ソルティはかた、かく語りき

首都圏に住まうオス猫ブロガー。 還暦まで生きて、もはやバケ猫化している。 本を読み、映画を観て、音楽を聴いて、神社仏閣に詣で、 旅に出て、山に登って、瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

● 熱海パワースポット巡り

 熱海の来宮神社は昨今のパワースポットブームに乗ってか参詣者が多い。テレビや雑誌で紹介されることもたびたびである。

 人々の目的は、神社にある樹齢2000年以上の大楠である。
 幹の周囲24メートルのこのクスノキの周りを一周すると寿命が一年延びる、心を込めて願い事をしながら回ると願いが叶う、といった迷信、もとい言い伝えがあって、神木に触れることなく参詣者が周囲を回れるように、ちゃんと階段状の通路ができている。

熱海2 熱海6

 拝殿の左奥にその楠は鎮座している。
 実際、見事な楠である。
 環境省から全国2位の巨木の認定を受けていると言う。
 1位は鹿児島県姶良(あいらい)市の蒲生八幡神社にある「蒲生のクス(周囲24.2メートル)」である。
 屋久島の縄文杉は周囲14メートルでトップ10に入っていない。
 だからって、どうってこともないが・・・。 

 そばで見ると、幹の節というかコブというか気根というかのグロテスクなこと。これを「垂乳根」と言うにはあまりに世の母たちに失礼である。
 
 神聖な感じは特段しないけれど、「木の宮」というだけある。圧巻のたたずまい。
 
     熱海7 
 
     熱海1

 神社の祭神は次のお三方。

1.日本武尊(やまとたけるのみこと)・武勇と決断の神

2.五十猛命(いたけるのみこと)・営業繁盛・身体強健の神
 アマテラスの弟・素盞鳴尊(すさのおのみこと)の御子。木の神として有名。

3.大巳貴命(おおなもちのみこと)・樹木と自然保護の神
 素盞鳴命(すさのおのみこと)の御子。大国主命(おおくにぬしのみこと)、俗に「ダイコク様」として有名。

 
熱海3 熱海に行ったら時間あれば必ず立ち寄ることにしている温泉がある。
 日航亭大湯である。
 1200年以上の昔、平安時代に噴き出した温泉で、徳川家康も湯治に来たという。
 もちろん、源泉100%掛け流しである。

 ここの良さは、お湯の質もさることながら、雰囲気である。
 家族や若い女性を呼び寄せるべく「おしゃれに、豪華に」開発されてしまったホテルが立ち並ぶ中にあって、昭和の面影を残しているのだ。そこが実に落ち着くのである。
 一見「ボロい」たたずまいを敬遠してか、熱海駅や海岸から少しはずれている場所にあるせいか、いつ行っても空いていて、ゆっくり浸かれるのも良い。
熱海8
 ここの露天風呂は広くて、静かで、日当たりも良く、本当に気持ちがいい。ややぬるめの湯に浸かって青空を眺めていると、ふつふつと幸福感が身内に湧き上がってくる。湯のしょっぱさに熱海という名の由来を感じることができる。
 隣にある同じ大きさの内風呂もいい。
 山小屋みたいな造りで、壁と屋根に檜を使っている。その香がプ~ンと籠もっていて、気分がほぐれる。
 脱衣所が広いのもゆったりできて良い。

 これからもあまり混まないでいてほしい。
 変にきれいに建て直しなんかしないでほしい。

 今回はじめて建物の入口の所に、空海の手形があるのに気づいた。
 なんでここにあるのか、本物なのか、手形の上の説明版に由来は書いてあったけれど、メモしなかった。熱海と空海、単に「海」つながりか?
 ただ、この手形に手を合わせ、その手で体の悪い部分に触れると痛みが消え、快方に向かうらしい。
 試みに手形に自分の左手を乗っけてみたら、

なんと!

 シンデレラとガラスの靴よろしく、寸分違わず、空海の手と自分の手はピッタリ合ったのである。5本の指の太さや長さまで、全く同じだなんて正直驚いた。

 しかし、先日の延岡と言い、どうも行く先々で、空海と出会うなあ~。(屋久島&高千穂スピリシュルツアー参照→
http://blog.livedoor.jp/saltyhakata/archives/6027567.html


熱海4



 


● 屋久島&高千穂スピリチュアルツアー8

8日目(3/19)熊本~久留米~博多(福岡空港)→東京
 10:02熊本駅 ~ 11:26久留米駅(JR鹿児島本線)
  ・久留米散策
 17:49久留米駅 ~ 18:23博多駅(JR鹿児島本線)
 20:40福岡空港 ~ 22:15羽田空港(スターフライヤー)

 最終日は18切符で、ゆっくり熊本から博多に移動する。特段、目的もない。
 ふと思いついて、久留米で降りてみた。
 久留米と言えば、松田聖子とチェッカーズのイメージしかない。
 他に何があるのだろう?

 あなどってはいけない。
 久留米は、
 その1 とんこつラーメンの発祥地なのだ。
 その2 ブリジストンの石橋正二郎の生まれ故郷なのだ。(石橋美術館がある)
 その3 水天宮の総本宮があるのだ。
 その4 靴のメーカー「ムーンスター」の本社があるのだ。
 
 駅の案内所でもらった散策マップはしっかり作られていて、芸術鑑賞、歴史探訪、サイクリング、グルメと、いろいろな目的に応じて久留米を楽しむことができる。

 水天宮は、壇ノ浦で入水した安徳天皇と母親の建礼門院を祀っている。そう、ここでも人が神になったのだ。今では、海運守護や安産の神様として名高い。大河ドラマ『平家物語』の最終回に近づくほどに観光客が増えることだろう。
 宮の横手は筑後川。広々とした川原が気持ちよい。聖子ちゃんもフミヤもここでデートしたのかな。

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 行書体で「つきほし歴史館」と書かれた看板と古民家風の造りと「見学無料」に誘われて入ってしまった建物は、有名な靴のメーカー「ムーンスター」の歴史を展示してあった。ここでは、発展していく社の歴史と共に、たびから始まった靴の製造が、ゴム靴となり、布靴となり、化成となり、用途に応じた様々な靴が生まれ・・・といった日本人の靴の歴史を見ることができてとても面白い。自分もスニーカーや学校時代の上履きでお世話になっている。
 また、世界地図と共に世界各国のさまざまな靴が展示されているのも楽しい。
 本社の敷地内にある。
 久留米に行ったら、寄ってみる価値あり。

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 久留米駅は、新幹線開通でやはりお祝いモード。構内では、舞台を設置して記念イベントをやっていた。新しい駅舎のステンドガラスが美しい。


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 夜、福岡空港を発つ。スターフライヤー航空ははじめて使うが、気に入った。きれいで、座席がゆったりとしていて、設備が充実していて、何かとセンスがよい。しかも、低価格。
次回もぜひ利用したいものだ。


 今回も天候に恵まれた、充実した旅であった。
 屋久島で、高千穂で、素晴らしい「気」をたくさん浴びることができた。
 気分一新。就活がんばろう!

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● 屋久島&高千穂スピリチュアルツアー7

7日目(3/18)延岡~高千穂~熊本
 7:30延岡駅バスセンター ~ 8:30高千穂バスセンター(宮城交通バス)
  ・高千穂巡り
    高千穂神社~高千穂峡~くしふる神社~神武天皇生誕地
    ~高天原遥拝所~天岩戸神社~天安河原
 16:31高千穂バスセンター ~ 19:10熊本交通センター(宮城交通バス)
 熊本市内のカプセルホテル泊

 延岡にははじめて降りたが、この町には実は「日本一高い弘法大師像」(17メートル)がある。
 空海ファンとしては、見逃すわけにはいくめえ。
 早朝、雷雨の中を30分かけて歩いて見に行った。
 延岡と弘法大師に何か直接的なゆかりがあるのかと思ったのだが、どうやらそうではないらしい。次のような縁起がある。

 1839年(天保10年)延岡の地で疾病が猛威を振るいました。
 そこで延岡城下の大師信徒たちが高野山金剛峰寺(こんごうぶじ)まで行き、弘法大師座像(現在の本尊)を勧請(かんじょう)して「家内安全」「息災延命」「五穀豊穣」「商工発展」の祈願のために大師庵を経てたことが縁起となっています。(今山大師ホームページhttp://www.imayamadaisi.com/

 大師像は、4月16日から始まる命日の大法要に備えて化粧直し中であった。大師を取り巻く仏像たちがなかなか表情に富んでいて愉快。

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 バスで高千穂に入る。
 日本人なら知らぬ人とてない天孫降臨の地。神話と伝説が生きる秘境。神秘的で高貴な高千穂峡。そして、屈指のパワースポットである。
 腹の調子も疲れもなんのその。高千穂に降り立ったら(もちろん、バスからである)、急に元気が出てきた。さすがパワースポット。
 荷物を観光案内センターに預けて、地図をもらい、見所を教えてもらって、半日の高千穂巡りスタート!

 まず、高千穂神社。
 祭神はニニギノミコトほか(失礼)。
 ニニギノミコトは天照大神(アマテラスオオミカミ)の孫にあたり、アマテラスの命により、葦原中国(つまり日本)を統治するため高天原(たかまがはら)から地上に降りたとされる神である。これがいわゆる「天孫降臨」。
 降りた場所が、この高千穂のくしふるの峯とされている。
 さて、ニニギノミコトは木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)と結婚し、3人の男児をもうけるが、その一人が天津日高日子穂穂手見命(アマツヒコヒコホホデミノミコト)、すなわち神武天皇の祖父である。
 つまり、こうなる。


 アマテラスー○○ノミコトーニニギノミコト(天孫降臨)ーアマツヒコヒコホホデミノミコトー○○ノミコトー神武天皇(初代天皇)

 なんとしたことか。
 自分が屋久島の宮之浦で何の気なしにお参りした益救神社の祭神は、ニニギノミコトの子供ではないか。海を越えて、親子の神を知らずにつないでいたのだ。なんだか謀られているようだ。

 高千穂神社の境内は、清らかであるが熱いパワーに満ちていた。伊勢神宮の内宮を拝んだ時と近いものを感じた。その場にいると、ポーっとして、あたりの空気に体ごと溶け込みそうになる。

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 高千穂峡はそこから車道を歩いて20分くらいだが、もっとずっと良いアクセスがある。高千穂神社の拝殿の右後ろに種田山頭火の碑がある。ここから続いている気持ちのいい森の中の歩道を行けば、高千穂大橋の真下をくぐって、次第に大きさを増してくる渓流の響きを頼りに、五ヶ瀬川へと抜けられる。
 あとは、流れに沿って、切り立った崖の続く見事な景観を楽しみながら、高千穂のトレードマークたる真名井の滝をゴールとする素晴らしいウォーキングが楽しめる。
 帰りは、傾斜のゆるい車道を登ればよい。
 掛け値なしのおすすめコースである。

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 いったんバスセンターまで戻って、次はくしふる神社(字が難しいので開いた)まで歩く。この神社のある山に神々はご降臨され、近くにある小高い丘(高天原遙拝所)でふるさとである天界を拝んだと言う。この一角には、また神武天皇生誕地もある。
 いずれも神話上の話であり、史実では無かろうが、この慄然とするほどすばらしい「気」の中にいると、そういったおとぎ話も実際にあったのではないかという思いがしてくる。文字通り「気のせい」だ。特に、高天原遙拝所あたりの透明感あふれる清らかさは、全身の細胞に浸透して身も心も生き返らせてくれる。
 神社の境内では、パワースポットツアーの一行が外国人の女性(霊能者?)に先導されて、神妙な顔をしてあたりを拝んでいた。

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 いったんバスセンターまで戻り、最後は天の岩戸。ここはバスでなければちょっと無理。
 天の岩戸神社のご神体は、言うまでもなく、天の岩戸そのものである。西宮の拝殿の後ろを流れる岩戸川の向こう岸に、木々に埋もれている大きな裂け目がそれである。社務所にお願いすれば見学(遙拝)することができる。
 案内してくれた若いちょっとイケてる宮司さんの説明に驚いた。
 アマテラスオオミカミについて、だいたいこう語ったのだ。
「菅原道真公が亡くなられてから祀られて天神様(太宰府天満宮)となったように、日本人は、生前人々の記憶に残るような偉業をなした人物や非業の死を遂げた人物を、亡くなった後に神様として敬う習慣があります。おそらく、アマテラスも当時実際にいた非常に力のある女性のリーダーだったのでしょう。それが亡くなった後に、人々は彼女を偲んで神様として祀ったのでしょう。」
 天孫降臨を否定している。
 むしろ逆。人天上昇だ。
 本家本元で(伊勢神宮はおいといて)、こうまではっきりと言うとは思わなかった。右翼対策は大丈夫だろうか。
 それにしても、「当時実際にいた非常に力のある女性のリーダー」と言えば、誰でも思い当たるのが卑弥呼であろう。手塚治虫の『火の鳥』古代編でも、アマテラス=卑弥呼説がとられているが、実際魅力的な説である。「卑弥呼」もおそらく「日巫女」か「日見子」の意だろうし。天の岩戸神話が実際にあった皆既日食をもとにつくられたとすると、古代日本で皆既日食が見られた年(247年)と、卑弥呼の没年は重なるそうである。いよいよもって有力だ。邪馬台国は高千穂か? いろいろ思いをめぐらすとワクワクする。
 ところで、この岩戸の扉は、はるか長野県まで飛んでいって戸隠神社のご神体となったのである。(ブログ記事「長野パワースポットツアー」参照http://blog.livedoor.jp/saltyhakata/archives/4662547.html

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 天の岩戸に引き籠もったアマテラスをどうやって外に引っ張り出すか、神々が相談したのが天安河原。会議にうってつけの中の広い洞窟がある。
 アメノウズメノミコトのけつまくった舞いによって天の岩戸からおびき出されたアマテラスが、最初に遷り住んだのが岩戸神社東宮である。ここまではあまり観光客が足を運ばないので、高い杉木立に囲われた空間を静かな、落ち着いた空気が支配している。ここで40分ほど冥想した。

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 バスで阿蘇を通って熊本入り。JR熊本駅の新しい駅舎は、安藤忠雄デザインだそうである。なかなか瀟洒で品もあって良い。熊本出身の友人の話では、このあたりは昔赤線があったらしい。


8に続く。


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● 屋久島&高千穂スピリチュアルツアー6

6日目(3/17)屋久島出発~延岡(宮崎県)到着
 10:40宮之浦港 ~ 12:30鹿児島本港南埠頭(高速船トッビー)
 13:09鹿児島中央駅 ~ 18:45延岡駅(JR日豊本線)
 延岡の「ビジネスホテル・フクハラ」泊

 高台から宮之浦を見渡して、屋久島ともお別れ。
 最後まで美しい姿を見せてくれてありがとう。
 快晴をありがとう。

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さらば屋久島  帰りは高速船。速くて便利だが、やはり情緒はない。

 鹿児島中央駅からは、お待ちかね「青春18切符」の出番である。
 霧島神宮、都城、宮崎と過ぎて延岡まで約6時間半の列車の旅。
 飛行機や車だと苦痛に思える6時間半が、なぜか列車だと、いや、なぜかボックスシートタイプの普通列車だと、まったく苦にならないから不思議である。同じ列車でも新幹線や特急列車やロングシートタイプの普通列車ではやはりダメである。
 昔から、ボックスシートの窓際に腰掛けて、向かい側の空席に靴を脱いだ足を伸ばして、窓外の流れる景色をぼーっと見ていると時間を忘れてしまう。退屈の「た」の字もない。一応、文庫本はいつもバッグに入っているのだが、結局、列車の中では1ページも読まないでいることが多い。自分も、立派な鉄男(ノリ鉄)なのであろう。
えんこ弁当 もちろん、弁当を広げるのも最高の楽しみ。鹿児島中央駅で買った「えんこ弁当」(420円)は「こういう弁当がほしかったんだよ~」という涙ものの一品。鮭とおかかの大きなおむすびに、さつま揚げ、だし巻き卵、沢庵、ししゃも二匹が、竹皮模様の包み紙におさまって紐でくくられている。「えんこ」とは鹿児島弁で遠足のことである。この弁当を企画した人、えらい! きっとあなたも鉄男でしょう?

 しかし・・・・。
 延岡駅に着いた頃から、腹の調子がおかしくなった。
 食べ過ぎと疲れである。
 腹がエンコしたらしい。(笑)

 夜は大人しく、絶食して、狭く薄暗い部屋で、つのだじろうの『恐怖新聞』と『うしろの百太郎』を読んで寝た。(ホテルのロビーの本棚にあった)


7に続く。

● 屋久島&高千穂スピリチュアルツアー5

5日目(3/16)バスで島巡り(南部)
 8:40宮之浦港入口 ~ 10:18大川の滝(屋久島交通バス)
    ・大川の滝
 11:00大川の滝 ~ 11:37尾之間中央(同)
2012年3月屋久島&九州旅行 054    ・パン工房「ペイタ」
    ・尾之間の町と海岸巡り
    ・尾之間温泉 
 14:41尾之間中央 ~ 14:55中の橋(同)
    ・猿川のガジュマル
 16:05焼酎川 ~ 16:47Aコープ前(同)
    ・宮之浦地区散策(益救神社)
 宮之浦の民宿「屋久島89」泊


 今日は曇り時々雨。山の上には灰色の雲が憩っている。登山組は冷たかろう。
 しかし、こちらはバスで島巡りなので問題ない。

 宮之浦から時計回りに島をめぐり、終点が大川の滝。

 日本の滝百選に選ばれるだけあって、予想を越えた壮大さ。実に見ごたえあった。
 雄滝と雌滝が仲良く並んで80メートルを駆け下りる様は、麗しくも優美。パワフルな「気」を山間にはなっていた。
 屋久島に来たら、この滝を見なければ損。
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 バスで戻る途中にある尾之間地区に下車。
 この集落のどこにいても見えるのがモッチョム岳(940メートル)。花崗岩がむき出しになったゴツゴツとした山頂は、決して他の山と見間違うことのない特異な格好をしている。まるで、生クリームを空に向かって絞っているかのような格好。いやいや、はっきり言おう。モッチョムとは「女性の性器」を表す言葉らしい。
 この集落の人々は、モッチョムに見守られながら生活を送っているのである。

2012年3月屋久島&九州旅行 042 「ペイタ」という名前の手作りパン屋さんで、噛むほどにおいしさ広がる本物のパンとカフェオレで一服。この店は落ち着けていい。
 このあたりの海岸は鋭く切り立った崖が入り組んでいて、高台から見ると壮観である。JRホテルの裏のテラスは、絶景ポイント。また、ホテルの脇にある小道を行くと、崖を降りていく階段にたどりつく。崖の上から覗き込むと、はるか下の岩棚で釣り糸を垂れている男の豆粒のような姿が確認できた。釣りキチ、恐るべし。

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 観光ポイントだけでなく、その土地の匂いを肌で感じることも旅の楽しみである。尾之間地区をぶらぶらと路地裏探訪。まるで、チイさん。
 路地を抜けるとギョッとするような光景が飛び込んできた。
「なんじゃ、これは?」
 岡本太郎作、屋久島版「太陽の塔」か。
 ちょっと、こわい。

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 が、角度を変えて横から見上げてみたら、ユーモラスなものになった。
 モッチョムに吼えるゴジラ。

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 廃港となった尾之間港へと続く道は、うっそうとした森に囲まれて、森の精か魔法使いが棲んでいるようなムードであった。

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2012年3月屋久島&九州旅行 053 歩き回って汗をかいたので、尾之間温泉に行く。
 ここは集落の人々のオアシス。素朴な、ざっかけない、こじんまりした感じが嬉しいではないか。いつまでもこのままであってほしいものだ。
 お湯ははじめ熱く感じるが、浸かっているうちに肌に馴染んできて、ちょうど良い案配になる。ちょっと硫黄の匂いがする、力強い、実にいいお湯である。地元のおじいさんが石けんを貸してくれた。

 尾之間から猿川のガジュマルに。
 ガジュマルだらけの志戸子のガジュマル園とは違って、ここは照葉樹の森の中の一角に大きなガジュマルが数本かたまって、からみあい、もつれあいながら生えている。お化け屋敷みたいな異様な雰囲気である。ガジュマルにはキジムナーという名の妖怪(座敷わらしみたいな子供)が棲んでいるという。
 富士の樹海のような森の中に一人っきりでいるのに、なぜか恐ろしくも淋しくもない。むしろ、とても心が落ち着く。なんでだろう?
 俺がもしかしてキジムナー? 

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 宮之浦に戻って、夕食前にあたりを散策。
 海の近くにある益救(やく)神社にお参り。
 祭神は、天津日高日子穂穂手見命(アマツヒコヒコホホデミノミコト)、神武天皇の祖父にあたる神話上の人物である。
 この境内にあるガジュマルもすてきだ。フランスのアーティスト、ニキ・ド・サンファルの作品のように過激で、自由奔放で、生命力にあふれている。

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 夕暮れ時の宮之浦川の情景は、筆舌に尽くしがたい。
 満々と清らかな水を湛えた川と、青い山々と、澄んだ空と、緑の中に点々とある川岸の家々とが作り出す一瞬の幻のような光景。それは平和という名前の繊細な美である。泰西の名画と言う言葉が頭に浮かんだが、いやいやこれは、れっきとしたアジア特有の美である。
 江戸時代、長崎に初めて着いたオランダの人々は、その美しさに陶然となったと言う。海と山と自然と人々のつつましい暮らしとが織りなす交響曲を耳にしたのであろう。
 それに近いものがあるとしたら、この宮之浦の景色なのではないだろうか。
 実際、今回の旅で一番感動し心に残ったのは、この景色であった。


6に続く。

 
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● 屋久島&高千穂スピリチュアルツアー4

4日目(3/15)白谷雲水峡ハイキング
 9:21春田 ~ 9:59小原町バス停(屋久島交通バス)
 10:09小原町 ~ 10:35白谷雲水峡(屋久島交通バス)
 10:50ハイキングスタート
       ・原生林コース
       ・白谷小屋
       ・もののけの森(苔むす森)
       ・楠川コース 
 15:50ハイキング終了
 16:10白谷雲水峡 ~ 16:37宮之浦バス停(屋久島交通バス)
 宮之浦の民宿「屋久島89」泊

 朝、「杉の里」の周辺を歩く。
 この宿は屋久島のガイドブックで見つけたのであるが、「緑に囲まれた宿」という謳い文句に惹かれた。予約電話を入れると、出てきた女性(娘さんと思われる)の第一声が、
「お客さん、猫は大丈夫ですか?」
 まさに自分のためにある宿のようではないか。
 明るい朝の光の中で見ると、確かにすばらしい環境である。家の裏にある畑では野菜や果物を作っているという。それが食卓に出される。
 猫は十匹くらいが家の外の段ボール箱の中でおしくらまんじゅうをしていた。一匹、人なつこいのが自分を追いかけてきた。
 カモもいた。どこからか飛来して、なぜか宿に居着いてしまったのだという。
 この宿のもう一つ良いところは、お風呂場に無添加の石けんやシャンプを置いているところ。タオルも無添加石けんで洗ったとわかるすがすがしい香りがしていた。
 そうそう、みそ汁がとても旨かった。
 また、泊まりたい宿である。

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 本日は白谷雲水峡。
 3時間あれば回れるので、ゆっくりのんびり森を歩く予定である。前日の長距離ウォーキングの疲労も残っていることであるし。
 宮之浦からバスで山をグングン登っていく。青い海に縁取られた港町は、レリーフのように整然として美しい。今日も快晴。
 標高を上げていくと、道路脇に猿の群れが出現。バスに驚く様子もなく、仲間同士毛づくろいをしていた。

 白谷の原生林コースは実に気持ちの良い森であった。
 森に入った瞬間から、木々と清流が醸し出す清冽な「気」が充溢しているのを感じた。
 これぞ屋久島。
 弥生杉、奉行杉、びびんこ杉・・・命名された幾本もの杉の巨木や『もののけ姫』のモチーフとなった苔むす森が有名で、それはそれで素晴らしいのであるが、それ以外にも、土の上にメデューサの髪の毛のように「のたうつ根っこ」や、「考える猿」のような形状をした切り株とか、奇怪な光景をあちこちに見つけることができる。
 純粋に気持ちよいウォーキングをしたいのなら、縄文杉登山よりもこっちのほうがオススメである。 
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2012年3月屋久島&九州旅行 069 夜は宮之浦の素泊まり民宿「屋久島89」に泊まる。
 ここは屋久島観光協会のホームページから見つけたのだが、外見も中身もまったくの民家である。2階の空いている二間(和室)を民宿として使っている。自分の部屋にいるみたいな「なごみ感」がある。2階に、流しもガスレンジも冷蔵庫も電子レンジもあるので、スーパーで新鮮な屋久島素材を買ってきての自炊も可能である。
 宿の親切なご主人に教えられた食事処「とし」で、キビナゴの塩焼き、カキ酢、揚げ豆腐を食べる。お通しに出てきたのは、血を吸って膨らむ前のヒルみたいな色と形をしたグロテスクな何か。口に入れてみると、ブリみたいにシコシコしていてなかなか美味。女将に聞いてみたら、トビウオの卵だと。
 へえ~。



5に続く。

● 屋久島&高千穂スピリチュアルツアー3

3日目(3/14)縄文杉登山
  5:12春田 ~ 5:18屋久杉自然館(まつばんだ交通バス)
  6:00屋久杉自然館 ~ 6:40荒川登山口(まつばんだ交通バス)
   7:00登山開始
    ・トロッコ道
    ・ウィルソン株
    ・大王杉
 11:10縄文杉到着、昼食
 12:00縄文杉出発
 16:50登山終了
 17:00荒川登山口 ~ 17:40屋久杉自然館(まつばんだ交通バス)
 17:42屋久杉自然館 ~ 17:48安房(屋久島交通バス)
 安房の民宿「杉の里」泊

 暗いうちに宿を出る。縄文杉が俺を待ってるぜ。(お前は裕次郎か)
 屋久杉自然館から先は登山バスでしか行けない。ここまで乗用車で来た人々と合流してバスに乗る。2台で150名くらいか。春休みのせいだろう、学生らしきが多い。
 荒川登山口でバスを降りると、寒いこと寒いこと。0度だと言う。ノースフェイスのレインウェア(24000円)を奮発して良かった。防水だけでなく防寒効果も高いすぐれものなのだ。ちょっと、そこの学生さん。ジャージ上下に100円ショップのレインコートとは山をなめてはいませんか。

 往復10時間、道のり22キロ、最終のバスの時刻に間に合うよう登山口に戻ってこなければならないという時間制限ありのウォーキング。苦労話はこれまでいろいろなところで聞いていた。痛む足を引きずりながら土砂降りの中、走ったとか。せっかく来たのに、帰りのバスに間に合いそうになくて縄文杉まで行かず途中で泣く泣く引き返したとか。
 結論から言うと、思ったより楽であった。
 もちろん、自分が普段山登りをしているせいもあるが、4分の3はトロッコ道、つまり傾斜に気づかぬほどゆるやかな坂道なのである。息も切れない。山登りと呼べるのは残り4分の1。せいぜい2時間弱、標高差400メートル分だけなのだ。これ、東京の高尾山レベルである。特別、技術は必要ない。歩道もしっかりしている。長い距離が歩ける体力があれば子供でもぜんぜん大丈夫なのである。 
 心配していた時間制限も普通の早さで歩ける人ならば、往復8時間で行って帰って来られる。自分のように、途中何度も休憩を取り、帰りのバス待ちの時間を最短にしようと、ゆっくりと景色を楽しみながら歩いて9時間50分である。(うち休憩が1時間30分)
 朝方の寒さはどこへやら、日中は快晴、途中ヒートテックを脱いだくらい汗ばむ陽気となり、最高のトレッキング日和であった。

 渓谷沿いのトロッコ道、沢沿いの照葉樹林の道、目も眩むような高みから渓流を見下ろしながら渡る橋、大きな杉が立ち並ぶ山道、と変化があって面白いのだが、それほど特別にパワフルな「気」は感じられなかった。やはり、人がたくさん来るようになったためだろうか。同じ杉木立ならば、長野県の戸隠神社のほうが数段パワフルで、崇高なまでに清らかであった。
 ゴールである縄文杉も「ここまで歩いて来た」という達成感もあって、ありがたく感じはしたけれど、予想していたほどのパワーや偉容や神秘は感じられなかった。
 しかし、これは自分の見方が影響しているのかもしれない。

 というのも、前の夜の「杉の里」での夕食時、食堂でかかっていたビデオを観たのである。
 それは、屋久島が世界遺産に登録されて観光客がどっと押し寄せてから、いかに自然が破壊されてしまったかを描いたドキュメンタリーであった。制作されたのは7年前くらいと宿のご主人は言っていた。
 そこで知った驚愕の事実。
 なんと縄文杉の余命は、樹木の専門家の鑑定によれば、あと十数年だというのだ!
 嵐にも雷にも豪雨にも山火事にも伐採にも負けずに何千年(一説によると7千年)も生き抜いてきた縄文杉が、世界遺産に登録されてたった数年で命が尽きようとするところまでダメージを受けてしまったのだ。(登頂記念に樹皮を剥いで持って帰るヤツがいるそうだ)
 なんたることか!
 もちろん、なんとか縄文杉をよみがえらせようと専門家たちは努力を続けているわけであるが、宿のご主人が言うように「数十年単位でないと結果は分からない」。

 ・・・・・・。

 この事実を知ったために、トレッキングの意味合いがすっかり変わってしまったのである。次々と山道に現れる杉の巨木達も瀕死のうめき声を発しているように感じられる。崩壊した杉の残骸がいやでも目に入る。これでは「気」もパワースポットもあったもんじゃない。
 そんなわけで縄文杉も、包帯姿の綾波レイのように痛々しく見えたのであった。

 しかし、縄文杉を越えて宮之浦岳に続く山道を少し入ると、空気がまるで違っていた。
 清浄な、きめ細かい、打ち震えるようなバイブレーションがあたりを領していた。これがもともとのこの山の「気」だろう。人があまり入らないところには残っている。逆に言うと、それだけ人の発する「気」は強くて、粗雑ということだ。一人ならどうという影響もないが、大勢集まれば明らかにその場の「気」が変わる。

 ウッドデッキでお弁当を食べていたら、鹿の親子が遊びに来た。


4に続く。


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● 屋久島&高千穂スピリチュアルツアー2

2日目(3/13)屋久島到着、バスで島巡り(北部)    
  8:30鹿児島本港南埠頭 ~ 12:40屋久島宮之浦港(フェリー屋久島2)
 14:00宮之浦港入口 ~ 志戸子 ~ 16:17いなか浜
    ・志戸子ガジュマル園
    ・いなか浜
 17:43いなか浜 ~ 19:00春田(屋久島交通バス)
 安房の民宿「杉の里」泊

 海を渡るのにフェリーだと4時間(4600円)、高速船だと2時間(7700円)かかる。時間があるのなら、船酔いの心配がないのなら、フェリーが断然良い。高速船は席が決まっていてシートベルトなんかあるから、基本そこから動けない。甲板にも出られない。つまらないではないか。
フェリーで屋久島到着 フェリーなら、自由に広い船内を探索できる。風呂にも入れる。甲板に出て間近に汽笛を聞きながら遠ざかる鹿児島港や桜島を見送れる。(BGMは小柳ルミ子「瀬戸の花嫁」) 大海原と大空を独り占めできる。コーヒーを飲みながらラウンジでくつろげる。通り過ぎていく大隅半島や種子島にカメラを向けられる。もちろん、客室にゴロ寝して船内図書館で借りたマンガを読みながらビール片手にうだうだ過ごすのも最高である。そして、だんだんと大きくなって近づいてくる屋久島の姿に感動できる。イケメンの逞しい男たちが、船から撃たれた縄を手際よく扱って船を係留させる姿を見るのも楽しい! 
 4時間なんかあっという間だった。

 宮之浦港の観光案内所で、登山届けを出し、バスの一日フリー乗車券(2000円)を買い、登山用ステッキを借り、昼食をすませた後は、いざ、屋久島巡りのスタート!

屋久島地図 屋久島はキャベツみたいな、赤ん坊のオムツ姿みたいな、五角形に近いいびつな円形をしている。島全体が山なので、道路と集落は海岸に沿ってぐるりと円周を成している。大きな集落は3つ。時計で言えば、1時にある宮之浦、3時にある安房(あんぼう)、5時にある尾之間(おのあいだ)。港は前2つの地区にある。島を車で一周すると約3時間(周囲132キロ)かかるが、島内のバスは10時にある永田浜から時計回りに島の東側を巡って8時にある大川の滝までをつないでいる。つまり、島の西部(8時から10時の区間)はバスでは行けない。時計の中心部に島内最高峰である宮之浦岳(1936メートル)と、屋久島詣をする人々の最大の目的である縄文杉が聳えている。

 今日は、宮之浦港から時計の逆回り(1時から10時)でいなか浜へと向かう。
 右手に岩壁を洗う海、左手に畑と民家を裾にして目前に迫る山々。といった景色が延々続く。(BGMは山本コータローとウィークエンド「岬めぐり」)
 亜熱帯だけあって植物は冬枯れしていない。秋と春が冬をほったらかして同居しているようである。ススキと白い木蓮が一緒に見られる不思議。
志戸子のガジュマル いっぽう、民家や畑や電柱などはまったく本土と同じなので(当たり前だが)、沖縄に初めて足を踏み入れた時に感じたような異国風な感じはない。のどかな日本の田舎といった風情。
 志戸子のガジュマル園(200円)をゆっくり見学したあと、海亀の産卵で有名ないなか浜に行く。ゴミ一つない広いきれいな砂浜を透明な波が洗う。しょっぱいとはとても思えなくて、なめてみたらやはりしょっぱかった。
 人の姿の少ない浜辺をぶらぶら歩いて、砂浜に仰向けになってボーッと夕日を眺める。(BGMはトワ・エ・モア「誰もいない海」)

いなか浜 時計回りで、今夜の宿泊先である安房の「杉の里」へ。バスを降りたら、あたりは真っ暗。宿を見つけるのに苦労した。
 懐中電灯持ってきて良かった。


3に続く。


 

● 屋久島&高千穂スピリチュアルツアー1

 スペインでは雨は主に平野に降る。
 屋久島では一月に35日雨が降る。

 屋久島といえば縄文杉である、世界遺産である、海がめの産卵である、もののけ姫である・・・・と言いたい向きもあろうが、自分のイメージでは「屋久島=雨」だ。
 そのイメージの形成にあずかっているのは、成瀬巳喜男監督の映画『浮雲』(1955年)である。冒頭の「屋久島では一月に・・・」は、この映画の原作である林芙美子の同名の小説に出てくる文句で、屋久島を紹介するパンフレットや本の中で必ずと言っていいほど紹介され、屋久島の天候を語る枕詞とされる。「屋久島=雨」を世間に知らしめた名文句であろう。(「スペインでは・・・」の出典はミュージカル『マイフェアレディ』)
 が、自分の場合、なによりも映画『浮雲』に出てきた雨に煙る屋久島の情景が強く心に残っている。それはおそらく、映画の中の恋人たち(高峰秀子と森雅之演じる)のどうしようもなくやさぐれた姿、切っても切れない間柄と言えば聞こえはいいが実のところは共依存の果てのぬかるみにはまり込んだ自暴自棄の男女の姿が、屋久島の暗い森にやむ気配なく降り続ける雨に朽ちていく二人の愛の巣(あばら家)の姿とあいまって、自分の中に強烈な「屋久島観」を形成しているからである。
 そう、映画では屋久島は社会から放擲された男が流される僻地であった。いや、元来、島とはそういうところであったろう。佐渡しかり、壱岐しかり、オーストラリアしかり。
 それが今では、世界遺産であり、国内有数な観光地であり、登山やダイビングする人々の憧れの地であり、スピリチュアル信者がこぞって訪れるパワースポットである。
 とりわけ世界遺産に登録されてからの屋久島は、365日訪問者の途切れることがない。ゴールデンウィークや夏休みの縄文杉登山などは、11キロに及ぶ長いトロッコ道と登山道がほとんど数珠繋ぎであるという。
 世界遺産登録前に訪れておけば良かった、と思ってももう遅い。
 雨と混雑。この二つにわずらわせられることなく屋久島旅行できる人は、かなりの強運の持ち主ではないだろうか。(それは私)

 3月12日~19日までの8日間、わが国最大級のパワースポットである屋久島と高千穂とを旅した。

日程は以下のとおり。


1日目(3/12)東京→鹿児島(飛行機)
2日目(3/13)フェリーで屋久島到着、バスで島巡り(北部)    
3日目(3/14)縄文杉登山
4日目(3/15)白谷雲水峡ハイキング
5日目(3/16)バスで島巡り(南部)
6日目(3/17)屋久島出発~延岡(宮崎県)到着(高速船とJR)
7日目(3/18)延岡~高千穂~熊本(バス)
8日目(3/19)熊本~久留米~博多(福岡空港)→東京(JRと飛行機)

 交通手段は、飛行機・バス・路面電車・フェリー・高速船・電車・モノレール・タクシー・徒歩と多岐に及んだが、なにせペーパードライバーである。レンタカーだけはなかった。いつもながら、車に頼らなくてもこれだけ移動できて楽しめるという証明のような旅であった。時刻表を研究してバスを上手に使うことがコツである。あとは健脚。

 全体の予算は、おおむね以下の通り。

交通費  70000円(往復飛行機、バス、フェリー、高速船、電車)
宿泊費  26000円(7泊)
飲食代  12000円
その他  12000円(土産代、入場料、ステッキレンタル代ほか) 
合計  120000円

 一から自分で組み立てたプランだったのだが、オリオンツアーという屋久島に強い旅行会社(エイチ・アイ・エス系列)が企画しているプランを利用すれば、もっと安くなったかもしれない。が、その場合、かなり前から申し込む必要があるから、天気が読めない。これは屋久島行きの場合、大きなネックである。雨の屋久島も風情があって緑も生き生きして良いのかもしれないが、デビューは印象良く行きたいところである。でなくても、やさぐれた男女のイメージが頭の片隅にあるのだから。
 まず屋久島地方の向こう一週間の天気を調べて、なんとか晴れそうだという日を縄文杉登山の日と決めてから、それに合わせて他のスケジュールを組み、飛行機や宿の手配をしたのであった。(それができるのが無職の特権)

 しからば、屋久島&高千穂スピリチュアルツアーにいざ出発!

1日目(3/12)東京→鹿児島
 15:10羽田空港  ~ 17:10鹿児島空港(スカイマーク)
 17:30鹿児島空港 ~ 18:30鹿児島市内(バス)
 市内サウナ泊


山形屋 久しぶりの鹿児島。
 路面電車も瀟洒な山形屋デパートも懐かしい。
 フランシスコ・ザビエルも懐かしい。
 この3月に新幹線が開通した鹿児島中央駅は、すっかり建物が新しく立派になって賑やかであった。東京の主要駅とまったく変わらない雰囲気。スタバなんかも入っている。グローバル化の波も新幹線と共にやってきた。ザビエル像
 忘れちゃいけない。雄々しい桜島も懐かしい。この日、歓迎の雄叫び(噴火)を上げてくれた。
 
 夜、鹿児島中央駅近くの路地で見つけた「和田屋」でラーメンを食べる。あっさりした豚骨スープ。うまい!


2に続く。

● 本:『仏陀出現のメカニズム 拡大せし認識領界』(山口修源著)

修源 何か面白い本はないかと近所の古本屋を渉猟しているとき目についた。
 大袈裟なタイトルとハードカバーのぶ厚さ(442ページ)に最初は買う気なかった。「仏陀出現」とはいかにもトンデモ本っぽいし、大川隆法が自分のことを「仏陀再来」とかふざけたことを言っているのを連想させる。大体、輪廻を解脱した仏陀が再来するわけないのである。再来したのであれば、「もう二度と生まれ変わりません」と宣言した仏陀は嘘をついたことになるから、自身が作った五戒を破ったことになり、とうてい信用できる人物ではないということになる。山口修源という名前もまた、ちょっと前に世間を騒がせた「法の華」の福永法源を連想させて胡散臭さを感じさせる。
 著者プロフィールを見ると、

 幼少より無常観に生きる。中学より聖書を学ぶようになり、キリストに傾倒。同時に高校より仏教に目覚め、更に大学にてインド仏教を専攻。水行等の荒行や、『人間改造講座』の原型となった修行法の実践及び瞑想三昧の日々を経ながら、新聞記者を経験。啓示を受けて1986年ニュー・タイプス・ユニバースを設立、霊性向上を目指した『人間改造講座』を編纂し、指導にあたる。その後、延べ一年にわたる深山幽谷に於いての滝行を中心とした荒行と瞑想三昧の山籠りを経て、ヒマラヤにても数ヶ月に及ぶ行を為すも、目的に達せず。1990年、三十代半ばでついに因縁の地イスラエルの荒野に於いて二ヶ月の感応の行を成し、キリストの出現に出遭い、阿羅漢(悟)を得、現在に到る。


 ・・・・・・・・。

 またぞろ新興宗教団体のリーダーによる誇大妄想チックな自己宣伝本&信者勧誘本か。
 普通なら無視するところであるが、サブタイトル「拡大せし認識領界」がどうも気になる。手にとって中味をパラパラめくってみたら、思いの外であった。ずいぶんと堅気な学術書風な装いで、しかも最新の科学について書かれているらしい。各ページに付けられている用語注釈も親切でしっかりしている。
 前書きを読むとこうある。

 本書は、科学理論に基づいて述べられている。かなり難解である。これ程広い分野にまたがって論が進められ、しかも精緻に及んでいるものはほかに見聞したことがない。・・・・この種の本は、常に科学者の立場から著されてきたが、今回このような形で、行者の立場から分析されたことは意義のあることだと自負している。・・・・・
 これからの宗教は科学性を持たなければいけない。旧態依然とした形で、信じれば救われる的教義は、もはや時代遅れである。何より妄信・迷信・狂信の巣窟になりかねない。一件科学的内容を述べたものもあるにはあるが、結局は牽強付会的に自宗を擁護するところで止まっている。これでは宗教に新の未来は訪れない。


 自信たっぷりである。そこがちょっと恐いところだが、後半部分は正鵠を射ているし、冷静な分析が入っている。
 確かに、見るからに難解そうではあるけれど、4ヶ月通っていた介護の学校も終了したいまは元の無職に舞い戻り時間はたっぷりある。
 だまされるを覚悟で読んでみるか。(定価2000円のところを1000円で購入)

 読み終えるのに半月くらいかかるかなと踏んでいたのであるが、一週間足らずで読了してしまい、我ながら驚いている。
 面白くて、しかも読みやすかったのである。
 他人はどう思うか知らないが、トンデモは感じなかった。むしろ、著者の言うとおり、実に広い分野にわたる最新(この本の書かれた80年代終わり頃)の科学理論のダイジェストが、批判的な検討も加えながら、非常にわかりやすく体系的かつ客観的に紹介されており、現代の科学(物理学、分子生物学、脳生理学、精神分析学等)の最先端がどのあたりにあるのかを知る格好のテキストになっている。新聞記者の体験があるだけあって文章も実にこなれていて、うまい。
 これは当たりであった。
 やはり偏見は損をする。

 とは言え、やはり著者は行者であり宗教家である。
 自称「阿羅漢」でもある。


 阿羅漢とは完全に悟った(解脱した)人のことを言う仏教用語である。「完全に」悟ったとはどういう意味か。完全でない悟りもあるのか。
 そうなのである。
 仏教では悟りは4段階ある。
1.預流果(よるか)・・・悟りの流れに入った。今生にあと7回生まれ変わる間に解脱する。
2.一来果(いちらいか)・・・あと1回今生に生まれ変わって解脱する。
3.不還果(ふげんか)・・・今生には生まれ変わらない。天界に生まれ変わってその命が尽きて解脱する。
4.阿羅漢果(あらかんか)・・・もうどこにも生まれ変わらない。輪廻を脱した。

 こういったことが日本でこれまで伝えられてこなかったのはまことに不可解である。日本は大乗仏教の国で、釈迦本来の教えが入ってこなかった(広まらなかった)からという一応の理屈はあろうが、ことは仏教の核心たる、すべての修行者の最大にして最終目的たる「悟り」に関してである。
 悟りが何なのか、どうすれば悟れるのか、悟りには段階があるのか、伝統仏教(いわゆる小乗仏教)でははっきりと経典に示され、そのための修行体系も整っている、修行において最も重要なポイントが、我が国には明確に伝わっていなかったのである。長い日本仏教の歴史の中でどれだけ多くの行者や僧侶が悟りを求めて苦難呻吟してきたかを思うと、実にもったいないというか奇妙奇天烈な話である。おかげで、日本においては「悟り」というものが亀の毛か兎の角のように、現実にはありえない、暇で奇特な一握りの人間たちが執りつかれた世迷い言のようなものになってしまったのである。

 だが、実際に人は悟れるのである。
 最後の阿羅漢果まで行くのはさすがに難しいが、最初の預流果はきちんと修行すればそれほど期間をかけずに得られる。実際、古い経典でも釈迦の説法を聞いて一度に多くの人がその場で預流果を得た話があちこちに見られる。チャレンジする価値はある。

 話がそれた。
 山口修源は阿羅漢ということだから、完全に悟ったということである。本当だとしたら、たいしたことである。
 この本は、阿羅漢・山口修源が見出した究極の真理と、現在わかっている最先端の科学知識及び理論との整合性の確認という意味合いもある。「行者の立場から分析された」とはそういうことである。

 第一章では、著者のこれまでの人生で起った数々の神秘体験が述べられる。このあたりは好奇心も手伝って面白く読める。
 とりわけ、20歳の時に起こったという体験が興味深い。

 「アッ・・・無い!」
 「本当に無い。何も存在しない。全ては幻影ではないか」
  ・・・・・・・
 それは、劇的な体験だった。二十歳の夏の出来事だった。それまでの認識では、この世(現象世界・三次元世界)の存在は明らかに実在しており、且つ、非現象世界(四次元以上)も、三次元世界に重複して実在していると考えていたのである。もちろん、この考えは一定の法則性において間違ってはいない。しかし、これ以上の新たな認識、否、真実に気付かされたのである。・・・・・・端的に言えば、この世は存在しないーということになる。 


 修原氏(当時はまだ修源を名乗っていなかったであろうが)は、まさに般若心経で有名な「色即是空」を悟ったのである。
 面白いのは、このときの悟り方である。

 実は私にとって、この体験はもう一つの興味ある側面をもっていた。それは、従来のこの種の“神秘体験”が直感をもって行われてきたのに対し、この時に限っては、無限な程に速いスピードで脳が活動し、この把握(認識)を導き出したことである。脳が瞬時にして、信じ難い程のスピードで次々と論理を追い遂に最終結論を導き出したという驚くべき体験は、味わった者でなければ理解し難いことであろう。


 第2章からいよいよ本論である現代科学の分析に入る。
 次々と読者の前に紹介される学者や研究者の名前と彼らの提唱した理論名を挙げるだけでも、著者がいかに広い分野の本を読破し、科学素人の読者にかみ砕いて紹介できるまでに内容を深く理解しているかが分かる。そのうえ、各理論について欠陥や不足を指摘できるまでに検討・分析を加えているのである。これだけでも、修源氏が尋常でない頭脳の持ち主であることが知られる。

 詳しい内容は省くが、物理学(フリッチョフ・カプラやデイヴィド・ボームが登場)、分子生物学(今西錦司や利根川進やリチャード・ドーキンスが登場)、脳生理学(クンダリニーへの言及、ペンフィールドが登場)、精神分析学(フロイト、ユング、ソンディが登場)という多岐の異なる科学領域を闊歩しつつ、そこに浮かび上がって見えてくる‘統一理論’を著者は指し示そうとする。それはまた、著者が深い理解と敬意をもっているのが歴然である中国古来からの教えである道家思想につながる。

 われわれはこれまで、全くの自由意志の許に生きてきたと信じて疑うことはない。しかし、本書は、それを現代科学に基づいて否定してきた。実は、自由人生どころか機械的な人生であることを明らかとしてきたのである。さらには、先祖及び個人の前世にまで言及しその意識の奥に無意識なる存在があり、それによって衝き動かされているという心理学理論を紹介した。・・・・・それらを整合していくと、われわれには如何ともし難い因果の関係性を見出すのである。それは巨大な力でわれわれを衝き動かしていく。
 しかし、その巨大な力に抗し得る偉大な自我或いは自己或いは霊(たましい)の存在があることを心理学者は示してくれたのである。それは、物理学法則にいう「ゆらぎ」によって導かれるものである。われわれの透徹した意識は、このゆらぎを通して巨大な力に対抗し、すでに定められた運勢を少しでも良い方向に転換させることを可能とするのである。


 この「如何ともし難い因果の関係性」から抜けることが、いわゆる解脱なのであろう。
 修源氏は、そのための方法(修源之法)を一章をあてて読者に伝授してくれている。
 なに、おびえることはない。頭にヘッドギアなんかつける必要も、滝に打たれる必要もない。

 自観法―自分自身を観る、気づく。

 いま、あなたは私のこの本を読んでいるところだ。正にこの文字を見、理解しようと必死(?)である。そこでこの本を読んでいる自分に改めて気づけば良いのだ。これが自観法である。

 単純で簡単そうなのだが、やってみるとこれが結構難しいことに気づく。
 「今ここ」の自分自身(の身体・心・動き)に気づくことをサティ(念)と言うが、これこそ伝統仏教の悟りに至る瞑想と言われる「ヴィッパサナ瞑想」の中核を成す。してみると、修源之法はそれほどナンセンスなものではない。

 自分自身に気づくことがなぜ「如何ともし難い因果の関係性」の集合体であるところの自分を変容させるのか。
 その点について量子力学の第一命題とも言うべき次の一文が何かを示唆しているようで面白い。

 量子物理学において一個の粒子を観察すると、観察するという行為が、粒子そのものに対して何らかの影響を与える。


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