ソルティはかた、かく語りき

首都圏に住まうオス猫ブロガー。 還暦まで生きて、もはやバケ猫化している。 本を読み、映画を観て、音楽を聴いて、神社仏閣に詣で、 旅に出て、山に登って、瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

● シャフクへの道1 本:『人間の発見と形成 人生福祉学の萌芽』(メアリー・リッチモンド著、杉本一義訳、出版館ブック・クラブ)

社会福祉テキスト シャフク(社会福祉士)の資格を取るため4月より通信教育を始めた。
 1年8ヶ月間、毎月のレポート提出(多いときには4本!)と4回のスクーリング参加(各2日~4日)、そして180時間(約4週間)以上の現場(施設)実習で、社会福祉士国家試験の受験資格が得られる。
 2016年1月の試験で合格すれば社会福祉士とあいなるわけだが、自分の場合、カイフク(介護福祉士)の試験と重なってしまうので、先に難易度の低い介護福祉士を取得し、翌2017年1月にシャフク受験を予定している。(試験日が同じため両方一挙には取れない。)

 現在、日々の仕事にしていて(老人ホームの介護職)、3年経過すれば自動的に受験資格が得られる介護福祉士だけでなく、なぜあえて社会福祉士の資格も取ろうと思ったのか。
 実は自分でもよくわからない。
 福祉系の就職に有利ってのはあるだろうが、齢も齢だし、今さらどこかの組織に属し社会福祉士(=ソ-シャルワーカー)として生計を立てるなんて気持ちはない。
 それに、社会福祉士は名称独占であって業務独占ではないので、別に国家資格を持たなくても同種の活動はすることはできる。(実際NPOで働いていた時に相談援助業務はやっていた。)
 あえて言うなら、暇だったから。
 漫然と日々を送ってしまうよりも、何か目的を立ててそこに向かっていくほうが、充実感が得られる。
 そして、職場の若い同僚に社会福祉士を目指しているイケメンがいて、触発されたから。(共通の話題が持てる!)
 純粋なような、不純なような動機であるが、いくつになっても学ぶに遅すぎることはない。(ということを自身に証明したいっていうのもあるな。)
 50万円近く自己投資して、「五十の手習い」をスタートした。

 学び始めて驚いたことに、ここ20年くらいで、我が国の社会福祉をめぐる状況は180度(と言っていいくらい)変わっているのである。
 その根本にあるのは、一つには、高度経済成長を過去のものとした現代日本社会における福祉ニーズの多様化、複雑化、高度化である。
 障害者や母子家庭や生活困窮者など一部の特定の(恵まれない)人々のみが福祉の対象となるのではなく、ホームレス、ニート、ワーキングプア、家庭内暴力、子どもや高齢者などへの虐待、引きこもりの増加など、なんらかの形で福祉を必要とする層が増えている。少子高齢化はその最たる要因で、2005年には国民の5人に1人が高齢者(65歳以上)となって、福祉を必要とする層は今後も増加の一途にある。
 つまり、福祉の普遍化が始まっている
 もう一つは、国際的な社会福祉の潮流(ノーマライゼーション思想や自己決定権の尊重)および福祉予算の増大を受けて、我が国の福祉政策に根本的変革がもたらされたことである。
 それが2000年前後から始まった社会福祉基礎構造改革である。
 ポイントを取り上げると、以下のようになろう。
1.「措置」制度から「契約」制度へ
2.民間団体も含めた多様な経営主体の参入促進
3.情報公開制度の導入と第三者によるサービスの評価
4.「施設」から「在宅(地域)」へ
5.「救貧的福祉」から「普遍的福祉」へ
6.「無料給付型福祉」から「応能負担型福祉」へ
7.「縦割り主義」から「統合的」へ
8.「パターナリズム(庇護主義)」から「自立支援」へ

 この改革の典型的モデルが2000年から施行された介護保険制度である。
 その後、この流れは他の福祉分野にも広がっていく。
 障害者(難病患者含む)に関しては、2005年の「障害者自立支援法」を経て、2013年施行の「障害者総合支援法」で一応の完成を見、児童・家庭福祉分野では2017年施行予定の「子ども家庭福祉制度」で構造改革が遂行される。

 この改革には賛否両論あるのだろうが、家族が面倒見切れなくなった障害者や高齢者について、これまで行政が一方的に行き先を決めて(措置)、しかもサービスの質は外部評価を受けないだけに酷かったものが、当事者の自己決定が全面に押し出され(契約)、民間団体の参入により競争原理が働き、情報公開制度によりサービスの質の向上につながることは、十分プラス評価に値する。
 また、「介護の社会化」という言葉に象徴されるように、福祉が法律や制度という安定的な基盤をもち、資格を持つプロによって遂行され、介護保険料や消費税などの税金による国民の相互扶助の精神で目に見える形で支えられていくことは、最終的には(うまくいけば)北欧型の福祉制度に近づいていくことを予想させる。

 過去20年、HIV感染者という「身体障害者」を対象とするボランティアに関わりながら、こういった日本の社会福祉事情の変化に疎かった自分にビックリするが、「基礎構造改革」が議論されていた当時の首相が自民党の小泉純一郎だったことが無関心の主たる原因だったのだと思う。彼の振りかざす「自己決定=自己責任」論は新自由主義の匂いが芬々とし、弱者に対して厳しい政策が進行しているという印象があった。
 また、HIV感染者は後天的な内部障害ということで、肢体不自由者とも知的障害者とも介護の必要な高齢者とも、ちょっと位相が異なるというのもある。(施設に入る必要などないのだから。) しかも、現在ではHIV治療の進歩によって、感染してもAIDS発症を抑えることができるから、基本今までどおりの自立生活が可能なのである。

 ともあれ、指定されたテキストをたよりに昨今の社会福祉の動向について勉強を開始したことで、自分が抱いていた「社会福祉」および「社会福祉士」のイメージは大きく変換を迫られることになった。自分の中では、90年代に仙台で市民活動をしていた頃の(基礎構造改革以前の)情報とイメージが固定したままだったのである。
 社会は変わる。時代はめぐる。
 やはり、いくつになっても学ぶことは大切である、ということを痛感している今日この頃である。

what is social work さて、メアリー・リッチモンド(Mary Richmond、1861 - 1928)は、アメリカのソーシャルワーカー(=社会福祉士)の先駆となった女性である。貧困層の救済を目的とした「慈善組織協会」で個別訪問に力を入れ、収集したケースワークを分析・理論化することにより、それまでの「慈善」から科学的な支援の方法としての「ソーシャルワーク」への道を切り開いた人物である。
 彼女が1922年に発表した『WHAT IS SOCIAL WORK?(ソーシャルワークとは何か)』という本の邦訳が本書である。(タイトルはそのまま訳したほうが良いのにな・・・)
 社会福祉の仕事に関わる者にとって、彼女の言葉は今でもまったく輝きを失っていない。

 

●ソーシャル・ケースワークとは人間とその社会環境とのあいだを、個々に応じて意識的に調整することにより、パーソナリティの発達をはかるさまざまな過程からなるものである。


●ケースワークという特殊な努力形態が成功するためには、まず個人の特性に対する高度な感受性が要求される。パーソナリティ、とりわけ自分自身とは似ても似つかないようなパーソナリティに対して本能的な敬意を払うこと、それはケースワーカーのもつ資性の一部でなければならない。ケースワークの目的はある優秀な典型をつくりあげ、人びとをそのような典型に合わせていくことではない。むしろ、各個人のなかにある最善の長所を発見し、それを解放し、伸ばしていくことがケースワーカーにとっての特権である。それは人間性の無限の変化に富むパターンに、さながら画家にも似た努力をもって深く働きかけ、その色調の深さと豊かさを発展させることなのである。

●人間は独立心を欠いた家畜ではない。人間が動物と異なっているという事実は、人間の福祉をはかる計画を立てたり、その計画を実行する上で、みずから参加する必要があることを明確にしている。個人はそれぞれの独自の意志と目的をもち、受動的な役割を果たすようにつくられてはいない。したがってもし人間がつねにそうした受け身の立場にとどまれば墜落しさえする。


●  「かかわる」ことは「かわる」こと 本:『こんな夜更けにバナナかよ』(渡辺一史著、北海道新聞社)

こんな夜更けにバナナかよ 2003年発行。

 大宅壮一ノンフィクション賞を獲ったドキュメンタリー。
 進行性筋ジストロフィーのため人工呼吸器をつけ寝返りひとつ打てない鹿野靖明(1959年生まれ)と、彼を24時間体制で介護するボランティアたちとの「心温まる交流を描いた愛と涙の闘病ストーリー」。
 ――というのは嘘で、そのような「24時間愛は地球を救う」的な紋切り型を軽く蹴破ってしまうところに、この本の価値はある。(24時間テレビを何十年も見ていないので断定するのも何であるが)
 ボランティアたちとの「交流」は当然ある。確かに描かれている。
 しかしそれは、素直に「交流」と言ってよいものかどうか。「心温まる」ものなのかどうか。
 傍目にはそこには「助けを必要とする者」と「助ける者」がいる。一方に、多くの重度身体障害者や難病患者がそうであるように施設や病院に収容され医療従事者らによってケアされるそんな在り方を拒み、自らボランティアを育成しコーディネートしながら自宅で生活を送り、福祉に欠ける社会に対してアピールする開拓者の姿がある。一方に、彼の命と自立生活の継続を支える無償のボランティアたちの感心な行為がある。
 そこからはいくらでも美談が紡ぎだされよう。
 だが、このドキュメンタリーは、というより現実はつねにもっと猥雑である。


 とりたてて福祉や医療やボランティアに興味のなかった著者の渡辺は、北海道新聞社の編集者から鹿野靖明とボランティアとが日々綴る「介助ノート」のコピーを渡され、それをもとに本を書くよう依頼される。
 つまり、自ら「どうしても書きたい」という内なる慫慂があったわけではなかった。
 

 家に帰ってから、渡された介助ノートのコピーをじっくり読んでみた。
 おもしろかった。少し意外な気がした。
 それまで、障害者とかボランティアの体験談といえば、「感動的」な話しか知らなかったが、そこからハミ出してあふれ出てくるような何かが、そのノートには満ちていた。
 同時に浮かんだ、いくつかの疑問と好奇心。
 そもそも他人の介助を二十四時間必要とする、つまり、片時も一人になる時間がない生活というのはどのようなものなのか。
 私はといえば、「人に迷惑をかけない。かけられたくもない」という範囲内で生きることに、なぜだかこれまで死力を尽くしてきたような気がする。


 さらに、もう一つの疑問と好奇心。それは、編集者がいったように、なぜ多くの若者たちがボランティアに来るのかということだった。その世界には、いったい何があるのか。


 こうした好奇心を胸に、渡辺は「道営ケア付き住宅」であるシカノ邸(札幌)に入り込んでいく。
 そこで見聞したものは、渡辺の予想や常識をくつがえす、衝撃と混沌の「生」と「関係」のありようであった。それが、この作品の最も魅力的な柱をなしているように思う。
 すなわち、渡辺が「異質(=他者)」と出会って、それに驚き、興奮し、困惑し、苛立ち、反発し、巻き込まれることに怯え、躊躇し、熟考し、最終的に受け入れていく――そのプロセスこそが面白い。
 それは、多くのドキュメンタリーやルポルタージュや伝記作家がするように、自らの視点や立場や価値観を固定したままで客観的に対象を観察し描き出そうとするのとは違う。取材対象に「かかわる」ことで自らも「かわっていく」、動的な関係性なのである。

 渡辺がどう理解したらよいのか苦しんだことの一つに、鹿野の「ワガママ」があった。それは鹿野に関わるボランティアたちが早晩ぶち当たるジレンマで、この本のタイトルはまさにそこを突いている。
 

 私もまた鹿野と何度となく会い、言葉をかわすうちに、拭いがたくそう感じてしまうことが多かったのである。しかし、障害者がワガママで自己中心的だなどという話は、それまでの私が知る範囲での“障害者物語”の文脈にはおよそ不似合いな気がしたし、多少のワガママは“重い障害があるから仕方のないこと”であり、あるいは、そう感じてしまう健常者の(私の)共感能力にこそ問題がるのだろうかと思ったりもした。
 しかし、そうではないのではないか――。取材を通して鹿野以外の何人かの障害者と出会い、「障害者運動」というものについて考えてゆくうちに、徐々にそう感じるようになった。


 なぜ介助者は、ときに「ワガママ」などという否定的感情を抱いてしまうのか。
 一つに、他人による全介助を必要とし、ベッドからほとんど動くことのできない鹿野にとって、自分の欲求を口にし、介助者にものを頼むことが「生きること」であり自己の存在を他に示すほとんど唯一の手段であるということだ。


 さらに考えなければならないことは、自立をめざす重度障害者たちは、こうした自己主張を対人関係のみならず対社会にまで押し広げることで、在宅福祉制度の必要性を訴え、自立生活の基礎そのものを生み出してきた点だ。・・・・・・・
「施設や病院はイヤだ。街で暮らしたい!」
「普通の生活がしたい。それは当然の権利なのだ!」
 これらの要求も、つねに「ワガママだ」とか「ぜいたくだ」という視線に阻まれてきたことを考えると、自立を試みる障害者たちは、そもそも健常者にとって本質的に「ワガママ」な存在であるという言い方もできる。そうでなければ、何ものをも変えることはできないだろう。


 障害者の「ワガママ」――。
 いや、障害者に限らない。当事者の「ワガママ」というものは、それと付き合わざるを得ない(付き合うことを選んだ)周囲の支援者にとって、実に厄介なテーマである。
 社会的に不利な状況に置かれている当事者の境遇に同情し、「個人的に支えたい。そのような不公平な社会システムを彼らと一緒に変えていきたい。」と思えばこそ、支援者は当事者にかかわる。
 だが、当事者と、当事者でない者の協働は、遅かれ早かれ壁にぶち当たる。
 「当事者性」という壁に。
 最初から支援者はどうしたって当事者の気持ちや意向を尊重する。心のどこかに「かわいそう」「不憫だ」という思いもあるだろうし、「常に当事者の利益を最優先し、当事者の自己決定を尊重すべし」という社会福祉の黄金ルールもある。
 すると、そのうち両者の関係が不透明になってくるのである。
 支援者は思う。
「いったい、どこまで当事者の要求を聞いたらいいのだろう?」
「これはワガママだろうか。それとも正当な権利だろうか?」
「これをワガママと感じてしまう自分は冷たいのだろうか?」
 そのうち支援者は当事者の「ワガママ」に振り回されているような感覚を持ち始める。心の優しい支援者ほど、当事者の要求をなるべく叶えてあげようと骨を折り、挙句の果てにバーンアウトする。
 一方、当事者は社会や周囲から与えられていた(与えられている)無理解や差別に対する報復(ルサンチマン)を、まず身近なところにいる「当事者でない人間(=支援者)」に向けることがある。あるいは、まず「隗より始めよ」で、周囲の人間の意識変革を求める。それは理解できないことではない。
 が、支援者の度量には限界がある。
 そのうちに一人また一人と運動から去って行く。
 当事者は、自分から離れていく支援者を見るにつけ「当事者のことは結局当事者にしか分からない」という結論を強固にし、ますます壁を厚くしてしまう。


 自分(ソルティ)もまた障害者のサポートを通じて、この「当事者性」にはずいぶん悩まされた。「‘当事者主権’は重要であるが、‘当事者原理主義’は良くない」と思ったものの、両者の適切な線引きが難しいのである。渡辺が書いているように、「社会を変える力となるのは、常識や良識を逸脱しているかに思える個人のワガママがきっかけ」と思うから、ある程度のワガママを聞くことも支援のうちと思うのであるが、時に自分の目からすると、当事者がその「当事者性」の上にあぐらをかいて被害者意識を振り回すことで、周囲に罪悪感(あるいは鬱陶しさ感)を持たせ、結果的に自らの思い通りに万事を運ぶテクニックを用いているかのようにも見えるからである。(そんなことを思いつく自分に自己嫌悪した・・・)

結局のところどうするべきなのか。
 ・・・・・。
 介助者は、鹿野を気づかって、ただ言いなりになっているだけでは、主体的な介助者としてしっかり“つながる”ことはできない。しかし同時に、「ワガママ」と感じてしまう鹿野の要求に宿っているかもしれない重要なメッセージもまた聞き逃してはならない。
 つまり、健常者である自分の生活感情・信条を基盤にして「おかしい」ことは「おかしい」と言えばいいのだが、同時に「おかしい」のはひょっとしたら自分なのかもしれない、という視点も手放してはならない。常識的に対応すればいいのだが、常識を疑ってみることも大切である。
 その中和点・一致点・妥協点を、たえず対話や、ときには互いにケンカをしながら、言葉とカラダで確かめなおしていくようでなければならない。


 ともあれ、鹿野が施設や病院でなく在宅生活を選択した時に、退路は絶たれた。社会との対決しか、「ワガママ」に生きるしか、道は残されていなかったのである。
 そしてそれは、関係の中に自らを「ありのまま」さらすことでもあった。

 地域で生きることを志す重度身体障害者たちは、「他人と生きる宿命」をそのカラダに刻みつけられた人々である。人との関わりを断って部屋にこもっていては生きていけず、障害が重ければ重いほど多くの人間関係を結び、その関係が豊かでなければいい介助が受けられない。

 取材を通してシカノ邸に入り込み、たくさんの新旧のボランティアたちや鹿野の元カノの話を聞き、自らも鹿野の介助をするようになり、すっかり鹿野ファミリーの一員になった渡辺を最後に待っていたのは、作品の完成ではなかった。
 あとがきを書こうとしていた矢先、主人公が亡くなったのである。
 よもや鹿野の死と葬儀の叙述で原稿を終えることになるとは予期していなかった渡辺は、友人・鹿野の死にショックと無念さを隠せない。

 障害によって生き方を制限され、活動範囲を制限されながら、あるときは電動車いすに乗りながら、あるときは身動きのとれないベッドの上で、鹿野はその一人ひとりと向き合い、ごまかしのない関係を結んできたのだと思うと、その底知れなさに胸を打たれた。
 ふと《書くべきことは書かねばならない》《彼と「共に生きる」ための方策を考えなければならない》などと一人粋がっていた過去の自分が、ただの馬鹿者に思えて仕方なかった。 


 しかし、読む者にしてみれば、これ以上にないクライマックスであり、予想を超えた感動の結末である。不謹慎な言い方であるが、鹿野の死がなければ、この本はこれだけの完成度と感動には至らなかっただろうと思うと、なんだかこの本を完成させるために鹿野は絶好のタイミングで亡くなったかのように思えるのである。
 その「死」によって、それまで綴られてきたすべてのエピソードや、鹿野本人やボランティアたちの発した一つ一つの言葉や、渡辺自身の種々の思考や行間に込められた感情が、まったく別の意味を帯びて来る。
 それは、近しい者が死んだとき、その瞬間から生き残った者たちはその「死」に意味を与え始めるからであり、ここまで「鹿野物語」につきあってきた読者も、知らぬ間にそこに参与してしまうからである。
 古くからのボランティアの一人であり、現在は報道記者として活躍する国吉は、渡辺にこう語る。

「ホントにワガママな人だった、という印象が強いんですよね。あのワガママが、ぼくにとてはやっぱり強烈でした。
 でも、“あつかましさ”っていうのが人にとっていかに大事か。それは、今の仕事をしててもつくづく感じるんですよ。最初は嫌がられても、はねつけられてもね、情熱さえあれば、結局人って動いてくれるし、最終的にはわかってくれるんだよね。
 とにかくシカノさんは、人に対して手抜きをしない人だった。誰とでも真剣につきあってた。そして、目一杯生きた。重度の障害を抱えた人生だったけど、その枠組みの中で、ホントに精一杯生きたなという気がする」


 それは確かに「ワガママ」である。
 非常識で猥雑である。
 しかし、鹿野のようなある意味『アクの強い』人間が存在することで、人間関係がますます希薄化していく社会に、人が人と「かかわる」場が生まれ、人はそこで他者と出会い、自らを発見し、「かわる」ことができる。
 この不思議な縁起に思いをいたすとき、人は「福祉を必要とする者」こそ「福祉を与える者」であることに気づき、ケアの何たるかを知るのであろう。 

 



● ブラーヴァ、チェドリンス! オペラDVD:プッチーニ作曲『蝶々夫人』(ダニエル・オーエン指揮)

上演日 2004年7月10日
会場  アレーナ・ディ・ヴェローナ(イタリア)
演出  フランコ・ゼッフィレッリ
配役  蝶々夫人:フィオレンツァ・チェドリンス 
    スズキ :フランチェスカ・フランチ
    ピンカートン:マルチェッロ・ジョルダーニ
    シャープレス:ファン・ポンス
    ゴロー:カルロ・ボージ
オケ&合唱 アレーナ・ディ・ヴェローナ管弦楽団&合唱団
衣装  ワダ・エミ


『蝶々夫人』のクライマックスは主役の蝶々さん(ソプラノ)が登場する瞬間にある。
――と言った人がいるが、これは至言であると思う。
 他のオペラでもヒロインたるプリマドンナの最初の登場シーンは全幕中の‘花’であり、観客が期待と興奮をこめて固唾を呑んで見守るシーンであり、その日の舞台の出来を予感できるシーンである。『ノルマ』しかり、『トスカ』しかり、『椿姫』しかり、『ルチア』しかり。ソプラノの発する第一声の美しさ、声量、発声、感情の込め具合(役になりきっているか否か)、そして華々しく登場したソプラノのオーラーと存在感と表情や物腰――こういった要素を観る者(聴く者)は歌い出して数分のうちに分析し、評価し、判定する。
「おっ、今日は見に来て良かった」
「このディスクは当たりだ」
「ちょっとがっかりだったな」

 歌い出しの第一声で聴く者をたちどころに金縛りにしてしまい、舞台にあっという間にリアリティをもたらし、ほかの共演者のレベルを底上げし、劇場を感動と興奮の坩堝にしてしまう歌手と言えば、もちろんマリア・カラスが筆頭に上げられよう。カラスが歌い始めた途端、オペラは単なる有名歌手の歌合戦であることをやめて、人生と人間の真実を伝える壮大にして深遠なドラマへと飛躍するのである。
 1955年録音の『蝶々夫人』(カラヤン指揮、ミラノ・スカラ座管弦楽団)でも、カラスはその第一声から一途な恋にすべてを捧げる決意をした15歳の少女になりきっている。その一途さ、純粋さが、いずれは大人社会の軽率と不純に裏切られて悲劇に終わるであろう、自らを滅ぼすことになろう、ということを聴く者に予感させるに十分な表現の幅のある歌唱である。同時に聴く者はその筋書きを前もって知っているがゆえに、なおのこと、年端の行かない少女がなにも知らずに幸福に酔う姿を痛ましいものに感じて、胸がかきむしられるのである。
 そこにプッチーニは、途方もなく美しい言葉とメロディーを持ってくる。


 海の上にも、大地にも、すっかり春の息吹が感じられる。
 私は日本一、いいえ世界一、幸せな娘。
 聞いて、みなさん。
 私は愛に誘われて、やって来ました。
 
 このオペラのはじまりは、まさに蝶々さんの登場する瞬間である。それまでのピンカートンとゴローのやりとりも、ピンカートンとシャープレスのやりとりも、蝶々さんの登場を光彩陸離たるものにするための退屈な余興でしかない。
 最初の登場シーンにおいて、悲劇に終わる物語のすべてが凝縮され萌芽されているがゆえに、そして、とろけるように滑らかで官能的で、かつ蝶々さんの純真さと一途さを余すところなく伝えてくれるメロディラインゆえに、ここは全曲のクライマックスであるとしても過言ではないと思う。

 チェドリンスの蝶々さんは、この登場シーンにおいて、瞬く間に、アレーナ・ディ・ヴェローナの巨大な聴衆を、そしてその10年後自宅のソファで夕食をとりながらDVDを見ている自分を虜にした。
 舞台に姿を現す前から聞こえてくる、圧倒的な声の力強さ、美しさ、のびやかさにまず感嘆する。
 お付きの女性たちに囲まれて着飾った蝶々さん(=チェドリンス)が左右に開いた障子から姿を現した瞬間、ちょっと口元に笑みがこぼれるのは仕方ない。どう見たって15歳の日本娘には見えないのは仕方ないにしても、日本髪に結って着物を着たチェドリンスは、蝶々さんというより、大奥取締り春日局である。
 しかし、好きな人と結ばれる喜びに打ち震える少女の声と表情とをもって、チェドリンスが上記の言葉を繰り出すとき、特に「私は愛に誘われて」の部分で高音が鐘の響きのように会場を震わすとき、この舞台の成功と歌手としてのチェドリンスの実力のほどを確信するのである。
 春日局を蝶々さんに見せてしまわせるマジックこそが、オペラの魅力であり、歌の力である。
 あとは、ただただ幕間まで夕食に箸をつけるのを忘れて、モニターに見入ってしまった。

 チェドリンス、ブラーヴァ!
 
 ゼフィレッリの演出も、ワダ・エミの衣装も、共演者の歌と演技も(スズキとシャープレスが人間味あって良かった)も、どれも素晴らしく、最高水準の『蝶々夫人』である。ヴェローナで生(ライブ)で見たら(聴いたら)、生涯忘れられない夜になったであろう。


● 美人女優の放尿&オナニー考察 映画:『ペーパーボーイ 真夏の引力』(リー・ダニエルズ監督)

 2012年アメリカ映画。

 ダニエルズ監督は1959年生まれの54歳。
 ニューヨーク市在住のアフリカ系アメリカ人。
 2009年に公開された『プレシャス』で日本では知られるようになった。(ソルティ未見)
 カミングアウトしている同性愛者でもある。(この映画でもゲイセクシュアリティが物語の一つの鍵となっている。)

 お気に入りのニコール・キッドマンが出演しているのでレンタルしたのだが、まあ、ニコールの女優魂に感嘆した。
 衆人(囚人)環視の場でマスターベーションするわ、恋愛感情を向けてくれる少年(ザック・エフロン)の体にオシッコをかけるわ、台所のシンクに手をついて激しくバックを責められるわ、ニコールには「美人女優としてのイメージを大切にしたい」なんてポリシーはまったくないのである。
 ほんと、素敵!
 むろん、「美人女優」であることより、どんな役でもこなせられる「演技派」であることを重視しているのだろうが、日本の女優でこの役をやれる人がいるだろうか?

 マスターべーションとオシッコ。
 この二大恥辱をスクリーンで披露した女優として、なんと意外なことに、吉永小百合がいる。
 吉永小百合は『天国の駅』(1984)で死刑囚を演じたときにオナニーをしてみせ、『映画女優』(1987)で田中絹代を演じたときに畳の上で着物を捲り上げて放尿してみせた。「清純派脱皮」を目指して役者根性を見せたものの、やっぱりイメージからの脱皮はかなわなかった。
 同じ美人女優で実力派。
 なのに、ニコールと小百合の差はどこにあるのだろう?
 ニコールは脱いだけれども小百合はついにヌードにはならなかった――ってところにあるのか。根強いサユリストらの作る結界が小百合の脱皮を阻むのか。
 思うに、ニコールは映画の中の登場人物になりきることができるけれど、小百合は何を演じても「小百合」になってしまうところに要因があるような気がする。演じる役柄(たとえば死刑囚、田中絹代、『鶴』のつう)よりも、演じている小百合のほうが前に出てしまうのである。
 親の反対を押し切って15歳年上の岡田太郎と結婚したことが示すように、平和運動や脱原発運動に力を入れ積極的な発言をしていることが示すように、吉永小百合は非常に強い「個」と自意識を持っているのだろう。
 清純派というのはお門違いで、実は無頼派なのじゃないだろうか。
 
 つい話が小百合に持っていかれたが、ニコールの熱演とザック・エフロンの白いパンツ一丁姿が印象に残る良質なサスペンスである。


評価:C+

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」  

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」
        「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!

● 映画:『下妻物語』(中島哲也監督)

 『嫌われ松子の一生』があまりに良かったので、中島監督の作品をさかのぼってみた。

 うん、うん、やっぱり凄い監督だ。
 天才と言っていいのではなかろうか。
 コメディセンスが抜群で、感動のツボを映画的に――セリフや表情ではなく映像そのもので――押さえる手腕もたいしたものである。よっぽどたくさんの新旧の映画を観ているのだろう。
 主演の深田恭子、土屋アンナはじめ、脇役陣(宮迫博之、阿部サダヲ、岡田義徳、荒川良々、樹木希林ほか)も端役に至るまで‘生き生きと’演技をしている。そうさせるだけの磁力を中島監督が現場で醸し出しているのだろう。

 女性の友情ものとしては群を抜いた出来である。
 というか、女性の友情を描いた映画ってあんまり記憶にない(『テルマ&ルイーズ』『Dot.ドット』くらい)ってことに、この映画を観て気づいた。
 自分が興味ないだけか・・・。

 だがこの映画は、単に女性の友情を描いたというよりも、他人とかかわることを拒んでいたオタクな人間が、まったくの「他者」の出現による衝撃とその強引な介入によって、心を次第に開いてゆく過程が、実に丁寧に描けている。コミカルで、漫画チックで、遊び感覚横溢の映像にもかかわらず、登場人物たちの感情の流れについては、丁寧に、自然に、説法臭くなく、追っている。その絶妙なバランス感覚が素晴らしい。

 人は常に自分を開いてくれる「他者」を待っているのだろう。
 同性だろうと異性だろうと。


評価:B+

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」
        「ボーイズ・ドント・クライ」 

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!


● 完全無欠のコロラトゥーラ オペラDVD:ベッリーニ作曲『清教徒』(フリードリッヒ・ハイダー指揮)

上演日 2001年2月8日
劇場  リセウ大歌劇場(スペイン)
演奏・合唱 リセウ大歌劇場管弦楽団&合唱団
指揮  フリードリッヒ・ハイダー
キャスト
 エルヴィーラ: エディタ・グルベローヴァ(ソプラノ)
 アルトゥーロ: ホセ・ブロス(テノール)
 リッカルド : カルロス・アルバレス(バリトン)
 ジョルジョ : シモン・オルフィラ(バス)
 ヴァルトン卿: コンスタンティン・ゴルニー(バス)
 エンリケッタ: ラウエル・ピエロッティ(ソプラノ)

 自分がこれまでに経験した最も忘れられない衝撃的なリサイタルは、80年代後半に聞いたエディタ・グルベローヴァである。
 会場はたしか渋谷のオーチャードホールだった。
 声、容姿ともに全盛期のグルベローヴァの圧倒的な歌唱に魂を抜かれる思いがした。
 声が、銀色の珠となって次々と降り注いでくるのだ。
 ホールの高い天井から。
 これは比喩でなく、本当にそうだった。
 はるか向こうの舞台の上で口を開いている彼女と、天から降り注いでくる銀色の珠との関係がつかめずに、不思議な思いがした。
(これは本当に人間の声なのだろうか?)
 といって、美しい声を喩えるときによく言われるようなナイチンゲールの声、真珠の声、ビロードの声といったものではない。
 自然の音というより、むしろ宇宙船が飛行するような感じ、リニアモーターカーが浮揚して海面を滑るような感じ、とでも言おうか。なんだか近未来的な印象だったのである。人間の声は自然の賜物であるが、それを声楽的に鍛え上げた結果なのか、究極の人工的な美を現出していた。
 コロラトゥーラ・ソプラノの超絶技巧の見せ場である『ルチア』狂乱の場では、金縛りにあった。自分だけではない。会場全体がそのようであった。だから、前のめりに腰掛けていた自分の両手から本日のプログラムがするりと床に落ちたとき、その音の大きさは会場にいるすべての観客の耳に十分届くものであった。そして、自分は、両足の間に落ちたプログラムを拾うことすらできなかった。歌の磁力がそれを許さなかったのである。

 あれから20年以上がたち、なんとまあグルベローヴァはまだ歌っている。それも当時とそれほど変わりない歌唱を保ちながら。声は若干衰えたけれど、技巧や表現力は格段に高まって、演技力も風格も備わって、まさに円熟の域に達している。本当に凄い歌手だ。
 
 しかしながら、実は自分はオペラ作品におけるグルベローヴァはそれほど好きじゃない。
 一番の理由は、どうも彼女は「浮いて」しまっているように思えるからだ。
 共演者とのブレンドが果たされず、いつも彼女だけが目立ってしまっている。
 「グルベローヴァは歌手として別格なのだから、オーラーも人気も技巧も実力もひとり抜きん出ているのだから仕方ない」という意見はあろう。
 しかし、我儘なプリマドンナの代表選手であるマリア・カラスが、オペラの中では見事に共演者との呼吸を合わせ、一体となって、いや、むしろカラスの歌唱のリアリティによって共演者のレベルを底上げし舞台全体に‘真実’をもたらすような具合には、グルベローヴァの歌は作品全体を総合的にレベルアップさせることはない。いつもグルベローヴァの勝利で終わってしまうのである。
 その原因の一つは、指揮を務めるハイダーが彼女の亭主であることが大きいのかもしれない。ハイダーは、ベッリーニのためにではなく、グルベローヴァのために、振っているのだろう。
 
 アルトゥーロを演じるテノールのホセ・ブロスは、本人の性格の良さがそのまま表れているような風貌と声で、気に入った。
 

● 人生いろいろ、死もいろいろ 本:『看護婦が見つめた人間が死ぬということ』(宮子あずさ著、講談社文庫)

看護師が見つめた人間の死 1994年海竜社より刊行。
 1998年講談社より文庫化。

 宮子あずさの書くものは面白いので、これまでにも何冊か読んでいる。
 当人はベテランの看護師であるが、同業でない者でも、医学的知識のない者でも、面白く読むことができる。
 文章が上手くわかりやすいこともあるが、宮子の中心的興味をなしているのが人間観察にあることがその大きな理由であろう。
 看護師という立場で出会う様々な患者たちの生々しい姿と、それを取り巻く複雑な人間模様を、ペーソス豊かにわかりやすく描き出し、そこに宮子自身の思ったこと、感じたこと、考えたことを潜ませていく。そのバランスも絶妙である。
 明治大学文学部中退とあるから、本来文学少女だったのかもしれない。人間観察が好きなのだろう。病院という絶好の人間観察の場を得て、水を得た魚のように彼女の文系資質は開花し、医療従事者としてのプロの目と職業者としての倫理的自覚とを保ちながらも、彼女の筆致は自由である。

 ここでは彼女が病棟で出会った20名に及ぶ患者の、いろいろな死が描かれている。
 苦痛に悶えながら逝った人、安らかに天寿を全うした人、最期まで我儘言い放題で周囲を困らせた人、子どもたちの遺産争いに失望して逝った人、愛する者に看取られながら逝った人、家族から見捨てられて一人淋しく逝った人、信仰を支えに逝ったシスター、最期まで強い父を演じた男性・・・・と実に様々である。
「死は一つだけれど、死に方は千差万別なんだなあ」と実感する。

 しかし、読み終えて思ったのだが、他人の死を読むことは何の役にも立たない。
 一つには、いくら他人の死に方をたくさん知ったところで、公式化できるわけではないし、それが他の場合に――たとえば自分の家族や自分自身の死に方に――援用できないからである。死は予習できるものでも、傾向と対策を練られるものでもない。
 いま一つには、目の前の死を体験すること(看取ること)と、文章で読むこと(頭の中で想像すること)とはまったく違うからである。
 患者の家族にとってはもちろんだが、著者にとっても、一人一人の患者は顔なじみであり、姿や声や匂いや言動を通して人となりを知悉していて、会話や表情によって個別化された関係を築いている“生き生きとした人間”であり、“いのち”である。
 それがある日、消失する。
 その落差、喪失感はやはりエッセイではなかなか伝えきれるものではなかろう。 
 いきおい、読み進めていくうちに症例を読んでいるような気分になってくるのである。

 現代の日本では、著者のような医療従事者か自分のような介護職でもない限り、身近で他人の死を見る、看取ることは難しくなった。
 そのことが意味する本当のところが、まだはっきりと認識されていないような気がする。

   

● コソット、絶賛!! オペラDVD:ヴェルディ作曲『イル・トロヴァトーレ』(ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮)

収録日   1978年5月1日
劇場    ウィーン国立歌劇場
指揮&演出 ヘルベルト・フォン・カラヤン
オケ    ウィーン国立歌劇場管弦楽団
合唱    ウィーン国立歌劇場合唱団
    
 外出してたまたま通りかかった公立図書館で見つけた。他にも結構豊かなオペラのライブ映像の品揃えがある。早速利用者登録してレンタルした。

 カラヤンの『トロヴァトーレ』はスタジオ録音なら1956年のマリア・カラス共演が有名である。カラスのレオノーラは実に格調高く、優雅で、哀切に満ちている。これを超えるレオノーラはまだ(おそらくは)現われていないだろう。
 だが、この盤は他の共演者が残念である。ルーナ伯爵を歌ったロランド・パネライ、アズチェーナを歌ったフェドーラ・バルビエリはいずれも第一級の素晴らしい歌唱であるが、カラスと比較したときに凡庸な印象を受ける。マンリーコ役のジュゼッペ・ディ・ステファノは、カラスとの相性が良く、性格そのままの情熱的で破天荒な歌唱と艶のあるのびやかな美声とで、カラスと渡り合っている。

 『トロヴァトーレ』はソプラノ(=レオノーラ)、メゾソプラノ(=アズチェーナ)、テナー(=マンリーコ)、バリトン(=ルーナ伯爵)の4声がほぼ同等量の出演シーンと魅力的な歌(アリア)と演技場面とを与えられている稀有な作品である。タイトル・ロール(主役)は一応テナーが演じるマンリーコだが、実際には4人の歌手の誰が主役になってもおかしくない。だから、4人の歌手が高レベルで見事に揃ったときの破壊的な威力は他のオペラの非ではない。同時に、幕切れ後のカーテンコールで4人の中で誰が一番の喝采をもらえるかでその日の主役が決まるという、出演歌手にとってはチャレンジングな、聴く者にとってはこの上なく面白い作品なのである。

 カラヤンは1962年ザルツブルグ音楽祭の『トロヴァトーレ』のために次の4人を選び、大成功を博した。
   レオノーラ ::レオンタイン・プライス 
   アズチェーナ:ジュリエッタ・シミオナート
   マンリーコ :フランコ・コレルリ
   ルーナ伯爵 :エットーレ・バスティアニーニ

 当時集めることのできた最高の布陣であろう。それができたところに帝王カラヤンの権力の凄さが表れている。
 このライブはCDになっていて、4人の名歌手の火花の散るような見事な歌の競い合いと、物語が進むにつれ興奮の坩堝と化していく会場の様子を、圧倒的臨場感のうちに聴くことができる。4人のうちの誰の頭に月桂樹を乗せたものか見当がつかない。(結局、カラヤンの総取りか。)
 ライブ録画のないのが実に悔しい。

 78年になって遂にライブ録画登場である。
 自ら求めるオペラの理想を追求し演出まで支配したカラヤンは、いったい誰を選んだか。
   レオノーラ ::ライナ・カバイヴァンスカ 
   アズチェーナ:フィオレンツァ・コソット
   マンリーコ :プラシド・ドミンゴ
   ルーナ伯爵 :ピエロ・カップッチッリ
 やっぱり溜め息の出るような豪華な布陣である。
 カラヤンが歌唱レベルの高さはともかく、映像化ということを意識したのは間違いない。若く逞しいプラシド・ドミンゴ(日本ではまだ知られていない頃だ)と優雅で女優のように美しいライナ・カバイヴァンスカの恋人ぶりは、ハリウッド映画のよう。ピエロ・カップッチッリの堂々たる雄雄しいたたずまいも、その王者のような風格ある歌唱同様、印象的である。3人の歌手の歌も演技も風貌もまったく申し分ない。
 しかし、突き抜けているのはやはりコソットだ。
 最盛期の声と肉体であることを除いても、コソットの歌唱と演技は神がかりである。
 あるオペラ歌手について「歌は素晴らしいが演技はダメ」とか「演技は上手いのに歌がちょっとな・・・」と評することはある。コソットにはそれが効かない。「歌も演技も素晴らしい」――というか歌と演技がまったく切り離せない。歌唱がそのまま演技であり、演技が歌唱に編みこまれている。音楽、歌唱、演技の三位一体は完全である。
 コソットの出てくる場面で、観る者はザルツブルグから、あるいは自宅の居間から、スペイン山間のジプシーの住む岩窟に瞬時にしてテレポートする。目の前にいるのはもはや歌手でもなく女優でもなく、母親を目の前で火炙りにされ、かつ我が子を誤って火にくべてしまったという、恐ろしいトラウマを背負った一人の女である。コソットが所狭しと舞台を動き回るとき、彼女の周りに見えるのは現世では決して拭いされようのない心の闇なのである。いかなる心理学者より、いかなる精神分析医より、コソットはアズチェーナを理解している。その意味で、筋書きが荒唐無稽でリアリティに乏しいとよく言われるこのオペラを、コソットは一人現代的でリアルなものにしている。
 彼女の神技を前に、指揮者があのカラヤンであることすら忘れてしまう。

 ライブ映像の時代に生まれて良かった。 

 


● これでいいのだ! 本:『いきなりはじめる仏教生活』(釈徹宗著、新潮文庫)

いきなりはじめる仏教生活 2011年刊行。

 「気鋭の宗教学者にして僧侶である著者による、目からウロコの仏教案内」とカバーの背表紙に書いてある通りの本。
 著者は1961年大阪生まれの浄土真宗の僧侶。大学で宗教思想を研究し、かつ教える学者である。 

ご存知のように、仏教はえらく裾野が広いので、幅広く語るのは容易じゃありません。しかも、本書は仏教思想を体系的に学ぶことを目的としていません。そこで、ややこしい論点や各宗派・部派の特有部分は一旦保留することにしました。それよりも、「苦悩の連鎖はどうすれば安らぎの連鎖へと転換できるのか」という仏教全般に共有されている「問い」を語ろうとしております。

 という狙いに沿って、幅広い視点から仏教を語って面白いし、とても読みやすい。
 手始めに著者は現代人が陥っている苦悩の核が「近代」特有のものであることを示す。 

かつて、近代成長期においては、「もっと自我をタフにしろ」、つまり「確固たる個人を確立せよ」という言葉が主流を占めていました。「君には無限の可能性がある」、「あきらめなければ夢はかなう」、そうやって煽られて、走り続けた時期だったと言えるでしょう。
 ところが、今のような近代先鋭期では、「君は君のままでいい」や「本当の君になるんだ」というメッセージが発せられるようになりました。他者への共感や異質なるものとの共存を目指して、従来の枠組みを再編成する動きが起こってきたという予感はあります。しかし、近代成長期の<大きな物語>が解体され、ただただ自分に興味があるだけという<私の物語>へとシフトしているようにも思えます。もはや現代の日本人にとって、生きがいや楽しみは命より大事なものになりつつあります。生きがいや楽しみが見出せなければ、もはや生きていく意味さえなくしてしまう、自分の生きがいや楽しみのためには、人の生命だって奪う。なぜそれが悪いのか、わからない。それが、近代という怪物に煽られ続けた私たちが到達した地点です。


 苦しみの源はどこにあるのか。 

禁欲的努力で勝利をつかもうとした近代成長期も、自分らしくありたいと願う近代先鋭期も、自我を基盤としている点では同じです。そして、そこに立脚している限り、苦しみは解体できないと仏教では考えます。


 自我が苦しみの原因である。

 仏教は2000年以上前にお釈迦様がインドで説いた教えである。が、その本質的意義が十全に理解され、仏教の真価が燦然と輝きわたるのは、まさに「近代的個」の行き詰まりがあらわになった2000年後の「現代」においてなのかもしれない。そう思うと、この時代に仏教と出会えたことの有り難さをつくづく感じる。

 次に著者は宗教の本質について考察し、それを「外部」「儀礼」「象徴」という三つの特性とする。
 そのうちの「外部」こそがもっとも主要なものであろう。 

「外部」というのは、神や来世、浄土や天国、聖性や超越といった私たちの日常や目に見える世界を超えるものです。・・・・・・外部があるという共同幻想によって、現実を相対化するという機能を宗教は持っています。

 宗教を通じて現実を相対化する視点を持つことによって、現実を絶対視する「頑なさ」ゆえに自分自身が持たされてしまった苦悩を緩和、解毒、解体する。それが宗教の大きな働きなのである。いったん「外部」に出ることによって、はじめて「内部」構造が分かり、その構造の中で四面楚歌に陥ってもがいていた自分の姿が見える。 

仏教を生活に活用する場合、「こうあるべき」という枠組みをとにかく一度はずしてみること、ここが肝要になります。今まで重要だと思っていたもの、大切だと考えていたものに懐疑の目を向けます。いわゆる「相対化のプロセス」ですね。
 自分自身やこの世界を相対化するプロセスを経て、私たちはもう一度、この世界を生き抜く軸を再形成するのです。ここはキモです。ばくぜんと、しかも結構強固になってしまっている枠を点検し、いったんはずして、もう一度自分の立ち位置を選び取るのです。そして、今度はできるだけ枠組みが強くならないような生活をする。これが出世の智慧です。

 「できるだけ枠組みが強くならないような生活」のキーワードは、「こだわるな」と「おまかせ」だと著者は言う。
 たしかに、自分の友人の中でも、いつもにこやかでとぼけていて、深刻に悩む姿を見たことのない人間を思い浮かべると、このキーワードがピッタリ来る。周囲から突っ込みどころ満載の、いわゆる‘ボケ’だ。
 この二つにもう一つのキーワードを加えたい。
 これでいいのだ。
 

私たちはみんな、何らかの物語の中に生きています。物語の中にしか存在しません。私という存在も、私の人生も、この世もあの世も、愛も宗教も、すべてひとつの物語であり、虚構です。共同幻想です。少なくとも、仏教ではそう考えます。でも、虚構だから無意味・無価値なものとは考えません。逆です。幻想だからこそ、常にケアし続けていなければ、簡単に崩壊するものだということです。つまり、その物語に耳を傾けようとしてくれる者が誰もいなければ、生を持続することは困難なのです。逆に言えば、耳を傾けてもらえる者がいれば、そこは生きていける場だということです。

 福祉の場において、いや、どんな場であろうと、他者の支援に際しては「傾聴」が一番重要である。たとえ、その他者が語る内容が、まったくのナンセンスであったり、自分ではまったく共感できない・価値の見出せないものであったり、その物語の矛盾や亀裂が明らかにこちらに見えている(当人には見えていない)場合であっても、他者の「物語」を尊重することは生の肯定につながる。ひとは、十分に傾聴してもらってはじめて、既成の「物語」にとらわれている自分自身の姿をありのままに客観視できる位置に立てるのである。
 

「仏法は邪魔になるまで聞け」と言います。聞けば聞くほど、仏教って、邪魔になってくる、この感覚は私もよくわかります。いっそ仏教なんか知らないほうがもっとあっさりと生きて行けたのでは、という気になるときがありますから。

 この一文は、今まさに自分が痛感しているところである。

 テーラワーダ仏教と出会い、法の勉強と瞑想修行を始めて5年が経つ。
 仏教と出会っていなかったら、今頃どうなっていただろう?
 アル中か精神疾患になっていたかもしれない。
 最悪の場合、自殺していたかもしれない。
 そのくらい当時も(今も)自分の中の「虚しさ」は手強い。
 いや、思い起こせば「虚しさ」こそが、物心ついてからもっとも自分に親しい感情だったような気がする。
 我を忘れて何かに熱中するという経験が、どういうわけか自分には難しかった。仕事も趣味も遊びも交友も恋愛も・・・。20代の頃は「書くこと(=表現すること)」が一時それを可能にする手段のように思えたが、30代になったらそれもうまく働かなくなった。40代に入って「虚しさ」はいよいよ表面にせり上がり、全貌を露わにし始めた。
 鬱になった。
 なんにもしたくなかった。 いや、できなかった。
 厄を終えて鬱状態から脱出はしたものの、そのときには「虚しさ」はすでに自分の性格の一部になってしまったかのようであった。まるで、「ムーミン」に出てくるジャコウネズミのように、何を見ても何を聞いても「無駄じゃ、無駄じゃ」が頭の中にこだまする。
「これからあと何十年もこうやって生きていかなければならないのか」
 そう思って、ぞっとした。
 宗教が必要なのだと思った。
 仏教には興味はあったものの、日本の仏教にはまったく関心が持てなかった。感心しなかった。いろいろな宗派の法話を聞きに言ったが、語っているお坊さん自身が迷っているように感じられた。自分の心に響いてこなかった。禅寺で座禅を組んで精神修養をはかった。いっとき精神は落ち着くが、日常に戻ると元の黙阿弥だった。
ブッダが本当のところ何を言ったのか、阿弥陀如来や弥勒菩薩や真言や仏性に装飾・歪曲されていない仏教本来の姿が知りたいと思った。
 そんなとき、テーラワーダ仏教協会のスマナサーラ長老の書いた『仏教は心の科学』を読んで、本来の仏教の合理性、冷徹なまでの現実認識に痺れた。
 2009年のことである。


 仏教との出会いは「虚しさ」を埋めるものではなかった。
 埋められるものだったら、それは信仰になる。
 仏教は信仰ではない。何か他のもので埋めるのではなしに、「生きることそのものがそもそも虚しいのだ。それを直視し認識しなさい」とブッダは言っていた。
 一切行苦――。

 認めてしまえば、あきらめがつく。それを埋めるために何かを探してあくせくするのが馬鹿らしくなる。つまり、落ち着く。
 仏教と出合って一番良かったことは、落ち着きが得られたこと、あるいは落ち着く方法が得られたことである。


 一方で、「仏教なんて知らなきゃ良かった」と思うことがある。
 まず何より世間的な事柄に対する興味が薄れてしまった。テレビがつまらない、雑誌もつまらない、列車の中吊り広告の記事にまったく関心が持てない、スポーツもつまらない、いろいろな趣味や遊びも以前ほどの興味が持てない、世間話ができないから酒の席もつまらない。我ながら「なんとつまらない人間になってしまったことか」と思う。
 次に、五戒を破ったときの罪悪感というか不快感が恒常化する。
 酒を飲みすぎたあとの二日酔いとは別種の不快感、淫らなことをしてしまったあとの虚脱感や恥辱とは異なる不快感、嘘をついたあとの後ろめたさとは違う不快感。「快」を求めて行なったはずの行為が、結局は「不快」に終わる繰り返しに、自然とストイックにならざるをえない。この不快感の原因は、毎日のヴィパッサナ瞑想修行によって自分の「心」の状態を常に見つめる習慣が根付いてしまったので、自分の「心」が欲望に振り回され放縦に流れているモードに入ったときに自然アラームが鳴り響くためである。自分が自分の監視者になってしまった。
 また、瞑想修行の付随的な効果だと思うが‘気’に敏感になった。
 悪い‘気’の蔓延する場所には行きたくない。新宿や渋谷など都心に足が向かわなくなった。電化機器もなるべく触りたくない。最先端の現代生活とは無縁になってくる。一人でいることが多くなる。
 仏教を知って「なんだか生き難くなったなあ」という気がするのである。 

 さりとて、今さら仏教から離れることも不可能であろう。

 瞑想修行を通して獲得した智慧(=いったん知ってしまったこの世のありよう)は、決してなかったことにはできないからだ。
 妊娠21週目を超えた妊婦がもはや後戻りすることができないように、こうなったらもう「行くところまで行くしかない」のだろうか。

 後悔しているわけではないのだけれど、たまに仏教を選ばざるを得なかった人生を哀れに思うときがある。 
 同時に、仏教を選ばざるを得なかった人生を幸運に思うときがある。

 ま、これでいいのだ。

● 白雪姫みたいなわたし 映画:『嫌われ松子の一生』(中島哲也監督)

 2006年東宝。

 映画を観ながら‘噎び泣く’という経験は滅多にあるものじゃない。
 ほろりとする、涙が自然と頬を伝わる、洟をすすりながら泣く快感に身をゆだねる――などはたまにある。ご多聞に漏れず、歳をとるにつれ涙腺が緩くなってきたので、「お涙頂戴」ドラマとはじめから分かっていても、意外と簡単に刺激されてしまう。
 だが、‘噎び泣く’はそんなにない。
 ‘噎び泣く’には何か魂の根幹に触れるような、映画の主人公やテーマが観る者に特別なシンパシー(共感)が生じさせるような、そんな代替不可能な関係がなくてはならない。

 『嫌われ松子の一生』を観て、自分は噎び泣いた。
 この映画を観た2014年8月3日は自分の人生にとって貴重な一日となった。
 そしてまた、この映画が公開された年から、やっとDVDをツタヤで借りて観ることになった2014年までの8年間というブランクこそが、自分の人生における‘真実’に対する遅滞を表しているような気がするのである。あるいは、表現の先端に対する鈍感ぶりを現しているような気がするのである。
 と、大げさなことをつい思ってしまうほど、この映画を観なかった歳月がもったいない。
 評判は聞いていたのに、どうして観ようとしなかったのであろう????
 いや、そうではなくて、2014年8月3日に観ることに意味があったのかもしれない。それより前に観たならば、これほど感動することはなかったのかもしれない。

 この映画は『西鶴一代女』(溝口健二)、『道』(フェデリコ・フェリーニ)、そして『オズの魔法使い』(ヴィクター・フレミング)を足して3で割ったような印象を受ける。これだけで、凄いキッチュで豊饒だ。
 一人の女性の転落人生を容赦なく描いた点では『西鶴一代女』のパロディーのようである。主人公の川尻松子(=中谷美紀、絶賛!)は、中学校の音楽教師→売れない破滅型作家に貢ぐ女→平凡なサラリーマンの愛人→トルコ嬢→ヒモのチンピラを刺した殺人者→受刑者→ヤクザの情婦→ゴミ屋敷の怪物→河原の死体、と転落の一途を辿る。転落の傾斜角と底の深さでは「西鶴一代女」を上回る(下回る)かもしれない。
 だが、世間的には転落人生でありながらも、本人が常に幸せを求め、絶望的な境遇の中にも希望を求め、愛や友情を信じて立ち直っていくあたりは、『道』に出てくるジェルソミーナ(=ジュリエッタ・マシーナ)を彷彿させる。ここが感動を呼ぶ部分である。
 そして、CGを駆使したメルヘンタッチの映像、安っぽいけれど煌くように心躍る音楽たちをコラージュしたミュージカル仕立てのストーリーテーリングは、『オズの魔法使い』。そこでは松子はドロシーで、松子に暴力を振るう恋人たちは‘ハートのない案山子さん’、‘頭の空っぽなブリキの人形さん’、‘臆病なライオンさん’である。死んだ松子の帰還先は、まさにドロシーの帰還先同様である。
 There is no place like home.
  我が家にまさるところなし

 とりわけ、CGの使い方が素晴らしい。
 ここではCGは、ロケでできない撮影を代替するための手段でもなく、映像美というアーティストの自己満足を達成する手段でもなく、コメディ(お笑い)のための技巧でもなく、中島監督が松子の波乱万丈の人生(=物語)をどう捉え、どう観る者に伝えようとしているかを規定する枠組みとして使われている。すなわち、文体(スタイル)として選び取られている。
 それが可能となるだけの、CGを自家薬籠中のものとして駆使できる能力を中島監督は持っている。
 これは凄いことだ。
 世界を見渡しても、これほどCG技術と物語(テーマ)とを有機的に結び付けられる監督はそれほど多くないのではなかろうか。(って言っても自分には8年のブランクがあるからまったく保証できないが・・・)
 松子の悲惨このうえない転落人生を、溝口のように高踏的にリアリスティックに描くのではなく、フェリーニのように庶民的にユーモアとペーソス込めて描くのでもなく、あえてV.フレミングのようにメルヘンチックに寓話風に描く。
 そのアプローチによってはじめて松子は、「貧乏でデブで臭くて頭がおかしくて周囲から嫌われるだけのグロテスクな年増の怪物」から、「ひたすら愛を求め続け自らに正直に生きたお伽噺上のヒロイン」に成り変るのである。俗から聖へ転身を遂げるのである。
 世間的価値観から外れたゴミのような人間をフィルムで掬い上げ、美しい蝶に変えてしまう中島監督の魔術的な手さばき、すなわち中島監督の松子への愛にこそ、観る者は噎び泣くのである。
 ちなみに自分が一番噎び泣いたのは、天地真理の『水色の恋』が流れたシーンである。


評価:A-

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」  

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」
        「ボーイズ・ドント・クライ」  

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

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