ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

● アニメ映画:『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(押井守監督)

1984年東宝
98分
脚本 押井守
原作 高橋留美子

 『うる星やつら』の映画版を観るのは初めて。
 高校時代に友人からコミックを借りて読み、大学時代にテレビアニメをたまに観ていたが、基本的にそれほど好きな漫画ではなかった。
 高橋留美子なら『めぞん一刻』のほうが好きだった。

 「なぜ急に本作を?」と言えば、カルロ・ロヴェッリ著『世界は「関係」でできている』を読んだあとネットで他の人の感想を拾っていたら、カルロの本が押井守脚本・監督の本作に似ている、というコメントがあったからである。
 押井守と言えば、SFサイバーアクション映画『アヴァロン』や『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』で、現実とサイバー上の虚構が反転するディック的世界を鮮やかに創り出した映像の魔術師である。
 カルロが描いた量子の世界の神秘に、今から40年近く前にすでに押井が迫っていたとしたら、凄いことではないか。

 ――と期待して観たのであるが、これはまったく量子力学とは関係なかった。
 カルロの唱えている「関係論的解釈」すなわちナーガルジュナの説いた「空」とも、般若心経の「色即是空」とも違う。
 ネタ晴らしになってしまうが、主人公・諸星わたる&ラムちゃんら登場人物たちが「現実」と思っていた日常(それが次第に非日常へと変貌してゆく)が、実はラムちゃんの“夢”の産物であったというオチである。
 視聴者をコケにするような安易な「夢落ち」と微妙に異なるのは、ラムちゃんが最後に「ハ~ア~」とあくびして目覚めることで“世界”が終わる、という単純なからくりではないところ。
 もう少し複雑なつくり。仏教とのからみで言えば「唯識論」に近いかもしれない。
 ラムちゃんの“識”(意識と無意識を含む)が世界を創っている――みたいな。

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 1984年の時点で、『マトリックス』(1999年)よりずっと前にこういった現実と虚構、意識と無意識とを越境するような作品を世に問うていたところは凄い。
 途中で、SF映画の古典『ダークシティ』(アレックス・プロヤス監督)で出てくるのとそっくりの仰天シーンが登場して、一瞬、「押井さん、パクったな」と思ったが、『ダークシティ』は98年公開なので本作の方が早い。
 しかも、浦島伝説をからませた本作のほうが文学性に富み、センスがいい。

 人の夢を実現させてしまう妖怪「夢邪鬼(むじゃき)」の声優が上手い。
 関西弁の厚かまし気なオッサン口調から鶴瓶かと思ったが、84年では鶴瓶はここまで上手くなかった。
 誰だろう?と調べたら、藤岡琢也だった。
 ウィキによれば、俳優として売れる前は声優をしていたらしい。
 さすが、「岡倉」の店主である。
 
 『うる星やつら』シリーズのなかの異端であるのは確かだろう。
 



おすすめ度 :★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損

 

● 本:『タクシードライバーぐるぐる日記』(内田正治著)

2021年三五館シンシャ発行、フォレスト出版発売

 シルバー・プロレタリア文学シリーズのラスト(今のところ)を飾るは、15年間の都内タクシー運転手生活を綴った一編。
 著者は1951年埼玉生まれ。
 家業である雑貨会社が倒産したのを機に、大手タクシー会社に雇われることになった。

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 タクシー運転手ほど、さまざまな人間の裏の顔をのぞく機会に恵まれた職業はないと思う。
 車内は一種のプライベート空間であり、乗客は運転手を空気のような存在とみなしがちだし、深夜や飲み会の後などの人間がもっとも素をさらしやすい現場に関わるからである。
 本書でも、人を人と思わないような態度をとる大手広告社社員やドラマ撮影中の女優、朝のワイドショーに出ている有名コメンテーターの話が登場する。
 また、吉原のソープランドで働く女性たち、助手席に乗り込み著者に熱い視線を送る上野界隈のオネエさん、「できれば乗せたくない」その筋の人たち、銀座のホステスと常連客との「タヌキとキツネの化かし合い」、乗車料ふんだくりの詐欺師、上野から富山まで8時間かけて送った客(料金20万円)の話など、興味深いエピソードてんこもりで楽しく読んだ。
 嫌な客、困った客は多いだろうし、朝から深夜まで一回18時間勤務はつらいと思うが、人間観察の場としては最適だろう。
 タクシー運転手を主人公とした探偵小説(ドラマ)があってもいいんじゃないか?

 タクシー運転手の就労形態も良く知らなかったので、興味深かった。
 たとえば、
  • 一台の車を二人で交互に使う。
  • 営収(メーター総計)の60%がその日の手取りとなる。
  • 基本18時間勤務で、一ヶ月12回の出番。
  • 休憩時間はちゃんと取らなければならない(レコーダーに記録される)。
  • 燃料(LPガス)は満タン返ししなければならない。
  • 無線連絡「大きな荷物の忘れ物があります」は都内での事件発生を知らせる隠語。
  • 黒タク運転手は優良乗務員のしるし。(著者は黒タクをまかされていた)
 地理オンチで、腰痛持ち痔持ちのソルティは、長時間の座位が課せられるタクシー運転手はできない。加えて、飛蚊症と羞明と夜盲症があるから、雨の日や夜間は危険である。
 そもそも何十年もペーパーなので、今さら運転を始めても人を乗せるなど怖くてできない。
 著者も一過性黒内障の疑いで視力に自信がなくなり、退職を決めたという。
 お疲れ様でした。

タクシー運転手

 これでシルバー・プロレタリア文学シリーズ既刊8冊をすべて読み終えた。
 つくづく思うに、「世の中に楽な仕事なんかないなあ~」

 会社勤めは人間関係やノルマ、顧客や取引先に悩まされるし、フリーの仕事は不安定な立場におびやかされるし、福祉など対人相手の仕事は身心のきつさを伴う。

 かと言って、まったく働かないでいる日々を長期間過ごすのも結構しんどいものである。
 ソルティは過去に数回失業して無職になった。
 最初のうちは勤めから解放された自由を満喫していたが、おおむね三ヶ月過ぎると、昼夜逆転して怠惰になってくる。退屈と同時に、社会に組み込まれていない不安や後ろめたさが忍び寄ってくる。(気の小さいヤツ)
 そういうときに心の安定を保つ助けになった一つは、このブログであった。
 毎日一記事書くことを日課としていた。
 失業保険が切れると、蓄えもないので重い腰を上げてハローワークに行き、次の仕事探しを始めるわけだが、もし働かなくてもいいくらいの財産や定期収入があったら、どうなるだろう?
 よほど固い意志がないと、退廃した日々を送ることになりそう。
 日々の仕事が、規則正しい生活や他人との交流機会や緊張感をつくり、心身を健康に保つ鍵となっているのは間違いない。

 本シリーズを読んだあとでは、街で見かける交通誘導員やタクシードライバー、住宅地で見かけるメーター検針員や介護職員やマンション管理員、旅先で見かける派遣添乗員などに、これまでよりずっとやさしい視線を送れそうな気がする。
 当ブログで洋書を紹介する時は、翻訳者の名前も列記するようにしよう。

 良いシリーズであった。 
 


おすすめ度 :★★★

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もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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● 男たち、美しく 映画:『戦場のメリークリスマス』(大島渚監督)

1983年日本、イギリス、オーストラリア、ニュージーランド
123分、日本語&英語

 本作は、リアルタイムで劇場で観た初めての大島渚作品だった。
 というより、初めて観た大島渚であった。

 当時人気絶頂のビートたけしと坂本龍一、演技素人の二人が主役級で出演。
 ロック界の大物スター、デヴィッド・ボウイと坂本との東西を代表する美形対決。
 坂本の作曲した印象に残るテーマ音楽が繰り返しCMで流された。
 話題に事欠かず、前評判から高かった。

 蓋を開けたら予想をはるかに上回る大ヒット。
 映画館には若者、とくに戦争映画には珍しく若い女性たちの列ができた。
 ある意味、1981年公開の深作欣二監督『魔界転生』と並んで、日本における“腐女子熱狂BL映画”の幕開けを宣言した記念碑的作品と言えよう。
 キャッチコピーの「男たち、美しく」は、まさに時代の需要を敏感に汲み取ったものである。

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左から坂本龍一、デヴィッド・ボウイ、ビートたけし、トム・コンティ

 ソルティもそのあたり期するものあって鑑賞したと思うのだが、一言で言えば「よくわからない」映画であった。
 腐女子的楽しみという点をのぞけば、なぜこの映画がそれほど高い評価を受け、世界的な人気を博しているのか、理解できなかった。
 最初から最後まで残酷な暴力シーンに満ちているし、それらは太平洋戦争時の日本軍の外国人捕虜に対する行為なので同じ日本人として罪悪感や恥ずかしさを持たざるを得なかったし、それを全世界に向けて何の言い訳もせずに手加減なく晒してしまう大島監督に対する怒りとは言えないまでも不愉快な思いがあった。
「なんで日本人の監督が、わざわざ日本人の恥部を今さら世界中に見せるんだ!」
 同じように太平洋戦争時の東南アジアにおける日本軍の日常を描いた、市川崑監督『ビルマの竪琴』と比べると、その差は歴然としている。

 さらに、テーマがわかりにくかった。
 日本軍の旧悪を暴き日本人という民族の奇態さを描きたいのか、戦争の狂気や愚かさを訴えたいのか、日本軍に代表される東洋と連合軍に代表される西洋との文化的・思想的・倫理的違いを浮き彫りにしたいのか、それとも敵同士の間にさえ生まれる男同士の友情に焦点を当てたいのか、ホモフォビア社会の中でいびつになった同性愛者を描きたいのか・・・・。
 いろいろな要素がごっちゃ混ぜになっている感を受けた。
 本作は、実際にインドネシアのジャワ島で日本軍の捕虜になった南アフリカの作家・ローレンス・ヴァン・デル・ポストの体験記を原作としているので、ある一つのテーマに基づいて作られた作品というより、現実のいろいろな見聞を盛り込んだ「ザ・捕虜生活」としてあるがままに受け取るのが適当なのかもしれない。
 実際、海外では『Furyo』(俘虜)というタイトルで上映された国も少なくない。

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 そういうわけで、公開時は「よくわからない」映画だったのであるが、約40年ぶりに見直してみたら、それもその間に、『青春残酷物語』『太陽の墓場』『日本の夜と霧』『日本春歌考』『マックス、モン・アムール』『御法度』といった大島渚監督の他の作品を何本か観た目で見直してみたら、新たに気づくところが多かった。

 まず、顕著なのが、坂本龍一演じるヨノイ大尉であるが、これは明らかに三島由紀夫、あるいは三島由紀夫に対する大島ならではのオマージュである。
 ヨノイ大尉は、2・26事件に参与できなかった悔恨を抱える国粋主義者で、剣道と文学をたしなむクローゼット(隠れホモ)という設定。原軍曹(ビートたけし)を典型とする野蛮で暴力的な日本兵の中で、ストイックなまでの神道精神を貫いている。晩年の三島を彷彿とさせる。
 そういう男があまつさえ敵方の外国男を好きになってしまうという矛盾と葛藤が面白い。

 次に、大島の遺作である松田龍平主演『御法度』(1999)において極められた「マチョイズム(ホモソーシャル社会)の中に投げ込まれた同性愛(ホモセクシュアル)」というテーマの先鞭をつけた映画である。
 生き死にがかかっている闘いの場においては、規律ある上下関係と集団の大望成就のために自己を放棄するマチョイズムこそ、重要であり役に立つ。
 上下関係を曖昧にし集団より自己の欲望や特定の仲間との関係を重視する同性愛は、集団の規律やモラルを乱しかねない。
 だから、デヴィッド・ボウイ扮するセリアズ少佐に惚れてしまったヨノイ大尉は、軍のリーダーとして役に立たなくなってしまった(更迭させられた)のであり、美貌の剣士である加納惣三郎(松田龍平)は、新選組を内側から崩壊させる危険因子として、最後には沖田総司(武田真治)に斬られてしまうのである。
 敵と戦い打ち倒すためには、「男(マッチョ)」でありつづけなければならない。 

 次に言及すべきは、ビートたけしの存在感。
 演技力がどうのこうのといったレベルを超えたところで、強く印象に刻まれる。
 当時お笑い一筋でテレビ芸人としてのイメージの強かったたけしを、この役に抜擢した大島の慧眼には驚くばかり。
 有名なラストシーンでの艶やかな顔色と澄み切った笑顔は、たけしが映画作りの面白さに目覚めた証のように思える。
 
 本作では原軍曹とロレンス中佐(トム・コンティ)の間で、何度か「恥」をめぐる会話が交わされる。
 敵の捕虜になること自体を「恥」と考える日本人と、捕虜になることは「恥」でも何でもなく、捕虜生活をできるだけ快適に楽しく過ごそうとする西洋人。
 捕虜になって辱めを受けるくらいなら切腹を選ぶ日本人と、それを野蛮な風習としか思わず、何があっても生き抜くことこそ重要とする西洋人。
 戦地における傷病者や捕虜に対する待遇を定めたジュネーブ条約(1864年締結、日本は1886年加入)の意味を理解できない日本人と、一定のルールの下に戦争することに慣れている西洋人。
 東洋と西洋、いや日本人と欧米人とのこうした違いは、『菊と刀』や『海と毒薬』はじめ、いろいろなところで語られてきた。
 映画公開後に「毎日新聞」(1983年6月1日夕刊)に掲載された大島渚自身による自作解題によると、外国のマスコミから受けた本作に対する様々な質問の中に、次のようなものがあったそうだ。

 オーシマは、この映画で日本の非合理主義が敗れ、ヨーロッパの合理主義が生き残ったとしている。後者が前者よりすぐれていると思っているのか。

 それに対して大島はこう答えたそうな。

 ニッポンは戦争で示した非合理主義を戦後の経済や生産の中に持ちこんで、それを飛躍的に発展させたかもしれない。しかしそのエネルギーは負けたことから来たのだ。そしてそれを支えた我々はもう疲れた。次の世代は合理主義を身につけて世界の中で生きるだろう。

 40年経って、日本人はどれくらい合理主義を身に着けたのだろう?



P.S. 驚いた! 記事投稿後に知ったが、今日1月15日は大島渚監督の9回目の命日だった。あの世の監督に「書かされた」?

 



おすすめ度 :★★★

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● 本:『マイ・バック・ページ ある60年代の物語』(川本三郎著)

1988年河出書房新社刊行
2010年平凡社より復刊

マイバックページ

 川本三郎の名前だけは知っていた。
 1944年生まれの文芸・映画評論家である。
 本書は自伝的エッセイであり、大学を出た川本が就職浪人していた1968年から、朝日新聞に入社して雑誌記者になったものの、ある事件に関与して解雇の憂き目を見た1972年までのことが書かれている。
 つまり、20代後半の川本の朝日新聞記者時代の話である。
 それはまた、学園紛争の嵐が日本中に吹き荒れていた時代であり、ベトナム戦争や日米安保延長をめぐって戦後の左翼運動が絶頂期かつ転換期を迎えていた時代である。
 本書を知ったのは池上彰×佐藤優の『激動 日本左翼史』に言及されていたからだが、ソルティは知らなかったが、2011年に妻夫木聡、松山ケンイチ共演で『マイ・バック・ページ』のタイトルで映画化されていた。(復刊はそれに乗じてのことであろう)

 本書の元となった原稿は雑誌『SWITCH』に86~87年に連載された。
 当時すでに川本は40歳を超えている。
 朝日新聞をクビになったあと、一人の物書きとして身を立てられるようになった川本が、10年以上前の自らの身に起こった出来事をようやく冷静に振り返る余裕が生まれたことで、本書が誕生したのであった。

 連載の途中までは、まさに60年代風俗回顧エッセイといった趣きである。
 当時流行った映画や音楽(ロックやフォーク)や演劇などのサブカルチャー、猥雑でエネルギーに満ちあふれていた新宿の様子、マンガ家・永島慎二や怪優・麿赤児など面白い人々との出会い、新米記者として取材した様々な対象や現場――東大安田講堂の陥落、ベトナム戦争従軍のアメリカ兵、学生運動の高校生リーダー、“和製ウッドストック”と言われた中津川フォーク・ジャンボリーの混乱、山谷のドヤ街をはじめとする「東京放浪記」――といった事柄が、青春真っただ中の川本がその場で感じ考えたことと共に鮮やかに描き出されている。
 時代の雰囲気や匂いが伝わってくる文章で、「これ、面白いじゃん!」と読み進めていたら、最後の3編で印象は大きく変わった。
 それが、川本が朝日新聞をクビになった原因となり、その後の人生を大きく変えることになった「朝霞自衛官殺害事件」の顛末である。

朝霞自衛官殺害事件とは、1971年(昭和46年)8月21日に、東京都練馬区・埼玉県朝霞市・和光市・新座市にまたがる陸上自衛隊朝霞駐屯地で、警衛勤務中の自衛官が新左翼によって殺害されたテロ事件である。犯人グループが「赤衛軍」を自称したことから「赤衛軍事件」ともいう。朝日ジャーナルの記者川本三郎と、週刊プレイボーイの記者がそれぞれ犯人を手助けしており、日本のマスメディアの信頼失墜にも繋がった。
(ウィキペディア『朝霞自衛官殺害事件』より抜粋)

 川本は「犯人を手助け」した疑いにより逮捕され、留置所に入れられ、数日間にわたる取り調べを受けた。
 最初のうちは「取材源の秘匿」というジャーナリストのモラルを守るため容疑を否認していたが、その後、捕まった実行犯・菊井良治ほか2名の学生が自白の際に川本との関係をペラペラ喋ったのを知るに及んで――
 
 逮捕されて十日目の夜、私は地検の取調室でN検事に容疑事実を認めた。私は敗北した。K(ソルティ注:菊井良治)から事件の証拠物件である腕章を預かったこと、それを同僚のU君に預けたこと、のちにそのU君にその焼却を頼んだこと。すべての容疑事実を認めた。(本書より)

 川本は証拠湮滅罪で起訴され、懲役十か月、執行猶予二年の判決を受けた。
 当然のごとく職を失った。

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 本書には、この一連の出来事に対する川本から見た“真実”がこと細かに述べられている。
 新左翼を名乗る菊井と関わるようになったきっかけ、菊井のアジトへの訪問取材、正体不明の菊井への懐疑、朝霞自衛官殺害を知ったときの驚き、菊井から被害者の腕章を受け取った経緯とそれを焼却処分した理由、新左翼に対する世間の目の変化とそれに影響された朝日新聞社内部の混乱、逮捕までの流れ・・・・・。
 もともと左寄りの朝日新聞社の中でも最も反体制で革新傾向の強い『朝日ジャーナル』に配属され“心情新左翼”であった川本が、新興新左翼の旗を掲げる菊井に思い入れするあまり、社会人としての的確な判断を誤った――というのが、現在本書を読む者の多くが思うところであろう。少なくともソルティはそう読んだ。
 なにしろ、川本は刑罰の対象となった「証拠湮滅」のみならず、
  • 菊井がテロを企てており武器まで用意しているのを事前に知りながら通報しなかった。
  • 犯行後の菊井と極秘裏に面会し、会社の車でその移動を手伝い、インタビューを行って取材費(つまりは逃走費)を渡した。
  • 自らが逮捕された後もすぐに警察に事実を話さず、結果として逃走中の菊井をかばい続けた。
 証拠湮滅罪だけで済んでむしろ幸いだったのではないか。
 下手すると、共犯とみなされてもおかしくなかったと思う。(仮に警察が菊井らを早々に逮捕できず、菊井らがさらに重大な一般市民を巻き込むようなテロ――あさま山荘事件のような――を起こしていたら、川本はその後文芸評論なんかやっていられただろうか?)
 いかなる事情であれ、川本が殺人事件の重要証拠物件を隠し焼却してしまったのは事実なので、これはいわゆる冤罪ではない。
 川本もそれは否定していない。
 控訴しなかったし、朝日新聞社に対し不当解雇も訴えなかった。
 犯人が逮捕されたので、この事件に関する限り、川本の社会的責任はこれで終わったと言える。

 60年代風俗回顧エッセイで始まった本書は、後半になって劇的なドラマに変貌する。
 誰もがその名を知る大企業に勤める若く野心的な一記者が、世間注視の殺人事件に関与し逮捕された、その一部始終を描いたドキュメントに様変わりするのだ。
 赤の他人である一読者からすれば面白くないわけがない。
 犯罪サスペンスドラマでも見るかのようなスリル、一社員の「不祥事」を知った大組織(朝日新聞社)の動揺と混乱、検察の取り調べの実際などが、否が応にも好奇心をそそる。
 そればかりでない。
 ソルティはこの告白エッセイを読んで、夏目漱石『坊ちゃん』のような青春挫折ストーリーを想起したのである。いわゆるイニシエイション(通過儀礼)型の苦い成長物語である。
 であればこそ、本作は映画化されたのではないかと想像する。(映画未見)
 
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 事件から半世紀が過ぎた現在、もはや真実は何かとか、川本青年のやったことが善であるか悪であるかとか、ましてや「こうすれば良かったのに・・・」とか、川本に対する朝日新聞社の処遇はいかがなものかとか、今さら言ってもせんないことである。
 当時の社会情勢、政治状況、世間の動向、時代の空気、先の見通しの有無・・・・そうしたことがリアルタイムでその時代を生きていない者にわかろうはずがない。
 川本が、もともとの性格や育ちや若さゆえの血気や無謀のままに、激動の政治的・社会的・文化的状況に投げ込まれ、若者の間で隆盛を極めていた左翼思想を身につけた一介のジャーナリストとして、その場その場の判断を、迷いながらも自らの良心にしたがって下していったのは間違いあるまい。
 なんら責められるものではない。
 「若気の至り」で済ましていいと思う。(何ら罪もないのに殺された自衛官とその家族に対する自責の念はあってほしいと思うが・・・)
 
 ただ、気になったのは「あとがき」である。
 本書には、最初の刊行時(1988年)の際に川本が書いたものと、復刊の際(2011年)に書いたもの、二つの「あとがき」が収録されている。
 最初の「あとがき」で44歳の川本はこう記している。
 
 私の事件は、ジャーナリズムの歴史のなかで見れば、60年代後半に大学を中心に生まれた新左翼運動が権力によって鎮静化されてゆく過程で起きた、権力によるジャーナリズムへの介入ととらえることができるだろう。
 
 一連の出来事のなかで私はなんとか取材源の秘匿というジャーナリストのモラルを守ろうとした。しかし事実の流れが錯綜してゆくうちにその基本的な問題から私はどんどんはがされてゆき、最後は「証拠湮滅」という犯罪に直面させられた。私は「記者」ではなく「犯罪者」になった。 

 「自分は間違ったことをしていない。周囲の状況が変わったために気づいたら悪者にさせられていた」という自己正当化の匂いをどうにも感じる。
 「問題は“権力によるジャーナリズムへの介入”であって、殺人事件の“証拠湮滅”なぞ二の次だ」とでも言っているように聞こえる。

 さらに、復刊の際の「あとがき」では66歳の川本はこう書いている。

 人が一人、死んでいる。しかも私はそれを阻止出来るかもしれない立場にあった。しかしそのためには、警察に通報しなければならない。無論、普通の事件ならためらうことなく通報する。ただ、「あの男(ソルティ注:菊井良治)」はいかがわしい人物ではあったが、それなりの「思想犯」だった。その場合、警察に通報したら私は「取材源の秘匿」というジャーナリズムの基本、生命を失うことになる。
 どうすればよかったのか。いまでもわからない。

 この文章はこう解せるだろう。
 「普通の事件」なら「取材源の秘匿」があろうと、ためらわずに通報する。でも、「思想犯」だったから「取材源の秘匿」にひっかかり、通報しなかった。
 ソルティはこれには異論がある。
 これではまるで「思想犯」であれば殺人事件を起こしても許されるし、それを見逃しても罪にはならないと言っているようなものではないか。
 人殺しが許されないのは、令和の今も50年前の日本も変わりないはずだ。「思想犯」なら大目に見るなんてことがあっては困る。(オウム真理教だって彼らなりの「思想」を持っていた)

 そして、上記の「思想」とは、川本が心情的に共感していた新左翼の思想(=共産主義建設のための武力闘争肯定)である。
 仮に、菊井良治の思想が左翼とは逆の右翼的立場のものであったら、そしてその思想の実現のために菊井がテロリズムを計画していて(たとえば全共闘の花形リーダーの暗殺とか)、それを川本が記者の特権として事前に知っていたとしたら、それでも川本は「取材源の秘匿」を守ったのだろうか?
 
 つまるところ、本書をイニシエイション・ストーリーととらえたのは勘違いなのか?




おすすめ度 :★★★★

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● シネマ・コンサート:『砂の器』(野村芳太郎監督、東京フィルハーモニー交響楽団)

1974年松竹
143分
上映日 2022年1月9日(日)15時~
会場  東京国際フォーラム(有楽町)
指揮:和田薫
ピアノ:入江一雄

 しばらく前からシネマ・コンサートというイベントが話題になっている。
 人気の高い映画の再上映に際して、BGMの部分を観客の目の前で楽団が演奏するという形式である。
 『砂の器』を筆頭に、『雨に唄えば』『E.T.』『ジュラシック・パーク』『ニュー・シネマ・パラダイス』『鉄道員 ぽっぽや』『ルパン三世 カリオストロの城』などが演目に上がっている。

 もともと無声映画の時代には、観客が白黒画面を観ている傍らで弁士が解説やセリフを喋り、ヴァイオリンやピアノあるいはオーケストラがBGMを奏でるというのは普通にあったから、今に始まったことではない。
 が、トーキーになって音楽も録音・再生できるようになってから、わざわざ指揮者と生オケ呼んでライブでBGMつけるなんて贅沢の極みというほかない。
 本上映会のチケット代も、S席 9,800、A席 7,800 (税込)と破格であった。
 
 バブル華やかなりし頃、単発イベントとしてシネマ・コンサートが催されたことがあった。
 ソルティが観た(聴いた)ので記憶しているのは、映画の父と言われるD・W・グリフィスの『イントレランス』(1916年)と、上映時間6時間でラストシーンで画面が3倍広がる(シネラマになる)アベル・ガンツの『ナポレオン』(1927年)であった。
 物好きな年頃だった。

 映画のサウンドの質が向上した、つまり録音・再生技術が非常に優れている現在、わざわざ生オケ呼んでBGMをつけてもらう必要はないと思うので、高い金出してシネマ・コンサートに行く気は基本的にない。
 ただし例外がある。
 そのBGMがスクリーンなしで単独で聴いても優れた曲であり、また音楽自体が物語の主要なテーマになっているような場合、シネマ・コンサート形式は燦然たる効果を放つ。
 その例外が『砂の器』であることは言うを俟たない。

砂の器ポスター


 5000席を超える東京国際フォーラム・ホールAは満席に近かった。
 昨秋チケットを取ったときはコロナの谷間だったが、ご承知の通り、今年に入ってオミクロン急増。しかもデルタを凌ぐ感染力。
 不織布マスクでしっかり鼻まで覆った上に眼鏡タイプのフェイスシールドをつけて鑑賞した。
 予想はしていたが、観客は50~70代が大半だった。

 舞台上の大きなスクリーンの下にオーケストラ席がしつらえてある。
 楽団員がぞろぞろ入って来て、最後に指揮者とピアニストが登場。
 そう、本作のBGMは菅野光亮(1939-1983)作曲『ピアノと管弦楽のための組曲 宿命』で、それはまた本作の主人公である天才作曲家にしてピアニスト・和賀英良(加藤剛)が自らの宿命を綴った一世一代の名曲でもある。
 指揮棒が上がり、ゆっくりと主要動機(メインテーマ)が流れ、スクリーンにクレジットが映し出される。
 生演奏の臨場感、迫力、波動の力は半端なく、もうこの時点でウルっと来てしまった。
 やばい。この先大丈夫か?

 スクリーンの進行に音楽を合わせていくのは随分と難しいのではないか、とくにスクリーンに映し出される手の動きに合わせてピアノを弾いていくのは至難の業ではないか、と素人目には思うが、そこはやはりプロ。まったく不自然なく、途中からはほとんど生オケであることも忘れて映画に没頭していた。
 感動の源はもちろん、残酷な宿命を背負わされた父と子の不憫さと絆、誰にもわかりえない主人公の苦しみと孤独、それを察する刑事たちの心情、そして悲哀と慟哭の音楽にある。
 だが、人生4度目の鑑賞、それも初回から40年以上の月日が経っている現在、もういろいろなことが感動のポイントとなる。
 撮影時に残っていた日本の風土、海岸線や稲田や農村の美しさ、昭和の街の風景、人々の艶のあるひたむきな表情、クーラーのない夏の暑さ、国電の列車、車窓を流れる景色、そしてすでに鬼籍に入った役者たち――主役の加藤剛や丹波哲郎はもちろん、渥美清、笠智衆、佐分利信、緒形拳、加藤嘉、菅井きん、穂積隆信・・・・。
 主要登場人物で今も残っているのは、元千葉県知事の森田健作、島田陽子、山口果林、それに子供時代の和賀英良を演じた春田和秀(現在55歳)くらいではないか。
 最初に観たとき、出演者のうち自分より年下は春田和秀だけだったのに、いまや森田健作や加藤剛はもちろん、丹波哲郎も緒形拳も渥美清も超えてしまった。
 次に観る時はおそらく佐分利信も加藤嘉も超えていることだろう。
 そう、今となっては、この映画の隠されたテーマは「波にさらわれた砂の器のごとく、失われた昭和、失われた日本の風土、失われた人、失われた時」なのだ。
 だから、話の筋も結末も感動のポイントも熟知しているにも関わらず、見るたびに感涙にむせぶのである。

 一方、「失われた昭和や日本の風土」をただ懐かしんでいるばかりではない。
 この作品の核をなすハンセン病差別は前近代的な日本の風土の中にこそ根付いていた。
 あの美しい海岸線、桜並木、緑なす山々、きらめく河川、蝉しぐれ、素朴な民衆の中に、無知や偏見が組み紐のように織り込まれていた。その観点からスクリーンを目にするとき、日本の風土の美しさが深い哀しみの色を帯びてくる。 
 映画の最後の字幕にあるように、「現在ではハンセン病は治療できる病いで、本浦千代吉のような患者はいない」。
 患者を家族と離れ離れにし、施設収容する必要もない。 
 天下の悪法・らい予防法は1996年に廃止された。 
 平成・令和生まれで、半世紀近く前に作られたこの映画を、主人公・和賀英良の背負った十字架の重みを、予習なしに理解できる人はそういないかもしれない。
 それはやっぱりいいことだ。  
 失われてよいものもある。

 上映終了後は拍手の嵐。
 アンコールでメインテーマが奏でられた。(今も頭の中に鳴り続けている) 

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国際フォーラム内のトラ門松


おすすめ度 :★★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損



● 永遠の田宮二郎 映画:『白い巨塔』(山本薩夫監督)

1966年大映
149分、モノクロ

 「白い巨塔」と言えば財前五郎、財前五郎と言えば田宮二郎。
 ――というのがソルティの固定観念であるけれど、山崎豊子原作のこの社会派医療ドラマは実に6回もテレビドラマ化されている(国内のみ。韓国でもドラマ化されている)。
 主役の財前五郎=友人にしてライバルの里見脩二=財前の愛人のホステス・花森ケイ子、主要3人の過去の配役を並べると、

1966年映画   田宮二郎=田村高廣=小川真由美
1967年テレビ  佐藤慶=根上淳=寺田史
1978年テレビ  田宮二郎=山本學=太地喜和子
1990年テレビ  村上弘明=平田満=池上季実子
2003年テレビ  唐沢寿明=江口洋介=黒木瞳
2019年テレビ  岡田准一=松山ケンイチ=沢尻エリカ

 その時代のトップ中堅スターが抜擢されてきたことが分かる。
 ソルティがこれまで観たのは78年テレビ版のみで、財前がガンで亡くなる最終回直前に田宮二郎の猟銃自殺があったため、なんだかドラマ(虚構)と日常(現実)の境が溶けるような奇妙な印象が生じ、そうでなくともハマリ役であった田宮=財前が強く脳裏に刻まれた。
 おそらくリアルタイムで78年版を観ていた多くの人も同じであろう。

 田宮二郎が財前を演じた最初にして、今のところ唯一の映画化が本作である。
 やはり素晴らしくハマっている。翳りある冷徹な二枚目ぶりはその後のどの財前も及ぶところではない(と勝手に思っている)。
 俳優だけでなく事業にも手を伸ばした野心家であり、ポスターの名前の序列をめぐって大映とケンカ別れするほどプライドが高く、妻子ある身で山本陽子と浮名を流し、最後は精神を病んで自害に至った田宮二郎の素そのものが、財前五郎というキャラと重なるのである。
 まるで財前五郎を演じるために生まれてきたかのよう。

 本作のラストは、誤診で患者遺族に訴えられた財前が裁判に勝利して、“白い巨塔”のトップに昇り詰め、有名な院内大名行列する場面で終わる。
「あれ、ここで終わり? 財前って最後は死ぬはずでは・・・・?」
 と思ったら、本作が撮られた66年の段階では山崎豊子の原作(65年出版)はここで完結していたのである。
 ところが、読者の反響すなわち「里見が象徴する正義が通らず財前が象徴する悪が勝つこと」への批判が凄かったため、山崎は続編を書くはめになったらしい。
 続編は69年に出版されているので、ソルティが観た78年テレビ版はもちろん、勧善懲悪バージョンだったのだ。
 まあ、そうでなければこれほど何回もドラマ化されないだろう。

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ただいまより財前教授の総回診が始まります

 本作の魅力は、田宮、田村、小川のみならず出演陣の豪華な顔触れと質の高い演技にある。
 東野英治郎、小沢栄太郎、加藤嘉、加藤武、藤村志保、石山健二郎、滝沢修、船越英二・・・・。
 なんとまあ実力派を揃えたことか!
 中でも、財前五郎の義理の父を演じる石山健二郎の「この世のすべては銭でっしゃろ!」の浪花ごうつく親爺ぶりが傑作である。
 この人は黒澤明の『天国と地獄』でも叩き上げのボースン刑事役として得難い個性を発揮していた。
 日本が誇る素晴らしきバイプレイヤーの一人である。
 観客を決して飽きさせない橋本忍の脚本も、『真空地帯』で示した山本薩夫の演出もゆるぎない。

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娘婿の教授拝命を喜び芸者と踊る財前又一(石山健二郎)

 タイトルの「白い巨塔」とは、「封権的な人間関係と特殊な組織で築かれ、一人が動いても微動だにしない非情な」医学界の意である。
 このたびのコロナ禍ではっきりしたように、白い巨塔はウイルス対策のような臨機応変の柔軟な対応を必要とされる事態に滅法弱い。
 利権、既得権、縦割り、派閥(学閥)、ピラミッド型組織、政財界との癒着、身内同士のかばい合い、パワハラ・・・・。
 目に見えないウイルスは、強固につくられ微動だにしない塔の隙間から自在に入り込んで、内側から塔を蝕んでいく。
 今回のコロナ禍になにかしらの益があるとしたら、昔ながらの白い巨塔がいくらかでも風通しのいいものになってくれるところにあると思いたい。



おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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★★    いい退屈しのぎになった
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● ゲバゲバ、ぱぱや! 本:『激動 日本左翼史 学生運動と過激派 1960-1972』(池上彰、佐藤優共著)

2021年講談社現代新書

 前著も面白かったが、今回はそれを上回る面白さと満足感があった。
 一気読みした。 
 
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 面白さの理由は、やはり新左翼の登場。
 ソ連や中国の顔色をうかがい右顧左眄し官僚化した共産党――その様子は大島渚監督『日本の夜と霧』に描かれている――と、学生や労働者らの支持を集めるも平和革命絶対主義を崩さない社会党。そこに颯爽と登場した新たなるエースが新左翼であった。
 この切れる頭と勇猛果敢な精神と抜群の行動力をもつ若きエースが、社会党左派の大人たちの贔屓にあずかり、あり余るエネルギーと時間を持つ全国の学生たちの支持を集め、ベトナム戦争や日米安保延長に反対する世論の波に後押しされて、いっときは檜舞台に躍り出て時代の寵児と輝くも、思想や運動方針の違いからセクト化し、革マル派V.S.中核派に象徴されるように互いに憎み合い暴力団まがいの抗争(内ゲバ)を繰り返すようになり、市民を巻き添えにするゲリラ戦を行い、一転、党や世論に見放され、一般学生が離反し、孤立化していく。
 その先に待っていたのは、連合赤軍による「よど号ハイジャック事件(70年3月)」や「あさま山荘事件(72年2月)」といった世を震撼とさせる残虐非道であった。
 もはや、「世界平和と平等のための共産主義革命」といった文句が、「ポア(殺人)によって相手の魂を浄化させる」というオウム真理教の犯行動機さながらの狂言としか聞こえない。

 一方で、見ようによっては、新左翼は、ずるがしこく保身能力に長けた世間や大人たちに振り回された、純粋で理想主義の若者たちの悲劇という感がしないでもない。
 そこが、映画『アラビアのロレンス』のような栄光と挫折と破滅のドラマを思わせるのである。

 面白さのもう一つは、これまでソルティがあちこちで読んだり聞きかじったりしていた、あるいは記憶の底に埋もれていたこの時代(1960-72)の様々な固有名詞――人名、地名、事件名、流行歌、国際指名手配の写真、社会現象、世界のニュースなど――が、パズルのピースが埋まっていくように一つの絵となり、全体像が浮かび上がってくる快感があったからである。

 一例であるが、ソルティが小学一年の時に『老人と子供のポルカ』(1970年)という歌が流行った。
 左卜全という名の人の良さそうなヨボヨボのお爺さん俳優が、小さな子供たちに囲まれて、やや調子っぱずれなふうに、「やめてけ~れ、ゲバゲバ」と歌う。
 軽快なリズムで歌詞もメロディも覚えやすかったので、幼いソルティは意味も分からずよく口ずさんでいた。
 当時、大橋巨泉と前田武彦の『ゲバゲバ90分』というバラエティ番組が大人気で、火曜の夜にはいつも家族で観ていた。ナンセンスなショートコントやギャグ満載で、今思い返しても質の高いセンスのいい番組であった。
 ソルティは、左卜全と子供たちが『なぜ「ゲバゲバ90分」をそんなに嫌うのだろう?あんなに面白いのに・・・』と幼心に不思議に思ったのである。
 長じてから、ゲバとはゲバルト(ドイツ語 Gewalt 暴力)の略で、ヘルメットをかぶり角材を手にした若者たちのやっていた実力闘争のことだと知り、「左卜全は暴力反対を訴えていたのだ」と知るわけだが、問題はこの曲が発売されヒットした70年という年の意味である。
 1965年に慶応義塾大学から始まった学園紛争が他大学にも広がって、全共闘が結成され、東大闘争や日大闘争(日大の体質ってほんと今も変わっていない!)へと発展していく。と同時に、北爆によって残虐化していったベトナム戦争や70年の日米安保延長に向けて反対世論が高まっていく。
 このあたりは新左翼にとって追い風だった。
 それが69年1月に東大安田講堂が陥落、70年6月に安保条約は自動延長される。
 70年という年は、世間が「もうゲバはいい加減にしてくれ」と新左翼や学生運動家に対して最後通牒を突き付けた頃合いだったのだろう。
 それが「左」という名の76歳の明治生まれのお爺さんの口を借りてだったというのが面白い。
 この世間の声を無視して突き進んだ結果、新左翼は修羅へと転落していった。
 ちなみに、三島由紀夫の自決(自分に対するゲバルト)も70年11月である。

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高知県宿毛市名物・だるま夕日
(令和4年元日友人撮影)


 これら新左翼の運動とその後の日本社会への影響について、佐藤と池上はこう総括(という言葉も左翼用語であるが)している。

●佐藤の言 

 新左翼の本質はロマン主義であるがゆえに、多くの者にとって運動に加わる入り口となったのは、実は思想性などなにもない、単純な正義感や義侠心でした。そのために大学内の人間関係などを軸にした親分・子分関係に引きずられて任侠団体的になり、最後は暴力団の抗争に近づいていった。

 理想だけでは世の中は動かないし、理屈だけで割り切ることもできない。人間には理屈で割り切れないドロドロした部分が絶対にあるのに、それらすべて捨象しても社会は構築しうると考えてしまうこと、そしてその不完全さを自覚できないことが左翼の弱さの根本部分だと思うのです。

 正義感と知的能力に優れた多くの若者たちが必死に取り組んだけれど、その結果として彼らは相互に殺し合い、生き残った者の大半も人生を棒に振った。だから彼らと同形態の異議申し立て運動は今後決して繰り返してはいけない、ということに尽きると思います。

●池上の言
 日本人を「総ノンポリ」化してしまった面は間違いなくあったでしょうね。若い人が政治に口出すことや、政治参加することに対して大変危険なことだというイメージを多くの人が持つようになってしまった。

 80年代初期、ソルティが大学キャンパスの片隅で見かけた二つの勧誘団体――新左翼の残党と原理研。
 頭はいいが孤独で純粋でノンポリな若者たちを惹きつけたのは、いまや後者だったのである。 
 


おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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● 新年一本目 映画:『惜春鳥』(木下惠介監督)

1959年松竹
102分、カラー

 白虎隊で有名な会津若松を舞台に、5人の青年の友情と裏切りと成長を描く青春ドラマである。

 まず何と言っても、昭和30年代の会津若松の自然や町の美しさに目を奪われる。
 木造建築の温泉旅館やアールデコ調のカフェなど、木下監督の美意識がそこここで光る。
 
 5人の青年にはそれぞれ屈託がある。
 牧田康正(津川雅彦)は妾の子であり、母親が経営するカフェでバーテンをしている。
 峰村卓也(小坂一也)は温泉旅館の跡取りであり、父親は浮気相手の寝床で急死した。
 手代木浩三(石濱朗)は貧乏士族の家柄で、組合活動に専心する薄給サラリーマン。
 馬杉彰(山本豊三)は漆塗りの職人の息子で、片方の足を引きずっている。
 岩垣直治(川津祐介)は愛のない家庭に育ち、東京でアルバイトしながら大学生活を送っている。

 それぞれが何かしらの傷を抱えているところで5人の友情は育まれた。

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左から小坂一也、川津祐介、山本豊三、津川雅彦、石濱朗

 自刃した白虎隊の志士への敬愛を胸に固い友情で結ばれていたかに見えた5人だが、成長して就職し、それぞれが世間の波にもまれるようになるにつれ、関係が微妙に変わっていく。
 中でも、東京に行った岩垣はいつの間にか大学をやめて詐欺や泥棒を働くようになっていた。
 そうとは知らず、帰郷した岩垣を温かく迎え、岩垣に頼まれるがまま金を工面してやる4人。とくに仲の良かった馬杉は久しぶりの邂逅を喜び、5人揃ったことで共に剣舞に励んだ昔日に戻ったような気分の高揚を感じていた。

 5人それぞれのキャラクターがしっかりと書き分けられ、かつ演技力ある若い役者らによって演じられているので、見ごたえがある。
 デビュー間もない津川雅彦の華と色気、歌手でもあった小坂一也の感性と見事な歌声、演技派・石濱朗の安定感、山本豊三の愛すべき庶民性、そして顔立ちの可愛らしさと相反する川津祐介の計算された大人の演技。
 それぞれの魅力を引き出す木下演出の肝は、ジャニー喜多川と比すべき炸裂するイケメン愛である。
  
 本作は日本初のゲイ映画とも一部で言われていて、確かに足の悪い馬杉の岩垣に対する思いや態度は、友情を越えた恋情のレベルにある。馬杉がゲイである可能性は高い。
 しかるに、本作のゲイっぽさは話の内容そのものというより、木下の演出にあると見るべきだろう。
 冒頭の川津と小坂の入浴シーン、後半の津川と小坂の入浴シーンなどの演出は、温泉宿で旧交をあたため打ち割った話をするのに共に風呂に入るシーンがあるのは自然な流れとは言え、その自然が自然に収まらず、不自然に達するほどの耽美な雰囲気――ヴィスコンティかデレク・ジャーマンを想起するレベル――を醸し出している。
 つまり確信犯だ。

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津川雅彦と小坂一也の入浴シーン
 
 本作ほど木下惠介が、自分の撮りたいテーマをお気に入りの役者を集めて撮りたいように撮った映画はないんじゃなかろうか。
 5人の役者から見れば大先輩たる佐田啓二と有馬稲子が昔ながらの“心中する男女(芸者と肺病持ち)”を演じてさすがの貫禄を見せてはいるが、物語的には狂言回しに過ぎない。

 令和の現在、5人の個性的な若い男優を集めて、よりBL色鮮明にして再ドラマ化したら受けるんじゃなかろうか?



おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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● 本:『世界は「関係」でできている 美しくも過激な量子論』(カルロ・ロヴェッリ著)

2020年原著刊行
2021年NHK出版(冨永星 訳)

 今回の秩父リトリートに持って行った一冊。
 200ページに満たない小冊子ほどの分量であるが、なにせ量子論である。
 すっきりした頭と心と体で、じっくり時間をかけて集中して読まないと到底読みこなせないと思い、リトリートまで読むのを待っていた。

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 カルロ・ロヴェッリは1956年イタリア生まれの理論物理学者。
 最先端科学の知見を、ソルティのような科学素人にもわかりやすく説き明かしてくれる文学センスに恵まれた書き手で、同じNHK出版から出ている『時間は存在しない』は世界的ベストセラーとなった。(ソルティ未読)
 アインシュタインの相対性理論とハイゼンベルクの量子論との結合を研究目標としているという。
 
 科学音痴のソルティ、とりわけ物理は大の苦手で高校時代はいつも赤点だった。
 それでも量子論に惹かれるのは、量子論が我々の生きる世界のありようについての従来の解釈を決定的に打ち壊し、いわゆるパラダイム変換させるものを含んでいるからにほかならない。
 つまり、ニュートンに代表される古典物理学――人間(科学者)が物質(対象)を客観的に観測し、物質が持っている様々な性質を見極め、また物質間に存在する恒常的な物理法則をつきとめて公式化する――が、どうやら量子の世界では通用しないらしく、現象を解釈するための新たな枠組みが必要とされている。
 その新たな枠組みとして俄然注視を浴びているのが、ほかならぬ仏教なのである。
 ひとりの仏教徒として関心を持たざるを得ない。
 瞑想とウォーキングと脱アルコールと節食とでクリアにした頭をもって二度読みし、なんとかカルロの言葉についていった。
 
 まず、カルロは量子論誕生の背景を語る。
 立役者は23歳のドイツの青年ハイゼンベルク。
 ハイゼンベルクと彼の師であるニールス・ボアとマックス・ボルン、そして同僚のパスクアル・ヨルダンとヴォルフガング・パウリ、これらの面子が量子論誕生の中心となった。
 続いて、イギリスのポール・ディラックや猫のたとえ話で有名なシュレーディンガーが登場する。
 このあたりの記述は、偶然と興奮と驚嘆と激論と感動がついて回る科学的大発見の物語として面白く読める。
 シュレーディンガーが“女ったらし”だったとは知らなかった。

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箱の中の猫は起きているのか、寝ているのか
 
 次に、カルロが描くのはあまりに不可解な量子のふるまい(量子現象)と、それを説明するためにこれまで専門家によって唱えられた解釈の列挙である。 
  • 量子飛躍・・・・量子は一つの軌道から別の軌道に瞬時に飛ぶ
  • 量子干渉・・・・量子を観測しようとしただけで、そのふるまい方が変わる
  • 量子もつれ・・・遠く離れた二つの量子の一方を観測した結果が、もう一方の量子に瞬時に伝わる
 これまでの物理法則では説明しがたい現象をなんとか合理的に説明しようとして、専門家はいくつかの説を編み出した。 
  • 「多世界解釈」理論・・・・この世界は一つでなく、観測と同時に分裂し、無限に存在する
  • 「隠れた変数」理論・・・・我々には決して見えず測定できない波(変数)があって、それが量子に影響を及ぼしている
  • 「自発的収縮」理論・・・・(これは説明を読んでもよくわからなかった)
  • 「QBイズム(認識論的解釈)」・・・・観測する我々の認識にそもそも非合理なものがある(ってことを言っているらしい)
 カルロは上記の解釈をすべて退けて、自説を打ち出す。
 それが本書の核心であり、タイトルの意味するところ、すなわち関係論的解釈である。

 その答えの鍵、とわたしが信じているのは――同時にこの本のさまざまな着想の要でもあるのだが――科学者も測定機器と同じように自然の一部である、という単純な観察だ。そのとき量子論は、自然の一部が別の自然の一部に対してどのように立ち現れるのかを記述する。
 量子論の関係を基盤とする解釈、すなわち関係論的な解釈の核には、この理論が、量子的な対象物のわたしたち(あるいは「観測」という特別なことをする主体)に対する現れ方を記述しているわけではい、という見方がある。この理論は、一つ一つの物理的対象物が、ほか任意の物理的対象物に対してどのように立ち現れるかを記述する。つまり、好き勝手な物理的存在が、別の好き勝手な物理的存在にどう働きかけるかを記述するのだ。

 一つ一つの対象物は、その相互作用のありようそのものである。ほかといっさい相互作用を行なわない対象物、何にも影響を及ぼさず、光も発せず、何も引きつけず、何もはねつけず、何にも触れず、匂いもしない対象物があったとしたら・・・・・その対象物は存在しないに等しい。(中略) わたしたちが知っているこの世界、わたしたちと関係があってわたしたちの興味をそそる世界、わたしたちが「現実」と呼んでいるものは、互いに作用し合う存在の広大な網なのである。そこにはわたしたちも含まれていて、それらの存在は、互いに作用し合うことによって立ち現れる。わたしたちは、この網について論じているのだ。

 量子論は、物理的な世界を確固たる属性を持つ対象物の集まりと捉える視点から、関係の網と捉える視点へとわたしたちを誘う。対象物は、その網の結び目なのである。

 このような解釈を唱えるカルロが、「この奇妙な世界像を理解するための、観念的基盤」を求めていたところ、ぶち当たったのがなんとナーガルジュナ(龍樹)であった。

龍樹(150―250ころ)
インドの最大の仏教学者。原名はナーガルジュナ。南インドの出身。
当時のインド諸思想を学んだのち北インドに赴いて、仏教、とくに新興の大乗仏教思想に通暁して、その基礎づけを果たし、晩年は故郷に帰った。
主著に『中論』『大智度(だいちど)論』その他がある。
『中論』において確立された空(くう)の思想は、彼以後のすべての仏教思想に最大の影響を与えている。すなわち、実体(自性)をたて、実体的な原理を想定しようとするあり方を、この書は徹底的に批判し去り、存在や運動や時間などを含むいっさいのものが、他との依存、相待、相関、相依の関係(縁起)のうえに初めて成立することを明らかにする。
(小学館『日本大百科全書(ニッポニカ)』より抜粋)

 どうだろう?
 まさに関係論的解釈そのものではないか!
 「我意を得たり!」のカルロの驚きと喜びを想像するのは難しくない。

 何ものもそれ自体では存在しないとすると、あらゆるものは別の何かに依存する形で、別の何かとの関係においてのみ存在することになる。ナーガルジュナは、独立した存在があり得ないということを、「空」(シューニャター)という専門用語で表している。

 しかし、テーラワーダ仏教を学ぶ者なら誰もが知っている。
 専売特許はナーガルジュナにない。
 上記の内容は、「諸行無常」「諸法無我」「縁起」「因縁」という言葉をもって2000年以上前にブッダが説き明かしている。
 諸行無常で諸法無我だから「空」なのだ。縁起と因縁が存在の様式なのだ。
 ブッダは『阿含経典』の中で、五蘊――すなわち色(物質)・受(感覚)・想(観念やイメージ)・行(意志や感情や思考)・識(認識)――がどれも無常であり無我であり苦であると明確に語っている。

 五蘊の原理は無我(Anatta)であることを示す。「人間の生命」は様々な構成要素の集まりであり、そしてこれらの構成要素の集まったものも自我ではない。それぞれの構成要素も自我ではない。また、これらの構成要素とは別に自我であるものもありえないことを示す。このように見ると、自我に固執することを止めることができる。
(ポー・オー・パユットー著『仏法』サンガ出版より)

 カルロの量子論は実に仏教そのものである。(ただし、カルロは輪廻転生の類いは信じていないらしい。自身を「ハードコアな唯物論者で自然主義者」と言っている)

 ここにおいてソルティは、「宗教」と「哲学」と「科学」の三者に関する次のような歴史的洞察を披露したいという誘惑に抗しきれない。
 すなわち、
  1. 大昔(たとえば原始社会)において、宗教と哲学と科学は同じ一つのもの(三位一体)であった。(キリスト教原理主義者やイスラム教原理主義者にとってはいまも一つのままである)
  2. 古代ギリシアにおいて、哲学と科学が宗教から独立した。
  3. 中世ヨーロッパでは、宗教(キリスト教)が哲学と科学の上に立った。
  4. ルネサンスから近代を経て、宗教が玉座から転がり落ち(「神は死んだ」by ニーチェ)、哲学と科学が隆盛になった。
  5. 近現代、哲学も袋小路に陥り、科学万能の時代が到来した。
  6. 量子論は、宗教と哲学と科学をふたたび結合させる可能性を示唆している。ただし、その場合の宗教とは仏教である。
 本書においてカルロは、量子現象の関係論的解釈が、人間の発する「問い」の表現を変えてしまう可能性を指摘している。 
 ごく単純なレベルで言えば、問いを発する際の主語が「私( I )」という一人称単数から、「私たち(We)」とか「世界(World)」とか「生きとし生けるもの(All Living Being)」に変わっていくやもしれない。
 環境問題を語るときにすでにそうなっているように・・・・。


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おすすめ度 :★★★

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 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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● 秩父年越しリトリート(後段)

 秩父市内散策の面白さは、やはりレトロ探訪にある。
 江戸時代から続く商家、明治時代のハイカラ建築、大正・昭和初期のアールデコ調店舗、戦前の妓楼や料亭、昭和レトロなアパートや民家などが、混然と立ち並んでいる。
 地盤が固いため関東大震災の被害を受けず、戦災も免れたことが、このような多彩でノスタルジックな街並みを可能にした。

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秩父名物・豚肉味噌漬けの老舗

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煙草屋

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PUB

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工務店

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旧病院

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レストラン

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焼き鳥屋

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 大みそかの午後は西武秩父駅前の祭の湯で禊をし、鍋焼きうどんを食べた。
 宿に帰って瞑想しながら年越し。
 秩父のカウントダウンは、若者の雄叫びも爆竹音もバイクの唸りも、除夜の鐘さえ聞こえない、静かなものであった。 (泊まっていた宿の防音効果によるかもしれない)  
 元日は朝5時に起きて、暗い中を秩父神社へ。
 久しぶりにたくさんの星を見た。
 境内は人少なく、ゆっくりと参拝できた。
 おみくじは「小吉」。
 これは中吉と吉の間(上から3番目)なので、ちょうどいい塩梅かな。 

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秩父神社
酒樽(お神酒)が並ぶ

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秩父神社
特設賽銭箱が置かれている


 そうそう。秩父散策の醍醐味は街角の神仏との出会いもある。
 お寺の境内や路傍に立てられた神仏の像たちの由緒を確かめるのも面白い。

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秩父ガメラ?
妙見様(北斗七星の神格化)のお乗りになる亀の子石である
江戸末期まで秩父神社は妙見様を祀っていたという

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六地蔵
季節ごとに衣替えしている

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う、麗しい!

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七福神(秩父市東町の惣円寺)
昨年末に禍々しい六福神を掲載したら、
この方々に呼ばれ、「訂正せよ!」と言われました・・・


生きとし生けるものが幸せでありますように!















● 秩父年越しリトリート(前段)

 「初詣は秩父神社だ」と思い、年末から元日まで4泊5日の秩父リトリートを行った。
 中3日はいつものように外界との接触をできるだけ断って、瞑想&ウォーキング&読書をしてストイックに過ごした。

 寒さは覚悟していた。
 が、秩父は盆地のため朝夕は確かに冷え込むけれど、風は強くなく、日中は陽が射すと意外と暖かい。
 2時間もウォーキングすると、厚い上着を脱ぎたくなるくらいだった。

 今回は、秩父市街の盆地を形成する二つの丘――西側の長尾根丘陵と東側の羊山丘陵――に登った。

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秩父市いいかげんマップ

 長尾根丘陵は秩父中心街から荒川を渡って急斜面を登る(標高300~450m)。
 尾根沿いに、秩父巡礼23番札所・音楽寺や市民憩いの秩父ミューズパークがある。
 2021年春のリトリート時にソルティがはじめて足を運んだ船をイメージした展望塔からは、武甲山に見守られた秩父盆地の素晴らしい光景を眺めることができる。
 この丘陵のふもとを流れる荒川に沿うようにして、秩父札所20番岩之上堂・21番観音寺・22番童子堂・24番法泉寺が並んでいて、秩父巡礼路の中でも最も眺めがよく、歩きやすく(車道である)、気持ちのいいルートとなっている。(23番音楽寺への登りはなかなかコタえるが)
 2018年にソルティが初の秩父巡礼した時もこの道を辿ったし、その後の秩父リトリートの際も恰好の散歩コースとして利用してきた。

 今回思わぬ発見をした。
 札所21番から22番に向かう車道の途中、右手に「江戸巡礼古道」という標識と矢印があり、住宅地に入っていく細い道がある。
 興味を惹かれてこの道を進んでいったら、道は宅地の奥で行き止まり・・・・と思ったら、雑草生い茂る道ならぬ道があって、「こちらでいいのかな?」という不安を抱きつつ進んだら、すっぽり山の中に入ってしまった。
 あとは踏み跡もさだかでないような竹林や雑木林のもの寂しい登りが続く。
 「蛇が出る季節だったら絶対に進めないな」

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 ところどころ木に結わえ付けられた「巡礼道」と書かれた札だけが頼り。
 傾斜はどんどん険しくなってゆく。
 長尾根丘陵に登るルートであるのは間違いない。
 ようやく平地らしきところに飛び出たら、古い看板があった。

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 なんと、22番・童子堂はもともとここに、長尾根丘陵の山腹にあったのだ。
 かつて、21番を打ち終わった巡礼者は、さきほど標識のあったところから右に進路を取って山道に入り、薄暗い森の中の急斜面を登り、息を整えながら22番を拝んで、さらに山道を登って尾根に達し、尾根沿いに23番・音楽寺に向かったのである。 
 その後(明治末期)、童子堂が今あるところ(丘のふもと)に移ったので、21番から平坦な道をずっと苦労なく行けるようになった。
 もちろん今でも22番を打ち終わったら、23番・音楽堂への登りを避けることはできないけれど、ここは尾根までの車道や舗道がしっかりついているので、山登りという感じはない。
 巡礼は段違いに楽になったのである。

 長尾根丘陵の尾根からは、秩父市街とは丘陵をはさんだ反対側にある小鹿野町や旧吉田村(現・秩父市)、その背後に聳える両神山を見ることができた。
 考えてみると、秩父事件の主役たちは旧吉田村の椋神社にて決起集会を行い、そこから長尾根丘陵を登って尾根上にある音楽寺で鐘を打ち鳴らし、鬨の声を上げ、一気に山を駆け下りて荒川を渡り、秩父神社周辺にあった役所を襲ったわけである。
 その計り知れない脚力と体力と胆力に感嘆する。
 若いって・・・・・。 

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尾根道

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長尾根から望む両神山(1723m)

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23番・音楽寺観音堂と武甲山

長尾根から見た秩父盆地
長尾根丘陵から見た秩父盆地


 今一つの羊山丘陵は、武甲山の山麓を成している高台(標高250~300m)で、西武秩父駅を降りたらすぐ目の前に見える。
 尾根上には芝桜で有名な羊山公園がある。
 丘陵の向こう側は、アニメ映画『心が叫びたがってるんだ。』の舞台として有名になった横瀬町があり、ここもまた秩父札所5番から10番が点在している。
 羊山丘陵からは、秩父市街地の全景とともに、向かいの長尾根丘陵および頭一つ抜けた両神山のノコギリ状の特異な山型を見ることができる。
 他の山と見間違いっこない独特の存在感である。

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羊山公園から武甲山(1304m)を望む

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羊山公園から見た秩父市街(北方面)
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羊山公園から見た秩父市街(南方面)

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長尾根丘陵の上に顔出す両神山

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 両神山は、盆地の底にある秩父市街地からは到底望めないものと思っていたのだが、丘陵を下りながら確認していったら、なんと西武秩父駅の駅前広場からもその山頂を拝むことができた。
 つまり西武秩父駅からは、秩父の両雄たる武甲山と両神山の二つを見てとることができるのだ!
 これは思わぬ発見であった。

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西武秩父駅の左手にほんのちょっと両神山が覗いている


 今年の目標の一つは、武甲山と両神山、この二つの山に登ること。
 「呼ばれている」という実感があった。



● 六福神がやって来る! 漫画:『妖怪ハンター 水の巻』(諸星大二郎作画)

1991~1995年初出
2005年集英社文庫

 令和3年の大いなる収穫の一つは、諸星大二郎と出会ったことだ。
 「今まで縁がなかったけれど、試しに一冊読んでみるか」と手に取った『暗黒神話』でカミナリに打たれたような衝撃を食らい、その後、『自選短編集 彼方より』でギャグや怪談やSFや中国文学ありのテーマの幅広さと作画タッチの多彩ぶりに目を瞠り、安部公房風のシュールな『壁男』ですっかりファンの一人になってしまい、三鷹で開かれたデビュー50周年記念の個展にいそいそと足を運び、ついに満を持して、諸星の代表作&ライフワークたる『妖怪ハンター』に踏み込んだ。
 こうしてみると、ソルティもなかなかの凝り性。 

 古くからの諸星ファンにしてみれば、あまりに遅いデビューは「あんた、目がついている?」と小馬鹿にされそうであるが、これからまだまだ沢山の傑作・怪作・奇作・珍作との出会いが待っている宝の山が目の前にあることを思うと、「手をつけずに残しておいて良かった」と喜びもひとしおである。
 読書に漫画に音楽に映画に山歩き・・・・この5つの趣味があれば、それなりに楽しい老後を生きていけそうな気がする。(それにしても、みんな独りでできるものばかり)


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 『妖怪ハンター』第3弾は、「水の巻」という副題通り、海や淵を舞台とする怪談揃い。
 海と言えば、すべての生き物の母であり、すべてを包み込む(飲み込む)女の比喩である。
 おのずと、「女」が事件の鍵となるような母性的・官能的なストーリーが集まっている。
 女性ヌードやセックスシーンも多い。 
 発表媒体が少年誌でなく青年誌(『ウルトラジャンプ』他)であることが、そのような挑戦を可能にしたのであろう。

 諸星の描く「女」は、実に生々しく、毒々しく、美しい。
 寡聞にしてよく知らぬが、この世代(諸星は1949年生まれの団塊の世代)の男で、ここまで「女」を生々しく描く漫画家がいるだろうか?
 いや、他の世代を見渡しても、すぐには思い浮かばない。
 ジョージ秋山や小島功や上村一夫の描く色っぽい「おんな」や酸いも甘いも知った「おとな」の女性とは違う。
 もっと根源的な生理的なところで生々しく毒々しい。
 なんとなく、諸星大二郎は女性恐怖のところがある(あった)のではないか。

 収録作では、文字通り怪物的な母性愛がほとばしる『産女の来る夜』と、あまりにも不気味で罰当たりな『六福神』が面白かった。
 さすがに、この六福神には初夢に出てきてほしくない。

 良いお年を!

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令和3年の厄を連れていってください!


 


● 若者よ、体を鍛えておけ 映画:『日本の夜と霧』(大島渚監督)

1960年松竹
107分

 封切り4日で公開打ち切りという伝説の映画。
 制作元の松竹は客の不入りを理由としたが、『真説 日本左翼史』の佐藤優の言によれば、「あまりに政治性の強い内容に(松竹が)恐れをなした」云々。
 たしかに、おめでたいはずの結婚式の会場が参列者による口角泡飛ばす政治討論&暴露合戦の場となり、最後は警察(公安?)介入による修羅場と化していくという、現在ではちょっと考えられないようなシチュエーションである。
 「こんな時代があったんだ」「こんなに政治意識の高い若者たちがいたんだ」という驚きと、カットの少ない長回しの多用でナマの舞台のような緊張感を生みだしていく大島監督の手腕にあらためて感嘆した。
 ウィキによれば、カットの少なさは上からの制作中止の声を恐れた大島ができるだけ早く撮影を済ませるための苦肉の策だったとか。
 出演者がセリフをとちったり忘れたりしているのが、かえって臨場感を生んで、若さゆえのもどかしさや不器用さの表現みたいに見えるのが面白い。

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一人だけ優雅な空気をまとっている小山明子(大島渚夫人)
 
 実際に映画が「不入り」だったかどうかは知るところでないが、本作は時代背景(1950~60年)や当時の左翼運動(とくに共産党)の動向を知っていないと、まったくのチンプンカンプンであろう。
 現在の渋谷あたりで歩いている若者をつかまえてこの映画を見せたらどういう感想を持つか、興味深い。(おそらく上映開始10分で寝落ちするか、スマホいじりを始める)
 かくいうソルティも、もし『真説 日本左翼史』を事前に読んでいなかったら、まったく内容や面白さが理解できず、アラン・レネ監督『去年マリエンバードで』のような難解な前衛映画の一種?と勘違いしそうである。
 1950年のコミンフォルム(共産党・労働者党情報局)による日本共産党の平和革命論批判、からの武装闘争路線への転換、からの1955年武装闘争路線の放棄、からの党の方針を批判し離脱した学生らによる新左翼の誕生、からの1960年日米安保改定騒動下の全学連デモ(樺美智子の死)・・・・・という一連の流れと、二転三転する党本部の方針に苛立ちや懐疑を募らせた若者たちの心境を理解してはじめて、本作の深みと面白さが十全に味わえる。
 当時の日本人(あるいは若者)の何割が、この映画を咀嚼できるアタマと見識を持っていたのだろう?
 その意味では、インテリ・ブルジョア映画と言えるかもしれない。

 保守右翼の看板的存在であった津川雅彦が、新左翼の尖った若者を演じているのが興趣深い。 
 池上彰の解説付きで上映会したら面白いだろうなあ。



おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損

 
 
 
 

● 本:『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』(ランサム・グリス著)

2011年原著刊行
2016年潮文庫

 アメリカ発のヤングアダルト・ファンタジー小説。

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 体の中に蜂を飼っている少年、空中浮遊する少女、透明人間、怪力娘、火を自在に操れる美少女、泥人形に命を吹き込むオタク少年、植物を成長させる少女・・・・等々、不思議な力を持つ奇妙なこどもたちが、時間を操ることができるミス・ペレグリンの見守りのもと、1940年9月3日を幾万回もループしながら生きている。
「これ、映画にしたら面白そうだな」と思いながら読んでいたのだが、2016年に映画化されていた。
 監督は、『ビートルジュース』『バットマン』『シザーハンズ』『チャーリーとチョコレート工場』などで知られるファンタジー映画の巨匠・ティム・バートン。
 これは観なくてはなるまい。

 小説としては、主人公の少年ヤコブの祖父が終生抱えていた秘密と数々の奇妙な写真の謎が解き明かされる途中までは良かったのだが、怪物との闘いがメインとなってくる後半が書き急いだように雑な感じで、最後はバタバタと余韻なく終わる。
 金持ちのボンボンであるヤコブの性格もあまり共感持てなかった。
 続編はおそらく、時の扉(過去に作られたループ)を探しながら、こどもたちが持ち前の特異能力を発揮して怪物と闘う――って展開になるのだろうが、読むかどうか迷うところ・・・・。
  



おすすめ度 :★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損

 

● VAMOS!今年一番面白かった映画 :『ぐらんぶるGRAND BLUE』(英勉監督)

2020年日本
107分

 2021年はまだ終わっていないけれど、今年観た84本の映画のベスト10を上げるなら(順不同)

(清水宏監督、1941)
セックスチェック 第二の性(増村保造、1968)
寝ても覚めても(濱口竜介、2018)
クロッシング(キム・テギュン、2008)
パッチギ(井筒和幸、2005)
ボーダー 二つの世界(アリ・アッバシ、2015)
残菊物語(溝口健二、1939)
蜘蛛巣城(黒澤明、1957)※再鑑賞
さらば友よ(ジャン・エルマン、1968)※再鑑賞
ぐらんぶる(英勉、2020)

 単純に一番面白かったのは、この『ぐらんぶる』であった。

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左:滝丈星涼、右:犬飼貴丈

 原作は講談社『good!アフタヌーン』連載中の井上堅二作のギャグ漫画で、2018年にテレビアニメ化されたらしいが、ソルティはまったく知らなかった。
 若い男二人が水中ではしゃいでいるDVDのパッケージを見て、高校の水泳部か水球部かシンクロ部のインターハイに向けての奮闘を描いた青春スポ根ギャクタッチドラマかと思った。
 妻夫木聡主演『ウォ-ターボーイズ』(2001)や林遣都主演『DIVE』(2008)のような。
 
 美しい南の島での楽しいキャンパスライフを期待してやって来た青年・北原伊織(竜星涼)。
 叔父さんが経営するお洒落なショップ「GRAND BLUE」兼下宿先に到着したら、そこで出会ったのは夢に見た美少女。

 ――とここまでは『めぞん一刻』型の青年コミックお決まりの出だし。
 と、いきなり物語は異次元へワープする。
 伊織の衆人環視の全裸シーンが延々と続き、そこにもう一人の主役・今村耕平(犬飼貴丈)の全裸も加わり、いったいこのイケメンヌード2乗の「ウホッ!」感はなに??
 あっけにとられて見ていると、タイムスリップ物のSFドラマのような様相を帯びてくる。
 このドラマはいったい???
 ちなみに竜星涼は仮面ライダーシリーズの、犬飼貴丈はスーパー戦隊シリーズのヒーローを務めた人気沸騰中の俳優である。
 
 結局、叔父さんはスキューバダイビング店を経営しており、タイムスリップ(タイム・ストリップ?)と思ったのは、地元のダイビングチーム Peek a Boo(ピーカブー)所属の屈強な男たちの歓迎の儀式(=悪戯)と分かるのだが、この奇想天外な激しいプロローグにすっかり掴まれた。
 その後も、ボリウッド映画つまりインド映画のような「いきなりみんなで激しく踊り狂う」シーン(しかも裸の男どもがお立ち台に乗って!)が頻発したり、ふだん真面目な役の多い髙嶋政宏が紫のパンツ一つでとんでもない弾けっぷりを見せてくれたり、とにかくこちらの予想を超える奇抜なシーンの連続に度肝を抜かれた。
 むろん面白い原作あってのことだが、英勉監督のギャグセンスの素晴らしさは紛うことなし。

 本映画の最大の爆笑ポイントは、「VAMOS!」という謎の掛け声とともに始まる、郷ひろみ「GOLDFINGER '99」とオールブッラクスのハカ踊りを掛け合わせたようなダンス&ミュージックであるが、これは原作にはなく映画オリジナルの演出という。

 この映画及び高嶋政宏の怪演ぶりは、おそらくカルト映画として熱狂的なファンの間で語り続けられることであろう。
 畏れ入った。

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「ごちそうさま」


P.S. 1 VAMOS!とはスペイン語で「行くぞ!」の意。




おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損




● フェルマータ or 増えるまぁた? :ベートーヴェン第九演奏会(日本フィルハーモニー交響楽団)

日時 2021年12月22日(水)19時~
会場 東京芸術劇場(池袋)
曲目
  • J.S.バッハ : 甘き喜びのうちにBWV729
  • J.S.バッハ : カンタータ《神の時こそいと良き時》BWV106より第1曲「ソナティーナ」
  • J.S.バッハ : トッカータとフーガ ニ短調 BWV565
  • ベートーヴェン : 交響曲第9番《合唱》ニ短調
指揮 小林研一郎
合唱 東京音楽大学
ソリスト
 オルガン:石丸由佳
 ソプラノ:市原愛
 アルト:山下牧子
 テノール:錦織健
 バリトン:青戸知


 2年ぶりの《第九》。
 前回(2019年12月)はコロナの「コ」の字もなかった。
 骨折手術後の松葉杖姿で何とか会場まで辿りつけた「喜び」でいっぱいだった。

 今年はあちこちで《第九》演奏会が復活しているが、嵐の前の静けさならぬ、オミクロン爆発前のフェルマータ(休止)といった印象で、演奏する方も聴きに行く方もどこかおずおずと遠慮がちで、歳末の華やぎはまだまだ薄い。
 本日の合唱隊もみなマスクを着けたまま歌っていた。

フェルマータ【 fermata 】
〈休止〉〈停止〉を原義とする西洋音楽の用語。イタリア語では記号の形状からコロナcoronaともいう。大別して(1)正規の拍節が停止されて音符や休符が延長されること(延長記号)、(2)曲の区切りや終止、の二つの意味がある。(1)の意味では、音符や休符の上に置かれてその音価を任意に長くする。しかし、とくに長い休符に付される場合には、必ずしも延長を意味せず、適当な長さの休みを漠然と要求している。(平凡社『世界大百科事典 』第2版より抜粋)


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フェルマータまたはコロナマーク


 コバケンの《第九》と言えば「情熱」という形容詞が定番なのであるが、今回は第一楽章から予想に反していた。

 流麗で繊細で優しい!

 「こんな優しい第一楽章は聴いたことがない」と思っていたら、そのまま、第2楽章も第3楽章も、合唱付きの第4楽章も、流麗で繊細で優しい!
 情熱とか湧き上がる歓喜といった激しさは影をひそめ、ひたすら曲そのものが持つ美しさの展開に力点が置かれていたように感じた。

 コバケンから「情熱が消失した、手を抜いている」というのではない。
 これはむしろ枯淡の境地というやつではなかろうか。
 楽譜に対する圧倒的に繊細な読みはそのままに、夢見るようなメロディをその指の先から紡ぎ出していた。
 それはベタな言葉で言えば「癒し」。
 
 ここ最近の巷のニュース――東京の列車内で起きた傷害事件、大阪のクリニックの放火事件、神田沙也加の転落死、各地の地震や火山の噴火、もちろんオミクロン株の不気味な広がり――に触れて、なんだか不穏な気配を感じて気分が塞ぎがちになっているのは、ソルティだけではあるまい。
 自然の乱れに呼応するように、人心も乱れている。
 2年に亘ろうとする自粛とソーシャル・ディスタンスとマスク着用のおかげで、人と人との触れ合いが減って、町の風景からさりげない声がけやあたたかい笑顔が消えてしまった。
 そのことが、孤独や人間不信や絶望を深め、人々の生きる気力を萎えさせていく。

 たとえば、列車内や店内での見知らぬ人からの「ありがとう」とか「大丈夫ですか?」といったほんの一言、自分に向けられた店員や子供の笑顔、セクハラではないちょっとしたスキンシップ――そんなちょっとしたことが実はとても大事だったと気づかされたのが、このコロナ禍ではなかったろうか。
 ソルティも松葉杖を使っていたとき、そうした小さな心遣いにどれだけ助けられ、感謝したことか!
 
 いま社会に必要なのは「情熱」ではない。
 お互いへの小さな「優しさ」とそれを示す「勇気」だ。
 今回のコバケン×日フィルの《第九》はそんなことを伝えているように感じたし、客席もそのメッセージを十分受け取っていたように感じた。

 
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東京芸術劇場前のXmasイルミネーション








● 本:『真説 日本左翼史』(池上彰、佐藤優共著)

2021年講談社現代新書

 左翼の歴史について大まかなところを学びたいなあと思っていたら、恰好な本が出た。
 『宗教の現在地 資本主義、暴力、生命、国家』(角川新書)で相性の良さを証明した池上&佐藤の博学コンビによる戦後左派(1945-1960)についての対談である。

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 今回も、池上の見事な手綱さばきに身をまかせるかたちで、青春時代に日本社会党を支える日本社会主義青年同盟(社青同)に属し、その後外務官僚となってロシア外交の主任分析官として活躍した佐藤優が、広い見聞と鋭い分析をもとにトリビアな知識もたっぷり、日本左翼史を概観する。
 佐藤の話が脱線したり拡散しそうなところで池上が本流に戻し、そこまでに出てきた概念を整理し、前後の脈絡をつけて、一つの歴史に編み上げていく。
 テレビ現場で鍛えた池上の編集力はさすがというほかない。
 「説」ではなく「説」と銘打っているところに、二人の自信のほどが伺える。

 革マル派、中核派、新左翼、セクト、ブント、樺美智子、重信房子、よど号ハイジャック、浅沼稲次郎刺殺・・・・・。

 折に触れていろいろなところで見聞きしてきたこれらの単語が、いったいどういった意味を持つのか、どういう影響を日本社会にもたらしたのか、ソルティはよく知らなかったし、率直に言ってあまり興味もなかった。
 戦後の左翼運動に一つの決着をつけたと言われる1972年の連合赤軍あさま山荘事件の時はまだ物の道理も分からない子供であったし、大学に入学してキャンパスの片隅で拡声器を手に演説やビラ巻きをしている活動家を見たときは“時代遅れ感”しか覚えなかった。別の一角で勧誘活動していた原理研(統一教会の学生組織)との区別もつかなかった。
 ソルティは他の多くの同世代同様に、ノンポリだったのである。

 その後、1989年のベルリンの壁崩壊や東欧諸国の民主化、とどめに91年のソ連消滅があって、「社会主義は終わった」という実感を持った。
 多くの日本人がそうであったろう。

 といって、「資本主義の勝利」とか「資本主義こそ正しい」と単純に思ったわけではない。
 利益追求、弱肉強食の資本主義は、何の規制も倫理もなければ、格差の増大や環境破壊や弱者の人権蹂躙などのゆゆしき問題を生むのは目に見えている。
 対抗概念としての社会主義が終わった今、「世界はどうなってしまうんだろう?」という懸念を持った。
 そのあたりから(30歳前後)ソルティは左傾化し、市民活動や人権支援などの運動に関わり始めたのである。

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ベルリンの壁


 本対談を通じて、日本の近現代史を「左派の視点」から捉え直す作業をしようと思った理由として、佐藤は次のように語っている。

佐藤 まず一つ目の理由として、私は「左翼の時代」がまもなく到来し、その際には「左派から見た歴史観」が激動の時代を生き抜くための道標の役割を果たすはずだと考えているからです。

 格差や貧困といった社会矛盾の深刻化(とくにコロナ以降)、アメリカに典型的にみられる民主主義の機能不全、北朝鮮や中国との戦争の危機・・・・。
 こうした脅威に対処するには、「格差の是正、貧困の解消、反戦平和、戦力の保持」といった問題で議論を積み重ねてきた左翼の論点が重要となるというのである。

佐藤 第二の理由は、左翼というものを理解していないと、今の日本共産党の思想や動向を正しく解釈できず、彼らの思想に取り込まれる危険があるということです。

 そう、今や旧社会党の末裔たる社民党は風前の灯火、一度は政権を奪った民主党の衣鉢を受け継ぐ立憲民主党も前回の選挙では票が伸びず、党首交代の憂き目を見ている。
 左派野党では共産党だけが元気なようで、昨今では格差社会に憤る若者の支持も増えていると聞く。
 ソルティも実は前回の比例区では共産党に入れたのだが、別に共産党を支持しているわけでも社会主義や共産主義を信奉しているわけでもない。
 右傾化(とくに安倍元首相周辺)の重しが増えて天秤のバランスが悪くなるのを防ぐために、反対側の皿に重しを置いているのだ。(たぶん、今のソルティの政治的位置は、左翼席の一番右あたりだろう。本書によれば「右派左翼=社会民主主義者」か)
 ソ連崩壊後の、かつ今の中国の実態を目の前にしての、日本共産党の位置づけというのがソルティには正直良く分からない。 

 実を言えば、共産党と旧社会党の区別も関係性もよく分かっていなかった。
 共産党が一番左、その右隣が旧社会党となんとなく思っていたのだが――というのも社会主義は共産主義に至る前段階と学校で習っていたから――本書によればそう事は単純ではないらしく、共産党より社会党のほうが過激な時代もあったという。(新左翼と言われる革マル派や中核派は、共産党より社会党左派とシンパシー感じていたとか)
  
 本書の帯には「左翼の歴史は日本の近現代史そのものである」と書いてある。
 戦後の日本人が出発点において、「もう二度と戦争はごめんだ!」、「国家主義や全体主義はいやだ!」、「飢えはもうたくさんだ!」というところから始まったことを思えば、大衆の中で社会主義に期待する声が高まったのも十分うなづける。
 ソ連の失敗はまだ表沙汰になっていなかったし、現在の中国や北朝鮮のありさまなど想像できるわけなかったろうし・・・・。
 日本の近現代の政体は、左に触れていた針がだんだんと中心に戻って、中心を過ぎて右に傾いてきた――っていう感じだろうか。

 それにしても、平和と平等の理想社会を目指した社会主義者や共産主義者たちが、思想や手段の違いから内部分裂を繰り返し、互いを批判し、内ゲバに至るありさまを読んでいると、結局、男というものは「自分のほうが上だ」のマウンティング体質から抜けきれないのだなあ、と慨嘆せざるをえない。
 猿山の猿か。
 これには右も左も関係ない。
 思想や理念の前にジェンダーの問題だ。

 日本でほぼ死語になっている社会主義(socialism)という言葉が、ヨーロッパのみならず伝統的に社会主義に対する抵抗感の強い米国においても、最近、頻繁に用いられるようになっている。日本でも近未来に社会主義の価値が、肯定的文脈で見直されることになると思う。
 その際に重要なのは、歴史に学び、過去の過ちを繰り返さないように努力することだ。日本における社会主義の歴史を捉える場合、共産党、社会党、新左翼の全体に目配りをして、その功罪を明らかにすることが重要だと私は考えている。
(佐藤優による「おわりに」より)

 次の対談では、学園紛争、70年安保闘争、あさま山荘事件などが語られる予定。
 発行が楽しみ。




おすすめ度 :★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損


● ノンポリ作家? 漫画:『妖怪ハンター 天の巻』(諸星大二郎作画)

1985~1993年初出
2005年集英社文庫

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 『妖怪ハンター 地の巻』に続いて購読。

 古事記や日本書紀、民話(瓜子姫、花咲爺)、怪談『番町皿屋敷』、童謡『通りゃんせ』に材を取ったストーリー性の濃い中編が収録されている。
 一方、ジャンボ旅客機の墜落事故(『花咲爺論序説』)やパナウェーヴ研究所を連想させる白衣の女性教祖率いるカルト集団(『天孫降臨』)など、時事ネタっぽいのを取り入れてリアリティと興趣を担保しているのはさすが。
 もっとも、1985年の日航機123便墜落事故はともかく、統一教会やオウム真理教やパナウェーヴ研究所がマスコミで騒がれたのは上記の作品発表よりあとのことである。
 諸星が時代の空気を鋭敏に嗅ぎつけている証拠であろう。
 
 その意味で、諸星作品に特徴的と思えるのは、時事的テーマを扱うことがあっても、またそうでなくても、作品を通じて社会問題を提起するとか倫理を問いただすというような気配がまったく見られない点である。
 上記の場合で言えば、大手の飛行機会社の杜撰な管理体制を暴くこともないし、カルト教団の危険性を読者に訴える意図も感じられない。
 時事ネタは単なる物語のきっかけとして周縁的に扱われるだけであって、そこから社会批判なり政治批判なり文明批判なりが引き出されることがない。
 
 これは、民俗学や歴史学の該博な知識をもとにオカルト漫画を描く、諸星大二郎の直系ともいえる後輩漫画家・永久保貴一の場合とくらべると分かりやすい。
 永久保作品では、民俗学や歴史などに材を取り、そこにオカルティックな味付けや霊能力や呪術などのサイコキネスを駆使できる人物を登場させ、勧善懲悪のエンターテインメントを創り上げる。
 しかもそればかりでなく、何かしらの社会問題性が余韻として残るものが多い。
 たとえば、反戦、環境問題、小児虐待、差別、政治の腐敗といったような・・・。
 もっともわかりやすい例は『カルラ舞う!』であろうか。
 物語を単なる勧善懲悪に終わらせない、悪役が単なる悪役のままで成敗されない、深みのようなものがある。
 人間社会の構造悪を描いている――とでも言おうか。
 
 それに比べると、諸星の徹底した非・社会問題性は不可解な気がするのだ。
 彼が1949年生まれの団塊の世代であることを考えると、なおさらに。
 団塊の世代でも、全共闘つまり学園紛争に関わったのは大学進学組の15%弱のエリートであったので、団塊の世代=政治意識が高いとするのは性急に過ぎるのだろうか。
 諸星は、高校卒業後進学せずに公務員になったというから、いわゆるノンポリだったのかもしれない。
 
 別に、作家はもっと社会問題に目を向けるべきとか、諸星作品より永久保作品のほうが上等だとか、そんなことを言うつもりはまったくないし、作家にはそれぞれの関心やスタイルがあるのが当然で「諸星は諸星で十分すぎるほど偉大」なのは間違いないのだが、不思議と言えば不思議・・・・・。

 収録品の中では『天神さま』が一番の傑作。




おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損

 
 
 

 

● 北斎・広重・裕次郎 仙元山(189m、神奈川県葉山町)

 海の向こうに富士山を望む“北斎・広重な”景色が見たいと思い、はじめは房総半島を考えていたが、自宅からの日帰りはなかなか厳しい。
 横浜から京急を使って三浦半島を訪ねることにした。
 前夜の烈風と今年一番の朝の冷え込みに出発前は怖じていたが、日中は風はやさしく陽射しは暖かかく、絶好のハイキング日和であった。
 上も下も念を入れて厚着したせいで、30分も歩けばうっすらと汗をかいた。

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葉山教会下にあるマップ


登山日 2021年12月18日(土)
天気  晴れ(最低気温2.7度、最高気温8.9度)
行程
09:40 京浜急行・逗子葉山駅
    歩行開始
10:20 葉山教会
10:30 仙元山
    昼食休憩(60分stay)
12:20 189mピーク
13:15 葉山教会下
13:30 森戸海岸・森戸神社
15:40 逗子葉山駅
    歩行終了
所要時間 6時間(歩行4時間+休憩2時間)
最大標高差 180m


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京急・逗子葉山駅(北口)
目の前に逗子市役所がある

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亀岡八幡宮もある
土地の神に挨拶し登山の無事を祈る
これ、大事

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このあたりは土地の起伏が激しい
∴トンネルが多い
四国遍路を思い出すなあ~
 
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葉山教会下
ここからいきなりの急登(心臓破りの坂として知られる)

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葉山教会(プロテスタント)
歌に出てくるような丘の上の教会
建物左手から山道が始まる

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ひと登りで仙元山の頂上に
立派なビャクシン(イブキ)の威風があたりを払う
ちょっと早いがここで昼食
絶景をオカズに・・・

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葉山町、相模湾をはさみ伊豆半島と富士山を望む

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富士山の右手に七里ガ浜と江の島

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富士山の左手に続くは “伊豆のや~ま やァ~ま”

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海岸べりに森戸海岸、森戸神社の杜が見える

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俗に「ナポリを見て死ね」と言うが、この景色はナポリ以上
ナポリ湾とヴェスヴィオをこの目で見たソルティが保証する

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心臓破りの階段を上って本日のピーク(189m)

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ここからも富士山が見えた

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伊豆大島も見えた

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照葉樹の気持ち良い尾根を下る

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江の島の見える坂道を下る

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森戸海岸に到着

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ここが慎太郎・裕次郎が遊んだ『太陽の季節』や『狂った果実』の舞台

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葉山の御用邸はもう少し半島の先にある

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森戸神社
治承4年(1180年)源頼朝によって建てられた
祭神は大山祗命(おおやまつみのみこと)、 事代主命(ことしろぬしのみこと)

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別荘や分譲マンションが立ち並ぶセレブな海岸
砂浜には散歩する人、ジョギングする人、貸しボートに乗る人、
犬と遊ぶ人、寝っ転がって日光浴する人、ただ海を見る人

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トンビの姿と鳴き声が目立つ
ピ~ヒョロヒョロ
うららかだ

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駅へ戻る途中で見かけたクッキーの自販機

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JR逗子駅
立憲民主党が街頭演説をやっていた。
もらったビラに書いてあったのだが、米在住の男が最近逗子市に10億円を寄付した。
なんでも、若い時に逗子市から支援を受けて大学に行けたことに対するお礼だとか。
逗子市はそれで基金を作り、若者支援に使うらしい。
いい話だ。

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逗子葉山駅(南口)に戻る


 今回、休憩をはさみながら都合4時間歩いた。
 やはり、3時間を超えたあたりから骨折した左足のかかと周囲の筋に痛みが生じる。
 まだ歩き方に変な癖が残っているようだ。
 もっと足先を鍛えて筋力および柔軟性を身につけないと、秩父武甲山(1304m)にも両神山(1723m)にも登れないな。
 再度の四国遍路も難しいな(やるつもりか!)

 山と海と絶景の素晴らしいコースであった。


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駅構内のお蕎麦屋さんで天玉そばをいただく
(高知県土佐清水の宗谷節を使ったダシが美味) 


 































● 崖の上のなぎさ TVドラマ:『横溝正史シリーズ 女王蜂』(富本壮吉演出)

1978年毎日放送
各55分×3回

 京マチ子の演技が素晴らしかった『犬神家の一族』に続き、同じシリーズの『女王蜂』を40数年ぶりに再見。
 演出の富本壮吉は三島由紀夫原作の『獣の戯れ』(1964年)を撮っている。
 むろん、金田一耕助は古谷一行である。
 
 本作は推理ドラマとしては凡庸なのだが、伊豆沖の孤島に住む源頼朝の血を引く美しき令嬢・大道寺智子に魅せられた男たちが、女王蜂に群がる雄蜂のごとく無残に命を奪われていく。しかも、謎解明のカギは20年前に起きた智子の父親の死にあるらしい――という大時代にしてドラマチックな設定が読者や視聴者の興味を引く。
 2度の映画化、5度のTVドラマ化がその証拠である。
 
 ソルティの一番の関心は、女王蜂と名指されるほどの絶世のカリスマ美女・智子をどの若手女優が演じるか、そして智子の家庭教師で本ドラマの影の主役たる神尾秀子をどの芝居達者な女優が演じるか、という点に尽きる。
 これまでの7作のカップリング(智子―神尾)は以下のごとし。

 1952年映画  久慈あさみ―荒川さつき
 1978年映画  中井貴恵―岸惠子
 1978年テレビ 片平なぎさ―岡田茉莉子
 1990年テレビ 井森美幸―小川知子
 1994年テレビ 墨田ユキ―沢田亜矢子
 1998年テレビ 川越美和―池上季実子
 2006年テレビ 栗山千明―手塚里美
 
 個人的には、智子役のベストは栗山千明、神尾役のベストは岸恵子なのであるが、両者揃って及第点と思えるのは、この1978年テレビ版ということになる。(ただし、1952年版は観ていないし、女優のことも知らない) 
 当時デビュー間もない19歳の片平なぎさのはち切れんばかりの若さと匂い立つような美しさは眼福もの。
 子どもの頃リアルタイムで見た時は、「絶世の美女ってほどじゃないじゃん」と辛らつな見方をしていたが、40年以上経た今見ると、「これなら周囲の男たちが浮足立つのも無理ないなあ」と素直に思える。
 つまり、片平なぎさはデビュー当初、年下や同年代の男の子向けのアイドルとして売り出したけれど、それは戦略ミスであって(思ったほど売れなかった)、実際のところは川島なお美同様の中年キラー、オジサマ受けするタレントだったのである。
 だから、後年になって中高年視聴者が多い2時間ドラマの女王足りえたわけである。
 19の彼女を「ぬあんて可愛いんだ!」と思うソルティもすっかりオジサマになった。

 2時間ドラマ絡みで言えば、本作の冒頭とラストシーンの舞台は、海に浮かぶ月琴島の断崖絶壁の上である。
 なぎさの崖ストーリーはここから始まっていた。

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左から、片平なぎさ、長門勇、古谷一行

 子供の頃は玩味するすべを持たなかった大人の役者の魅力も、40年経た今ようやく味わえるようになって、脇をつとめるベテランの上手さというのに新鮮な驚きを覚えた。
 日和警部役の長門勇と山下巡査役の三谷昇のコミカルな味、岡田茉莉子のグレタ・ガルボばりの目の演技、新劇で鍛えた南美江の安定感と発声の見事さ、時代劇などの悪役(「おぬしも悪よなあ~」)でならした川合伸旺の凄み、神山繁のダンディな渋さ・・・・・昭和の俳優ってやっぱり素晴らしい。

 だいたいテレビドラマの最盛期は70~80年代にあると思うのだが、当時、各映画会社の撮影所で育てられドラマづくりのノウハウを一から学んだ役者や演出家やスタッフらが映画業界の斜陽と共にテレビ業界に入り込んで、一線で活躍していた。
 映画と比べてテレビは馬鹿にされていたけれど、それでも令和の現在のテレビドラマと比べたら、役者の演技も演出も美術も撮影も音楽も、質の差は歴然。
 本作に横溢する70年代日本の空気が妙に懐かしいのは、ソルティの懐古趣味ばかりでなく、失われたアートに対する哀惜なのだ。

 それにつけても、予告された殺人を阻止するために大道寺家にやって来た金田一耕助の目の前で、5人の男が殺され、1人が自害し、当人も頭を殴られ大事な鍵を盗まれるという体たらく。
 今さらではあるが、名探偵ではないよな・・・・。

 
 
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