2011年アメリカ映画。

 観ているうちに傑作の予感がじわじわと湧いてきて背筋がゾクゾクする体験など、そうしょっちゅうあるものではない。100本観て1本くらい、いや200本かもしれない。
 そんな映画たち――例えば、『父、帰る』(アンドレイ・ズビャギンツェフ)、『嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』(原恵一)、『フィアレス』(ピーター・ウィア)、『馬鹿宣言』(イ・チャンホ)e.t.c――との出会いは、映画を観ること、観続けることの歓びを教えてくれる。
 『デタッチメント』もまたその一つである。


 何が素晴らしいといって、まず役者が素晴らしい。
 主役の教師ヘンリーを演じるエイドリアン・ブロディの慈愛の向こうに哀しみを湛えたまなざし。この人はイエス・キリストを演じられると思う。
 ヘンリーと同居する不良少女エリカを演じる無名のサミ・ゲイルも素晴らしい。生まれてはじめての‘家族’ヘンリーを得た喜びと、ヘンリーのデタッチメント(優しい無関心)ゆえにその絆を奪われる悲嘆を、体当たりで演じていて思わず涙を誘われる。
 生徒や親になめられ、上部機関(理事会or教育委員会?)によって運営方針を左右される教員たちを演じる個性派俳優たち(ジャームズ・カーン、ルーシー・リュー、マーシャ・ゲイ・ハーデン)も素晴らしい。

 素晴らしい俳優たちによって演じられるドラマの中味は、アメリカの教育現場のありのままの姿である。落ちこぼれ、いじめ、風紀紊乱、校内暴力、動物虐待、学級崩壊、モンスターペアレント、自殺・・・・。現代の先進国の多くが直面している教育の荒廃が描かれている。それはまた現代の少年少女の置かれている状況そのものでもある。
 日本の戦中のような軍国主義スパルタ教育や80年代愛知県の徹底した管理教育が良いとは言わないが、西欧個人主義(権利の徹底的主張)と資本主義(欲望の追求)の結婚から生まれた‘自由放任教育’が、若者の成長に益するとは到底思われない。
 とくに西洋の場合、個人主義の行きすぎに歯止めをかけるのに役立っていた宗教(キリスト教)とそこから来る倫理が今や地に堕ちてしまった。それにとって代わるものは未だ見つからない。個人の行動を制御するものがない。
 日本の場合、宗教は個人の行動規範とは十分なりえなかった。「悪いことをしたら地獄に落ちる」「閻魔様に舌を抜かれる」といった子供への脅し文句はあったが、それよりも日本人の行動を制御するのは昔も今も‘世間(体)’である。だから、日本の学校は荒廃しているとはいえ、欧米ほど末期的ではない。
 とはいえ、現場で働く教員たちのストレスはたいへんなものであろう。実際、教職を希望する若者のいることが、介護職を希望する若者のいることよりも、自分には不思議である。どちらもケアに関わる仕事だが、対象者のパワーが桁違いだ。それに、作品中のセリフにあるように、介護職はまだ感謝されるが、教職は感謝されなくなった。「仰げば尊し」は昔の話である。


 この映画の妙味は、昨今の教育現場を描くのと兼ねて、ヘンリーという一人の教員のパーソナリティと心のドラマを描いているところにある。タイトルから言えば、むしろこちらが主筋と言えよう。
 デタッチメント(Detachment)は「距離を置くこと、無関心」という意。これを「優しい無関心」と訳したのはなかなかうまいと思う。
 子供時代のトラウマ――母親の自殺を目撃――から、人と深く関わるのを避けるようになったヘンリーは、一歩距離を置くことで相手の感情に巻き込まれずにいられるがゆえに、不良生徒の扱いがうまい。臨時教員として赴任した高校でも、生徒の反発を食らいながらも徐々にその手腕を発揮していく。
 だが、私生活においてヘンリーは孤独である。家族も恋人もなく、老人ホームで暮らしている祖父を見舞うのが唯一の「関係」である。
 売春をして暮らしている少女エリカとの出会いは、ヘンリーに「関わって」生きることの楽しさや喜びをつかの間味あわせてくれる。それは母親との間に確かにあった幼いころの楽しい思い出をよみがえらせる。
 しかし、ヘンリーは超えることができない。鋭い感性を持った女子生徒メレディスに孤独を見抜かれるが、周囲から深い関わりを求められれば求められるほど、自らのトラウマの大きさにたじろぐばかり。結果、ヘンリーを愛するようになったエリカを福祉の手に渡し児童養護施設に入れてしまう。
 そうして、いつものようにヘンリーが学校を去る日がやってきた。
 生徒に慕われ、同僚に惜しまれながら、デタッチメントのまま去ろうとするヘンリー。
 まさにそのとき、悲劇が起こる。


 テーマの今日性、その展開の仕方(脚本、演出)が優れているだけではない。
 ショットが素晴らしい。
 事件を振り返って語る「今」のヘンリー、事件に至るまでの過程としての主筋、フラッシュバックするヘンリーの過去、教室の黒板にチョークで描かれるイラスト、生徒たちの顔・顔・顔、そして誰もいない教室や廊下を写す「空ショット」。これら様々なショットがコラージュのように散りばめられて、心地よいリズムを作っていく。そのリズムが作品に統一された印象とどこか懐かしい寂寥感をもたらしていく様は、小津映画を想起させる。空ショットがここまで胸に食い入る映画は滅多にない。
 それは観る者の「空ろ」を投影するからだろうか。


 ハンセン病の詩人塔和子の詩を思い出した。


胸の泉に

かかわらなければ
  この愛しさを知るすべはなかった
  この親しさは湧かなかった
  この大らかな依存の安らいは得られなかった
  この甘い思いや
  さびしい思いも知らなかった
人はかかわることからさまざまな思いを知る
  子は親とかかわり
  親は子とかかわることによって
  恋も友情も
  かかわることから始まって
かかわったが故に起こる
幸や不幸を
積み重ねて大きくなり
くり返すことで磨かれ
そして人は
人の間で思いを削り思いをふくらませ
生を綴る
ああ
何億の人がいようとも
かかわらなければ路傍の人
  私の胸の泉に
枯れ葉いちまい
落としてくれない




 
評価:A-

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」    

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」
        「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!