ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

● 還ってきたX君

 やや旧聞に属するが、今秋に良い知らせがあった。
 行方不明になっていた旧友X君が無事生きていたのである。

 コロナ感染の波が収まっていた5月の連休に、友人らと一緒に、東北にX君を探しに行った顛末は『みちのく・仏めぐり』で書いた。
 その時は結局、行方が分からず空振りに終わった。

 9月のある日、一緒に探索に行ったP君からメールがあって、「X君がフェイスブックを再開したみたい」という連絡をもらった。
「そうか、生きていたのか」と一安心した。

 先日、仕事中にP君から電話があり、「いまX君と一緒にいる」と言う。
 年末年始の休みを利用して仙台に会いに行ったのだ。
 電話を代わってもらった。

 つまるところ、X君は地方の某刑務所に服役していたのであった。
 連絡がつかないわけである。 
 最後に会ったときは、デブ専ゲイにモテそうな体系になっていたX君。
 「体重落ちた?」と聞くと、
 「10㎏減った。9月に娑婆に出てから3ヶ月で20㎏増えた」と言う。
 やはり、娑婆の食事は美味しいのだろう。
 ますますデブ専モテ系になったんじゃなかろうか。
 
 お互い生活習慣病に気をつけて、良い年にしよう!

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尾瀬ヶ原(2022年7月) 





 

 

● 2022年の映画ベストテン

 今年は66本の映画(ドキュメンタリー含む)を観た。
 月に5本以上、自宅DVD鑑賞が中心であった。
 鑑賞した順でベストテンを上げる。
(ただし、初見のものに限る。『砂の器』『おはよう』など本来ベストテンに入れるべき再鑑賞作品はのぞく)
  • 日本の夜と霧(大島渚監督)・・・実際には2021年12月末に観ている。昨年のベストテン選出に間に合わなかった。1960年頃の共産党や新左翼を描いたもの。組織を守るために空疎な理論を振り回す共産党幹部が醜悪。
  • マイ・バック・ページ(山下敦弘監督)・・・青春映画の傑作。1971年の朝霞自衛官殺害事件の顛末を描いた川本三郎の手記がもとになっている。今年はずいぶん左翼運動について学んだ年だった。
  • リンダ・リンダ・リンダ(山下敦弘監督)・・・高校を舞台にした少女たちの青春。山下監督を知ったのは今年の大きな収穫だった。近藤龍人というキャメラマンも。
  • (阪本順治監督)・・・『どついたるねん』阪本監督の力量および役者藤山直美の巧さを再確認した。
  • ひめゆりの塔(今井正監督)・・・米軍による爆撃シーンの圧倒的リアリティに慄いた。まさに鉄の暴風。水浴びする教師役の津島恵子と女生徒達の姿が忘れ難い。吉永小百合主演の舛田利雄監督版も悪くない。
  • 沖縄戦 知られざる悲しみの記憶(太田隆文監督)・・・本作が直接的なきっかけとなって、11月末の沖縄戦跡めぐりに至った。
  • 手をつなぐ子等(稲垣浩監督)・・・主役の少年寛太を演じた初山たかしの無邪気な笑顔に癒された。母親役の杉村春子も素晴らしい。
  • 薔薇の葬列(松本俊夫監督)・・・若きピーターの魔性とモノクロ映像の芸術性。ギリシア悲劇に通じるラストも衝撃的!
  • アンテベラム(ジェラルド・ブッシュ&クリストファー・レンツ監督)・・・今年一番の衝撃作。規模は小さくともアメリカで実際に起りえる(起こっている?)話だと思う。KKKは今も健在である。
  • 硫黄島からの手紙(クリント・イーストウッド監督)・・・さすがイーストウッド。かつての西部劇のヒーローであるこの男を、石原慎太郎のような脳筋マッチョに分類するのは誤りである。
  • 次点  『私は、マリア・カラス』(トム・ヴォルフ監督)・・・世紀の歌姫カラスの過去の稀少な舞台映像に興奮した。タイムマシーンがあったら、最盛期の彼女の舞台を観に行きたいソルティ。

 来年はどんな映画との出会いがあるだろう?


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沖縄旅行で立ち寄った那覇の桜坂劇場
沖縄の映画ファンのオアシスである
 
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1階には映画関連図書やDVD、パンフレットなども販売している
お洒落なカフェもある









● 死に軍、ふたたび 映画:『硫黄島からの手紙』(クリント・イーストウッド監督)

2006年アメリカ
141分、パートカラー
日本語

 1945年2月19日から3月26日にかけて小笠原諸島の硫黄島で行われた日米の戦いを、日本軍の視点から描いた作品。
 3月10日に東京大空襲があり、4月1日に沖縄本島上陸があったことからも分かるように、太平洋戦争末期のすでに日本の敗北が明らかな状況における軍(いくさ)、いわば死に軍である。
 日本兵たちは、生きて祖国に還れぬことが分かっていた。
 双方の攻撃がもたらす火炎のみカラー、それ以外はくすんだセピア色で統一した映像が、物哀しいBGMとともに、日本軍を被っている疲弊と悲愴と絶望とを表現してあまりない。
 一気に話に引きこまれる。 

 どこまでが史実でどこからが創作なのかという点は措いといて、まず、勝者アメリカの映画監督が、敵国だった日本軍の視点に立って過去の日米戦を描き出せる度量と技量がすごいと思う。
 渡辺謙、二宮和也、伊原剛志、加瀬亮、中村獅童ら日本人の役者を使って日本語で撮るのは当然の前提だが、描き出される日本人像が同じ日本人であるソルティが見ても、まったく違和感がない。
 多くの洋画で描かれてきたステレオタイプのアジア人像あるいは日本人像という型にはまらず、いわんや、米軍を最後まで悩ました敵として「憎々し気に、恐ろし気に、あるいはカミカゼやハラキリに象徴される狂気の民族として」描かれるのでもなく、郷土に残してきた家族を思い死を恐れる、米兵と変わりない市井の人間として描かれている。

 同じことをやった日本人作家がこれまでにいただろうか?
 たとえば、過去の日中戦争の一シーンでもいいが、侵略される中国人の視点から、中国人の役者を起用して中国語で撮影し、しかも現代の中国人が見ても違和感ないレベルの作品に仕上げたことのある日本人監督はいただろうか?
 それだけ考えても、イーストウッド監督の人間的度量と映画監督しての技量がわかろうものだ。

 そのうえに、本作はソルティがこれまでに観た戦争映画の中でも屈指の傑作である。
 戦場のリアリティは抜群で、役者がみな優れた感性と演技により個性あるキャラを打ち出し、抑制の効いたプロットと演出は格調高く、撮影も印象的である。(火炎以外にもう一箇所、カラーが使われるショットがある)
 戦争の怖ろしさと無意味さ、国家主義の非人間的な残酷さがあますところなく描き出されている。
 人民の本当の敵は、国家が想定し「悪」として祭り上げる敵国ではない。
 国家主義を押しつけ、「全体のために個を犠牲にせよ」と唱導する連中なのだ。
 ロシアや中国を見ればその事情は明らかではないか。
 人民がそのことに気づかない限り、日本はまた死に軍をすることになる。

硫黄島の闘い
日本軍が立て籠もった摺鉢山に星条旗を掲げるアメリカ軍
(従軍カメラマンのジョー・ローゼンタールによる撮影)

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摺鉢山





おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損








● 本:『看守の流儀』(城山真一著)

2022年宝島社文庫

 加賀刑務所を舞台とする連作ミステリー小説。
 キーパーソンとなる受刑者や刑務官を違える5つの話が、時系列で語られていく。
 犯罪と無縁の市井の人にはうかがい得ない刑務官の仕事や心情が興味をかき立てる上に、一つ一つの話がミステリーとしても人情ドラマとしてもよくできているので、読ませる。
 第四話『ガラ受け』など、涙なしで読めない。

 さらに、全体を通して一つのトリックが仕掛けられていて、最後の最後にあっと驚くどんでん返しと伏線回収が待っている。
 このトリックは映画にもなった他の和製ミステリーで履修済みだったソルティであるが、ある種のバイアスのせいで引っかかってしまった。
 TVドラマ化しても面白いと思うのだが、有能で謎多き切れ者である火石司刑務官役を誰がどう演じるかが難しいところだ。
 草彅剛あたり・・・・?

 本書を読むときに、ソルティはいつぞや新宿駅構内で買った、函館刑務所作製の布製ブックカバーを使用した。
 これほどふさわしい組み合わせはまたとなかろう。
 ブックカバーも本も喜んでいるような気がした。

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このブックカーバをかけて列車内で読書していると、隣の席が空く。




おすすめ度 :★★★

★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損




● 吉田監督、追悼 映画:『炎と女』(吉田喜重監督)

1967年松竹
101分

 人工授精をテーマとする夫婦の愛憎劇。
 主演はもちろん、吉田監督の生涯のパートナーである岡田茉莉子。

 人工授精は夫の精液を用いる「配偶者間人工授精(AIH)」 と第三者男性からの提供精液を用いる「非配偶者間人工授精(AID)」に分けられる。
 夫の精液を用いる場合(AIH)は、通常の性交による膣への精液注入を他の手段に置き換えただけの話なので、合意のある夫婦間にさしたる問題は生じなかろう。
 たとえば、妻がHIV感染している場合、コンドームを使わない通常の性交だと夫にHIVをうつしてしまう可能性がある。
 安全な方法での妊娠を望むなら、夫の精液をビーカーなどに取っておいてそれをシリンジを使って妻の膣に注ぐという手がある。
 感染している母親から胎児・乳児にHIVがうつる確率は、先進国ではほぼゼロに近づけることができるので、これなら母親がHIV感染者であっても子供を安全につくることができる。
(ちなみに、父親がHIV感染者である場合でも、精液の科学的処理と体外受精によって子供を安全につくることができる)

 夫婦間に、あるいはのちのち親子間に問題が生じやすいのは、夫が無精子症などのため第三者の精液を使用したAIDの場合であろう。
 性交による授精ではないにしても、妻は夫でない男の精液を体内に注入され、夫でない他の男を遺伝上の父親とする子供を産んで育てなければならない。
 夫は、自分でない男の精液が妻に注がれ、遺伝上の実子ではない子供をおのれの子として育てなければならない。
 生まれてきた子供は、いつの日か自らがAIDによってできたことを知るかもしれない。
 血液型では判定できなくとも、遺伝子検査をすれば簡単にわかる。
 子供はショックを受けるかもしれない。
 自分の実の父親が誰なのか知りたがるかもしれない。
 家族関係が微妙に変わるかもしれない。

 本作で描かれるのは、このAIDを行なった夫婦の姿である。

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Clker-Free-Vector-ImagesによるPixabayからの画像

 子供は欲しいがつくることができない夫・真五を木村功が演じ、夫との愛ある生活があれば別に子供はいらなかったのに人工授精を強いられて産むことになってしまった妻・立子を岡田茉莉子が演じている。
 AIDにより子供をつくったことによって、穏やかに暮らしていた夫婦に亀裂が生じ始める。
 真五は自分が本当の父親でないことに引け目を感じ、血のつながった立子と息子・鷹士の母子関係を前に、自分が疎外されているような感覚を抱く。
 立子がほかの男と浮気しているという妄想を抱く。
 一方の立子は、精子の提供者=鷹士の本当の父親が誰なのか気になってならない。
 十分納得した上でつくった子供ではないので、生んだ鷹士への愛情もどこかなげやりである。
 このような境遇に自分を追いやった真五に対する恨みが払拭されないままでいる。

 そんな微妙な二人の関係に、やはり複雑な関係にあるもう一組の夫婦が絡まる。
 真五の友人である坂口(日下武史)と妻のシナ(小川真由美)。
 二人は愛情のない打算的な結婚をし、見かけだけの夫婦生活を送っていた。
 坂口は立子に思いを寄せており、シナは2人の関係を疑っている。
 しかも厄介なことに、坂口こそが鷹士の真の父親=精子提供者であり、そのことを真五だけは知っていたのであった。

 なんつー、面倒な四角関係であろうか?
 わけても、精子提供者である坂口と交友関係を結び続け、あまつさえ何も知らない妻や息子(坂口の遺伝上の実子)と合わせ続ける真五の倒錯性がこわい。
 自らを傷めたいマゾヒストなのか?

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左から、岡田茉莉子、小川真由美、日下武史、木村功

 話が全般暗く、人工授精に対する観念も古臭く、吉田監督の好きな男女のドロドロがここでも執拗に描かれるので、ソルティは途中でうんざりしてしまった。
 アラン・レネ監督の『去年マリエンバードで』を思わせるスタイリッシュなショットの連鎖と洗練されたセリフは見事である。
 
 一番の見どころは、岡田茉莉子、小川真由美、木村功、日下武史という実力派4大スターの競演であろう。
 映画的演技の巧みな岡田茉莉子&木村功ペアに対し、いかにも演劇的演技の小川真由美(当時は文学座所属)&日下武史(劇団四季)ペアという対比も面白いし、茉莉子と真由美の気の強い美女対決も楽しい。(茉莉子のほうが6つ年上)
 後者について言えば、監督が夫であるため茉莉子の美貌がひたすらに強調されているのは、『樹氷のよろめき』『情念』『水で書かれた物語』同様。
 愛妻家だったのだなあ。

 吉田喜重監督は本年12月8日に亡くなられた。享年89歳。
 ご冥福をお祈りします。





おすすめ度 :★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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★★    いい退屈しのぎになった
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● 時代の壁 オペラライブDVD:ヴェルディ作曲『リゴレット』

収録日時 2001年7月21日
開催場所 アレーナ・ディ・ヴェローナ(イタリア)
キャスト
  • リゴレット: レオ・ヌッチ(バリトン)
  • ジルダ: インヴァ・ムーラ(ソプラノ)
  • マントーヴァ公爵: アキレス・マチャード(テノール)
指揮: マルチェッロ・ヴィオッティ
演出: シャルル・ルボー
アレーナ・ディ・ヴェローナ管弦楽団・合唱団・バレエ団

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 タイトルロール(表題役)をつとめたレオ・ヌッチは、他に『トスカ』『ナブッコ』『仮面舞踏会』をDVDで観ている。
 こわもての風格ある舞台姿と性格俳優のような渋い演技力、朗々とした正統的な歌いっぷりが特徴的な名バリトン。
 ここでも古代の野外劇場を埋め尽くす満場の聴衆相手に、非の打ちどころない歌と演技を披露し、スターの存在感を見せつけている。

 インヴァ・ムーラーを聴くのははじめてだが、美しい人である。
 このときすでに40歳近いと思われるが、10代の乙女であるジルダになりきっている。
 観客にそう錯覚させるに十分な清らかさと愛らしさを、計算された歌唱と演技と表情とで作り上げるのに成功している。
 元来リリック・ソプラノなので、たとえばエディタ・グルベローヴァのジルダのような超絶高音と超絶コロラトューラは持っていないのがいささか物足りない向きもあるけれど、「リゴレットが命に代えてでも守りたい宝」という設定を観客に納得させてあまりない。
 この人の椿姫を観てみたい。

 マントーヴァ公爵役のアキレス・マチャードは可もなく不可もなし。
 演奏も演出も手堅く、映像記録として商品化するレベルは十分クリアしている。
 有名なアリアや重唱のアンコールがあるのも、お祭り気分の会場の様子が伝ってきて楽しい。

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アレーナ・ディ・ヴェローナ
《etiennepezzuto92によるPixabayからの画像》

 舞台の出来栄えは文句ない。
 が、やはりソルティはこの演目がどうにも受け入れ難い。
 時代が時代だから仕方ないと重々分かっているものの、あまりにアホらしいプロットにげんなりして入り込めない。
 というのも、この物語の根本動因をなすのは“処女信仰”だからだ。

 手あたり次第に気に入った処女を食い散らかす主君マントーヴァ公爵の魔の手から、最愛の娘ジルダの処女を守り抜きたいリゴレット。
 ところが、ジルダは貧困学生に変装したマントーヴァに恋してしまい、公爵の手下の者どもに拉致されたあげく、いともたやすく処女を奪われてしまう。
 大切な娘が汚された!!
 怒りと嘆きの極みに達したリゴレットは復讐を誓い、殺し屋を雇う。
 が、マントーヴァを助けたい一身のジルダが先回りし、自ら犠牲になって殺し屋の刃を受ける。
 死に逝く娘を前に、なすすべもなく運命を呪うリゴレット。

 書いていても、あまりの世界観のギャップに辟易する。
 娘の処女を守るため教会以外はいっさい外出を許さない父親ってのもナンセンスだし、ジルダの犠牲的精神もまったく意味不明で、これで「涙を流せ」ってのは無理な話。
 が、このプロットに人々が共感し感動できた時代があったのである。
(いや、今でも感動できる人はいるのだろうが)

 評論家諸氏は、同時期のヴェルディの傑作『イル・トロヴァトーレ』をして、「プロットが複雑でリアリティに欠ける」と言うのだが、ソルティにしてみれば、『リゴレット』のほうがよっぽど理解しがたく、不愉快である。
 すばらしいアリアや重唱やオーケストレイションがあふれているので、この作品はヴェルディ前期の傑作の一つとしていまだに上演され続けているのだけれど、今となっては音楽のクオリティをもってしてもカバーできないくらいのポリコレ抵触、いや女性蔑視物件であろう。
 それにくらべれば、リゴレットの背中の瘤なんか目に入らないほどだ。

 何世紀も前の時代劇の設定に、現代の感覚から物申すのはルール違反と分かっているのだが、壁を乗り越えるのにもほどがあるってことを教えてくれる作品である。(少なくともこれが喜劇ならまだ受け入れやすかったかもしれないな)

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Christine EngelhardtによるPixabayからの画像画像




おすすめ度 :★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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● ほすぴたる記その後 最終回(事故後丸3年)

 気づかないうちに、12月5日の骨折3周年記念日が終わっていた。
 日常生活でもはや左足患部を意識することがなくなったせいだ。
 歩くのも、自転車乗るのも、階段を昇り降りするのも、水泳するときも、骨折前と動きはほとんど変わらない。
 正座もできるようになった。あぐらを組んでの瞑想も1時間以上こなせる。
 左足一本でつま先立ちもできる。
 連続4時間を超えて歩くと、左足首の外側に痛みが走り、びっこを引くようになるけれど、その痛みもハイキングを重ねるうちにだんだんと薄れてきて、回復も早くなった。
 骨折直後のリハビリ目標の一つであった秩父の武甲山(1304m)に今年5月末に登頂した。
 あとは同じ秩父の両神山(1723m)であるが、これは来年の初夏に挑戦しよう。

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秩父盆地と両神山
 
 骨折した直後に踵から五寸釘のようなビスを入れる手術した時は、治療後も外から目立つような障害が残ることを覚悟した。
 自分も障害者の仲間入りだなと思った。
 これが40代くらいまでなら原状復帰も可能だろうが、アラ還では難しかろう。
 山登りも自転車旅行も四国遍路2巡目もあきらめなければなるまいと思っていた。
 それがここまで回復するとは・・・・!
 人間の回復力、肉体のもつ自然治癒力に驚くばかり。
 
 もっとも、100%完治は望めない。
 今後も長時間歩行はある程度制限されると思うし、歳をとればとるほど、筋力が落ちれば落ちるほど、関節が硬くなればなるほど、後遺症が顕在化していくと予想される。
 現状を維持するためには、持続的な運動とケアが必要だろう。
 体重増加による足への負担にも注意しなければなるまい。

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 ギプスをして松葉杖をついていた頃のことをたまに振り返る。
 二本足でスタスタ歩けるってのがどんなに有難いことか、両手が使えるってどんなに便利なことか、いつでも好きな時に好きなところに行けるのがどんなに自由で素晴らしいことか、できなくなってはじめて痛感した。
 また、ゆっくり一歩一歩注意を払いながら、時間をかけて家の周囲を歩くことで、日々どれほどの発見があったことか。
 道端の草花、よく陽のあたる公園のベンチ、店員のちょっとした親切、同居の家族がいることが、どれほどの幸福か実感した。
 普段、時間に追われて気にも留めないあたりまえのことの中に、貴重なものがあった。
 「いま、ここ」という感覚がその入口だった。

 骨折をしおに介護の現場の仕事を離れて、身体的には楽な相談や調整の仕事に移った。社会福祉士の資格を取っておいたのが効いた。
 すると、自分が「骨折して、救急搬送されて、入院して、手術して、リハビリして、在宅復帰して」という一連の流れを経験したことが、高齢者やその家族から相談を受ける際に役に立つのに気づいた。
 病院での手続きや病棟の雰囲気、医師や看護師や相談員を前にした患者の気持ち、手術前の不安と緊張、患部の痛みとの闘い、リハビリの困難、病院食への不満、費用の心配、社会復帰への不安・・・・等々。
 自分がこの身で経験したからこそ、相談者の気持ちが理解できるし、寄り添える。
 それなりのアドバイスもできる。

 なんだか今の仕事のために、あの日の転落事故はあったという気さえするほど。
 四国遍路で出会ったお坊さんが言っていた言葉、「人生で起こることに無駄なものはない」ってのは本当かもしれない。


四国遍路2 114
四国遍路別格第18番 海岸寺付近
弘法大師空海の生まれ故郷







● 本:『沖縄アンダーグラウンド 売春街を生きた者たち』(藤井誠二著)

2018年講談社より刊行
2021年集英社文庫

 本書と出会ったのは、ほかならぬ沖縄の地。
 嘉数高台と佐喜眞美術館を訪れた日の午後、那覇の繁華街を足の向くまま気の向くままぶらついていた。
 国際通りから、土産物屋がずらりと並ぶ平和通りに入って、途中のドライフルーツ店で買ったココナッツジュースを飲みながら迷路のようなアーケード街を奥へ奥へと進んでいくと、いつのまにか、夕餉の食材を買う地元住民で賑わう昔ながらの商店街に出た。
 ふと見ると古本屋がある。
 どこの土地にいようが、本屋を見ると条件反射的に入ってしまうソルティ。
 特に買うつもりはなかったのだが、文庫棚から誘いかけてくる本書の圧に負けて、ほぼ半値で購入した。

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 ソルティは国内でも国外でも初めての街を訪れたとき、たいてい風俗街がどこにあるのか気になるほうだ。
 場所が分かると、とりあえず足を向けて様子を探る。
 むろん、ゲイの自分がノンケ男子専門の風俗店を利用することはハナからないのだが、そういう場所の存在を知ることでなんとなく街の裏の顔を見たような気になって、親近感が増す。
 観光名所だろうが文化都市だろうが芸術の都だろうが、人間の住むところ何処も同じだなと――。
(長いことNGOでエイズの相談を受けていたせいもある。性風俗情報を取り入れておく必要があった)

 国際通り周辺にはどうもそれらしき一角が見当たらないので、「さて、那覇の風俗街はどこにあるのだろう?」と思っていた。
 これだけの観光地で、しかも米軍基地がある。ないわけがない。
 戦跡を巡りながらもどこかでそんなことを考えていたので、つい本書のタイトルに惹かれたのであった。

 本書を開いたのは内地に帰って来てから。
 最初の数ページで、「なんだ、そうだったのかあ~」とつい声を上げた。
 というのも、本書でメインに取り上げられている売春街、著者が本書を書くきっかけを作った沖縄でもっとも有名な(悪名高い?)風俗街――それは普天間飛行場のすぐ近くにあった真栄原新町いわゆる「真栄原社交場」であり、嘉数高台のほぼ真下に位置しているからだ。
 ソルティはそれと知らず真栄原社交場を眼下に見ていたのであった。
 あの時ハクソー・リッジ(前田高地)や沖縄国際大学を教えてくれたジョガーマンも、さすがに真栄原社交場は教えてくれなかった。
 まあ、朝っぱらから初対面の人間にするような話題ではないか。

 90年代に真栄原社交場をはじめて知った時の模様を著者は次のように記している。

 県道34号の真栄原交差点から大謝名方面に向かう途中の角を左に折れ、街路灯や家々の玄関灯ぐらいしか明かりがないひっそりとした住宅地をタクシーで200~300メートル進むと、妖しい光を放つ空間が忽然とあらわれた。タクシーを降りた私は思わず息をのんだ。魔界の入り口に立ったような気がして、歩を止めて立ちつくす。夜10時をまわっていた。

 私が降ろされた場所は、「ちょんの間」と呼ばれる性風俗店が密集した街だった。タクシードライバーは「真栄原新町」という街の名前と、買春の料金と時間などについて説明をしてくれ、「ゆっくりしてくればいいさ」と言って笑った。女性たちが体を売る値段は15分で5000円。「本番行為」まで含んだ値段だという。夜だけでなく、ほぼ24時間営業の不夜城の街だと教えられた。私は魅入られたように一人で街の中を歩いた。

 この真栄原新町に加えて、ソルティがレンタル自転車で対馬丸記念館に向かうときに通り抜けた海岸沿いの「辻」という街も、琉球王国の時代から遊郭があったところで、戦後は米兵や観光客相手の売春街として栄えたという。
 事前に知っていたら探索したのに・・・・。
 もっとも、辻はいざ知らず、真栄原新町は今ではすっかり廃れてしまって、往時の面影はない。
 2010年前後から始まった警察・行政・住民一体の浄化運動で、店舗は撤退せざるをえなくなり、働いていた女性たちはどこかへ消えてしまったからだ。

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嘉数高台から普天間飛行場を臨む
この間にかつて「真栄原社交場」と呼ばれた売春街があった

 本書は、真栄原新町という一つの売春街が、どのように生まれ、どのように栄え、どのように消えていったか、そこで働いていたのはどういう人たちであったかを、関係者への丹念なインタビューをもとに描き出している。
 同時に、コザ(現・沖縄市)の八重島やセンター通りや照屋や吉原、那覇市の辻や小禄新町や栄町などかつて存在した他の売春街も取り上げ、広い視点から戦後沖縄の性風俗史、売買春事情を浮かび上がらせている。
 占領下の米兵による凄まじい性暴力の実態、各地に売春街が誕生するまでの経緯、米軍当局の政策に翻弄される売春街の様子、本島の人間による奄美大島出身者への差別、沖縄の売春街をレポートした作家・佐木隆三や沖山真知子へのインタビュー、沖縄ヤクザの暗躍と売春街で働く女性からの過酷な収奪システム、ついに始まった浄化運動の顛末など、実によく調べ、よく取材し、よくまとめてある。
 ネットに見るような、街のアンダーグラウンド的な場所を好奇心まじりに訪問し煽情的・暴露的に描いたレポートとは一線を画す力作である。
 学ぶところ大であった。
 とくに、コザの売春街で働く若い女性アケミを描いたドキュメンタリー『モトシンカカランヌー 沖縄エロス外伝』(1971年布川徹郎ほか)は機会あればぜひ観たいと思う。
 ちなみに、売春街のことを昔は「特飲街」(特殊飲食店街の略)と言ったそうだ。

 半世紀以上にわたって続いてきた、真栄原新町や吉原という沖縄の売春街が、2010年前後を境にゴーストタウンと化した。官民一体となった「浄化作戦」が成功したからだ。本書は、戦後長きにわたって続いてきたそれらの街の「近い過去」と「遠い過去」を記録したものだと言えるだろう。
「近い過去」は、この十数年のうちにこの街で働いてきた人々への取材を通して得ることができた、これまで外部に漏れ出ることのなかった街の内実とその変遷だ。そこには、「浄化作戦」を担って、街をゴーストタウンに追い込んだ側の人々の意見も含まれる。
「遠い過去」とは、1945年以降、戦後のアメリカ占領下でどのように売春街が形成されたかという「沖縄アンダーグラウンド」の戦後史だ。当事者の証言や新聞報道、アメリカ側の稀少資料などを織りまぜながら、国策的かつ人工的につくられた街の軌跡を辿った。

 本書の記述をもとに、沖縄の売春街の歴史を大まかにまとめてみる。
  • 1945年4月  米軍上陸により沖縄戦本格化
  • 1945年8月  日本降伏、沖縄はアメリカの領土となる。これ以降、米兵による沖縄女子への強姦事件、殺戮事件が多発。また、生活のため米兵相手に売春する女子ら増加
  • 1949年  コザの八重島に、町の治安および風紀を守り一般婦女子を守る「性の防波堤」として、米兵相手の売春街が誕生
  • 1950年  普天間に真栄原社交場誕生。以降、沖縄各地に米兵相手の売春街が誕生する  
  • 1950-53  朝鮮戦争。沖縄にたくさんの米兵が送り込まれ、売春街が繁盛する
  • 1961-1973  ベトナム戦争。同上
  • 1972年  沖縄返還。日本の領土となる。以降、売春街には日本人観光客が増え、米兵は減少していく
  • 1980年代  バブル期。内地からの買春ツアーで賑わう
  • 1995年  米兵による少女暴行事件で反基地世論高まる。普天間基地返還合意
  • 1990年代後半  インターネットで真栄原社交場が世界的に広まる
  • 2005年頃  市民の間で真栄原社交場を無くそうという声が高まる
  • 2010年  真栄原社交場消滅。ほかの売春街も衰退する

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 20代の著者は真栄原社交場を最初に知った時、「青い空と青い海」でも「反戦・平和」でもない、沖縄の別の顔に触れて興味を抱いたそうだ。
 明るい観光客向けでもない、反米左翼向けでもない、もう一つの顔。
 それがアンダーグラウンドの世界、すなわち売春街であった。
 しかるに、売春街というアンダーグラウンドは昔も今も世界中どこにでもある。
 また、パンパンやGIベイビーに象徴されるような、貧困女性の犠牲と米軍の落とす金によって成り立つ戦後日本の性風俗事情は、都下の立川や横浜の黄金町の例を上げるまでもなく、内地でも同じであった。
 沖縄の真栄原新町や吉原は、内地の立川や黄金町、あるいは大阪の飛田遊郭や浅草の吉原や滋賀の雄琴とどこがどう違ったか、その理由はなんなのか。
 そこに我々が知るべき沖縄アンダーグラウンドの最大の肝があるのだろう。
 あとがきで著者は次のように述べている。

 私が記録した沖縄は、「アンダーグラウンド」に視点を据えた、戦後史の一断面に過ぎない。だがその姿は、過酷な戦争体験の後、日本から切り離されてアメリカの占領下に置かれ、復帰後も今に至るまでヤマトの敷石にされ続けている沖縄のありようと歴史の底流でつながっている。

 最後になるが、著者の筆致からは真栄原社交場が浄化され消滅したことに一抹の寂しさを感じているような印象を受ける。
 しかし、ソルティは戦後の赤線そのものの売春街が2010年まで公然と存在し続けたところに、戦後の沖縄が置かれてきた内地との圧倒的な不均衡があるように思った。
 明らかに、街自体は無くなって良かった。
 が、街の記憶は風化させるべきではない。

 そこで、真栄原新町の跡地利用の提案を一つ。
 「沖縄アンダーグラウンド館」なるものを作って、本書で書かれているようなことをテーマに各種資料やありし日のお店の再現セット(マネキン人形含む)を展示し、関係者の証言を集め、フェミニズム視点も取り入れ、広く人々に「戦争の怖ろしさ、および人間(男)の性と暴力について考えてもらう機会を作る」ってのはいかがだろう?
 もちろん、街の下に広がる文字通りのアンダーグラウンド、すなわち鍾乳洞見学も含めて・・・。


鍾乳洞
Marliese ZeidlerによるPixabayからの画像





おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損






● オフィーリア最後の願い 本:『80歳の壁』(和田秀樹著)

2022年幻冬舎新書

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 今年一番のベストセラーである。
 ソルティも夏頃買い求めて、両親に渡した。
 内容も著者のこともよく知らず・・・。
 ただ、裏表紙の内容紹介に「(80歳を過ぎたら)嫌なことを我慢せず、好きなことだけすること」とあったので、悪い本ではなかろうと思った。
 両親が順に読み終えて(感想は聞いてない)、やっと自分の番が来た。

 著者の和田秀樹は、1960年大阪生まれの精神科医。
 高齢者専門の精神科医として30年以上の経験を持ち、著書も多い。
 テレビ出演などもこなしているようだ。
 関係ない話だが、この世代の「秀樹」は1949年にノーベル賞をとった物理学者・湯川秀樹から名前をもらっているのだろうか?
 1972年デビューの西城秀樹でないことは確かだ。

 和田は、東京世田谷の高齢者医療を専門とする浴風会病院に勤めていたことがあり、本書の内容も和田クリニック院長としての豊富な臨床経験だけでなく、浴風会病院で長年蓄積されてきた高齢医学のデータがもとになっている。(病院の設立は関東大震災がきっかけとのこと)
 つまり、科学的エビデンスに則っているということだ。
 たとえば、85歳以上の患者の遺体を解剖したら、ほとんどの人に(本人が知らなかった)ガンが見つかった、ほぼ全員の脳にアルツハイマー型認知症のような病変が見つかった、血管には多かれ少なかれ動脈硬化が確認できたとか、糖尿病そのものでなく糖尿病の治療(薬やインシュリン)が認知症を促進するとか、少し太っている人のほうが長生きするとか・・・・。
 一般に目指される「手術や薬で治す、患部を取る、数値を良くする」治療方法が、高齢者(和田は「幸齢者」という語を使っている)には必ずしも適切でないことが説かれている。
 
 私が80歳を迎えるような幸齢者にお勧めしたいのは、闘病ではなく「共病」という考え方です。病気と闘うのではなく、病気を受け入れ、共に生きることです。
 ガン化した細胞を薬で攻撃したり、手術で取り除いたりするのではなく、それを「手なずけながら生きていく」という選択です。

 80歳を過ぎた幸齢者は、老化に抗うのではなく、老いを受け入れて生きるほうが幸せではないか、と私は考えています。

 このようなポリシーにもとづき、本書では80歳を過ぎた人が残りの人生を自分らしく幸せに生きるためのヒントがたくさん盛り込まれている。
  • 食べたいものを食べよう
  • 我慢して薬を飲む必要はない
  • 血圧・血糖値は下げなくていい
  • 運転免許は返納しなくていい
  • 嫌な人とはつきあうな
  • 肉を食べよう
  • 眠れなかったら寝なくていい
  • 健康診断は受けなくていい
  • タバコ、お酒は止めなくていい
  • エロスを否定するな
 e.t.c.

 だいぶ前に、樹木希林がジョン・エヴァレット・ミレーの絵画『オフィーリア』に扮して川に流されながら、「最後くらい好きにさせてよ」と呟く広告があった。
 ソルティは通勤列車内でそれを見て「もっともだ」と頷く一方、医療保険および介護保険という国の制度を利用せざるをえない当事者にとって、あるいは、いろいろと複雑な思いを抱える家族をもつ当事者にとって、それ(=最後くらい好きにする)がどのくらい可能なのか、危ぶんだ。
 そして、当時高齢者介護施設で働いていた自身もまた、当事者本人の希望と、制度の縛りや家族の思いとの間で板挟み感を抱えていた。
 本書で書かれているようなことが、社会的・世間的に「あたりまえ」になれば、もっと医療・介護現場からギスギス感がなくなると思うし、当事者も大らかに残りの人生を楽しめると思う。

オフィーリア
J.E.ミレー作『オフィーリア』

 和田秀樹がどんな人か知らずに本書を購入したと書いた。
 最後に、人となりを示す一節を引用する。

 でも、過去のことを忘れて総合的な判断ができないのは、認知症の人だけではないでしょう。日本人はほぼ全員ができていない。なぜなら、政治家や役人が数々の悪事を働いても、簡単に忘れてしまうわけですから。
 コロナに関しても、自粛することのメリットとデメリットを考えずに素直に自粛要請に従ってしまう。さらには、30年景気が悪くて実質賃金も減っているのに、それでも自民党に票を入れ続ける。総合的な判断ができていないわけです。

 日本にはいま1000兆円の借金があり、福祉のせいで財政が厳しくなったなんて言われ方をしていることにも怒っていい。借金は高齢者が使ったからではありません。政治家が必要以上に地方の公共事業にばらまくからです。それをなんとなく、福祉という聞こえのいい言葉で高齢者の責任にすり替えている。
 介護保険もそうです。この制度ができて、毎月年金から介護保険料を引かれる代わりに、要介護状態になったら介護を受ける権利が与えられた。それなのに特別養護老人ホームの入所待ちが40万人もいるわけです。・・・・・・高齢者も本当は、「特養落ちた日本死ね」と大声を上げていいのだと思います。

 ソルティ、「推しの人」である。






おすすめ度 :★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損




● 今年一番の衝撃作 映画:『アンテベラム』(ジェラルド・ブッシュ&クリストファー・レンツ監督)

2021年アメリカ
106分

アンテベラム


 2022年もあと半月で終わろうとしているが、今年観た中で一番衝撃的な映画、それは間違いなく本作である。
 残り半月で、これを超えるものに出会えるとは思えない。

 どれくらい衝撃的かと言うと、ソルティは本作を2晩続けて観た。
 観終わったら、もういっぺん最初から観直さずにはいられないくらい、奸智に長けたトリッキーな作品なのだ。
 なんという脚本の隙の無さ! 
 なんという象徴性!
 一方、観終わってすぐに、早送りで観直すことはできなかった。
 内容が衝撃的すぎて、重すぎて、あっと驚くどんでん返しが仕組まれた他のよく出来たパズラーやサスペンスのようには、簡単に再生ボタンを押せなかったのである。

 この衝撃と重さに近い作品を上げるとするなら、テリー・ギリアム『未来世紀ブラジル』(1985)、ラース・フォン・トリアー監督『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(2000)、ジェニファー・ケント監督『ナイチンゲール』(2020)あたりだろうか。
 本作はジャンル的にはホラーサスペンスに分類されている。
 それは間違ってはいないけれど、むしろ社会派ドラマと言ってもいいくらい底の深い、現代的な内容である。
 たいして期待せず、暇つぶしの軽い気持ちで観始めたソルティは、途中で度肝を抜かし、居住まいを正し、胸を鷲づかみにされ、ラストは完全に持っていかれた。
 超弩級の問題作であるのは間違いない。

プランテーション

 アンテベラム(Antebellum)とは、ラテン語で「戦前」の意。
 アメリカでは特に「南北戦争前」の時代のことを指して言う。
 そのタイトル通り、本作は南北戦争時代のアメリカ南部の典型的な風景からスタートする。
 陽光降りそそぐプランテーション、緑鮮やかなる芝、影濃き木立、白亜のお屋敷、ドレスに日傘をまとった優雅な貴婦人、一面の綿花畑、風にはためくアメリカ連合国(南軍)の旗、軍服を着て銃を担ぎ行進する兵隊、そして庭や畑で働く黒人たち・・・・。
 かの名作『風と共に去りぬ』の幕開けシーンそのもの。

「ああ、これはコスチュームプレイ(時代劇)だったのか・・・」
 と、セットや美術の素晴らしさや照明・カメラワークの見事さに感心しながら観ている間もなく、惨たらしいシーンが続く。
 白人領主らによる黒人奴隷への虐待である。
 殴る、蹴る、銃殺する、レイプする、首に縄をかけて馬で引きずり回す、鞭で打つ、焼き鏝を背中に当てる、奴隷としての名前をつける・・・・e.t.c.
 目を覆うばかりの非道さ。

「ああ、これは『アンクル・トムの小屋』や『マンディンゴ』や『それでも夜は明ける』のような人種差別をテーマにした真面目な話なのか・・・」
 と、予想していたB級ホラーサスペンスとは異なる展開に、半ば残念な気持ちを抱きながらも“この時代の”黒人差別の酷さに怒りを覚えながら見続けていると、不意に場面は転じて、現代アメリカの高学歴高所得のインテリ黒人女性の日常へと話は飛ぶ。
 かつての黒人奴隷もいまや、人種差別・性差別撤廃のフェミニズムの闘士である。

「なにこれ? 二つの別の時代を交互に描いていく手法? あるいは、もしかしたら、輪廻転生がテーマ?」
 なるほど、DVDパッケージのデザインには輪廻転生の象徴である蝶があしらってある。
 また、映画の最初のクレジットには、アメリカの最も偉大な作家ウィリアム・フォークナーの言葉の引用があった。曰く、
「過去は決して死なない。過ぎ去ることさえしない」
 スピリチュアルホラーなのか・・・?

アメリカ連合国国旗
アメリカ連合国(南軍)の国旗
一般に、奴隷制や人種差別のシンボルとして忌避されている

 ここから先は書かない。
 蝶とフォークナーで暗示をかけられたソルティが真相を悟ったのは、物語もかなり進んでからであった。
 2度目の鑑賞により、真相を知る手がかりはあちこちに散りばめてあったことに気づいた。
 バイアスというのはままならない。

 真相を知った時、この身が震えるほどの衝撃が走った。
 それは見事にだまされていたことの衝撃だけではない。
 それ以上のものだ。
 暴かれた真相のあまりの狂気、あまりの非人間性、あまりの怖さ、そしてあまりの現代性に震えた。

 制作国であるアメリカでは本作の評価はかなり低かったらしい。
 そのことの意味を考えると、この映画が持っているホラーネス(怖さ)はいや増してくる。
 ただの陰謀論?
 いやいや、我々は、「カルト宗教団体が与党を支配している」という話を「陰謀論」と笑い飛ばせない現実を知っているではないか。

 はたして、松明を片手に高く掲げるヒロインの照らし出すものはなんなのか?
 軍服をはおり剣を空に突き立てジャンヌ・ダルクのごと馬駆けるヒロインが、帰る先はどこなのか?





おすすめ度 :★★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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★★    いい退屈しのぎになった
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● 沖縄戦跡めぐり4 (首里城)

 帰りの飛行機の時間まで首里城見学した。
 国際通りからバスに乗り、石畳前バス停下車。
 琉球王国時代の遺跡である「金城町石畳道」を首里城に向かって登る。

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金城町石畳道
16世紀に琉球王国の3代国王尚真によって造られた南部に通じる真珠道(まだまみち)の一部。
琉球石灰岩の石畳と石垣、赤瓦の家並みが続く。
道のほとんどが沖縄戦によって失われ、現在残っているのはこの約300mだけ。

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結構傾斜がきつく、汗ばんだ。

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カジュマルの木陰がうれしい

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休憩所として利用されている金城村屋
心地良い風が通り抜け、眺めも良く、落ち着ける。

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沖縄戦がなければ、どれだけの素晴らしい遺跡が残っていたことか・・・。

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沖縄の街角でよく見かける石敢當(いしがんとう)の石碑
中国伝来の魔除けで、邪気が集まりやすいT字路や三叉路、辻に建てられる。

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眼下に広がる那覇市街

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首里城守礼門

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2019年10月31日の火災により本殿は焼失した。
2026年の復元を目指してもっか復興中。
復興の工事現場を見学することができる。

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首里城の地下30~40メートルに沖縄戦を指揮した日本軍の司令部壕があった。
総延長は約1キロ。指令室や炊事場など30以上の部屋があり、多い時は千人以上が生活していたと言われる。
南部へと撤退する際、軍は機密書類などを隠蔽するために壕内を爆破したため、あちこちで崩落が起きている。
安全面の問題があってこれまで放置されてきたが、最近、沖縄県がこれを保存・公開する方針を決めた。
公開されれば、もっとも主要な戦跡の一つとなるのは間違いない。

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西(いり)のアザナ
城郭西側にある物見台からの景色

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沖縄県立芸術大学
こんなとこで学生時代を過ごせたらサイコー!

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事前の天気予報では滞在中の3日間☂☂☂
海水浴するわけでなし、別に関係ないと思って現地入りした。
フタを開けてみたら、確かに雨が降り続いた。
ただし夜間ばかり。
日中はほとんど傘をさす必要がなく、しかも快晴だとまだまだ陽射しの厳しい時期に薄曇りの空が続き、屋外の移動や見学には最適であった。
必要な時にタクシーが現れたり、ガイドしてくれる土地の人が登場したり、修学旅行生と共に館長の話が聞けたり、ソルティに沖縄戦を学ばせるべく、何かが導いているような感覚すらあった。
実りの多い楽しい旅であった。

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また会いに来るシーサー







● TVドラマ:『名探偵・金田一耕助シリーズ・悪霊島』

1999年TBS系列放映
94分
原作 横溝正史
演出 原田眞治

悪霊島

 『悪霊島』と聞けば、なんと言っても岩下志麻の鬼気迫る演技が鮮烈な1981年角川映画版が脳裏に浮かぶ。
 横溝正史の原作はほとんど覚えていないが、岩下志麻が演じた二重人格「神聖なる巴御寮人=男狂いのふぶき」の凛とした美しさ、しとやかさ、母性、奔放さ、淫らさ、狂気が入り混じった着物姿のショットの数々を忘れることができない。
 ある意味、横溝正史の原作を岩下志麻の怪演が凌駕してしまった作品である。

 その巴御寮人をやはり着物のよく似合う山本陽子が演じているというので、借りてみた。
 山本陽子もまた志麻サマ同様、気の強い役や異常性格な役のはまる女優というイメージが強い。
 ソルティの中では、松本清張『黒革の手帳』(1982年テレビ朝日)の男を手玉に取る銀座クラブのママ、『凄絶! 嫁姑戦争 羅刹の家』(1998年テレビ朝日)の姑いびりの嫁にして嫁いびりの姑、それに映画『デンデラ』(2011年東映)の姨捨山で逞しく生きる老婆の(素顔をさらした)演技が忘れ難い。
 さらに、フィクションを離れた実生活においても、山本陽子はスキャンダラスな女優であった。
 田宮二郎、沖田浩之、恋愛関係が噂された2人の男がそろって自殺するという悲劇は、逆に山本陽子に「魔性の女」という勲章をもたらした。
 聖なる美しさと男を破滅させる魔――『悪霊島』のヒロインを演じるにふさわしい。

 ――と期待して観たのだが、残念ながらこれはあまりにひどい出来であった。
 1977年に『犬神家の一族』という傑作でスタートを切った古谷一行=金田一耕助シリーズも、22年という歳月の間にどんどん質が落ちていったのだなあ、と再確認する思いがした。
 本作は2時間ドラマスペシャル『名探偵・金田一耕助シリーズ』として制作されたのだが、片平なぎさが主演しラストは崖の上で終わるような他の2時間サスペンスドラマとなんら変わり映えしない陳腐なミステリーに終始している。
 横溝正史の愛読者でこれを受け入れられる者が果たしているだろうか?

 シリーズ開始当初、30代前半だった古谷一行もいまや50代半ば。
 飄々として愛嬌ある風来坊の青年でいることはもはや難しく、金八先生のような説教癖のある疲れた中年オヤジに様変わりしている。
 山本陽子の美貌も最盛期は過ぎているため、映画における岩下志麻ほどの磁力は発揮されない。
 だが、まあそこは多言を弄しまい。(昨今はルッキズムの誹りを受けることなく映像表現を語るのが難しい)

 この作品の致命的な欠陥は脚本にある。
 横溝の原作とかなり離れているのは、時代の変化やテレビ放映という性質上、致し方ない部分はある。
 たとえば、原作や角川映画にあるシャム双生児の描写などは、人権の観点からいまやそのまま放映するのは難しかろう。
 だが、問題はそこにはない。
 一貫しない登場人物のキャラ設定、人間の感情や心理を無視した筋書きありきの強引な展開、ご都合主義、説明ゼリフの多さ、犯行動機や犯行手段の説得力の無さにはあきれかえるばかり。
 結局、なぜ「鵺のなく夜に気をつけろ」なのか、これで理解できた視聴者がいるとは思えない。
 正直、この脚本で演技することを要求された役者たちに同情した。
 
 今週末に最終回を迎えるNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』を見ると、脚本の三谷幸喜がいかにセリフに意を砕き、それぞれの役者のために見せ所・演じ所を作っているかが、よく分かる。
 それあってこそ役者は一番いい芝居をしようと張り切るし、ドラマは俄然面白くなる。
 12/11放送の北条政子(小池栄子)が並みいる御家人を前におこなった有名な演説シーンなど、脚本と演出と芝居が高レベルで溶け合った実に素晴らしいものであった。
 脚本は大切だとつくづく思う。






おすすめ度 :

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● 前田高地の奇跡 映画:『ハクソー・リッジ』(メル・ギブソン監督)

2016年アメリカ、オーストラリア
139分

 1945年4月から始まった日米沖縄戦で死闘を極めた前田高地の闘いが舞台である。
 前田高地の峻厳たる地形をアメリカ軍は Hacksaw Ridge(弓鋸の崖)と呼んだ。

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ハクソー・リッジ(前田高地)
標高約120~140mの丘陵。
ここから約4キロ南西に首里の軍司令部があった。

 本作はしかし、沖縄戦がテーマあるいは戦争一般がテーマというよりも、一人の新米兵士の堅い信念と英雄的な行為が描かれる伝記映画という感じ。
 それもそのはず、この映画は沖縄戦で衛生兵として従軍したデズモンド・ドスの実体験をもとにしているのである。

 デズモンド(アンドリュー・ガーフィールド)の堅い信念とは、「絶対に人を殺さない。銃は持たない」ということであり、そこには子供の頃に喧嘩で弟を危うく殺しかけた苦い体験と、その後のデズモンドのキリスト者としての信仰があった。
 また、デズモンドの英雄的な行為とは、激しい戦闘を経て部隊が前田高地から一時退却したあとも、ただひとり、日本軍が見回る戦場に残り、負傷し取り残された同僚を何十人も手当し救い出したことであった。
 こんな人間が米軍にいたとは驚きである。

 ただ、ソルティがより驚いたのは、「銃は持たない」「人は殺さない」と堂々と宣言し実際に銃の訓練を拒否する一兵卒を、軍隊に居続けさせるアメリカ軍の度量というか法治性である。
 かつての日本軍なら、おそらくその場で殴って従わせるか、それでも駄目なら仲間と引き離して投獄し拷問をかけ、強制除隊させるだろう。
 銃を持たない者=敵と戦う意志のない者など邪魔なだけである。
 戦争とは人を殺しに行くところなのだ。

 デズモンドの上官らは、説得してもダメなことを知ると、まずデズモンドが精神異常であることの言質を取ろうと試みる。
 精神異常であれば除隊させられるからだ。
 しかし、デズモンドがその手に乗らないことが分かると、上官の命令に従わないという理由で軍法会議にかける。
 軍法会議で違反となれば投獄された上、除隊となる。
 だが、結果的には軍法会議より上位にある合衆国憲法の規定により、「従軍の意志がある者の参加を軍は拒むことができない」「個人の信仰を侵して武器の使用を強制することはできない」という理屈が通って、デズモンドは衛生兵として銃の訓練を受けずに従軍することになる。
 合衆国憲法がデズモンドの味方をしたのだ。

 戦時にもかかわらず、憲法を絶対的に尊重する法治性がすごいと思う。
 否、戦時だからこそ、憲法が守られなければならないのだ。
 平和な時の憲法を国が守るのは難しくない。
 戦時という非常時に国が守ってこそ、憲法の最高法規たるゆえんがある。
 これが実話なら、やはり法と論理重視のアメリカに、「考えたくないことは考えない、考えなくてもみんなで頑張ればなんとかなる」という法と論理軽視のニッポン・イデオロギーが敗北するのも無理はないと思う。

 ハクソー・リッジでの戦闘の様子は凄まじいかぎりのリアリティ。
 これを見れば誰だって、「戦争に行きたくない」「戦争なんかしたくない」「絶対に戦争はしてはいけない」と思うのが普通だろう。
 負けたら地獄は当然だ。
 けれど、勝っても天国は待っていない。
 この映画の優れた点は、過去の従軍体験のトラウマによってアル中に陥り、その後の人生を自暴自棄に生きるデズモンドの父親をあらかじめ描くことで、「ハクソー・リッジを落として万歳!」「アメリカが日本に勝って万歳!」で終わらせる戦意高揚的ハッピー・エンドを回避しているところである。
 衛生兵としてのデズモンドの活躍は奇跡としか言いようがない立派なものだが、負傷兵を救うよりは、最初から負傷する人間を作らないほうがいいに決まっている。

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嘉数高台から望む前田高地





おすすめ度 :★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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● つくし作品展と高尾山

 高尾駒木野庭園は、JR高尾駅から歩いて15分のところにある。
 小林医院(現・駒木野病院)院長の自宅として昭和初期に建てられた日本家屋と、枯山水や露地のある池泉回遊式の日本庭園は、瀟洒にしてどこか懐かしい風情が漂っている。
 先日、ここで開催された「つくし作品展」に行き、そのあと約2年ぶりの高尾登山をした。


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高尾駒木野庭園
平成21年3月に八王子市へ寄贈された。

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入園料は無料

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つくしさんは高尾山のふもとに暮らすイラストレーター。
国内だけでなくアメリカでも発揮されたその多彩な才能と画風は Tukushi Works で知られる。

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細やかな色合いの和紙を使った自然描画が家屋に見事マッチしていた。

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外からの光線具合によって絵の印象が変化するところがまた面白い。

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もみじがまだ残っていた。

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喫茶スペースでコーヒーをいただきながら、つくしさんと会話。
つくしさんのスピリチュアルトークは深くて面白い。

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高尾の山々が借景になり、人工と自然との見事なハーモニーが奏でられる。

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たまに来て瞑想するのもよいなあ。
ここから歩いて15分で高尾登山口へ。

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高尾山の霊気(バイブレーション)にはいつも身心を清められる思いがする。

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高尾山頂
この日は午前中雨模様で寒かったので、登山者が少なかった。

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展望台
晴れていれば富士山や丹沢の山々が望める。

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首都圏方向を望む

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下山はリフトを使った

高尾極楽湯
ふもとの温泉で体を芯からあたためる。
豊かな一日だったなあ~。







● 沖縄戦跡めぐり3(嘉数高台~佐喜眞美術館)  

 宿は国際通りから東に伸びる浮島通りにあった。
 ゆいレールの県庁前駅から歩いて10分、最寄りのバス停には5分、コンビニには2分。
 どこに行くにもまったく便利な位置でありながら、国際通りに面していないので静かだった。
 ホテルや旅館ではなく、普通のマンションの一室(1K、バストイレ付)を宿として提供しているので、滞在中は自宅にいるような気分で、とてもくつろげた。
 もちろん、フロントも食堂もルームサービスもない。
 他の宿泊客と顔を合わせることもなかった。

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清潔で明るくゴロ寝ができる部屋

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火は使えないがキッチンもついている

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ボディソープ、シャンプー、タオル、ドライヤーも完備

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電子レンジ、オーブントースター、冷蔵庫あり

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真綿色の照明と南国風の飾り布が安らぎを演出
また泊まりたい宿である。

 3日目は那覇から北上して宜野湾市に行った。
 米軍の普天間飛行場を間近に見下ろせる嘉数高台(かかずたかだい)に登った。
 そのあと、1992年に米軍に返還させた土地に建てられた佐喜眞美術館に足を運んだ。
 ここには、広島「原爆の図」で有名な丸木位里・俊夫妻の描いた「沖縄戦の図」が展示されているのだ。
 本日は当地に住む知人が車を出してくれた。

日時 2022年11月26日(土)
天候 曇り一時雨
行程
 8:00 国際通り
 8:20 嘉数高台
10:00 佐喜眞美術館
12:30 国際通り

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早朝の国際通り
怪しい空模様

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国際通りのPCR検査センター
ソルティは地元市役所発行の4回目ワクチン接種証明書を持参して沖縄入りした。

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嘉数高台公園
標高84.3メートル、東西に伸びる約1キロの丘である。
沖縄戦の最初にして最大の激戦地となった。
1945年4月1日に中部西海岸から上陸した米軍がここを抜くのに16日間を要した。
戦死傷者は日本軍 64,000人、アメリカ軍 24,000人、住民の半数以上が亡くなった。

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弾痕のある塀
民家の豚小屋の外にあった塀と言われる。

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日本軍の陣地壕
高台の南斜面にある

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壕の中
米軍の空爆が終わると、ここから飛び出て北側から攻める敵に反撃した。

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地球デザインの展望塔

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北側に広がる普天間飛行場
宜野湾市の1/4を占める

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オスプレイ
展望台で出会った地元のジョガーマンによれば、飛行場の騒音はとくに基地の南側と北側で喧しいのだそう。(彼は東側に住んでいる)

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北西に残波岬を望む
1945年4月1日、米軍はこの湾一帯から上陸を開始した。
岬の突端に集団自決のあった読谷村のチビチリガマがある。

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南に前田高地を望む
嘉数が米軍に占拠された後、次の激戦地となった。
これもジョガーマンからの情報だが、2016年にメル・ギブソン監督が撮った『ハクソー・リッジ』という映画は、前田高地の戦いを描いている。
Hacksaw Ridge とは「弓鋸の崖」の意。 

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北東に沖縄国際大学を望む(右上端のオレンジの建物群)
2004年8月13日に米軍の大型ヘリコプターが構内に墜落、爆発、炎上した。
幸い夏休みだったため、学生はいなかった。

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日本軍の作ったトーチカ(入口側)
トーチカ(tochka)はロシア語で「城塞」の意。
コンクリートや鉄板で作った陣地のこと。
高台の北斜面にある。

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トーチカの内部
結構広い
くり抜いた穴から銃を出して敵を狙った。

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北側(敵面)の風貌
弾痕が無数にある

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京都の塔
ここで亡くなった62師団の多くの兵士が京都出身であったことから、1964年に建てられた。
「再び戦争の悲しみが繰り返されることのないよう、また併せて沖縄と京都とを結ぶ文化と友好の絆がますますかためられるよう、この塔に切なる願いをよせるものである」(碑文より)

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北斜面にあった亀甲墓
原型をほとんど失っている。
頑丈で中の広い亀甲墓はトーチカや防空壕として利用された。

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普天間飛行場返還後の跡地利用計画が進んでいる。
飛行場の地下には、観光資源となる大きな鍾乳洞が3,4ヵ所もあるという。
嘉数高台は沖縄の過去、現在、未来を見ることのできる場所なのだ。

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嘉数高台公園でゲートボールに興じる高齢者たち

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佐喜眞美術館
嘉数高台から基地の東端に沿って約4km北上したところ(上原)にある。
1994年11月23日開館。
館長である佐喜眞道夫のコレクションを中心に展示している。
戦争で息子と孫を失ったケーテ・コルヴィッツというドイツの女性画家と、20代を軍隊で過ごした浜田知明(1917-2018)という日本の版画家の作品が展示されていた。
丸木夫妻の「沖縄戦の図」は言葉で表現しようがない。
沖縄に行ったら絶対に見ておくべき!

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美術館のすぐ隣は普天間基地すなわち治外法権区域

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緑の多い美しい美術館である
庭には亀甲墓(1740年ごろ建立)や県立盲学校生徒たちのユニークな作品などが展示されている。

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美術館の屋上から東シナ海を望む
びっくりしたのだが、基地の周囲は深い森に囲まれていた。

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ソルティが訪れた時、ちょうど埼玉から修学旅行生が来ていた。
これ幸いと教員の振りして、「沖縄戦の図」を前に、生徒たちと一緒に佐喜眞館長の話を聴かせてもらった。曰く、
「投降して捕虜になったら、男は戦車の下敷きにされ、女はなぶりものにされる。そう言って日本軍は住民たちに自決を迫った。なぜそんなことを言ったのか。おそらく、日本軍がまさにそうしたことを大陸で中国人や朝鮮人相手に行っていたからだろう。自分たちがやったことを敵もやると考えたのだ」
ソルティもその可能性を思っていた。
関東大震災時の朝鮮人虐殺の扇動者となった自警団の男たちもまた軍役経験者が多かった。
人は自分の物差しで他人を測るのだ。

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嘉数高台の展望塔の屋根の下にいたちょうどその時、豪雨来襲。
宜野湾市だけに降っているようであった。
10分ほどして雲が行き過ぎると、晴れ間がのぞいた。
いろいろ教えてくれたジョガーマンはびしょぬれになったことだろう。
(沖縄の人は傘を差さないというから慣れっこか)













● 274分の意味 映画:『ボストン市庁舎』(フレデリック・ワイズマン監督)

2020年アメリカ
274分

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 原題は City Hall
 邦題の通り、ボストン市庁舎で働く市長はじめ市職員たちの日頃の仕事ぶりを撮ったドキュメンタリー。

 『パリ・オペラ座のすべて』『ナショナルギャラリー 英国の至宝』『ニューヨーク公共図書館』など公共施設を撮ってきたワイズマン監督が、次なるターゲットに選んだのが市役所。
 インタビューにおいて監督は、「6つの市役所に撮影許可を求めたところ、ボストンだけが受けてくれたのでここになった」と語っている。
 結果的にそれが金的を射止め、さまざまなルーツをもつ多民族から構成されるボストン市において、市民自治を実現すべく精力的に動き回るマーチン・ウォルシュ市長はじめ市の職員たち、そして市政に積極的に関わり自らの意見を堂々と述べる市民たちの姿を通して、多様性社会アメリカの現時点における民主主義の到達点が描き出されていく。
 一言で言えばそれは、ワイズマン監督自らが述べているように、「トランプが体現するものの対極にある」政治であり、とりもなおさず、安倍政権の流れを汲む現在の日本の自民・公明連立政権が体現するものの対極にあるということである。
 トランプの熱狂的支持者による連邦議事堂襲撃など民主主義の危機が叫ばれるアメリカであるけれど、やっぱり、「人民の人民による人民のための政治」という建国理念は生きている、アメリカの強さの秘密はここにあるのだなと感じさせる。

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Gordon JohnsonによるPixabayからの画像

 日々ボストン市庁舎のさまざまなセクションで行われている市民のための業務が、ボストン市の街並みや由緒ある建築物のショットを挟みながら、次々と映し出されていく。
 総合相談窓口、治安維持のための警察との会議、同性同士の結婚式、住民の強制的立ち退きを防止する策の検討、地域企業を集めての温暖化対策、若者のホームレス支援、ゴミ回収、公共施設の改善を求める障害者の集まり、麻薬対策、道路の舗装工事、中華料理のワークショップ、保護犬のワクチン接種、民家のネズミ駆除、大麻ショップ出店に対する地域の話し合い、賃金格差是正を求めるラテン女性の集まり・・・e.t.c. 
 すべての現場に市職員が出向き、多様な市民の意見を聴き、集会を重ね、施策にまとめていく。
 そこには高度のヒアリング能力とコーディネート能力、それに人権尊重を基盤とした民主主義に対する確固たる信念が必要とされる。
 むろんそれは、ボストン市民ひとりひとりにも求められるものである。

 本作を観ながら、ソルティは笠井潔が『新・戦争論 「世界内戦」の時代』で書いていた一節を思い出した。

国家の統治形態でない本物の民主主義は、さまざまな国や地域から吹き寄せられてきた、難民のような人々が否応なく共同で生活する場所、先住民と移民とが雑居していたニューイングランドや、カリブ海の海賊共同体のような場所で生まれます。

 『ボストン市庁舎』で描き出されていること、人口約71万のマサチューセッツ州ボストン市で日々起きていることは、まさに上記のことである。
 さまざまな人種・民族・宗教・文化・言語をもつ人々、障害者、LGBTQ、高齢者、ホームレス、戦時トラウマに苦しむ帰還兵などのマイノリティ。
 多様な背景をもつ人々が、それぞれの権利を主張しつつ、互いの違いと基本的人権を認め合いながら、平和的手段で合意形成を図っていく気の遠くなるような対話が日々繰り返される現場――それが民主主義を選択した市民が担わざるを得ない義務と使命なのだと、映画は語っている。
 この骨の折れる、誰もが自らの価値観を点検し修正せざるをえない衝突と葛藤と気づきと妥協を通して、市民は他者との共生のための流儀を学び、成熟していく。
 一枚岩でない多様性は地域を強くする。文化的にも経済的にも。
 真の民主主義を日本に根付かせるために、「移民を無制限に受け入れよ」という笠井潔の発言が実に理に適っていることが、本作を観ると実感される。

 274分という上映時間はたしかに長い。
 劇場でいっぺんに観るには、かなりの体力と気力を必要とする。
 しかし、「どこか削って、せめて3時間にまとめてくれれば・・・」と思っても、削ってもいいと思われる部分が指摘できない。
 一つ一つのエピソードが、一つ一つの対話や市長コメントが等価に重要。
 それが民主主義というものなのだ。
 
 「同性愛は非生産的」とか、「女性はいくらでも嘘がつける」とか、チマチョゴリやアイヌ民族衣装を「品格がない」と貶める発言をする人間を国会議員にしておく、あまつさえ内閣の要職につけている日本は、いったい何周遅れだろう?




おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
★     読み損、観て損、聴き損

 

● 沖縄戦跡めぐり2(沖縄陸軍病院南風原壕群~旧海軍司令部壕~対馬丸記念館)

 レンタカーを使わずに沖縄を旅するのはなかなか大変である。
 タクシーを借り切るという手もあるけれど、予算的な問題は別として、ソルティは自分が施設見学している間、運転手を待たせておくというのがどうも苦手である。
 誰にも気兼ねせず、時間の許す限り見学したい。
 となると、路線バスを上手に活用することになる。
 
 沖縄戦跡めぐりに行くと決めてから、沖縄バスマップを取りよせて路線と停留所を調べ、ネットで時刻表をダウンロードし、綿密な移動計画を立てた。
 乗り換えが必要となる場合、接続が上手くいかないと次のバスまで1時間以上待たねばならないこともあるので、事前に調べておく必要があるのだ。
 それはしかし、手間というより楽しい作業であった。
 自室の床にバスマップと時刻表とガイドブックを広げ、いろいろと計画を練っている時間はすでに旅の一部、浮かれモードである。
 路線バスの利点は他にもある。
 土地の人を観察したり触れ合う機会になるし、車窓からの景色を存分に楽しむことができる。
 方言が飛びかう停留所や車内こそが、地方色を感じさせる。
 実際、座席シートから綿がはみ出したおんぼろバスがいまだに走っているのは愉快であった。

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バスマップとOKICA
沖縄のSUICAであるOKICAは
ゆいレールとほとんどの路線バスで使える。
小銭の用意しなくて済むのでほんと便利!

 もっとも、路線バスだけではうまく回れない地点もあった。
 そこはタクシーをつかまえて最短距離で移動した。
 あるいは、那覇市内であれば奥の手があった。
 シェアサイクルである。 
 ソルティは HELLO CYCLINGというシェアサイクルのネットワークに会員登録しているので、全国どこでもサイクルステーションがあるところならば、好きな時に電動自転車を借りることができる。
 調べてみたら、那覇市にはたくさんのステーションがあった。
 施設見学した後で最寄りのステーションまで歩いて自転車を借り、次の目的地までサイクリングする。
 自転車が必要なくなったら、そこから一番近いステーションに返却すればいい。 
 これならバス停でバスを待つ必要もないし、タクシーを探す手間も省ける。
 那覇名物の渋滞も関係ないし、駐車にも困らない。
 なにより見知らぬ街を風を切って自転車で走るのは最高に気持ちいい!
 (もっとも、酷暑の時節や雨風の強い日は快適とはいかないが・・・・) 
 これまで自宅周囲で利用していたシェアサイクルであったが、観光でも使える実に便利で快適なシステムであることを実感した。
 旅先でのシェアサイクル。今後大いに活用したい。(京都市内なんかも楽しそうだ)
 ちなみに、自転車でも飲酒運転はNGである。

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ハイビスカス


日時 2022年11月25日(金)
天候 曇り
行程
 9:40 開南バス停(309番バス乗車)
10:00 福祉センター入口下車
         沖縄陸軍病院南風原壕(南風原文化センター)
13:15 南風原町役場前よりタクシー乗車
13:30 旧海軍司令部壕
15:00 最寄りのサイクルステーションにて自転車レンタル
15:30 対馬丸記念館
17:00 波上宮~波の上ビーチ
18:00 沖縄家庭料理「まんじゅまい」にて夕食
19:30 国際通りにて自転車返却

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南風原(はえばる)文化センターと黄金森(こがねのもり)
1944年10月、那覇市内にあった沖縄陸軍病院が米軍の空襲により焼失し、南風原国民学校校舎に機能を移転した。
米軍の攻撃が激しさを増した1945年3月、日本軍は住民の力を借りて近くの黄金森に約30の横穴壕を掘り、壕の中に患者を収容した。
看護婦として動員されたひめゆり学徒222人と教師18人がここで働いた。
その様子は吉永小百合あるいは津島恵子主演の映画『ひめゆりの塔』に描かれている。

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飯あげの道
飯あげとは、炊きあがったご飯などを樽に入れて炊事場から各壕(病棟)へ運ぶこと。
当時、黄金森は一面の茅畑で空から丸見えだった。ひめゆり学徒たちは爆撃の下、重い樽を下げた天秤棒を二人で担いで、急な山道を上り下りした。

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悲風の丘の碑
1945年4月1日米軍が沖縄本島中西部に上陸し、本土決戦が始まった。
日本軍は首里司令部を占拠され、南部への撤退を余儀なくされる。
5月下旬、南風原陸軍病院にも撤退命令が下される。
その際、移動できない重症患者には青酸カリ入りのミルクが配られた。
(題字は沖縄返還時の首相だった佐藤栄作の手による)

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沖縄陸軍病院壕址
黄金森に約30の壕(トンネル)がつくられ、多い時は約2000人の患者が収容された。
もとからあった鍾乳洞を利用した壕(ガマ)ではなく、鍬やつるはしを使って一から掘ったものである。
戦後、壕の中からはたくさんの人骨が見つかった。

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丘全体が今ではすっかり南国らしい瑞々しい森におおわれている。
これらの樹々の下にまだ多くの白骨化した遺体が埋まっているという。

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20号壕入口
現在ガイド付きで見学することができる唯一の壕。
長さ約70m、高さ約1.8m、床幅1.8m、病室・手術室・勤務者室などがあった。
見学者には、ヘルメットと長靴と懐中電灯が渡される。

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壕の中からは、多数の医薬品類、患者の石鹸箱や筆箱や着物、ひめゆり学徒のものと思われる文具などが見つかっている。
少女たちは、まさか病院が攻撃される、まさか日本が敗けるとは思わず、はじめのうちは半ば遠足気分で働いていたという。

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壕の中
負傷した何十人もの兵士の発する体臭、腐敗しウジ虫のたかる患部、消毒薬、汗や尿や便・・・。
壕の中は何とも形容し難い匂いが立ち込めていたという。
その中をひめゆり学徒たちは瀕死の患者らに呼ばれて走り回った。

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ひめゆり学徒たちの休憩所
食事の運搬と配布、シモの世話、清拭、患部の消毒や包帯の交換、手術(と言っても患部の切断が主)の手伝い、患者の移動や寝返りの手伝い、ウジ虫の除去、亡骸の運搬と埋葬・・・。
まともな設備も医療用具も、十分な水や食糧もない中で、どれだけしんどかったことか。
だが、本当の地獄はここを離れた先にあった。

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20号壕の出口
壕の見学は事前予約が必要。
この日はソルティのほか沖縄長期滞在中の60代くらいの夫婦一組。
ここはガイドブックにはまず載っていないが、ぜひとも訪れたい戦跡の一つである。
(ここを勧めてくれた友人に感謝)

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町立南風原文化センター
南風原の沖縄戦の経緯、沖縄戦後史、ハワイや北米や南米への移民事情、昔の沖縄の暮らしなどが展示されている。
上記は黄金森の病院壕を再現したもの。1.8m幅の横穴の半分は、一人一畳分の患者の寝台が並び、もう半分が通路になっていた。

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黄金森の全景

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米軍の投下した砲弾
これが地上で炸裂し、半径数百メートルに灼熱の鉄の破片が猛スピードで飛び散った。

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これと竹槍で闘う?
なんという御目出度さだ!

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1955年(昭和30年)の国際通り
「荷馬車、三輪車、バス、タクシーが共存」とある。
むろん返還前。自動車が右側通行なのに注目。

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南風原町役場
南風原町は、県内で唯一海に面していない町。
それゆえ、軍関係の施設が多く集められたのだ。
ここからタクシーを拾って次なる戦跡へ。

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旧海軍司令部壕
1944年、地域の住民を駆り出して掘られた壕に海軍司令部を設置した。
壕内に入って見学できるほか、旧日本海軍に関する資料や銃器や軍服、家族への手紙などが展示されている資料館がある。

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ビジターセンター
那覇市の南西の小高い丘(豊見城)に位置する。
ここから資料館と壕のある階下へ降りていく。

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ビジターセンターからの風景

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東シナ海を望む

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壕への入口
南風原の壕にくらべると実に立派で頑丈なつくり

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壕内見取図
まるでアリの巣のよう。
全長450mあったと言われている。

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カマボコ型にくり抜いた横穴をコンクリートと杭木で固めてある。

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司令官室
司令官であった大田實少将はじめ幹部6人は、1945年6月13日に壕内で自決した。
実際に沖縄戦で戦死者が増えたのはそのあとである。

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幕僚室の壁
幹部たちが手榴弾で自決した時の破片のあとが残っている。

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下士官室
寝台の木枠の残骸が残っている

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旧海軍司令部壕は大概のガイドブックに載っているので、観光客が絶えなかった。
それも外国人や団体客が多かった。(自衛官や米兵らしきマッチョもいた)
ここは、「日本軍がどれだけ潔く戦ったか」「兵隊さんがどれだけお国のために尽くしたか」「沖縄県民がどれほど立派に最後まで闘い抜いたか」を強調し称揚するための施設という感じ。
自決するくらいなら最後まで住民を守ってくれよ!

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旧海軍司令部壕の脇にある沖縄様式のお墓
墓室の屋根が亀の甲の形をしているので亀甲墓(きっこうばか、カーミナクーバカ)と呼ばれる。
17世紀後半頃より作られるようになったという。
沖縄戦では多くの墓が破壊された。

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シェアサイクルで海岸沿いを疾駆する

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対馬丸記念館
1944年8月22日の深夜、学童疎開の子供たちを乗せて那覇港を出港した対馬丸は、米潜水艦の魚雷攻撃を受けて沈没した。
乗船していた1788名のうち1484名(うち学童784名)が命を失った。

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犠牲者の遺影や遺品のほか、当時の学校生活を偲ばせる教科書や文具や玩具、奇跡的に助かった人々の証言映像などを見ることができる。

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亡くなった子供たちの写真が壁を埋め尽くす。
出港する子供たちは修学旅行のようにはしゃいでいたという。
沖縄の海はすでに米軍の支配下にあったが、子供たちは日本の勝利を信じていた。

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波上宮(なみのうえぐう)
創建不詳。日本神話に出てくる神々が祀られているが、もとはニライカナイ(海の彼方の理想郷)の神々に祈りを捧げる聖地であった。

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本殿
正面からは分からないが、岩の上に立っている。

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岩の上に立つ波上宮
ビーチでは修学旅行の高校生がはしゃいでいた。

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沖縄家庭料理の店「まんじゅまい」で夕食
オリオンビール、まんじゅまい(パイナップル)炒め、ピタローのバター焼き、豆腐よう
どれも優しい味で美味しかった!











● 小津監督の遺作 映画:『秋刀魚の味』(小津安二郎監督)

1962年松竹
113分、カラー

 「秋刀魚の味」というタイトルが示すのは「庶民の哀歓」といったほどの意味だろうか。
 作中、東野英次郎演じる元教師が元生徒たちにご馳走されて泣いてよろこぶ鱧(ハモ)は出てくるが、サンマは出てこない。

 かつて原節子が演じた年頃の未婚の娘を、21歳の岩下志麻が演じている。
 岩下の小津作品出演は『秋日和』(1960)が最初だが、そのときは端役であった。
 2作目にしてヒロイン抜擢。凛とした美しさと原節子にはなかった快活感が光っている。
 岩下にとっては世界的大監督との貴重な共演機会となったわけであるが、後年の岩下の演技派女優としての活躍ぶりを思うと、俳優を型にはめ込む小津演出では岩下の真価は発揮できなかったであろうし、岩下自身もそのうち飽き足らなく感じたであろう。
 本作で小津演出に嵌まり込んで上手くいったのは、志麻サマが新人女優だったゆえ。
 その意味でも貴重な邂逅と言える。
 
 一方、父親役の笠智衆はこのとき58歳。
 若い頃から老け役を演じてきたが、ついに実際の年齢が役に追いついた。
 年相応の哀感あふれる演技は年輪を感じさせる。
 やっぱり実際に歳をとらないと出てこない味や風格、老けメイクではどうにもならないものがあることをフィルムは証明している。
 本作の笠の演技は、数多い出演作の中でも高評価に値しよう。
 それにしても、昭和の58歳は令和の70歳くらいの感覚だ。

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笠智衆58歳

 中村伸郎、東野英治郎、杉村春子、高橋とよ、三宅邦子ら小津作品のお馴染みは、それぞれに手堅い演技のうちに個性が醸し出されて楽しい。
 岸田今日子が珍しい。小津作品はこれ一作のみではなかろうか。
 翌年の文学座脱退騒動で仲違いした杉村春子との数少ない最後の映画共演作ということになる。(出番は重ならないが)

 娘のような若い嫁をもらって夜毎に励み、友人の平山(笠智衆)から「不潔!」と非難されてしまう男を北竜二という役者が演じている。
 これまで注目したことのない役者であるが、渋くて端正で、いい味出している。
 しかし「不潔!」はあんまりじゃないか・・・・。

 『晩春』(1949)で確立された小津スタイルが踏襲され、妻を亡くした男と婚期の娘、あるいは家族を失って孤独になった老境の男、すなわち家族の崩壊や老いというテーマもこれまで通り。
 ただ、どうにも気になるのは、本作は『晩春』や『東京物語』などとくらべて全般暗い。
 話の暗さや照明の暗さではない。
 原節子が出ていないからでもない。
 零落した元教師を演じる東野英次郎の演技が、あまりに真に迫っているからでもない。
 画面全体を厭世観のようなものが覆っている感があるのだ。
 この暗さはなにゆえだろう? 
 同じ年の初めに、小津が最愛の母親を亡くしたせいだろうか。
 体調の異変で死を予感していたのだろうか。
 『晩春』や『東京物語』の時とは違って、小津監督はもはや自らが撮っている世界を信じていない、愛していない。
 そんな気配が濃厚なのである。
 その暗さの中で唯一光を放っていた娘(志麻サマ)が家を出ていって、小津作品は幕を閉じる。

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嫁ぐ娘を演じる岩下志麻




おすすめ度 :★★★

★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損





● 沖縄戦跡めぐり 1(健児の塔~平和祈念公園~ひめゆりの塔~魂魄の塔)

 本当は、地元の人が案内してくれる戦跡パッケージツアーに参加したかった。
 が、時期的にちょうど良いのがなかった。
 施設の場所や開設時間や交通機関などはネットで調べて旅程を立てることができるけれど、肝心の沖縄戦にまつわるエピソードや見るべきポイントなどは、やはり詳しい案内がほしいところ。
 どうしようかと思っていたら、近所の図書館で恰好の本を見つけた。
 大島和典著『歩く 見る 考える 沖縄』(2021年高文研発行)。 
 
大島和典『沖縄』

 1936年香川県生まれの大島和典氏は、四国放送で技術や制作の仕事に携わり、退職後に沖縄移住。
 沖縄戦の研究をはじめ、米軍基地建設反対運動の記録を撮りビデオ作品として発表するほか、戦跡を案内するガイドツアーを10年以上(計1000回以上)つとめてきた。  
 その背景には、大島氏の父親が沖縄戦に出兵し、激戦地の南部で戦死したという事情があった。
 当時、父親は33歳、和典氏は小学3年生だった。
 本書は、大島氏が修学旅行生相手にいつも行なってきた、自身の思いや願いのこもった戦跡ガイドを、語り口調そのままに収録したものである。
 取り上げられている場所は、ひめゆりの塔、平和祈念公園、魂魄の塔、米須海岸、嘉数高台、安保の見える丘。
 まさに最適のガイドブック。
 出発前に2回通読し、見るべきポイントを頭に入れた。
 さらに、沖縄に詳しい友人に尋ねたところ、南風原文化センター(沖縄陸軍病院壕)や集団自決のあったチビチリガマ、辺野古座り込みテントなどもすすめられた。
 3日間ですべてを回るのは時間的にも体力的にも無理なので、今回は南部を中心に回ることにした。

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平和祈念公園から臨む島南端の海岸
 
日時 2022年11月24日(木)
天候 曇り一時雨
行程
 8:50 開南バス停(50番バス乗車)
 9:43 具志頭バス停(82番バスに乗り換え)
 9:53 健児の塔入口下車
     健児の塔~平和祈念公園~平和祈念資料館
12:52 平和祈念堂入口バス停(82番バス乗車)
13:00 ひめゆりの塔前下車
     昼食~ひめゆりの塔~ひめゆり平和祈念資料館~魂魄の塔
16:43 ひめゆりの塔前バス停(82番バス乗車)
17:00 糸満バスターミナル(89番バスに乗り換え)
18:00 那覇バスターミナル

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宿最寄りの開南バス停で地元の人に雑じってバス待ち
桃色のマニキュアを塗った女性の爪のようなトックリキワタの花があでやか
アオイ目アオイ科の落葉高木である

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乗り換えのバス待ち
純白の漆喰で塗り固めた赤瓦屋根
沖縄らしい民家の軒先に旅情を感じた

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健児の塔
沖縄戦に召集され命を失った沖縄師範学校の教師と生徒319名が祀られている
1946年3月建立

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ひめゆり女子学徒たち同様、学校のあった中部から南部へ移動し、海岸に追いつめられたあげく、非業の死を遂げた。

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このあたりの地形は険しい
こうした岩陰に隠れて米軍の攻撃から身を守ったのだろう

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平和祈念公園全景
くまなく見るには丸1日は必要とする広さと深さ

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国立沖縄戦没者墓苑
この地域には各県の戦没者慰霊碑が並んでいる
沖縄戦で亡くなった日本兵は、県外出身約6万6千人、県出身約2万8千人
犠牲となった一般県民約9万4千人と推定される(県資料による)

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平和の礎(いしじ)
国籍や敵味方、軍民の区別なく、沖縄戦で亡くなった20万人余の氏名を刻んだ記念碑

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朝鮮半島の人たちの礎
上記の大島氏の本によると、1万3千~4千人の朝鮮人が沖縄戦のため半島から連れて来られ、1万1千~2千人が亡くなったという
だが、ここに刻まれている名前はたった500名弱
その理由は推して知るべし

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平和の火
米軍が最初に上陸した沖縄県座間味村の阿嘉島で採取した火、広島の平和の灯(ともしび)、長崎の誓いの火、3つの火を合わせ、1995年6月23日「平和の礎」除幕式典において点火された。

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平和の火を囲む修学旅行の小学生たち
子供たちが真剣に学んでいるのを見るとホッとする

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ギーザパンダ(慶座集落の崖)
平和の火がある広場から見える風景
米軍はあの崖をスーサイドクリフ(自殺の崖)と呼んだ
日本国民は捕虜になるより自決せよと教え込まれていた

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公園内にあるガジュマルの木
遺体の集積場、焼却場があった場所
今でも土の中から銃弾や砲弾の破片が見つかるという

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沖縄県平和祈念資料館
生き残った人々の証言が圧巻!
広島および長崎の原爆資料館とともに生涯一度は訪れておきたい
とりわけ政治家と国家公務員は!

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資料館の展望室から見る景色
77年前にここに地獄が現出した

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平和への道はない
平和が道である
(マハトマ・ガンジー)

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ひめゆりの塔
大島氏によると、目の前にある「優美堂」のサーターアンダーギーは日本一
たしかに外はカリッと中は栗のようにほっこり、豊かな味わいだった

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看護要員として動員されたひめゆり学徒は、軍とともに中部から南部に移動
教師13名、生徒123名が亡くなった
第三外科壕として当てられたこのガマ(鍾乳洞)は最も死者が多かった

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こちらが最初に作られたひめゆりの塔
娘をここで失った金城和信氏が1946年4月5日に建てた

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ひめゆり平和祈念資料館(1989年6月23日設立)
生き残った元ひめゆり学徒たちの手によって設立された。
沖縄陸軍病院(南風原)における生徒たちの必死の救護活動、第三外科壕の模型、亡くなった生徒や教師たち一人一人の名前や写真、生き残った人々の証言など、戦火を生きた少女たちの姿が見え、声が聴こえてくる。
無事に生き残ったことがこれほど彼女たちを苦しめるとは!

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「戦争はいつも身近にあったのに、本当の戦場の姿を私たちは知らなかった」という元ひめゆり学徒の言葉が突き刺さる。本当の戦場の姿を知らぬままに、「天皇陛下、万歳」の軍国少女に仕立てられていったのだ。(資料館の前庭に咲くベンガルヤハズカズラ)

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資料館の中庭
見聞した事柄について、ゆっくり考えたり、気持ちを整理したり、共感して苦しくなってしまった心を和らげたりするのに恰好の場である

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魂魄(こんぱく)の塔
ひめゆりの塔から1.5kmほどの海岸沿いにある
戦後このあたりの至る所に散乱していた遺骨を集め、その上に建てられた。
3万5千人の遺骨が収められているという

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糸満バスターミナルへ向かうバスの中から
この日、沖縄の海は哀しい色をしていた



 

● 実朝供養

 先週日曜日(11/27)のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』で、源実朝(柿澤勇人)が鶴岡八幡宮の石段で公暁(寛一郎)に暗殺された。
 ネット上には実朝ロスの声が氾濫している。
 純粋で誠実すぎるゆえに周囲と齟齬をきたしてしまうナイーブな実朝を演じきった柿沢勇人は、確かに素晴らしかった。
 ゲイセクシュアリティを匂わす主人公に、ここまで世論が味方する時代になったのだな~、と時代の変化に感じ入った。

 ソルティはこの機会に源実朝の自選集『金槐和歌集』を読み、時代を超越した詩心に驚嘆した。
 ドラマの進展に合わせてツイッターに放った歌を、テーマごとにまとめて再掲載し、実朝供養としたい。

【孤独】
 実朝の孤独は、青春期にある若者なら誰でも感じるような淋しさであると同時に、生まれる時代と場所を間違えた天才ゆえの孤独である。
 王朝時代風の文学的な資質を持ちながら、武蔵という辺境の武家社会に生を享けた。
 古代から中世へと移り変わる時代に生きながら、内面的には近代的な青年そのものであった。
 実朝の孤独は、近代人の孤独――夏目漱石や正岡子規や島崎藤村や三島由紀夫や我々がもつ実存的孤独と、とっても近い。 
 それだけに、周囲に実朝の心を理解できる人間なぞ誰もいなかった。 
 
ながめつつ 思ふも悲し 帰る雁
行くらむ方の 夕暮の空
(ねぐら目指して帰る雁が夕暮れの空に吸い込まれていく。悲しくてやりきれない)

ひとり臥す 草の枕の 夜の露は
友なき鹿の 涙なりけり
(旅先で独り寝ている私の枕は露でしとどに濡れる。いいや、この露は友のいない鹿の涙なのだ)

苔の庵(いほ)に ひとりながめて 年も経ぬ
友なき山の 秋の夜の月
(心のうちを語らう友もないままに苔むすほど馴染んだ独り住まい。月の光だけが差し込んでいる秋の夜だよ)

秋風は やや肌寒く なりにけり
ひとりや寝なむ 長きこの夜を
(秋風が吹いて肌寒くなってきた。今夜も独りで長い夜を過ごさなければならないのか)

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【恋】
 そんな実朝も恋をすれば普通の男。
 相手が同性なのか異性なのか、はたまた想像上のキャラなのかは知らないが、古今東西に通じる恋心を詠んでいる。
 ただ、「山に住む木こり」の心を想像するとか、「陸奥の金山の鉱夫」の境遇に思いを馳せるとか、平安&鎌倉時代の普通の男の感性ではない。
 自らとかけ離れた庶民、それも身分的には最底辺に置かれていたであろう山の民の内面に関心を示すあたりが、実朝の近代性を表している。
 つまり、「自分とは異なる存在=他者」を意識した人なのである。

天の原 風にうきたる 浮雲の
ゆくへ定めぬ 恋もするかな
(風に流される浮雲のように、私の恋もゆくえの見えないことだ)

君ならで 誰にか見せむ わが宿の
軒端ににほふ 梅の初花
(ただ君だけに見せたいんだ。こんなに見事に咲いた我が家の梅を)

あしびきの 山に住むてふ 山がつの
心も知らぬ 恋もするかな
(山に住んでいるという木こりの心のうちなど誰が知ろう? 私の恋する人の心のうちも知りようがない)

黄金掘る みちのく山に 立つ民の
いのちも知らぬ 恋もするかも
(みちのくの山で金を掘っている鉱夫のごとく、命がけの恋をしているこの私)

わが兄子(せこ)を 真土(まづち)の山の 葛かづら
たまさかにだに くるよしもがな
(愛しの君とたまにでもいいから会いたい。なんとか手繰り寄せる手段はないものかな)

夏深き 森の空蝉 おのれのみ
むなしき恋に 身をくだくらむ
(真夏の森の蝉の抜け殻のような空しい恋ばかりしている私。この身がばらばらに砕けそうだ)

さむしろに 独り空しく 年も経ぬ
夜の衣の 裾あはずして
(独りぼっちで寝るようになってずいぶんになる。着物の裾を合わすほどの人もいないままに)

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【乱世】
 時は戦国。 
 源頼朝亡き後の鎌倉幕府の実権を誰が握るかで、陰謀や裏切りや謀殺や仲間割れが日常茶飯であった。
 3代将軍実朝は、北条義時をはじめとする周囲の御家人たちの陰謀術数や血で血を洗う争いに巻き込まれざるを得なかった。
 誠実で潔癖な人柄だけに、罪悪感や自責の念を背負うことになる。

宮柱 ふとしき立てて よろづ世に
いまぞ栄えむ 鎌倉の里
(社殿に立派な柱を立てて、万世も栄えあれ、わが鎌倉よ)

もののふの 矢並つくろふ 籠手のうへに
霰たばしる 那須の篠原
(那須の篠原では御家人たちが箙に差した矢の並び具合をたしかめている。その籠手の上に霰が勢いよく降りかかっている。狩りが始まる)

世の中は つねにもがもな 渚こぐ
海人の小舟の つなでかなしも
(波打ち際を綱に引かれながら漕いでいる小舟。なんとしみじみと平和な光景だろう。こんな世が続くといいのになあ~)

みよしのの 山に入りけむ 山人と
なりみてしがな 花に飽くやと
(ああ、鬱陶しい鎌倉を離れて、吉野の山奥に行きたいなあ。飽きるほど桜を見たいものだ)

身につもる 罪やいかなる つみならむ
今日降る雪と ともに消ななむ
(この身に積もった罪はいったいどれくらいの深さか。降ったばかりの今日の雪のように消えてくれたらどんなによいことか)

炎のみ 虚空に満てる 阿鼻地獄
ゆくへもなしと いふもはかなし
(今さら言ってもせんないことだが、この身は地獄の底に落ちて灼熱の炎で焼かれる宿めにあるのだ)

大海の 磯もとどろに 寄する波
割れて砕けて 裂けて散るかも
(とどろくばかりに押し寄せる磯の波のごとく、私の身も心も、割れて砕けて裂けて散るのだ)

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【無常】
 心を寄せた御家人たちのあいつぐ死、親子兄弟間の醜い諍い。
 最終的には、この世の無常さや儚さ、人間の測り知れない煩悩と無明のさまを達観していただろう。
 自らの最期もある程度は受け入れていたと思われる。 
 なんと言っても、1052年から末法の世に入っていた。

月影も さやには見えず かきくらす
心の闇の 晴れしやらねば
(月の姿もはっきり見えない。悲しみにくれた心の闇が晴れないので)

うつせみの 世は夢なれや 桜花
咲きては散りぬ あはれいつまで
(この世は夢のようなもの。桜の花が咲いては散っていくように儚いものだ。この身もいつまであることか)

かくてのみ ありてはかなき 世の中を
憂しとやいはむ あはれとやいはむ
(かくも儚い世の中。つらいとか悲しいとか言うことすらむなしい)

世の中は 鏡に映る 影にあれや
あるにもあらず なきにもあらず
(世の中は鏡に映る影のようなもの。実在でもなく非在でもなく)

神といい 仏といふも 世の中の
人の心の ほかのものかは
(神とか仏とかいったところで、結局は人の心がつくったものでしかない)

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【純真】
 源実朝がどんな人であったかは、『吾妻鏡』のような歴史書よりも、むしろ彼が詠んだ歌から想像するのが真実に近いと思う。
 次にあげる歌などは、実朝の純真さや、小林一茶に通じるような動物や子供など弱い者に対する慈しみの心を感じさせる。

ものいはぬ 四方の獣(けだもの) すらだにも
あはれなるかなや 親の子を思ふ
(言葉を知らない獣でさえ、親が子を思う気持ちを持っているではないか。親兄弟で争い合う人間たちの愚かしさよ)

時により 過ぐれば民の 嘆きなり
八大龍王 雨やめたまへ
(八大龍王よ。いくら天候を司る力がある次の歌からと言って、過ぎたるはなお及ばざるがごとし。もう雨を止めてくれ。民が泣いているのが見えぬのか)

旅を行きし あとの宿守 おのおのに
私あれや 今朝はいまだ来ぬ
(私が昨夜遅くに旅から帰ってきたことを知らないためか、今朝はまだ誰も出仕していない。それぞれに用事があるのだろう。閑散とした御所の静けさよ)

乳房吸う まだいとけなき 嬰児(みどりご)と
ともに泣きぬる 年の暮れかな
(生まれて間もない赤ん坊が母親の乳房を吸いながら泣いている。それを見ている私も知らず泣いてしまった。ああ、また一年が終わろうとしている)

谷深み 人しも行きて 告げなくに
鶯いかで 春を知るらむ
(鶯が鳴いている。谷が深いので誰も春の訪れを知らせに行くことができないはずだのに、どうやって春が来たのを知ったのだろう)

 
 以上28首。
 源実朝の享年と同じ数である。


四国遍路1 2813




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