ソルティはかた、かく語りき

首都圏に住まうオス猫ブロガー。 還暦まで生きて、もはやバケ猫化している。 本を読み、映画を観て、音楽を聴いて、神社仏閣に詣で、 旅に出て、山に登って、瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

● 映画:『パーフェクト・ゲッタウェイ』(デヴィッド・トゥーヒー監督)

 2009年アメリカ映画。

 タイトルが良くない。
 というか、これは原題なので仕方ないとしても、なぜ適当な邦訳をつけないのだろうか。
 ミラ・ジョヴォヴィッチ主演をいいことに、『バイオハザード』のようなSFアクションと勘違いさせる為か。
 『とんだカップル~血塗られたビーチ』なんてのはどうか?
 『欺かれたハネムーン』は?
 『殺楽園』は?・・・。
 
 途中までかったるい。
 奇跡のように美しいハワイの風光明媚がなければ、とても見続けられない。
 ある一点を境に、物語が逆転し、驚くのもつかの間、あとはジ・エンドまで一気呵成のスリラー&アクション。
 見終わったあとに、もう一度最初から一つ一つのシーンを確認したくなること請け合い。主役二人のせりふの掛け合いや表情、彼らの一つ一つの行動とその理由などを確認する楽しみが待っている。
 すると、なるほどうまいこと作られているなあ~、と感心する。

 レオナルド・デカプリオの『シャッター・アイランド』同様、語りそのものがトリックという点で、アガサ・クリスティの有名な戯曲を想起した。
 しかし、トリックをのぞいたら、凡庸な作品。
 


評価: C+

参考: 

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 

「東京物語」 「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。

「風と共に去りぬ」 「未来世紀ブラジル」 「シャイニング」 「未知との遭遇」 「父、帰る」 「フィールド・オブ・ドリームス」 「ベニスに死す」 「ザ・セル」 「スティング」 「フライング・ハイ」 「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」 「フィアレス」 ヒッチコックの作品たち

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。

「アザーズ」 「ポルターガイスト」 「コンタクト」 「ギャラクシークエスト」 「白いカラス」 「アメリカン・ビューティー」 「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。

「グラディエーター」 「ハムナプトラ」 「マトリックス」 「アウトブレイク」 「タイタニック」 「アイデンティティ」 「CUBU」 「ボーイズ・ドント・クライ」 チャップリンの作品たち   

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)

「アルマゲドン」 「ニューシネマパラダイス」 「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ~。不満が残る。

「お葬式」 「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった

「レオン」 「パッション」 「マディソン郡の橋」 「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!

●  高野山・南山進流馨明コンサート:「馨奏一如」

 12月8日、みらい座いけぶくろ(豊島公会堂)にて。
 
 声明とはお経に節をつけたもの。空海が伝えた真言声明、最澄が伝えた天台声明のほか、各宗派で伝統的に受け継がれてきた声明がある。
 当日パンフレットによると、声明と音楽の共演は本来珍しいものではなく、東大寺大仏の開眼供養会(752年)において、一万人の僧侶が雅楽や伎楽と共に声明を披露したという。しかし、近年の仏教寺院は音楽を閉め出してしまったので、今回の「馨奏一如」はまさに声明が本来持つべき音楽的原点への回帰なのである。

 高野山と題したところからわかるように、今回の声明は真言宗の法会の形式を軸としたものである。全国から集まった真言宗の僧侶たちが唱える声明と、二胡や尺八や箏や和太鼓といった伝統楽器、ギター、パーカッション、キーボードといった現代楽器とのコラボレーションである。

 結論を言うと、読経本来が持っている力―清らかさ、荘厳さ、ありがたさ、凛とした美しさ、空気を震わせ場を浄化する力など―の大半が失われてしまい、代わりにオーケストラを聴いているかのような音楽的壮麗さ、重層性、華やかさ、迫力があった。声明か音楽か、という点では音楽の方が勝っていた。というより、全体に音楽としての出来映えを優先したのではないかと思う。そこでは声明もまた、楽器の一つにすぎないという感じであった。
 これは監修者(山崎篤典)の考えなのかもしれない。声明を唱える僧侶たちが若年ばかりであったことによるのかもしれない。(たしかに、音楽をつけない声明だけを聞くと、若いだけに張りのある声は気持ちいいのだが、心境の深さようなものは感じられなかった。) あるいは、鋭角的な強い響きを持つ現代楽器に引きずられてしまうせいなのかもしれない。
 個人的には、もう少ししっかり声明そのものを聴きたかった。
 しかし、プログラムのメインを飾った「般若心経」などは、もともとのお経そのものがきわめてリズミカルで歯切れ良く、また構造もダイナミックで呪文というクライマックスも用意されているので、そういった特徴が音楽との融合により増大される結果となり、華々しい効果が見られた。

 客席は高齢者が圧倒的。

 自分の精神はすでに老後にいるのか。



● 本:『反社会学講座』(パオロ・マッツァリーノ著、ちくま文庫)

002 最近読んだ本の中で、最も面白かった。

 「反社会・学」―つまり、テロリズムや極道やアナーキズムやソーローの『森の生活』的社会離脱のすすめとか、そういった類いの本かと思って手に取ったら、「反・社会学」なのであった。
 うさんくさい統計や怪しげなアンケート調査を手がかりに社会問題を提起し、具体的な解決への道筋も方策も示さないままに無責任な悲観論を繰り広げるのをこととする社会学、そして社会学的手法によってもっともらしいウソの要因を捏造し、自分にとって都合の悪い真の原因から世間の目をそらせようとするスーパーペシミスト(スーペー)に対する反旗ののろしなのである。

 まな板にのせられるテーマは、だから、世間一般的にもっともらしく聞こえ、思わずうなずいて賛同してしまいかねない言説ばかりである。曰く、
 
○ 昨今、少年凶悪犯罪が増加している。
○ 日本人は勤勉な国民である。
○ 欧米の若者は自立している。
○ 読書にはすばらしい効用がある。
○ 人と人とのコミュニケーションやふれあいが大切である。
○ 少子化により労働力が減り、日本経済は破綻する。
○ 少子化により年金制度は破綻する。
○ イギリス人は立派で日本人はふにゃふにゃ。
○ パラサイトシングルやフリーターやひきこもりの増加が、日本をダメにする。 

 こういった言説の一つ一つを、論拠とされている統計の不備や欠陥をあばき、情報を流す者によって半ば意図的に隠されているデータ(特に海外の実態)を添えることによって、あれよあれよとひっくり返していく。そのやり方が、「正義感に燃えて」とか「怒りにうち震えて」とかではなくて、ちょっと毒を聞かせたユーモアで、日本人読者のプライドを傷つけかねない棘をやわらかく包みながら、時には爆笑させ、時にはニヤっと苦笑させながら、すいすいと運んでいくところがニクイほどうまい。

 自分もさまざまな日本の制度や風習の欠点を指摘するときに、つい「欧米では~」とやってしまいたくなることがある。文明開化以来日本民族に刷り込まれた欧米賛美、というか欧米コンプレックスが、敗戦後のアメリカ文化洗脳でさらに拍車をかけられて、心の中に根付いているのだろう。
 自戒、自戒。

 福祉や教育の分野でも今や当たり前のように使われて神棚に奉られている「自立」とか「自己決定」という言葉に対しても、著者は容赦なく刃を向ける。 


「自立している」人など、どこにもいやしません。世界中の誰もが誰かに依存して成り立っているのが現代社会です。他人に迷惑をかけずに生きることなどできません。自立の鬼は、自立という幻想を喰らって太る妖怪です。
 それじゃあ、なにもしなくてもいいのか、とはなりません。依存と努力の両立こそが大切ですが、やっかいなことに、日本人は努力も幻想にしてしまっているのです。「やればできる」と励ます人がその元凶です。やってもできない人のほうが圧倒的に多いというのに、あまりにも無責任なことをいいます。・・・・・・・
 「やればできる」は努力を勧めているようで、じつは暗に結果を求めています。教育者たるもの、そんなウソを教えてはいけません。「できなくていいから、やってみろ。それでダメなら生活保護があるさ」と教えるのが、本物の教育者です。

 すべてのもっともらしいウソをひっくり返した先の処方箋がここにある。
 これこそユーモアとブラックジョークによって覆い隠されたいま一つのもの、著者のやさしさの核であろう。
 
  
 

● オタクかゾンビか? 映画:『ゾンビランド』(ルーベン・フライシャー監督)

 2009年アメリカ映画。

 スパッ、ビューッ、ドボドボ、ガブッ、ドロドロ、ゲボゲボのスプラッタムービー。
 こういうのが苦手な人には絶対におすすめできない。


 掛け値なしのB級映画である。
 が、制作費を4倍以上上回る大ヒットを記録。各地の映画祭での評判も高かったようだ。コメディ映画の往年の人気スターであるビル・マーレイが本人役で出演していて、あっという間に非常にオマヌケな情けない殺され方をするのも見ものである。


 スプラッタは好きではないが、「生き残るために必要な32のルール」設定など、語り口にいささかのセンスのよさが感じられたので、我慢して見続けたら、単なるスプラッタではなかった。
 スプラッタの部分をのぞけば、主人公の青年コロンバス(ジェシー・アイゼンバーグ)の成長物語となっているのだ。その意味では西洋の伝統的なビルデュングスロマン(教養小説)の系譜に連なる。
 ただし、いにしえの成長物語は、「世間知らずの若者が夢や野心を持って社会に飛び出すが、厳しい現実にぶつかって挫折する、または幻滅する。が、その過程で、友情や愛を育み、新たな目で世間を見ることを覚え、大人になっていく」というパターンであった。『真夜中のカウボーイ』や『ソフィの選択』が典型的である。
 現在のそれ、少なくとも、この作品で描かれたそれはいささか異なる。
 「ひきこもりでオタクの若者がどうしようもない周囲の状況から否応なく社会におっぽり出され、同じようなハミダシ者たちと出会い、共通の敵と闘いながら友情や愛を育み、世間とは違った価値観を生きる自分を肯定していく。」


 昔は、「社会化すること=世間に同化すること=成長」という図式があったが、今では「社会」も「世間」も必ずしも成長のゴールではない。そこにいるのが死にぞこないのゾンビばかりだとしたら、社会化に何の意味があろう? オタクから脱皮してゾンビになるのではつまらないではないか。
 ゾンビとの血みどろの戦いをくぐり抜け、生まれてはじめて「仲間」を見つけたコロンバスの最後の気の利いたせりふが、B級スプラッタコメディに過ぎなかったこの作品を、現代社会とそこに生きる孤独な人々を揶揄するB級風刺作品へと不意に変貌させる、その鮮やかさに感服した。




評価: B-

参考: 

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 

「東京物語」 「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。

「風と共に去りぬ」 「未来世紀ブラジル」 「シャイニング」 「未知との遭遇」 「父、帰る」 「フィールド・オブ・ドリームス」 「ベニスに死す」 「ザ・セル」 「スティング」 「フライング・ハイ」 「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」 「フィアレス」 ヒッチコックの作品たち

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。

「アザーズ」 「ポルターガイスト」 「コンタクト」 「ギャラクシークエスト」 「白いカラス」 「アメリカン・ビューティー」 「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。

「グラディエーター」 「ハムナプトラ」 「マトリックス」 「アウトブレイク」 「タイタニック」 「アイデンティティ」 「CUBU」 「ボーイズ・ドント・クライ」 チャップリンの作品たち   

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)

「アルマゲドン」 「ニューシネマパラダイス」 「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ~。不満が残る。

「お葬式」 「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった

「レオン」 「パッション」 「マディソン郡の橋」 「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!

 

● 千の船を連れてきた顔 映画:『トロイのヘレン』(ロバート・ワイズ監督)

 1955年アメリカ映画。

 CGも3Dもデジタル合成もない時代に、大がかりなセットと大人数のエキストラと莫大な制作費を使い「ハリウッドの威信をかけて」作られた、いわゆるスペクタクル史劇。
 「アメリカは偉大だった。元気だった。単純だった。」としみじみ思う。
 剣闘シーンも戦闘シーンも見ごたえたっぷり、おなかいっぱいになれる映画。 
 
 アメリカ人はなぜかこういうスペクタクル史劇が好きである。
 よく知られていてレンタルショップで見かけるものだけ挙げても、

  57  十戒 (セシル・B・デミル)
  59  ベン・ハー (ウィリアム・ワイラー)
  60  スパルタカス (スタンリー・キューブリック)
  63  クレオパトラ (ジョゼフ・L・マンキーウィッツ)
  65  偉大な生涯の物語 (ジョージ・スティーブンス)
  66  天地創造 (ジョン・ヒューストン)

 ハリウッド黄金期(30~40年代)が終わった後に、こういった大作が続々と出てくるのも興味深いけれど、アメリカ人のスペクタクル史劇好きは、『グラディエーター』(2000年)、『アレキサンダー』(2004年)、『トロイ』(2004年)と今も健在である。
 考えてみると、これは不思議である。

 フランス人が『ナポレオン』を撮ったり、ロシア人が『イワン雷帝』を撮ったり、イギリス人が『エリザベス』を撮ったり、イタリア人が『カリギュラ』を撮ったり、日本人が『日本誕生』を撮るのは不思議ではない。自らのアイデンティティのルーツであるし、観客にとってもどこかで一度は耳にしたことがある親しみやすい物語であり、良くも悪くも祖国のヒーロorヒロインであるからだ。
 しかるに、なぜアメリカ人が、エジプト人が撮るべきクレオパトラを撮るのだろう? ギリシヤ人が撮るべきアレキサンダーを撮るのだろう?
 モーゼやキリストについてならまだ分からなくもない。旧約聖書も新約聖書もキリスト教という点では、アメリカ人の心の拠り所であり、ルーツと言えるから。
 たとえ、莫大な制作費があろうとも、日本人監督が日本の俳優を使ってクレオパトラを撮るなど、まず考えられない。昔、コミックが大ヒットした「ベルサイユのバラ」が映画化されたが、さすがに俳優は外国人を使っていた。そもそもこれは、漫画のヒットの二匹目のドジョウをねらっての映画化なので別物と考えるべきだ。史劇と言うより恋愛ドラマだし、あれは・・・。

 アメリカ人の史劇好き。
 それは、アメリカの歴史の浅さコンプレックスの裏返しなのかもしれない。
 国民に共通した「神話」を持たない民族の羨望なのかもれない。

 アメリカという国が生まれたとき、日本は江戸時代中頃である。天皇によって体現された神話と滔々たる歴史とを持った「アイデンティティのできあがった民族」だったのである。
 一方、アメリカはどうか。
 キリスト教徒(特にプロテスタント)であるというだけではアイデンティティとして弱い。なぜなら、キリスト教国など他にもたくさんあるから。プラスアルファとしてアメリカ人が基盤として誇れるものは、つまるところ、独立宣言と合衆国憲法と奴隷解放宣言にほかならない。すなわち、「自由」「正義」「平等」「権利」。それ以外に求めるとしたら、「金」と「武力」になる。
 いずれにせよ、「平和」がない。
 そのアメリカが日本に「平和憲法」を押しつけた(もたらした)のだから、不思議な巡り合わせである。

 話がそれた。

 トロイのヘレンは歴史上1,2をあらそう美女である。
 スパルタの王であるメネラオスを捨てて、トロイの王子パリスと出奔。怒ったメネラオスはギリシャ全土から「千艘の船を引き連れて」トロイを攻撃、滅亡に追いやった。いわゆる、トロイ戦争である。
 国家を揺るがすほどの美女を「傾城」と言うが、まさに、クレオパトラ、楊貴妃と並ぶ傾城である。
 それだけのことを巻き起こしたヘレンの美貌が尋常であるわけがない。ただ美しいだけでなく、見た者を虜にする魔性の輝きを放っていたであろう。

 ヘレン役のロッサナ・ポデスタはまぎれもなく美女である。が、男を狂わせ国の命運を左右するだけの魔力は感じられない。
 もっとも、この映画ではヘレンは悪女ではなく、平和と愛をもとめる賢い女性として設定されていて、パリスとの駆け落ちも彼女の本意でなく状況的に止む終えなかったものと描かれている。だから、作品上では十分なヘレン役ではある。
 だが、やはり個人的には傾城のヘレンこそ観たかった。その魅力に酔いたかった。
 としたら、やはり、この人しかいない。

 グレタ・ガルボ。

 彼女がテクニカラーに間に合わなかったことが本当に残念である。
 


評価: B+

参考: 

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 

「東京物語」 「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。

「風と共に去りぬ」 「未来世紀ブラジル」 「シャイニング」 「未知との遭遇」 「父、帰る」 「フィールド・オブ・ドリームス」 「ベニスに死す」 「ザ・セル」 「スティング」 「フライング・ハイ」 「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」 「フィアレス」 ヒッチコックの作品たち

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。

「アザーズ」 「ポルターガイスト」 「コンタクト」 「ギャラクシークエスト」 「白いカラス」 「アメリカン・ビューティー」 「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。

「グラディエーター」 「ハムナプトラ」 「マトリックス」 「アウトブレイク」 「タイタニック」 「アイデンティティ」 「CUBU」 「ボーイズ・ドント・クライ」 チャップリンの作品たち   

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)

「アルマゲドン」 「ニューシネマパラダイス」 「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ~。不満が残る。

「お葬式」 「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった

「レオン」 「パッション」 「マディソン郡の橋」 「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!


● 映画:『今日も僕は殺される』(ダリオ・ピアーナ監督)

 2007年アメリカ映画。

 主人公イアン青年は、毎日午後5時過ぎになると何者かに殺され、記憶を消されて、新たな人生に送られる。
 そのことに徐々に気づいてきたときから、奇怪な人物や出来事が次々と襲いかかってくる。
 一体なにが彼に起こっているのか?

 シチュエーション自体は面白いと思う。
 テンポも悪くない。
 観る者は、イアンの立場に身を置いて、混乱や疑惑や恐怖を体験し、次第に明らかにされていく真相に強く気を引かれることになる。

 しかし、その真相とやらがいただけない。
 新機軸もなければ説得力もない。
 イアンが毎日殺されなければならない理由も釈然としないまま、理屈の分からない解決方法で決着する。
 不条理ミステリー&サスペンスと思っていたものが、化け物ホラーに堕してしまうのも残念。

 同様の設定でなら、ジョン・オーガスト監督の『9-ナイン』(2007年)のほうが断然素晴らしく、気が利いていて、感動的。(「ナイン」と題した映画はたくさんあるので要注意)



評価: D+

参考: 

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 

「東京物語」 「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。

「風と共に去りぬ」 「未来世紀ブラジル」 「シャイニング」 「未知との遭遇」 「父、帰る」 「フィールド・オブ・ドリームス」 「ベニスに死す」 「ザ・セル」 「スティング」 「フライング・ハイ」 「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」 「フィアレス」 ヒッチコックの作品たち

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。

「アザーズ」 「ポルターガイスト」 「コンタクト」 「ギャラクシークエスト」 「白いカラス」 「アメリカン・ビューティー」 「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。

「グラディエーター」 「ハムナプトラ」 「マトリックス」 「アウトブレイク」 「タイタニック」 「アイデンティティ」 「CUBU」 「ボーイズ・ドント・クライ」 チャップリンの作品たち   

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)

「アルマゲドン」 「ニューシネマパラダイス」 「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ~。不満が残る。

「お葬式」 「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった

「レオン」 「パッション」 「マディソン郡の橋」 「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!






 

●  映画:『祇園囃子』(溝口健二監督)

祇園囃子 1953年、大映作品。

 冒頭のタイトルバックで延々と映される京都の街並み。
 高いビルディングも広告も電線もなく、古い木造の家並みからすっと抜け出るように五重塔や鐘楼などが点々とそびえる。背景に黒々と迫るは北山、はたまた東山か。空が広い。
 このような幻想的な京都の光景は、もはや二度と目にすることができない。
 古き良き古都は喪われてしまった。
 永遠にー。

 芸妓の世界もまた能やお茶と同様、古き良き日本文化の伝統を伝えるものである。
 だから、舞妓になる決心をした少女・栄子(若尾文子)は、他の娘たちと一緒に師匠について芸事の稽古に明け暮れる。芸妓のなんたるかもよく知らないままに。
 いきなり抱きついてきた贔屓客の口を噛み切る、戦後育ちのアプレ(現代風)なじゃじゃ馬娘を演じる弱冠二十歳の若尾がなんとも可愛いらしい。デビュー当時、「低嶺の花」と言われ、庶民的な魅力で売っていたと言うが、後年の若尾にはその形容はまったくふさわしくない。わずか3年後の『赤線地帯』ではすでに大女優のきざしがうかがえる。
 これは、若尾が脱皮する前の初々しい姿をとどめた貴重なフィルムなのである。

 栄子の面倒を引き受ける先輩芸者・美代春(木暮実千代)。
 花街の風習にあらがい、特定の旦那をつくらない。凛とした美しさのうちに、情のもろさや女が一人生きる哀しみを漂わせる名演である。

 もう一人の主要な女は、置屋の女主人お君(浪花千栄子)。芸者達から「かあさん」と頼りにされ、客の男たちの欲望の裏も表も知り尽くした花街の伝統を体現する女だ。

 世代の異なるこの三人の女の生き方やふるまい方、そして栄子の不始末と男たちの欲望をめぐって仲違いする三人の関係を鮮やかに描いている。
 カメラの宮川一夫の丁寧な仕事ぶりも健在である。

 三人の生き方は、各々の花街との関わりの長さ、深さ、洗脳度によって異なる。
 お君の務めは茶屋を切り盛りし、花街をささえること。そのためには、客の男たちの企みの手先となって、抱える芸妓たちを駒のように動かすのは当たり前。
 売れっ子芸妓の美代春は、芸は売っても心は、いや、体は売らぬ。好きでもない男の手に落ちるはまっぴらごめんと一人頑張ってきたが、栄子の不始末が原因でお君からお座敷を干されてしまう。妹分の栄子を守るために、ついに大企業のお偉いさんに体を許す。
 「日本国憲法の基本的人権は、好きでもない客から私たちを守ってくれる」と息巻いていた栄子は、美代春の犠牲を知って、ついに「日本が世界に誇る伝統文化なんて嘘八百。芸妓とは結局、きれいなおべべを着た娼婦と変わりがない。」という事実を知る。
 三人の女はみな、花街という構造の、芸者遊びを求める男たちの欲望の犠牲者である。そこから抜け出すすべもなく、おのれに降りかかる運命をそれぞれのやり方で闘いながら受け入れるしかない。

 しかし、男たちもまた組織という構造の犠牲者である。自分の会社を守るため、大口の仕事を取るために、取引先のお偉いさんを接待するのに汲々としている。そのためには「女」を使うのが一番なのだ。
 では、取引先のお偉いさん、金持ちで地位ある男の一人勝ち、一番得するのだろうか。
 溝口は、美代春にこう言わせている。
 「どんなに金持ちだって、どんなに地位があったって、一人ぼっちはやはり寂しいもの。それより、貧乏でもこうやって仲間同士助け合って生きていくのが一番。」
 なんと美代春は深いことか。やさしいことか。

 そう。この構造は誰にとっても不幸なものである。

 この映画からすでに60年近く経った。
 構造は消えたのだろうか。
 好きでもない男に体を売らなければ生きていけない女たちは消えたのだろうか。
 会社のために女を利用して接待する男たちは消えたのだろうか。
 「花街」「芸者遊び」という体裁すらもはや必要としないところで、欲望があからさまに取引きされているのが現代ではないだろうか。

 古き良きものが失われた代償として、古き悪しきものも消えたのであればまだ救われる。
 古き良きものがなくなって、古き悪しきものだけが残っているとしたら、日本のこの数十年はなんだったのだろう?




評価: B-

参考: 

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 

「東京物語」 「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。

「風と共に去りぬ」 「未来世紀ブラジル」 「シャイニング」 「未知との遭遇」 「父、帰る」 「フィールド・オブ・ドリームス」 「ベニスに死す」 「ザ・セル」 「スティング」 「フライング・ハイ」 「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」 「フィアレス」 ヒッチコックの作品たち

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。

「アザーズ」 「ポルターガイスト」 「コンタクト」 「ギャラクシークエスト」 「白いカラス」 「アメリカン・ビューティー」 「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。

「グラディエーター」 「ハムナプトラ」 「マトリックス」 「アウトブレイク」 「タイタニック」 「アイデンティティ」 「CUBU」 「ボーイズ・ドント・クライ」 チャップリンの作品たち   

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)

「アルマゲドン」 「ニューシネマパラダイス」 「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ~。不満が残る。

「お葬式」 「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった

「レオン」 「パッション」 「マディソン郡の橋」 「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!


● 山道を歩きながら考えた:高尾山(599m)・城山(670m)

111130_1021~01●11月30日(水)晴れ、風なし、小春日和

●ルートとタイムスケジュール
10:10 京王線・高尾山口駅着
      歩行開始
11:45 高尾山頂上着
12:30 城山山頂上着
13:30 下山開始
14:30 小仏バス停着
      歩行終了
14:40 京王バス乗車
15:00 JR高尾駅着

●所要時間 4時間20分(=歩行3時間+休憩80分)


 小春日和、紅葉シーズン。そして、高尾山はミシュラン三つ星の名山。都心からのアクセスも良く、山頂近くまでケーブルカーやリフトで気軽に上れる。登山道も歩きやすく整備されている。薬王院をいただく信仰の山としても名高い。人気があって当然の山ではある。
 しかし、平日にも関わらず、なんと人の多いことか。
 京王線の高尾山口から登山口となるケーブルカー清滝駅までの小道は、まるで日曜日の竹下通り、もとい巣鴨地蔵通りであった。
 そう、万全の登山スタイルに身を包んだ「毎日が日曜日」な高齢者グループに、山道はすっかり占拠されたのである。
 
 これが高齢社会か・・・。

 山登りできる体力と元気と仲間がいることは素晴らしいことである。
 総じて彼らはお金がある。靴もヤッケもスティックもザックも、アウトドアショップで売っている本格的なものばかりだ。1000円のジョギングシューズ、1500円のデイバッグ、ユニクロのコットンパンツで、どんな山でも登ってしまう自分とは大違いである。プロ仕様としか思えないゴージャスなカメラを抱えて動き回っているおじいさんもよく見かける。(この記事の写真はすべてau携帯で撮影)
 まあ、パンプスにタイツ姿の若い女性、ベビーカーを押しながら山道を登ろうとするヤンママ集団・・・。あきれるほど山をなめている若者たちに比べれば、彼らの山に対する態度は立派である。

 高尾山の登山路では琵琶滝の脇を通って渓谷を遡る6号路がもっとも人気が高い。森と水を十二分に楽しめる気持ちのいいコースである。自分も大抵このルートをとる。
 しかし、今日は数珠つなぎのように前にも後ろにも人が続く。なんと11月いっぱいは混乱を避けるため、登り専用になっていた。こんなことは他に富士山くらいしか考えられまい。
 予定を変えて、琵琶滝の横の階段を上って、森を横断し、3号路に変更することにする。いきなり登りが続くが、案の定、人は少なくなった。ゆっくりと一歩一歩踏みしめながら、高度を上げていく。
 ところが、3号路は崖崩れのため通行禁止。いったん表参道(1号路)に出て、浄心門(写真)のところで、4号路に入る。
 いろいろなルートがあって、植生や景色の違いを楽しめるところが高尾山のもう一つの魅力である。 

 山頂近くのトイレは改修工事をしていた。ミシュランに載ってから、山のあちらこちらで整備が進んでいる。新しい展望台や階段ができ、東屋ができ、ところどころ道が広くきれいになった。
 それはいいことなのだが、木々の間から見える建設中の圏央道のグロテスクさは、どんなに山自体をきれいにしたところでどうなるものではない。環境や生態系の破壊も気になる。

111130_1116~01 111130_1147~01 

 
 高尾山頂はまるで花見会場のような賑やかさであった。腰を下ろす場所を見つけるのも一苦労。
 紅葉を天井に一息ついていると、隣りで昼食を取っている高齢者グループの会話が耳に入ってきた。

 「Aさん、三日前に亡くなったんだってさ」
 「へえ、いくつだったっけ?」
 「75歳」
 「え~、まだ若いのにねえ。なんで死んだの?」
 「肺ガンだって」
 「ああ、ずいぶんと煙草吸ってたもんね。Bさんと同じだ。」
 「違うよ。Bさんは脳梗塞だよ」
 
 これが高齢社会か・・・・。

 天気は西から下り坂。富士山は見えなかった。

111130_1235~01 高尾山から城山への道は、尾根とは言え、上り下りが続き、短い距離のわりには疲労する。
 しかし、山頂は高尾より断然城山がいい。
 広々として、眺めも東西に開けている。
 都心側の崖の突端に、新しく木彫りの天狗の像が立っていた。
 微妙・・・。

 昼食にする。
 ここで最大のお楽しみは、城山茶屋のなめこ汁(250円)。
 なめこと豆腐のたっぷり入った醤油仕立てのあつあつの汁をいただくと、実に幸福な気分になる。
 こんなにおにぎりと合うものが他にあるだろうか。
 おそらく、下界で同じものをいただいても同じ感動はないだろう。
 はるばる時間と体力かけて登ってきて、心晴れる眺めを見下ろしながらこその美味である。
 
 ああ~、登ってきて良かったあ~。

 下山はあっという間。
 高尾駅から送迎バスに乗って「ふろっぴい」で温泉に浸かる。
 湯上がりに生ビールをぐいっと飲み干して、無事山登りが終了。

 それにしても・・・。
 数年後には団塊の世代が定年を迎える。
 彼らもまたどっと山に繰り出すことだろう。
 アクセスの良い人気のある山はどこも渋滞になるかもしれない。
 静かな山歩きを楽しみたい自分のような人間にとっては災難である。

111130_1350~01 これもそれも高齢社会ゆえ、仕方あるまい。

  

 
 

 



  

● 日本映画最良の布陣 映画:『破戒』(市川昆監督)

 1962年、大映制作。

 キャスト・スタッフの顔ぶれがすごい。
 主演の市川雷蔵は、生真面目な暗い眼差しが被差別部落出身の負い目を持つ瀬川丑松に過不足なくはまっている。正義感あふれる友人の土屋銀之助役に若き長門裕之。なるほどサザンの桑田そっくりだ。解放運動家・猪子蓮太郎役に三國連太郎。白黒の画面に映える洋風な凛々しい風貌が印象的。後年、三國は自らの出自(養父が非人であった)をカミングアウトしたが、抑制されたうちにも思いの籠もった品格ある演技である。中村鴈治郎、岸田今日子、杉村春子、『砂の器』ではハンセン病患者を名演した加藤嘉、落ちぶれた士族になりきった船越英二、この映画が女優デビューとなった初々しい藤村志保(原作者の島崎「藤村」+役名「志保」が芸名の由来だそうだ)。錚々たる役者たちの素晴らしい演技合戦が堪能できる。
 脚本(和田夏十)も素晴らしい。音楽はやはり『砂の器』の芥川也寸志。
 そして、そして、なんと言ってもこの映画を傑作に仕立て上げた最大の立役者は、撮影
の宮川一夫である。

 市川昆の映画というより、宮川一夫の映画と言ってもいいんじゃないかと思うほど、カメラが圧倒的に素晴らしい。この撮影手腕を見るだけでも、この映画は観る価値がある。
 下手に映像が良すぎると物語や演技を食ってしまい、全体としてバランスを欠いた残念なものになってしまうケースがおいおいにしてある。が、この作品の場合、もともとのストーリが強烈である上に、役者達の演技も素晴らしいので、見事に映像と物語が釣り合っている。丑松が生徒たちに自らの出自を告白するシーンなど、白黒のくっきり際立つ教室空間で丑松の背後に見える窓の格子が、まるで十字架のようにせりあがって見え、象徴的表現の深みにまで達しているかのようだ。
 市川昆監督が狙った以上のものを、宮川カメラマンが到達して表現してしまったのではないかという気さえする。


 「丑松思想」の悪名高き原作の結末を、いったいどう処理するのだろうと懸念していたら、やはり大きく変えていた。
 原作では、丑松は自分の教え子の前で出自を隠していたことを土下座し、アメリカに発つ。いわば日本から避げるのである。悪いことをしたわけでもないのに習俗ゆえに厳しい差別を受けてきた人間が、なぜ謝らなければならないのか。なぜ逃げなくてはならないのか。藤村の書いた結末は、当時としては現実的なものだったのかもしれないが、当事者にとってみれば希望の持てるものではない。

 時代は変わった。生徒の前で土下座するシーンこそ残されているが、友人である土屋が自らの偏見を反省し丑松への変わらぬ友情を表明するシーン、東京へ去っていく丑松を生徒たちが変わらぬ敬慕の眼差しで見送るシーン、丑松が猪子蓮太郎の遺志を継ぎ部落開放運動に飛び込む決心をするシーンなど、新たに作られた場面は感動的であると同時に、希望を感じさせる。

 差別する人々、無理解な人々がいかに沢山いようとも、理解し励まし一緒に声を上げてくれる一握りの仲間がいれば、人はどん底からでも這い上がり、前に向かって歩くことができる。
 そのメッセージが心を打つ。 
 



評価: A-

参考: 

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 

「東京物語」 「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。

「風と共に去りぬ」 「未来世紀ブラジル」 「シャイニング」 「未知との遭遇」 「父、帰る」 「フィールド・オブ・ドリームス」 「ベニスに死す」 「ザ・セル」 「スティング」 「フライング・ハイ」 「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」 「フィアレス」 ヒッチコックの作品たち

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。

「アザーズ」 「ポルターガイスト」 「コンタクト」 「ギャラクシークエスト」 「白いカラス」 「アメリカン・ビューティー」 「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。

「グラディエーター」 「ハムナプトラ」 「マトリックス」 「アウトブレイク」 「タイタニック」 「アイデンティティ」 「CUBU」 「ボーイズ・ドント・クライ」 チャップリンの作品たち   

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)

「アルマゲドン」 「ニューシネマパラダイス」 「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ~。不満が残る。

「お葬式」 「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった

「レオン」 「パッション」 「マディソン郡の橋」 「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!


● 今、もっとも日本人にすすめたい  映画:『みえない雲』(グレゴール・シュニッツラー監督)

 2006年。ドイツ映画。

 原題はDIE WOLKE(雲)。
 原発事故で発生した放射能を含んだ雲のことである。

 西ドイツのある町で原子力発電所の放射能漏れ事故が起こり、周辺に住む人々に避難警報が発令される。
 物語前半は、高校生のハンナと弟のウリーが放射能から逃れようと、家を捨て町を脱出するまでの姿をパニック映画のスタイルで描く。後半は、事態がひとまず落ち着いたものの、病院に収容されたハンナや友人や恋人が次々と発病し、死の恐怖と闘っていくなかでの人間ドラマを描く。

 事故直後は、見えない放射能よりも、見えるパニックのほうが実際には恐ろしい。ウリーは、放射能ではなくて、パニックの中で猛スピードで逃げる自動車に轢かれて死んでしまう。結果論ではあるが、逃げずに家の中に籠もっていたほうが安全だったのだ。
 一方、放射能の恐怖は、直接の被爆でなければ、あとからじわじわとやってくる。髪の毛が抜け、皮膚に腫瘍があらわれ、体は痩せ細り、周囲の人々から恐れられ・・・。ハンナと恋人のエルマは、再会の喜びもつかの間、二人とも発病する。
 時を分けて襲ってくる二段重ねの恐怖の実態がよく描けている。

 主人公ハンナを演じたパウラ・カレンベルクは、チェルノブイリ原発事故のときに胎児であった。外見こそ健常であるが、心臓に穴が開いており、片方の肺がないとのこと。

 いま日本人がもっとも観ておきたい映画である。
 まだ遅くはない。



評価: B+

参考: 

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 

「東京物語」 「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。

「風と共に去りぬ」 「未来世紀ブラジル」 「シャイニング」 「未知との遭遇」 「父、帰る」 「フィールド・オブ・ドリームス」 「ベニスに死す」 「ザ・セル」 「スティング」 「フライング・ハイ」 「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」 「フィアレス」 ヒッチコックの作品たち

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。

「アザーズ」 「ポルターガイスト」 「コンタクト」 「ギャラクシークエスト」 「白いカラス」 「アメリカン・ビューティー」 「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。

「グラディエーター」 「ハムナプトラ」 「マトリックス」 「アウトブレイク」 「タイタニック」 「アイデンティティ」 「CUBU」 「ボーイズ・ドント・クライ」 チャップリンの作品たち   

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)

「アルマゲドン」 「ニューシネマパラダイス」 「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ~。不満が残る。

「お葬式」 「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった

「レオン」 「パッション」 「マディソン郡の橋」 「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!

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