ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語を見て、旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、ボランティアして、デモに行って、無いアタマでものを考えて・・・・そんな平凡な日常の記録である。

ほすぴたる記(2019年12月踵骨骨折)

● ほすぴたる記 1 転落

今朝、通勤途中に駅のホームの階段から落ちた。

ほぼ階段の中ほどでつまずき、そのまま前のめりに頭から突っ込みそうになった。
どういう反射をしたのか分からないが、とっさにもう一方の足が出て、階段を蹴った。
そこから空中を泳ぎながら、数十段ジャンプしてホームに着地、勢い余って転がった。

おそらく、家の2階の窓から飛び降りた以上の衝撃だった。

自分も驚いたが、周囲はもっと驚いたようだ。
何人か駆けつけて声をかけてくれた。

外傷や痛みがないか確かめながら、ゆっくり身を起こすと、左足首に強い痛みを感じた。

しばらくしゃがみ込んだ状態で足首をさすったが、異変あるようだった。
ホームの柱に捕まって、ゆっくり立ち上がったら、左足を地面につけることができない。
歩くのもままならない。

立ち往生していたら、駅員が3人降りてきた。
親切な人が伝えてくれたのだ。

駅員が持って来た車椅子に乗ってエレベーターを上がり、駅員室に運ばれた。

痛みが続く。 
左足が動かせない。

「救急車を呼んでいいですか?」

これはそのレベルだと思った。

患者の付き添いではなく、当事者として乗る初めての救急車!
サクサクと必要な処置をし、搬入先を探す救急隊員のプロフェッショナルに感心する。

運ばれたのは自宅から歩いて20分ほどの大きな総合病院。
まずはひと安心。

良くて捻挫か脱臼、悪ければアキレス腱か骨折。
とりあえず、職場と自宅に連絡とった。
こういうとき携帯は便利だ。

触診やレントゲンやCTや心電図や肺活量や採血や、一通りの検査が済んだ。
その間に両親もやって来た。

ノートパソコンの画像を示しながら、若い男性医師は言った。
「くるぶしの骨が折れています。入院して手術したほうが良いでしょう」

起こったことは仕方ない。
医師の指示に従って、そのまま入院手続きをとった。

申しわけないのは職場の仲間たちに対して。
人手不足の折にこんなことになってしまって……
病室に落ち着いたあと、意を決して電話をかけ、状況を説明し、当分働けない旨、伝えた。
ここまでで事故から3時間余り。

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手術まで、腫れないように左足首を固定して冷やす。
痛み止めを出してもらう。

午後はズキズキする痛みと付き合いながらウトウト過ごした。

夕食終え、これから夜である。

考えてみたら、入院するのは50年ぶり。
小学1年の秋、交通事故に遭ったとき以来である。

災難と言えば災難だが、あの高さからあの落ち方をして、足首以外なんともなかった、前方に人がいなかった、ホームから転落しなかった、たまたま列車が来ていなかった、のは幸いと言うほかない。

ついているのか、いないのか?


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病院食も久しぶり





























● ほすぴたる記 2 遠慮

入院第一夜は、案の定、眠れなかった。

夕食後に飲んだ錠剤の効果が切れた深夜あたりから、左足のズキズキ痛に悩まされた。
痛みには波があって、「もう辛抱たまらん。夜勤スタッフを呼んで薬をもらおう」と、ナースコールに手が伸びるや、スウッと引いていく。
その繰り返しは陣痛のやう?

消灯時に美人ナースが、「痛かったら、我慢しないで呼んでくださいね」と言ってくれたのに、なかなかコールが押せない。
職業病だ。
深夜の病棟のあちこちから響くナースコールと、そのたびに訪室する夜勤スタッフのパタパタという足音は、介護施設で同じような立場で働いているソルティを十分遠慮がちにする。
「なるべくスタッフの手を煩わせたくない」と自然思ってしまうのだ。
そしてまた、最新のペインコントロール技術で痛みをすっかり消してしまうことに、なんとなく違和感というか罪悪感というか、おかしな気持ちがある。
「骨を折ったのだから、このくらいの痛みは当然だ」
「ちょっとくらい苦しまないと、病人らしくない。迷惑かける同僚たちにも申しわけない」
「今こそ、感覚を観察することで“私”の虚構性を見抜くヴィパッサナ瞑想の出番じゃないか」
やせ我慢なのか、マゾなのか、修業熱心なのか、単に小心者なだけなのか、自分でもよく分からないが、朝まで思い出したように、「痛み、痛み…」と実況中継していた。

翌朝、眠れなかった旨を美人ナースに伝えると、座薬を出してくれた。 
ケツから挿入してしばらくしたら、ウソのように痛みが曳いた。
ベッドから車椅子に移って、気持ちよくシャワーを浴びられた。
「なんでもっと早く頼まなかったんだ、われ?」

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仕事がら病院にはよく行く。
入退院手続きを手伝ったり、お見舞いに行ったり。
病室の様子もフロアの雰囲気も見慣れているので、目新しいものはない。
あちこちから聞こえるナースと認知症患者のトンチンカンな会話も、車椅子から立ち上がって歩き出そうとする患者への叱咤の声も、リハビリ職員が患者を励ます声も馴染みである。
普通なら非日常となる入院生活が自分にとっては日常の延長のよう。
違うのは、いつもとは立場が違うことだ。
ケアする側だった自分が、ケアされる側になっている。
やはり、される側になってみると、いろいろ気のつくことがある。

たとえば、いま排尿はベッド上で寝たままの姿勢で尿瓶を使っている。
この作業がなかなか難しい。
うまい体勢と正しい尿瓶の向きと適切な発射角を作らなければ、出した尿が逆流し、布団にこぼれてしまう。
自分のような短い“クダ”の主ではなおさらだ (*^^*)
毎度ハラハラしながら排尿している。

患者の苦労や気持ちを知るために、こういう経験も必要なのだろう。

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ベッドで尿瓶を倒さないで♪










● ほすぴたる記 3 労災

入院3日目。

今日はやっとが出た。
ほぼ毎日通じのあるソルティにしてみれば、中2日出ないのは結構な便秘である。
朝方、ナースが言った。
「今日一日出なかったら、夕食時に液体状の下剤を飲みましょう」
(やっぱ来たか)

看護・介護の世界では、中2日マイナス(通じなし)で何かしらの処置をするのが一般。
下剤を入れたり、浣腸したりする。
「はい、お願いします」

昼食は肉うどんだった。
一日動かないので全然腹は減っていなかったけれど、うどんは好物なので頂いた。
そのあと、しばらくして催してきた。
遠慮なくコールを押して(成長😁)、車椅子に移乗、トイレに連れて行ってもらった。

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スッキリした午後は、見舞いに来た親戚と話したり、読書したり、テレビ見たり、昼寝したり、労災保険についてスマホで調べたり、のんびり過ごした。

通勤途中に起きた事故なので、労災が適用となる。
通常の医療保険より断然おトクなのだ。

医療保険は自己負担3割である。
ただ、入院や手術の場合、かかった費用の3割でも高額になることが多い。
その場合に使える福祉制度として、高額療養費制度がある。
ひと月にかかった医療費の自己負担分について、あらかじめ決められた金額(上限額)を超えた分は払わなくてもいい制度である。
たとえば、住民税非課税世帯の場合の上限額は35400円、それ以上については医療保険から補填される。

一方、労災保険は基本全額が保険から支払われる。
自己負担なし。
むろん、高額療養費制度は関係ない。
その上、ケガや病気で仕事を休んでいる間について、給与の8割程度が支給される休業補償というのがある。
使わない手はあるまい。

この制度は自己申請が原則なので、知らずにいつもどおり保険証を出して医療保険を使ってしまうと、損をする!
病院は患者がいずれの保険を使ってもお金はちゃんと入るから、特に教えてくれない。
自分の場合も、入院時に高額療養費制度の申請書類を渡された。
そのまま申請したら、自動的に医療保険扱いになってしまっただろう。
社会福祉士資格試験の勉強がこんなところで役に立った。

ただ、これも労災保険(雇用保険に含まれる)に入っていてこその権利である。
しっかりした雇用契約のもとで働くことはやはり大切なのだ。

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ベッド周りの風景














● ほすぴたる記 4 エリーゼのために

静かな日曜の夜。
入院4日目。

いまのところフロアは寝静まっている。
数時間もすれば、早々と床入りしたため早々と目を覚ました認知ばあちゃんが、ベッドから起きて歩き出そうとし、床に仕掛けられたセンサーが鳴り響くだろう。
何度も!
そのメロディーは聞き知っている。
ベートーヴェン「エリーゼのために」。

そこからは、あちこちからのナースコールや、夜勤スタッフと患者の会話や、スタッフ同士の眠気覚ましのおしゃべりが朝まて続く。
病院の夜は意外に賑やかだ。

このエリーゼばあちゃんには驚かされる。
一日中、起きている間はひっきりなしに喋っているのだ。
他の患者や病院スタッフと話してない時は、独りごとを言っている。
その7割は愚痴やクレームである。
彼女の最大の悩みは、自分で立って歩きたいのに、周りが許してくれないことにあるようだ。
車椅子から立って歩こうとする彼女と、それをなんとか押しとどめようとするスタッフの不毛なやりとりが、ソルティの寝ている病室まで届いてくる。

「わたしゃ、トイレに行きたいだけなんだよ! 行っちゃいけないのかい?」
「じゃあ、一緒に行きますから、まず車椅子に座ってください」
「いいよ、子どもじゃないんだから。一人でいけるよ」
「ダメです。転ぶと危ないから、ちゃんと便器に腰掛けるところまでは見守らせてください」
「あんた、わたしのお尻が見たいのかい?」
「・・・・」

ボケてるエリーゼと孫世代の若いナースとの会話は漫才のようで、結構笑える。
エリーゼのマシンガンクレームにいい加減ぶち切れたナースが押し黙る空気が伝わって来て、心の中で「がんばれ、ナース!」と応援してしまう。

残念ながら、ソルティがベッドから降りてフロアに行けるのは、の時か入浴時だけなので、いまだエリーゼの顔を知らない。
声や話し方からすると、90才は超えているように思う。
困り者の反面、天真爛漫なふうがあり、憎みきれないキャラのようだ。

とにかく、朝から夜まで喋り続ける無尽のパワーには感嘆する。
ソルティの経験から、こういうタイプはおばあちゃんに多く、おじいちゃんには滅多いない。
ジャンダー差を思ってしまう。

退院までにはエリーゼの顔を見たいものである。

ほら、センサーが鳴り出した。

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若き日のエリーゼ?












● ほすぴたる記 5 インフォームドコンセント  

 入院5日目。
 今日は忙しかった。

 午前中に、麻酔科の医師から明日の手術で使う麻酔について説明を受けて、署名した。いわゆるインフォームドコンセント。
 局所麻酔でなく、全身麻酔するとのこと。意識を失っている間にすべてが終わっている。意識のワープと言ったところか。
 初めての体験にワクワクする。幽体離脱しないかな~(^_^;)

 そのあと入浴して体を清める。
 オペ中は上半身は心電図等つけるため素っ裸、下半身はケガしていない右足に弾性ストッキングをつける。術後の安静により足の循環が悪くなり血栓ができやすくなる、いわゆるエコノミークラス症候群を防ぐための処置だ。
 全裸にストッキング一枚?
 なかなか変態チック。
 肌を磨いておかねば!

 午後からは執刀医によるインフォームドコンセント。家族も同席した。
 なんでも、ズレてしまった踵の骨の向きを元に戻し、足裏の骨とビスで固定するらしい。骨が穿たれるわけだ。
 抜糸は術後2週間、ビスを抜くのは半年後以降となる。

「それまでは松葉杖ですか?」と聞く。
「いや、1月末には杖を使わなくとも歩けるでしょう」
「退院はいつ頃になりますか?」
「早ければ手術の翌々日には帰れますよ」

 足の骨を折ったら、数ヶ月はぶ厚い石膏ギブスをつけて松葉杖で歩くイメージがあったので、意外であった。骨接ぎ業界もいろいろ進化しているのである。

 病室に戻ってナースから手術前後の諸注意を受ける。
 開始時間は正午前。栄養補給はオペ終了まで点滴となる。点滴するためのチューブを右腕の血管に刺した。

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 そのあと、妹が差し入れてくれたコミックを読む。
 苑場凌&JKS12による『刑務所でマンガを教えています』(2018年、株式会社KADOKAWA発行)

 山口県美祢市の「社会復帰促進センター(犯罪傾向の進んでいない初犯の人を収容する刑務所)」で、刑務作業の一環として、苑場はマンガの背景の描き方を受刑者に教えた。
 受刑者のやる気と技術向上は著しく、ついには苑場の作品の背景を担当し、コミック本となって世に出せるまでになった。
 集中力と忍耐力とチームワークを要求される背景画を完成させる作業を通して、受刑者らが前向きに変わってゆく姿は感動的である。社会復帰につながることを切に願う。
 また、スピリチュアル漫画と言ってもいいくらい不思議なエピソードも描かれ、「縁」について考えさせられる。
 超オススメ。さすが我が妹!

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 夕刻、職場の人が遠路はるばる見舞いに来てくれた。労災保険の申請書類を持って。
 ありがたいことだ🙏

 ソルティもまた、頑張ってリハビリして、社会復帰せねばなるまい。

















● ほすぴたる記 6 オペ

手術が終わった。

 手術台の上で、ふっと気が遠くなって、気がついたら2時間半が経過していた。最初に感じた息苦しさは、人工呼吸器を外したのに自発呼吸がすぐには甦らなかったせいか? 生まれたばかりの赤ん坊みたいだった。

 病室に戻ってからも麻酔は完全に抜けず、重い疲れとぼっーとした感覚が続いた。
 麻酔が抜けるにしたがって左足の痛みが起こった。事故後あるいは最初の夜に感じたよりも強い痛みが。
 ナースコールして、鎮痛薬を滴下してもらったら、40分ほどして楽になった。
 ペインコントロール技術に乾杯🍻

 実を言えば、手術そのものよりも、尿バッグをつけるためにカテーテルをペニスに入れられるのが嫌だった。
 入れる時は麻酔中だから痛くないだろうが、抜く時が痛いんじゃないかと恐れていた。
 そもそもペニスに管を入れられるってのに、生理的恐怖がある。今のように良い抗生物質がない時代、淋病治療するのにペニスの先から歯ブラシを入れて尿道をこすったという話をその昔体操教師から聞いて、文字通り“縮み上がった”ソルティである。(この話、本当なのか、デマなのか?)

 しかるに、術後一番に気になった下半身には何ら違和感なかった。
 導尿しなかったのである。

「手術前に排尿あったし、ここ数日の様子見たら排尿回数少なかったので、導尿はしませんでした」とナース。

 やった!
 入院してから水分を意識的に抑えていたのが功を奏した。

サメ先生


 手術前の不安はまったくなかった。
 たかだか骨折の整形手術にすぎないってこともあるが、起床してから手術までの間、なかなか愉快なマンガを読んでいたからである。
 森本梢子の『高台家の人々』(集英社)。

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 他人の心が読めるテレパシー能力を持つ美形3兄妹弟と、妄想癖のある地味なOLとが繰り広げるラブコメである。
 森本梢子=『ごくせん』の作者と言えば、だいたいの感じはわかってもらえよう。
 このマンガのおかげで、手術まで気楽に過ごすことができた。

 マンガの神様、ありがとう <(_ _)>




● ほすぴたる記 7 老々介護

 術後一日め。

 午前中つらかった足の痛みは、午後になったら和らいだ。
 午後はベッドに腰掛けて、労災保険の申請書類をしこしこ書いた。文字が小さくて目が疲れる。

 病室は5階にある。
 西側に窓があって、眺めが良い。畑、住宅、学校、鎮守の森が不規則に並び広がる彼方に、晴れた日は富士山が見える。
 そう、ソルティは幸運にも窓側のベッドにいる。

 4人部屋、満床である。
 ドアを入って左側に2床、右側に2床、ソルティは右手奥にいる。
 カーテンで仕切られた一人分のスペースは四畳半くらい。テレビ、冷蔵庫は有料、電源は自由に使える。昨今は院内の携帯電話やネットの使用はうるさく言われないようだ。若い患者にとってスマホ無しの生活など苦痛以外の何ものでもあるまい。

 ソルティがここに入ったとき、カーテン一枚隔てた隣りのベッドは空いていた。
 手術が無事済んだまさに昨夜、というか草木も眠る今朝2時半、男が救急搬送で運ばれてきた。
 目が覚めていたソルティは、カーテン越しの騒動に聞き耳を立てた。というより、嫌でも聞こえてくる。
「痛いよ~、痛いよ~、痛いよ~」と絶え間なく繰り返す老いた男の声。
 ストレッチャーから「せえのオ!」でベッドに新患を移し、病院用ガウンに着替えさせ、オムツをつけ、バイタル測定し、点滴の準備をし、体位を保つためのクッションを体のあちこちに差し入れるナースたちの手慣れた様子。その間もひたすら「痛いよ~、痛いよ~」とわめき続ける患者。
「今痛み止め入れたから、すぐに効いてくるから、それまで我慢だよ」と言い残してナースたちは立ち去った。その風情たるや、立つ鳥あとを濁さず。
 その後30分近く、ソルティは隣りから聞こえる「痛いよ~、痛いよ~」に付き合っていた。

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 今日は薬のおかげで隣人の痛みは落ち着いているらしい。ときおり、いびきも聞こえてくる。
 昼過ぎに奥さんが見舞いに来られた。姿は見えないが、二人暮らしの老夫婦のようだ。
 くだんの夫は、重い荷物を持った拍子に腰を痛め、医師にぎっくり腰と診断され「絶対安静」の指示に従い、自宅で10日間ばかり寝ていた。が、痛みは強まるばかり。我慢できずに昨夜ついに救急車を呼んだ。当病院での深夜の診察の結果、腰の骨が折れていた。
 痛いはずだ 😰😰😰

 老夫婦の会話を聞くともなしに聞いているのだが、珍妙というか滑稽というか、いや、他人事なれど心配になる。
 というのも、どうやら夫のほうは軽い認知が始まっている上に、目がよく見えない(緑内障か?)苛立ちやすい気質で泣き言も多い。妻のほうは腰痛持ちの上に耳が遠く、性格はトロい感じで愚痴っぽい。二人の噛み合わない会話、すれ違う気持ち、進まない段取りに思わずカーテンを開けて介入したくなる。

 一人息子が近くに住んでいるらしいのが、すぐには来られないなんらかの事情が伺える。

 しばらく、老々介護の現実を学ばせていただこう。









 




● ほすぴたる記 8 ケガの功名

 術後2日目。

 今日からリハビリが始まった。
 迎えに来た理学療法士の青年と共に車椅子で1階に降りて、広いリハビリ室で松葉杖の手ほどきを受けた。
 片足なれど、久しぶりに歩いた。頭から足裏に抜ける1Gが新鮮である。
 早く自分の足でトイレに行けるようになりたいものだ。真夜中にジョロジョロ音を気にしながら尿瓶を使う生活から卒業したい。

 とはいえ、尿瓶のおかげで自らの尿状態が観察できたのは良かった。この一週間、オシッコがみるみるきれいになっていくのが一目瞭然であった。
 食生活改善の影響である。
 病院提供の量の少ない三度のメシ以外は食べなかった。夜6時半以降は物を口にしなかった。食事に入っている以外の水分はペットボトルの水とお茶だけで、普段一日4~5杯飲んでいる砂糖入り紅茶やコーヒーは飲まなかった。もちろん、アルコールも😎
 見舞客に頼んで、食べようと思えば、飲もうと思えば、何でも好きな物を飲み食いできただろうが、一日動かないでいるせいか、あるいは痛みのせいか、食欲が湧かなかった。

 透き通った水のような無臭のオシッコはそのまま飲めそう。
 むろん、この入院生活で体重も減ったことだろう。内臓も休めたことだろう。
 文字通り、ケガの功名である。

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 一週間の入院生活で気づいた「あったら役立つ備品リスト」

〇レジ袋・・・・汚れた下着類を入れる
〇アイマスク・・・・昼間眠るときに
〇耳栓
〇ヘッドホン・・・・イヤホンは耳から抜けやすい。小型で軽量のものがあればGood
〇消臭スプレー
〇S字フック・・・・ベッド柵に引っ掛けて使う
〇マジックハンド・・・・ベッドやテーブルからともかく物が落ちやすい。簡単に体を動かせない状態のときはあると非常に便利。百円ショップのオモチャコーナーで売っている。

 次に入院するときは、忘れずに用意しよう!😁😁😁

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● ほすぴたる記 9 ナイチンゲールの誓い

術後3日め。

 西村京太郎の十津川警部シリーズ『篠ノ井線・姨捨駅 スイッチバックで殺せ』(2013徳間書店、2019双葉社)を読む。

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 推理小説としては箸にも棒にもかからない凡作だが、最後まで読ませてしまうのは、さすが天下のベストセラー作家の技量。
 改行が多く、一文一文が短く、句点が多く、難しい漢字がなく、会話が多い。ストーリーも分かりやすい。赤川次郎と同じ。
 入院中の読み物としては、マンガやこうした軽い小説が良い。頭を使う小難しいものや、深刻なあるいは深遠なテーマを追求したものは、敬遠したい。
 個室だとまた違うのかもしれないが、相部屋は気が散る要素が多すぎるのだ。

 日中は、部屋を共有する4人のもとに、なんやかやと訪れる者がいる。
 家族や友人などの見舞客、医師、ナース、リハビリ職員、栄養士、薬剤師、ソーシャルワーカー、掃除スタッフ。中でもナースは、バイタル測定、オムツ交換、食事の配膳、注射や点滴などの処置、トイレや入浴のための移動介助、そして患者のコール対応・・・と、しゅっちゅう出たり入ったりしている。
 おそらく、日中なら15分に1回、夜間なら1時間に1回、部屋に誰かがやって来ては4人のうちの誰かの用を足していく。
 また、部屋のドアは開けっ放しなので、ロビーやナースステーションの物音や会話やテレビ音声がまんま入ってくる。
 この機会に静かにゆっくり過ごそう、普段読めない大作を読もう、という初めに持っていた野望は見事くずおれた。 
 病院がこんなに騒々しいとは!
 安静を保ちたいなら自宅に限る。

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今日はこんな人まで訪れた!
・・・・いいけどね


 そんな雑多なる騒音の渦の中で、ひとつ気になるものがあった。
 毎朝、朝食が済んで歯みがきを終えて布団の中で一息つくタイミングで、ナースステーションからスタッフが何かを唱和する声が聞こえる。
 言葉はよく聞き取れないのだが、「我はなんたらかんたら、我はなんたりかんたり・・・」と、西洋の教会のミサで耳にするやうな、古めかしい詩文めいている。仕事に入る前に気持ちを整える祈りのようなものか。
「おや、この病院はキリスト教系だったのか?」
 スマホで調べてみたが、そんな感じはなかった。

 朝のミーティングでの日課らしい唱和を連日聞いていたが、ある日、唱和の前に一人のスタッフがこういうのが聞こえた。
「ナイチンゲールなんとか」
「!!」

 スマホで調べて、すぐに分かった。

ナイチンゲール誓詞

 看護師なら知らぬ者はいない、看護学生なら誰でも暗唱した覚えがあろう、有名な詩文だった。
 
ナイチンゲール誓詞とは、現代看護の創始者フローレンス・ナイチンゲールの偉業を讃え、1893年アメリカ合衆国ミシガン州デトロイト市にあるハーパー病院のファーランド看護学校の校長リストラ・グレッターを委員長とする委員会で「ヒポクラテスの誓い」の内容を元に作成されたものである。 (ウィキペディア『ナイチンゲール誓詞』より抜粋)

われはここに集いたる人々の前に厳(おごそ)かに神に誓わんーーー
わが生涯を清く過ごし、わが任務(つとめ)を忠実に尽くさんことを。
われはすべて毒あるもの、害あるものを絶(た)ち、
悪しき薬を用いることなく、また知りつつこれをすすめざるべし。
われはわが力の限りわが任務の標準(しるし)を高くせんことを努(つと)むべし。
わが任務にあたりて、取り扱える人々の私事(しじ)のすべて、
わが知り得たる一家の内事(ないじ)のすべて、われは人に洩(も)らさざるべし。
われは心より医師を助け、わが手に託されたる人々の幸のために身を捧(ささ)げん。


スッキリ (´▽`)ノ

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🎅からのXmasプレゼント(タオルです)


※あとから知ったが、ナイチンゲール誓詞の唱和は日課ではなく、このときたまたま看護実習生が来ていたからであった。





● ほすぴたる記 10 ギプスをつくる

 ほすぴたる記も10を数えてしまった。
 一週間程度で退院できると思っていたのに・・・。

 昨日から車椅子自操OKになった。一人でトイレはもちろん、エレベーターで階下に行って売店で買い物もできる。ラウンジでコーヒーも飲める。
 車椅子の扱いならまかせてよ! 車椅子寅次郎の異名を持つソルティである。
 ベッドに根を生やした生活を脱して行動範囲が広がった。気分的にずいぶん楽になった。

 自力でトイレに行ける安心感のためか、排便が3回もあった。
 介護の教科書には、介護高齢者が便秘になる原因として、たとえば水分不足や運動不足や消化力の衰えなど、いろんな原因をあげている。加えて、介護してくれる者への遠慮というのも大きいんじゃないかと思う。他人の手を煩わせたくなくて、知らず腸が緊張してしまうのだ。

 ギブスも作った。
 骨折治療のギブスと言うと、石膏でカチンカチンに固めて、マジックで落書き、何日も洗っていない蒸れた皮膚の発する悪臭に耐えること幾十日、鏡開きのごとく「ギブスを割った」日を祝う、というイメージがある。40年前の右腕骨折ではまさにそうだった。
 しかし、今やそんなイメージはそれこそ、石膏のごと凝り固まった古いものだ。
 今の主流は、重くて固めるのに時間のかかる石膏製ではなくて、より軽くてスピーディーに固まるグラスファイバー製なのである。
 これなら、縦に二つ分断した状態で患部につけることができるので、適宜取り外しが可能。患部を洗ったり、マッサージしたり、少しずつリハビリしたりできる。血行不良や筋肉硬化や嫌な臭いや掻くことのできない痒みに苦しめられることがない。
 素晴らしきかな、科学技術!

 ちなみに、ここまでギブスと書いてきたが、正確にはギプス(gips)である。

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寝る時は足の背面部分だけの装着にして不快感を減らす



 昨晩はテレビで『スターウォーズ フォースの覚醒』(2015)を観た。
 「相も変わらず、大宇宙を舞台の家族のトラウマドラマをやっているなあ~」と“全米”らしさにあきれたが、時の経つのを忘れる面白さは健在だった。3時間近く観ている間、足の痛みをまったく忘れていた。フォースの力?
(それにしても、実の父親と実の息子が揃ってダークジェダイとは、レイアの業は深い)

 今日は友人が見舞いに来てくれた。
 バナナやプリンと一緒に、待望のマジックハンドを買ってきてくれた。
 これこそ、今のソルティのライトセイバーである。

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● ほすぴたる記 11 のだめとカラヤン

 入院生活11日目。

 しきりに音楽が恋しい。
 事前にチケットを買ってとても楽しみにしていた演奏会(12/13東京芸術劇場でのマーラー『復活』)をキャンセルせざるを得なかった無念さもあって、余計に欠乏感が募っている。

 残念ながら、ソルティは軽量ノートパソコンとポケットWi-Fiを持っていないので、ここでは動画も映画も見られない。動画さえ見られれば、クラシック音楽はほぼ聴き放題なのに・・・。

 はい? スマホ?
 昨年の四国遍路のために購入した格安スマホの容量は4G、動画は見られない。どころか、病院の中というせいもあるのか、ネットにつながる時間さえ限られている有様。このブログを書くのにも苦労している。(投稿時刻を見よ!)

 原則「携帯電話や電気機器使用禁止」の院内には、Wi-Fiはない。
 この時代、入院しているからといってスマホやパソコンが使えないのはナンセンスであろう。ここの病院の入院患者は圧倒的に高齢者が多いから、今のところさほどクレームも出ていないようだが、ネット世代が増えるのも時間の問題だ。これからはネット環境で病院や入所施設が選ばれる時代が来よう。
 せめて、ネットが自由に使えるWi-Fiスペースが院内にあるといいのだが・・・。

 そういうわけで、音楽欠乏症にかかっている。
 今日は見舞いに来た八十過ぎの父親をパシリにして、近くの図書館まで、二ノ宮知子の『のだめカンタービレ』を借りに行かせた。
 なんつう息子だ! 8050問題か!

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 クラシック音楽ギャグ漫画といったところか。主人公のだめのキャラの魅力で引っ張る、引っ張る。評判通りの面白さに夢中で読みふけった。
 が、ナマ音が聴きたい思いをますます募らせてしまった。

「そうだ、今日は日曜じゃないか!! もしかして・・・」

 テレビ欄を調べたら、じゃーん! NHK教育テレビで夜9時からクラシック演奏会の放送がある。モーツァルトの交響曲40番とレクイエムだ。オケはもちろんN響、指揮はトン・コープマン。今年10月10日のライブ収録である。
 あって良かったNHK。

 夕食後、タイマーを21時にセットして仮眠。消灯ラッパの鳴り響く中(比喩ね)、おもむろにヘッドホンつけて本番に臨んだ。

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 N響のレベルの高い演奏には十分満足した。レクイエムの歌唱も良かった。
 しかるに、ソルティをまったく驚かせ、ここ数日の音楽欠乏症を完全に払拭したのは、コープマン&N響のモーツァルトではなかった。
 番組の残りの時間で放送された、在りし日のカラヤン&ベルリンフィルのベートーヴェン『運命』であった!
 流されたのは1957年にカラヤンがベルリンフィルを率いて2度目に来日した際の記録映像である。

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 度肝を抜かれた。

 映像はフィルムの劣化激しく見にくい。音声も現代の技術からすれば数段落ちる。その上、放送されたのは、全曲でなく抜粋である。
 しかるに、半世紀の時をタイムボカンのごとく超えて、テレビのモニターを貞子のごとく超えて、伝わってくる、このとてつもない熱量はなんとしたことか! 臨場感のハンパなさはどうだろう!

 音楽が生きている!!

 申し訳ないが、番組前半が吹っ飛んでしまった。

 やっぱり、カラヤンってタダもんじゃなかとね~。(by のだめ)





 





 

● ほすぴたる記 12 リハビリ回春

 この病院のリハビリは充実している。 
 ソルティを担当してくれる青年スタッフの話によると、現在80名近いリハビリ職員が働いていて、来年度の入職予定者は25名だという。
 大企業か!

 リハビリ室は非常に広く、外光をいっぱい取り込んで明るい。
 いつ行っても、たくさんの高齢患者たちが、孫あるいはひ孫ほど年の離れた若いスタッフたちと共に、リハビリに取り込んでいる。
 そう。スタッフの若さには特筆すべきものがある。
 おそらく、平均年齢は35才を切るんじゃないか。

 この若さの秘密は、理学療法士や作業療法士といったリハビリ職が、医療介護の現場で脚光を浴び、働き口が増えるようになってから、まだ日が浅いためにあると思われる。
 また、リハビリ職は介護職と比べると資格を取るためのハードルが高いので、介護職には多く見られる中高年転職組の少ないこともあろう。
 ソルティが前に勤めた施設でも、介護職や看護職に比べると、リハビリ職員の平均年齢は低かった。

 この若さというのが馬鹿にならない。

 病棟より明らかに寒く、だだっ広いリハビリ室で、揃いのオレンジ色の半袖ユニフォームを着て、きびきびと動き回る若いスタッフたちの発散する生気は、それだけで十分、高齢患者たちを活気づける。
 その上に、リハビリという名目がなければ明らかにセクハラに当たるであろうほど、若い彼らは患者たちに体を密着させてくる。
 患部やその周囲を執拗にマッサージし、背後から両脇に腕を入れて抱きかかえ、固くなった股関節を念入りにほぐし等々・・・。丁寧な声かけと優しい笑顔を伴って。
 科学的エビデンスに裏付けられたさまざま施術と並んで、あるいは施術以上に、患者にプラス効果をもたらすのは、接触による「若いエキス(笑)」の摂取である。

 リハビリとは、被害者による合法的なセクハラ行為である😘

 今日もソルティがマッサージを受けている隣りの寝台では、70才は超えていると覚しき小太りでちりちりパーマの女性が、30才くらいの彫りの深い阿部寛風イケメンスタッフに背後から羽交い締めにされて、顔を真っ赤にして恍惚境に彷徨っていた。二人の、複雑に絡み合った肢体は、まるでインドカジュラホの有名な男女神交合像のよう。

「痛くないですか?」
 耳元で優しく問いかけるイケメン。
「ん・・・だ、だいじょうぶ。良く効いてますゥ」

 見てはいけないものを見た気がした。

 いや、人のことは言えん。
 ソルティもまた、息子世代のさわやか系青年スタッフの容赦ない関節攻撃にアヘアへである。
 一週間の固定処置で硬くなった足首の関節と筋肉を元に戻すためには、それなりの痛みを覚悟しなければならない。ちょっとくらいエロスの魔法に頼って、「痛み」を「気持ち良さ」で緩和してもいいではないか。

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病室から拝む夕映え富士



 
 

 
 

● ほすぴたる記 13 ロキソプロフェン

 昨晩は足の痛みが激しかった。
 ここ数日落ち着いていたので、不意をつかれた。

 午前3時過ぎから存在を主張し始めた痛みは、次第に暴力度を増していき、眠るどころではなくなった。
 できるだけ安楽な体勢を探して、ベッドの上を断末魔のミミズのごとのたうち回ること2時間強、最後はベッド横の車椅子に移乗した。ギプスの付いた左足を真っ直ぐ伸ばして丸椅子に乗っけた。
 しばらくその体勢でヴィパサナー瞑想をしていたが、6時を過ぎる頃、痛みは絶頂に達し、サティが打てなくなった。悟りが遠ざかる・・・。
 たまらずナースコール。

 やって来た夜勤ナースに事情を話すと、
「朝食後の痛み止めをいま飲んでもいいですよ」

 早く言ってよ!

 処方されている痛み止めのロキソプロフェンは、一日3回毎食後に服用することになっている。
 ソルティはこれを律儀に守って、朝昼晩の食後30分したら、飲んでいた。8時、13時、20時に。

 ちょっと考えれば分かることだが、これだと夕食後の服用から次の朝食後の服用まで12時間のブランクがある。眠っている間に薬の効き目が薄れてしまう。夜間、痛みに襲われ、不眠に苦しむのは当然至極である。

 単純に考えれば、一日3回なら8時間おきに服用すれば、薬の効果が丸一日持続し、痛みの波は緩やかになるはずである。
 たとえば、7時、15時、23時に。

 こんな単純明快なことに気づかずに、律儀に食後30分を守っていたおのれの阿呆さ加減にあきれる。

 でも、やっぱり、早く言ってよ!

 
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痛みから解放され、お気に入りのラウンジで読書中





 

● ほすぴたる記 14 ポケットわいふぁい

 入院2週間経過。

 スマホのあまりの使えなさに業を煮やして、ネットでポケットWi-Fi(ルーター)契約をした。

 UQのWiMAX2+というサービスだ。
 月額約3000円(安心サポート込)で月間7GIGAまで利用できる。端末は、Speed Wi-Fi NEXT W06という機器で、端末代無料である。

 申し込んだ翌日には、手元に届いた。速っ!

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 さっそく設定してみた。
 と言っても、端末に付属のICカードを取り付けて電源を入れたら、スマホの方で自動的に読み込んでくれた。
 なんて簡単! 

 調べてみたら、ポケットWi-Fiの利用できる距離は、アンテナのタイプや障害物の有無にもよるが、だいたい50~100メートルだそう。
 庶民レベルの一軒家なら、どこでも使える。スマホはむろん、自宅のすべてのパソコンは電波範囲内だ。

 性能はいかに❓
 試しにスマホで動画を読み込んでみたら、動く、動く! 

 ベッド横の車椅子特別シートにて、クシシュトフ・エッシェンバッハ指揮、パリ管弦楽団の『マーラー交響曲第3番』第6楽章のライブ演奏(動画)を聴いて、音楽が天から降りて来た喜びを味わった。

 むろん、ブログを書くのも投稿するのも、これでストレスフリー。

 入院の思わぬ副作用、もとい副産物である。




 



 

● ほすぴたる記 15 白夜行

 現在、松葉杖の特訓中。
 5階病室と1階リハビリ室を往復したり、練習専用の短い階段の上り下りを繰り返している。

 10年以上前、登山中の滑落で右膝を傷めた際、松葉杖を使った。通勤も普通にしていた。
 だから、それほど大変なこととは思っていなかった。
 が、久しぶりの松葉杖はやけに使いづらく、不安定で、怖い。
 何でだろう?

 答えは簡単。
 老いゆえである。
 ケガした左足を支えるための右足や体幹の筋力、松葉杖を扱う両腕の力や握力が、10年前よりグッと落ちている。なににも増して、全身のバランス感覚と反射神経が衰えている。ちょっとした拍子にふらっと来る。
 近くで見守る青年スタッフの表情は、いい加減ガタが来ているのにそのことに気づかない困ったオヤジを懸念するものなのだ、と今日気がついた。

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 午前と午後の各1時間弱のリハビリ以外は、基本フリーな一日。
 巧まずして得られたこの貴重な時をいかに過ごそう?

 テレビはどうにもつまらない。
 映画を観る環境もない。
 他の入院患者とのおしゃべりも気が乗らない。(高齢者ばかりなのでつい仕事モードになってしまう。こんなところに来てまで傾聴・受容・共感するのか!?)
 電子ゲームにも興味ない。
 日中寝てしまうと、夜眠れなくなるので、昼寝もほどほどにしておきたい。

 つまるところ、読書、音楽鑑賞、瞑想、数独やクロスワードなどのパズル、そしてブログ更新あたりが定番になる。
 って、普段と変わらない?

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 入院すると、読書が趣味で良かったと、つくづく思う。
 ことに、面白いミステリーに没入していると、ここが病院であることも、自分が患者であることも、左足のギプスの鬱陶しさも、周りの騒音も、すべて遠のいてしまう。

 今日は東野圭吾作『白夜行』を読み終えた。
 今から20年も前に発表されたミステリーである。テレビドラマ化、映画化され、200万部を超えるベストセラーになり、当時はずいぶん話題になった。
 が、ソルティはテレビも映画も観ておらず、どういう話か全く知らなかった。

 
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 犯人探しの推理小説では全然なかった。
 反社会的人格障害の幼なじみの男と女が、非道な悪事を次から次へと起こしていく道行きをリアリティ豊かに描く犯罪小説。
 これがミステリー(謎)たるゆえんは、フーダニット(犯人は誰だ?)ゆえではなく、ハウダニット(犯行方法は?)ゆえでもない。ホワイダニット(犯行動機は?)ゆえである。それも二人が反社会的人格障害をまとうことになった、そもそもの要因、すなわち子供の頃のトラウマが最後まで伏せられているところにある。
 その謎が強烈なサスペンスを生んで、東野の圧倒的筆力と共に読者を惹きつけ、数百ページの大著を楽々とクリアさせる。
 おかげで寝不足。(これまた、松葉杖使用を危うくする)

 発表から20年経った今なお、全く古びていない傑作である。




 







 

● ほすぴたる記 16 抜糸

 オペから10日目、抜糸した。
 
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 経過は良好のよう。
 ギプスを外してシャワーを浴びてよい、一週間したら湯舟に浸かってもよい、と許可もらった。
 早く温泉に行きたい!

 ときに、病院の食事は「量が少ない」「おいしくない」と相場が決まっている。
 が、ソルティは最近食が細く、またグルメではないので、質量ともに満足している。朝食についているパンなど、一枚残すほどだ。

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ヨーグルトとミカンは持参

 
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 ただ、うまいや否やを別にして、毎日三食すべて病院食が10日も続くと、さすがに飽きてくる。
 献立はそこそこバラエティに富んでいるし、食材も豊富である。毎日芋天ぷら、毎晩煮魚なんてことはない。
 飽きるのは、味つけが決まっているからである。同じ厨房で、同じ調理人が作るのだから、同じ味つけになるのは仕方ない。
 毎日三回、同じ中華料理店に通うと考えれば、分かってもらえるだろう。一回一回違うメニューを注文したとしても、そのうち飽きてこよう。

 今日は久しぶりにカップラーメンを食べた。
 食後も舌にからみつく化学調味料のしつこく不健康な味が、おいしかった。

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 今夜は、フィギュアスケート全日本選手権を観ながら、最後の夜を過ごす。
 明日、退院だ。















 


● ほすぴたる記 17 退院


 奈良の古代寺院や古墳をめぐる旅をしていたら、小高い丘のふもとに湧き水が流れていた。
 透き通った、豊かな清水。
 両手で掬って一口飲んでみた。
 「うまい!」
 甘く、柔らかく、複雑玄妙な味がした。
 どこかでカラスが鳴いている。

湧き水

 
 と、目が覚めた。
 カラスと思ったのは、離れた病室から聞こえるエリーゼ(95歳、認知あり、車いす使用)の雄叫びだった。
 「だれか~! わたしをトイレへ連れてって~! トイレぇ~!」
 入院最終日の朝は、エリーゼの声で起こされた。
 
 朝食後にリハビリ。
 リハビリ室に入る際に、スタッフからマスクを手渡された。
 インフルエンザ予防である。
 聞くと、先年この病院ではインフルエンザが猛威を振るい、病棟隔離があったという。
 リハビリ室には外来患者もやって来る。外から運ばれてきたウイルスが、リハビリスタッフを通して病棟に持ち込まれてしまう危険がある。それは、医師や看護師や見舞い客でも同じことだが、とくにリハビリスタッフは患者との接触が距離的にも時間的にも密なので、媒介者になりやすい。
 「昨年は、二日間、リハビリ室が閉鎖されたんですよ」とスタッフ。
 
 リハビリから帰ってベッドでうだうだしていたら、隣の患者のところに誰かが見えた気配。腰の骨を折って、夜中に救急で運ばれてきた患者である。
 カーテン越しに聞くともなしに聞いていたら、見舞いに来たのは一人息子であった。ソルティの知る限り、初登場である。
 (そうか、今日は土曜日だったな。)
 そう言えば、奥さんの声をこのところ聴いていない。ソルティがリハビリに行っているか、階下のラウンジでまったり過ごしている間に、おそらく夫を訪ねてきているのだろう、と思っていた。
 ところが、大変なことになっていたのである。
 奥さんは、夫が入院した五日後に自宅でイレウス(腸閉塞)を起こし、別の病院に運ばれていた。現在、イレウス管を鼻から腸まで挿入した状態で、点滴治療しているらしい。たしかに、見舞いに来るたび、腹痛と強い吐き気を夫相手に訴えていた。
 「このあと、おふくろのところにも寄らなければならない」と難儀そうな息子の声。
 一方の夫(父親)は、入院費用の支払いの心配と、お茶が飲みたいのにペットボトルを買いに行けないという愚痴ばかり話している。
 「なんで、自分のことばかりなんだよ」と苛立ちを隠せない息子。
 父と息子の会話は、やはり夫婦のそれ同様に噛み合っておらず、互いの感情は行き違い、意思疎通はうまくいかず、話すほどに空気が重くなっていくのが分かる。
 この年の瀬に、両親いっぺんに入院となった一人息子に同情したいはやまやまなれど、電車で1時間弱という町に住んでいながら、彼が父親を見舞ったのは今日が初めて。
 正直、もっとたびたび実家の様子を見に来て、母親の負担を軽くしてあげていたら、母親まで入院するハメにはならなかったのではないか・・・と思う。
 家族ってむずかしい。
 
 そのあと、担当医師が病室にやって来て、父親の状態を息子に説明していた。
 「病態的にはもう起き上がっても問題ないのです。ただ、ご本人に意欲がなく、リハビリが進んでいません。このままだと車椅子になるでしょう。自宅で車椅子で暮らせますか?」
 「無理です」と息子。
 「そしたら、施設に入ることを検討しなければなりませんね」と医師は言った。
 
 昼食後、入院窓口に行って会計を済ます。
 支払いは、松葉杖レンタルのための保証金のみ(4000円)。これは杖返却時に戻ってくる。
 治療費はもちろん、食事代もパジャマ代もタオル代もかからなかった。
 労災、万歳 \(^o^)/
 
 荷物を取りまとめ、ナースステーションでぬり絵をしているエリーゼに胸の内で「さよなら」を告げ、美しきナースたちに感謝する。
 迎えに来た両親とともに、タクシーで病院をあとにした。
 
 約半月ぶりの自宅。
 夕食はずっと食べたかったカレーライス。
 
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 今夜は、熟睡できそうだ。

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 入院中にネット購入したポータブルトイレ
 (両親より先にお世話になるとは!)

 
 


 
 
 
 
 
 

● ほすぴたる記その後 1 (事故後30日)

 事故後一か月、主治医の診察を受けた。
 レントゲン結果を見せてもらったら、エグイほどきれいにビスが穿たれていた。
 人造人間のよう。

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このビスは金属探知機に引っかからない

「一か月後にビスを抜きましょう」と先生。
「入院が必要ですか?」
「いや、日帰りで大丈夫。局所麻酔で行います」
 ギプスが取れるのはそのあとになりそうだ。
 まだまだ松葉杖生活に耐えねばならない。

 目下一番にすべきことはリハビリである。
 週に3~4回病院の送迎バスで外来に通うと共に、家で自主リハビリを行っている。
 コンクリートのように固くなった左足首や足指の筋肉をタオルやゴムバンドを使ってほぐし、日常使われずにナマってしまう左足全体の筋肉をストレッチで鍛える。
 骨折は折った直後の処置と同じくらい、リハビリが重要なのである。

 それにしても、自分の体の硬さにはまいる。
 狭い家の中での移動は四つん這いか尻移動にならざるをえないのだが、それを続けていると腰をはじめ体のあちこちが痛んでくる。
 今からこれじゃ、老後はどれほどしんどいことか。
 50代というのは、若い頃の不摂生や不養生に報復され始める時期なのだとつくづく感じる。




● ほすぴたる記その後 2 (事故後40日)

 現在休職中である。
 松葉杖を使っての1時間以上の列車通勤(乗り換え2回)も、フロアを行ったり来たりの介護の仕事も到底無理だ。
 これがデスクワークで通勤がもっと楽ならば、そして休業補償のある労災でなかったならば、多少無理してでも仕事に行くやもしれない。自分にしかできない、自分にしかわからない類いの仕事だったなら、行かなければならなかったかもしれない。不幸中の幸い?
 ネットを見ると、松葉杖でも毎日列車通勤している人の声が結構載っている。
 ご苦労なこってすなあ~。
 
 仕事はともかく、たとえ松葉杖でも外出はどんどんしよう、と当初思っていた。
 部屋に閉じこもっているのは精神衛生上よろしくないし、身体機能も衰える。傘の差せない雨や雪の日はともかく、そうでない日はなるべく外出し、“社会” に触れていようと思っていた。
 と言って、大げさなことではなく、喫茶店に行ったり、外食したり、DVDや本を借りに行ったり、コンサートに行ったり、友人と会ったり、たまに職場に顔を出したり、といった程度のことであるが。

 しかるに、松葉杖の外出は想像以上にしんどかった。

 同じ距離を歩くのに通常の3倍時間がかかる。5分の距離なら15分だ。
 歩いていると、体重のかかる左右の手のひらや両腕が痛くなってくる。常に杖の着地面や周囲に気を配っていなければならないので、気も疲れる。10分歩くと、へたばってしまう。

 週に3回リハビリのため病院に通っているが、病院に行って帰って来るだけでひと仕事。
 家から駅まで10分かけて歩く(はじめのうちは15分かかった)。病院の送迎バスに乗る。3段の幅の狭いタラップの乗り降りが怖い。
 病院に着いたら、整形外来の受付まで混雑を掻いくぐって数十メートル歩く。松葉杖をカウンターに立てかけて、片足でバランスを取りながら、診察カードを取り出す。職員から受け取ったA4サイズの個人ファイルを、松葉杖を握った指先に挟むようにして持ち(口に咥えたいところだが)、リハビリ室までさらに数十メートル歩く。
 両手が空かないのは実に不便である。
 何回目かの通院で、軽量のものなら首にかけて持ち運びできるよう、下のようなグッズを考案した。
 
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 使い始めて一か月ほどになるので松葉杖にもずいぶん慣れて、自分の手足のようにとはいかないまでも、それなりに器用に扱えるようになってはきた。必要な筋肉もついてきた。

 それでも、手のひらの痛みにはなかなか慣れない。
 なにかもっと楽な歩行手段はないものかとネットを調べていたら、スマートクラッチという新しいタイプの松葉杖を発見した。
 もともとはモトクロスの選手が南アフリカで考案したものを、日本のジーニアスインターナショナルという会社が修正改良を施し、製造販売している。
 最大の特徴は、昔ながらの松葉杖のように両脇に挟み込んで両手のひらで体重を支えるのとは違って、両腕を器具の輪っか状の部分(カフと言う)に入れて、肘から手首までの前腕で体重を支える仕組みになっているところである。つまり、荷重が分散されるので、より楽に体を支えることができ、手のひらも痛まない。通常の松葉杖に比べ、荷重は最大 1/6 だと言う。

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外観もその名の通りスマートである
 

 左右両方で4万円くらいする。とてもじゃないが購入する気になれない。半年くらい持続して使うならともかく、治癒するまでのせいぜい1~2か月のことである。 
 がっかりしていたら、なんとレンタルシステムがあった。一か月約1万円である。
 早速、申し込んだ。

 届いた器具を組み立てて、自分サイズにあちこちの長さや角度を調整したのち、家の周りを歩いてみた。
 確かに、手のひらがまったく痛まない。荷重負担も軽減し、速く歩くことができる。立ち止まっているときは手のひらが空くので、ちょっとした手作業(財布から小銭を出すとか、切符を買うとか)ならできる。これなら杖をしたまま診察券やA4ファイルを持ち歩ける。
 一方、昔ながらの松葉杖にくらべ、安定性に欠け、転倒リスクを感じる。脇で締めないぶん、左右方向へのぐらつきがある。とくに階段の上り下りには危険を感じる。
 また、しばらく歩いていたら、上腕と肩が痛くなった。どうやら、普段使わない筋肉に負担が来ているらしい。翌日は筋肉痛で外出ままならなかった。(インナーマッスルを鍛えるのには適しているのかも・・・)
 なかなか期待通りにはいかないものである。
 もっと慣れが必要なのか?

 現在は、昔ながらの松葉杖とスマートクラッチとを、行先や要件に応じて使い分けている。階段を使わざるを得ない外出の時は昔ながらのものを使い、平地をちょっと長く歩く必要があるときはスマートクラッチを使う。
 二刀流ってか。

 なんにせよ、松葉杖を使って外出することで、世の中の親切に出会うことができる。
 それは不幸中の大幸いかも。







● ほすぴたる記 その後3 (事故後50日)

 事故後に応急処置でつけたシーネ(副木)や手術後に作ったギプスによる長期の固定で、左足首や足指の筋肉はすっかり硬くなってしまった。リハビリの主軸は、筋肉をほぐし、可動域を広げ、できる限り事故前の状態に近づけるところにある。
 
 前回(12/14)ギプスを作った時、左足のふくらはぎと足の裏の線がつくる角度は、およそ120度で固定された。そこから、体の前方(すね方向)に倒す=120度未満にすることも、後方(ふくらはぎ方向)に倒す=120度以上にすることもできなくなった。(下図参照)
 怪我をしていない右足はどうかと言うと、前方は70度まで、後方は150度まで倒すことができる。つまり、かかとを支点に前後80度の可動域がある。ソルティはもともと体が硬いので、たいがいの人はもっと大きい可動域を持っていると思う。
 怪我した左足を右足と同じレベルまで戻すには、前方に120-70=50度分、後方に150-120=30度分、余計に倒せるようにならなければいけない。それができなければ、普通に歩くことも、正座することもままならない。

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足首可動域図(角度はアバウト)

 週に2~3回通院してはリハビリ担当者(20代の青年)と雑談しながら小一時間頑張り、自宅では夕食後に茶の間でテレビを観ながら自主リハビリしている。タオルやゴム紐を使ったり、ストレッチしたり、足の裏でゴルフボールをころがしたり・・・。
 最初のうち感じた痛みやしびれは、だんだん曳いていった。むくみだけは最後までとれないらしい。
 現在の可動域は、前方に95度、後方に135度くらい、合わせて40度である。
 まだ道半ばってことだ。

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 数日前にギプスを巻きなおした。
 角度を修正して、100度くらいになった。 
 ただ、ギプスをつける時間が長いと、またそこで足が固まってしまうので、いまは外出時のみつけるようにしている。家にいるときは(寝ているときも)外している。いつでも気が向いたときに足首をクキクキ動かし、足指を曲げたり伸ばしたりしている。
 
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2代目ギプス
(足底に荷重用ヒールをつけている)

 
 今一番やりたいことは、温泉である。
 好きな時にふらっと遠出して、せせらぎや鳥の声を聴きながら露天風呂に入ることが、どれだけ幸せなことか!
 秩父34札所巡礼のときに行った秩父満願の湯に入って、秩父名物「わらじカツ」を食べながらビールを飲むことが、最大のモチベーションになっている。




 

● ほすぴたる記 その後 4(事故後60日)

本日、ふたたび入院した。
抜釘(ばってい)手術、すなわち前回かかとの骨を整復し固定するのに入れたビスを、抜き取る手術を、明日行うためである。

今日は、同意書にサインしたり、レントゲン撮ったり、前回同様、腕に点滴用ルートを作ったりした。
2度目ともなると、そして今回は難しいオペではないので(局所麻酔だ)、気分的に楽である。

前回の退院後、部屋にこもりがちなブタな日々を送っていたので、いい気分転換になる。

今回はちょっと贅沢して、一日1500円プラスの特別室を選んだ。
前回と同じ4床の相部屋でも、お隣りさんとのしきりがカーテンでなく、チェスト付きの壁になっている。
個室感&セレブ感が高い。
ナースステーションや共用ラウンジからも離れているので、前回の部屋よりずっ~と静かで、とても落ち着く。

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しかも、テレビと冷蔵庫は使い放題(利用料に含まれている)である。
さっそく、冷蔵庫を埋めるべく、買い出しに出かけた。

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今のところ遠足気分😎

そうそう。
入院手続きを済ませ、エレベーターで病棟に上がったら、目の前のナースステーションで塗り絵をしていたのは、懐かしきエリーゼであった。

まだ入院していたのか!












● ほすぴたる記 その後5 記念品

 オペが終わった。

 午前中の患者のオペが長引いて、午後1時開始の予定が4時半になった。

 待っている間、道尾秀介の『向日葵の咲かない夏』(新潮文庫)を読み終えた。
 生まれ変わり(輪廻転生)をテーマに絡ませたミステリーで、その点は新機軸だけれど、推理小説としては感心しなかった。
 登場人物たちが死んでもすぐに生まれ変わっちゃうという設定が、肝心の殺人自体を卑小に感じさせてしまうのは致し方あるまい。
 ただ、ダークファンタジー作家としての道尾の才能は十分認められた。
 手術前不安を緩和してもらえたストリーテリングにも感謝!

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 4時半に手術室入りして、なんやかんやと準備に時間がかかり、麻酔注射を打った時は5時を回っていた。

 足元から家庭内手工業的な音がする。異和感はあるが、痛くはない。
体の緊張と心拍音の上昇は、実際の痛みのせいではなく、痛みを予期してしまうからだ。
 局所麻酔は全身麻酔に比べ侵襲性が低いと言われるのだが、心臓と精神には良くない。
 とはいえ、華岡青州の時代と比べたら天国である。

痛み、痛み、痛み、音、音、音、(おなかの)膨らみ、膨らみ、膨らみ・・・・

 ここぞとばかり、ヴィパサナ瞑想していたら、オペの終わり頃に波動が変わり、脳内ルクスが上がった。

 オペにかかった時間は正味15分、一番痛かったのは、結局、麻酔注射だった。

 5時半に病室に戻って数独していたら、術前説明時に担当ドクターに頼んでおいた品物が届けられた。

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 これでアクセでも作ろうか!


● ほすぴたる記 その後6 陣痛未満

昨夜は塗炭の苦しみを味わった。

局所麻酔が切れた20時頃から、痛みがカメレオンのように忍び寄ってきた。
夕食後に飲んだロキソニンの効果がまったく望めないと見切りをつけた21時半、ナースコールを押して坐薬を頼んだ。
前回は坐薬にずいぶん救われたのだ。

痔持ちのソルティは、坐薬挿入には慣れている。
肛門の粘膜から吸収された薬効成分が血管に入って、全身を巡り、神経をマヒさせてくれるさまを思い描き、しばらく痛みに耐えていた。

が、いっこうに楽にならない。

「あの坐薬、さてはプラシーボだな?」
と、夜勤ナースを疑う始末。
もはや、入院初日の遠足気分は完全に吹っ飛び、嫌足気分に支配された。

ベッドの上で七転八倒していたが、どうにも身の置きどころなく、車椅子に移って、痛みから気を逸らすべく超難解レベルの数独にチャレンジした。

痛みはズキンズキンと領土を拡張し、そのうちに数独のマス目が歪んできた。

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ああ、これが障子の桟が歪んで見えるという、出産の苦しみか!

頑張ったところで赤ん坊は誕生しないから、ナースコールを押した。

手術のために腕に付けていた点滴の管から、鎮痛剤を入れてもらう。
「これが一番強い薬ですよ」とナース。

これが効かなかったら、あとがない!

祈るような気持ちで、ベッドに這い戻って安静にしていたら、遠い日の花火よろしく徐々に痛みは退いていった。

ああ、世のお母さんたちよ!
あなたがたは偉い!

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ソルティは保育所の増設と、医療用麻薬の認可に、一票!












● ほすぴたる記 その後7 マーメイドのごとく

 手術の翌日からリハビリを再開した。
 「まだ傷口もふさがってないのに・・・。まだ動かすと痛いのに・・・」
 と思うところだが、仕方ない。
 別に退院をせき立てられているわけではない。リハビリ介入は早ければ早いほど、原状回復につながる、後遺症を残さずに済むからである。

 この2カ月、立つ時は右足1本で約60キロの体を支えていた。歩く時は松葉杖との3本で。左足は宙に浮いていた。
 これを元に戻す。
 左足に荷重をかけていく訓練が始まった。

 といっても、いきなり全体重を支えることはできない。無理をすると、せっかくついた骨が分離してしまいかねない。
 まずは2分の1すなわち30キロまで荷重する。それで約二週間訓練したら、次の二週間は3分の2すなわち40キロまで荷重する。一ヶ月後に左足だけで全体重を支られるようにする。
 まだまだ松葉杖を手放せ、もとい足放せない。

 リハビリ室の平行棒の間に入って、右足を低い台の上に、左足を体重計に載せる。 
 「じゃあ、左足に体重かけてください」
 と、リハビリスタッフが言う。
 「よし!」とばかりに左足を踏み込んだが、体重計の針は5キロ以上に振れない。
 踏み込み方を忘れてしまったのだ。自分では思い切り踏み込んでいるつもりなのだが、力が全然入っていない。
 スタッフの助けを借りて何度か繰り返すうちに、目盛りの値は10キロ、15キロと上がっていき、20分近くしたら、やっと30キロに届くようになった。
 が、ちょっと力を抜くと、すぐ値は下がってゆく。意識的にかなり頑張らないと荷重できないのである。

 人は立っているだけで、歩いているだけで、体重分の重さを両足で支えている。
 ハイハイから立ち上がった幼児の時から、それに慣れてしまっているから、そのことを普段は自覚していない。
 プールでしばらく遊泳したあと、プールサイドに上がる瞬間、体の重さを感じない人はいないだろう。だが、プールサイドを歩き出したとたん、もう忘れてしまう。両足が即座に普段の感覚を取り戻すゆえに。
 
 人類は二足歩行したときに、赤ん坊がつかまり立ちしたときと同様、体重(重力)をプレゼントされたのである。

 魔法の力で足をもらった人魚姫が、苦痛に喘ぎながら岩場で立ち上がる。イケメン王子に会うために!

 そんなイメージを抱きながら、訓練に励んでいる。

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● ほすぴたる記 その後8 ツララ落つ

 今朝7時に目が覚めて、病室の窓を見上げたら、窓枠にツララが光っていた。ほんの数センチのかわいい奴だが、本物である。

 晴れた日に、地元でツララを見たのは何十年ぶりだろう?
 今朝の氷点下の寒さと、田んぼだらけの野ざらしに建っている病院の立地と、ソルティが居るのが5階の北向きの部屋という条件が重なって、この奇観を生んだのだろう。

 「このツララが溶けるとき、自分の命も尽きるのだ」
 と、『最後の一葉』のジョンジーみたいな心境を愉しんだ。
 スマホで撮影した直後、ツララは落ちていった。

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 その数時間前、向かいのベッドの物音に目覚め、何事かと聞き耳立てたら、患者とナースが話している。
 三日前に入院した初老の男である。世話焼きの奥さまが毎日のようにやって来る。
 どうやら今から外出するらしい。
 時計を見たら午前4時半。外は真っ暗だ。

 「どちらまで行かれるんでしたっけ?」と、支度を手伝いながらナースが聞く。
 「〇〇区の現場まで」と男が答える。
 「〇〇区って、東京の?」
 「そう」
 「結構、遠いですね~」

 いったい、何の現場なのか?
 なぜ、こんな早い時刻に行かなくてはならないのか?
 病気で入院中の(常時点滴している)彼が、どうあっても行かねばならない仕事なのか?
 体調は大丈夫なのか?
 奥さまも止められないほど大切な用件なのか?

 好奇心が湧いた。
 もしかしたら、現場というのは殺人現場か? 男の正体は刑事一課の敏腕課長か?(まだ顔を見ていない) 
 あるいは建築現場か? 高層ビルのコンクリート流し込みが今日から始まるのか? 男の正体は現場監督か?

 それにつけても、入院していてさえ仕事に駆けつける日本のサラリーマンの執念というか習性には驚く。
 
 昼前に帰ってきた男は、昼食も取らずに爆睡していた。 

 今日は午前中シャワーを浴びてリハビリし、午後はまるまる自由時間だった。
 ヘンリー・ジェイムズ短編小説集を持って、階下のラウンジで読書に興じた。

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 学生時代に読んで以来だが、ジェイムズの巧みな語り口を堪能した。
 50代の今の自分の作品解釈が、20代の時のそれとは、まったく異なっているのに、複雑な思いがした。
 というのも、収録されている短編は、幽霊やドッペルゲンガーが登場する一種のファンタジーなのだが、今ではそうした怪異現象に現実的で合理的な理屈をつけて解釈する自分がいた。まるで某大槻教授のように。
 若い頃は、怪異を怪異としてそのまま受け取って読んだのだが。

 消え去りし
 二十歳の吾や
 ツララ落つ
 (凡人)











 
 
 

 

 

 

● ほすぴたる記 その後9 北の国から

 本日退院した。
 払った費用は、差額ベッド代の9900円(1650円×6日)であった。

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入院最終日の昼食(野菜ジュースは自持ち)

 
 ソルティは多床室で同室の患者が立てる物音は(イビキも含めて)さほど気にならないのであるが、匂いは気になった。
 今回は途中からストマ(人口肛門)を持つ寝たきり患者が入ってきて、そのストマがよく漏れるのである。排泄口に合っていない装具を使っているんじゃないかと思う。

ストーマ(stoma、ストマとも)とは、消化管や尿路の疾患などにより、腹部に便又は尿を排泄するために増設された排泄口のことである。ストーマを持つ人をオストメイトと呼ぶ。
(ウィキペディア『ストーマ』より抜粋)

 朝に、昼に、真夜中に、時を選ばずその患者のストマは漏れ、そのたび便臭が病室いっぱい充満する。
 やはり、これは気持ちいいものではない。
 ソルティは介護職なので、通常の人に較べれば他人の便臭などへっちゃらである。マスクしないで、おむつ交換や陰洗やストマ交換できる。
 だが、ケアのために他人の便を扱うのと、自分も患者として病床にいて他人の便臭に包まれるのとでは、やはり違うのだと体感した。喫煙所にしばらくいるとタバコの匂いが衣服に染みつくように、自分の寝具やパジャマやベッド周りの持ち物に他人の便臭が染みつくような気がした。
 つまり、自分の生活空間に入ってくる異臭は不快に感じるのである。
 何回かは窓を開けて換気したが、この寒さなので長いこと開けてはいられない。それに窓を開けるには、礼儀上、他の3人の患者の許可を得なければなるまい。それもメンドクサイ。

 と言って、手をこまねいていたわけではない。
 ソルティは常時ラベンダーのアロマオイルの小瓶を持ち歩いている。
 ティッシュにオイルを数滴たらし、ベッドサイドに置いておくと、消臭・殺菌・芳香・リラックス効果が期待できる!
 あら不思議。肥溜めが一瞬にして富良野の丘に。
(ただ、これも度が過ぎると、他の患者から文句が出かねないのでほどほどに)
 入院時には、消臭剤とアロマオイル。
 これは必須アイテムである。

ラベンダー畑



 家に帰ってほっと安心したけれど、実のところ、移動に関して言えば病院のほうがラクチンだった。
 病院では車椅子が使えたが、狭い家の中では車椅子も松葉杖も使えない。四つん這いになって這い回るほかない。ついには膝がこすれて痛くなったので、ネットでバレーボール選手がつけるような膝当てを購入した。
 シャワーもまた病院なら浴室用車椅子に乗り換えて、そのまま洗い場に入って洗体も洗髪もできるが、自宅だとそうスムーズにはいかない。清拭で済ませてしまうことが多い。


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 前回の17日間と今回の6日間で、いかにして心地よく入院生活を送るかをしっかりと学ばせてもらった。
 やっぱり、一番役に立ったのはマジックハンドである。





● ほすぴたる記 その後10(事故後70日)

 骨折した左足のむくみがなかなか取れない。
 リハビリスタッフに言われたように、寝るとき足を高くしたり、足を締めつける弾性ストッキングをはいたり、自分でマッサージしたりしているのだが、ケガしていない右足と比べると豚足のよう。

 むくみが引かないと可動域が広がらない。歩行訓練もままならない。松葉杖とお別れできない。社会復帰が遅くなる。遊びにも行けない。
 焦っても仕方ないけれど、なにか良い手立てはないものか?

 そんなとき、当ブログをお読みいただいたツクシさんから、「アーシングしてみては?」というメッセージをいただいた。

  アーシング

 アーシング(Erathing)とは、地面とつながる健康法である。

 多くの電化製品にはアース線が取り付けられている。
 漏電による感電事故を防ぐため、静電気を逃がすため、雷等による高圧がかかるのをセーブして製品の故障を防ぐため、有害な電磁波から身を守るため・・・。
 こうした理由からアース線を地面につないで、電気を逃がすわけである。

 同じ原理で、人の体内に溜まった有害な、あるいは過剰な電磁波を大地に逃がし、代わりに大地のエネルギーを取り入れて、体を整える。

 やり方は簡単。素足を地面につけるだけ。
 (くわしく知りたい人はこちらを)

 考えてみたら、ソルティは月に一度は山登りに行き、森林浴している。週一回は温泉(健康ランド含む)につかる。週2~3回はプールで泳いで汗を流す。
 “気”の良くない場所に行くことの多い都会生活で、身体が命じるままに適度にアーシングし、デトックスしている。
 もちろん、ケガする前の話である。

 昨年12月初旬にケガしてからは、まったくこれらができていない。
 加えて、部屋に引きこもりがちの生活のため、家電やスマホの電磁波浴び放題である。
 相当に帯電している。
 毒素が溜まっているような気がする。
 それがむくみが一向に引かない一因ではなかろうか?


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 そういうわけで、家の近くの、むき出しの土のある公園に出かけた。(これがなかなか少ない)
 陽当たりのいいベンチに座って、包帯とギプスをはずし、素足を地面に乗せた。
 足裏に触れる湿った土の感触が気持ちいい。
 
 タイマーを1時間後にセットして、目を閉じて瞑想する。
 普通なら2月の吹きさらしの戸外で1時間もナマ足さらして座っていられないだろう。
 が、ご承知の通り、異常気象である。
 気温15度超えのぽかぽか陽気は、日向ぼっこにちょうど良い。

 中学生がサッカーボールを蹴る音
 子どもたちのはしゃぎ声
 お母さんたちのお喋り
 春をよろこぶ鳥の声
 遠くの車のクラクション
 小学生の下校を知らせる市内放送
 常緑樹を騒がす風の音

 心が、過去でも未来でもなく、「いま、ここ」に憩う。


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アーシング開始前

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一時間後

 上記の写真の通り、むくみは軽減し、両足とも白魚のようにきれいになった。
 アーシングの効果なのか、足が冷えたせいなのか、はっきりとは分からないが。
 数時間後には元に戻ってしまったけれど、実に70日ぶりに身体が整って、その夜はよく眠れた。

 今後も続けていこう。





● ほすぴたる記 その後11 ギプス・オフ

 抜釘手術の際に縫合した糸を抜いて、本日より晴れてギプスOFFとなった。
 二ヶ月半ぶりに左の足に靴を履いて、通院外出した。
 もっとも、足のむくみのせいで普通の靴は入らないので、ゴムサンダルである。
 亀の歩みの松葉杖歩行ではあるが、両足の裏を交互に地面について前進すると、「歩けた!」というクララ気分になる。

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 担当医師より、足の荷重も全荷重(60キロ)でいいと許可が下りた。
 どこにもつかまらずに両足で立つことはできるようになったが、まだ左足一本で案山子のように立つのは難しい。左足全体の骨や筋肉が弱くなっているので体重を支えきれない。荷重をかけていると膝が痛くなってくる。
 歩行もおぼつかない。
 足首が硬くて、痛くて、うまく体重移動ができない。ロボットみたいなぎこちない動き、薄氷を踏むような恐々した動き、になってしまう。
 むしろ、ここからが正念場という気がする。
 中途半端な状態で足首が固まってしまわないよう、踏ん張らねば。

 院内では職員、患者ともマスク使用者が目立つ。
 病棟に上がる見舞客は必ずつけなければならない。これは、コロナ騒動以前からで、インフルエンザ対策のためだ。
 「よもや、こんな埼玉県の畑のど真ん中に立つ病院まではコロナも来るまい」と、つい思ってしまうけれど、ウイルスの伝播には都会も地方も関係ない。
 ソルティのリハビリを担当してくれる20代の青年は、ウイルス性胃腸炎で一週間以上、出勤停止を食らっていた。コロナだったら、当然ソルティにもうつっているだろう。
パンデミック
 
 リハビリ後に院内の売店で買い物していたら、ソルティと同じ両松葉杖の男と出会った。右足にギプスをしている。松葉杖を操りながら大きな買い物かごを持つという、器用な、というか危険なスタイルで通路を動き回っている。見かねた女性店員が、「お手伝いしましょうか?」と声をかけたが、「いや、大丈夫です」と断っていた。

 今回ソルティが怪我をして学んだことの一つは、他人の好意を素直に受け取ること、遠慮せずに他人に頼むこと、他人に甘えること、「ありがとう」という言葉を他人にプレゼントすること——である。
 自分もどちらかと言えば、上記の男のように、「人の手を煩わせたくない、人に迷惑をかけたくない、人の好意に甘えるのが苦手」なタイプである。逆の立場なら、つまり自分が頼まれたのなら喜んで人に手を貸すほうなのに、同じことを他人に頼めない。
 おそらく、NOと言われたり、イヤな顔をされるのが怖いのだろう。「自分のことは自分でしなさい、他人に迷惑をかけるな」という子供の頃からの教育(通俗道徳)のせいもあろう。

 松葉杖の何がいちばん不便かと言えば、両手がふさがれることである。物を運ぶのはリュックサックに入れて担げばよいが、買い物がようできないのである。
 有り難いことに今の時代、ネットショッピングというものがあり、ソルティも随分 Amazon のお世話になっている。家族に頼んで買ってきてもらうこともある。
 近所のコンビニで買い物するとき、あらかじめ買いたい物が決まっている場合は、手の空いてそうな店員に頼んで、カゴを持ってもらい買い物に付き合ってもらう。みな、喜んでやってくれる。
 じっくり選んで買い物したい場合は、下のような工夫を編み出した。

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 松葉杖にS字フックをかけ、レジ袋を下げる。選んだ商品をその都度レジ袋に入れていく。最後にレジ袋をレジに持っていき清算する。
 大切なのは、万引きと間違えられないよう、あらかじめ店員に了解取っておくことである。

 病気って、本当にいろいろなことを学ばせてくれる。




 




● ほすぴたる記 その後12 ヤンキー座り

 病院でのリハビリ最中に、担当の若い理学療法士がソルティの目の前ですっと腰を落とし、ヤンキー座りをした。
 その姿にいささかショックを受けた。

「ああ君、ヤンキー座りできるんだ?」
「えっ? ソルティさん、できないんですか?」
「昔からできないんだよねえ」
「そうですか。じゃあ、もとから足首固いんですね」
 
 そうなのだ。
 中学生時分、体育館の裏手でヤンキー座りしてタバコを吸っているドカンズボンでリーゼントの不良たちを見たときに、怖さと共に抱いたのは、「よく、あんな座り方できるなあ~」という感心であった。
 家に帰ってマネしてみたが、足の裏をべったり地面につけて座ろうとすると、どうしても後ろにひっくり返ってしまう。
 足首が曲がらないので、上体が乗せられないのだ。
「ああ、自分は不良にはなれないのだな」と思ったものである。

ヤンキー座り

 いったい日本人の何パーセントがヤンキー座りできるのだろう?
 ネットで調べてみたら、「日本人を含むアジア人はできる人が多く、アメリカ人は9割方できない」と書いてある記事を見つけた。「便所座り」あるいは「うんこ座り」という別の言い方が示す通り、和式トイレで育ったか、洋式トイレで育ったかにも関係あるらしい。(だとすれば、最近の日本の若者はできない率が高いはずである)
 成人するまでソルティの家はずっと和式だった。
 けれど、ソルティにはできない。和式トイレでしゃがむときは、かかとが浮く。
 欧米か!

 この座り方、欧米では「アジアン・スクワット」と呼ばれているらしい。
 足首の可動域を広げるのに四苦八苦している最中であるが、この際、アジアン・スクワットができるようになるまで頑張ってみようか。




● ほすぴたる記 その後 13 通院停止


 昨夜遅く、病院のリハビリ担当者から電話があった。
 「コロナウイルス蔓延防止のため、しばらく外来リハビリ中止になりました」
 
 来たか・・・。
 
 しばらく前から見舞客の制限が始まっていた。
 熱や咳症状のある来院者への注意書きが、正面入口に貼られた。
 「病院内に入らず、まずこちらの電話番号までお問合せください」
 
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 半月に一度の担当医の診察はいつも1時間近くの順番待ちとなるのだが、昨日の診察は20分ほどの待ちですんだ。フロアがすいていた。
 やはり、一昨日に全国一斉休校の要請が出た影響が大きい。
 
 次回のリハビリ予約はキャンセル。
 再開の見通しはむろん立っていない。
 途方にくれている患者も少なくないことだろう。
 
 いま家の中では、家具や手すりにつかまりながら、なんとか立って歩けている。
 狭い家ゆえのメリットだ。
 外出の際はまだ松葉杖が必要だが、試してみたら片松葉杖でもいけた。
 ただ、片松葉杖だとバランスが悪く、歩き方がいびつになる。
 そのまま固定して癖がついてしまうと厄介なので、バランスよく真っすぐきれいに歩けるようになるまでは、両松葉杖が無難だろう。
 左足に体重を乗せられるようになって、かなりの距離を疲れずに歩けるようになったのがうれしい。
 
 レントゲンによる診察の結果、「骨はズレていない」とのこと。
 これからは自主リハビリ+アーシングで復活を目指す。

 
 
蝶々
 
 
 
 
 
 
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