ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語を見て、旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、ボランティアして、デモに行って、無いアタマでものを考えて・・・・そんな平凡な日常の記録である。

山岸涼子

● 追悼・橋本治 平成と共に去る

作家橋本治さんを追悼し、以前ソルティが書いた『巡礼』(2009年刊行)の書評を再掲します。

巡礼


 本小説は、作家橋本治最良の仕事の一つであり、10年いや20年に一冊出るか出ないかの傑作である。
 完成度の高さ、テーマの今日性と掘り下げの深さ、魂を揺るがす感動の結末。
 最近の小説は興味が湧かなくて全然読んでいない自分。論ずる資格のないことは重々承知の上、あえて言おう。
 平成文学の金字塔である
 実際、この小説一冊読めば、昭和・平成を生きてきた日本人の何たるかを知ることができる。橋本の筆は、それをも超えて人間存在の本質にまで達している。誰もが眉を顰め目をそむけ鼻を覆うゴミ屋敷の主という醜怪な題材を扱って、まさにゴミの中から宝を探り当てた。真実という宝を。

 いまはひとりゴミ屋敷に暮らし、周囲の住人達の非難の視線に晒される男・下山忠市。戦時中に少年時代を過ごし、昭和期日本をただまっとうに生きてきたはずの忠市は、どうして、家族も道も、見失ったのか――。(裏表紙の紹介文より)


 『巡礼』『』『リア家の人びと』の昭和三部作を読み終えて思うのは、橋本が描き出そうとしてきたものは、つまるところ「家族」であり、その終焉であったということだ。豊かさの実現の先に待っていた「関係の不毛」と「生の虚妄」にあったのだ。
 その意味で、橋本三部作はまるで、戦後間もない頃に『晩春』『東京物語』『麦秋』という傑作三部作を撮った小津安二郎がそれらの作品を通じて予言していたものの具現であるように思われる。小津の透視力の凄さを証明しているかのように思われる。
「小津監督、あなたは正しかった。日本は、日本人は、こんなふうになりました」と。
 文体そのものも、小津のそれのように、対象から適度な距離をおいて淡々と、しかし無関心でも冷淡でもなく、あくまで慈悲深い。‘諦念’とでも言いたいような境地に達している。

 最も感動的な場面は、ご近所界隈の騒動に過ぎなかったものがマスコミに取り上げられ、しまいには「名所」にまでなった忠一のゴミ屋敷に、テレビ報道を見た弟の修次が母親の葬儀以来9年ぶりに帰ってくるシーンである。

 「兄ちゃん!」と言われて、忠市は振り向いた。長い歳月がその二人の間にはあって、忠市には、自分が「いつの時間」にいるのかが分からなかった、目の前には、見知らぬ白髪頭の男が汗を流して立っていて、それを見る自分の耳には、誰とも知れぬ少年の声が聞こえて来る。それが不思議だった。


 この場面、映画にしたらまさにクライマックス。涙なしで観られない名場面になろう。
 忠市役は蟹江敬三がベストだと思うのだが、亡くなってしまったのが返す返すも残念。西島秀俊なんかどうだろう。修次役は土田晃之がいい。あるいは高島兄弟で共演というのもありか。監督は天願大介か石井岳龍(聰亙)。
 ああ、観たいなあ。


 ゴミ屋敷の主人・忠市にとってゴミとは何だったのか。

 自分が積み集めた物が「ゴミ」であるのは、忠市にも分かっている。「片付けろ」と言われれば片付けなければいけないことも、分かってはいる。しかし、それを片付けてしまったら、どうなるのだろう? 自分には、もうなにもすることがない。片付けられて、すべてがなくなって、元に戻った時、生きて来た時間もなくなってしまう。生きて来た時間が、「無意味」というものに変質して、消滅してしまう。
「無意味」は薄々分かっている。しかし、そのことに直面したくはなかった。「自分のして来たことには、なにかの意味がある」――そう思う忠市は、人から自分のすることの「無意味」を指摘されたくはなかった。「それは分かっているから、言わないでくれ」――そればかりを思って、忠市は一切を撥ねつけていた。


 ゴミとは、不必要なもの・役に立たないもの・意味を失ったもの――の象徴である。
 ただ一人老いた忠市は、自分の人生が無意味で、自分という存在が誰からも必要とされないものであることを、心の奥底で感じている。だけど、それは認めたくない。認められない。
 だから、自分の分身であるゴミを、あたかも意味あるもののごとく収集する。人生意気に感じていた「日々」を、家族の中で役割を持っていた「過去」を、ひたすら回収して積み上げる。ゴミという壁を幾重にも周囲に巡らして、今現在のありのままの孤独と空虚を覆い隠す。
 読む者は、忠市の姿に他人行儀でいることは許されない。
 なぜならそれは、物資的豊かさの追求の果てに希望や目的を喪失し、個人主義の成就の果てに関係性を喪失した、我々平成人の姿にほかならないからである。


 修次との再会によって忠市は関係性を取り戻し、修次と共にゴミ屋敷の掃除を始める。忠一の孤独を誰よりも良く知る実の弟だからこそ、それは可能だった。近所の人々もホッと胸を撫でおろす。
 しかし、橋本が凄いのはそこで「終わり」としないところである。
 忠市とは対照的に良い家族に恵まれ、孤独とは無縁な幸福な人生を送ってきたかに見える修次もまた、子供たちが独立し、妻を失い、老年を迎えた今、人生に迷いを感じている。 

長男は結婚し、長女の望も結婚した。気がついたら、一人になっていた。孫も生まれ、父となった長男の輝義は、「一緒に住もう」と言ったが、修次は迷っていた。自分が何者で、なぜこの世に生まれて来たのかを、ふっと思った。なぜそれを考えたのか分からない。ただ、「それを知りたい」と思って、「四国へ行きたい」と思った。

 家を片付け終えた忠市と修次は、連れ立って四国八十八ヶ所の遍路に出る。
 その二日目の夜に泊まった宿で、忠市は何の前ぶれもなく、あっけなく逝ってしまう。
 おそらくは、日本文学史上まれに見る途轍もない重みを持つ一節が、せせらぎのような透明感ある文章に乗せられて、物語はつと終わる。


「自分はもう、ずいぶん昔から、ただ意味もなく歩き回っていたのかもしれない」と思った時、忠市の体は、深い穴に呑まれるようにしてすっと消えた。「生きる」ということの意味を探るため、弟と共に歩き始め、「自分がなにをしている」とも理解しなかった忠市は、自分が巡るあてもない場所を巡り歩いていたと理解した時、仏の胸の中に吸い込まれていった。 
 
 弟との再会によって忠市の「関係性」は復活した。
 けれど、「意味」は最後まで見出せなかった。

自分で自分を救えぬ者の前に(仏は)現れるというわけか?
(山岸涼子『日出処の天子』より聖徳太子のセリフ)



橋本治さんのご冥福を祈ります。







● 父の娘、母の息子 本:『狙った獣』(マーガレット・ミラー著)

1955年原書刊行。
1956年邦訳出版。
1994年発行、創元推理文庫を読む。

 60年以上前に書かれたこのミステリーは、今ならさしずめサイコスリラーと呼ばれる分野になろう。ヒッチコックが名作『サイコ』を撮ったのは1960年なので、この作品が発表された当時、サイコスリラーという言葉はなかった。本書の解説によると、「ニューロティック・サスペンス(神経症的サスペンス)」と呼ばれていたらしい。
 現在、掃いて捨てるほどあるサイコスリラー(あえて定義すれば「登場人物の精神障害が異常な犯罪の引き金となるサスペンス」)の先鞭をつけた作品の一つと言っていいだろう。この背景には、第二次世界大戦後のアメリカで精神分析が流行し、人間の異常心理を取り入れたサスペンス映画や小説が大流行したことがある。(本書のトリックの大本はむろん1886年発表のスティーヴンソンの古典的怪奇小説である)
 この種の小説や映画に食傷している現在の読者からすれば、取り立てて新奇なところも、衝撃的なところもない。トリックの核となる主人公の女性の精神障害は、最初の数ページで見抜ける。主人公のイケメンな弟の精神障害(←当時。現在では精神障害に含まれない)は、現在ではBL系として持て囃されるほど、あるいは同性婚が先進国では趨勢になってきたほど、暗い負のイメージから脱却している。
 では、「もはや時代遅れの読む価値のない小説」かと言えば、そんなことはない。いろいろ考えさせられて面白いのである。

 理由の一つは、作者マーガレット・ミラーの筆運びの上手さ、雰囲気作りの巧みさにある。文章から情景が映画のシーンのように浮かんでくる。登場人物の心理描写も深く鋭く説得力に満ちている。その名の通り、「鏡」のように心の中を映し出す。
 いま一つは、この作品が家族病理を扱っているところにある。そこが60年後の今も古びない理由である。

 主人公のヘレンは独身の30代女性。厳格で支配的な父親が亡くなったあと、母親と弟と疎遠になり、もらった遺産でホテルに一人住まいしている。成人するまで父親に「4歳の子どものように扱われてきた」結果、周囲とスムーズな人間関係が築けず、当然異性との接触もなく、‘引き籠り’生活をしている。彼女の頭の中には、高校のダンスパーティーでの失敗――と言っても踊る相手が見つからなかっただけに過ぎないのだが――の際に、父親に言われたひとことが今もこだましている。
「おまえの罰は、そのままのおまえでいること。独りぼっちで暮らさなければならないことだ」
 父親の呪縛から抜けられず、外部との交流も持たない彼女は、次第に常軌を逸していく。女学生時代の唯一の友人であり、自分とは正反対の性格だったエヴリンの声を聴くようになる。
 それが犯罪のきっかけであった。

 このヘレンの生育歴や性格形成、そしてその破綻ぶりに、ある言葉が浮かんでくる。
 父の娘――。
 男の娘(=女装男子)ではない。
 
「父の娘」とはユング派の女性分析家によって1980年代に提出された概念である。この言葉は「父権制の娘」、即ち、個人的な親子関係を超えて「父なるもの」の強い影響下にある女性を意味する。(人見佳江著『「父の娘」今昔―かえるの王様から東電OLまで―』、近畿大学臨床心理センター紀要、第6巻、2013年より引用)
 

 「父の娘」に3つの特徴を指摘できよう。
ファザーコンプレックス=母親以上に父親と強い絆があり、その影響を受けやすい。
過剰適応=親の期待を強く内面化し、成長しても周囲の期待に過剰適応する傾向がある。
女性性の否定=自身を父親に重ね合わせる過程で本来の性を否定。思春期には摂食障害に陥りやすい。

 だから、「父の娘」が過剰適応の末に破綻するのは、自らのモデルとも枷ともなってきた父親が亡くなった時、あるいは理想の父親像が崩壊した時をきっかけとする。ヘレンも父親の死後1年待たずに破綻する。
 ヘレンは精神障害を発症し、奇怪な言動を起こすようになる。昼間は頑なで生真面目で神経質でプライドの高い30代の女性でありながら、夜になると別の顔を持つようになる。あたかも、自らが否定してきた「女性性」を取り戻すかのように売春宿で仕事する。そう、過剰適応の針が逆に振れたかのような過激さで。
 
 何かを思い出さないだろうか?
 誰かを?
 
 東電OLである。
 
1997年に、30代後半の独身女性が殺害された。この女性は高学歴で大企業の管理職にあり、経済的に困窮していたわけではないのに、退社した後に売春をしていた。また摂食障害の既往歴があった。出稼ぎ目的で違法滞在していた外国人が逮捕されたが、後に無罪として釈放された。真犯人は未だに逮捕されていない。事件後、マスコミは被害者のプライバシーをヒステリックに暴き立てた。またこの事件をモチーフにした小説やルポルタージュが数多く出版され、著名な人々(主に女性)が被害者女性への深い共感を表明した。(同上)

 ソルティも事件の起こった渋谷の円山町を探訪したことがある。亡くなった女性が売春仕事の合間に拝んでいた道端のお地蔵さんには彼女の名前が付けられ、事件後20年近くたった今も日本全国からお参りに来ては供花する女性が絶えないそうだ。
 この事件をモチーフにした有名な小説に桐野夏生の『グロテスク』(2003年)がある。おそらくもっとも事件の、というより東電OLの心の軌跡に迫ったものだろう。また、1979年発表の山岸涼子のコミック『天人唐草』も同種の作品に上げられるだろう。というより、東電OL事件を予兆していたわけで、現代人の心の闇を読む山岸の眼力の凄さには恐れ入るばかりだ。
 思うに、「父の娘」症候群は、時代を超え、地域を超え、存在するものであって、それが突出して表れやすい社会状況というのがあるのだろう。日本における「父の娘」の元祖は、あまりの賢さに父親から「男の子であったら良かったのに・・・」と嘆かれた紫式部ではないか、とソルティは睨んでいる。否定してきた「女性性」の回復が、後年、傑作『源氏物語』となって昇華されたのではなかろうか・・・・・。

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 ヘレンが「父の娘」ならば、弟のダグラスは「母の息子」である。
 上記の3つの特徴は次のように変換される。
マザーコンプレックス=父親以上に母親と強い絆があり、その影響を受けやすい。
過剰適応=親の期待を強く内面化し、成長しても周囲に過剰適応する傾向がある。
男性性の否定=自身を母親に重ね合わせる過程で、本来の性を否定しがち。
 
 「母の息子」ダグラスは、同性愛者であるにも関わらず、親や世間の期待に殉じて姉の友人であったエヴリンと結婚する。新婚旅行の初夜に恐れていたとおりセックスができず、事情がばれて離婚。その後は母親と二人暮らししながら、母親に隠れて‘いかがわしい’商売をしている中年写真家の「妻」となっている。ヘレンの起こした事件により、すべてがばれて母親に責められる。
「汚らわしいけだもの。おまえは人間以下だわ」「おまえはもう、わが子じゃない」
 ダグラスは自殺する。
 
 現代から見ると、同性愛者の描き方や置かれている状況が「紋切り型で差別的」な感があるのは否めない。だが、50年代のアメリカはこんなものだったのだろう。歴史に残る「ストーンウォールの反乱」は1969年のことである。
 ちなみに、この母子関係と結婚破綻のエピソードは、マーガレット・ミラーの同業者でありミステリー史上指折りの傑作『幻の女』を書いたウィリアム・アイリッシュ(1903-1968)を髣髴とさせる。
 マギーは同業者の秘密を知っていたのだろうか?
 「幻の女」とはアイリッシュ自身のことだったのだ。

 「父の娘」も「母の息子」も、元凶は同じである。
 自分の子どもを「ありのままに」受けとめ愛することができない親の身勝手である。

 


● ゴミの中の宝 本:『巡礼』(橋本治著、新潮社)

巡礼 2009年刊行。

 本小説は、作家橋本治最良の仕事の一つであり、10年いや20年に一冊出るか出ないかの傑作である。
 完成度の高さ、テーマの今日性と掘り下げの深さ、魂を揺るがす感動の結末。
 最近の小説は興味が湧かなくて全然読んでいない自分。論ずる資格のないことは重々承知の上、あえて言おう。
 平成文学の金字塔である
 実際、この小説一冊読めば、昭和・平成を生きてきた日本人の何たるかを知ることができる。橋本の筆は、それをも超えて人間存在の本質にまで達している。誰もが眉を顰め目をそむけ鼻を覆うゴミ屋敷の主という醜怪な題材を扱って、まさにゴミの中から宝を探り当てた。真実という宝を。

 いまはひとりゴミ屋敷に暮らし、周囲の住人達の非難の視線に晒される男・下山忠市。戦時中に少年時代を過ごし、昭和期日本をただまっとうに生きてきたはずの忠市は、どうして、家族も道も、見失ったのか――。(裏表紙の紹介文より)


 『巡礼』『』『リア家の人びと』の昭和三部作を(発表順とは逆に)読み終えて思うのは、橋本が描き出そうとしてきたものは、つまるところ「家族」であり、その終焉であったということだ。豊かさの実現の先に待っていた「関係の不毛」と「生の虚妄」にあったのだ。
 その意味で、橋本三部作はまるで、戦後間もない頃に『晩春』『東京物語』『麦秋』という傑作三部作を撮った小津安二郎がそれらの作品を通じて予言していたものの具現であるように思われる。小津の透視力の凄さを証明しているかのように思われる。
「小津監督、あなたは正しかった。日本は、日本人は、こんなふうになりました」と。
 文体そのものも、小津のそれのように、対象から適度な距離をおいて淡々と、しかし無関心でも冷淡でもなく、あくまで慈悲深い。‘諦念’とでも言いたいような境地に達している。

 最も感動的な場面は、ご近所界隈の騒動に過ぎなかったものがマスコミに取り上げられ、しまいには「名所」にまでなった忠一のゴミ屋敷に、テレビ報道を見た弟の修次が母親の葬儀以来9年ぶりに帰ってくるシーンである。

 「兄ちゃん!」と言われて、忠市は振り向いた。長い歳月がその二人の間にはあって、忠市には、自分が「いつの時間」にいるのかが分からなかった、目の前には、見知らぬ白髪頭の男が汗を流して立っていて、それを見る自分の耳には、誰とも知れぬ少年の声が聞こえて来る。それが不思議だった。

 この場面、映画にしたらまさにクライマックス。涙なしで観られない名場面になろう。
 忠市役は蟹江敬三がベストだと思うのだが、亡くなってしまったのが返す返すも残念。西島秀俊なんかどうだろう。修次役は土田晃之がいい。あるいは高島兄弟で共演というのもありか。監督は天願大介か石井岳龍(聰亙)。
 ああ、観たいなあ。


 ゴミ屋敷の主人・忠市にとってゴミとは何だったのか。

 自分が積み集めた物が「ゴミ」であるのは、忠市にも分かっている。「片付けろ」と言われれば片付けなければいけないことも、分かってはいる。しかし、それを片付けてしまったら、どうなるのだろう? 自分には、もうなにもすることがない。片付けられて、すべてがなくなって、元に戻った時、生きて来た時間もなくなってしまう。生きて来た時間が、「無意味」というものに変質して、消滅してしまう。
「無意味」は薄々分かっている。しかし、そのことに直面したくはなかった。「自分のして来たことには、なにかの意味がある」――そう思う忠市は、人から自分のすることの「無意味」を指摘されたくはなかった。「それは分かっているから、言わないでくれ」――そればかりを思って、忠市は一切を撥ねつけていた。

 ゴミとは、不必要なもの・役に立たないもの・意味を失ったもの――の象徴である。
 ただ一人老いた忠市は、自分の人生が無意味で、自分という存在が誰からも必要とされないものであることを、心の奥底で感じている。だけど、それは認めたくない。認められない。
 だから、自分の分身であるゴミを、あたかも意味あるもののごとく収集する。人生意気に感じていた「日々」を、家族の中で役割を持っていた「過去」を、ひたすら回収して積み上げる。ゴミという壁を幾重にも周囲に巡らして、今現在のありのままの孤独と空虚を覆い隠す。
 読む者は、忠市の姿に他人行儀でいることは許されない。
 なぜならそれは、物資的豊かさの追求の果てに希望や目的を喪失し、個人主義の成就の果てに関係性を喪失した、我々平成人の姿にほかならないからである。


 修次との再会によって忠市は関係性を取り戻し、修次と共にゴミ屋敷の掃除を始める。忠一の孤独を誰よりも良く知る実の弟だからこそ、それは可能だった。近所の人々もホッと胸を撫でおろす。
 しかし、橋本が凄いのはそこで「終わり」としないところである。
 忠市とは対照的に良い家族に恵まれ、孤独とは無縁な幸福な人生を送ってきたかに見える修次もまた、子供たちが独立し、妻を失い、老年を迎えた今、人生に迷いを感じている。 
長男は結婚し、長女の望も結婚した。気がついたら、一人になっていた。孫も生まれ、父となった長男の輝義は、「一緒に住もう」と言ったが、修次は迷っていた。自分が何者で、なぜこの世に生まれて来たのかを、ふっと思った。なぜそれを考えたのか分からない。ただ、「それを知りたい」と思って、「四国へ行きたい」と思った。

 家を片付け終えた忠市と修次は、連れ立って四国八十八ヶ所の遍路に出る。
 その二日目の夜に泊まった宿で、忠市は何の前ぶれもなく、あっけなく逝ってしまう。
 おそらくは、日本文学史上まれに見る途轍もない重みを持つ一節が、せせらぎのような透明感ある文章に乗せられて、物語はつと終わる。


「自分はもう、ずいぶん昔から、ただ意味もなく歩き回っていたのかもしれない」と思った時、忠市の体は、深い穴に呑まれるようにしてすっと消えた。「生きる」ということの意味を探るため、弟と共に歩き始め、「自分がなにをしている」とも理解しなかった忠市は、自分が巡るあてもない場所を巡り歩いていたと理解した時、仏の胸の中に吸い込まれていった。 
 
 弟との再会によって忠市の「関係性」は復活した。
 けれど、「意味」は最後まで見出せなかった。

自分で自分を救えぬ者の前に(仏は)現れるというわけか?
(山岸涼子『日出処の天子』より聖徳太子のセリフ)


瞑目。




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