ソルティはかた、かく語りき

首都圏に住まうオス猫ブロガー。 還暦まで生きて、もはやバケ猫化している。 本を読み、映画を観て、音楽を聴いて、神社仏閣に詣で、 旅に出て、山に登って、瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

● 映画:『おとうと』(山田洋次監督)

 2010年日本映画。

 前々記事に取り上げた本に触発されてツタヤで借りた。
 そうでもなければ山田洋次監督の映画を見ようとは思わなかっただろう。
 この監督の作品を、「つまらない」という思いを抱かずに観ることができないからである。
 「寅さん」然り、「幸福の黄色いハンカチ」然り。

 何がつまらないって、脚本である。
 話がベタ過ぎ。展開が簡単に読める。笑いのオチが10割がた推測できる。セリフが饒舌すぎて味わいが無い。
 一言で言って「紋切り型の権化」である。
 しかし、寅さんが日本庶民のヒーローであり続けたことが示すように、このレベルの映画が大衆の好むところなのは明らかだ。映画で落語をやっている。
 山田監督は大衆を知り尽くして、それの欲するところのものを誠実に提供しているのだろう。
 それはそれでプロフェッショナルと言える。
 だが、時に挿入されるストーリーとは直接関係のない空ショットのハッとする扱いに、この監督の映画的才を見て取ることができる。
 脚本は他人に任せ、映像だけを撮ったものが見たいものだが・・・。



評価:C-

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」
        「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!


 


● 厄いわ! マンガ:『涅槃姫みどろ』(原作:大西祥平、漫画・中里宣)

涅槃姫みどろ 『週刊少年チャンピオン』に2006年2月から2007年3月まで連載された一話完結型の学園ホラーである。
 古本屋で全巻(1~6)まとめて売られていたが、表紙のかっこ良さと仏教的響きに惹かれて購入。

 深泥(みどろ)という名の美しい女子高生が転校を繰り返しながら、業の深い人物たちを得意の呪術によって涅槃(本来の意とは違って「地獄」のことらしい)に送り込む、というのが基本スタイル。
 『チャンピオン』黄金時代に『ブラックジャック』や『ドカベン』と共に人気の高かった古賀新一の『エコエコアザラク』(1975年9月~1979年4月)へのオマージュというか、焼き直しという感がある。もっとも、黒井ミサの使ったのは黒魔術であったが・・・。
 絵は現代風であたかもパソコン上で描いたように線が平板で陰影に乏しく、古賀新一の持っていたおどろおどろしい不吉な感触はない。コマ割りもほぼ四角形だけで、躍動感に欠ける。
 しかし、ネーム(ストーリー)は十分練られていて、大人の鑑賞にも耐える。ブラックオチが用意されている怪奇短編を読んでいるような面白さがある。

 みどろが、涅槃に送り込む人物に投げかける際の決めゼリフがある。

「厄いわ」

 振り払われた長い黒髪の下から、いつもは隠されている赤い左目が不気味に光る。

 一番厄かったのは、読者プレゼントで不正を働いた版元の秋田書店であった。


 

● 本:『医者が介護の邪魔をする!』(矢嶋嶺著、講談社)

 2007年刊行。

130906_1029~01

 「医者が介護の邪魔をする!」とは挑発的なタイトルである。
 一体誰の発した言葉なのだろう。
 本書を読む前にいくつかのパターンを考えた。

1. 勇気ある介護者の告発
2. 謙虚な医者による自戒を籠めた反省
3. 上記の発言をする傲慢な介護者に対する医者の嘆き、怒り
4. 客観的取材をもとに辿り着いた第三者(ライター)の問題提起 


 正解は2番。
 著者は医師なのである。
 まあ、こんな過激なセリフでもって医者を告発できる介護者はまだいないだろうから、1と3は問題外であった。


 著者(やじまたかね)は、1933年長野生まれ。信州大学医学部を卒業後、外科医としての道をひたすら邁進する。「医学の最新知識と医療技術、とりわけ早期発見によって、病気はあらかた治るはずだ」という確信をもって。
 ところが、徐々にその信念がぐらついてくる。

 三〇代の私もひたすら検査に手術に励んだ。四〇代になっても、誤診や手術のミスは少なく、ほぼ成功するものと思っていた。しかし、五〇代になって、日常診療の中で「不必要な検査や手術があるのではないか」と心に引っかかるようになってきた。本当の医療の実体に触れてきたのだ。


 私は六〇歳に至り、主観的な診断に頼り人を切り開く快感のために手術をしていたのではないか、そのために業務上過失致死もどきの手術を数多くしてきたのではないかと悩み始めた。同時に、日本の医学が科学的実証性を軽視していたため、人々も根拠のない医学をひたすら信じ救済されていることを信じて疑わない状態に陥っていったのだろう、と考えるようになった。


 このような真実に目覚めるに際し、著者自身が五〇代はじめに手術入院している経験が大きく影響しているようである。一患者の立場になって、はじめて見えてきたものがいろいろあったらしい。
 この目覚めが著者をして、政・官・学・医療者・企業・マスコミによって仕組まれ作り出される「健康幻想」と、そこから莫大な利益と共に生み出される多くの医原病患者の存在、すなわち現代医療の持っている詐欺的構造に気づかせしめたのである。 

 この医者を頂点に、富士の裾野に広がるように医原病を作る業種がある。厚生労働省・自治体・保健師・医師会・製薬会社・検診業者・健康食品会社・医療機器メーカーやマスコミ・タレントなどである。そして、騙されて「自分を病気にしてしまう」一般の人々が底辺にいる。


 国民の生活は、細部にわたるまで国によって管理されている。その中で、医療についても画一的な健康観のもと、誕生から死に至るまで国民を科学的根拠のない方法でコントロールしつくす。このような権力的な管理主義こそが、医原病の元凶なのでないだろうか。戦争中の兵隊検査と結核検診は、決して国民のために行なったわけではないことに注意すべきだ。

 蓋し正論というべきだろう。
 無意味な検診、無駄な手術、無益な(というより「百害あって一利なし」の)投薬、無責任な健康法の宣伝があふれかえっているのは、医の素人が見てもわかる。
 著者はこんな面白い話を例に挙げている。


 一九七〇年代にボゴタ(現サン・タ・フェ・デ・ボゴタ、コロンビア)、ロサンゼルス、イスラエルで医者のストライキが起きた。いずれもストは五〇日前後におよび、この間救急医療以外は一切行われなかった。その結果、これらの都市の死亡率がそれぞれ三五パーセント、一八パーセント、五〇パーセント減少し、手術の件数も数十パーセント減少していたという驚くべきことが起きていた。

 現代医療を告発する第1章において、著者の舌鋒は誠に鋭い。
 当然の成り行きとして著者は、このような世界から身を引き、自身が正しいと思う医療のあり方を追求することになる。 

 もともと生活習慣病に伴う疾患は、老化が本質で完治しないのが特徴である。そこで私は方針を変えた。手術はできるだけしない、余計な検査もしない、疾患との共存をはかる。したがって、高齢者の健康の維持と、どこか嘘っぽい健康常識の誤りの啓発を住民にすることを以後の医療の目標にしようと考えた。

 そこで、長野県上田市武石に診療所を開設したのである。
 第2章では、武石診療所を基点として、地域で在宅ケアを実践する様子や実例が紹介されている。
 著者が「地域で生きて家で死ぬ」、いわゆる在宅ケアに拘る理由はなんだろうか。 

 終末期は各自自分のものであるから、百人百様である。それを決めるのは本人か家族であり、私たち医者は、どんな死に方でもその人の望むように援助すればよいのである。
 しかし、現在の多くの老人の死には大切なものが欠けている。それは死にゆく老人が身につけていたもの、とくに死に臨んで凝縮してきたその人の生き方、表情、体つき、人に対する愛、闘病態度、勇気、残した仕事への情熱、家族への労りなどを引き継ぐ場がないことである。また子どもや孫たちによく理解されぬままに逝くことである。老人ホーム、病院、老人保健施設等々、どれも場所として不適格である。


 様々な在宅ケアの現場を創出し、多くの老人やその家族と関わってきて、様々な死を看取ってきた著者の言葉だけに、そしてまた、自ら後期高齢者となり人ごとでない自分のこととして死を予感している人間の述懐だけに、説得力がある。 

 日本はいま超高齢化社会・後期高齢者社会であり、それゆえにこの世代の疾患や脳卒中の後遺症、また認知症などが、主要な介護対象となっている。生活習慣病などという言葉が流行しているが、本質は習慣ではなくて、老化に伴う疾患と言うのが正しい。治療しても治癒しないのが特徴である。だからこれらの障害に対して、従来型の医学も先端医療も歯が立たないのである。これを「キュア(救う)よりケア(介護)の医学」と言う。この原則がより重要な時代となったのである。
 
 自分は老人ホームで働きはじめてまだ1年半しか経っていないが、それでも痛切に感じることがある。
「医療がのさばると、とたんに非人間的になる」ということだ。
 医療は、身体を治す対象としてしか人間を見ない傾向にある。故障した機械を修理するのと同様に、人間の体を元通りにしようとする。少しでも「健康」に近づけようとする。少しでも長生きさせようとする。
 若い、将来のある人についてならそれでもよいかもしれない。
 しかし、死を間近に見据えている老人たちにとって、もっと重要なことがあるのではないだろうか。ある意味、「健康」より重要な、ある意味、「生命」より重要な。
 著者の指摘する「現在の多くの老人の死に欠けている大切なもの」がそれである。
 いまの医療はそこを無視する。却下する。
 介護職の存在意義は、本来ならば、そこに焦点を当てたものであるべきじゃないかと思うのだが、介護現場というか福祉医療の現場において、医師>看護師>介護士のヒエラルキーは頑としてある。介護職は、医師や看護師の指示に基づいて介護せよ、という圧力が暗にあるのだ。
 だから、本人の意志に関わらず無理やり食べ物を口に運んだり、車にガソリンを補給するように吸い飲みで水分を与えたり、副作用が効果を上回るんじゃないかと思うほど多量の薬を毎食毎にきちんと服用させたりしなければならない。
 介護職は、医療の手先なのだろうか?
 だが、この圧力は、単に職業としての資格の優劣のみによるものではない。
 著者が言うように、個人の老い方や死に方を医療保険・介護保険のもとに管理しようとする国のあり方が一方にあり、「老い」「死」に対する覚悟を持てず健康幻想に振り回されている現代日本人の右顧左眄が一方にあり、それらの総体がダイダラボッチのように国土を覆って、医療と介護の心地よいパートナーシップを阻んでいるのである。

 文頭の問いに戻る。
 自分が最後まで思いつかなかったいま一つのパターンがあった。
 

 5.「医者が介護の邪魔をする!」ということを告発した利用者自身の声


 本当はこれが一番必要なのである。

● 本:『日本人の禁忌(タブー)』(新谷尚紀監修、青春出版社)

130901_2232~02 2003年刊行。

 本書で取り上げている禁忌とは、「犯罪」「道徳」「礼儀」「戒律」以外の「してはいけないこと」である。
 だから、人殺しや人の物を盗ることは入らないし、嘘をつくことや葬式に派手な色の服を着ていくことは入らないし、イスラム教徒が豚肉を食べたり仏教の出家者が妻帯することも入らない。
 近い言葉をあてるなら「迷信」だろう。
 はっきりとした科学的根拠もないのに人が信じこんで従っているような言い伝えや因習。
 小さい頃から聞いていて、すぐに自分が思いつくのは、
○ 黒猫が目の前を横切ると不吉なことが起こる。
○ 柳の下を通るときは親指を隠さないと親が早く死ぬ。
○ ミミズにおしっこをかけると腫れる。
○ 雷が鳴ったらおなかを隠さないとへそを取られる。
○ 北枕は不吉だから良くない。
といったものだ。
 今ではどれもまったく信じていないし守ってもいない。子供の頃だって信じてはいなかった。これらの迷信が本当ならば、黒猫を飼っている人は不幸だらけになってしまうし、世の中にはへそのない大人がたくさんいるはずだと思っていた。けれど、こういう迷信があってそれを友達と教えあって、脅かしたり脅かされたりするのが面白かったのである。
 「ミミズにおしっこ」はもしかしたらいささかの科学的根拠があるのかもしれない。ミミズがいるような不潔な場所で急所を出すと、汚れた手から尿道口を通ってばい菌が侵入する可能性があるから、ということなのかもしれない。もっとも、わざわざミミズに向かっておしっこをかけようとは今も昔も思わないが・・・。

 本書にはこの手の日本人の暮らしの中に息づく迷信、禁忌がたくさん紹介されている。自分のはじめて聞くものも多い。
○ 便所に唾を吐いてはいけない。
→最近のヒット曲にもあったように便所には神様がいるから。汚物に含まれているばい菌が口から入る危険も示唆されている。
○ 夜に口笛を吹いてはいけない。
→悪魔が来るからではない。(by横溝正史『悪魔が来たりて笛を吹く』) 蛇が出てくるからだそうだ。(口)笛と蛇というと、インドの蛇使い、あるいはコナン・ドイル『まだらの紐』を想起するが、蛇は耳がないので笛の音を好むというのは有り得ない。
○ 七夕に畑に入ってはいけない。
→七夕の日には畑に神様がやってくると考えられていたから。なんだか、カボチャ畑でカボチャ大王を待っていた可愛いライナス(スヌーピーの友人)を思い出す。
○ 彼岸花を取ってはいけない。
→別名「死人花」というくらい恐れられた花である。鮮やかすぎる緋色(スカーレット)が禁忌の由来ではないかと本書では述べているが、これは科学的根拠がある迷信だ。彼岸花はアルカロイドを含む有毒植物なのだ。誤って口に入れたら死ぬこともある。
○ 墓場で転んではいけない。
○ 恋人同士で井の頭公園に行ってはいけない。(別れるはめになるから)
○ 箒を踏んではいけない。


 今でもよくある禁忌に数字のタブーがある。
 「4」とか「13」とか「42」とかの数字は好まれない。
 実際、ホテルや病院では4号室や13号室のないところも多い。自分の働いている老人ホームでも3号室の次は5号室となっている。やっぱり嫌がる人がいるのだろう。
 自分は逆に好んでこういった数字の振られた場所を使う。たとえば、飲み屋の下駄箱とかコインロッカーとか。
 天邪鬼だからではなくて、ほとんどの人が使用を忌避するがゆえにもっとも清潔が保たれているからである。
 なんて書くと、自分が合理主義者のように見えるが、先日家の近くのコンビニに行ったら、店内の天井の角から角に対角線にクロスするよう紐を張って、そこに運動会の万国旗よろしく大きなPOPが吊るされていた。期間限定の値引き商品の案内であったのだが、ギョッとしたのは、そのPOPが黒い紙に白抜き文字だったのである。
 そう。まるでお葬式。
 「縁起でもない」
と思わずつぶやいた。
 子供の頃からの洗脳はなかなか解けるものでない。


 

● 本:『回想法 思い出話が老化をふせぐ』(矢部久美子著、河出書房新社)

 1998年刊行。
130901_2232~01

 老人ホームで介護の仕事をしていて面白いことの一つは、利用者から昔の話を聞くことである。
 子供の頃の話――たとえば、住んでいた家の造りや遊び場となった周囲の畑や山や川の風景、どんな家の手伝いをしていたか、どんな風呂に入っていたか、友達とどんな遊びをしたか、日ごろ(またはハレの日に)どんな食べ物を食べたか、どんなものを着ていたかなど――を聞いて、自分の子供時代や現代の子供たちとの違いを比較するのは楽しい。戦中戦後の話――たとえば、徴兵検査、軍隊生活、九死に一生を得た戦場体験、玉音放送をどこで聞いたか、買出しに行った話、大陸からの引き揚げの様子など――を伺うのも興味深い。もちろん、利用者の個人史上のトピック――仕事、結婚、出産、育児、配偶者との死別、転機となった出来事など――を波乱万丈のドラマを見るかのように頭の中で映像化するのも面白い。
 もっと若い頃は年寄りの昔話なぞ聞く耳持たなかった自分であるが、最近はなぜだか聞き惚れてしまう。
 思うに、そういった昔の話を聞くことで自分の中で価値観の相対化がはかれるからなのではないか。今「あたりまえ」に思っていることが昔は全然そんなことなくて、昔の「あたりまえ」が今は時代錯誤のならわしだったりする。その事情をまざまざと知ることで、「すべては移り変わるものだ」「一つのやり方、考え方にこだわるのは無意味だ」と実感する。それが自分を楽にしてくれる。
 もう一つは、昔の話をしているときの利用者=老人の表情が生き生きとして声も弾んでくるのを目にするのが楽しいからである。
 これは本当にそう。どんなレクリエーションより効果がある。

 Yさんという男性利用者がいた。
 Yさんの好んでする昔話は、少年兵として軍隊にいたときのこと、整理整頓をいつもきちんとしていたので他の仲間たちの前で上官に大層褒められた、というものであった。
 その話をするときYさんはいつも同じ言葉を使って、同じ順序で、同じ口調で語るのである。

 みんなで整列させられて、また怒られるんじゃないか、殴られるんじゃないかと、思ったの。そうしたら、上官が「Y、ちょっと前に出ろ」っていうから、「ああ、おれか。何かやらかしたかなあ」と思って、怖くて仕方なかったけれど出ないわけにはいかないもんだから、覚悟を決めて前に出たの。もう、足は震えるし、口の中はカラカラになるし、生きた心地がしなかった。そうしたら、上官がみんなに向かって、「このYはいつも無口で目立たないが、気づいたところを率先して整理整頓している。偉い奴だ。みんなもYを見習うように」
 Yさんはここで話を止めて、こちらの合いの手を待つ。
「すごいですねえ、Yさん。なかなかできることじゃありませんよ」
と、心底感心したような調子で言うと、
「いやあ、それほどたいしたことじゃない。あたりまえのことをしていただけだから」
と謙遜しながらも顔は紅潮し、口元はほころんでいる。心なしか、こちらが手引きする足取りも軽くなる。

 このやりとりが毎日のように、自分がYさんのトイレ介助するたびに繰り返された。
 なかなか席から立たないYさんをどうトイレまで手を引いて誘導するかというのが悩みの種であったのだが、まずこちらから「Yさんはきれい好きですね。いつもお部屋が片付いていて感心します」と繰り出すと、「そうかあ。あたりまえのことをしているだけだから」と返してくる。そこで、「なかなかできることじゃありませんよ。きっと人から褒められたことがおありでしょう?」ときっかけを出す。すると、目に光が点って「そうなの。昔少年兵だったときに・・・」と始まるのである。そこで、チャンスを逃さずに「へえ~、こちらでその話を聞かせてください」と自分の手を差し出すと、Yさんはその手を握ってすっと立ち上がる。トイレ介助が済んで席に戻るまで、くだんのやりとりが続く。それはまるで一連の儀式のようであった。
 利用者の昔話を聞く一番の効能は、話す老人と聞く自分との間に信頼感が生まれるところにあると思う。自分の一番話したいことを熱心に聴いてくれる相手を、誰だって嫌いになれるはずがない。介護一般を受けるのが嫌いな老人でも、「こいつの言うことだけは聞いてやるか」となかば無意識に思っても不思議はないと思う。
 つまり、介助しやすくなるのだ。
 Yさんもそうだったが、認知症老人の多くの場合、自分が話した内容はおろか誰に向かって話したかすら、数分たてば忘れてしまう。(だから、繰り返し同じ手が通用するわけだが)
 だが、よく言われるように認知症でも感情の部分はしっかり残っている。相手に何をされたか、何を言われたかは忘れてしまっても、自分がその人から受けた感じが気持ちよいものであったか、不快なものであったかは、覚えている。その積み重ねが、介助者と利用者との関係の良し悪しを築いていくんじゃないかと感じる。
 それまで帰宅願望が強くて職員を困らせていたYさんであったが、日に数回この儀式をすることで不穏になることが少なくなった。人生で自分が一番輝いた瞬間を人に話すことができて、それを認めてもらえたということが、Yさんが落ち着ついて過ごすのに役立ったのではないかと思う。
 利用者の昔話を聞くのは、面白いだけではなくて、介護の仕事をスムーズにすすめる上で役に立ち、そのうえ利用者自身を気分よくさせる、という一石三鳥の「秘策」(というのも同僚たちはあまりやっていないので)なのである。


 さて、自分がやっていることも回想法なのであろうか。

 本書によると、回想法とは

 アメリカの精神科医Butlerによって確立された高齢者を対象とする心理療法の技法である。従来、否定的にとらえられていた高齢者の過去の回想に、専門家が共感的受容的姿勢をもって意図的に働きかけることによって、高齢者の人生の再評価やアイデンティティの強化を促し、心理的安定やQOLの向上を計ろうとする方法である。(黒川由紀子「痴呆老人に対する回想法グループより)

 はじまりは1963年アメリカというからずいぶん歴史あるものだが、広まったのは80年代イギリスの高齢者介護の現場らしい。政府が「回想援助プロジェクト」に補助金を出したのがきっかけで、回想法のための教材やプログラムが研究され作成され、病院や高齢者専用住宅や地域の集会所などで実施されるようになった。それが高齢者にとって非常に良い影響を与えることが明らかになって、爆発的に広がったのである。
 著者は、イギリスにおける回想法のさまざまな実践例を取材し紹介している。
 それを読むと、回想法は型にはまった堅苦しいものではなく、創意工夫と当意即妙に彩られた、いろいろなアプローチが可能な楽しいレクリエーション、という感じである。高齢者の回想をもとにお芝居したり、昔の家財道具や写真を囲んで地域の小学生と交流したり、自分史を作ったり・・・。
 この文脈でいけば、自分のやっていることも回想法と言えなくはないだろう。
 しかし、この本が出されたのは15年前。ようやっと回想法が日本に紹介された頃であった。
 今はどうか。
 回想法に関する本がたくさん出版され、効果を云々する研究も進められ、心理の専門家によるマニュアルもつくられて、各地で介護職らを対象に講習会が開かれるようになった。回想法は然るべく研修を受けた人間が入念な準備とプログラムをもとに実施する技法として確立した模様である。


 介護職員であると同時に民俗学者でもあり、施設の高齢者の昔話の聞き書きをライフワークとしている六車由美は、著書『驚きの介護民俗学』(医学書院、2012年)の中で、回想法に対する疑念を表明している。自分が驚きをもって楽しんでやっている聞き書きと回想法との共通性に惹かれて地元の回想法の講習会に参加した六車は、回想法の確立した技法ゆえの杓子定規なやり方に失望し、こう述べる。

 高齢者の心を支えるという目的を掲げた回想法は、一方で誰でも活用できるように方法論化が進んでしまったがゆえに、実際の現場で行われる際に、目の前にいる利用者の多様で複雑な人生を見据えるまなざしを曇らせてしまうことにもつながってしまったのではないだろうか。私は、こうしなければならない、こうしてはいけない、と言われたとたんに、面白さを感じられなくなる。だから、「私がしたいのは回想法ではない」と宣言しなければならなくなる。(『介護民俗学』、医学書院)

 この六車の発言に、今の日本における回想法の位置づけを察する。
 どんなに素晴らしい画期的なアイデアも、いったん研究者や専門家の手に渡ると、研究テーマとして分析され数値化され評価され、それをもとに理論化されマニュアル化され素人にはうかつに手出しできない技法になっていく、すなわち専門家による「囲い」が始まる、というのはよくある現象である。そのうちに○○協会なんてものが立ち上がって、技法を広める講師(たいていカタカナ名の肩書きがつく)を育成するための研修や認定試験なんてものができると、「囲い」は完成する。
 素晴らしいアイデアをより多くの人に誤解のないよう効率よく広めるためには、あるいは行政からの補助金を獲得するためには、こうした組織化・システム化はやむを得ないものなのだとは思う。
 しかし、マニュアル化が過ぎて杓子定規に陥ると、えてして目的と手段の転倒が起こる。

 一番の目的は、老人の思い出話を興味を持って楽しんで聞くこと、その耳を得て老人は待ってましたとばかりに生き生きと思い出を語り、両者の間に信頼が生まれること。縁あって触れ合った世代の異なる二人が、できるかぎり対等の立場で、楽しい時間「いま、ここ」を共有すること、である。付随結果として、老人のQOL(生活の質)が高まったり、アイデンティティの強化につながったり、介助がスムーズになったり、ということはあるかもしれない。だがそれはやはり結果であって、目的ではなかろう。

 Yさんに、自分の人生を再評価してもらおうとか、アイデンティティの強化をはかってもらおうとか、Yさんにしてみれば余計なお世話である。そんなことする自分はいったい何様のつもりかと思ってしまう。
 Yさんが笑顔になって穏やかに過ごせれば、おまけとして良い介護につながれば、それで十分である。
 Yさんはその後誤嚥性肺炎で亡くなった。



●  映画:『ドリームハウス』(ジム・シェリダン監督)

 2011年アメリカ、カナダ製作。


 小説や映画に接するとき、通常、我々は物語の主役あるいは語り手の視点に同調する。
 主役や語り手の目を通して見られたものを共に見、耳を通して聴かれた言葉を共に聴き、経験する現実を共に(と言っても当然バーチャルではあるが)経験し、語り手や主役の心情を察しながら、共感しながら、共鳴しながら、物語を味わっている。
 たとえ、それがハンニバル・レクターのような猟奇殺人者であってその行動には到底共感できないとしても、物語に浸っている間は、読者はハンニバルの体験している現実を自分のものとし、彼の思考や心情にのっとって、彼の見方にしたがって物語の中の現実を見ている。いわば、主役や語り手の心の中を旅している。
 物語に接する際の前提として、我々は主役や語り手の経験する現実を信用できるものとしてとらえる。「詐欺師の告白」といった物語であってさえ、よもやこの詐欺師が「嘘を語る=読者までだます」はずがないと、何の確証ないのに信じて疑わない。
 その理由は、我々のだまされやすさ、人の好さにあるのではなくて、「物語」そのものが持っている機構だからである。つまり、あえて作者が読み手(観る者)にあらかじめ保証するまでもない「お約束」なのだ。このお約束があればこそ、我々は安心して物語の中に入っていくことができるのである。

 この機構に最初にひびを入れたのはアガサ・クリスティなのではなかろうか。
 寡聞にしてよく知らないのだが、クリスティの入れたひびが文学史上もっとも大きく、もっとも巧みで、もっともよく知られているのは間違いあるまい。
 もちろん、『アクロイド殺し』のことを言っている。
 実はあれと同じような「語りのトリック」を子供の頃モーリス・ルブランの作品中に読んで驚いたことがある。タイトルは忘れたが、語り手は豪華旅客船の中で起きた盗難事件騒ぎについてあたかも第三者の如く述べていくのだが、結局、語り手=真犯人=ルパンであったことが最後の最後に明かされる。びっくりしたものである。
 ポワロよりルパンのほうが古い。
 ただ、クリスティのほうがもっと狡猾に、もっと大胆に、もっと意識的に、このトリックを使っているので、桂冠はやはりクリスティに捧げるべきであろう。
 以来、ミステリーにおいてこの類のトリックは枚挙にいとまないほど連発することとなった。

 さて、映画ではどうだろう。
 やはり寡聞にしてよく知らないのだが、思いつくもっとも古いのは『未来世紀ブラジル』(テリー・ギリアム、1985年)である。全編ではなくて途中からの部分的ではあるが、主人公の経験する現実は実は妄想だった・・・・というトリックが仕掛けられていた。
 見事なのは、そのトリックが、『アクロイド殺し』はじめ大抵の推理小説においてはトリックのためのトリックにしかならない(読者を「ぎゃふん」と言わせるのが最大の目的である)のにくらべ、『ブラジル』ではトリックが明かされた瞬間、観る者は非常に切ない、非常に哀しい、非常にやり切れない感情を抱くことになる。なぜなら、主人公の現実が実は妄想だったという事実そのものが、作品そのものが持つテーマ(=権力に思考まで支配される管理社会)の恰好のサンプルとして提示されるからである。トリックが物語のテーマと有機的な結合を果たしているのだ。
 次に思い出すのは、ミッキー・ローク主演の『エンゼルハート』(アラン・パーカー監督、1987年)である。主人公は連続殺人事件を捜査する刑事であるが、真犯人はほかならぬ自身であった・・・という話である。観る者をだましていると言えないのは、主役の刑事自身が無意識のうちに殺人を重ねているので、自分が犯人だということに最後まで気づかないからである。
 映画における「語りのトリック」は、その後SF作家フィリップ・K・ディックの小説が次々と映画化されるに及んで一気に花開いた。
 いわゆるディック感覚である。
 『シックスセンス』(1999)や『アザーズ』(2001)あたりがディック感覚氾濫へのきっかけになったのではないかと思うのだが、今となっては犯罪サスペンスやサイコスリラーやオカルト映画を観るとき、頭の中でディック感覚ふうトリックを想定せずに観ることがないと言ってよい。そのくらいこの手のトリックが3番煎じ、4番煎じになった。

 『ドリームハウス』もまたそうなのである。
 観ている途中で、トリックに気づいてしまった。
 「あ~あ、またか」という感じで、そこにもはや意外性に対する驚きも、だまされた悔しさも、ましてや快感もないのであるが、よくできてはいる。
 そして、「語りのトリック」が観る者に明かされたあとに、もう一つトリックが用意されている。 
 ひねったな。
 ディック感覚がもはやマンネリであることにアメリカ映画界も分かっているのだろう。

評価:C+


A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」
        「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!



  

● べてるの家のいま 本:『治りませんように』(斉藤道雄著、みすず書房)

 浦河べてるの家を知ったのは90年代中頃だった。
治りませんようにほか 002 仙台の自然食品店「ぐりん・ぴいす」にちょくちょく出入りしていて、店主の加藤哲夫さんから店にあった一本のビデオを借りた。それが、べてるの家の日常をありのままに記録した四宮鉄男監督のドキュメンタリー『ベリー・オーディナリー・ピープル』(1995年)だった。

 このビデオは実に衝撃的で面白かった。
 家族や周囲をさんざん梃子ずらせてきた精神病患者たちが北海道浦河町という辺鄙な土地に全国から集まって、治療を受けながら共同生活を送る。
 と言うと、高い塀に囲まれた精神病院の敷地内で医療者らによって管理・監督された作業所ベースの生活を想像するのが一般であろう。自分はそうであった。薬漬けの生気を失った虚ろな目をした患者たちが院内をウロウロし、時に奇声を発し、時にスタッフや仲間に暴力を振るい、時に脱走し、手がつけられなくなると拘束衣を着せられ密閉された保護室に収容され、時に看護職員によって虐待を受ける。一度入ったら死ぬまで外には出られない。遠隔地という言い訳が立つから家族もほとんど訪れない。体のいい厄介払い。
 こういったイメージは小説や漫画や映画からつくられたものではある。が、宇都宮病院での看護職員による入院患者への暴行致死事件(1985年)を受けて、入院患者の人権保護、社会復帰についての指針が定められた精神保健法が制定されたのが1987年であるから、90年代ではまったくの誤解・偏見というわけでもあるまい。

 ビデオはそうしたイメージを裏切るような患者たちの日常生活が映し出されていた。
 町の中の民家での患者同士の不器用な共同生活。「三度の飯よりミーティング」という標語どおり頻繁に行われる患者同士の話し合い。「統合失調症爆発型男性依存タイプ」といったように病名を患者自身がつける風習。「安心してさぼれる会社づくり」をモットーとする地元特産の日高昆布の加工販売業を立ち上げ採算ベースに乗せてしまう。そして、患者たちが町民の前に顔と名前を出して自らの妄想や幻覚を語りグランプリを競う、という前代未聞のイベント「幻覚妄想大会」
 世間的常識をひっくり返し、タブーやコンプレックスを逆手にとって、ある意味「どん底で開き直って」生きている患者たちの姿は、ユニークかつ斬新であった。それはまた常識や世間的価値や生産性第一主義にのっとって汲々と生きている健常者の世界の息苦しさ、いびつさを、背後からそっと忍び寄って覆面を剥ぐようにさらけ出してしまい、ビデオを見た後に「いったい健常とは何だろう?」と自分に問いかけずにはいられなかった。 


 こうした活動のすべての面で基盤をなしているのが、当初から変わることなく貫かれてきた当事者主義の考え方である。すなわち当事者こそが中心であり、医者も家族も地域も社会も、当事者の代わりになることはできず、当事者本人が自らの問題について考え、選び、決めながら生きてゆくことがたいせつであり、またそれを応援することがたいせつだという考え方、というよりほとんど反射運動として身体化され、日常に浸透しきった作法、暮らしのあり方は、「三度の飯よりミーティング」、「弱さを絆に」「降りていく生き方」などの巧みなキャッチフレーズによって捉えなおされ、あまねく人口に膾炙している。(標題所より引用、以下同) 
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 この頃のべてるの家の世間的価値とは違ったありようを一言で表現し、その後NPO業界の立役者となった加藤哲夫さんはじめ全国のオルタナティブ系の市民活動グループの心を捉え、パラダイム転換とも言える新鮮な視点をもたらしてくれた言葉は、「弱さ」だったのではないだろうか。「勝ち組・負け組」なんて言葉が流行るずっと前に、すでに一部の人たちの間では、「弱さ」の持っている柔軟性や人と人とを深いところで出会わせ結びつける働き、人を謙虚にさせ自然維持にも持続可能性ある社会にもつながるようなエッセンス、めまぐるしい競争社会の中で「強さ」を求め鎧をかぶって必死こいて闘っている個人が置き去りにしてきた何か懐かしいもの、が嗅ぎ取られていたのである。 
 

 私たちはここで、べてるの家でくり返される数々の有名なスローガンが、その基底にじつにシンプルな、ほんとうに当たり前な、もうひとつのメッセージを伝えつづけていることに気づくのではないだろうか。すなわち、そのままでいいといい、問題だらけの人びとが問題だらけの日々を送り、なおかつそれで順調だといい、そうした人びとが弱さを絆につながる生き方が、絶えることなく自らに伝え、仲間に伝えつづけているのは、あなたは生きていてもいい、存在してもいいのだというメッセージだったということに。

 べてるの家のビデオを見て、自分もまたふと肩の力が抜けるような安堵感と解放感を得たのであるが、それはとりもなおさず自分が、競争社会の中で「強さ」を求め鎧をかぶって生きてきて、鎧の中で悲鳴を上げていたからであろう。おそらくは加藤哲夫氏も。
 以来、「弱さ」という言葉、そしてべてるの家の存在は、自分の中に根を下ろした。

 それから15年以上が過ぎて、べてるの家はどうなっているか。
 その答えが本書である。


 一読、とりたてて大きな変化があったわけではない。去っていく患者と、べてるの名を聞いて藁をもすがる思いで全国からやってくる患者とによって代謝を繰り返しながら、問題だらけの患者たちの波乱含みの毎日を積み重ねながら、数々の名作キャッチフレーズどおりの日常が送られている。
 その中で、2004年に起きた竹内裕人という一人の青年の死が、強い刻印を残す。
 警察沙汰、新聞沙汰となった殺人事件が起きたのである。


 統合失調症で浦河赤十字病院に入院していた竹内さんが、病室で寝ていたところを知りあいの患者に襲われ、刃渡り十五センチの包丁で何か所も刺されるという出来事だった。夜半の病室からのうめき声で当直看護婦が事件に気づき、ただちに竹内さんを救急車に搬送して救命措置を施している。しかし懸命な治療にもかかわらず、発見から三時間後、医師団は竹内さんの死亡を宣告しなければならなかった。


 容疑者は、おなじく統合失調症で長期入院中の四十二歳の男性患者である。きわめて偶発的なことから、竹内さんが自分をねらい、刺そうとしているのではないかという被害妄想を抱くようになり、このままではやられてしまうという恐怖感から犯行に及んでいる。


 ニュースは地元の新聞やテレビによって大きく報じられ、記者たちの矛先は当然ながら病院の管理体制や責任のあり方へと向かっていった。

 
 加害者も被害者もともにべてるの家のメンバーであり、浦河赤十字病院の精神神経科部長であると同時にべてるの家設立当初から深く関わってきた川村敏明医師の患者でもあった。
 著者は、論点のかみ合わない記者と川村ら病院側の記者会見におけるやり取りや、事件を機に湧き上がった地元のパニック、病院やべてるの家の方針に対する轟々たる非難を詳述している。
 曰く「全国からヘンな人を集めていい気になっているからこんなことが起こるのだ」
 
 被害者、加害者双方の家族も、川村医師はじめ病院関係者も、べてるの家の精神的支柱とも言えるソーシャルワーカーの向谷地生良をはじめとするサポーターも、どんなに辛い日々を過ごしたことだろう。今こそ精神障碍者に対する世間の偏見、風当たりの強さを嫌というほど感じたことだろう。 
 自分たちがこれまでやってきたことに対する疑念こそ生じなかっただろうけれど、風当たりの強さに疲弊した日もあったに違いない。
 
 著者は事件の様相に続いて、竹内裕人の葬儀の模様を描いている。 
 この場面がこの本の中の様々なエピソードの白眉、クライマックスだろう。
 葬儀には、べてるの家のメンバーやサポーター、病院関係者はもちろん、被害者、加害者両方の家族が参列した。被害者の父親・竹内東光(はるみつ)氏の意向が強かったのである。
 紋切り型でない、感動的な葬儀の最後に東光氏は語る。

 「至らない親ですが、いろんなこと、してやれなかったんですが、ここ、浦河に来て、いっぱい、こんなにも多くの方に支えられていたんだなあということをあらためて感じて、とても悲しみはあるんですが、うれしい気持ちもあります」
 参列者に感謝の気持ちを伝えた東光さんは、涙でとぎれながらさらに「二つ、お願いがあります」と述べている。
 ひとつは、息子さんの裕人さんが浦河に来てからはっきりと変わってきたこと、その変化をもたらした「川村先生や病院、べてるや地域の方々」に、「こういうすばらしさ」がぜひつづくようにしていただきたいということだった。
 もうひとつは、加害者となった患者への応援である。加害者もまた長く病気で悩んできたにちがいない、その患者が立ち直れるように、どうかみんなで助けてやってほしいという訴えだった。
 

 このようなセリフを葬儀の場で、息子を殺された遺族に発言させるほどの篤い信頼と縁、また葬儀に参列した人々の心の中にその思いが違和感なく入っていくだけの深く醸成された文化。それこそがべてるの家二十年の蓄積の賜物ではないだろうか。
 
 最初に出会ったとき、べてるの家のキーワードは「弱さ」だった。
 本書を読み終えて、今それは別の言葉に取って代わったように思われる。 
 それは「苦労」であり「苦しみ」である。


 「人の視線が気になる」「他人の価値を生きてしまう」「異性への依存がやめられない」「感情をコントロールできない」「頭の中で命令する声に逆らえない」・・・。
 べてるの家は「生きることは苦」というブッダの言葉を身をもって証明している人びとの集まりである。メンバーはみな、健常な生活を送るスタートラインに立てずに苦しんでいる。
 別の観点から見れば、健常人は「生きることは苦」という事実から目をそむける技術や器用さを持ち合わせている。べてるの人びとは、真面目すぎて、不器用すぎて、それができない。
 

 べてるの家には、人間とは苦労するものであり、苦悩する存在なのだという世界観が貫かれている。苦労を取りもどし、悩む力を身につけようとする生き方は、しあわせになることはあってもそれをめざす生き方にはならない。苦労し、悩むことで私たちはこの世界とつながることができる。この現実の世界に生きている人間とつながることができ、人間の歴史へとつながることができる。
 
 苦しみこそが人と人とを、人と世界とを結びつける。他者の置かれている境遇を想像させる力を持つ。
 だから、こうも言える。
 幸福であるとは、幸福を追い求めるとは、ある意味、無慈悲な行為なのだ。
 

 べてるの家には、人間存在の原点がある。そこから乖離することなく(乖離できずに)日々そこと向き合いながら生きている人々が遠い浦河の地に存在することが、苦しみという水溜りをうまいこと避けながら、よりなまぬるい生を生きている自分の支えになる。
 べてるの家は、日本に住むすべての人の「苦のセーフティーネット」なのである。



 加藤哲夫さんが亡くなって3年目となる命日の朝に。

● 瑞牆山(山梨県北部、2230m)と増富ラジウム温泉

●歩いた日  8月23日(金)、24日(土)
●天気    くもり
●タイムスケジュール
1日目
14:45 JR中央本線韮崎駅発「増富温泉」行きバス乗車(山梨峡北交通)
15:43 増富温泉峡着
130824_1552~01      歩行+車
17:00 みずがき山荘着
2日目      
07:10 みずがき山荘
      歩行開始
08:00 富士見平小屋
08:30 天鳥沢
10:00 瑞牆山頂上
      休憩
10:45 下山開始
11:40 天鳥沢
12:20 富士見平小屋
12:45 みずがき山荘
      歩行終了
12:55 韮崎駅行バス乗車
13:17 増富の湯
● 所要時間 5時間35分(歩行4時間+休憩1時間35分)
● 歩数 15,700歩

 広辞苑によると瑞牆(みずがき)とは「神霊の宿る山・森などの周囲に木をめぐらした垣」のこと。水垣、瑞籬とも書く。玉垣とも言う。
 瑞垣と聞くと、万葉集を思い出す。 

瑞垣の 久しき時ゆ 恋すれば 吾が帯緩ふ 朝宵ごとに 
  
ソルティ訳
神社の瑞垣が久しい昔からあるように、貴男を恋するようになって随分月日がたってしまったので、ズボンが緩くなってしまったよ。思い煩い日ごと痩せてしまったので。

 それこそ久しき昔から伝わる美しい日本語なのである。
 瑞牆山は山頂に花崗岩の巨岩が乱立している奇態な景観をした山である。神々しいいでたちの露岩を取り囲むように、九合目あたりまで瑞々しい白樺やミズナラや針葉樹に覆われている。まさに瑞牆という名にふさわしい。日本百名山の一つであり、フリークライミング発祥の地とも言われている。
 
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 前日に登山口にある瑞牆山荘に泊まって、翌朝早めに登山開始という計画を立てた。日帰りでも行けないことはないが、久しぶりに山中の暗く静かな夜を味わいたい。

一日目

 韮崎に向かう列車の中、なぜか眠くて仕方ない。前日はたしかに遅番仕事で寝たのは夜12時過ぎだったが、6時間は寝ている。疲れがたまっているのか。鈍行列車ののんびりしたペース、心地よい揺れに心身はまどろむ。
 大月、山梨、石和温泉を夢見ごこちのうちに過ぎて、ふと気がつくと「しんぷう~、しんぷう~」とアナウンスが流れている。
 しんぷう~?
 新婦? 神父? 新風? 
 はっと目が覚めて車内の路線図に歩み寄ると、新府は韮崎の一つ先であった。
 しまった! 乗り過ごした。
 すばやく手荷物まとめてホームに下りると、民家と畑に囲まれた無人駅。
 向かいのホームに回って、上り列車を待つ。
 さほど待たずに列車は来たけれど、韮崎駅で降りたときには乗る予定だった山荘行きバスはすでに発車後。
 次のバスは・・・・
 嫌な予感は的中し、最終となる次のバスは平日はみずがき山荘まで行かず、途中の増富温泉どまりである。
 さて、どうしよう。
 増富温泉に泊まるか。温泉からタクシーを使うか。
 とりあえず山荘に電話する。
 事情を説明すると、宿の主人は言った。
「いっそ温泉から歩いてきたらどうですか」
「どのくらいかかりますか」
「2時間くらいです」
「道はわかりやすいですか」
「車道をずっと来れば着きます」
 2時間の歩きは長いけれど、温泉からは景観の良い渓谷沿い。夕飯までには宿に着く。
「じゃあ、そうします」
 これが災難のはじまりだった。
 増富温泉でバスを降りると雲行きが怪しくなってきた。一雨くるかもしれない。
 ノースフェイスのレインウェア上下を着て、リュックをビニール袋で覆う。
 渓谷の美を撮るためにレインウェアのポケットにデジカメを入れる。
 歩き出して10分たった頃に本降りになってきた。
 水溜りができる。
 瞬く間に、靴の中がぐっちょり。
 (防水じゃなかったのかよ~)
 15分たった頃、雷が閃き、どしゃぶりになった。
 ウェアの中まで水が浸み込んできた。
 (防水じゃなかったのかよ~)
 20分たつと、道路一面が冠水し、上り道ゆえ前方から自分のほうに濁流が押し寄せてきた。ゲリラ豪雨だ。
 もう道が見えない。
 目の前もよく見えない。
 雨宿りするようなところもどこにもない。
 止みそうな気配もない。
 このまま行軍を続けたらどうなるかわかったもんじゃない。
 温泉まで引き返すか。
 しかし、撤退は勇気が要るものだ。せっかくここまで来たのだから、と思ってしまうのだ。まだ半分も来ていないのに・・・。
 当然、前にも後ろにも人も車も見えない。
 参った。
 これはどういう業の報いなのだろう?
 それでも重い足を進めて30分たつと、左側に建物が見えてきた。
 助かった!
 リーゼンヒュッテという公営の宿泊施設である。
 フロントに回ると、男性職員がいた。
 「ちょっと雨宿りさせてください。トイレも貸してください」
 用を足しながら考えた。
 この雨ではとても山荘まで無事には行けないだろう。遭難はまぬがれても風邪をひくかもしれない。下手すりゃ肺炎になるやもしれない。
 職員に尋ねた。
 「今夜泊まれますか」
 「今日は団体客の研修があって満室なんです」
 天は我を見放したか。
 ふたたびレインウェアを来て、リュックを背負い、外に出る。
 先ほどより雨足が弱まっている。空も心なしか明るくなっている。
 今のうちに先を急ごう。
 車道に戻ろうと歩いていると背中から名前を呼ばれた。
 男性職員だ。
 「山荘に電話したら、ご主人が車で迎えに出たとのことですよ」
 ありがたい。
 車との出会いを待って車道を歩いていると、後ろからバンがやって来た。
 「あれ? どこにいました? 増富温泉まで行ったけど、途中で誰とも擦れ違わないから一体どうしたんだろう、と思いました」とご主人。
 標高1500mで連日30度を越す日照り続きで、こんなどしゃぶりはこの夏はじめてだと言う。
 話しているうちにも空は明るくなり、雨は小降りになってくる。
 結局、一番降りのひどいときに歩いていたのであった。
 宿に着いて、身の回りを点検する。
 体は別に異常なし。レインウェア、靴、靴下はぐっちょり。衣類も下着まで濡れている。リュックの中まで雨が入り込んで、タオルや財布がびっちょんこ。着替え一式はビニール袋に入れておいたので難を逃れた。
 濡れたものは乾かせばいい。
 が、レインウェアのポケットに入れてあったデジカメが動かない。
 液晶画面に水が入っている。
 (防水じゃなかったのかよ~)
 今回は携帯で撮影するしかない。 

 天候のせいか山荘は空いていて、うれしいことに個室に通された。八畳の窓側に二畳ほどの板敷きがついている。落ち着ける部屋だ。食事は味噌汁が旨かった。お風呂は温泉ではないが、広くて気持ちいい。
 宿のドライヤーを借りて、必死に靴を乾かした。


二日目
 夜通し雨が降っていた。それもバケツをひっくり返したような、猫も犬も大騒ぎするような(It rains cats and dog.)どしゃぶり。
 朝起きると、曇ってはいるが雨は止んでいた。
 「きょうは持ちそうですよ」とご主人。
 寝る前に部屋の窓から夜空を見上げながら、慈悲の瞑想をして、逆雨乞いをしておいたのが効いたのだろうか。
 朝食をすませて出発する。

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 ミズナラや白樺の気持ちいい森を通って、一登り、一汗かいたら富士見平に着く。水場で補給する。その名の通り、木々の合間から富士山が見える。してみると、ご主人が言ったように今日は晴れないまでも降らないだろう。考えてみると、30度を越す炎天よりも曇り空のほうがよいのかもしれない。
 小屋の周りには黄色いマルバダケブキ(丸葉岳蕗)がたくさん咲いていた。

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 瑞牆へは小屋の左手から入る。
 下りついたところが天鳥沢。清流がさわやかだ。

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 ここから一気に険しい岩登りとなる。
 水平距離1キロに対して高低差が400mだから40%勾配、傾斜角度は約22度。奥穂高岳の勾配が40.7%というから、かなりのきつさだと分かる。もっとも、前者は山頂まで90分、後者は7時間以上かけて登るのだが。(ちなみに東京の高尾山は勾配約10%を90分、筑波山は約30%を2時間)
 はしごやロープを頼りながらの岩から岩へのスリリングな登りが続き、一瞬たりとも気が抜けない。余計なことを考える余裕をいっさい許さない一歩一歩が、まさに「今ここ」に集中するヴィパッサナー瞑想である。山岳歩きが仏道修行となりうるのは、おそらくこのためなのだろう。
 頭上にのしかかるような大ヤスリ岩はまるでマツコデラックス。巨躯と存在感に圧倒される。

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 樹林帯を抜けると、足元の岩に自分の影が落ちた。雲間から日が差してきた。
 一登りで山頂に立つ。

 花崗岩ばかりの山頂は、釈迦ガ岳弥三郎岳に似ている。岩の周囲が断崖絶壁となって、下を覗くとお尻のあたりがムズムズとしてくるところも。
 展望は言うことなし。
 ちょうど登頂したときに、霧が晴れた。
 金峰山、軽井沢、八ヶ岳、南アルプス、そして富士山のシルエットが、風に流れる雲の合間から見え隠れする。日も差したり翳ったり。
 あたりは2000メートルを超える山だけに許された神聖な気に満ちている。
 眼下に見えるのはノコギリ岩。鬱蒼とした緑の海からすくっと起立する様は巨大なモノリスか墓標のよう。または起立した男根か。
 「ああ、もう下界に帰りたくない」
 そばにいた中年親父グループが呟いた。

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 下山は来た道を戻る。
 急勾配だけにスピードが出る。行きに3時間かかったのに、帰りは2時間。
 バスの発車時刻10分前に山荘に帰還した。


130824_1320~01 途中下車して増富の湯に寄る。
 ここはラジウム含有量世界一と言われる。
 ラジウム温泉とは「ラドン元素とトロン元素を一定量以上含む温泉」と定義されている。
 いろいろな温度に設定された源泉かけ流しの柿色の湯がいくつもある。ぬるま湯に長く浸かるのがいいらしい。

 ラジウムは自立神経系の病いによく効くらしい。
 そう言えば、昨晩静かな山荘のクーラーや冷蔵庫の音がしない部屋の中で、左耳の耳鳴りに気づいたのであった。
 ストレスは仕事のためか。
 それとも「瑞牆の君」ゆえか。

 


● 本:『ブッダの実践心理学第三巻 心所の分析』(アルボムッレ・スマナサーラ、藤本晃共著) 

治りませんようにほか 003 2007年刊行。

 テーラワーダ(上座部)仏教では二種類の瞑想が奨励されている。
 慈悲(喜捨)の瞑想とヴィッパサナー瞑想である。

 慈悲の瞑想は、以下の4つのフレーズを心をこめて唱えるだけでいい。

 私が幸せでありますように(慈)
 私の悩み苦しみがなくなりますように(悲)
 私の願いごとが叶えられますように(喜)
 私に悟りの光が現れますように(捨)

 二巡目からは、上の「私」のところに、「私の親しい人々」「私の嫌いな人々」「私を嫌っている人々」「生きとし生けるもの」を入れて、それぞれの対象について慈悲喜捨を願っていく。
 簡単な瞑想であり、いつでもどこでも行うことができる。自分は、毎朝の読経の際に1セット唱えているが、それ以外のときも気が向いたら心の中で唱えるようにしている。駅の階段を昇るとき、ホームで列車を待っているとき、列車に揺られているとき、職場(老人ホーム)の更衣室で着替えているとき、休憩時間、帰り道の横断歩道の信号待ち、買い物途中のエレベーターで、皿洗い中、お風呂の中、トイレの便器に腰掛けて・・・。
 簡単な瞑想だが、不思議と唱えると自信が生まれてくる。いろいろな事象や人間関係が好転してくる。鏡に映る顔つきも、老けてきたのは仕方ないけれど、何だか吉相になってきたような気がする。

 ヴィッパサナー瞑想は、別名「気づき(念)の瞑想」とか「観瞑想」と呼ばれる。
 基本は座禅を組み、目を閉じて、身体や心に起こる現象をありのままに気づき、その場その場で「実況中継」していく。
 「(腹の)ふくらみ、ちぢみ、ふくらみ、ちぢみ・・・」
 「(足の)痛み、痛み、痛み、痛み・・・・」
 「(何かの)音、音、音、音・・・・」
 「退屈している、退屈している・・・・」
 「妄想している、妄想している・・・・」
 「怒っている、怒っている・・・・」
 「眠気、眠気、眠気・・・・」
 人間の認識の生じる六つの窓口(眼耳鼻舌身意)に注意を向けて、瞬間瞬間入ってくる六つの情報(色声香味触法)を丁寧に拾っていく作業と言える。
 これもまた一見簡単そうに見えるのだが、実は難しい。
 まず座禅し続ける難しさ。慣れないうちは15分も座っていると足が痛んでくる。
 どうにか慣れてくると、次は心があちこちに彷徨い出して、念が途切れる。「実況中継」を忘れて、今日の夕食のことや明日の仕事のことや助平なことを考えている。あるいは知らぬ間にぼっーとまどろんでいる。
 この瞑想を始めて4年以上になる今は、1時間以上足の痛みを感じずに座ることができるようになった。妄想にとらわれることも少なくなった。たとえとらわれても比較的短時間で気づいて「実況中継」に戻ることができるようになった。
 しかし、次の困難が待っていた。
 それは、暇な時間にあえてヴィパッサナー瞑想をしようという気力がなかなか起きないことである。
 忙しくて時間がないときほど瞑想がしたくなる。座りたくなる。休日が待ち遠しい。
 で、休日になって自由に使える時間ができると、瞑想しないでネットにかまけたり本を読んだり家事をしたり山登りに行ったり、こうしてブログを書いたりする。「時間はいっぱいあるから今でなくてもいい」なんて言い訳を頭の中でしているうちに、一日が終わってしまう。
 何が起こっているのか。
 なんでさぼりたいのか。
 答えはこれだ。 

生命の本能は、貪瞋痴です。本能に合わせて生きることは、楽に感じるのです。ですから人は、楽な道を選ぶのです。その楽な道は、貪瞋痴の本能なので、不善です。不幸の結果を出します。苦しむこと、不幸になることが目に見えても、人が不善の道を歩むのは貪瞋痴という本能のせいです。(標題書)

 瞑想は、本来はまったくやりたくないことなのです。心の流れにまったく正反対のことですから。「心がやりたくないこと、心が嫌がること」の第一位は、確実に「瞑想すること」です。競争なし、断トツの一位です。だから瞑想するためには、どうしても、精進が必要なのです。(同上)

 瞑想は本能とのたたかいなのだ。
 そりゃあ難しくてあたりまえだ。


 スマナサーラ長老によるアビダンマ講義第三弾は「心所」について。
 「心所」とは何か。
 心の中身(成分)のことである。

 仏教心理学の基本概念は、「認識」です。認識はどのように生まれるのか、認識の中身は何なのか、認識はどれくらいあるのか、という課題が仏教心理学です。

 仏教では、心とは「認識する働き(システム)」のことである。一つの生命に必ず一つ備わっている機能である。機能なので、そこに内容はない。
 しかし、言うまでもなく、心はいろいろと変化する。怒ったり、悲しくなったり、楽しくなったり、嬉しくなったり、嫉妬したり、恨んだり、後悔したり、退屈したり、落ち込んだり、有頂天になったり、疑ったり、物惜しみしたり、優しくなったり・・・。
 こうした感情や気分のことを心所と言い、心がいろいろ変化するのは、瞬間瞬間、さまざまな心所が心の中に溶けているから、とするのである。
 たとえてみれば、テレビ(受像機)=心、テレビ番組=心所といった感じか。テレビ自体は電波を受信し映像を映す働きを持った箱にすぎないが、モニターに流れる番組の内容によって、視聴者を悲しくさせたり、笑い転げさせたり、怒らせたり、退屈させたり・・・という違い(色)が生まれる。
 仏教ではこの番組内容(=心所)を52種類に弁別している。
 単純に言えば、人間の心に起こる感情の種類を分析し、善いもの、善くないもの、どちらでもないものに分類し、リストアップしたのである。

 このように感情を緻密に分析し言語化しグループ毎に取りまとめてリスト化していく意味はなんだろう?  

 心は水の如く、善いも悪いも何もない。その心に怒りが溶けたら、怒っている心になる。その心に慈しみの感情が溶けたら、優しい心になる。だから一人の人が、たまに怒りっぽくなったり、たまに嫉妬深くなったり、たまに慈しみの心になったりする。どれでもできるのです。
 我々にとって、心よりも心所が一番大事なことなのです。ただ生きている・認識しているということは、そんなに大事ではありません。どう生きているかということ、どう生きるべきなのかということが、大事なポイントです。

 そしてまた、ヴィッパサナー瞑想する観点からすると、意識に浮かんできた思考や雑念や感情や気分にとらわれないように、たちまち気づいて、命名して、「実況中継」するために、心所の種類をあらかじめ知っておくことは意義があるのだろう。


 以下、本書より引用&コメント(青字)。


● 無知とは

 厳密に仏教の立場から言うなら、無知とは、「すべてが無常であること、消滅変化していくこと、瞬間瞬間、そのときに現れる一時的な現象であること、だからものは存在しないこと、空であることを分かっていない状態」なのです。

 何ものにも「本来の自分」というものもない。私たちはよく「今はちょっと歳を取っていて調子が悪いんだ」などと言いますが、それは何かに比べて言っているのです。では、「本来の自分」とはどんな調子か、どんな歳か、どんな状態か、言えますか? そんな「本来の自分」というものはないのです。いつでもいるのは「その時々の自分」であって、一瞬前の自分は今の自分ではないし、今いる自分は次の瞬間の自分とは違うだろうし、その時々にいるだけなのです。

 「本当の自分」幻想はしつこいものである。「今はいろいろあって輝けて(はじけて)いないけれど、本当の自分はこんなじゃないんだ。」「今は巣篭もり中で、まだ本気を出していないだけ。」と思いながら数十年を過ごしてしまう。だが、その数十年の姿(=周囲から見られた姿)以外に「本当の自分」はなかろう。


● 反省と後悔の違い

 反省と後悔の違いは、反省がポジティブ志向で、後悔はネガティブ志向であることです。反省する人は、過ちをバネにして良い人間になる。後悔する人は、過ちを頭の中で再現して罪を加算してゆくのです。

● 最大の罪とは 
 仏教では、最大の罪は邪見だと説きます。邪見は見解、知識、思想、哲学などにかかわるものです。百人を殺すよりは、百人に何かを教えてあげることの方が簡単です。影響力のある人なら、たくさんの人々の心に邪見を植えつけることができるのです。人間は、財産よりも自分の見解に固執するのです。この邪見の伝統は、何世紀にもわたってでも拡げることが可能です。というわけで、邪見が他の罪より重いのです。

● 自業自得について  
 すべての生命は自分の業で生きているのです。自業は自得なのです。要するに自分の行為の結果なのです。犯罪者が裁かれて社会から隔離される。それは犯罪を起こした人の行為の結果なのです。幸福に生きている人々も、自分の為した業で幸福になっているのです。ということは、生命は「自立」しているということです。苦しんでいる人々の苦しみは、その人の為した業の結果なのです。人が人を殺したとしましょう。被害者は加害者のせいで死んだわけではありません。被害者に殺される業があったところで、心の汚れた愚か者に遭遇するのです。加害者が新たな重罪を蓄積したのです。被害者が加害者に対して恨みを持つ必要はないのです。

 これは微妙な問題である。犯罪被害者に向かって、「被害にあったのは加害者のせいではない。あなたの業(カルマ)ゆえだ」と言うのは慈悲にかける行為であろう。
 また、「自業自得」という言葉は一般に起きた悪い結果について使われることが多いが、本来は善いも悪いもない。「原因があって結果が生じた」というだけのニュートラルな意味合いである。


●自我について

 「自我を捨てなさい。執着を捨てなさい」と言われると、人は嫌な気分になる。「こんな大事なもの、捨てなさいと言われても捨てられるわけがない」と思います。ブッダの話を聴くと、大損するのではないかと思ってしまいます。
 しかし、自我を捨てても執着を捨てても何の損もありません。始めから自我がないのです。あるのは「自我があるという幻想」です。幻覚が消えたところで、良くなるのであって、悪くなるはずがないのです。

 かつてクリシュナムルティにこう質問した人がいる。
「自我を捨てることで、私に何の益(goods)があるのですか?」
「それ自体が良いこと(good)なのです」


● 二つの瞑想の違い

 慈悲喜捨の瞑想は、「どうすればみんなと仲良く幸福で生きていられますか」という問題に答えてくれる。ヴィッパサナー瞑想は、「生きること自体をどうやって乗り越えられるか」という問題に答えを出す。だからまったく正反対なのです。生命と一緒にどうやって生きていられるか、ということと、どうやって生命と関係なくなるか、どうやって輪廻から脱出するかという二つだからです。


 評論家の宮崎哲弥が「仏教の劇薬性」という言葉を使っているが、本来の仏教の革新性というか破壊性は途方もないものである。
 悟ったばかりのブッダはこう考えた。

 苦労して体験した。今語る気持ちは起きない。
 欲と怒りに染まっている人々に、この法は理解しがたい。
 これは逆流を進む完全たる道。深遠で精密である真理は、無明の闇に覆われた、欲がある人には発見できない。


 仏教は思想や理論や言葉が難しいのではない。
 人間の本能に逆行するがゆえに、実践が難しいのである。


 サードゥ サードゥ サードゥ


● 映画:『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』(アン・リー監督)

 2012年アメリカ映画。

 動物園を経営していた一家は生まれ故郷のインドを離れ、動物と共に日本の貨物船でカナダに向かう。その途中で嵐に巻き込まれ船は沈没。救命ボートで脱出し生き残ったのは、主人公の青年パイと4匹の動物たち。シマウマ、オランウータン、ハイエナ、ベンガルトラの壮絶なバトルの挙句、当然トラが勝ち残る。パイはトラと共存しながら救いを求めて大洋を漂流する。

 勇気と知恵と根性と信心とによって苦難を乗り越えた青年のサバイバルストーリーであると同時に成長物語でもある。と同時に、海上や海中の自然が織り成す美しいシーンと、牙を剥く猛獣や大自然の猛威など迫力あるシーンが次から次へと繰り広げられる海洋冒険ファンタジーである。これはぜひ映画館で3Dで観たかった。
 子供が見ても絶対に楽しめる面白い映画であるが、最後の最後にただのファンタジーや冒険物語ではないかも・・・と思わせるひねりが待っている。
 トラと漂流した青年の奇跡を描いたこの物語をファンタジーととるか、寓意ととるか。選択は見る者にまかされている。大人になったパイが取材に来た記者に語るように、「そこから先はあなたの物語」である。


 防ぎようのない運命の仕掛けによって途方もないトラウマを持たされてしまった人が、前向きに生きることを否定する過去の事実の記憶よりは、ポジティブな生をもたらしてくれる夢物語(ファンタジー)を主体的に選ぶのは、自己欺瞞ではなくて賢さなのかもしれない。


評価:B+ (3Dで観たらA-かも)



A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」    

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!


 

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