ソルティはかた、かく語りき

首都圏に住まうオス猫ブロガー。 還暦まで生きて、もはやバケ猫化している。 本を読み、映画を観て、音楽を聴いて、神社仏閣に詣で、 旅に出て、山に登って、瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

● なんなら、奈良32(奈良大学通信教育日乗) 日本史の復習

 文化財学購読Ⅱのスクーリングで藤原京の広大な跡地に立った時、「こりゃあ、日本史をやり直さないといかん」と痛感した。
 古代史における藤原京の占める比重が、知らないうちに爆上がりしていた。

藤原京跡
藤原京跡
右手に耳成山を望む

 考えてみれば、40年以上前の大学入試で日本史を勉強して以降、日本史を学ぶ機会を持たなかった。
 時代劇や戦国物のドラマやゲームには関心なかったし、NHK大河ドラマも初回から最終回まで通して視聴したのは、佐久間良子がねねを、西田敏行が秀吉を演じた1981年『おんな太閤記』が最後で、それ以降は追っていなかった。(2022年『鎌倉殿の13人』からは毎回視聴している)
 ある時代の特定のテーマについて、あるいは特定の人物について、興味を持ち歴史関連本を読むことはあったが、日本史を通して復習することはなかった。
 そのため、この40年間で日本史教科書の記述がずいぶん変化していることに疎かった。
 当然、新たな発見や研究成果によって、40年前に身につけた知識は古くなっていたのである。
 一番驚いたのは、鎌倉幕府の成立年が1192年から1185年に変わっていたことだろうか。

源頼朝肖像

 これでは、せっかく奈良大学で過去の文化財や文学や出来事について学んでも、新しい酒を古い革袋に入れるがごとく、とんだ勘違いをしかねない。
 とり急ぎ、大きく変わった点についてのみ、吉川弘文館発行『ここまで変わった日本史教科書』でさらった。

DSCN8292
秩父武甲山

 このゴールデンウィークは秩父でリトリートした。
 毎度の読書や瞑想や散策に加え、一日のうち数時間を日本史の復習に当てようと思い、受験生時代にお世話になった山川出版の日本史教科書を購入し、持って行った。
 社会人のためにとくに編纂された2017年発行のテキストである。
 ただ読むだけではなかなか身につかないと思い、簡単な入試用の問題集も用意した。
 頭にハチマキの受験生に戻った気分で机に向かい、疲れたら初夏の秩父を歩いて、目と頭を休ませた。

IMG_20260503_223805

IMG_20260503_223902

 たしかに、いろいろ変わっていた。
 隔世の感ってやつ。
 が、むしろ、忘れてしまったことのあまりの多さにあきれた。
 とくにソルティの場合、鎌倉時代の後半あたりからの記憶がおぼろで、楠木正成がどういう人物か、応仁の乱の原因は何だったか、江戸時代の三大改革は何か、明治以降の主な首相の名前と事績など、イチから学び直すことばかりであった。
 これで文化財歴史学科の学生とは、お恥ずかしい・・・・。

 一般に、社会人学生が現役の学生にかなわないところは、まさにこの点であろう。
 現役学生諸君は、高校の授業と受験勉強で学習したばかりの最先端の知識を土壌にして、大学ではそこに新たな種を捲けるのだから。
 WINDOWSだってヴァージョンアップしなければ、新しいソフトは読み込めない。
 40年前のOSではどうしようもない。
 
DSCN8300


DSCN8305

 今回新たな目で日本史教科書を読んで、ハタと気づいたことがあった。
 40年前の学生時代は、日本史を「自分とは関係ない“他人事”」のように読んでいた。
 今現在(10代の)自分がいる地点=昭和50年代の日本と、そこで習っている過去数千年の日本の歴史とが、断絶している二つのもののように見えていた。
 それはおそらく、歴史の勉強を“試験のために”仕方なくやっている――人名や年号などを暗記するのが最優先――というスタンスだったためだろう。
 “現在”との関係で歴史を見るという学び方ができなかったのだ。 

 が、理由はそれだけではない。
 自分のいる昭和50年代の日本が、“出来あがった社会”に思えていた。
 平和で、豊かで、治安が良くて、大人たちはみな懸命に働き、子供たちはみな学校で学び、おおむね判で押したような規則正しい一日や一年が繰り返され、学校卒業後の人生のルートも生まれや学歴であらかた決まってしまうように思えた。
 空前の景気に日本中が浮かれたバブルの頃などは、リッチでイケイケの日本がこのまま永遠に続くものと思われた。
 ロッキード事件やリクルート事件に代表されるような政財界の腐敗や自民党内の派閥争いはあるものの、日本史の授業で学ぶような大きな内乱や対外戦争や極端な貧困や差別や独裁政権はすでに文字通り過去の話で、ある種の“達成”が果たされた地点に自分たちがいるものと感じられた。

 その思いに拍車をかけたのが、1989年に起こったベルリンの壁崩壊や中国天安門事件、91年のソ連解体とそれに続いて起こった東欧社会主義国の民主化である。
 それは、自由主義経済と国民主権を楯の両面とする「リベラルな民主主義」の勝利宣言と映った。
 いわゆる、歴史は終わった

DSCN8304

 それが間違いであったことを、2000年以降の国内および国外の状況は知らしめている。
 金一族の独裁下にある北朝鮮はともかくとして、誰が、現在の中国やロシアやイスラエルやアメリカ!の姿を思い描けただろうか。
 誰が、西欧諸国のナショナリズム(自国ファースト)と排外主義の高まりを予知しえただろうか。
 誰が、憲法9条や基本的人権の改悪を臆面もなく訴えるリーダーを、日本国民の多くが支持する日が来ることを予想し得ただろうか!
 “歴史の終わり”など幻想もいいところだった。
 それをして「お花畑に住んでいた」と言うなら、まさにその通りであろう。

DSCN8269

 今回、日本史の教科書を読んでいて最もヴィヴィッドに感じたのは、明治維新による近代化からアジア・太平洋戦争に至るまでの歴史の流れが、敗戦後のGHQによる民主化(日本改造)から令和現在に至るまでの流れと、よく似ている点であった。
 外圧による徹底的な欧化の洗礼を受けて、国を挙げて「脱亜入欧」に取り組んできた日本。
 変わり身の早さと言えば聞こえはいいが、あたかも過剰適応したアダルトチルドレンのように欧米に追従し、どこかに無理が蓄積されていた。
 そのバックラッシュとしての国粋主義の高まりが、やがて社会全体の右傾化へとつながっていく。
 この流れが、明治維新後と太平洋戦争後とで二重写しのように思われたのである。
 すなわち、
  • 黒船=マッカーサー
  • 近代化=民主化
  • 列強の仲間入り=GNP2位の経済大国への成長
  • 第1次世界大戦後の好景気=バブル景気
  • 大正デモクラシー=フェミニズムをはじめとするマイノリティ運動
  • 1920年代の金融恐慌=バブル崩壊からの不況
というように。
 いまはちょうど、国外では国際連盟成立後の国際協調が行き詰まりを見せ、国内では政党内閣にかげりが見え始める頃合い、昭和初め頃の空気感だろうか。
 いみじくもタモリが「新しい戦前」と言ったのも頷ける。
 歴史は繰り返す。 

DSCN8311

 昭和6年、“軍部の独走”による柳条事件(かつて柳条事件と習った)が勃発、満州事変へと拡大し、2・26事件を経て、日本は日中戦争の泥沼へとはまり込んでいく。
 この“軍部の独走”というのが、40年前に近現代史を習った時の決まり文句だった。
 独走する軍部をだれも止められなかった。悪いのは軍部だ、と。
 しかるに、最新の教科書では次のような記述がほどこされていた。

かねてから“満蒙の危機”を国民に強くうったえていた多くの有力新聞は、満州事変がおこるといっせいに日本軍の行動をたたえる記事や写真で紙面をうめつくした。このようなジャーナリズムの活動をつうじて、満州事変における軍事行動を全面的に支持する熱狂的な世論がつくりだされた。若槻内閣の不拡大方針は失敗し、軍部をおさえることができないまま、1931(昭和6)年12月、内閣総辞職に追いこまれた。(P.321)

 軍部の独走は確かにあったが、政府はそれをおさえ込もうとしていた。
 それができなかったのは、好戦的なマスメディアのキャンペーンであり、それに乗せられた圧倒的な国民の声だったのである。
 大正14年に成立した普通選挙法(25歳以上の男子すべてに選挙権を付与)により、時の内閣を選ぶ権利が国民に存した以上、戦争責任の大半は国民にあったと言うべきだろう。
 そこもまた、令和の現在と変わりない。
 ソルティが、現首相の支持率70%というマスコミ報道を憂慮せざるを得ない所以である。

DSCN8309

















  

● 伊藤若冲「動植綵絵」 PART2 @トーハク

 前回の15幅に続き、残り15幅を観に行った。
 大型連休中とは言え、平日だったので、ゆっくり観ることができた。

KIMG0068
東京国立博物館 表慶館

 KIMG0048

DSCN8332
今回は外国人客が目立った。
そもそも、いまの若冲人気の立役者は、日本人ではなく、アメリカの美術収集家ジョー・D・プライス(1929ー2023)。2006年に東京国立博物館で開催された『プライスコレクション「若冲と江戸絵画」展』で人気に火がついた。

DSCN8328


DSCN8315


DSCN8314


DSCN8313


DSCN8322


DSCN8318
Phoenix(フェニックス)=不死鳥

DSCN8319
手塚治虫の“火の鳥”を想起させる色っぽさ

DSCN8331
スズメたちの語らいが聞こえてくる

DSCN8327
コイ科のオイカワと思われる。
ヤマベ、ハエなどとも呼ばれる。
色描写の見事さ!

DSCN8335
タケノコ貝の一種か?
若冲の絵には風変わりな生き物が散見する。

DSCN8321
謎の水中生物
AIの見立てでは、古生代カンブリア紀に生息していたハルキゲニア。
But,若冲がそれを知っていたとは想像つかない。
一体、どこからモデルを得たのだろう?

DSCN8338
続いて本館へ

 現在、アイルランドのチェスター・ビーティー卿(1875–1968)の膨大なコレクションの中から、選りすぐりの日本の物語絵25点を特別展示中(~7/20)。
 絵巻物好きにはたまらない逸品ぞろいである。

IMG_20260509_010329


DSCN8349
『竹取物語』の一コマ(17世紀、紙本着色)
お婆さん、若い!
翁が鎌でなく刀剣持っているのも、いとをかし。 

DSCN8350
『源氏物語』より、若紫発見シーン(17世紀、紙本着色)
少女を垣間見(覗き見)している光源氏。
このあと自宅へ拉致し、妾にする。
清水の舞台みたいな邸が愉しい。

DSCN8354
『平家物語』より「富士川の戦い」
鳥のはばたきを敵来襲と勘違いして逃げ惑う平家方の武者たち。

どの絵も保管状態が良く、色あざやか。
日本から流出したおかげで戦災を免れたか。

DSCN8358
伊藤若冲筆『乗興舟』(江戸時代)
若冲は晩年、相国寺の僧・大典顕常とともに京都から大坂まで淀川下りをした。
その楽しい思い出を共作でかたちにした版画巻。
やっぱり、2人はLOVELOVEだったんだろう。

DSCN8357
大典が詩文を書いた

DSCN8355
終点の天満橋に「若冲」の落款あり

トーハク庭

 トーハクは広い庭もあって、緑も多い。
 弁当持って一日過ごせる。
 来るたびに発見がある。
 還暦にして博物館の愉しさに目覚めた。

DSCN8345
聖徳太子16歳像(鎌倉時代、木造)














● ALTAがない! :豊島区管弦楽団 第101回定期演奏会

豊島オケ101回

日時 2026年5月6日(水)14:00~
会場 新宿文化センター大ホール
曲目
  • ヨハネス・ブラームス: 『悲劇的序曲 作品81』
  • エドワード・エルガー: 独創主題による変奏曲(エニグマ変奏曲)
  • ヨハネス・ブラームス: 交響曲第1番 ハ短調 作品68
  • 〈アンコール〉 エドワード・エルガー: 威風堂々 第1番
指揮 和田 一樹

 ブラームスの交響曲とはどうも相性が悪い。
 これまでほとんど感動したことがない。
 率直に言って、「堅苦しく、遊び心にかけて、つまらない」と思ってしまう。
 なので、メインプロがブラームスの交響曲である演奏会は自然と避けてしまうのが常なのだが、今回は別である。
 いろいろと驚かしてくれることの多い和田一樹&豊島オケのコンビだからだ。
 これまでのマイナスイメージを払拭してくれるかもしれない。
 久しぶりに新宿駅で下車した。

 あれ? ALTAがない!
 ビルのあった場所が、歯が欠けたように空間になっている。

MVIMG_20260506_164324~2
新宿駅東口

 7階のALTAスタジオでやっていたタモリ司会の『笑っていいとも!』(フジテレビ)が2014年3月で終了し、その後、しばらくしてスタジオ自体がなくなったのは聞いていた。
 が、ビルの解体は知らなかった。
 ウィキによると、現在三越伊勢丹の運営になっているが、営業赤字のため2025年2月で閉館、昨年4月より解体工事が始まったという。
 またひとつ、昭和遺産がなくなった。
 駅前を行きかう令和の若者や多国籍の外国人たちにとっては、なんの感興も湧かないだろうが・・・・。

IMG_20260506_132318~2
新宿文化センター

 1曲目から「ブラボー!」が飛んだ。
 ソルティ同様、根強い和田&年増豊島ファンがいるんだな~。
 たしかにテクニックと安定感は玄人はだしである。
 しかるに、残念ながらやっぱり面白くない。
 まだブルックナーのほうが面白いよなあ~、とブルヲタが聴いたら憤激するようなことを思う。

 2曲目エルガー『エニグマ変奏曲』によって、その思いはさらに強まった。
 エルガーの面白いこと!
 同じ一つの主題を趣向を変えて14回繰り返す、しかもそれぞれが作曲家自身の家族や友人の性格や特徴を反映させた人物描写になっている。
 遊び心あるなあ~。
 実に楽しい。
 ソルティは、ティンパニーが縦横無尽に暴れる7曲め、ゴシック建築のごとく壮麗にして堂々たる9曲目、晩秋の森の清澄さを思わすチェロの甘美なる12曲目が良かった。
 
 メインの交響曲第1番。
 やはり、「ブラボー!」が飛び交った。
 それに十分値する良い演奏だったと思う。
 だが残念ながら、やっぱり乗り切れなかった。(途中、気が遠のいた)
 和田&豊島オケにして駄目なら、救いはないかもしれない。
 というか、和田とブラームスってなんか合わないような気がする。
 和田って、見るからに遊び心満載の男だし。

 その意味で、今回はアンコール曲『威風堂々』が一番良かった。
 会場のオーラを一気に明るくし、帰途の足を軽やかにする完璧フィニッシュ。
 
 ブラームスよりブルックナー開眼のほうが早いかもな。

IMG_20260505_094635






  

● 牧歌的ミステリー 本:『死はすぐそばに』(アンソニー・ホロヴィッツ著)

2024年創元推理文庫
山田蘭・邦訳

IMG_20260504_155303

 ホーソーン&ホロヴィッツのH2コンビによるミステリー第5弾。
 第4弾『ナイフをひねれば』まで読んで、肝心の探偵役ホーソーンの魅力にかげりを感じ、コンビの関係性も愉快に思えなくなっていたので、第5弾に手を出すか迷った。
 が、GWに気軽に読める本格ミステリーを一冊選ぶとなれば、やっぱりホロヴィッツに手が伸びてしまう。
 読みやすさ、筋の運びの上手さ、適度の軽さとミーハー性、伏線回収の心地よさ、現代性など、コナン・ドイル、クリスティ、クイーン、ディクスン・カーなど黄金時代の作家たちを追慕する本格ミステリーファンの好みに通暁している。
 イヤミスや社会派ミステリーやサイコサスペンスのような後味の悪さを残さない、五月の風のような爽やかな娯楽性、それは“牧歌的ミステリー”と言うにふさわしい。
 期待通りの楽しい読書タイムが持てた。

 読み始めてすぐ「あれ?」と気づくが、本作はこれまでの4作と違って三人称スタイルがとられている。
 つまり、ホーソーンの傍らに控えその捜査活動を実況する“できの悪い”助手ホロヴィッツの手記、という形をとっていない。
 これは今回語られる殺人事件が、ホロヴィッツとホーソーンが出会う前にホーソーンが関わった事件、すなわち過去の物語だからである。事件はすでに終わっている。
 探偵役としてホーソーンは登場するが、助手はホロヴィッツではない別の人物である。
 助手ホロヴィッツは過去の事件についての本を書くために、ホーソーンから当時の話を聞き、資料をもらい、数年後の事件現場をひとりで取材に行く。
 前4作で見られた事件解決に至るまでのH2コンビのとげとげしいやりとりがない。
 おかげで、いささか不愉快に感じられつつあった2人の関係性にかかわる描写が減り、かつまた、ホロヴィッツ以外の助手(相棒)を相手にした時のホーソーンの態度が常よりマイルドなのを知って、ホーソーンの印象もちょっと持ち直した。
 (助手としてでなくて)創作者としてのホロヴィッツが、今回意図して三人称スタイルにしたのかどうかわからない。
 が、よいタイミングでの軌道修正と思った。

 日本の読者にとって一番の驚きは、作中で本邦のミステリー作家である島田荘司と横溝正史について言及されていることだろう。
 密室殺人に関する話題の中で、すぐれたトリックの考案者として2人の名前と代表作が上げられる。
 日本のミステリーファンにとってうれしいこと限りない。
 ひょっとしたら、これは日本語版だけのSpecialサービスであって、アメリカ版にはアメリカの推理作家とその作品が、ドイツ語版にはドイツの推理作家とその作品が、中国版には中国の・・・・が、上げられているのかもしれない。
 それに関して言えば、実は、ソルティが本作を最後まで読んで、「趣向的に一番近いなあ」と思ったのは、京極夏彦の代表的シリーズのなかの一作であった。
 ホロヴィッツがそれを読んでいるのかどうか知らないが、今からそれを読んで本作との類似に気づいたら、「ちっ、やっちまった・・・・」と舌打ちすることだろう。

leolo212-spider-web-9302026_640
Antonio LópezによるPixabayからの画像

 ソルティの悪いクセで、どうしてもミステリーを読むとアラ探しをしてしまう。
 本作の密室トリックはいまひとつの出来。
 だいたい警察(鑑識)が、真犯人が密室から抜けだすのに用いたトリック(痕跡)に気づかぬはずないと思う。
 本作の最大の欠陥は死体の処理方法だろう。
 これ以上は言えないが、あまりに杜撰すぎて、作家ホロヴィッツが真犯人に与えた性格とは合致しないこと甚だしい。

IMG_20260414_150833



おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損






● 本:『人類学者が教える性の授業』(奥野克巳著)

2025年ハヤカワ新書

DSCN8268

 早川書房が新書参入したのを本書ではじめて知った。
 2023年6月に創刊し、すでに60冊以上出ているようだ。
 著者の奥野については、『人類学者K ロスト・イン・ザ・フォレスト』(亜紀書房)でそのユニークな存在を知った。
 本書は、2019年に立教大学で開講した「セックスの人類学」の授業を基にしたもので、まえがきで次のように記している。
 
 性を人類学的に考えるとは、私たちの「当たり前」を括弧に入れ、異なる文化や他の生き物たちの行動と照らし合わせながら、人間の性を見つめ直す試みです。本書では、さまざまな生き物の行動や文化習慣を通じて、性にまつわる工夫と実践を紹介します。そこからまずは、私たちが抱えがちな性愛の問題や生きづらさをほぐし、新しい風を吹き込むことができればと思います。

 さまざまな時代、さまざまな地域の文化や風習をフィールドワークする人類学者は、当然、多様な性文化を見聞する機会が多い。
 だが、それを調査研究して発表するのは、なかなか勇気のいることだろう。
 ソルティは90年代に、性人類学者のキム・ミョンガンが『週刊ビッグコミックスピリッツ』に連載していたエッセイを面白く読んでいた。
 動物界と人間界の多様な性行動を紹介する文章は、何をもって正常と言い、何をもって異常と言うのか、ソルティの固定観念を揺さぶった。
 フェミニズムブームの影響もあってか、当時はそういった記事をよく目にしたものである。
 2000年代に入って、統一教会勢力(むろん自民党議員を尖峰とする)による“行き過ぎた”性教育バッシングが起こり、「性を自由に語ること」に対するバックラッシュが社会全般を見舞った。
 その余波はいまも続いている。
 なので、本書の登場は、どこか懐かしいような、記憶の底に埋もれた金鉱を探り当てるようなこそばゆい感じがあった。

 90年代半ば仙台にいた頃、ゲイやレズビアンの仲間と一緒に、多様な性の存在を訴える広報誌を発行したことがあって、そのときにつけた会報の名前が『ぼのぼ』であった。
 本書でも取り上げられているように、ゴリラやチンパンジーと同じ類人猿ショウジョウ科に属するボノボは、群れのコミュニケーションを円滑にするために、オス同士、メス同士でも普通にセックスする習性をもつ。

 ボノボは性に余念がなく、ありとあらゆる性交渉を行いますが、印象深いのは、2頭の若いオス同士でディープキスをすることがあります。こうした熱烈なキスが、いつの間にか、ケンカの真似事になったり、追いかけっこの遊びに変わったりするのです。ドゥ・ヴァール(ソルティ注:オランダの動物行動学者)によれば、ボノボにとって、ディープキスのようなエロティックな接触は、それ以外の行動と切れ目なくつながっています。それが、ボノボの日常なのです。
 私たち人間は日常的な行為と、性的な行為を分けています。多くの場合、セックスは非日常的な特別な行為である場合が多いでしょう。しかし、ボノボはそうではありません。彼らにとって、社会生活とセックスは、完全に結びついていると言えます。

 逆に、一頭のおとなのオスだけが群れのすべてのメスを支配し交尾する、いわばハーレム集団をつくるオナガザル科のハヌマンラングールの例がある。
 オス同士は群れのボスになる権利を巡って激しい闘争を行う。
 前のボスを倒して新たにハーレムの主となったオスは、前のボスが作った群れの中の子どもたちを次々と殺していく。
 結果的に、自らの子ども(遺伝子)だけが残る。

猿の一夫多妻

 同じ霊長類であるボノボとハヌマンラングールでもこれだけ性行動には違いがある。
 地球上で有性生殖が始まってから、つまりオスとメスという性が生まれてから、いかに多様な性行動が生まれては消えていったことか。
 人類もまた自然が生んだ生命のひとつであり、進化の法則のもとに生息しているのだから、人類の性を考えるには、まず、「生物(自然)としての性」、すなわち、「人類史を動物との連続性から見て、過去から未来へと貫く生物進化的視点」から捉えることが必要だ、と奥野は述べる。
 これが縦軸である。

 一方、横軸は「文化としての性」、すなわち、「さまざまな地域で実践される多様な性文化を比較する比較文化的視点」である。
 たとえば、高地ニューギニアのサンビア社会では、少年の通過儀礼として儀礼的同性愛が行われる。
 7~10歳前後の少年たちは、年上の若者たち(おおむね15歳以上)にフェラチオし精液を飲む。
 15歳になると、今度は精液を与える側に回る。
 精液の授受を通して、生まれたままでは不完全な男子が、生殖能力や戦闘能力を備えた一人前の男になると信じられているのである。
 男子は結婚するまでは女性と交わらない。
 近代西欧的概念で言うならば、サンビア社会の男たちは、結婚するまでは同性愛(ゲイ)、結婚すると両性愛(バイセクシュアル)、子供ができると異性愛(ヘテロセクシュアル)と、時期によってセクシュアリティを変えていく。

 あるいは、南米ベネズエラのバリ社会の例。
 バリの女性は結婚後、妊娠が発覚すると、複数の愛人と関係を持つようになるという。
 子どもが生まれると、生物学的な父親とは別に、愛人たちは「第二の父親」となり、生まれた子どもに対する食料の分配の義務を負う。共同親権みたいな感じか。
 これは、食料の調達手段が男性だけに許されているにもかかわらず、男性の人口比率が少ないため、女子供が餓死しないように生み出された生存戦略とされている。

DSCN8263

 このような文化や風習を聞くと奇っ怪に感じるかもしれない。
 が、日本人もまた、令和の感覚からすれば奇っ怪な性愛文化を有していたことは、歴史が証明している。
 平安時代の貴族の男たちは、女の顔も姿も声も知らずに恋文を送り、結婚した。その結婚も、女のもとに三夜通い続けなければ成立しなかった。
 だから女たちは、男の誠意や人柄を確かめるべく、つれない返事を歌で送って男をじらし、男を燃え立たせたのである。 

 あるいは、布教のため来日した伴天連たちを仰天させた日本古来の男色文化
 僧院で、戦場で、お茶屋で、男たちは愛を語り肛門性交し、稚児や念弟をめぐって喧嘩し、あるいは死によって結ばれることを願って心中さえした。
 ジャニーズ騒動以降、未成年を対象とする同性愛は(異性愛も)許されないものとなったが、ちょっと前までは『少年愛の美学』なる本がふつうに書店で並んでいたのである。

 セックスの人類学を考える上では、縦軸としての生物進化的視点(生物としての性)と、横軸としての比較文化的視点(文化としての性)、両方のアプローチで捉えることが大切、と奥野は力説する。
 それぞれのアプローチにおいて奥野が紹介する興味深い事例に驚いたり感心したり、飲み会で披露する恰好のネタを仕入れるようなつもりで楽しく読み進めていった最後の最後に、その深い意図に気づかされる。
 取り上げられるのは、いまもアフリカ大陸各地で見られる女子割礼/女性器切除(FGM)である。

 女性や女児の健康被害や命の危機という視点から、そして男性による女性の「性の支配」というフェミニズム的視点から、年端の行かない少女が自己決定しないままに強制的に行われる女子割礼/女性器切除は重大な人権問題とされ、西洋社会から強い非難を浴びてきた。
 しかし、当の風習をもつアフリカなどいわゆる発展途上国、第三世界の女性たちから、「あなたたちに私たちの文化を批判されたくない」と反発された。
 西洋的価値観の押付けとみなされたのだ。 

 ここで問われるのは、「健康」「安全」「人権」を至上とする近代西洋社会の価値体系によって、それとは別の伝統的価値体系によって生き残ってきた社会を、一方的に批判・審判・裁断することの正当性である。
 そしてそれは、19世紀の人類学の学問的態度、すなわち、「西洋こそが最も進んだ社会であり、未開と呼ばれる社会もいずれ西洋社会に近づいていく」という自文化中心主義的発想と、その傲慢を反省したところから生まれた20世紀以降の人類学、すなわち、「未開と呼ばれた文化・社会にも固有の体系的・理性的かつ深遠な思考があり、それぞれ固有の価値を有する」という文化相対主義との対立である。

MVIMG_20260414_152015~2

 日本は明治維新このかた、とくにアジア・太平洋戦争で敗北を喫して以降、アメリカをはじめとする近代西洋社会の価値体系を受け入れて、まがりなりにも先進国の末席に連なってきた。
 一夫多妾の招婿婚も、男色文化も、昔話の語り草となった。
 だから、多くの日本人は、女子割礼/女性器切除に対しても西洋的価値観に則って、これを「人権侵害」「性暴力」と判断する傾向にある。
 もちろん、ソルティもそのひとりである。
 でもその日本人だって、一夫多妾や男色文化に対する西洋諸国からの批判に対しては、「お恥ずかしい」「廃止します」と素直に受け入れられても、「天皇制は人権侵害だから即刻廃止すべき」という批難に対しては、冷静には耳を貸さないだろう。
 内政干渉と大いに反発するであろう。
 どこの国だって、どこの民族だって、自らが祖先から受け継いで大切に守ってきた伝統文化について、よその国からとやかく言われたくないのである。
 いくら普遍的・人道的な理由が持ち出されようとも、介入された側からすれば、それは理不尽な暴力ととらえられかねないのである。

 では、どうしたらいいのか?
 女子割礼/女性器切除の問題は、よその国の固有の文化・風習だからほうっておくべきなのか?

 あらゆる文化の優劣をつけずに、相手の文化の価値観を尊重するという考えが、文化相対主義の理念です。それは時に相手の価値を尊重するあまり、「私は私」」「あなたはあなた」という過度の相対主義に陥ってしまい、相手の文化やその価値を手付かずの状態で突き放してしまうことで、無理解なままに放置してしまうことになるのです。しばしばこれを「文化的アパルトヘイト」とも呼びます。人類学者・浜本満の整理によれば、本来、文化相対主義は人類学における他者=異文化理解のための「理解と対話の出発点」として試みられたにもかかわらず、逆に「理解の停止と対話の断念」を正当化するレトリックとしても使われてきたのです。
 また、・・・(略)・・・他者の文化や社会を昔から今、未来に至るまで固定的で変わらないものと見なしてしまう可能性もまた、文化相対主義的思考の落とし穴として指摘できます。文化・社会を固定的なものと見なし、人間の行為の意味を当該地域の文化によってあらかじめ決めつけて語る文化決定論に陥ってしまう危険性もありうるのです。

 横軸の比較文化的な視点では、それぞれの固有文化のセックスのあり方がただ示されるだけで、私たちはそれを自分たちとは異なる文化として突き放して理解することに終始してしまう恐れがあります。結局、どんなにめずらしいセックスの習慣を見聞きしたとしても、私たちのセックスに対する価値基準はそのままで、単に保存されてしまうだけなのです。
 しかし、ここに縦軸としての生物進化的視点と合わせて考察をしていくならば、人間自体を問うことになります。人間のことを考えるためには、人間を超えたレベルで比較し分析する必要があるのです。だからこそ、本書では15億年前を出発点とし、生物進化という悠久の時のなかで、セックスがどのように今日の人類に見られるようなかたちに生成変化してきたのかを見てきました。そのとき、生物としての人間にとって、何が自然で何が不自然なのかが改めて問われることになります。・・・・(略)・・・・多文化でなく、多自然的な視点に立つことで、文化相対主義が取りこぼしてしまった問題を問うことができるのです。(ゴチックはソルティ付す)

 90年代にソルティが読んだ性人類学の記事では、ここまでの深掘りはなかった。
 人類学も進化しているんだなあ。
 
ぼのぼ
ボノボ





おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損

 


● CUTEな偉人 講演会:『9条という希望~中村哲のしごと』

日比谷図書文書館
日比谷図書文書館

日時 2026年4月29日(水、祝)14:30~
会場 日比谷図書文書館・地下ホール
演者 西谷文和(ジャーナリスト)、山岡淳一郎(ノンフィクション作家)
主催 デモクラシータイムズ

 日比谷図書館に本を返しに行った時、館内の掲示で数時間後にこの講演会あるを知った。
 当日申込み可だったので、奈良大学通信教育の勉強を途中で切り上げて参加した。
 約200名収容のホールは8割以上埋まっていた。

 ペシャワール会の医師でパキスタンやアフガニスタンで医療活動に従事した中村哲は、2019年12月4日に亡くなった。73歳だった。
 今回の講演は、西谷がアフガニスタンで取材撮影した中村の活動風景をスクリーンに映しながら、西谷と山岡が補足説明し、中村哲の残した足跡を追い、その人物像に迫るものであった。
 ソルティは、『アフガニスタンの診療所から』(筑摩書房)という中村の書いた本を以前読んだことがあり、銃弾に倒れたあとに制作されたドキュメンタリーも観ている。
 アフガニスタンの砂漠に用水路をつくり、不毛の大地を畑や森に変え、移住してきたムスリムたちのためにモスクや学校を建て、何十万人もの生計の資をつくり命を救った中村の偉大な仕事は知っていた。
 だが、こうやって改めて、アフガンの荒れた大地で蝶のように軽やかに現地人の間を動き回る小柄な中村の姿を目にし、褐色の土地が緑の森に変わっていくさまを見ると、底知れない凄さに圧倒される。
 本人自身はまったく、「俺は偉大な仕事をやり遂げた」みたいな自負や得意気や慢心がなく、ゲーセンのUFOキャッチャーでもするかのように楽し気に自ら重機を操って地面を掘削し、趣味の日曜大工の延長気分で建物を設計し、飄々としている。
 そこに偉人という言葉は似つかわしくない。

 中村は、15歳の時に自ら望んでキリスト者になったという。
 根っからの信仰の人であるがゆえの博愛精神であり、意志の強さであり、エゴの薄さであり、裏表のない明朗さなのだと思う。
 パコルと呼ばれるアフガン帽をかぶったチョビ髭の中村の笑顔は、なんだかロベルト・ロッセリーニ監督『神の道化師 フランチェスコ』に出てくる野辺を無邪気に走り回るブラザーたちを髣髴とさせる。
 そう、「偉人」という言葉が似つかわしくないのはCUTEだからだ。

アフガンの中村哲
『アフガニスタンの診療所から』より

 ソルティはまた、奈良時代の僧侶である行基を連想した。
 仏教が鎮護国家のためにあり、国家が僧侶を認定し管理し、経典や仏像を作成し、布教を独占するのがきまりだった当時、行基は禁を破って野に出て、民衆たちに仏の教えを説いた。
 同時に、貧しい人を助けるために布施屋と呼ばれる無料の宿泊所を作り、治水工事や架橋工事などの社会事業を行った。
 朝廷からのたびたびの弾圧にもめげることなかった。
 大乗仏教の教えに則って広く民衆を助ける、いわゆる菩薩行に専心した僧侶として、ほかに空海、空也、親鸞、一遍、良寛、それにその名をほとんど知られていない叡尊と忍性などがいるけれど、先鞭をつけて、のちの遁世僧たちのモデルになったのは行基である。
 こうした利他の精神を極める人は、イスラム教だろうがキリスト教だろうが仏教だろうが関係なく、宗派や教義を超越した境地に達するのだろう。
 ムスリムに愛されたクリスチャンの日本人、という中村のユニークさの秘密はそこにあると思う。 

行基像
行基菩薩像@高尾山

 中村が15歳でクリスチャンになったきっかけの一つとして、講師の山岡は、その前年(1960年)に起きた伯父・火野葦平の自死を挙げていた。
 可愛がってくれた伯父の死――敗戦を境に、“兵隊作家”の栄誉から“戦犯作家”の汚名に突き落とされたすえの死の選択――は、思春期の中村に少なからぬ衝撃を及ぼしたであろうことは想像に難くない。
 ひょっとしたら、中村の活動の底のほうに、愛する伯父の無念を晴らしたいといった思いもあったのかもしれない。

 「どうして、中村に生前、国民栄誉賞やノーベル平和賞をあげなかったんだ!」と、ソルティは不平の一つでも言いたくなるが、当の本人はおそらく、「そんなもの、どうだっていい」と思っていたことだろう。
 とくに、憲法9条を改悪せんとする国家がくれる栄誉賞なんて、中村にとって、アフガンの牛の糞ほどの価値もなかったろう。
 9条堅持を訴え続けた中村は、“お花畑”の住人ではなかった。
 無からお花畑を作った人なのだ。
 
neovidio-field-5924218_640
Ovidiu NegreaによるPixabayからの画像








 

● 映画界のゴッドファザー 映画:『メガロポリス』(フランシス・フォード・コッポラ監督)

2024年アメリカ
138分
メガロポリス

 監督名を見て、目を疑った。
 フランシス・フォード・コッポラ?

 『ゴッドファザー』(1972)、『アメリカングラフティ』(1973)、『地獄の黙示録』(1979)、『アウトサイダー』(1983)、『タッカー』(1988)など、映画史に残る傑作を立て続けに発表したコッポラの最盛期は70~80年代、その後はプロデュース業が中心となり、名前を聞くことが少なくなった。
 代わって、『ヴァージン・スーサイズ』(2003)、『マリー・アントワネット』(2010)、『ビガイルド 欲望のめざめ』(2017)など、ガーリーな作風で知られる娘のソフィア・コッポラの名前のほうが、昨今はよく目にする。
 亡くなっているものと思っていた。

 ウィキによれば、1939年生まれの87歳。
 90歳間近にしてこれだけ前向きなテーマのSF大作を撮るパワーと精神力に感服した。
 残念ながら興行成績は芳しくなく、ゴールデンラズベリー賞で最低監督賞を受賞するなど、世間一般の評価は高くない。
 が、ソルティは個人的に面白く観たし、好きか嫌いかと言えば好きな映画と言える。
 138分の長尺にも飽きることなかった。
 この80年代バブル的大作感。
 やっぱり、痩せても枯れてもコッポラだなあ~。

 コッポラの政治信条は知るところでないが、トランプが先導する今のアメリカの状況に義憤を感じているに違いない。
 本作でコッポラが言わんとしているのは、

 人類には今あるこの世界しか有り得ないのか?
 この世界を受け入れ保守していくしか道はないのか?
 まったく別の世界を夢見てはならないのか?

――ということである。
 その意味で、2021年に刊行された『万物の黎明』(デヴィッド・グレーバー&デヴィッド・ウェングロウ著)のテーマに重なるところが大きい。

 たしかに、人類は近代になってマルクス主義という理想にかぶれて、道を誤った経緯がある。
 今の中国や北朝鮮で暮らしたいという人は、さすがにいないだろう。
 ベトナム、キューバについてはよく知らないが、自由にものが言えない国という印象は強い。
 日本の場合も、連合赤軍あさま山荘事件の惨劇に終わった戦後左翼運動のトラウマがいまも残っていて、「改革」を口にすると危険視されかねない空気がある。
 大多数を占める民衆が、今とは別の“より良い世界”を夢見なくなって、「現状は変えられない」とあきらめることほど、既得権益をもつ支配者層にとって都合のいい展開はない。

 コッポラは長年患っている心臓の手術を終え、新作の準備にとりかかっているらしい。  
 映画界のゴッドファザーというにふさわしい。
 
P.S. クレジットによると、『真夜中のカーボーイ』(1969)のダスティン・ホフマンとジョン・ボイトが共演している。ソルティはダスティン・ホフマンには気づかなかった。オールドファンはチェックされたし。

真夜中のカーボーイ2


おすすめ度 :★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損







● 若冲・永徳・運慶・隠れキリシタン@トーハク

 皇居三の丸尚蔵館は、皇室で代々受け継がれてきた絵画・書・工芸品・歴史資料などを収蔵する美術館。
 今秋リニューアルオープンする。
 そのプレイベントとして、現在、トーハク(東京国立博物館)表慶館にて、高精細複製された伊藤若冲『動植綵絵』と狩野永徳『唐獅子図屏風』が公開されている。
 いずれも三の丸尚蔵館にあるオリジナルを、(株)キャノン・京都文化協会・文化財活用センターの協力が生んだ最新技術と伝統技術の融合によって、忠実に再現したものである。
 古い映画のデジタルリマスターみたいなものか?
 技術的なことはよく分からないが、本物そっくりの作品を間近でじっくり観られるらしい。
 小雨降る平日、上野駅に降り立った。

KIMG0068
東京国立博物館・表慶館
実はここに入るのははじめて。
京都国立博物館旧本館と同じ片山東熊による設計。

KIMG0048
平常展観覧料(一般1000円)のみで鑑賞できる。
ソルティは顔パス、じゃなくて学生メンバーズパス(年会費1200円)で入館。
(すでに元はじゅうぶん取った)

KIMG0065
4/17~5/17まで開催
『動植綵絵』は全部で30点。
うち15点が展示されていた。
入替後の後期(5/2~)にまた行きたいが、大混雑の予感がする。
ガラスケースがないので、30cmの至近距離で絵を見ることができる。
撮影も可。

KIMG0050
伊藤若冲(1716~1800)と言えば鶏。
色彩と構図がもたらす迫力が凄い!

KIMG0058
近寄ってさらにびっくり!
ほとんど細密画の世界。
若冲はおそらくサヴァン症候群だったろう。

KIMG0051 (1)
雌雄でなくオス同士のつがい。
若冲と相国寺禅僧・大典顕常の生涯続いた親密な関係を匂わせる。
そもそも『動植綵絵』は相国寺に寄進する目的で描かれた。

KIMG0052 (1)
セルフポートレートで有名な芸術家の森村泰昌が、この絵は男色の隠喩であると言っていた。
たしかに菊の花は古来男色の象徴である。
2つの青い岩が男根sなのだという。

KIMG0055
若冲の「白」はあでやか。
会場には高精細複製技術の概要を伝える映像が流れていた。
高性能カメラによる撮影+コンピュータ解析と目視による色合わせ+世界最高レベルの印刷技術(基底材は絹)、そこに古来よりの金箔・金泥や表装の伝統技術が加わる。
筆使いはもちろん、絵の具だまりすら再現する複製技術に驚嘆した。

KIMG0060
孔雀の羽の模様部分に金泥が塗られている。

KIMG0056
桃とオオルリ

KIMG0059
菊とスズメ

KIMG0063
雪の中のサザンカ

KIMG0064
芍薬にとまるアオスジアゲハ

唐獅子屏風
狩野永徳『唐獅子図屏風』
223.6cm × 451.8cm
信長や秀吉に重用された永徳(1543~90)の代表作。

 国宝2点をたっぷり堪能したあとは本館1Fへ。
 ここで、なんとびっくり!
 足利・光得寺の厨子入り大日如来が展示されていた!
 運慶作と言われる国内の仏像のうち、ソルティが観ていなかった最後の2体のうち1体である。(残り1体は神奈川・称名寺の大威徳明王像)
 保全のため光得寺から東博に移されていることは聞きかじっていたけれど、まさかこんなタイミングでなんら苦労なしに出会えるとは思わなかった。
 トーハクさんってば味なことする。

KIMG0072
北条政子の妹婿であった足利義兼が運慶に依頼したとされる。
樺崎寺に納められた大日如来像(現在半蔵門ミュージアムにある)と同時期につくられ、こちらは義兼が身近に置いて拝んだものと推測されている。
明治期の廃仏毀釈以前に光得寺の所蔵となった。

KIMG0073
言われてみれば(笑)、ハリのある頬の具合や、智拳印に組んだ両腕と胸郭とが生み出す空間の感じが、半蔵門の大日如来とも、奈良・円城寺の大日如来とも、よく似ている。
重要文化財にとどまっているのは、あとから金箔を押したからだろう。
このときソルティの周囲は外国人ばかり。
誰も足を止めないのが珍妙。
「運慶だよ、運慶!」

KIMG0070
和歌山・道成寺の毘沙門天像(平安前期)
どっしりした勇壮感のうちにも軽みを備える見事な造形。
道成寺って、たしか安珍・清姫の物語で有名な・・・・。

KIMG0075
康円作『渡海文殊菩薩群像』
安倍文珠院の快慶作のものとくらべると迫力負けするが、各像の表情は人間っぽくて趣きがある。

DSCN8341

 驚くのはまだ早かった。
 フロアを順路通りに進んでいくと、本館4室で「隠れキリシタン」関係資料の展示をおこなっていた。
 ソルティは最近、『カクレキリシタンの実像』と題する本を読んだばかり。
 なんというタイミング!
 トーハクさん、ソルティの心を見抜いてますね。
 今回展示されているのは、江戸幕府による禁教令が発布されたあとに、長崎奉行所が取締りの際に信徒から押収した品々。
 明治以降、これらは長崎県に引き継がれたが、取り扱いに困った長崎県が国に引き取ってもらい、その後、内務省社寺局を経てトーハクに収蔵された。

KIMG0086
イエス・キリスト像

KIMG0085
聖母子像の踏絵(真鍮製)
目鼻がすっかり摩滅している。
いったい何千回踏まれたことか?

KIMG0079
観音菩薩立像(17世紀中国製)
浦上村の潜伏キリシタンだった吉蔵が所持していた白磁製の観音像。
「ハンタマルヤ(サンタマリア)」と呼ばれ信仰されていた。

KIMG0088
いったいに観音菩薩像をマリア像の代わりに拝んでいたようだ。

KIMG0090
寿星立像(中国、磁製)
寿命をつかさどる寿星の化身。
寿星とは竜骨座のアルファ星カノープスのこと。
日本では七福神の中の「寿老人」として知られている。
天草で押収された寿星像は「丸やさま」と呼ばれていたという。

KIMG0083
守裂(スカプラリオ)と呼ばれる携帯用のお守り。
聖母マリアや聖人などの図柄が刷られた2枚の布を紐でつなぎ、胸と背中に当たるようにして首からかけた。

KIMG0087
聖母像(親指のマリア)
17世紀にイタリアで制作されたもの。
イタリア人宣教師ジョバンニ・バッティスタ・シドッチ(1667~1714)が持参したもの。
宝永5年(1708)、シドッチは屋久島に上陸し、間もなく薩摩藩に捕らえられた。江戸に送られ、新井白石の取り調べを受けたのち、殉教した。
名の由来は、マントから親指だけが覗いているからであろう。

IMG_20260407_104242

上野駅そばや
約2時間の鑑賞
上野駅構内で天ぷらそばを食べて、身も心も満足した。

























 

● 理想の相方 映画:『コンパニオン』(ドリュー・ハンコック監督)

2025年アメリカ
97分

コンパニオン

 レンタルショップのサスペンスコーナーに置いてあったので、サスペンスとは分かっていた。
 が、どういった内容か、まったく知らなかった。
 人里離れた湖水の豪華なペンションに友人6人が集まる冒頭から、「13金」的なスプラッタホラーを予想した。
 ただし、惨劇の担い手となるのはジェイソンのような外来の怪物ではなく、6人の中で精神をいささか病んでいるように見える美しきヒロインなのかな?
 つまり、サイコサスペンスかな?と思った。

 この予想は半分当たっていて、半分はまったく違っていた。
 予想もつかない展開が待っており、度肝を抜かれた。
 えっ、そういう映画なの!?
 これまでソルティが観た記憶のない奇抜な設定に、これが長編映画デビューというハンコック監督の才を感じた。
 これだから、事前情報を取り過ぎないで映画を観ることが大切である。

 なので、これ以上の言及は控えたい。
 サスペンスホラーでありながら、どこかコミカルな味を備えているところ、センス抜群。
 色彩設計もクール。
 美貌のコンパニオンを演じるソフィー・サッチャーが上手い。
 今後の活躍が期待される。

 いつの日か、こんな未来が来るのかしらん?
 それまで生きていられるかな?



おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損





● 本:『三島由紀夫という存在』(野坂昭如&石原慎太郎著)

2025年中央公論新社

IMG_20260416_142725

 三島由紀夫生誕100周年を記念して出版された一冊。
 三島と親交のあった2人の後輩作家によるエッセイ6編と、2つの対談が収録されている。
 いま、それぞれの文章の発表された時期とその時の2人の年齢を時系列で並べると、次のようになる。
  • 1970年12月 石原(38)
  • 1971年1月 野坂(40)
  • 1971年2月 野坂(40)
  • 1972年12月 野坂(42)&石原(40)対談
  • 1995年12月 野坂(65)&石原(63)対談
  • 2000年6月 石原(68)
  • 2000年11月 石原(69)
  • 2001年8月 野坂(71)
 三島由紀夫が自決した1970年11月25日直後のそれぞれの追悼文から始まって、2年後(三回忌)の対談、25年後の対談、30年後のそれぞれの回想文が掲載されている。
 事件から時間が経過するにつれての、また野坂と石原の加齢につれての、語り口の変化がなかなか興趣深い。
 おおむね直後の追悼文は、事件に対する驚きと戸惑いの向きが強い。無理もない。
 事件後2年経過し、三島由紀夫という人物および自らと三島との関係を語る視座を得た1972年12月の対談は、両者ともに思うところを率直に述べている。
 事件後四半世紀が経ち、両人が三島の享年はおろか還暦も越えた1995年の対談以降は、舌鋒が柔らかくなり、過ぎ去った時代や在りし日の三島の姿を偲ぶ懐旧のニュアンスが現れている。
 野坂は2015年に85歳で、石原は2022年に90歳で亡くなった。

 三島由紀夫の死後、数多くの三島論が出版され、それは現在も続いている。(ソルティがよく利用する都心の図書館の棚を見たら、ざっと30冊の三島論が並んでいた)
 また、文学者らによる対談も多い。
 ソルティが読んだのはほんの一部に過ぎないが、総じて言えるのは、一つは男性論者によるものが圧倒的に多いことであり、一つは、数ある三島語りの中でこの石原慎太郎と野坂昭如によるものが最も故人に対して辛辣だということである。
 2人が作家デビューするにあたって、他のどの先輩作家からよりも三島由紀夫から目をかけられ引き立てられたことを重ね合わせると、「恩知らず」と思えるほどである。
 同じ時代に文壇で活躍し三島と親交のあった安部公房と大江健三郎による三島語りにくらべると、その差は歴然としている。
 その差がどこから出てくるのかは新旧の文壇事情に詳しくないソルティには分からない。が、一通りでなく世話になった先輩作家に対する恩を仇で返すような野坂と石原の物言いの裏には、心理学で言うところの防衛機制、いわゆる「否認」に近いものを感じる。

 いったい何を否認しているのか?
 『三回忌に思う』と題された1972年12月の対談より引用する。

野坂 さまざまな虚構を張りめぐらしながらも、彼自身としてはとにかく一生懸命やったわけですよね、ひたむきに、矮小な体にムチ打って。しかし彼のボディビルと同じように、まとった衣装はぜんぜん自分に合っていなかった。ある時期は、その合っていないということをエネルギーにしていたんだろうけれども、そのエネルギーが絶えちゃったとき、今度は自分がまとった衣装の重さに押しひしがれて、最後は悲鳴をあげていたような感じだな。

石原 ほんとにあの人は、自分がかかえる、アンビバレンツなものはアンビバレンツなものとしてかかえてるっていうことに耐えられなかったんでしょうね。

石原 あの人の精神のメカニズムを象徴するものは、結局、肉体にたいするコンプレックスでしょうね。それを是正するために人工的につくった機能性のない肉体というものが、結局、あの人を亡ぼしたんだ。

野坂 あれだけはじめに虚構を描いていたけれども、やがて虚構を生きざるをえなかった。自分自身の生き方、自分の肉体そのものが虚構だったことに気づいたときの三島さんの気持を考えると、物書きのはしくれとしては、ほんとに涙なくしてはいられない気がする。

 三島と同じ流行作家であり、三島と同じようにマスコミに持て囃されたタレントであった2人の分析は、ほぼ同じである。
 すなわち、「肉体上のコンプレックスからボディビルを始めたことに象徴されるように、ある種の欠落を糊塗するために仮面をかぶり、虚構の自分を意識的に演じ続けた。その無理が限界に達して、ああいう悲惨な最期に至った。」
 欠落とはなにか?
 次の野坂の言葉がそれを示唆している。

野坂 ぼくは小学校のときに、虚弱児童だったんです。相撲だけは強かったけど、ものすごく気が弱くて、喧嘩はぜんぜんできなかった。そして、なにぶん戦争中だし、このままじゃ男として世の中に生きていけないと思って、ある時期、喧嘩ばかりしてました。気を強く見せようと・・・・。ぼくはつまり昔に、無理していた覚えがあるから、石原さんより、三島さんの持っていたものについて同情があるというか、それをからかいの対象とするよりも、「いやあ、あなたも大変ですね」って感じでね。(ゴシックはソルティ付す)

 つまり、男としてのコンプレックス。
 男らしさ(マチョイズム)の欠落である。

 昭和時代のマチョイズム、とくに戦前戦中のマチョイズムは、令和の現在とは比べものにならないほど確たる規範として日本社会を覆っていた。
 昭和元年に生まれ、天皇を神と仰ぐ軍国主義教育を受け、国のために死ぬことをなによりヒロイックな雄々しい行為として教えられてきた三島由紀夫すなわち平岡公威少年が、長じて、自らの類まれなる文才とは裏腹に、貧相で脆弱な肉体と運動能力の欠如、そして異性に対する性的能力の空転を知った時、相当な自己否定に襲われたことは想像に難くない。
 20才のときの徴兵検査の(意図的な?)不合格は、深い恥の感覚を植え付けただろう。

 だが、三島の強い自意識とプライド、それに戦後マスコミによって作り上げられ世間に流布された時代のヒーローとしてのイメージは、自らの中の「女性性=弱さ」を受け入れ肯定することを許さなかった。(そもそも、「女性性=弱さ」とみなすところがマチョイズムの誤謬である)
 豪快な高笑い、ボクシング、ボディビル、筋肉誇示、剣道、居合い、自衛隊体験、葉隠れ、軍服をまとってのパレード・・・・e.t.c.
 さまざまな鳥の羽を自らの体にあしらって孔雀ばりに装ったイソップのカラスの物語のように、三島由紀夫は「男らしさ」という羽で、持って生まれた資質を覆い隠した。
 その羽が借りものだとバレる前に、あの行為に及んだのである。

1tamara2-crow-8861129_640
1tamara2によるPixabayからの画像

 しかし、ここでソルティが指摘しようとしているのは、野坂と石原が容赦なくあぶり出したような“虚構に生き虚構に死んだ”三島由紀夫の欺瞞や悲哀ではない。
 三島由紀夫を侮辱するつもりは毛頭ない。 
 そうではなくて、マチョイズムそのものの虚構性を言いたいのである。

 時代や地域や文化の違いにより、「男らしさ」の定義や内実は異なる。
 たとえば、昭和時代には男の化粧品CMなんてあり得なかった。
 国民的人気と輝かしい実績を誇る大谷翔平のような野球選手が、スキンケア商品のCMに出てお肌ペタペタなんて図は考えられなかった。
 そんなことをした日には、次の打席では球場中の客から笑い者にされ、「おかま」と囃し立てられたであろう。

 多かれ少なかれ、意識的であれ無意識的であれ、世の男達はマチョイズムに支配された社会の中で、周囲から馬鹿にされ見下されないよう「男らしさ」を身につけていく。
 「男」という虚構を演じている。

 野坂昭如や石原慎太郎が、なぜこれほど三島由紀夫という人物について、また最終的に自決につながった政治的行動の意味について一致した見解を示せるのかと言うと、野坂も石原も世のマチョイズムに支配されて生きてきたし、その虚構性にある程度自覚的だったからではなかろうか。
 身近にいて一時は敬愛の対象であった三島由紀夫が、あまりに大っぴらに、あまりに分かりやすく、あまりに身も蓋もないかたちで、「男」の虚構性を暴露してしまったがゆえに、そこと距離を置くために、必要以上にバッシングしたのではなかろうか。
 あたかも、観客に手品の種明かしをするマジシャンに対して、同業者が抱く思いにも似て・・・・。

 三島論を書く人間に男が多いというのも、そこと関係しているような気がする。
 つまり、三島由紀夫は「マチョイズム」という荒野の逆説的なランドマーク、「男らしさ」という天盤の道を誤らせる北極星のようなもので、三島を評する男たちは、自然、おのれと三島との距離を測ってしまうのではないかと思うのである。
 さらに付け加えれば、それはまた、(極右と極左からの)政治的距離でもあるし、文学的才能における距離でもあるし、自らの信念を遂行した行為者としての距離でもあるし、米国追従の戦後民主主義社会からの距離でもあるし、天皇制からの距離でもある。
 三島由紀夫は、戦後の日本社会に生きる者に、自らの立ち位置を顧みさせるさまざまな座標軸を提供した。
 それが「三島由紀夫という存在」の意味であり、三島が読まれ、語り続けられる大きな理由なのではないかと思うのである。

DSCN7661



おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損





記事検索
最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ別アーカイブ
最新コメント
ソルティはかたへのメッセージ

ブログ管理者に非公開のメッセージが届きます。ブログへの掲載はいたしません。★★★

名前
メール
本文