケ派)と大人(やめとけ派)が議論している。
「どっちにしろ、どうでもいいことじゃん。遍路なんて暇な人間のお遊びだろ。くだらん」
と達観する者もいる。

昨夕ついに大洲市に到着した。
別格7番の出発地である。
ここを離れたら、もうあきらめることになる。

宿にチェックインしたあと、思い余ってKさんに電話した。
高知のへんろ道で知り合ったベテラン遍路である。
Kさんは言う。
「別格7番の道について詳しい人がいるから、彼に聞いてみたらどうかな?」
遍路に人気ある大洲のT旅館の名を挙げた。
そこの主人が詳しいらしい。

ソルティはさっそくT旅館に電話をかけた。
すると、ご主人は別格7番へ行くわかりやすい資料をくれると言う。
「ありがとうございます。今から取りに伺います」

15分ほど離れたT旅館に着くと、ご主人が出てきた。
思ったよりずっと若い。
なかなかのイケメン。
「まあ、上がってください」
応接間のようなスペースに案内され、ご主人作成の地図をいただき、ルートのポイント部分を撮った写真を示しながら手取り足取り説明してくれた。
もうこの時点で、ソルティの不安はすっかり解消されていた。
「よし、明日行こう」

あとから考えたら、Kさんに電話した時点で、行くことは決めていたのだ。
ソルティは後押しが欲しかったのだ。

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そして今、出石寺の宿坊にいる。

山道は思ったほど険しくなかった。
整備が行き届いて、道標もこまめにあった。
T旅館のご主人からもらった地図は完璧なガイドだった。
いつものことながら、案ずるより産むが易し。

雲の下に、朝の大洲の町を見下ろす神秘的光景。
標高の高い山寺だからこそ味わえる清新な大気。
伊予灘を挟んで国東半島に沈む夕日と、その南に横たわる大分県と宮崎県。
108の札所中、四国から九州が見えるのはきっとここだけだろう。
そして今、滅多に味わえない独りきりの宿坊の深い静寂に満たされた夜。

本当に来て良かった。
あきらめないで良かった。

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● ノーベル賞のふるさと

弘法大師がその下で野宿したという十夜ヶ橋から久万高原に向かう途中に、内子という町がある。
江戸や明治の伝統的な造りの町屋や豪商の屋敷が今も残るタイムスリップな町並みが、興趣をそそる。
そこから小田川に沿って二里ほど山の中に入ったところに、大瀬の里がある。
ノーベル文学賞作家・大江健三郎のふるさとである。

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燃料店をしていたという実家は今も残っていて、内子ほどではないにせよ、瀟洒な家並みの中にある。

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二十代の頃、この作家にはまったソルティにとって、ここはいわゆる“聖地“と言える。
彼の小説(とりわけ初期)の原風景はここにあったのか!
と、ワクワクしながら小さな集落を歩き回った。

その後、また遍路に戻り、しばらく歩いていたら、80才はゆうに越えていると思われる翁に遭遇した。
道行く遍路にお接待したり、病気や事故で困っている遍路を助けたり、近くの名所まで道案内したり、遍路との交流エピソードの尽きない人だった。
そんな話を聞いていたら、自然、大江健三郎の話になった。

なんと翁は、大江の親戚筋だったのである。
若い頃、大瀬まで店の手伝いに行ったこともあると言う。
翁曰く、
「とにかく子供の頃から頭が良かった。あんまり出来がいいから、内子の学校まで越境通学していた」

さもありなん。

「ノーベル賞取った時はマスコミが押し寄せて、そりゃあ、たいへんな騒ぎだったよ」

とてつもなく澄みきった小田川のほとりの、この小さな山間の里が一躍脚光を浴び、揺れに揺れた光景を想像し、心がニンマリした。

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文豪を「健ちゃん」と呼ぶ 大瀬老














● 秋からのお接待

久万高原の45番岩屋寺あたりは、天を指して聳え立つ奇峰・奇岩群で知られるところである。
お寺自体も巨大な岩壁のたもとにあって、巨岩の細い隙間を鎖や梯子を頼りに登っていく「せりわり禅定」という修行場がある。

このお寺からの帰り道の国道沿いに、「古岩屋」という奇峰群の名所があって、UFOでも飛来しそうなアリゾナ的非日常雰囲気が漂っている。

ちょうど今、紅葉真っ盛りだった。

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延々3時間半の登りの疲れが一挙に癒やされた。
秋の山々からのお接待であった。






● オフ中のオフ呂3

ついに松山市に来た。

ここには何百年も前からの遍路のオアシスがある。

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道後温泉は日本最古の温泉だという。
当地出身の一遍上人はもちろん、空海や聖徳太子、さらにさかのぼって大国主命も入ったそうだ。
ソルティは初めてである。

遍路の大先達である江戸時代の真念が書いたガイドブックによれば、「道後温泉には5つの湯壷」がある。
案内パンフレットを確かめたら、今も同じ5つであった。
江戸時代は身分によって入る湯壷が違っていた。
5番めの湯壷は「非人と馬」専用だったらしい。
今はどの湯壷になっているのだろう?


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現代は身分ではなくて、懐具合で5つのコースに分かれている。
ソルティは奮発して上から2番目の1250円コースを選んだ。
タオルとみかん石鹸と浴衣付きで、3つの湯壷(男の場合)に入れて、湯上がりは専用休憩室でお茶とお菓子がいただける。
漱石や子規が過ごした明治時代の空間から、朝まだき平成の道後の町を眺める。
ちょっと贅沢な時間😉

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だけど、ここは一度行けば十分だな。
確かに湯の質は良いけれど、休憩も含め1時間以内という時間制限がある。
朝(6時開業)から列を成す人気名所なので仕方ないが、のんびりはできない。

午後は荷物をホテルに預けて松山観光。
と言っても、松山城を遠目に見て、中心街をぶらぶらして、路面電車に乗れば、余は満足である。
途中見つけたスピード床屋でスポーツ刈りにした。

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JR松山駅前のホテルにチェックイン。
夜は近くの温泉施設に出かけた。
650円で時間制限なし。
やっぱ、これでなくちゃ、ネ。

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行程は残り3分の1。
路銀も残り少なくなった😂😂😂
あと20日以内で結願しなければなるまい。

一日一日を大切に楽しもう。









● 遍路タイム

通し打ちも1ヶ月も過ぎると、遍路生活が板に付いてくる。
非日常であったはずの遍路が日常に移行し始め、自分なりの一日のスケジュールが出来上がってくる。

ソルティの一日はおおむね次のように過ぎる。

5:30 起床(夜が早いから自然目が覚める)
   荷物を取りまとめる
6:00 朝食
6:45 排便
7:00 宿をチェックアウト
   歩き開始

ソルティは50分歩いたら8分休みを取るサイクルにしている。(山登りの時と同じ)
午前中に4回、このサイクルを繰り返したところで、30分程度のランチ休憩。
午後は3回繰り返して、歩き終える。
このサイクルの合間合間に、札所でのお参りと納経(寺での滞在時間は20~30分)や、通りすがりの地元住民との会話や、興味を惹かれた事物の寄り道が入るので、宿に着くのはいつも4時くらいになってしまう。

4:00 荷物を解いて汗だくの服を脱ぎ、一服
4:30 お風呂
5:00 洗濯
   明日の行程チェックと宿の予約
   出納帳をつける
6:00 夕食(他の遍路との交流)
7:00 日記をつける(余裕があればブログ更新)
8:00 横になって瞑想(足の疲れで坐が組めない)
   今後の行程をあれこれ検討しつつ就寝

健康的な生活である。
遍路に出て、いろいろな病気が治ったという話をたくさん聞くが、さもありなんと思う。
運動不足と食べ過ぎと思い煩いの3つが無くなれば、日本人のたいていの病気は良くなるだろう。
80才90才のベテラン遍路を多く見かけるのも不思議なことではない。

だが、遍路たちを待っている別の病がある。
難治性の厄介な病である。

「お四国病」

四国遍路を一度経験した者が、遍路の魅力に取り憑かれて、何度も繰り返さざるを得なくなる。
ある意味で「遍路アディクション」と言ってもいいのかもしれない。
ソルティのこの旅のサポートセンターであるKさんなど、まさにそうだろう。
年2回の通し打ちを10年以上続けているのだから。
彼曰く、
「お彼岸になると、行きたくなるんだよね~」

四万十のオフ中に中村駅で出会った60代のおばちゃんは、まさに結願し終えたばかりで、高知の友人に会いに行くところだった。
興味津々で遍路の感想を伺ったら、こう言った。
「これが最初で最後。もう二度と来ない!」

ソルティは果たしてどんな感想を抱くのだろう?
遍路タイムからの社会復帰は可能なのだろうか?

ま、なるようになるほかない。


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ここからは 右頬灼ける 瀬戸内海

















   


   

● 菊のお接待 

朝7時半、伊予亀岡駅から歩き始めたソルティの足取りは軽快とはほど遠いものであった。

昨日は松山市内からこの伊予亀岡までの約32㎞を歩き、そこから予讃線に乗って、宿のある伊予北条まで戻った。
何時間もかけて歩いた道をわずか20分で帰っていく徒労感。
疲れが倍増した。

その上、どうやら風邪を引いたらしい。
喉の痛み、鼻水、痰、咳、体熱感、だるさ。

昨夜は早めに布団に入って、しっかり眠るつもりだったが、そうは問屋が卸さなかった。

泊まったのは民家を改造したユースホステル。
夜遅くまで元気なユースのはしゃぐ声が聞こえていた。
飼っている犬の吠える声も。

ユースでない自分をしっかり痛感させられた😥😥

そんなわけで、足取り重く伊予亀岡駅を出発したソルティであった。

駅前からへんろ道に入って、すぐのところで思わず足を止めて、感嘆の声を上げた。

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手入れをしているおばちゃんに話を聞くと、もう何十年も趣味で育てていると言う。
段上になるよう丈を長短揃えて、花球が大きくなるように咲かすのは、技術がいるそうである。
「ここはへんろ道なので、通りかかった遍路さんの目の保養になればと思って・・・。毎年、夏から準備しているんですよ」

今、9割の開花状況とのこと。
「あと数日で終わりでしょう」

「きれいに咲かすには根をしっかり張らせないとダメ。人間と同じ。すぐにぱっと咲くのは、小ぶりですぐに枯れてしまう。じっくり栄養つけて根がしっかり張ると、最後に大輪の花をつける」

いささか耳の痛い言葉ではあったが、まさに開花時期にここを通りかかった幸運に感謝した。

その後の足取りが軽くなったのは言うまでもない。












● 風邪の功名

ユースホステルの寝苦しい一夜の反動から、昨夜は誰もが知っている大手チェーンホテルに泊まった。
素泊まり4800円は遍路宿としてはやや高めだが、健康には代えられない。
風邪をこじらせると厄介なので、思い切って明日はオフにしてホテルにこもっていようと決めた。
天気予報は午後から雨模様と言っているし。

フロントに連泊を頼んだところ、
「明日は満室なんです」
ビジネス客で埋まっているそうだ。
「こんな愛媛の片田舎で?」
意外であった。
災害復興関連の業者だろうか。

うまくいかない日もある。

今朝はチェックアウトぎりぎりの9:50まで部屋で横になっていた。
風邪薬を飲んでホテルを発った。

ベテラン遍路が作成した「歩き遍路ハンドブック」(ビギナー必携)に載っていた素泊まり3000円の安宿まで移動して、そこで養生することにした。
14キロ程歩かなければならないが、そのくらいなら症状が悪化することはないだろう。

午後3時ジャスト、宿に到着した。


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モーテルを遍路宿に改造したつくりで、各部屋はまんまモーテルの一室である。
ホテル以上の独立感がある。
畳敷きの部屋はきれいで、6畳+3畳の広さ。
風呂はないが、トイレがついている。
(近くに温泉あり)


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ゆっくり休めそうだ。
そしてまた、オーナーのおばちゃんの親切なこと!
予約時に、風邪を引いたことを伝えていたのだが、到着したらバナナとヨーグルトとゆで卵と栄養ドリンクと生姜湯が用意されていた。
素泊まりなのに・・・

道中のコンビニで買ったパンとチーズでささやかな夕食とっていたら、ノックがあり、餃子の差し入れがあった。
無料で洗濯もしてくれた。
素泊まりなのに・・・

朝、遍路の支度をしていたら、ノックがあり、
「朝ご飯、下に出来てるけんね」
素泊まりなのに・・・!

ここに泊まった外国人遍路がブログで推奨したせいで、外国人が次々訪れるそうだ。
日本の世話焼きおばちゃんの「おもてなし」に、世界がぞっこん参っている。

連泊して、ここを拠点に近場の札所を回ることにした。

風邪を引かなかったならば、この宿に足を止めることはなかった。
チェーンホテルが満室でなかったならば、この宿に泊まることはなかった。

風邪の功名、とでも言おうか。

「やって来た出来事は、抵抗せず、おいらかに受け止めよ」
お大師さまがそう告げている気がした。


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