ソルティはかた、かく語りき

首都圏に住まうオス猫ブロガー。 還暦まで生きて、もはやバケ猫化している。 本を読み、映画を観て、音楽を聴いて、神社仏閣に詣で、 旅に出て、山に登って、瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

● 映画:『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(ダニエル・クワン&ダニエル・シャイナート監督)

2022年アメリカ
140分

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 第95回米国アカデミー賞の作品賞、主演女優賞、助演男優賞、助演女優賞、監督賞、脚本賞、編集賞の7部門を受賞した話題作。
 ついでにソルティ創設の「ウミウシ映画」殿堂入りの栄誉を与えたい。

 とにかく今までに観たことのない類いの映画である。
 基本は、『マトリックス』風多次元SFで、そこに『スターウォーズ』風宇宙サイズ家族ドラマの味わい、ジャッキー・チェン風カンフーアクションの勢い、『ロード・オブ・ザ・リング』風な光と闇との戦い、フィリップ・ラショー的お下品コメディを加味し、ニヒリズム(虚無主義)の哲学モードを包含し、諸星大二郎『暗黒神話』的飛躍感はなはだしい。
 よくわからない、でしょ?
 140分と長尺であるが、展開が極めてスピーディーで、映像がマジカルにしてキッチュなので、最後まで飽きることがない。
 多人種多民族多文化の坩堝(るつぼ)だからこそ今までにないものを生み出すことができる、ハリウッド映画の多様性と冒険性を評価したい。

 本作をより楽しみ理解するには、最先端の理論物理学の「マルチバース理論」、およびニヒリズム(虚無主義)の最終形態である「実存的ニヒリズム」をちょこっと齧っておくといいかもしれない。

多元宇宙論またはマルチバースは、複数の宇宙の存在を仮定した理論物理学の説である。多元宇宙は、理論として可能性のある複数の宇宙の集合である。・・・・多元宇宙が含むそれぞれの宇宙は、並行宇宙(パラレルワールド)と呼ばれることもある。

実存的ニヒリズムとは、人間存在は無意味であり不条理である。例え何かの意味を見付けたとしても、最終的には死というもの自体は避けられないという考え方。

(以上、ウィキペディア『多次元宇宙論』、『ニヒリズム』を参照)

 実存的ニヒリズムは、実は仏教――それも大乗仏教ではなく、ブッダの教えに基づくテーラワーダ仏教(初期仏教)――に近似している。
 19世紀にテーラワーダ仏教の存在を知った西欧人が、それを「魂の消滅(アネアンテイスマン)を志向し、すべてを否定する宗教=虚無の信仰(ニヒリズム)」と怖れおののいたことが、ロジェ=ポル・ドロワの本に述べられている。
 この映画に出てくる“マルチバースの崩壊を導くブラックホール的ベーグル”は、あたかも初期仏教の比喩のようである。
 しかるに、ニヒリズム(虚無主義)とは、「主義を持つ個人(自我)」の存在を前提にした西洋近代的自我から生み出された概念なので、諸法無我=自我の存在を否定する初期仏教とは異なる。
 仏教は無主義なのである。

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 ちなみに、「ウミウシ映画」の定義は下記の通り。

観ているうちに「一体、なにこれ?」と頭の中が疑問符だらけになり、予想のしようもない明後日方向のシュールな展開にあぜんとし、見終えた後もなんと人に説明していいか分からない類いの、ジャンル分けを拒む映画。





おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損



● 本:『日本の地名 おもしろ探訪記』(今尾恵介著)

2013年ちくま文庫

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 子供の頃から地図を見るのが大好きだった著者が、風変わりな地名をもつ日本各地の土地を訪ね歩く。
 青森県の「不魚住・十三・馬鹿川」、秋田県の「心像(こころやり)、雪車町(そりまち)」、神奈川県の「〆引・伯母様」、長野県の「東京・日本記」、滋賀県の「雨降野・酢・相撲」、和歌山県の「八尺鏡野(やたがの)・防己(つづら)」、鳥取県の「耳・白兎(はくと)」、山口県の「セメント町・硫酸町」、愛媛県の「鼠鳴・猿鳴」など、21県72地名が取り上げられている。

 読んで面白いのは、地名の由来を探るだけでなく、著者がその土地に実際に足を運んで、山中や海浜や旧道を迷いながら歩いたり、ローカル線や田舎のバスに乗ったり、土地の人と会話して昔話を聞いたり、安価な土産物を買ったり、写真を撮ったり、庶民派旅行エッセイになっているところ。
 JTB発行の『旅』という雑誌に連載されていたそうなので、読者の旅心をそそるものとなるよう苦心したのであろう。
 たしかに、「股引の破れを繕いで」旅に出たくなった。

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 2018年の秋に四国歩き遍路をした時、やはり、偏路沿いの変わった地名に目を引かれた。
 電信柱や家の表札横の住所表示、駅名、バス停の名前、そしてスタートからゴールまで旅の友として持ち歩いたへんろみち保存協力会編『四国遍路ひとり歩き同行二人(地図編)』で見つけた字(あざ)名。
 名前の由来が気になったが、1400kmの遍路中はそれを写真に記録したり、街道の人に由来を聞くような余裕などとてもなかった。
 いい機会なので、思い返して、ここに上げておきたい。

  切幡吉友(きりはたよしとも)
  鬼籠野(おろの)
  馬喰草(まくそう)
  和食(わじき)
  御畳瀬(みませ)
  浮鞭(うきぶち)
  高瀬絶海(たかせたるみ)
  久百々(くもも)
  宗呂丙(そうろへい)
  小才角(こさいつの)
  大駄馬(おおだば)
  浮穴(うけな)
  常保免(じょうほうめん)
  八十場(やそば)
  鬼無(きなし)
  造田是弘(ぞうたこれひろ)
  犬墓(いぬはか)

 場所は記さなかったが、圧倒的に高知県に多かった。
 なんでだろう?
 最後の「犬墓」は、結願した88番大窪寺(香川県)から徳島県に戻る途中の風光明媚な山里である。
 弘法大師が行脚に連れていた愛犬の墓があるからという。

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 地名を楽しむ旅は、スローペースな歩きや自転車だからこそ可能なのである。
 車や列車だったら、住所表示を読む間もなく、あっと言う間に行き過ぎてしまって、気づくこともないだろう。
 そして、地名くらいその土地のゆかりを饒舌に語るものはない。
 次に四国遍路するときは、地名に注目しながら歩きたいものだ。(←行く気になっている⁉)

 


おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損





● なんなら、奈良13(奈良大学通信教育日乗) 民俗学の周辺

 4月中旬に提出した民俗学のレポートが早、返って来た。
 「奈良大学通信教育学部 文学部 文化財歴史学科」の名が表に入っている角2封筒を開ける瞬間、年末ジャンボの当選番号を確かめる時のように、ドキドキする。
 自分なりに精一杯がんばって書いたつもりではあるが、「設題意図を誤って理解していたかもしれない」、「オリジナリティが足りなかったもしれない」、「引用が適切でなかったかもしれない」、「誤字脱字が多かったかもしれない」などとマイナス面をいろいろ考えて、「再提出」の可能性を思ってしまうのだ。
 封筒を自分の部屋に持ち帰って、心を落ち着けて封を切った。
 「合格」だった

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 これで民俗学も単位修得のための筆記試験にのぞむことができる。
 このゴールデンウィークは、前半こそ3日間の奈良旅を満喫したが、後半はほぼ毎日図書館に通い詰めて、民俗学の勉強に明け暮れた。
 というのも、テキスト科目は、レポートを提出したら完了というわけにはいかないからだ。
 修得試験に出される5つの設題――あらかじめ提示されている――について、試験当日5つの設題のうちからどれが出されてもいいよう、解答を用意して、試験当日までに暗記しておかなければならない。
 つまり、テキスト科目の単位を取るためには、3200字(2単位)あるいは6400字(4単位)のレポートを1本と、1000字~1400字くらいのレポート5本を作成しなければならない。
 1教科につき都合6本のレポートを作成しなければならないわけで、これがなかなか大変なのである。(2026年4月からは修得試験の出題が10題からの選択になるようだ。戦々恐々

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 ほとんどの教科は、大学から送られてきたテキストとサブテキストをしっかり読んで、それを要約することでレポートを仕上げることができる。
 通信教育も大学の講義には違いないので、先生の日常の講義(=テキスト内容)をどこまでちゃんと理解できているかが問われるのである。
 そこを勘違いして、生徒がテキスト内容とは異なる自分なりの発想や斬新な説を打ち出したレポートを提出して見事に撃沈――という例が結構多いという話を、昨年、奈良学友会関東支部による学習相談会に参加したときに先輩方から聞いた。
 不合格という結果を受け入れ難くて、同じような内容で何度もトライしてそのたび突き返される、あたかも講師と紙面上でバトルしているような生徒さんもいるらしい。
 我々は院生でも博士課程でもないただの学部生なので、まずは教科内容の基本的理解が大切なのである。
 と言って、テキストやウィキペディアの丸写しやChatGPTにたよるのは論外であろう。
 テキストを読み理解した内容を“自分自身の言葉で”いかに表現するか、というところがポイントなのではないかと思う。

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 そのあたりの塩梅を飲み込みながら、ここまでレポートを作成してきたのだが、民俗学の場合、ちょっと違った。
 レポート課題も修得試験の設題も、(サブ)テキストの要約では全然どうにもならないものばかりだった。
 自分で課題を選んで、テキスト以外の関連図書を探して、それを熟読し、読み手にわかるように簡潔にまとめ上げなくてはならないのだった。
 たとえば、修得試験の5つの設題のうち2つは次のようなものである。
  • 盆行事について民俗調査し考えたことを述べよ。
  • 民話・伝説を民俗調査し報告し考えたことを述べよ。
 「それぞれ民俗文化(伝承文化)の具体例を観察して、自分の文章にて報告しなさい」と、講師からの注意書きがついている。
 つまり、日本国内に無数にある地域固有の盆行事(あるいは民話・伝説)からどれか一つを選んで、それを観察して報告しなさい、ということである。
 実際には、我々素人が、民俗学者やプロアマ問わない民俗研究家らによる専門的調査の手がいまだ入っていない盆行事や民話・伝説をこれから見つけ出して、一から調査するのはまず簡単ではないので、「民俗調査した報告書からとりあげても構わない」という。
 そこで、埼玉県民であるソルティは、埼玉県各地の盆行事や民話・伝説を最寄りの図書館で調べ、自分が興味を持った対象を選び、それについて書かれた民俗資料を探し出して目を通し、自分の言葉でまとめた。

 秩父ファンのソルティは、秩父のA村で戦国の頃より行われてきた盆行事と、B村で伝えられてきた妖怪伝説を選んだ。
 これらを調べる作業は実に面白かった。(試験には出題されないかもしれないが)
 ソルティは趣味の山歩きの際にB村は通りかかったことがあり、くだんの妖怪伝説あるのを知っていた。が、秩父の山奥にあるA村には行ったことがない。
 せっかく調べたのだから、いつの夏にかA村に行って盆行事を見学する機会があればと思うのだが、過疎化と少子高齢化でA村の盆行事も年々縮小されている様子がうかがえる。存続の危機にある。いや、A村自体、廃村の可能性無きにしもあらず。
 早く行かないと見る機会は永遠に奪われてしまうかもしれない。

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 民俗学というのは別に、戦前の古い時代の民俗のみを対象とする学問と決まっているわけではない。
 常光徹著『うわさと俗信 民俗学の手帖から』(河出書房新書)のように現代の都市伝説を対象としてもいいし、なんなら日活ロマンポルノを手掛かりに昭和時代の性風俗や男女のセクシュアリティのありようを調べてみるのもありだろう。
 現代民俗学という言葉もある。
 ではあるが、何百年も続いてきた地域の行事が次々と消えていく現状をみるに、柳田国男が創設した民俗学というものが、まるで、戦前まで綿々と続いてきた日本の伝統文化や民俗の“待ったなしの記録保存作業”であったかのように思われるのだ。

 ともあれ、民俗学の6つのレポートは完成した。
 これから、ここまでにレポート通過した4つの科目の試験勉強に入る。
 ひとまず小休止。

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● 2025春の奈良旅3 古代まつり

 前回飛鳥に来たのがいつだったか思い出せない。
 いや、藤原京を飛鳥に含むとすれば、3月の奈良大学通信教育スクーリングで訪れている。
 が、ソルティの中では、やはり、聖徳太子や推古天皇や蘇我氏が活躍した頃の政治・文化の中心地を飛鳥とみなしたいのである。
 つまり、山岸涼子作『日出処の天子』の舞台である。 (ただし、斑鳩宮はかなり離れている)

日出処の天子

3日目(4/27)晴れ
09:00 橿原神宮駅前
     自転車レンタル
09:20 明日香村
09:40 甘樫丘展望所
10:20 飛鳥寺(安居院)
10:50 飛鳥坐神社
11:00 酒船石
11:15 岡寺
12:00 石舞台古墳
     昼食
13:00 天武・持統天皇陵
13:20 近鉄橿原線・飛鳥駅
     自転車返却
13:30 飛鳥駅発
15:00 JR京都駅発

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近鉄橿原線・橿原神宮前駅
駅前のレンタサイクル店に開店と同時に行くも、電動アシスト付きは予約で押さえられていた。普通の自転車で Let's GO !

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住宅街が終わり、畑と空が広がる。
そこは明日香村。
時間の流れがゆるやかになった。

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まずは甘樫丘(148m)に登り、北側の大和三山にご挨拶。
三山を含む広い平野(ほぼ目に入る地域)が藤原京の跡地である。
デカさが実感される。

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香久山

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耳成山

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畝傍山

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南側に飛鳥京の跡地を望む

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畑仕事している男性に飛鳥寺への道をきいたら、とても親切に教えてくれた。観光客ずれしていないんだな。

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飛鳥寺
蘇我馬子の発願により推古天皇4年(596)に創建された日本最初の寺院。
安居院という名をもつ。

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本尊の飛鳥大仏(釈迦如来坐像)
609年、鞍作鳥(くらつくりのとり)によって造られた日本最古の仏像。
高さ3m、銅15トン、金30kgが用いられたというから、聖徳太子や蘇我氏の仏教受容の気合いのほどが偲ばれよう。
鎌倉時代の火災による破損のため、当初の部分が残っているのは顔面の上半分と右手指3本。そのせいか国宝には指定されておらず、撮影自由であった。

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アーモンド形の目はたしかに、アルカイックスマイルと並ぶ飛鳥仏の特徴である。

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飛鳥寺より甘樫丘を望む。
中心やや左下に見えるのは、蘇我入鹿の首塚。
うららかだ。

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飛鳥坐(あすかにいます)神社
創建不明の古社。
大国主神の御子である事代主神(ことしろぬしのかみ)を主祭神とする。
お多福と天狗が夫婦和合の「種つけ」をし、稲の豊穣・子宝を願う天下の奇祭「おんだ祭り」で有名。
現在の宮司は飛鳥家87代目当主である。

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酒船石
長さ約5.3m、最大幅約2.3m、高さ約1mの謎の花崗岩。
酒を醸造したという説からこの名で呼ばれているが、用途不明。

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卜占(水占い)に使われたという説もある。

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岡寺
663年、義淵僧正による創建と伝わる。
国宝の義淵僧正像(木心乾漆像)は超国宝展でお会いできた。

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本堂
日本最大(約4.6m)の塑像である如意輪観音さまがいらっしゃる。
右手は施無畏印、左手は与願印、足は結跏趺坐というオーソドックスな像容が意外。六臂(六本の手)をもち片膝を立てて思惟する通常の如意輪観音とはまったく異なる。奈良時代の作と伝わるが、あとから作り直された部分が多そう。子供の粘土細工のような稚拙さがかえって可愛い。

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三重塔
1986年に514年ぶりに再建された。

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岡寺より見下ろす飛鳥の里
ここまでの登りが人力自転車には最もきつかった。

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ふと空を見上げると龍が泳いでいた。
いいことありますように。

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石舞台古墳
今は石が露出しているが、もともとは土がかぶせてあり、一辺約50mの方墳をなしていた。
蘇我馬子の墓とされる。

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飛鳥のシンボルというにふさわしい存在感。
この角度からだと、馬子(『日出処の天子』に出てきた熊親爺)が横たわっているように見える。
中は空洞(石室)になっている。

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馬子の頭側から中に入れる。

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長さ約7.8m、幅約3.4m、高さ約4.8mの花崗岩の石室。
江戸間の6畳×2間くらいの広さ。
ここに馬子の遺体を入れた棺や副葬品が納められていたのだろう。

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玄室内より見た出入口
夏は涼しいかもしれない。

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石舞台古墳を見ながらおにぎりをほおばる。
芝生広場で家族連れが遊ぶ平和な光景。
奈良っぽい。

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飛鳥では外国人観光客をまったく見なかった。
この良さが知れ渡るのも時間の問題だろう。

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天武・持統天皇陵(野口王墓)
叔父と姪の夫婦である。

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現在の墳丘は東西5.8m、南北4.5m、高さ9mの円墳状だが、本来は八角形の五段築城で、周囲に石段をめぐらしてあった。
以下、ウィキペディア「野口王墓」より抜粋。

本古墳は1235年(文暦2年)に盗掘にあい、大部分の副葬品が奪われた。その際、天武天皇の棺まで暴かれ、遺体を引っ張り出したため、石室内には天皇の遺骨と白髪が散乱していたという。持統天皇の遺骨は火葬されたため銀の骨壺に収められていたが、骨壺も奪い去られ、無残な事に中の遺骨は近くに遺棄されたという。

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近鉄橿原線・飛鳥駅
ここで自転車を返却。いい運動になった。

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13:30飛鳥駅発で、京都発15時の新幹線にぎりぎり間に合った。
まだまだ飛鳥は見残しが多い。
飛鳥資料館、飛鳥宮跡、高松塚古墳にも行きたかった。
向後のお楽しみ。

仏教美術と自然と信仰と歴史、そして奈良の人々の穏やかさに浸った、楽しい3日間であった。


おわり












● 離婚後300日問題 映画:『市子』(戸田彬弘監督)

2023年日本
126分

市子

 同棲中の恋人からプロポーズを受け、幸せ絶頂だったはずの若い女性が、翌日置き手紙も残さず、行方知れずになった。
 その女性の名は川辺市子。
 残された恋人長谷川義則は、市子から生まれも育ちも家族のことも聞いていなかった。
 警察に失踪届を出し調べてもらったところ、驚愕の事実を知る。
 川辺市子という人間は存在していない、と。
 長谷川は市子の行方を探す旅に出る。
 
 本作を観て想起したのは、2022年毎日新聞出版刊行の『ある行旅死亡人の物語』(武田惇志、伊藤亜衣共著)であった。
 アパートで孤独死した女性が、住民票がないために身元がわからず、行旅死亡人として扱われた。二人の新聞記者が彼女(田中千津子さん)の正体をつきとめるまでの過程を描いたノンフィクション・ミステリーである。
 千津子さんの身元は最後には判明し、読者はホッとするのであるが、故郷を離れてから千津子さんに何があったのかは結局わからないままであった。なぜ彼女が身元を隠そうとしたのかも・・・。

 市子の場合は、それとちょっと異なる。
 物語では、市子の行方を探す義則(若葉竜也)の姿と並行して、市子の過去が少しずつ描かれていく。
 貧しい母子家庭の育ち、男関係にだらしない母親、母の愛人からの性虐待、病気で寝たきりの妹・・・。不幸な生い立ちである。
 だが、市子にとっていちばんの不幸は、アイデンティティが存在しないこと、すなわち、戸籍を持たないことにあった。
 市子は「離婚後300日問題」の犠牲者なのであった。
 本作は、無戸籍の女性の半生を描いた映画なのである。

離婚後300日問題とは、日本の民法(明治29年法律第89号)772条の規定およびこれに関する戸籍上の扱いのため、離婚届後300日以内に生まれた子が遺伝的関係とは関係なく前夫の子と推定されること(嫡出推定)、また推定されて前夫の子となることを避けるために戸籍上の手続きがなされず、無戸籍者の子供が生じている問題をいう。300日問題、離婚300日問題とも呼ばれる。(ウィキペディア『離婚後300日問題』より抜粋)

 戸籍という制度自体の良し悪しは別として、日本において戸籍を持たないことはほとんど社会生活の死を意味する。
 住民票、パスポート、運転免許証、銀行口座、マイナンバーカード、保険証などが作れない。婚姻届けに戸籍が必要となるため、結婚もできない。就職の選択が極端にせばまれる。多くの行政サービスが受けられない。

 市子の場合、亡くなった妹・月子(戸籍を持っていた)になりすますという手段があったのだが、プロポーズを受けた翌日に流されたテレビニュースで、その可能性はついえたのであった。

 市子を演じる杉崎花が素晴らしい。
 非常に難しい役を、あたかも市子が憑依したかのような、柔軟無碍の感性で演じている。
 そう言えば、民俗研究家の筒井功によれば、市子の“イチ”とは「シャーマン、呪的能力者」を意味するのだそうだ。

 市子の母親を演じる中村ゆりという女優も印象に残る。
 ある意味、すべての元凶はこのだらしのない母親にあるのだけれど、そういう生き方しかできない無明にとらわれた人間存在のどうしようもなさを体現している。

 戸田彬弘の映画ははじめて観たが、季節感を生かした美しい映像の作れる人、役者から自然体のいい演技を引き出せる人のようだ。
 今後に期待。

 「離婚後300日問題」は、2022年12月の民法一部改正を受け、2024年4月に解消した。



おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損








● 2025春の奈良旅2 花まつり

 地図で言えば、奈良の都の右下あたり。三重県に接している宇陀市。
 その大半は森林である。
 2日目は宇陀の古刹・室生寺と、同じ路線にある観音様で有名な長谷寺(桜井市)に足を延ばした。
 両寺とも、満開の花に迎えられた。

2日目(4/26)晴れ
09:45 近鉄大阪線・室生大野口駅
     自転車レンタル
10:30 室生寺(2時間15分stay)
13:00 龍穴神社
13:15 吉祥龍穴
13:45 昼食「室生路」
14:30 室生大野口駅
     自転車返却
15:00 長谷寺駅
15:20 長谷寺(90分stay)
17:15 長谷寺駅
18:00 近鉄橿原線・橿原神宮前駅
宿泊 橿原市内

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近鉄大阪線・室生口大野駅

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駅舎は高台にある。
駅前のレンタサイクル店で電動アシスト付自転車を借りる。
ここから素晴らしいサイクリングロードが始まる。

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宇陀川に沿って新緑の中を行く。

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渓谷美に立ち止まることたびたび。

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約30分で室生寺到着。

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太鼓橋から
参道には古風な旅館や食堂が並び、雰囲気バツグン。

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室生寺
680年、天武天皇の勅命で修験道の祖・役小角が創建したと伝わる。
空海ゆかりの真言宗寺院である。
かつて女人禁制だった高野山に対し、女性の参詣が許されていたことから「女人高野」と呼ばれた。

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仁王門

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石楠花(しゃくなげ)の見頃であった

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ツツジ科ツツジ目
あまりの美しさから修験者が錫杖(しゃくじょう)を投げて修行を忘れたことから錫投げ(シャクナゲ)と呼ばれるようになった――という謂れは今ソルティが作った出鱈目である。

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ここから奥の院まで心臓破りの石段が始まる。

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弥勒堂
鎌倉時代の杮葺きのお堂

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金堂
平安時代初期のお堂
拝観料を払って内陣を拝み、スマホ撮影することができた。

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国宝・釈迦如来像、薬師如来像(右)、文殊菩薩像(左)
平安時代初期のカヤ製の一木造

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十二神将より2体(鎌倉時代)
武器を持っていないので正体が分からず。

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本堂
室生寺本尊の如意輪観音菩薩像(平安時代)が安置されている。
カヤの風合いが残る素朴なタッチの像。

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五重塔
平安時代初期の建立。五重塔としては法隆寺の次に古い。
丹塗りの組物が緑に映えて美しい。

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奥の院まで、数百段の杉木立の石段が続く。
もう少し時期が遅ければ、汗だくになるところ。

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清水の舞台のような建物が見えれば終点

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内陣に黄金の位牌がずらりと並ぶ位牌堂であった

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奥の院には、ほかに大師堂、御朱印をもらえる社務所がある。
位牌堂の周囲の欄干に腰を下ろせる場所がある、
宇陀の風に吹かれて一服しつつ、高野に思いを飛ばすのもオツ。
「わが身をば 高野の山に とどむとも 心は室生に 有り明の月」(伝・空海詠)

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位牌堂に飾られている地獄絵

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下山して宝物殿へ。
ここには素晴らしい仏像がある。
美しい色彩と模様の光背をもつ女性的で優美な十一面観音菩薩(約196cm)、
ダイナミックな表情とポーズがハートを鷲掴みする十二神将、
国宝・釈迦如来坐像は奈良国立博物館「超国宝展」出稼ぎ出張中でパネル展示であった。

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本坊・慶雲殿

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街の喧騒を離れた自然のふところで、命の洗濯ができる素晴らしいお寺であった。

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自転車で龍穴神社へ10分。

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龍穴神社
水の神・高龗神(たかおかみのかみ)を祀る。
奈良時代から平安時代にかけて雨乞いの神事が営まれた。
パワースポットとして人気を集める。
そこからさらに山道を登ること15分。

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吉祥龍穴
ここが龍穴神社の奥の院、パワーの源である。
電動アシストでなければ厳しい登りであった。

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禁域の滝

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沢のほとりに建つ遥拝所。
なにやら熱心に祈願している先客がいた。

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竜神が棲むという龍穴。これがご神体。
このあたりの空気は清浄にして崇高なものがあった。

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里に下りて遅めの昼食
「室生路」さんはメニュー豊富。

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黒毛和牛たっぷりの肉うどんが旨かった。
コーヒーの無料サービスもあった。
御馳走様!

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近鉄大阪線・長谷寺駅へ。
地元民らしき男性に長谷寺へ行く近道を教わった。

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お店や旅館の並ぶ参道はつい寄り道、買い食いしたくなる。
・・・しました。

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昔ながらの旅館が並ぶ。
紫式部もこの参道に泊まったのだろう。

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長谷寺
727年、聖武天皇の勅願により十一面観音菩薩を祀ったのが長谷信仰のはじまりと言われる。
真言宗豊山派の総本山でもある。
(結局、本日は弘法大師参りってことか・・・)

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登廊(のぼりろう)
仁王門から本堂まで399段の屋根付き石段が続く。
室生寺は日本人参拝客のみだった。ここは外国人も多かった。

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牡丹の見頃であった。

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小倉百人一首を選んだ藤原定家と父・俊成の塚があった。
「来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに 焼くやもしほの 身もこがれつつ」(定家)  
(夕なぎの松帆の浜辺で、いくら待っても来ない人を待っている私は、浜で焼いている藻塩草のように身をこがしているのです)

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本堂
1650年、徳川家康により造営された。

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本堂から西に望む丹色の五重塔が、緑の中に美しい。
1954年建立。

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本尊・十一面観世音菩薩立像
10mを超す楠製の巨大像に圧倒された。
1538年、東大寺僧実清作と伝わる。(紫式部はこれを拝んでいない)
内陣に入って巨大な爪先に触れながら、下から見上げることができる。
ジャイアント観音と言うにふさわしい迫力。

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大手毬の群生
子手毬(コデマリ)の兄貴分かと思ったが、実は別系統。
コデマリはバラ科、オオデマリはスイカズラ科である。

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牡丹園の向こうに本殿を望む
日本的な美の粋。

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近鉄橿原線・樫原神宮前駅へ。

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駅から徒歩10分強の宿にチェックイン。
周囲に畑が広がり、畝傍山を東に望む里山ロケーション。

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ふつうのアパートの一室を宿として活用している。
家にいるような落ち着きと家財が揃った便利さ。
管理人さんの顔を見ることなくチェックイン・アウトした。
(訪ねて来られたが、ちょうど風呂上がりで出られなかった)

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風呂上がりに付近を散歩。
古代飛鳥の人々も同じ夕焼けを見たであろう。




つづく。






  

● 妖怪ウォッチ 漫画:『猫楠 南方熊楠の生涯』(水木しげる・作画)

1991~1992年講談社『ミスターマガジン』初出
1996年角川ソフィア文庫

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 副題はちょっと言葉足らず。
 内容に即していうならば、「南方熊楠の生態と生涯」であろう。
 これは、日本一の妖怪博士・水木しげるによる「妖怪クマグス」に関する記録である。
 その特徴は次のようになる。

生息地 紀州和歌山
性質  傍若無人、カッとなりやすい、親分肌、金銭感覚なし、好奇心旺盛
好物  アンパン、酒
特技  自由自在にゲロを吐く、幽体離脱
愛称  てんぎゃん(天狗)
生態  
  • 粘菌にくわしい
  • 猫と子供が好き
  • 風呂好き、だが不潔
  • 夜行性
  • 驚異的な集中力と記憶力をもつ
  • 普段着は裸
  • すぐにチ×ポをいじる
  • 猥談が大好き
  • 数か国語をあやつる
  • 男色の気もあり(コミックでは触れられていない)
 まったく人間臭い妖怪である。
 キューバでサーカス団の巡業に同行していたとか、イギリスでは大英博物館で英国人と大喧嘩して出禁になったとか、中国革命の父・孫文と馬が合ったとか、菌類に興味を持つ昭和天皇をして和歌山まで足を運ばせたとか、大河ドラマの主人公になってもおかしくない豊富で奇天烈なエピソードの持主。
 しかし、大河ドラマはコンプライアンス的に無理だろう。
 ボカシばかりになってしまう(笑)。
 
 「猫楠(ネコグス)」というタイトルは、熊楠が飼っている猫の名前から来ている。
 ネコグスの目を通して見たご主人・熊楠の日常と半生が語られる、いわば、『吾輩は猫である』みたいな構成になっているのだ。
 南方熊楠に託されがちな知の巨人とか偉人とか世界的な生物学者といった近寄りがたいイメージを一挙に打ち壊し、不器用に生きるすべしか持たなかった愛すべき紀州男子の姿を浮き彫りにする力作コミックである。

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おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損






● 2025春の奈良旅1 国宝まつり

 鈴木亮平に誘われ、ゴールデンウィーク直前に3日間の奈良旅。
 奈良のイケメンならぬ、イケ仏たちに会うがため。

1日目 国宝まつり
 斑鳩の里(法隆寺~法起寺~法輪寺)
 奈良国立博物館・超国宝展
2日目 花まつり
 室生寺の石楠花
 長谷寺の牡丹
3日目 古代まつり
 飛鳥巡り(甘樫丘~飛鳥寺~岡寺~石舞台古墳~天武・持統天皇陵)
 
 3日間とも駅前で自転車をレンタルし、効率的かつ気分良く、名所・名跡を巡ることができた。
 暑くもなく、寒くもなく、うららかに良く晴れて、それほど混み合うこともなく、花も新緑も仏も里山もすこぶる美しく、素晴らしい時が持てた。

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鈴木亮平 in 石舞台古墳

1日目(4/25)晴れ
 前泊 京都市内
 08:30 JR法隆寺駅
     自転車レンタル
 08:45 法隆寺(2時間半stay)
 11:40 法輪寺(30分stay)
 12:30 法起寺(40分stay)
 13:30 JR法隆寺駅
     自転車返却
 14:00 JR奈良駅
     自転車レンタル
 14:20 奈良国立博物館・超国宝展(2時間半stay)
 17:10 近鉄奈良駅
 宿泊 天理市内

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JR法隆寺駅
駅前の喫茶店で自転車を借りる(一日600円)。
バス便が少ないので、斑鳩の里めぐりには自転車が非常に便利。
地図をもらい、道順や駐輪場所も教えてもらった。

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法隆寺
前回来たのは2年前の春。
今回どうしてもこの時期に来たかったのには訳がある。

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夢殿に直行。

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御開帳(4/11~5/18)の救世観音を見たかった。
楠製の一木造で金箔を押している。宝冠は金銅製。
7世紀前半の作で作者不明。
聖徳太子の等身大の像として有名だが、思いのほか小ぶりに感じた。
像高約180cmはソルティより20cm高いはずなのだが。
離れたところから金網越しに見たせいであろうか?
いまひとつ迫力(霊力)が感じられなかった。
修学旅行生到着前を狙ったので、ゆっくり拝むことができた。
(画像は法隆寺発行のパンフレットより)

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もちろん、お隣の中宮寺に寄り、弥勒菩薩の神秘的な微笑に癒された。

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西院伽藍
修学旅行生が続々やって来た。
小学生が一人一台タブレットPCを持って学習していたのには驚いた。

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境内には素晴らしい古木がある

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法隆寺の裏手にある天満池
このあたりは池が多い。
年間降水量が少なく、大きな川や湖もない大和平野の農民たちは、用水不足に悩まされてきた。つまり、人造池である。

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天満池から法隆寺を望む。

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池のほとりに立つ斑鳩神社
祭神は菅原道真公
それゆえ天満池と言うのだ。

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法輪寺
聖徳太子の御子の山背大兄王子(やましろおおえのおうじ)創建と伝わる。

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三重塔は昭和19年(1944)落雷で焼失。
昭和57年(1975)に再建された。

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講堂
飛鳥時代の薬師如来像、虚空蔵菩薩像、平安時代の十一面観音菩薩像、鎌倉時代の聖徳太子2歳像、室町時代の聖徳太子16歳像、江戸時代の妙見菩薩像など、バラエティに富む仏像たちがずらり。時代ごとの仏像の様式の違いを学ぶのに恰好の陳列。
中でも、邪鬼ならぬ米俵に乗った毘沙門天(平安時代)は珍しい。お寺の人の話によると、江戸時代に改造されたとか。豊作を願う当時の里人の生んだ変体仏であろう。

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のどかな畑中の道を薫風に吹かれて快適サイクリング

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法起寺
聖徳太子が法華経を講義した岡本宮を、のちに寺に改めたと伝えられる。
太子建立7ヵ寺の1つに数えられている。

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ご本尊・十一面観音菩薩立像
像高350cm  
10世紀後半頃の作と伝わる。

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講堂
元禄7年(1694)に再建したもの。
どことなく城郭風である。

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国宝の三重塔
慶運3年(706)建立と伝わる。
現存する日本最古の三重塔である。  
Simple is beautiful.

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三重塔の中を覗く。
いかにも初期の塔らしい簡素な構造。

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法輪寺や法起寺まで足を延ばす人は少ない。
それだけに、静かでゆったりした斑鳩の里の気を満喫できた。

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奈良国立博物館へ移動

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これが今回の旅の目玉の一つ。
約110件の国宝が一堂に集められた贅沢極まりない展覧会。
仏像好きにとっては万博どころでない空前絶後の仰天企画である。
ソルティは学生なので、観覧料一般2200円のところ学生1500円。
――と思ったら、奈良大学は博物館のメンバーシップ会員になっているので、学生証を見せればなんと400円で入れる! 
超オトク!

主役級の役者たちが共演する昭和時代の年末特番ドラマ(『忠臣蔵』とか)のような豪華さに、圧倒されっぱなしだった。

大物キャスト紹介(ほんの一部、おおむね時代順)
  • 百済観音(法隆寺)・・・法隆寺では模刻が留守番していた。
  • 四天王立像(法隆寺)・・・飛鳥時代の木像の傑作。文科系の広目天が渋い。
  • 天寿国繍帳(中宮寺)・・・聖徳太子妃の橘大郎女の発願にて、太子が往生した天寿国のありさまを描いたもの。現存する日本最古の刺繍。
  • 釈迦如来倚像(深大寺)・・・三鷹からいらしてたのね。
  • 維摩居士坐像(法華寺)・・・肖像彫刻の傑作。個性爆発のユイマ。
  • 義淵僧正坐像(岡寺)・・・奈良時代にこのリアリティ。義淵(643-728)は法相宗の僧侶。
  • 釈迦如来坐像(室生寺)・・・どっしりした安定感。下腹のたるみに親近感。
  • 菩薩半跏像(宝菩提院願徳寺)・・・どこから見ても隙のない完璧な美はグレタ・ガルボか原節子のよう!
  • 吉祥天像(薬師寺)・・・2次元から飛び出てきそうな高貴な天女絵。むかし教科書でお目にかかった。
  • 金地螺鈿細毛抜形太刀(春日大社)・・・鞘に刻まれた何匹もの大和猫のデザインがキュート
  • 大日如来坐像(円城寺)・・・若き運慶の出世作。天才の出現を告げてあまりない。
  • 病草子(京都国立博物館)・・・ふたなり(半陰陽)、痔瘻の男、口臭のきつい女など、病者をリアリスティックに描いた平安末期の珍絵巻。
  • 重源上人坐像(東大寺)・・・運慶作か? 皺のひとつまで、生きているかのようなリアリティ。重源上人は平重衡によって焼かれた南都の復興に尽くした人。
  • 天燈鬼・龍燈鬼立像(興福寺)・・・奈良大学通信教育学部パンフレットの表紙を飾る。運慶の息子・康弁の手による。
 2時間半、集中して見続けてフラフラになった。
 おそらく今日一日で見た国宝の数は、過去60年間分のそれを上回るであろうし、この先もこれほどたくさんの国宝を一度に見ることはまずあるまい。
 国宝バブリーな一日であった。

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疲れた頭と体を天理の温泉で休めた。


つづく。








● ブルックナー・ニューロン 豊島区管弦楽団 第99回定期演奏会

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日時: 2025年4月29日(火) 13時30分~
会場: 所沢市民文化センター・ミューズ アークホール
曲目:
  • ベートーヴェン : 交響曲第5番 ハ短調『運命』作品67
  • ブルックナー  : 交響曲第5番 変ロ長調 WAB.105
指揮: 和田 一樹

 風薫るさわやかな午後、西武新宿線・航空公園駅から所沢ミューズに向かう足取りは、つのる期待で自然と速まった。
 なんと言っても、和田一樹&豊島オケのベートーヴェン『運命』である。
 期待するなと言うほうが無理だろう。
 ブルックナーについてはソルティはまだ開眼していないし、第5番を聴くのも初めてであるが、ひょっとしたら和田一樹&豊島オケなら、ソルティの耳糞のつまった鈍い耳を開いてくれるかもしれない。
 晴れて、ブルオタの仲間入りできるかもしれない。

 約2000席のアークホールは6~7割ほど埋まった。
 心なしか妙齢のオバ様たちが多かった。

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西武新宿線・航空公園駅

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所沢市民文化センター・ミューズ

 圧巻の『運命』!
 和田&豊島オケがこれまでに何回『運命』を演奏しているのか知らないが、もはや自家薬籠中といった感じの完成度。
 今年の初めにすみだトリフォニーホールで豊島オケを聴いた時に、「音のクオリティが上がった?」という印象を持ったが、今回聴いて、それは間違いなかったと実感した。
 ウィークデイに仕事を持ちながら余暇にオケしている人の集まりとはとても思えない。
 オケがまるで一個の生き物のように息づき、動いていた。

 第1楽章は速いテンポのうちに、刻みと粘りのメリハリ鮮やか。
 第2楽章こそ、ケン玉使い和田の真骨頂。
 緩急、強弱、明暗、硬軟、自在に玉を――じゃなくて音をあやつり、壮麗にして豊饒な世界をホログラムのごとくミューズの空間に立ち上げた。
 ホールの音響効果を十分利用した残響による余韻の興趣は心にくいばかり。
 雌伏の第3楽章を経て、第4楽章で爆発する歓喜。

 ソルティはこの曲を、モーツァルト最後の交響曲『ジュピター』に対する、ベートーヴェンなりの挑戦あるいはオマージュじゃないかと思うのである。
 それが明らかになるのが第4楽章で、向かい風の中を決然と立つ獅子のような英雄的な動機と、ピッコロの天上的響きが共通している。
 ここのピッコロは、音色の質や多少の音の狂いなどは構わずに、とにかく自在に、思い切りよく、楽天的に、「はしゃげ!」――が正解。
 ちょうど、小さな子供が元気にはしゃぎ回る声が、たとえ音楽的でなくとも、天上的に響くのにも似て。

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 ブルックナー第5番の感想はこれしかない。
 「う~ん、ブルックナーだ(笑)」
 小津安二郎の映画がまごうかたない小津印――ローポジション撮影、固定カメラ、単調なセリフの繰り返し、童謡の使用など――を身に着けていて、他の監督の作品と間違えっこないのと同様に、ブルックナーの音楽もまた他の誰の音楽とも似ていない。
 ブルックナー印がそこかしこに刻まれている。
 それを心地よく(美しく)感じられるかどうかに、ブルオタになれるかどうかの踏み絵ならぬ登竜門があるのだと思う。
 残念ながらソルティはまだそこには達していない。
 というより、いつか達する日が来るのかどうか・・・。

 ブルックナーを好きになる人は、もともと脳内のブルックナー・ニューロンが人より発達しているんじゃなかろうか。
 そして、その発達は女性より男性のほうに多く見られ、同じ男性でも鉄っちゃん・ニューロンを有している人と相関が高いのではないか。
 ――なんてことを思う。
 今日も、終演後に、「やっと終わった」というオバ様たちの安堵の表情をよそに、「ブラボー!」が多く飛び交っていたが、それはすべて男性の野太い声であった。
 ブルックナーがメインの演奏会では男子トイレに列ができる、「ブルックナー行列」という言葉さえある。

 ブルックナーの音楽はクリスチャンであった作曲家自身の信仰の表現とか言われるが、必ずしもブルオタ=クリスチャンではないと思うし、生粋のクリスチャンが、たとえばバッハの音楽を愛するようにブルックナーの音楽を愛することができるのかどうか、ソルティははなはだ疑問に思う。
 ブルックナーの音楽を難解とは思わない。
 ただ、マーラーやショスタコーヴィチの音楽以上に、聴く人を選ぶのではないか。

 和田一樹&豊島オケでも、ブルックナーの壁は越え難かった。




● 本:『秘仏探偵の鑑定紀行』(深津十一著)

2020年宝島社

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 秘仏とは、一般に、信仰上の理由により非公開とされ、厨子などの扉が閉じられたまま祀られている仏像のことを言う。
 有名な秘仏――という言い方もなんだか矛盾しているが――を挙げると、法隆寺夢殿の救世観音、東大寺法華堂の執金剛神像、東大寺二月堂の十一面観音立像、唐招提寺の鑑真和上坐像、浅草寺の聖観音像、長野善光寺の阿弥陀三尊像、吉野山金峯山寺の金剛蔵王大権現など、枚挙のいとまがない。
 これらの秘仏は、特定の日に限って公開されるものから、例年期間限定で公開されるもの、数年~数十年に一度だけ公開されるもの、そして公開されるあてのないものまで、御開帳の度合いもいろいろである。

 基本、ソルティは秘仏文化には反対である。
 仏教は本来顕教であるべき(ブッダに握拳なし)なので、秘匿するという思想は“邪見”もいいところだと思う。
 まあ、そもそも仏像をつくること自体、「諸行無常・諸法無我」、「自灯明・法灯明」を説いたブッダの教えとはそぐわないことなのであるが――実際、仏滅後500年ほどは仏像はつくられなかった――そこは今さら言っても仕方ない。
 非公開の理由として文化財保護の観点が上げられることも多い。が、保存科学の技術が進んだ現在、仏像を公開しながら保護する方法はいくらでもあるはず。
 仏像は人の目に触れて日々祈られてこそ、本来の用途をなす。
 「ちょっとだけよ、あんたも好きね」みたいなカト茶的“じらし”方はいい加減やめてほしいところである。

執金剛立像
東大寺三月堂の執金剛神像
(毎年12月16日のみ公開される)

 本書でいう秘仏は、しかし、上記の“じらし仏”とは違う。
 つくられた過程がよくわからない、謎に包まれた、その存在を人に知られていない、無名の仏像というほどの意味である。 
 仏師修行中の青年・織田真人は、R大学で仏教研究をしている八代准教授に見込まれて、20年前に出版された作者不明の小冊子『秘仏探訪』に登場する仏像の謎を解き明かすべく、共に旅に出る。
 が、“見込まれた”のは、織田の仏師としての技量ではなかった。
 織田には、仏像に手を触れると、制作者の思いや制作過程を追体験できる不思議な能力があったのである。
 京都伏見の古刹に江戸時代から伝わる地蔵菩薩像。
 修験道のメッカ奈良県大峰山に秘された虚空地蔵菩薩像。
 アイヌコタンの土産物屋の奥にしまい込まれた野性味あふれる木彫りの仏たち。
 仏像のつくられた背景が織田の脳裏にダウンロードされるとき、それが秘仏である理由も、制作者が仏像に込めた思いも明らかになる。
 そして、いにしえの人々が抱いていた信仰の深さに触れることになる。

 仏像好きにはたまらないミステリー。
 こういった秘仏こそ、ありがたい。
 
 

おすすめ度 :★★

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