1月14日に降った大雪(都会では)がまだ残っている可能性を考慮しながら、この時期に日帰りで登れる山を探す。冬は眺望がよいので富士山の見える山。できたら、未踏のところ。
といった条件を設定し、数冊あるガイドブックをあれこれめくっている瞬間から、すでに山歩きは始まっている。心は山に行っている。
倉見山は、富士急行線の3駅(東桂駅、三つ峠駅、寿駅)にまたがって線路とほぼ平行に、穏やかなたたずまいを見せて横たわっている。駅からスタートして駅をゴールにできるから、帰りのバスの時刻を気にしなくて良い。富士山との距離は約20キロ、間にはさむ山がない。
つまり、杓子山や三ツ峠山や石割山と並んで最も富士山に近い山の一つである。眺望は推して知るべし。
●歩いた日 2月3日(日)
●天気 晴
●タイムスケジュール
8:30 富士急行線・東桂駅
歩行開始
8:45 倉見山登山口
11:00 倉見山頂上
11:10 展望台
昼食
12:00 下山開始
13:10 富士見台
13:40 下山(向原登山口)
14:00 富士急行線・寿駅
歩行終了
●所要時間 5時間30分(歩行4時間+休憩1時間30分)
●歩数 18500歩
東桂駅で下車した登山客は自分一人。今日も山独り占めか。
駅舎は日当たりのいい場所に立つ可愛らしい小屋。日曜早朝ののどかな雰囲気に包まれている。駅前のベンチでは近所に住むらしい老人が朝日を浴びていた。自動販売機で買ったホットコーヒーを飲んで、いざ出発!
倉見山登山口は長泉院というお寺の墓地の中にある。手を合わせ慈悲の瞑想をしてから敷地に足を踏み入れる。
東桂からの登山路は山の北斜面にあたる。思った通り、雪がまだ解けずに残っていた。道は雪に埋もれているが、前に登った人の足跡がついているので、それを辿れば迷うことはない。雪に足をとられることもない。ただし、滑らないよう注意する必要がある。一歩一歩足の置き場を確認しながら、ゆっくりと登っていく。大雪後に最初に登った人は大変だったろう。どこが山道だか分からない状態で新雪を踏むのは勇気が要る。
高度を上げるにつれ、汗ばんできた。途中でノースフェイスのレインウェアを脱ぐ。
自分はいつも50分歩いて10分の休憩を取る。このペースだと、疲れを感じる前に体を休め、息を整えることができる。
休憩する時はザックを下ろし、安定した場所に腰を下ろし、喉を潤し、できるだけ周囲の音に耳を傾ける。風の音、鳥の声、遠くの列車の音、自動車のクラクション、猟銃の発砲音・・・。山の中は意外と喧しいものである。けれど、その喧しさは不快ではない。かえって静謐が引き立つような喧しさである。
そんなことを考えていたら、どこかからコンコンコンと木を叩くような音がする。
なんだろう?
音のする方に目を凝らしてみると、小鳥が木の幹にとまって嘴で木をつついている。双眼鏡を取り出して焦点を合わせる。
アカゲラだ!
官女の袴のごとき下腹の赤い色は間違いない。
軽快にリズミカルに無我夢中で叩いている。天然の大工さん。
気がつくと、森のあちらでもこちらでも同じ打音が響いていた。
それによって静寂が一層高まったのだが、むしろそれは心の静寂なのかもしれない。
山頂近くの木の間より三つ峠山のゴツゴツした天辺が望まれる。パラボラアンテナが立っているのは御巣鷹山だろう。数年前に見た山頂からの富士を思い出す。
頂上までの最後の一登り。
急な上に、厚い雪が残っていて一苦労。ところどころロープが張ってあるのに助けられる。ロープと木の幹を頼りにどうにか滑らずにすんだ。
倉見山に登るには、東桂駅下車で北斜面を登るコースと、寿駅下車で南斜面を登るコースの二つが一般である。それぞれ登頂後は、反対の斜面を下りて最初とは別の駅から帰りの列車に乗ることになる。
今回北斜面を登りに取ったのは、自分の持っているガイドブック(実業之日本社発行『ブルーガイドハイカー中央線沿線の山々』)で紹介されている順路に従ったまでである。
が、これは大正解であった。
一つには、先に書いたように、残雪の多い北斜面を登りに取れたからである。同じ雪道ならば下りより登りの方が安全なのは言うまでもない。山頂で出会ったカップルは、寿駅側から登ってきて、自分が登ってきた北斜面を下る計画であると言う。難儀なことだ。思わず「気をつけて」と声がけした。
もう一つの理由がでかい。
倉見山は富士山の北にある。だから、北斜面を登りにすると山頂に着くまでまったく富士山が視界に入らないのである。三つ峠や杓子は左右に姿を見せるのに、富士山だけは見えない。
だから、やっと山頂について、おもむろに目を上げた時に真正面に現れる富士山の圧倒的ないでたちに度肝を抜かれる。
「うわあ~、すごい!!!!」
叫ぶこと間違いなし。
山登りの醍醐味まさにここにあり。
これが、南斜面から入ると、最初から富士山が丸見えである。富士山を背にして、あるいは右手にしてずっと登ってくるのだが、途中でいくつもの展望スポットがある。頂上に着く頃には、もう富士山に飽いていることだろう。感動がない。
倉見山は、絶対東桂から登るべきである。
山頂でも携帯のアンテナは立つ。
関西にいる山登り好きの知人に写メで「富士山のお裾分け」する。
山頂から10分ほど歩いたところに展望台がある。凍りついた残雪に囲まれたテーブルとベンチがいくつか並んでいる。昼食には絶好のスペース。
目の前に迫る富士山をおかずにしながらの贅沢なランチ。
空は青々、陽はあたたかい。
40分ほど独り占めすると、同じく東桂から登ってきた男性が到着した。おそらく、自分の一本後の電車だろう。
山頂付近で出会ったのは4名。
下山中は誰とも会わず。
今日の倉見山は5人のものだった。
展望台からやや向原方面に下ったところに、山頂や展望台以上の絶景ポイントがある。
左手前方に聳え立つ富士山から北と西とに流れる長い裾野、右手後方の三つ峠から南へと連なるなだらかな尾根、そして北東側は倉見・杓子・鹿留の山々。その3つの稜線に囲まれた三角形の盆地が富士吉田市。住宅の密集する縁を中央自動車道が蛇のようにのたくっている。
山に囲まれ、山に見守られ、山と運命を共にせざるをえない人々。
ここに住む人たちにとって富士山とはどういう存在だろう?
生まれた時から常に目の片隅にある、あまりに大きい、あまりに美しい、あまりに神々しい山。
父のような存在だろうか。母のような存在だろうか。神のような存在だろうか。それとも無かったら困るけれど、普段は意識しない空気のような存在だろうか。
右手の尾根の彼方には南アルプスがまばゆく輝く白頭を覗かせていた。
下山は、目の前に見え隠れする富士山を見ながら、なだらかな道を下る。
子午線を通過した太陽からの光の反射、大気中の湿度、そして高度の変化によって刻々と姿を変えていく富士山。あとは下るだけという気楽な気分(本当は下りの方が事故りやすのであるが)を満喫しながら、富士山の七変化を楽しむことができるのが、南斜面を下りに取るべき3つめの理由。
ブルーガイド、さすがだ。
自分の持っているブルーガイドは2002年発行。そこでは、富士見峠から向原峠を経て向原の集落に下りるルートが紹介されている。それだと、下山してから林道を1時間ばかり歩くことになっている。
富士見峠から「寿駅→」の道標に従えば、山道をくだった最後に赤い鉄の階段を下りて、車道に降り立つ。すぐそばにシチズンの倉庫が建っている。ここから寿駅までは歩いて20分ほどである。
このルートが紹介されていないのは、2002年にはまだ整備されていなかったからかもしれない。ガイドブックは新しいのに限る。
それにしても、シチズン電子の本社がこんなところにあるとは知らなんだ。
寿駅は無人駅。
かつては「暮地(くれち)駅」という名だったのだが、「墓地」と間違われやすいので、改名したのだそうだ。たしかに・・・。
中央線藤野駅で途中下車。バスで町営藤野やまなみ温泉に向かう。
源泉水100%使用、露天あり。大人3時間800円。
中央線沿線の山登り後によく利用する温泉の一つである。
日曜の午後だけあって近隣からの家族連れで賑やかであった。
地場産のそばかりんとうとビールで一日を締める。