ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

小川真由美

● ブーム再来なるか? 映画:『空海』(佐藤純彌監督)

1984年東映。

監督:佐藤純彌
企画:全真言宗青年連盟
脚本:早坂暁
音楽:ツトム・ヤマシタ
キャスト
  • 空海:北大路欣也
  • 最澄:加藤剛
  • 薬子:小川真由美
  • 橘逸勢:石橋蓮司
  • 藤原葛野磨:成田三樹夫
  • 平城天皇:中村嘉葎雄
  • 嵯峨天皇:西郷輝彦
  • 桓武天皇:丹波哲郎
  • 泰範:佐藤佑介
  • 阿刀大足:森繁久彌

 弘法大師空海(774-835)入定1150年を記念し、全真言宗青年連盟映画製作本部が東映と提携して製作した映画である。青年連盟は映画公開前に前売券200万枚(総額20億円)を完売させ、巨額な製作費(12億円)を可能にしたという。
 真言宗のお墨付きで上映時間約3時間と来れば、敬遠したい向きもあるかもしれない。偉大なる開祖・空海上人を最大限持ち上げた真面目な(つまらない)布教映画であろうと想像するかもしれない。ソルティは半ばそうであった。そのうえ、空海を演じるのが北大路欣也と来ては「ミスキャストだろう」の思いがあった。北大路は三島由紀夫に愛されたほどの名役者であるのは間違いないが、あまりに濃い顔立ちと生々しい肉体性とが聖人・空海にはふさわしくないと思った。俗っぽ過ぎる。これが日蓮ならわかるのだが・・・。
 空海の生涯を復習するくらいの気持ちでさほど期待せずに見始めたのだが、開けてビックリ玉手箱。実に見応えあって面白かった。3時間モニターの前に陣取る価値は十分ある。三國連太郎監督『親鸞 白い道』同様、非常に良くできた、質の高い伝記&娯楽映画と言えよう。

 実際、空海の生涯はそのままで十二分に波乱万丈で面白い。
 四国(讃岐)の豪族の三男として生を享け、神童の名をほしいままにし、10代半ばで叔父を頼って上京。京都の大学を中退して四国の山野に修行。室戸岬で金星が口に入って悟りを開く。30歳を過ぎて京に戻るも遣唐使として中国に行き、密教の真髄を極める。帰国後は鎮護国家の要としてライバル最澄とともに朝廷に重用される一方、民衆のために治水工事を指揮し学校(綜芸種智院)を作る。62歳で高野山に没す。

 空海の生涯をおおむね忠実にたどりながら、そこに時代背景や天災や権謀術数をからませ、エンターテインメントしても一級の作品になっている。見所満載である。
 たとえば、
  1. 奈良(平城京)からの遷都風景 ・・・・行列する人々の衣装や小道具が凝っている。
  2. 薬子の変・・・・平安初期の政権争いの様子が分かりやすく劇的に描かれる。
  3. 遣唐使の困難な旅 ・・・・当時のままの遣唐使船を建造したという。嵐のシーン、広大な自然を背景にした中国ロケは潤沢な予算ゆえの本物の香りが横溢。大画面に耐える。
  4. 密教第七代の祖・恵果から密教の奥義を受ける ・・・・わずか3ヶ月で密教のすべてを習得した空海の天才ぶりが光る。
  5. 最澄と空海の出会いと別れ ・・・・平安仏教の2大天才の関係性の変化にドキドキする。最澄と空海の仏教観の違い以上に気になるのは、最澄の一番弟子であった泰範が最澄を捨てて空海に鞍替えしたエピソードである。泰範役に往年の美青年・佐藤祐介を配したあたりが「日本の男色の起源は空海」という伝承――むろんそんなことはない。男色は神代からあったはず――を思い起こさせ意味深である。
  6. 奈良仏教V.S.平安仏教 ・・・・経典研究と自己の成仏のみに勤しむ奈良仏教の僧侶たちと、あまねく人々の救いを重んじる平安新興仏教(最澄)との帝の面前での宗論シーンが、古代インドで起こったと言われる小乗仏教と大乗仏教の反目を思わせて興味深い。
  7. 万濃池の修築工事 ・・・・大量のエキストラを使ったスペクタクルシーン。
  8. 山の噴火と被災者の集団セックス ・・・・一番ビックリしたシーン。密教と言えばタントラ=性肯定ではあるが、被災し洞窟に避難した男女をその場で番わせて生きる意欲を湧き立たせるというエピソードの、そしてセックスに陶酔する男女の姿をインドの古い神々(シヴァとパールヴァティー?)に重ね合わせる演出が凄すぎ! 開いた口がふさがらない。よくまあ真言宗は許可したものだ。

 とまあ、次から次へと息つく暇もないほどに見応えある面白いシーンが続く。海外も含めた贅沢な野外ロケ、王朝時代のセットや衣装のリアリティ、大量のエキストラ、嵐や建築や火事などのスペクタルシーン。このバブリー感は80年代という時代の産物であると同時に、真言宗の意地とプライドの賜物であろう。東映の力だけではこうはゆくまい。

 見応えを底から下支えしているのが役者の魅力である。
 4人を挙げよう。
 まず、空海役の北大路欣也。
 観る前の予測を良い意味で裏切って気持ちいい聖人ぶりであった。濃い顔立ちと力強い眼力は空海の意志の強さに転換され、生々しい肉体性は不羈奔放の若さに書き換えられた。並み居るベテラン役者陣に食われることなく、最後まで主役を張っているのはさすが。
 空海の叔父・阿刀大足を演じる森繁久彌。
 ソルティは残念ながら舞台『屋根の上のヴァイオリン弾き』もコメディ映画の『三等重役』、『社長シリーズ』、『駅前シリーズ』も森繁の代表作と言われる『夫婦善哉』すら観ていないので、アカデミー賞の重鎮であった森繁久弥の役者としての技量のほどをよく知らなかった。とくにバイプレイヤーとしての力量が疑問であった。言葉は悪いが「はったり感」を持ってさえいた。
 しかし、この映画を観て印象が変わった。森繁はバイプレイヤーとしても勝れている。空海の叔父にして物語の語り部を担う阿刀大足の役を実に重厚に、存在感豊かに、分をわきまえながら演じている。自分を抑える演技の出来る役者なのであった。
 桓武天皇役の丹波哲郎。
 やはりただならぬ存在感と大物ぶりが漂う。『親鸞 白い道』にも重要な役で出演しているが、宗教映画には欠かせないスピリットを持っている人である。演技の質はともあれ、この人が出てくるだけで画面が引き締まる。
 一番印象に残るのは、薬子を演じた小川真由美である。
 悪女や妖婦を演じたら右に出る者はなし。『八つ墓村』でもそうであったが、素か演技か分からぬほどの自然体に見えながら、役になりきっている。ここでも時の帝をたらしこめ思うがままに朝廷を牛耳る稀代のヴァンプを美しくもしたたかに、妖しくも傲岸に演じていて、観る者を惹きつける。計略に失敗して自害するド迫力の狂乱シーンは、さすが文学座の大先輩・杉村春子をして「私の後継者は小川よ」と言わしめただけのことはある。圧倒される。その小川が70歳を過ぎて真言宗で出家したのはなんだか因縁めいている。

 最後までよくわからなかったのは、空海にとって仏教とは結局何だったのか、密教とは一体何かと言う点である。
 密教に関しては、「わからないから、秘密にされたままでいるから、密教なのである」と言われれば言葉の返しようもない。言葉で説明できるのであればそれは顕教である。映画を観ただけで理解しようと思うのがそもそも間違いである。
 一方、「ブッダに握拳なし」の言葉をそのまま受けとめれば、仏教は顕教であるべきだろう。秘密にされるべきものなどあろうはずがない。主客という二元性を越える悟りの境地は不立文字であって「言葉にできない」は仕方ないとしても、それは秘密とは違う。空海が恵果から授かったような伝法灌頂はブッダの教えにはそぐわない。
 真言宗が協力し認可したこの映画において、空海の‘仏教’は以下のようなポイントに収斂されよう。
  1.  生命讃歌(性の肯定)。生きている間に成仏しなければ意味がない。
  2.  自然讃歌。人間も自然の一部なので大宇宙(大日如来)の法則に随えば迷うことはない。
  3.  民衆の救いのための教え。
 
 なんとなく仏教というより原始神道に近い気がする。生(性)について、この世について、かなりポジティヴな見解である。
 一方、空海の残した有名な詩句がある。

三界(この世)の狂人は狂せることを知らず。
四世(生きとし生けるもの)の盲者は盲なることをさとらず。
生れ生れ生れて、生の始めに暗く、
死に死に死に死んで、死の終わりに冥し。(『秘蔵宝鑰』)

 この詩から受ける印象は、まさに「一切皆苦」であり「無明」である。仏教の根本と重なっている。
 ほんとのところ、空海はこの世をどう見ていたのだろう?


P.S.
 来年、日中共同製作映画『空海―KU-KAI―』(原題:妖猫伝)が公開されるとのこと。原作は夢枕獏『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』。監督は『黄色い大地』、『子供たちの王様』、『さらば、わが愛/覇王別姫』などの傑作を撮った陳凱歌(チェン・カイコー)。主演は染谷将太。ほかに黄軒(ホアン・シュアン)、阿部寛、松坂慶子らが出演する。宗教映画ではないと思うが、面白いのは間違いあるまい。
 空海ブーム到来なるか? 

空海
 


評価:B+

A+ ・・・・めったにない傑作。映画好きで良かった。 
「東京物語」「2001年宇宙の旅」「馬鹿宣言」「近松物語」

A- ・・・・傑作。できれば劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」「スティング」「フライング・ハイ」「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」「ギャラクシークエスト」「白いカラス」「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・見たのは一生の不覚。金返せ~!!



 


● 松竹というより・・・ 映画:『女の一生』(野村芳太郎監督)

1967年松竹。

 原作は1883年に刊行されたギ・ド・モーパッサンの長編小説。日本ではこれまでに3度映画化されている。
 学生時代に新潮文庫で邦訳を読んだはずなのだが、どういう話かすっかり忘れていた。おそらく当時は、「女の一生」というテーマ自体に関心がなかったからであろう。(‘世界の名作’だから一応読んだのだ)
 
 今回、岩下志麻が目的でDVDをレンタルしたのだが、これがまあ、目茶苦茶面白かった

 舞台を日本の信州に移し変えているとは言え、登場人物の設定やあらすじはほぼ原作のとおりである。
 だから、フランス文学の古典に特徴的なわずらわしい描写表現を捨象したあとに残るストーリー自体と、映像化によって肉付けされた役者達の派手な感情表現が面白いのである。

  • 世の中を知らない温室育ちの少女・伸子(=岩下志麻)は、憧れの美男子・宗一(=栗塚旭)と結ばれる。伸子は宗一に処女を捧げる。(これから始まる初夜の‘不安と期待’に揺れる志麻さまの表情に注目!)
  • ところが、宗一は碌でもないやつだった。伸子の乳姉妹であるお民(左幸子)にも同時に手をつけていて妊娠させてしまう。
  • それを知った伸子は逆上する。が、彼女のお腹にもすでに赤子がいたのである。
  • 「あんな男の子供なんか欲しくない」と絶叫しつつ、伸子は宣一(=田村正和)を出産する。一方のお民は生まれた子供ごと、熨斗を付けてよその男のところに片付けられる。
  • 淋しい伸子は宣一の育児にかまける。夫はまたしても人妻・里枝(=小川真由美)とねんごろになる。ふしだらな二人は、嫉妬にかられた里枝の夫に猟銃で撃ち殺されてしまう。(小川真由美のファビュラスな演技!)
  • 未亡人となった伸子は、東京で大学に通う宣一だけを頼りに静かに暮らしていたが、甘やかされて育った宣一はクズのような男になっていた。無免許運転で人をはねて相手を片輪にしてしまう。
  • 伸子の父・友光(=宇野重吉)は賠償金の工面で、畑や山を処分せざるを得なくなる。
  • かくして一家の没落が始まる。
 ・・・・・・続く。 

 とまあ、次から次へと伸子に災難が降りかかり、ストーリーは目まぐるしく展開し、登場人物は、叫び、怒り、嗚咽し、苦悶する。
 このベタさ加減、何かを思い出す。
 そう、往年の大映ドラマである。
 
 1980年代に大映テレビが制作した実写ドラマは、当初から同業他社のプロダクションが制作する作品に比べて、以下のような特徴が際立っている。
  • 主人公が運命の悪戯に翻弄されながら幸運を手に入れるといういわゆる「シンデレラ・ストーリー」。
  • 衝撃的で急速な起伏を繰り返したり、荒唐無稽な展開。
  • 「この物語は…」の台詞でオープニングに挿入され、ストーリーの最中では一見冷静な体裁をとりつつ、時に状況をややこしくするナレーション。
  • 出生の秘密を持つキャラクターの存在。
  • 感情表現が強烈で、大げさな台詞。 
 これらの独特な演出から、他の制作会社のドラマと区別する意味で「大映ドラマ」と呼ばれていた。
(ウィキペディア「大映テレビ」より引用)

 ちなみに、80年代の代表的な大映ドラマを上げると・・・
  •  スチュワーデス物語(堀ちえみ、風間杜夫、片平なぎさ)
  •  不良少女とよばれて(伊藤麻衣子、国広富之、伊藤かずえ、松村雄基)
  •  スクール☆ウォーズ(山下真司、岡田奈々、松村雄基、伊藤かずえ、鶴見辰吾)
  •  少女に何が起ったか(小泉今日子、辰巳琢郎、賀来千香子、高木美保、石立鉄男)
  •  ヤヌスの鏡(杉浦幸、山下真司、風見慎吾、河合その子、大沢逸美)
  •  花嫁衣裳は誰が着る(堀ちえみ、伊藤かずえ、松村雄基)
 
 松竹なのに大映。
 だから、面白いのだ!
 そして、主演の岩下志麻がまた、押しも押されぬ松竹の看板女優のはずだのに、大映ドラマのノリに見事にはまっている。左幸子、小川真由美は言うに及ばず。
 なるほど、岩下志麻のどことなく過剰なテンションの高い演技は大映ドラマ風である。

 「傑作フランス文学の完全映画化」という煽り文句から敬遠していると損をする。四季折々の信州の美しい風景、田舎町の珍しい風習、懐かしい昭和の日本の情景、宇野重吉や左幸子の重厚な演技など、見所はいろいろあるけれど、この映画の一番のポイントは「岩下志麻、大映ドラマに挑戦」ってところにある。
 どこからか、来宮良子のナレーションが聞こえてくるかと思った。



評価:B+


A+ ・・・・めったにない傑作。映画好きで良かった。 
「東京物語」「2001年宇宙の旅」「馬鹿宣言」「近松物語」

A- ・・・・傑作。できれば劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」「スティング」「フライング・ハイ」「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」「ギャラクシークエスト」「白いカラス」「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・見たのは一生の不覚。金返せ~!!




● オクタビウスの謎 映画:『クレオパトラ』(ジョゼフ・L・マンキーウィッツ監督)

クレパトラ 1963年アメリカ映画。

 最初に言及すべきは、リズことエリザベス・テイラーの美しさ。
 撮影当時31歳、共演のリチャード・バートンとの始まったばかりの恋に身も心も潤って、匂い立つような女らしい艶やかなオーラーを発散している。リズが出ているシーンでは、リズしか目に入らないほどである。古代エジプト最期の女王、史上随一の美女の役だけあって、どんなに着飾っても、どんなにメイクアップしても、どんなに宝石で身を固めても、どんなに尊大に振る舞っても、やりすぎることはない。その保証を手にしてリズは自らの人生の美しさの頂点をここに焼き付けた。
 自分はブラウン管でしか観たことないが、スクリーンの大画面で見たら、この美は世界遺産ものだろう。

 物語のスケールの大きさ、豪華な衣装やセット、エキストラの多さ、制作会社(20世紀フォックス)を破産寸前まで追い込んだ巨額な制作費、美貌の大スターをめぐるゴシップや逸話の数々。女優を主役とした映画では『風と共に去りぬ』(ヴィクター・フレミング監督、1939年)と並び、バビロンの如き栄華を極めた大ハリウッドの威光を伝える作品と言えるであろう。

 とりわけそれが顕著に表れているのが、クレオパトラのローマ入城シーンである。

 クレオパトラがシーザーとの間にできた未来のアレキサンダーたる(とクレオパトラは目している)息子シザリオンを、初めてローマ市民に披露するこのシーンは、物語全体からすればどうってことない一つのエピソードに過ぎない。シーザーの暗殺、アクティウムの海戦、クレオパトラの自殺・・・など、物語的に重要な、絵になるシーンは他にある。
 だが、作品中おそらく最も豪奢を極め、手間も金もかかっていて、エキストラも多く、シーン自体も一番長く、もっとも印象に残るのが、このローマ入城なのである。
 最初に登場のファンファーレがあって門が開かれてから最後にクレオパトラ(とシザリオン←添え物)が登場するまで何分かかっているだろう。延々とアフリカ風の踊りやら、槍を使った戦闘の舞いやら、火を使ったリンボーダンス風な曲芸やら、カラフルな煙幕やら、これでもかとばかりに見せ物が続く。映画では当然それぞれの見せ物は部分的に紹介されカットつなぎで次の見せ物にバトンタッチされるわけだが、おそらく実際の時間にすると軽く2時間はかかるのではないだろうか。
 観ていて連想するのは、昨今のオリンピック開会式である。
 各国の選手入場の直前まで延々と開催国をアピールする催し物が行われるのが定番となっている。その国の成り立ちを伝える神話の再現とか、歴史上の有名な出来事とか、伝統舞踊や伝統工芸や民族衣装とか、果てはその国出身の世界的歌手やスポーツマンが花を添える。オリンピックがなりふり構わぬ商業主義に走ったロス五輪以降、それがどんどんエスカレートして明らかな国力の誇示ショーになっている。
 それはどうでもいいんだが、開会式の演出家たちは、演出家を志した少年時代か青年時代にまず間違いなく、リズの『クレオパトラ』を観ていることだろう。「ローマ入城シーン」に影響されていることだろう。
 で、「ローマ入城シーン」自体は、まず間違いなく、マンキーウィッツ監督がそれまでに観たオペラ『アイーダ』第二幕の「凱旋の場」の演出を意識してつくられたはずだ。
 逆に、この『クレオパトラ』から影響を受けて、その後の『アイーダ』演出家は「凱旋の場」をつくることにもなったであろう。(とりわけフランコ・ゼフィレッリあたり。)
 『アイーダ』と『クレオパトラ』と『オリンピック開会式』は、相互に影響し合って手に手を取ってゴージャスと拝金主義とナショナリズム高揚を推し進めていると言えよう。(昨今はそこにサッカー競技も加わっている。)

 リズにばかりに目がいってしまう『クレオパトラ』であるが、今回改めて面白さを感じたのは、クレオパトラをめぐる3人の男――シーザー、アントニウス、オクタビウスーーのキャラクターの違いである。クレオパトラにとって、シーザーは父のような庇護者的存在、アントニウスは自分をひたすら賛美崇拝してくれるアッシー君(古い!)みたいな存在、そしてオクタビウスは・・・? オクタビウスとの関係が謎である。
 歴史上の権力争いの観点から言えば、次のように比較できるだろう。

 シーザー   =織田信長(最初の国家統一者)
 アントニウス =豊臣秀吉(その跡を継いだ者)
 オクタビウス =徳川家康(最終的に長期政権の基盤をつくった者) 

 ついでに
 ブルータス  =明智光秀(言わずもがな・・・)

 すると、クレオパトラは誰だろう? 
 淀君か、ネネか?

 3人の男のうちクレオパトラが最も(真に)愛したのはアントニウスらしい。自らが大将をつとめる闘いで、逃げる女の後を追って船をも部下をも見捨てるアントニウスは、天下のうつけ者(やっぱ織田信長?)であるが、「私と仕事とどっちが大事なの?」という女の究極の問いに迷わず「お前に決まっている」と答えられる男は、世の女にとってはアレキサンダー以上の英雄なのかもしれない。
 名優リチャード・バートンは、実に人間くさいアントニウスを好演して、リズでなくとも母性本能をくすぐられる。


 オクタビウスはクレオパトラの毒牙にかからなかった(フェロモンに迷わされなかった)。結果として、初代ローマ皇帝アウグストゥスとなった。
 なぜだろう?
 
1.男色家説


 この説は結構好まれている。 
 この映画でも、当時のハリウッドの規制もあって、はっきりそうとは描かれていないが、オクタビウスが女に興味がないことを示すシーンがところどころ出てくる。


アントニウス 「君も仕事ばかりしないで少し遊んだらいい。あそこにいる女達はどうだ。よりどりみどりだぞ。」
オクタビウス 「無駄なことです。」

 手塚治虫の『クレオパトラ』(1970年)ではもっと顕わである。
 朋友アントニウスを殺されたクレオパトラは、次の手段としてオクタビウス籠絡に取り掛かろうとする。フェロモン100%放射。

 オクタビウス「お前の魅力など私にはまったく効かない。」
 戸惑うクレオパトラ。 
 そこへ、クレオパトラの家臣である力自慢の闘志(グラデュエイター)が現れる。
 とたんに目の色を変え、オカマキャラ丸出しになってしまうオクタビウス。
 「きゃあー。素敵な肉体。あの日あなたを見て以来、この体に抱かれることを夢見ていたのよ。あとで、連絡先教えてね~?」
 すべてを諦めるクレオパトラ。

 男色家説は話としては面白いが、実際にはどうだろう。
 オクタビウス=アウグストゥスは、生涯に何度も結婚して子供も作っている。もちろん、後継者を作るための、あるいは勢力基盤を磐石にするための政略的結婚であったとは思う。病弱であったためかどうか、血を享けた子供は結局一人しかできなかった。それも娘だった。あまり子作りには積極的でなかったようだ。
 生涯の友であったアグリッパとの篤い関係から同性愛の匂いを嗅ぎ取ることもできる。自分の娘ユリアとアグリッパを結婚させて(アグリッパを義理の息子にして)、そこにできた息子に帝位を継がせようとしたところなんか、現代の大物ホモ政治家がやりそうな手口である。
 ともあれ、なんと言ってもキリスト誕生以前(BC)である。この時代のローマ人にとって同性愛はタブーではなかったはず。若きジュリアス・シーザーも「すべての男の妻」と呼ばれていたのである。
 曰く「オクタビウスがゲイでなかったら、世界の歴史は変わっていただろう。」 


2.クレオパトラが本気を出さなかった説


 里中満智子の漫画『クレオパトラ』がそうである。
 シーザーとの世紀の恋に破れ、アントニウスとの運命の恋の成就と死別を経験した女王はもはや政略的な結婚などしたくなかった。人生にも野望にも疲れていた。愛するエジプトを守るためでも、もう奥の手を使う気にはなれなかった。
 リズの『クレオパトラ』もアントニウスとの真実の恋に目覚めたために、後を追って自害するのである。


3.クレオパトラの魅力に翳りが・・・・説


 さて、ここで主要人物の生年没年である。


シーザー  (紀元前100年――紀元44年) 56歳で死去
アントニウス(紀元前83年――紀元30年)  53歳で死去
オクタビウス(紀元前63年――紀元14年)  76歳で死去
そして、
クレオパトラ(紀元前69年――紀元30年)  39歳で死去


 クレオパトラとシーザーの年齢差は31、アントニウスとは14、オクタビウスとは6つでクレオパトラが年上である。
 クレオパトラが3人の男をたらしこもうとした時のそれぞれの年齢を推定する。


 シーザー(52)×クレオ(21)
 アントニウス(41)×クレオ(27)
 オクタビウス(33)×クレオ(39)


リズ シーザーとアントニウスは、クレオから見れば「すっかりおじさん」だったのである。若さと美貌と奸智とエジプトの富とで彼等をたらしこむのは赤子の手をひねるようなものであったろう。また、中年クライシスを感じていたであろう「両おじ」にとって、若く夢に燃えるクレオはまたとないオアシスであり活力源であったろう。
 一方、オクタビウスから見れば、アラフォーのクレオは「もうおばさん」である。とくに、女性の容姿とフェロモンは35を過ぎると急速に衰えていく(by幸田來未)。自身「ローマ一の美少年」と言われ年上の男女からもてはやされたオクタビウスにしてみれば、クレオの美貌なぞ「どうってことない」「なに若作りしてんだか」「首の皺は隠せねえぞ」だったのかもしれない。
 証拠がある。リズがクレオパトラを演じたのは31歳の時である。それからわずか3年後『ヴァージニア・ウルフなんか恐くない』(マイク・ニコルズ監督、1966年)のリズを見よ。もはや美の衰えは隠しようもない。その代わりに演技派女優としての名声を確立していくのだが。(この作品でオスカーを獲っている。)

 子供の頃この映画をテレビで見たとき、リズのアテレコは小川真由美だった。
 これが実に素晴らしかったのである。まろやかで、色っぽくて、品があって、知性を感じさせ、女王としての風格に不足はない。しかも小川真由美は、声で芝居をすることのできる芸達者。
 お蝶夫人やオードリー・ヘップバーンの声が池田昌子で決まりであるように、クレオパトラの声は小川真由美で決まりというのが実感である。
 うれしいことに、DVDの日本語音声は小川真由美である。
 日本でのテレビ放映時の録音テープを使ったためか、テレビ放映の際にカットされたシーン(特にお色気シーン)では突然英語になる、つまりリズの肉声に切り替わるという面白いことになっている。
 ぜひぜひ日本語音声で観て(聞いて)ほしい。
 絶世の美女エリザベス・テイラーも決して声は美しくないんだなあ、喋りに品がないんだなあ、と知ることができる。声や話し方がいかにその人の魅力を引き立てるかをまざまざと知ることができる。
 小川真由美という女優を語る上で、欠かすことのできない作品である。


評価:A-

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」     

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」
     
C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」
        「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!




● 理想の四姉妹は? 映画:『細雪』(市川昆監督)

 1983年東宝。

 日本を代表する美しい女優達が目もあやな美しい着物を着て、日本の四季折々の美しい風景や家屋の中を歩く。観ているだけで幸福になれる映画である。この作品のために一着一着デザインし白地から染め上げたという着物の見事さに、日本の伝統技術のクオリティの高さをまざまざと知る。

 谷崎潤一郎のこの小説は、過去に3回映画化されているが、いつもその時々の最も人気のある、もっとも美しい女優達が四姉妹に選ばれ、妍を競ってきた。
 谷崎の夫人松子とその姉妹をモデルにしていると言われるが、姉妹それぞれの性格の違いが面白い。

長女、鶴子(30後半):強情でまっすぐな性格。激しやすいところがある。本家の格式を重んじる。 
次女、幸子(30過ぎ):姉妹思いで何かと気苦労が多い。姉妹の調整役を任じている。 
三女、雪子(30):奥ゆかしく引っ込み思案だが、自分の意志を貫き通す強さを持っている。
四女、妙子(25):現代風で、好きな男に惚れると飛び込んでしまう奔放な性格。

 この3回目の映画化では、次のような配役(当時の年齢)であった。
 長女:岸恵子(51)
 次女:佐久間良子(44)
 三女:吉永小百合(38)
 四女:古手川祐子(24)

 イメージ的にも性格的にもこのキャスティングは原作ピッタリだと思うけれど、四女役の古手川祐子をのぞくと年齢の点でちとみな年を取りすぎている。女優は実年齢より10歳は若く見えるから映像的には何ら問題はないのだが、年齢なりの落ち着きという部分はなかなか隠せないものがある。舞台は大阪であることだし、もっとキャピキャピした四姉妹なのではないかと想像する。

 さて、こういう作品を見ると、頭の中で自分なりにキャスティングを考えてしまうものである。
 私的「理想の細雪四姉妹」を発表する。もちろん、年齢はその女優がそれぞれの役と同じ年齢の時である。
 
 長女:京マチコ

 次女:小川真由美
 
 三女:原節子


 四女:浅丘ルリ子


 どうだろう?
 この四人が同じ画面に並ぶだけでくらくらしてきそうではないか。
 この四女優(姉妹)の中でいい思いをする男優(次女の夫・貞之助)は誰が適当だろう?
 石坂浩二はもう十分だ。
 三国連太郎あたりはどうだろう?

 
 ところで、映画の中で姉妹が交わすセリフにこんなのがあった。
 「音楽会の帰りに船場の吉兆でご飯食べましょう」


 時代は遠くなりにけり。




評価:B+

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」
        ヒッチコックの作品たち

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」
        「ボーイズ・ドント・クライ」
        チャップリンの作品たち   

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」
        「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!

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