ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語を見て、旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、ボランティアして、デモに行って、無いアタマでものを考えて・・・・そんな平凡な日常の記録である。

キューブリック

● アメリカ映画とはなにか?  映画:『非情の罠』(スタンリー・キューブリック監督)

 1960年アメリカ。

 巨匠キューブリックの2作目の長編映画。
 まず、完成度の高さに驚く。とても新人監督によるものとは思われない大胆な省略法がそこかしこに見られる。
 一例を挙げると、デイビー(ジャミー・スミス)が知り合ったばかりのビンセント(フランク・シルヴェラ)に自らの過去を打ち明けるシーン。デイビーが父親と姉とにまつわる悲しい物語を語っている最中、画面に映るのはバレリーナであったデイビーの姉が客席の見えない暗い舞台で一人踊る姿ばかり。過去の物語の回想シーンを流すのでもなく、語っているデイビーの切なげな表情や聞いているビンセントが次第にデイビーに惹かれていく表情を映すのでもなく、二人がいる部屋の中や街路を映すのでもない。二人の主人公が惹かれあっていくという、ストーリー的にはもっとも重要な「おいしい」シーンをわざとはずしてしまう大胆さと通俗を嫌う作家性がすでに発揮されている。

 キューブリックはアメリカ生まれ。この映画はアメリカで作られて、舞台はシカゴ。落ち目のボクサーとギャングに囲われた美女との恋愛と救出をめぐっての派手なアクション、といったいかにもアメリカ風のストーリーである。なのに、なぜだかアメリカ映画っぽい感じがしない。
 この映画に限らず、キューブリックの作品はどれをとってもアメリカ映画っぽくない。『ロリータ』(1962年)以降はイギリスに移住しイギリスでの制作となったから、アメリカ映画っぽくないのも当然と思われるが、この作品を見て分かるように、実際にはアメリカで撮っている時分からすでにアメリカ映画っぽくないのだ。
 なぜだろう?
 永年の疑問であった。

 では、いったいアメリカ映画っぽさとは何を指すのだろう。
 自分の中のアメリカ映画のイメージを作り上げているものはなにか。


 チャップリン、ジョン・フォードを筆頭とする西部劇、オーソン・ウェルズ、ヒッチコック、ミュージカル、スペクタクル映画、マイホーム至上主義、コッポラ、スピルバーグ、ジョージ・ルーカス、スーパーマンからブルース・ウィリスに至る一連のヒーローたち・・・。


 これらの共通項は何かといえば、「娯楽」と「善に対する信頼」である。
 商業主義であるが故になにより大衆に受けることを優先とする。制作者の視線は大衆をこそ向いていなければならない。ジョークにさえなっている「全米」大ヒットなどという文句はまさにそれを裏付けている。
 そして、全米=大衆が望むものは常に「善」の勝利なのである。たとえ、映画の最後で善が負けるときでも、それは物語全体が悲劇か不条理劇かの体をなしていなければ許されないのである。
 おそらく、アメリカ人の感性にとって、もっとも耐えられない日本の物語は永井豪の『デビルマン』であろう。そこでは、善を代表するデビルマンこと不動明が、悲劇でもなく不条理劇でもなく、サタンの化身である飛鳥了に打ち負かされていく。(その上に飛鳥了は同性愛的感情を不動明に抱いているのだ!)

 キューブリックの作品は、この「娯楽」と「善への信頼」という二つを欠いている。

 もちろん、『非情の罠』にしろ、『シャイニング』や『2001年宇宙の旅』にしろ、観る者を飽きさせない語りのテクニックはふんだんにある。面白くないわけがない。
 しかし、キューブリックの視線は大衆に向いているというより、過去の偉大な監督たち、あるいは同時代のライバルと目される監督たちに向いているような気がする。つまり、プロのための映画という感じが強い。
 愛されることより評価されることを望んでいたのかもしれない。
 そして、「善への信頼」。これは『フルメタル・ジャケット』や『博士の異常な愛情』を持ち出すまでもなく、キューブリックには皆無といっていい。一説によると、キューブリックは無神論者であったとか・・・。


 キューブリックが最も敬愛する作家はチャップリンだったという。チャップリンこそは「娯楽」と「善への信頼」の最大信奉者にして表現者であったことを思うと、これは面白い矛盾だなあと思う。撮影技術や演出上のテクニックは別にして、キューブリックの作品のどこをどう探したらチャップリン的なものが見られるのだろう?
 自分にはないものだからこそ愛していたのだろうか?

 チャップリンはユダヤ人であった。
 キューブリックの両親もユダヤ人であった。
 キューブリック自身は無神論者であった。つまり、ユダヤ人ではない
 興味深いことである。



評価:B-

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」
        ヒッチコックの作品たち

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」
        「ボーイズ・ドント・クライ」
        チャップリンの作品たち   

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」
        「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!


● ああ、無明! 映画:『100,000年後の安全』(ミカエル・マドセン監督)

 2009年、デンマーク、フィンランド、スウェーデン、イタリア。

 人類はどこかの時点で自己破滅を選択した。

 この映画を観るとそう思う。
 一体、どの時点だったのだろう?

 チェルノブイリ原発事故にもかかわらず原発推進を止めなかった時か(1986年)。
 スリーマイル島原発事故にもかかわらず原発推進を止めなかった時か(1979年)。
 ラスムッセン報告(大規模事故の確率は原子炉1基あたり10億年に1回)により原子力発電の安全性が喧伝された時か(1974年)。
 世界初の原子力発電所ソビエト連邦のオブニンスク原発が発電を開始した時か(1954年)。
 アイゼンハワー大統領が国連総会で原子力平和利用に関する提案を行った時か(1953年)。
 広島、長崎に原爆が落とされた時か(1945年)。
 キュリー夫人が放射能を発見した時か(1898年)。
 いやいや、ノーベルがダイナマイトを発見した時か(1866年)。
 銃が使用されるようになった時か(13世紀)
 剣を手にした時か。
 棍棒を手にした時か。
 エデンから追われた時か。

 あたかも人類はそもそもの最初から絶滅に向けて歩んでいるかのようである。それも人類という一つの種の絶滅だけでなく、大地も、生きとし生けるすべての命も道連れにするつもりらしい。
 まぎれもなく人類は、地球上に現れた最悪の生命体である。
 そのことはいい加減自覚しなければならないだろう。
 これは悲観主義でもニヒリズムでもなく、客観的な事実である。

 地球と他の生命達とを守るには、本当は人類が絶滅するのが一番いいのである。
 
 ・・・と、思っていた。
 だが、もうそれすらも無理らしい。
 人類が今絶滅したところで、地球の未来も他の生命の存続も保障できなくなってしまった。
 それは25万トンの放射性廃棄物が今すでに地上にあり、その半減期は数万年に及ぶからである。
 放射線被爆以外の他の理由によって人類は滅びるかもしれない。第三次世界大戦か、地球の温暖化か、氷河期の到来か、地殻変動か、惑星の衝突か、ウイルスの蔓延か、宇宙人の来襲か、第2のノアの洪水か、サードインパクトか・・・・。数万年の間には何が起こっても不思議ではない。
 しかし、今すでにある放射性廃棄物は地上に残り続ける。致死性の放射線を出し続けながら。

 フィンランドのオルキルオトに世界で初めての高レベル放射性廃棄物の最終処分場が建設されている。固い岩盤をくり抜いた地中奥深く、アリの巣のようにいくつものトンネルが連なる施設を造って、放射性廃棄物を詰めたカプセルをあたかもアリの卵のように並べて、今後10万年間保管するのだという。
 この映画は、その処分場オンカロの建設に関わる人々へのインタビューを中心としたドキュメンタリーである。

 今さらオンカロの建設の是非を問うても仕方ない。
 すでにあるものをほうっておくわけにはいかないのだから。
 できるだけ知恵を絞って、今ある科学的データと工学的技術を結集させて、未来の人類のためにできる限り安全な施設を造るほか選択肢はないのだから。
 このあたり、やはり西欧人は合理的だなあと変な意味で感心する。目の前の現実を客観的に分析し、理性的に判断し、最善の策を考える。
 日本人だときっとまず「オンカロ建設反対!」の声がかまびすしく、なかなか対策が進まないだろうと想像する。その結果、手遅れとなり、最悪の事態が待ち受けている。太平洋戦争でこれをやり、原爆投下を招いた国民である。(→ブログ記事『なぜ日本は負けに行ったのか』p://blog.livedoor.jp/saltyhakata/archives/4699834.html
 
 10万年間オンカロが耐久できるか。
 10万年の間に地殻変動があって、廃棄物カプセルが地表に出て破損したらどうするのか。
 もうそんなことを議論できるレベルはとうに終わっているのだ。一番耐久できそうな方法で保管するしかない。後戻りはできない。
 だから、オンカロ建設上の最大の懸念は、「未来の人類がこの施設の危険性を知らずに、開けてしまうのではないか」という笑い話のようなところにある。それをどう防ぐかが真剣に議論されている。
 1万年前の人類と我々とがコミュニケーションできない現状を考えてみれば、それは納得できよう。わずか2000年前のピラミッドの文字の解読さえ、非常に困難が要るのだから。
 オンカロの入り口にモノリス状の石碑を建てて、世界のあらゆる言語で警告を記すというアイデアがある。
「何人もこれより先に行ってはならない。」
 未来人が文字を使わない文明を築いていることも予想して、本能的に危険を知らせるイラスト(ドクロマーク等)を描くアイデアがある。
 警告のようなものがあるとかえって好奇心を刺激して開いてしまうだろうから、何も置かずにほうっておいたほうがいいというアイデアがある。

 この映画はもう一つの『博士の異常な愛情』(キューブリック)であろう。


 こうまでして手に入れた原子力だが、その寿命はあと数十年と言われている。原料となるウランが尽きるからである。



 

評価: B+


A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」
        ヒッチコックの作品たち

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」
        「ボーイズ・ドント・クライ」
        チャップリンの作品たち   

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」
        「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!



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