フリーのライターである著者は、特別養護老人ホームで週2日、5ヶ月間働いた。
この本は、介護施設の内側を、内側から描いた本と言うことができる。
ただ、週2日で5ヶ月なら、結局、計40日そこらの勤務である。それで一体どこまで本当のところが分かるのかという疑問が生じる。著者と共に働いていたスタッフもたかだか40日のつきあいで胸襟を開くとは思えない。
しかも、著者はあまりの激務とストレスと自らの不器用さへの嫌悪とで、施設に辞表をたたきつけているのである。
それで内幕暴露とは、正直子供っぽい。
こんな関わり方をされて、俎上に上げられる取材先の施設(「松の木苑」仮称)も可哀想である。
介護現場で働く者の一人(現在35日目)として、読んでいて、あまりいい気持ちがしなかった。
しかし、いくつかの指摘や感想は納得いくもの、同感できるものがある。
特に次の一文は、介護を巡る問題の急所を突いていると思う。
自立が難しくなった高齢者にとって、介護は重要だ。しかし。人は介護を受けるため、生きているのではない。生きるために、介護を受けているのだ。その人にとっての「生きる」が失われては、介護を受ける意味だって大きく損なわれるだろう。
これはそのとおりである。
現代医療が人をとにもかくにも生かし続ける、すなわち機械の上での生命反応を持続させることを使命としているように、介護も利用者のADL(日常生活動作)保持と転倒等のリスク回避に重点が置かれる傾向は否めない。介護保険という税金が投入されるようになって、行政や第三者機関などの外部の目が厳しくなっているし、施設に高齢者を預ける家族も、高齢家族に事故がないよう長生きさせて、と望むからである。
本人が「どう生きたいか」=「どう死にたいか」など二の次である。
たとえば、絵を描くのが好きな高齢者がいたとしよう。
その人は、一日中絵を描いていれば幸せである。画筆を持ったまま死ねれば本望と思っている。絵を描くこと=生きること、なのだ。
その人が脳梗塞を起こして要介護状態となり、老人ホームに入所した。
一日中絵を描いて過ごせるだろうか?
もちろん、答えはNONである。
多数の人が共同生活を送る施設では、一人の自由(=わがまま)を聞いていられない。
どんなに画筆が乗っていようが、三度の食事の時間は守ってもらわなければならないし、就寝時間には休んでもらわなければならないし、血圧の高い日や熱のある日には無理を押して絵を描くなどとんでもないことである。そんなことをさせた日には、行政や家族から施設は責められ、下手すりゃ裁判沙汰になる。施設を経営し続けることすら危ぶまれる。
かくして、利用者当人の希望より、周囲の要望が優先されるのである。
自分などは、入所時に「本人の好きなようにさせて結構です。食事も入浴も排泄も本人が望まないなら、無理に行わなくても結構です。本人が車椅子なしで歩きたければ歩かせてください。その結果、何が起ころうとも施設にはいっさい責任を問いません。」というような誓約を交わして、あとは他の利用者に迷惑をかけない限りにおいて、利用者本人の好き勝手にさせる施設があってもいいと思うのだが、どうだろう?
現実問題として無理だろうなあ。
キャンバスが糞尿だらけになる可能性もあるし・・・。(それも芸術か!)
介護職の常勤スタッフが激務をこなしているのは間違いない。
自分の勤めている施設でも、一応、常勤は月8日の休みにはなっているけれど、うち半分以上が夜勤明けの日の休みである。当然、半日以上は寝て過ごすことになろう。
これが休みと言えるだろうか?
体調も狂ってくるだろうし、何より仕事一辺倒で、他業種で働く同世代の友人との交流でもない限り、社会でいま起きていることに関心が向かなくなるのではないかと思う。
それは、施設に閉じこめられている利用者の状況とうまく重なっているので、当人もその歪さに気づかなくなってくるだろう。
介護現場はなぜ辛いのか。
著者はこうまとめる。
当たり前のことを、当たり前にやっていないからだ。財政難を理由に、無理やり不自然な形に押し込めようとしているからだ。
びっくりするようなハードワークを低賃金でやらせて、働く人が集まるわけがない。将来が見えない職場に、若い人が定着するわけがない。長期休暇が取れないのが普通なんて、あっていいわけがない。
少子高齢時代に、高齢者の介護を若者のみにまかせて、上手くいくはずがない。
著者の指摘する、重労働、低賃金、人を育てるシステムや社会通念の欠如、女性が多い職場での人間関係の難しさ、将来への希望の無さなどは、確かに「辛さ」の要因として挙げられよう。
しかし、自分はもっと別のところに、この「辛さ」の因が潜んでいるような気がしている。
それは、介護現場に漂う雰囲気のうちにある。
「老い」と「病」と「死」と「孤独」を前にした高齢者たちが、それと向かい合う手立てを持たないでいることの絶望感が現場に見えないウイルスのように蔓延して、介護する若いスタッフ達に伝染しているような気がする。
その姿はまた自分たちの将来でもあるのだ。
いや、特別養護老人ホームなどの施設に入所できるのは、多額の年金を貰っているか、それなりの資産のある、どちらかと言えば裕福な層であり、人生の「勝ち組」である。もっとも恵まれた老人達の、もっとも恵まれた老後の姿がこれなのだ。
低賃金で貯金もままならない介護スタッフの老後にどんな希望があるだろうか?
介護職員に鬱が多いのも無理ないことである。(自分は大丈夫だろうか?)