ソルティはかた、かく語りき

首都圏に住まうオス猫ブロガー。 還暦まで生きて、もはやバケ猫化している。 本を読み、映画を観て、音楽を聴いて、神社仏閣に詣で、 旅に出て、山に登って、瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

● キュートな神たち :静嘉堂@丸の内「たたかう仏像」展

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 JR東京駅丸の内南口から徒歩5分、皇居のお濠に面した明治生命館1階に静嘉堂(せいかどう)@丸の内はある。
 三菱2代目社長岩崎彌之助と4代目社長岩崎小彌太の親子によって創設・拡充された文庫美術館で、国宝7件、重要文化財84件、古典籍20万冊を含む約6500件の東洋古美術品を所有している。
 静嘉堂の母体はいまも世田谷区にあるらしいのだが、創設130周年を迎えた2022年10月より、現在の丸の内明治生命館にて展示活動を始めたとの由。
 ソルティは、昨年日比谷図書文化館で見つけたチラシで、その存在を知った。
 1月2日から開催されている「たたかう仏像」展に足を運んでみた。

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明治生命館(重要文化財)
1934年(昭和9)竣工。
古典主義を採り入れた我が国近代洋風建築の代表作。
設計は岡田信一郎。
背後に建つのは明治安田生命ビル。

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明治生命館1階ホワイエ
ここで1杯1000円のコーヒーを飲むのもオツなもの。

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静嘉堂@丸の内入口
休日だったので混んでいた。
じっくり観るならウィークデイ(月曜休館)がおすすめ。

 今回は、四天王・十二神将・不動明王など甲冑を身につけ怒りの表情を見せる 「たたかう仏像」をテーマに、彫刻・絵画・刀剣などが4部屋に分かれて展示されている。
 さらに、仏像の鎧のルーツと言われる中国・唐時代の神将俑も紹介されている。  
 こちらは17年ぶりの展示とのこと。
 ちょうど学芸員さんの特別レクチャーがある日だったので、鑑賞前に見どころを聴くことができた。

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中国・唐時代(7世紀後半)の神将俑
俑(よう)とは、中国の墓の中に納められた人型の副葬品。
もっとも有名なのは、秦始皇帝陵の兵馬俑である。

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唐時代(8世紀)の神将俑

神将俑
奈良大学のスクーリングで訪れた天理参考館でみかけたこの2人。
野球拳をしているかと思ったが、墓を守る神将俑だったのね。

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秦始皇帝陵兵馬俑
Allan LeeによるPixabayからの画像

 ここの収蔵品の中でもっとも貴重とされているのは、南宋時代(12~13世紀)に建窯で作られた曜変天目という名の茶碗であろう。
  ソルティは陶器についてまったくのド素人なのでその価値がよくわからないが、プルシアンブルーの見込み(茶碗の内側部分)に玉虫色に輝く泡状の斑紋が散らばって、あたかも星雲や銀河を宿す宇宙空間の如き美しさ。
 完全な形で残っているのは日本に3碗しかなく、もちろん国宝指定されている。
 一見の価値あり。(これだけ撮影NGであった)

 ソルティが一番惹かれたのは、鎌倉時代につくられた十二神将立像。
 もともと京都・浄瑠璃寺の三重塔内にあって、平安時代に作られた薬師如来像を囲んでいたらしい。
 それが明治時代に流出し、所有主を転々としたあげく、現在、トーハク(東京国立博物館)に5体、静嘉堂に7体あるとのこと。
 像の素晴らしさから一時は運慶作ではないかと議論が盛り上がったが、修復作業中の平成29年(2017)、静嘉堂にある亥神像の頭部背面から墨書銘が発見された。
 そこには「安貞二年 八月、九月」と書かれていた。
 運慶が亡くなったのはそれより5年前の貞応2年(1223)なので、運慶作ではないことが証明されたのである。
 しかし、運慶作であろうがなかろうが、素晴らしさは変わりない!
 運慶以後の鎌倉彫刻の写実性と迫力を備えながらも、人間らしい、というか童子のような自由奔放な感情の発露とキュートさが感じられる。
 ソルティは、運慶の三男・康弁がつくった興福寺国宝館の木造天燈鬼・龍燈鬼立像を連想してしまった。
 康弁でないとしても、運慶の息子、孫たちによってつくられた可能性は高いと思う。  

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寅神
すべてヒノキの寄木造である

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卯神
頭上にそれぞれの干支(えと)の動物を乗せている。

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午神
今年の干支です

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え~と?

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酉神
「エイ、エイ、オー!」
歯や舌の緻密な表現が、先秋、東京国立博物館で開催された興福寺北円堂展の広目天を思わせる(康弁作と考えられている)。

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亥神

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矢が曲がっていないか確かめている。
実に人間っぽい表情と仕草ではないか。

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なんと! 兜を外すことができる!
この後頭部に墨書銘があったのか・・・

 今回展示されなかった残り2体と、東博にある5体の十二神将像も観てみたい。
 しかし、休日とはいえ、あんな混んでいるとは思わなかった。
 若い人も多かった。
 仏像人気ってほんまもんなんだ。
 次回は、空いているウィークデーに行こう。
 一杯1000円のコーヒーもおごってみよう。

コーヒー














 







● 本:『仏教は科学なのか 私が仏教徒ではない理由』(エヴァン・トンプソン著)

2020年原著刊行
2024年Evolving(藤田一照+下西風澄・監訳、護山真也・訳)

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 本書は、欧米の仏教シーンで主流となっている仏教モダニズムに対する批判書である。
 仏教モダニズムとはなにか?

仏教モダニズムは特に西洋において支配的な仏教の流れで、伝統的なアジア仏教の形而上学的・儀式的要素を軽視する代わりに、個人的な瞑想体験を強調し、仏教がキリスト教、イスラーム、ヒンドゥー教など他の有神論的な宗教とは違って合理的で経験的なものだという考え方を喧伝しています。
 
 そのよくある指標として、たとえば、次のような特徴が上げられる。
  • 「仏教は科学と親和性が高い」、「仏教は心の科学」、「仏教は宗教というより哲学」といった仏教の“宗教性”を否定する言説。
  • 座禅やマインドフルネス瞑想の重視――これらが脳の働きを変えることは科学的に裏付けられており、その実践により、ストレスの軽減や集中力の向上をはじめとする様々な有益な効果が期待できる。
  • 仏教例外主義――仏教はほかの諸宗教より優れている。
 要は、前近代までの伝統的仏教から神秘的要素をできるだけ抜き去り、近現代の価値観に合致する形に変えて、多くの人に受け入れやすいものにした仏教ということである。
 なので、ここで批判されているのは伝統的仏教ではない。

 著者のエヴァン・トンプソンは1962年アメリカ生まれの哲学者で、認知科学、心の哲学、現象学、異文化哲学などを専門としている。
 本書には、著者が自らの生い立ちを語っている部分がある。
 エヴァンの父親ウィリアム・トンプソンは、一種の宗教的コミューンであるリンディスファーン協会の創設者であった。

リンディスファーン協会(1972–2012)は、文化史家ウィリアム・アーウィン・トンプソンによって組織された非営利財団であり、多様な知識人のグループで、「新しい惑星文化の研究と実現」を目的としていました。

リンディスファーン教義は創始者ウィリアム・トンプソンの教義と密接に関連しています。リンディスファーン思想の一部として言及されているのは、ヨガ、チベット仏教、中国伝統医学、ヘルメティシズム、ケルトアニミズム、グノーシス主義、カバラ、地相術、レイライン、ピタゴラス派、古代神秘宗教など、多くの精神的・秘教的伝統です。
(ウィキペディア「リンディスファーン協会」より抜粋)

 エヴァンがどのような環境の下で生育したか、想像する手がかりになろう。
 教育は自宅で受けていたため、同年齢の子供と付き合う機会は限られていたようだ。
 当時、協会では禅仏教や瞑想が流行っていた。
 エヴァンも自然と仏教に親しみを覚えるようになり、ナーガルジュナ(龍樹)ヴァスバンド(世親)、ダルマキールティ(法称)、ツォンガパなどの仏教哲学を学ぶようになり、大学の卒業論文には日本の哲学者・西谷啓治をテーマに選ぶ。 
 その後、認知科学者との出会いから、1991年に『身体化された心――仏教思想からのエナクティヴ・アプローチ』(工作舎)という本を共著で出版した。これは、仏教哲学や瞑想が、認知科学と関連することを明らかにした最初の学術書だそうである。
 2001年には「心と生命研究所」の仕事に携わり、ダライ・ラマと科学者・哲学者らとの対話の場を設けるなどしている。
 また、机上の学問だけでは飽き足らず、何年間も瞑想実践を積んだことが記されている。

 経歴から分かるのは、エヴァンが非常に仏教に詳しい人間であり、瞑想の実践者でもあること。そして、彼こそが欧米における仏教モダニズムの旗手の一人であったという事実である。
 つまり、本書はエヴァンによる自己批判の書であるとも解される。
 原題の Why I Am Not Buddhist 「なぜ私は仏教徒でないのか」には、そのようなニュアンスが含まれているのである。
「仏教徒あるいは仏教僧になっても全然おかしくないような道を自分はずっと歩んできた。でも、自分は最終的に仏教徒にはならなかった。その理由をここで告白するよ。」

琴弾八幡宮の黒猫

 本書で展開される仏教モダニズム批判の中味を完全に理解するのは、難しい。
 ソルティは2回読んだが、理解できたのは8割くらいで、残り2割はチンプンカンプンだった。
 というのも、ここでエヴァンが批判のツールとして用いている認知科学、現象学、伝統的な仏教哲学について、ソルティはあまりに疎いからである。
 エヴァンは、仏教モダニズムを象徴する典型的な本として、進化心理学の見地から仏教の正しさを説いたロバート・ライトの『なぜ今、仏教なのか』(原題:WHY BUDDISM IS TRUE)を取り上げて、容赦なく叩いている。
 その手さばきは快刀乱麻の如しなのだが、科学ジャーナリストのライトが書いた進化心理学の説明は理解するのにさほど苦労は要しないのに、哲学者であるエヴァンの書いた批判は難解で理解するのが難しい。

 それは単純に、ソルティの哲学・科学・仏教哲学に関する素養が欠けているためである。
 俗に「読書百遍、意おのずから通ず」と言うけれど、文中で用いられている言葉や概念に関する基本的知識がなければ、何度読み返そうが、あるレベル以上の理解は無理である。
 と言って、本書の内容を完全に理解するために、たとえば今から現象学について勉強するのも億劫なので、8割の理解で良しとするほかない。
 その8割の理解でエヴァンの言わんとしていることをソルティ流にまとめるならば、次のようになる。
  • 仏教モダニズムは科学とは言えない。それは、宗教と科学に関する誤解から成り立っている。
  • 人間の行動のすべてを脳の働きによって説明するのは間違いである。また、坐禅や瞑想が脳に作用し脳を変容させるという科学的根拠は疑わしい。
  • 仏教は涅槃や悟りに対する信仰であり、「超越的なものに対する感覚を育み、日常的経験を超えたものへの感性を醸成する」という点で宗教にほかならない。キリスト教やイスラム教など他の宗教にくらべて、例外的に優れているわけではない。
  • コスモポリタニズム(あらゆる人間が宗教や民族にかかわらず単一の共同体に属しているという思想)に貢献するために、仏教例外主義は排されなければならない。
 エヴァンはこう語る。

なぜ私は仏教徒になれなかったのか。これまで何年にもわたる自分自身の経験をより大きな歴史的な視点からふりかえってみて、ようやく私はその理由にたどりついた。私はもとから伝統的なテーラワーダ仏教や禅仏教、チベット仏教の僧院に入る気持ちを持ち合わせていなかったため、自分が仏教徒になれるとすれば、仏教モダニストになる道しかなかった。だが、ふたを開けてみれば、仏教モダニズムには哲学的な問題が山積していたのである。

琴弾八幡宮の白猫

 本書は、Why I Am Not a Buddhist 「なぜ私は仏教徒にでないのか」という問いに対するエヴァンの個人的理由の提示であると書いた。
 それは自動的に、次のような問いをソルティに突きつけることになった。
 Why I Am a Buddhist 「なぜ私は仏教徒なのか」
 ソルティは、もう20年近くテーラワーダ仏教を学び、ヴィッパサナ瞑想を続けている。
 いったい、それはなぜなのか?

 実は、恥ずかしながら本書で初めて知ったのだが、仏教モダニズムの起源は、欧米ではなくアジアにあった。それも、ミャンマーやスリランカなどのテーラワーダ仏教国に端を発しているとされている。

仏教モダニズムは、19世紀、20世紀のアジアで、当時隆盛していた仏教の改革運動と、西洋伝来の宗教や科学、および政治的・軍事的な支配が遭遇するなかで誕生した。特にビルマ(ミャンマー)とセイロン(スリランカ)の仏教改革運動の担い手たちは、イギリスの植民地主義と宣教師たちが伝えるキリスト教に対抗すべく、国家宗教としての仏教を再度主張することを試みた。彼らの主要な戦略のひとつは、仏教を近代世界に適した唯一の科学的な宗教として提示することだった。仏教モダニズムは、自分たちの考えが仏教にもとからあった本質的なものだと示しているが、そのような形態の仏教を強力に形づくったのは、プロテスタントの価値観であり、ヨーロッパの啓蒙主義の価値観だったのである。

 ソルティは、主として日本テーラワーダ仏教協会のアルボムッレ・スマナサーラ長老から仏教を学び、ヴィッパサナ瞑想の指導を受けた。
 テーラワーダ仏教を奉じる他のお坊様の本(たとえばタイ出身のポー・オー・パユットの『仏法 テーラワーダ仏教の叡智』や、ミャンマー出身のウ・ジョーティカの『自由への旅 マインドフルネス瞑想実践講義』など)を読んだこともあれば、講話や瞑想指導に参加したこともある。
 が、根幹をなしているのは、スマナサーラ長老を通訳とするお釈迦様の教えである。
 スマナサーラ長老はスリランカ出身の僧侶である。
 ということは、仏教モダニズムの流れを汲んでいる可能性があるだろう。
 たしかに、ソルティが初めて読んで感銘を受け、渋谷区幡ヶ谷にあるゴーターミー精舎を訪れるきっかけをつくったスマナサーラ長老の本のタイトルは、ずばり、『仏教は心の科学』(宝島社)であった。
 ソルティもまた、仏教モダニズムに冒されているのだろうか?

 然り。その傾向は多分にある。
 当ブログの仏教タグに収録されている過去記事を見れば、それは明らかである。
 テーラワーダ仏教の科学性を称えたり、ヴィッパサナ瞑想が脳に及ぼす効果を喧伝したり、唯一神や魂の存在を説かない仏教の脱“迷信”性をもって他の宗教より優れていると匂わせたりしている。
 エヴァンから見たら、ソルティは“立派な”仏教モダニストであろう。
 ただ、誤解のないように言えば、これはスマナサーラ長老の教えの影響というより、テーラワーダ仏教と出会ったことで得られた喜びがあまりに大きかったので、「ひいきの引き倒し」のような現象が生じてしまったせいである。
 本来なら、テーラワーダ仏教を持ち上げるために、科学を持ち出す必要もなければ、他の宗教を貶める必要もない。 
 とりわけ、他の宗教を信仰する人とのコミュニケーションを阻害する「仏教例外主義」的言動は慎まなければならない。

 一方、これだけは言える。
 ソルティは仏教モダニズムにかぶれてテーラワーダ仏教を信仰しているわけでもなければ、ヴィッパサナ瞑想を実践し続けているわけでもない。
 Why I Am a Buddhist 「なぜ私は仏教徒なのか」
 それは、テーラワーダ仏教が、現世において、智慧を開発し、心の苦しみを失くすことに役立っているからである。
 それは自分の中で体験的に実証されているから、否定しようがない。

 瞑想を始めた頃は、「悟りたい」「特別な自分になりたい」という動機こそあったけれど、20年近く経った今では、「智慧を得ること。それによって日常生活で生じる苦しみを減らすこと」が一番の修行理由となっている。
 「悟りたい=悟れない」という苛立ちからようやく解放され、日々たんたんと瞑想を実践している。

 これから老いが進むにつれ、若い時にはわからなかった様々な苦しみの種が待ち受けているであろう。
 ブッダの教えとヴィッパサナ瞑想は、それと立ち向かう際の護符のようなものだと思っている。
 なので、現在自分が学んでいる仏教が「仏教モダニズム」なのかどうかは、どうだっていい。
 生きていく上で役に立つか、立たないかが、重要なのである。
 ただし、苦しみを失くすのに役立つ最強の武器が、神でもキリストでも阿弥陀信仰でも祈りでも聖書でも真言でも呪術でも滝行でもなくて、自らの瞑想修行によって獲得した智慧であるという点において、仏教もといテーラワーダ仏教は他の宗教とは一線を画しているとは思う。

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 さあ、これで再度、エヴァンに問いを投げ返すことができる。
 Why I Am Not a Buddhist 「なぜ私は仏教徒でないのか」
 エヴァンの問いは、つまるところ、「仏教がエヴァンにとって益するものがなかった」ということを裏書きしている。
 カリスマ的な父親のつくった宗教的コミューンにおける禅仏教との出会いも、大学での仏教哲学の学びも、ダライ・ラマとの対話も、何年間にもわたる瞑想実践も、エヴァンの役に立たなかった。少なくとも、人生を生きていく上での護符や杖とするほどの価値をそこに見い出すことはできなかった。
 そういうことだろう。
 エヴァンはそれを仏教モダニズムのせいにしているけれど、はたしてそれだけが理由なのだろうか?




おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損




● アニメ開拓宣言 映画:『AKIRA』(大友克洋監督)

1988年日本
124分、アニメ  

AKIRA

 1月3日にNHK教育で放映されたものを録画視聴。
 20代の時にリアルタイムで劇場で観たような気もするのだが、内容をまったく覚えていなかった。
 ソルティはアニメ映画がそれほど好きでなかったし、バイクや戦車や戦闘機などメカニックにも興味持てないし、大友の描く世界は暴力的・マッチョ的匂いが感じられたので、惹かれなかったのだろう。

 ただし、1980年に発表された『童夢』だけは例外で、漫画という視覚芸術のもつ表現の豊かさと、ストーリー(いわゆるネーム)の形づくる文学性とが、日本漫画史上最高の完成度において結実したのがあの作品だと、今でも思っている。
 大友克洋の名前は『童夢』とともに残るであろう。

童夢
双葉社発行

 公開から38年経ってあらためて観た『AKIRA』には驚かされた。
 なんと言っても映像表現の凄さである。
 CGによる高度で自由自在な動画制作が可能となった今においても、まったく古さや稚拙さを感じさせない。
 88年の段階で、日本のアニメはここまでのレベルに達していたのかと驚嘆させられた。
 現在、世界各国から若者たちが日本にやって来るが、彼らの動機には「日本のアニメが好きだから」「子供の頃から観ていたから」というのが非常に多い。
 ソルティのまったく聞いたこともないような日本製のアニメの名前やキャラクターの名前を彼らが嬉しそうに口にするのを見ると、冗談のような気がしてしまう。
 日本のアニメの国際化(とくにネット時代に入ってからの)に対する自分の不明を突きつけられる。
 まさにその先鞭をつけたトップランナーが、この『AKIRA』と宮崎駿作品なのだろう。
 現在活躍する海外のクリエイターのどれだけ多くが、少年少女時代に『AKIRA』を観て、衝撃を受け、映像の道を進むきっかけとしたことか。
 その意味で、日本アニメ史における記念碑的作品と言っていいのだろう。

 ただし、最初から最後まで映像の凄さには驚嘆させられたものの、プロット的には不完全燃焼というか、尻切れトンボというか、『童夢』ほどの衝撃はなかった。
 作画のリアリティほどには、ストーリーのリアリティは担保されておらず、ラストに近づくにつれ、どんどん話が荒唐無稽のご都合主義になっていき、登場人物たちの心理もよくわからない突発的なものになっていく。
 まるで少年漫画のよう・・・・・
 ――ってこれは漫画だった。

  そう、ソルティがその昔アニメから“卒業”したのは、ストーリーのリアリティの無さ、単純で紋切り型のキャラクター、悪と正義の対決といった平板な世界観に飽いたからだった。
 以来、実写映画専門になった。

 しかるに、アニメもここ数十年でずいぶん変わった。
 大人の鑑賞に堪える――という言い方はいささか“差別的で”好きでないが――観た後に深い余韻を残すアニメも数多くある。
 たとえば、『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』(1995)、『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』(2001)、『かぐや姫の物語』(2013)、もちろん『もののけ姫』、『風立ちぬ』などの宮崎駿作品・・・・。
 今年はアニメ映画をもっと開拓して行こう。



おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損






● DA・I・KI・CHI ! 高尾山薬王院初詣

 恒例の高尾山薬王院初詣。
 今年は世間一般が仕事始めとなる5日(月)に出かけた。
 ソルティは基本テーラワーダ仏教徒なので、日本の大乗仏教しかも密教である 真言宗は関係ないのだが、年の初めに高尾山の清新な空気に触れて、生きとし生けるものの幸福を、多くの参拝者と一緒に願うのは悪くない。
 家で飲食にふけりながらゴロゴロとテレビを観ているよりは、健康にも良い。
 朝8時に京王高尾山口駅で友人と待ち合わせ。
 ケーブルカーで山頂駅に登り、9時からの護摩法要に参列した。

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今年は午(うま)歳。どうも「牛」と読んでしまう

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東京スカイツリーと相模湾を望見

高尾山薬王院
薬王院本堂
平日の9時台は空いていた
外国人を一人も見かけなかった

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開山は行基菩薩(天平16年=744年)
東大寺大仏造立のための勧進に尽くした僧である
奈良では空海より行基が尊い

行基
近鉄奈良駅前の行基菩薩像

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天狗は本尊・飯綱大権現さまの眷属

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山頂から見た富士山
尊い!
近隣の部活高校生がたくさんいた

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知る人ぞ知る福徳弁財天
薬王院の裏手の洞窟におわします

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昭和天皇即位の年に築かれたという
岩に穿たれた防空壕のような5mほどの洞穴である

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一番奥におわします
弁財天は七福神のひとりで、音楽・福徳・学芸の神様
今年も奈良大学通信教育の勉強がはかどりますよ~に!

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帰りはリフトで下山
気持ちいい~

極楽湯
ふもとの極楽湯で温泉はじめ

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DA・I・KI・CHI !









 

● 本:『「あの戦争」は何だったのか』(辻田真佐憲著)

2025年講談社現代新書

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 著者は1984年生まれの評論家・近現代史研究家。
 今年42歳だ。

 自分より年下の人間が、ITや競馬について語っていたり、ファッションや映画について蘊蓄を垂れていたり、古代史や仏教史について本を書いていたとしても、別に何とも思わないのに、昭和史とくに“あの戦争”について語っていると、「お前に何が分かる?」というエラソーな気持ちになってしまうのは不思議なものである。
 ソルティだって、十分、“戦争を知らない子供たち”の一人であるのに。
 それこそ著者は、「戦争を知らない子供たち」ですら知らない子供たちである。

 おそらく、「実際に昭和を生きてきた」、「“あの戦争”を戦った人々のナマの声をずっと聞かされていた」、「昭和天皇を知っていた」という年の功(功なのか?)による身体記憶が、そういう上から目線を形づくるのであろう。
 ソルティの祖父世代(大正生まれ)は従軍経験者、父母世代は疎開体験者であり、折に触れ、戦時中の話を聞かされた。
 昭和時代には“あの戦争”に関連したドラマやドキュメンタリーが数多く作られた。
 街に出ると、傷痍軍人もとい戦傷病者の姿をたまに見かけたものである。

 84年(昭和59年)生まれだと、親世代は完全に戦後生まれ、祖父母世代は幼児記憶として戦争を知っているあたりであろう。
 昭和天皇崩御時はまだ4歳。
 戦争のようなheavyな話題が思いっきり避けられたバブル期に生を受けた世代で、選挙権をもつ頃(2004年)の首相は小泉純一郎、もっとも長く知っている首相は安倍晋三である。

 言いたいのは、“あの戦争”との距離感がソルティ以上の世代とはかなり違うということである。

 それは年の経過という当たり前の現象であって、平成生まれだろうがミレニアム世代だろうが、だれであれ、“あの戦争”を自由に語る権利がある。
 ソルティもたびたび当ブログ内で“あの戦争”について取り上げているが、ひょっとしたら、それを目にした年長者がネットの向こうで、「お前に何が分かる?」とつぶやいているかもしれない。
 “あの戦争”と日本人との距離は、どんどん遠ざかっていく一方なのである。

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沖縄本島南部のギーザパンダ(慶座集落の崖)
米軍からスーサイドクリフ(自殺の崖)と呼ばれた

 そのことは、現内閣周辺に見られる好戦的気運の高まりという危険な兆候をもたらす一因となっているのは間違いない。
 「日本は核を持つべき」などという、昭和時代だったらその一言で公職辞職に追い込まれるような発言を、官邸幹部高官がオフレコとはいえ平気でするようになったのも、台湾有事などという世界情勢の変化以上に、“あの戦争”との距離感の広がりがもたらしたものである。
 米ソの対立が激しかった“冷たい戦争”の頃だって、有事は常にあったのだから。
 
 一方、“あの戦争”を史実や史料をもとに、より客観的・国際的・長期的な視点から分析し語ることのできるスタンスが得られるようになったのも、距離感の広がりゆえであろう。
 距離感の近い人は、どうしても個人的記憶というバイアスに影響されてしまうので、主観的・狭量的・短期的な物語を形成しやすいからである。

 1984年生まれの著者が書いた本書の意義は、その点に集約されよう。
 つまり、戦後左翼の好むGHQ(戦勝国)視点の物語(右翼言うところの“自虐史観”)でもなく、戦後右翼の好む大東亜共栄圏という物語(左翼言うところの歴史修正主義あるいはオヤジ慰撫史観)でもない、脱“昭和”世代の近現代史すなわち「われわれの物語」を提出しているのである。
 左右の不毛な対立にいい加減うんざりした若い世代が、まったく新しい「物語」を自分たちの未来のために作り出そうとする試みは、推奨して然るべきと思う。

 米国をはじめとする他国の歴史展示――ソルティ注:著者は海外の歴史博物館などを取材し一章を当てて紹介している――を手がかりにするならば、われわれが日本の歴史を語る際にも、「100点か0点か」といった極端な発想にとらわれる必要はない、という視点が重要になる。
 日本では、右派と左派がしばしばそうした二項対立に陥ることで、歴史論争が硬直し、建設的な対話が困難になってきた、しかし、近代日本の歩みを、欧米列強に抗った正義の歴史として全面的に肯定する必要もなければ、逆にアジアを侵略した暗黒の歴史として一方的に断罪する必要もない。・・・・中略・・・・

・・・いま求められるのは、あの戦争を孤立したできごととして語るのではなく、幕末・明治維新以来の近代史全体のなかに位置づけ直すことだろう。
それは、日本の過ちばかりを糾弾することでも、日本の過去を無条件に称賛することでもない。過ちを率直に認めながら、そこに潜んでいた“正しさの可能性”を掘り起こして現在につなげる、言い換えれば「小さく否定し、大きく肯定する」語りを試みることである。それこそが、われわれの未来につながる歴史叙述ではないだろうか。

 この著者の試みが上手くいっているかどうかは、読者それぞれが読んで確認してほしいところである。
 ソルティ自身は、日本の近代史の「どの部分をどう否定し、どこをどう肯定するか」についての記述が具体性に欠けていると思ったけれど、それは本書が試論あるいは提言という性格のものであるため、あるいは紙幅の都合によるのかもしれない。
 今後、著者や後続の史家の中でさらに研究され、議論され、具体化され、熟していき、「われわれ(脱昭和世代)の物語」として形成されていくのだろう。
 平和の意志、反戦思想だけは強く持して、それをやっていただけたらと願っている。

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平和祈念公園にある平和の灯

 ときに、歴史叙述とはまた別のところで、ソルティが“あの戦争”から学ぶ大きなものがある。
 日本人の国民性である。
 戦争という非常事態、命にかかわる緊急事態だからこそ、国民性の根幹が露わになる。
 平和な時には曖昧にぼやかされている、あるいは美点として指摘されるような、“集団としての日本人の特質”が、先鋭化されて発現する。
 それは日本だけでなく、他の国でも同様である。
 ドイツ人の国民性はナチスドイツ時代において最も露わにされたし、アメリカ人の国民性は9・11直後において最も端的に世界に伝わった。

 そうした観点から“あの戦争”を振り返った時、日本人の国民性としてしばしば指摘されるのが、著者も本書で言及している「司令塔の不在」すなわち「リーダー欠如の無責任体質」であり、もっとも重要なことを「空気で決める」非合理性であり、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」「寄らば大樹の陰」の同調圧力に弱い集団主義である。
 ミステリー作家としても有名な笠井潔は、それを厳しく批判し、ニッポン・イデオロギーと名づけた。
 
 残念ながら――というか致し方ないことではあるが、この体質=国民性は“あの戦争”の時も、あれから80年経った今も、少しも変わっていないと思う。
 むしろ、昨今の排外主義の高揚や多様性に対する無理解の言説をみるに、あるいはLINEやSNSなどスマホ依存にはまった若い世代をみるに、令和の日本人のほうがニッポン・イデオロギー度が高まっているんじゃないかとソルティは危惧している。
 つまり、戦争になったら、日本人はまた同じことを繰り返すだろうと――。

 “あの戦争”を肌身で知っていた昭和の先輩たちは、そのことをよくわかっていた。
 だからこそ、たとえ“自虐史観”と揶揄されようが、声を大にして、非戦・護憲を訴えていたのだと思う。
 “あの戦争”の物語を新たにつくっていく脱昭和世代の心に留めておいてほしいのは、そのことである。
 

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おすすめ度 :★★★

★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損







● 本年も仏像三昧 本:『ミズノ先生の仏像のみかた』(水野敬三郎著)

2019年講談社

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 先日、半蔵門ミュージアムに行ったときに購入した本。
 水野敬三郎(1932- )は、美術史学者にして日本の仏像研究の第一人者。半蔵門ミュージアム館長を2019年3月まで務めていた。(現在、名誉館長)
 ソルティが目下学んでいる奈良大学通信教育の美術史概論のテキストも、水野敬三郎監修『日本仏像史』(美術出版社)である。
 業績と言い、後進への多大なる影響と言い、日本の仏像研究界の大長老と言ってもいいんじゃなかろうか。
 ソルティは他に、水野が1985年に出した『奈良・京都の古寺めぐり 仏像の見かた』(岩波ジュニア新書)を読んでいる。
 いずれの本も、仏像の歴史や一つ一つの仏像のつくられた背景、造仏の技術面など、水野の該博にして深い知識は今さら言うまでもないことだが、ソルティがもっとも唸らせられるのは、仏像の像容を解説する際の水野の表現力の巧みさである。  
 豊富な語彙、適確な言葉の選び方、目の付けどころの鋭さ、仏像が観る者に与える印象をわかりやすく品格もって言語化する文学センス。
 どうやってこのような表現力を身に着けたんだろう?
 表現したいことをなかなかうまく言語化できないもどかしさにいつも苛立つソルティは、我が言語脳の未熟な配線を思い知らされるのである。(同じ思いはナンシー関のエッセイを読むときにも起こる)

 それはさておき、この本、面白かった。
 ソルティは仏像鑑賞のためのガイドブックのたぐいを数冊持っている。
 大概、まずはじめに仏像のつくられた歴史や日本に入ってきた経緯が簡単に記される。
 次に、仏像を見分けるのに役立つ基礎知識(衣装、髪型、表情、手のかたち、持物、姿勢、光背、台座などの種別)が解説される。 
 そして、各論的に仏像の種類ごと(如来・菩薩・明王・天部など)に章を分けて、ひとつひとつの仏像の特徴が紹介される。如来なら、釈迦如来・阿弥陀如来・大日如来・薬師如来・昆廬舎那如・・・といったふうに。
 これはこれで勉強になるし、鑑賞の役に立つし、人に蘊蓄を垂れる際の虎の巻となるのだが、肝心の仏像の見方という点では、表面的過ぎるきらいがある。
 目の前の仏像の名前を知り、造られた年代や素材を知り、衣装や髪形や手のかたちや持物や姿勢などをガイドブックを参考に確認し、「ハイ、終わりました」となってしまう可能性がある。
 それだけではもったいない。
  • だれが、いつ、どういった理由から、仏像を造った(造らせた)のか?
  • その種類の仏像を選んだ理由は何か?(たとえば、薬師如来なら病気平癒の為)
  • その素材を用いた理由は何か?(たとえば、運慶は北円堂の弥勒仏を造るのに、当時一般的に用いられていたヒノキでなくカツラを使った)
  • その時代の仏教信仰はいかなるものか?
  • その時代の美意識はいかなるものか?
  • 中国や朝鮮半島の影響をどの程度受けているか?
  • 仏師の新たな工夫はどこに見られるか?
  • 時代によって、どのような変化(様式)が見られるか、またその背景には何があるか?
  ・・・・等々

 こういったところまで想像の翼を広げてこそ、仏像鑑賞の面白味や醍醐味はあろう。
 シャーロック・ホームズが目の前に置かれた一通の手紙から、会ったことのない差出人のことを推理して、詳しくその素性を語ることができるように、仏像研究者は仏像を手掛かりにいろいろなことを推察する。
 仏像がつくられた時代の社会風潮や文化や政治や国際関係、人々の信仰や苦しみや願い、とくに仏教に対するスタンス、施主(注文主)と仏師(作り手)の関係、造仏技術の進歩・・・e.t.c.
 本書はまさにそのような“一歩進んだ仏像のみかた“のノウハウを伝えてくれる。
 仏像ビギナーの聞き手がミズノ先生に問いかけるQ&A形式なので、読みやすく、わかりやすい。
 各時代の有名な仏像を掲載したカラー口絵はじめ、ミズノ先生の説明の理解を助けるイラストもふんだんにある。
 ソルティがこれまでに観てきた仏像が多く紹介されているが、読後、もう一度実物を“ミズノ目線”で見直したいという思いに駆られた。

 以下、ソルティが「へえ~、そうだったのか」と感嘆の声を上げた知見を紹介。

ミズノ:じつは、日本の仏像は、コーカソイドとモンゴロイドがごちゃまぜになった顔なのです。そのごちゃまぜになった顔が基本になって、そこからいろいろな顔立ちが表現されています。

 コーカソイドは白色人種・ヨーロッパ人種、モンゴロイドは黄色人種・モンゴル人種である。言うまでもなく、中国人・朝鮮人・日本人は後者である。 
 仏像が最初にガンダーラでつくられたとき、ギリシア・ローマ文化の影響を受けて、顔立ちはコーカソイドであった。鼻根が高く、鼻筋が通っている、ルシウス(=阿部寛)系である。
 大乗仏教とともに仏像が中国に伝わると、仏像の顔はモンゴロイド系いわゆる「平たい顔族」に変貌した。
 が、興味深いことに、如来や菩薩の鼻だけはコーカソイドのままだった。
 6世紀に日本に仏教が到来し、日本でも仏像がつくられ始める。
 やっぱり、日本でも完全モンゴロイド化せずに、鼻だけは高さを保った。
 一方、如来や菩薩以外の仏像(明王や天部など)の鼻は普通にモンゴロイド化した。
 ミズノ先生は「当時の人々がコーカソイドの鼻のかたちになにか聖なるものを感じていたのではないか」と推測している。
 今でも、日本人が整形したいパーツの第1位は「鼻」のコーカソイド化だもんね。

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コーカソイドの仏像

ミズノ:日本では平安時代後期に寄木造り、内刳りが流行しました。つまり像の中は空洞です。そこで目を刳りぬいて内刳りの中から水晶のレンズをあてる玉眼という技法が誕生したというわけです。
 
 玉眼で最も有名なのは、興福寺北円堂の無着・世親像であろう。
 2つの像がまるで生きているように見えるのは、まさに表情をたたえたあの瞳の輝きのためである。
 玉眼は中国にはなく、日本で発明されたのだという。
 仁平元年(1151)奈良・長岳寺の阿弥陀像がもっとも古い使用例で、像の作者は運慶の父・康慶ではないかという研究者もいる。

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奈良国立博物館・仏像館の展示

ミズノ:人間には、男女を問わず実の体型と虚の体型がある。実の体型というのは、胸が厚くて前に張り出して、お腹のほうがひっこんでいる。虚の体型は逆に胸が薄くて後ろに引けて、お腹のほうが前に出てくる。

 実の体型の人は朝に強い「朝型」、虚の体型の人は夜になると元気が出てくる「夜型」なのだそうだ。
 漢方で言う「陽」の体質と「陰」の体質に相応するように思われる。
 平たく言えば、「ガッシリ系」と「なよなよ系」みたいな感じか。
 仏像にも虚の体型と実の体型があって、初期のガンダーラの仏像はみな実の体型だった。ガッシリしている。
 中国にも実の体型のまま伝わってきたが、6世紀北魏時代に虚の体型に変わったという。
 日本に入ってきた仏像は北魏の仏像がもとになっているので、虚の体型から始まった。
 法隆寺の百済観音はまさに虚の体型の典型。(たしかになよやか)
 これが7世紀後半くらいから初唐の影響を受けて、だんだん実の体型に変わっていく。
 平安初期の神護寺の薬師如来像、新薬師寺の薬師如来像などは完全に実の体型。
 平安後期になると、定朝が出てきて「仏の本様」は虚の体型になる。
 これは浄土信仰の流行と関連し、浄土にやさしく迎えいれてくれる阿弥陀如来には虚の体型こそふさわしかったからではないかとミズノ先生は言う。
 鎌倉時代になると、やはり強さを求める武士の影響からか、実の体型が好まれるようになる。

神護寺薬師如来
神護寺薬師如来

ミズノ:もともと建築用材であったヒノキを使って、しかも製材した角材を像の中心で左右から合わせて仏像をつくってしまうというのは、非常に大きな意識の変化だと思います。一木造における、仏像の中枢部に対する畏敬の念とか、木そのものに霊性が宿るという観念、あとは奈良時代以来の檀像の意識とかが、次第に薄れてきた結果といえるかもしれません。

 「大理石の塊の中にすでに像が内包されている。私の仕事はそれを取り出すことだけだ」と、かのミケランジェロが言ったとか言わなかったとか・・・・。
 要は、西洋の彫刻は大理石の大きな塊を外側からノミで削っていき、形を整えていく。
 木造彫刻の場合も、一本の太い丸太を削って、像を整形していくイメージがある。
 そこで、ミケランジェロに比すべき芸術家である運慶が、一本の丸太の前に無念無想で座し、木の中にいる大日如来を感得している絵が思い浮かぶ。
 しかし、これは見当違いの想像であった。
 確かに平安時代中期までの木造の仏像は、頭部と胴体部を同じ一本の木から彫り出す、いわゆる一木造であった。
 が、藤原時代に定朝が出現してから後は、頭と胴体部を複数の材木を寄せてつくり、さらに像内を深く内刳りする寄木造が主となったのである。
 運慶や快慶をはじめとする鎌倉仏師たちは、寄木造の手法を用いて仏像をつくった。
 寄木造の利点として上げられるのは以下の通り。(勉強の成果
  1. 内刳りがしやすい(像が軽くなる、内部に物が入れられる)
  2. 分業により作業の効率化が図れる(いわゆるプレハブ工法)
  3. 大きな像の制作が可能(木の大きさに限定されない)
  4. 輸送にも便利(分解して運べる)
 たった2か月余りで完成した東大寺南大門の仁王像のように、大規模な仏像の制作を短期間で行うことが可能になったのは、寄木造が発明されたればこそである。
 一木造から寄木造へ。
 この変化を単に、機能性や利便性や作業効率の点からばかり考えてはいけないよ、とミズノ先生は言っている。
 寄木造は、仏像の頭と胴体をいくつかに分割して作る。
 仏の頭や顔を割る。
 たしかに、それは大きな意識の変化がなければ簡単にはできないことである。
 家をつくるのとはわけが違う。
 古来あった仏像や神木に対する畏敬の念が、消失とは言わないまでも、合理性の前に薄まったのである。
 ひょっとしたら、一木造に最後までこだわっていたために時代の波に乗れず、消え去っていった仏師もいたやもしれない。

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康成作、金峯山寺仁王門・金剛力士立像(南北朝時代)
像高約5mの像を吉野山から奈良国立博物館まで運び入れることができるのも寄木造りなればこそ

 知れば知るほど、仏像鑑賞の奥の深さに感じ入る。
 今年もいろいろな仏像との出会いが待っている。
 “敬派”のはしくれとして鑑賞眼を磨いていきたい。




おすすめ度 :★★★★

★★★★★
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● 2025年映画ベストテン

 今年は50本の映画を観た。
 昨年は61本、一昨年は77本。
 どんどん減っていく。
 一番大きな理由は、昨年10月から奈良大学通信教育学部に入学したことだろう。
 空いている時間のかなりの部分が、勉強に費やされるようになった。
 齢を取って、寝るのが早くなったことも大きい。
 仕事を終えた後に映画を観るのがきつくなった。
 20~40代の頃には考えられなかったなあ。

 以下、鑑賞した順に10本を上げる。
  • クロース』(ルーカス・ドン監督、2022)
    胸痛のボーイズラブ映画。主人公の少年を演じる子役の演技と映像の美しさに涙そうそう。
  • ソフト/クワイエット』(ベス・デ・アラウージョ監督、2023)
    92分ノンストップのワンカット撮影のド迫力。“トランプのアメリカ”の恐怖を描破したホラー・ポリティカル映画。
  • 奇跡』(カール・テオドア・ドライヤー、1955)
    モノクロ映像の効果が十全に発揮された古典的傑作。映画が映像芸術であることを証明してあまりない。
  • 国宝』(李相日監督、2025)
    動員数1200万人超え。日本人10人に1人が観た2025年を代表する一本。3時間近い長尺を感じさせない脚本&演出&演技の勝利。
  • 宝島 HERO'S ISLAND』(大友啓史監督、2025)
    この映画がヒットしなかったことが、今後の日本の暗い行方を暗示している気がしてならない。役者たちの熱い魂の叫びがスクリーンから放射されている稀なる映画なのに。
  • Playground/校庭』(ローラ・ワンデル監督、2021)
    子供たちが遊ぶ小学校の校庭が描き出すのは、現代社会の歪み、迷走する世界。徹頭徹尾、子供目線のカメラが、観る者を事件の目撃者に引きずり込む。
  • あ、春』(相米慎二監督、1998)
    今年いちばん後味の良かった映画かもしれない。佐藤浩市(あ、名前がすぐに出た!)、山崎努、富司純子のコミカルな演技が痛快。
  • 教皇選挙』(エドワード・ベルガー監督、2024)
    個人的にはこれが今年のベスト1。寛容と隣人愛を忘れたカトリック本山に希望はあるのか? 人類は再び『創世記』から始めなければならないのか?
  • 日本鬼子 リーベンクイズ』(松井稔監督、2000年)
    10人に1人の日本人が本作を観てくれたら、日本は変わる。自らの過去の悪行を正直に告白する元日本兵たちが、酷いところに生まれ変わりませんように。
  • MOTHER』(大森立嗣監督、2020年)
    長澤まさみの役者としての力量に感嘆した。美人で演技もできるって、どういうこと? 「天は二物を与えず」の例外がここにある。
 うち7本が2020年以降の公開。
 今年は結構新しい作品が揃った。
 全般に、社会問題や政治がテーマのものが多い。
 世界を見ても、日本を見ても、キナ臭い空気が蔓延していて、それに触発されたせいかもしれない。
 もっと明るく笑える映画、しみじみと心温まる映画、ストーリーより映像の素晴らしさに酔えるような映画が観たいのだが・・・・・。
 『日本鬼子』を観に行ったときなど、映画館の前で、あるいは上映中に、右翼ピーポーの妨害を受けるんじゃないかと心配した。
 知る限りでは別段何事も無かったけれど、そういう想像が「杞憂」と笑って済まされない2025年現在の日本である。

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生きとし生けるものが幸福でありますように!








● ウクライナ国立歌劇場管弦楽団・合唱団『第九&運命』

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日時: 2025年12月29日(月)13:30~
会場: 東京オペラシティ コンサートホール
ソリスト:
 ソプラノ   テチアナ・ガニナ
 メゾソプラノ アンジェリーナ・シ ヴィチカ
 テノール   ドミトロ・クジミン
 バス     セルゲイ・マゲラ
指揮: ミコラ・ジャジューラ

 ベートーヴェンの「運命」と「第九」のカップリングという贅沢きわまりないプログラムで、今年の音楽シーンを締めくくった。
 しかも、1834年の誕生から2世紀近い歴史と伝統を誇るウクライナの名門オケ&合唱団で。
 チャイコフスキー、リムスキー=コルサコフ、ラフマニノフ、グラズノフ、ショスタコーヴィチなども、このオケを指揮したという。
 むろん、1922~91年までの約70年間は、ウクライナはソビエト連邦の一部であった。

 2022年2月のロシアのウクライナ侵攻によって始まった戦争もなかなか終結が見えないが、その間、たびたびこのオケは来日し、各地で演奏を重ねている。
 今回もウクライナ国立バレエ団の『ドン・キホーテ』『雪の女王』『ジゼル』を演奏したほか、1月にはオペラ『アイーダ』『トゥーランドット』上演を予定している。
 ソルティは初めて聴いた。

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 会場の東京オペラシティも初めてであった。
 ソルティはアマオケを中心にクラシックを聴いているのだが、アマオケは滅多にここを使わないからである。
 会場費が高いせい?
 たしかに立派で美しいフォルムである。 
 ただ、アクセス(新宿)やホールの音響効果はいいのかもしれないが、客席の設計はとても褒められたもんじゃない。
 ソルティは、ホール後ろ寄りの3階バルコニーの最前列に座ったが、ここからだと舞台が半分しか見えなかった。
 もっと舞台寄りの席だと、舞台の2/3は隠れてしまうんじゃないか?
 管弦楽はまだしも、オペラなどまったく楽しめたもんじゃない。
 高い料金に見合わない。

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 さらに酷いのは、座席と手すりとの間のスペースが狭い上に、手すりの高さが腰位置くらいなので、身を乗り出すと1階席に転落する危険がある。
 開演前に先に座っている人の前を通って自分の席に着こうとする人は、手すりから上半身を外に傾けるようにして移動しなければならず、子どもやお年寄りなどの場合、はたで観ていても非常に怖い。
 手にしているバッグやスマホを落として、1階席に座っている人の頭に当たったら、大ケガする危険がある。
 しかも、手すりの下部を成す木の台座が水平ではなく、外側(座席と反対側)に向って傾斜している。滑り台そのものである。
 スマホを落としたら、そのまま台座を滑って、1階席に落ちて行くのは間違いない。
 なんてアホな設計をしたのだろう!
 もし、子どもが3階席から転落したり、落としたスマホが1階席の人に当たって大ケガした場合、オペラシティは訴えられても文句言えないと思う。(アメリカなら相当な賠償金を課せられるだろう)
 山登りが趣味のソルティは、これまで数百の山に登って危険な崖道に数多く出会ってきたが、ここはそれらに匹敵する危険地帯である。
 観客のことを全然考えていない人が設計したとしか思えない。
 JR京都駅を思い出してしまった。

 ホールの管理者もそのことを悟ったらしく、台座に注意書きが貼ってあった。
 また、演奏の始まる前に複数の女性スタッフが客席を回って、手に持ったパネルを示しながら、「手すりから身を乗り出さないでください」と注意喚起していた。
 アホな設計のせいで無駄な仕事を増やしたのである。

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3階バルコニー席の最前列 
1階客席に向かって台座が傾斜している

 そんなこんなで、演奏が始まる前から苛立たしさを覚えたが、ひとたび演奏が始まるやいなや、苛立ちなど吹っ飛んでしまった。
 やっぱりプロは凄い。
 やっぱり本場の音は深い。
 技術が高いのは当然と言えば当然だが、なにより一つ一つの音がすっきりして美しい。
 指揮者の求める音色、自分の出したい音色を自在に出せるのは、楽器を完璧に操ることができればこそ。
 CDでも聴いているような完成度と安定性であるが、それでいて機械的でなく、人間的な情感に満ちている。

 んん~、プロだからというよりも、苦難と向き合う者だから出せる音なのかもしれない。
 日本のプロオケの優等生的で洗練された響きとは違う。
 たぶん、苦難を知る者だけがベートーヴェンと出会うことができるのだろう。
 優等生的で洗練されたベートーヴェンが平和の証拠なのであれば、それはそれで祝福すべきことなのかもしれない。

 『第九』第4楽章のソリストと合唱も、日本人の歌い手では聞けないたぐいだった。
 なんと言っても、声量。
 3階後方までしっかり届く各ソリストの朗々たる声と力強さ。
 それぞれのメロディラインがくっきりと際立って、ソプラノ・メゾソプラノ・テノール・バスの掛け合い漫才のような四重唱の面白さが、はじめて了解できた。

 合唱団は総勢で50名ほどか。
 ステージに登場し並んだときは、「こんな少なくて大丈夫?」と思ったのだが、まったく杞憂であった。
 日本人100名集めたくらいの迫力があった。
 オケに負けていない。
 男性陣は20名(テノール、バス各10名)ばかりであったが、女性陣にまったく負けず、しっかりと存在感を示した。
 いつもは四声が入り乱れてごった煮のように聞こえる第4楽章中間部の二重フーガの部分も、各パートのメロディが明瞭に聴こえたので、曲の構造が把握できて愉快であった。
 やっぱり、ガタイの違いは大きいなあ。

 途中からはもう、オケやソリストや合唱団や指揮者の凄さより、ベートーヴェンの偉大さに驚嘆し、楽聖への感謝しか頭にのぼらなかった。

 人間は、こんな奇跡のように美しい音楽が作れるほど進化しているのに、なぜ互いに戦うのだろう?

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P.S. 東京オペラシティの公式ホームページによると、2026年1月1日~6月30日まで、コンサートホール他は設備改修のため休館するとの由。改善されることを願う。







 

 

● 長澤まさみの猛演 映画:『MOTHERマザー』(大森立嗣監督)

2020年日本
126分

MOTHER

 2014年3月に埼玉県川口市で起きた17歳の少年による祖父母殺害事件、そして同事件を取材した毎日新聞記者山寺香が書いた『誰もボクを見ていない なぜ17歳の少年は、祖父母を殺害したのか』をもとに作られた作品。
 ソルティは同事件を覚えておらず、山寺の本も読んでいない。
 「こんな事件があったんだ」という驚きとともに、2014年当時の自分の脱世間ぶりにおののいた。

 少年は母親にそそのかされて祖父母を手にかけたらしい。
 普通17歳にもなれば善悪の判断はつくし、損得も判断できる。
 母親に指示されたからと言って、人を殺める息子などありえない。
 それも、ほとんど親交のなかった自らの祖父母を金目的で殺すなんて。
 しかも、捕まった当初、少年は母親から指示されていたことを否定した。
 母親を守るために。

 少年は、子供のときから学校に行かせてもらえず、離婚した母親にあちこち連れ回され、養父に虐待され、公園で野宿するなど悲惨な暮らしを送らされていた。
 その中で無力感に追いやられ、母親にマインドコントロールされた状態になっていたのである。
 彼にとってはMOTHERが世界のすべてだった。
 本作は、事件が起きるまでの母親と少年の十数年にわたる日常生活、そこで築かれた異様な母子関係を時系列で描いている。

夜逃げする母子

 MOTHER(母親)を演じる長澤まさみが凄い。
 本作でアカデミー最優秀主演女優賞を獲ったが、それも納得の猛演技。
 最初のうちはあまりの美貌と抜群のプロポーションが、生活破綻した貧困女性に扮するには不自然すぎるという気がしたが、そのうちにその美しさが逆に怖さを生みだすのに益しているように思えてくる。
 聖母のように美しいがゆえに、周囲の男達は簡単にだまされ手なずけられてしまい、息子もまた逆らい難いものを感じてしまうのだと。
 美しさが凶器になっているのである。
 長澤は、『黒い家』の大竹しのぶ、『誰も知らない』のYOUとはまた違った毒母像を生み出すのに成功している。

 少年を演じているのは奥平大兼。(子供時代は郡司翔)
 2003年生まれなので、撮影当時ちょうど17歳。
 事件を起こした時の少年と同年齢である。
 母親との関係に閉じ込められ、MOTHER以外の世界を思い描けず、奴隷のような無力感を生きる息子の表情と雰囲気を、見事に醸し出している。

 チャランポランな養父を演じる阿部サダヲの上手さは相変わらず。
 この長澤まさみと阿部サダヲの巻き散らす厄介加減が、行政はじめ周囲の大人たちが介入して少年と妹を救いだすのを妨げていたことが、十分納得できる。
 
 事件に至るまでの推移を淡々と描いていく大森監督の演出も冴えている。
 変にドラマチックな演出を取り入れないことで、ドキュメンタリー性が加味されるとともに、母親と少年の関係に観る者の焦点が向く。
 少年が祖父母を刺し殺す場面では、まったく暴力シーンを映し出さない。
 出血サービスも、少年のシャツについた返り血だけの絵で済ませている。
 この抑制力、さすがベテラン監督である。

 どう頑張っても後味のいい映画にはならないので、感動したとは素直に言い難い。
 だが、この衝撃をそのまま胸に受け止め、現実から目をそらさないでいることが、大切なのだろう。

 実際の少年は、懲役15年の判決を受け、現在も服役中。
 母親は強盗罪で裁かれ、懲役4年6ヵ月の勤めを終え、“社会復帰”している。



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● 映画:『アメリ』(ジャン=ピエール・ジュネ監督)

2001年フランス
122分

アメリ

 子供時代の育ちのせいで人とのコミュニケーションが苦手になってしまったフランス人女性アメリ。
 もちろん、恋愛もうまくいかず、性体験はあれど本当の恋は知らない。
 そんな昨今どこにでもいるような不器用な女性が、平凡な日々の中で楽しみを発見し、恋を知り、自らの殻を打ち破って本当の恋をつかむまでの物語。
 制作国フランスでも日本でも予想外の大ヒットとなって、主人公アメリのおかっぱ頭や部屋のインテリアなどを真似する“アメリ現象”が流行ったという。
 ソルティはどうも、同じ頃(2000年)に公開されたジュリエット・ビノシュ主演『ショコラ』と入り混じってしまい、お菓子作りの話かと思っていた。

 この映画が日仏問わず若い女性たちの間で人気を得たのは、やはり、鑑賞者が自身をアメリに投影し共感できたからであろう。
 人間関係に苦手意識や不器用さを持つ人の存在は、万国共通ってことだ。
 一方で、素敵な恋を望むのも万国共通の女性のならいで、とりわけ恋愛が宗教の位置にまで高められているフランスの場合、一種の強迫観念になっているんじゃないかと思う。
 不器用なアメリが、勇を鼓して、目の前の恋に飛び込んでいく結末に希望を感じ、力づけられた女性観客は少なくなかったろう。

 『エイリアン4』で示されていたジャン=ピエール・ジュネ監督の美術センスあふれる映像も、都会のオシャレな女性たちのツボにはまったものと思われる。
 オドレイ・トトゥが魅力的なアメリを演じているほか、『ミッション・クレオパトラ』でその存在を知った片腕俳優ジャメル・ドゥブーズが、ここでも個性的な八百屋の青年に扮している。子犬のようなウルウルした黒い瞳が、庇護欲を搔き立てる。(いまはすっかりオッサンになった)

 ところで、映画館というのは、ある意味、人間関係が苦手な人たちの格好の逃避所すなわちオアシスになっているわけで、一人で映画を観に行くことが若い頃から日常化しているソルティもその例に漏れない。
 飲み会に行くよりも、一人で映画館に行くほうが、ずっと楽しいし、くつろげる。
 40年以上映画館に通ってきて思うのは、一人で映画を観に行く男は普通に多いが、一人で映画を観に行く女は少ない。
 やっぱり痴漢の危険があるからかなあって思っていた。
 これは厚生労働省が5年以上前に実施した調査結果なので信頼度は???だけれど、「誰と映画を観に行くことが多いか?」という問いに対して、
  • 男性・・・・ひとり(35%)、家族(35%)、友人(23%)
  • 女性・・・・家族(41%)、ひとり(27%)、友人(18%)
 意外に女性でも「ひとり」が多い。
 ソルティが観に行くようなたぐいの映画を女性は好まない、だから映画館で女性と会わない、ってのが答えだったようだ。(たしかに、『アメリ』も『ショコラ』も映画館に足を運ばなかった) 

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seok shinによるPixabayからの画像


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