原題 THE BOOKMAN’S TALE の通り、古書に憑りつかれた人間達が“世紀の奇書”をめぐって織りなすミステリードラマである。
実際に古書取引に携わっていたという著者の英文学や古書売買に関する深い専門的知識、本に対する並々ならぬ愛情が全編あふれている。下手すると衒学的で退屈になりがちな、かび臭い古書の話を、対人恐怖症の主人公の恋愛譚および愛する妻を失った絶望からの再生譚とからませて、広い読者が楽しめるエンターテインメントに仕立て上げている。
実のところ、ミステリとしてもサスペンスとしても恋愛物語としてもそれほどレベルは高くない。過去と現在と大昔を交互にからませる構成も功を奏しているというよりは、まどるっこしさを感じさせる。
だが、物語の基音となる“世紀の奇書”というのが強烈な磁力を放ち、ソルティを終わりまで連れて行った。それは、かの偉大なる劇作家シェイクスピアをめぐる古くからの謎——シェイクスピアの正体は誰だったのか?——の解明に関わるものである。
文庫500ページはなかなか気合のいる分量であるが、何の用事もない冷たい雨の午後、紅茶&パイあるいはビール&チップスを傍らにおいて英国的に過ごすにはおあつらえ向きの相棒である。