ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

● 東京タロット美術館に行く 

 昨年11月に浅草橋にオープンしたタロット美術館なるものに行ってみた。
 別にタロット占いに興味があったわけではない。
 約500種類のタロットカードが展示されているというので、図柄の美術性をこの目で見たくなった。
 運営は「ニチユ―」という名のタロットカード輸入販売会社。もともとは戦後に玩具販売会社として創業されたとのこと。

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JR総武線・浅草橋駅界隈

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「人形の久月」で有名

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駅から徒歩3分のビルの6階にある

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入口

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靴をスリッパに履き替えて受付に
(予約制、800円)

 受付でちょっとした趣向があった。
 置いてある籠の中からカードを一枚選ぶ。
 裏返すと、タロットカードの核となる22枚のカード(大アルカナと言う)のいずれかが現れる。
 大アルカナにはそれぞれ「愚者」「魔術師」「皇帝」「恋人」「運命の輪」「死神」「悪魔」「星」「太陽」「世界」などの表題がつけられ、それを表す図柄が描かれている。
 占う際にはカードの「正位置」と「逆位置(リバース)」に与えられている意味を読んでいくのが基本になる。が、重要なのはそのカードから得られた直観であるという。
 来場者は受付で引いたカードから得た直観をテーマに、館内で過ごしてほしいとのこと。
 ソルティが引いたのはこのカードであった。

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THE HERMIT
灯りを持つフクロウの図柄から「知恵」かなあと直感。

 館内には、実に多様なデザインのタロットカードが展示されているほか、企画展示コーナーやタロットカード入門書はじめ関連本を集めたライブラリー、ブローチなどオリジナルグッズ販売コーナー、サンプルカードを使って占いもできるフリースペース、それにワークショップや講演会を随時開催する小部屋などがあった。
 予約制のため静かなゆったりした雰囲気の中でじっくりと見学することができ、お茶のサービスもあった。

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撮影スポットから館内を撮る

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22枚の大アルカナ

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THE DEVIL『悪魔』
伝統的なデザイン

 やっぱり、圧倒されたのはタロットカードの種類の多さと図柄の芸術性。
 大昔(タロットカードの起源は15世紀西欧と言われている)からの伝統的な図柄はもちろん、ルネサンスの巨匠ボッティチェリやダ・ヴィンチ、アールヌーボのミュッシャやクリムトら有名画家の作品をアレンジしたもの、色彩・形象ユニークな現代美術風、キリストの生涯をテーマにしたもの、日本神話や北欧神話に材をとったもの、手塚治虫アニメのキャラクターたち(アトムやピノコなど)が描かれたもの、クマのプーさん、星の王子様、『パタリロ』や『翔んで埼玉』で知られる漫画家の魔夜峰夫デザイン、猫ちゃんデザイン、ゲイをテーマにしたもの・・・・e.t.c.

 まさに美術館というのにふさわしい一大コレクションで、時のたつのも忘れる面白さ。
 展示されているもの以外にも在庫は豊富にあり、カタログで図柄を確認することもできる。
 多くのカードはその場で購入できるようだ。
 ソルティは、ダ・ヴィンチカードとクリムトカードに強く惹かれるものがあったが、とりあえず概要を知りたいと思い――「知恵」が大切=直観!――鏡リュウジ先生の本を買った。 

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 この本によると、ソルティが引いた THE HERMIT のカードの意味は『隠者』。
 「時」「老人」「円熟」を象徴する。
 ひとりで過ごす静かな時間が魂を磨く、とあった。
 まさに今の自分にぴったりのカードではないか!




● 映画:『風の慕情』(中村登監督)

1970年松竹
93分

 『古都』『紀の川』の名匠・中村登の作品というので手に取ってみたが、脚本が橋田壽賀子とある。
 一抹の不安を覚えつつレンタルした。
 結果的に、名匠が『渡る世間』に食われて、陳腐なサスペンス風メロドラマに終始している。
 日本の庶民にとって海外旅行が希少だった時代にオーストラリアとフィリピンでロケを敢行し、観客に観光旅行の気分を味わってもらおうというサービス精神だけは買うべきだろう。

 当時25歳の吉永小百合が最新モードに身を包み、シドニーの街を巡り歩く。
 美しさや清らかさは言うまでもないが、演技がどうにも上っ滑りでいけない。
 『キューポラのある街』や『伊豆の踊子』で見せた溌剌たる生命力が、「万人に愛される可愛らしい女性を演じる」という窮屈なジェンダー枠の中で、不完全燃焼を果たしている。
 それがそのまま、大人になってからの小百合の演技の型になってしまったようだ。
 篠田正浩監督が岩下志麻を脱皮させたように、溝口健二監督や増村保造監督が若尾文子を磨いたように、吉田喜重監督が岡田茉莉子を開花させたように、女優としての吉永小百合を化けさせてくれる、つまり小百合の本質を見抜いて引き出してくれる演出家が日本にはいなかったのだろう。
 ソルティ思うに、小百合はいつも「女」を演じているのであって、「女」が演じているという感が希薄なのである。
 25歳の小百合の芝居はほとんど現在と地続きである。(と言っても、ここ10年あまりに撮られた小百合の映画を観ていないのだが)

 ちょっとした楽しみは、小百合演じる由布子を巡って恋の火花を散らすのが、石坂浩二と森次浩司の“Wコージ”であるところ。
 金田一耕助とモロボシダンが闘っているみたいに思えて愉快。
 役者陣で一番風格あって、作品の質を高めているのは香山美子である。
 この存在感なければ、作品は少女チックなままに終わってしまうところだった。
 
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石坂浩二と吉永小百合
赤ずきんちゃんのよう




おすすめ度 :

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損






  

● 三島由紀夫主演 映画:『からっ風野郎』(増村保造監督)

1960年大映
96分

 当時35歳の三島由紀夫がヤクザの若親分を演じ、その素人演技が酷評された一種の珍品。
 期待しないで観たのだが、まったく期待通りの学芸会レベルの芝居に、「やっぱり期待した通りの期待はずれだったな」と、よくわからない感想に追い込まれてしまった。

 名優として映画史にその名が刻まれる志村喬や若尾文子は別として、共演の船越英二や神山繁、根上淳や水谷良恵(現・八重子)、果ては役者よりテレビタレントとして水を得た川崎敬三でさえ、相当の芝居達者に見えてしまうほどの、主役とそれ以外の演技力の落差!
 もしかしたら、この三島の棒読みセリフと素人芝居の滑稽な味わいにアイデアを得て、増村監督はその後テレビで一大ブームを巻き起こした大映ドラマ――堀ちえみの『スチュワーデス物語』に代表される――のスタイルを思いついたのではなかろうか。
 としたら、この作品の意義も捨てたものではない。

 こき下ろしているばかりに見えるが、芝居の上手下手とは別の次元で、三島由紀夫の愛すべき魅力はとらえられている。
 無防備なまでの不器用さがそれである。
 三島由紀夫の運動能力の無さについては、どこかで石原慎太郎が暴露していたけれど、この作品はまさにそれを証明している。
 自らの肉体を思い通りコントロールする能力を欠いているように見えるのだ。
 本作中の三島の演技で唯一素晴らしいと思ったのが、ラストシーンにおいて神山繁演じる殺し屋に刺されたあとの死体(の演技)であるというのが、まさにその間の事情を物語っている。

 それを思うと、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地において三島由紀夫が自らの腹切りをちゃんと成し遂げたことが不思議な気がする。
 もっとも切腹だけではすぐには死ねない。
 介錯人が斬首することで自決は完成する。
 三島由紀夫はここでも森田必勝という共演者に助けられたのだった。


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若尾文子と三島由紀夫 



おすすめ度 :★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損




● 本:『ケストナーの終戦日記』(エーリッヒ・ケストナー著)

1961年原著刊行
1985年駸々堂出版(高橋健二訳)

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 エーリッヒ・ケストナー(1899-1974)はドイツの詩人・小説家。
 『エミールと探偵たち』、『飛ぶ教室』、『二人のロッテ』など児童文学作家としても名高い。
 劇団四季によってミュージカル化された『ふたりのロッテ』のポスターを、駅構内や列車内で見かけたことのある人は多いだろう。

ふたりのロッテ
劇団四季『ふたりのロッテ』ポスター

 本作はその名の通り、1945年2月から8月にかけて、すなわちベルリン陥落前から広島・長崎原爆投下にかけてのケストナーの日記である。
 年譜によれば、次のようになる。
  • 2月 ヤルタ会談・・・・ルーズベルト(米)・チャーチル(英)・スターリン(ソ)によるドイツの戦後処理についての協定。
  • 4月7日 ソ連軍がウィーン占領
  • 4月20日 ソ連軍がベルリン包囲
  • 4月27日 オーストリア臨時政府、独立宣言
  • 4月30日 ヒトラー自殺、アメリカ軍がミュンヘン占領
  • 5月8日 ドイツ無条件降伏
  • 7月17日 ポツダム宣言・・・・日本の戦後処理についての宣言
  • 8月6日 広島に原爆投下
  • 8月9日 長崎に原爆投下
  • 8月15日 日本無条件降伏
 ケストナーはこの期間、パートナーのロッテと共に、ベルリン(のちの東独)~マイヤーホーフェン(オーストリアの山岳地帯)~バイエルン(のちの西独)~シュリーア湖(西独)と、食と安全を求めて転々とした。
 というのも、連合国軍の攻撃を受けドイツ敗北がすでに決定的となっていたにもかかわらず、ドイツおよび占領されたオーストリア国内では依然としてナチス・ドイツによる支配が続いており、党員や軍人による市民に対する目にあまる横暴があったからである。
 ケストナーはファシズムを非難したため当局から目をつけられ、秘密警察に二度逮捕され、執筆を禁じられ、目の前で著書を焼かれるなど、いつ捕らえられて処刑されてもおかしくない立場にあった。
 ドイツ降伏後は逮捕される心配こそなくなったが、あいかわらず窮乏生活が続き、友人・知人を頼るほかなかった。

 そのような忍耐と不安と空腹の強いられる中で、速記文字でこっそりとつけられたのがこの日記である。
 戦時下の庶民の日常がどんなものであったか、終戦間際のナチス・ドイツの混乱がいかなるものであったか、戦争が終結した喜びがどれほど大きかったか、そしてモラルの崩壊した非日常的空間において人間がいかに奇矯な振る舞いをなし得るか、具体的なエピソードでもって語られている。
 ソルティはケストナーを読むのはこれが初めてであるが、皮肉というかブラックユーモアに長けた人である。
 もっとも周囲の状況を考えれば、どんなユーモアもブッラクにならざるを得ないだろう。
 本来なら明るいユーモアを得意とする作家なのだろう。でなければ世界中で愛される児童文学など書けるものではない。

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アウシュビッツ収容所 

 読んでいると、日本の敗戦間際の状況と酷似するところが多い。
 敗戦時にはいずれの国でも同じような現象が起こるのか、あるいは日本人とドイツ人に共通したメンタリティによるものなのか。
  • もはや敗北が明らかなのに戦闘にこだわり続け、多くの国民を無駄死にさせた点。
  • マスメディアを操作し、負けているのに勝っていると国民を最後までだましつづけた点。
  • 下っ端の若い兵士に爆弾を身につけさせ敵の戦車に体当たりさせる、まるで「神風特攻隊」のようなグロテスク。
  • ラジオでは降伏について語っているというのに、子供たちに軍服を着せて武装させ、第一線に送り続ける玉砕作戦! 
 ケストナーは、ファシズムを可能にし、結果としてこういった理不尽な行動につながる背景となったドイツ的性格の欠点について、次のように述べている。

 「すべての人、上にある権威に従うべし!」という聖書の一句をわたしたちは他の諸民族よりも言葉どおりに受けとる。わたしたちの反抗をさまたげるものは、鎖だけではない。わたしたちを無力にするものは、あらわな恐怖だけではない。わたしたちは数十万人たばになって死ぬ用意がある。いつでも上からの命令があれば、悪事のためにでも死ぬ用意がある。わたしたちは集団で、号令のままに自己を犠牲にする。わたしたちは暗殺者ではない。もっとも崇高な目的のためであっても、いや、そのためにこそ、暗殺者にはならない。わたしたちの暗殺は失敗する。それは性格に結びついている。わたしたちは政治的に従属的人間なのだ。わたしたちは国家に虐待されて喜ぶマゾヒストだ。

 なんだか日本人のことを言われているような気がした。

 いま、日本の民主主義は危機的状況にあると思う。
 選挙権を手にしてから一度も自民党に入れたことのないソルティにとって何よりやるかたないのは、こうした状況を招いたのが、戦前の軍部の独走や戦後のGHQによる支配、あるいはメディアによる言論統制といった他律的な要因によるものではなく、選挙という民主的な手段、すなわち民意によって“自発的に”このようになってしまった――という点である。

 あきらめずに声を上げるしかない。




おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損





● 百恵芳紀15歳 映画:『伊豆の踊子』(西河克己監督)

1974年東宝、ホリプロ
94分

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 山口百恵の映画初主演作であり、のちに夫婦となった三浦友和との映画共演第一作。
 西河監督は吉永小百合主演ですでに『伊豆の踊子』を撮っており、脚本や基本的な演出は前回と“ほぼ”同じである。
 『ひと夏の経験』の大ヒットで超多忙となった百恵には、撮影のために当てられるスケジュールは一週間しかなかったという。
 すでに完成されている枠組みを再活用するのは苦肉の策であったのだろう。
 が、必ずしも二番煎じとは言えないし、アイドル映画と軽視することもできない。
 魅力あふれる作品となっている。
 
 魅力の一等は、薫(踊子)を演じる山口百恵と川島(旧制一高生)を演じる三浦友和との抜群の相性の良さである。
 理想の夫婦と言われる今の二人の姿からさかのぼって贔屓目に見てしまうところもあるのかもしれないが、ここでの二人の息の合い方や惚れた相手を見る際の自然な表情は、この純愛作品にほとばしるようなリアリティを与えている。
 フリでない本物の感情が二人の演技の質を高めたのである。
 二人の間に強い磁力が発生しているようで、このコンビネーションは54年松竹版の美空ひばりと石濱朗、あるいは63年日活版の吉永小百合と高橋英樹のそれをはるかに凌駕している。
 単純に演技力および歌唱力という点だけみれば、百恵も友和もそれぞれの前任者たちには及ばないにも関わらず・・・・。

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踊子に扮する山口百恵

 山口百恵は美人ではないけれど、表情が素晴らしい。
 とくに憂いを含んだ表情はこの人の最大の魅力である。
 これは吉永小百合には今日に至るまで望めないところで、生まれついての顔立ちや幼少期の育ちが影響していると思われる。
 この憂いこそが自然と悲劇の基調を形づくって、今作に続く『絶唱』や『春琴抄』などの文芸悲劇もの、または女性視聴者の紅涙を絞ったTVドラマ「赤いシリーズ」を成功させた要因ではなかろうか。
 そして、憂いある表情が一瞬にして笑顔となって弾ける時、笑顔を向けられた男たちは、そのコントラストの大きさを「俺だけに見せてくれた素顔」と勘違いし、百恵の虜になっていったのだと思う。(思春期のソルティもその一人であった)
 
 三浦友和がまたカッコいい。
 昭和の典型的美男子そのもの――往年のゲイ雑誌『薔薇族』の表紙に出てくるような――であるけれど、ソルティが幾度もだぶらせたのは令和の実力若手男優である仲野太賀であった。
 イケメン度では若かりし三浦の方が上であるが、人好きする顔立ちであるとか、おっとりした雰囲気であるとか、感受性ある表情であるとか、どことなく似通っている。
 仲野太賀は将来、アイドル歌手と結婚、三浦友和のような役者になるということか。
 
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三浦友和(右)と中山仁
なんだか木下惠介監督作品の一場面のようなBL感

 他の役者では、芸人一家の元締めを演じる一の宮あつ子、薫の兄・栄吉を演じる中山仁(往年の熱血スポ根ドラマ『サインはV』の鬼コーチ)、茶屋の婆さんを演じる浦辺粂子が印象に残る。
 ホリプロの百恵の後輩である石川さゆりが肺病で亡くなる遊女おきみ役で出ているのが、なんだか哀しい。(さゆりは「天城越え」できなかったのだ)
 落語家の三遊亭小圓遊が踊子(百恵)の処女を狙ってちょっかいを出すスケベな紙屋を演じている。これまた味がある憎まれ役ぶり。
 
 踊子と学生は波止場で派手なお別れをし、幕が下りる。
 「よく出来たリメイクだったなあ~」とリモコンに手を伸ばした瞬間、驚きが待っていた。
 「終」のクレジットと共に映し出された最後のカットは、アイドル映画としてはとうてい考えられない類いのものであった。
 この絵、65年バージョンにはなかった。
 場所はどこかの旅館のお座敷。
 酔っぱらって、もろ肌脱いで入れ墨を晒した男が、踊っている薫に無理やり抱きついている。
 薫は嫌そうに横を向いているが、そこは客商売、きっぱり拒むことはできない。
 
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 このカットの含むところは、有り得べき薫の今後の人生である。
 紙屋のおやじのように金に物を言わせる道楽者や見境ないヤクザ者になかば暴力的な形で凌辱され、旅芸人から芸者となり、芸者から遊女に身を落とし、最後はおきみのように体をボロボロにする。  
 そうした最悪のストーリーを暗示しているのである。
 そして実際、この原作が書かれた昭和初期、そういった転落のケースは珍しくなかった。
 なにより芸人は差別される対象だったのである。
 
 川端康成の原作や65年の「西河―小百合」版以上に本作で目立つ点を挙げるとするなら、旅芸人に対する差別というテーマであろう。
 学生と踊り子は伊豆で出会って、一緒に旅をして、淡い恋をして別れる。
 同じ一つの恋――しかし、それぞれにとっては同じ経験ではない。
 学生にとっては、ひと夏の美しい思い出であり、自らの孤児根性という劣等感を癒す通過儀礼であった。
 学生は東京に帰って勉学に励み、出世の道を歩むだろう。官僚になるかもしれない。学者になるかもしれない。売れっ子作家になってノーベル賞を獲るかもしれない。
 一方、踊子にとっては穢れなき少女時代の最後の楽しい思い出であり、この先二度とこのような牧歌的な瞬間は訪れないかもしれないのだ。
 男と女、将来を嘱望される学生と差別され社会の底辺を流れ続ける旅芸人、二つの人生行路は天城隧道のようには簡単につながらない。
 
 西河監督がこのような退廃的でショッキングな最後のカットをあえてアイドル映画に挿入した理由は、そこに思いを込めたかったからではなかろうか。
 「学生さんにとっては、小説の題材として“利用できる”ひと夏の美しい思い出だろうさ。だがな、旅芸人の娘にとっては、その思い出にすがることで残りの悲惨な生をなんとか切り抜けていけるお守りのようなものなのだ。川端さん、いい気なもんだね」――と。
 
 
 
 
おすすめ度 :★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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● 映画:『ザ・コーヴ』(ルイ・シホヨス監督)

2009年アメリカ
91分

 和歌山県太地町のイルカ追い込み漁を批判的に描いたドキュメンタリー。
 コーヴ(cove)とは「入り江」の意。

 主役はリック・オバリーという名のアメリカ人。
 ソルティも幼少時に楽しんで観ていたTVドラマ『わんぱくフィリッパー』に出演していたイルカの調教師だった。
 ドラマの世界的ヒットで一躍有名になり財を築いたが、調教していたイルカが鬱になって死んでしまったことをきっかけに改心し、一転、イルカ解放運動の闘士となってイルカの飼育や捕獲に反対するようになった。
 今回、太地町が標的に選ばれたのは、世界各国の水族館や動物園に出荷されるイルカの多くがここで捕らえられているからという。

イルカ


 全編、イルカ漁の残酷さを訴える作りとなっている。
 不快な音を立てて、イルカを湾の生け簀に追い込む。
 ブローカーが水族館に売るイルカを選ぶ(一頭15万ドルとか)。
 残りのイルカを三方を岸壁で隠された入り江に運ぶ。
 朝焼けが水平線をおおう時刻、待機していた男たちが船を出し、数十頭のイルカを銛(もり)で突き、鉈(なた)で叩き、鳶口(とびくち)で舟に引き上げる。
 断末魔のイルカの悲鳴が岸壁にこだまする。
 入り江は真っ赤に染まり、文字通り「血の海」となる。
 
 衝撃的な映像である。
 イルカ好きの人にとっては、耳をかばい目を覆いたくなるような、吐き気を催すようなシーンであろう。
 あんなに可愛くて賢くて無抵抗な哺乳類をめった刺しにするなんて!
 ここはイルカのアウシュビッツか!

 このシーンを取るために、オバリーら撮影スタッフは真夜中に人気のない入り江に忍び込み、水中や岸壁にカメラやマイクを仕掛ける。
 それがあたかもスパイアクション映画のようなスリリングなタッチで描かれている。
 映画の作り自体はまったくのエンターテインメントベースで、視聴者の関心をそそり、一瞬たりとも飽きさせず、情動を揺り動かすものとなっている。
 訴求力ある構成や編集の上手さには舌を巻く。

 それだけに、本作を観た世界各国の人が、日本人を野蛮で残酷な民族だと思い、日本は動物愛護の精神に欠ける後進国とみなすであろうことが危惧される。
 はなからイルカ漁を悪と決めつけ、一方的に断罪する姿勢は、ドキュメンタリーというよりプロパガンダ映画に近い。

 他国の文化(食・職文化)への介入の是非、漁師たちの生活の問題、動物愛護の問題、自然環境や海産資源の保護の観点、汚染食品の出荷と体内摂取のリスク(イルカには基準値以上の水銀が含まれていると本編では主張している)、表現の自由と取材上の倫理や肖像権の問題、動物を飼育・愛玩・鑑賞することの是非、動物に順列をつけることの意味(なぜ牛や豚は良くてイルカは駄目なのか)・・・・。
 いろいろな問題が絡んでいるので、簡単には結論づけることのできないテーマである。
 ソルティがとくに気になったのは、イルカ殺しを請け負っている男たちの素性や思いである。
 殺生シーンを観ていて浮かんだのは、能の『阿漕』や『鵜飼』であった。
 これこそ日本人の古くからの文化的観念である。
 外国人にこの感覚はなかなかわかるまい。 

鵜飼

 
 もしこの先、イルカの肉を食べると寿命が延びるとか、イルカの赤ちゃんから取れる油には肌を再生する力があるとか、そういったことが科学的に判明した暁には、イルカの捕獲に先頭切って走るのはおそらくアメリカ人だろうなあ~と思う。

 公開時は上映をめぐって各地で騒ぎが持ち上がり、上映中止や延期が続いたいわくつきの作品であるが、こうしてDVDになってレンタルビデオ店に並ぶようになったのだから、少なくとも表現の自由は守られている。



おすすめ度 :★★★

★★★★★ 
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● 日本の黒い霧ふたたび2 本:『赤報隊の秘密』(鈴木邦男著)

1990年エスエル出版会
1999年復刻版

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 副題は「朝日新聞連続襲撃事件の真相」
 朝日新聞記者であった樋田毅が被害者の身内の立場から赤報隊の正体を探ったのに対し、本書のポイントは、加害者と目された右翼の立場から、しかも当初警察によって作られた“最も怪しい容疑者9人リスト”にその名が上がっていた鈴木邦男が、真相を求めて推理を展開している点である。

 むろん、鈴木邦男は真犯人ではない。
 本書を読むと、「鈴木にはできないよなあ~」と思わざるを得ない。
 連続テロを仕掛けて正体がバレない、捕まらないでいるには、相当の緻密さと慎重さと専門的訓練、そして感情を制御できるサイコパス性が必要と思われる。
 本書の中に見る鈴木の文章や対談の語り口調からは、そういったものがまったく感じとれないのである。
 なにより自分がやったことを黙っていられる人ではない。
 9人リストから最初に落ちたのではなかろうか。

 被害者である朝日新聞社もそう思っていたようで、本書には朝日新聞編集委員で右翼に詳しい伊波新之助との対談が掲載されている。
 ここでも理路整然と冷徹に論を進める伊波に対して、鈴木の語りは全般情緒的にして文学的、伊波に突っ込まれると言葉に窮してしまう場面もみられる。
 胆力は別として、どっちが連続テロをできる資質を備えているかと言えば、まず伊波に軍配(?)が上がろう。
 
 思うに、右翼というのは任侠の世界と部分的に重なるところからも推察されるように、純粋で単細胞、理屈より行動、常識より義理人情、保身より捨て身、「自らを犠牲にして敵を討ちとって功を成す」こそ誉れであり、正体を隠しての連続テロのような知的犯罪には向かないのではなかろうか。
 本書で鈴木が繰り返し語っているのもまさにそこで、「赤報隊事件は右翼が起こしたものとは思えない」という点に尽きる。

 右翼の中では今回の事件は右翼と関係ないと思っている人が圧倒的ですよ。右翼の装いをして私憤をはらそうとしているヤクザなり暴力団なりの仕業ではないかと。

 右翼の行動にはいつも、なんらかの「臭い」とか「情緒」とか「精神」を感じさせるものがある。ところが今回はそれが全くなくて、「完全犯罪」というか、プロのやり方という感じ。
 
 新右翼でもなければ右翼でもない。また左翼的なものでもない。思想を訴えるためのものではありません。
 
 右翼の歴史というのは、みんな涙のあるテロリズムなんですね。無差別テロはやらないし、あくまでもトップを狙う。また、自分が犯行を犯したならば、それと同じような犠牲を自分も負う。血盟団でも、5・15事件でも、みんなそうでしょう。浅沼事件の山口二矢(おとや)しかり。みんな自決するか逮捕されて、出獄してきたら、殺した人の墓参りに行く。みんな情緒的で乾いていない。・・・・・・末端の記者を、それも無差別に近いかたちでやって、それで自分は逃げて、顔も現わさない。卑劣きわまるやり方だ。右翼はあんな卑劣なことはしませんよ。
 
 こうした感覚は、ひとり右翼関係者のみならず、被害者である朝日新聞社の取材陣の中にも、さらには捜査を担当した警察の内部でも共有されていたらしい。
 NHKが2018年1月28日に放映したNHKスぺシャル「未解決事件File.06 赤報隊事件」を観ると、事件を担当した元兵庫県警の捜査員が、極道方面から情報を得て、朝日新聞社に反感を持つ「ある宗教団体」の捜査に取りかかったところ、「上からストップがかかった」と語るシーンがある。(現在、NHKオンデマンドからはなぜかこの放送回がはずされている)

 事件の解決を阻んでいる勢力の存在を感じざるを得ない。





おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
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     読み損、観て損、聴き損




  
  

● 日本の黒い霧ふたたび 本:『記者襲撃 赤報隊事件30年目の真実』(樋田毅著)

2018年岩波新書

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 先ごろ大宅壮一ノンフィクション賞をとった『彼は早稲田で死んだ 大学構内リンチ殺人事件の永遠』(文藝春秋)の著者による、「人生のテーマ」となったと言うもう一つの事件を描いた渾身のノンフィクション。

 早大キャンパスに自由と平和を取り戻すべく、仲間と連帯し、徒手空拳で革マル派とたたかった樋田は、卒業後朝日新聞に入社した。
 新聞記者として経験を積み、人脈を広げ、実力を身に着けてきた9年目、兵庫県西宮市にある阪神支局で一大事件が勃発する。

 1987年5月3日の夜8時過ぎ、目出し帽で正体を隠した男が阪神支局のビルに侵入し、雑談していた記者らを散弾銃で撃った。
 当時29歳の小尻友博記者が射殺され、42歳の犬飼兵衛記者は重傷を負った。
 犯人は赤報隊を名乗る右翼らしき一味で、凶行後にマスコミ宛に犯行声明を送った。
 「この日本を否定するものを許さない」「すべての朝日社員に死刑を言いわたす」云々。
 当時樋田は大阪社会部に所属していたが、3年前まで阪神支局にいた。
 事件後に担当デスクより特命を帯び、選ばれた仲間と共に事件を取材し、犯人探しに奔走する。

 私と仲間たちが、この30年間にしてきたのは、一般的な取材ではなく、犯人を追い求める取材だった。(犯罪に使用された)ワープロや銃など物証に関わる情報収集も重要な仕事だったが、より究極な任務は、犯人かもしれないと考えた人物に会うこと、犯人について何か手がかりを得られそうな人物に会い続けることだった。取材者の多くは、右翼活動家たちで、暴力団関係者もいた。(カッコ内ソルティ補足)

 実際の死傷者を出した上記の事件のほかに、赤報隊は複数のテロ事件を起こし、そのたびに同じワープロによる犯行声明を出していた。

1987年(昭和62年)
  • 1月24日 朝日新聞東京本社に発砲。怪我人なし。
  • 5月3日  朝日新聞阪神支局を襲撃。1名殺傷、1名重傷。
  • 9月24日  朝日新聞名古屋本社社員寮を襲撃。記者不在だったため寮内で発砲し逃走。
1988年(昭和63年)
  • 3月11日 朝日新聞静岡支局に時限爆弾を設置。装置に不備があり爆発ならず。
  • 3月11日 中曽根康弘・竹下登両元首相に脅迫状を送る。
  • 8月10日 江副浩正リクルート元会長宅を襲撃、発砲。怪我人なし。
1990年(平成2年)
  • 5月17日 愛知韓国人会館に放火。怪我人なし。

 警察および朝日新聞社による懸命な捜査も空しく、事件は2003年に時効を迎え、お蔵入りとなった。
 本書は、2017年に朝日新聞を退社した樋田が、これまでの膨大な取材資料をもとに執筆したものである。

赤報隊事件記事 (3)
毎日新聞1987年5月4日付朝刊より

 1987年と言えばバブル絶頂の頃合い。
 ソルティは都内に住み、都内の会社に勤務していた。
 が、この事件の記憶がほとんどない。
 当時は超タカ派の中曽根康弘が政権を握り、戦前回帰を思わす国粋主義的な政策が次々と打ち出されていた。国家秘密法案(現「特定秘密保護法」)上程、靖国神社公式参拝、復古調の教科書の検定通過 ・・・・・e.t.c.
 それに対して全社を挙げて中曽根政権を批判していたのが朝日新聞社だった。
 右翼の赤報隊が朝日新聞社を目の敵にするのは自然である。
 一方、中曽根や竹下に脅迫状を送ったのは、アジア諸国からの強い非難を浴びた両者が後退姿勢を見せたことによる苛立ちが原因と推測された。

 当時ソルティは右でも左でもなかった。
 産経新聞を取っていたが、その理由は読売や朝日より購読料が安かったからで、それがもっとも右寄りの新聞であることも知らなかった。
 ありていに言えば、政治に無関心だったのである。
 「バカな右翼が何かやってるなあ。朝日新聞も受難だなあ。さて今日は何の映画を観に行こうか」といったノンポリ気まま役立たず新人類だった。
 つくづく、感情や関心によってタグづけされなければ記憶は残らないのである。

 本書を手にしたのは、ここ最近の旧統一協会騒動をめぐるネット情報の中にこの事件の名前を見かけたからである。
 赤報隊事件は右翼の仕業だろう? なんで統一協会が?
 そう言えば、『彼は早稲田で死んだ』を書いた樋田毅が、赤報隊事件についても本を出していたっけ・・・・。
 ということで図書館で借りて読んでみたら、びっくらこいた。
 この事件の捜査線上には右翼と並んで統一協会も上げられており、当時から警察も樋田たちも協会の周辺、とくに協会肝いりの政治団体である国際勝共連合を探っていたのである。
 反共産主義を掲げている右寄りの統一協会および勝共連合にとって、朝日新聞は封じ込めたい敵(サタン)の筆頭であるが、そればかりでなく、当時朝日は統一協会のいわゆる“霊感商法”を批判する糾弾キャンペーンをおこなっていた。
 両者は強い緊張関係にあったのである。

 ソルティはこちらのほうなら覚えている。
 80年代後半から統一協会の強引な資金調達活動(信者からの集金)や教団への勧誘やマインドコントロールの実態などが、脱会した元信者の証言や被害者を支援する弁護士の解説とともに、マスコミに取り上げられるようになった。
 その頂点は92年に韓国ソウルのオリンピック・スタジアムで行われた合同結婚式。
 桜田淳子、山崎浩子、徳田敦子ら有名人が参加したこともあって、報道は熾烈を極めた。
 その後、95年にオウム真理教事件が勃発したこともあって、統一教会の動向は世間からよく見えないものになった。

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 本書第1部では赤報隊事件の概要が物語風にわかりやすく説明され、第2部では犯行声明の内容からして最も濃厚な被疑者と思われる右翼に対する樋田らの捜査経過が記されている。
 
 一言で右翼と言っても、様々な思想・政治的背景、行動形態、活動分野があることが分かった。そして、私たちが追いかけている「赤報隊」は、右翼世界のどのあたりに位置しているのか。日本の右翼の世界を図式化することで、「赤報隊」に迫る道筋を探ることができるのではないかと考えてきた。

 読者の理解を助けるべく本書に掲載されている右翼世界の分類図が非常にわかりやすい。
 今後の右翼に関するニュース報道や資料を読み解く際に役だつと思うので、ここに上げさせていただく。
 
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本書より転載(樋田毅作・日本の右翼の構図)

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本書より転載(樋田毅作・日本の右翼の6つのグループ) 

 樋田および朝日新聞特命班は、警察がマークした9人の容疑者――新右翼団体「一水会」の鈴木邦男含む――をはじめ、全国約300人の右翼思想家・右翼活動家に取材して調査を進めてきた。
 暴力を肯定する猛々しい敵の中に乗り込んでいく樋田の度胸や執念、プロ根性は見上げたものである。
 同僚の死に対する「弔い合戦」的な思いは当然あったであろう。
 その奥には学生時代に挫折した革マル派との攻防の記憶、キャンパスで殺された川口大三郎君の「カタキを取る」という思いもあったのではなかろうか。
 右であれ左であれ、暴力は絶対に許さないという樋田の信念が全編にあふれている。
 だが、残念ながら樋田ら特命班は、右翼の中に犯人を特定することはできなかった。 

 第3部では、統一協会(本書ではα協会と記載)および勝共連合(同様にα連合)に対する捜査過程が記されている。
 ここでは、勝共連合内部で朝日新聞に対する憎悪が半端なく高まっていたこと、全国に20を超える射撃場付きの銃砲店を持っていること、軍事訓練を受けた秘密部隊があった(ある?)らしいこと、裏工作を専門とする機関があったこと、内輪もめから協会を追放されその後協会を告発する記事を発表した元広報局長が何者かによって瀕死の重傷を負わされたこと、などが取材によって明らかにされる。
 元信者の証言や潜入取材などから浮かび上がる統一協会の実態が(そのまま事実であるならば)実に恐ろしい。
 松本清張が『日本の黒い霧』の中で取り上げたGHQのキャノン機関の謀略の数々を連想させる。
 しかし結局、赤報隊事件とのつながりを示す明らかな証拠はここでも見つからなかった。

 犯人側はなぜ、阪神支局を襲撃したのか。なぜ、小尻記者を射殺したのか。なぜ、赤報隊と名乗ったのか。なぜ、朝日新聞の関連施設を攻撃対象に選び続けたのか。そもそもの犯行目的は何だったのか。30年間にも及ぶ取材にもかかわらず、事件をめぐる謎は何一つ解明できていない。時間の経過とともに、取材対象は広がったが、事件をめぐる闇は深まるばかりである。

 黒い霧はいまも日本を覆っている。
 この霧の背後になにが隠されているのだろうか?
 真夏の怪談にも増して怖い。
 怖いけれど、もはやノンポリではいられない。
 事態は切迫している。




おすすめ度 :★★★★

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 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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● あの日見た花の名前をぼくは知っている

 埼玉県の小鹿野ハイキングの際に見かけた道端の花で、名前が判明しないものがあった。
 これである。

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 記事を読んでくれた数人から、「それはサフランモドキではないか」というコメントをいただいた。
 ネットで検索してみたら、まさにそう、ドンピシャ。

サフランモドキ(学名:Zephyranthes carinata)は、中米・西インド諸島原産で、ヒガンバナ科タマスダレ属の小形の球根植物です。別名でゼフィランサスとも呼ばれます。
サフランと似ているのが花名の由来です。雨後に一斉に花が咲くことから、英名では、レインリリー(Rain lily)とも呼ばれます。

原産地:中米・西インド諸島
草丈:30cm 
開花期:7月~9月
花色:桃
花径:7~8cm
かぎけん花図鑑より抜粋)

 ソルティが花の名前を調べるのにいつも利用しているのは、手持ちの数冊のポケット図鑑のほか、四季の山野草というサイトである。
 トップページの検索欄に「花びらの数」「花の色」「開花時期」「つる性か否か」などを打ち込んで検索をかけると、候補の花が画像付きでずらっと並ぶ。
 今回もポケット図鑑に見当たらなかったので、「四季の山野草」のお世話になった。
 「花びらの数→7枚以上、花の色→ピンク~赤、季節→夏、非つる性」と打ち込んだ。
 が、出てこなかった。

 なんと、サフランモドキの通常の花びらの枚数は6枚で、「まれに8枚」だったのである!
 花びらの数を6枚に設定して検索すると、ちゃんと出てきた。
 ソルティが小鹿野で出会ったのは、2枚サービスバージョンのサフランモドキであった。

 昨夕、家の近くを散歩していたら、路地の壁ぎわの日陰に見知った顔があった。
 こんな近くに咲いていたのか!

サフランモドキ

 こちらが通常の花びら6枚バージョンである。
 薄い桃色の花弁とスイセンのような線形の葉っぱが、涼やかにして美しい。
 きれいなのに出しゃばらず、静かでやさしげで、秘めやかに愛らしい。
 まるで着物姿の吉永小百合サマのよう・・・・。

 それにしても、サフランモドキという名前はあんまりだ。
 英名のレインリリーのほうがずっといい。
 ソルティは個人的に「ラブリーピンク」と命名した。



 



● 大人は判ってくれない 本:『連合赤軍少年A』(加藤倫教著)

2003年新潮社

 1972年2月に起きた連合赤軍事件の当事者による手記。
 加藤倫教(のりみち)は兄弟3人で連合赤軍に加わり、兄を山岳アジトにおける集団リンチで失う。
 その後、警察に追われて山中を逃げ回ったあげく、弟を含む他の4人と共にあさま山荘に人質を取って立て籠もった。
 
連合赤軍事件
 大学闘争の後、武装した左翼グループが栃木県真岡市で猟銃を強奪。72年2月、山岳アジトを移動して長野県の「あさま山荘」に立てこもり、警察と銃撃戦を繰り広げた。「総括」と称して群馬県内で仲間12人をリンチ殺人、遺体を山中に埋めた。
 (出典 朝日新聞掲載「キーワード」)

 9日間の攻防ののち、機動隊突入によって山荘は破壊され、全員逮捕。
 当時19歳の加藤は懲役13年の刑を受けて服役、1987年1月に仮釈放された。
 16歳の弟は少年院に送られ、2年間の収容生活を送った。
 本書は事件発生30年後に書かれたものである。

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 この事件の概要を知るには、若松孝二監督『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(2007)が最適であろう。
 左翼運動隆盛の世相、連合赤軍が誕生するまでの経緯、榛名山の山岳ベース(手作りの小屋)における異様な合宿生活、「総括」という名の集団リンチ殺人、遺体遺棄、山中逃亡からあさま山荘立て籠もり、機動隊との数日におよぶ攻防、そして逮捕に至るまで、一連の流れを警察や機動隊やマスコミや世間一般の視点ではなく、連合赤軍内部の視点で描いている。
 山岳ベースでのリンチの模様などは背筋が凍るほど怖い。

 先に映画の方を観ていたこともあって、本書の衝撃はそれほど強くなかった。
 何が起きたかは先刻承知であり、特異な思想に侵された閉鎖集団で起こる異常な人間関係やそこに醸し出される異様な空気もまた、若松によって見事に映像化されている。
 ビジュアルと活字のインパクトの差も大きい。
 活字がビジュアルに勝つには、冷静な人間観察をもとにした緻密な心理描写や人間関係の洞察、起きたことへの筆者なりの解釈が必要と思う。
 残念ながら、その部分が本書は弱いのである。
 全般、物足りない感じがする。
 これはおそらく、加藤が当時まだ十代で社会経験に乏しかったこと、組織の中では一番下にいて主要な決定の場には列していなかったこと、事実のみの記述に気を配り他人の思考や心理については憶測で書かないように注意しているらしいこと、それに「思想云々より行動」を尊ぶ加藤自身の資質などが関係しているんじゃないかと推測する。

 私や多くの仲間が武装闘争に参加しようと思ったのは、アメリカのベトナム侵略に日本が荷担することによってベトナム戦争が中国にまで拡大し、アジア全体を巻き込んで、ひいては世界大戦になりかねないという流れを何が何でも食い止めねばならない、と思ったからだった。
 幼稚な言い方になるが、私は「正義の味方」になりたかった。
 もちろん、その頃ヒーローに憧れた少年すべてが革命を夢見たわけではない。連合赤軍に入ってきた人間に共通していたのは、「思い込んだら、どこまでも突っ走るタイプ」ということだった。 
 あの時代、学生運動に参加する若者は大勢いた。だが、そのほとんどは「ファッション」として活動していたと思う。みな周囲の人間に歩調を合わせて活動に加わり、やがて自然に離れて社会に溶け込んでいった。
 しかし、私たちはそんな形で「妥協」することが許せなかった。一旦やり始めた以上、中途半端なところで終わらせたくない。革命のためなら、自分が捨て石になっても構わない。そんな気質の持ち主が集まって生まれたのが、「過激派」と呼ばれるグループだった。

 そういう自己犠牲精神をもった面々の集まりにおいて、
  • なぜ暴力による「総括」が発生したのか
  • なぜ誰もそれを「おかしい」と思わなかったのか
  • なぜそれを止められなかったのか
  • なぜ抵抗も逃走もできなかったのか(逃走した仲間をどう思ったのか)
  • どのように自らの中でリンチを正当化していったのか
  • 首謀者の永田洋子や森恒夫や坂口弘はどんな人間だったのか
  • 彼らの(特に永田の)振り回すおかしな理屈をなぜ鵜呑みにしたのか
  • 組織の中の相関図(派閥、対立、嫉妬、服従e.t.c.)はどのようなものだったのか
 内部を知る人間であれば、そういったあたり、すなわちグループダイナミックスの様相をもっと突っ込んで書いてほしかった。
 もっとも、事件は30年前のことで、加藤自身が「異常な意識状態」におかれていたであろうから、はっきりと覚えていないのが当然かもしれない。
 それを考慮すると、本書における加藤の記憶の細やかさは大変なものである。
 ソルティは30年前にあったことで、自分にとって大きなイベントを詳細に書けと言われても、日記でもつけていない限り、ここまで細かくは書けない。

 グループダイナミックス云々はともかく、加藤は自分自身が関わった動機についてはその後もずっと問い続けてきた。
 結局、自分たち三兄弟が求めていたものは何だったのか。

父の生き方に対する反発、それにオーバーラップする物質的な経済の発展と欲望充足に奔走する戦後日本社会への反発、そしてベトナム戦争に反対する気持ち――それは三人が共通して抱いていた思いだった。
 絶対的な価値観をもって目の前に存在した父の対極にあると感じられたのが、共産主義という価値観だった。共産主義者になるということで、私たちは自らの「居場所」を得ようとしていたのだと思う。
 しかし、何かを絶対視して信じることは、楽で気持ちのよいものであるが、必ず自らの思考の放棄を伴ってしまう。しかもあの時あの山の中で、最も決定的な局面において、自らの頭で考えるのではなく、絶対的なものと見えるものの方に擦り寄っていってしまった。その悔いは一生、私の心から離れることはないだろう。

 自身全共闘世代であった作家の橋本治は、全共闘の本質を「大人は判ってくれない」と喝破していた。
 片や、戦前教育を丸々受けたほとんど最後の世代(昭和ヒトケタ)。
 片や、改定された教科書で一から戦後教育を受けた世代(昭和20年以降の生まれ) 
 全共闘世代の根底にあって彼らを突き動かしていたのは、親と子の世代間ギャップだったのだろうか。
  
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● 変しい変しいサユリ様 映画:『青い山脈』(西河克己監督)

1963年日活
93分、カラー

 石坂洋次郎原作『青い山脈』は過去に5回映画化されている。
 それぞれの監督と主要登場人物の配役を並べると、

監督(制作年・制作会社)
 ① 今井正(1949東宝)
 ② 松林宗恵(1957東宝)
 ③ 西河克己(1963日活)
 ④ 河崎義祐(1975東宝)
 ⑤ 斎藤耕一(1988松竹)

島崎雪子:東京から来た女教師。封建的な地方の女子高の職員室で孤立する。
 ①原節子 ②司葉子 ③芦川いづみ ④中野良子 ⑤柏原芳恵

沼田玉雄:町医者。女子高の保健室の先生でもある。雪子先生にビンタされるもラブになる。
 ①龍崎一郎 ②宝田明 ③二谷英明 ④村野武範 ⑤舘ひろし

寺沢新子:都会から来た活発で気の強い女子高生。封建的な女子高の教室で孤立する。
 ①杉葉子 ②雪村いづみ ③吉永小百合 ④片平なぎさ ⑤工藤夕貴

金谷六助:金物屋の息子。ただいま浪人中。新子とラブになる。
 ①池部良 ②久保明 ③浜田光夫 ④三浦友和 ⑤野々村真

梅太郎(笹井とら):色っぽい芸者。沼田にホの字。物語の狂言回し的存在。
 ①木暮実千代 ②淡路恵子 ③南田洋子 ④星由里子 ⑤梶芽衣子

ガンちゃん(富永安吉):玉雄の親友の大学生。コミカルな三枚目。
 ①伊豆肇太 ②太刀川洋一 ③高橋英樹 ④田中健一 ⑤不明

笹井和子:新子と対立する女子高生のリーダー。感情が激しい。
 ①若山セツ子 ②笹るみ子 ③田代みどり ④木村理恵 ⑤池田純子

 ソルティがこれまでに観たのは75年の(三浦友和×片平なぎさ)カップリング版。
 なぜ、三浦友和×山口百恵の黄金コンビでなかったのかは不詳である。
 想像するに、同時上映が『花の高2トリオ 初恋時代』(森永健次郎監督。森昌子・桜田淳子・山口百恵共演)だったので、百恵がダブらないようにということか。
 そしてまた、元気溌剌で男勝りな新子役は、大人っぽく陰のある百恵には合わなかったろう。 
 
 今回見たのは西河克己監督によって撮られた③の日活作品。
 主役は当然、吉永小百合である。
 うっすらニキビある学生服姿のサユリが健康的で眩しい。
 女子高が舞台の話だが、もしここが共学校だったら、こんな美少女が転入した日には学校中大騒ぎになるだろう。
 沢口靖子の高校時代のように、他校の男子学生たちもこぞって覗きに来るのは間違いない。

 『伊豆の踊子』ではサユリ演じる踊子の初恋相手で真面目な書生役であった高橋英樹が、ここでは三枚目のバンカラ風大学生を演じている。シリアスもコミカルもこなせる器用な役者だ。
 代わって、サユリ(新子)の恋の相手役(六助)を務めるのが浜田光夫。
 とりたてて二枚目でもなく、男の色気あふれているというわけでもなく、なぜこの役者が人気あったのか、なぜサユリの相手役を44本も務められたのか、不思議な気がする。
 その平凡な風貌が、サユリストである男性観客たちの嫉妬を買わず、むしろ役柄投影を助けたからであろうか。
 つまり、「高橋英樹や渡哲也にはどうしたってかなわない。浜田光夫くらいなら俺だって張り合える。そしたらサユリと・・・・」という妄想をふくらませるのを助けたのか。
 
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浜田光夫と吉永小百合

 本作は、新子×六助の若いカップルと並行して、雪子×沼田の大人のカップルの関係が描かれる。
 芦川いづみの女教師雪子は凛として美しく、対する二谷英明も包容力ある二枚目ぶり。二谷は受けの演技が巧みである。
 芸者の梅子役で出ている南田洋子、婀娜っぽい姉さんで素敵。 
 一番びっくりしたのが、オールドミス――かつて「未婚の中高年女性」はこう揶揄された――の女教師を演じる北林谷栄。
 北林と言えば、『橋のない川』、『ビルマの竪琴』はじめ、日本を代表するお婆さん女優である。
 お婆さんでない北林を観るのははじめて。
 なんだか見ているこちらが気恥ずかしくなるほど、若々しく見える!

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 喧嘩だ、いじめだ、偽のラブレターだ(「恋」という字を「変」と書いたエピソードが有名)と、いろいろ騒動は持ち上がるものの、やっぱり牧歌的な空気あふれる爽やかな青春映画である。
 49年に公開された時は、戦前戦中の暗い青春を吹き飛ばし、日本中に希望と喜びを与えたであろうことは想像に難くない。
 ソルティが勤めていた老人ホームでも、藤山一郎が歌う主題歌は歌レクの一番人気だった。


 

おすすめ度 :★★★

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● もっともだあ! 本:『天皇陛下の味方です 国体としての天皇リベラリズム』(鈴木邦男著)

2017年(株)バジリコ

 『右翼は言論の敵か』を読んで鈴木邦男という男に興味をもった。
 現在出ているもっとも新しい著書を読んでみた。

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 本書は鈴木邦男の天皇論であり、明治から大正、昭和、平成に至る近代天皇たちのスケッチであり、天皇への熱烈なるラブレターである。
 と同時に、「愛国」「尊皇」を掲げながら現実の天皇陛下の思いや志しを無下にする言動を繰り返す反天皇主義者たちへの告発、いやいや怒りの鉄拳である。
 読みやすく、日中戦争や太平洋戦争を含む日本近代史の復習にもなり、共感・共鳴できるところが多かった。
 というより、書かれていることの9割がたは「そうだ、そうだ、もっともだあ!」と叫びたくなるものばかりで、「ソルティよ、お前はいつの間に右翼になったのか?」と思ったほどだった。
 
 鈴木の天皇論の核にあるのは次のような思いである。

 天皇とは、古来の日本人の価値観と信仰、すなわち神々への畏敬と祖霊崇拝を体現された存在です。その意味でこそ、天皇は日本の象徴なのです。いうまでもなく、日本の神とは欧米やアラブの神とは異なります。日本人にとって神とは自然そのものであり、神々(自然)によって生かされているという生活感覚が畏敬に繋がっているのです。また、祖霊信仰とは祖先があってその延長線上に現在の自分が生きている、というシンプルな原理に対する感謝の念だということができます。そして、そうした古来の価値観を祈りという行為によって表象しているのが天皇なのだ、そのように私は考えています。

 鈴木は、
  1. 象徴天皇制(立憲君主制)の維持
  2. 女性天皇および女系天皇の容認
  3. 退位や皇位継承における天皇の裁量権
を唱えている。
 これまた「もっともだあ!」と思う。
 現実問題として、天皇制をこれからも維持したいのならば、上の2.と3.は避けられないであろう。
 加えてソルティは、一般国民とまったく同程度ではないにせよ、皇室の人々にも人権を保障すべきと思っている。
 今の状態は籠の中の鳥か、国軍に幽閉されたアウンサンスーチーみたいなもので、とても幸福なものとは言えない。
 人身御供のような制度は改めるべきだ。
 
 とはいえ、ソルティは鈴木とは違って、天皇制自体は「いつか自然消滅したらそれも仕方ない」と思っている。
 それがなければ生きていけない、日本を愛せない、とは思っていない。
 1400年以上の歴史がある法隆寺が消失したら「寂しいなあ、もったいないなあ、残念だなあ」と思うのと同じように、天皇制が無くなったら「寂しいなあ、もったいないなあ、残念だなあ」ときっと思うだろうけれど、天皇制がなくとも日本は日本でいられると思うし、自分のアイデンティティを天皇制に仮託してはいない。
 もちろん、積極的に天皇制反対を唱える気はない。
 「天皇制」という物語を必要としている人がいるのは理解している。
 他人が大切とする物語を壊す気などみじんもない。(その物語がソルティの基本的人権を侵さない限りにおいて)
 いずれにせよ、ソルティが生きている間は天皇制は存在するだろうから、遠い未来の世代が決めることである。

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法隆寺
nsmaibunによるPixabayからの画像


 以下、「もっともだあ!」と共感至極なところを引用する。

 歴史から学ぶことができるとすれば個々の現象からではなく、何ひとつ変わることのない人間の本性を知るということです。その上で、現在を考えればいい。
   もっともだあ

 国際貢献をいうなら、他国に出向いて戦争をやるより難民を大量に受け入れた方がよほど世界から尊敬されるはずです。
   もっともだあ

 自民党(憲法)案第24条では、新たに家族の基本原則を定めています。家族を社会の基本単位として尊重し、かつ家族は助け合わなければならない、と規定されています。
 一言で申せば、大きなお世話です。そんなことまで国から教えを受け、強制されたくはありません。世の中の家族は人間存在の複雑さに見合って多様であり、憲法で決められるようなことではないでしょう。(カッコ内ソルティ補足)
   もっともだあ

 現在、共産党を含めて自衛隊の存在を本当に否定する国民はいないはずです。だとすれば、自衛隊を憲法の中できちんと位置付けなければまずいでしょう。堂々と自衛隊が存在する意義を宣言すればいい。その上で、徴兵はしない、海外派兵はしない、核武装はしない、という歯止め条項を明記すればいいのです。
   もっともだあ

 真の民族主義者は他国や他地域の民族主義を尊重するということです。にも関わらず、日本が一番エライ、他国は劣っているとか言いたがるエセ民族主義者がいっぱいいるんですね、今の日本には。でも、そんなのは民族主義でもなんでもない。ただの排外主義です。
   もっともだあ

 「自虐」と「内省」はまったく異なります。事実を事実として認識するということは、自虐でも何でもありません。私たちがこれからの日本のかたちを構想する時、避けて通れない内的作業であり、通過儀礼です。自国が犯した過ちについて知らないふりをしたり、忘れたふりをしちゃだめです。
   もっともだあ

 共産主義は全然ダメなシステム論だと考えているのも変わりません。どうしてそう考えるかというと、共産主義は生身の人間の在り方を想定していないからです。現実に生きる人間が有する様々な自由(欲望)への希求は無視され、机上の理論に合わないものはすべて排除される。その結果、必然的に言論は統制され、官僚によって管理された全体主義国家とならざるを得ないのです。それは、現実の社会主義国家が証明しています。
   もっともだあ

 特定秘密保護法案、安保関連法案、マイナンバー制導入、共謀罪法案の成立は、すべて線として繋がったものであり、安倍政権の感性が色濃く出ています。マスコミへの恫喝、沖縄への対応も安倍政権独自のものです。また、この政権の閣僚は問題発言を連発し、あまつさえ平気で嘘を吐き、嘘がバレても開き直ります。「森友学園」や「加計学園」の問題は実につまらない問題ではありますが、それに対する安倍政権の対応は信じられないような強弁と開き直りでした。・・・・本当に無茶苦茶な政権であり、これまで見たことがない戦後最悪の政権だといえるでしょう。その無茶苦茶さに、国民が慣れつつあることを私は危惧していました。 
   もっともだあ
 

 正直、こんなに自分の言いたいことを代弁してくれている本との出会いは珍しい。
 いつのまに自分は「一水会」信者になったのか?
 いやいや、そうではない。
 鈴木邦男が変わったのだ。
 転向について、こう述べている。 

 自分が信じ行動していたことを自ら否定するという内的作業は、思いのほか辛いものではありました。右翼の仲間は離れていくし、批判もされる。しかし、その一方で左右を問わず様々な人々と出会い、触発され視野が広がったことは楽しいことでもありました。凝り固まっていた思念が氷解し、自由に活動できるようになった解放感は格別です。その結果、過激派右翼だった頃を思うと、私はずいぶん遠くへやってきたように思います。何より、自分と考えが異なるだけで、しかも丸腰の相手を脅したり殺傷したりするという行為は本当に卑怯な行為だと思うようになりました。そんな当たり前のことが、若い頃の愚かな私にはわかっていませんでした。また、言論の自由は何にもまして重要であると確信するようにもなりました。

 なんと、潔い真摯な男だろう!
 惚れるね。

 現在、79歳の鈴木邦男は病気療養中であるらしく、活動を休止している。
 自民党(安倍政権)と旧統一協会の長年の癒着が表沙汰になった今こそ、関連のあった議員らが追究からコソコソと逃げ回ろうとする今こそ、彼の鍛えられた思想と鋭い言説がほしい。
 早く元気になっていただけたらと祈るばかり。
 

 
おすすめ度 :★★★

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● 一番幸福だった時 映画:『レミニセンス』(リサ・ジョイ監督)

2021年アメリカ
116分

 50代半ばで亡くなった人気作家栗本薫(1953-2009)の膨大な作品の中に『時の石』というSF短編がある。
 宇宙から落ちてきた謎の石を手にすると、自分が一番幸福だった「時」の記憶が生々しくよみがえり、その中に埋没できる。ただし、石を使いすぎると「過去」に取り込まれてしまい、廃人のようになって「現在」を生きることができなくなる。
 その石を拾った思春期の少年たちの心模様や友情を描いたほろ苦い青春小説でもある。
 本映画を観て『時の石』を思い出した。

 Reminiscence とは「回想」の意。
 人の記憶を再現し誘導する催眠術師のようなスキルを持つニック(ヒュー・ジャックマン)のもとには、自分が一番幸福だった時の記憶に浸りたい、という依頼者が絶え間なくやって来る。
 頭に電極をつながれた依頼者たちは専用のポッドに入って液体に浮かぶ。
 ニックの誘導によってよみがえった彼らの記憶は、(  ①  )を利用した立体映像となってニックの目の前の円盤上に現れる。
 つまりこれは、他人の記憶を読むことができる装置で、もともと犯罪捜査に使われていたのである。

 舞台は地球温暖化により海面が上昇した近未来のマイアミ。
 人々の生活は昼夜逆転している。日中はあまりに熱い。
 ある夜、ニックの仕事場にメイという名の美しい女がやって来る。
 失くした鍵の在りかを知りたいので、記憶を探ってほしいという。
 それをきっかけにニックとメイ(レベッカ・ファーガソン)の燃えるような恋愛が始まる。
 それはまた恐ろしい罠と街の命運にかかわる事件の始まりであった。

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水没したマイアミを背景に抱き合うヒュー・ジャックマンとレベッカ・ファーガソン

 SFフィルムノワールとでもジャンル分けしたい作品である。
 高度のCG技術というかVFX(ビジュアルエフェクト)を駆使した犯罪映画という点で、ハリソン・フォード主演の名作『  ②  』を想起した。
 また、突然消えた謎の女の行方を必死に捜す男というプロットが、(  ③  )作の古典ミステリー『幻の女』を連想させる。

 水没している都市の映像であるとか、(  ①  )の技術の応用であるとか、とにかく最新の映像技術に驚嘆する。
 いまや映像化できない物語はこの世に存在しないと思われるほど。
 が、逆に言うと、それがすべての映画である。
 VFXを取り除いてしまうと、二番煎じ、三番煎じのありきたりなストーリーで、『  ②  』との相似をはじめ既存の映画との既視感(デジャヴュ)がすごい。 
 最終的にメイを失って傷心したニックが、メイと過ごした幸福な時間の再現を求めて自らポッドの中に入ってしまう。すなわち、「時の石」に囚われて残りの人生を捨ててしまうという“後ろ向き”の結末も、「なんだかなあ」という気がする。
 
時の石
 
 さて、上記の文章の①~③に入る単語はなんでしょう?

 実はこの記事を書くにあたって、ソルティがどうしても思い出せない、記憶から取り出せない単語が、この3つであった。
 記憶力の減退は苛立たしいけれど、嫌なことを含め適度に忘れることができるから、人は人生を“前向き”に生きられるのかもしれない。
 美しい思い出に浸るのもたまにはいいけれど、やりすぎると毒である。



おすすめ度 :★★

★★★★★
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★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損








● 映画:『チャイコフスキー』(イーゴリ・タランキン監督)

1970年ソ連
157分

 ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(1840-1893)の半生を描いた伝記映画。
 1970年制作ということはブレジネフ書記長時代のソ連。
 東西冷戦たけなわの頃である。
 ソ連が崩壊するなんて世界中の誰も思いもしなかった、まだまだ勢いある時代に、国家事業の一つとして作られた作品ということになる。
 一方、チャイコフスキーが生きたのは19世紀末期の帝国ロシア。
 皇帝がいて、貴族がいて、階級社会があって、文化サロン華やいで、街路を馬車が走っていた。
 この映画は、史上初の社会主義国家である今は無きソ連が、自ら倒した帝国ロシア時代を描いたものとして興味深い。
 なんたって、ロシアはめまぐるしい。

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チャイコフスキーを演じるインノケンティ・スモクトゥノフスキー
 
 チャイコフスキーの後半生が忠実に描かれているように思われるが、そこは1970年しかもソ連。
 同性愛の「ど」の字もおくびに出さない。
 女性との関係に失敗し続ける芸術一筋の不器用な男という設定である。

 チャイコの最初の恋人とされるオペラ歌手デジレ・アルトーがたいへん美しい。
 この女優はいったい誰?
 ――と思ったら、20世紀最高のバレリーナと言われるマイア・プリセツカヤその人であった。
 
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オペラ歌手に扮するマイア・プリセツカヤ

 生涯の親友でピアニストであった豪放磊落なニコライ・ルビンシテイン。
 チャイコの音楽の最大の理解者でパトロンとなったフォン・メック夫人。
 フォン・メック夫人とチャイコを引き合わせたものの、天才チャイコへの嫉妬から裏切り者に転じていくウラジスラフ・パフリスキー(まるでモーツァルトとサリエリの関係)。
 入水自殺を企てるほど、その関係に悩み苦しんだ唯一の結婚相手アントニーナ・ミリュコーワ(結局離婚した)。
 そして、最後までチャイコに忠実に仕えた召使のアリョーシャ・ソフロノフ。

 いろいろな人物との関りが丁寧に描かれ、ロシアの自然や貴族の豪邸など映像も美しい。
 もちろん、全編に使用されるチャイコの音楽こそが隠れた主役である。

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古き良き時代のロシア




おすすめ度 :★★

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● 本:『墜落遺体 御巣鷹山の日航機123便』(飯塚訓著)

1998年講談社
2001年文庫化
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 単独の航空機によるものとして史上最多の犠牲者を出したJAL(日本航空)123便の墜落事故が起こったのは、今から37年前、1985年8月12日の19時頃だった。
 ソルティの場合、実家で20時から日本テレビ『ザ・トップテン』を観ている最中に臨時ニュースが入り、同局アナウンサー小林完吾によって123便の所在不明を知った。
 墜落現場が群馬県多野郡上野村の高天原山の尾根(標高1,565メートル、通称御巣鷹の尾根)と判明したのは翌朝のこと。
 その時から連日のように凄まじい報道合戦が繰り広げられた。

 おそらく多くの日本人もそうだったのではないかと思うが、ソルティの記憶に鮮明に残っているのは、当時中学生だった川上慶子さんがヘリコプターから降ろしたロープに括られて、自衛隊員にうしろから抱きかかえられながら上空に吊り上げられる映像である。
 彼女は乗客乗員524人のうち、生き残った4名に入った。
 焼け焦げた山肌に散らばる機体の残骸の中から、緑濃き尾根尾根を背景に澄みきった夏の青空へと吸い込まれていく少女の姿に「奇跡」という言葉が浮かんだ人は少なくなかったと思う。

毎日新聞123便事故記事
毎日新聞(1985年8月13日付朝刊)

 著者の飯塚訓(さとし)は、1937年生まれの元群馬県警察官。
 墜落事故後、遺体の身元確認責任者に任命され、遺体が収容された群馬県藤岡市民体育館に通いつめ、127日間に及ぶ検屍および身元確認作業に従事した。
 定年退職後の60歳になって、当時の記憶や様々な資料、関係者の証言などをもとに書き上げたのが本書である。

 検屍場はたちまちにして、凄惨な場と化した。二階観覧席の左右に配置した12基の照明灯が22ヵ所の検屍場を煌々と照らす中で、200人近くの警察官と150名を越す医師、歯科医師、看護婦たちがあわただしく動きまわる。
 検屍開始にあたって測定した外気温は35度を超えていた。
  • 関係者以外の立ち入りを防ぐため閉め切った体育館(もちろんクーラーはない)
  • マスコミの無断撮影を防ぐため黒いカーテンで覆いつくされた窓
  • マスクにゴム長スタイルの数百人の作業員
  • もうもうと立ち込める線香の煙
  • 次々と運ばれてくる蛆のたかった腐乱死体
  • 腐臭に引かれてやって来るハエや野良犬
  • 洗浄・検屍の済んだ遺体が納められた棺がびっしりと並んだフロア
  • 身元確認に訪れた被害者遺族の叫び、号泣、嗚咽、怒り
  • 殺到するマスコミ
 まさに地獄絵図である。
 520人の死者に対して行われた検屍は2065体。
 この意味を説明するまでもないだろう。
 墜落事故の衝撃の甚大さと被害の凄絶ぶりを物語っている。

 ドッジボールのように丸く固まった肉塊の中から耳介(外耳の一部)が発見された。さらに時間をかけてていねいに解凍をつづけながら肉片をはがしていくと、後頭部の頭皮、右側の耳介、腰部に至るまでの背皮が繋がって現れた。

 身元確認作業は、520人分の人体図を用意しておいて、血液型や歯の治療記録や指紋や肉体的特徴、あるいは所持品や衣服や家族の面接などによって当人と確定された部位を塗りつぶしていく――という方法が採られた。
 つまり、山中の墜落現場で発見され体育館に持ち込まれた肉体の破片が、520人のうちの誰のものかをできる限り特定し、より完全体に近い形で家族に返そうとしたのである。
 作業にあたった警察官、検視官、医師、歯科医師、看護婦のプロ意識と精神力の高さには頭が下がる。
 もちろん、墜落現場で遺体の回収にあたっていた自衛隊員や医療関係者にも。

 一方で、こうしたプロ意識の欠如こそが事故の原因となった点も指摘しなければなるまい。
 123便はこの7年前(1975年)に機体尾部を破損する尻もち事故を起こしていたが、その際の修理に不備があったのである。
 123便墜落事故をモデルにした山崎豊子の小説『沈まぬ太陽』では、当時の日本航空の腐敗体質と企業倫理の欠如が事故の遠因になったことが暴き出されている。 

夕日


 亡くなった520人の中には、アメリカ人、イギリス人、韓国人など22名の外国人がいた。 
 彼らの遺族にも当然、訃報や遺体の詳細は告げられたが、日本人の遺族とはまったく異なる反応を示したという。
 日本人の遺族は、亡くなった当人の欠けた部位(たとえば右腕、左足)が「見つかるまで探してほしい」というのが多かったのに対し、外国人の遺族の場合、「死んだことは分かったから、遺体はそちらで始末してください」というのがほとんどだった。

 「死んでいるということは精神が宿っていないのだから物体と同じではないか。だから、すべてをまとめて火葬にすればいいだけである」という。

 日本人は来世を信じ、そこでも生きると考える。いや、そうありたいと欲するのかもしれない。したがって、死んだ後も完全な死体が必要になり、死体を生きた人間と同じように扱うことにもなる。

 死に対する彼我の宗教観の違いが浮き彫りにされたのである。
 事故から37年経った現在はどうだろう?
 日本人は当時より一層、西洋風にドライな考え方をするようになっていると思うが、2011年の東日本大震災時の津波被害後の遺族たちの様子から察するに、本質的には変わっていない気がする。

 検屍場に使われた藤岡市民体育館はその後取り壊され、藤岡市民ホールに生まれ変わった。
 そのお隣の藤岡公民館の敷地内に「日航機墜落事故遭難者遺体安置の場所」の碑が建っている。

123便記念碑




おすすめ度 :★★★★

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● ジェンダーギャップ・コメディ 本:『よりぬきウッドハウス1』(P・G・ウッドハウス著)


初出1900~30年代
2013年国書刊行会(森村たまき訳)

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 天才執事ジーブズシリーズで日本でも人気沸騰のP・G・ウッドハウス(1881-1975)の初期から中期の短編集。
 18の短編の中には、ウッドハウスが生まれてはじめて原稿料をもらった『ゲームキャプテンであることの諸問題』ほか、ジーブズのご主人であるちょっと間抜けなバーティー・ウースターの原型となった男「レジー・ペッパー」シリーズ、映画脚本家としてMGMで仕事していた時の体験から生まれた「マリナー氏のハリウッド」シリーズなどが収録されている。ジーブズ物はない。
 
 気分を明るくしてくれるユーモアとアイロニーたっぷりの作品揃いで、寝る前に読むのにおあつらえ向き。
 ソルティがもっとも楽しく読んだのは、冒頭に置かれた『ハニーサックル・コテージ』、初期作品の一つである『レジナルドの秘密の愉しみ』、ハリウッドが舞台の『モンキー・ビジネス』。
 とくに『ハニーサックル・コテージ』(スイカズラ荘の意)は、マッチョの世界を好んで描く独身主義のハードボイルド作家が、ひょんなことから少女漫画風のポエムな世界に引きずり込まれ、あやうく少女にプロポーズしそうになるところを愛犬に救われるという抱腹絶倒の筋書きで、ウッドハウスを含む(当時の?)英国男子の女性観・結婚観の一端をかいま見させる。

 ウッドハウス作品の典型的プロットは、中世の騎士道精神の守り手であることを自負している現代の英国紳士たちが、何かと言えば気絶するような中世の姫君たちより何倍も強く逞しくなった現代女性たちを相手に、騎士の仮面がもろくも剥がれ落ちて、一転あたふたするというものである。
 男たちのマチョイズムが、女たちのパワーの前に空回りするところに滑稽が生まれるのだ。
 ジェンダーギャップ・コメディとでも言えようか。



おすすめ度 :★★★

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● 永遠の小美人 ザ・ピーナッツ2



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 キング・レコード発売『ザ・ピーナッツ~恋のフーガ』

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 『ザ・ピーナッツ~恋のバカンス』に続く2枚目。
 今回も『恋のフーガ』『銀色の道』『ウナ・セラ・ディ東京』『スター・ダスト』など有名な曲が収録され、聴きどころたっぷり。
 60~70年代和製ポップスならではの単純でリズミカルな曲の構成は作業BGMにも適している。

 今さらながら気づいたことがある。
 ソルティはこれまで、女性2人のデュオということで、ピンクレディーがザ・ピーナッツの後継と思っていた。
 ザ・ピーナッツの引退は1975年、ピンクレディーのデビューは76年。
 まさに芸能界にポッカリ空いた大きな穴を埋めるような形で、交替劇は起きている。
 ピンクレディーの国民的人気の理由の一つは、ミーとケイの二人に、ザ・ピーナッツのユミとエミの影を重ねた人が一定層いたことにあるのでは、と思っていた。

 だが、ザ・ピーナッツの歌を何曲も続けて聴いているうちに気づいた。
 音楽的には、ザ・ピーナッツの後継は明らかにキャンディーズである。
 
 所属が同じナベプロ(渡辺プロダクション)ということもあるが、楽曲がよく似ている。
 共通している作詞家が山上路夫、なかにし礼、安井かずみ、作曲家がすぎやまこういち、編曲が馬飼野康二ら。
 普段着の恋愛ポップスでハーモニー重視というところも同じである。
 
 またこれは楽曲とは関係ないが、ザ・ピーナッツは『シャボン玉ホリデー』でコントをやっていた。
 とくに、病いに臥せっている父親に扮したハナ肇を相手にした、「いつも済まないねえ」「おとっつぁん、それは言わない約束でしょ」というかけあいは、コントの定番となった。
 このノリもまた、TBS『8時だョ!全員集合』やテレ朝『みごろ!たべごろ!笑いごろ!!』などのバラエティ番組でコントを得意としたキャンディーズと重なる。(ピンクレディーはコントが下手だった)

 ウィキによると、キャンディーズは事務所の先輩であるザ・ピーナッツから、着用した舞台衣装をプレゼントされたことがあり、その際、同じデザインのものをもう1着作成し、3人分揃えてくれたという。

 思春期にリアルタイムで聴いていたキャンディーズの歌がどことなく懐かしかったのは、幼少期に聴いたザ・ピーナッツの響きが蘇っていたからなのかもしれない。 

 まあ、自民党と旧・統一協会の癒着とか、コロナ第7波とか、サル痘拡大とかのニュースにくらべれば、まことにどうでもいい話である。




 




● ひばり芳紀17歳 映画:『伊豆の踊子』(野村芳太郎監督)

1954年松竹
98分、白黒

 美空ひばり主演ということで、旅芸人の少女に扮したひばりが、伊豆の名所をバックに子供離れした歌を披露するアイドル歌謡映画を想定していた。
 が、見事に裏切られた。
 これまた非常に質の高い一篇に仕上がっている。
 ひばりの歌はBGM風に2曲ほど流されるだけで、ここではしっかり一人の役者となっていた。

 それにしても17歳にしてこの芝居の上手さ、貫禄。
 やはり天才と言うほかない。
 上手すぎるのがかえって、生娘である踊子から初々しさを奪ってしまっていると感じられるほど。
 恐れずに言えば、ルックスやスタイルの点では、吉永小百合や山口百恵の踊子にはひけを取る。
 学生が(観客が)一目惚れするには説得力に欠けるように思われる。
 ひばりファンは絶対そうは思わないだろうが・・・。

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薫に扮する美空ひばり

 野村芳太郎監督は『五辯の椿』『砂の器』『事件』『疑惑』『八つ墓村』『八甲田山』などカラー映画で代表作が目白押しなので、そうとは気づかなかったが、白黒映画も実に上手い。
 いや、白黒映画にこそ本領が発揮されているかもしれない。
 たとえば天城峠に降る雨の風景など、白黒だからこそ出せる抒情性が本作には横溢して、実に見応えある。
 老人や子供などの演出も滅法うまい。
 音楽の木下忠司(木下惠介監督の実弟)はさすが地元出身だけあって、見事な叙景音楽を添えている。
 
 1963年の西河克己監督『伊豆の踊子』が踊り子役の吉永小百合に焦点をあてているのにくらべ、本作の焦点は意外にも大スターひばりではなく、学生役の石濱朗にあたっている。
 何より、ひばりよりも石濱朗のアップが断然多いのだ。
 そしてまた、当時19歳の石濱ときた日には、アップが決まる貴公子然とした美貌の主である。
 眼光けざやか目鼻立ちのくっきりした顔立ちは誰かに似ているなあと思ったら、菅田将暉であった。
 菅田将暉に気品と落ち着きを加えた感じか。 
 こんなに美しい男優とは思わなかった。
 
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学生役の石濱朗
 
 学生(私)に焦点を置くという点では、小百合バージョンよりも川端の原作に近いのではないかと思う。
 高橋英樹の学生にはなかった鬱屈や孤独が石濱の学生には付与されて、孤児根性に苦しんだ若き日の川端青年により近い。
 心なしか石濱の眼光のきらめきも、フクロウのようなギョロ目で相手をじっと見据える癖があった川端自身を彷彿とさせる。(ただし、川端は美男ではなく、若い頃は容貌コンプレックスの主だった)

 考えてみれば、若き川端の実体験を書いた『伊豆の踊子』は本邦の恋愛小説の代表作の一つとみなされているのだけれど、若い二人は手も握らなければキスもしない。(であればこそ、清純派アイドルが演じられる)
 いやいや、互いに思いを打ち明けもしない。
 ほんの4泊5日の旅の道連れに、恋が始まり、別れがやって来る。
 それがこうして小説となり、映画に(6回も!)なり、今日に至る伊豆のシンボルにもなるのだから、実らなかった恋のポテンシャルというのも馬鹿にならない。

 こうなったら、鰐淵晴子、田中絹代、内藤洋子ら他の踊子の映画も観たい。
 第7波が下火になったら、天城越えの旅に出たいものである。




おすすめ度 :★★★

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● サユリ芳紀18歳 映画:『伊豆の踊子』(西河克己監督)

1963年日活
87分、カラー

 ソルティにとって『伊豆の踊子』と言えば山口百恵なのであるが、この川端康成の名作は過去6回も映画化されていて、その時代のトップアイドルが主役の少女・薫と相手役の学生を演じるのがお約束であった。
 公開年(制作会社)、薫、相手役の学生、監督の順で並べると、

1933年(松竹) 田中絹代、大日方傳、五所平之助
1954年(松竹) 美空ひばり、石濱朗、野村芳太郎
1960年(松竹) 鰐淵晴子、津川雅彦、川頭義郎
1963年(日活) 吉永小百合、高橋英樹、西河克己
1967年(東宝) 内藤洋子、黒沢年男、恩地日出夫
1974年(東宝) 山口百恵、三浦友和、西河克己

 80年代以降はテレビドラマはあっても映画はない。
 80年代に映画化したとすれば薫役はさしずめ松田聖子あたりだったはずと思うが、聖子ちゃんの文芸物は伊藤佐千夫の『野菊の墓』だった。理由は分からない。
 74年の百恵×友和ゴールデンコンビの映画を観たのはずいぶん昔のことなので、感想は憶えていない。
 ただ、物語の中で薫が露天風呂から全裸で外に飛び出して手を振るシーンがあって、そこをどう撮るかというのでずいぶん話題になったことが記憶に残っている。
 百恵ちゃんは、先にデビューした桜田淳子が清純派で陽のイメージで売っていたのと差別化し、ちょっと青い(=性的な)匂いを醸し出すおませな少女という陰のイメージで売っていた。
 けれど、そこはやはり昭和のアイドル、水着姿以上に肌を晒すなんてもってのほかであった。
 たしか、肌色の水着を着てその上からドーランを塗って、という対応だったような・・・
 (映画の感想は忘れてもこんなことを記憶しているのが思春期の少年らしい)
 つまり、『伊豆の踊子』は大人向けの文芸映画というより特定ファン向けのアイドル映画のイメージが強く、それゆえ、これまであんまり観る気にならなかった。

 今回、若い頃の吉永小百合を観たくて本作を借りたら、アイドル映画とは馬鹿にできない質の高さに感心した。
 吉永小百合は歴代の薫の中でもっとも美しく可憐であろうことは見る前から推測ついたが、歌も上手いし(主題歌を歌っている)、芝居も上手いし、肝心かなめの踊りも上手い。
 役の理解にもすぐれ、世間のしきたりや汚濁、大人たちの欲望や哀しみや倦怠に巻き込まれる前の、天真爛漫な少女の輝きと恋心を鮮やかに演じている。
 『キューポラのある街』のジュンに勝るとも劣らない好演である。
 これを観れば、当時の男たちがこぞってサユリストになったのも無理ないなあと思う。

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薫役の吉永小百合

 学生役の高橋英樹がまたカッコいい。
 鈴木清順『けんかえれじい』のバンカラ学生とはまた違った真面目で朴訥とした書生で、小百合と並ぶと一対の美男美女、絵になることこのうえない。
 本作は、数十年後に大学教授になった学生による回想スタイルをとっていて、冒頭と最後のシーンは現在(映画公開当時)を映す。1960年代に生きる初老の男が青春を振り返るという設定である。(通常の手法とは違って、現在が白黒、過去がカラーとなる)
 この教授役を演じているのが宇野重吉。
 押しも押されもせぬ名役者には違いないが、誰がどう考えたって高橋英樹の数十年後が宇野重吉とは思えない。
 ここはミスキャストだと思う。
 なぜ高橋英樹の老けメイクにしなかったのだろう?

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吉永小百合と高橋英樹

 ほかに、旅芸人で薫の兄を演じる大坂志郎(小津安二郎『東京物語』の次男)、義母を演じる浪花千栄子(おちょやん)がともに人生の哀歓を滲ませる好演である。
 作品の風格を左右するのは脇役なのだとあらためて思わせる。
 物語の背景となるのは(原作の設定は)大正中期。
 人それぞれが(良くも悪くも)おのが領分をわきまえていた時代、人と人とが丁寧につき合っていた時代が、たしかに日本にもあった。

 デジタルリマスタ―された画面はすこぶる美しく、60年前の映画とはとても思えない。
 サユリの美とともに、在りし日の伊豆の自然が楽しめる。




おすすめ度 :★★★

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● 本:『無自己の体験』(バーナデット・ロバーツ著)

1982年原著刊行
1993年増補版刊行
2021年ナチュラルスピリット社(訳者:立花あゆみ)

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 本書の第1部「旅」は、1989年に『自己喪失の体験』というタイトルで紀伊国屋書店から刊行された。(訳者:雨宮一郎、志賀ミチ)
 ソルティはスピリチュアル・ショッピングをしていた30代の頃にそれを読んだ。
 元修道女だったキリスト教徒の普通の主婦におきた不思議な体験をつづったもので、読んだ印象としては、当時めるくまーる社より刊行されていた『クリシュナムルティの神秘体験』(中田周作訳)に似ていると思った。
 どちらも、自己感覚を喪うとともに訪れた強烈な“経験”を、言葉で表現できるぎりぎりのところで書き記そうとしたもので、文中にしばしば登場する「他在」とか「それ」とか「彼のもの」といった表現が、スピリチュアルなだけなくオカルト的な興味のツボを刺激した。
 要は、覚者(悟った人)の身に何が起こるのか、覚者は何を見ているのか、悟りとは何なのか――といったテーマ。
 その後、ロバーツは体験談を読んだ周囲の人からのさまざまな問いに答え、自らの体験についてより深い見地から考察を加え、続編となる第2部「さらなる観察」を書いた。
 このたびの新訳は、第1部「旅」と第2部「さらなる観察」の合本である。
 
 バーナデット・ロバーツは1931年生まれのアメリカ人。
 キリスト教の信仰深い家庭に育ち10代の頃より自然の中で神秘的な体験を重ねる。カルメル会修道女として10年間生活したのちに還俗して結婚、4人の子供の母となる。
 その後、40代になって本書で記されている体験に遭遇した。
 
 彼女の体験(=自己喪失の体験)は、2段階に分かれていた。
 
 第1段階は、自己と神との合一です。これは精神的な統合プロセスと並行しており、自己が、自らの静寂点かつ存在の源である神との永続的な合一を達成する過程で起こる、内なる試練や「暗夜」に焦点をあてます。このプロセスで私たちは、自己が失われないことを認識します。そればかりか、最も深奥の新しい自己が姿を現すのです。
 
 私たちが、自己も、最も密な神との結びつきも超えてさらに先へと進む準備ができたとき、「自己なき生」とも言うべき新しい生に突入します。第2段階の始まりであることのほかに自己の喪失と、喪失後に残る「それ」に遭遇することによって特徴づけられます。
 
 最初の旅(ソルティ注:第1段階)では、自分の本性と神の恩寵のあいだに激しい葛藤がありますが、最終的に「全体性」の中に吸収されるというパワフルな感覚に包まれます。自己エネルギーはもはや、神の永遠の活動とともに働くので、すべては外に向けて表現しなければなりません。同様にして、第二の旅(同:第2段階)でも最後に「合一」を体験しますが、それは最初の合一とは完全に異なるものです。つまりそれは、自己も神も合一さえも越えた「それ」自身の合一なのです。ここでは外に向けて表現するためのいかなるエネルギーも得られず、「すること」という行為の衝動のみが残されています。 

 簡潔に言うと、第1段階では自己と神とが合一し、第2段階では自己も神も喪失する「無=それ」に突入する。
 これを東洋的な悟りの概念に置き換えると、第1段階は「梵我一如」(昨今流行りの「非二元」)に、第2段階は「解脱」に相当するように思われる。
 キリスト教徒であるロバーツは、第1段階の「神との合一」までは過去の聖者の書き残した物などを読んで知っていたので驚かなかった。が、第2段階についてはキリスト教の教えや過去の聖典などには類似の現象が含まれず、わずかにキリスト教神秘主義者のマイスター・エックハルトの著作の中に暗示的に見られるだけで、非常に戸惑ったことが記述よりうかがわれる。
 
 仏教でも大乗仏教の修行のゴールは、「極楽浄土に行くこと」「良い転生を得ること」「菩薩や仏と一体化すること」が一般で、禅のみが曖昧ながらも第2段階を目指していると言えよう。
 初期仏教(小乗仏教)の流れを汲むテーラワーダ仏教では、4段階の悟りの階梯を説いている。曰く、預流果、一来果、不還果、阿羅漢果。
 ただし、サマタ瞑想(集中瞑想)で得られる「梵我一如」のような神秘体験はとりたてて重視されず、ヴィッパサナー瞑想(観察瞑想)によって「無常と無我と苦」の真理をとことん知って自己の幻想性を悟り、最終的には“自己のまったく無い”阿羅漢となって解脱することが勧められる。
 いわば、最初から第2段階を目指す旅だ。
 ここには、「究極の悟りとはなにか」「修行のゴールはどこにあるか」「悟るための方法はあるのか」という古来からの修行者の悩ましい問いかけ(妄想)が絡んでいる。
 
三人の尼
 
 キリスト教の環境で生まれ育ったロバーツは骨の髄までクリスチャンなので、本書で使われる用語や概念は必然、キリスト教的なものが多い。神にせよ、キリストにせよ、三位一体にせよ、恩寵や復活や十字架上の試練にせよ・・・・。
 その点で、キリスト教に馴染みのないソルティのような読者にしてみれば、単純にして深甚なる悟りの中味は措いといても、よく理解できない部分や共感できない解釈が多い。
 せっかく第2段階に至って「自己」や「神」という幻想から脱することができたのに――すなはち初期仏教でいう「阿羅漢」になったのに――なぜまた、神やキリストや聖書の文言を持ち出して、そこに新たな自己流の解釈を吹き込もうとするんだろう?――と不可解に思ったりする。
 
 その点をのぞけば、本書は「自己の正体」について関心をもつ者にとって、非常に示唆するところの多い、幾度でも読み返す価値のある良書である。
 
 ともかく自己がある限り、感情の構造は人生という土壌に根を張った頑強な木に成長し、大人たちの拠り所になります。そしてこの木の難点は、良い実も悪い実も結ぶことであり、実を生みだす力がある限りいずれかの実がなるということです。つまり、科学や文化の功績を生み出す知識が支払う対価には、多大な恩恵を与えてくれるものもありますが、リスクもあるわけで、しかもこの木に実を結ぶもので永遠なるものなどひとつもないのです。要するに自己は、人間が存在するうえでの一時的な側面であって、人は最終的に自己なしで生きることを学ばなければならず、それが今でないにしても、いずれその時がやってくるのです。

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